皆さま
新潟日報紙が新連載を掲載したちょうど同日(2026/04/07)、ウェブ「dancedition」上に、「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方」というインタビュー記事もアップされました。
こちらでは同記事へのリンクを貼って、ご紹介することのみにとどめ、皆さまからのコメントをお寄せ頂くプラットフォームとさせて頂きたいと存じます。
どうぞ、こちらからお読みください。↓
読まれた皆様からのコメントをお待ちしております。よろしくお願いします。
(shin)
思えば、昨年末以来、(載せる方も、読む方も)連載どころではない状況が継続しているため、前回(2025年12月26日)から3ヶ月強を隔てて、2026年3月30日にウェブ「dancedition」に「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(15)」がアップされたと知り、早速アクセスして読んでみても、「14回目まではこんな気持ちを抱えて読んではいなかったな」と感じてしまうのが正直なところです。

連載15回目の今回も、なかなかに重い内容が語られていますが、それでも、公演当時には、素晴らしい作品の連打の裏に、そんなのっぴきならなさが潜んでいたとはつゆ知らず、迸る圧をまともに受けながら、客席から舞台を見詰めていたのでした。
今回、語られているのは、先ず、近代童話劇シリーズvol.2『マッチ売りの話』+『passacaglia』(初演:2017年1月20日・新潟、埼玉、シビウ・ルーマニア)です。
所謂「ダブルビル」公演ではなく、心胆を寒からしめる怖ろしさが立ち込める不条理な物語舞踊(第1部)と音楽と照明と身体のみで徹底的に意味を排除していったかのような抽象舞踊(第2部)が繋げられたかたちでの上演だったことを思い出して、極めて実験的な性格を有する舞台だったな、と今になってもなお。
井関さんが取り上げてくれた『マッチ売りの話』の仮面、『passacaglia』のスカート、どちらも強く脳裏に刻まれています。そして語られたのは『passacaglia』でデュオを踊った中川賢さんのこと。「なるほど!」と思う内容です。更に、詳述はされていませんが、井関さんが子どもをもつ予定であったり、金森さんがストレスを抱えていた頃のこととされている点にも素通りできないものがあります。

次は『Liebesod-愛の死」と『Painted Desert(ver. Noism1)』(初演:2017年5月26日・新潟、埼玉)です。
驚きは、これは井関さんから見て金森さんがどん底のときの公演であり、作品であったとされていることです。なんと!あの観る者を惹きつけて止まない『Liebestod-愛の死』の壮大にして奥行きの深いエモさがそんななかから生み出されていたとは!
「時間と共に人は変わっていく」(井関さん)…、苦悩する金森さんと井関さん。中川賢さん退団のきっかけとなった(と井関さんが振り返る)『Liebestod-愛の死』の吉﨑裕哉さんのキャスティング。そのあたり、読んでいても、肌感覚として生々しいまでのヒリヒリが伝わってきます。当時、NHK-BS『京都異界中継』(2017年8月9日生放送)に、井関さんと吉﨑さんだけが出演して、金森さん振付で踊るのを見たときに感じたある種の不気味な胸騒ぎ、その意味がはっきりと明かされています。
そして、元々は山田勇気さんがNoism2に振り付けた作品『Painted Desert(ver. Noism1)』の改訂クリエイション風景が語られていくのですが、批判を受けて苦しくなったり、先が見えなくなってしまったりしても、自らを信じていれば、「ただの通過点でしかない」と舞踊家の成長局面に触れつつ、連載15回は閉じられていきます。
今回も包み隠すところなく、様々な作品及びその当時のことを赤裸々に語っている井関さん。その一つひとつがいつにも増して感慨深いものに感じられるのは、現在の状況が大いに関係しているためと言わざるを得ません。現在という時点から振り返られた数多の「通過点」が確固たる線として辿られ、捉えられるその総体が「歴史」ですから、昨年末から続く只今の膠着した状況さえ、未来の「現在」という時点において引き続き井関さんによって「通過点」として振り返られることになっていって欲しい、そう強く願う気持ちと共に読みました。
今回の「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(15)」もまさに必読ものです。是非、熟読玩味して心揺さぶられてください。
【追記】今回も、このあと、コメント欄にて、当時、舞踊評論家の山野博大さんにお書き願い、Noismサポーターズ会報に掲載させて頂いた『マッチ売りの話』+『passacaglia』と『Liebestod-愛の死』についてのご批評ほか(PDFファイル)へのリンクを貼らせて頂く予定です。是非そちらもクリックして、お読みください。
(shin)
先日、『マレビトの歌』埼玉公演のあと、金森さんと井関さんがSNSにアップした写真からは、どうやらおふたりが「南半球」におられるらしいことが伝わってきて、ならば、恐らくは「真夏のクリスマス」をお過ごしだったのだろうなどと考えていた折から、今日(2025年12月26日)、「北半球」の、それも新潟市界隈は、正午あたりから、JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)の影響で「真冬」の厳しい風雪に見舞われております。
こんな天候の日には無理して外出せず、暖房のきいた部屋に籠もって、「インドア」ライフに耽るのもよろしいかと。そうです。本日、ウェブ「dancedition」にアップされた「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(14)」を読んだりするのがベストマッチな訳です。

この連載第14回、冒頭のビジュアルは、「あの」エモい作品の衣裳を纏う井関さんじゃありませんか。しかし、今回、井関さんは、ちょっと例外的に、金森さん演出でもなく、井関さんも踊っていない「Noism1メンバー振付公演」(初演:2015年8月29日・新潟市内各地)(「水と土の芸術祭2015」)から語り始めます。それは前々回(連載第12回)、前回(同第13回)に引き続き、Noismと自分を巡って「闘いの時期」と回顧されたまさにその最中であった故なのでしょう。続いていますね、ヒリヒリする時間。でも、そこはサクッと。
で、次は、プロジェクト・カンパニーとしてのNoism0による最初の舞台、『愛と精霊の家』(初演:2015年9月4日・新潟、埼玉)です。
金森さんと井関さんのプライベート・ユニット「unit-Cyan」による『シアンの家』に遡っての創作中の逸話から始まり、興味深い内容が読めます。なかでも「象徴的な出来事」と言い表された場面などは、人生を賭して舞踊に献身することの「実相」をまざまざ伝えてきて、その覚悟たるや、読んでいて悲痛なものすらあるほどです。
それが『愛と精霊の家』へと。出演者は井関さん、山田勇気さん、小㞍健太さん、奥野晃士さん(SPAC)、そして金森さんと超豪華。赤と黒、そして金色、更に仄暗い闇に印象的な灯り、まさに「大人~♪」な魅力を発散しまくりの舞台でした。それは当時「しんどかった」井関さんにとって「救い」だったのですね。そしてそのNoism0はその後、正式な「Noismのプロフェッショナル選抜カンパニー」になっていくのでした。それって舞踊家たちにとっても、私たち観客にとっても、とても豊かな事柄ですよね。
次いで語られたのは、あの「エモい」作品、Noism1・Noism2劇的舞踊『ラ・バヤデール-幻の国』(初演:2016年6月17日・新潟、神奈川、兵庫、愛知、静岡)です。
脚本は平田オリザさん、音楽にはミンクスに加えて笠松泰洋さん、空間は田根剛(DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS)さんで、衣裳が宮前義之(ISSEY MIYAKE)さん、木工美術に近藤正樹さんと豪華な面々が関わり、SPACの俳優・奥野晃士さん、貴島豪さん、たきいみきさんも出演したホントの大作と呼べる舞台です。

そして、「振付が特殊で、全てワークショップでつくっています」と井関さん。そうでした、そうでしたね。Noism公式のサイト(Noism Web Site)にも、「振付:Noism1」、そして金森さんには「演出」とクレジットされています。
うん、うん。…えっ!えええっ!なっ、なんと本番前日に「大喧嘩」!?
互いに互いの立ち位置から「最高のもの」を追い求めるふたりには、ハラハラしながらも、ホント頭が下がります。そんな妥協のなさのお陰で、あの「エモい」「影の王国」になるのですね。思い出すだけでため息が出てしまいます♪
実演家の創作の裏側にあるものを伝えて余りある今回の「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(14)」、是非お読みください。
このあと、コメント欄にて、当時、おふたりの舞踊評論家にお書き願い、Noismサポーターズ会報に掲載させて頂いた文章、浦野芳子さんによる『愛と精霊の家』についてのものと、山野博大さんによる『ラ・バヤデール-幻の国』のご批評ほか(PDFファイル)へのリンクを貼らせて頂く予定です。そちらも是非クリックして、お楽しみください。
(shin)
大感動に酔いしれていました。決して忘れていた訳ではなかったのですが、それでも気が回らなかったことは確かでしょう。なんと、『マレビトの歌』新潟公演の中日にウェブ「dancedition」に「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(13)」がアップされていたのでした!もっと注意力をもって、複眼で周囲を見なきゃダメですね。今、大層慌てながら、このブログでのご紹介を始めようとしています(汗)。

でも、アップされた当日(12/6)、あの中日に気付いていたとして、ふたつを平行して書けたかどうか、自信はありません。張り切ってそんなことをしようものなら、きっとぶっ倒れてしまっていたことでしょう(汗)。ですから、今になって気付いたことは幸運だった、今回はそう思うことに致します。それでは連載「第13回」のご紹介を始めたいと思います。
先ずは「青山バレエフェスティバル – Last Show -」で踊られた『Under the marron tree』(2015年1月29日・こどもの城 青山劇場)です。金森さんの処女作であるこちらの作品ですが、音楽はマーラーの交響曲第5番の第4楽章「アダージェット」ですから、陰影に満ち、穏やかで静謐な作品と言ってもよいものかと思います。私は別の機会に観たのですが、舞台上、テーブルの裏側からぽとっと落ちてくる井関さん。後の『R.O.O.M.』における「落下」もそうですが、その擬音(ぽとっ)が実際に聞こえてくる気がして、ややユーモラスにも映ります。ですが、それも一瞬、そこから一気に井関さんを包んでいく「寂寥感」が半端なく、井関さんが繰り返し右手の人差し指を立てて作る「1」、それが喚起するイメージが強烈な印象として残っています。
でも、この作品、井関さんのために振り付けられたものでなかったために、「何か」を掴む迄、長い苦闘があったのですね。そして、それは一旦手にしても、時を隔てたら、そのままで良い訳ではないのだということ、毎回、挑戦なのだということに舞踊家が作品を踊ることの奥深さを認めました。世阿弥の言葉を大切にしている井関さんに、私たちの想像を遙かに超えた深みを見せつけられる思いがします。
次いで、「NHKバレエの饗宴2015」での『supernova』(初演:2015年3月28日・NHKホール)です。頭まですっぽりの白タイツ、照明が反射してとても見え難かったとか、周囲のバレエ団からは奇異の目で見詰められたなど、別の場所で教えてくださったことを思い出しながら読みました。ですが、決して「放送事故」などは起きていません(笑)。ハードディスクに録画しておいたものを見返そうと考えています。
3番目は、近代童話劇シリーズの第1作とされた『箱入り娘』(初演:2015年6月6日・新潟、神奈川、石川、韓国・ソウル)です。

様々な趣向で織り込まれた映像のなかに、新潟市の海岸(五十嵐浜)で撮影されたモノクロ映像が含まれていたりして、新潟市民として(或いは少し範囲を広げて、「新潟人」として)愛着を覚えた方も多かったのではないでしょうか。私もその映像が嬉しかったひとりです。でも、その撮影がとても厳しいものだったことは想像もしませんでした。
言ってみれば、これはかなりぶっ飛んだ正真正銘の異色作で、「えっ?金森さん、こういう作品も作るの!?」と呆気にとられながら愛でていたことを思い出しますので、それだけに、井関さんの「イライラ」は今初めて知りました。前回の第12回もキツイ内容ではありましたが、今回はその比ではない様子。その「イライラ」をここまで赤裸々に語ってくださったことに驚きを禁じ得ません。それはまさに読んでいるだけで辛くなってくる程です。それは勿論、「外」にいる部外者としてのレベルですけれど、それでもどうしてどうして、心をひりつかせるものがあります。
長い年月に渡る「舞踊への献身」にあっては、ただ舞踊のみを相手取るだけでは済まず、伴って、周囲との関係性や自分の立ち位置も大きく変わっていくのが必定と言えば、必定でしょう。で、こうして「全作品を語る」となると、そのあたりの葛藤まで漏らさず含めざるを得ないことになる道理なのですね。この連載、(ぞんざいに読んできたつもりは毛頭ありませんが、)これまで以上に心して読みます。
そんな「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(13)」、どうぞお読みください。
それにしましても、最後の方には「ここからの数年間は闘いの時期でした」との文言もあり、不穏な気持ちや胸騒ぎを覚えますが、「人生で最大の勉強をした時期だったと思います」と振り返られたことに救いを見出しつつ、次回を待つことにします。それでもちょっと辛い予感はよぎりますけれど…。
(shin)
前週末の11月22日(土)に、今度は金森さんが51回目のお誕生日を迎え、次週12月5日に(金)には『マレビトの歌』新潟・りゅーとぴあ公演の幕が上がるという、このタイミング、11月26日(水)にウェブ「dancedition」の連載「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る」の第12回がアップされました。

今回、まず井関さんによって語られたのは、劇的舞踊『カルメン』(初演:2014年6月6日・新潟、神奈川、兵庫)です。SPAC(静岡県舞台芸術センター)の俳優・奥野晃士さんも出演され、「言葉」も用いられた異色作と呼べる作品でした。こちら、「Noism設立10周年記念作品」ですから、この連載が扱う「20年」も、中間点までやってきたことになります。
「入れ子構造」の語りが実に楽しい作品と言えますが、まず井関さんが明かしてくれた、台本を書く金森さんの速筆ぶりには驚きしかありませんでした。「えっ!」とか「なんと!」とかって具合に。そして井関さんパートの振付の様子にも興味深いものがありました。そんなふうにしてあの「カルメン」が見出されて、受肉していったのだなと。
しかし、鈴木忠志さんからの「ダメ出し」が続きます。「えっ!そうだったの?」あんなに楽しかったのに。そこから井関さんが語る舞台芸術の本質を、私たちも(ほんの少しですが)垣間見ることになる件(くだり)はまさに圧巻です。
続いて、「ASU-不可視への献身」の『Training Piece』と『ASU』(初演:2014年12月19日・新潟、神奈川)が語られます。
『Training Piece』は、NoismバレエとNoismメソッドを目にすることが出来るという点で、当時、とても興味をそそられたのを覚えています。しかし、そこに「かなり辛いもの」があったとは!でも、読めば納得です。それはそうだな、と。
『ASU』、「不可視」の古代を舞踊を用いて再構成していこうとする意欲的で魅力的な作品です。使用された音楽、ボロット・バイルシェフ(実際、金森さんが会いに行ったとは驚き!)のCD『アルタイのカイ』ともども深く脳裏に刻みつけられています。
この頃、35歳の井関さんと40歳の金森さん。「夫婦揃って大変な時期」だったと振り返られています。とても生々しく。さきの鈴木忠志さんからの「ダメ出し」といい、「この時期があってこそ!」の「今」なのだなとの思いが込み上げて来ます。邪念も雑念もなしに、舞踊への「献身」の道を選んで、突き進んできたおふたりだからこそなのだと。それはそれで簡単なことではなかった筈です。その覚悟、その厳しさ、今は毎日のクラスの時間は絶対に削らないと、そう語られた裏に窺い知れるように思います。
今回はとても重量感のある深い内容で、何度も読み返してみる価値がある回と言えるでしょう。「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(12)」、是非、お読みください。
(shin)
先頃(11/3)、井関さんがお誕生日を迎えて、明くる日(11/4)に、Noismが22年目のシーズンをスタートさせ、またその翌日(11/5)、りゅーとぴあ「レジデンシャル制度」における金森さんの芸術監督任期の更新方針が報じられたこのタイミングで、ウェブ「dancedition」にて好評連載中の「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る」、その第11弾がアップされました(2025/11/6)。木曜日、ちょっと意表を突かれちゃいましたけれど、「なるほど」のタイミングとも言えますね。

今回、先ず井関さんが語ったのは、「ZAZA-祈りと欲望の間に」の『A・N・D・A・N・T・E』、『囚われの女王』、そして『ZAZA』(初演:2013年5月24日・新潟、神奈川、静岡)です。で、公演時の順番とは逆に、公演タイトルにも冠された第3部『ZAZA』から語られています。
その『ZAZA』、全員が黒スーツを纏って登場し、その中央には煙草をくゆらせる井関さん。THE THEのサウンドトラックのなか、まるでフィルム・ノワールのような雰囲気を漂わせる作品でした。『ジゼル』と『カルメン』も踊りたかったのですね、井関さん。
次は第2部『囚われの女王』、第1部と第3部に挟まれて、この作品だけ色も鮮烈。ブログ上部の画像、ヴィヴィッドな赤・緑・黄のなかに井関さんを捉えたビジュアルがとても印象的です。この作品の音楽にはシベリウスが用いられているのですが、当初は、トン・タッ・アンさんの音楽が使用される予定でした。「仮にアンさんの音楽だったら、どんなだっただろう?」そんな夢想も浮かべながら、身体ひとつで「4役」を踊る凛とした井関さんを見詰めたことを思い出します。井関さんはまだまだ納得していなかったようですが、凄いとしか言えないソロ・パフォーマンスでした。
ついで第1部『A・N・D・A・N・T・E』。引き伸ばされたバッハのヴァイオリン協奏曲第1番第2楽章アンダンテ、その非日常。そして、訪れる逆に1秒に圧縮されたバッハの破壊力。最後に登場する不動の井関さん、その姿が発散するオーラは圧倒的な迫力で、この作品を締めていました。
この公演で宮河愛一郎さんと藤井泉さんが退団されたのですが、信じたくありませんでしたし、それはそれは大きなショックだったことは観る側も同様でした。
次は『PLAY 2 PLAY-干渉する次元(ver.2013)』(初演:2013年12月20日・新潟、神奈川)が語られています。(当時は「改訂版再演」という表記でした。)去っていく人たちへの強い思いがあったのですね。再演ということもあり、更に洗練の度を増したこの作品を、私は先ずは会場に舞台上席から観る裏側から、そして通常客席から観る表側と、塔によって分けられた「2つのプレイ」を存分に満喫したことを思い出して噛み締めています。その圧倒的な美しさになぶられた感の強い公演でした。
紹介の体をとりながら、ちょっと個人的なことを書き過ぎたようで…。失礼しました。
その「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(11)」、こちらからどうぞ。今回も間違いなく面白いですから。
(shin)
「そろそろだな」「今日あたりかな」、朝早く目覚めると、そんな風に思い、ネットを繋いでみたところ、案の定、前日(10/27)にアップされていました。「dancedition」の井関さん連載インタビュー「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(10)」♪前日にもチェックしてはいたのですが、遅い時間の掲載だったのでしょうか。一日遅れになってしまったのが、残念と言えば、残念。でも、早々に気付けて良かったかなとも。

今回語られたのは、先ず、「NHKバレエの饗宴2012」で踊られた『solo for 2』(初演:2012年3月13日・宮城、東京、新潟、神奈川)。『academic』(「ZONE」)の改訂版ということですが、再演においては「穣さんは必ずリメイクします」と井関さん。作品の「核」が明確になってくると同時に、清新な息吹も吹き込まれるように感じます。そのあたり、今冬の『マレビトの歌』においても、事情は同じ。楽しみが増す所以です。
で、『solo for 2』、やはり印象に残るのは、井関さんが語ったゲストメンバーの小㞍健太さん、そして須長檀さんによる椅子でした。
小㞍さんとの欧州NDT時代の思い出、そしてパートナーとして踊るときの小㞍さんのこと(及び金森さんと踊るときとの感覚の違い)、どちらも興味深いものがありました。
須長さん作品の椅子が醸し出す緊張と、そして機能性以上のえも言われぬ美しさ。『solo for 2』の主題にベストマッチする小道具だったと思います。(日常生活で使ったならば、さも体幹が鍛えられるだろうな、そんな機能性も有するものかもしれませんが。)
そしてバッハの音楽(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ)も、舞台上の哀切極まりない身体と相俟って、耳に、そして目に刺さるように響いてきたことも忘れられません。
次に語られた作品は見世物小屋シリーズ第3弾『Nameless Voice-水の庭、砂の家』(初演:2012年6月29日・新潟、埼玉、静岡、愛知、石川)。新潟の「水と土の芸術祭2012」参加作品で、金森さんにしては珍しくガッツリ環境問題を取り上げるものだったと言えます。まず、正面奥にはリサーチされた水と急速に進む干魃、砂漠化に纏わる夥しい画像と膨大なデータ(数値)が、目で追うことなど許さぬ速さで、抽象的かつ無機質に映し出されると、そこから、身体による具象化、アレゴリーを通して、現代から未来に向かったのち、太古、地上の人類に与えられた始原の水の恵みにまで遡るような壮大なメッセージを有するものだったと記憶しています。
井関さんが触れたペットボトルの塔、目に焼き付いています。毎回、大変な苦労があったのですね。そして石川ではアクシデントも!それ、観たかったです。残念。
そして、ラスト、砂と水にまみれてのダンスの難しさも伝わってきました。

そんな「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る」の連載第10回、今回も読み応えありまくりです。こちらからもどうぞ。
次回もまた当ブログでもご紹介させていただきます。それではまた。
(shin)
2025年10月19日、すっかり秋めいてきた日曜日のお昼時。新潟市中央区のフレンチレストラン「キャトル・ヴァン」さんを会場に、「さわさわ会」の総会(11:30~12:00)、それに引き続き、井関さんと金森さんをお迎えしての井関さん(少し早い)誕生会・懇親会(12:00~)が開催されました。



今年は当初の予定より早い日時に変更しての開催となったため、ご都合のつかない方もおられ、例年より参加者はやや少なかったのですが、この会の楽しさ・多幸感に変わりはありません。終了予定時刻を延長して、参加者一同、幸せ過ぎる時間を過ごさせて頂きました。
このサポーターズのブログでも、おふたりと一緒に、実に和気藹々と過ごさせて貰った、得難いがまでに上質な約2時間を、主に写真でご紹介させて頂きたいと思います。
まずは受付の様子です。





次に総会。前年度の活動報告と会計報告、そして今年度の活動計画案と予算案が、久志田渉さんのスムーズな進行のもと、拍手で承認されました。





ここからがメインイヴェント、井関さんの(少し早い)誕生会と懇親会。先ずは会場に到着したおふたり、「紗幕」の向こうからの登場です。黒スーツをビシッと着こなした井関さんは、かつての『ZAZA―祈りと欲望の間に』(2013)の雰囲気で、もう凛々しくて素敵この上ありません♪







次いで開会のご挨拶並びに花束贈呈(会長・齋藤正行さん)からの井関さんご挨拶です。スロベニアでの公演や、それを通じて、改めて感じたというここ新潟での「日常」が如何に「非日常」なものであるか等々、一同、頷きながら聴き入りました。


















その後、顧問・篠田昭さん(前新潟市長)からの乾杯のご発声。テーブルをまわって、グラスを合わせてくださった井関さんと金森さん。そんな有難い振る舞いから、この「非日常」の宴の幕が上がりました。副会長の中村玄さん、伊野義博さん、鈴木良一さんのご挨拶も、Noism愛で共通しながら、それぞれに個性的なものでした。











更に更に、キャトル・ヴァンさんのお料理はどれもホントに美味しくて、もう「口福」以外の何物でもありませんでした。その画像です。それらを頬張りながらの歓談はまさに幸せ過ぎるというものでした。






この日のお席は「自由席」ということでしたので、新潟市内バス無料デイだったため、バスを利用し、少し早めに会場に着いた私は、金森さんの真ん前、かつ井関さんの斜め前に座らせて頂く幸運に恵まれました。おふたりに訊いてみたいことがあったためです。






井関さんには、先の公開リハーサル時にお訊きした高知の「ほいたらね」に加えて、「たまるかー」と「たっすいがー」について。実にどうでもよいことですが(汗)。そのお答えですが、前者は使わなかったそうですが、後者は「炭酸が抜けた感じ」を意味し、今も時折目にしたり、耳にしたりすることがあり、かつて金森さんからもその意味を尋ねられたことがあったのだそうです。そのお答えを聞いて、金森さんに「たっすいがー」なところはあるのかという質問が飛び出したのでしたが、そういう要素は「全くない」とのことでした。そうでしょうね。納得です。(『あんぱん』ネタはこれにて打ち止めです。)
で、金森さんには、「dancedition」の井関さんインタビュー繋がりで、2008年、初めての「サイトウ・キネン・フェスティバル」出演に至った経緯をお訊ねする必要がありました。ダンサーを探していた主催者側からNoismに問い合わせがあり、まず、金森さんと井関さんが参加を決めたのだそうです。通常、「そうしたイヴェントものには出演しないんだけど」と語った金森さんですが、①小澤征爾さんという存在に興味を惹かれ、②また、振付が金森さんNDT時代の先輩の方だったこともあり、出演することにしたとのことでした。簡潔に書かせて頂きましたが、これで「宿題」完結ということで。
その他、スロベニア滞在中のことも色々聞かせて貰いました。国境のある道を15分歩くと、そこはイタリアで、でも、『ホワイトナイツ/白夜』(テイラー・ハックフォード監督、ミハイル・バリシニコフ、グレゴリー・ハインズ主演:1985)みたいに銃を構えて警備にあたる者はいないこと、もと社会主義国だったスロベニアの道路は都市計画により、かっちり真っ直ぐなのに対して、国境の向こうイタリアの道路はくねくね曲がっていて、その雰囲気に大きな違いがあったこと、ピザをはじめ、グルテンフリーが浸透していて、説明不要なむこうの暮らしのこと、それから宿泊された小さな街には、アジア人はひとり(!)しかおらず、おんぼろタクシーでのピストンで劇場入りする日本人はさぞ怪しい画だったろうこと、劇場でのワークショップについて、『マレビトの歌』に関する井関さんの「詩劇」という表現が世阿弥読書から来ていること、等々、もう硬軟取り混ぜてホント色々と。楽しい時間は飛ぶように過ぎていく…真実でした。




当時の新潟市長・篠田昭さんに「首をかけられるか」と迫られながらも、芸術監督に金森さんを迎えることを進言した田代雅春さんが締めのご挨拶です。芸術の力を信じ、お世辞にも潤沢とは言い難い市の財政事情にあって、工夫しながら、後世に芸術を繋いでいくことの意義を毅然と語ってくれ、参加者一同、新潟市にNoismがあることの豊穣さを再確認して、我が意を得たりと聴き入りました。
そして「大トリ」は金森さん。芸術家として、Noismを率いる者として、停滞することは選ばない、停滞を求められたくはない、常に進んでいくことしか考えない、とキッパリ。全くブレるところのない、金森さんらしいご挨拶でした。





最後は会長・齋藤正行さんによる一本締めで、この楽しい宴もお開きに。

ですが、もうひとつご紹介したい事柄があります。それはこの記事の最初のところでご覧頂いているこちらキャトル・ヴァンさんの店内、目を奪う大壁面いっぱいを覆い尽くすサインの数々についてです。着席したばかりの金森さんが、井関さんに指で示している画像もご覧頂いています。何が言いたいか。足りないのです、サイン。そうならば、もう書いて貰うしかないじゃありませんか。お誂え向きな場所が空いていましたし。






日付も入れて貰いましたし。皆さま、Noism関係の「聖地巡礼」をなされる際には、是非、こちらキャトル・ヴァンさんの美味しいお料理に舌鼓を打ちながら、おふたりのサイン、見上げてみてください。



私たちも「with さわさわ会 & NoismサポーターズUnofficial」と添え書きさせて頂きました。キャトル・ヴァンさん、どうも有難うございました。

もう贅沢過ぎる多幸感に浸りました。「さわさわ会」役員の方々、どうも有難うございました。
最後は、新潟市を一気に欧州風な趣「ゆあらぴあ~ん♪」に変えてしまうおふたり(と副会長・中村玄さん)の後ろ姿画像です。



はい、よき一日でした。皆さまも「さわさわ会」にご入会頂き、この贅沢さを存分にお楽しみ頂けたらと思います。
(shin)
2025年10月16日(木)、うかうか更新を見逃してばかりもいられないというので、NPBのクライマックスシリーズ・ファイナルステージ第2戦を見ながら、「念のため」とウェブ「dancedition」を覗いてみると、何と『マレビトの歌』に関する金森さんと井関さんのインタビューが掲載されているではありませんか!それもかなりのヴォリュームで。ブルッと身震いしました。

「黒部シアター2023春」において、黒部の屋外劇場で上演された『セレネ、あるいはマレビトの歌』の誕生に関する逸話から始まり、「集団の中でひとり異質な者」を体現する井関さんの「必然性」とそのクリエイション。触発し合う井関さんと金森さん。そして黒部での合宿の持つ意味合い。
「SCOTサマー・シーズン2025」、合掌造りの会場で上演された『マレビトの歌』へ。空間の違いがもたらす影響。そして井関さんの「ゾーン」状態など、経験を積むことについて。
そして『マレビトの歌』はスロベニアの「ヴィザヴィ・ゴリツィア・ダンス・フェスティバル」で所謂、劇場版となり、この冬、新潟と埼玉では「凱旋版」へ。金森さんの出演に関しても新たな情報が!
「(舞台芸術って、舞踊と音楽という二つの詩が拮抗して生まれる新たな詩のようなもの」(金森さん)、「金森穣の作品は詩劇」(井関さん)と、お二人とも「詩」をキーワードとして語っておられます。
そして「踊っていても毎回違うテーマが出てくる」「深い作品」「シーンごとに何かを感じてもらえたら」と語る井関さん。これはもう最強の「番宣」ではありませんか!
この度のお二人へのインタビュー、かなりのヴォリュームかつ充実した内容で、とても読み応えがあるものと言えます♪
そのインタビュー全文はこちらからどうぞ♪ 『マレビトの歌』への大きな期待感に包まれること、間違いありません。是非ご熟読を。
その『マレビトの歌』新潟公演と埼玉公演のチケットですが、本日、りゅーとぴあ会員及びSAFメンバーズの先行発売が始まりましたし、明後日(10/18・土)には一般発売開始となります。よいお席はお早めに♪
(shin)
ウェブ「dancedition」にて好評連載中の「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(9)」がアップされた「2025年10月7日」の日付は、Noismがスロベニア滞在中ということで、(今回も)完全に油断していた以外の何物でもありませんでした。公開から2日経ってのご紹介となってしまってます。スミマセン。
それにしても、今回6年振りの海外公演があるにも拘わらず、その慌ただしさ、忙しさの最中、しっかり入稿締め切りを守る井関さんの律儀さには恐れ入ります。その貫かれた姿勢が可能にしてきた約2週間毎の公開、この先は心して待つことといたします。
では、ここから、その「第9回」のご紹介です。

先ずは、外部振付家招聘企画の第4弾、トリプルビルの「OTHERLAND」(初演:2011年5月27日・新潟、滋賀)です。演目は、アレッシオ・シルヴェストリン演出振付の『Orime no ue』、稲尾芳文&K.H.稲尾演出振付『Stem』、そして金森さん演出振付『Psychic 3.11』の3作品。いずれも作風や手法、そして味わいを異にする3作で、(当たり前のことに過ぎませんが、)「舞踊」の幅広さ・奥深さをまざまざ感じさせられる思いがしました。井関さんが語った言葉からも、そのあたりの三者三様振りが読み取れますね。
また、井関さんが「実際に起こっている出来事以上のものを感じる」とした『Orime no ue』、「動きたくなってしまう」舞踊家の性(さが)に向き合ったという『Stem』。そして、「ユニゾンを(金森さんと)二人で踊ると驚くほど合う」との言及を頷きながらも、興味深く読んだ『Psychic 3.11』。その3作をまた並べて観てみたい気持ちになりました。
で、個人的な事柄で恐縮ですけれど、当時、まだ「Noism歴」が浅かった私にとって、「初」ジェームズくんだったのが、この『Psychic 3.11』でした。で、舞台上に展開される追悼の舞踊を追いながらも、横倒しにされたままのジェームズくんが「そろそろ起き上がる筈」とばかり、何度も何度も目を向けては、その「動き」を待ったことを懐かしく思い出します(笑)。
続いて、「サイトウ・キネン・フェスティバル松本2011」でのオペラ『青ひげ公の城』op.11(小澤征爾・指揮)とバレエ『中国の不思議な役人』op.19(沼尻竜典・指揮)(初演:2011年8月21日・まつもと市民芸術館)です。
オペラ『青ひげ公の城』での「世界の小澤」描写は読んでいるだけでもその凄みが伝わってきますし、他にも様々な大変さはあったようですが、この先、金森さん演出振付のオペラもホント観てみたいです。
バレエ『中国の不思議な役人』は、その後(翌2012年)、観る機会に恵まれたのですが、他のNoism作品ではついぞ見ることのない(「スーパー歌舞伎」的な)大がかりな「外連(けれん)」が実に小気味よく、ぽか~んとしながら観ていたと思います。同時に美しくて、物悲しくて…。
そして、齋藤秀雄さんの門下生が集結したこの国のスーパー・ヴィルトゥオーゾ軍団と言うべき「サイトウ・キネン・オ-ケストラ」とのこの共演の機会は、同オーケストラでヴァイオリンを弾いていた矢部達哉さん(東京都交響楽団ソロ・コンサートマスター)とのその後の交流の端緒としても大きな意味を持つものと言えます。
そのあたりのことを井関さんとの「柳都会」vol.28(2024年2月4日)で、矢部さんが語っていますから、どうぞそちらも併せてお読みください。
そんなふうに、今回も多岐にわたって、興味深い事柄ばかりの「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(9)」はこちらからもどうぞ。
(先日の公開リハーサルの折に、井関さんにあの『ほいたらね』についてお伺いしたところ、使ったことはないとのことでしたので、その朝ドラも既に終わってしまっていますし、ここは普通に、)それではまた、ということで。
(shin)