「ランチのNoism」#13:カイ・トミオカさんの巻

メール取材日:2021/7/17(Sat.)

もう圧倒的な舞台の力を見せつけたストラヴィンスキー没後50年 Noism0+noism1+Noism2『春の祭典』公演が全てのツアー地を巡り終え、次のサラダ音楽祭に向けて、活動支援会員を対象とする公開リハーサル(1日目)が行われた日、2021年8月5日。「ランチのNoism」も取り急ぎ、その13回目としてカイ・トミオカさんの巻をお送りします。

今回、故あって、少し予定を変更し、以前に、クリスマスの番外編として、その料理の腕を見せてくれただけでなく、その背景に料理哲学みたいなものを存分に感じさせてくれたカイ・トミオカさんが「ランチのNoism」レギュラー回に再登場してくれました。

では、いってみましょうか。

♫ふぁいてぃん・ぴーす・あん・ろけんろぉぉぉ…♪

りゅーとぴあ・スタジオBに舞踊家たちの昼がきた♪「ランチのNoism」!

*まずはランチのお写真から

おおっと、これは絶対…
そう、顔になってますね、顔に。
お茶目です、カイさん!

1 今日のランチを簡単に説明してください。

 カイさん「Noismでの3年間、私のランチはずっととても似通ったものでした。まず初めは、納豆ともずく。それからメインディッシュ。そちらに関しては、毎日、或いは、一日おきに異なっていましたが。これは私が作ったラザニアになります」

 *納豆、嫌いじゃないんですね。もずくだって、嫌がる外国人は多い筈ですけど。そしてまた再燃する「バナナ問題」(林田海里さんの回)!(笑)カイさんは「青バナナ」専ではないと見えます。私も草みたいなの(←酷い言い方…。(汗))よりはこのくらいが落ち着きますけど。(←個人的な感想です。)

 *もっとラザニアに寄ってみますね。ズンっ!

ラザ~ニア・イン・ジプロック(←多分)

2 誰が作りましたか。普通、作るのにどれくらい時間をかけていますか。

 カイさん「私はいつも自分で用意しています。このラザニアは作るのには数時間かかりましたが、とても多くの量を作ったので、4日間も食べることができました」

 *クリスマスのときにも手を抜かないお料理を見せて貰いましたけれど、これもまた手の込んだ本格的なものなのでしょうね。とても美味しそうですし、何より、こうして出来上がるまでの調理をしている時間も大切に刻まれてきていることを窺わせますよね。

3 ランチでいつも重視しているのはどんなことですか。

 カイさん「納豆ともずくを食べることは私にとって、ひとつの「慣習」と言って良いものになりました。もずくには柔軟性に良い酢が含まれていますし、納豆が含むたんぱく質については言うまでもないでしょう。そしてメインディッシュは食べたいと思ったものを食べるようにしています!」

 *身体と心の双方に効くランチってことになるでしょうかね。さすがです、カイさん。 

4 「これだけは外せない」というこだわりの品はありますか。

 カイさん「納豆ともずくは毎日入っていますね」

 *外国籍の方じゃないみたいです。でも、そんな感覚が古いのかしら、って思いにも囚われますね。いいものはいいのです。そして、わかる人にはわかるのです、何につけ。

5 毎日、ランチで食べるものは大体決まっている方ですか。それとも毎日変えようと考える方ですか。

 カイさん「普通、一週間でふたつのメインディッシュを食べるかたちのランチになっています」

 *時間をかけても、美味しいものを、賢く作り置きして、賢く食べてらっしゃる、そんな姿勢、ライフスタイルとして素敵です。

6 公演がある時とない時ではランチの内容を変えますか。どう変えますか。

 カイさん「公演がある日は食事する時間が違ってきますから、大抵は、朝食をかなり多めに食べておいて、公演に向けて充分に消化されるよう、ランチは少し軽めにしています」

 *エネルギーの補給だけでなく、やはり、消化の側面も意識してるんですね。満腹か空腹かっていう「一次的欲求」レベルの大雑把な食べ方ではないってことですね、やっぱり。そりゃあ、そうかぁ。

7 いつもどなたと一緒に食べていますか。

 カイさん「誰とでも喜んで!最近では、私とスティーヴンジョフチャーリーリオ(=三好綾音さん)、カリン(=杉野可林さん)で同じテーブルについてますが、誰が来ても大歓迎です!」

8 主にどんなことを話しながら食べていますか。

 カイさん「ランチというのはみんなが話したいと思うあらゆることを話す機会と言えます。ですから、話されているのは『こんなこと』みたいに挙げることは不可能です」

 *いかにもカイさんらしいお答えというか。そしてウエルカムな性格なんですね。みんなとの時間を大事にしようとしている点、ナイスです、カイさん。

9 おかずの交換などしたりすることはありますか。誰とどんなものを交換しますか。

 カイさん「コロナの影響で、食べ物をシェアしないよう言われていますよね。でも、もし、自分で特に自信のもてるランチを作ったようなときには、誰か試してみたい人はいるか訊ねたりするでしょう」

 *本当に不自由な空気に覆われていて、閉塞感が強い昨今。嫌になっちゃいますよね。でも、辛抱するしかないですね。終息する日がやってくることを信じて、願って。

10 いつもおいしそうなお弁当を作ってくるのは誰ですか。料理上手だと思うメンバーは誰ですか。

 カイさん「あらゆる人のランチはその人独特なもので、その人自身を反映するものです。時間があって料理に興味がある人であるなら、料理を好まず、忙しい人とは全く異なるランチになるでしょう!筋肉を付けたいからと沢山食べる人もいるでしょうし、体重を減らしたいということでほとんど食べない人もいることでしょう。食べ物はこの世界の一人ひとりにとって、極めて重要なものと言えます」

 *これです、これです。これまた、いかにも深いですよね。昨年のクリスマスのときに感じた「哲学する料理人」カイさんの面目躍如たるものです。「食」への洞察に富むカイさん節、再び炸裂って感じで、我が身を振り返って、ただ食べてるだけだなって思わせられちゃいました。(汗)…そんな深みのあるカイさんの回もここらへんで。カイさん、どうもご馳走様でした。

カイさんからもメッセージを頂きましたので、どうぞ。

サポーターズの皆さまへのメッセージ

「ここNoismで過ごした3年間、サポーターズの皆さまに感謝します。皆さまが私と同じくらい、舞踊とNoismに対して情熱を有しているのは素晴らしいことです。ベストのパフォーマンスをお見せできるよう、私が常に力を尽くしていたことをご存知頂けていたら嬉しく思います。どうも有難うございました」

…今回、予定を変更してカイ・トミオカさんのレギュラー回をお送りしたのにはちょっと淋しい事情がありました。と言いますのも、メッセージからも読み取れますように、カイさん、先月(7月)末の札幌公演を最後にNoismを退団されたからです。
今も目に浮かぶのは、『春の祭典』において、下手(しもて)手前にたまるガールズに向かって上手(かみて)奥から寄ってくるボーイズの場面、開脚ジャンプを何度も何度も繰り出して迫ってきたその姿。あの高さ、あの連続ジャンプはまさに「ゴン攻め」の趣。目を見張りました。そしてそれだけでなく、もっともっと観ていたい舞踊家のひとりでした。また違う舞台で躍動する姿を楽しみにしております。カイさん、3年間、感動を有難うございました。
以前の「私がダンスを始めた頃」から、若き日の開脚ジャンプ画像を再掲しておきます。この頃のジャンプを支えていたものは納豆ともずくではなかったでしょうけれど…。

再掲のこのジャンプ、
コレがアレになった訳で、
時を隔てた代名詞ですね♪

今回はここまでです。次回は誰がどんなかたちで登場してくださいますでしょうか。お楽しみに。お相手はshinでした。それではまた。

(日本語訳+構成: shin)

【インスタライヴ-15】『春の祭典』ツアー後の大質問大会

2021年8月1日(日)20時、『春の祭典』最後のツアー先である札幌から(2時間前に)新潟市に戻ってきたばかりの金森さんと井関さんが、「眠い」なか、前回のインスタライヴ以来、ほぼ3ヶ月振りとなるインスタライヴを行ってくれました。広く質問に答える形式での『春の祭典』大質問大会、約1時間。以下にその概要を抜粋してお伝えします。

*この日の晩ご飯: 北海道名産・鮭のルイベ漬(佐藤水産)
*今回のインスタライヴ中のおやつ: 福島産の桃

札幌公演は15年振り。「皆さん、待っててくれた感じ。(hitaru)楽屋のトイレは入る度に音楽が流れる『最新設備』だった」(笑)(井関さん)

Q:照明の調整に時間はかかったか?
-金森さん「ツアー地では凄く時間がかかって、ゲネが無理になり、本番直前のテクニカルランで初めて通せる感じなのが、今回は設備が良くて、順調だった」
-金森さん+井関さん「札幌スペシャルの照明、次やるときはテッパン。最後にちょっと違う演出・照明が加わっている。もう一個『外部』の世界を感じる照明にした」
-井関さん「最後の最後までライヴ感が凄かった」


Q:『春の祭典』音源はどのように決めたか?
-金森さん「入可能なものは手当たり次第に入手して、実際に踊ってみた。既に作っていた構成に合っていて、演出家としてビビッとくるものがあったのがブーレーズ盤だった」
-井関さん「色々なテンポのものがあったが、ブーレーズ盤が一番、音の粒が立っていると言っていたのを覚えている」
-金森さん「ブーレーズ盤は、情感でいくというより、理知的。音がクリアで構造がはっきりしている印象。後から、ベジャールさんもこれを使っていたと聞いた」

Q:踊るときに一番大切にしていることは何か?
-井関さん「その瞬間をどう生きるか。邪念を抜きにして、その瞬間の空気とエネルギーをどう感じるか。邪魔は入るが、それさえも『瞬間』と捉えて乗り越えること」
-金森さん「舞台に立てば立つほど、緊張感をコントロールする術も判ってくるが、『失敗しないかな』との適度な緊張感で集中度も上がる。そのときの音楽の響き、観客のエレルギー、自分の状態を大切にしたい。そこに身を投じる。そこに居続けるための集中」

Q:一人ひとりに楽器を割り当てた『春の祭典』、音を聴いて踊るのか?
-井関さん「楽譜で割り当てていて、全員で完全にカウントを数えているので、一応判っている。それが大前提で、カウントの取り方、『音色になる』ことの難しさがある」
-金森さん「舞踊家は音楽に合わせることに慣れているが、『音になる』っていうのはどういうことか。「(音が)来る」と判っていることではない。音の呼吸・強度を身体化するという完全にはなし得ないことを21人に求めた」
-井関さん「音に合わせすぎると、音に見えない。外からの目がないと成立しない」
-金森さん「一人ひとりが演奏者であるということが肝。自分が動いたことで、その音が発されているように見えることの難しさ」

Q:しんどいとき、それを超える秘訣は?
-井関さん「体力は、稽古でも頑張ってMAXやるが、本番でガンガンあがっていく」
-金森さん「身体は記憶する。最初の通しは滅茶滅茶しんどいが、そのしんどさを求めちゃったりする。これが危ない」
-井関さん「それに酔っちゃったりするのが危ない。語弊はあるが、作品を超える体力と精神力があって、しんどそうに見えて、しんどくないのがベスト。表現の幅が増えてくる。身体も精神も鍛える稽古、また、本番では最高の作品にするべくコントロールすることが重要。身体でやり切って、その先に見える何かを頭を使って見つけて、身体で試す」
-金森さん「舞踊家は馬であって、同時に騎手である。しかし、騎手であり続けながら馬を鍛えることは出来ない。鍛錬は馬にならなければ出来ない。馬が仕上がった後から、騎手が来るというバランスがいい」

Q:踊った後、どれくらいすると食欲がわくものか?
-金森さん「すぐは無理。でも、作品による」
-井関さん「本番の時は『食欲』はない。『食べなきゃ』っていう感じで『義務』。『完全にコレ、仕事だな』って思ったことも」
-金森さん「遅くならないうちに、できるだけ身体にいいものを、って感じだが、美味しいものの方が入り易い。当然、幸せにもなるし」

*照明や装置の微細な違いに気付く舞台人のビビッドさについて
「なんかちょっと違う。今日、(照明が)眩しい」って言って怒り出すのが「佐和子あるある」と金森さん。「で、照明家さんたちが『えっ、変えてないです』ってザワザワってなる。(笑)でも、厳密に言うと、毎日、照明はチェックで触っている。で、微細には変わっている。どれだけビビッドな感覚で舞台に立って感知しているかは、多分、照明家さんには想像できない」(金森さん)

Q:『Fratres』のお米は使い回しか?
-金森さん「はい。演出部さんが、毎回、終演後にザルでほこりを取っている。降らしたときに詰まっちゃったりするので。金銀山の砂金採りかみたいなレベルで」(笑)

Q:リノリウムのペイント、そのコンセプトは?
-井関さん「近々、映像をアップする予定」
-金森さん「コンセプトを伝えて、(俺以外の)メンバーみんなで塗ったもの。そのコンセプトは上から落ちてきてバチャ。みんなのは噴水みたいにバチャ。まあ、似てるんだけど、上から落ちてくることが…」
-井関さん「みんなで話し合って、やっぱりちょっとずついこうと。ひとり一色ずつ持って」それで、「これ、いけるんじゃね」と最初は井関さんから塗っていった。「踊っているとき、毎回、一瞬、海のような、波のようなエネルギーを感じた」
-金森さん「プレヴュー公演やっているときに、何かが必要と感じていて、『ああ、これか』と気付いたもの。『春の祭典』の色彩の爆発、色の欲情みたいなものを精神的な爆発として付与したかった。アクションペインティングのように上からペンキを落とそうと思ったが、さすがに、劇場の人に『大変なことになるからやめて下さい』と言われて…」

Q:『春の祭典』創作で一番苦労した点は?
-井関さん「一番というと、やはり楽譜読み。ホントに時間かかったし、待つ時間も長かった」
-金森さん「ユニゾンもそんなになくて、一人ひとりに振り付けていたから」
-井関さん「楽譜とにらめっこしていて、これはホントにダンスの作品なのかと。最初の1、2ヶ月くらいは」

Q:ふたりにとって、踊り・振付が「腹落ちする」っていうのはどのような感覚か?
-金森さん「踊っていて、『コレだ』って思うときってことなら、それが判るってことが『経験』なのかなと思う。今にして思うと、若い頃は、腹まで落ちないで、肺ぐらいで止まっていた気がする」
-井関さん「完璧な踊りはないが、その瞬間、光を浴びて、そこに集中していられているときが一番納得できるときか」
Q:振付が自分のものになり、無意識・ナチュラルなかたちで踊れるといった感覚か?
-井関さん「無意識はない」
-金森さん「おおっ、佐和子だねぇ。オレ、無意識だからね」
-井関さん「リハーサルで計算をとことんしておいて、そこからどれくらい外れたところへ行けるかっていうか」
-金森さん「結局、完全にはコントロールし得ないものをコントロールしようとしているから、どちら側に立つのかで違うし、この身体っていうのが凄い矛盾で、そういうものと向き合うことが踊ること。観てて感じる感想とは違う」
-井関さん「ここ最近になって、やっと、バランスっていうのが計算じゃないってことが判ってきた。その瞬間瞬間に選び取っていくこと、それが楽しいなと」

Q:『春の祭典』のキャスティングはどのようにして行ったか?
-金森さん「ホントに直感的なインスピレーションによった。楽器の音色からどのメンバーを想起したかっていうこと。癖も性格も判っているし、音色が舞踊家のもつエネルギー等に合うかどうか、という感じ」

Q:今後、『火の鳥』『ペトルーシュカ』に取り組む予定は?
-金森さん「『火の鳥』はNoism2のために作ったものがあり、それはいつかやりたい。『ペトルーシュカ』は『いつかやるのか?』と…、特に予定はないけど」

Q:昨年の「サラダ音楽祭」の演目、再演はないのか?
-金森さん+井関さん「『Adagio Assai』と『Fratres』に関しては、特別決まっているものはない。今回はジョン・アダムズの新作『ザ・チェアマン・ダンス』。42歳・井関佐和子、走れるのか。(笑)それと20年間、点で踊ってきている『Under the Marron Tree』。e-plus『SPICE(スパイス)』の記事を見てください」
-金森さん「『春の祭典』はいずれそのときのメンバーで再演するだろうし、『夏の名残のバラ』はやる予定がある」

…等々と、そんな感じですかね。疲れていた筈のおふたりでしたが、多岐にわたる質問ひとつひとつに丁寧に答えてくださっていました。その様子、是非ともアーカイヴにて全編をご覧ください。そして次回は「サラダ音楽祭」後かな、と予告めいたものもありましたね。楽しみにしています。

それでは、今回はこのへんで。

(shin)

2021年、『春の祭典』という「事件」(サポーター 公演感想)

☆ストラヴィンスキー没後50年 Noism0+Noism1+Noism2『春の祭典』(2021/7/2~4@りゅーとぴあ〈劇場〉)

 これを書いているのは2021年7月25日(日)の午後。ストラヴィンスキー没後50年 Noism0+Noism1+Noism2『春の祭典』埼玉公演楽日の舞台4演目が観客の目を惹き付けている時間帯。私も個人的に最後の鑑賞機会として、チケットを購入し、この日を楽しみにしていたのだが、「今まで以上に危機的な状況」とされる「コロナ禍」とあっては、埼玉に思いを馳せつつも、新潟を出ずに、「ホーム」りゅーとぴあで観た3回の公演を回顧しながら、PCに向かっている…。

 2021年の『春の祭典』本公演は、当然ながら、前年にプレビュー公演として観ていた
2020年のそれとは作品が持つ温度が違っていた。尋常ではないほどに。
作品全体を通して「白み」が印象的で、実験的なほど抽象化された表現を持ち味としながら、「人間」という存在に対する批評性を提示していた2020年版に対して、椅子からリノリウムから彩色が施され、ラストシーンを差し替えてきた2021年版はどう見ても、今、生きられている私たちの「生」を根底に据えて、そこに祈りに似た希望を提示することを表現者のエチカとした、その衒いもない熱い思いの可視化であった訳で、体感温度の差も当然でしかあるまい。それでいて、ストラヴィンスキーの音楽とせめぎ合うかのように展開する圧倒的な舞踊が、今日的なパースペクティヴを超えて、普遍的なリアリティを獲得していたということに異を唱える者は皆無だろう…。

 舞台前方、一列に並んだ椅子に腰掛けに来る21人、その顔は例外なく白く塗られていて、何かに脅えながら、誰にも胸襟を開くことなく、他者との関係自体を悉く拒絶している。ストラヴィンスキーの不穏な音楽が進むと、椅子の背後に姿を見せる空間。上方からの圧迫感には既視感が伴う。蘇る実験舞踊『R.O.O.M.』の印象。しかし、『R.O.O.M.』で「箱」を覗き込んだときの暢気な高揚感はない。舞台奥と上手(かみて)・下手(しもて)両袖を区切る三方の幕のただならないほどの禍々しさが、舞踊家に与えられたアクティング・エリアを截然と分かち、重くのし掛かってくるのを感じるのみだ。

 不信感に基づくかりそめの関係、同調圧力、裏切り、生け贄…、その他、あらゆる種類の愚かな振る舞いに満ち満ちた空間。光や煙がそうした振る舞いに幾度か中断をもたらそうとも、やはり以前の不信の眼差しに舞い戻っていくどうしようもないほどの愚かさ。しかし、それはやがて三方の幕という装置によって嘲笑われることだろう。雷鳴と稲妻を思わせる効果音と照明を伴って世界に降りかかる災厄。人が繰り広げる諍いを、「コップの中の嵐」として一蹴してしまう展開には劇的舞踊『ラ・バヤデール』最終盤の爆撃が重なる。そうなってはもう、人の愚かさなど、悲劇なのか喜劇なのかも判然としない。

 その災厄を契機に潮目が変わる。井関さんの決意。私情を超えること。自ら胸襟を開いて、その身を嬲る者たちのなかへと飛び込んでいく、決然と。その捨て身の振る舞いが関係性に変化をもたらす。やがて横一列、倒れても起き上がろうともがく21人の姿を見ることになるのだが、それはそこに至るまで目にしなかったものであり、卑小で不様ではあっても、愚かさとは無縁の、真に胸に迫る姿だ。そのとき既に、登場時の白塗りメイクは悉く夥しい汗とともにまだらに流れ落ちてきているだろう。呼び交わすのは切れ味鋭いNoism版『火の鳥』幕切れ、蘇生の可視化。あそこで一瞬にして顔を覆った白いマスクとの間に対称を形作りながら、今回のそれも、紛れもなくメタモルフォーゼであり、ある種の覚醒を、或いは人間性が回復されようとするさまを象徴するだろう。

 その流れで、舞台中央の井関さんから発し、両側に拡がっていく動作こそ、この作品のクライマックスである。その場面が放つ人の光輝は私という存在の深いところに確実に突き刺さっている。それは今もありありと目に浮ぶのだし、それを目にした際の、鳥肌が立つような全身体的な感覚も生々しく蘇ってくるのだ。

 人は手を繋ぐことができる。手を繋ぎ、共に歩むことが。

Noism0+Noism1+Noism2
『春の祭典』
撮影:篠山紀信

 …待ち焦がれた埼玉公演楽日の公演を見送ること。「行くか」「行かないか」「大丈夫だろう」「でも、もし…」「車での往復なら…」…。揺れる気持ちを察して、「幽体離脱して埼玉へ」と誘ってくださる方もあったが、その方面の心得もない。悩みに悩んだ末、こうして新潟にとどまることを決意したのは、金森さんが仕掛けた井関さんのその姿を目にした故のことでもある。チケットも買ったのだし、最後にもう一度観たいという身悶えするような思いの傍ら、翻って、私にも今の仕事上、手を繋がねばならない若者たちがいて、何よりもそこに誠実であることを選択しない訳にはいかぬ、そういう気持ちに至ったのだった。あの場面を観てしまった以上、そうした決意に至ったのもひとつの必然だったのかもしれない。もう一度観たかったが、県外に出ないでおくことにした決意に一片の悔いもない。世に言う「不要不急」云々ではなく、極めて能動的な選択による見送り。観られる方は堪能して欲しい、そんなことを思っていた、私にとっての埼玉公演の楽日。恐るべし、2021年の『春の祭典』。それはひとつの作品、ひとつの公演であることを超えて、私の「生」を照射し、今も私を内部から揺さぶり続けている。それはこの先も変わらないだろう。2021年の「事件」と呼ぶことに躊躇などない所以である。   (2021/7/25)

(shin)

「ランチのNoism」#12 : 三好綾音さんの巻

メール取材日:2021/6/5(Sat.)

感動「てんこ盛り」状態のストラヴィンスキー没後50年 Noism0+noism1+Noism2『春の祭典』公演も、まず、皮切りの新潟公演を終え、次の埼玉公演まで2週間を切りました。このタイミングで、ご好評を頂いています連載企画「ランチのNoism」第12回をお届けしようと思います。今回ご登場願うのは、クールで落ち着いた雰囲気を漂わす三好綾音さんです。そのランチや、如何に。では、一緒に覗いてみましょうか、三好さんのランチ。

♫ふぁいてぃん・ぴーす・あん・ろけんろぉぉぉ…♪

今日もりゅーとぴあ・スタジオBに舞踊家たちの昼がきた♪「ランチのNoism」!

*まずはランチのお写真から

“So Cool!!”
クールな三好さんのクールなランチ

1 今日のランチを簡単に説明してください。

 三好さん「サラダです。上に乗っているのは高野豆腐とズッキーニ、エリンギを炒めたものです」

 *おお、これはクールな印象の三好さんに違わない、相当クールな感じのランチとお見受けしました、…って「冷やしている」ってことじゃありませんよ。見かけがクールってことです。「カッコイイ」という意味も込めて。そしてまたまた量は少なめながら、高野豆腐があるお陰で、満足感は得られそうな…。でも、もっと食べたいかな、私なら。

2 誰が作りましたか。普通、作るのにどれくらい時間をかけていますか。

 三好さん「朝、10分くらいで準備します」

 *「10分」!もう最初から手の込んだものは目指さないっていう割り切りに充分、三好さんの「ランチ哲学」の一端を見るような思いが致します。

3 ランチでいつも重視しているのはどんなことですか。

 三好さん「消化の早さと、野菜の栄養をしっかり摂ることです」

 *やはりランチの背後に相当色々考えるところがあることを窺わせますね。好きな物を食べて寛ぐっていうのではなく、時間をかけずに準備して、それでいて、効果MAXとなるような「哲学」が存在するランチ。ここまでくるのに色々試行錯誤はあったのでしょうが、コレ、ある意味、究極かも。そんなふうに思えるランチ、う~ん、三好さんっぽい。

4 「これだけは外せない」というこだわりの品はありますか。

 三好さん「ビタミン類が摂れる野菜です。いつもほうれん草か小松菜か、ブロッコリーです」

 *またまたストイックな響き。ランチに求めるものにブレがないんですよね。「踊るための身体」から導き出されたランチ。そのストイックさに打たれます。

5 毎日、ランチで食べるものは大体決まっている方ですか。それとも毎日変えようと考える方ですか。

 三好さん「食材に変化はありますが、基本的には決まっています。ほうれん草か小松菜、食物繊維のキノコ類、たんぱく質は鶏肉か、ゆで卵か高野豆腐が多いです」

 常に身体に向き合いながら、削いでいって、削いでいって、…ひとつの「ランチ道」を極めようとして至った感じ。もう「黒帯」って域に達しているかのような風格すら漂ってますね。お見事!

6 公演がある時とない時ではランチの内容を変えますか。どう変えますか。

 三好さん「公演の時はサラダがお味噌汁になります。よりお腹に負担がかからないですし、ツアー先でも必ず買えるものなので」

 -公演の時のランチはお味噌汁だけになるということでしょうか。主にお求めになるお味噌汁の具材などを教えて下さい。

 三好さん「ゆで卵も食べます。ゆで卵は普段から2個くらい持っていて、ランチに食べたり、休憩の時に食べたりしています!新潟の家の時は冷凍のほうれん草としめじとかが多くて、インスタントを買うときは茄子のお味噌汁が好きです」

 *ゆで卵もありって聞いて、ちょっとホッとしました。あと、お味噌汁の具材のところで、「好き」ってワードが出て来たことにもちょっとホッとしたりして…。(笑)

7 いつもどなたと一緒に食べていますか。

 三好さん「いつもカイ(・トミオカさん)スティーヴン(・クィルダンさん)と同じテーブルに座ります。最近はせなさん(=井本星那さん)とお話しながら食べています」

 *この日のお写真がこちら。

 左手前から奥に向かってスティーヴン・クィルダンさん、カイ・トミオカさん、そして坪田光さん。その向かい側、右奥にジョフォア・ポプラヴスキーさん、そして右手前が三好さんですね。

8 主にどんなことを話しながら食べていますか。

 三好さん「せなさんとは、食べ物の話が多いですね。この食材が体に良さそうだよーとか、色々情報交換をさせてもらっています」

 *井本さんとの「情報交換」のなかで、最近気になる食材など訊ねてみましたら、「オートミールです。先日はせなさんから小分けのオートミールを頂きました!」(三好さん)とのお答え。こちらの話題も掘り下げると、どんどん深いものになっていくのでしょうが、入口のほんの浅いところしか訊ねられませんでした…。スミマセン。(汗)

9 おかずの交換などしたりすることはありますか。

 三好さん「つい最近せなさんにキヌアをお裾分けしたら、美味しいキヌアサラダになって返ってきました!とっても美味しかったです」

 *おっと、またまた深みのある展開になってきましたよ。今度は頑張って、ちょっとこの「沼」にハマってみましょうか。

 -三好さんはいつ頃、どういうきっかけでキヌアを知ったのですか。また、新潟でも買えるのでしょうか。

 三好さん「さわ(=井関佐和子さん)さんにお借りした疲労に関する本に、キヌアやアマランサスの穀類はカリウムとか、マグネシウムが豊富でむくみやストレスに良いと書いてあったので、サラダのバリエーションにもなると思って買ってみました。プチプチした食感が好きでとっても気に入っています!私は新潟ではあまり見かけないので、アマゾンで購入しました」

 -キヌアをいつもはどのように調理して食べていますか。ランチに持ってくることはないのでしょうか。

 三好さん「茹でて、トマトやきゅうり、パプリカとなどと混ぜます。オリーブオイルと塩コショウ、レモン、バルサミコで味付けするのがお気に入りです。先日インスタグラムのストーリーにキヌアサラダを上げていたのでその写真を送ります」

 *ってことで、送っていただいた写真がこちらです。

キヌアサラダ調理中の図

 *どうも有難うございます。「ストーリー」用ってことで、コメント解説まで入っていて嬉しい限りです。で、件の「キヌアサラダ」、「研修生カンパニー」から「プロフェッショナルカンパニー」へ昇格って感じですかね。色鮮やかでとても美味しそうです。他に目を移してみますと、Noismメンバーのお買い物上手の側面は三好さんの「酢にんじん」にも!こちら、必殺、イトーヨーカドーでしょうかね。

10 いつもおいしそうなお弁当を作ってくるのは誰ですか。 料理上手だと思うメンバーは誰ですか。

 三好さん「ランチは、ゆかさん(=浅海侑加さん)のサンドイッチがいつも美味しそうだなぁと横目に見ながら思っています。」

 *おお、ニーチェじゃないですけど「人間的な、あまりに人間的な」な側面も!クールな三好さんが横目で見ながら食事をしている図、想像しただけで可愛いですよね。…失礼しました。で、料理上手の話はまだまだ続きます。

 三好さん「料理は、さわさんやゆかさんが作る料理は本当に美味しくて憧れます。でも皆も本当に上手です!まや(=西澤真耶さん)は家に行くと必ず美味しい常備菜?を出してくれますし、以前持ち寄りパーティーをしたときは、チャーリー(・リャンさん)は餃子だったり、ジョフはキッシュだったり、スティーブンはスイーツだったり、皆それぞれに得意なものがあって、全部美味しかったです♪」

 *おおっと、とてもとても全て掘り下げる訳にはいきませんから、前回の「ランチのNoism」に登場してくれた西澤さんとのやりとりに絞って訊いてみましょう。

西澤さんの「常備菜(?)」について、少し具体的に教えて下さい。

 三好さん「私がまやの常備菜で一番大好きなのは、セロリといかくんをオリーブオイル?であえたものです。いかくんを料理に使うのにびっくりして、しかも超簡単でとっても美味しいんです!まやはツアーに行ったときなども、スーパーで安くて美味しくてホテルで食べれるものを見つけてくる天才で、よく一緒にスーパーに行って、まやのかごに入ってる物を見てそれどこにあったの?!って聞きます(笑)」

 *おおっと、「いかくん」ですか?…それ、「さかなクン」とは違う感じで、いかの燻製のことですよね。(…って、間違う筈ないか。)いかにも(…って、クドい(笑))ハイブリッドな料理ですね、西澤さん。三好さんとは路線が違う。でも、「天才」と評されたスーパーでのお買い物も含めて、西澤さんのキャラが見えてくるような逸話には、前回、西澤さんが紹介してくれた三好さんの「無限にんじん」と併せて、料理面でインスパイアし合っているふたりの構図も見えてきて、この「沼」にもハマってみてよかったなと思いました。三好さん、諸々、どうもご馳走様でした。

今回も締め括りに、三好さんからのメッセージをご紹介しましょう。

サポーターズの皆さまへのメッセージ

「いつも私達の活動を支えてくださり、ありがとうございます。また次の公演をお見せできる日まで、皆様も、私達も、健康で安全な日々を過ごせますように願っています!」

さあ、そんな「次の公演」は埼玉での公演。今回、本公演として「初演」となるNoism版『春の祭典』では、井関さんに続いて2番目に姿を現すのが三好さんです。彼女を含めて、全員が渾身の舞踊で魅了する舞台は映像舞踊を含めて4演目。もう超豪華ですから、どうぞお楽しみに。

本日はここまで。今回もお相手はshinでした。では、また。

(shin)

『春の祭典』、感動の新潟公演楽日の締めは金森さん相手のサプライズ♪

*この度の東海や関東を襲った豪雨とそれに伴う水の被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。

2021年7月4日(日)、『春の祭典』本公演の新潟楽日は舞踊家たちの入魂の熱演により、本当に感動的な舞台を観ることが出来ました。

バルコニー席にも一部、観客を入れるなど、この日の劇場はほぼ満席。埋め尽くされた客席から湧き上がる感動を伝える拍手は音量が違っていました。発声が止められているなら、もう本気で叩くしかありませんものね。そして、本気で叩かなければ済まないような舞台が続いたのですから、当然と言えば当然だった訳ですが。

新潟での全3公演をすべて観たのですが、この日は、新潟での見納めという思いを抜きにしても、どの演目も、その演目の持ち味が際立つ見事な舞踊が展開され、それを見逃すまいと目を皿にして見詰めるうちに、涙腺が決壊しそうになったり、鳥肌が立ったり、気持ちを煽られたりと大忙しで、感情の振り幅の大きさに身を浸し、その時間を堪能しました。

ここからはタイトルに含ませた金森さん相手のサプライズについて書くことに致します。この日の観客は劇場に足を踏み入れた時点で、全員ある計画の「共犯者」となり、その時を待っていたことになります。正確には、入場時、手渡されたプログラム、チラシの束の、その一番上に一枚、見慣れない「紫」の紙片を目にしたときからです。

「紫」色の紙片は「confidential(極秘)」
(「紫」の再現性がいまいちでスミマセン。)

「黒幕」は紛れもなく芸術副監督。知らないのは金森さんただひとりらしく、みんなが「ぐる」という「ミッション」は、もう完全な「うっしっし」状態で、心が躍りました。

そして、やがて、最後の演目『春の祭典』が客席を大きな感動に包んで、その幕が下りる時が来ます。客席からは、いつもの如く、否、いつも以上に大きな拍手とスタンディングオベーションが舞台に贈られました。とりあえず、新潟の3公演を踊り終えた舞踊家たちは前日までとは違ったリラックスした表情を浮かべています。その列に金森さんと井本さんが加わるのもこれまで通りです。もう会場中の誰もが笑顔で手を叩いている図になり、カーテンコールが繰り返されていきます。その笑顔はいつしか、「へまをしてはいけない」と自らに言い聞かせつつ、今か今かと「実行」の合図を待つ「ほくそ笑み」の要素が大きくなっていった筈です。たったひとりを除いて。

あれは何という曲なのでしょう、遂に、祝祭感に満ちた晴れやかな音楽が流れてきました。観客は一斉に「紫」の紙を掲げ、舞台上の舞踊家は金森さんの方に向き直っての拍手に変わり、場内の全員による紫綬褒章受章を祝う時間となりました。全ての視線は金森さんひとりに集中します。上方からはキラキラした紙片が舞い落ちてきます。場内の誰もがそれ迄に倍する笑顔に変わりました。事態が飲み込めず、キョトンとし、いつになくキョロキョロするたったひとりを除いて。

「6歳で踊り始めた穣さん、46歳で紫綬褒章受章。おめでとうございます」マイクを握った井関さんから、コロナ禍で授章式が中止となった状況下、「みんなでお祝いを」と、このサプライズの趣旨が話されたのですが、さすがは「大人の事情」に強い井関さん、一緒に暮らしていても感づかれたりすることなしにこの時を迎えられたようです。

『Fratres』のように容赦なくではありませんが、キラキラする紙片が舞い落ち続けるなか、『春の祭典』第一部後半のようにメンズとガールズに分かれた舞踊家たち。メンズが金森さんの長躯を掲げて、その下で騎馬を組むと、舞台シモ手袖からはNoism2リハーサル監督・浅海侑加さんを担ぐガールズの騎馬が登場。浅海さんの両手には大きな花束が抱えられていて、大喝采のなか、金森さんに贈られました。

「こんなの、Noismを17年間引っ張ってきて初めて」、更に「一生の思い出になりました。その思い出を多くの皆さんと共有できて本当に幸せです。…このような大変な時期に、こんなにも劇場に来て貰って」と感謝の言葉を口にした金森さん。その場の雰囲気を「引退式みたい」と表したときには、会場中から大きな笑い声があがり、すかさず、「まだまだ踊りたいですし…」と続けると、更に万雷の拍手が贈られました。観客もひとり残らず、この「サプライズ」に加われたことを喜んだ筈です。

豪華4演目と、その後、コンプリートしたミッションに、劇場はこの上ないくらいの幸福な一体感に包まれていました。お陰で、通常なら、楽日の終演後には必ず抱く「Noismロス」とも無縁で帰路につくことができた程です。この日の観客も一生、このお祝いのことは忘れないだろう、そんな確信をもってりゅーとぴあを後にしたような次第です。

さあ、『春の祭典』本公演、次は7月下旬の埼玉公演(7/23~25)、札幌公演(7/31)です。同地のお客様、感動の4演目、満を持して登場です。期待MAXで、今暫くお待ちください。

(shin)

『春の祭典』完成形に新たに照明が追加され、見違えた新潟公演中日に思う

2021年7月3日、前日の衝撃の余韻を完全には鎮めきれないままの土曜日。気を許すと、口をついて出てくるのは、「いやぁ、凄かった」みたいな断片的な語彙のみで、それというのも、昨年のプレビュー公演で観ていたものとは迫力、訴求力に格段の違いがある『春の祭典』完成形を目にし、打ちのめされていたことによるものでした。で、連れ合いやNoism仲間には、戯れに、或いは、少しは気の利いたジョークのつもりで、「金森さん、また何か変えてきたりしてね」など軽口を叩きながら、新潟公演中日の公演を待っていたのでした。

開演前のホワイエでは、久し振りに見掛ける知人、友人のところに寄って行って挨拶を済ますと、その後、「凄かったですよ、昨日」など、いったい何人に言ったことでしょう。そう口にすることで、自らの期待値のハードルを上げていることも自覚しています。初めてでも、そうでなくても、金森さんとNoismの舞台に向き合うとき、油断などゆめゆめ許されることではないのです。常に「超えてくる」希有な存在なのですから。

そして、果たしてこの日も金森さんは『春の祭典』で仕掛けてきていました。前日とは明らかに違っていたのは照明でした。ある箇所に追加された照明は禍々しさたっぷりの色味で、一目見ただけで不安感を掻き立てられ、すっかり目に焼き付いてしまって、うなされそうなほどのインパクトを有していました。改めて、「追い求める人」金森さんに「これでよし」はないのだと念押しされたような塩梅でした。

そうした、終わりのない「改変」の可能性も含めて、複数回の鑑賞に耐える、否、一回では把握しきれない深み、或いは豊穣さ、それがNoism公演の魅力のひとつであることに異を唱える人はいないでしょう。要は、Noismに対して自分の人生からどれだけの時間を割り当てるか、ということに収斂する、生き方の選択(という表現が大袈裟に過ぎると言うのなら、時間の使い方)の問題なのです。深く、豊穣な芸術を相手にするのなら、たとえ一度の機会でも心に大きな何かが残ることは間違いありません。でも、そこからまた、何回でも浸りたくなって、自らの有限な時間を費やすことで、その都度、生々しい体験が約束されるのが芸術、それも優れた芸術なのではなかったでしょうか。(自らの人生からいくばくかの時間を削り出して、それを芸術に委ね、そのリターン大なるを期待して、裏切られず、豊かな時間を過ごし得ること。)Noismはその点で、間違いなく、そうした美質を備えた舞踊団なのだと言い切りたいと思います。新潟中日の公演でもまざまざ実感させられた事柄でした。

前日は3列目(最前列)中央の席から、この日は11列目中央から観たのですが、見え方の違いを堪能できました。複数回観るのでしたら、席を変えて観るのが良いですよね。楽しみ方が変わります。

で、この日も、最後のカーテンコール時、前日同様、金森さんと井本さんが加わった舞踊家たちに、割れんばかりの拍手とスタンディングオベーションが贈られ、舞台上からも客席に向けて拍手で応じる場面に出会えました。

有難いことに、明日、新潟公演楽日も観ることができそうです。ですから、今から、明日は何を発見できるだろうかと胸は大いに高鳴るのですが、同時に、もう既に、(一足も二足も早く、)明日を観終えて後の「Noismロス」も予感しちゃったりして、何やら複雑な心持ちに傾き始めたりもしています。まだ明日の公演があるというのに…。げにNoism、まったく困った存在なのです。

さあ、新潟公演も残すはあと1日のみ。まだご覧になってない方も、既にご覧になった方も、こぞって劇場へ!明日の皆さんの時間を費やす価値MAXの舞台がご覧になれますから。

(shin)

名作と話題作と感動作に衝撃作!待ちに待った『春の祭典』本公演は驚きの超弩級!

2021年7月2日(金)の新潟市は実に蒸し暑い一日でした。

6F旬彩柳葉亭から窓外を望む

りゅーとぴあに運ぶ私たちの心も待ちに待った期待値の高さから更に熱かった訳ですが、それを更に更に超えていってしまったのが、この日の『春の祭典』本公演初日の舞台。結論、もう、金森穣とNoism Company Niigata、ホントに恐るべしです。

もう既に、何も書かぬままに、上に「結論」としてしまいましたが、それは本心。この超弩級の舞台を見せつけられてしまったら、それを語ろうにも、言葉など如何に陳腐で空疎なものにならざるを得ないか、そんな圧倒的な事実に直面する以外ないからです。

ネタバレはなしに書きますが、それを完全に徹底しようとするなら、演目の順序を告げる上の画像も本来、明かすべきではないのでしょう。馥郁たる「名作」の至芸に胸を焦がし、異色の「話題作」の細部に見入り、崇高な「感動作」に涙腺を直撃され、ストラヴィンスキーがリアルに降臨したかのような「衝撃作」に組み伏せられる超弩級のプログラム。4作品の折り紙付きの素晴らしさのみならず、その「繋ぎ」の見事さにまで息を呑むことになるのは金森さんの美意識あればこそ。待っていました、劇場が産み落とすこの非日常の豊かさ。瞬きするのも惜しいほど、一瞬たりとも無駄にしたくない濃密な時間…。

…観ているあいだ、こちらの身体も途方もなく火照り、奇妙に汗ばんだことも書き記しておきます。

そして、最後の演目『春の祭典』が終わったとき、舞台上で、肩を上下させながら、大きく口を開けて、最大限、息を吸い込もうとする舞踊家たちの例外なく苦しそうな顔、また顔。観客の視線の「生け贄」と化し、全てを振り絞って踊った者たちにとっては、劇場内に響き渡る拍手が如何に大きかろうと、耳がそれを受容する以前に、身体は正直で、まずは酸素を欲しないではいられない、そんな感じが伝わる険しい表情たち。その苦悶が舞踊家の渾身を雄弁に物語り、拍手は更に大きなものになっていきます。やがて、ひとりまたひとりと漸くにして表情が緩み、そうしてカーテンコールを繰り返すうち、舞踊家たちの列に笑顔の金森さんが加わった訳ですから、スタンディングオベーションの波が広がっていったことに何の不思議さもあろう筈がありません。いつしか、踊った者と見詰めた者の間に一体感が生まれ、舞踊家たちも客席に向けて拍手を返してくれたとき、初日の多幸感は頂点に達しました…。

とにかく物凄い舞台です。浸って観ているあいだも、観終えてからも、私(たち)は劇場が提供するこんな非日常を待っていたのだと実感できました。その実感、今度はあなたも♪

ストラヴィンスキー没後50年 Noism0+Noism1+Noism2 『春の祭典』、この上なく贅沢で、もう「必見」以外の何物でもありません!

(shin)

「金森さん、マジすか!?」衝撃の『春の祭典』活動支援会員対象公開リハーサル!

2021年6月26日(土)の新潟市は日差しが強く、気温も上昇し、梅雨などどこへやら、もう「夏」の到来を思わせるような一日でした。

蒼天の下のりゅーとぴあ屋上庭園

行ってきました、活動支援会員対象の公開リハーサル。入場時間14:30を念頭にりゅーとぴあの劇場入口付近へ。やがて、「暑いですね」「ホントに」そんなふうに言いながら、いつもの面々が、気温以上の期待の高まりをその身体から発散させつつ集まってきます。

この日の公開リハーサル、予定された時間は15時から16時までの1時間。そうなると、「尺」からいっても『春の祭典』を見せて貰うことになりそうなのは確実。先日のメディア向け公開リハーサル後の囲み取材で、金森さんは「作品の終わらせ方が変わりました」と言っていたことを受けて、「でも、さすがにラストは見せないですよね。『ハイ、今日はここまで』って」「ですよね。こちらも本番で観るのを楽しみにしていたいし」そんな会話を交わしながら、ドキドキしながら入場の案内を待ちました。

この日も2階席から見せて貰ったのですが、遠目から、まず、一目見て感じた「ん、違う?」横一直線に並べられた21脚の椅子の見え方が今までと違っています。少しして違っている点に気付きました。そういえば、2日前の取材時に「ここから美術的にも変わったりする」って言ってましたっけ、金森さん。

そして15時。なんの前触れもなく、舞台下手袖から井関さんが姿を現しました。この日は2日前と違って、マスクなし。もう本番モードの21人。そこに血潮をたぎらすようなストラヴィンスキーによる圧倒的な楽音が降ってくると、上からも扇情的な照明が落ちてきて、そこからはもう、瞬きするのも惜しいくらいの舞台が展開されていきました。その圧巻の密度たるや、リハーサルとは思えないほどでした。

そうして目を吸い付けられるようにして見詰めているあいだに、どんどんストラヴィンスキーの音楽は進行していきます。やがて、金森さんの「ストップ!」がかかるまでと…。

しかし、しかし、しか~し、いつもの席に座る金森さんからは止めようという気配は微塵も感じられません。やがて、「これは最後までいくな」そう思うようになり、その通り、コロナ禍の状況が「必然」と感じさせた新しい「ラスト」まで観てしまうことになるのです。ホント、予期せぬ「マジすか!?」的展開には驚くほかありませんでした。

ですが、すぐ、こうも思いました。「ラストを観ていようが、いまいが、大した差はない。ただ実演の精度を上げるのみ。そう金森さんは考えているのだ」と。太っ腹というか、肝が据わっているというか、恐るべし金森さん。

もともと昨年、プレビュー公演を経ているのであってみれば、本来、今年の本公演は「再演」にも似た位置付け(*註)だった訳ですし、「ラスト」に至るまでの一瞬一瞬、21人の舞踊家の身体が切り出す「刹那」の美を見詰めてきた目にとって、「ラスト」がどうかなど、占める比重もさしたるものではあるまいと。それどころか、この日、「ラスト」を観て、知ってしまってさえ、更に期待が募るのは、Noismがこれまで舞台上から見せてきてくれた「刹那」が真実なればこそ。もっと言えば、「ラスト」を観てしまったことで、金森さんの揺るぎない信念に触れ、身震いのようなものを感じた事実をこそ書き記しておかねばと思った次第です。常に「超えてくる」のが、金森さんとNoismですから。

*註:金森さんは自身のtwitterで、明確に「再演ではなく初演」と言い切っております。そうだとすれば、なおのこと、この日、惜しげもなく「ラスト」まで通して見せてくれたことの背景に作品全体を通しての強い自信を感じようというものです。

音楽が止んだとき、呆気にとられて、控えめな拍手しかできなかった私たちは口々に「凄い」と漏らすのみ。そのあちこちから聞こえる「凄い」という言葉を拾って、「凄いね」と当然のように笑む金森さん。「詰めるとこ、もうちょっと詰めて、言いたいところはこういうところなので…。ひとりでも多くの方に観て頂いて」と自信のほどを窺わせました。そして続けて、「今日(の公開リハ)は1時間でしたっけ。このあと、ダメ出しも観ていってください」とも。

そうして舞台上、様々な調整の様子を見詰めるうち、予定の16時を少し回った頃になり、スタッフから丁重に退席を促されると、舞台上の舞踊家たちが全員動きを止めて、こちらに向き直り、笑顔で私たちに視線を送ってくれているではありませんか。いやはや、何とも贅沢この上ない公開リハーサルでした。

そんな「完成形」のNoism版『春の祭典』を含む、全4作品を堪能できる贅沢すぎる公演は来週金曜日(7/2)から。圧倒的な舞台に完膚なきまでに蹂躙される準備を整えつつ待つのがよろしいかと。もう、「これ見逃したら後悔しますよ」レベルのもの凄さです。よいお席はお早めにお求め下さい。

(shin)

『春の祭典』メディア向け公開リハーサルに行ってきました♪

2021年6月24日(木)の新潟市は日差しも強く、天気予報が予期させた以上に夏っぽい趣の一日。13時からの『春の祭典』メディア向け公開リハーサルに臨むべく、正午前に職場から、充分エアコンを効かせた車でりゅーとぴあへと向かいました。

県内のテレビ局各社のカメラセッティングが済んだ後、劇場の中へと進みます。舞台上に「あの」白い衣裳を纏った舞踊家たちがそれぞれに動きの確認をしている様子が見えてきます。その足許、リノリウムの雰囲気が昨年のプレビュー公演時と違います。また、アクティングエリアを区切る正面奥と両側の幕も異なります。「これが完成形」、そう金森さんは説明してくれましたが、特に彩色が施されたリノリウムは多義的な美しさを放っていました。

予定通りの13時。一旦、緞帳が下り、その手前に一列に並んだ椅子に腰掛けようと、まず井関さんが下手側から登場し、リハーサルが始まりました。やがて、21人の舞踊家にストラヴィンスキーの楽音が重なり、冒頭からの約20分間を見せて貰いました。

その20分間だけに限っても、リノリウムや三方の幕の存在感によってプレビュー公演のときとは随分と違ったものになって見えた印象です。

「OK! OK! Thank you! ちょっと舞台前に集まって貰っていい?」

ちょうど場面転換のところに差し掛かったとき、「OK! OK! Thank you!」と金森さん。続けて、「ちょっと舞台前に集まって貰っていい?」と舞台上の舞踊家を集めて英語で話し始めました。時間にして約10分。距離がありましたので、聞き耳を立ててもほとんど聞こえませんでしたが、「emotional complexity(感情の複雑さ)」なる表現を始め、端々に、「emotion」「emotional」なる単語が使われていたことだけは耳に届きました。その後の囲み取材の際に質問も出ましたが、内容は「トップシークレット!(笑)」(金森さん)とのことでした。

そして13:30からはホワイエで、その金森さんの囲み取材でした。以下に金森さんの答えを中心にいくつか拾い上げてみます。

  • Noismオリジナルの『春の祭典』について:「『生け贄』のテーマ性がどう表現されるのか、現代社会に何を訴えかけるのか、どなたにも感じて頂ける作品になっている」
  • 定員100%での上演について:「ちょっと複雑。舞台人としては客席が埋まった熱気のある舞台で実演したいが、来場頂くお客様には心理的な負担をお掛けするので申し訳ない思いもある」
  • プレビュー公演時との違い:「そんなに変わってないですよ。リノリウムが変わっただけ。印象がだいぶ違う。一年間期間をおくことによってより必然性をもってしまった。昨年よりも作品が重みを表現しなければならない、その重みを感じている。…『最後』が変わりました。作品の終わらせ方が変わりました。あまりにも現実の世の中が大変だし、あまりにも困難なので、舞台芸術を通して、何を最後に届けるか。混沌とした精神の痙攣のような作品の最後、お客様に届けるメッセージは変わりましたね。それは必然だった。稽古していてこれは違うねって。…『希望』というのとはちょっと違う。ある種の『願い』とか、『祈り』みたいなものがどうしても加わらざるを得ないっていうか。『絶望』を『絶望』のまま提示するのはちょっと…、劇場の外が『絶望的』過ぎるっていうか…」
  • コロナ禍における芸術家:「世の中と劇場の中の問題をこれだけ考えたことはなかった。戦後世代ですから、ここまで世界的な事象を日常生活で経験したことがない。そのなかで芸術に問われる意義とか価値は違ってきている」
  • コロナ禍、Noismの『春の祭典』が観客に届けるもの:「難しいですね。…難しいな」(しばし考えた末に)「何を感じて欲しいか、…『力』かな。『生きる力』かもしれないね。価値観とか、思考の産物じゃなくって、『生きる』っていう強さ。『生きる』って何だろうとか。人は誰しも一人では生きていない。『他者と生きる』ってどういうことかっていうことかな。上手く言えないけど」

囲み取材を終えて…。劇場の外にあった当たり前の「日常」が歴史的にも数えるほどの暗澹たる「非日常」へと反転してしまっている現在、金森さんとNoismは如何なる劇場的な《真正》「非日常」を見せてくれるのか、金森さんの言葉を聞いて期待は否応なく募ることになりました。言い換えるなら、それは、来月(7月)、傷を負った私たちの心に届き、私たちを鼓舞する「ハレ」なる舞台が観られることを確信するに充分な時間でもありました。

新潟から始まる今観るべき舞台、ストラヴィンスキー没後50年 Noism0+Noism1+Noism2『春の祭典』。チケットは絶賛発売中です。よいお席はお早めにお求め下さい。来るべき夏、Noismが示す「春」から目が離せません。

(shin)

『BOLERO 2020』特別上映と井関さんのトークを堪能♪ (@新潟市民映画館シネ・ウインド)

汗ばむような晴天の2021年6月5日(土)、期せずして同様に「2020」なる年号をその冠に据えた、さるスポーツイヴェントへの灯火運搬継走が実施された新潟市。交通規制の影響やら駐車場の混雑やらがあると嫌だなと思い、早々に万代界隈に入って迎えた新潟市民映画館シネ・ウインドでのNoism映像舞踊『BOLERO 2020』特別上映プラス井関さんのトークイヴェント。さしたる混乱もなく移動できてホッといたしました。

全席完売のこの日、トークの司会を担当される久志田渉さん(さわさわ会副会長)の「混雑を避けるために早めに発券を済ませて下さい」の言葉に従ってチケットを手にして入場時間を待っていると、続々見知った顔がやって来て、シネ・ウインドがりゅーとぴあと化したかのようで、いつものミニシアターとは異なる雰囲気に包まれていきました。

予告編上映なしで、定刻の17:30に、徐々に館内が暗くなると、Noism映像舞踊『BOLERO 2020』の上映が始まりました。そこからの16分弱、これまで幾度となく様々な端末で覗き込むようにして観てきた映像舞踊が、映画館のスクリーンに投影されてみると、まるで新鮮な体験そのものであることに驚きました。大きく映る分、誰を観るか、どこに目をやるかを選択しながら意識的に観る感覚もこれまでにないものでした。また、終盤、モノクロも混じってくる箇所では『ニューシネマ・パラダイス』(ジュゼッペ・トルナトーレ)クライマックスのモンタージュシーンのような趣を感じたのですが、それもこの日の新たな肌合いでした。あくまで個人的な感想ですけど…。

ラヴェルが作り出す高揚感の極みのうちに、上映が終わると、大きな拍手が沸き起こり、それは途切れることなくエンドクレジットの最後まで続きました。個人的に、映画のスクリーンに向かって拍手したのは『シン・ゴジラ』(庵野秀明)の「発声可能上映」のとき以来2度目のことでしたが、そこは「りゅーとぴあ化」したシネ・ウインドですから当然と言えば当然ですよね。

で、終映後、ほどなくして井関さんのトークイヴェントに移行しました。

以下、久志田さんの仕切りで井関さんが語った内容を中心に紹介していこうと思います。

『BOLERO 2020』のクリエイション: コロナ禍の昨年のこの時期作っていた。『春の祭典』公演がキャンセルとなり、ポッカリ空いた時間。舞踊家には踊り続ける必要があり、忘れられたらおしまいという思いもあった。突然作ることになり、『春の祭典』と同時進行で、2週間くらいで仕上げたもの。金森さんは数年前から「ボレロ、ボレロ」と言っていたこともあって、ベジャール版はあまり意識することもなかった。当初からそこにカメラがあり、他者の視線の象徴としてカメラは必然だった。

『BOLERO 2020』の撮影: 当初はメンバーの自宅で撮影する案だったが、メンバーが強く拒否。なかには「東京に住んでいます」などと見え透いた嘘をつく者(「香港人」!)まで出るほど。(笑)で、SWEET HOME STORE TOYANO店の協力を得て、撮影できることになったが、撮影できるのは定休日の1日かぎり。それも窓外からの自然光が変わってしまう19時には撮了する必要があった。9時に井関さんの撮影から始まり、一人あたりMAX45分でいかないと12人は撮れないタイトさ。みんな本当にパニックで、祈るような気持ちだったが、撮影を終えたメンバーがカメラの後ろでカウントを打したり協力して一発撮りを乗り切った。編集(遠藤龍さん)も大変だった筈。細かく音を覚えている必要があり、「第2のダンサー」と言える。

『BOLERO 2020』がもつ別の可能性: いつか生で観て欲しい。映っていないところでやっていることもあるので、一人ひとり全ての映像も観て欲しい。「きっと生でも…」、意味深な様子で大きく眉を動かしながらそう繰り返した井関さん。スタジオでも全員一緒に踊ったことがあるのだそうです。興味を掻き立てられずにはいられませんよね。

芸術選奨、「新潟発の舞踊家」: (受賞の感想を求められ、)遠い昔のような…。でも、びっくりした。こういうニュースって、何も考えていないぼーっとしている時に来るんだなと思った。故郷の高知にいたのが16年に対して、新潟で暮らし始めて17年。新潟という地方での活動を日本の舞台芸術の方々が「新潟発の舞踊家」と評価してくれたことが嬉しかった。この街、この舞踊団がなかったら、私はどこにいたんだろうと思う。このコロナの状況下、東京の舞踊家もウーバーイーツで食いつなぎ、踊るどころじゃないなか、改めて、専属舞踊団の意義を強く感じる。新潟の時間と場所が与えられていることから、言い訳は出来ない、最高のものを見せなければならない。

Noismのこれから: ①「『春の祭典』は研ぎ澄ますだけでなく、何か変わってくると思います」と井関さん。リハーサルでもカウントが変わっているし、細部の変化も20数人が合わさると大きな変化になる。「サプライズ・ヴァージョンです」と笑う井関さん。

②(Noismの精力的な活動予定に関して)「もっとあります。大人の事情で言えないんだけど、いっぱいあるんです」と微笑んだ井関さん。

③『夏の名残のバラ』は、金森さんが自身、「初の映像監督作品」とも位置づける作品。井関さん的には、4人と踊っているような作品で、その4人とは、山田さん、カメラさん、コードさん、枯れ葉さん。見た目の印象とは異なり、実に実験的な作品でもある。

映画館、そして劇場: 見知らぬ人と一緒に観る体験。その場所に行かないと味わえないエネルギーの通い合いがある。自由に非日常に触れることが出来るようになって欲しい。

…ここには書き切れないほど、多彩な内容が語られた充実のトークイヴェントも、やがて終わりの時間を迎えると、館内に再び大きな拍手が谺しました。

その後、ロビーでの井関さん関連書籍の販売に際して、サイン会も行われる由。私も「Noism井関佐和子 未知なる道」(平凡社)を改めて一冊求め、井関さんと金森さんおふたりにサインをして頂きました。

そして一緒に写真を撮って頂けないかとお願いすると、金森さんから「勿論」と快諾を頂き、そこからはもう入れ替わり立ち替わり、大撮影会の風情に。シネ・ウインドの入口付近は大盛り上がりを見せ、金森さんも「記者会見?」と笑うほど。これはもう嬉し過ぎる余禄♪そこで撮った写真のなかから数枚ご紹介します。

さて、もう残り一ヶ月を切った7月2日(金)に『春の祭典』りゅーとぴあ公演の幕が上がります。この日のトークでその日までのカウントダウン感も大きなものになりましたが、まずは、それまでにもっともっと映像舞踊『BOLERO 2020』を観倒したくなったような次第です。そんな人、私だけではない筈。こちらのリンクもご利用下さい。

『BOLERO 2020』特別上映レポートはここまでと致しますが、もう一枚、画像の追加です。司会を担当した久志田さん、司会のみならず、準備から大忙し、もう八面六臂の大活躍でしたので、その労を労いたく、こんな一枚を。久志田さん、色々ご苦労様でした。そして中身の濃い時間をどうも有難うございました。m(_ _)m

渾身の墨書!

また、『BOLERO 2020』に関しましては、当ブログ中、以下の記事も併せてご覧頂けましたら幸いです。

それでは。

(shin)