「鈴木忠志・金森穣・瀬戸山美咲による対談」(2023/12/20)(サポーター レポート)

SCOT吉祥寺シアター公演での「対話」へ行ってきました。
舞踊と演劇に関して様々な話題が出ましたが、主に金森さんに関連する部分をレポートさせていただきます。 乏しい記憶力と書きなぐりメモが頼りゆえ、事実と違ったり、話の順番やニュアンスが正しくないかもしれない点はご容赦ください。

劇場の黒い舞台の下手から鈴木忠志さん、金森さん、瀬戸山美咲さんと並び、皆さんモノトーンの装いで、シックな雰囲気。客席には井関さんのお姿も。

まず鈴木さんがおふたりを紹介し、おふたりからも簡単な自己紹介。
鈴木さんは、これまで2人に利賀でやってもらったが、今後も何かやれたらと思う、将来を嘱望されている2人がこれから活躍するにあたり、何が問題かをどんどんしゃべってほしい、何か力になれれば、と前置き。
『闘う舞踊団』については、良く書いたなー、読む方は誰かわかるでしょ?とコメント、皆ジワッと笑い。

金森さんは、日本では劇場の中にプロの専属集団がいないこと、プロではなく「趣味」に生きていると思われがちなこと、地方では多額の税金が、限られた市民だけ、または、東京から舞台を呼ぶことに使われている…という、これまでにもお話しされていた問題点を述べ、帰国して日本の状況に失望し、海外へ戻ろうと思った頃、鈴木さんと会って作品を見て、メソッドを持ち、何十年も身体と向き合っている集団があることに驚き、理解したいと思った。
日本の演劇には、物語はあるが、役者からのエネルギー、生身の身体があることの必然性が感じられないが、SCOTにはそれがあって感動した。
Noismを20年やっても公立の舞踊団は唯一で、新国立のバレエ団もコールドは給料で生活できず、新国立が海外から呼ばれることもない、というのが現実。
国の制度を変えたい、「御大(=鈴木さん)」の背中を見ていれば、変えられると思う、とのこと。

「劇場」について、鈴木さんは、劇場には空間(建築)があって思想があるべき。能舞台がそうで、海外ではピーター・ブルック等が自分の劇場を作っている。空間に合う思想を具現化する技術は何かを考えることが必要で、日本には劇場が沢山あるが、本当の意味での劇場がない…と熱い語り。
瀬戸山さんは、演出家の目線が入っていない劇場が多く使いづらいと指摘。
金森さんは、誰のための劇場かわからないと今後も同じことになる。公平性が社会的正義となると、(誰にでも)使いやすいことが優先されると危惧。

金森さんからの、鈴木さんの舞台は身体が強いので色々な空間で上演される、という言葉を受け、鈴木さんは、自分はどこでもやれる自信があるとキッパリ。能舞台があり能役者がいるのが素晴らしい、というのではなく「軸」が重要。思考の軸・基準がなければ、身体も集団もダメになる、とのこと。

また、「劇作家」「演出家」についての話の流れで、鈴木さんは、金森さんは演出家だと思うが、まだ言葉をしゃべったことがない、舞台の言葉は日常とは異なり、簡単じゃない、と語られましたが、これから言葉を入れることに挑戦してほしいという意味なのかどうか、よくわかりませんでした。

「地域への貢献」の話題で、金森さんは、今の世の中の今の新潟で、「軸」を失わずにできることをやる。「軸」のために闘い方を捻りだし、地域貢献も必要ならやる。今は主にNoism2 が行い、金森さん自身が直接関わらなくても良い仕組みを作ったと説明。

鈴木さんは、「地域貢献」は結果であり、「人類へ貢献したい」。「地域」は政治家が考えることで、芸術家の役割は、多民族や異なる思想を持つ人々の間に共通の悩みや問題があることを示し、それに役立つような共通の思考を見いだし、1つの共同体だけでなく異質なものに橋を架けること。「日本人だけ」はナンセンスとも。
瀬戸山さんが、日本は、日本の演劇を海外へ紹介する意識がないと言うと、金森さんは、日本の演劇の作り手は、そもそも、海外と勝負できる・人類の財産となると思っていないのでは…と一言。

鈴木さんは、公共と関わる場合は税金が使われるから難しく、「アナタの金ではないから偉そうなことは言うな」と言われるのは仕方ないが、本来そこは政治家が説得すべきこと。行政が芸術を助けるのでなく、経済人・政治家・芸術家が対等でなければならない。行政サービスとしてではなく、国家政策としてやらせることが重要と主張。
金森さんに対しては、政治家はいずれ選挙で落ちるけれど、自分は死ぬまで金森穣でやるから、(政治家に)もっと闘ってくれ、と言うべき、と煽り(?)、瀬戸山さんに対しては、日本語を守るためにも戯曲は大事だから、立候補したら?と唆し(?)。

鈴木さんから、自分はやりたいことができているが、このままではダメではないかと考えている。(2人に対して)でっかい態度で発言しなさい、悪口を言えばお金が出るから…と、まさに「御大」な発言が。もちろん「悪口の基盤が重要」と釘さし。

その後、利賀を作り上げるまでの逸話(今ではNGなことも)を披露。はじめは自費だったが、そのうち知事が来て行政からお金が出るようになったとも。
金森さんは、Noism設立時は、流行りの芸術監督制度をやりたいスタッフに自分が呼ばれ、今は、現市長は前市長のやったことをやめると色々言われるから続けている。
「やってください」と言われるまでになっていないので、覚悟しかない、と。

最後に鈴木さんから、「世界はこうだ、私は天才だ」と大きなことを言った方が良い。2人とも頑張っている、きっと思いは通じる。「あれだけのことを言うからには裏に何かある」と思ってくれる、と再び激励。
瀬戸山さんは、今は萎縮したり慎重になりがちだけど、大きな夢を語るのは大事ですね、と。
金森さんは、今、刀を研いでいます、追い出される前に追い出します、と不敵な笑み。

当初、「自分は司会」と言っていた鈴木さんも沢山話してくださり、そこに思いを2人が受け継いでくれるという期待が感じられました。それを聞く金森さんが、嬉しそうだったり、照れくさそうだったり、困惑したり、慌てたり、いつもと少し違う表情を見せていたのが印象的でした。

また、若き日のご自身を「老人キラー」と称した鈴木さんによると、金森さんも「老人キラー」だそうです。何人か殺しちゃってるんですね(笑)。

質問コーナーはなしで約1時間45分、貴重なお話をたっぷりと聞けました。この日の視点は主に作り手側から。いつか観客の視点を交えた対話の場が持たれることに期待します。

(うどん)

Noism×鼓童「鬼」再演:「タタク」と「オドル」に耽溺した至福の新潟千穐楽

2023年12月17日(日)午前11時過ぎ、新潟市内にも雪が舞い始めて、「いやいやとうとう来たか」みたいな気分で、車を運転して白山公園駐車場を目指しました。その頃にはまだ駐車場も空いていたので、場所を選んで車を駐めることができて一安心。で、まずはりゅーとぴあの6Fに上がってみると、展望ラウンジから見えるのは横殴りの風雪だったりするもので、まったく「やれやれ」って感じな訳です。

そのまま、そのフロアにとどまり、旬彩 柳葉亭にて家族で食事(まぐろ漬け丼と柳御膳)をしたり、珈琲を飲んだりして過ごしていたのですが、こちらのお店も年末に閉店してしまうとのことで、「そうなると来年からは淋しくなるなぁ」とか思って、これまで以上に味わって頂いたような塩梅でした。いろんな思い出もあります。長い間どうもお世話になりました。

開場時刻が近付いてきたので、3Fに降りていきます。一昨日とか昨日とか、或いは一昨日も昨日も会った友人・知人も大勢集まって来ましたし、この日、久し振りにお会いする顔もありました。でも、その誰もが一様にこの午後の公演への期待から晴れやかな笑顔を浮かべていました。館外の悪天候などはもう関係ありません。

14:30、ホワイエへ進みます。物販コーナーにて、浮き星をふたつ(ミルクと黒糖ベース)買い足しました。

物販担当はNoism2 高田 季歩さん(左)と村上 莉瑚さん、
やはり笑顔が素敵です♪

この日も開演前のソワソワ気分のままに、原田さん直筆の楽譜を見たり、色々な人たちと色々な話をしたりしてから、客席につきました。

『お菊の結婚』25分間、そして休憩20分間を挟んでの『鬼』40分間。新潟公演千穐楽のこの日、心掛けたのは「タタク」と「オドル」に耽溺すること。耳に届く音と目に映ずる身体のみが立ち上げる異界に耽ること。

『お菊の結婚』。ストラヴィンスキーの『結婚』、その奇天烈な音や歌、一筋縄ではいかない込み入った展開をもはや「劇伴」かと思わせるほどまでに自家薬籠中の物として踊る(現・元)Noismメンバーたち。
蔑み、欲、閉塞感、排除、謀(はかりごと)、孤独、その果ての惨劇。しかしながら、動き的に、ほぼ人形振りで紡がれていく「悲劇」からはその悲劇性がそっくり抜け落ち、ちょこまか動く身体の滑らかさの印象から「愉しい」の感想こそ似つかわしいほどです。鮮やかな色に染まる襖の外連(けれん)もピタリはまっているうえ、ふたつの死の見せ方も見事の一語で、(二重の「人形性」に閉じ込められるお菊の末路はさておき、)安易な「ポリコレ(政治的正しさ)」を嘲笑うように躍動するヴィラン(悪役:殊に楼主一家の3人)たちのアナーキーさ加減にドキドキしまくりの演目です。

Noism×鼓童の『鬼』。原田敬子さん曰く「挑戦でしかない」音楽をもとに、「同時に」産み落とされる「タタク」と「オドル」を耳からと目からと取り込んで、献身の賜物として成し遂げられた「同時性」そのものでしかないパフォーマンスに驚き続ける時間。音だけでも、舞踊だけでも既に圧巻レベルなのですが、それが「同時に」来る訳です。それはそれは物凄いシンクロ振りで、それを今風に言えば、「鬼」シンクロとでもなるのでしょうから、ここにも「鬼」が顔を出す訳です。まさに極限のところで出会う「鬼」です。
今回の再演にあたって行われたラストシーンの変更も主題的な一貫性・統一性を高めているように感じます。(初演時のラストシーンにおいては無人の光景だけが広がっていました。)
そんなふうにまるで隙のない一作、耳を澄まし、瞠目する者が悉くその身体の深奥から揺さ振られるように感じるのも無理のないことでしょう。なかなか身体の震えがとまらず、本当に物凄いものを観た感がある新潟千穐楽の『鬼』でした。

この日も終演後に大喝采とスタンディングオベーションが起こったことに何の不思議もありませんでした。「名作」が発火しそうなほどの熱演で演じられたのですから、それらはとりもなおさず、観客側の気持ちの昂りと至福の表れでしかなかった訳です。

この2作品につきましては、初演時に観た際に、感じたところを当ブログに記しています。そちらもご覧頂けましたら幸いです。
*「初見参の地・鶴岡を席巻したNoism×鼓童『鬼』ツアー大千穐楽♪」(2022/07/31)
(こちら、入場時にお手許に渡されたなかの「Noism Supporters Information #9」にて触れさせて貰っているブログ記事になります。)

この日のアフタートークについても書き記しておきたいと思います。登場したのは、井関佐和子さん、三好綾音さん、坪田光さん(以上、Noism)、そして小松崎正吾さんと平田裕貴さん(以上、鼓童)でした。

☆『鬼』のテーマ「新潟」の印象
平田さん(鹿児島県生まれ): 冬、凄く色々な風が吹く。冷たい風、寒い風…。
坪田さん(兵庫県生まれ): 雲が分厚い。上から押されている感じが、『鬼』の洞窟のなかで踊っているような感じと重なる。
小松崎さん(福島県生まれ): 海。太平洋側で生まれたので、海のキレイさに驚いた。海産物も違っていて、色々魅力がある。荒れている表情の海やサンセットも印象深い。
三好さん(東京都生まれ): じゃあ山(笑)。海も山も同時に見られる。山にいながら日本海の風を感じられる。ちょっと暗い感じなのも、自分にフォーカスし、集中するのによい場所。
井関さん(高知県生まれ): 一番大事なのは自然の力。この作品に活かされている。昨日までと全然違って、今日は踊っていて、「新潟にいる」と感じた。お客さんが信じられない熱量と集中力とで見詰めてくれていて、「新潟」って出て来た。

★再演でパワーアップした部分
平田さん: 2回目ということで、お互いのタイム感がなんとなくわかってきた部分がある。どちらかが合わせるというのではなく、パッと出て来る感じになった。
井関さん: より刺激が大きくなってきている。毎日、音色が違う。

☆コラボレーションで大変だったこと
三好さん: 毎日違うから集中力が必要だが、総じて大変さより面白いが勝っている。
坪田さん: 人見知りするところ。いつもマイナスから始まる。
小松崎さん: 本当に幸せな毎日。もっと深まっていったら、どんな景色が見えるか楽しみ。(*小松崎さんは、約10年ほど前に鼓童で踊りをやることになったとき、Noismに来てNoismメソッド・Noismバレエを学んでいたことがあり、その意味では「三好さんの先輩」(井関さん)にあたるそう。昨年はタイミングが合わず、『鬼』不参加だったのをとても残念がっていたもの。)
平田さん: 大変だったこと忘れてしまっている。ただ、合わせることは大変。
井関さん: 大変なことを楽しいと感じる「変な人たち」が集まっているのが舞台人。鼓童が演奏する『鬼』は、自分の気持ちが入っているときは別だが、普通の状態で聴いていると衝撃的過ぎて、気がどうかしてしまいそう。通して聴かされたお客さんは大変だったろう。

★今晩食べたいものは
平田さん: 新潟市内の某店(E亭)のディナーBセット。担々麺のお店かと思っていたところ、常連の坪田さんから、お勧めは「油淋鶏のBセットだ!」と聞いた。(「ぎょうざが付いてくるのも大事なところ」と坪田さん。)
坪田さん: お肉。「うし」。
小松崎さん: あったかいご飯と味噌汁。ホテル生活が続いているので、あたたかい家庭料理が食べたい。(とそこで、坪田さん「E亭は玉子スープ」だと補足するが、ややあってから、この日は同店が定休日だと気付き、平田さんは崩れ落ち、全員大爆笑のオチがついた。)
三好さん: 「ぶたにく」。(「疲労回復のためだね」と井関さん。)
井関さん: わからない。

☆このあとの『鬼』ツアー(神奈川・岡山・熊本)、どういう意気込みで臨みたいか
平田さん: すぐに再演したい、した方がよいと思っていた。楽しみ。また再演したい。
坪田さん: 各地それぞれ別の作品になる感じがある。毎回、新しい衝撃があって楽しみ。
小松崎さん: ふたつの生命体がガシャッとひとつになる演目。各地で邪気を払えたらいいなと思う。毎回、「これが最後!」と思ってやっている。再演したいんですけど。
三好さん: ツアーといっても踊る回数は4回。昨日より超えたいという欲をもってやっている。やればやるほど、もっと先があると身体で感じている。行けるところまで行きたい。
井関さん: 世界ツアーをしたいというのが夢。「新潟」から生まれたこの作品を広げていきたい。確実にパワーアップしていくだろうし、また再演したい。

浮き星は4分の3をゲット。しかし、コンプには至らずでした。

…等々。最後はクラウドファンディングへの協力依頼と大晦日のジルベスターコンサートへの参加について、井関さんが言及し、拍手のうちに、この日のアフタートークは閉じられました。

さて、Noism×鼓童「鬼」再演ですが、絶賛のうちに新潟3daysを終えて、明けて新年に神奈川(1/13,14)→岡山(1/20)→熊本(1/25)とまわります。各地で「鬼」降臨をお待ちの皆さま、お待ちどおさまです。来年のことを言うと「鬼」が笑うといいますが、この『鬼』再演に向けた期待感から自然と笑顔になってしまうというのが、今の状況かと。圧倒される準備を整えて、いましばらくお待ちください。
その公演、JR東日本の新幹線搭載誌「トランヴェール」2023年6月号に私たちNoism サポーターズについて掲載していただいたときの、「感動は約束されています。期待値を高めて来てください」(私)、「本物の舞台が見られます。必ず心が動きます」(aco)、「Noismはあなたを裏切りません」(aqua)、「私が保障しますよ(笑)」(fullmoon)、それらに尽きます。どうぞお楽しみに♪

*追記: 「トランヴェール」2023年6月号に関しましては、こちらもご覧ください。
「2023年6月1日、JR東日本「トランヴェール」6月号にサポーターズ登場♪」(2023/06/01)
また、掲載していただいた「トランヴェール」の6月号そのものもバックナンバーとして、こちらからご覧いただけますので、そちらもどうぞ。

(shin)

 

Noism×鼓童「鬼」再演:2日続けて不定形で名状し難い情動に駆られた新潟公演中日

前日の超弩級の舞台、その余韻を引き摺ったまま迎えた2023年12月16日(土)、この日の「至上命題」は滞りなく「鬼」新潟公演中日の開演を迎えることでした。白山公園駐車場は混雑が予想されていたため、早め早めの行動で、りゅーとぴあを目指したのですが、師走の週末は「どこからこんなに車が湧いて出て来るんだ!?」状態で、やや気を揉ませられました。それでも、時間に余裕をもって動いたため、駐車場も「楽勝」で、落ち着いて、翻弄される準備を整える(?)ことが出来ました。

今日はまず、昨日のブログにあげそびれていた私たちNoismサポーターズUnofficial発行の「インフォメーション #9」(A4版・両面)からご紹介させていただきます。

入場の際にチケットを切って貰ったあとに手渡されるチラシたちのなかに折り込ませて頂いています。裏面掲載の「再演への思い」はとても興味深いものと言えます。是非、お読みください。また、この表(おもて)面にて使用のビジュアルからだけでも初演時との相違(追加されたもの)がふたつは見てとれます。これからご覧になる方はじっくり比較してみられるのも一興かと。

で、この日のホワイエに『鬼』を作曲された原田敬子さんのお姿を見つけたので、ご挨拶をしてから、少しお話する時間を得ました。昨年の京都以来のことで、嬉しく思いました。そのなかで、原田さんは今回、舞台と地続きとなっている新潟・りゅーとぴあ〈劇場〉の響きの良さについて触れられました。規模的にもちょうどよい大きさであるとも。その意味からも「新潟」をテーマとして、「新潟」を代表する2団体が共演する今作を「新潟」で観ることの意味は大きいと言えるでしょう。まさに新潟の誇りそのものです。

お話を伺ってから、展示されている『鬼』の楽譜(抜粋)を観たのですが、私がこの日、個人的に驚いたのは、その大層込み入った楽譜のなかのあるひとつの音符が赤ボールペンで丸く囲まれていて、脇に貼られた黄色い付箋に「きこえない」とあったことでした。まさに「鬼」のような耳の持ち主によって作られた楽曲なのだと再認識した次第です。

その後、中原八一新潟市長をお見かけしたりしましたし、物販コーナーで「浮き星」(私はピンク色の「いちごベース」にしました。)などを買ってから、客席に向かいました。「至上命題」クリアです。

この日の物販コーナーはNoism2 河村アズリさん(右)と春木有紗さん、
素敵な笑顔です♪

そこから観た2演目のもの凄さといったらありません!
まったく方向性を異にしながらも、観る者全てを不定形で名状し難い情動に駆られた状態に置いてしまう点で共通する2演目。その情動、安易に「感動」などと表現して事足りる類のものではないというのが実感です。身体の奥深いところをむんずと握られたうえ、力を込めて揺すぶられでもしたかのような感覚。それを体感するために何度も足を運びたくなるような舞台。それがNoism×鼓童「鬼」(再演)なのです。
『鬼』が終わると、この日もスタンディングオベーションが目立った客席!
舞台には大熱演を示した演者たちがいて、その場に身を置いて見詰めることができた、その幸福を表出するための唯一無二の振る舞いだったと言い切りましょう。

終演後はアフタートークです。この日はNoismから山田勇気さん(司会)、中尾洸太さん、そして庄島さくらさんが、鼓童さんからは木村佑太さんと渡辺ちひろさんが登場されました。今日も交わされたやりとりの一部をご紹介します。

☆新潟公演中日の感想
中尾さん(Noism): 2日目は身体が重いことも多いのだが、この日はギヤがあがっている感覚。逆にこれは危ないなと自制した。自由にやり過ぎて怒られないように。
渡辺さん(鼓童): 昨日以上に緊張した。初演時には幕が下りる5分くらい前まで、唾液が飲めない、呼吸が出来ないくらいに緊張していたのを思い出した。
さくらさん(Noism): 昨日は緊張して、高揚感でハイになっていたが、今日は色々なものが見えた。
木村さん(鼓童): 初日は勢いよくいけた。原田さんからのフィードバックがあって、気を付けてやろうと思ったら、鼓童としては緊張した感じのサウンドになった。

★鼓童にとっての楽曲『鬼』
渡辺さん: 難しい。例えば、3人でひとつのフレーズを完成させなければならない箇所なども多い。
木村さん: いつものコンビネーションが通用しない、いつもやらないような楽曲。

☆櫓の上に鼓童、下にNoismという配置について
渡辺さん: 凄く揺れる。ビートをとっているだけでグラグラする。
木村さん: 高所恐怖症なので、最初怖かった。演奏者は通常、ピットなどに入ったりするので、逆に上から踊りが見えるのは新鮮。舞台からエネルギーが伝わってくる。
さくらさん: 櫓の下にいたりする場面も多く、振動が内臓まで響いてくる。
中尾さん: 音源だとフラットに聞こえるが、生演奏の舞台では、位置によっては音が聞こえないなどもあって大変。
山田さん(Noism): 音なのだけれど、そこには人がいて、だから、はまった時には凄く気持ちいい。

★実演家として感じる初演時との違い
木村さん: 去年の実力では気付かなかった繋がりが多々あった。一回「寝かせた」ことで作品を深められている実感がある。
さくらさん: 初演時に鼓童さんと合わせたとき、大変だと感じたことが多かった。それが、今回、合わせてみたら、スッといって、大変さがなくなった感覚。スッと一緒に同じものを作ることができたように感じる。
渡辺さん: 去年は楽譜の読み込みが浅かったなと感じる。また、前回はギリギリでやっていたため、誰かが間違ったりすると、「オイッ!」という気持ちになるような、殺伐とした緊迫感があった。しかし、今回。穣さんから「バッキングにならないで欲しい」と言われたので、そうした空気感も大事だと。そういう意味で「鬼」って要るなと。
中尾さん: 本を再読するような感じ。例えば、『星の王子さま』を一回手放して、星のことなどを色々学んでまた向き合うような多角的な感覚。
山田さん: 今回は集団として闘っているような感じがする。

☆ダンサーがいる/いないによって演奏は変化するか
渡辺さん: 凄く変わる。いないときの練習は気の張り方が違う。動きはよく見ている。睨みつけるような感じで集中して。
木村さん: 普段は客席に向けての一方向で済むが、今回は舞台上にも僕たちの音を欲しがっている人がいて、そのベクトルの違いが一番大きい。普段より疲れる。やはり気の張り方が違う。

…等々。また、山田勇気さんはこの『鬼』で海外へ行くプランに関する質問に対して、まだ決まっていることはないとしながらも、前日、トルコからの視察があり、好感触だったことに触れたあと、この『鬼』を「ただの伝統芸能の紹介ではなく、インスピレーションを与えることが出来る演目」と語りました。激しく同意します。この日のアフタートークは最後、山田さんの「毎回、その時その時にしか出来ない舞台を作っている。また是非観に来て欲しい」という言葉で締め括られました。

舞台が発する熱量も増し増しできている、ここまでの新潟2公演ですが、早くも明日が新潟千穐楽となります。当然の如く、好評発売中のチケットですが、3階席ならまだお求め頂けるようです。観逃したらもう観られないかもしれませんし、何より、人生のなかの「いっとき」ではありますが、自分の裡に不定形で名状し難い情動を体感できる得難いひとときとなることは間違いありません。まさしく一期一会。
これを書いている今、窓の外からは寒そうな強い風がピューピュー打ちつける音が聞こえてきます。更に明日は「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう」という山下達郎的天気の予報もあり、「冬将軍」到来に道路や駐車場も混雑するかもしれませんが、それらを超えて、是非、りゅーとぴあ〈劇場〉に集い、一緒に「鬼」相手に身を打ち震わせましょう!

(shin)

Noism×鼓童「鬼」再演:新潟公演初日、深化/進化した舞台に魅入られる喜び♪

2023年12月15日(金)、この日は朝から雨が間断なく降り続き、誰にとっても鬱陶しさが募る一日だったかと。そんななか、夕刻には「あの『鬼』」再演の舞台にまみえる予定があることがそんな一日の気分を変えてくれることは明らかでした、私(たち)にとっては。昨年あんなに魅了された「あの『鬼』」が、こんなにも早く再演されることで、また「あの感動」に浸れる、「あの『鬼』」に。

しかし、昨年の感動があるため、自然と「あの」という指示詞を冠してしまうような気持ちに、幾分か油断に似たものがあったことは認めざるを得ません。そうです。Noismと鼓童の舞台で目撃したものは、「再演」という言葉では充分に表象することが適わない深化及び進化だったからです。この日この場所で、まさに一期一会でしかない刹那そのものとしての舞台だったのでした。

最初の1音から淀みなく流れていく物語に身を任せるようにして視線を送る、その快感に満ちた『お菊の結婚』。そして、それとは全く趣を異にし、1音1音が立ち上げる異界に身を晒し続けるような時間の体験とも言える『鬼』。

約1年半を隔てた「再演」の舞台。「えぐみ」を増した25分間の『お菊の結婚』では、そのトップシーン、ゲストダンサーのジョフォア・ポプラヴスキーさん(元Noism1)が登場する場面が変更されていましたし、休憩後の『鬼』に至っては、(それは金森さんにあっては決して珍しいことではありませんが、)ラストシーンが昨年と違うものになっていました。そのほか、両作品には細部の変更も数多く見出されることでしょう。しかし、そうした変更以上に、この日、目に映じたものはと言えば、パフォーマンスの深化及び進化であり、結果、「かつて観たことがある」と言って済ませることなど到底できないレベルの舞台だったということになります。魅入られっ放しでした。

『鬼』が終わると、場内に熱く大きな拍手と「ブラボー!」の掛け声が響き、客電が点いてからでさえカーテンコールは幾度も繰り返されました。そのなかで、金森さんが、先日、急逝された衣裳担当の堂本教子さんに届けんとばかりに両手を天に向けて差し出して拍手を送ったその様子には胸にグッとくるものがあったことを書き記しておかねばならないでしょう。

その後、この日のアフタートークには金森さんと『鬼』の作曲者である原田敬子さんが登場して興味深いお話を聴かせてくれました。少し紹介を試みます。

☆金森さんからストラヴィンスキー『結婚』について問われて
原田さん: 極めて異色で挑戦的。ピアノに歌を混ざらせず、敢えてぶつけている。空虚な感じのする和音を多用。倍音が聞こえてくる。声の出し方も所謂「ベルカント(美しい歌)」ではない。
金森さん: 1923年初演なので、ちょうど100年前の曲。アタックでパッと切ってステイするシャープな人形振りが合いそうと思った。

★「『鬼』舞踊と打楽器アンサンブルのための」(2020-22)等々
原田さん: 金森さんからのオーダーは「太鼓を超越した響き」。こんなに早く再演できたことで、直接の継承がなされ、楽曲も成長する。演奏者に指示する際、共有できる言葉でイメージを伝えることも。(例:お墓を風がふーっと吹くような感じで、とか。)それ故、作曲家が生きている間にコミットしている初演者の存在は大事。それが伝わらなくなってしまった後世の人になると、歴史を学んでイメージして、想像力と実感をもって演奏することになる。
自分は「直感人間」。リサーチしてイメージが浮かんだのち、それを整理して楽譜におとすのに時間がかかる。
「作曲家」は「確信犯」。限りなく不可能に近いところを意図している。慣習的なものではないところを演奏者に要求っすることで、新しい世界が拓かれる。身体が変化するくらいでないと、響きは変化しないもの。
金森さん: 音楽でも舞踊でも、技術的な難しさは一昔前とは比較にならない。不可能に思われていたことも誰かによってできることが立証されると、みんなできるようになる。トップランナーは突き抜けて凄いのだが、後の者もついて行ける。チャレンジの質も変わってこざるを得ない。 

ざっと、そんなところだったでしょうか。
あと、ホワイエには原田さん手書きの「『鬼』舞踊と打楽器アンサンブルのための(2020-22)」楽譜(抜粋:冒頭部分と清音尼が鬼に変わる部分)が飾られています。鼓童メンバーを絶句させたというその超絶な細かさ、ガン見しておきたいものです。(撮影禁止です。)

さて、「鬼」再演、このあと新潟ではもう2公演あります。昨年の初演をご覧になられた方にも、今回初めてご覧になられる方にも、それぞれこの驚異の2演目に瞠目する豊かな時間が待ち受けています。それだけはもう間違いのないことと言い切りましょう。金森さんはクリエイションにおいて決して歩みを止めませんから、今回観るのが最上の舞台となります。つまり、観る側にとっては人生の豊かさの問題になろうかと。
心ゆくまでお楽しみください。

(shin)

Noism×鼓童「鬼」再演:視覚・聴覚障がい者/メディア向け公開リハーサルに参加しました(2023/12/08)

新潟市はこの日、鈍色の曇天。雪は落ちてこないながら、重苦しい冬の空の色そのもの。そんな空の下、「鬼」再演を翌週に控えて開催されたメディア向け公開リハーサルのため、りゅーとぴあを目指しました。視覚・聴覚に障がいを持つ方々と一緒に舞台に向かいます。館内のモニターにはNoism1メンバーによる「鬼」再演のPR動画が流されていて、見入りました。

開始時間の13時少し前に受付を済まると、劇場ホワイエに入りました。新潟のテレビ局からも3局が参加。公開リハーサル後の囲み取材に向けて準備に余念がありません。

そして昂ぶる気持ちのままに劇場内へと誘導され、開始時間を待ちました。この日、私たちが見せて貰ったのは、鼓童さんとの演目である『鬼』。その冒頭からの約20分間でした。
場内が暗転した後、静寂、そしてややあっての強打。昨年同様、そのトップシーンから既になす術なく絡め取られてしまうようでした。また、その後やってくる「総奏(トゥッティ)」の音圧といったら!あたかも場内の空気全体が異様な密度をもつ「塊」と化したりでもしたかのよう。劇場の椅子に身を置きながら、押し潰されそうなほどの圧を感じました。しかし/ですから、思ったのは、更にその音を至近距離にて浴びながら踊る身体たちのこと。それが如何ばかりかと。想像もつきかねますけれど…。目と耳を圧して迫ってくる本作はやはりもの凄い演目であると再認識した次第です。

13時20分頃、前半部分の通しでのリハーサル鑑賞は終了。そこから、金森さんからのフィードバックにより、照明や動きの音楽との同調性、位置の精緻な調整が始まりました。
ある箇所、カウントが定まっていない原田敬子さんの音楽にあって、演奏者と舞踊家とが(原田さん的にはOKなのか案じながらも)最上の実演を求めて、互いにじっくり時間をかけてやりとりを重ねる姿を目にして、そんなふうにして妥協を排して具現化されていく舞台作りに尊さの思いがこみ上げてくるのを禁じ得ませんでした。

囲み取材が始まったのは、予定段階では終了時間とされていた13時45分頃のことでした。ここでは、その取材時に金森さんと井関さんが語った内容を中心に、そのご紹介を試みます。

○『鬼』再演に関して
金森さん: Noism設立から19年の昨年。初めて新潟をテーマに作ったもので、新潟にある舞踊団として大事な作品。鼓童さんとの初めてのコラボレーションということもあり、早く再演したいと思っていたところ、井関さんが早めに決めてくれ、嬉しい限り。 
井関さん: この作品に関して、昨年は早々に完売となり、観られなかったという人も多くいた。再演は常々やりたいと考えている。新作において新しい出会いがあるのは勿論だが、再演にあっても、舞踊家、演奏家、演出振付家にとってたくさんの出会いがある。そうやって作品を練り上げていくことで「名作」となる。それは必然。この作品に限らず再演はやっていきたい。
金森さん: 演出家にとって(所謂)「再演」は一個もない。全て、今この瞬間に生まれている作品。実演芸術はホントに一期一会。今回、再演にあたって、より際立って収斂されてきた。舞踊家の身体の深度も全然違っている。(経済や文明の時間軸が発展や進化で語られるのに対して)「文化」とは蓄積であり、成熟である。それを味わえることも劇場文化の価値と言える。再演はまさにその貴重な機会。この一年半のなかで演出家として磨いてきたエッセンスが、そして舞踊家と演奏家の一年半の経験値が盛り込まれていて、あらゆる方向でパワーアップしていると言える。手応えは充分。新潟市の舞踊団であり、テーマは新潟。ひとりでも多くの新潟市民に観て欲しい。
井関さん: まだまだこれから進化(深化)できる。舞台に立って稽古できる環境があることを幸せに感じている。まだまだいける。今回、鼓童メンバーと話していても深度が違う。「この作品は新潟をテーマに、新潟の舞踊団と太鼓集団による作品。絶対に世界に持っていきたい」と話していた。その始まりとして、この再演がある。多くの人に観て欲しい。

その後、進行にあたったNoismスタッフの方から、①新潟での3公演にはいずれも終演後に30分のアフタートークが予定されていて、チケットがあればそれを聴くことができることと、②現在、Noism20周年記念事業に際して広報活動の強化のためのクラウドファンディングに取り組んでいることとが紹介されました。(「クラファン」、私も少額ですが、寄附させて頂きました。)そんな囲み取材が終了したのは13時55分でした。

待ちに待ったNoism×鼓童「鬼」再演。本当に深化(進化)が感じられる公演、いよいよ来週末の開演。「もう幾つ寝たら」とか数えることすら必要ないほどに迫ってきました。まだまだお席に余裕があります。こぞって、あの音に、あの舞踊に、あの世界観に身悶えしに行こうではありませんか。りゅーとぴあ〈劇場〉で深化(進化)した「鬼」を目撃してください。

(shin)
(photos by aqua & shin)

金森穣×東京バレエ団『かぐや姫』新潟大千穐楽を総身に浴びた至福の2時間40分♪

2023年12月3日(日)、新潟市は本格的な「冬」を連れてくるとおぼしき強烈な風雨に見舞われました。この日はりゅーとぴあも県民会館もイヴェント目白押しで、果たして駐車場に車を入れられるか、若干、不安な気持ちを抱えつつ、りゅーとぴあを目指しました。少し待ちましたが、何とか入れ替わりのタイミングで駐車できて、まずは一安心。

冬の荒天のなかの各公演地『鬼』再演ポスター

13時30分の入場時間を前に、どんどん観客は集まってきます。私自身も久し振りのりゅーとぴあでしたので、友人、知り合いの顔を探しながら待っていました。そんななか、山田勇気さんと浅海侑加さん夫妻、ジョフォア・ポプラヴスキーさんと中村友美さん夫妻、現Noism1メンバーの糸川祐希さんとお母様にお会いして、ご挨拶をしたり、お話できたりとウキウキ気分もずんずん盛り上がっていきました。

そうこうしているうちに入場時間となり、ホワイエに進むと、そこは一段と賑わいが増しているように思えました。この日のミッションは金森さんと井関さんからプログラムにサインを貰うこと。特別なペンを用意して臨みましたが、おふたりの姿は見えません。「今日は立たれないのかな」と半ば諦め始めた矢先、おふたりが出てきてくださいました!この時点で既に興奮はMAXレベルに! 無事、金色のペンでサインをしていただくことが出来ました。

14時になり、(恐らく)最後のお客さんが席についたところで開演。そこからはまた別の興奮に包まれることになります。前の記事でfullmoonさんが書いてくれたように、今公演は「すり鉢」状の一番「底」にあたる部分に地続きでせり出すようにして舞台が設えられていて、そのため、(恐らく)どの席からも想像以上に近くから見下ろす感じで鑑賞することができたからです。近い、近い!

そんなふうに総身で浴びるようにして観た『かぐや姫』全3幕公演の大千穐楽の舞台。第1幕の「緑」、第2幕は「赤」と「黒」、そして第3幕の「白」、休憩を含む至福の2時間40分でした。

まず驚くべきは音楽。ドビュッシーの音楽はこの金森作品のための劇伴音楽ではないかと思ってしまうほど! で、ドビュッシーって本当に様々な曲を書いていたのだと改めて感じたりもしましたが、「超」が付くほどの有名曲が使用された場面であっても、舞台上のパフォーマンスの強度が強くてちっとも音楽に負けていないばかりか、逆に、今後、その曲を聴くと舞台の場面を思い起こさずにはいられない、そんな気がするほどです。ここまで集めに集めて、オール・ドビュッシーで構成した金森さんの執念も感じました。

そのパフォーマンスの強度、東京バレエ団の団員に目は釘付けでした。この世の者とは思えない秋山瑛さんは「白」。跳ねる無邪気さから陰影に富む憂いまで全身で「かぐや姫」をリリカルに具現化していきます。一方、「影姫」沖香菜子さんの「赤」。吸い込まれそうな半端ない目力ともども、衝撃的としか言いようがないほどの圧倒的な存在感で迫ってきます。そして勿論、「道児」柄本弾さん、「翁」木村和夫さん、「帝」大塚卓さんはじめ男性陣も素晴らしかったですし、男性群舞の場面などはまさに圧巻でした。そして金森作品のファンとしては「暗躍(?)」する「黒衣」たちが「金森印」として可愛くて仕方なかったことも言い添えておきましょう。

私たちを超えた大きな力により、この世に「愛」をもたらさんと遣わされた「かぐや姫」。周囲に人を愛する心を芽生えさせますが、それは同時に、「嫉妬」や「欲望」その果てに「憎しみ」や「争い」までもたらすことになってしまい、失意の底、嘆きの(無音の)叫び声をあげるや、…。(←あくまでも個人的な解釈です。)

私たちが目撃したのは、紛れもない金森作品としての普遍的なグランド・バレエの誕生。バレエに疎い私ですが、この作品をもって東京バレエ団の素晴らしさを知り得たことも喜び以外の何物でもありません。他の演目も観てみたいと思ったような次第です。

曰く、桃や栗と同様に、3年間の月の満ち欠けの果てに、ここに結実を見た金森さんと東京バレエ団の『かぐや姫』全3幕。この名作の世界初演に立ち会えたことをしみじみ嬉しく思っております。

そして今月(2023年12月)は、この度の『かぐや姫』を皮切りに、中旬は鼓童との『鬼』再演(12/15~17:『お菊の結婚』含む)が、そして大晦日にはりゅーとぴあジルベスターコンサートにて「新」ボレロが待つ、まさに金森さんとNoism「大渋滞」の月♪ 年末の渋滞する道路は御免ですが、こちらは嬉しい悲鳴そのもの。りゅーとぴあでお会いしましょう。

さてさて、今夜は私も(プログラムに読める三浦雅士さん同様に)アリス=紗良・オットのCDでドビュッシー『夢想』を聴いて寝ることと致します。あの余韻のままに…。

(shin)

東京バレエ団『かぐや姫』新潟公演初日に行ってきました!

2023年12月2日(土)16時開演

朝からの雨が15時頃にはあがり、少し青空も見える、新潟としては「晴れ」のお天気。
りゅーとぴあロビーにクリスマスツリーが飾られていました♪
館内ビデオは『かぐや姫』のリハーサルシーンを放映中♪

『かぐや姫』新潟公演は今日明日とも、チケット完売満員御礼です!
劇場前のロビーは開場を待つたくさんの人が並んでいました。
入場すると、劇場ホワイエに金森さん、井関さんの姿が! お出迎え嬉しいです♪
またまたたくさんの人がお二人に写真撮影やサインを求めて並び始めました。

友人たちに挨拶したり話をしたり、京都から来てくれた会員さんからお土産をもらったりしている間に開演時間に・・・
今日は10列目でしたが、最前列が6列目なのでとても近いです! 東京文化会館と比べるとコンパクトな会場ですが(普段は広く感じる)、客席に勾配があるので見やすいですね♪

東京で全幕観たとはいえ、10月から間があいていますし、会場が違えばまた別モノ。
じっくり観られて幸せです♪ 感動、感激で打ち震えました。
美しく、妖しく、激しく、驚嘆の『かぐや姫』✨ 素晴らし過ぎて言葉もありません。
カーテンコールには金森さん、井関さんも登壇し、スタンディングオベーションと歓声に包まれました。何度もカーテンコールをしてくれて嬉しい。

終演後は金森さんのアフタートークです♪
司会は〈バレエチャンネル〉編集長/バレエジャーナリストの阿部さや子さん。
まずは、東京文化会館と会場の大きさが違うので、美術を舞台サイズに嵌め込むのが大変だったというお話から始まりました。

◎阿部さんの質問に応えて、金森さんのお話
・どの会場でも、会場によって違うので、短期間で作り込まなければならない。一回作ったら終わりではなく、そういう作業はエンドレスに続く。照明は今朝やっと終わった。
・りゅーとぴあの劇場は「スリバチ」なので、舞台は底で、客席の上の方は「月の視座」。前列は舞台と地続き。

【振付について】
・東京公演の時と振付はほんの少しは変えた箇所がある。やっていれば、変えたいと思う所が出てくるが、時間の制限があり、大変なのでなかなか変えられない。次の機会まで胸の裡にしまっておく。

【第3幕の光の精たちについて】
・セイレーンのような、あのような場面がなかったら『かぐや姫』はただ男たちに翻弄されるだけの話になってしまう。女性がその魅力によって男を翻弄するシーンを創りたかった。女性の持つ危険な魅力、女性であることの危うさを夢で気づくのが3幕の最初の場面。

【月について】
・月の映像は東京では高解像度のリアルな実物写真だったが、舞台が遠いからそれでよかった。
・新潟は舞台が近いので、そのままだとリアル過ぎて気持ちが悪いので解像度を落とした。

【ダンサーの演技、舞踊表現について】
・ダンサー自身の中から生まれてくるものを期待したが、表現と踊りを分けてほしくない。ただ歩くだけにしても表現をしてほしい。ダンサーたちは容易ではなかったと思う。もっともっと求めていってほしい。自分も舞踊家なのだから自分自身求め続けていきたい。
・舞台は本番ごとに変わる。舞台は集団。集団で奇跡の舞台を目指す。それが生の醍醐味。観客はそれを観に来る。

そのほか、第2幕の「月の光」パドドゥ(リフレイン)について、第3幕の「結婚」を意味する指輪のバレエ・マイムについて、地球と月と四季について、最後の締めくくり(「夢想」、記憶、尊さ、美しさ、危うさ、危険性)について、等々 お話は尽きません。

金森: 少しでも記憶に、心に、身体に、刻み込まれるものを創っていきたい。
阿部: 夢を見ていたような、不思議な感覚の残る作品でした。
   さて、『姫』の次は『鬼』!
金森: 『かぐや姫』をご覧になった方は『鬼』を必ず見てくださいね。金森穣がいかに多様な人間かわかると思います。ぜひ見てほしいです。『かぐや姫』は一応明日が最後ですが、末永く上演されることが可能な奥深い作品です。再演を願っています。

阿部: 『かぐや姫』は来年1月、NHK BSで放送されます。ぜひご覧ください♪
   *NHK BSプレミアム4K 2024年1月28日(日)23:20
   *NHK BS 2024年1月29日(月)0:10 ※日曜日の深夜

予定の30分をオーバーしての楽しいアフタートークでした♪
明日はいよいよ大千穐楽!

(fullmoon)