2025年8月25日(月)、Noismメンバーたちが週末の「SCOT SUMMER SEASON 2025」出演に向けて、利賀村入りしたことが伝わってきているタイミングで、ウェブ「dancedition」連載の井関さんへのインタビュー企画「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(6)」がアップされました。
「様々な舞台」、続いてはりゅーとぴあ〈能楽堂〉での「能楽堂公演」(初演:2006年2月16日)なのですね。金森さんの古い作品を上演したとのことで、『side in / side out - 1st part』、『untitled』、『Lento e Largo』、『Cantus』、『play 4:38』。とても貴重な機会だったことに相違ありませんね。
予定時刻の12:30、〈スタジオB〉にて、中尾洸太さん演出振付の『It walks by night』のクリエイション風景から公開リハーサルは始まりました。ホワイエで待っている間から耳に入ってきていたチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のあの最も知られた旋律が流れる場面を中心に、クリエイションの様子を見せて貰いました。中央奥にとても象徴的な木製の扉。Noism2メンバー9人のうち、ひとりだけ黒い帽子にベージュのステンカラーコートを纏っています。
長くなってましたね、すみません。いい加減、少し「公」の方向に戻します。 で、話をするなか、休憩後の演目での自作曲について、「You can swim in the music.(音楽を聴きながら泳げるよ)」との言葉。泳ぎました、泳ぎましたとも、はい。実に気持ちよく。 終演後に、その旨も伝えつつ、「まだ夢見心地だ」など、また少しやりとりするなかで、「think I will need some time to come down again.(落ち着くには少し時間が必要だね)」、そして更に「and I was so overwhelmed by people’s reaction. It was wonderful!(私は観客のリアクションに圧倒された。素晴らしかった)」の言葉が届くに至り、その「観客」のひとりとしてとても嬉しい気持ちになりました。なんて素敵な宵だったことでしょうか!
活動継続問題やコロナ禍の苦しみの中で、ひたすら舞う「Noism」の集団としての強さと祈りに幾度も涙した『Fratres』を、アルヴォ・ペルトの楽曲を駆使しつつ、作品の一部とし、全く違った文脈で再構築した『セレネ、あるいはマレビトの歌』。異端・来訪者を排斥し、互いを縛る「集団」と、個を確立した者が手を取り合う「連帯」との対比。女性同士の深い共感が、集団の論理に楔を打つ展開(井関佐和子さんと6人の女性舞踊家が織り成す洗練と爽やかなエロスに充ちたシークエンスには、ペルトの楽曲相まって涙が溢れた)。ベクトルの異なる舞踊の連鎖を休む間もなく躍り続ける井関佐和子さんやNoism1メンバー、野外ステージの高低差を活かした演出の中で「恐怖」さえ覚える登場を見せる山田勇気さん。そして、言葉を越え、この世界に生きる人の胸に確かに届くであろう「ヒューマニズム」を謳い、アンゲロプロスやタルコフスキーといった名匠が映画で描いた夢幻のごとき光景を現出させた金森穣さんの手腕に、陶然としてしまう。Noismを応援してきた者にとっての冥利を覚えつつも、この現到達点は、Noism Company Niigataの更なる未来と拡がりを想像させる。
“Products”… ”cutting: a girl”…”少女”… ”cutting: three opinions”…”三つの言い分”… ”gossip”… ”in the dark”… ”Nobody”… ”in memory of”…、時折、暗示的な言葉が投影されるなか、いつ果てるともない音楽『On Time Out of Time』が立ち上げる、「現(うつつ)」の世界とは異質な時空で8人によるダンスは進行していきますが、焦点は容易には結ばれません。