思えば、昨年末以来、(載せる方も、読む方も)連載どころではない状況が継続しているため、前回(2025年12月26日)から3ヶ月強を隔てて、2026年3月30日にウェブ「dancedition」に「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(15)」がアップされたと知り、早速アクセスして読んでみても、「14回目まではこんな気持ちを抱えて読んではいなかったな」と感じてしまうのが正直なところです。

連載15回目の今回も、なかなかに重い内容が語られていますが、それでも、公演当時には、素晴らしい作品の連打の裏に、そんなのっぴきならなさが潜んでいたとはつゆ知らず、迸る圧をまともに受けながら、客席から舞台を見詰めていたのでした。
今回、語られているのは、先ず、近代童話劇シリーズvol.2『マッチ売りの話』+『passacaglia』(初演:2017年1月20日・新潟、埼玉、シビウ・ルーマニア)です。
所謂「ダブルビル」公演ではなく、心胆を寒からしめる怖ろしさが立ち込める不条理な物語舞踊(第1部)と音楽と照明と身体のみで徹底的に意味を排除していったかのような抽象舞踊(第2部)が繋げられたかたちでの上演だったことを思い出して、極めて実験的な性格を有する舞台だったな、と今になってもなお。
井関さんが取り上げてくれた『マッチ売りの話』の仮面、『passacaglia』のスカート、どちらも強く脳裏に刻まれています。そして語られたのは『passacaglia』でデュオを踊った中川賢さんのこと。「なるほど!」と思う内容です。更に、詳述はされていませんが、井関さんが子どもをもつ予定であったり、金森さんがストレスを抱えていた頃のこととされている点にも素通りできないものがあります。

次は『Liebesod-愛の死」と『Painted Desert(ver. Noism1)』(初演:2017年5月26日・新潟、埼玉)です。
驚きは、これは井関さんから見て金森さんがどん底のときの公演であり、作品であったとされていることです。なんと!あの観る者を惹きつけて止まない『Liebestod-愛の死』の壮大にして奥行きの深いエモさがそんななかから生み出されていたとは!
「時間と共に人は変わっていく」(井関さん)…、苦悩する金森さんと井関さん。中川賢さん退団のきっかけとなった(と井関さんが振り返る)『Liebestod-愛の死』の吉﨑裕哉さんのキャスティング。そのあたり、読んでいても、肌感覚として生々しいまでのヒリヒリが伝わってきます。当時、NHK-BS『京都異界中継』(2017年8月9日生放送)に、井関さんと吉﨑さんだけが出演して、金森さん振付で踊るのを見たときに感じたある種の不気味な胸騒ぎ、その意味がはっきりと明かされています。
そして、元々は山田勇気さんがNoism2に振り付けた作品『Painted Desert(ver. Noism1)』の改訂クリエイション風景が語られていくのですが、批判を受けて苦しくなったり、先が見えなくなってしまったりしても、自らを信じていれば、「ただの通過点でしかない」と舞踊家の成長局面に触れつつ、連載15回は閉じられていきます。
今回も包み隠すところなく、様々な作品及びその当時のことを赤裸々に語っている井関さん。その一つひとつがいつにも増して感慨深いものに感じられるのは、現在の状況が大いに関係しているためと言わざるを得ません。現在という時点から振り返られた数多の「通過点」が確固たる線として辿られ、捉えられるその総体が「歴史」ですから、昨年末から続く只今の膠着した状況さえ、未来の「現在」という時点において引き続き井関さんによって「通過点」として振り返られることになっていって欲しい、そう強く願う気持ちと共に読みました。
今回の「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(15)」もまさに必読ものです。是非、熟読玩味して心揺さぶられてください。
【追記】今回も、このあと、コメント欄にて、当時、舞踊評論家の山野博大さんにお書き願い、Noismサポーターズ会報に掲載させて頂いた『マッチ売りの話』+『passacaglia』と『Liebestod-愛の死』についてのご批評ほか(PDFファイル)へのリンクを貼らせて頂く予定です。是非そちらもクリックして、お読みください。
(shin)









































































