晩秋の一日、Noism0+Noism1『マレビトの歌』公開リハーサル&囲み取材に臨む♪

2025年11月28日(金)の新潟市は、午前中には激しい大粒の雨が叩き付けるかのように降ったかと思えば、雲が晴れた青空から陽光がたっぷり降り注いだりと、天気が目くるめく変わる一日でした。

そんな晩秋の正午過ぎ、りゅーとぴあ〈劇場〉を会場に開催されたNoism0+Noism1『マレビトの歌』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者/メディア向け公開リハーサル及び囲み取材に出掛けてきました。

この日の公開リハーサルでは、「がっつり踊る」と報じられた金森さん登場場面を含む作品前半ではなく、後半部分の通し稽古と「直し」の様子を見せて頂きました。

〈劇場〉の客席に腰をおろしますと、舞台奥にはゴツゴツした武骨な壁面とそこに穿たれた通路とおぼしき「開口部」、そして舞台上のそこここに10数個配置された炎がゆらめく「火皿(ひざら)」が目に飛び込んできます。(舞台装置はまだ完成していないとのことでしたが、)全体的な暗さも相俟って、何やら怪しい儀式性を発散させる空間に映ります。

12:20、金森さんの「いきましょうか」の言葉に、客電が落ち、場内全体を薄暗さが覆ったかと思うと、アルヴォ・ペルトの音楽が流れ出し、舞台上の井関さんと6人の「レディース」が踊り始め、後半部分の通し稽古が始まりました。

メンバーたちの高い集中力と身体性とが、並外れに圧倒的な緊張感を伴って、舞台から客席にいる私たちに届いてきました。

12:50、「OK! 水飲んだら、戻ってきて貰っていい?」、加えて「うん、良かったよ」という金森さんの声で、通し稽古は終了。少しあって、「直し」のプロセスに移っていきました。

走り込んでくる際の頭の向きやらリフトの戻しの遅れ等から始まり、「レディースのユニゾンが早くなり過ぎて、間(ま)ができちゃってる」、「それ、サステインなのね。それをワン・カウントで踏んじゃってるから」とか、「あそこのリフトに入るときは両足飛びじゃなくて、片足飛びが良いんだけど」等々まで、金森さんの修正は細部に及びます。
なかでも、この日、最も時間が割かれたのは「火皿」を置く位置の再検討でした。で、そこを動かし始めると、変更は様々な動きや動線にまで及んでいくことになります。色々と試し得る限り試してみる金森さんが発した「大丈夫。まだ照明は作っていないから」は果たして慰めになっているのか、いないのか。思わず笑いが零れる舞台上のメンバー、そして客席の私たち。そこには、常に妥協を知らず、本番ギリギリまで(否、本番の幕があがってさえなお)ベストを追い求めて止まない金森さんの姿がありました。

13:22、公開リハーサルは終了。続けて、ホワイエに場所を移して、芸術総監督の金森さんと国際活動部門芸術監督の井関さんへの囲み取材です。こちらでは、そこでのやりとりを少しご紹介いたします。(司会:広報担当・髙橋和花さん)

*スロベニア公演を経ての変更点は?
 -金森さん:
 「後ろの壁。極めて硬質な岩石のような壁。スロベニアに行ったとき、幕を全部開けちゃうと、劇場の構造が剥き出しになり、舞台後方に鉄板の壁があった。それが何か凄く良くて、そこに扉があって、それを急遽使ったのだが、その世界観というか、彼岸と此岸を隔てる硬質な壁にすることをスロベニアで発見した。今回、演出的には『洞窟』ということでやっているので、その空間性を感じられる岩石に見立てた壁にした。
踊りに関してはそんなに変わっていない。若干、空間構成を変えたりしているけれど。
それよりも結構、踊り込んできているので、更に磨きがかかってきている。実演も演出も最善の選択をしているので、作品の強度は明らかに上がっている」

*作品を通して何を届けたいか?
 -井関さん:
 「色々なところで公演をしてきて、メンバーも自分も作品に対する理解が深まってきている。どんどん新しい『物語』がうまれている。観た人も自分の心の中にある小さな『物語』が見つかるんじゃないかと思う。自分は、今日踊っている最中に、感覚的に『これ、日本神話だなと思った』。様々な『物語』がそれぞれにうまれると思う。いろんな要素が含まれているので、楽しんで貰えると思う』
 -金森さん: 「劇場版として発表するのは初めてになるので、以前に観たことがある人も『初見』に近い印象を受けると思う。敢えて言えば、『世界初演』。数年後に振り返ったときに、この作品の大事さがわかるくらいに『強度』のある作品。これを見ずに、今後、Noismを語るのはだいぶモグリだと(笑)」

*今回、金森さんが踊ることに関して
 -金森さん:
 「踊るのは佐和子(井関さん)とのデュオ。ここまでがっつり踊るのは久し振り。実演家として、久し振りにNoismの舞台にがっつり入ってみて、踊ることでしか伝えられないことってあるんだなと。それを伝えるために日々稽古を重ねている。
金森穣もいい加減、年(とし)なので、今見とかないと、踊っている金森穣を見なかったという後悔だけが付いてくることになるので、是非この機会に見といた方がいいんじゃない、そんな感じですね(笑)。なんか『天然記念物』みたいな(大笑)。『生きているうちに』みたいな(笑)」
 (取材陣から)「それを自分で言って…(笑)」
 -金森さん: 「誰も言ってくんないから(爆笑)。希少性を誰も言ってくんないから(笑)」

*黒部→利賀→スロベニア→そして凱旋公演、「変化」に身を置くダンサー、そのプロセスについて
 -井関さん:
 「新潟公演の前はいつもしっかり時間がとれるが、黒部も利賀もスロベニアも時間がないなか、穣さん(金森さん)が最善なものを要求してくる。『できません』とは言えない。やるしかない、その危機的状況をみんなで乗り越える。メンバーのなかの結束は深まったと思う。この作品、カンパニーに対しての思いは強くなっていると思う。
(公開リハーサルで)ご覧頂いたように、今日また突然、スペーシングとか変わった。簡単なように見えるかもしれないが、ダンサーにとって、方向・空間・歩数を変えたり、今までとっていた音を変えなきゃいかないとか、本当に難しいこと。それを実践できるのは、今までNoismで培ってきた経験が深まってきているからこそであり、心強い」

*「外(そと)」で3回作っての凱旋公演というのは、作品成立の経緯としても極めて珍しいと思うのだが
 -金森さん:
 「プロセスとしては、他の作品と順番は逆だが、私が新潟の『外(そと)』でやることは全て新潟のことがあっての金森穣としてやっている。たまたま順番が違うだけで、そこまで特殊な感じはしない。新潟で作り込んでいるし、あくまでも新潟でうまれた作品であることに変わりはない。だから、『満を持して』漸く(新潟で)見せられると。『満を持して』是非観に来て欲しい」

…その他、新レジデンシャル制度の「芸術監督」に関して「有識者会議」が出した結論についても若干のやりとりがあったのですが、金森さんはユーモアを交えつつ、これまで重ねてきた実績に胸を張りながらも、「今、絶賛協議中」(金森さん)と話すに留めました。

ざっとそんなところで囲み取材のご報告とさせて頂きます。

金森さんも井関さんも自信を示して余りある『マレビトの歌』、いよいよ次週、「ホーム」新潟3公演(12/5,6,7)の幕があがりますし、その後は埼玉2公演(12/20,21)が待っています。どちらも良いお席はお早めにお求めください。そして期待値MAXで劇場に向かい、一緒にNoismによって可視化される「ナニモノカ」に出会いましょう♪

(photos by aqua & shin)

(shin)

「こ、これは!」作品の内奥に連れて行かれた驚嘆の「SaLaD音楽祭2025」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル♪

酷い雨も去って、酷暑も少しは和らいだ感もありましたが、それでもこの日もやはり暑い一日に変わりはなかった新潟市。2025年9月6日(土)、りゅーとぴあ〈スタジオB〉にて、「SaLaD音楽祭2025」に向けた活動支援会員/メディア向け公開リハーサルを見せて貰ってきました。

受付を済ませて、ホワイエに並べられた椅子に腰掛けると、丁度、正面に見えるパーテーションを兼ねたホワイトボードに、「12:00~公開リハーサル ボレロ」や「ボレロ ダメ出しRH」の文字が書きつけてありましたから、そのつもりで入場を待っていました。

で、12時少し前に、スタッフから「今日は『通し』ではなく、…」とそのあたりのことが告げられようとするや、パーテーションの向こうから、「通します、通します」という金森さんの声が聞こえてくるではありませんか。『ボレロ』のあの高揚感に浸ることが出来る!入場を待つ者のなかに、胸の高鳴りを感じなかった者などいなかった筈です。同時に、この日の公開リハーサルは1時間の予定でしたから、「あと45分程度はどうなるのだろう?」というドキドキもありました。

促されて、〈スタジオB〉に入り、用意された椅子に腰を下ろします。その後、金森さんが「こんにちは」、そう言いながら入って来ます。奥の掛け時計は「11:59」を指しています。メンバーたちは『ボレロ』冒頭の位置につこうとします。

「いこうか。大丈夫?」(金森さん)
「どこまで?」(井関さん)
「通すよ」(金森さん)
「えっ?(知らなかったのは)私だけ?」(井関さん)
「昨日、最後まで確認したじゃん。あと通すだけじゃん?」(金森さん)

そんなハプニングめいたやりとりを目撃して、声をあげて笑う私たち。敢えて表情筋を動かしつつ、スタンバイに入る井関さん。金森さんが音楽スタートの合図を送るときには、張り詰めた空気感が支配していました。

そこからの約16分間、衣裳こそ本番と同じではありませんでしたが、音楽と舞踊が醸す圧倒的な生命力に揺さぶられつつ、惹き込まれて見入りました。

「オーケー!」そう言ってスタジオ中央に進んだ金森さん。手のスパイラルな伸ばし方、中尾さんと糸川さんによる井関さんのリフト、そして「昨日変えたところ」(!)など、幾つかの修正を加えていきました。そして全体的には、金森さんから、「本番は生オケだからどうなるかわからないけど、『ボレロ』は基本、『後(あと)どり』。くっちゃうと高揚感出ないから」という指示があったりもしました。

でも、金森さんから見て、この日通された『ボレロ』は満足いくレベルだったようで、「良かったよ」。更に、「オレは良かったと思うけど、皆さんからダメ出しないですか?」の言葉には、笑いながらも、拍手していた私たちです。

それらが一段落をみると、再び、
「『通し』やると思っていなかったから。今日はダメ出しだと」(井関さん)
「昨日終わってるから」(金森さん)
「両方、飛び交ってたから」(井関さん)
笑う私たち。すると、
「いいよ、いいよ、終わり。『Fratres』やろうか?」(金森さん)
金森さんを除いて、〈スタジオB〉の中にいた誰もが「!」っとなった筈。このとき、時間は12:25。
「ダメ出しは終わったから。ずっとそうやっていてもしょうがないでしょ。通さないから」(金森さん)
そんな訳で、その後、『Fratres』冒頭部分の入念な調整過程をつぶさに見る機会が訪れたのです。

「こ、これは!」それこそ、まさしく仏像への「魂入れ」にも似た、あたう限りギリギリまで表現に彫琢を施す時間。剔抉され、刷新されていく動き、そして身体。金森さんがメンバーの動きに向き合い、自らの身体でも示しながら発せられた言葉の数々に、私たちも『Fratres』という作品の内奥にまで連れて行かれることになった、そんな、実に得難い時間だったと言えます。そして、それらの言葉は、『Fratres』を鑑賞する際の私たちの視座に大きな刺激を与え、ことによっては、それを刷新し得るような深みを持つものだったと言っても過言ではありません。断片的に書き留めたそれらの言葉たち、そのなかから少しご紹介いたします。

「ただのポールドブラ(腕の動き)ではなくて、両手のチャクラを身体の前から上に」
「掌のチャクラを開く。何かを外から受けなきゃダメ。そこに掌があるだけじゃダメ。受信する手だから」
「手が伸びるから、身体が伸びる。両手のチャクラ、魂をつかむ。掌が自分の方に向いているか、外を向いているか。伏せて、自分の身体に寄せて、入れて」
「『Fratres』は全て手だから。手との関係性を身体化しないと、ポーズ・ダンスになっちゃう」
「手のなかにある何かを自分の中に入れる。自分の身体を撫でるということを感じて欲しい。ある種の官能性・エロさが欲しい」
「そのままのコントラクション(筋収縮)で足が伸びる」
「耳の後ろに何かあるんだよ。それをとらないと。何かは知らん。夜道で背後に何かを感じるような、自分の背後への感覚。それをとって、見る。掌でまわして、のっけたものを投げる。手をそっちに動かすために、身体を動かす」
「日本舞踊っぽい手の舞。手の繊細さが欲しい。ないと体操っぽくなってしまう」
「観る人に質感を届けなきゃいけない。形じゃなくて」
「持続させなきゃいけない。終わりはない。音楽は続いてるんだから。君たちのなかにある一つひとつのシークエンスを身体化してはいけない」
「手を空間に投げていく。掌にボールを持っている感覚。繋がってなくちゃダメ。ボールを落とさない」
「頭は下に。前じゃなくて。フォーカスは『イン』だよ。見えない壁に頭をぶつけている。鳥籠のなかで鳥が頭をぶつけている。行き詰まっている。壁、壁、壁。向こうに光を見て、リーチ・アウト。伸ばす。スパイラルで」
「宇宙まで伸びる。呼び込んで、自分の身体に集めて、抗って、パッ!離れて」
「外から何かが来る。リアクション。聞きたくないから耳を覆う。祈る。怖い」
「能動ばっかりで、受動がないから、『どうしてそうなったんだろう?』っていうサプライズがない」
「『動きが弱い』と言うと、すぐ、強くやっちゃおうとするんだけど、弱いのはイメージ。イメージの持続」等々…

私自身は『Fratres』という作品の核とも呼ぶべきものに接することが出来て、大興奮の時間となりましたが、それを「紹介」しようとすると、やはり、「紹介」と言うには程遠く、断片的な言葉の羅列となってしまう他ありませんね。その点、力及ばずです。すみません。それでも、上に書き付けたものから少しでも「作品」に近付くアングルを見出して頂けたなら幸いです。

時計の針は予定時間を超過して、13:10を指しています。金森さんが、「時間過ぎちゃった。こんな感じじゃないかな」、そう言ったところで、この日の濃密な公開リハーサルは終了となりました。もう目が点になりっ放し、息を詰めっ放しの一時間強でした。

この『ボレロ』と『Fratres』は、9月15日(月・祝)に東京芸術劇場〈コンサートホール〉にて「サラダ音楽祭」のメインコンサートとして東京都交響楽団の生演奏で踊られます。この日の驚嘆の公開リハーサルを経て、両作品がどう見えてくるか、期待感も募ろうというものです。楽しみでなりません。

なお、今なら期間限定ですが、TVer「アンコール!都響」で、昨年の同音楽祭にて踊られた『ボレロ』ほか(114分)を観ることが出来ます。よろしければ、そちらも次のリンクからどうぞ。

TVer「アンコール!都響」より「サラダ音楽祭2024」メインコンサート

また、今年はNoism2も同音楽祭に初登場し、9月14日(日)、15日(月・祝)の両日、同じく東京芸術劇場の〈プレイハウス〉を会場に、『火の鳥』の上演とワークショップを行います。そちらも楽しみです♪

「活動支援会員」であることのメリットを噛み締めた、豊穣過ぎる一時間強の贅沢でした。

(shin)
(photos by aqua & shin)

SCOTサマー・シーズン2025『マレビトの歌』活動支援会員/メディア向け公開リハーサル、身じろぎすら憚られた57分間♪

2025年8月9日(土)の新潟市は、折しも新潟まつりの2日目ということもあり、街にも人にも華やぎが感じられ、祭りばかりが理由ではないのでしょうが、白山公園駐車場も満車状態。近くの駐車場にまわって、車を駐車して、りゅーとぴあを目指し、12時からの『マレビトの歌』の公開リハーサルを観て来ました。

この日の公開リハーサルでは、鈴木忠志さん率いるSCOTの50周年目という記念すべきタイミングで開催される「SCOTサマー・シーズン2025」において、8/29(金)~31(日)の3日間上演される『マレビトの歌』を通しで見せて貰いました。会場はりゅーとぴあ〈スタジオB〉。その正面奥の壁に掛けられた時計での実測57分間は、ぴんと張り詰めた空気感でのしかかってきて、身じろぎひとつさえ憚られるほどの強烈な圧に満ちた時間でした。

月末の利賀村での3公演の舞台は、富山県利賀村芸術公演の新利賀山房。そこは闇と幾本もの太い柱が統べる合掌造りの劇場空間であり、その印象的な柱を模した「装置」が目に飛び込んでくるなかでのリハーサル(通し稽古)でした。

今回の衣裳は全て黒。『Fratres』シリーズで見てきたものです。その点では、2023年5月の『セレネ、あるいはマレビトの歌』とは異なります。

正午ちょうど、金森さんが「いきましょうか」と発して始まった実測57分間は、私に関して言えば、2年少し前に『セレネ、あるいはマレビトの歌』として観た記憶などちっとも召喚されることもなしに、「これ、前に観たのと同じ?違うんじゃない?」とばかり、ただただ新しい視覚体験として、息をのみながら見詰めるのみでした。自らの情けないくらい頼りなく覚束ない記憶力に呆れつつ、新作を目の前にするかのように目を凝らして…。

12:57、金森さんの「OK!」の声が耳に届くと、壁に沿った椅子に腰掛けて見詰めていた者たちから、汗を迸らせて踊り切り、上手(かみて)側の壁際へとはけた舞踊家たちに対して大きな拍手が送られました。

すると、私たちに向き合うかたちに椅子を移動させた金森さんから、「お盆には相応しいかも。亡き祖先への思いだったり」という思いがけない言葉が発せられると、息をつめて見詰めた者もみな緊張感から解放されて、漸く和むことになりました。

「何か訊きたいことがあれば、どうぞ」金森さんがそう言うので、途中、東洋風の響きに聞こえるものさえ含まれていた使用曲について尋ねると、全てアルヴォ・ペルトの曲で統一されているとのお答えでした。

恐らく、Noismレパートリーのオープンクラス受講者だったのだろう若い女性が、『ボレロ』の振りと似ていると思ったとの感想を口にすると、金森さんは、「若い頃は色々な振りを入れようとしたりするものだが、齢を重ねてくると、目指す身体性や美的身体が定まってくる」と説明してくれましたし、フード付きの衣裳は視界が狭くて踊り難いのではないかとの質問に対しては、「能の面に開いた穴などもほとんど見えないくらいのものだが、日々の鍛錬によって空間認識が出来てくる」と教えてくれた金森さんに、すかさず、井関さんが「最初の頃は結構、柱が倒れていた」とユーモラスに付け加えてくれたりもして、笑い声とともに公開リハーサルは締め括られていきました。

ここからは、以前に当ブログにアップした記事の紹介をさせていただきます。必要に応じて、お読み頂けたらと思います。

まずは、自家用車を運転しての利賀村芸術公園入りを考えておられる向きに対するアクセスのアドバイスになれば、ということで、(昨年8月に『めまい』を観に行ったときのものですが、)こちらをどうぞ。
 → 「SCOT SUMMER SEASON 2024」、新利賀山房にて『めまい ~死者の中から』初日を愉しむ♪(2024/8/25)

そして、2023年5月の『セレネ、あるいはマレビトの歌』に関するリンク(4つ)となります。
 → 驚嘆!『セレネ、あるいはマレビトの歌』公開リハーサル!!(2023/5/11)
 → 控え目に言って「天人合一」を体感する舞台!「黒部シアター2023 春」の『セレネ、あるいはマレビトの歌』初日(サポーター 公演感想)(2023/5/21)
 → Noismの現到達点たる『セレネ、あるいはマレビトの歌』、その夢幻(サポーター 公演感想)(2023/5/22)
 → 「黒部シアター2023 春」前沢ガーデン野外ステージでの「稀有な体験」が語らしめたインスタライヴ♪(2023/5/24)

お盆を前にして、貴重な晴天だったこの日の夕方、金森さんの言葉とは逆になりますが、私は『マレビトの歌』のリハを思い出しながら、父と祖母が眠るお墓の掃除をしていました。汗だくになり、もう目に入って痛いのなんの。数時間前に心を鷲掴みにされた舞踊家たちの身体を流れた多量の汗には遠く及びませんでしたけれど、それでも同じ57分間はやろうと決めて…。(個人的過ぎる蛇足、失礼しました。)

あの実測57分間は本当に衝撃でした。利賀でご覧になられる方が羨ましいです。それくらい、『マレビトの歌』公開リハーサル、圧倒的でした。

(shin)
(photos by aqua & shin)

「Noism0+Noism1『アルルの女』/『ボレロ』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者 メディア向け公開リハーサル」+囲み取材に行ってきました♪

まだ「水無月」というのに、耐え難いほどの高温に閉口する日々が続くなかの2025年6月20日(金)、りゅーとぴあ〈劇場〉を会場に行われた「『アルルの女』/『ボレロ』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者 メディア向け公開リハーサル」(12:15~13:15)とその後の囲み取材(13:15~13:30)に出掛けてきました。

スタッフからの入場案内が出て、〈劇場〉内に足を踏み入れると、先ず目に飛び込んできたのは、「プロセニアム・アーチ」然とした赤く細いフレームです。圧倒的な存在感を示すその四角いフレームに囲まれながら、動きの確認を行っている舞踊家たち。「これはフィクションだよ」、そう念押しされでもするかのような、なんとも非日常な光景です。

やがて、金森さんの合図があると、客席は暗くなり、一旦、緞帳が下りると、ビゼー作曲のあの聞き覚えのある音楽とともに、『アルルの女』の公開リハーサルが始まりました。「そう来るか」、冒頭すぐにも、かつての劇的舞踊『カルメン』との繋がりなども濃厚に見てとれるアイテムが、舞台を見詰める私たちの目に映ずることになります。

この日の公開リハーサルでは、『アルルの女』冒頭からの約30分を見せて貰いました。以下、画像をご覧頂き、その雰囲気を少しだけでもお楽しみ頂けたらと思います。

フレデリ(糸川さん)が母ローズ(井関さん)を振りほどき、穏やかならざる展開に差しかかろうとするところで、「OK!いいよ」と金森さん。「OK!よかったよ。もっと見てられたのに」と続けて、出来栄えに自信のほどを窺わせました。

そこから約30分は、金森さんの厳しいチェックが入り、様々な動きが順々にブラッシュアップされていきました。
「レディース、最初立っているとき、足6番で」
「背中で『アルル』しなさいよ!クソ真面目に立っているだけではダメなんだよ」
「君が主(しゅ)なんだから、佐和子や勇気に遠慮していたらムリ!」
「左足前の5番からパッセで4番」
「足が低い!すみれ姉さんの蹴り上げを見てみなよ」
「はける時の歩き方、踵から!後ろの膝を曲げない。後ろに体重が落ちているから、前へ行く動機がない。恥骨を立てて、膝じゃなくて、後ろの踵で押す!」等々、一点一画も疎かにしないダメ出しが続きました。

一通り、動きに細かなメスを入れ終えたところで、そろそろ囲み取材の時間が来ます。「こんなもんでいいんじゃない。『公開』終わり。じゃあ、次、2時半から」金森さんの言葉で公開リハーサルは終わりました。

続いてホワイエでの囲み取材に移っていきました。
先ず最初に、スタッフの方からキャストの変更について、三好さんが体調不良のため、降板し、兼述さんが代わりにフレデリの許嫁「ヴィヴェット」役を踊ることになった旨が告げられました。

そして芸術総監督・金森さんと国際活動部門芸術監督・井関さんが並んでの取材です。以下に、やりとりの内容をかいつまんでご紹介させて頂きます。

Q:今回の作品の意図は?
 -A: 「シンプルに『アルルの女』の原作を読んで面白かったこと。その物語が抱える問題が極めて現代的な問題にも通ずるものがあると感じた」(金森さん)

Q:物語があることについて
 -A: 「以前の『劇的舞踊』のように台本を書き、キッチリ物語を先に作って、それを舞台化する手順ではなくて、もっと抽象的な、もっと音楽と身体の関係性、緊張感みたいなものを。抽象度を保ったまま、物語の本質を届けることに興味がある。『アルルの女』の組曲版と劇付随版をミックスすることで唯一無二の、どこでも見たことのない『アルルの女』を届けることが出来るだろうと思った。新たな試み」(金森さん)

Q:訴えかけたい問題意識みたいなものは?
 -A: 「『家族』は逃れることが出来ない関係性のメタファー。人間は常に関係性のなかにあって、様々な思いの狭間で生きている。『関係性』を持たなければ生きていけない人間というものに今、興味がある」(金森さん)

Q:(井関さんに)芸術監督として、『アルルの女』が来たことをどう受け止めたか?
 -A: 「これが決まる前、1年ちょっと前に、穣さんは原作を読んで興味があると話していた。当時、組曲版しか知らなかったので、わかり易い音楽でもあり、正直、『これをやるのか?』『穣さんが目指しているところにこの音楽が合うのか?』と心配をした。とはいえ、信じているので、どう向き合って、どういう作品にしていくのか興味はあった」(井関さん)

Q:(井関さんに)ある意味、人間関係の「起点」とも言える「母親」をどう表現しようと思ったか?
 -A: 「リハーサルを重ねてくると、全ては『妄想』だなと思うようになった。フレデリは『アルルの女』の妄想に捕らわれているだけでなく、母親も息子(フレデリ)本人に向き合っているというよりは、『妄想』に向き合っている。人と人との関係性は本当に危ういものだなと感じている。本当に相手のことを考えているのか、ただの自己満足か、その曖昧な関係性のラインを変に見せようという気持ちはない。ある種の抽象度が含まれている故に、感じ取るものは個々に異なるものだろう。人間というものをどう感じたか、観終えた後に訊いてみたい」(井関さん)

Q:(井関さんに)今回の2作品の上演を決めたことについて
 -A: 「『アルルの女』は、新作として、穣さんが芸術家としてこの瞬間にやりたいものをと。50~55分という作品なので、少し短い。(音楽も色々トライアウトしていて、まだ完成版が決まっていないため、時間も伸び縮みしている。)で、昨年の『サラダ音楽祭』でやって好評だった『ボレロ』と併せるかたちで。こちらは15分と短いものだが、濃密な作品。まだ新潟の皆さんに見せていなかったので。物語モノと踊りに身を捧げるものと、ふたつ対称的なので、ちょうどいいかなと」(井関さん)

Q:「生と死」の対称性は結果的なもの?
 -A: 「全ての作品に生も死もあるが、この2つの作品を表すとしたら、その言葉がしっくりくるなと。過去の作品にも含まれていたエッセンスがより濃く、よりシンプルにドカンとくると思う」(金森さん)

Q:今回の『ボレロ』は、これまでの『ボレロ』と大きく異なるものなのか?
 -A: 「大きく異なる。先ずは空間が広く、それを活用している。そして演出的にも、オーケストラ版では出来なかったことをひとつやっている。印象はかなり違うと思う」(金森さん)

Q:今回の公演を観に来るお客さんにそれぞれひとことずつ
 -A: 「このようなキャッチーな音楽を用いても、自分の芸術性で勝負出来るっていうくらいなところに来た実感がある。若い頃には、引っ張られてしまったり、逆に、背を向けようとしたりもしたが、今は齢50にして、素晴らしい音楽と向き合いたいという気持ち。それを皆さんが知っていようが知っていまいが関係なく、自分の芸術性を表現出来ると思って選んでいる」(金森さん)
 -A: 「穣さんが色々経てきて、芸術家としての「核」の部分が凄く強くなってきていて、それが『アルルの女』とか『ボレロ』とか作品名に捕らわれない、Noismだからこそというものが出来るところに来ている。振付家と舞踊家がよいバランスで成熟してきている。全く違う2作品ではあるが、共通する部分も多い。是非、劇場に来て観て貰わないと勿体ない」(井関さん)
 -A: 「既成概念とか、出来上がっているイメージを壊す方が楽しい。『皆さん、知ってますよね、コレ。でも違いますよ』っていう、或いは、皆さんの価値観が変わるぐらいのことに興味がある。ぶっ壊しますよ(笑)、イメージを」(金森さん)

…以上で、この日の囲み取材の報告とさせて頂きます。早く観たい気持ちが募ってきちゃいました、私。公演まであと1週間!チケットは新潟公演(6/27~29)、埼玉公演(7/11~13)とも好評発売中とのこと。よいお席はお早めに。

そして、スタッフの方からは新潟での金森さんによるアフタートーク付き公演(6/28)とプレトーク付き公演(6/29)についても重ねての紹介がありました。この日、囲み取材でも期待値を「爆上げ」してくれた明晰な語り口の金森さんが、公演期間中に、何を話してくれるのか、そちらも興味が尽きません。皆さま、よろしければ、その両日、ご検討ください。

なお、この「公開リハーサル」の模様は、同日夕、BSNのローカルニュース番組「ゆうなび」内で、ほんの少し(1分強)取り上げられて、それ、ドキドキしながら見ましたけれど、う~む、本番がホント楽しみ過ぎます。皆さま、是非お見逃しなく♪
サポーターズも「Noism Supporters Information #12」を皆さまにお届けしようと準備中です。そちらもどうぞお楽しみに♪

(shin)
(photos by aqua & shin)

Noism0+Noism1『めまい ― 死者の中から』活動支援会員向け公開リハーサルを観て来ました♪

大型連休入りの4月26日(土)の新潟市は実際の気温以上に陽射しが強く感じられた一日。そのお昼どき(12:30~13:30)、りゅーとぴあ〈スタジオB〉を会場に実施された「Noism Company Niigata 黒部シアター2025春 『めまい - 死者の中から』活動支援会員向け公開リハーサル」を観て来ました。

スタジオBに入る際、スタッフの上杉晴香さんから「予定を変更して、今日は通し稽古をご覧頂きます」の言葉があり、(衣裳はほぼ帽子とウィッグのみでしたが、)正味1時間、まるまる一作品をじっくり堪能させて頂きました。

ここでは先ず、昨年(「SCOT SUMMER SEASON 2024」)の『めまい』に関するブログ記事へのリンクを貼っておきます。よろしければご覧ください。
 ・活動支援会員向け公開リハーサル(2024/08/11)
 ・新戸賀山房での公演初日(2024/08/24)
 ・新戸賀山房での公演2日目(2024/08/25)

で、この日の公開リハーサルですが、冒頭の瞬きも身じろぎもしない井関佐和子さんの姿から、ラスト、フィルム・ノワールの雰囲気も濃厚に、悄然と佇む糸川祐希さん(その直前、隆起した二の腕内側の筋肉に圧倒されたことも記しておきます)の様子まで、数多くの超絶リフトや絡み合う身体たちに目を釘付けにされ、この「謀(はかりごと)」に引き込まれて、たっぷりたっぷり楽しませて頂きました。

もうとっぷり浸って見終えた私たちは誰ひとり拍手することすらままならずで、金森穣さんから「あれ、拍手はないの?」など言われてしまう始末だったのですが、それこそ、作品が周囲に漲らせた緊張感・緊迫感に縛られて見入っていた証左と言ってもよいかと思います。

通し稽古が終わり、椅子を動かして、私たちと向き合う位置に移動した金森さん。「何かあればどうぞ」と言葉をかけてくれたのをきっかけにうまれたやりとりのなかからご紹介します。

*昨年と今年、大きく変えてはいないが、昨年が日本家屋(新戸賀山房)内での上演だったが、今年は屋外の円形ステージになるので、配置などの変更はある。
*赤いチューリップ: 絵のなかの女性(亡霊)と女優を繋ぐものであり、此岸と彼岸の境界を暗示するものでもある。今回は円形ステージ上の舞台装置としての使用も構想している。
*テーブルと椅子: どちらも金属製。「分裂」や「脱皮」などのイメージをもって、須長檀さん(家具)と話し合って作って貰ったもの。今年は少し補修して使用している。また、須長さんの方から椅子を「商品化してもよいか」と言われ、(全く同一ではないが、)実際に買うこともできる。「(値段は)少し高いけど」と金森さん。(→商品化されたものは恐らく、こちら、「guess I’ll hang my tears out to dry」。うむ、高い(汗)。少しじゃなく…。)
*「昨年はヒッチコックの映画に寄せながら観たが、今日はバーナード・ハーマンの音楽に乗って展開されるバレエの印象が強かった」の声に、「金森作品は複数回観るんですよ」と繰り返し観ることで感じ方が変わってくると金森さん。

前沢ガーデンは、利賀村(利賀芸術公園)に比べると、格段に訪れることも容易ですし、これを機会に富山への遠征デビューなども検討してみるのは如何でしょうか。「ホーム」りゅーとぴあのみならず、他のどのステージとも異なる、圧倒的な威容を以て迫ってくるその「空間」は、一度訪れると癖になること請け合いです。

5/17(土)・18(日)「黒部シアター2025春『めまい - 死者の中から』」のチケット(全席自由席)はチケットぴあ他で只今、絶賛発売中です。皆さま、是非♪

(shin)

「Noism2 定期公演vol.16」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル&囲み取材に行ってきました♪

2025年2月28日(金)、りゅーとぴあに向かうのに、考えなしにセーターを着てダウンコートを羽織ろうしたところ、連れ合いからダメ出し一発。この日は新潟県も「4月中旬の気温」となるということで、少し薄めのものに変えて、「Noism2 定期公演vol.16」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル&囲み取材に行ってきました。

予定時刻の12:30、〈スタジオB〉にて、中尾洸太さん演出振付の『It walks by night』のクリエイション風景から公開リハーサルは始まりました。ホワイエで待っている間から耳に入ってきていたチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のあの最も知られた旋律が流れる場面を中心に、クリエイションの様子を見せて貰いました。中央奥にとても象徴的な木製の扉。Noism2メンバー9人のうち、ひとりだけ黒い帽子にベージュのステンカラーコートを纏っています。

「タータァタタタータターター、パッ」旋律を歌い、「1234、56」カウントを数え、自ら汗をしたたらせながら踊って、振りとそのイメージを伝えていく中尾さん。この日、私たちの目の前でじっくり時間をかけていた回転の振り。「足、そして手首、身体の順」(中尾さん)に動きが伝わっていき、2本の腕が纏わり付くかたちで身体を捩らすような複雑な回転にはブラッシュアップが続きました。チャイコフスキーの旋律にのせて、中尾さんのロマンがどのように可視化されていくのか、楽しみでなりません。

13:00、次いで今度は樋浦瞳さん『とぎれとぎれに』からの一場面を見せて貰う番です。こちらの作品、まず最初に大きな白い紙が運び込まれて敷かれていったところから、既に何やら独特な世界観が漂ってきました。音楽も、先刻までの中尾さんがメロディアスだったのに対して、ざらつくノイズ然としていたり、機械的だったり、ビート音だったり、全く別の趣のもの(原摩利彦)です。で、それに合わせた振りはやはりソリッドなもので、ところどころ、『R.O.O.M.』や『NINA』を想起させる動きも見出せるように思いました。

「一回、紙から逃げてみて、でも戻っていく感じ」とか「倒れた直希(=与儀直希さん)に、自分の吐く呼吸を入れていくみたいな」「もっと持ち上げるような感じで」とかと丁寧にイメージを伝えていく樋浦さん。Noism2メンバーの9つの身体と一緒になって、私たちをどこへ連れて行き、どんな世界を見せてくれるのでしょうか。興味が掻き立てられました。

上演3作品の使用楽曲です。

13:30、ホワイエにて囲み取材が始まり、地域活動部門芸術監督・山田勇気さんと今回、演出振付作品を発表するNoism1・中尾洸太さん、樋浦瞳さんがそれぞれ質問に答えるかたちでたっぷり話してくださいました。以下に、かいつまんでご紹介します。

Q・今回の作品のテーマ、伝えたいもの。
 -A・中尾洸太さん(『It walks by night』): 一番のテーマは「選択」「チョイス」。同年代(20代前半)の振付家と舞踊家のクリエイションは珍しい機会。同年代の観客層に届けたい思いもある。人生のなかで、何かを選択することを恐れないこと。そのときには誰かがまわりにいて、ひとりじゃないということ。まわりの人がいるからこそ、様々な感情が生まれること。それらを再認識するなかで、この先の自分の選択を噛み締めていけるような、未来に繋がる作品になればいい。
 -A・樋浦瞳さん(『とぎれとぎれに』): 自分が、人が、生命体が生まれてくる前にはどのような光景が広がっているのだろうという疑問から創作を始めた。「舞踊」という芸術は舞踊家が踊るその時間のなかにしか持続はない。その時間とその身体でしか起こることが出来ないもの。生命にも舞踊にも終わりは来るが、途切れたあとも繋がっていくものがきっとある筈だという思いを主軸に創作した。一人ひとりがその身体を持っていることを喜べるきっかけになったら嬉しい。「紙」については、舞踊作品の一回性を作品のなかでより顕著に表したかった。その「紙」に舞踊家たちが集まってきての始まりは、生命の源、「泉」のようなイメージによるもの。今の舞踊界で、このような時間と場所と舞踊家を得て創作出来るのは奇跡的なこと。この環境だからこそ出来ることを追求していきたい。
 -A・山田勇気さん: 【①金森さんの『火の鳥』について】: 金森さんが初めてNoism2のために作った作品で、2011年に初演、これまで5回ほど再演している。 メッセージ性がシンプルで強く、踊る者にとっても「登竜門」のようでもあり、これを越えることで成長できる、或いは、成長しなければ成立しない「強い」作品。これは生き残る作品であり、後世に伝えていくべき作品。これを通過する色々な舞踊家を見て欲しい。ある種、伝統になればいい、という思いもあって選んだ。
【②中尾さん・樋浦さん作品について】: レパートリーを踊るとなると、自分の選択をために振り付けられたものではないため、「踊ってみた」みたいに踊ってしまうことも起こり得るもの。そうした点から、相互に影響を与え合い、主体的に考えないければならないクリエイティヴな場所を設けることでカンパニーとして成長することを期している。若い振付家にがっぷり四つで組んで格闘して貰って、そのなかで何か新しいものが生まれることを期待して、ふたりにお願いした。作品自体がゼロから始まる、「教える-教わる」関係を一旦離れた場所と考えた。

Q・一公演で同時にふたりが演出振付することについて。
 -A(山田さん):
 ふたりも刺激し合っているが、一番は、プロの振付家の現実問題として、時間の割合が大変なこと、そうした制約があるということがある。与えられたもの、限られたもののなかでベストを尽くすこと。メンバーは3つの作品を踊る、『アルルの女』のリハーサルも行っている、そうした同時進行状況のなかで、如何にフォーカスしてやっていくかは難しいことだが、やらなければならないこと。
現役メンバーに振付家としての依頼をすることには、Noismというカンパニーに属し、ひとつの「言語」のようなものを共有する者が、その中から如何にして「自由」を獲得していくかは大切なことと考える。自分たちが今ここで作っている身体性にどれだけの普遍性があるかは、そのなかで何かを作ることでしか分からないものがある。
また、次世代の振付家を輩出することはレジデンシャルカンパニーにとって大切なことでもある。

Q・【中尾さんに】タイトルは(ジョン・ディクスン・カーの)推理小説と同名。具体的なストーリーをイメージしているのか。
 -A(中尾さん):
 ストーリー・テリングはしない。(使う)曲毎に詩を書いていて、その自分が想像したこと(詩)と音楽、それを社会(観客)とどう繋げていくかを意識している。振付家と舞踊家と観客のトライアングルが綺麗に揃っていないと良い瞬間は生まれない。この時代に簡単に溶け出してしまわない作品を残したい、その時間を提供したい。
観客が観に来ることも選択なら、自分たちが本番中に振りを踊るのもひとつの選択であり、既存のものをただ舞台にのせているのではない。研修生カンパニーであることから、自分たちの葛藤と闘っていて、身近に重い選択を控えている。それは舞台に出て来る。自分たちのベストを尽くした作品で観客に真っ向から立ち向かう時間を作りたい。それら全てが「選択」。タイトルは語り過ぎず、抽象的な感じで、意味を込め過ぎない、ふわっとしたものである。

Q・選曲理由は。
 -A(中尾さん):
 チャイコフスキーがどう亡くなったか知っていたので、「選択」「チョイス」は常に頭にあった。「悲愴」はチャイコフスキー最後の交響曲であり、哲学的思想が詰め込まれている。自分が振付家として彼の音楽と闘うのと同時に、舞踊家と一緒に、彼の音楽を通して、社会になにか普遍的なものを提供出来るのではないかと思った。
 -A(樋浦さん): 自分がそれらを聴いているときに、彼女たちが世界を繰り広げている様子を想像出来たこと。音がなくなる瞬間があったり、メロディー自体が存在しなかったりするが、その空間のなかに舞踊家がいることで、音楽と身体とが相互補完的だったり、相乗効果が生まれたらよいと。それが音楽と舞踊家との関係性として目指していること。

Q・この3作品での公演に関して。
 -A(山田さん):
 ヴァラエティ豊かで、楽しんで貰える。3つの全然違う作品にNoism2の舞踊家がどう取り組んで、そこで生きるのか。若い身体、若い思い、若い精神からしか出て来ないエネルギーを是非感じて欲しい。3作品が合わさったときに、彼女たちの表情とか輪郭とかが見えてくるのかもしれないと期待している。(13:55囲み取材終了)

…というところをもちまして、公開リハーサル&囲み取材の報告とさせて頂きます。

色々な意味合いで、とても興味深い「Noism2 定期公演vol.16」は3月8日(土)と9日(日)の2 days。只今、チケットは好評発売中です。若き舞踊家9人が格闘する3作品、そこに漲るエネルギーを全身で受け止めてください。

更に、8日の終演後には、この日の囲み取材時と同じ、山田さん、中尾さん、樋浦さんが登壇してのアフタートークも予定されています。(9日のチケットをお持ちの方も参加出来ます。)作品が生まれる現場により一層コミットしてみる機会です。楽しくない筈がありません。ご検討ください。

【追記】現在、発行されている「Culture Niigata」最新号(2025.03-05、vol.122)に、今回、振付家として創作している樋浦瞳さんが取り上げられています(表紙およびインタビュー記事)。加えて、昨年11月「新潟県文化祭2024『こども文化芸術体験ステージ』」(@十日町市・段十ろう)に登場し、『火の鳥』と『砕波』を披露したNoism2についても掲載されています。同誌は無料。りゅーとぴあにも置かれていますので、是非、お手にとってご覧ください。

(photos by fullmoon & shin)

(shin)

Noism0 / Noism1「円環」活動支援会員 / 視覚・聴覚障がい者 / メディア向け公開リハーサル(+囲み取材)に参加してきました♪

2024年12月5日(木)。週末には本格的な雪になるだろうことなども取り沙汰されるこの頃ですが、この日の新潟市は明らかに冬っぽい雰囲気が強くなってはいても、まだその白いものの心配までは要らない、そんな一日でした。

そのお昼の時間帯、12:30~13:30にNoism0 / Noism1「円環」活動支援会員 / 視覚・聴覚障がい者 / メディア向け公開リハーサルとそれに続く、囲み取材が開催され、そこに参加してきました。会場はりゅーとぴあ〈劇場〉です。

スタッフから入場が許されて、会場内に入ると、舞台上に、まず3人の姿を認めました。中央奥には帽子を被った黒ずくめの金森さん、その手前に庄島さくらさんと坪田さん。Noismレパートリー『過ぎゆく時の中で』のようです。

井関さんが客席の方に向き直り、「今日は45分で短いんですけど、3つの作品のところどころを、本当、短いんですけど、ご覧いただきます」と告げて、公開リハーサルは始まりました。

『過ぎゆく時の中で』、2021年8月のサラダ音楽祭で上演された演目ですが、新潟の舞台には初登場となりますから、待ちわびた感も大きな作品なうえ、今回の公演では金森さんがNoism1の10人と一緒に踊るという点でも興味を搔き立てられずにはいられません。
ジョン・アダムズによる、疾駆する機関車などを思わせる軽快な音楽『The Chairman Dances』に乗って、淀みない動きを見せるNoism1メンバーは、ほかに、三好さんと糸川さん、中尾さんと庄島すみれさん、樋浦さんと兼述さん、太田さんと松永さん(準メンバー)が、ペアでの踊り、リフト、全員での群舞などを見せてくれました。
駆け足で舞台袖へとはけて行くと、「ハイ、OKです。みんな、最後、遅くなってるよ」井関さんから動きのチェックが入りました。

続いては『Suspended Garden - 宙吊りの庭』です。舞台に「マネキン」(黄?黄土色?)が置かれると、金森さんの言葉「ちょっと袖幕とばしてくれる?あっ、時間がかかるか。じゃ、いいや。このままで」、そんなふうに始まったふたつ目の演目は、一気に別の時空に連れ去られたかのような重厚な雰囲気の作品です。
中川賢さん(白)、山田さん(茶)、宮河愛一郎さん(黒)、井関さん(赤)の順に早足で舞台上に現れてから繰り広げられる、「マネキン」を含めた「5人」でのダンスは恐ろしいまでに息もピッタリ合っていて、目を疑うほどです。宮河さんと中川さんの身体、動き、醸し出される空気感。おかえりなさい。待ちわびていました。
そして美しい照明と息を吞む映像、そこにトン・タッ・アンさんによる情感豊かな響きの音楽が重なるのですから、冬枯れの新潟市にいた筈が…!!至福の体験が約束されていると言い切りましょう。

ここまでで時刻は12:55。「みんなどうぞ。次のかた」、井関さんから声がかかると、大小多くの段ボール箱が登場してきて、近藤良平さん演出振付のNoism1新作『にんげんしかく』に移っていきました。段ボール箱たちだけでも不思議な光景でしたが、Noism1メンバーが着る衣裳も風変わりと言えば、風変わりで、さすがはコンドルズの近藤さん。そう頷かざるを得ないものがあります。
「足が出てて、みんなが綾音(=三好さん)に出会うところからやりましょうか」???
「一回被ってごらん。『無人感』出(で)そう」????
「一回倒れてみて、そこからスタートしよう。倒れてみて。どうぞ」?????
「ついでに太鼓やって」??????
…そんな指示のもと、段ボール箱という大きな制約こそあるものの、作品としては制約を次々無化していかんとするかのような意志に溢れ、まるでおもちゃ箱をひっくり返しでもしたかのように、縦横無尽、かつ賑やかな近藤ワールドが立ち現れていきました。

3作品とも、ほんの部分部分を見せて貰っただけですから、大したご紹介も出来ませんでしたが、(否、たとえ出来たとしても、今はするべきではありませんが、)テイストを全く異にする3作品であることは確かです。本当に贅沢なトリプルビル公演になることだけは間違いありません。そこはしっかり書き留めておきたいと思います。

13:15、ホワイエにて、近藤良平さん、金森さん、井関さんへの囲み取材が始まりました。やりとりをかいつまんでご紹介いたします。

Q1:「公演時の三作品の並び順は?」
 -A:「最初に『過ぎゆく時の中で』、休憩を挟んで、『にんげんしかく』、『Suspended Garden』となります」(井関さん)

Q2:(近藤さんに)「『にんげんしかく』のクリエイションを通して、改めて作品について教えてください」
 -A:「今回は段ボールを使うのが分かり易いポイント。目新しい不自由さ。このNoismのメンバーでなければ出来上がらない方法が生まれた。段ボールとの格闘日記。劇場も、我々の生活のカレンダー的なものも箱。人生のなかのフレームなども箱。日常とちょっと違う、特別な枠組み。(笑いが起きるのは)僕の演出の癖。笑ってはいけないとはどこにも書いていないし」(近藤さん)

Q3:(金森さんに)「今回のふたつの作品(『過ぎゆく時の中で』『Suspended Garden』)にはそれぞれ関係するようなところもありそうに思うが、そのあたりは?」
 -A:「時の流れにどう向き合うかが、結果として共通してきたが、結果論であり、全然考えていなかった。親和性・共通性が生まれた。そして四角く区切った空間の使い方では『にんげんしかく』と図らずもリンクした」(金森さん)

Q4:(金森さんに)「『Suspended Garden』のイメージについて」
 -A:「常に私自身の作品の作り方なのだが、目の前にある素材、目の前にいる他者だけで完結するものを発想できない。それだと自己完結してしまう。もう一個飛躍的な側面・視座が欲しいというのは常に意識すること。今回は『観念の他者』として『マネキン』を出し、架空の女性がいて、4人にとってそれぞれの『観念』があることから、『5人』で織りなされるひとつの小さな物語」(金森さん)

Q5:(井関さんに)「『円環』という公演にあたり、三作品の必然性など感じることは?」
 -A:「『円環』というタイトルがここまで崇高なものになり得るとは思っていなかった。『作りたいものを作ってください』ということだったが、『円環』というタイトルがピッタリなものとなった。Noismがここで20年やってきて、『人がめぐる』というのは本質的なこと。三作品それぞれに見応えがあって、それぞれが語っていくのだが、最終的には『円環』という言葉に戻っていく感じ」(井関さん)

Q6:(近藤さんに)「『円環』という公演タイトルに対して、『にんげんしかく』という作品を構想した意図は?Noism最初期の『SHIKAKU』へのオマージュなども込められていたりするのか?また、『犬的人生』に通じる部分も感じられたが、そのあたりについて」
 -A:「面白い。それ(そういう指摘)は嬉しいですね。ちょっとだけオマージュを入れたいところも、ちっちゃいことでも。今回、作るにあたって、前の(『犬的人生』)を見ちゃうと引き摺られちゃうから見なかったのだが、最近、見直したら重なる部分があった。犬はそこまで好きなんだなと、自分の中でずっと続いていたなと。段ボールは皆にちょっと苦労させたいなと。あと、(段ボールを)実際に見ると、シンプルに『揺りかごから墓場まで』みたいな発想(墓場もひとつの箱)が浮かんだ。そういうところに『円環』との一致感もあって、こういう作品にした気がする」(近藤さん)

Q7:(金森さんに)「トン・タッ・アンさんへの『Suspended Garden』の音楽依頼はどういう依頼だったのか?」
 -A:「曲数を5曲くらいという数はお願いした。『観念の他者』としての『マネキン』を含めて、5人の登場人物がいるので。アンは彼らをよく知っているので、彼らを思って作曲して欲しいと。それ以外は言わなかった。で、書き上げてきた曲は、凄くアンだし、凄く彼らだし、素晴らしい曲が仕上がっている」(金森さん)

Q8:「Noism1の若い舞踊家が趣を異にするふたつの作品を踊ることについて」
 -A:「10分や15分の休憩で切り替えるのは誰でも大変。順番に気を遣うのもわかるが、そこはプロフェッショナルなので違うものを見せる。Noismには力量がある。そういったことも楽しみという言えば、楽しみ」(近藤さん)
 -A:「ある意味、作家が違って、要求されることも違うと切り替えはし易い。逆に言うと、ひとつの作品の中でも、関わる人・状況・音楽によって切り替えなければならない。そのためにも、感性の引き出しを沢山持っていることが必要。異なる作家の作品を踊ることで感性が磨かれ、引き出しが増えるのは良いこと」(金森さん)
 -A:「どの作品をやっても、彼らが今問題としている壁は同じ。本質は変わらない。ふたつ異なる作品だからこそ、その壁を突き抜けられる方法がたくさんある。普段なかなか出せなかったものが、良平さんの作品でふわっと浮き出てきたときに、自分のものとして掴めて、またNoism作品でもそれを失わずにやって欲しいという思いがある。それが良平さんをお呼びした一番の理由。全然違う彼らを届けたい」(井関さん)

囲み取材の最後に、井関さんから、「3つの作品が全然違う、唯一無二のプログラムになっています」との言葉があり、この日、断片を見ただけでもそれは実感できました。物凄く色々な楽しみ方ができることは確かです。これ見逃せませんよ。いよいよ、来週の金曜日(12/13)に新潟から始まる「円環」ツアー、各地のチケットは絶賛発売中です。良い席はお早めにお求めください。くれぐれも必見ですからね♪

(shin)

(photos by aqua & shin)

*以下に、Noism Officialから提供を受けた画像を掲載しますので、ご覧ください。

◇Noismレパートリー『過ぎゆく時の中で』

◇Noism0新作『Suspended Garden - 宙吊りの庭』


◇Noism1新作『にんげんしかく』


◇囲み取材(近藤良平さん・金森さん・井関さん)

*末筆にはなりましたが、ここにNosimスタッフの方々へのお礼を記させていただきます。どうも有難うございました。

「サラダ音楽祭」活動支援会員対象公開リハーサル、その贅沢なこと、贅沢なこと♪

2024年9月7日、ここ数日で気温自体はやや落ち着きを見せてきてはいましたが、それでも湿度が高く、「不快指数」も相当だった土曜日、りゅーとぴあのスタジオBを会場に、「サラダ音楽祭」メインコンサートで生オーケストラをバックに踊られる『ボレロ』の公開リハーサルを観て来ました。

この日のりゅーとぴあでは、「西関東吹奏楽コンクール」中学生の部Aがコンサートホールで開催されており、大型バスが何台も駐められていたりした駐車場は、スタッフが入庫の采配を振るっているなど、普段とは異なる様相を呈していて、早めに到着したことで慌てずに駐車できました。りゅーとぴあ内外には楽器を抱えた中学生や関係者の方々の姿が溢れていて、それは賑やかな風景が広がっていました。

そんな湿度と人熱(ひといき)れのりゅーとぴあでしたが、この日開催された活動支援会員対象の公開リハーサルは、この上なく贅沢なものでした。

正午頃、少し早くスタジオB脇の階段まで行って待っていると、ホワイエには椅子に腰掛けて何かを読んでいる金森さんの後ろ姿がありますが、スタジオ内からはラヴェルの『ボレロ』の音楽が漏れ聞こえてきます。メンバーたちは入念に準備をしているようです。

12:27、スタッフに促されて私たちもスタジオ内に進みます。
12:29、金森さんが「もう全員(来た)?」と確認すると、やがて静かにあの音楽(金森さん曰く「テンポ感的によかった」というアルベール・ヴォルフ指揮、パリ音楽院管弦楽団演奏の古い音源らしい)が聞こえてきて、公開リハーサルが始まりました。中央に井関さん、そして取り囲むように円形を描く8人のNoism1メンバーたち。金森さんの『ボレロ』も、その滑り出しにおいては、ベジャールの『ボレロ』を思わせる配置から踊られていきますし、ベジャール作品において象徴的なテーブルの「赤」も別のかたちで引き継がれています。

今回の金森さんの『ボレロ』ですが、恩師ベジャールへのオマージュとしての引用には強く胸を打たれるものがあります。そしてそれと同時に、これまでのNoism作品で金森さんが振り付けてきた所謂「金森印」に出会うことにも実に楽しいものがあります。とりわけ、あたかも『Fratres』シリーズや『セレネ』2作を幻視させられでもするかのように目を凝らす時間は、紛れもなくNoismの『ボレロ』を観ているという実感を伴うことでしょう。

クレッシェンドの高揚していく展開だけではなしに、実に細かなニュアンスに富んだこの度の『ボレロ』、Noismならではの身体が魅せる群舞の美しさは格別です。
加えて、井関さんと中尾さんに糸川さん。三好さんと庄島すみれさんに坪田さん。樋浦さんと庄島さくらさんに太田菜月さん。その3組を軸にしたフォーメーションの変化も見どころと言えるでしょう。

12:45、音楽と舞踊の切れ味鋭い幕切れの時が来ました。「OK!」の金森さんの声。予定時間のほぼ半分の時間です。「あと15分、金森さんの細かなチェックが入る様子を観ることになるのかな」、そう思った瞬間、「10分休憩してください」と踊り終えた9人に向けて、金森さんがそう言葉を発するではありませんか!「えっ?えっ?どゆこと?」頭には無数のクエスチョンマークが飛び交いました。

で、その「休憩」時間中に金森さんが明かした衝撃の(笑撃の)事実をこちらにも書き記しておきましょう。Noismの『ボレロ』と言えば、昨年(2023年)大晦日のジルベスターコンサートでの実演の記憶が新しいところですが、実はあのときの演奏は正味13分台という「ありえない速さ」(金森さん)だったのだと。リハーサルのときから速かったので、ゆっくり演奏して欲しいと伝えていたにも拘わらずで、「みんなめちゃめちゃ怒っていた」(笑)のだそう。気の毒!それを聞いた私たちは大爆笑でしたが。
確かにあの夜は亀井聖矢さんが弾いたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番もそうでしたが、それもこれも指揮の原田慶太楼さんが「煽って仕掛けてきた」(亀井さん)ってことでしたね。…「お疲れ様でした」以外の言葉は出てきません。

それから今回のアクティングエリアの奥行きは「リノ4枚分」しかなくて、ジルベスターコンサートのときよりもめちゃめちゃ狭いため、横に展開しなければならないのだとも。

で、金森さんからそんな話を聞いていた10分後、(否、5分後くらいからだったでしょうか、)そこから13:30迄、私たちは、実に贅沢なことに、金森さんの「ダメ出し」からの、言うなれば、「ワーク・イン・プログレス」による作品の練り上げ過程をつぶさに目撃することになるのです。

「そこ、ノーアクセント。力入れ過ぎ」…「最初からお願い」…「それ、『3』の終わりじゃないの?」…「じゃあ、『2』の始まりから音ちょうだい」…「蹲踞のところなんだけど…」…「3個目で膝立ち」…「近づいてくるところ、足幅(注意)」…「『11』の始まりね」…「ちょっとやってみて」…「フードを脱ぐタイミングも」…「ああ、なるほどね」…「最後のところ見せて」…「ダウンステージ(=ステージ前方部分)で走るところ、結構急だけど、『さくすみ(庄島すみれさん・すみれさん)』はとりあえず走ればいい。ジャストだから」…等々、その臨場感ハンパなしだった訳で。

はたまた、とある場面では、「マテリアルのAとB」とか「女性はB・B、男性はC・A」や「BとB’(ダッシュ)に」などの言葉が飛び交い、カウントを唱えながら、色々試してみた末に、私たちの方に向き直った金森さんから、「どう、こっちの方が良くない?」とか訊かれたりしても、答えられませんって(笑)。でも、もうそれくらい特別な時間過ぎて、堪えられなかった私たちなのでした。

ここまでの全体の仕上がり具合(通し)を見ておいてから、その後、それがいささかの瑕疵も見逃さぬ鋭敏な手捌きをもって部品(要素の振り)にばらされると、数多の部品が繊細に再検討に付され、ヤスリがかけられ、注油されるように徐々にその精度を高めていく工程。見詰めた約1時間の興奮。その贅沢。

13:30、「OK!以上かな、ハイ。あとは現場でテンポを合わせて。じゃあ、ここまででございます。いつもご支援有難うございます」と金森さん。
ついで、金森さんから「挨拶の空気」を伝えられた井関さんが、「今シーズン、これ(サラダ音楽祭)が最後です。これが終われば夏休み。頑張ります」と語って予定された倍の時間たっぷり見せてもらったこの日の公開リハーサルが終わりました。

きたる9月15日(日)「サラダ音楽祭」メインコンサート(@東京芸術劇場)での一回限りの実演に向けて、更に更にブラッシュアップが続くものとの確信とともに、りゅーとぴあのスタジオBを後にしたような次第です。当日、ご覧になられる方々、どうぞ期待値MAXでお運びください♪

(shin)