「黒部シアター春2026」、圧倒的な舞台に酔いしれた小一時間(2026/05/30)

5月というのに、季節外れの「夏」を思わせるような陽光降り注ぐ2026年5月30日(土)、その宵の「黒部シアター2026」前沢ガーデン屋外ステージで上演される『Zodiac 1~5』+改訂版『春の祭典』を観るために、朝、高速に乗って新潟市から富山県を目指しました。それは本当にカーエアコンが有難いドライヴでした。

この前沢ガーデン屋外ステージでのNoism Company Niigataは、これまで『セレネ、あるいはマレビトの歌』(2023)、『セレネ、あるいは黄昏の歌』(2024)、そして『めまい-死者の中から』(2025)と観続けてきていましたから、ここが他と違う特別な舞台であることは予め充分に知っており、そのワクワク感には半端ないものがありました。

また、今回は、悪天候や日没後の低気温に嬲られる心配もなさそうと思える予報が出ていたことで、初めて軽装備での現地入りが出来ました。

先ずはチケット片手に前沢ガーデンの総合受付に行き、16:30からの「整理番号」配布に臨みました。この日の配布は予定を少し早めて、16:20頃から始まったでしょうか。手にした「整理番号」は8番・9番。車を宮野運動公園駐車場に置いてから17:15発の(無料)シャトルバスで再び前沢ガーデンに向かいました。

そしてガーデンハウス内でサポーターズ仲間と合流して話をして過ごしていると、金森さんが通りかかったので、みんなで手を振ると、笑顔で手を振り返してくださいました。その後、金森さんは、今回の公演で登場する椅子をデザインした須永檀さんと話しておられました。(下の画像の1枚に写り込む金森さんと須永さん、わかりますか。)

整列時間(18:40)が近付き、見事な芝の斜面へ。空には移ろい表情を変える雲、そしてこれから向かう屋外ステージの方向にはうっすら茜色。このランドスケープに趣を添えてくれていて、この日の特別感は弥(いや)増す一方です。

是非とも座りたかった最前列に腰をかけて、開演を待ちます。円形舞台上に12客の椅子、12人の出演者、「Zodiac(黄道十二宮)」、…。これに先立つ公開リハーサルを見ていない者に降り注ぐ様々な「12」たち。そのときです。「あっ!」「えっ?」、その目に飛び込んできた「13?」。それは円形の舞台奥、等間隔に立てられた細い金属のトーチとそこに揺れる炎でした。確かに13本です、何度数えても、それだけ13。「えっ?」そんな疑問を抱えつつ…。

客席の誰もが、屋外にて、「自然」の掌(たなごころ)の中にあり、「人為」を離れた感覚にあったのでしょう。18:59が19:00になっていたことに気付くことのないまま、未だざわつきやガサゴソが残るなか、「自然」の連続性に、不連続な時間という「人為」が重ね書きされ、定刻19:00、井関さんが下手(しもて)側からゆっくりゆっくり舞台上に歩を進めてきます。開演のベルはありません。やや遅れてその姿に気付いた客席は静まり返っていきます。しかし、そこは「自然」の屋外、夕暮れに烏でしょうか、微かに鳴く声などは時を選びませんし、舞台を照らす足許すぐ脇の照明に集まってきては自ら身を焦がしてしまう虫たちのにおいもあります。そんななか、やはり刻々暗さを増していく「自然」の「照明」には有無を言わせないものがあります。やはり特別な舞台なのです。

この日、私にとって、初めてにして、最後(?)の『Zodiac 1~5』。5月30日ですから「双子座」にあたるこの日に観た「山羊座」「水瓶座」「魚座」「牡羊座」、そして「牡牛座」。(天文についても、ギリシャ神話についても、)浅学ですので、ただ見詰めるのみでしたが、様々な要素が盛り込まれた導入部は、私にとって「この日限り」でしたので、見逃してはならぬとやや落ち着きなく観ていたように思います。金森さんの懐の深さに圧倒されながら、もっと深い見方が出来るように、もっと色々知りたいという気持ちになりました。そしてそれは金森さんが生み出す作品の大きな魅力のひとつであることは間違いないことです。極めて良質な刺激に満ちている訳です。

そして舞台はそのまま、改訂版の『春の祭典』に移行していきます。公開リハーサルをご覧になったfullmoonさんが書いておられたように、今回の『春の祭典』は、テーマは変わらずとも、これまでのものとかなり異なっており、更に表現が磨かれ、彫琢が施された感が強くするものに仕上がっています。しかしながら、私たちには、どこからどこまでが「黒部シアター仕様」なのかはわかりませんし、6月~7月の公演時には、また違ったものが観られることでしょう。実に贅沢なことと言えます。

しかし、何を措いても、この日、私が感じたことは、「自然」と「人為」に尽きます。「黒部シアター」で上演される金森さんの作品にあっては、「獣性」が迸る瞬間が強く印象に残り、裏返せば、その点で、「聖性」も立ち上がってくる構造があると言えるかと思いますが、この日、前沢ガーデンの屋外円形ステージという、まさに「自然」と「人為」がせめぎ合う、或いは拮抗する舞台において、私には「獣性」と「聖性」とが1ミリも相反せず、同居するのが「自然」、それを二分せずにはいられないのが「人為」という感覚に強烈に襲われたのでした。

金森さんの演出振付のもと、12人の舞踊家が示した舞踊への発火せんばかりの献身。その周囲に圧倒的な趣で目に飛び込んでくるランドスケープ。目撃したのは「人為」と「自然」が高い次元で両立し得た小一時間。どちらも本物ゆえ、見詰める私たちの身体も熱を帯びてくるばかりです。更にストラヴィンスキーの楽曲にも煽られている訳ですし、熱くならない訳がありません。そう、この体感、これも本物としか言えません。

この『春の祭典』、「黒部シアター仕様」のラストシーンについては、恐らく誰もが想像する通りのものであるでしょうが、その味わい深さには想像を絶するものがあります。これこそ観る他にないもの、観る価値があるものと断言致します。見詰める誰にとっても、至福以外の何物でもない「とき」が訪れることでしょう。

「自然」の照明は既になく、「人為」の照明が残るなか、大いに満たされた気持ちで振り返り振り返りつつ、バスに乗ろうと歩を進めていたとき、煌めく綺麗な星は見ましたが、「セレネ」の舞台であったというのに、その場で月を確認しなかったのは不覚でした。
この日はほぼ満月の「小望月(こもちづき)」という月らしく、後刻、新潟へ帰る高速道路のサービスエリアで遅まきながら見上げました。で、正真正銘の「満月」は5月31日とのこと。更に、更に、それ、調べてみると、「ブルームーン」といって、2~3年に一度しかない、一ヶ月のなかで2度目に見られる「満月」とのこと!で、その「ブルー」というのは、色のことではなく、英語の慣用句「Once in a blue moon(極めて稀なこと、ごく稀に)」に由来するもので、「滅多に見られない特別な満月」らしいです。「金森さん、やはり凄い!」としか。

あっ、ここに至って、蛇足をひとつだけ。上に書いたまま放置していた等間隔に立てられた炎揺らめく「13本」のトーチですが、なるほど、見方を変えると、「13」はそのままで「12」でもあったのだと気付くことになり、「さすが、金森さん!」と膝を打ったような次第です。
何を言っているのかって?はい、上演後、促されて舞台に立った金森さんの「(5/31は)まだ当日券はあるそうです。わかりにくいと言われる金森作品ですが、2回観るとわかるらしいです」との挨拶に繋げて、この日のレポートの締め括りとさせて貰います。
今宵、「ブルームーン」の満月のもと、前沢ガーデン屋外ステージにて、こちらも極めて稀なものと言えるNoism Company Niigataの舞台を是非ご堪能ください♪

(shin)

まさに我が意を得たり♪新潟日報紙5/27朝刊「日報抄」!

今週末、恒例となった富山の「黒部シアター」に招かれての『春の祭典』上演を控えるNoism Company Niigata。その「ホーム」新潟で、地元紙・新潟日報紙が2026年5月27日の朝刊「日報抄」にて、金森さんとNoismが新潟市で刻んで来た20年以上の時間について取り上げてくれました。新潟日報さん、有難うございます♪

朝早く、友人がLINEで知らせてくれて、先ずは急ぎデジタル版で確認、その後、紙面で再確認したような次第です。そして思った「我が意を得たり」、まさに♪

デジタル版はこちらからもどうぞ

冒頭、先日の東京バレエ団『かぐや姫』から始まり、来年のフランスはパリ・オペラ座での公演予定について触れられ、金森さんが「振付家として稀有な存在」であるとするバレエ関係者の言葉が引かれています。なんと誇らしいことでしょう♪とりわけ新潟市民にとって。まさにシビックプライドな訳です。

しかし、次の段落に入ると、そこから一転し、「新レジデンシャル制度」のもと、「後任次第で、ノイズムは新潟市での活動を終える可能性が高い」ことが紹介されます。

この度の「日報抄」、これまで、連載も挟んで、昨年末の金森さんの「退任意向」を報じて以来、精力的に記事を載せてきた新潟日報紙が、改めて新潟市民に向けて発した問いかけ、或いは問題提起の様相を帯びて締め括られていきます。ノイズムを「市が20年以上かけて育てた文化的財産」とし、「その実像を足元の市民が広く理解しないまま、手放すことになってもいいのだろうか」と。

恐らく、今週末には富山の観客を魅了し尽くすことに間違いはありませんし、来年には、国境を越えて、フランスの観客も度肝を抜かれることになるでしょう。しかるに、「足元の市民」は?その「理解」は?

嘆かわしいことに、日本初にして日本唯一の公共劇場専属舞踊団の「実像」を理解するための機会も既に限られている状況にあります。黒部まで赴ける方は今週末、万難を排して是非!それが叶わない方は来月末の『私は海をだきしめていたい』+改訂版『春の祭典』公演(新潟・埼玉)に駆け付けて、改めてNoismの舞踊を目撃してください。そして、自分の目で他に類のない「実像」を確かめて欲しいものです。

私はNoismを抱きしめていたい、です。

(shin)

金森さんが「X」とインスタで嬉しい【ご報告】♪

2026年5月19日(火)の夕刻になって、金森さんからSNSで発信された【ご報告】、Noismの今後について案じていた私たちにとって、とても嬉しいものでした。

先ずは、こちら、金森さんの「X」へのポストです。

そして全く同じ内容のものですが、インスタグラムへの投稿もどうぞ。

https://www.instagram.com/p/DYg3d-IuCZk/?igsh=OTdpajZlZTd0NDEw

「X」とインスタグラムとで、都合2回確かめたことになる訳ですから、身中に沸いたこの喜びに間違いない筈(笑)。金森さんが明言されたNoismの活動継続。リアル「喜びの舞」ものです♪

金森さんと井関さんが立ち上げた法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」、その「新しい船」による希望の船出となる訳ですよね。

その来年8月以降のNoismの活動についても、「NEMUSPORTA」についてもまだまだ詳細は伝わってきていませんけれど、絶えず舞踊への献身のみを志し、止まることを知らず、信じる道を往く金森さんは、私たちをまだ見ぬ景色に連れて行ってくれることに間違いありません。それはそのまま私たちの希望以外の何物でもありません。私たちとしましては、これからもずっと「静かに熱く見守り応援する」の一択ですね♪

この【ご報告】に接してのち、昨年末からずっと続いていた憤りに満ちた重苦しい時間とは異質の時間に浸れています。何はともあれ、今夜は「静かに熱く」祝杯ですかね。

(shin)

【怒髪天の超速報】えっ!何だって!最低だな、財団も新潟市も!(絶句)

2026年5月13日(水)の宵、金森さんの「X」からそれを知ることになりました。

そして井関さんも「X」で。

そして伝えられた内容がこれです。おまけに「Noism Company Niigata事業」も終了とは!

「芸術監督の公募について」

令和元年の「劇場専属舞踊団検証会議(第2回)」にあった、次の文言はどうなったのか?

 >やめるとしても喧嘩別れにならないようシナリオプランニングが必要。

テキトー過ぎるぞ、新潟市! 金森さんも井関さんもメンバー・スタッフも同じ新潟市民じゃないか! リスペクトはないのか! 誠実さなど微塵も感じられない極めて強権的なやり口! もう「文化創造都市」なんて名乗らせないぞ!

怒髪天を衝く怒りに震えています。こんな呆れかえるくらい恥ずべきやり口!最低だな、財団も新潟市も(怒)。…絶句…

皆さまのお声、お寄せいただけたらと思います。

(shin)

「金森穣 芸術監督退任について 市民向け説明会」(5/9)、そこにいたのは紛れもなく余人をもって代え難い芸術監督その人…

朝早くから物凄い強風が吹き荒れた新潟市の5月9日(土)、昨年末の「退任意向」に始まる疾風怒濤のような日々について、金森さんが「市民向け説明会」を開き、「質問されれば何でも答えるつもり」と伝えられていた通り、長時間にわたり、私たちからの質問その一つひとつに、この上なく丁寧、かつ極めて明快に答えてくださいました。

私自身、憤りや腹立たしさ、虚しさなどが入り混じった気持ちで、りゅーとぴあ〈スタジオB〉に向かっていたとき、金森さんもそうしたモードで相対するものとばかり思っておりましたが、さにあらず、金森さんの表情はいたって穏やかだったことに先ず驚きを禁じられませんでした。(当然、強い憤りはありながらも。)

更に、金森さんの口からは何度も何度も、「まだ諦めていない」「未来は誰にもわからない」「新潟からこの国を変える」の言葉が発せられることになるのですが、この日、それをあの落ち着いた声音で聞く私たちの目の前にいたのは、紛れもなく余人をもって代え難い稀代の芸術監督その人だったと言い切りましょう。金森さんがNoism 22年間の歩みのその先に目にしていたもの、或いは金森さんを内面から突き動かすもの、それは新潟市とこの国の文化政策のビジョンに他ならなかったからです。「こんなに立派で尊敬出来る人っている?」自分の生き方を問われているようにも感じられたほどです。

第一部「一問一答」(13:00~16:00)、第二部「座談会」(17:00~20:25、途中に10分休憩一度)、その長丁場を詳細にわたってお伝えするのは私の手に余りますので、金森さんからのご回答を中心に、ごくごくかいつまんでご紹介したいと思います。
(あれがない、これも抜けている、そんなことになるでしょうが、何卒ご容赦願います。)
(また、第一部に関しましては、後日、編集したものが配信される予定とのことでしたので、そちら、お待ちください。)

*第一部「一問一答」(13:00~16:00)

〇昨年末に退任の申し出が受理された。Noismの今後については、未だ結論は出ていないが、金森さんとの「協議は終了」(財団)とのことで、このような場を設けた。
●新潟市に22年間、人生で一番長く住んできた場所。コンテンポラリーダンスの拠点になった。他から声がかかっていたり、他に行く場所がある訳ではなく、正直、来年の夏以降、どうしようという不安は強いが、新潟市から、(それが無理なら、新潟県から)この国の劇場文化を変えていきたいとの思いは変わらない。
〇「Noism」という名称は、2004年に芸術監督となることが決まり、新潟に向う新幹線に乗る前の東京駅で、「やばい、名称決めてない」となり、「No – ism」だからと勝手につけた名前。それが今はどういう扱いになっているのか、AIに訊いてみたら、「りゅーとぴあが登記している」とのことだったが、調べてみるとそんなことはなく、AIが嘘をついたとわかり、AIは怖いなぁ、と。
次の芸術監督がどう考えるか次第だが、名称は変えるのではないか。
●未だ道半ばで、やり遂げてはいない。変革を要求し、自らのクビを賭けて、未来のために訴えるべきと思った。諦めたのではない。ここから未来を変えていくために。
芸術監督は他の人で構わない。今の体制(例えば、フリーランスで退職金もない契約スタッフ4人でまわしている現状)ではもう限界なので、変革を要求。諦めてこのまま飲んでいたら、この国の文化は終わってしまう。「日本初」の事例を失ってはならないし、新潟市は発信していって欲しい。
〇「芸術監督として井関さんを担ぐNoism」という提案に対する返答は未だにない。「飼い殺し」的な状況にあり、早く結論を出して欲しいところ。
●今回の件があり、色々な人が心配してくれている。また、ひとつの自治体で起きたことに対して、他の自治体が関わるのはタブーなのかなと学習した。
〇「専属」が表すところに関するなら、欧米に見られるような劇場専属舞踊団であったことは、この22年間、1日たりともなかった。価値あるものとして、広く喧伝出来るように中身を整えていきませんかと訴え続けてきたが。自分事として意識をもって関わって欲しいと思う。


●「新レジデンシャル制度」が始まるとき、Noismがなくなってしまう選択はなかったから、芸術監督を一期受けた。その後、繰り返し色々訴えてきたが、決まって「でも、あなた、それ飲みましたよね」と言われてきた。
わかってらっしゃらない方の判断で決まっていってしまうのもこの国の行政。
〇厳しい状況のなか、やりくりして頑張ってきて、成果を上げ、評価を得ると、要求したことは放っておかれることになる。
行政は「変える」ことが本当に苦手。それが出来るのは政治家、理解のある政治家しかいない。
●これを機にりゅーとぴあをどうしていくのか考えるべき。課せられる事業数は膨らむ一方で、現場は限界。みんなが注ぐ労力が如何に救われていくか、自分の判断に懸かっている。このまま続けちゃダメだ。何度も訴えてきて、変えられないんだったら、「もう少し頑張って」とは言えない。我慢にも限界がある。少しでも希望を持ちたい。「りゅーとぴあの中からじゃないかも?」と思っちゃう。これだけの覚悟を持っているんだからという訴えをする。
〇「一期5年で辞める」とは言っていたが、市の対応は予期していなかった。「ここまでやってきたのに、こんなふうに言われるんだ」とショックを受けた。未だ諦めてないので、ここ(新潟市)でのNoismなのかどうかはわからないが、一緒に活動していきたいという者と献身していく。しかし、目の前の人たちのためだけに闘っているのではない。まだ見たことのない者のために、志を共有して、未来を信じで闘うしかない。
●将来的には、新潟市に舞台芸術の拠点となる「舞台芸術センター」を作りたい。
〇この3月に一般社団法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」を設立。2~3年前から考えていたのだが、メンバー、スタッフの社会保障の問題を考えたときに、業務委託のかたちがとれないかと。劇場のなかで雇用されるかたちにはならなくなるので、ためらいもあったが、あらゆることに対応できるように、提案の可能性のひとつとして。
●「これでは続けられないから辞めます」と伝えたとき、財団から「秒で」感謝されたのはショックだった。「レガシー」とは何か?今の建付けで何が残せるのか?Noism 22年間の芸術創造の蓄積がなされているようには思えない。
〇「自分自身が生きている間に成し遂げられる夢なんて語っていない」(金森さん)

*第二部「座談会」(17:00~20:25、途中に10分休憩一度)

〇後に続く「専属舞踊団」が現れなかったことについて。
風の噂に聞こえてきたものがあったが、芸術家側でも生活保障を求めて闘う者少なかったのかなぁと。この環境の価値を理解して貰いたくて、初めのころはゲストを呼んだりもしていたのだけれど。「行政のおじさんと話すのは嫌」と言われたこともある。
●他館、他都市との連携について。
日本の行政の成り立ちからして、「縦割り」で、他の行政との関係はよくない。
〇芸術監督任期に上限を設定することについて。
5年や10年ではなく、もっと長い期間が必要。上限で切るのではなく、成果によるべき。ビジョンも明確でないなか、上限のみが設定されていることのあり得なさ。上限の根拠がない。
色々なことに腹が立っている。ちゃんと表に立って説明してください、と。
●「新レジデンシャル制度」について。
日本の新しい劇場文化政策になり得る筈。Noism云々を超えた、劇場の在り方の問題である。ビジョンが第一。それを明確にして欲しい。「金森穣」への依存度が高過ぎるとして、制度を作ったのに、「金森穣」が辞めるとNoismがなくなるのでは、それは依存の極みではないのか。
〇一般社団法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」について。
支援・理解・協賛してくれる企業に対しての受け皿ともなる法人と想定。文化庁からの助成金も引っ張ってくることも視野に。また、メンバーやスタッフを数人でも雇用できる。少しでも雇用形態を改善出来ればと思う。但し、法人と財団との関係性はまだまだ不透明。
●現状について。
「辞める」って言ったら、心配してくれる人が出てきたり、応援してくれる人がいたり。今日もこれだけ長い時間いてくれる。ひとりじゃないし、思いは届いている。こういう人たちがいてくれる限り、信じられる。価値と信じるものをどうやったらもっと多くの人たちと共有出来るかが、芸術創造における永遠の課題。
〇昨年末の「退任意向」表明について。
以前から「年内には判断を下します」とは伝えていた。ここまでのスピード感から、絶対に何も決まらず、進んでいかないのは分かっていたから。
現状、当事者の訴えを聞き入れて方針を変えるのは出来ないだろうことは分かっている。
4つの要求について。
それを一度に全部飲んで欲しい訳でもない。どれかひとつからでも、という思いだったが、(その伝え方も含めて)全部ダメとの答えだった。
〇5年や10年毎の交代について。
そんな短期間に変えていたら、世代間を超えた会話成り立たない。文化の価値とはそういうものではない。10年であげられる成果は、自分(金森さん)が考える成果ではない。

で、そろそろ最終盤というときになり、翌日、19歳になるという青年が挙手して、両親が22年前からずっとNoismを見続けていて、自分も未就学児童のときから連れて来られて、託児ルームで過ごすことから始まり、その後、Noismを見始め、最初はわからなかったし、何ならゲームをしている方が楽しかったりもしたが、2015年『箱入り娘』や『BOLERO』から惹かれたと話すと、会場から拍手が起こりました。それに対して、金森さんが、「わからないものに触れることは本当に大事なこと。自分も最初は劇場で寝ていた。でも、寝ていてもその空気感や何かを享受している。頭でわかることと体験することには大きな隔たりがある」と話した後に、「22年間が報われましたよ」と付け加えると、会場からは一層大きな拍手が湧くという心温まる場面があったことをお伝えし、拙いレポートの締め括りとします。

「座談会」の最後に至り、「財団から判断が下された際には、『第二弾』を持ちたい」との金森さんの言葉でこの日の長丁場もお開きとなりました。良き判断を喜び合う会になることを強く願ってその日を待ちたいと思います。

(shin)

金森さん✕東京バレエ団『かぐや姫』に魅了された5/5マチネ♪(@東京文化会館)

2026年5月5日(火祝)の朝、爽やかな快晴のもと、新潟を出発し、上野の東京文化会館まで金森さん✕東京バレエ団『かぐや姫』(マチネ)を観に行きました。

賑々しく「上野の森バレエホリデイ」(5/4〜6)が開催されている同会館は、これを以て休館に入るというそのタイミングで、『かぐや姫』が上演される訳です。特別感には半端ないものがあります。

その『かぐや姫』、年末にはイタリア、来年5月にはパリ・オペラ座で上演されることが決まっていますし、特別感も極まれりというものでしょう。ポスターにある「かぐや姫、世界を魅了す」な訳です。

この演目、月に還るかぐや姫をなす術なく見送ることにならざるを得ない人々同様、私と連れ合いにとって、伊太利亜や巴里は月ほどにも遠いため、「パリ・オペラ座公演記念応援シート」(5,000円)というお得なチケットを買って観に来たような次第でした。開演(13時)の「90分前」(11:30)に座席券と引き換えてから、フォレスティーユ精養軒で軽く食事をしながら、開場時間(12:20)を待ちました。

やがてその時間となり、入場口を目指していたところ、先刻、座席券に引き換えたNBS受付の後方、私たちふたりに笑顔で手を振ってくれる人影ふたつが目に飛び込んで来ます。先ず、連れ合いが気付き、「えっ!」と驚きの声をあげます。私も自分の目が信じられません。金森さんと井関さんではないですか!驚かずにいられる筈などありません。これ以上望むべくもない、嬉しい驚きでした。

そこから、公演パンフレットと(おふたりに遭遇することもあろうかと)持参した金森さんのご著書「闘う舞踊団」(「もうあんまり在庫も残ってないのに」と金森さん。「夕書房さんのオンラインショップで買いました」と私。)とにサインを頂くことが出来て、もう舞い上がりました、舞い上がりました♪

そんなこんなで開演時間を迎えた『かぐや姫』、もう気分アゲアゲで観始めると、そこからはもう、この「メイド・イン・ジャパン」の全幕バレエを前に、まさに魅了されっ放しで、作品の贅沢さを堪能させて貰いました。

有り余るほどの情感もたっぷり振り撒きながら、軽やかにしなやかに重力を不在にしてしまう、この世のものとは思えない秋山瑛さんに呆気にとられ、廣川玉枝さんデザインの特権的な「赤」を見事に纏う沖香菜子さんに息を呑んだほか、金森さんの十八番「黒衣」の振る舞いの得も言われぬ味わい深さ、Noismの劇的舞踊『ラ・バヤデール ― 幻の国』と呼び交わす場面に漲る情緒や、全編にぴったりと嵌まり、この作品の劇伴音楽かと思ってしまう程のドビュッシーの音楽、美し過ぎる極上の群舞と照明、幾重にも重なり合った孤独、浮き彫りとなる業。そしてすべてを包み込む透徹した美意識に貫かれた舞台。それらを見詰めて、心を震わせつつ酔いしれ、ため息をついた時間。もう贅沢以外の何物でもありません。

魅了され尽くした客席。広がっていくスタンディングオベーション、あちこちから聞こえる「ブラボー!」、カーテンコールは何度も何度も繰り返されました。

お得なお値段のチケットだったため、見切れる部分もありましたが、それを差し引いてもこの作品を再見出来たことは喜びでしたし、その素晴らしさに、世界が魅了されること間違いなしとの確信を強くしました。イタリア、そしてパリ・オペラ座でこの傑作と出会う人たちの反応など容易に想像出来るというものですが、それが実際にどう報じられることになるのか、楽しみに待つことにします。今から実に誇らしい限りです。

明日(5/6)ご覧になる方もどうぞお楽しみください。

(shin)

ウェブ「dancedition」連載「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(16)」も読み応えたっぷり♪

2026年4月30日(木)、ウェブ「dancedition」の連載企画は、先日の「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方」を挟んで、この日、「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(16)」をアップしました。

今回、井関さんによって語られたのは、『NINA-物質化する生け贄(ver.2017)』(初演:2008年2月7日(ver. black)・韓国・大邱、中国・杭州、香港、新潟、埼玉、中国・上海)と『The Dream of the Swan』(初演:2017年12月15日・新潟、埼玉、中国・上海)から。

『NINA』について、印象深いのは、作品が「再演のたび洗練されていくので、作品自体が多くのことを語り出す」の件(くだり)。そして「作品の方が先にいく」と続けられます。とすれば、「先入観がついてくる」のも必定。それを取り除くことが必要になるのですね。なるほど、なるほど。(←そのあたり、完全になど理解してはいないのでしょうが、それでも、ある程度の「なるほど」です。)実に深い中身が語られていますね。

更に、海外ツアー先、中国公演でのトラブルも。(また、そのあたり、「海外公演あるある」なのかもしれませんが、金森さんが「任期更新を固辞する理由」として公表したなかの4つ目「外部スタッフに依存しなければ継続できないレジデンシャル事業の問題」と関連する側面もあるのでしょうね。多面、折角の海外公演なのに、「外貨獲得」もままならないと金森さんがこぼしている側面もありますし。)

『NINA』のところで読み取れた「深さ」は、『The Dream of the Swan』について語るなかでも。金森さんのクリエイションに投影され、大きな影響を与える井関さんの様子や、「狂気」を踊ることの「危険性」とでも呼ぶべきもの、またここでも、何度も頷きながらの「なるほど」な訳です。
その『The Dream of the Swan』、YouTubeでトン・タッ・アンさんの音楽入り全編(13:45)を観ることが出来ます。こちらからどうぞ♪

次に初参加の〈上野の森バレエホリデイ2018〉での『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』(初演:2018年4月28日・東京文化会館小ホール)です。

師・ベジャールさんへの思いを込めた作品で、久し振りに踊る金森さんのこと。踊り手としての金森さんの本質と、それを見詰める井関さんの気持ちが語られていて、とても興味深く、読み応えのある箇所と言えます。

そこから、話は、これまで金森さんが舞台で「やらかした」あれやこれやへと縦横無尽に逸れていき、この連載中、他にないくらいにほっこり楽しい内容を読むことが出来ます。
(言及されている『あわ雪』に関しては、こちらのブログ記事もご覧頂けたらと思います。ご参考まで。)
で、微笑ましいそれらも全て、踊り手としての金森さんの本質に収斂するかたちで、連載の第16回は閉じられていきます。ここまでの数回に認められた尾を引く重苦しさとは無縁のうちに。

この「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(16)」もまさしく読み応えたっぷりです。いつもながら「必読!」と繰り返すのみです。

【追記】今回も、このあと、コメント欄を利用して、当時、サポーターズ会報宛てに、舞踊評論家の山野博大さんからご寄稿頂いたご批評(『NINA』と『The Dream of the Swan』、そして『Mirroring Memoriesーそれは尊き光のごとく』)2本ほか(PDFファイル)へのリンクを貼らせて頂くつもりです。是非、そちらもお読みください。

(shin)

新潟日報紙に「坂口安吾生誕120年」を祝う全面広告掲載さる。「共鳴する安吾とサティ」とNoism新作広告も♪

2026年4月24日(金)、新潟日報の朝刊、その25面に「坂口安吾生誕120年」を祝う全面広告が無事、掲載されました。その左肩部分に「共鳴する安吾とサティ」の文字があり、Noism0+Noism1坂口安吾生誕120年/エリック・サティ生誕160年「私は海をだきしめていたい」公演(同時上演・改訂版『春の祭典』)広告も♪

パチパチパチパチ!まずはその全面です。実におめでたい♪

そして次に、Noismの公演部分のクロースアップ♪井関さんと(恐らく)金森さん画像のかぐわしいコラージュからは、まさにサティの「ジムノペディ第1番」が聞こえてくるかのようです。(この「幻聴」、私がNHK「3マス」ピアノの放送以来、「60の手習い」でほぼ毎日、同曲の独習を続けているからではなく、明らかに、テレビでの同公演スポットCMの影響と考えます(笑)。嬉しさのあまり、のっけから脱線し、個人的な話をしてしまいました。失礼しました。)

更に、本ブログでも寄付のお願いをさせて頂いてましたので、今度は掲載されたご芳名部分です。臙脂バックに「新潟が生んだ文化を誇りに」、いいですね♪

ご協力、どうも有難うございました。本当に誇らしいですね、はい。

6月、7月の『私は海をだきしめていたい』+改訂版『春の祭典』という豪華な公演、新潟、埼玉ともチケット絶賛発売中です。よいお席はお早めに!

このところ、立て続けにメディアに登場している感のあるNoism Company Niigata。このブログでも、その話題をお届けする充実した日々になっています。

そしてこの日の全面広告を見て、一連の言葉たちがあたかも泡立つかのようにシンクロして浮かび上がってきます。「無頼派」、「マレビト」、「アウトサイダー」、「(音楽界の)異端児」、そして「東京の亜流になるな」。

金森さんとNoismの刻んで来た足跡に関して、今、思うところがあります。それを誤解を恐れず、ここで書いてみたいと思います。
2004年、何か未だ先の知れぬ運命が交錯し、謂わば「奇跡」的な出来事として、金森さんをりゅーとぴあ芸術監督に招聘することが選ばれ、この国で初めての公共劇場専属舞踊団がスタートしたとき、確かに私たちはそれを抱えることに決めた新潟市によって、Noismを与えて貰ったことは事実でしょう。しかし、その後、金森さんの傑出した芸術性とその惜しみない舞踊への献身によって産み落とされた舞台の素晴らしさを「発見」し続けてきたのは、他でもない私たち(新潟市民、及び観客)であって、私たちは今日に至るまでずっとNoismを「発見」し続けてきたのです。(そうした思いがあってこそ、金森さんに宛ててあの「希望書」を書いたりも出来たのだと今にして気付きます。)

然るに一方、ここまで自ら抱えた舞踊団への支援を続けてきた新潟市はといえば、市民に対して、ただ与えて奪える立場に留まり、およそ「発見」することを怠る日々を送ってきたのではないでしょうか。ですから、その価値に見合った正当な発信がなされることなど単に期待できなかったに過ぎません。前夕のBSN「ゆうなび」の特集内で金森さんが口にされた「そもそもりゅーとぴあで専属舞踊団を抱えていることが、この国のなかで、日本初だとか、日本唯一だとか言うけど、そのことの価値とか、判断を下す人たちはそう(充分には)捉えていない」は無理のないことだったのです。何も「発見」せずにきた訳ですから。

繰り返します。その出発点でNoismを与えて貰ったことは事実ですが、それを誇らしい「文化」にまで高めてきたのは、金森さんであり、私たち(新潟市民、及び観客)なのであり、決してそれを与えた新潟市ではなかったのです。専属舞踊団の設立というモーメント(契機)をもって、その後、東京の亜流ではない「文化」を創造してきたのは、金森さんであり、私たちだったのです。
ですから、新潟市が(そう言うと、語弊があるかもしれませんが、)勝手に拵えた「制度」のみを根拠に、私たちが築いてきた「文化」を勝手に奪おうとするなどは極めて専横的で、決して許されざる暴挙と言わざるを得ません。新潟市の将来の「文化」に資するよう、しなやかに、したたかに振る舞い、「制度」の修正や微調整を行うべきなのです。

新潟市には、この日の全面広告の中央を横に走る「新潟が生んだ文化を誇りに」の言葉を噛み締めて、今ここからの「最適解」を模索することを求めたいと思うものです。その「最適解」は容易に見つかるものと思われます。今度こそ、「発見」しそびれることなどなきよう。そして、今度こそ、私たちと一緒に「文化」を共創する意識を基に、真に行政が果たすべき役割を果たしてくれることを期待します。

全面広告が掲載された喜ばしい朝に。

(shin)

BSN「ゆうなび」が「Noism金森芸術監督 退任表明の理由~芸術と行政の埋まらない溝」を放送、…そして「市民への説明会(5/9)」のご案内(2026/04/23)

「芸術家と行政の間には『制度』という埋まらない溝がありました」、冒頭、大塩綾子アナウンサーの言葉です。この日の特集を一言に凝縮したものです。BSN「ゆうなび」での標記特集について、登場する「関係者」が語った言葉を中心に、かいつまんでご紹介させて頂きます。

「新レジデンシャル制度」という「市がルール化した枠組みのなかで継続されることになった」Noism。
「『7年で終わり』と見えているときに何に向かって活動すればいいんですかっていう話。単純にNoismは続いていきます。で、俺の任期がもう7年で無理なんです、は全然構わない。でも今の制度はそうじゃない。それを変えようとしている」
「勿論辞めたくないさ。辞めたくない。ここまで続けてきたからね」「(退任意向として表明された)この決断を俎上に挙げてでも訴えていかなければならない感じかな」と金森さん。

「この制度に期限を設けるというのは当然のこと」「金森監督が公の立場で退任の意向をお持ちだと表明されたので、Noismや監督に対してこれ以上どうこう言う話ではない」というのが中原八一新潟市長。

市民団体が新潟市に対して要望書を提出した際に、野島晶子新潟市副市長(当時)は、「(新潟市には)Noismに関する制度はない。レジデンシャル制度はありますし、金森監督とも契約していますけど」「(市は方向性を示すべき)立場にない。Noismに関して」と。

事業主体のりゅーとぴあ(新潟市芸術文化振興財団)榎本広樹事業企画部長はどうかというと、「原則論から申し上げると、私ども財団は制度に基づいて事業を行っている立場なので、制度自体の是非を論ずる立場にない」「(次の芸術監督を)どのように選定していくかということに関して、今、財団で協議を続けている状況」と話す。

Noismの活動に関心を寄せる新潟国際情報大学の越智敏夫学長は、「税金の使い方をどう検証するか。その検証の方法が社会の中で確立されていないところに問題がある。新潟を良くするという意味では、政治家も芸術家も目的は同じはず」と指摘。

「新潟からこの国の劇場文化を変えたいという芸術家の野望と制度の正統性を主張する行政。両者の間には埋まらない溝がありました」(黒崎貴之アナウンサーのナレーション)

「そもそもりゅーとぴあで専属舞踊団を抱えていることが、この国のなかで、日本初だとか、日本唯一だとか言うけど、そのことの価値とか、判断を下す人たちはそう(充分には)捉えていない」
「ただこの新潟市という自治体にもう俺の居場所はないのは分かったから、他に何ができるか模索するしかない」と金森さん。

…涙、涙です。金森さんにそんなことを言わせてしまうなんて…。でも、まだ諦めていませんけど。横たわるのは深そうに見えたとしても、単に、人が作った「溝」(「制度」)に過ぎません。即刻、埋めることを目指すべきです。新潟市の文化の将来を見据えながら。

と、そんなことを記していたところ、金森さんが「X」にて発信を行い、それと前後して、Noismスタッフの上杉晴香さんからそれ(市民への説明会)に関するメールを頂きました。ここからはそれをご紹介させて頂きます。

以下、頂いたメールの内容となります。(上の画像4枚と同内容です。)

———————————————————————————

市民への説明会―金森穣芸術監督退任について昨年末から、新聞等のメディア、新潟市議会でも話題にあがった新潟市の「りゅーとぴあのレジデンシャル制度」芸術監督である金森穣の退任に関して、その経緯や現状についての説明会を開催いたします。
二部制の質問形式を予定しておりますので、Noism Company Niigataの今後をご心配いただいている方はもちろん、Noismに限らず、りゅーとぴあのレジデンシャル制度に関心をお持ちの方など、どなたでも広くご参加ください。
なお、この会でお話し、お答えするのは、金森芸術監督の意見となりますので、新潟市および、新潟市が定めたレジデンシャル制度に基づくレジデンシャル事業の実施主体である公益財団法人新潟市芸術文化振興財団の意見ではありません。また、いただいた質問についても市や財団へ確認してお答えするものでもありません。予めご了承ください。
皆様のご参加をお待ちしております。

日時:2026年5月9日(土)
第1部      一問一答 13:00-16:00
第2部      座談会 17:00-終了時間未定
*22:00閉館
*質問がなくなり次第終了します。

会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈スタジオB〉
定員:100名
参加申込:事前の申込は必要ありません。
*座席の状況によってはご入場いただけない可能性もある旨ご了承ください。

*撮影について
第一部「一問一答」メディア関係者のみ可能です。
第二部「座談会」どなたもご遠慮ください。

——————————————————————————–

以上です。

「当日は、どなたでも事前の申込なしで無料でご参加いただける形で場を開きますので、ご都合が許すようでしたらぜひおこしいただけたら幸いです」と書き添えてくださった上杉さん。

惜しみのない時間設定。
新潟日報紙に掲載された「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」インタビュー編〈下〉(2026/3/5)で、一般社団法人「芸術と創造」(東京)代表理事の綿江彰禅さんが語った「ただ、これだけの専属舞踊団を立ち上げたからには、やめるにしても続けるにしても、市として説明が必要だ。行政は思いつきで事業を立ち上げ、なし崩し的に終わるといったパターンを繰り返すことが多いと感じている」に呼応する、とても大きくて誠実な動きと言えます。

皆さん、金森さんに質問しながら、金森さんの思いを聞きに行きませんか。否、是非聞きに行きましょう。

(shin)





新潟日報紙、金森さん×東京バレエ団『かぐや姫』のパリ・オペラ座での来春上演の記事掲載(2026/04/22)♪

2026年4月22日(水)、新潟日報が朝刊の文化欄に、写真入りで、「東京バレエ団の『かぐや姫』パリ・オペラ座で来年5月上演」「金森穣さんが演出・振り付け」「『日本の舞台芸術として発信へ』」の見出しが躍る、晴れがましさたっぷりに「慶事」を伝える記事を掲載しました。

*同記事は新潟日報のデジタル版でも読むことが出来ます。こちらからもどうぞ。

日本人振付家(金森さん)の快挙を伝える、とても誇らしい記事です。

そして、この記事、冒頭が「新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)の専属舞踊団『Noism Company Niigata(ノイズム」)』の芸術総監督で振付家の金森穣さんが、演出・振り付けを手がけた東京バレエ団の『かぐや姫』が、来年5月26~29日、フランスで上演される。」と始まるのです。新潟市としても、これほど誇らしいPRなどまたとないのではないでしょうか。

記事のなかでも、金森さんの「バレエ界にとって貴重な機会に恵まれた。日本発のバレエを欧州の人たちに見てもらえるのは本当にうれしい」の言葉や東京バレエ団の斎藤友佳理団長の「海外に行くと、日本人振付家の作品はないのかと聞かれていたので、いつか実現させたいと思っていた。日本のバレエ界にとっても大きな進歩になる」という言葉も紹介されています。どれほどの快挙なのかわかろうというものです。

然るに、新潟市は…。
現状、そう言わざるを得ないのは残念の一語です。

ここからは主に、その新潟市についてです。

繰り返しになりますが、金森さんはNoism Company Niigataの芸術総監督なのですから、新潟市にとっての誇らしさも只事ではない筈です。
こんなに新潟市民にとってシビックプライドを感じられる出来事などそうそうないことを、市と財団はきとんと評価すべきです。

世界に「新潟」の名前を轟かしてくれている、まさにこのタイミングで更新の特別オファーを出さないなど愚の骨頂かと。
逆に言えば、市と財団にとっては、次期芸術監督について再考する好機が訪れた訳です。
これほど世界的な規模で、文化的な「新潟」をPR出来る人を手放す理由があるとは思えません。あらゆる工夫を凝らして、金森さんを繋ぎとめておく努力をするべきです。文化政策に携わる担当部署がその努力を怠るようではもう職務懈怠或いは職務怠慢との指弾も免れないのではないでしょうか。

「新レジデンシャル制度」の規定に、芸術監督在任中の顕著な業績が認められる場合、「特別オファー」をすることがあり得るとの一文を加えれば済む、ただそれだけのことです。ほんのひと汗かくだけでしょう。
それをしないのは、自分たちが立ち上げた「制度」に縛られ過ぎるあまり、「最適解」があってもそれをただ指をくわえて見過ごさざるを得なくなることを意味するもので、つまるところ、新潟市民をそっちのけにしてしまうだけの極めて官僚的で、最悪な姿勢であると繰り返しておきます。

何のための「制度」なのか。「文化政策」として何を目指そうとしているのか。文化を長期的に展望する視座に立とうとしない以上、「文化創造都市」を名乗るなどおこがましい限りです。「目を覚ませ、新潟市と財団!」今、声を大にして、そう言いたいと思います。

(以上、fullmoonさんからのご提案を受けて、以前、コメント欄に掲載したものに修正を施して再掲させて頂いた部分があります。)

(shin)