『新潟はシュツットガルトになるか?』再掲載

2026年5月29日、りゅーとぴあ公式サイト「RYUTOPIA Log」に掲載された『新潟はシュツットガルトになるか?』は、その後閲覧できない状態となりました。
本記事について執筆者に確認したところ、本文の再掲載のご了解をいただきました。掲載にあたっては関係各所へ連絡を行っています。

本稿は、Noism Company Niigataをめぐる2026年当時の状況や、それに向き合った一職員の思考を伝える記録の一つとして、後日の参照に資することを目的に掲載するものです。
その目的から、写真等を除き、執筆された原文のまま掲載します。
以下、本文です。

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新潟はシュツットガルトになるか?

シュツットガルトとは何か

「新潟はシュツットガルトになるか?」これは、批評家の三浦雅士さんがNoism CompanyNiigataの20周年記念冊子に公演の評をご寄稿いただいた際につけられたタイトルです。

『ジョン‧クランコ バレエの革命児』

先日、新潟‧市民映画館「シネ‧ウインド」で上映中の『ジョン‧クランコ バレエの革命児』を見てきました。来週(2026年6月5日)まで上映予定ですのでみなさまもぜひご覧ください。

ジョン‧クランコはドイツの地方都市、シュツットガルトのバレエ団を世界有数のバレエ団に育て、『ロミオとジュリエット』『オネーギン』『じゃじゃ馬馴らし』といった数々の名作を生み出した振付家です。映画では、クランコが小さなカンパニーに居場所を見つけ、カンパニーの中で劇場支配人、ダンサー、スタッフはじめ、様々な人々とぶつかりあい、傷つけあいながら、芸術家として情熱と信念を持って、「シュツットガルトの奇跡」と呼ばれる成功を収める様子が描かれていました。

また、映画では触れられていませんが、ジョン‧ノイマイヤー、イリ‧キリアン、ウィリアム‧フォーサイス、そしてウヴェ‧ショルツといった大物振付家たちが、クランコの影響を受け、このシュツットガルト‧バレエ団から巣立っていきました。

私がクランコの作品で最初に出会ったのは『ロミオとジュリエット』。映画の中でもロミオの友人であるマキューシオの死、ロミオとジュリエットのバルコニーのシーンの振付が描かれていましたが、それは「人間とは何か」「生きるとは何か」を問いかけ、生き急ぐ若者の愚かさ、切なさを見事に描いています。その劇的で、美しい作品は、クランコが亡くなった今も世界中のバレエ団で上演されています。

シュツットガルトは20世紀バレエにおいて、新潟は21世紀バレエにおいて

三浦雅士さんは、金森穣の『かぐや姫』とNoism20周年記念公演「Amomentof」での2作品を物語バレエと抽象バレエの新展開になっていると評しつつ、寄稿文の最後をこのように結んでいます。「シュツットガルトは20世紀バレエにおいて燦然と輝いている。いずれ新潟が21世紀バレエにおいて燦然と輝くことになるだろうと、私は信じている。」

この寄稿文をいただいてから2年。りゅーとぴあの劇場専属舞踊団‧Noism Company Niigataは存続の岐路にいます。『ジョン‧クランコ バレエの革命児』の上映も現在のNoismの状況を憂い、Noismを応援するために、シネ‧ウインドのみなさんが企画してくださいました。

Noismとしても、コロナ禍や国際情勢の関係でなかなか実現できなかった6年ぶりの海外公演で成功を収め、金森穣の次世代の振付家の育成にも取り組み、その萌芽が見え始めている最中での現在の状況。新潟はシュツットガルトのように奇跡を起こせるのか、起こせないのか。新潟が、りゅーとぴあがNoismを失くしてしまうというのはどういうことなのか。あらためて、みなさまとともに考えていければと思います。

この記事を書いた人 施設・利用課 B

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本文、以上です。

(NoismサポーターズUnofficial事務局一同)

黒部シアター2026春『春の祭典』活動支援会員向け公開リハーサルに行ってきました!

5月22日(金)肌寒く雨が降る中、りゅーとぴあ〈劇場〉で、活動支援会員オンリーの公開リハーサルが行われました! メディアは無しで、写真撮影も不可。
劇場のステージは、前沢ガーデンの野外ステージを模した特別舞台仕様になっていて、私たちは舞台上に用意された椅子に座って、超間近で見せてもらいました♪

まずは、黒部公演のみの特別オープニング、現代音楽作曲家シュトックハウゼンの楽曲「ティアクライス」(黄道十二宮)より、新作『ゾディアック』(約15分)。そして切れ目なく『春の祭典』(約35分)へと続きます。

横道にそれますが、この「ティアクライス」と『ゾディアック』は、ゲームのタイトルにもなっています。更に『ゾディアック』は実際の事件を基にしたサスペンス映画のタイトルでもあります。
(2006年アメリカ映画。デヴィッド・フィンチャー監督による本格サスペンス。実際にアメリカで起きた連続殺人、ゾディアック事件を原題としている)
さすが金森さん、いつもながら奥が深いです。

『ゾディアック』は黒部でしか上演しません。皆様お見逃しなく!
最初に井関さんが登場し、次いで山田勇気さん、そして徐々に人数が増えていき、準メンバーを含む12名が、金森さんのインスピレーションによる星座の物語を顕現します。

摩訶不思議な『ゾディアック』に続いて、『春の祭典』!
物凄いド迫力に圧倒されました!!
観ている方も緊張して全身に力が入りました。
いやぁ、凄いですよ~

金森穣『春の祭典』は2バージョンありますが、そのどちらとも違う新バージョン!
黒部は野外なので、これがそっくりそのまま新潟公演で上演されるかは謎です。

そして『ゾディアック』と『春の祭典』の終わり方が絶妙すぎます!
当然ながら見なくてはわかりません。

特別感満載の黒部シアター2026春『春の祭典』公演!
無理をしてでも見に行きましょう!!

チケット情報 | 黒部シアター

(fullmoon)

「日本」を飛び越える普遍性(『かぐや姫』5/5ソワレ)(サポーター 公演感想)

5月5日(火・祝)、東京バレエ団『かぐや姫』再演の為、東京へ駆けつけた。東京行きを決めたのは直近だったが、夜の部(18時半から)の「パリ・オペラ座公演記念応援シート」席を確保出来た。5月6日をもって長期休館に入る東京文化会館でNoism『Mirroring Memories―それは尊き光のごとく』(18年)を繰り返し観、合間に本郷台地の坂道を歩き倒したことを思い返しつつ、当時のNoism「活動継続」問題と今目の前にある金森穣さんの去就を巡る現実、また「国立劇場」問題にも通ずるこの国の文化軽視・利益至上の風潮を嘆かずにはいられなかった(公演前の東京文化会館前で反戦サイレントスタンディングを開催された方々をお見かけし、「何かプラカードを持ってくれば良かった」と思いつつ)。

夜の部公演前の17時50分からは、金森さんによるプレトークが開催された。『かぐや姫』に当て書きされたかのようなドビュッシーの楽曲に至るまでに多くの日本人作曲家の作品を聴いたこと、「最初はお見合いのようだったけれど、今は専属振付家になった気持ちでいます」と語る東京バレエ団(東バ)との創作、専用スタジオを複数要する東バの環境、舞台美術・衣装など要素を削ぎ落とし、手を加え続けてきた金森版『かぐや姫』の創作過程(この日の昼の部を観て、「あぁ、ここも変えたいけど夜の部には間に合わない」)についてなど。そして、今年末のイタリアでの『かぐや姫』一幕、来年のパリでの全幕公演については、「本当に楽しみ。いつかオーケストラ付き公演も実現したい。その為にも皆さん、今、応援してください」と強調しつつ、「5階席の方も見えますね。最前列の方も5階席の方もこの場で舞台を体験したことは心に刻まれるはず。それこそが舞台芸術の一回性」と語る金森さんの伸びやかな芸術観が印象深かった。

夜の部でかぐや姫を演じたのは足立真里亜さん。21年の第一幕初演時にその溌剌たる姿に心惹かれたが、やっと足立さんによる三幕通しての舞台を観ることが出来た。全身でこの世界を跳躍するような姫に振りかかる男性社会の歪み、奪われる愛(道児と重ね合う手の振りや、抱きしめることの意味の変容)、無常の連鎖の末の「声なき絶叫」、その先にある「無」の非情な救済。幾度となく落涙しつつ、確信に至ったのは、「日本最古の物語」に基づく「国産バレエ」を謳いつつ、金森さんが本作で到達したものは「日本」など軽々と飛び越えて、この世界何処にもある孤独な魂や、権力に尊厳を奪われた人々を包み込む、圧倒的な「普遍性」ではないかと思い至る。日本的情緒を削ぎ落とすように、磨き抜かれていった衣装・装置・振付の無機質でさえある美にこそ、この世に生を受けたあらゆる人々がその思いを仮託できる「余白」が生まれたと思えるのだ。「救いがないことこそ救い」という坂口安吾言うところの「人間の絶対的孤独」と金森さんとの共振を感じたのは、Noismによる安吾作品『私は海をだきしめていたい』舞踊化を控えていることからの牽強付会かもしれないが。

パリ公演に向けて金森さんがこの豊かな余白を、更に拡げていくであろう期待を覚えつつ、幾度も繰り返されたカーテンコールでは汗だくになりながら声援を送った。

(久志田渉 「月刊ウインド」編集部)
(photo by fullmoon)

新潟日報紙の連載「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈下〉(2026/04/10)

2026年4月10日(金)の新潟日報朝刊は、告知通り、連載企画の「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈下〉を掲載しました。

この日、同紙が取り上げたのは、静岡県舞台芸術センター(SPAC)。金森さんが師と仰ぐ現SCOT主宰の鈴木忠志さんが初代芸術監督を務め、現在の宮城聰さんは2代目の芸術監督になります。

Noismはこれまでに、SPACの俳優をキャスティングして、劇的舞踊vol.3『ラ・バヤデールー幻の国』(2016)、Noism1×SPAC 劇的舞踊vol.4『ROMEO & JULIETS』(2018)を上演してきたほか、SPACの奥野晃士さんに関しては、劇的舞踊『カルメン』(2014、再演2016)とNoism0『愛と精霊の家』(2015)にも出演しており、盛んな交流があった一時期のことが思い出されます。

*劇的舞踊vol.3『ラ・バヤデール-幻の国』

*Noism1×SPAC 劇的舞踊vol.4『ROMEO & JULIETS』

上にあげた画像は、SPACの本拠「静岡芸術劇場(グランシップ)」(←新潟日報社が入る「メディアシップ」とも似た発想からの命名ですね。)を訪れたときのものです。市街地の喧騒を離れたところ、広がる緑地の奥に突如現れるその威容がひときわ目を惹きます。

この日の記事に戻ります。見出しは、「SPAC」、「まちづくりの核に活用」、「人材流出を防ぐ手だてに」。
SPAC制作部・丹治陽さんの「演劇と出会ってしまう仕掛け」という言葉や、「関心のない人にもこちらから会いに行く」ことを公共劇場の役割と捉える意識、更には、積極的に社会課題に向き合おうとする方向性を紹介しながら、公共劇団が地方にある意義について、「ここにしかないもの」を作り続けることが地域の将来を明るくするとの確信に基づき、「公金をかけてもやる価値がある」とする宮城聰さんの言葉で結ばれています。

読み終えてみると、宮城聰さんの言葉が、まさに金森さんの言葉と重なって響く感覚に襲われました。文化政策としてやっている以上、目指されるべきは何か、が眼目であることは言を俟ちません。そして、その取り組みの成果を最大化しようとする姿勢が行政全般に共有されていること、全体が協働することは必須の筈です。なのに、新潟市は…。

金森さんがあげた「更新」を固辞する理由(4つ)のうち、3つ目(財団職員の人数の問題)と4つ目(外部スタッフに依存している問題)は、まさにそうした事柄に関わるもので、新潟市には、宮城さん言うところの「クリエイティブな人材」に関する長期的な視座も姿勢も、ともに不在であることが明らかになってしまわざるを得ない訳です。新潟市が「新レジデンシャル制度」でやろうとしていることは、なんら協働することはなしに、一時期(5年、或いは10年)のみの「施し」をするに近いお粗末なこと、そう言っても過言ではありません。

文化的な理想を掲げることはおろか、長期的な展望など何一つ持たないことも明らかな「新レジデンシャル制度」、そしてそれが自ら立ち上げた「制度」である故に、無駄に拘るだけでしかない新潟市と中原市長に対して呆れかえるとともに、心底からの失望を禁じ得ません。「残念!」(←「ギター侍」風ですね。古っ!…あっ!でも、人道的な見地から、「ギター侍」が発する締めの一語まで言うつもりはありませんけど…。)

【追記】
fullmoon さんが、この日の日報紙の記事中に触れられていた静岡市の「まちは劇場」プロジェクトの空気感を伝える画像(下)を寄せてくれました。
静岡駅から降りていった地下広場の柱を撮ったものだそうですが、爽やかなスカイブルーにきりっとしたゴシック体。大きなインパクトがあり、目を惹きますよね。
街なかに、こうした告知や写真などといった「仕掛け」を施すことで空気感が醸成され、共有されていくのですよね。まさに協働。こうでなくっちゃ。(今年1月17日撮影の画像だそうです。)

【追記2】この記事も新潟日報デジタル版にアップされました。こちらからもどうぞ。→「ノイズムの存続危機は『人ごとでない』…静岡県立劇団『SPAC』の取り組みや『演劇に出合ってしまう仕掛け』とは」(2026年4月12日17:30)

(photos by fullmoon & shin)

(shin)

私たちが願うこと-3/8郵送文書②:財団+金森さん宛て「3.8要望書」

次いで、同3月8日(日)に、新潟市芸術文化振興財団の理事長 德永健一さん及び金森さん宛てに、簡易書留で郵送したサポーターズ+有志による「3.8要望書」を掲載致します。こちらもご覧ください。

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公益財団法人新潟市芸術文化振興財団
理事長 德永健一 様

Noism Company Niigata
芸術総監督 金森 穣 様

レジデンシャル制度における芸術監督任期更新について(要望)

貴職が日頃よりそれぞれの立場から新潟市の文化シーンにおいて、類稀なる献身をしておられることに深く敬意を表するものです。
然るに、昨年末、りゅーとぴあのレジデンシャル制度における金森監督の「退任」意向が報じられて以来、とても残念で悲しい思いに苛まれる日々となっております。
私たちは、現在、一期目を務める金森監督の任期更新を心より願うものですが、任期に厳格な上限を設けることは、単に金森監督とNoism Company Niigataに関する問題を超えて、未来にわたって、新潟市の文化政策の在り方を規定してしまうことになる重大な側面をも有するものであるとの認識でおります。また、継続的な芸術活動にとっては足枷とならざるを得ません。
私たちは今ここでご両者が新潟市の文化の未来を展望する視点で暫し立ち止まって、芸術監督任期更新の協議を再開され、互いに歩み寄り、考え得る限りの工夫を凝らすことで、新潟市にとって真に発展的で持続可能な、更に誇らしいレジデンシャル制度へと修正していってくれることを強く希望するものです。
ご両者が今般の芸術監督任期更新についての協議を再開させ、新潟市及び新潟市での芸術活動双方にとって長期的な「最適解」を求める努力を続けていかれることをここに強く要望致します。

令和8年3月8日

NoismサポーターズUnofficial 事務局長(代表) 越野 泉
有志一同 代表 齋藤正行

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また、同日に郵送した金森さん宛ての「希望書」については、こちらをご覧ください。

(fullmoon & shin)

私たちが願うこと-3/8郵送文書①:金森さん宛て「希望書」

2026年3月10日(火)、この日の新潟日報朝刊の新潟面に「協議再開へ要望書」の見出しのもと、私たちが前々日の3月8日(日)に財団と金森さん双方に、そして金森さん宛てに「要望書」を送らせて貰ったことを報じる記事が掲載されました。同紙はどちらも「要望書」としていますが、私たちは、財団と金森さんへのものを「3.8要望書」、金森さん宛てのものを「希望書」の呼び名で表記します。

以下に、先ず、私たちNoismサポーターズが、「さわさわ会」、シネ・ウインドそして安吾の会と共に準備し、その趣旨にご賛同を頂いたチャコット株式会社様、ジャムルクルー株式会社様、stage R様、atelier rinto様、DASH SPORTS MASSAGE様との連名のかたちで取りまとめて、3月8日に金森さん宛てに簡易書留で郵送した「希望書」(新潟日報紙が、「企業や複数の市民団体が金森さん宛てに」としたもの)を掲載致します。お読みください。

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Noism Company Niigata芸術総監督
金森 穣 様

芸術監督の任期更新について(私たちの希望)

 私たちは、金森監督及びNoism Company Niigata(以下、Noism)の日頃からの舞踊への献身は勿論、新潟市の文化政策として持続可能な成熟を期す妥協のない環境改善の意思に深い感動を覚え、心より応援するものです。
 昨年末に知ることとなった「退任」の意向とともに、金森監督が示された任期更新を固辞する4つの理由に関しては、その全てが妥当至極なものに過ぎず、それら課題が解消されることをまず第一に望むものであることは言うまでもありません。
 しかし、この間、新潟市側はあたかも「退任」の意向に言質をとるかのように、歩み寄りの様子を見せることなく、状況は膠着の様相を呈しており、当事者ならざる私たちにはただ時間だけが過ぎているように感じられてなりません。
 金森監督が「劇場文化100年構想」を掲げ、劇場を巡るこの国の文化状況の刷新に向けて前例のない闘いを続ける姿を目の当たりにしてきた私たちですので、金森監督の意思に基づき、それをそのまま私たち自らの声とし、発信し続けることを躊躇なく選んで参りました。それは情けないほどに微力でしかないものでしたけれど。
 しかし、そうする中で自らの心に蓋をして、封じてきた思いもあります。それをここで一度だけ明かすことをお許し頂きたいと存じます。この先、状況がどう推移しようと、私たちが金森監督とNoismを応援し続けることに変わりはありません。ですが、私たちの一番の希望を打ち明けるなら、それはこれまでの年月同様に、歩みを止めない金森監督がいて、Noismがある新潟市なのであり、ここ新潟市で金森監督とNoismを応援していきたいということを措いてありません。金森監督がいて、Noismがある新潟市は私たちにとってまさにシビック・プライドなのです。然るに、それも2027年7月限りとなってしまうのでしょうか。不安は募るばかりです。
新潟市との協議において妥協出来ないとするお気持ちは重々承知しておりますので、この上もなく恐縮な物言いになってしまうのですが、金森監督におかれましては、任期を更新され、二期目の芸術監督をお務め頂くことを希望する次第です。そしてその任期中に、時間をかけて課題の解消を図る道を選んで頂くことは出来ないものでしょうか。無論、私たちも諦めることなく、更に一層の応援をすることをお約束致します。ご検討を賜れましたら幸甚に存じます。
私たちの身勝手な希望を記した拙文を最後までお読み頂き、誠に有難うございました。

令和8年3月8日

NoismサポーターズUnofficial、
舞踊家 井関佐和子を応援する会「さわさわ会」、シネ・ウインド、安吾の会、
チャコット株式会社、ジャムルクルー株式会社、
stage R、atelier rinto、DASH SPORTS MASSAGE

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また、同日に郵送した財団+金森さん宛ての「3.8要望書」についてはこちらをご覧ください。

(fullmoon & shin)

金森さん慰留に向け、「さわさわ会」他との連名で中原八一 新潟市長に「質問・要望書」を送る(2026/1/5)

皆さま方、新年明けましておめでとうございます。今年もこれまで同様、否、これまで以上に、NoismサポーターズUnofficialと本ブログを宜しくお願い申し上げます。

「これまで以上に」、そう入れましたのも、昨年の年の瀬になり、突然に、金森さんの「退任意向」が報じられたからに他なりません。報じた新潟日報紙は翌朝、「任期巡り新潟市と溝」「制度変更で折り合わず」と、その「退任意向」についての背景を伝える続報も打っていますし、金森さんもご自身のブログに、「私が任期更新を固辞する理由〜レジデンシャル制度が抱える諸問題」として、市と財団に提出した書面をアップされていますから、その「溝」とされるものが概ねどういうものなのかはご存知のことと思います。

更に、本日(2026年1月5日)夕方になって、新潟日報デジタルが、「『尊重するしかない』と中原八一新潟市長 『立派な活躍をしてこられたと思うので、大変残念』とも」との見出しで新たな記事を配信しているような状況にあります。

私たちは、新潟市での金森さんとNoismの持続可能な活動を求めて、更には、金森さんが常日頃から口にされてきた「劇場文化100年構想」の思いを、今後も新潟市で一緒に追い続けていきたいという願いを込めて、今、時間の猶予もないだろうなか、この状況を打開することを目指して、やれることは何でもやっていこうという気持ちでおります。

なので、型通りの新年のご挨拶では済まず、その中に、「これまで以上に」を入れる必要を感じたような次第です。声をあげ、思いと力を結集して動いていくのは、今この時を措いて他にないとの認識でおります。皆さま方、何卒宜しくお願い致します。

以下に、本日(2026年1月5日)、私たちが「さわさわ会」他との連名のかたちをとりまして、中原八一 新潟市長に送った「質問・要望書」(全文)を掲載します。少し長いものにはなりますが、是非、私たちの心からの思いの丈が綴られたものとしてお読みいただき、ある種閉塞感も漂う現状に対して、風穴を開けるべく、一緒に立ち向かう気持ちをお持ちいただけますよう重ねてお願いする次第です。

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「りゅーとぴあのレジデンシャル制度」に関する金森芸術監督の意向の取り扱いについて(質問および要望)

新潟市長・中原八一殿

市政への日頃からの並々ならぬご尽力に深く敬意を表します。

さて、昨年末の12月28日に新潟日報がまずデジタル版にて「金森穣さん退任意向」「任期更新せず」(朝刊は12/29)と報じて以来、ずっと心を痛めております。
ご存知の通り、2004年に金森穣さんがりゅーとぴあの芸術監督に就任し、その際、国内初の公立劇場専属舞踊団Noism(現Noism Company Niigata)(以下、Noism)も発足しました。その後、20年以上の長きにわたり、金森監督とNoismは、一地方都市の新潟市にあって、県外からも、国外からも集客する芸術性の高い舞台で私たちを魅了し続けてくれただけでなく、他方、その磨き抜かれた身体を用いて、出前公演や各種ワークショップ、オープンクラス等を開催し、求められた「市民還元」も年々充実させて今日に至っております。「レジデンシャル・カンパニー」の故、全員が新潟市民である舞踊家たちが示す舞踊への献身が国内外からの高い評価を得ていることは言うに及ばず、そのNoismを擁する新潟市に、そして私たち新潟市民にさえ、羨望の眼差しは注がれており、まさに私たちに「シビックプライド」を感じさせてくれる存在であり続けていることもご承知頂いていることと思います。

ですから、私たちは、同新潟日報紙が件の記事の約1ヶ月半前(11/5)に報じていた、(芸術監督は)「金森さんに続投を」を既定路線と信じて疑うこともありませんでした。その記事はまた「Noismが今後も新潟で発展していく上で、金森監督の役割は非常に重要。引き続き率いてもらうことが望ましいと、委員でも意見が一致した」と有識者会議の座長を務めた片山泰介・青山学院大教授の言葉も紹介しています。この発言は、新潟市におけるNoismの今後の発展がそのまま、新潟市への寄与になるという見解を示すものと読んで間違いないものと考えます。
ところが、年末に至り、「退任意向」の報道を突きつけられたのですから、大きな衝撃を受け、戸惑っているような次第です。

その「退任意向」報道が出たタイミング(12/29)で、金森監督は自身のブログにて、「任期更新を固辞する理由」を明らかにしてくれました。金森監督によれば、「理由」は4つ。①芸術監督の任期に「最長二期10年」の上限があること、②専用スタジオがないこと、③担当の財団職員の増員、④専属舞台スタッフの増員、ということでした。

Noismの新潟での「発展」に繋がる方向性で、この先を展望しようとするなら、金森監督による「理由」①の「任期」に関しては、芸術家としての当然の思いと理解できますし、この間も一貫して改善(撤廃)を求めていたことは想像に難くありません。退任(解任)は「才能の枯渇、あるいは能力の低下」によるべきとする覚悟に深く感じ入るものです。そして②から④の「理由」については、市の財政状態とも関わるものでしょうが、ここまでの「前例のない」顕著な活動に鑑みて、知恵を出し合うことで突破口が見つけられなかったのか、と残念に思うものばかりです。また、「理由」④に伴う支出には収入となって返ってくる側面も大きいと考えられます。
4つはどれも至極妥当なものに思える訳で、金森監督はその芸術家としての信念と良心とから、「妥協できない」としていますが、協議のあり方次第では、「固辞」や「退任意向」には至らずに済む途もあるのではないかと今でも思っています。

そうした金森監督が公開した「任期更新を固辞する理由」(4つ)について、改めて、見解をお聞きしたいと思います。

そして、「退任意向」が報じられて以降の日付にも解せないものがあります。衝撃的だった新潟日報の第一報(12/28デジタル、12/29朝刊)によりますと、新潟市は「(退任について)まだ正式に聞いていないのでお答えできない」(新潟市文化スポーツ部・高田章子部長)としているにも拘わらず、新潟市芸術文化振興財団(以下、財団)は早くも同朝刊が出た当日(12/29)に、「お知らせ」として「金森監督への感謝と、そのレガシーを引き継いでいく決意を込めて」とする踏み込んだ内容の文章を発表しています。

折しも、官公庁は年末年始の閉庁期間に入っておりますし、きちんとした対応などなされ得ない頃合いだった訳で、誰がどういう責任でこうした文章を書き、更に発表までしてしまえるというのでしょうか。疑問であり、不可解以外の何ものでもありません。
財団による当該「お知らせ」は、信義誠実の原則に照らして、正式なステートメントとしてのあり方に疑義を覚えざるを得ません。そのあたりについても見解をお聞かせ願います。

金森監督とNoismは国内では「前例のない」唯一無二の「レジデンシャル・カンパニー」として、ここまで新潟市とともに誇らしい日々を歩んできたのですし、この先も世界に冠たる「前例のない」歴史を、新潟市とともに刻んでいって欲しいと心から願うものです。そのポテンシャルを金森監督とNoismは有していると信じています。5年や10年という年限で他と取り替えるなど出来よう筈もない傑出した舞踊団であり、それを実現した得難い芸術監督であるということを過小評価し過ぎではないでしょうか。

新潟市は、改めて金森監督がいて、Noismがあることの意義を見つめ直して、これまで獲得してきた世界的な名声を、市民とともに誇らしく思い、より積極的に発信していくべきだと思っています。
そして今一度、金森監督のもと、国内外から羨望の的たる「Noismのある新潟市」、その発展的な「前例のない」未来の姿に向けての協議を求めたいと強く思うものです。

以上、この間の経過を辿りながら、質問と要望をさせて頂きました。よろしくお取り計らいくださいますようお願い致します。
また、この質問と要望について直接お伝えしたいと考えておりますので、多忙とは存じますが、面談の機会を設けて頂けますよう重ねてお願い申し上げます。 

                             令和8年1月5日

代表団体名:舞踊家 井関佐和子を応援する会「さわさわ会」、シネ・ウインド、安吾の会

住所:新潟市                  代表 齋藤正行
連絡先:電話                   FAX     
    メール

NoismサポーターズUnofficial 事務局長(代表) 越野泉

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今後も何か動きがありましたら、本ブログにてもご紹介させていただくつもりです。声をあげることは力になると信じております。引き続きよろしくお願いいたします。

2026年元日、活動支援会員に届いた年賀状。
願うのは「これからもずっと」。

(shin)

「Noism2 定期公演vol.16」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル&囲み取材に行ってきました♪

2025年2月28日(金)、りゅーとぴあに向かうのに、考えなしにセーターを着てダウンコートを羽織ろうしたところ、連れ合いからダメ出し一発。この日は新潟県も「4月中旬の気温」となるということで、少し薄めのものに変えて、「Noism2 定期公演vol.16」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル&囲み取材に行ってきました。

予定時刻の12:30、〈スタジオB〉にて、中尾洸太さん演出振付の『It walks by night』のクリエイション風景から公開リハーサルは始まりました。ホワイエで待っている間から耳に入ってきていたチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のあの最も知られた旋律が流れる場面を中心に、クリエイションの様子を見せて貰いました。中央奥にとても象徴的な木製の扉。Noism2メンバー9人のうち、ひとりだけ黒い帽子にベージュのステンカラーコートを纏っています。

「タータァタタタータターター、パッ」旋律を歌い、「1234、56」カウントを数え、自ら汗をしたたらせながら踊って、振りとそのイメージを伝えていく中尾さん。この日、私たちの目の前でじっくり時間をかけていた回転の振り。「足、そして手首、身体の順」(中尾さん)に動きが伝わっていき、2本の腕が纏わり付くかたちで身体を捩らすような複雑な回転にはブラッシュアップが続きました。チャイコフスキーの旋律にのせて、中尾さんのロマンがどのように可視化されていくのか、楽しみでなりません。

13:00、次いで今度は樋浦瞳さん『とぎれとぎれに』からの一場面を見せて貰う番です。こちらの作品、まず最初に大きな白い紙が運び込まれて敷かれていったところから、既に何やら独特な世界観が漂ってきました。音楽も、先刻までの中尾さんがメロディアスだったのに対して、ざらつくノイズ然としていたり、機械的だったり、ビート音だったり、全く別の趣のもの(原摩利彦)です。で、それに合わせた振りはやはりソリッドなもので、ところどころ、『R.O.O.M.』や『NINA』を想起させる動きも見出せるように思いました。

「一回、紙から逃げてみて、でも戻っていく感じ」とか「倒れた直希(=与儀直希さん)に、自分の吐く呼吸を入れていくみたいな」「もっと持ち上げるような感じで」とかと丁寧にイメージを伝えていく樋浦さん。Noism2メンバーの9つの身体と一緒になって、私たちをどこへ連れて行き、どんな世界を見せてくれるのでしょうか。興味が掻き立てられました。

上演3作品の使用楽曲です。

13:30、ホワイエにて囲み取材が始まり、地域活動部門芸術監督・山田勇気さんと今回、演出振付作品を発表するNoism1・中尾洸太さん、樋浦瞳さんがそれぞれ質問に答えるかたちでたっぷり話してくださいました。以下に、かいつまんでご紹介します。

Q・今回の作品のテーマ、伝えたいもの。
 -A・中尾洸太さん(『It walks by night』): 一番のテーマは「選択」「チョイス」。同年代(20代前半)の振付家と舞踊家のクリエイションは珍しい機会。同年代の観客層に届けたい思いもある。人生のなかで、何かを選択することを恐れないこと。そのときには誰かがまわりにいて、ひとりじゃないということ。まわりの人がいるからこそ、様々な感情が生まれること。それらを再認識するなかで、この先の自分の選択を噛み締めていけるような、未来に繋がる作品になればいい。
 -A・樋浦瞳さん(『とぎれとぎれに』): 自分が、人が、生命体が生まれてくる前にはどのような光景が広がっているのだろうという疑問から創作を始めた。「舞踊」という芸術は舞踊家が踊るその時間のなかにしか持続はない。その時間とその身体でしか起こることが出来ないもの。生命にも舞踊にも終わりは来るが、途切れたあとも繋がっていくものがきっとある筈だという思いを主軸に創作した。一人ひとりがその身体を持っていることを喜べるきっかけになったら嬉しい。「紙」については、舞踊作品の一回性を作品のなかでより顕著に表したかった。その「紙」に舞踊家たちが集まってきての始まりは、生命の源、「泉」のようなイメージによるもの。今の舞踊界で、このような時間と場所と舞踊家を得て創作出来るのは奇跡的なこと。この環境だからこそ出来ることを追求していきたい。
 -A・山田勇気さん: 【①金森さんの『火の鳥』について】: 金森さんが初めてNoism2のために作った作品で、2011年に初演、これまで5回ほど再演している。 メッセージ性がシンプルで強く、踊る者にとっても「登竜門」のようでもあり、これを越えることで成長できる、或いは、成長しなければ成立しない「強い」作品。これは生き残る作品であり、後世に伝えていくべき作品。これを通過する色々な舞踊家を見て欲しい。ある種、伝統になればいい、という思いもあって選んだ。
【②中尾さん・樋浦さん作品について】: レパートリーを踊るとなると、自分の選択をために振り付けられたものではないため、「踊ってみた」みたいに踊ってしまうことも起こり得るもの。そうした点から、相互に影響を与え合い、主体的に考えないければならないクリエイティヴな場所を設けることでカンパニーとして成長することを期している。若い振付家にがっぷり四つで組んで格闘して貰って、そのなかで何か新しいものが生まれることを期待して、ふたりにお願いした。作品自体がゼロから始まる、「教える-教わる」関係を一旦離れた場所と考えた。

Q・一公演で同時にふたりが演出振付することについて。
 -A(山田さん):
 ふたりも刺激し合っているが、一番は、プロの振付家の現実問題として、時間の割合が大変なこと、そうした制約があるということがある。与えられたもの、限られたもののなかでベストを尽くすこと。メンバーは3つの作品を踊る、『アルルの女』のリハーサルも行っている、そうした同時進行状況のなかで、如何にフォーカスしてやっていくかは難しいことだが、やらなければならないこと。
現役メンバーに振付家としての依頼をすることには、Noismというカンパニーに属し、ひとつの「言語」のようなものを共有する者が、その中から如何にして「自由」を獲得していくかは大切なことと考える。自分たちが今ここで作っている身体性にどれだけの普遍性があるかは、そのなかで何かを作ることでしか分からないものがある。
また、次世代の振付家を輩出することはレジデンシャルカンパニーにとって大切なことでもある。

Q・【中尾さんに】タイトルは(ジョン・ディクスン・カーの)推理小説と同名。具体的なストーリーをイメージしているのか。
 -A(中尾さん):
 ストーリー・テリングはしない。(使う)曲毎に詩を書いていて、その自分が想像したこと(詩)と音楽、それを社会(観客)とどう繋げていくかを意識している。振付家と舞踊家と観客のトライアングルが綺麗に揃っていないと良い瞬間は生まれない。この時代に簡単に溶け出してしまわない作品を残したい、その時間を提供したい。
観客が観に来ることも選択なら、自分たちが本番中に振りを踊るのもひとつの選択であり、既存のものをただ舞台にのせているのではない。研修生カンパニーであることから、自分たちの葛藤と闘っていて、身近に重い選択を控えている。それは舞台に出て来る。自分たちのベストを尽くした作品で観客に真っ向から立ち向かう時間を作りたい。それら全てが「選択」。タイトルは語り過ぎず、抽象的な感じで、意味を込め過ぎない、ふわっとしたものである。

Q・選曲理由は。
 -A(中尾さん):
 チャイコフスキーがどう亡くなったか知っていたので、「選択」「チョイス」は常に頭にあった。「悲愴」はチャイコフスキー最後の交響曲であり、哲学的思想が詰め込まれている。自分が振付家として彼の音楽と闘うのと同時に、舞踊家と一緒に、彼の音楽を通して、社会になにか普遍的なものを提供出来るのではないかと思った。
 -A(樋浦さん): 自分がそれらを聴いているときに、彼女たちが世界を繰り広げている様子を想像出来たこと。音がなくなる瞬間があったり、メロディー自体が存在しなかったりするが、その空間のなかに舞踊家がいることで、音楽と身体とが相互補完的だったり、相乗効果が生まれたらよいと。それが音楽と舞踊家との関係性として目指していること。

Q・この3作品での公演に関して。
 -A(山田さん):
 ヴァラエティ豊かで、楽しんで貰える。3つの全然違う作品にNoism2の舞踊家がどう取り組んで、そこで生きるのか。若い身体、若い思い、若い精神からしか出て来ないエネルギーを是非感じて欲しい。3作品が合わさったときに、彼女たちの表情とか輪郭とかが見えてくるのかもしれないと期待している。(13:55囲み取材終了)

…というところをもちまして、公開リハーサル&囲み取材の報告とさせて頂きます。

色々な意味合いで、とても興味深い「Noism2 定期公演vol.16」は3月8日(土)と9日(日)の2 days。只今、チケットは好評発売中です。若き舞踊家9人が格闘する3作品、そこに漲るエネルギーを全身で受け止めてください。

更に、8日の終演後には、この日の囲み取材時と同じ、山田さん、中尾さん、樋浦さんが登壇してのアフタートークも予定されています。(9日のチケットをお持ちの方も参加出来ます。)作品が生まれる現場により一層コミットしてみる機会です。楽しくない筈がありません。ご検討ください。

【追記】現在、発行されている「Culture Niigata」最新号(2025.03-05、vol.122)に、今回、振付家として創作している樋浦瞳さんが取り上げられています(表紙およびインタビュー記事)。加えて、昨年11月「新潟県文化祭2024『こども文化芸術体験ステージ』」(@十日町市・段十ろう)に登場し、『火の鳥』と『砕波』を披露したNoism2についても掲載されています。同誌は無料。りゅーとぴあにも置かれていますので、是非、お手にとってご覧ください。

(photos by fullmoon & shin)

(shin)

「円環」記者発表に行ってきました♪

2024年11月13日(水)11:00 – 12:00、秋晴れの新潟市。りゅーとぴあスタジオAで、「円環」記者発表が開催されました。


登壇者は、井関佐和子さん(Noism国際活動部門芸術監督)、金森穣さん(演出振付家、舞踊家)Noism芸術総監督、近藤良平さん(振付家、ダンサー)彩の国さいたま芸術劇場芸術監督、コンドルズ主宰、の3名です。
井関さん、近藤さん、金森さんの順でお話があり、そのあと会場参加者の質問、オンライン参加者の質問と続き、最後に写真撮影です。司会はNoism広報の谷内紫乃さん。

●井関さんのお話:
・「円環」は3作品の総合タイトルであり、20周年イヤーにふさわしいプログラムと思う。
・近藤さんをお呼びしたのはNoism1メンバーのため。近藤さんは「ダンサーはダンサーを演じることがある」と話されていたことがあり、自分でも知らないうちに行動が「ダンサー」になっていたりする。メンバーは自分自身と向き合い、近藤さんと一緒に感情の旅を楽しんでほしい。
・Noism0+今回のゲストは皆40歳を過ぎている。若手育成を担う年代でもあるが、円熟の力を発揮できる年代でもある。舞踊に限らず40代以上の人たちがますます活動的になっていくといいと思う。
・『過ぎゆく時の中で』では、私は出演せず、穣さんとNoism1メンバーが踊ります。(!!)(←金森さんは山田勇気さんが踊った役のようです)

●近藤良平さんのお話:
・19年ぶりだが、Noismは変わらずにいる、在る、という感じで、自分も「帰ってきたな~」と思っている。
・今、段ボールにハマっていて『にんげんしかく』は、段ボールと人が関わる作品になる。
・メンバーとは最近会い、今、クリエーション中で、刺激をもらっている。困るくらいやる気がある。身体に真面目に取り組んでいる。この作品では自分を磨くというよりは、作品に溶け込んでもらえればと思う。
・作品は段ボールを使った、段ボールとの作品なので、不思議な珍しい作品になると思う。ケガをしないで段ボールと格闘してほしい。

●金森さんのお話:
・『過ぎゆく時の中で』は2021年、サラダ音楽祭での作品。このころ、コロナ明けで外国人メンバーが一斉に帰国した。集団と個人、どちらかとなったら個人を選ぶ。コロナという特別な状況下とは言え、無常なる集団性を感じた。と同時に集団性の尊さを感じた。
メンバーは通り過ぎていく。これまでに156名。この事業の価値を信じてくれる関係者がいてNoismは継続できてきた。長い時の流れの中で今がある。 
Noism1メンバーと間近で踊るのは初めてだと思う。井関も言っていたが、育成と同時に円熟した力を還元し、共有することで若いメンバーに届けられるものがある。
・Noism0新作『Suspended Garden-宙吊りの庭』は、あまり考えず、皆が集まってから創ったが、8日間であっという間にできた。それはゲストの身体性が前と変わっていなかったから。若い人や外部振付だと求める身体性から教えるので時間がかかる。(トン・タッ・)アンの音楽を含め、6人でこれから深めていきたい。
・『Suspended Garden-宙吊りの庭』とは、「劇場」が(も)メタファー。近藤さん的に言うと「段ボールの箱の中」。現実とは違う宙吊りの庭に舞踊家が集い、別れていく。(それは劇場だけではない)

お話は以上でこのあと質疑応答です。
ちなみに取材メディアは、NHK、BSN、TeNY、新潟日報、朝日新聞、月刊にいがた。
オンライン質問は、バレエチャンネル、チャコット、東北新社、埼玉新聞、ダンスマガジン。
と、錚々たるメディア陣で、Noism創設時とは隔世の感で感涙もの。。。
よくぞここまで大きく育ってくれました。(お母さんはうれしい、的)

ということで、たくさんの質問があり、とてもご紹介しきれません。いくつか。

●井関さん:
-Noism0新作で舞踊家としての実感は?
・『Suspended Garden-宙吊りの庭』で、十数年ぶりに宮河、中川に触れた。最初に触れる時、どう感じるのか、怖い・恥ずかしいという気持ちがあった。それは彼らも同じだったと言っていた。
しかし、触れた瞬間から、「あの時と同じ」、「変わらないものがある」と感じた。
20代の頃と感覚は変わらない。それぞれの「くせ」や、それに対して自分がどう思うかまで同じで、とても貴重だった。

-近藤さんの作品とNoism1の身体性について
・近藤さんの作品とNoism0のダブルビルでもよかったのだが、トリプルにしたのは、Noism1メンバーに多面的なものを自覚してほしいと思ったのと、観客の皆様にもNoism1の身体性の違いを見てほしいと思ったから。

●近藤さん:
-Noismへの思いは?
・Noismが20年続いている。続けている。存在している。知られていく。知られている。
ぐっと熱く、深くやりたい。
・Noism1メンバーはすごく踊れる方たち。自分の振りを5秒で取り込み再現する。取り込みがダントツに早い。自分は30分たつと自分の振りを忘れるので教えてもらっている。

-近藤さんにとって舞踊とは?
・模索しているが、解答は出ないと思う。舞踊というよりは、ダンス、踊る、舞う、と考えている。
特別なものではなく、自分としては「日常的」で身近なもの。日常の中にたくさんのものがあり、それがダンスになる。

-『にんげんしかく』の音楽は?
・内橋和久さんの音楽で、ダクソフォンという不思議な楽器を使った不思議な音。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E6%A9%8B%E5%92%8C%E4%B9%85

●金森さん:
-音楽は録音?
・『過ぎゆく時の中で』はサラダ音楽祭とは違い録音。ただ舞台は広く使えるので「劇場版スペシャル」になる。
・『Suspended Garden-宙吊りの庭』も録音。楽譜に書けるような音楽ではないが、メロディーがあり情感豊か。外界からふわっと聞こえてくる映画音楽のような。

-Noism1メンバーと踊ってみて
・若手と円熟では情報の量と質が違う。一緒に踊らなければ伝えられないものがある一方、こちらもメンバーの奔放な情報に刺激を受けている。
舞踊に限らず、若手と円熟の両輪を回していかなければならない。

-Noism0+ゲストについて
・一瞬をいかに生きるか。人間って何だろう。友情?友愛? 時を経て再び会う。
変らないもの、変わらないことへの愛。

お話たくさん。濃い記者発表でした!
ほか詳細、ぜひどうぞ!
▼公演詳細ページ
https://noism.jp/noism0-noism1-enkan/
▼公演プレスリリース
https://noism.jp/pressrelease_enkan_2024/

なお、メディア・活動支援会員対象の公開リハーサルは12/5(木)の予定だそうです。

「円環」公演、ますます楽しみです!!!

(fullmoon)

◎以下に、Noism公式から提供を受けたこの日の記者発表画像(15枚)を追加掲載します。是非、ご覧ください。

「アース・セレブレーション2024」2日目【特別フリンジ】鼓童✕Noism2に行ってきました!

8/17(土)、少し雲がかかることもありますが、今日も概ね晴れのよいお天気。
本日の特別フリンジは15時半から15分間のみの貴重な公演です。

14時頃、会場の三角公園に着きましたがカンカン照りでキビシイ〜
しかし、14時半を過ぎるとやや曇ってきて、ステージの上も暗雲が! 雨が降る感じではないので、このまま曇っていてくれるとありがたいな〜♪

フリンジ出演の前の団体が終わり、観客の移動があったので、その隙になんとか最前列の席を確保!
最前列は陽が当たって焦げる熱さでしたが、曇ったのでラッキーでした♪

15時頃、早くも出演者がやってきました!「Noism2の母」モンちゃさんもご子息と登場♪

Noism2メンバーと鼓童さんたちが早めに来たのは、なんと、その場でリハーサルというか、場当たりをするため。
特別サービスではありませんが、うれしいですね〜♪

司会は昨日に引き続き、鼓童の木村佑太さん。
今日もインタビューがあるので、まずはその並び方から。
そのあと鼓童さんと共演する曲の場当たりと続きます。
リハーサルなので浅海侑加さんも指導に入ります。貴重シーンですね♪
とはいえ、リハはササッと終わってしまいました。。

しばし待つ間に空は晴れ・・・
カンカン照りの夏空の下、明るく公演が始まりました!
まずは『砕波』!
鼓童の曲で、金森さんの振付です。


昨日のあゆす会館でも観ましたが、なんとまあ、全く別物です! いったいどうなっているのでしょう!?
今日の方がノリがいいようですが、屋内と屋外では雰囲気が違いすぎてビックリしました!
音楽はCDでしたが、最後の方が少し短縮されたバージョンでした。
ブラボー!!

そのあと、木村佑太さんによるインタビューです。今日は少し砕けた質問をしたいと言っていた木村さんですが、砕けた質問にも真面目な答えのメンバーに苦笑するしかない木村さんでした。2年目の4名がインタビューに応えました♪

最後の曲は鼓童さんとのコラボです。おなじみの『紫』!
鼓童の曲で、山田勇気さんの振付です。


この作品は去年も一昨年もフリンジ公演で踊られました。明るく楽しい楽曲ですが、ゆく夏を惜しむような哀調を帯びた響きも感じられます。
この『紫』は配信&アーカイブがあるようですので、ぜひご覧くださいね!
(→こちらからどうぞ。6分半強の動画となります。)

『紫』が華々しく終了して拍手喝采!!
全員で写真撮影です♪
すばらしい舞台をどうもありがとう!
河村アズリさんと川添愛美莉さんはこの公演が最後になります(涙)。
これからも新しい道で前に進んでいってくださいね!

今シーズンのNoism2、全公演無事終了しました♪
浅海侑加さん、メンバーの皆さん、おつかれさまでした!

さて、次(今週末)は利賀でNoism0+Noism1『めまい』ですよ〜✨
Noismの夏は、まだまだ続きます!
次は利賀でお会いしましょう♪

(fullmoon)