2024年1月13日(土)、Noism×鼓童「鬼」再演のツアーはこの日、KAAT神奈川芸術劇場でその初日を迎えました。この度の再演のツアーは前年訪れなかった土地を巡るものです。その皮切りに立ち会いたいとの思いで、朝、雪が降りだす前の新潟から横浜を目指しました。途中、三条を過ぎたあたりから案の定、窓外は雪。関東も昼過ぎには雪になるとの予報でしたから、雪の一日を覚悟していましたが、トンネルを抜けたら、あっけらかんと青空が広がっていたので、正直なところ、やや拍子抜けしたりする気持ちもありました。しかし、その後、ぽつりぽつり雨が落ちてきましたから、本格的に崩れる前に、KAATへと急いで移動したような次第です。
KAATに入ると、吹き抜けの下、アトリウムに、前年7月の「柳都会」(Vol.27)にご登場され、刺激的なお話を聴かせてくれた栗川治さんの姿を目に留めましたので、ご挨拶。栗川さん、新潟での公演は都合がつかず、今回、横浜での用向きに合わせてご覧になるのだと。で、大晦日のジルベスターコンサートでもお見かけした旨伝えると、興奮の面持ちで、Noismの『Bolero』はもとより、亀井聖矢さんのピアノが凄かったと話されたので、激しく同意しながら「2週間前」の感動を噛み締めたりさせて貰いました。
そんなこんなで、開場時間を迎えると、公演会場の〈ホール〉へと上がりました。メインロビーへと進み、トイレなどをすませていると、今度は原田敬子さんの姿が目に入ってきました。如何にも偉丈夫の黒コート姿の男性と一緒にこちら、奥の方へと歩んで来られます。前年の初演時にも「最上の音をお届けするために」とほぼ全会場に足を運んでおられた原田さん。この再演にあたっても、新潟でお話できましたし、「今回も」と、またここでもご挨拶をして少しお話出来ました。原田さんが仰るには、会場によって、音の響き方が異なるのは当然としても、こちらは少し大変だったのだとか。そんな話をしてくださった後、原田さんが件の黒コートの男性のことを「御大」と言い表して、そちらに戻って行かれるに及んで初めて、その男性が誰かを認識し、瞬時に凍りつくことに。そうです、その男性は誰あろう鈴木忠志さんだったのでした。金森さんも師と仰ぐまさに「御大」。不調法で失礼なことをやらかしてしまったような訳です。凹みました。(汗)
「うわあ!」とか思いながら、少しテンパった気分で買い求めた席につくと、私たち家族の2列前には鈴木さん!更に横を見ると、私の3つ右の席には原田さん!これもまた「うわあ!」です。いつも以上に緊張しつつ、開演を待つことになりました。
16時を少しまわって、波の音が聞こえてくると、『お菊の結婚』の始まりです。ストラヴィンスキーのバレエ・カンタータ『結婚』、その炸裂する変拍子とともに滑り出すほぼ人形振りによるコスチューム・プレイの見事さに、(しくじった)我を忘れてのめり込むことが出来ました。この日、これまでよりやや後方の席から見詰めた舞台は照明全体を、ある種の落ち着きのうちに観ることを可能にしてくれたと言えます。一例を挙げるならば、今まで気付かなかったのか、それとも、金森さんが今回変えてきたのか、そのあたりは定かではありませんが、中央奥、襖の向こうに印象深い赤を認めたりした場面などを挙げることが出来ます。そんな細部への目線を楽しみながらも、同時に、不謹慎な(と言ってもよいだろう)諧謔味に浸りながら、するすると見せられていくことのえも言われぬ快感はこの日も変わりません。何度観ても唸るばかりです。
呆気にとられながらあのラストシーンを見詰めたとおぼしき客席は、緞帳が完全に下り切るまで水を打ったように静まり返っていましたが、その後、一斉に大きな拍手を送ることになりました。
休憩になると、なんと、横の方から原田さんが「音、どうでしたか」などと訊いてきてくださったのですが、それは高い音が強く聞こえることを気にされてのことで、素人の耳には特段感じるようなこともなかったのですが、、休憩後の『鬼』に関しては、少しわかるようにも思いました。まさに一期一会の舞台な訳ですね。
(また、休憩中の通路には宮前義之さんの姿もありました。書き残しておきます。…以前にはご挨拶したこともあったのですが、この日は流石にもう無理でした。)
で、『鬼』です。客電が消えて、緞帳があがり、鼓童メンバーが控える櫓が顕しになると、そのキリリと引き締まった光景に対して、客席から一斉に息を呑むような気配が感じられました。前年から繰り返して観てきたこの超弩級の作品も、私にとっては、この日が見納め、「鬼」納めです。目に焼き付けるように観ました。鼓童が発する音圧を受け止めながら、舞踊家の献身に見入る時間も最後になるのですから、一挙手一投足も見落とせはしません。そんな覚悟で見詰めた次第です。繋がりも(漸く)クリアにわかってきた感がありましたし、この日も、妖艶さ溢れる姿態から妖気漂う様まで、振り幅の広い、目にご馳走と言うほかない場面がこれでもかと続きました。初めて観たときの驚きとは別種の、その力強い構成力と実演の質への驚きを抱きながら全編を追って、まさに最終盤に差し掛かったとき、目を疑うことになりました。動きが、演出・振付が明らかに違っている!またしても!!ラストのシークエンスを大きく変えてきたのです、金森さん、またしても!!!再演のラストシーンは初演のときとは違っていましたが、この日、そこに至るまでのシークエンスにも大きな変化が生じていたのでした。これからはこれで行くのでしょうか。それとも、まだまだ変更の余地があって、これも「神奈川ヴァージョン」なのでしょうか。いずれにしても、私にとっては「鬼」納めの舞台でしたから、この後のことについては、レポートや報告を待つよりほかにありません。やはり一期一会なのですよね。
「このあと、舞台はどうなっていくのだろうか」若干後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ、客席を後にしました。最後に原田さんと「音の聞こえ方」についてお話出来たらなどとも思いましたが、原田さんは鈴木さんたちと一緒におられます。同じ轍は踏めませんから、サポーターズ仲間たちと一緒に外に出ました。すると、強い横殴りの風に煽られた雨が時折、霙(みぞれ)になったりするなど、待っていたのは寒々しい冬の天気でした。帰りの新幹線のこともあり、東海道線に遅れが生じたりされては困るので、まずは横浜へ、そしてその先、上野へと急ぐことで締め括られた私の2024年Noism始めでした。
そうそう、この日の『鬼』に関しては、最後、緞帳が下り切る少し前から、拍手が鳴り始めたのでしたが、きっと、もうそれ以上我慢し切れなかったものと理解できます。そんな訳で、この日、一緒に客席で見詰めた観客のなかから、今取り組まれているクラウドファンディングへの協力者が多数出ることを信じて、否、確信して、新潟への帰路に就いたような塩梅でした。
(shin)