お盆前に「dancedition」井関さんの連載第5回♪

*この度の日本各地を襲う大雨被害に見舞われた方々に対しまして、心よりお見舞いを申し上げます。一日も早く穏やかな日常が戻ってくることをお祈り致します。

2025年8月7日(木)、この日、ウェブ「dancedition」にて連載中の井関さんインタビュー「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る」はその第5回がアップされました。語られたのは、2006年に上演された2公演。

先ずは初めてのスタジオ公演となった、「感覚与件」を意味する『sense-datum』(初演:2006年5月6日)です。その公演を行った場所を見ても、「ホーム」新潟のほか、大阪、石川、宮城、茨城、静岡と近年にはない場所が並び、バラエティが感じられます。

鈴木忠志さんから言われたという「神(=金森さん)」と「巫女」の意識には、故・三波春夫さんの、(後年、誤解されまくった)有名なフレーズ「お客様は神様です」の真意に通ずるものも感じられ、芸能の始原を思わせられるものがあります。そして井関さんは更にそこから発して、「自分の意識との距離」を保つことの重要性に言及してくれていて、それを以て、強靭な舞踊を作り上げる秘訣或いは奥義のように捉えておられることは、(私など門外漢には想像の域を出ないことではありますが、それでも、)「なるほど」と深く納得させられる意義深い発言と読みました。

また、Noismメソッドに歩き方だけで8種類もあること(!)や、井関さんが初めての降板を経験されたこと(仙骨への処理の仕方も含めて)などの記述も驚きとともに目で追いました。

次いで、外部振付家招聘企画第2弾「TRIPLE VISION」(『Siboney』『solo, solo』「black ice』)(初演:2006年11月10日)が語られます。こちらの公演地も、新潟、岩手、東京、滋賀とあり、これもかなり大がかりなツアーだったことがわかります。

若き金森さん、そして若き井関さんとの接点から招聘された稲尾芳文さん&K.H.稲尾さんと大植真太郎さん。2006年当時のNoismとそこに至る迄の若き日々が交錯する公演は、語る井関さんのみならず、カンパニーの全員にとって刺激的な機会だったことがありありと読み取れるものです。

また、語られる若き日々のなかに、金森さんとの出会いについても触れられていて、今なら完全な「塩対応」と表現されてしまうのだろう電話での金森さん、現在のおふたりに至る端緒として見ると、何かちょっと微笑ましかったりもします…。

その「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(5)」、下のリンクからもどうぞ。

そして、コメント欄に掲載される「fullmoonさん、全作品を語る(5)」もお楽しみください。

(shin)

「dancedition」井関さんの連載第4回、様々な舞台で踊っていたNoism♪

2025年7月24日(木)、エンタメ性に富んだNPBマイナビオールスターゲーム2025第2戦を見終えてから、今度はこの日アップされたこちらを楽しみました。「dancedition」連載中の「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(4)」。

で、なんと!そして、なんと!サッカー!?アルビレックス新潟の試合前にも踊っていたりしたのですね!相手が横浜Fマリノスならば、金森さんの故郷・横浜のクラブですけれど、場所は「ホーム」ビッグスワンスタジアムですから、「アイシテルニイガタ」のチャントが谺したことでしょうね。とても珍しい機会だったかと。(2005年10月22日)

次いで、あの『NINA-物質化する生け贄』(初演:2005年11月25日)なのですね。鈴木忠志さんからの影響、Noismメソッドの誕生、そしてタイトルに纏わるお話、とても興味深く読みました。

「様々な舞台」、続いてはりゅーとぴあ〈能楽堂〉での「能楽堂公演」(初演:2006年2月16日)なのですね。金森さんの古い作品を上演したとのことで、『side in / side out - 1st part』、『untitled』、『Lento e Largo』、『Cantus』、『play 4:38』。とても貴重な機会だったことに相違ありませんね。

そして、井関さんが語ってくれた「お面」のお話、「身体の表情」や「面の表情」というところは、「なるほど」と頷きながら読みました。

その「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(4)」は下のリンクからもどうぞ。

これを書いている私にとって、Noismとの出会いはまだ先のことなので、井関さんが語るお話を文字で追いながら、イメージしてみるよりほかにないのですけれど、この後、コメント欄に、fullmoonさんも「全作品」を語ってくれる筈ですので、どうぞ併せてご覧ください。
では、fullmoonさん、よろしくお願いします。

(shin)

Noism『アルルの女』/『ボレロ』埼玉で迎えた大千穐楽(「箱推し」の推し活ブログ風)

2025年7月13日(日)、Noism0+Noism1『アルルの女』/『ボレロ』公演が、埼玉は彩の国さいたま芸術劇場で大千穐楽を迎え、大評判のうちに、全6公演のその幕をおろしました。ここまで、ネタバレなしにレポートのような、感想のようなブログをあげてきましたが、今日は様々な偶然、それもとても嬉しい偶然が重なったことから、これまでとはまるで違うタッチのブログを残そうという気持ちになりました。敢えて、そのタッチを言い表すなら、「箱推し」の推し活ブログ、とでもなりましょうか。多分に個人的な色彩も強いものになるかもしれませんが、よろしければ、お付き合いください。

朝、宿泊した横浜から、Noism20周年記念の黒Tシャツを着込んで、彩の国さいたま芸術劇場を目指しました。前日の過ごし易さとは打って変わった焦げるように暑い日曜日です。JR与野本町駅からほんの12〜13分歩くだけではあるのですが、それがかなり堪える「苦行」に感じられたため、「着いたら、カフェに行って、冷たいものを飲もう」、そう同行の家族に言うことでやっと辛抱して汗をかきかき歩くことが出来たようなものでした。

劇場前の横断信号を渡って、ガレリアに通ずる入り口を入って、何気なく振り返ると、そこに見覚えのある女性の姿が!その女性、かつて、Noism1メンバーとして活動しておられた西澤真耶さんではありませんか!西澤さんと言えば、映像舞踊版の『ボレロ』に出演しておられるといった点に、今回の公演との繋がりが見出せたりもします。最近は東京で活躍されておられて、なんとかこの日の公演を観に来ることが出来たとのことでした。また、Noism在籍当時に、気さくに接してくださったお母様によろしくお伝えくださいとお願い出来たことも含めて、嬉しい偶然(1)でした。

ミックスジュース、アイスカフェラテ、大人のコーヒーゼリーアフォガード(早くも溶け始めている…)

でも、そのカフェ(Cafe Palette)に着いてみると、みんな考えることは一緒で、3人で座れる席が見つかりません。相席をお願いしようと、連れ合いがお顔も見ずに声をかけさせて貰ったご夫婦が、「えっ!えええっ!」、なんとNoism1の糸川祐希さんのご両親だったのでした。それから約30分間、思いがけずも、糸川さんのこと(今日に通ずる「出発点」Noismのオーディションを受けるに至った経緯なども!)やら、今回の公演のことやらを中心に様々話しながら過ごすことが出来た、スペシャルな時間が持てたのでした。これが嬉しい偶然(2)です。

そして、14:30開場。スーツケースをクロークに預けて「87」の札を受け取った後も、ホワイエに留まり、サポーターズ仲間たちと合流して、大千穐楽開演前の華やぎの中に身を置きながら、入り口付近で外の様子に目をやる金森さんの姿を見続けていると、やがて外に向けて手招きをし始めた金森さん。すると、今年も来月に「サラダ音楽祭」でコラボする東京都交響楽団コンサートマスターの矢部達哉さんが入って来られて、ハグをして、それから親密に話される様子などワクワク見詰めたりしていました。

15:00開演。『アルルの女』です。音楽が耳に届いてくると、緞帳の手前、客席に背中を向けた「アルルの女」井関さんと抱き合う「フレデリ」糸川さん、その目の半端ない色気にうっとりしながら、そこから始まる約50分間の「悲劇」を、この日もカタルシスをもって堪能しました。

全6公演が終わった今だから書けること、繰り返される4度の「死」について。あのインパクトある表現は、かつて、劇的舞踊vol.4『ROMEO & JULIETS』(2018)で用いられ、大いに衝撃を受けたもの!今回、公開リハーサル時に、舞台の手前に、舞台高と同じ高さで黒く立ち上がり、ピットを隠すようにめぐらされた目隠し状のそれを目にした時から、「もしかしたら、また、鳥肌が立ったあの表現が見られるのではないか」、そう微かな期待感を抱いたのでしたが、実際に、時を隔てて再び目にした「死」の表現としての「落下」は、微塵もその破壊力を減じることのなく、この演目においても見どころのひとつとして機能し、やはり今回も鳥肌ものだったことを認めたいと思います。

モロに「ネタバレ」になってしまうため、ご紹介を控えていたのですが、新潟公演でのアフタートーク(6/28)において、その「落下」後のコツについて、質問があり、ピットには無数のウレタンスポンジが敷き詰められていて衝撃を和らげてはくれるものの、出来るだけ大きな面で受け止められるように落ちるのがダメージが少ない、そう金森さんが説明してくれたことをここに書き記しておきます。

見事に可視化されていく妄想やら、妄執やら、不在の現前やら。瓦解する精神性が命とりになってしまう様子やら、その表現の巧みさとそれを支える身体の迫真性があって初めて、ラスト、微動だにせず、ただ小首を傾げる「ジャネ」(太田菜月さん)の姿に、あのカタルシスが宿る訳です。この日は埼玉の中日(そして初日)のような「静けさ」「静寂」から始まるリアクションとは別物の、大千穐楽という、謂わば「祝祭空間」がもたらしたのだろう即応性の高い熱烈な拍手が、緞帳が下り切る前に劇場内に谺することになりました。その後の休憩時間にあっては、観終えた観客の多くが、入場時に手にしたパンフレットに、さも興味深げに、目を落としていました。

そして、『ボレロ — 天が落ちるその前に』。ひとり、真上からのダウンライトを浴びて、特権的な赤を纏う井関さんを除くと、他は全員、『Fratres』シリーズ(2019-2020)の黒の衣裳で登場してきます。やがて、ひとり、またひとりとそれを脱ぎ捨て、あれは「キナリ」でしょうか、手足を露出させつつ、「脱皮」或いは「メタモルフォーゼ」を遂げていきます。それはベジャール振付の名高い『ボレロ』とは異なり、中心から周囲への「伝播」の方向性をとるものであり、Noismの集団性を謳いあげるベクトルを感じさせるものと言えると思います。やがて、シンクロして踊る身体を見詰める醍醐味が横溢するでしょう。その美しさ!少し先を急ぎ過ぎました。

加えてこの演目で、その美しさをもって、観る者を圧倒しにかかるのは、徐々に顕しとなっていく最後方、金色のホリゾント幕です。下の方からその金色が見えてくる様子自体が陶酔を誘うひとつのハイライトを形作っている、そう言っても過言ではないでしょう。有無を言わせぬ圧倒的な美そのものです。それは、かつて、『Liebestod — 愛の死』(2017)で用いられた装置であり、ここでも、ラストにいたって、あのときの「屋台崩し」に似た場面が再現され、その頽れる美の有り様で私たちを虜にしてしまうでしょう。またしても、急ぎ過ぎてしまっているようです。

「魔曲」にのって、自らの身体(メディア)をチューニングし、上方、天に向かって、両の腕を伸ばす舞踊家たち。祈りと献身は、中央の井関さんに発して、フォーメーションを変化させながら、やがて、集団へと「伝播」し、全員のものとなっていく。しなやかで強靭な身体。力強くも繊細な身体。優美ながらも艶かしささえ立ち上げる身体。エロス(生)と同時にタナトス(死)、刹那と同時に永遠さえ表象してしまう身体。およそあらゆる二分法が無効化され、止揚されて、迎えることになるラストの一瞬。その陶酔。

この日も客席からは爆発的な拍手が湧き起こり、「ブラボー!」の声が飛び交ったことは言うまでもないことでしょう。

この火を吹くような『ボレロ』の終演後、興奮を抑えることが出来ないサポーターズ仲間に混じって、前出の糸川さんのお母様が、終盤の盛り上がる場面で、中央の井関さんが両脇に目配せして、「最後、思いっ切り踊り切ろう」という感じで誘いかける様子を目撃したと話されると、確かにそう見えたと応じる人もいました。私自身は、しかと目にしてはいなかったのですが、そうだとしても、何ら不思議ではありませんから、「なるほど」と聞いていました。同時に、「全てを観るためには目はふたつでは足りないな。情報量が多過ぎる」、とも。本当に魂から揺さぶられ通しの、圧倒的な大千穐楽だった訳です。

しかし、偶然はまだここで終わりではなかったのです。新潟に向かう新幹線に乗ろうとJR大宮駅まで行き、やや時間をもて余し気味に、新幹線待合室で過ごしていて、ペットボトルの水でも買おうかと売店まで赴いたとき、目を疑うような偶然(3)があり、驚いたのでした。なんとそこには、先程まで踊っていた庄島さくらさん・すみれさんの姿があったからです。またしてもの「えっ!えええっ!」体験です。私の目はハート型になっていたに違いありません。もうテンパってしまったことは容易に察して頂けるものと思います。感動の舞台のお礼を伝えたのち、テンパっていたのをいいことに、「連れ合いも連れて来ていいですか」など口走って、結果、4人で立ち話をする時間を手に入れてしまった訳です。お疲れのところにも拘らず、(同じ新幹線に乗車予定だったため、)まだ少し時間があると、優しく応じてくれたおふたりには感謝しかありません。

そこで件の『ボレロ』における井関さんの目配せについて訊いてしまいました。訊いちゃったんです、実際に。すると、確かに盛り上がりのところで目配せはあったと教えてくれました。しかし、それはこの日だけではなしに、埼玉入りしてから始まったことだったのだとも。で、その目配せで気持ちが通じていることが嬉しかった、そう教えてくださいました。テンパっていたから訊けたことですよね。で、テンパりついでに、『ボレロ』終盤でのおふたりのポジションについても、下手(しもて)側がさくらさん、上手(かみて)側がすみれさんだったことも確認させて頂き、胸のつかえがとれました。今回は髪の色も同じ、髪型も同じということで、見分けるのが極めて困難だったのですが、そんな私の失礼と言えば、失礼でしかない質問に対しても、「そうですよね、見分けはつき難いですよね」、微笑みながら、そう言ってくださっただけでなく、「穣さんも間違ったりしましたから」とまで付け加えてくださる気遣いにホント感動しました。(おまけに、4人で自撮り写真まで撮らせて頂きました。それ、もう宝物です。)更に更に「推し」ていく他ないじゃありませんか!

そんな夢みたいな時間を過ごして、新潟に向かう新幹線に乗り込み、荷物を棚に上げたりなどしていると、通路を歩いて来る男性が、私の苗字に「さん」付けで呼び掛けてくるではありませんか!偶然(4)はここにも。それは山田勇気さんでした。山田さんも同じ新幹線だったのですね。虚を突かれて、「あっ!どうもです」くらいしか言えず、トイレに向かった連れ合いに知らせに行くと、驚いた連れ合いも大した挨拶も出来なかったような始末。常に平常心でキチンと応じることの出来る人にならねば、この日の締め括りにそんな思いを強くしたような次第です。

思いがけず、様々な嬉しい偶然に恵まれたことで、これを書いている今もまだ「Noismロス」に見舞われずに済んでいました。

ということで、このような「箱推し」の推し活ブログ、長々とお読み頂き、誠に恐縮、並びに心より感謝です。

(shin)

ウェブ「dancedition」井関さんの連載インタビュー第2回、アップされていました(汗)

Noism0+Noism1『アルルの女』/『ボレロ』新潟公演に完全に気持ちが向かっていたところ、「投稿日:2025/6/23」との日付で、ウェブ「dancedition」に、井関さんの連載インタビュー「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(2)」が掲載されておりました。1週間以上前になります(汗)!油断しておりました。

既にご覧になられた方も多くいらっしゃると思います。初回分をこちらのブログでもご紹介した際、同サイトでの他の連載ものの更新頻度を「2〜3週間」とみたまでは良かったのですが、『アルルの女』の『ボレロ』の公演が控えていたことから、勝手に次回は「3週間」後くらいかなと判断していました。正確に「2週間」後の第2回アップでしたね。すみませんでした。

でも、更新頻度が「2週間」であるならば、ひと月に2回アップされることになる訳で、予定も立ち易いですね。

で、今回は「black ice」(初演:2004年10月28日)。中越地震のこと、そして誕生日を祝う私家版「金森さん映画」(!)などにも触れられていて、惹き付けられて読みました。「black ice」公演、私はまだ観ていなかった頃ですので、ご覧になられた方々からのコメントをお待ちしております。

第2回へは下のリンクからもどうぞ。

次回は更新から遅れずにお届け出来ますよう、心して臨みます。m(_ _)m

(shin)

土曜の夕刻、BSNラジオ「サロン・ド・かおり」に井関さん登場♪

2025年5月31日(土)17:00、地元のBSNラジオで石塚かおりさんがパーソナリティを務める番組「サロン・ド・かおり」のゲストとして、井関佐和子さんが登場され、公演のこと、日頃の過ごし方、身体のメンテナンス等々について、約30分間のやりとりを聞かせてくれました。

「時刻は5時をまわりました。『サロン・ド・かおり』のオープンです。お相手は石塚かおりです。ここは全国で、世界で活躍する様々な皆さまが束の間、翼を休める憩いの場。ラジオをお聴きの皆さまもゆっくりと耳を傾けてくださいね。…」そうした石塚さんの語りから始まる番組は、かつて、JFN系列のFM局で放送されていた人気番組「サントリー・サタデー・ウェイティング・バー(AVANTI)」を彷彿とさせるような雰囲気の、同じくトーク番組です。

ここでは、主に井関さんが語った内容を中心にほんの少しだけ、かいつまんでご紹介したいと思います。それでは「おふたりの話にさっそく耳を傾けてみるとしましょう」(←「サントリー・サタデー・ウェイティング・バー」風に。)、ってことで。

*「Noism Company Niigataは変わらずに、それでいて進化している」(石塚さん)→「変わらないことの重要性ある。しかし、とどまることは衰退なので、進化し続けるための毎日を過ごしてきた」「年齢と向き合っている時間はない。前を見て、今の身体とどう向き合っていくかを常に考えている。身体的には少し若返ってきている感覚がある」(井関さん)

*20年前(2005年)の井関さんの日記には、「20年後の私はどう考えているんだろう」の記載。Noismが20年続くとは考えていなかった。彼女(20年前の井関さん)に「伝えてあげたいなぁと思って」と。

*この20年間、劇場文化の在り方の「変わらない部分」と相変わらず闘い続けている金森さん。新潟にそれがあればいいということではなく、この国で芸術活動をしている人たちを支える基盤を作っていきたいという思い。

*『アルルの女』/『ボレロ』公演のこと: 全然違う2作品。豊かな時間になると思う。(新潟公演:6/27、28、29。埼玉公演:7/11、12、13。)
・『ボレロ』: コロナ禍の動画版→オーケストラとの舞台版→今回の劇場版へ。金森さんの師・ベジャールさんへの敬意を込めて、オマージュ的なものも含まれている。
・『アルルの女』: 共依存の家族。例えば、「母」(井関さん)が「息子」をハグする場面も多いが、その距離感・間合い・角度で示すものが全然違う。それも観て欲しい。

*舞踊の舞台にはある意味、リアリティは必要ない。瞬間の集中があって、音と空気感で出てしまうもの、それを引き出すのが上手いのが金森さん。

*「ひとつ観て、Noismは知れない、そんな奥の深さがある、それがNoism」(石塚さん)

*公演が近付いてくるなかの井関さんの日常生活のこと:
・無意識ながら、どんどんストレスがかかってきて、背中がガチガチになる。精神とかかわりの大きいという肩甲骨の間の部分がピリピリ硬くなっていく。食べ物・入浴・ストレッチ、より一層注意している。そして健康グッズ(小さなガジェット)が増えていく。最近、ポチッてしまったのが「針がいっぱい出ているマット」、その上に20分くらい寝るとマッサージをしたくらい筋肉が緩んでいくという触れ込みのもの!(まだ届いていないので、試せていない。)身体のため、心のためになるものに手を出してしまう。
・劇場に入っていないときには、基本、スイッチがOFFになっていて、金森さんからは、「省エネモードに入ったね」と言われる。
・食事はグルテンフリーを10年くらいずっと続けていて、「もう戻り方がわからない、怖くて。ずっと続けていくことだろうなと思っている」
・肉・魚・野菜、全部食べる。本番が近くなってくると、時間が限られてきて、自分で作る時間がなくなってしまう。そこで身体によさそうなものを下調べしてネットで購入して、本番までの1,2週間分はストックしている。ちゃんと食べながら、踊りに集中する。
・サプリメントも何種類も摂っているほか、ここ数年、毎朝、一番最初に飲んでいるのは酵母。あったかいお湯に溶いて飲んでいる。
・それらは全部、佐和子さん発信で、金森さんも気に入ると続けている。
・野菜は、「週1」で地場産のものを売っているところで、大量買いしている。

*今年、21年目のNoism Company Niigata:
5月に黒部の屋外公演、6・7月・『アルルの女』/『ボレロ』公演、8月・利賀村での公演、9月・サラダ音楽祭、そして、10月に久し振りの海外・スロベニア公演と目白押し。通常の夏休みはなく、海外公演後に、「秋休み」となる予定。

*井関さんからのメッセージ: 今回の公演は『アルルの女』と『ボレロ』、全然違う作品を一晩で楽しめる機会。「Noismって、こういう感じもあるんだ」と発見もして貰える筈。是非、劇場に足を運んで、生の舞台を観て欲しい。

「ちょっと暫く佐和子さんにお会いしてない時間が開いちゃったので、次はあまり開けないうちにお目にかかりたいと思います。井関佐和子さんでした。どうも有難うございました」「『サロン・ド・かおり』、それでは来週も土曜日の夕方5時にご来店をお待ちしています。『サロン・ド・かおり』、お相手は石塚かおりでした」とそんなふうに締め括られていきました…。

気心が知れた旧知のふたりといった感じで、終始、リラックスした雰囲気のなか、井関さんのことをあれこれ知れる、約30分間のやりとりでした。同時に、聴いていると、やはりこの先のNoismの公演への期待感がずんずん高まってきました。radikoでは明日の夕方くらいまでは聴ける様子かと思いますので、興味のある方はとり急ぎ、radikoへ。

(shin)

2025年2月23日はトークイべント日和(その1):井関佐和子さん講演会(新潟県女子体育連盟主催)

2025年2月23日(日祝)はNoism関連のトークイベント日和でした。先ずは、「その1」として、11時より、新潟市西区にある新潟清心女子中学・高等学校のノートルダムホール2Fを会場に開催された井関さんの講演会、「新潟から世界へ! Noism Company Niigataの挑戦」(新潟県女子体育連盟主催)のご報告です。

この日は悪天候の予報が出ていたために、対面での参加とZoomによる参加のハイブリッド開催となりました。私は諸々の事情からZoomでのリモート参加をさせて頂きました。

Noism発足当時と現在の様子、この20年間の歩み(数々の受賞と受章の足跡、そして『夏の名残のバラ』、鼓童とのコラボ『鬼』、『Amomentof』の動画が紹介されました。)等が駆け足で触れられた後、司会の方とやりとりするかたちで、この日の講演会は進んでいきました。ここではかいつまんで、井関さんのお話しのご紹介を試みます。

*「新潟から世界へ」、井関さんの思い: 具体的な「新潟」と抽象的な「世界」。そのふたつを舞踊で橋渡しする意味合いも込められているように思っている。

*ポテンシャルのある劇場は全国各地に存在するものの、Noismに続くものがなく、この20年間ずっと新潟だけ唯一という状況に、設立当時の「大きな夢」は、今はちょっと淋しいものになってしまっている。 

*新潟で続いている20年間: 「新潟の方々が変わっているから」。作品づくりと自分たちの身体を磨くことだけに向き合っている姿を面白いと思ってくれる「新潟の方々は特別なんじゃないですか」。真っ直ぐ向き合っていくことでしかない。大衆受けはしないだろうだけに、有難い。

*よく「文化・芸術」というふうに一括りにされがちだが、「文化」は民族(地域・集団)のものであるのに対して、「芸術」はそれを超えたものであって、そこを目指さなければならない、自分たちがやっているのはそれだと信じてやっている。

*海外公演: 15年前、ブラジルでの3日間の公演には驚いた。2000人収容の大きな劇場が、初日はガラガラだったが、口コミで、3日目には満席になった。信じられなかった。思いは、「行きたい」というよりは、「来て欲しい」と言われるようになりたい。基本的に「呼んで貰える」ことで行っている。但し、最近は、どの国も「自国ファースト」になっていて、招聘を巡る状況は大きく変貌している。

*地方公演: 文化の違いが客席に出てきている。空気が違う。地方で色々な文化に触れたい思いがある。

*3歳で踊り始め、雑誌で海外のダンサーを見て、15歳頃に海外へ行くと決めていた。16歳で海外へ行き、19歳でプロとして活動し始める。その後、日本に帰ってきたタイミングで、Noismという舞踊団の設立に立ち会える滅多にない機会ということに惹かれて入った。
*20代の頃、周りにライバルがいなくなったと感じて、Noismを辞めようと思ったこともあったが、「ものの見方を変えること」を学んだことで、辞めずに済んだ。「ものの見方を変えること」で関係性は変わることに気付いた。
*悩みで言えば、30代には子どもをもつことを巡っての葛藤もあり、揺れ動いたが、仕事はどんどん入ってきて、時間がどんどん過ぎていった。結局は、自分が今どうであるかということ。今は楽しい。
*40代になり、舞踊家として一番面白い時期に入ってきたように思う。(欧州のダンサーには年金が出る年齢。)ある意味、節目。一旦、ゼロに戻そう、自分の考え方を疑い、自分の身体と向き合おうと思った。パーソナルトレーナーに外から見て貰っている身体は今が一番調子がいい。→50歳が全盛期、と常々言っている。
*食事: グルテンフリーを始めて10年くらいになる。明らかに身体が変わった。野菜と肉はよく食べる。舞踊家としては適正体重(と適正エネルギー)を把握することは重要。

*現代の子どもたちに必要だと思うこと: 価値観が違うことを痛感する。主体的になって欲しいが、「主体性」と「好き勝手」は違う。自分が考える「主体性」は物事を客観視できること。相手や自分をちゃんと掴んだうえで、どう考えるかが「主体性」。自分の考えを明らかにするのだが、それは一方通行ではない。他者との関わりのなかでしか人は生きていないのだから。その関係性をどう考えるかが「主体性」。
*欧州にいたとき、何故、彼らは主体的にいられたりしたのか。劇場に行ったり、抽象的なものを見てきているから。小さい頃から「どういうふうに感じた?」っていうのをやっている。自分が見たものをどういうふうに言語化していくかというトレーニングを子どもの頃からやることの重要性。

*今後の夢・目標: 舞踊家としてはまだまだ上へ行きたい。自分の知らない自分と出会いたい。もっともっと知りたい。もっと勉強したい。もっと吸収したい。それは若手を育てることと繋がっているように感じられている。自分の背中を見せたい思い。

Q1・新潟の人たちに感じること
 -A1: 内側は熱くてもあまり表に出さない人が多い。外に出してくれると、Noismがもう少し浸透するんじゃないかと。街で出会っても、声をかけてくれない人が多い印象。自分たちは普段は一人の人間として、普通の生活をしている。それがスタジオに籠もって創作をしている。声をかけて貰えるのは嬉しい。


Q2・(1)『アルルの女』の創作はどんなふうに始まっているか。(2)『BOLERO』はまたすっかり変わったものになるのか。
 -A2(2): 『BOLERO』は新潟と東京でやったものと同じものだが、最新ヴァージョン。 劇場でやるので、少し作り変えるところがある。構成的には同じものだが、全然違うものになる・
 -A2(1): 『アルルの女』は今、絶賛創作中。バレエでは昔、ひとり欧州の振付家が作ったことがあるだけで、後は作られていない。原作は『アルルの女』のタイトルながらも、「アルルの女」は登場せず、「アルルの女」に取り憑かれた男性のお話し。それを「家族」という視点で表現していく。創作の過程で、シーンを沢山作っているが、即なくなったりする。それは観客に届けるために最善のものにするため。

Q3・設立からの20年間、物凄く苦しかった筈。試行錯誤も経て、真の金森さん・井関さんの舞台が展開されるようになり、「新潟のNoism」になったように思う。長く在籍する方は何年くらいか。「安定」ということと絡めて訊きたい。
 -A3: 辞めていくメンバーに金森さんが陰で涙を流すようなこともあった。最長のメンバーは10年がふたりくらい。金森さん、以前は芸術監督であり、振付家でありということで、メンバーとしても金森さんとしても難しいことが多く、意思疎通に難しい側面もあった。現在は、井関さん(国際活動部門芸術監督)と山田さん(地域活動部門芸術監督)が間に入ることで辞めるメンバーが少なくなった。1年に1回の契約トーク(2月)では、先ず、井関さんが彼らの意向を書面で聞き、次いで、複数(山田さんとか、金森さんとかと)で面接し、自分たちがどう考えているかの話をする。「変わらない子は変わらない」ので、そのへんは結構シビアに言う。人数が限られているために、ただただ増やすという訳にはいかないので気を遣う。


予定時間を延長し、80分にも及ぶ時間、とても中身の濃い、貴重なお話しをお聴きすることが出来ました。

2月23日「その1」、井関さんの講演会報告は以上とさせて頂きます。

「その2」柳都会vol.30 二代目 永島鼓山×山田勇気 へつづく)

(shin)


「円環」トリプルビル、新潟公演中日も客席を魅了♪

12月14日(土)、新潟市界隈は冬っぽくはあっても、「円環」公演の時間帯には雪はおろか、雨も落ちてきてはいずに、その意味では大助かりだった訳ですが、「大動脈」新新バイパス上で2件の事故があったお陰で、開演時間(17時)までにりゅーとぴあに辿り着くことが出来るか、ホント冷や汗ものの移動となったのは私だけではなかったのではないでしょうか。何とか滑り込みセーフで事なきを得ましたけれど、もう気が気ではありませんでした。

ホワイエでは、前日撮影しないでしまった「物販」コーナーの写真を撮らせていただきたいと思っていましたから、まずはそこを押さえることが出来て、自分に課したミッションクリア、でめでたし、めでたしでした。(休憩時間には、本日お越しになられていた花角知事が20周年記念冊子をお買い求めになる場面に遭遇しました。やっぱり、アレいいですよ、お洒落そのもので。2,000円はマストバイのアイテムかと。)

入場時に手渡される公演パンフレットと各種チラシの束のなかには、私たち NoismサポーターズUnofficial 製作の「サポーターズ・インフォメーション」の第11号も含まれております。力を込めてつくっておりますので、是非ご覧いただき、仲間に加わっていただけたなら嬉しく思います。

移動のドキドキから解放され、落ち着きを取り戻して客席から見詰めた「円環」トリプルビルの新潟公演中日の舞台は、この日もまさに会心の出来栄え。すっかり心を鷲掴みにされてしまうことになります。

まだまだ先の長い公演日程に鑑み、3つの演目について詳述することは致しませんが、最初の演目、金森さん演出振付で、金森さん+Noism1の『過ぎゆく時の中で』と二つ目の近藤良平さん演出振付のNoism1『にんげんしかく』が肌合いを異にするように感じられるのは、ある意味、容易に頷けるにしても、最後の『Suspended Garden - 宙吊りの庭』がまた同じ金森作品でも、『過ぎゆく…』とは別種の風情を湛えた作品であることも一見して明らかでしょう。
そして、それと同時に、昨日も今日も見終えたときに感じたのは、そうした相異なる3作品が、不思議に繋がり合っているようだということでした。それこそ、まさに「円環」。舞踊の多様性と奥深さに同時に触れ得た気がした次第です。そのあたりのこと、皆さんはどうお感じになられたでしょうか。コメント欄に書き込みいただけたりしたら嬉しいです。

ここからはこの日の終演後に行われたアウタートークについて、かいつまんでご紹介していこうと思います。この日の登壇者は、三つ目の演目を踊られた井関佐和子さん、山田勇気さん、宮河愛一郎さんと中川賢さんでした。
踊り終えたばかりの4人が着替えてクールダウンするまでの間の「場つなぎ」として金森さんが登場して、そのまま進行を務めたのですが、今公演は、井関さんが方向性を定め、構成を決めるプロデューサー兼出演者であったことを再度、念押しされたことも併せて記しておきます。

Q:(井関さんに)今回、近藤良平さんを招聘した理由について
 -A(井関さん):「Noism1メンバーのことを常々考えている。何が足りていないか。彼らの現在の問題も良さも個性も、どの振付家が来ても出てしまうし、自分が見る限り、新しい発見はない。近藤さんをお呼びしたことで自ら気付いて貰う機会にして、成長して欲しいという思いがある」

Q:(宮河さん・中川さんに)久し振りにNoismの舞台に出て感じたこと
 -A(宮河さん):「リハーサルに時間をかけられる環境。とことん深めていく作業、久し振り」
 -A(中川さん):「流れていたところに、また違う流れという感じ」

Q:新潟での12月の公演は厳しい。11月にならないか?
 -A(井関さん):「確かに12月は自分たちも寒くて厳しい(笑)。今回もクリエイションが始まった頃は晴れた秋空だったのが曇り空になり、段々、『新潟』の空になってきた。検討してみます」

Q:新潟で美味しいと思う食べ物は?
 -A(山田さん):「刺身。自分は北海道生まれなのだが、新潟が一番美味しいと思う」
 -A(中川さん):「タレカツ」
 -A(宮河さん):「居酒屋しののめさんのとりカツ」
 -A(井関さん):「お米」

Q:ダンスを始めたきっかけは?
 -A(山田さん):「大学に入ってから。ダンス甲子園とか深夜番組でヒップホップが流行っていて、ストリートダンスをやっていたが、大学のダンス部では違うモダンダンスをやっていた」
 -A(中川さん):「姉が現代舞踊(モダンダンス)をやっていたことから」
 -A(宮河さん):「応援団に入っていたり、バレエやジャズダンスなどから。マイケル・ジャクソンとかダンス甲子園とかの頃」
 -A(井関さん)「3歳で踊り始めたので、記憶がない」

Q:舞台芸術を裏で支える人になりたい。求めていることは?
 -A(井関さん):「是非、ウチに。状況であったり、何が求められているかであったりを把握できること。機転が利いて、その瞬間を生きること」

Q:どうやって動きを合わせていたのか。呼吸?カウント?
 -A(宮河さん):「場所によって違う。カウントのところもあれば、デュエットは呼吸」
 -A(井関さん):「結構、カウントは決まっていたが、重要なところはカウントではなくなってきた。アン(=トン・タッ・アンさん)の音楽に呼吸を感じる」

Q:リノリウムに画像が映されるのは踊り難かったりしないか?
 -A(宮河さん):「テンションがあがるが、画像が動くと目印が動いて惑わされることも」
 -A(中川さん):「自分は踊り難くはない。テンションあがる」
 -A(山田さん):「デジタルの画像なので、細かいグリッドが見える。客席からは綺麗に見えるようになっている」
 -進行役・金森さん「そうなんだよね。客席からの見え方で作っている」

Q:海外公演、どの国で行いたいか?
 -A(井関さん):「スイス。自分がいたところであり、欧州でも違う国なので。そしてフランス。舞踊に厳しい国で、今、金森作品を持っていったら、どう感じて貰えるか興味がある。是非、連れて行ってください」

Q:お気に入りのポーズは?
 -A(山田さん):「手を繋いで斜め一列になるところ。深いプリエをする。頑張っているなぁと思って好き」
 -A(宮河さん):「佐和子(=井関さん)をリフトして止まるところ。うまく入ると気持ちいい。やってやるぞと」
 -A(中川さん):「ポーズではないが、4人が揃っているとき」
 -A(井関さん):「奥で全員集まって、顔を見るところが好きな瞬間。いい瞬間だなと」

Q:これまでの衣裳で、一番の好みは?
 -A(中川さん)「ISSEY MIYAKEとか白の全身タイツとか印象に残っている」
 -A(宮河さん)「『中国の不思議な役人』の布団。布団風ではなくて、めちゃめちゃ重かった」
 -A(山田さん):「今回のは凄く好き。違和感がない」
 -A(井関さん):「『夏の名残のバラ』の堂本教子さんによる赤いドレス」

Q:(宮河さん・中川さんに):久し振りに金森作品を踊っての感想
 -A(宮河さん):「今でもまだ信じられない。戻ってくることがあるとは思っていなかった。クリエイションが始まったときから笑いがとまらない。今でも本当なのか疑っているほど信じられない経験。心が追い付かないくらい嬉しい」
 -A(中川さん):「昔、自分は穣さんの作品に出たくてNoismに来た。その頃、メンバーにならなければ穣さんの作品は踊れなかったから。今、ひとりの中川賢として踊っている。メンバーだった自分がいてよかった」

Q:アンさんの素晴らしい音楽を踊っての感想
 -A(井関さん):「アンの音楽は導いてくれる。幾つものレイヤーがあって、その都度、耳に入ってくる音が違う。日本(新潟)に来てくれて、調整してくれた音はまた全く違って聞こえてきた」
 -A(宮河さん):「母の作るシチューが安心感あるのに似ている」
 -A(中川さん):「純粋にいい音楽だなと。最初のピアノの4つの音、もはや聴きたくなっちゃっている」
 -A(山田さん):「アンの音楽は変わっていない。聴いた瞬間、『ああ、アンだな』と思った」

Q:年齢による踊りの変化、どう感じているか?
 -A(山田さん):「色々経験を重ねて、見える部分増えたが、今回、同じ釜の飯を食ってきたこのメンバーで踊って、話さなくても、身体的にわかる。このメンバーでやることに安心感があり、広い心で舞台に立つことが出来た」
 -A(中川さん):「環境によって、果たすべき役割は違う。一緒に長くやってきたことは貴重」
 -A(宮河さん):「年をとることは嫌なことだと思ってきたが、ここ1、2年は違う。父が亡くなったり、怪我をしたりしたことがダブって見えてきた。経験を重ねることで見えるものも増えていて、年をとるのも悪いことではないなと」
 -A(井関さん):「(金森さんも含めて)5人の年齢を合わせると200歳を超える(笑)。舞台に立つ心持ちが変化した。ただ単純に『自分を見て欲しい』ではなくて、どう人と繋がっていくか。これから年をとっていくことが楽しみ。このふたり(宮河さんと中川さん)はずっと身体と向き合っているから呼んで欲しいと思った。年齢を重ねても進化出来る。自分自身に期待している」

最後に、金森さんから、新潟楽日は当日券の余裕もあり、もう一度観たいという方は是非に、とのお誘いなどがなされ、大きな拍手のなか、この日のアフタートークが締め括られました。

…大体、そんな感じでしたかね。以上、報告とさせて頂きます。

そしてこれを書いているのは、その新潟楽日の未明。半日後にはその舞台もほぼ最終盤に差し掛かっている筈、というそんな時間。本日が新潟で今公演を観る最後の機会。
皆さんも「円環」よろしく、素晴らし過ぎる「非日常」が待つりゅーとぴあ〈劇場〉への「円環」を企ててみませんか。Noismロスになる前にもう一度。
私?もちのろんです♪って、年を重ねた観客がここにもひとり。皆さんも是非♪

(shin)

なんという豊かさ!なんて素敵な宵!Noism0 / Noism1「円環」新潟公演初日♪

奇しくも、一般的には不吉とされる日にちと曜日の組み合わせであった12月13日(金)、新潟市のりゅーとぴあ〈劇場〉には、逆にこの日を待ちに待った者たちが18時をまわった頃から冷たい雨すら厭うことなく、続々集まってきました。

Noism0 / Noism1「円環」新潟公演初日、近藤良平さんを招聘してのこのトリプルビルは、国際活動部門芸術監督の井関さんが「自信をもってお届けする」と語ってきた豊かさで早くから評判を呼んでいましたが、なるほど、舞踊の多様性や奥深さを示す、まさに「目にご馳走」のラインナップと言えるものでした。

開演時間の19時を迎えます。まずはNosim0+Noism1『過ぎゆく時の中で』(約15分)。こちらは2021年のサラダ音楽祭で初演された作品の劇場版であり、新潟市初登場となる演目です。疾駆するかのようなジョン・アダムズの音楽(『The Chairman Dances』)に乗って、駆け足で、或いは、ゆっくりスローモーションのように、舞台を下手(しもて)から上手(かみて)へ、或いは、その逆に動いていく身体たちが未来への思いや、過去への追想を描き出し、「時」の流れが可視化されていきます。永遠の相のもとに…。
この作品でNoism1のメンバーと一緒に踊る金森さんの姿はこれまでに目にしてきたどの金森さんとも違う空気感を出していて、そこも見どころと言えるかと思います。

一回目の休憩は10分。それを挟んで、二つ目の演目は、かつての『箱入り娘』(2015)のメインビジュアルと相通じる感もある、近藤良平さん演出振付のNoism1『にんげんしかく』(約35分)です。さすがは近藤さん、奇抜!まさにその一語なのですが、そこは磨かれた身体性のNoism1メンバーたちのことですから、「ちょっと苦労させてみたかった」思いの近藤さんを相手に、「段ボールとの格闘日記」の末、もう充分「段ボール専門家(!)」といった風情を漲らせて舞台狭しと踊ります。ですから、無地の矩形で代替可能でしかない段ボールの一つひとつが、中や脇で踊る各メンバーの個性を帯びて見えてくる不思議な感覚にも出会いました。
観る者を武装解除させずにはいない内橋和久さんによるダクソフォンの音楽も相俟り、10人のそのとても楽しそうな様子が客席にも伝播していく、笑いに満ちた「生命賛歌」と言ってよい会心作です。

20分間の二回目の休憩ののち、三つ目の演目がNoism0『Suspended Garden - 宙吊りの庭』(約35分)、金森さん演出の新作で、元Noismの宮河愛一郎さんと中川賢さんが、井関さんと山田さんと一緒にトン・タッ・アンさんによるこの上なく繊細な響きの音楽を踊る、これもまた注目作品です。こちら、同じ金森作品でも、最初の『過ぎゆく時の中で』とは全く趣を異にし、息を呑むほど美しい作品で、その点では、『夏の名残のバラ』(2019)を彷彿とさせるものがありますし、登場するトルソーも、同『夏の名残のバラ』のカメラコード、『Near Far Here』(2021)のアクリル板がそうであったように、舞踊家と一緒に踊っているのを見ることになるでしょう。更に、そのトルソーと人形振りという点からも多くの過去作と呼び交わすものがあることは言うまでもありません。
そこに黒い衣裳の宮河さんには『ZAZA』(2013)の、中川さんの背中には『ラ・バヤデール - 幻の国』(2016)のそれぞれ記憶が回帰しました。(個人的な印象ですが。)瞬きするのさえ惜しいほど、それだけで「尊い」のですが、初めてふたりを観る方も心配ご無用、熟練の舞踊家が醸し出す色気は誰の目にも明らかでしょうから。

このトリプルビル、なんという豊かさであることでしょうか!3作品、それぞれ持ち味を異にするラインナップで、どの演目にも大きな拍手と「ブラボー!」の声が送られたことは言うまでもありません。

終演後、金森さんと近藤さんが登壇して、Noismスタッフ・上杉晴香さんによる手際のよい進行のもと、アフタートークが行われました。で、冒頭、その上杉さんから、動画ではなく、写真であるならば撮影して構わないと告げられたことも嬉しい事柄でした。
以下にこの日のやりとりから、おふたりの回答中心にまとめて少しご紹介します。

Q:『にんげんしかく』の段ボールについて
 -A(近藤さん):「燕三条で買ったもの。『何でこんなに買うんですか?』と訊かれたが、細かいサイズ指定をして買った」「自分の目の高さちょうどのところに小さな穴がふたつ開けてあって、そこから見ている」「箱の中に持ち手などはない。付けるのは邪道」「横に倒れるのは怖い。訓練が必要」「勿論、自分も入ってみた」
 -金森さん:「俺は(入ったことは)ないよ」
 -近藤さん:「でも、誰もいないところで、こっそり入ってたりして(笑)」「みなさんもMy段ボール用意して入ってみてください。いいですよ(笑)」

Q:コンドルズに振り付けるときとの違いは?
 -A(近藤さん):「基本的にはない。生き生きするその人なりの方法を探すのは同じ。調子に乗ってくるとダメだし、あんまり上手くなられるのも困る」

Q:コンドルズの次の新潟公演の予定は?
 -A(近藤さん):「コンドルズは今、28周年。来年が29周年。で、30年、やっぱりめでたいじゃないですか。そのときが一番かなあ」

Q:『にんげんしかく』のお題にある「88%星」にはどこかの国のイメージあるのか?
 -A(近藤さん):「架空の星。星新一に出てくるような。衣裳は、お題にある『一張羅』という投げ掛けにより、段ボールを被ることもまだ知らされていなかった頃、まさか舞台で着ることになるとは思わずにメンバーが描いたデザイン画によるもの。絵はあまり上手くなかったものの、それが結構な精度で出来上がってきた」
*このあたりを巡っては、公演プログラムにこの度のプロダクションについての情報も沢山掲載されていますので、鑑賞前に目を通されておくのもいいですね。(私はしませんでしたけれど…(汗)

Q:『にんげんしかく』にはNoism旗揚げ時の『SHIKAKU』への意識あったか?
 -A(近藤さん):「自分のなかで途中で浮かんできてびっくりした。同じようなこと考えてるんだなと」

Q:(近藤さんに)Noismを振り付けたことについて
 -A(近藤さん):「金森さんのしっかり線を引く作り方、ちょっとだけ憧れる。イメージはあるが、そんなふうに作れない。でも、似ている部分はある。男の子だし(笑)」
 -金森さん:「えっ、そこ?」
 -進行・上杉さん:「聞こえてきたメンバーの話として、近藤さんは奔放なようでいて、凄くストイック。自由が如何に難しいか感じたと」

Q:舞踊家を目指す者として、若いうちに経験すべきことは?
 -A(近藤さん):「無謀なこと。む・ぼ・う」
 -A(金森さん):「出来るだけ色々なことを自分の肌で体験すること」

Q:一緒に創作をしたい団体あるか?
 -A(近藤さん):「団体ではなくて、動物に振り付けたい。概念変えなきゃいけないけど」
 -A(金森さん):「特に団体はない。Noismがもっと豊かになって、色々なことが出来るようになればということしか考えていない」

Q:『Suspended Garden - 宙吊りの庭』の振り付けについて
 -A(金森さん):「(『NINA』は振付が先行だったが、)今回は曲が先行。アンさんは4人のことをよく知っているから、聴きながらインスピレーションを得て、振り付けた。観念の他者がいることで、あり得たかもしれない未来やあり得たかもしれない過去を生きるものに」

Q:金森さんが取材協力した恩田陸さんの小説『spring(スプリング)』と創作について
 -A(金森さん):「難しい質問。でも、恩田さんのフィクションだから、『ああ、そうそう』ってところもあるし、『率直に言うと、そうじゃないんだけど』ってところもある。舞台芸術には、舞踊の当事者だからこそ不思議だなという感覚がある。また、本を読んでいろんなイメージをしながら観ていることについても、舞台芸術って良いものだなと思う」
 -進行・上杉さん:「恩田さんは今日は来られていないが、よく観に来てくれては、新潟に泊まってお酒や美味しいものを楽しんでいかれる」
 -金森さん:「チョコを差し入れしてくれる」


…と、そんな感じでしたでしょうか。

で、ここで、個人的な内容で恐縮なのですが、ちょっとだけ書かせて貰いたいことがありまして。それは、今回の「円環」トリプルビル中、金森さんの新作『Suspended Garden - 宙吊りの庭』の音楽を担当されたトン・タッ・アンさんについてです。
ワタクシ、随分前にアンさんとは、(台湾在住ということで、直接お会いしたことも、お話ししたこともないのですが、)某SNSで「友だち」になり、時折、コメントをやりとりさせて頂いておりました。
で、今回のプロダクションに関して、アンさんが、Noismの20周年記念冊子に関するポストをされた際に、恐れ多くも、コメント欄に「できればサインを頂きたい」旨の気持ちを綴ったところ、「喜んで!」と返信があり、ワクワクが倍増どころではないことになってしまい、この日を迎えていたのでした。
開演前のホワイエに姿を現したアンさんに初めてお会いして、「二回目の休憩の際に」ということになり、(初めて)お話しも出来て、勿論、サインもいただき、一緒に写真を撮っていただいたうえ、更には「終わったら飲んだりしながら話そう」まで言っていただき、(そこに関しましては、あまりにも身に余るお誘いであり、丁重にご辞退申し上げましたが、)もう気さくで腰が低く、魅力的なお人柄にすっかりノックアウトされてしまったような次第でした。リアル「天使」じゃないですか、こんなのって。そんな具合です。


長くなってましたね、すみません。いい加減、少し「公」の方向に戻します。
で、話をするなか、休憩後の演目での自作曲について、「You can swim in the music.(音楽を聴きながら泳げるよ)」との言葉。泳ぎました、泳ぎましたとも、はい。実に気持ちよく。
終演後に、その旨も伝えつつ、「まだ夢見心地だ」など、また少しやりとりするなかで、「think I will need some time to come down again.(落ち着くには少し時間が必要だね)」、そして更に「and I was so overwhelmed by people’s reaction. It was wonderful!(私は観客のリアクションに圧倒された。素晴らしかった)」の言葉が届くに至り、その「観客」のひとりとしてとても嬉しい気持ちになりました。なんて素敵な宵だったことでしょうか!

アンさんしかり、近藤さんしかり、勿論、金森さんと井関さんも、そして宮河さん、中川さんに山田さん、更にNoismメンバーみんなが、舞台芸術のために、この新潟の地に降臨した「天使」、そんなふうに映った魅惑的過ぎる新潟公演初日でした。

新潟ではそんな「天使」たちを目撃する機会はもう2公演。その境地、是非ともご体感ください。

(shin)



「円環」記者発表に行ってきました♪

2024年11月13日(水)11:00 – 12:00、秋晴れの新潟市。りゅーとぴあスタジオAで、「円環」記者発表が開催されました。


登壇者は、井関佐和子さん(Noism国際活動部門芸術監督)、金森穣さん(演出振付家、舞踊家)Noism芸術総監督、近藤良平さん(振付家、ダンサー)彩の国さいたま芸術劇場芸術監督、コンドルズ主宰、の3名です。
井関さん、近藤さん、金森さんの順でお話があり、そのあと会場参加者の質問、オンライン参加者の質問と続き、最後に写真撮影です。司会はNoism広報の谷内紫乃さん。

●井関さんのお話:
・「円環」は3作品の総合タイトルであり、20周年イヤーにふさわしいプログラムと思う。
・近藤さんをお呼びしたのはNoism1メンバーのため。近藤さんは「ダンサーはダンサーを演じることがある」と話されていたことがあり、自分でも知らないうちに行動が「ダンサー」になっていたりする。メンバーは自分自身と向き合い、近藤さんと一緒に感情の旅を楽しんでほしい。
・Noism0+今回のゲストは皆40歳を過ぎている。若手育成を担う年代でもあるが、円熟の力を発揮できる年代でもある。舞踊に限らず40代以上の人たちがますます活動的になっていくといいと思う。
・『過ぎゆく時の中で』では、私は出演せず、穣さんとNoism1メンバーが踊ります。(!!)(←金森さんは山田勇気さんが踊った役のようです)

●近藤良平さんのお話:
・19年ぶりだが、Noismは変わらずにいる、在る、という感じで、自分も「帰ってきたな~」と思っている。
・今、段ボールにハマっていて『にんげんしかく』は、段ボールと人が関わる作品になる。
・メンバーとは最近会い、今、クリエーション中で、刺激をもらっている。困るくらいやる気がある。身体に真面目に取り組んでいる。この作品では自分を磨くというよりは、作品に溶け込んでもらえればと思う。
・作品は段ボールを使った、段ボールとの作品なので、不思議な珍しい作品になると思う。ケガをしないで段ボールと格闘してほしい。

●金森さんのお話:
・『過ぎゆく時の中で』は2021年、サラダ音楽祭での作品。このころ、コロナ明けで外国人メンバーが一斉に帰国した。集団と個人、どちらかとなったら個人を選ぶ。コロナという特別な状況下とは言え、無常なる集団性を感じた。と同時に集団性の尊さを感じた。
メンバーは通り過ぎていく。これまでに156名。この事業の価値を信じてくれる関係者がいてNoismは継続できてきた。長い時の流れの中で今がある。 
Noism1メンバーと間近で踊るのは初めてだと思う。井関も言っていたが、育成と同時に円熟した力を還元し、共有することで若いメンバーに届けられるものがある。
・Noism0新作『Suspended Garden-宙吊りの庭』は、あまり考えず、皆が集まってから創ったが、8日間であっという間にできた。それはゲストの身体性が前と変わっていなかったから。若い人や外部振付だと求める身体性から教えるので時間がかかる。(トン・タッ・)アンの音楽を含め、6人でこれから深めていきたい。
・『Suspended Garden-宙吊りの庭』とは、「劇場」が(も)メタファー。近藤さん的に言うと「段ボールの箱の中」。現実とは違う宙吊りの庭に舞踊家が集い、別れていく。(それは劇場だけではない)

お話は以上でこのあと質疑応答です。
ちなみに取材メディアは、NHK、BSN、TeNY、新潟日報、朝日新聞、月刊にいがた。
オンライン質問は、バレエチャンネル、チャコット、東北新社、埼玉新聞、ダンスマガジン。
と、錚々たるメディア陣で、Noism創設時とは隔世の感で感涙もの。。。
よくぞここまで大きく育ってくれました。(お母さんはうれしい、的)

ということで、たくさんの質問があり、とてもご紹介しきれません。いくつか。

●井関さん:
-Noism0新作で舞踊家としての実感は?
・『Suspended Garden-宙吊りの庭』で、十数年ぶりに宮河、中川に触れた。最初に触れる時、どう感じるのか、怖い・恥ずかしいという気持ちがあった。それは彼らも同じだったと言っていた。
しかし、触れた瞬間から、「あの時と同じ」、「変わらないものがある」と感じた。
20代の頃と感覚は変わらない。それぞれの「くせ」や、それに対して自分がどう思うかまで同じで、とても貴重だった。

-近藤さんの作品とNoism1の身体性について
・近藤さんの作品とNoism0のダブルビルでもよかったのだが、トリプルにしたのは、Noism1メンバーに多面的なものを自覚してほしいと思ったのと、観客の皆様にもNoism1の身体性の違いを見てほしいと思ったから。

●近藤さん:
-Noismへの思いは?
・Noismが20年続いている。続けている。存在している。知られていく。知られている。
ぐっと熱く、深くやりたい。
・Noism1メンバーはすごく踊れる方たち。自分の振りを5秒で取り込み再現する。取り込みがダントツに早い。自分は30分たつと自分の振りを忘れるので教えてもらっている。

-近藤さんにとって舞踊とは?
・模索しているが、解答は出ないと思う。舞踊というよりは、ダンス、踊る、舞う、と考えている。
特別なものではなく、自分としては「日常的」で身近なもの。日常の中にたくさんのものがあり、それがダンスになる。

-『にんげんしかく』の音楽は?
・内橋和久さんの音楽で、ダクソフォンという不思議な楽器を使った不思議な音。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E6%A9%8B%E5%92%8C%E4%B9%85

●金森さん:
-音楽は録音?
・『過ぎゆく時の中で』はサラダ音楽祭とは違い録音。ただ舞台は広く使えるので「劇場版スペシャル」になる。
・『Suspended Garden-宙吊りの庭』も録音。楽譜に書けるような音楽ではないが、メロディーがあり情感豊か。外界からふわっと聞こえてくる映画音楽のような。

-Noism1メンバーと踊ってみて
・若手と円熟では情報の量と質が違う。一緒に踊らなければ伝えられないものがある一方、こちらもメンバーの奔放な情報に刺激を受けている。
舞踊に限らず、若手と円熟の両輪を回していかなければならない。

-Noism0+ゲストについて
・一瞬をいかに生きるか。人間って何だろう。友情?友愛? 時を経て再び会う。
変らないもの、変わらないことへの愛。

お話たくさん。濃い記者発表でした!
ほか詳細、ぜひどうぞ!
▼公演詳細ページ
https://noism.jp/noism0-noism1-enkan/
▼公演プレスリリース
https://noism.jp/pressrelease_enkan_2024/

なお、メディア・活動支援会員対象の公開リハーサルは12/5(木)の予定だそうです。

「円環」公演、ますます楽しみです!!!

(fullmoon)

◎以下に、Noism公式から提供を受けたこの日の記者発表画像(15枚)を追加掲載します。是非、ご覧ください。

今年も和気藹々、そしてはんなり粋な最高の宵♪「さわさわ会」総会、誕生会・10周年記念パーティー(@ホテルイタリア軒 割烹 蛍)

秋も深まる2024年11月10日(日)、この日は新潟市バス運賃無料の日とあって、あちこちのバス停で大勢の人たちが列を作って、混雑したバスに乗り込む光景が見られました。私にとっての目的地も古町のホテルイタリア軒 割烹 蛍でしたから、自宅からバスを3本乗り継ぐことで、運賃無料の恩恵に充分過ぎるほど浴しての移動となりました。

その割烹 蛍を会場に開かれたのは、舞踊家 井関佐和子を応援する会「さわさわ会」の総会、誕生会・10周年記念パーティーです。

昨年の誕生会・懇親会の席上、若い会員である古町芸妓の舞衣子さんが挨拶したことをきっかけに、会長の齋藤正行さんから飛び出した「舞衣子さんにお座敷で踊りを披露して貰うってのはどう?」
その「実に斬新で、物凄く楽しいだろう計画」が今年のこの会となって結実を見たのでした。口にされた途端に、その場の全員を魅了してしまった突然の放言を、粘り強く実現にまで漕ぎ着けた役員の皆さん、総会ともども、ご苦労様でした。そしてどうも有難うございました。

こちらではこの日のパーティーの雰囲気を感じていただけるよう、画像によるご紹介を試みたいと思います。是非、ご覧ください。

①まずは総会から。
司会進行・久志田渉さんと挨拶に立つ会長の齋藤正行さん。

②そして井関さんの誕生会・「さわさわ会」10周年記念パーティー開会です。
井関さんと金森さん入場~齋藤さんより花束贈呈~顧問・篠田昭さん(前新潟市長)の乾杯のご発声。

③挨拶にまわる井関さん

④この宵に華を添えてくれたはんなり古町芸妓・舞衣子さんの踊り(三味線を弾くのは和香さん)。
*一曲目、『紅葉(もみじ)の橋』。

*二曲目、『おけさづくし』(佐渡おけさ・新潟おけさ)。


*三曲目、四つ竹を鳴らして舞う『新潟小唄』(北原白秋)。和香さんの前説によれば、全部で40番まであるという、その1番。

*そして舞衣子さんたっての希望の四曲目は三味線による『Happy Birthday』。
花束が井関さんに渡されました。まさに粋以外の何物でもありません♪

⑤テーブルをまわり、談笑する舞衣子さん~伊野義博さん(新潟大学名誉教授)が朗々と歌ってやんやの喝采を浴びたもうひとつの『佐渡おけさ』~舞衣子さん・和香さんご退場。

⑤サプライズのバースデイ・プレート、井関さんへ。

⑥金森さんのスピーチ。

⑦田代雅春さん(当時の事業課長)による胸熱のご挨拶。

⑧久志田さんの一本締めに、篠田さんからまさかのツッコミ。この宵を惜しむかのように、みんな笑顔でもう一度締めて、お開きとなりました。
(この宴のなか、中村玄さんによるスピーチ、そして恒例となった鈴木良一さんの詩の朗読につきまして、迂闊なことに写真を撮り損ねてしまいました。誠に申し訳ありません。何卒ご容赦願います。)

このあと、参加者の皆さんは井関さん・金森さんとの写真撮影に並ぶこととなりました。かく言う私も一緒に撮っていただきました。こちらにはアップしませんが、ホント嬉しかったです。
代わりと言っては何ですが、ここでは、ホテルイタリア軒 割烹 蛍さんの美味し過ぎたこの日のお料理の写真をアップします。新潟県産の食材がふんだんに使われたお料理はどれも上品なお味で絶品でした。

…と、とりあえず、これをもちまして、「さわさわ会」総会、井関佐和子さん誕生会・10周年記念パーティーの様子のご紹介とさせて頂きます。

で、最後にこの日のブログの締め括りとして、胸熱だった田代雅春さんのスピーチについて少し触れておきたいと思います。20年前、金森さんの熱い思いに触れ、本物の芸術がもつ力を信じればこそ、各部署の了解を取りつけて、篠田さんに進言した田代さん。
その田代さん、この日のスピーチで、その後の金森さんとNoismの歩みに間違いはなかったとし、困難を極める今の時代にあって、「市民で、世界の情勢とは異なる情勢を作っていくこと。ここからスタートすること」を訴えられました。ね、胸熱でしょ。うん。


そして「この闘いは、まだまだ続く」(金森さん)のでもあって、そうなら、私たち市民も一緒になって、自分の手の及ぶ範囲で「異なる情勢」を作る役割を引き受けなきゃ、そう思ったような次第です。

諸々、実に素敵な宴でした。

(shin)