晩秋の一日、Noism0+Noism1『マレビトの歌』公開リハーサル&囲み取材に臨む♪

2025年11月28日(金)の新潟市は、午前中には激しい大粒の雨が叩き付けるかのように降ったかと思えば、雲が晴れた青空から陽光がたっぷり降り注いだりと、天気が目くるめく変わる一日でした。

そんな晩秋の正午過ぎ、りゅーとぴあ〈劇場〉を会場に開催されたNoism0+Noism1『マレビトの歌』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者/メディア向け公開リハーサル及び囲み取材に出掛けてきました。

この日の公開リハーサルでは、「がっつり踊る」と報じられた金森さん登場場面を含む作品前半ではなく、後半部分の通し稽古と「直し」の様子を見せて頂きました。

〈劇場〉の客席に腰をおろしますと、舞台奥にはゴツゴツした武骨な壁面とそこに穿たれた通路とおぼしき「開口部」、そして舞台上のそこここに10数個配置された炎がゆらめく「火皿(ひざら)」が目に飛び込んできます。(舞台装置はまだ完成していないとのことでしたが、)全体的な暗さも相俟って、何やら怪しい儀式性を発散させる空間に映ります。

12:20、金森さんの「いきましょうか」の言葉に、客電が落ち、場内全体を薄暗さが覆ったかと思うと、アルヴォ・ペルトの音楽が流れ出し、舞台上の井関さんと6人の「レディース」が踊り始め、後半部分の通し稽古が始まりました。

メンバーたちの高い集中力と身体性とが、並外れに圧倒的な緊張感を伴って、舞台から客席にいる私たちに届いてきました。

12:50、「OK! 水飲んだら、戻ってきて貰っていい?」、加えて「うん、良かったよ」という金森さんの声で、通し稽古は終了。少しあって、「直し」のプロセスに移っていきました。

走り込んでくる際の頭の向きやらリフトの戻しの遅れ等から始まり、「レディースのユニゾンが早くなり過ぎて、間(ま)ができちゃってる」、「それ、サステインなのね。それをワン・カウントで踏んじゃってるから」とか、「あそこのリフトに入るときは両足飛びじゃなくて、片足飛びが良いんだけど」等々まで、金森さんの修正は細部に及びます。
なかでも、この日、最も時間が割かれたのは「火皿」を置く位置の再検討でした。で、そこを動かし始めると、変更は様々な動きや動線にまで及んでいくことになります。色々と試し得る限り試してみる金森さんが発した「大丈夫。まだ照明は作っていないから」は果たして慰めになっているのか、いないのか。思わず笑いが零れる舞台上のメンバー、そして客席の私たち。そこには、常に妥協を知らず、本番ギリギリまで(否、本番の幕があがってさえなお)ベストを追い求めて止まない金森さんの姿がありました。

13:22、公開リハーサルは終了。続けて、ホワイエに場所を移して、芸術総監督の金森さんと国際活動部門芸術監督の井関さんへの囲み取材です。こちらでは、そこでのやりとりを少しご紹介いたします。(司会:広報担当・髙橋和花さん)

*スロベニア公演を経ての変更点は?
 -金森さん:
 「後ろの壁。極めて硬質な岩石のような壁。スロベニアに行ったとき、幕を全部開けちゃうと、劇場の構造が剥き出しになり、舞台後方に鉄板の壁があった。それが何か凄く良くて、そこに扉があって、それを急遽使ったのだが、その世界観というか、彼岸と此岸を隔てる硬質な壁にすることをスロベニアで発見した。今回、演出的には『洞窟』ということでやっているので、その空間性を感じられる岩石に見立てた壁にした。
踊りに関してはそんなに変わっていない。若干、空間構成を変えたりしているけれど。
それよりも結構、踊り込んできているので、更に磨きがかかってきている。実演も演出も最善の選択をしているので、作品の強度は明らかに上がっている」

*作品を通して何を届けたいか?
 -井関さん:
 「色々なところで公演をしてきて、メンバーも自分も作品に対する理解が深まってきている。どんどん新しい『物語』がうまれている。観た人も自分の心の中にある小さな『物語』が見つかるんじゃないかと思う。自分は、今日踊っている最中に、感覚的に『これ、日本神話だなと思った』。様々な『物語』がそれぞれにうまれると思う。いろんな要素が含まれているので、楽しんで貰えると思う』
 -金森さん: 「劇場版として発表するのは初めてになるので、以前に観たことがある人も『初見』に近い印象を受けると思う。敢えて言えば、『世界初演』。数年後に振り返ったときに、この作品の大事さがわかるくらいに『強度』のある作品。これを見ずに、今後、Noismを語るのはだいぶモグリだと(笑)」

*今回、金森さんが踊ることに関して
 -金森さん:
 「踊るのは佐和子(井関さん)とのデュオ。ここまでがっつり踊るのは久し振り。実演家として、久し振りにNoismの舞台にがっつり入ってみて、踊ることでしか伝えられないことってあるんだなと。それを伝えるために日々稽古を重ねている。
金森穣もいい加減、年(とし)なので、今見とかないと、踊っている金森穣を見なかったという後悔だけが付いてくることになるので、是非この機会に見といた方がいいんじゃない、そんな感じですね(笑)。なんか『天然記念物』みたいな(大笑)。『生きているうちに』みたいな(笑)」
 (取材陣から)「それを自分で言って…(笑)」
 -金森さん: 「誰も言ってくんないから(爆笑)。希少性を誰も言ってくんないから(笑)」

*黒部→利賀→スロベニア→そして凱旋公演、「変化」に身を置くダンサー、そのプロセスについて
 -井関さん:
 「新潟公演の前はいつもしっかり時間がとれるが、黒部も利賀もスロベニアも時間がないなか、穣さん(金森さん)が最善なものを要求してくる。『できません』とは言えない。やるしかない、その危機的状況をみんなで乗り越える。メンバーのなかの結束は深まったと思う。この作品、カンパニーに対しての思いは強くなっていると思う。
(公開リハーサルで)ご覧頂いたように、今日また突然、スペーシングとか変わった。簡単なように見えるかもしれないが、ダンサーにとって、方向・空間・歩数を変えたり、今までとっていた音を変えなきゃいかないとか、本当に難しいこと。それを実践できるのは、今までNoismで培ってきた経験が深まってきているからこそであり、心強い」

*「外(そと)」で3回作っての凱旋公演というのは、作品成立の経緯としても極めて珍しいと思うのだが
 -金森さん:
 「プロセスとしては、他の作品と順番は逆だが、私が新潟の『外(そと)』でやることは全て新潟のことがあっての金森穣としてやっている。たまたま順番が違うだけで、そこまで特殊な感じはしない。新潟で作り込んでいるし、あくまでも新潟でうまれた作品であることに変わりはない。だから、『満を持して』漸く(新潟で)見せられると。『満を持して』是非観に来て欲しい」

…その他、新レジデンシャル制度の「芸術監督」に関して「有識者会議」が出した結論についても若干のやりとりがあったのですが、金森さんはユーモアを交えつつ、これまで重ねてきた実績に胸を張りながらも、「今、絶賛協議中」(金森さん)と話すに留めました。

ざっとそんなところで囲み取材のご報告とさせて頂きます。

金森さんも井関さんも自信を示して余りある『マレビトの歌』、いよいよ次週、「ホーム」新潟3公演(12/5,6,7)の幕があがりますし、その後は埼玉2公演(12/20,21)が待っています。どちらも良いお席はお早めにお求めください。そして期待値MAXで劇場に向かい、一緒にNoismによって可視化される「ナニモノカ」に出会いましょう♪

(photos by aqua & shin)

(shin)

SCOTサマー・シーズン2025『マレビトの歌』活動支援会員/メディア向け公開リハーサル、身じろぎすら憚られた57分間♪

2025年8月9日(土)の新潟市は、折しも新潟まつりの2日目ということもあり、街にも人にも華やぎが感じられ、祭りばかりが理由ではないのでしょうが、白山公園駐車場も満車状態。近くの駐車場にまわって、車を駐車して、りゅーとぴあを目指し、12時からの『マレビトの歌』の公開リハーサルを観て来ました。

この日の公開リハーサルでは、鈴木忠志さん率いるSCOTの50周年目という記念すべきタイミングで開催される「SCOTサマー・シーズン2025」において、8/29(金)~31(日)の3日間上演される『マレビトの歌』を通しで見せて貰いました。会場はりゅーとぴあ〈スタジオB〉。その正面奥の壁に掛けられた時計での実測57分間は、ぴんと張り詰めた空気感でのしかかってきて、身じろぎひとつさえ憚られるほどの強烈な圧に満ちた時間でした。

月末の利賀村での3公演の舞台は、富山県利賀村芸術公演の新利賀山房。そこは闇と幾本もの太い柱が統べる合掌造りの劇場空間であり、その印象的な柱を模した「装置」が目に飛び込んでくるなかでのリハーサル(通し稽古)でした。

今回の衣裳は全て黒。『Fratres』シリーズで見てきたものです。その点では、2023年5月の『セレネ、あるいはマレビトの歌』とは異なります。

正午ちょうど、金森さんが「いきましょうか」と発して始まった実測57分間は、私に関して言えば、2年少し前に『セレネ、あるいはマレビトの歌』として観た記憶などちっとも召喚されることもなしに、「これ、前に観たのと同じ?違うんじゃない?」とばかり、ただただ新しい視覚体験として、息をのみながら見詰めるのみでした。自らの情けないくらい頼りなく覚束ない記憶力に呆れつつ、新作を目の前にするかのように目を凝らして…。

12:57、金森さんの「OK!」の声が耳に届くと、壁に沿った椅子に腰掛けて見詰めていた者たちから、汗を迸らせて踊り切り、上手(かみて)側の壁際へとはけた舞踊家たちに対して大きな拍手が送られました。

すると、私たちに向き合うかたちに椅子を移動させた金森さんから、「お盆には相応しいかも。亡き祖先への思いだったり」という思いがけない言葉が発せられると、息をつめて見詰めた者もみな緊張感から解放されて、漸く和むことになりました。

「何か訊きたいことがあれば、どうぞ」金森さんがそう言うので、途中、東洋風の響きに聞こえるものさえ含まれていた使用曲について尋ねると、全てアルヴォ・ペルトの曲で統一されているとのお答えでした。

恐らく、Noismレパートリーのオープンクラス受講者だったのだろう若い女性が、『ボレロ』の振りと似ていると思ったとの感想を口にすると、金森さんは、「若い頃は色々な振りを入れようとしたりするものだが、齢を重ねてくると、目指す身体性や美的身体が定まってくる」と説明してくれましたし、フード付きの衣裳は視界が狭くて踊り難いのではないかとの質問に対しては、「能の面に開いた穴などもほとんど見えないくらいのものだが、日々の鍛錬によって空間認識が出来てくる」と教えてくれた金森さんに、すかさず、井関さんが「最初の頃は結構、柱が倒れていた」とユーモラスに付け加えてくれたりもして、笑い声とともに公開リハーサルは締め括られていきました。

ここからは、以前に当ブログにアップした記事の紹介をさせていただきます。必要に応じて、お読み頂けたらと思います。

まずは、自家用車を運転しての利賀村芸術公園入りを考えておられる向きに対するアクセスのアドバイスになれば、ということで、(昨年8月に『めまい』を観に行ったときのものですが、)こちらをどうぞ。
 → 「SCOT SUMMER SEASON 2024」、新利賀山房にて『めまい ~死者の中から』初日を愉しむ♪(2024/8/25)

そして、2023年5月の『セレネ、あるいはマレビトの歌』に関するリンク(4つ)となります。
 → 驚嘆!『セレネ、あるいはマレビトの歌』公開リハーサル!!(2023/5/11)
 → 控え目に言って「天人合一」を体感する舞台!「黒部シアター2023 春」の『セレネ、あるいはマレビトの歌』初日(サポーター 公演感想)(2023/5/21)
 → Noismの現到達点たる『セレネ、あるいはマレビトの歌』、その夢幻(サポーター 公演感想)(2023/5/22)
 → 「黒部シアター2023 春」前沢ガーデン野外ステージでの「稀有な体験」が語らしめたインスタライヴ♪(2023/5/24)

お盆を前にして、貴重な晴天だったこの日の夕方、金森さんの言葉とは逆になりますが、私は『マレビトの歌』のリハを思い出しながら、父と祖母が眠るお墓の掃除をしていました。汗だくになり、もう目に入って痛いのなんの。数時間前に心を鷲掴みにされた舞踊家たちの身体を流れた多量の汗には遠く及びませんでしたけれど、それでも同じ57分間はやろうと決めて…。(個人的過ぎる蛇足、失礼しました。)

あの実測57分間は本当に衝撃でした。利賀でご覧になられる方が羨ましいです。それくらい、『マレビトの歌』公開リハーサル、圧倒的でした。

(shin)
(photos by aqua & shin)

「Noism0+Noism1『アルルの女』/『ボレロ』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者 メディア向け公開リハーサル」+囲み取材に行ってきました♪

まだ「水無月」というのに、耐え難いほどの高温に閉口する日々が続くなかの2025年6月20日(金)、りゅーとぴあ〈劇場〉を会場に行われた「『アルルの女』/『ボレロ』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者 メディア向け公開リハーサル」(12:15~13:15)とその後の囲み取材(13:15~13:30)に出掛けてきました。

スタッフからの入場案内が出て、〈劇場〉内に足を踏み入れると、先ず目に飛び込んできたのは、「プロセニアム・アーチ」然とした赤く細いフレームです。圧倒的な存在感を示すその四角いフレームに囲まれながら、動きの確認を行っている舞踊家たち。「これはフィクションだよ」、そう念押しされでもするかのような、なんとも非日常な光景です。

やがて、金森さんの合図があると、客席は暗くなり、一旦、緞帳が下りると、ビゼー作曲のあの聞き覚えのある音楽とともに、『アルルの女』の公開リハーサルが始まりました。「そう来るか」、冒頭すぐにも、かつての劇的舞踊『カルメン』との繋がりなども濃厚に見てとれるアイテムが、舞台を見詰める私たちの目に映ずることになります。

この日の公開リハーサルでは、『アルルの女』冒頭からの約30分を見せて貰いました。以下、画像をご覧頂き、その雰囲気を少しだけでもお楽しみ頂けたらと思います。

フレデリ(糸川さん)が母ローズ(井関さん)を振りほどき、穏やかならざる展開に差しかかろうとするところで、「OK!いいよ」と金森さん。「OK!よかったよ。もっと見てられたのに」と続けて、出来栄えに自信のほどを窺わせました。

そこから約30分は、金森さんの厳しいチェックが入り、様々な動きが順々にブラッシュアップされていきました。
「レディース、最初立っているとき、足6番で」
「背中で『アルル』しなさいよ!クソ真面目に立っているだけではダメなんだよ」
「君が主(しゅ)なんだから、佐和子や勇気に遠慮していたらムリ!」
「左足前の5番からパッセで4番」
「足が低い!すみれ姉さんの蹴り上げを見てみなよ」
「はける時の歩き方、踵から!後ろの膝を曲げない。後ろに体重が落ちているから、前へ行く動機がない。恥骨を立てて、膝じゃなくて、後ろの踵で押す!」等々、一点一画も疎かにしないダメ出しが続きました。

一通り、動きに細かなメスを入れ終えたところで、そろそろ囲み取材の時間が来ます。「こんなもんでいいんじゃない。『公開』終わり。じゃあ、次、2時半から」金森さんの言葉で公開リハーサルは終わりました。

続いてホワイエでの囲み取材に移っていきました。
先ず最初に、スタッフの方からキャストの変更について、三好さんが体調不良のため、降板し、兼述さんが代わりにフレデリの許嫁「ヴィヴェット」役を踊ることになった旨が告げられました。

そして芸術総監督・金森さんと国際活動部門芸術監督・井関さんが並んでの取材です。以下に、やりとりの内容をかいつまんでご紹介させて頂きます。

Q:今回の作品の意図は?
 -A: 「シンプルに『アルルの女』の原作を読んで面白かったこと。その物語が抱える問題が極めて現代的な問題にも通ずるものがあると感じた」(金森さん)

Q:物語があることについて
 -A: 「以前の『劇的舞踊』のように台本を書き、キッチリ物語を先に作って、それを舞台化する手順ではなくて、もっと抽象的な、もっと音楽と身体の関係性、緊張感みたいなものを。抽象度を保ったまま、物語の本質を届けることに興味がある。『アルルの女』の組曲版と劇付随版をミックスすることで唯一無二の、どこでも見たことのない『アルルの女』を届けることが出来るだろうと思った。新たな試み」(金森さん)

Q:訴えかけたい問題意識みたいなものは?
 -A: 「『家族』は逃れることが出来ない関係性のメタファー。人間は常に関係性のなかにあって、様々な思いの狭間で生きている。『関係性』を持たなければ生きていけない人間というものに今、興味がある」(金森さん)

Q:(井関さんに)芸術監督として、『アルルの女』が来たことをどう受け止めたか?
 -A: 「これが決まる前、1年ちょっと前に、穣さんは原作を読んで興味があると話していた。当時、組曲版しか知らなかったので、わかり易い音楽でもあり、正直、『これをやるのか?』『穣さんが目指しているところにこの音楽が合うのか?』と心配をした。とはいえ、信じているので、どう向き合って、どういう作品にしていくのか興味はあった」(井関さん)

Q:(井関さんに)ある意味、人間関係の「起点」とも言える「母親」をどう表現しようと思ったか?
 -A: 「リハーサルを重ねてくると、全ては『妄想』だなと思うようになった。フレデリは『アルルの女』の妄想に捕らわれているだけでなく、母親も息子(フレデリ)本人に向き合っているというよりは、『妄想』に向き合っている。人と人との関係性は本当に危ういものだなと感じている。本当に相手のことを考えているのか、ただの自己満足か、その曖昧な関係性のラインを変に見せようという気持ちはない。ある種の抽象度が含まれている故に、感じ取るものは個々に異なるものだろう。人間というものをどう感じたか、観終えた後に訊いてみたい」(井関さん)

Q:(井関さんに)今回の2作品の上演を決めたことについて
 -A: 「『アルルの女』は、新作として、穣さんが芸術家としてこの瞬間にやりたいものをと。50~55分という作品なので、少し短い。(音楽も色々トライアウトしていて、まだ完成版が決まっていないため、時間も伸び縮みしている。)で、昨年の『サラダ音楽祭』でやって好評だった『ボレロ』と併せるかたちで。こちらは15分と短いものだが、濃密な作品。まだ新潟の皆さんに見せていなかったので。物語モノと踊りに身を捧げるものと、ふたつ対称的なので、ちょうどいいかなと」(井関さん)

Q:「生と死」の対称性は結果的なもの?
 -A: 「全ての作品に生も死もあるが、この2つの作品を表すとしたら、その言葉がしっくりくるなと。過去の作品にも含まれていたエッセンスがより濃く、よりシンプルにドカンとくると思う」(金森さん)

Q:今回の『ボレロ』は、これまでの『ボレロ』と大きく異なるものなのか?
 -A: 「大きく異なる。先ずは空間が広く、それを活用している。そして演出的にも、オーケストラ版では出来なかったことをひとつやっている。印象はかなり違うと思う」(金森さん)

Q:今回の公演を観に来るお客さんにそれぞれひとことずつ
 -A: 「このようなキャッチーな音楽を用いても、自分の芸術性で勝負出来るっていうくらいなところに来た実感がある。若い頃には、引っ張られてしまったり、逆に、背を向けようとしたりもしたが、今は齢50にして、素晴らしい音楽と向き合いたいという気持ち。それを皆さんが知っていようが知っていまいが関係なく、自分の芸術性を表現出来ると思って選んでいる」(金森さん)
 -A: 「穣さんが色々経てきて、芸術家としての「核」の部分が凄く強くなってきていて、それが『アルルの女』とか『ボレロ』とか作品名に捕らわれない、Noismだからこそというものが出来るところに来ている。振付家と舞踊家がよいバランスで成熟してきている。全く違う2作品ではあるが、共通する部分も多い。是非、劇場に来て観て貰わないと勿体ない」(井関さん)
 -A: 「既成概念とか、出来上がっているイメージを壊す方が楽しい。『皆さん、知ってますよね、コレ。でも違いますよ』っていう、或いは、皆さんの価値観が変わるぐらいのことに興味がある。ぶっ壊しますよ(笑)、イメージを」(金森さん)

…以上で、この日の囲み取材の報告とさせて頂きます。早く観たい気持ちが募ってきちゃいました、私。公演まであと1週間!チケットは新潟公演(6/27~29)、埼玉公演(7/11~13)とも好評発売中とのこと。よいお席はお早めに。

そして、スタッフの方からは新潟での金森さんによるアフタートーク付き公演(6/28)とプレトーク付き公演(6/29)についても重ねての紹介がありました。この日、囲み取材でも期待値を「爆上げ」してくれた明晰な語り口の金森さんが、公演期間中に、何を話してくれるのか、そちらも興味が尽きません。皆さま、よろしければ、その両日、ご検討ください。

なお、この「公開リハーサル」の模様は、同日夕、BSNのローカルニュース番組「ゆうなび」内で、ほんの少し(1分強)取り上げられて、それ、ドキドキしながら見ましたけれど、う~む、本番がホント楽しみ過ぎます。皆さま、是非お見逃しなく♪
サポーターズも「Noism Supporters Information #12」を皆さまにお届けしようと準備中です。そちらもどうぞお楽しみに♪

(shin)
(photos by aqua & shin)

Noism0+Noism1『めまい ― 死者の中から』活動支援会員向け公開リハーサルを観て来ました♪

大型連休入りの4月26日(土)の新潟市は実際の気温以上に陽射しが強く感じられた一日。そのお昼どき(12:30~13:30)、りゅーとぴあ〈スタジオB〉を会場に実施された「Noism Company Niigata 黒部シアター2025春 『めまい - 死者の中から』活動支援会員向け公開リハーサル」を観て来ました。

スタジオBに入る際、スタッフの上杉晴香さんから「予定を変更して、今日は通し稽古をご覧頂きます」の言葉があり、(衣裳はほぼ帽子とウィッグのみでしたが、)正味1時間、まるまる一作品をじっくり堪能させて頂きました。

ここでは先ず、昨年(「SCOT SUMMER SEASON 2024」)の『めまい』に関するブログ記事へのリンクを貼っておきます。よろしければご覧ください。
 ・活動支援会員向け公開リハーサル(2024/08/11)
 ・新戸賀山房での公演初日(2024/08/24)
 ・新戸賀山房での公演2日目(2024/08/25)

で、この日の公開リハーサルですが、冒頭の瞬きも身じろぎもしない井関佐和子さんの姿から、ラスト、フィルム・ノワールの雰囲気も濃厚に、悄然と佇む糸川祐希さん(その直前、隆起した二の腕内側の筋肉に圧倒されたことも記しておきます)の様子まで、数多くの超絶リフトや絡み合う身体たちに目を釘付けにされ、この「謀(はかりごと)」に引き込まれて、たっぷりたっぷり楽しませて頂きました。

もうとっぷり浸って見終えた私たちは誰ひとり拍手することすらままならずで、金森穣さんから「あれ、拍手はないの?」など言われてしまう始末だったのですが、それこそ、作品が周囲に漲らせた緊張感・緊迫感に縛られて見入っていた証左と言ってもよいかと思います。

通し稽古が終わり、椅子を動かして、私たちと向き合う位置に移動した金森さん。「何かあればどうぞ」と言葉をかけてくれたのをきっかけにうまれたやりとりのなかからご紹介します。

*昨年と今年、大きく変えてはいないが、昨年が日本家屋(新戸賀山房)内での上演だったが、今年は屋外の円形ステージになるので、配置などの変更はある。
*赤いチューリップ: 絵のなかの女性(亡霊)と女優を繋ぐものであり、此岸と彼岸の境界を暗示するものでもある。今回は円形ステージ上の舞台装置としての使用も構想している。
*テーブルと椅子: どちらも金属製。「分裂」や「脱皮」などのイメージをもって、須長檀さん(家具)と話し合って作って貰ったもの。今年は少し補修して使用している。また、須長さんの方から椅子を「商品化してもよいか」と言われ、(全く同一ではないが、)実際に買うこともできる。「(値段は)少し高いけど」と金森さん。(→商品化されたものは恐らく、こちら、「guess I’ll hang my tears out to dry」。うむ、高い(汗)。少しじゃなく…。)
*「昨年はヒッチコックの映画に寄せながら観たが、今日はバーナード・ハーマンの音楽に乗って展開されるバレエの印象が強かった」の声に、「金森作品は複数回観るんですよ」と繰り返し観ることで感じ方が変わってくると金森さん。

前沢ガーデンは、利賀村(利賀芸術公園)に比べると、格段に訪れることも容易ですし、これを機会に富山への遠征デビューなども検討してみるのは如何でしょうか。「ホーム」りゅーとぴあのみならず、他のどのステージとも異なる、圧倒的な威容を以て迫ってくるその「空間」は、一度訪れると癖になること請け合いです。

5/17(土)・18(日)「黒部シアター2025春『めまい - 死者の中から』」のチケット(全席自由席)はチケットぴあ他で只今、絶賛発売中です。皆さま、是非♪

(shin)

Noism0 / Noism1「円環」活動支援会員 / 視覚・聴覚障がい者 / メディア向け公開リハーサル(+囲み取材)に参加してきました♪

2024年12月5日(木)。週末には本格的な雪になるだろうことなども取り沙汰されるこの頃ですが、この日の新潟市は明らかに冬っぽい雰囲気が強くなってはいても、まだその白いものの心配までは要らない、そんな一日でした。

そのお昼の時間帯、12:30~13:30にNoism0 / Noism1「円環」活動支援会員 / 視覚・聴覚障がい者 / メディア向け公開リハーサルとそれに続く、囲み取材が開催され、そこに参加してきました。会場はりゅーとぴあ〈劇場〉です。

スタッフから入場が許されて、会場内に入ると、舞台上に、まず3人の姿を認めました。中央奥には帽子を被った黒ずくめの金森さん、その手前に庄島さくらさんと坪田さん。Noismレパートリー『過ぎゆく時の中で』のようです。

井関さんが客席の方に向き直り、「今日は45分で短いんですけど、3つの作品のところどころを、本当、短いんですけど、ご覧いただきます」と告げて、公開リハーサルは始まりました。

『過ぎゆく時の中で』、2021年8月のサラダ音楽祭で上演された演目ですが、新潟の舞台には初登場となりますから、待ちわびた感も大きな作品なうえ、今回の公演では金森さんがNoism1の10人と一緒に踊るという点でも興味を搔き立てられずにはいられません。
ジョン・アダムズによる、疾駆する機関車などを思わせる軽快な音楽『The Chairman Dances』に乗って、淀みない動きを見せるNoism1メンバーは、ほかに、三好さんと糸川さん、中尾さんと庄島すみれさん、樋浦さんと兼述さん、太田さんと松永さん(準メンバー)が、ペアでの踊り、リフト、全員での群舞などを見せてくれました。
駆け足で舞台袖へとはけて行くと、「ハイ、OKです。みんな、最後、遅くなってるよ」井関さんから動きのチェックが入りました。

続いては『Suspended Garden - 宙吊りの庭』です。舞台に「マネキン」(黄?黄土色?)が置かれると、金森さんの言葉「ちょっと袖幕とばしてくれる?あっ、時間がかかるか。じゃ、いいや。このままで」、そんなふうに始まったふたつ目の演目は、一気に別の時空に連れ去られたかのような重厚な雰囲気の作品です。
中川賢さん(白)、山田さん(茶)、宮河愛一郎さん(黒)、井関さん(赤)の順に早足で舞台上に現れてから繰り広げられる、「マネキン」を含めた「5人」でのダンスは恐ろしいまでに息もピッタリ合っていて、目を疑うほどです。宮河さんと中川さんの身体、動き、醸し出される空気感。おかえりなさい。待ちわびていました。
そして美しい照明と息を吞む映像、そこにトン・タッ・アンさんによる情感豊かな響きの音楽が重なるのですから、冬枯れの新潟市にいた筈が…!!至福の体験が約束されていると言い切りましょう。

ここまでで時刻は12:55。「みんなどうぞ。次のかた」、井関さんから声がかかると、大小多くの段ボール箱が登場してきて、近藤良平さん演出振付のNoism1新作『にんげんしかく』に移っていきました。段ボール箱たちだけでも不思議な光景でしたが、Noism1メンバーが着る衣裳も風変わりと言えば、風変わりで、さすがはコンドルズの近藤さん。そう頷かざるを得ないものがあります。
「足が出てて、みんなが綾音(=三好さん)に出会うところからやりましょうか」???
「一回被ってごらん。『無人感』出(で)そう」????
「一回倒れてみて、そこからスタートしよう。倒れてみて。どうぞ」?????
「ついでに太鼓やって」??????
…そんな指示のもと、段ボール箱という大きな制約こそあるものの、作品としては制約を次々無化していかんとするかのような意志に溢れ、まるでおもちゃ箱をひっくり返しでもしたかのように、縦横無尽、かつ賑やかな近藤ワールドが立ち現れていきました。

3作品とも、ほんの部分部分を見せて貰っただけですから、大したご紹介も出来ませんでしたが、(否、たとえ出来たとしても、今はするべきではありませんが、)テイストを全く異にする3作品であることは確かです。本当に贅沢なトリプルビル公演になることだけは間違いありません。そこはしっかり書き留めておきたいと思います。

13:15、ホワイエにて、近藤良平さん、金森さん、井関さんへの囲み取材が始まりました。やりとりをかいつまんでご紹介いたします。

Q1:「公演時の三作品の並び順は?」
 -A:「最初に『過ぎゆく時の中で』、休憩を挟んで、『にんげんしかく』、『Suspended Garden』となります」(井関さん)

Q2:(近藤さんに)「『にんげんしかく』のクリエイションを通して、改めて作品について教えてください」
 -A:「今回は段ボールを使うのが分かり易いポイント。目新しい不自由さ。このNoismのメンバーでなければ出来上がらない方法が生まれた。段ボールとの格闘日記。劇場も、我々の生活のカレンダー的なものも箱。人生のなかのフレームなども箱。日常とちょっと違う、特別な枠組み。(笑いが起きるのは)僕の演出の癖。笑ってはいけないとはどこにも書いていないし」(近藤さん)

Q3:(金森さんに)「今回のふたつの作品(『過ぎゆく時の中で』『Suspended Garden』)にはそれぞれ関係するようなところもありそうに思うが、そのあたりは?」
 -A:「時の流れにどう向き合うかが、結果として共通してきたが、結果論であり、全然考えていなかった。親和性・共通性が生まれた。そして四角く区切った空間の使い方では『にんげんしかく』と図らずもリンクした」(金森さん)

Q4:(金森さんに)「『Suspended Garden』のイメージについて」
 -A:「常に私自身の作品の作り方なのだが、目の前にある素材、目の前にいる他者だけで完結するものを発想できない。それだと自己完結してしまう。もう一個飛躍的な側面・視座が欲しいというのは常に意識すること。今回は『観念の他者』として『マネキン』を出し、架空の女性がいて、4人にとってそれぞれの『観念』があることから、『5人』で織りなされるひとつの小さな物語」(金森さん)

Q5:(井関さんに)「『円環』という公演にあたり、三作品の必然性など感じることは?」
 -A:「『円環』というタイトルがここまで崇高なものになり得るとは思っていなかった。『作りたいものを作ってください』ということだったが、『円環』というタイトルがピッタリなものとなった。Noismがここで20年やってきて、『人がめぐる』というのは本質的なこと。三作品それぞれに見応えがあって、それぞれが語っていくのだが、最終的には『円環』という言葉に戻っていく感じ」(井関さん)

Q6:(近藤さんに)「『円環』という公演タイトルに対して、『にんげんしかく』という作品を構想した意図は?Noism最初期の『SHIKAKU』へのオマージュなども込められていたりするのか?また、『犬的人生』に通じる部分も感じられたが、そのあたりについて」
 -A:「面白い。それ(そういう指摘)は嬉しいですね。ちょっとだけオマージュを入れたいところも、ちっちゃいことでも。今回、作るにあたって、前の(『犬的人生』)を見ちゃうと引き摺られちゃうから見なかったのだが、最近、見直したら重なる部分があった。犬はそこまで好きなんだなと、自分の中でずっと続いていたなと。段ボールは皆にちょっと苦労させたいなと。あと、(段ボールを)実際に見ると、シンプルに『揺りかごから墓場まで』みたいな発想(墓場もひとつの箱)が浮かんだ。そういうところに『円環』との一致感もあって、こういう作品にした気がする」(近藤さん)

Q7:(金森さんに)「トン・タッ・アンさんへの『Suspended Garden』の音楽依頼はどういう依頼だったのか?」
 -A:「曲数を5曲くらいという数はお願いした。『観念の他者』としての『マネキン』を含めて、5人の登場人物がいるので。アンは彼らをよく知っているので、彼らを思って作曲して欲しいと。それ以外は言わなかった。で、書き上げてきた曲は、凄くアンだし、凄く彼らだし、素晴らしい曲が仕上がっている」(金森さん)

Q8:「Noism1の若い舞踊家が趣を異にするふたつの作品を踊ることについて」
 -A:「10分や15分の休憩で切り替えるのは誰でも大変。順番に気を遣うのもわかるが、そこはプロフェッショナルなので違うものを見せる。Noismには力量がある。そういったことも楽しみという言えば、楽しみ」(近藤さん)
 -A:「ある意味、作家が違って、要求されることも違うと切り替えはし易い。逆に言うと、ひとつの作品の中でも、関わる人・状況・音楽によって切り替えなければならない。そのためにも、感性の引き出しを沢山持っていることが必要。異なる作家の作品を踊ることで感性が磨かれ、引き出しが増えるのは良いこと」(金森さん)
 -A:「どの作品をやっても、彼らが今問題としている壁は同じ。本質は変わらない。ふたつ異なる作品だからこそ、その壁を突き抜けられる方法がたくさんある。普段なかなか出せなかったものが、良平さんの作品でふわっと浮き出てきたときに、自分のものとして掴めて、またNoism作品でもそれを失わずにやって欲しいという思いがある。それが良平さんをお呼びした一番の理由。全然違う彼らを届けたい」(井関さん)

囲み取材の最後に、井関さんから、「3つの作品が全然違う、唯一無二のプログラムになっています」との言葉があり、この日、断片を見ただけでもそれは実感できました。物凄く色々な楽しみ方ができることは確かです。これ見逃せませんよ。いよいよ、来週の金曜日(12/13)に新潟から始まる「円環」ツアー、各地のチケットは絶賛発売中です。良い席はお早めにお求めください。くれぐれも必見ですからね♪

(shin)

(photos by aqua & shin)

*以下に、Noism Officialから提供を受けた画像を掲載しますので、ご覧ください。

◇Noismレパートリー『過ぎゆく時の中で』

◇Noism0新作『Suspended Garden - 宙吊りの庭』


◇Noism1新作『にんげんしかく』


◇囲み取材(近藤良平さん・金森さん・井関さん)

*末筆にはなりましたが、ここにNosimスタッフの方々へのお礼を記させていただきます。どうも有難うございました。

「円環」記者発表に行ってきました♪

2024年11月13日(水)11:00 – 12:00、秋晴れの新潟市。りゅーとぴあスタジオAで、「円環」記者発表が開催されました。


登壇者は、井関佐和子さん(Noism国際活動部門芸術監督)、金森穣さん(演出振付家、舞踊家)Noism芸術総監督、近藤良平さん(振付家、ダンサー)彩の国さいたま芸術劇場芸術監督、コンドルズ主宰、の3名です。
井関さん、近藤さん、金森さんの順でお話があり、そのあと会場参加者の質問、オンライン参加者の質問と続き、最後に写真撮影です。司会はNoism広報の谷内紫乃さん。

●井関さんのお話:
・「円環」は3作品の総合タイトルであり、20周年イヤーにふさわしいプログラムと思う。
・近藤さんをお呼びしたのはNoism1メンバーのため。近藤さんは「ダンサーはダンサーを演じることがある」と話されていたことがあり、自分でも知らないうちに行動が「ダンサー」になっていたりする。メンバーは自分自身と向き合い、近藤さんと一緒に感情の旅を楽しんでほしい。
・Noism0+今回のゲストは皆40歳を過ぎている。若手育成を担う年代でもあるが、円熟の力を発揮できる年代でもある。舞踊に限らず40代以上の人たちがますます活動的になっていくといいと思う。
・『過ぎゆく時の中で』では、私は出演せず、穣さんとNoism1メンバーが踊ります。(!!)(←金森さんは山田勇気さんが踊った役のようです)

●近藤良平さんのお話:
・19年ぶりだが、Noismは変わらずにいる、在る、という感じで、自分も「帰ってきたな~」と思っている。
・今、段ボールにハマっていて『にんげんしかく』は、段ボールと人が関わる作品になる。
・メンバーとは最近会い、今、クリエーション中で、刺激をもらっている。困るくらいやる気がある。身体に真面目に取り組んでいる。この作品では自分を磨くというよりは、作品に溶け込んでもらえればと思う。
・作品は段ボールを使った、段ボールとの作品なので、不思議な珍しい作品になると思う。ケガをしないで段ボールと格闘してほしい。

●金森さんのお話:
・『過ぎゆく時の中で』は2021年、サラダ音楽祭での作品。このころ、コロナ明けで外国人メンバーが一斉に帰国した。集団と個人、どちらかとなったら個人を選ぶ。コロナという特別な状況下とは言え、無常なる集団性を感じた。と同時に集団性の尊さを感じた。
メンバーは通り過ぎていく。これまでに156名。この事業の価値を信じてくれる関係者がいてNoismは継続できてきた。長い時の流れの中で今がある。 
Noism1メンバーと間近で踊るのは初めてだと思う。井関も言っていたが、育成と同時に円熟した力を還元し、共有することで若いメンバーに届けられるものがある。
・Noism0新作『Suspended Garden-宙吊りの庭』は、あまり考えず、皆が集まってから創ったが、8日間であっという間にできた。それはゲストの身体性が前と変わっていなかったから。若い人や外部振付だと求める身体性から教えるので時間がかかる。(トン・タッ・)アンの音楽を含め、6人でこれから深めていきたい。
・『Suspended Garden-宙吊りの庭』とは、「劇場」が(も)メタファー。近藤さん的に言うと「段ボールの箱の中」。現実とは違う宙吊りの庭に舞踊家が集い、別れていく。(それは劇場だけではない)

お話は以上でこのあと質疑応答です。
ちなみに取材メディアは、NHK、BSN、TeNY、新潟日報、朝日新聞、月刊にいがた。
オンライン質問は、バレエチャンネル、チャコット、東北新社、埼玉新聞、ダンスマガジン。
と、錚々たるメディア陣で、Noism創設時とは隔世の感で感涙もの。。。
よくぞここまで大きく育ってくれました。(お母さんはうれしい、的)

ということで、たくさんの質問があり、とてもご紹介しきれません。いくつか。

●井関さん:
-Noism0新作で舞踊家としての実感は?
・『Suspended Garden-宙吊りの庭』で、十数年ぶりに宮河、中川に触れた。最初に触れる時、どう感じるのか、怖い・恥ずかしいという気持ちがあった。それは彼らも同じだったと言っていた。
しかし、触れた瞬間から、「あの時と同じ」、「変わらないものがある」と感じた。
20代の頃と感覚は変わらない。それぞれの「くせ」や、それに対して自分がどう思うかまで同じで、とても貴重だった。

-近藤さんの作品とNoism1の身体性について
・近藤さんの作品とNoism0のダブルビルでもよかったのだが、トリプルにしたのは、Noism1メンバーに多面的なものを自覚してほしいと思ったのと、観客の皆様にもNoism1の身体性の違いを見てほしいと思ったから。

●近藤さん:
-Noismへの思いは?
・Noismが20年続いている。続けている。存在している。知られていく。知られている。
ぐっと熱く、深くやりたい。
・Noism1メンバーはすごく踊れる方たち。自分の振りを5秒で取り込み再現する。取り込みがダントツに早い。自分は30分たつと自分の振りを忘れるので教えてもらっている。

-近藤さんにとって舞踊とは?
・模索しているが、解答は出ないと思う。舞踊というよりは、ダンス、踊る、舞う、と考えている。
特別なものではなく、自分としては「日常的」で身近なもの。日常の中にたくさんのものがあり、それがダンスになる。

-『にんげんしかく』の音楽は?
・内橋和久さんの音楽で、ダクソフォンという不思議な楽器を使った不思議な音。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E6%A9%8B%E5%92%8C%E4%B9%85

●金森さん:
-音楽は録音?
・『過ぎゆく時の中で』はサラダ音楽祭とは違い録音。ただ舞台は広く使えるので「劇場版スペシャル」になる。
・『Suspended Garden-宙吊りの庭』も録音。楽譜に書けるような音楽ではないが、メロディーがあり情感豊か。外界からふわっと聞こえてくる映画音楽のような。

-Noism1メンバーと踊ってみて
・若手と円熟では情報の量と質が違う。一緒に踊らなければ伝えられないものがある一方、こちらもメンバーの奔放な情報に刺激を受けている。
舞踊に限らず、若手と円熟の両輪を回していかなければならない。

-Noism0+ゲストについて
・一瞬をいかに生きるか。人間って何だろう。友情?友愛? 時を経て再び会う。
変らないもの、変わらないことへの愛。

お話たくさん。濃い記者発表でした!
ほか詳細、ぜひどうぞ!
▼公演詳細ページ
https://noism.jp/noism0-noism1-enkan/
▼公演プレスリリース
https://noism.jp/pressrelease_enkan_2024/

なお、メディア・活動支援会員対象の公開リハーサルは12/5(木)の予定だそうです。

「円環」公演、ますます楽しみです!!!

(fullmoon)

◎以下に、Noism公式から提供を受けたこの日の記者発表画像(15枚)を追加掲載します。是非、ご覧ください。

凄いものを聴いた!観た!-「サラダ音楽祭」メインコンサートの『ボレロ』、圧倒的な熱を伝播♪

2024年9月15日(日)、長月も半ばというのに、この日も気温は上昇し、下手をすれば、生命すら脅かされかねない暑熱に晒された私たちは、陽射しから逃げるようにして、這々の体(ほうほうのてい)でエアコンの効いた場所に逃げ込んだような有様だったのですが、まさにそのエアコンが効いた快適な場で、全く別種の「熱」にやられることになろうとは予期できよう筈もないことでした。

「サラダ音楽祭2024」のメインコンサートは早々に完売となり、当日券の販売もなく、期待の高さが窺えます。池袋・東京芸術劇場のコンサートホール場内では文芸評論家で舞踊研究者の三浦雅士さんの姿もお見かけしました。この日ただ一度きりの実演な訳ですから、期待も募ろうというものです。

私自身、先日の公開リハーサルを観ていましたから、この日の『ボレロ』が見ものだくらいのことは容易に確信できていましたけれど、大野和士さん指揮の東京都交響楽団とNoism Company Niigataによるこの日の実演は、そんな期待やら確信やらを遥か凌駕して余りあるもので、凄いものを聴いた、凄いものを観た、と時間が経ってさえ、なお興奮を抑えることが難しいほどの圧倒的名演だったと言わねばなりません。

そのメインコンサートですが、まず15時を少しまわったところで、ラターの《マニフィカト》で幕が開きました。私にとっては初めて聴く曲で、「マリア讃歌」と呼ばれる一種の宗教曲なのですが、そうした曲のイメージからかけ離れて、親しみ易いメロディーが耳に残る、実に色彩豊かで現代的な印象の楽曲でした。更に、前川依子さん(ソプラノ)と男女総勢50人を超える新国立劇場合唱団による名唱も相俟って、場内は一気に祝祭感に包まれていきます。「ラター」という人名と聖歌《マニフィカト》とは私の中にもしかと刻まれました。

20分の休憩を挟んで、後半のプログラムは、ドビュッシーの交響詩『海』で再開しました。こちら、どうしても、金森さん演出振付による東京バレエ団のグランドバレエ『かぐや姫』、その冒頭ほかを想起しない訳にはいきませんよね。粒立ちの鮮明な音たちによって、次第にうねるように響きだす音楽によって、そこここであの3幕もののバレエ作品を思い出さずにはいられませんでした。その意味では、都響によるダイナミックレンジが広く、階調も情緒も豊かな熱演が、同時に、次の『ボレロ』へのプレリュードとしても聞こえてくるというこの上なく贅沢な選曲の妙、憎い仕掛けにも唸らされたような次第です。

そしていよいよラヴェルの『ボレロ』です。金森さんと井関さん共通の友人でもあるコンサートマスターの矢部達哉さんが楽団員たちとのチューニングを始めると、客電が落ち、井関さんをはじめNoismメンバーが上手(かみて)袖からオーケストラ前方に設えられた横長のアクティングエリア中央まで駆け足で進み出て、特権的な赤い衣裳の井関さんを中心に、フードまで被った黒い8人が円を描くように囲んで待機します。金森さんの師モーリス・ベジャールの名作と重なる配置と言えるでしょう。やがてスネアドラムがあの魔的な3拍子のリズムを静かに刻み始め、フルートがそこに重なって聞こえてきます…。昨年末のジルベスターコンサートでの原田慶太楼さん指揮・東京交響楽団の時とは異なり、今回は中庸なテンポです。

金森さんによるこの度の『ボレロ』ですが、先ずは赤い井関さんと周囲の黒ずくめ8人の関係性の違いが、ベジャールの名作と最も大きく異なる点と言えるかと思います。音楽のリズムやビートを最初に刻むのが井関さん。そしてその中心からそのリズムやビートに乗った動きがじわじわ周囲に伝播していくことになります。

両腕を交差させて上方に掲げたかと思えば、両手で上半身を撫でつけたり、或いは、両手を喉元までもって来ることで顔が虚空を見上げるかたちになったり、苦悶と言えようほど表情は固く、如何にも苦しげな様子を経過して、決然たる克己の直立へ戻るということを繰り返すうち、次第に、井関さんから発したその身振りが断片的に、先ず周囲の幾人かに伝播していくのです。この「抑圧」が可視化されている感のあるパートで用いられる舞踊の語彙にはベジャール的なものはまだ含まれておらず、これまでのNoismの過去作で目にしてきたものが多く目に留まります。

やがて井関さんとその周囲、赤と黒、合わせて9人のポジションは、(徐々に黒い衣裳を脱がせながら、脱ぎながら、)3人×3という構成にシフトしていきます。それは即ち、最初の円形が横方向へ伸びるフォーメーションへの移行を意味します。そうなるともう多彩な群舞の登場までは時間を要しません。Noism的な身体によるNoism的な舞踊の語彙が頻出する限りなく美しい群舞が待っていることでしょう。見詰める目の至福。そしてそこに重ねられていくのは師へのオマージュと解されるベジャールの動きの引用。ここに至って、感動しない人などいよう筈がありません。飛び散る汗と同時に、9人の表情もやらわぎを見せ始め、笑みさえ認められるようになってきます。それは演出でもあるのでしょうが、自然な成り行きに過ぎないとの受け止めも可能でしょう。可視化されるのは「解放」です。その「解放」があの3拍子のリズムに乗って圧倒的な熱と化して、見詰める目を通して、私たちの身体に飛び込んでくるのですから、一緒に踊りたくなってうずうずしてしまう(或いは、少なくとも一緒にリズムを刻みたくなってしまう)のも仕様のないことでしかありません。(私など全く踊れないのにも拘わらず、です。)そして同時に、心は強く揺さぶられ、狙い撃ちにされた涙腺は崩壊をみるよりほかありません。

金森さん演出振付のダンス付きの、この都響の『ボレロ』は、最初のスネアドラムが刻んだかそけき音に耳を澄まし、それと同時に生じた井関さんの動きに目を凝らしたその瞬間から、最後の唐突に迎える終焉に至るまで、刻まれる時間と場内の空気は全てオーケストラによる楽音とNoismメンバーの身体の動き、ただそのふたつのみで充填し尽くされてしまい、夾雑物などは一切見つかりようもありません。両者、入魂の実演はまさに一期一会です。そんな途方もない時間と空間の体験は、それが既に過去のものとなっているというのに、未だに心を鷲掴みにされ続けていて、落ち着きを取り戻すことが難しく感じられるのですから、厄介なことこの上ありません。

繰り返されたカーテンコールで、満面の笑みを浮かべて拍手と歓声に応えた金森さんの姿も(腕まくりと駆け足も含めて)忘れられません。そんなふうに凄いものを聴き、凄いものを観た9月折り返しの日曜日、Noism20周年のラストを飾るに相応しかったステージのことを記させて貰いました。

(shin)

「サラダ音楽祭」活動支援会員対象公開リハーサル、その贅沢なこと、贅沢なこと♪

2024年9月7日、ここ数日で気温自体はやや落ち着きを見せてきてはいましたが、それでも湿度が高く、「不快指数」も相当だった土曜日、りゅーとぴあのスタジオBを会場に、「サラダ音楽祭」メインコンサートで生オーケストラをバックに踊られる『ボレロ』の公開リハーサルを観て来ました。

この日のりゅーとぴあでは、「西関東吹奏楽コンクール」中学生の部Aがコンサートホールで開催されており、大型バスが何台も駐められていたりした駐車場は、スタッフが入庫の采配を振るっているなど、普段とは異なる様相を呈していて、早めに到着したことで慌てずに駐車できました。りゅーとぴあ内外には楽器を抱えた中学生や関係者の方々の姿が溢れていて、それは賑やかな風景が広がっていました。

そんな湿度と人熱(ひといき)れのりゅーとぴあでしたが、この日開催された活動支援会員対象の公開リハーサルは、この上なく贅沢なものでした。

正午頃、少し早くスタジオB脇の階段まで行って待っていると、ホワイエには椅子に腰掛けて何かを読んでいる金森さんの後ろ姿がありますが、スタジオ内からはラヴェルの『ボレロ』の音楽が漏れ聞こえてきます。メンバーたちは入念に準備をしているようです。

12:27、スタッフに促されて私たちもスタジオ内に進みます。
12:29、金森さんが「もう全員(来た)?」と確認すると、やがて静かにあの音楽(金森さん曰く「テンポ感的によかった」というアルベール・ヴォルフ指揮、パリ音楽院管弦楽団演奏の古い音源らしい)が聞こえてきて、公開リハーサルが始まりました。中央に井関さん、そして取り囲むように円形を描く8人のNoism1メンバーたち。金森さんの『ボレロ』も、その滑り出しにおいては、ベジャールの『ボレロ』を思わせる配置から踊られていきますし、ベジャール作品において象徴的なテーブルの「赤」も別のかたちで引き継がれています。

今回の金森さんの『ボレロ』ですが、恩師ベジャールへのオマージュとしての引用には強く胸を打たれるものがあります。そしてそれと同時に、これまでのNoism作品で金森さんが振り付けてきた所謂「金森印」に出会うことにも実に楽しいものがあります。とりわけ、あたかも『Fratres』シリーズや『セレネ』2作を幻視させられでもするかのように目を凝らす時間は、紛れもなくNoismの『ボレロ』を観ているという実感を伴うことでしょう。

クレッシェンドの高揚していく展開だけではなしに、実に細かなニュアンスに富んだこの度の『ボレロ』、Noismならではの身体が魅せる群舞の美しさは格別です。
加えて、井関さんと中尾さんに糸川さん。三好さんと庄島すみれさんに坪田さん。樋浦さんと庄島さくらさんに太田菜月さん。その3組を軸にしたフォーメーションの変化も見どころと言えるでしょう。

12:45、音楽と舞踊の切れ味鋭い幕切れの時が来ました。「OK!」の金森さんの声。予定時間のほぼ半分の時間です。「あと15分、金森さんの細かなチェックが入る様子を観ることになるのかな」、そう思った瞬間、「10分休憩してください」と踊り終えた9人に向けて、金森さんがそう言葉を発するではありませんか!「えっ?えっ?どゆこと?」頭には無数のクエスチョンマークが飛び交いました。

で、その「休憩」時間中に金森さんが明かした衝撃の(笑撃の)事実をこちらにも書き記しておきましょう。Noismの『ボレロ』と言えば、昨年(2023年)大晦日のジルベスターコンサートでの実演の記憶が新しいところですが、実はあのときの演奏は正味13分台という「ありえない速さ」(金森さん)だったのだと。リハーサルのときから速かったので、ゆっくり演奏して欲しいと伝えていたにも拘わらずで、「みんなめちゃめちゃ怒っていた」(笑)のだそう。気の毒!それを聞いた私たちは大爆笑でしたが。
確かにあの夜は亀井聖矢さんが弾いたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番もそうでしたが、それもこれも指揮の原田慶太楼さんが「煽って仕掛けてきた」(亀井さん)ってことでしたね。…「お疲れ様でした」以外の言葉は出てきません。

それから今回のアクティングエリアの奥行きは「リノ4枚分」しかなくて、ジルベスターコンサートのときよりもめちゃめちゃ狭いため、横に展開しなければならないのだとも。

で、金森さんからそんな話を聞いていた10分後、(否、5分後くらいからだったでしょうか、)そこから13:30迄、私たちは、実に贅沢なことに、金森さんの「ダメ出し」からの、言うなれば、「ワーク・イン・プログレス」による作品の練り上げ過程をつぶさに目撃することになるのです。

「そこ、ノーアクセント。力入れ過ぎ」…「最初からお願い」…「それ、『3』の終わりじゃないの?」…「じゃあ、『2』の始まりから音ちょうだい」…「蹲踞のところなんだけど…」…「3個目で膝立ち」…「近づいてくるところ、足幅(注意)」…「『11』の始まりね」…「ちょっとやってみて」…「フードを脱ぐタイミングも」…「ああ、なるほどね」…「最後のところ見せて」…「ダウンステージ(=ステージ前方部分)で走るところ、結構急だけど、『さくすみ(庄島すみれさん・すみれさん)』はとりあえず走ればいい。ジャストだから」…等々、その臨場感ハンパなしだった訳で。

はたまた、とある場面では、「マテリアルのAとB」とか「女性はB・B、男性はC・A」や「BとB’(ダッシュ)に」などの言葉が飛び交い、カウントを唱えながら、色々試してみた末に、私たちの方に向き直った金森さんから、「どう、こっちの方が良くない?」とか訊かれたりしても、答えられませんって(笑)。でも、もうそれくらい特別な時間過ぎて、堪えられなかった私たちなのでした。

ここまでの全体の仕上がり具合(通し)を見ておいてから、その後、それがいささかの瑕疵も見逃さぬ鋭敏な手捌きをもって部品(要素の振り)にばらされると、数多の部品が繊細に再検討に付され、ヤスリがかけられ、注油されるように徐々にその精度を高めていく工程。見詰めた約1時間の興奮。その贅沢。

13:30、「OK!以上かな、ハイ。あとは現場でテンポを合わせて。じゃあ、ここまででございます。いつもご支援有難うございます」と金森さん。
ついで、金森さんから「挨拶の空気」を伝えられた井関さんが、「今シーズン、これ(サラダ音楽祭)が最後です。これが終われば夏休み。頑張ります」と語って予定された倍の時間たっぷり見せてもらったこの日の公開リハーサルが終わりました。

きたる9月15日(日)「サラダ音楽祭」メインコンサート(@東京芸術劇場)での一回限りの実演に向けて、更に更にブラッシュアップが続くものとの確信とともに、りゅーとぴあのスタジオBを後にしたような次第です。当日、ご覧になられる方々、どうぞ期待値MAXでお運びください♪

(shin)

SCOTサマー・シーズン2024 Noism0+Noism1『めまい』公開リハーサル♪ ~ヒッチコックとトリュフォー、キム・ノヴァクのことなども~

 2024年8月11日(土)、夜には新潟まつりの花火が打ち上げられるこの日、白山公園駐車場は一部終日閉鎖されていたりしたこともあり、車で駆け付けるのもなかなか容易ではなかったような事情もありましたが、そんななか、りゅーとぴあ〈スタジオB〉にて、12:30から正味1時間、たっぷり『めまい』の公開リハーサルを見せて貰いました。

 今夏「SCOT SUMMER SEASON 2024」の公式チラシに読める今作の紹介には「ヒッチコックのサスペンス映画『めまい』の原作となっているボアロー=ナルスジャックの小説『死者の中から』にインスピレーションを得て制作される作品。自他の境を見失っていく人間の様態を踊る」とあり、映画『めまい』に魅了された者としては興味を惹かれない筈がありません。

 そのピエール・ボワロー&トマ・ナルスジャックによる原作小説『死者の中から』についてですが、フランソワ・トリュフォーが敬愛するアルフレッド・ヒッチコックに行った50時間に及ぶインタビューを収録した名著『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(1981)(*註)のなかに、同小説がヒッチコックに映画化されることを念頭において書かれた数篇の小説のひとつであり、その映画化権をパラマウント社がヒッチコックのために買い取ったという事実がトリュフォーの口から語られるのですが、ヒッチコックは自身を巡るそうした経緯をまるで知らなかったことが読めます。(同書pp.249-250)

 続けて、トリュフォーがその小説のどこに惹かれたのか訊ねると、ヒッチコックは、「主人公が、死んだ女を生き返らせようとするところ、生きている女を死んだ女のイメージに重ね合わせて愛してしまうところ」(同p.250)と答えています。

 しかし、ヒッチコックのその『めまい』(1958)は、本来、ヴェラ・マイルズ主演で構想されたものの、彼女の妊娠がわかり、それを断念。キム・ノヴァクを主演に据えて撮影されることになるのですが、撮影前のそんな事情もあって、「映画のリズムがうまくつかめなくなってしまった」(ヒッチコック)として、ヒッチコック自身からの同作及びキム・ノヴァクに対する評価が低いことにも触れられています。(同pp.254-255)

 また、それに関係して、もうひとつここで触れたいと思うのは、映画『めまい』を観ていると、ヒッチコックのキム・ノヴァクに対する「距離」或いは「隔たり」が否応なく感じられるということです。同作に起用されたキム・ノヴァクの素晴らしさはトリュフォーも言及している通りで、間違いないことなのですが、他のヒッチコック作品における監督から主演女優に捧げられる「愛」とも呼ぶべき親密さが目に映ずることはありません。(個人的な印象ですが、的外れではないと確信しています。)映画って怖いなぁと…。

 そんな色々な経緯がありながらも、ヒッチコック自身のために書かれた小説を本人自らが映画化した訳ですが、ブロンドのマデリンとブルネットのジュディ(キム・ノヴァクの二役)がそれぞれ登場する前半と後半の「間」に、ヒッチコックは(周囲には猛反対されたと明かす)作品構成上の大きな改変を差し挟んでいます。彼の慧眼はそのことによって心理的なサスペンスを導入することに成功したのでした。
 「はてさて、金森さんはそのあたりどう処理して表現していくのだろう?」興味は尽きませんでした。否、正確には、そこが気になって仕方なかったと言うべきだったでしょうか。で、基本的にはストーリーを踏まえつつ、「なるほど、そうなのか!」という舞踊作品に仕上がっています。

 さて、その金森さんと井関さん、そしてNoism0+Noism1(浅海侑加さん、樋浦瞳さんは出演されないようですが、)による舞踊作品『めまい』です。監督と主演女優の間の葛藤は、当然、ここには存在しません。
 金門橋をはじめ、サンフランシスコのランドスケープを背景に、自動車で経巡る迷宮めいた街路や霧など効果的に用いて展開されるヒッチコック作品に対して、金森さんの舞踊作品版は、自他の間に横たわる「2」という数を随所に象徴的に用いながら紡がれていきます。で、キム・ノヴァクが演じた役どころは井関さんと三好さんが担い、痩身ジェームズ・スチュアートについてはやはり似た体つきの糸川さんがそのイメージを引き受けつつ、情感豊かな熱演を見せてくれます。

 舞踊作品ですから、展開されていく舞踊を観るのが本筋な訳で、原作(や映画)のストーリーに過度に頓着・執着するべきではありませんが、やはり文化史的な「教養」の一部としてヒッチコックの映画は観ておいた方がよいかなとは思います。未見の方はこの機会に是非ご鑑賞ください。

 たっぷり全編を見せて貰って、13:30、この日の公開リハーサルは終了しました。1時間ものの大作です。観終えて圧倒されている私たちに、「いつにもまして皆さんシーンとしていますね」と笑って切り出した金森さん。「このあいだの20周年記念公演のあと、こんな作品を作っていたんです。16日には利賀に行きます。(Noism0とNoism1)みんなで行くのは初めてですが、その経験も必ず今後に活きると思いますし、活かしていきます」と今後の展開も視野に収めつつ力強く語りました。

 「Noismの公演(『めまい』)は完売ということなので、またどこかで」そうも語った金森さん。この意欲作、ほぼ2週間ののち、利賀村の新利賀山房でご覧になられる、その意味で「幸運な」方はどうぞ期待してお待ちください。

 私はエサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルによるバーナード・ハーマン映画音楽集CDに収められた『めまい』の音楽をかけて、今日の余韻を楽しみながら、花火までの時間を過ごすことと致します。

(shin)

【*註】この『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(山田宏一・蓮實重彦訳:1981・晶文社)という本には、ヒッチコックがイギリスから移り住んだアメリカにおいて、偉大な「映画作家」と看做されることなく、単なるサスペンス映画の「職人」として不当に低く評価されてきたことを看過できなかったフランスのトリュフォーが、「映画作家」としてのヒッチコックの真価、その凄さをアメリカに逆輸入・再評価させるための「教育」或いは「啓蒙」の書として企画されたものという側面もあります。
 また、ヒッチコックの『めまい』(1958)に関しても、現在では映画史に残る名作の呼び声を欲しいままにしていますが、公開当時は興行的な成功を収めることがなかっただけでなく、同作に対する評価が真に高まりを見せるのも後年になってのことです。 (shin)

Noism 20周年記念公演「Amomentof」公開リハーサルに行ってきました♪

2024年6月21日(金)@りゅーとぴあ〈劇場〉


今日は夏至。薄曇りで凌ぎやすいお天気♪
Noism20周年記念公演「Amomentof」活動支援会員/視覚・聴覚障がい者/メディア 向け 公開リハーサルに行ってきました!

今回は『Amomentof』の前半部分を見せていただきました。
Noism0,1,2、総出演!
マーラーの交響曲第3番 第6楽章「愛が私に語りかけるもの」が静かに始まり、バーに集っていた舞踊家たちは・・・
(DIRECTOR’S NOTEより:『Amomentof』に副題をつけるとしたらそれは「舞踊が私に語りかけるもの」となる)
https://noism.jp/amomentof-20th/

Noismバレエを主体とした美しい舞踊が次々と展開され、音楽と相俟って、ため息のでる美しさです✨
見惚れました。
20数分ほど見せていただきました。
後半はどうなるのか!? いやが上にも期待が高まります。

金森さんは『かぐや姫』でブノワ賞(優秀なバレエ関係者に与えられる世界的に権威のある賞)に振付家としてノミネートされており、この6/25にモスクワのボリショイ劇場で授賞発表が行われます。
https://thetokyoballet.com/news/2024-4.html
そんなことも頭をかすめる、感嘆の美しさでした。

前半公開のあとは、ステージ上で15分ほど見直しがあり、その後 囲み取材へ。


金森さんのお話:
・『Amomentof』のテーマは「舞踊とは何か」(舞踊イコール愛=生であり、死である)。
・物語は無い。音楽の情感をいかに舞踊化するか。
・他のメンバーは出入りがあるが、佐和子(=井関さん)は出ずっぱり。
・佐和子のこれまでがあって今がある。
・バー(と鏡)はメタファ―であり、舞踊家にとって身体とセットのものだが、いずれはバーから離れなければならない。そのとき何につかまるのか。他者や愛を知る。

井関さんのお話:
・自分は常に客観性をもって踊っているが、この作品には引っぱられるものがあり主観的になってしまう。踊りながら「ありがとう」と思うのは初めてで、感謝の気持ちになる。
・音楽による情感の移り変わりが激しい。映像ではなく、生で、劇場で、潮の満ち引きのような音楽と舞踊の波にのまれてほしい。

衣裳は本番仕様で、ステキな袖なしユニタードでした♪
金森さんの黒い服も衣裳で、自前ではないそうです(笑)

『Amomentof』を生で見に来ない人には自分たちについて語らないでほしい、
とまで言う金森さん。
『セレネ、あるいは黄昏の歌』も大作です。
なんと上演順はまだ決まっていないそうです!

見逃し厳禁、必見の豪華記念公演!
いよいよ来週末開幕!チケットあります!
▼チケット:https://piagettii.s2.e-get.jp/ryutopia/pt/
https://www.ryutopia.or.jp/performance/ticket/

特に6/28(金)19:00、6/29(土)17:00おススメ。土曜はアフタートークもあります♪
公演時間110分。観ないともったいないですよ。
「Noism20周年祭り」(金森さん談)、ぜひお運びください。 楽しみですね!

(fullmoon)