「Noism2定期公演vol.17」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル&囲み取材に参加してきました♪

2026年2月26日(木)、上着を着る必要もないようなお昼どき、りゅーとぴあ〈スタジオA〉を会場に開催された「Noism2定期公演vol.17」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル及びその後の囲み取材に参加してきました。

この度の定期公演(3/6~3/8・4公演)は、「振付家育成プロジェクト」として、Noism1メンバーの中尾洸太さん、坪田光さん、樋浦瞳さんがNoism2メンバーに振り付けた3つの新作デュエット作品をその内容とするもので、題して「Three Duets in the Black Box」です。

この日は12:15からの公開リハーサルで、その3作品を15分ずつ見せて貰いました。

最初は、坪田光さんの『Island』(出演:平尾玲さん大﨑健太郎さん)。

Noism1 坪田光さん

続いて、樋浦瞳さんの『A Mosaic of Moments』(出演:四位初音さん鈴木彩水さん)。

Noism1 樋浦瞳さん

最後に、中尾洸太さんの『地平線のドーリア』(出演:鈴木彩水さん・平尾玲さん)。

Noism1 中尾洸太さん

年末からずっとのしかかっている重苦しい空気感をひととき忘れて、舞踊に見入る時間、その贅沢なことと言ったらありませんでした。少し忘れてしまっていたそんな感覚。振付家1人と舞踊家2人。それぞれの「作品」イメージを間に置いて、若き振付家と若き舞踊家が対峙しながら創作を行う様子は、とても瑞々しく、新鮮味溢れる時間でした。

3つの作品(の断片)の外見的印象からのみではなく、細かな動きのブラッシュアップを行う3人の若き振付家の姿からも、個性の違い、もっと言えば、多様性を感じることが出来ました。

その後、場所をホワイエに移して行われた「囲み取材」に立ったのは、Noism地域活動部門芸術監督の山田勇気さんと、中尾さん、坪田さん、そして樋浦さんの4人。そこでのやりとりからご紹介を試みます。

〇今回の公演の全体像・趣旨
-山田勇気さん 「研修生の定期公演は、これまではダンサーの育成が中心だったが、クリエイターも対(つい)で成長していく必要がある。専属舞踊団として、作る人も育てていかなければならないということで、少し前から始めていた振付家育成プロジェクトをNoism2のメンバーと新作を作ってNoism2の公演のなかでやってみようということになった」
(今回の「デュエット」という制約に関して) 「2人という小さな単位で、身体と身体で何が出来るかにフォーカスして、舞踊家と舞踊を作ることを見詰め直すことで、振付家としての自分の立ち位置・欲望などがより良く見えてきて、次に活かすことが出来ると考えた」
(3人それぞれの作品の仕上がりに関して) 「今年に入ってから、段階を踏んで、国際活動部門芸術監督(井関さん)、芸術総監督(金森さん)も含めた3人で途中経過から見て講評を与え、ディスカッションしてやってきたことは今までにないプロセスであり、完成度が高まってきた」

●今回の作品のテーマ、作品に込めたもの
-坪田光さん 「デュエットということで与えられた課題はすぐに肌で感じた。それをNoism2の作品でやるに際して、『試練』とそれに対してどう闘うかを作品に込めれるようにした」
-樋浦瞳さん 「自分が身体をどう捉えているかを見詰め直した。身体はその人が生きてきた経験や瞬間の集積であり、どんどん変わっていくもの。生まれ変わりながら生き続けていく状況を作品にした」
-中尾洸太 「今回は音楽自体がテーマ。しかし、音楽を表現するものではなく、武満徹という圧倒的な芸術家の音楽に対して、どう向き合うか、そのプロセスの集積・結果のようなものがこの作品になったと実感」

〇山田さん担当のオープニングや構成の見どころについて
-山田さん 「デュエット作品は密な空間が生まれるものだが、集団として、舞踊家全員が集まって踊っているシーンはやりたいし、見せた方が良いと思っている。『これがNoism2だ」という集団性を最初に見せるのがオープニングの意図。そのなかの一人ひとりが作品のなかでどんな姿を見せていくか。構成は色々試しているが、結果はシンプルなものになりそう。一つひとつの作品を楽しんで貰うために、時間をちょっと作るようなシンプルなもの」

●選曲について
-中尾さん 「武満徹は西洋の音楽と日本や東洋の独自性を混ぜ合わせたり、再定義しようとする問題意識があると思う。自分自身、祖母が日本舞踊を教える稽古場の傍ら、クラシックバレエを踊ってきたので、同様な問題意識が根っこにあると思っている。なんとなくこのタイミングかなと思い、自分の挑戦でもあり、この曲(『地平線のドーリア』)を選んだ」
-樋浦さん 「曲が先にあったのではなく、誰に踊って貰うかを決めて、テーマが見えてきて、それを表現するために思い至った曲(『Alva Noto & 坂本龍一『By this River – Phantom』)。もともと、ブライアン・イーノの原曲が好きで聴いていた。今回、テーマ設定した際、繰り返すメロディや脈打っている感じを曲のなかに見出したことでやってみようと決めた」
-坪田さん 「4曲使っている。まず作品のなかにある波から想像して、『旅立ち』とか『出会い』とか『試練』とかを基に曲を探した。で、3曲目のショパン(「12のエチュード Op.10-4嬰ハ短調」)は『試練』にピッタリだと思って選んだ」

〇山田さんの目に映る3人の振付家の印象
-山田さん 「その人が出ていると言えば、出ている。性格というよりは、その人の物の見方・考え方・感じ方。それが物凄い集中力でひとつの事に向かったときにこういうかたちで出力されるのかと。根っこにあるものが自分だけのものにならずに、お客さんと共有可能なものになるのか、舞踊という身体を使った限られた表現のなかでどういうふうにしていくのか、それぞれの『色』が以前より明確になってきた感じがする」

●Noismを巡る現在の「不安定」な状況下での公演に関して
-山田さん 「本来あるべきかたちとして、芸術総監督の金森が言っていたことでもあるが、『今回が最後だと思って作らなければならないし、今回が最後だと思って踊らなければならない。それはいつでもそういうもの。今回もそう」
-坪田さん 「我々は舞台の上での活動なので、舞台でどう闘うかだけだと思う」
-樋浦さん 「本当に一期一会で、毎回、毎舞台。以前にもNoism2メンバーと作品を作ったことがあるが、そこから巣立って、別の環境で踊り続けている人もいる。このNoismという場所が、舞踊家・振付家含めて、大きな野望の旅の途中であることは今も昔も変わりはないと思う。一つひとつの瞬間を大切にしたい」
-中尾さん 「大変です、気持ちが。不安のなかで作品を作ること。不安や恐怖が積み重なっていく実感がある。そのなかで自分と向き合って作品を作ることの恐怖、純粋に。作品に向き合う、舞台に向き合うという気持ちはあるが、まだ25歳でしかないので、不安で一杯。色々なことに凄いビビっている。でも、それを隠して頑張っている」

…大体、そんなところでこの日の囲み取材は終わりとなり、その後、進行役のNoismスタッフ・高橋和花さんより以下の事柄が告げられました。
・3/6(金)公演の後に、アフタートークがあること。
・樋浦さん作品の出演者が、当初、キャスティングされていた沖田風子さんが怪我のために降板し、四位初音さんの出演となったこと。(←囲み取材の際のやりとりでもこの交替については触れられていました。)
・3/6(金)及び3/7(土)14時の回がチケット完売となり、千穐楽の3/8(日)もチケット残り僅かで、3/7(土)18時の回のみ、まだ余裕がある販売状況とのこと。なお、Noism Web Siteの「News」欄に【チケット販売・最新状況】が随時更新し掲載中とのこと。

諸々混迷を極める状況下ながら、弥生3月、春風のような爽やかな公演が待たれてなりません。大注目ですよ、皆さま。

(photos: aqua & shin)

(shin)

りゅーとぴあの2・25発表に激しく動揺も、「ここで諦める訳にはいかない!」…そんな思い…

2026年2月25日(水)、新潟市民芸術会館(りゅーとぴあ)は、公益財団法人新潟市芸術文化振興財団(同日発出)の以下の発表を行いました。

「当財団とレジデンシャル芸術監督との協議経緯及び現状のご報告」(併せて「覚書」・「合意書」)

懸案の金森監督の「退任意向」に関して、主だった内容を取り上げるならば、次のようになるでしょうか。
(1)市と財団の役割分担を明確化した「覚書」において、「レジデンシャル事業の実施体制の構築」「レジデンシャル事業の実施」を担うのは財団であること。(芸術監督の選定を含む。)
(2)2025年12月28日、金森監督からなされた回答を財団は最終回答として受け止め、金森監督への任期更新の要請は終了としていること。
(3)今後、財団は次期監督の選定に向けた検討を進める段階にあること。

一読し、激しく動揺しました。繰り返し読んでも動悸が収まりません。しかし、「ここで諦める訳にはいかない!」そんな思いでおります。まずはご紹介・ご報告まで。皆さまからのコメントもお待ちしております。

(shin)

舞踊の「意義」を、この国は築けるのか? - 「新・柳都会」vol.1(2026/01/24)レポート

1月24日(土)の新潟市は、時ならぬ豪雪に見舞われた。年末のNoism Company Niigata金森穣芸術総監督「退任」報道以降、舞踊団と新潟の文化の未来を思わぬ日は無かったが、同じ思いを抱くであろう方々と、日本舞踊界を牽引する6人が結集した「新・柳都会」にこもった空気には、良い意味で重みと熱を感じずにいられなかった。


りゅーとぴあ・スタジオBの中央に四角く設えられた席には、金森さん、「Dance Company Lasta」櫛田祥光さん、「BATIK」黒田育世さん、「La Danse Comagnie Kaleidoscope / Dance Brick Box」二見一幸さん、「OrganWorks」平原慎太郎さん、「関かおり PUNCTUMUN」関かおりさんの順で坐り、参加者もその四囲の座席で、この濃密な対話を目撃した。

この模様は、後日YouTube(https://youtu.be/b4HN9ekaEEI?si=HGOEbIJQ-_zDWKpq)でも配信される為、対話の細かなニュアンスはそちらを参照していただきたい。だが、金森さんが5人の舞踊団主宰者に問いかける「舞踊団のダンサー・制作担当者の人数」「舞踊家が制作を兼務すること」「稽古場をどのように確保するか?」「舞踊団を作るモチベーション」「定期的に公演する劇場はあるか?」「もし日本の何処かの劇場が、劇場専属舞踊団を募集したら、応募するか?」「舞踊団の拠点を地方に移すか?」といった問いかけと、その返答は、これまで金森さんが指摘してきた、舞踊家が舞踊だけに専念出来ない日本の現状や、東京に一極集中する舞踊界とその要因、Noismという画期的な事例が波及しなかった現実、「公平性」と劇場の平穏な維持を求める行政・公共施設運営側と芸術家との断絶などを改めて突きつけるようだった。決して数値化し得ない、芸術が人の心に深く及ぼす力、言葉で語り得ない舞踊という共通言語で成り立つ舞踊団と観客との豊かな関係性は、6人と聴衆にも共通した認識だが、Noismに通じる「劇場専属舞踊団」が何故他に生まれなかったのか、その複雑な要因もまた浮き彫りにするようだった。

5人のゲストそれぞれの実感に基づく言葉ひとつひとつが刺さったが、ひときわ印象深かったのは、かつてNoismに所属し、新潟でも公演を実施してきた平原慎太郎さんの、師・金森穣に通じる明晰かつ真摯な語りだった。昨年末に表面化した「事件」への悔しさを滲ませつつ、「行政にもダンスが好きな人はいる。ただ、社会や市民の声が届かないと機能不全に陥る。ここに集まってくれた舞踊・芸術を愛する人が何倍にも増えれば、公共も動く」という言に「ただ数を増やすだけでは、大衆的なものがドッと動き、数に踊らされてしまう。数で測り得ないものがある」と返す金森さんのやり取りや、「行政と芸術家の中間に立って、芸術の必要性を伝えられるスポークスマン的存在が必要だ」との指摘など、今回のやりとりの中でもハイライトになっていたように思う。

この国の舞踊始め芸術・文化が、より伸びやかな未来を描く為に、現状を厳しく見つめ直す視座を与えられるようなひと時であり、一連の「事件」を突破する為に何が出来るかを改めて考えている。

久志田渉(安吾の会事務局長、さわさわ会役員)

(photos by aqua & 久志田渉)

【速報】中原八一市長への「質問・要望書」からの、副市長面談について(2026/01/22)

1月5日にNoismサポーターズ、さわさわ会、安吾の会、シネ・ウインド連名で中原八一市長へ提出した「質問・要望書」に関して、新潟市側より面談の機会が設けられました。

1月22日(木)10時より新潟市役所秘書課にて、中原市長は公務の為、欠席。野島晶子副市長にご対応いただき、私たちからは、さわさわ会、シネ・ウインド、安吾の会代表・齋藤正行、Noismサポーターズ事務局長・越野泉、さわさわ会役員、安吾の会事務局長・久志田渉の3名が出席。20分間の予定でしたが、40分近い議論となりました。

野島晶子副市長(左)と齋藤正行

私たちからは、新潟市長・新潟市文化振興財団・有識者、そして金森穣さん出席による公開での対話の機会を求める「新・要望書」を提出。改めてNoism存続に向けた制度の見直しや、22年目を迎えるNoismに限らず、新潟の文化を長い時間軸で見つめていこうと提案。これに対し、野島副市長からは先の「質問・要望書」に関して、「レジデンシャル制度」と金森穣さんとの契約に基づく回答が提示されました(詳細は市からの「回答書」〈画像〉を参照してください)。

中原市長からの「1/22回答書」

面談でのやり取りについて詳細は伏せますが、その後の囲み取材にて齋藤代表が「今回の『事件』が、新潟とその文化を何段もレベルアップさせる契機となってほしい。そしてそこには金森穣という存在が必要だ」と力強く語ったことは特記します。

囲み取材に応じる齋藤正行

何より、22年目を迎えるNoismと彼らを擁する新潟市とが豊かに意見を交わし合い、創造的な未来に至ることを強く祈ります。

(久志田渉)

【追記】

この下には、この日、私たちが新たに提出した「新・要望書」(全文)も併せて掲載しておきますので、そちらも是非、ご覧ください。

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「りゅーとぴあのレジデンシャル制度」と金森芸術監督の「意向」をめぐる要望書

中原八一 新潟市長殿

日頃からの市政への並々ならぬご尽力に重ねて敬意を表します。また、この度はお願いしていた面談の機会を設けて頂いたことに心より感謝申し上げます。

1月5日付けでお送りした「『りゅーとぴあのレジデンシャル制度』に関する金森芸術監督の意向の取り扱いについて(質問および要望)」をお読み頂き、私たちの要望についてはご存知頂けているものと思います。

・金森監督が公開した「任期更新を固辞する理由」(4つ)についての見解。
・昨年12/29に、りゅーとぴあが「お知らせ」として、「金森監督への感謝と、そのレガシーを引き継いでいく決意を込めて」とする踏み込んだ内容の文章を発表したことについての見解。

その後、Noismメンバー・スタッフによる1月12日付け要望書の提出、そして、1月14日の市長定例記者会見があり、この度の面談となりますので、「1/5質問・要望書」に対する回答を頂くだけでなく、私たちが今、求めたい事柄を改めてお伝えしたいと思う次第です。

それは取りも直さず、芸術監督の任期をめぐる協議を継続(或いは再開)することです。
金森監督が提示した4項目(芸術監督任期の上限撤廃及び3つの環境改善の要求)に対して、知恵を出し合い、ここ新潟市での「最適解」を見出すことを意味します。

「1/14市長会見」で、中原市長は「一般論として、制度として不備や足りないところがあれば、見直しもやぶさかではない」と語っています。

そして、金森監督が求める環境整備に関する項目(3つ)に向き合うには、予算の問題も大きく関わってきます。りゅーとぴあ全体の予算が決まっているなか、音楽・演劇・能の各分野との兼ね合いも極めて重要な事柄ですし、現在の「仕組み」の刷新も含めて、ここでも知恵を出し合うことが必要です。

改めて、この4項目について、
有識者、新潟市、新潟市芸術文化振興財団(理事等)、りゅーとぴあ、
そして金森監督も出席しての会議開催を要望いたします。

なお、この会議は公開で開催されることを望みます。

以上、この先も金森監督がいて、Noismがある「他に比類のない」文化が息づく新潟市の継続・発展を求めての要望とさせて頂きます。よろしくお取り計らいくださいますようお願い致します。
また、ご多忙とは存じますが、これ以降も、諸々の進捗状況に応じて、私たちとも引き続き対話の場の設定を賜りますよう重ねてお願い申し上げます。

令和8年1月22日

 代表団体名:舞踊家 井関佐和子を応援する会「さわさわ会」、シネ・ウインド、安吾の会

住所:新潟市                  代表 齋藤正行             

連絡先:電話          FAX

     メール

NoismサポーターズUnofficial 事務局長(代表) 越野泉

☆☆☆☆☆

以上が、この日、私たちが提出した「新・要望書」となります。
改めて、新潟市の「創造的な未来」を睨みながら、制度の「軌道修正」を含む建設的な協議が行われていくことを願うのみです。

(shin)

【速報】Noismメンバー・スタッフの総意をしたためた「要望書」、新潟市長宛てに提出さる。(2026/01/13)

連休明けの2026年1月13日(火)の午後、懸案の「新レジデンシャル制度」下、報じられた金森さんの「退任意向」について、新潟市長宛てに、Noismメンバー・スタッフ全員(当の金森さん本人を除く)の直筆署名入りの「要望書」(作成日は2026/01/12)が提出されたことが各SNS上にアップされました。

この「要望書」(全文)は各SNSでもお読み頂くことが出来ますが、こちらにはNoism公式(Noism Web Site)の「News」に掲載された「新潟市長への要望書提出について」へのリンクを貼らせていただきます。胸熱の思いがこもった「要望書」、是非、お読みください。

私たちNoismサポーターズUnofficialも、前週(2026/01/05)、同趣旨の「質問・要望書」を提出していることはご存知のことと思います。ここに微力ながら、心より連帯を表明させていただくものです。

追って、本ブログでも、この後の動きは報じて参ります。引き続きよろしくお願いいたします。

(shin)

【追記】この要望書提出について、地元テレビ局のBSN新潟放送が、同日夕のニュース番組「BSN NEWS ゆうなび」(18:15〜)において、2分を超える尺で、映像も交えながら報じました。(キャスター:黒崎貴之アナウンサー)

下のコメント欄にて、報じられた2分強の文字おこしを載せておきましたので、そちらもご覧頂きたいと思います。

(shin)

金森さん慰留に向け、「さわさわ会」他との連名で中原八一 新潟市長に「質問・要望書」を送る(2026/1/5)

皆さま方、新年明けましておめでとうございます。今年もこれまで同様、否、これまで以上に、NoismサポーターズUnofficialと本ブログを宜しくお願い申し上げます。

「これまで以上に」、そう入れましたのも、昨年の年の瀬になり、突然に、金森さんの「退任意向」が報じられたからに他なりません。報じた新潟日報紙は翌朝、「任期巡り新潟市と溝」「制度変更で折り合わず」と、その「退任意向」についての背景を伝える続報も打っていますし、金森さんもご自身のブログに、「私が任期更新を固辞する理由〜レジデンシャル制度が抱える諸問題」として、市と財団に提出した書面をアップされていますから、その「溝」とされるものが概ねどういうものなのかはご存知のことと思います。

更に、本日(2026年1月5日)夕方になって、新潟日報デジタルが、「『尊重するしかない』と中原八一新潟市長 『立派な活躍をしてこられたと思うので、大変残念』とも」との見出しで新たな記事を配信しているような状況にあります。

私たちは、新潟市での金森さんとNoismの持続可能な活動を求めて、更には、金森さんが常日頃から口にされてきた「劇場文化100年構想」の思いを、今後も新潟市で一緒に追い続けていきたいという願いを込めて、今、時間の猶予もないだろうなか、この状況を打開することを目指して、やれることは何でもやっていこうという気持ちでおります。

なので、型通りの新年のご挨拶では済まず、その中に、「これまで以上に」を入れる必要を感じたような次第です。声をあげ、思いと力を結集して動いていくのは、今この時を措いて他にないとの認識でおります。皆さま方、何卒宜しくお願い致します。

以下に、本日(2026年1月5日)、私たちが「さわさわ会」他との連名のかたちをとりまして、中原八一 新潟市長に送った「質問・要望書」(全文)を掲載します。少し長いものにはなりますが、是非、私たちの心からの思いの丈が綴られたものとしてお読みいただき、ある種閉塞感も漂う現状に対して、風穴を開けるべく、一緒に立ち向かう気持ちをお持ちいただけますよう重ねてお願いする次第です。

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「りゅーとぴあのレジデンシャル制度」に関する金森芸術監督の意向の取り扱いについて(質問および要望)

新潟市長・中原八一殿

市政への日頃からの並々ならぬご尽力に深く敬意を表します。

さて、昨年末の12月28日に新潟日報がまずデジタル版にて「金森穣さん退任意向」「任期更新せず」(朝刊は12/29)と報じて以来、ずっと心を痛めております。
ご存知の通り、2004年に金森穣さんがりゅーとぴあの芸術監督に就任し、その際、国内初の公立劇場専属舞踊団Noism(現Noism Company Niigata)(以下、Noism)も発足しました。その後、20年以上の長きにわたり、金森監督とNoismは、一地方都市の新潟市にあって、県外からも、国外からも集客する芸術性の高い舞台で私たちを魅了し続けてくれただけでなく、他方、その磨き抜かれた身体を用いて、出前公演や各種ワークショップ、オープンクラス等を開催し、求められた「市民還元」も年々充実させて今日に至っております。「レジデンシャル・カンパニー」の故、全員が新潟市民である舞踊家たちが示す舞踊への献身が国内外からの高い評価を得ていることは言うに及ばず、そのNoismを擁する新潟市に、そして私たち新潟市民にさえ、羨望の眼差しは注がれており、まさに私たちに「シビックプライド」を感じさせてくれる存在であり続けていることもご承知頂いていることと思います。

ですから、私たちは、同新潟日報紙が件の記事の約1ヶ月半前(11/5)に報じていた、(芸術監督は)「金森さんに続投を」を既定路線と信じて疑うこともありませんでした。その記事はまた「Noismが今後も新潟で発展していく上で、金森監督の役割は非常に重要。引き続き率いてもらうことが望ましいと、委員でも意見が一致した」と有識者会議の座長を務めた片山泰介・青山学院大教授の言葉も紹介しています。この発言は、新潟市におけるNoismの今後の発展がそのまま、新潟市への寄与になるという見解を示すものと読んで間違いないものと考えます。
ところが、年末に至り、「退任意向」の報道を突きつけられたのですから、大きな衝撃を受け、戸惑っているような次第です。

その「退任意向」報道が出たタイミング(12/29)で、金森監督は自身のブログにて、「任期更新を固辞する理由」を明らかにしてくれました。金森監督によれば、「理由」は4つ。①芸術監督の任期に「最長二期10年」の上限があること、②専用スタジオがないこと、③担当の財団職員の増員、④専属舞台スタッフの増員、ということでした。

Noismの新潟での「発展」に繋がる方向性で、この先を展望しようとするなら、金森監督による「理由」①の「任期」に関しては、芸術家としての当然の思いと理解できますし、この間も一貫して改善(撤廃)を求めていたことは想像に難くありません。退任(解任)は「才能の枯渇、あるいは能力の低下」によるべきとする覚悟に深く感じ入るものです。そして②から④の「理由」については、市の財政状態とも関わるものでしょうが、ここまでの「前例のない」顕著な活動に鑑みて、知恵を出し合うことで突破口が見つけられなかったのか、と残念に思うものばかりです。また、「理由」④に伴う支出には収入となって返ってくる側面も大きいと考えられます。
4つはどれも至極妥当なものに思える訳で、金森監督はその芸術家としての信念と良心とから、「妥協できない」としていますが、協議のあり方次第では、「固辞」や「退任意向」には至らずに済む途もあるのではないかと今でも思っています。

そうした金森監督が公開した「任期更新を固辞する理由」(4つ)について、改めて、見解をお聞きしたいと思います。

そして、「退任意向」が報じられて以降の日付にも解せないものがあります。衝撃的だった新潟日報の第一報(12/28デジタル、12/29朝刊)によりますと、新潟市は「(退任について)まだ正式に聞いていないのでお答えできない」(新潟市文化スポーツ部・高田章子部長)としているにも拘わらず、新潟市芸術文化振興財団(以下、財団)は早くも同朝刊が出た当日(12/29)に、「お知らせ」として「金森監督への感謝と、そのレガシーを引き継いでいく決意を込めて」とする踏み込んだ内容の文章を発表しています。

折しも、官公庁は年末年始の閉庁期間に入っておりますし、きちんとした対応などなされ得ない頃合いだった訳で、誰がどういう責任でこうした文章を書き、更に発表までしてしまえるというのでしょうか。疑問であり、不可解以外の何ものでもありません。
財団による当該「お知らせ」は、信義誠実の原則に照らして、正式なステートメントとしてのあり方に疑義を覚えざるを得ません。そのあたりについても見解をお聞かせ願います。

金森監督とNoismは国内では「前例のない」唯一無二の「レジデンシャル・カンパニー」として、ここまで新潟市とともに誇らしい日々を歩んできたのですし、この先も世界に冠たる「前例のない」歴史を、新潟市とともに刻んでいって欲しいと心から願うものです。そのポテンシャルを金森監督とNoismは有していると信じています。5年や10年という年限で他と取り替えるなど出来よう筈もない傑出した舞踊団であり、それを実現した得難い芸術監督であるということを過小評価し過ぎではないでしょうか。

新潟市は、改めて金森監督がいて、Noismがあることの意義を見つめ直して、これまで獲得してきた世界的な名声を、市民とともに誇らしく思い、より積極的に発信していくべきだと思っています。
そして今一度、金森監督のもと、国内外から羨望の的たる「Noismのある新潟市」、その発展的な「前例のない」未来の姿に向けての協議を求めたいと強く思うものです。

以上、この間の経過を辿りながら、質問と要望をさせて頂きました。よろしくお取り計らいくださいますようお願い致します。
また、この質問と要望について直接お伝えしたいと考えておりますので、多忙とは存じますが、面談の機会を設けて頂けますよう重ねてお願い申し上げます。 

                             令和8年1月5日

代表団体名:舞踊家 井関佐和子を応援する会「さわさわ会」、シネ・ウインド、安吾の会

住所:新潟市                  代表 齋藤正行
連絡先:電話                   FAX     
    メール

NoismサポーターズUnofficial 事務局長(代表) 越野泉

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今後も何か動きがありましたら、本ブログにてもご紹介させていただくつもりです。声をあげることは力になると信じております。引き続きよろしくお願いいたします。

2026年元日、活動支援会員に届いた年賀状。
願うのは「これからもずっと」。

(shin)

衝撃!激震!新潟日報が報じた「金森穣さん退任意向」!(2025/12/28→29)

2025年12月28日(日)も遅くなってから、「X」の新潟日報ニュースでその衝撃的過ぎるニュースが飛び込んで来ました。

独自取材としながら、かねてからの懸案だった「新レジデンシャル制度」の下の芸術監督、その任期について、金森さんが「2027年8月末」の任期満了で「退任意向」と報じたのです!

もうそこからは「ブラック・サンデー」に暗転、心は千々に乱れたまま、「嘘だと言ってよ、ジョー」(或いは「嘘だと言ってよ、新潟市」)の気分に…

暫く眠れませんでした。まんじりとしない一夜を過ごしました。もう年末気分も吹き飛んでしまいました。恐らく皆さんと同様に。

そして、翌朝、新潟日報朝刊第一面にその同じ文言を見ることになります。

「ノイズム」「金森穣さん退任意向」「芸術監督(20)27年、任期更新せず」の頭、主見出し、袖見出し。その先もやはり前夜と同じ内容で、再び大きな動揺!再び激震!

かねてより「一期で辞める」と口にしながらも、先日(11/28)の囲み取材の場で、その質問が飛び出すと、「絶賛協議中」と言ってくれた金森さん。私たちはまだ信じています。20年を越えたNoismという「新潟の奇跡」がまだこれからも続くことを。金森さんと新潟市双方がこの先、またひとつ「奇跡の」と呼んで良い着地点を見出してくれることを。

私たちは金森さんと一緒にこの先も「劇場文化100年構想」を追い続けていきたいのです。

ここから始まる動きを待ちます。皆さんと一緒に。

皆さんからのコメントもお待ちしております。

(shin)

ウェブ「dancedition」の「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(14)」で2025年を締め括る♪

先日、『マレビトの歌』埼玉公演のあと、金森さんと井関さんがSNSにアップした写真からは、どうやらおふたりが「南半球」におられるらしいことが伝わってきて、ならば、恐らくは「真夏のクリスマス」をお過ごしだったのだろうなどと考えていた折から、今日(2025年12月26日)、「北半球」の、それも新潟市界隈は、正午あたりから、JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)の影響で「真冬」の厳しい風雪に見舞われております。

こんな天候の日には無理して外出せず、暖房のきいた部屋に籠もって、「インドア」ライフに耽るのもよろしいかと。そうです。本日、ウェブ「dancedition」にアップされた「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(14)」を読んだりするのがベストマッチな訳です。

この連載第14回、冒頭のビジュアルは、「あの」エモい作品の衣裳を纏う井関さんじゃありませんか。しかし、今回、井関さんは、ちょっと例外的に、金森さん演出でもなく、井関さんも踊っていない「Noism1メンバー振付公演」(初演:2015年8月29日・新潟市内各地)(「水と土の芸術祭2015」)から語り始めます。それは前々回(連載第12回)、前回(同第13回)に引き続き、Noismと自分を巡って「闘いの時期」と回顧されたまさにその最中であった故なのでしょう。続いていますね、ヒリヒリする時間。でも、そこはサクッと。

で、次は、プロジェクト・カンパニーとしてのNoism0による最初の舞台、『愛と精霊の家』(初演:2015年9月4日・新潟、埼玉)です。

金森さんと井関さんのプライベート・ユニット「unit-Cyan」による『シアンの家』に遡っての創作中の逸話から始まり、興味深い内容が読めます。なかでも「象徴的な出来事」と言い表された場面などは、人生を賭して舞踊に献身することの「実相」をまざまざ伝えてきて、その覚悟たるや、読んでいて悲痛なものすらあるほどです。

それが『愛と精霊の家』へと。出演者は井関さん、山田勇気さん、小㞍健太さん、奥野晃士さん(SPAC)、そして金森さんと超豪華。赤と黒、そして金色、更に仄暗い闇に印象的な灯り、まさに「大人~♪」な魅力を発散しまくりの舞台でした。それは当時「しんどかった」井関さんにとって「救い」だったのですね。そしてそのNoism0はその後、正式な「Noismのプロフェッショナル選抜カンパニー」になっていくのでした。それって舞踊家たちにとっても、私たち観客にとっても、とても豊かな事柄ですよね。

次いで語られたのは、あの「エモい」作品、Noism1・Noism2劇的舞踊『ラ・バヤデール-幻の国』(初演:2016年6月17日・新潟、神奈川、兵庫、愛知、静岡)です。

脚本は平田オリザさん、音楽にはミンクスに加えて笠松泰洋さん、空間は田根剛(DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS)さんで、衣裳が宮前義之(ISSEY MIYAKE)さん、木工美術に近藤正樹さんと豪華な面々が関わり、SPACの俳優・奥野晃士さん、貴島豪さん、たきいみきさんも出演したホントの大作と呼べる舞台です。

そして、「振付が特殊で、全てワークショップでつくっています」と井関さん。そうでした、そうでしたね。Noism公式のサイト(Noism Web Site)にも、「振付:Noism1」、そして金森さんには「演出」とクレジットされています。

うん、うん。…えっ!えええっ!なっ、なんと本番前日に「大喧嘩」!?
互いに互いの立ち位置から「最高のもの」を追い求めるふたりには、ハラハラしながらも、ホント頭が下がります。そんな妥協のなさのお陰で、あの「エモい」「影の王国」になるのですね。思い出すだけでため息が出てしまいます♪

実演家の創作の裏側にあるものを伝えて余りある今回の「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(14)」、是非お読みください。

このあと、コメント欄にて、当時、おふたりの舞踊評論家にお書き願い、Noismサポーターズ会報に掲載させて頂いた文章、浦野芳子さんによる『愛と精霊の家』についてのものと、山野博大さんによる『ラ・バヤデール-幻の国』のご批評ほか(PDFファイル)へのリンクを貼らせて頂く予定です。そちらも是非クリックして、お楽しみください。

(shin)

圧倒的な舞踊の力を見せつけて幕を下ろした埼玉『マレビトの歌』大千穐楽(2025/12/21)♪

「踊ることでしか伝えられないことがある」、前日のブログでも触れましたが、これは先月(11月28日)の『マレビトの歌』公開リハーサルの後、囲み取材で金森さんが語った言葉。加えて、その折に繰り返し口にされたのが「作品の強度」。この日(12月21日)の大千穐楽を含めた新潟と埼玉での5日間、私たちはそれらの言葉が意味するところを、そう言ってよければ、それらに何の誇張もないさまを、まざまざと目撃・体感してきたのでした。

この日、大千穐楽の終演後も、圧倒的な舞踊の力によって組み伏せられた客席からは、それまでの4日間と全く同様、緞帳が下り切っても、やはり拍手は聞こえてきません。みんな身動ぎすることが憚られたのです。全5公演あったのですから、なかに違った反応があっても不思議ではない筈。しかし、どの日も例外なく同じ反応が返ってきたのです。他のものに代替不可能な舞踊の力を見せつけられ、舞踊に「制圧」され尽くしたからこその反応という以外ありません。

埼玉での2公演で、金森さんはラストシーンを変えてきました。奥行きの深い彩の国さいたま芸術劇場の舞台特性を十二分に活かすための改変です。そのあたり、いかにも金森さんです。やってくれますね。その「埼玉ヴァージョン」は、この作品が『セレネ、あるいはマレビトの歌』として黒部の前沢ガーデン屋外ステージで初演されたときの、目の前に広がる雄大なランドスケープに、(彼岸へと)遠ざかっていく舞踊家たちの後ろ姿と、スロベニア公演を経て新潟で採用された、岩肌に穿たれた開口部を通って(彼岸へと)消えていく舞踊家たちの後ろ姿との、言わば、「ハイブリッド」とも呼ぶべきラストシーンでした。

舞台の一番前、横一列に「火皿(ひざら)」を置いて並んだその位置から、それぞれがその生を総括するように、後方、煙るような闇へと歩を進め、徐々に輪郭が判然としなくなっていく舞踊家たちの後ろ姿。(井関さんを除く。)それが醸し出す、得も言われぬ情緒。個人的なことにはなりますが、その場面と呼び交わすように想起したヴィジョンがありました。それは私が敬愛する映画人、クリント・イーストウッドが撮った『ヒア アフター』(2010)、そこで描かれた「彼岸(=ヒア アフター)」へと歩み去ろうとする人たちの場面です。但し、大きく異なるのは、イーストウッドの「彼岸」が大光量を放つ光源をその中央にあしらって、人物の輪郭をとばしていたこと。ん?え?でも、強い光源をあしらうとなると、黒部での『セレネ、あるいはマレビトの歌』に似てくることに…。そんな按配で、作品の外部とも豊かに呼び交わす舞台、『マレビトの歌』の「埼玉ヴァージョン」に酔いしれつつ、舞台奥の闇に、確かに「彼岸」を幻視する自分がいました。

見どころ溢れる『マレビトの歌』。

冒頭と中盤、金森さんと井関さんによる2度のデュオ、その崇高極まりないさまはどうでしょう。踊るふたりを見詰める目はこの世のものとは思えない美に、都度、釘付けにされ続けました。そして、毎回、その陶酔の果てに、ふたりを越え出る「ナニモノカ」を見るに至るのでした。

また、前半に組み込まれた『Fratres』部分(それはもう『Fratres IV』とでも言いたい気もするものですが)も、舞踊への献身を旨とするカンパニーの精神性が深く共有されていることを遺憾なく示して余りあるもので、観る度に、その濃密で峻厳なさまに言葉を失ってしまいます。

そしてこれはホントに細かい点ではあるのですが、例えば、終盤、手を繋いだ10人が、ゆったりとした音楽に合わせて、横歩きをしていく場面、最後尾の松永樹志さんが後方に伸ばした繋いでいない方の左手、その薬指にピンと力が入り、他と違う気が込められていたこと。そうして見ると、先頭を歩く坪田光さんが前方に伸ばす右手の薬指も同じ様子であることに気付きます。それは金森さん言うところの「Noismでは薬指を大事にしている」、まさにその言葉通りです。そんなふうに、集団として高次に統一された美意識が至るところに認められる美しい舞台だったと言えます。

他にも、勿論、井関さんに庄島さくらさんとすみれさんの3人で踊る場面など、挙げればきりがないほど見どころで溢れかえる舞台だったと言えます。もっと観たかった。5回だけでは少な過ぎる、そう思わせられる舞台でした。

幕を下ろした大千穐楽。見終えたところで、東京に住むNoismファン仲間が言います。「次にどんなものを見せてくれるかしら。楽しみ」、まさに、まさに。「よいお年をお迎えください。また来年」、気付けば、2025年も10日を残すのみ。ホントそんな時期です。お互い、大満足の笑顔で挨拶を交わして、暫しのお別れです。

元来、心配症なもので、乗り遅れたりなどしないよう、遅めの新幹線の指定席をとっていたので、発車までまだまだ時間がありました。(いつもそうなってしまいます。少しは旅上手になりたいものですが。)与野本町駅から大宮駅まで移動し、そこで、随分、時間を潰した後、漸くホームに上がっていくと、そこで見慣れたふたりにバッタリ。地域活動部門芸術監督・山田勇気さんとNoism2リハーサル監督・浅海侑加さんでした。なんでも「新潟に帰るのは私たちだけなんです」とのこと。少し話して、ここでもまた「よいお年を。来年もよろしくお願いたします」と言葉を交わす機会に恵まれたことで、長かった待ち時間も報われたというものです。『マレビトの歌』からの感動のみならず、思いがけず嬉しいハプニングも加わり、更に幸せな気持ちで新潟に戻って来ることが出来ました。

それにしても、Noismにとっての新たな代表作、『マレビトの歌』。また観る日が巡って来るのを楽しみにしております。まだまだ観たいですから。

(shin)

「えええっ!こっ、これは!」魂が震えた「会いに行けるマレビト」・Noism『マレビトの歌』埼玉2デイズ初日♪

2025年12月20日(土)午前、新潟から新幹線に乗車。湯沢を通過するとき、車窓から外に目をやっても、全く積雪がなく、「今って12月だよね、確か」みたいな感覚の攪乱に見舞われつつ、大宮を目指しました。

感覚の攪乱…、少し別種のものにはなりますが、2週間前、新潟でのNoism『マレビトの歌』3公演でも連日体感したことは鮮やかに記憶に、この身に刻まれています。大きな感動を伴う強烈な没入感に、「ここはどこ?今はいつ?」のような、そんな心地よい感覚の攪乱でした。

それが2週間前。その際の極めて上質な余韻が忘れ難く、再びそれに浸りたいという思いで、この度の埼玉の舞台を待っていたそんな気持ちもありました。

与野本町の彩の国さいたま芸術劇場に着くと、東京からのNoismファン仲間、新潟のNoismサポーターズ仲間と期待感を共有しながら言葉を交わしました。

開場時間になり、ホワイエに進みます。漂う華やかな雰囲気。金森さんのお父様、それから宮前義之さんの姿も見られます。物販コーナーには、Noism2リハーサル監督・浅海侑加さんに加えて、Noism地域活動部門芸術監督・山田勇気さんもおられました。

靴下屋さんとのコラボ靴下は、メンズは完売と聞きましたし、レディースも残り僅かとのことです。

さて、『マレビトの歌』埼玉2デイズ初日の舞台です。詳しくは書けません。書きません。でも、でもです。書かなければならないこともあります。それはこの埼玉公演を前にして、金森さんが彩の国さいたま芸術劇場の舞台が有する奥行きの深さについて触れ、「『埼玉ヴァージョン』が出来た」と語った(SNSで呟いた)ことに関わるものです。つまり、新潟とは異なる部分があるのです。それも作品の印象を大きく違えることになる箇所で!「えええっ!こっ、これは!」って具合なのです。

舞台の特性を最大限に活かしたその「埼玉ヴァージョン」。それは客席を圧倒しまくり、観客はひとり残らず、魂が震えるのみだった様子。ここ埼玉の地でも、ラスト、緞帳が下り切ってもなお、拍手することが躊躇われる者たちばかりで、深い感動の静寂が濃い密度で覆い被さる場内、息さえ殺してカーテンコールを待つ、という結末が待っていたのでした。新潟公演初日から続く光景です。もう奇跡にも思われてきます。そこから一転しての盛大な拍手、スタンディングオベーション、そして「ブラボー!」の掛け声、その鮮やかな対比。

約60分のマチネ。そんな奇跡に浸らせてくれるNoismという「マレビト」。しかし、それはほぼ誰もが「会いに行けるマレビト」(そんなふうに言うと、何やら撞着語法、或いは、形容矛盾のようでもありますが、)なのです。1日を24分割した僅かな時間を割くことを選択しさえすれば、確実に生涯にわたる感動を与えてくれる奇跡のような「会いに行けるマレビト」。今日また、60分を差し出したところ、大きな驚きとともに、魂を震わせられる体験が待っていた訳です。埼玉を訪れることを選択した自分を褒めてあげたい気持ちもあります。

私は明日も同じ選択をします。恐らく、Noismという「会いに行けるマレビト」はまた、その圧倒的な身体で、私の予想など遥かに凌駕する感動を与えてくれることでしょう。しかし、感動は折り込み済みであっても、その大きさに打ち震える時間は体感することのみの得難いものです。「踊ることでしか伝えられないこと」(金森さん)に目を晒し、心を揺さぶられる選択が出来る、この度の機会も残すところもう明日一日。会いに行きませんか。確実にそこにいる、類い稀なる「マレビト」に。それは今年を締め括るに足る、そして永く忘れられない舞台になると断言しましょう。当日券もありますので、是非。

(shin)