サラダ音楽祭メインコンサート《boléro》を聴きに行きました

2026年9月11日19:00、東京芸術劇場にて開催されたサラダ音楽祭メインコンサート《boléro》を聴きに行ってきました。

サラダ音楽祭は東京都や東京都交響楽団(都響)等が中心となり開催される音楽祭です。
その中でもメインコンサートは、都響と合唱団やソリスト等のゲストによる、オーケストラ音楽の多彩な魅力を伝えるコンサートです。

サラダ音楽祭でNoismがゲストとして共演するのは新型ウイルス禍がはじまった年(2020年)からなので、もう7回目でしょうか。
今年も都響とNoismの共演を楽しむことができとても嬉しいです。

ただこれまでと違うのは、3月に大野和士さんが音楽監督を退任されたため今回のコンサートを指揮されないこと(今回の指揮者は梅田俊明さん)。
それとボレロの生贄を初めて太田菜月さんが踊ること。
いったいどんな感じになるか、はじまる前からとても楽しみでした。

コンサート前半は、弦楽合奏による「グリーグ:ホルベアの時代から」と、金管、打楽器、オルガンと合唱による「ラター:グローリア」。

「ホルベアの時代から」を聴くのは初めてでしたが、国民楽派といわれるグリーグのイメージとはだいぶ違って新鮮でした。
コンサートマスターの矢部さん率いる都響弦楽パートの切れ味の良さがとても心地よかったです。

「グローリア」は新国立劇場合唱団との共演。私も一度ラターのグローリアを歌ったことがあるのですが、今回とは違う版でした。
今回演奏された版は金管が華やかな響きがアメリカ音楽らしく、こちらの方が好みです。
それと合唱団に高校時代の友人が在籍していて、今年も舞台でお目にかかれたのが嬉しかったです。

休憩を挟んで後半はラヴェル作曲の2作品、「マ・メール・ロワ」そして「ボレロ」です。
ともにNoismの舞踊付きです。

「マ・メール・ロワ」もちゃんと聴くのは初めてです。
マ・メール・ロワ=マザー・グースで、童話を題材としていることは終演後に一緒に聴きに行った友人との会話とプログラムの解説から分かりました。
Noism1メンバーの中尾洸太さんの振付によるダンスは「パゴダの女王」「親指サム」「美女と野獣(いやイケメンか)」が次々と登場し、華やかながらもどこか悲しげな物語が次々と展開していきます。
当初は(一部楽曲に振付)と聞いていたのですが、蓋を開けてみると終曲以外全てに舞踊がつく、なんと贅沢なステージでしょう!
せっかくなら終曲にも振付をしていただき、中尾洸太さんの「マ・メール・ロワ」を観たいな、と思いました。 

最終ステージの「ボレロ」はサラダ音楽祭では3年連続3回目。
なぜboléroが続くのかは分かりませんが、観るたびにより好きになるのは間違いありません。
これまでの舞台やアフタートークでの話しぶりなどから、太田菜月さんなら生贄を立派に踊りきれるに違いない、と確信はありました。
迷い、怯えながらも周りを巻き込みながら解放に向かっていく姿に、都響の強烈な高揚も相俟って観ている観客(私)も感極まりました。
太田さんの生贄はカリスマというより仲間、といった印象でこういう在り方もとても良いな、と感じました。

終演後、何度も繰り返されたカーテンコール。踊り終えたNoism1メンバーの表情は晴れやかで爽やかでした。
私もやり遂げたメンバーにずっと拍手を送り続け、この時間がずっと続けば良いなあ、と思いました。

(かずぼ)

「鬼気迫る怪異の美」

恒例の富山県南砺市利賀村での「SCOTサマーシーズン」。
今回Noismは、19年のシアター・オリンピックスにて金森穣さん、井関佐和子さんが演じた『still/speed/silence』(音楽・原田敬子)を、全く異なる文脈で再創造した
『水妖譚』を披露した(2026年9月3、4、5日の計3公演)。

7月25日の予約開始日の電話の混み合い方は例年以上であり、3時間ほどかかってようやく9月4日(金)分の座席を確保。
当日、富山駅北口からの送迎バスで約2時間かけて利賀村へ入った。
19年の『still/speed/silence』はNoism初の利賀公演であり、筆者にとっても「演劇の聖地」利賀村への初訪問だった。
評論家・渡辺保氏は、断崖絶壁を越えてゆく利賀への「道行」そのものが演劇的であると書いたことを思い起こすほどに、濃霧に包まれた井波や五箇山を経由する道のりは、まさしく異界に踏み込んでゆくようであり、19年以来、コロナ禍での断絶を挟んで毎年のように出向いている利賀という土地への畏怖を再確認するようだった。

『水妖譚』の公演会場は、利賀芸術公園内の高台に立つ、茅葺き住宅を改築した「利賀山房」であり、19年の『still/speed/silence』もまたここで演じられた。
先日の股関節手術もあって井関佐和子さんは今回舞台をお休みして演出助手として参加。公演は庄島さくらさん・すみれさん姉妹と糸川祐希さんの三人が演じた(坪田光さん、太田菜月さん、春木有紗さんもスタッフに加わっていた)。

漆黒の利賀山房で、かつて金森さんと井関さんが披露した『still/speed/silence』は男と女の相克を激しく見つめる、あたかも坂口安吾「桜の森の満開の下」を思わせる一作だったが、今回金森さんはまるで泉鏡花作品かのような夢幻漂う怪異譚へと改作を果たした。鏡や性差を超える衣装など前作の構成や音楽を活かしつつも、全く異なる手触りの作品へと変化させつつ完成度の高さは微塵も揺るがないのだ。

セイレーンや水の精を思わせる怪異の禍々しいまでの妖艶さを表情と身体で体現する庄島さくらさん・すみれさん。双生児であるお二人のよく似た相貌もあって、現実を遊離するかのように舞台上を蠢き、重なり合う姿とその美しさに、思わず「ハッ」と声が漏れるほどの幻惑を味わった。兼ねてお二人がメインとなる作品を観たいと思っていただけに、眼前で繰り広げられる迫真は至福であった。
そして、著しい成長を見せる糸川祐希さん扮する、怪異に魅せられ、自身もまた怪異へと変容してゆく「男」を、繊細かつ強靱に見せきる表現力も特筆したい。かねて糸川さんを「舞踊界の市川染五郎」と感じてきたが、彼のストイックな表情はまさに古典芸能を思わせ、狂気と純粋さを同居させる立ち居振舞は、堂々たる「立役」として舞台を引っ張るものであった。

『still/speed/silence』でも鮮烈であった公演終盤の、「利賀山房でしか出来ない」演出は、今回も踏襲された。漆黒から生命湧き上がるような緑へと消えてゆく「女」と、元の暗闇に残される「男」。庄島姉妹が二つにして一つの精霊のように緑へと入ってゆく様は、目の前の現実の光景であることが信じられないほどに、どこか映像的魔術さえ覚えるものであり、恐ろしさと蠱惑的な高揚が身体の奥からこみ上げてきた。

Noism1メンバーとして、コロナ禍を経つつ長く活躍してきた三人の晴れ舞台であり、その渾身と磨きがかかる実力を存分にいかしきった公演に立ち会えた喜びを噛みしめつつ、聖地・利賀という土地の魔力に拮抗する金森穣演出の凄みも再認識する得難い公演であった。


久志田渉
(月刊ウインド編集部、安吾の会事務局長)

「サラダ音楽祭」活動支援会員向け公開リハーサルに行ってきました♪

8/28(金)、昨日に引き続き、今日は「サラダ音楽祭」の公開リハーサルがスタジオBで行われました!

今年のサラダ音楽祭は、
9/11メインコンサートでNoism1《マ・メール・ロワ》《ボレロ》上演!
Noism2は、9/12,13「動物たちのダンス&ミュージック」に出演します!
詳細:https://salad-music-fes.com/

本日も贅沢にまるまる全部、順番に通しで見せていただきました♪

まずは《マ・メール・ロワ》
この曲はラヴェルが「マザー・グース」を題材にして作曲した組曲で5曲あり、今回は1~4曲に中尾洸太さんが振付をしています(5曲目は演奏のみで、次の演目『ボレロ』の準備をするのだそうです)。

カラフルな衣裳の5名(中尾洸太、松永樹志、春木有紗、与儀直希、バスティアン・ボレル)が出演します。
組曲の各タイトルにダンスはそれほどとらわれていないようですが、それぞれを彷彿とさせる振付がありつつ、中尾さんが創作したマザーグース風の新しい物語が4曲を通して紡がれているように感じました。
切ない情感の男女の物語・・・一人はお姫様でしょうか?
本番をぜひ見てくださいね!

次はおなじみ、ラヴェル『ボレロ』(演出振付・金森穣)!
何度も観ていますが、何度見ても新しい! 素晴らしい名作!
今回は太田菜月さんがメインの生贄役です。太田さん、凄い集中力で魅せます!

太田さん以外の出演者は、中尾洸太、庄島さくら、庄島すみれ、坪田光、糸川祐希、松永樹志、春木有紗、与儀直希、の皆さんです。
力強い集団力で迫力満点! 本番をぜひご覧くださいね!

そして最後はNoism2「親子で楽しもう!『動物たちのダンス&ミュージック』」のパフォーマンス部分です。
サン・サーンス『動物の謝肉祭』の音楽で、山田勇気さんの演出・振付、演奏は都響の弦楽合奏&ピアノです。
動物たちの楽しい夢の世界が繰り広げられ、子ども向けではありますが、大人もすご~く楽しめますよ♪

出演は、ナレーション・司会・なかよし動物団園長・ライオン:山田勇気、
「象」四位初音、「雌鶏と雄鶏」鈴木彩水 大﨑健太郎、「亀」沖田風子、「白鳥」平尾玲、の皆さんです。
《マ・メール・ロワ》よりもカラフルで、可愛い衣裳で、面白さ、楽しさいっぱい♪
もちろん全員で踊る部分や曲(「序奏と獅子王の行進曲」「化石」「終曲」)もありますよ♪
その上、ダンスが終わると、ワークショップ《舞台に上がって作品の世界を体験しよう》もあります♪
本番ぜひどうぞ! 2日間あります♪

リハ終了後、金森さんをして「Noismは『愉快な舞踊団』になったのかな? バラエティ?」と言わしめた今回の公開リハーサルでした!
Noism1も2も本当に素晴らしいです! 総合力ピカイチ!
皆様ぜひぜひ東京芸術劇場での本番をご鑑賞くださいね!

そして以下、昨日に引き続き、たーしゃさんのご感想です。どうぞお読みください♪
(fullmoon)

「サラダ音楽祭」公開リハーサルを観て

今日は贅沢なことに3つの演目を楽しめた。こんなスペシャルな公開リハが見れるとは…
活動支援会員になって本当によかった。

それぞれ振付家も違うし、キャラ立ちしていて、Noismの幅広さを再確認できた。

『マ・メール・ロワ』

有名な「亡き王女の為のパヴァーヌ』のモチーフが聞こえてくる、色彩豊かなラヴェルの曲に振り付けた中尾洸太さん。
作品を追うごとに洗練されてきているようだ。これからも期待したい。
ニューカマーのバスティアンさんも軽妙でキレのある踊りを披露していた。

『ボレロ』

今回の真ん中、太田菜月さん。曲が進んでいくにつれて、表情も変わり、彼女の『ボレロ』が出来上がっていくのに目を奪われた。
大地に根ざした力強さのようなものを感じた。周りを囲むダンサーたちも、とてもパワフルに見えた。
男性だけでなく、女性陣も上腕二頭筋を鍛えたのか、ムキっというポーズがカッコよかった。Noismはやっぱりこうでなきゃ!

以前にも『ボレロ』の公開リハをスタジオBで見たが、いつも自分もその中で踊っている気になる。そして「来世はダンサーになってNoismに入る!」と決意を新たにしている。そのために今オープンクラスに真面目に出席して、2メンバーの方々にお世話になっている。皆さんは私にとって姉弟子、兄弟子である。

『動物の謝肉祭』

これはもう演出振り付けの山田勇気さんに脱帽です。すべてにお人柄が現れています。
楽しいストーリー、コミカルな演出、2メンバーのキャラを生かした振り、キャスティング等。最初から最後までニコニコ顔で見ていました。
0歳から入場可の舞台、絶対ウケます!

以上3作品、1時間たっぷり観せていただき、ますますNoismっていいなぁ、貴重だなぁと思いました。

これからも応援します。

(たーしゃ)

『水妖譚』公開リハーサルを観て

 

8/27(木)りゅーとぴあスタジオB SCOT SUMMER SEASON『水妖譚』活動支援会員向け公開リハーサル

 

2019年に利賀村 利賀山房にて初演 金森穣・井関佐和子で上演された演目『still/speed/silence』

今回は、その改訂版『水妖譚』として、庄島さくら・庄島すみれ・糸川祐希の三人の出演で上演されます。

本日は贅沢にまるまる全幕を通しリハーサルで観せていただきました。

 

初演時に感じた“此処と其方”を行き交う妖しげな世界感はそのままに三人の出演者の魅力が立ち上る大変魅力的な作品となっていました。

『水妖譚』これはなんと読むのか…『すいようたん』でよいのでしょうか。「譚」は、AI検索で、はなし、物語、または語るとあります。この作品の世界感にドンピシャなタイトルだと思います。

利賀山房は伝統的な合掌造りの民家を改造して開設された劇場ですが、その創りと空間、自然との共鳴がこの作品で最大限に活かされるであろうことは間違いないことを感じました。

本日、公開リハ後に金森氏に質問させて頂ける時間がありました。

今回の公演で使用される 原田敬子さんの音楽は録音とのことですが、初演時にいつか再演をと録音されたもので、音質も良く、原田さんの音楽の魅力でもある微細な音たちもしっかりと届きます。原田さんの音楽で作品は益々「この世のものではない」世界を呼び寄せています。

初演を観た方へ。

感動のラストシーンは健在とのこと。但し、観客がどのようにそのラストへと引き込まれるかは、当然未知!

私は今回、観にいけないことが本当に悔しい。観ることが叶った観客のみなさんがどんな世界へ引き込まれるのかが気になります!! 観に行かれた方は是非とも感想をお聞かせください!

先ずは、本日の公開リハーサルのご感想をたーしゃさんからお寄せいただいています♪

(aco)

 

 

濃密。50分程の長丁場だが目が離せなかった。普通は椅子に座っているのが苦痛になるくらいの時間だが、3人のダンサーの集中力、表現しようとする気迫に圧倒された。

やはりこういう時だから気持ちも入るのだろうか。

現代音楽家の原田敬子さんによる音楽…打楽器が主で弦など他のパートも無調。ノイズ、効果音。

これが作品に使用されるのは大きな意味があるのだなと思った。

メロディ、和音があるとどうしても感情が入ってしまう。悲しいとか楽しいとか。作り手が観客の感情を誘導したい時は有効だが、操作したくない時はこういうジャンルが向いている。

丸い鏡が大活躍していた。下に置くと井戸や泉を思わせ、手で持って動かすといろいろな効果が現れる。

恐れを感じてるのに衝動に抗えず水に手を伸ばす青年。そして現れる水妖。

西洋でいうとセイレーンかオンディーヌか。

日本に女性の水の妖(あやかし)はいるのだろうか?水というとカッパか海坊主しか思い浮かばないが。

途中、ダンサー達は襖の中に消え音楽だけが響いている時間があった。そういう演出かと思い、あれやこれやと中で行われている事を想像していたが、誰もいない舞台というのもとても効果的だと感じた。

その後の青年の姿を見て、楳図かずおの『半魚人』という漫画を思い出した。少年が手術によって半魚人に改造されてしまうという場面だが、こんなのを思い出すのは多分私だけだと思う。

そのダンサー不在の時間、終わってから金森さんがバラしたのですが、ちゃんとビジュアル的演出があるそうです。

この『水妖譚』という演目、3人がひとり何役もやるようなタフなものと感じました。外見の変化、内面の移り変わり…

大変見ごたえのある舞台をありがとうございました。

佐和子さんが言いました。「明日の演目は全く違う感じなので、こうご期待!」

ハイ!明日も楽しみにしています!

(たーしゃ)

 

Noism2026夏公演、熱狂的な喝采のなか大千穐楽の幕おりる♪+6/28アフタートーク補遺+ひとつの考察の試み(サポーター 公演感想)

2026年7月26日(日)、Noism0 + Noism1『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』大千穐楽の幕が、埼玉の地でおりました。この日、舞踊家たちが見せた気迫の籠った舞踊はまさに一期一会の絶品。終演後、熱狂的な喝采と波のように広がっていったスタンディングオベーションを受けることになったのもいたって当然のことに過ぎませんでした。むしろ、もっとずっと拍手し続けていたかったという者ばかりだったのではないでしょうか。実際、私はそうでした。

最初の演目『私は海をだきしめていたい』については、下に考察の試みをアップしますので、そちらに譲ることとして、改訂版『春の祭典』に関して、少し書き記しておきたい事柄がありますので、まずはそちらから。

これまでの『春の祭典』においては、衣裳のボタンを留めて襟を立てる/ボタンを外して襟を開く、その違いで集団の凝集性や同調圧力、そしてそれによる排除が可視化されてきましたし、この「改訂版」においても途中までそれは踏襲されていくのですが、最後に置かれた排除にあっては、全員が一様に襟を立てながらの排除なのであり、差別・排除に繋がる徴としての差異を認めることは出来ません。それこそ差別・排除が極めて恣意的な性格を強めているさまに映り、心底震えました。それはこの「改訂版」の恐ろしさのほんの一例に過ぎませんが、この「改訂版」が描いたのは局所的な「コップの中の嵐」などではなく、まさに今日の私たちと社会の姿に違いないのだと言い切りたいと思います。

それでは、ここからは6月28日(日)に行われた金森さんと井関さんのアフタートークに関して、ネタバレへの配慮からここまでご紹介せずにきたやりとりを「補遺」というかたちで載せていくことと致します。

*6/28金森さん&井関さんアフタートーク補遺
Q: (新潟公演における)開演前のホワイエでの金森さんのパフォーマンスについて
 -金森さん: 日常と虚構の間の境界線を曖昧にしていく。皆さんの反応を見て、「じっと見てくるなぁ」とか「無関心なんだなぁ」とか「あっ、写真撮るんだ」など思いながら。

6/27(土)新潟公演初日の開演前、ホワイエでの金森さん

Q: 『私は海をだきしめていたい』、ラストの海はどこの海か
-スタッフ:
 映像は村松浜*。  【*註: 新潟県胎内市】
-金森さん: 音はどこか(の海のもの)。

Q: 『私は海をだきしめていたい』、途中で緞帳がおりることについて 
 -金森さん: 繰り返しが多い音楽(『天国の英雄的な門への前奏曲』)にインスピレーションを受け、同時に、その音楽的な構造が面白いと思い、あの繰り返しにした。振付は全く同じで、世界でもそうそうない。
 -井関さん: (全く同じ振りは)人生で初めてだった。

Q: その繰り返しを踊るとき、気持ちは同じなのか
 -井関さん: それは勿論、違う。一回目と二回目では全然異なる。それでも敢えて同じ形に持って行こうとすることで、観ている者が想像出来る。形は形、感情は感情。リピートするからこそより集中が必要になる。稽古のときには、一回目が終わると、「これ、もう一回やるのか」と思う。結構、しんどい。

この日のブログ記事の最後に、新作『私は海をだきしめていたい』について、「サポーター 公演感想」の枠組みで、ひとつの考察の試みとして拙文を載せさせて頂きます。是非お読みください。

*考察の試み
『私は海をだきしめていたい』、ラストの繰り返しをどう捉えるか

先ずは、安吾をさほど読んでこなかった自身の読書歴に関係するのだが、金森さんが安吾の同名短編にインスパイアされて創作したその新作は、新潟公演初日、私の目には、随分、サティの音楽寄りのものに映り、「インスパイアとはどういうことなのか」との疑問が浮かんできた。「どこかで、時々、思いがけなく現れてくる見知らぬ姿態のあざやかさを貪り眺めていた」男が見詰める女の向こうを「物凄い荒れ海」にせず、ある意味、原作からドラマ的なるものを排除した金森さんでもあるので、尚更に。

そこで、金森さんが口にしていた「繰り返し」を念頭に置きつつ、安吾の短編に再びじっくり向き合ってみる。すると、金森さんの新作の上に、間違いなく、安吾もその像を結んでくるように思えてきたのだ。

サティと金森さんの向こうの安吾を確かめようとガン見したそのラストシーン。新潟公演二日目。「えっ!?やはりそうなのか!?」動揺するも、自分の目に確信が持てず、勇気を振り絞って、アフタートークの質問シートに書き込んだ。「全く同じではないですか」と。すると、「全く同じ振付です。よく見てましたね」と金森さん。井関さんも「人生で初めて」と明かしてくれた。やはり全く同じ振りが繰り返されたのだ。

そのラストシーン。先ず観る者は、金森さんが新作に取り込み、可視化した『天国の英雄的な門への前奏曲』の音楽構造に呆気にとられざるを得まい。その構造、楽譜の途中に、サティによって書き込まれた「幕(RIDEAU)」の6文字(インターネットで確認可能*)があるというもの。その先、静寂も束の間、やがて曲の最後の部分が聴こえてくるのだ。その構造に面白みを見出した金森さんだが、そこは金森さん、サティの指示にそのまま従うことはしない。今作で一度目の「幕」が降りてくるのは『天国の英雄的な門への前奏曲』全曲が終わってからであるし、二度目の(正真正銘の)「幕」は、サティが書いた「幕」の箇所と言えなくもないが、正確を期すなら、その先を完全に無音にしたのち、暫く経ってからだ。

【*註: https://s9.imslp.org/files/imglnks/usimg/c/cd/IMSLP08170-Prelude_de_la_porte_heroique_du_ciel.pdf 
上の譜面では、2頁目の下から2段目、後半に「RIDEAU(幕)」の6文字が出てくる。これだけ、他と異なり、全て大文字で記されている。】

話を金森さんと井関さんのデュエットに絞ろう。その一度目の「幕」の前後に配置されるのは全く同じ振り、つまり、「幕」を挟んで、正確な「繰り返し」が踊られることになるのだ。(それは「幕」の文字の後、それまで出て来なかった旋律を書いたサティとは全く異なるものだ。)作品のラストに至り、「深まり」を排して、平板に横滑りするかの印象で締め括られていくなど、Noismの舞台でも異例中の異例の構成と言えよう。

金森さんと井関さんふたりが踊るデュエットだからと、無意識のうちに、その関係性に「深まり」を錯視してしまってはならない。それは徹底して「深まり」を欠いたデュエットなのであり、意図的な「繰り返し」、その同一性が淡々と正確に踊られていくのだ。そんなサティと金森さんによる「繰り返し」が立ち上げるものこそ、安吾の「永遠の孤独」或いは虚無に他ならない。

その場面において、演出振付家・金森さんは実に意地悪だ、敢えてそう言わねばなるまい。「繰り返し」の最終盤、正確には、二度目の(正真正銘の)「幕」の直前、男(舞踊家・金森さん)に傘に加えて帽子までとらせているからだ。その振舞いは一見、何らかの「深まり」へとミスリードする力能を有してあまりあるものと言えるだろう。しかし、それでもなお、男は黒い上着に己を護らせ続けていたのではなかったか。全体の同一性を揺るがす変化ではなく、「繰り返し」のモチーフの変奏、或いは「差分」に過ぎないのだ。(一度目の「幕」の少し前、)ホリゾントに映し出されたモノクロの「波」の静止画が動き出すのも同様に理解され得るだろう。

そして、演目を閉じることになる二度目の「幕」に関するならば、仮に緞帳がそのおりる機能に失調をきたしたりでもしたならば、私たちは延々と男と女による三度目以降の「繰り返し」すら目撃することになってしまったに相違なかろう、そう言い切ることも出来そうだ。あの緞帳はつまり「繰り返し」を二度目の途中でカットアウトするためにおりてくる「幕」に過ぎないのだ。「もう充分」とばかりに。

可視化される永遠の「繰り返し」など、もう「嫌がらせ」に過ぎず、ここにおいて、そのフランス語をそのまま曲名とし、開演前のホワイエから流れていた『ヴェクサシオン』に正確に回帰することになり、この新作の構造的な特質は幾重にも強調されることになるだろう。

「満ち足ることの影だにない虚しさ」の域で、ただ繰り返されること。安吾とサティに金森さんが重なるところ、一瞬の美しさへの憧れとは裏腹に、索漠とした「永遠の孤独」や虚無を色濃く立ち上げることになる「繰り返し」。「変化」を期待しがちな私たちの視線を悉く裏切りながら、仕掛けられたのは『天国の英雄的な門への前奏曲』の構造に呼応する、只事ではない類の「繰り返し」。しかし、刮目されねばならないのは、新鮮味など微塵も存しない筈の「繰り返し」の最中に浮かび上がってくる光景ではないのか。安吾もサティも遠景に退き、作品の説話論的な流れを超え出たところで、ただ「繰り返し」を踊ることのみに専心する金森さんと井関さんの剝き出しの「今」が生々しく私たちの目に届くだろう。そんな大胆な驚異を可能にする至芸はもはや人外の域かと。ほくそ笑む演出振付家・金森さんの顔が目に浮かぶようだ。舞台は虚心坦懐に見詰められねばならない。

最後にもうひとつだけ。安吾による男の独白中、「肉慾の上にも、精神と交錯した虚妄の影に絢(あや)どられていなければ、私はそれを憎まずにはいられない。私は最も好色であるから、単純に肉慾的では有り得ないのだ。」の2文が、少しかたちを変えながら、否、ほぼほとんどそのままに、客席から、金森さんとNoismが立ち上げる非日常を見詰めることを愛する私、私たちへと繋がるものであると気付かされたことも書き記しておきたい。「精神と交錯した虚妄」、Noismの舞台にはいつもそれが溢れている。

(shin)

埼玉に降臨したNoism、客席を埋め尽くした観客を魅了♪(埼玉公演初日)

2026年7月25日(土)、ドキドキそわそわした一日。朝、待ちに待った彩の国さいたま芸術劇場〈大ホール〉でのNoism0 + Noism1『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』を観るべく、ドキドキそわそわしながら、上越新幹線で新潟から大宮を目指しました。朝から既に暑い暑い一日。

乗車したのはいつもより少し遅めの新幹線で、大宮着は10:20。下車する少し前からこの日のドキドキそわそわは「2乗」になります。というのも、9月の利賀芸術公園、「SCOT SUMMER SEASON 2026」で上演されるNoism『水妖譚』の電話予約がこの日の10時からの受付開始だったからです。私が行けるのは週末の土曜日のみ、争奪戦必至な訳です。

下車準備をしておいて、10時を迎えると、デッキ部へ移動して、ガタゴト音のなか、スマホを操作します。繋がりません。大宮で下車して、早速、ホームでも。繋がりません。埼京線で宿泊予定の赤羽へ。そこからも何度もかけました。繋がりません。再度、埼京線で与野本町を目指し、到着後は公演会場の彩の国さいたま芸術劇場を目指し、(周囲の安全を確かめながら)一歩ごとの歩きスマホでした。繋がりません。劇場に着いてからは、Cafe Paletteで食事しながらの鬼電です。繋がりません。諦めきれず、何度も何度も。かけ直すこと、251回。(スマホはちゃんと回数を表示してくれるのです。)そして時間は13:15、「あっ!」と声が出そうになります。遂に繋がったからです。しかし、電話の向こうからは、無情にも、土曜日の公演は既に満席との由。撃沈でした(涙)。

ですが、そんな「傷心」さえ忘れてしまうほど、熱い感動で揺さぶってくれたもの、それこそ、この日、埼玉の大入りの舞台に降臨したNoismの2演目でした。

まだ明日、1公演を残していますから、ネタバレを避けつつ、その意味では、まだまだ「微妙な」ご紹介に留めさせて頂きます。開場すると、そこにサティの『ヴェクサシオン』が流れているのは新潟4公演と変わりありませんでしたが、探せども、ホワイエに「その人」の姿はなく、はや、開演時間が迫ってきます。5分前くらいになっていたでしょうか。客席後方の入り口付近に漸く「その人」を認めました。そこからは、新潟公演の初日と似た流れで、『私は海をだきしめていたい』に繋がっていきました。

その妖しくも謎めいた、心地よい迷宮のような赤と黒を目の前にしたならば、もう心はすっかり連れ去られてしまい、抜け殻のようになった身体でうっとり見詰める以外ないのではないでしょうか。(この新作については、明日、大千穐楽の幕がおりてから、ひとつの拙い考察の試みをアップさせて頂こうと考えております。)

15分の休憩を挟んで、改訂版『春の祭典』です。新潟4公演でも心を鷲掴みにされてきてはいたのですが、根がボンクラなもので、お恥ずかしながら、この日になって漸くピントがカッチリ合ったように思えました。危ういバランスで成立していた関係性が何かをきっかけに崩れ、様々に移ろっていく様子が恐ろしいが迄に可視化されていきます。描かれる危機感はまさに今日的なものであり、ヒリヒリする痛みの実感を伴う点で、リアルホラーと言っても過言ではないでしょう。

終演後、(新潟4公演と同様に)金森さんも登場するカーテンコールでは、盛大な拍手と「ブラボー!」の大音声が場内に長く谺したことは言うまでもありません。場内を埋め尽くした観客が贈る拍手に対し、やがて、金森さんが、そして、舞台上の舞踊家全員が拍手して返すに至るその瞬間、場内に漲る一体感は即、多幸感でもあり、一人残らず、埼玉の地で非日常の圧倒的な高揚感を味わい得たことでしょう。

暑い暑い(そして熱い熱い)一日の締め括り。感動に包まれながら、宿泊するホテルにチェックインし、「土用期間」ということで、こちらはなんとか手に入れることが出来た老舗名店の特上鰻弁当を頬張りつつ、この日のふたつの演目を回想する豊かさも噛み締めたことを書き留めておきます。

(shin)

「纏うNoism」#13:春木有紗さん

メール取材日:2026/05/28(Thur.)&07/04(Sat.)&07/15(Wed.)

2026年夏公演(『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』)、新潟公演の幕がおりて、埼玉公演の幕があがるまでのちょうど中間点にあたる今日(7/15)、連載企画「纏うNoism」の第13回、春木有紗さん登場回をお送り致します。色々お訊きしました。どうぞお楽しみください。

「本人の中身が新しければ、着ているものも新しく見える。ファッションとは、それを着ている人の中身も含めたものなのです」(川久保玲)

それでは「纏うNoism」、春木有紗さんの回をお楽しみください。

纏う1: 稽古着の春木さん

 *振り向きながらのバックショットから入りましたね。では、最初の質問です。この日の稽古着のポイントを教えてください。

 春木さん「今日の稽古着は薄ピンクのタンクトップと、NEUTRALWORKSとNoismのコラボパンツです。肌触りと伸縮性がどちらもすごく良くてお気に入りです。タンクトップの後ろがクロスしているのが可愛くてよく選んでしまいます」

 *振り返る笑顔ともどもとても素敵です。後ろでクロス♪ こちらのタンクトップ、どちらのブランドのものなのでしょうか。

 春木さん「lululemon のものです」

 *訊いてはみましたけれど、お答えは初めてのブランド名でした(汗)。ものを知らないものですみません。調べてみたところ、カナダのバンクーバーで創業されたスポーツウェアブランドとのこと。これからはちょっと気にしてみます。で、薄いピンクも可愛いですね。稽古着は、割と色味のあるものを着ておられるのでしょうか。

 春木さん「最近は自分の肌の色に近いものか、黒を着ることが多いです。作品にもよりますが、リハーサルの時に色で他の印象を作りたくないのでカラフルなものはあまり着ないようになりました」

 *そうなのですね。ではその稽古着なのですが、Tシャツよりタンクトップを選ばれることが多いのでしょうか。そのあたり、理由もあったら、教えてください。

 春木さん「私はタンクトップをきている事がほとんどです。半袖などで肩にひらひらあったら邪魔に感じるし、ピタッとしたものが腕にあると暑く感じるのでタンクトップを選びがちです」

 *なるほどです。今度は、NEUTRALWORKS と Noism のコラボパンツについて伺います。同じくコラボの上着もあると思うのですが、こうやって下だけとか、或いは逆に上だけとかで着られる機会も多いのでしょうか。

 春木さん「一緒に着ることもありますが、ばらばらで他のものとあわせて着ることもよくあります」

 *上下のセットアップって便利ですよね。次は、皆さんに訊いている「お約束」の質問になるのですが、お好みの靴下などありますか。お気に入りポイントも教えてください。

 春木さん「Nike の靴下です!分厚め、滑らない、スライドしやすいがお気に入りポイントです」

 *Nike、初登場きたぁ!っていうところですかね。試してみたいと思います、Nike。
ところで、もうひとつお訊きします。この場所はりゅーとぴあのレディースの楽屋か何かなのでしょうか。

 春木さん「写真の時は黒部にいたので、黒部の時みんながご飯を食べていたダイニングです」

 *おお、はいはい、黒部でしたか。そうですか、そうですか。「男子禁制」の楽屋画像だったらどうしようとドキドキしてしまいましたが、落ち着きを取り戻せました(笑)。

纏う2: 春木さん思い出の舞台衣裳

 *これまでの舞踊人生で大事にしている衣裳と舞台の思い出を教えてください。

 春木さん「バレエ学校時代に憧れていたカンパニーの作品を踊った時のもので、興奮と嬉しさを今でも覚えています。衣裳からキャラクターになりきれるようなそんなデザインでした」

 *「憧れていたカンパニーの作品」というあたり、そのカンパニーと作品について、差しさわりのない範囲で、もう少し詳しく教えて頂けますか。

 春木さん「New Adventures の『Highland Fling』という作品です。クラシックバレエの 『ラ・シルフィード』 を元にした作品です」

 *これもまた「訊いてはみたものの…」分類で(汗)。で、またまた調べてみました。マシュー・ボーンなのですね。YouTube でさわりを観ることが出来ますので、どうぞ。

 *それ、いつ頃のことでしたか。Central School of Ballet 時代のことでしょうか。

 春木さん「19 歳頃です。Central School of Ballet の 3 年生の時でした」

 *春木さんを含め、天使たちが何人もおられるようです。踊られたのは、どんなキャラクターだったのですか。

 春木さん「私は妖精たちの1人をやっていました」

 *とてもチャーミングですね。奥の照明といい、雰囲気もたっぷりの「萌え」写真です。

纏う3: 春木さんにとって印象深いNoismの衣裳

 *Noismの公演で最も印象に残っている衣裳とその舞台の思い出を教えてください。

 春木さん「『セレネ、あるいはマレビトの歌』の衣装です。この黒の衣裳は『Fratres』 や『Bolero』 でも使われていますが、私がNoismに来て初めてNoism0+Noism1の公演に出演して着て以来、かなりの回数着ているので愛着もあります」

 *あの黒の衣裳は、踊っているとき、あのフードで視界が狭まりがちになり、その扱いが難しいとも聞きました。実際、春木さんは如何でしたか。また、ほかにもあの衣裳特有の難しさはありますか。何か工夫されたり、気を付けたりされていたことなどを教えてください。

 春木さん「フードの扱いは大変です。ずれないようにフードの中にゴムをつけているのですが、その日のフードの調子によってゴムをずらしていました(笑)。
他にはあの黒い衣裳はボレロでも着用しているのですが、『Bolero』では踊りながらボタンを外したりしているので、慣れていない時はかなり手こずりました。メンバーにコツを聞いて押さえるところと引っ張るところをしっかり決めたらスムーズにできるようになりました」

 *踊るだけでも大変なのに、衣裳にも神経を遣うのですね。そしてそれを観客には一切見せないようにしているって、舞踊家の皆さんには尊敬しかありません。

 *ここでNoism Web Site へのリンクを貼ります。
『セレネ、あるいはマレビトの歌』、2023年5月、前沢ガーデンでの画像をどうぞ。

 *頂いた画像に関するものではないのですが、今、どうしても次の質問をさせて頂きたいと思います。『私は海をだきしめていたい』の赤の妖艶な衣裳で踊るみなさん、素敵過ぎます。最初、あの衣裳が届いて、初めて目にされたとき、春木さんはどう感じられましたか。そのあたり、教えてください。

 春木さん「初めてみた時は本当に素敵な、繊細なドレスだなと思いました。しかし同時にスカートの長さとスリットにもかなり驚きました」

 *その赤の衣裳、今はどんな気持ちで着ておられますか。

 春木さん「赤の衣裳を着ると自然と衣裳に似合う空気感を纏いたくなる気がします。どんな気持ちかは形容しがたいですが、こんな風に存在していたい、が強くなります」

 *うんうん、ええ、何とか想像できる気がします。特に、『グノシエンヌ第3番』の流れる場面、今風に言うと、もうホントに「好きすぎて滅!」って感じなんですけれど(笑)。これからご覧になる方も同じ気持ちになること請け合いですよ♪ 埼玉であと2回、存分に浸らせて頂きます。楽しみでなりません。

纏う4: 普段着の春木さん

 *新潟市はやすらぎ堤の夜景にベストフィットしていて、とても素敵です。この日のポイントと普段着のこだわりを教えてください。

 春木さん「このワンピースはゆかさん(=浅海侑加さん)からもらったものです!私の中ではフォーマルな服ですが他にもカジュアル目な服や色物など色々着ます!こだわりは自分に似合うものを着ることです(笑)」

 *グリーン系でピンストライプの入った「フィット&フレア」(と言うのだそうですね)のワンピース、そこに足元とショルダーバッグの黒がマッチして、フェミニンで大人っぽい印象がとても素敵です。一方、カジュアル目な服もお好みとのことで、そちらも気になります。春木さんはどんな色がお好きなのですか。

 春木さん「カジュアルな服では赤や水色の服も着ますが、ベージュやグレーなどの淡い色合わせも好きです!」

 *お洋服を購入される場合、色的になど、「冒険」したりする方ですか。もし、「冒険」したお買い物などあれば、それがどんな「冒険」だったのか、ちょっぴり教えてくださいませんか。

 春木さん「冒険はあまりできないほうですが、女性らしいロングスカートのワンピースを選んだ時は大人になった気分でした(笑)」

 *「自分に似合うもの」を着るこだわりに関してですが、よく購入されるお気に入りのブランドなどありますか。そのあたりも教えてください。

 春木さん「10 代の頃からmoussy をよく着ています」

 *「マウジー」と読むことも知らなかった私に、AIさんが、「『誰にも媚びない、強く自立した女性像』を提案する日本の人気レディースカジュアルブランド」であり、「トレンドと自分らしさを両立させたスタイルを発信し続けている」と教えてくれました。そうなのですね。
あと、新潟公演3日目の終演後に直接、少しお話しをお訊きした際に、お洋服などは頂きものも結構多いと伺いました。そのあたり、もう少し教えて頂けますか。

 春木さん「うちの家系は女が多いので叔母やいとこなどからおさがりでよく服やバッグ、化粧品などをもらうんです。実家に帰ると紙袋いっぱいの中から『好きなの選んでっ!』と渡してくれます」

 *それもそれで素敵なお話しですね。そしてその場面、目に浮かんでくるようです。
春木さん、ここまで色々教えて頂き、誠に有難うございました。

春木さんからもサポーターズの皆さまにメッセージをお預かりしています。

■サポーターズの皆さまへのメッセージ

「いつも温かい応援とサポートを本当にありがとうございます!
まだまだ未熟ではありますが、これからも感謝の気持ちを忘れず、良い舞台をお届けできるよう精一杯努力していきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!」

埼玉であの「赤」の衣裳で踊る春木さん、もうウズウズ待ち遠しくて堪りません。魅了されまくりの私たちですので、応援するの一択です。頑張ってください。春木さん、今回もどうも有難うございました。

これまで、当ブログでご紹介してきた春木さんの他の記事も併せてご覧ください。

 「私がダンスを始めた頃」#26(春木有紗さん)

 「ランチのNoism」#26(春木有紗さん)

今回の「纏うNoism」は春木有紗さんの回をお送りしました。また、次回をお楽しみに♪

(shin)

2ヶ月強振り♪ウェブ「dancedition」連載「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(17)」

2026年7月8日(水)、ウェブ「dancedition」の連載企画は、「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方(2)」(6/22)を挟んで、この日、「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(17)」をアップしました。正規の連載としましては、前回(16回)からは2ヶ月強経ってのものとなります。

今回、先ず井関さんが語ったのは、劇的舞踊『ROMEO & JULIETS』(初演:2018年7月6日・新潟・富山・静岡・埼玉)。井関さんが書いておられたように、SPAC(静岡県舞台芸術センター)の俳優さんたちが大勢出演された豪華な大作でした。

「ジュリエットたち(複数)」という点でも、井関さんがアンドロイドであるという点でも、実にオリジナリティ溢れる、観ていて楽しい作品でした。そのなかで、井関さん演じるロザラインは、当初はまだ充分に書き込まれていないところから創作が始まっていたのですね。「頭で考えてわかるものではない」「身体で空間に入り、理解して、そこから役がどんどん入っていくようになりました」と井関さん。あの楽しさの裏にそんな当惑する事情があったとは。

その『ROMEO & JULIETS』ですが、各地の劇場を巡演する間に、大小様々な変更がなされていったことも記憶に新しいところです。とりわけ、各劇場の舞台形状の都合からトップシーンが変わり、「死」の表現も違うものになっていたり、挿入されるロザラインの映像が何度も差し替えられていたりと各地で様々なヴァージョンを観ることになり、それも楽しさに繋がっていたことは確かでした。

そして諸々節目の年でもあったという「不惑」の40歳の頃のこと。先入観を捨てて、身体への向き合い方を見直していく作業は本当に大変だったに違いないでしょうが、「実感を伴った」ことで続けられたとされたあたりは、「やはりそれはそうなのだな」と繊細な作業の「真実」を感じながら読みました。

次いでは、「R.O.O.M./鏡の中の鏡」公演(実験舞踊vol.1『R.O.O.M.』『鏡の中の鏡』)(初演:2019年1月25日・新潟・東京)です。

こちらも魅力的な2演目でしたね。あの存在感溢れる「箱」は、あれ以前も、あれ以後も見たこともないものであり、その存在感に舞踊家たちが絶妙に絡み合う様子は、とてもシュールで美しく、ワクワク感に半端ないものがありました。

愉しいことこの上ない演目『R.O.O.M.』では、トウシューズには、勿論、大きなインパクトがありましたが、それを巡って、ここでも、井関さんは身体への気付きを得て、それを新たなテクニックに落とし込んで進んでいたのですね。

もうひとつの『鏡の中の鏡」 の方は、最初にまったく別の音楽を用いて振付を行っていたことも興味深い事実ではありますが、目を合わすことなく踊られていくデュオ、その緊張感、思い出しました。最後のところ、タイミングを決めずに、初めて顔を上げて相手を見やる場面の「一回性」、その妙味もはっきり思い出しました。

読んでいると、舞踊家(井関さん)が自らの身体に注ぐ視線のその奥深さを、少しなりとも想像出来るような「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(17)」でした。こちらからどうぞ。

【追記】今回も、この後、コメント欄にて、舞踊評論家の故・山野博大さんによる『ROMEO & JULIETS』のご批評ほか(PDF)へのリンクを貼らせて貰う予定です。そちらも是非ご覧ください。

(shin)

「Noism『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』公演初日を観て」再掲載(2026/07/05 新潟公演千穐楽)

2026年7月5日(日)、Noism『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』の新潟公演千穐楽。
艶めかしさが横溢するところに、シュールな要素が交錯する前者は瞬きするのさえ惜しく、見詰め過ぎたせいか、ドライアイ状態になり、後者には徹頭徹尾、音の洪水と群舞の迫力に圧し潰され、全存在を揺さ振られ、その2演目、もうこれ以上は望めないほどに分厚い時間を目いっぱい堪能し尽くしました。

新潟公演楽日のこの日、見詰める最中に私を捉えて離さなかった思いをここに書き記しておくなら、こうです。
舞台上、舞踊に献身する舞踊家という、この世のものとは思えないほどに美しい生き物を観た、と。

この日はそれが全てですし、未だネタバレは出来ない状況から書かない方がよいことだらけなのですが、前日、話に出した『私は海をだきしめたい』冒頭の「変更」の有無についてだけはお伝えしておきます。結論から言えば、前日(3日目)とまるっきり同じではありませんでしたが、かと言って、全くの別物でもなく、「新潟version2b」くらいの表記が相応しいものだったように思います。果たして、埼玉公演ではどうなるのでしょうか。とても興味をそそられるものがあります。

この日、新潟公演千穐楽の舞台を目撃し、このブログを書くにあたって、現時点で、書き得ることはほぼ全て、初日に、新潟・市民映画館 シネ・ウインドさんから依頼を受けてものした拙稿のなかに書き尽くしています。(全公演が終わったときには、書きたいことはありますが。)
そこで、シネ・ウインドさんの許可を得て、ここにその文章を、一切の改稿を行わず、体裁もそのままにこのブログにも再掲載させて頂きます。
私個人の思いに過ぎない文章ではありますが、読まれた皆さまが、3週間後、埼玉公演を観る選択をして頂くために、少しでも背中を押すことに繋がれば、そう願う気持ちがあります。
実にイレギュラーなことで、既に読まれた方もいらっしゃるかとは思いますが、是非、このタイミングでもお読み頂きたく、ここに再掲載致します。

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Noism『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』公演初日を観て

 2026年6月27日、Noism夏公演の初日の舞台を観てきた。渾身の2演目には徹頭徹尾、圧倒され通しだった。同時に、新潟市民としてシビックプライドをかき立てられずにはいられない「公共劇場専属舞踊団」という在り方でのNoismを観る機会がこれを含めて3回になってしまったことを残念に思う気持ちもある。今回も物凄い舞台を目撃したからである。


 印象的な赤と黒、静謐なタブローを思わせる『私は海をだきしめていたい』。官能的でいて、パリのエスプリ要素やアラン・レネ『去年マリエンバードで』のような不条理も香しい。休憩を挟んだ後は、情動を煽りたてて止まない激烈な改訂版『春の祭典』。神経症的不安が募る季節、「木の芽どき」としての「春」に身の毛もよだつ思いはどんどん加速していった。そんな静と動、真逆とも言える2演目を併せて観る公演はまさに豊穣そのものであり、贅沢なことこの上ない。
 しかし、この舞台、観終えたとき、人は、(今回もまた、)せいぜいが「良かった」「凄かった」或いは「美しかった」くらいの陳腐な言葉しか出てこないことに絶望するほかない筈である。観る者を感動にうち震わせておきながら、いざ語ろうとすると、その言葉の限界にまざまざ直面させては、絶望に苛まれることを余儀なくさせてしまう舞台、それがNoism。幾百、幾千もの言葉を費やして語ろうとも、その絶望はおおよそ変わらない。舞踊への献身のみが可能にするその境地、まさに語り得ないのである。
「自由に観てくれればよい」、金森さんは常にそう言ってくれるのだが、ことによると、その「自由」ほど厄介なものもないのかもしれない。その「自由」。「わかる/わからない」の次元とは一線を画すものなのだが、容易に言語化されたり、要約されたりしない舞台を「自由に」見詰めることが、市民への浸透という積年の課題にとってある種の障壁となっていたのかもしれないとすれば、実に皮肉なことと言えようが、それも今は別の話か。ともかく、舞踊家の身体が、言語を介することなしに、音楽と照明、限られた装置と渾然一体となって、客席にいるこちらの身体に届き、そこに共振が始まるや、そこからはもう感情は揺さぶられっ放しになり、最後には陶然となって、大きな感動に包まれている自分を見出すことになるのである。その一期一会の生々しさの体験はまさに「事件」と呼ぶに如くはなく、足を運ばぬことを選んでしまうのは実に勿体ない。


 これまで、Noismの公演時間にあって、観ることが出来るにも拘わらず、それを選ばずに、その一時間強を、それに勝る豊穣な時間にする術などついぞ思いつきもしなかったので、可能な限り、公演会場を訪れることにしてきた。足を運びさえすれば、(たとえ何度目の鑑賞であったとしても、)その都度、(その一度限りの)途方もない渾身の舞台を総身で受け止める至福にあずかることが出来るからである。そして今回、幸い、埼玉もさして遠くはないのだし、全公演を観ることが出来る僥倖を有難く噛み締めている。他の選択肢などあり得ないし、別に難儀なことなど何もない。この「語り得ぬもの」を目撃する時間が私の人生にとってかけがえのないものであると確信するからである。
今、私はNoismをだきしめていたい。  (2026/06/27)

              NoismサポーターズUnofficial 下村 伸


    (初出:新潟・市民映画館 シネ・ウインド公式サイト『新着情報』(2026/06/28)

☆☆☆☆☆

(shin)

「それ」も想定内だった♪『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』新潟公演3日目(アフタートーク付き)。

先週の2公演はまだ水無月でしたが、2026年7月4日(土)、この日は月が替わって、気温も上昇した文月のりゅーとぴあ〈劇場〉で迎える『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』新潟公演3日目です。

中5日で迎えた公演3日目でしたから、「それ」はもう充分に想定内でした。そしてやはり「それ」を目にすることになりました。『私は海をだきしめていたい』のまさに冒頭部です。「それ」とは何か。お察しの早い皆さんは既にお気付きかと思います。そう、冒頭部に演出の変更があったのでした。よりスタイリッシュになった感があります。もとより、変更など、金森さんには別に珍しいことでもありませんし、中5日も挟むのなら、「絶対あるだろう」そう思っていた程です。とりあえず、明日もこの日と同じ冒頭部だろうと考えて、「新潟version2」としておきますが、もしかしたら、明日も変わることで、それぞれ「新潟3日目version」と「新潟楽日version」となることだってあるかもしれません。金森さん作品、そうした点でも一期一会なのです。

今日のブログですが、先ずは入場時にお手許に届く「Noism Supporters Information #14(June 2026)」のご紹介から始めさせて頂きます。金森さん、井関さん、そして山田勇気さんからのメッセージは必読ですので、こちらにも掲載したいと考えました。少々見にくいかもしれませんが、ピンチアウトしてご覧頂けましたら幸いです。

この日も「希望」に満ちた「身体の咆哮」はとても胸熱で、見詰める私たちの身体を熱く熱くしていってくれました。大きな感動に揺さぶられました、この日も。しかし、ネタバレは出来ませんし、そうした舞台の素晴らしさすら、ほんの「想定内」でしかありませんし、また、初日と2日目のブログにも(ネタバレなしで)それなりに書いてありますしで、今ここでこれ以上の記述はしないでおきます。否、する必要があるとは思えません。

その代わりに、ここでは、終演後に行われたNoismメンバーたちによるアフタートークについてご紹介させて頂くこととします。

この日の進行役は山田勇気さん、そして、Noism1の中尾洸太さん、庄島さくらさん、庄島すみれさん、坪田光さん、糸川祐希さん、太田菜月さん、松永樹志さん、春木有紗さん、Noism1凖メンバーの江川瑞菜さん、与儀直希さんが登壇されました。

広角に全員を1枚に収める画像は撮れませんでしたので、先ずは画像2枚でのご紹介です。(重なるメンバーもいます。)
【1枚目】左から、山田さん(進行)、坪田さん、糸川さん、与儀さん、すみれさん、中尾さん、春木さん。

【2枚目】左から、与儀さん、すみれさん、中尾さん、春木さん、さくらさん、松永さん、太田だん、江川さんです。

(これ以降の画像は、メモをとる傍らに撮ったものであるため、目の前にいたメンバーのものが多くなっております。ご了承ください。)

それではトークについて、掻い摘んでのご紹介です。(なお、演出に関する質問もあったようですが、この日は実際に踊った舞踊家への質問に限るかたちでの進行となりました。)

Q: 傘や帽子といった小物を持っての踊りについて
 -坪田さん:
 毎回どきどきする。傘は速く動かしたいけれど、空気の抵抗で煽られてしまう。角度が揃うようにとか、帽子は速くかぶるようにとか気を遣う。
 -糸川さん: 帽子はレディースにかぶせたり、自分でかぶったり。サイズも違うので、交換し合ったりしている。(「一番大きなサイズは自分」と坪田さん。)
 -すみれさん: 動きのなかで帽子をとったり、かぶせたりするが、目のところまでかぶせてしまうと、見えなくて踊り難そうなので少し難しい。傘もちょっとした角度で平行に見えなくなってしますし、軸をしっかり持って踊るのは大変そう。

Q: 踊っている感覚なのか、演じている感覚なのか
 -与儀さん(『春の祭典』のみ出演): 今回、曲を覚えるところから始まり、踊っている感覚だったが、今はエモーションが聞こえてくるようになり、演技の感覚もある。
 -中尾さん: 演じている感覚はそれほどない。無意識に陥り過ぎないように意識しよとしていて、表裏一体。どっちが表でどっちが裏かわからないべた~っとした状態。
 -春木さん: 自分が音楽と合わさったときに踊る感覚。演じている訳ではない。「演じている」を出すために、動いたときに出るものを積み重ねていくようにしている。

Q: 2週に跨る公演、どう過ごしてきたか
 -さくらさん:
 最初は詰めてやってきていて、気持ちを結構あげていた。その2公演の後は、客観的にどう見えているのか、冷静になれて、どうやったらスムーズにいくかなど「研究」することが出来ている。
 -松永さん: オフが2日あって、その間はしっかり忘れて休んだ。そうしないと心と頭がもたない。
 -太田さん: 2日間、何も考えずに休むことにして、趣味の映画や温泉を入れて、何とか乗り切れた。
 -江川さん(『春の祭典』のみ出演): 気持ちの持って行き方や集中の持って行き方、よい緊張感を保っていくのは難しいなと感じた。

Q: 『春の祭典』は変拍子の曲。拍で踊るのか、音で踊るのか
 -坪田さん:
 2020年のこのクリエイションが始まった頃には、全部数えていた。楽譜が用意されて、全部カウントした。今は、数えているところと、音でいこうとしているところとそれぞれがある。
 -春木さん: 今回から加わったメンバーは、結構、カラオケ的に歌えるようになっていると思う。5とか、6、7,4だったり、自分の音は歌えるようになっている。

Q: 動きや振りを他者に伝えるときに意識していることは
 -中尾さん:
 最初はあまり言語化しなくていい。言語化すると、情報を限定しがちになるので、オノマトペを使うとか、ざっくりした言い方やふわっとした言葉で伝える。

Q: 『春の祭典』は、ひとり間違えると目立ってしまうが、もし間違えたらどうするか
 -松永さん:
 間違えではないが、今日はちょっと事故ってしまい、椅子を踏み外して、「破壊」してしまった。しかし、焦ったら、次に響いてしまうので、やることに集中してやることに。それから、まわりに頼る。「折れた破片、どうしよう?」と思ったが、洸太くん(=中尾洸太さん)が走ってくるので任せた。結構、助け合いもある。
 -糸川さん: 『春の祭典』は、椅子の配置、フォーメーション、バミリも多くて大変。間違えたときには、後に引き摺らず、「今」に集中することが大事。
 -山田勇気さん(司会): 自分のなかに、「挽回しよう」だとか、いろんな自分がいる。最善にするために、自分のなかで自分とのコミュニケーションが起こっている。

Q:) 演劇と比べて、抽象度が高くて、感情が生々しく伝わってきて驚いた。とても現代的と感じたが、この先のビジョンは
 -山田勇気さん:
 踊っている立場からすると、音楽やスタイル、ジャンルは変わっても人間はそう変わっていないので、ずっと同じことが繰り返されている。生身の人間がそこにいることを感じさせる舞踊の価値そのものは変わらない。

Q: 『春の祭典』は当初、オーケストラが踊り出したらという設定でクリエイションされた。それぞれどんな楽器が割り当てられているのか
 -山田勇気さん:フレンチホルン、 坪田さん:ティンパニー、 糸川さん:オーボエ、 
与儀さん:ビオラ・トランペット、 すみれさん:クラリネットほか、 中尾さん:フルート・アルト、 春木さん:ファゴット・ヴァイオリン・ピッコロ、 さくらさん:ヴァイオリン他、 松永さん:ホルン、 太田さん:ファゴット・ヴァイオリン、 江川さん:フルート 

Q: 表現するとき、どんなことを意識しているか
 -坪田さん:
 このような舞台では全身が見えるので、全てをどう見せるか。
 -糸川さん: 舞台で存在していくのにエネルギーを回して、立っているだけで魅了出来るように。そして、外の環境や空気を動かすこと。
 -与儀さん: 身体の外、空間を意識している。そして目の使い方。あと、「次のこと」は考えないようにしている。
 -すみれさん: 目は大事。あと、外から見られている意識。
 -中尾さん: みんなの答えに加えて、どこから照明が当たっていて、どこにどう影ができているかなども表現に含まれる。
 -春木さん: 空気全部を動かすこと、自分のなかを満たすこと。
 -さくらさん: 表現が小さくなってしまわないこと。想像して、どういう表現が出来るか考える。
 -松永さん: 身体の前から出るエネルギーだけではなく、後ろから出るエネルギーも。
 -太田さん: 客観視すること。燃やし切ること。
 -江川さん: 全身。ふとしたときに抜ける瞬間のないよう心に留めている。


…と大体、そんなところでしたでしょうか。 (~17:20)

「ホーム」新潟では、4公演のうち、気付けば明日、楽日の1公演を残すのみとなりました。もう寂しさがひしひしと。ですから、その部分の癒しにでもなればと思い、終演後に撮らせて頂いた素敵な画像を一枚を投下致します。ど~ん♪


どうです。太田さん(左)と春木さんの素敵過ぎる笑顔画像に、もうキュン死寸前です、私。このおふたりを含めて、舞踊家の全員の「希望」に満ちた「身体の咆哮」に共振するべく、明日の舞台も是非!見逃しはなりませんよ!
果たして金森さんはまた変えてくるのか、それも見どころとしてありますね。また明日、新潟公演楽日の劇場でお会いしましょう♪

(shin)