感性の領域を押し広げられずにはいない2演目-Noism0 / Noism1「領域」新潟公演初日♪

雲が垂れ込めた鈍色の低い空からはひっきりなしに雨が降り続け、湿度が高かったばかりか、時折、激しい風雨となる時間帯もあり、まさに憂鬱そのものといった体の新潟市、2023年6月30日(金)。しかし、私たちはその憂鬱に勝る期待に胸を膨らませて、19時を待ち、劇場の椅子に身を沈めたのでした。Noism0 / noism1「領域」新潟公演初日。

ホワイエにはこれまでの外部招聘振付家による公演の(篠山紀信さん撮影の)写真たちやポスター等が飾られていたほか、見事なお祝いのスタンド花もあり、それらによって、内心のワクワクは更に掻き立てられ、舞台に臨んだのでした。

開演時間を迎えると、顕わしになったままだった舞台装置の手前に緞帳が降りてきて、客電が落ちます。それが再びあがると、Noism0『Silentium』は始まりました。沈黙と測りあうような音楽はアルヴォ・ペルト。先日の黒部・前沢ガーデン野外ステージでの『セレネ、あるいはマレビトの歌』に続いてのペルトです。そして、数日前にビジュアルが公開された金色の衣裳は宮前義之さんの手になるもの。眩い金一色に身を包んだ金森さんと井関さん。久し振りに髪が黒くなった井関さん、たっぷりした衣裳の金色も手伝って金森さんと見分けがつかなくなる瞬間も。そのふたりが絡み合い、動きに沈潜していくと、2体だった筈の身体領域は溶け合い、ほぼ一体化してしまい、もはやふたりには見えてきません。それは「じょうさわさん」と呼ばれるのが相応しいほどで…。おっと、まだまだ書きたいのですが、ネタバレみたいになってもいけませんし、これがギリギリ今書ける限度でしょうか。ただ一言。観ている側も己の感性の未踏の領域を逍遥せしめられるとだけ。

15分の休憩を挟んで、ノイズが轟くと、二見一幸さん演出振付のNoism1『Floating Field』です。こちらは以前の公開リハーサルで全編通しで見せて貰っていたのですが、照明と衣裳があると、(ほぼ身体だけを用いることは変わらないのに、)やはり格段にスタイリッシュで、実に格好いい仕上がりになっていました。そして小気味よく心地よい動きの連鎖や布置の更新の果てに何やら物語めいたものが立ち上がってくるかのようにも感じられます。随所で、脳内の「快」に関する領域(扁桃体)をくすぐり、ドーパミンの放出を迫ってくる憎い作品と言えるでしょう。

そしてこの日はアフタートークが設けられていて、地域活動部門芸術監督・山田勇気さんと二見一幸さんが登壇し、『Floating Field』に関して、主に客席からの質問に答えるかたちで進行していきました。なかから、いくつか、かいつまんでご紹介します。

Q: 誰がどこを踊るかはどう決めたのか?
 -A: 直接、触れ合ったなかで、ワークショップの様子などを観察して決めた。

Q: 二見さんの「振り」・動きはどうやって出てくるのか?
 -A: まず適当に音楽をかけて、即興で動きを作っていく。そのなかで、伝えら
れないものは排除して、相手の舞踊家に「振り」を渡して、キャッチボールするなかで、刺激されながら作っていく。
音に合わせている訳ではなく、音と関係ないところで作っていくが、そのうち、音が身体に入ってきて、自然と合っていく。 

Q: 作品を作るときに信条としているものは?
 -A: 自分のやりたいと思ったものが心に訴えかけるものでないこともある。客観的に判断して、独りよがりにならぬよう修正・変更したり、変えていく勇気を持つこと。

Q: 井関さん曰く、「金森さんと共通性がある」とのこと。どこだと思うか?
 -A: グループを組織して牽引していることから、メンバーを活かすことやタイミング的にどういったものを踊ったらよいか考えているところかと思う。

Q: Noism1メンバーの印象は?
 -A: 踊りに対して向き合う姿勢がプロフェッショナル。と同時に、ふとした瞬間に、可愛らしい人間性が垣間見られた。一回飲みに行きたかった。(笑)

Q: テーマ「領域」について
 -A: まず、二見さんが送ってくれた「演出ノート」があり、金森さんも同様に、お互いに作りたいものがあり、そこで共通するものとして「領域」と掲げた。
舞台の空間(領域)において発表することを前提に、Noism1メンバーのコミュニケーションの在り方、繋がり、意識、身体を用いて、最後は天昇していくイメージでクリエイションを行った。

…とそんな感じだったのでしょうか。最後に、山田さん、「二見さんはご自分でも格好いい踊りを踊る」とし、更に「(二見作品は)その日によって見え方も変わってくると思う。まだチケットはありますから、また見に来てください」との言葉でこの日のアフタートークを結ばれました。

あたかも「万華鏡」のように、舞台上の様々な場所で動きが生まれ、踊りが紡がれて、様々に領域が浮遊するさまを楽しむのが二見作品『Floating Field』だとするならば、金森さんと井関さんがそれぞれ領域を越境し、侵犯し合い、「じょうさわさん」と化して展開する一部始終に随伴することになる金森作品『Silentium』。畢竟、いずれも観る側の感性の領域は押し広げられて、見終えたあとには変貌を被った自らを見出すことになる筈です。

「ホーム」新潟での残り2公演、お見逃しなく!

(shin)

「領域」マスコミ向け公開リハーサルに行ってきました!

2023年6月23日(金)。梅雨の晴れ間の薄曇りのお天気の中、りゅーとぴあ〈劇場〉で、マスコミ、視覚・聴覚障がいのある方、活動支援会員 対象の公開リハーサルが開催されました。

12時30分になると、視覚・聴覚障がいのある方と付き添いの方10数名は最前列の席に案内され、そのほかの人たちは2階席へ。

最初はNoism0『Silentium』です。20分間見せてくれるそうで、全編通しかな?とドキドキしますが、照明・衣裳はまだとのこと。
ステージには既に金森さんと井関さんが待機していました。ほどなく客席が暗くなり、美しい音楽が流れ、お二人が踊り始めます。

もう~「美しい」としか言いようがありません。
目が吸い寄せられて、極上の情景に瞬きもできません✨

しかし、この悦びは6分ほどで終了してしまいます。(涙)
動きを止めた金森さん・井関さんは、音楽も止めて、ステージ上であれこれ動きの確認を始めます。しばらくすると、ひとつの動きを何度も何度も何度も何度も繰り返しますが、納得がいかないようです。そうこうしているうちに予定の20分が過ぎ、リハーサルは終了しました。
これはもう、本番の楽しみが爆上がりですね!

その5分後にNoism1『Floating Field』リハーサル開始。こちらも20分間です。
スタジオBで先週見せていただきましたが、今回は衣裳を着用し、照明もできあがっていて、しかも劇場のステージ!

雰囲気が違うのも当然でしょう。
印象は「カッコいい!」です!
まあ~何やらキレが良くて素敵な場面が次々と繰り出されて、こちらも瞬きができません。
舞台装置も照明もシンプルながら幻惑されるような感覚があります。

スタジオBでは30分間見せていただきましたが今回は20分で、キリのいい所でリハーサル終了。
残り10分、超気になります!
こちらもいやが上にも期待が高まります!

リハーサル終了後、劇場ホワイエで、二見さん、金森さん、井関さんを囲んでの取材です。
テレビはBSN、新聞は新潟日報、どうぞご覧くださいね!
お話をかいつまんでご紹介します。

二見:
・舞台は特別な空間。身体、空間、時間が浮遊する領域。分断する境界線としてのシート。
・残響を感じながら空間性を表現したい。何か新しいものではなく「普遍性」を感じてもらえれば。
・振付はこちらに来てから、メンバーの皆さんをよく観察して現場で創った。
・普段は限られた時間の中で創っているが、今回は恵まれた素晴らしい環境の中で創作できた。一緒に食事もした。自分の舞踊人生の中で掛け替えのない経験になっ
た。

井関:
・二見さんをお呼びしてよかった。二見さんは穣さんと似ているところがある。メンバーに二見さんの作品を踊ってほしいと思った。
・『Floating Field』というタイトルは先に聞いていた。人は頭で理解しようとするが、無意識、皮膚感覚で感じてほしい。
・皆さんが思っている「領域」というイメージを壊したい。そしてメンバーが感じる領域とは!?

金森:
・『Silentium』は「空間」を先に決めた。それは黒部公演(野外)がきっかけ。人工的に手を加えられないものを劇場に創りたかった。
・ペルトの音楽を聴いて、男女が見えて、自分と佐和子がいいと思った。何かを感じる。
・二人がパートナーとして見られることは気にしない、気にならない。何かの前知識が作品を見るときの心境を左右するのは舞踊に限らず当たり前のこと。
・チケットまだあります。来てください。

今回も素晴らしいですよ!!
チケットが残っているなんてもったいない。何をおいてもぜひぜひ見てください!

来週末、りゅーとぴあ〈劇場〉でお会いしましょう♪

(fullmoon)
(photos by aqua & fullmoon)

「纏うNoism」#08:杉野可林さん

メール取材日:2023/06/19(Mon.) & 06/21(Wed.)

翌週末にダブルビルのNoism0 / Noism1「領域」公演が迫り、準備に余念がない頃かと思われますが、その最中、杉野可林さんとのやりとりをさせて頂き、ここに「纏うNoism」の第8回をお送りする運びとなりました。ホント有難いことです。先の『Der Wanderer -さすらい人』での胸を打つ感動的な踊りの記憶も新しい杉野さん。今回は様々に「纏う」杉野さんを拝見して参りましょう。

「ファッションで最も難しいのは、そのロゴで知られることではなく、そのシルエットで知られることだ」(ジャンバティスタ・ヴァリ)

それでは「纏うNoism」杉野さんの回、始まりです。

纏う1: 稽古着の杉野さん

おおっとぉ、まさかの横倒し!
手は90°、足は30°、頭は40°くらいでしょうか、コレ。

 *このスタイルも今までにないもので、まずは登場の仕方にも気を遣っていただき、有難うございます。では、この日の稽古着について教えてください。

 杉野さん「このTシャツはユニクロで購入したもので、数年前から気に入って着続けています。胸元にアポロチョコのイラストが描いてあるのと、生地が薄くすっきりとしているところが好きです」

 *おお、ユニクロのコラボTシャツ!侮れませんよね。で、杉野さんのチョイスは可愛いピンクに可愛いアポロが3つ♪で、アポロ、明治(製菓)が1969年から製造販売しているロングセラーの名作チョコレート菓子ですよね、言わずと知れた。
 「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」(アームストロング船長)で有名な米国による人類初の月面着陸。そのアポロ11号の司令船を模したフォルムで、着陸のすぐ後に発売されたお菓子、アポロ。
 この頃のお菓子のネーミングって社会事象を取り込んだもの多いみたいですよね。1965年発売開始の源氏パイ(三立製菓)がNHKの大河ドラマ『源義経』にあやかったものだったりとか。
 おっと、のっけから話が逸れまくりでスミマセン。戻します。ユニクロのコラボTシャツにはマンガの有名キャラクターなども取り上げられたりしていますが、他には何かお持ちですか。

 杉野さん「あとはユニクロのTシャツは一枚も持っていません。(笑) 他のTシャツはNoismTシャツやご当地Tシャツなどを着ています」

 *なるほど。NoismのTシャツも種類豊富ですしね。私も毎日、色んな過去ものをとっかえひっかえ着ています。あと、ピンク、お似合いですけれど、杉野さんのお好きな色なのですか。

 杉野さん「ピンクは一番好きな色です! 昔から好きで、今もストレッチポールやタオル、イヤホンなどがピンク色です」

 *あの画像見てわかります、わかりますとも。好きな色って、気分を上げてくれますからね。そんな様子が伝わってくる画像ですよね。私もピンクとか赤とか好きですけど、それとは無関係に、いい画像だなと。

 *ついで、稽古着に関して「お約束」の質問です。お好みの靴下などありますか。お気に入りポイントも教えてください。

 杉野さん「リハ用の靴下は全部無印良品のものを使用しています。適度に薄くて足先が綺麗に見えるかなと思って履いてます。色は様々で、ピンクや緑なども履いています」

 *杉野さんはこれまで被りのない無印良品派。靴下ひとつとっても好みは色々なんですね。人それぞれ。無印良品の靴下、今度試してみなきゃって思ってます。世界が注目する「ブランド」ですしね、「MUJI」。

纏う2: 杉野さん思い出の舞台衣裳

 *これまでの舞踊人生で大事にしている衣裳と舞台の思い出を教えてください。

 杉野さん「2021年に開催された『Dance Dance Dance @YOKOHAMA』でNoismと小林十市さんの共演の時に着た衣裳です。まさか同じ空間でリハーサルをするだなんて夢にも思っていませんでした。写真は衣裳合わせのオフショットとして十市さんに撮影していただきました!」

 Noism Company Niigata × 小林十市『A JOURNEY ~記憶の中の記憶へ』ですね。素敵なワンピースですよね。この衣裳自体の思い出やお気に入りポイントなども教えてください。

 杉野さん「お気に入りポイントは裾のフリルとリボンの可愛さです。あとスカートがしっかりとしていて、回ったりするとふわっと広がって少しお姫様みたいな気分になれます!」(笑)

 *上の2枚はどちらも十市さん撮影なのですか。宝物の写真ですね。
それと、「どうして訊かないんだ?」と怒られる前にお訊きしますが、ご一緒にリハーサルをされた時の十市さんはどんな風だったか教えてください。

 杉野さん「目線の向け方や動き方などふとした瞬間もとてもオーラがあり、思わず見とれてしまっていました。(笑) 休憩中では気さくに話しかけてくださったのでとても嬉しかったです」

 *でしょうとも、でしょうとも。気が付くと一ファンに戻っちゃってる瞬間があったりしたのでしょうね。凄く貴重な体験をされましたね。「憧れていると超えられない」(大谷翔平)なんて言える人はごくごく僅かで…。(笑)うん、やっぱり普通に「羨ましい体験」の範疇ですね、それ。うん。そうです。そうそう。

纏う3: 杉野さんにとって印象深いNoismの衣裳

 *Noismの公演で最も印象に残っている衣裳とその舞台の思い出を教えてください。

 杉野さん「『春の祭典』の衣裳です。Noismに入って初めての穣さんとのクリエイションだったことと、楽譜を片手に振りを創っていくというのが驚きでした。本公演前にはリノリウムに皆で色を付けていったのも思い出に残っています」

 *楽譜を片手のクリエイションとは驚きですね。楽譜は皆さん読めるのでしょうか。あと、そもそも、これまでに他にも楽譜を片手のクリエイションというのはあったりしましたか。

 杉野さん「楽譜を読むのも高校生以来で、クリエイション中に楽譜を使用するのは人生で初めてのことでした。
 読んでいて分からない部分があった時は音楽をやっていたりおちゃん(=三好綾音さん)に、皆聞いたりしていました」

 *Noism Web Siteへのリンクを貼ります。
 2021年の『春の祭典』の画像をどうぞ。

そうそう、あのリノリウム。前年のプレビュー公演のときには「白」だったものが生命力の爆発を思わせる着色がされていたのでした。その色塗り、杉野さんは主にどんな場所にどんな色を塗ったのでしょうか。

 杉野さん「どこに色を塗ったかはあまり覚えていません。(笑) 一発勝負だったので皆で相談しながら思い切って色を入れてました」

 *ですよね。愚問でした。相談しながらも、勢いのままに、って感じだったのでしょうね。うん、うん。

纏う4: 普段着の杉野さん

 *この日のポイントと普段着のこだわりを教えてください。

 杉野さん「この花柄のシャツは叔母が昔着ていたのをおさがりでもらいました。
冬はシンプルなものが多いですが、夏は柄物をよく着ています。特に花柄が好みです」

 *上品な花柄のシャツですね。おさがりとは!素材はシルクですか。それとも…。

 杉野さん「シルクです!」

 *そうですか。やはり。着心地もよいのでしょうね。しっかり着こなしておられますね。素敵な帽子も含めて、全体が「絵」になっていますね。キャスケット帽でしょうか。帽子はよくかぶられるのですか。帽子についても教えてください。

 杉野さん「ロングヘアーだった時はあまりかぶっていなかったのですが、髪を短く切ってから帽子をかぶるのもアリかもしれないと思い始めました。今持っているのはキャップとキャスケットです」

 *ホントよく似合ってますね。他の帽子をかぶっているところも見たいです。

 *あと、「冬はシンプル」とのことですが、冬のお洋服の色目は黒中心だったりするのですか。

 杉野さん「色はそんなに気にしてはいないですが、冬だと柄物は少なくて一色のみのモノが多いです」

 *なるほどです。で、大阪生まれの杉野さんにとって新潟の冬はどんな感じでしょうか。

 杉野さん「私の地元はほとんど雪が降らなくて、積もっても1~2センチほどだったので、オーディションで初めて訪れた時に駐車場に集められた雪の山を見て衝撃を受けました」

 *ですよね、もろ衝撃だったことでしょう。でも、今はその「雪国」の一市民ということですからね。人間は順応する生き物なのですね。もうそんな雪もすっかり楽しめるようになっているものと思います。
杉野さん、どうも有難うございました。

杉野さんからもサポーターズの皆さまにメッセージを頂いています。

■サポーターズの皆さまへのメッセージ

「日頃からの応援、誠にありがとうございます。皆様からの声援が本当に励みになっております。
より良い舞台をお届けできるよう日々精進してまいりますので、これからもどうぞよろしくお願いします」

こちらこそ、「領域」公演を控えた忙しい時期にどうも有難うございました。『Floating Field』での躍動、楽しみにしております。といったところで、「纏うNoism」第8回、杉野可林さんの回はここまでとなります。

これまで、当ブログでご紹介した杉野さんの次の記事も併せてご覧ください。

 「私がダンスを始めた頃」#21(杉野可林さん)

杉野さんには、今後、いずれかのタイミングで、現在、休載中の「ランチのNoism」にもご登場頂きたいと思っておりますので、その際はどうぞ宜しくお願いします。

ということで、今回の「纏うNoism」杉野さんの回、いかがでしたでしょうか。では、また次回をお楽しみに♪

(shin)

「領域」活動支援向け公開リハ、『Floating Field』の熱気を全身で受け止める♪

2023年6月17日(土)午後の新潟市は太陽がギラギラ照りつけ、ぐんぐん気温が上昇して、もう一気に夏が到来したかのような陽気でした。そんななか、りゅーとぴあのスタジオBまでNoism0 / Noism1「領域」の公開リハーサルを観に行きました。

15時からのリハーサルに向けて、10分前の14時50分、スタジオBに入ったところで、この日見せて貰うNoism1『Floating Field』を演出振付した二見一幸さんの姿を認めましたので、fullmoonさんと一緒にご挨拶。二見さん、穏やかで優しそうな、とても腰の低い方でした。

場内には、今回久し振りに踊られる浅海さん、三好さん、中尾さん、庄島さくらさんとすみれさん、坪田さん、樋浦さん、杉野さん、糸川さんそして横山さん(準メンバー)、合わせて10人の舞踊家がそれぞれに動きの確認をしています。まず、目は自然と浅海さんを追うことになりましたし、同時に、かつて二見さんに師事し、同氏のダンスカンパニーカレイドスコープに所属していた横山さんへの興味にも大きなものがありました。

開始予定時間になると、国際活動部門芸術監督の井関さんが挨拶に立ち、二見さんをご紹介くださいました。そして二見さんに「もう始めちゃって大丈夫ですか」と振ると、「じゃあよろしくお願いします。参りましょう」と応じた二見さん、上に触れた通りのお人柄が窺えました。

深海を思わせるような揺らめくような、漂う(floating)ような音楽に水泡のようなノイズ。(個人的な印象です。)まず、上手(かみて)やや手前に位置する中尾さんがひとりで踊り始め、次いでその奥、庄島すみれさんと坪田さんがそれに続き、その後、下手(しもて)側も稼働し、遂にはアクティングエリア全面をフルに使った10名の踊りに繋がっていきます。舞台上の「領域(field)」が更新されていくある演出もあります。そちらもお楽しみに。

と、7分ほど過ぎたところで、CDにトラブルが発生し、リハーサルが中断するというアクシデントに見舞われることに。それに対処しているあいだ、中尾さんが寛いだ笑顔で私たちの方を見てくれています。そして曰く、「緊張が少し解けました。めっちゃ緊張していたから」と。他のメンバーからも「洸太、緊張してたね」との声が聞こえてきました。レアなことだったのでしょうが、意味のあるアクシデントだったようです。同時に、井関さんが中尾さんに指で何やら「3」の数字を伝えています。中尾さんも笑顔で同じ仕草を返しました。「3?何だろう?」そう思っていたところ、「今ので3回目。今日は2回通しているんで」と教えてくれた中尾さん。有難うございました。私たちも和みました。

トラブルシューティングが済んで以降は、淀みなく無事にリハーサルが進行していきました。

まさに「万華鏡」よろしく、音楽がそのボディを回転させるにつれ、オブジェクトケース内の舞踊家たちが現れたり消えたり、位置を変え、動きを変え、フォーメーションを変え、関係性を変え、或いは連動し、繋がり、またはシンクロし、と千変万化の様相を呈して踊っていきます。それも広いアクティングエリア上のあちこちで新たな動きが生じたりするものですから、その情報量の多さに、おのれの目の不自由さを痛感しながらも、この上なく贅沢な作品を見せて貰っている、そんな豊かさに浸りました。一度では見切れないことは間違いなさそうです。

そして同時に、Noism Company Niigataの身体性と二見さんの演出振付の間に高い親和性が認められることにも触れなければなりません。振り付ける側にも、踊る側にも、よそゆきな感じなど一切見られなかったと言い切りましょう。まさに出会うべくして出会った二者。それもまたこの作品を観る贅沢さに繋がる要素でしょう。

約30分の贅沢。どんどん加速度的に盛り上がっていく作品に、観る側の昂揚もマックスに達したところで、パチンと指を鳴らし、「ハイ」と声を掛けた二見さん。この日の通しの公開リハーサルの終了です。

「観ているこっちも動いた気分になりましたよね」とは井関さん。その流れで、二見さんにバトンを渡したところ、「トラブルがあり、すみませんでした」からの、まさかの「緊張してちょっと言葉が出ない…」と多くを語らなかった二見さん。その熱気を全身で受け止めたことで、まだドキドキが収まらない凄い作品とは裏腹に、これまた第一印象のままの謙虚なお人柄は、そのギャップが実にチャーミングで、まさに「ギャップ萌え」状態でした。

稽古場(スタジオB)でやるのは、これが最後だったのだそうで、あとは場所を〈劇場〉に移し、マスコミ向け公開リハーサル(来週6月23日(金))を挟んで、いよいよ再来週には本番(6月30日(金)~7月2日(日))3日間のダブルビル公演となります。その初日には二見さんと山田勇気さんが、2日目には金森さんと井関さんがそれぞれアフタートークに登壇します。チケットは只今、好評発売中。アフタートークでは何でも質問することができますし、まだまだ繰り返して複数回観るチャンスもあります。是非この贅沢な機会をお見逃しなく!

(shin)

「纏うNoism」#07:樋浦瞳さん

メール取材日:2023/05/20(Sat.) & 06/01(Thur .)

去る2023年5月20日(土)&21日(日)の僅か2日間のみ屋外舞台にその姿を現したNoism0+Noism1『セレネ、あるいはマレビトの歌』。「黒部シアター2023 春」前沢ガーデン野外ステージのその初日の日付で、わざわざアンケートにお答えくださった樋浦瞳(あきら)さん。そこから「纏うNoism」第7回、樋浦さんの回のやりとりが動き出しました。画像もその前沢ガーデンで撮影して頂きましたし、サポーターズへの気配りをもちながら、黒部で踊っておられたのだと知ることの有難さといったらないでしょう。では、その「纏う」樋浦さんをお楽しみください。

「流行に夢中になってはだめ。ファッションにあなたを支配させてはだめ。その着こなしと生き方によって、あなたが誰で、どう見せたいかは自分で決めればいい」(ジャンニ・ヴェルサーチ)

それでは樋浦さんの「纏うNoism」始まりです。

纏う1: 稽古着の樋浦さん

 *おお、「あの」前沢ガーデン!裸足!野性味のあるご登場ですね。そしてもう一枚の方、木の陰から「ひょっこりはん」しているのはNoism1準メンバーの横山ひかりさん。そして左側に立つのはNoism2の春木有紗さん。ホントにいい雰囲気の写真ですね。

 樋浦さん「この写真は黒部の前沢ガーデンで撮影しました」

 *ですよね。実に素敵な場所でした。溶け込んでいますね、樋浦さんも、横山さんと春木さんも、ハイ。なにやら、「自然児」というか、自然の一部と化したというか、そんな雰囲気ですね。では、ここではまず稽古着一般についてお話しいただけますか。

 樋浦さん「稽古着は、リハーサル中の作品がどんな衣裳かによって半袖か、タンクトップか、短パンか、長ズボンか変わっていきます。
Noismではいつも黒い服の人が多いのですが、自分は黒い服を着ると緊張してしまうので、普段はあまり着ません」

 *そうなんですね。「黒」を避ける感じなのですね。で、この日のトップスはグレー。そのグレーっていうのは樋浦さんの好みの色なのですか。そして他に稽古着として着るのに好きな色とか、好きなブランドとかってありますか。

 樋浦さん「いちばん好きな色は藍色、紺色です。落ち着きます。スポーツ用品のブランドでは、アディダスの服が多い気がします」

 *なるほどです。短パン、紺色ですものね。樋浦さんが稽古着の色に求めるものは「落ち着き」、理解しました。

 *あと、この日は美しい野外の緑の上ということもあってのことでしょう、裸足ですが、お約束の「アレ」についてもお訊きします。普段の稽古で身につける靴下に好みなどはありますか。

 樋浦さん「最近はユニクロの靴下を履いています。たくさん色の展開があるので毎回選ぶのが楽しいです。あとはナイキの靴下も指が開いて踊りやすいです」

 *ユニクロで色を選ぶ楽しさ、よくわかります。それでも、いつも似たような色選んじゃうんですけどね、私の場合。あと、ナイキの靴下はそうなのですね。メモメモメモ。

纏う2: 樋浦さん思い出の舞台衣裳

 *これまでの舞踊人生で大事にしている衣裳と舞台の思い出を教えてください。

ん?この感じ…?

 樋浦さん「黒田育世さんの『ラストパイ』という作品との出会いは自分の人生の転機でした。衣裳は山口小夜子さんのデザインです」

 *おお、そうなのですね。『ラストパイ』は未見な私が、なにか見覚えみたいなものがあるように思ったのですが、それ、山口小夜子さん繋がりなのだと。基本、黒の装いに赤のラインが走る印象的なヴィジュアルから、米国のスティーリー・ダンによる傑作アルバム『彩(エイジャ)/Aja』(1977)、そのジャケットに写る山口小夜子さんの装いに通ずるものを感じたのでした。じっくり見較べるてみると結構違っているのですが、瞬時に浮かんだ印象です。まあ、それ自体、あくまでも寡聞な私の個人的なものに過ぎませんけれど。

 *話が逸れてしまいましたね。スミマセン。元に戻しまして、その転機となった『ラストパイ』についてのお話、もっと聞かせてください。

 樋浦さん「2018年のDance New Airという東京のダンスフェスティバルでのプログラムとして上演された際に出演しました。この作品は、2005年にNoism05が黒田育世さんに振付委嘱して製作されました。初演時は、穣さんや佐和子さんも踊られていました。
自分がこのとき担ったパートは、初演時は平原慎太郎さんが踊られていたところでした。衣裳も当時から同じものがずっと受け継がれているそうです。何回も床に倒れる振付があるので、左肘に緩衝材があてがわれているのが印象的でした」

 *なるほど、興味深いお話ですね。で、「転機」となったという点について、更にお願いします。

 樋浦さん「自分がこの作品と出会ったのは2017年で、その時は穣さんのパートを踊りました。当時は大学4年生で、もう踊ることはそろそろやめようと考えていました。
穣さんのパートは40分間絶えず踊り続けるので、身体が本当にもげそうになるのですが、この時自分の身体がまだまだもっともっと踊りたいと感じていることに気づいたのです。
本番を終えたあとに、いつも優しい笑顔で話す育世さんが、鋭い眼光で『踊りなさい』と言ってくれました。この時かけてもらった言葉は、今でも自分の舞踊人生を力強く支えてくれています。育世さんは自分の踊りの恩人です。
写真は2018年の公演のゲネプロ後に、誕生日を祝っていただいた時のものです」

 *なるほどです。それはまさしく「転機」ですね。樋浦さんの現在に繋がる重要な「鍵」を握る作品を踊る機会だったってことなのですね。更にそれに加えて、Noismとの「縁」をも感じるお話と受け取りましたが、その2017~18年頃、樋浦さんはNoismに関して、どのような思いをお持ちでしたか。

 樋浦さん「2018年は『NINA』の埼玉公演を観に行って、衝撃を受けました。その時は自分がNoismに入ることは全く考えていませんでした…。でも、元Noismのダンサーと海外のオーディションで出逢ったり、東京で出逢ったり、少なからず影響は受けていたと感じています」

 *導かれるべくして導かれて今に至っている。私たちにはそう思えますね、うん。そうそう。やはり「縁」ですよ、「縁」。

纏う3: 樋浦さんにとって印象深いNoismの衣裳

 *Noismの公演で最も印象に残っている衣裳とその舞台の思い出を教えてください。

 樋浦さん「『Fratres』の衣裳です。禊(みそぎ)へ向かう白装束のような、特別な儀式に向かっていく感じがします。Noismでの踊りはいつもものすごく緊張しますが、この衣装を着るときは特にビリビリとします」

 *はい、はい。わかります。「白」と「黒」、対極と言える見た目の色彩的な違いを超えて、内面的にと言うか、精神的にと言うか、通ずるものがありますよね。で、『Fratres』は樋浦さんにとって、基本、緊張するという「黒」ですから。でも、その「黒」を纏った「ビリビリ」の緊張状態を通過して、作品内世界へと越境し、憑依したりトランスしたりしていくのでしょうね。

 *Noism Web Siteへのリンクを貼ります。
 2019年の『Fratres I』、2020年の『Fratres III』の画像をどうぞ。

 *それこそ、前沢ガーデン野外ステージでの『セレネ、あるいはマレビトの歌』も、途中まで『Fratres』でしたけど、張り詰めた厳かさはあっても、特別、緊張の「ビリビリ」は感じませんでしたよ。

纏う4: 普段着の樋浦さん

凝ったローポジションからの撮影は
前回ご登場の…

 *この日のポイントと普段着のこだわりを教えてください。

 樋浦さん「普段着は、ゆったりとした服を着ていることが多い気がします。
新しい服を買うことが滅多にないので、稽古着も普段着も古着が多いのですが、このTシャツはH&Mで一目惚れして買ってしまいました。お気に入りです」

 *おお、盆栽のTシャツ!凡才の私ですが、何やら惹き付けられるものがありますねぇ。(笑)これ、相当エモイんじゃないでしょうか。添えられた「OBSERVATION(観察)」と「KNOWLEDGE(知識)」というふたつのワードも、描かれた盆栽の松が漂わせる佇まいを引き立てて、何だか意味深ですし!
そして、何より前沢ガーデン(と野外ステージ)というロケーションにピッタリではないですか。こちらのTシャツと前沢ガーデン野外ステージでの公演との間に何か関連はありますか。

 樋浦さん「あまり意識はしていなかったです…。半袖を昼間から着れるくらい暖かくなったので、嬉しくて着ていました」

 *そうなんですね。では、これはそもそものお話になるのでしょうが、古着はお好きと考えていいですか。

 樋浦さん「稽古着はすぐ汚れたり傷がついてしまったりするので、古着の方が気兼ねなく使えるのでよく利用します。あまり古着自体にこだわりが強くあるわけではありません」

 *ほお、そうなんですね、ほお。じゃあ、稽古着として着る古着に絞って、もう少し教えてください。

 樋浦さん「ダンサーの仲間や先輩から、着なくなった稽古着を譲り受けたりすることがあります。人の縁を感じたり、あの人の踊りすごかったなあとか、たまに思い出す時間は自分の支えになっているように感じます」

 *なるほど。そうした場合の古着って、単に古着というだけではなくて、繋がりや記憶も込みの稽古着ってことなのですね。いいお話しです♪

 *あと、これは服からは離れてしまうのですが、最後にもうひとつだけ。首から下げておられるお洒落なカメラについて教えてください。

 樋浦さん「FUJIFILMのX-E3というモデルのカメラです!最近中古で購入しました。レンズもとても気に入っています」

 *昔のフィルムカメラにあったようなボタンとかダイヤルが付いたレトロな感じのカメラなんですね。そして、撮影もカメラ任せのオート撮影機能ではなく、自ら設定を行うモデルのため、撮る人の個性が色濃く出るカメラなのだそうですね。その点、樋浦さんにピッタリかと。うん、お洒落です。カメラもそれをさりげなく首から下げた樋浦さんも♪
樋浦さん、どうも有難うございました。

樋浦さんからもサポーターズの皆さまにメッセージを頂いています。

■サポーターズの皆さまへのメッセージ

「いつもあたたかいご支援をありがとうございます。
感染症への警戒も落ち着いてきましたので、みなさんと直接お会いしてお話しできる機会を心待ちにしております。
今後もみなさんへいい舞台をお届けできるよう、精進いたします」

…ということでした。以上、「纏うNoism」第7回、樋浦瞳さんの回はここまでです。樋浦さん、色々と有難うございました。

これまで、当ブログでご紹介してきた樋浦さんの他の記事も併せてご覧ください。

 「私がダンスを始めた頃」⑳(樋浦瞳さん)
 「ランチのNoism」#19(樋浦瞳さん)

今回の「纏うNoism」、いかがでしたでしょうか。では、また次回をどうぞお楽しみに♪

(shin)

2023年6月1日、JR東日本「トランヴェール」6月号にサポーターズ登場♪

「君が取り上げてくれたから、6月1日はサポーターズ記念日」(笑)

どこかで聞いたようなフレーズですが、暦は水無月の朔日となり、既報(2023/4/19)の通り、JR東日本の新幹線搭載誌「トランヴェール」6月号にて、私たちNoismサポーターズについても取り上げていただきました。

同誌のウェブサイトには以下のような文字が(文字通り)踊っています。

2023年6月号特集 『踊る、新潟。』
「江戸時代末期、日本海側屈指の湊町だった新潟。古町かいわいを歩くと、そうした当時のにぎわいを感じることができる。毎年9月中旬に開催する、江戸時代の盆踊り図に着想を得た新潟下駄総踊り。そして、新潟市が舞踊家の金森穣さんを迎えて誕生した日本初にして唯一の公共劇場専属舞踊団 Noism Company Niigata の奮闘を通じて、新潟市の文化的な豊かさを体験していく。」
(同ウェブサイトより)

…勿論、奮闘するNoismあってのことですが、その「金森穣 Noismを、静かに熱く見守り応援する」私たちサポーターズに目を留めていただき、「以前から、いつか取材したいと思っていました」、そう語ってくださった同誌の編集ディレクター・籔下純子さんに取材していただいたのでした。有難いことです。

取材当日(2023年4月19日)、小一時間に渡って、事務局代表のfullmoonさんをはじめ、acoさん、aquaさんと私、4人でNoismの魅力について、かな~り熱くお話しさせて貰ったことを覚えています。そして、今、そのときの楽しさを感じていただける誌面を作っていただいたことに感謝いたします。

(また、今号にはNoism地域活動部門芸術監督を務めるNoism0・山田勇気さんや、以前、その山田さんの手になるNoism2の名作『赤降る校庭 さらにもう一度 火の花 散れ』で共演した永島流新潟樽砧伝承会、その2代目・永島鼓山を襲名された岡澤花菜子さんについての頁もあるなど、Noismそのものに関しても読み応えありの一冊と言えます。)

Noism(と私たちサポーターズ(笑))に興味をお持ちの方は、是非、今月(生憎、6月は「小の月」で、30日しかありませんし)、こぞってガンガン、JR東日本の新幹線にご乗車いただき、お手に取っていただけたらと思います。(笑)

*下の画像2枚(↓)はfullmoonさんが実際に新幹線に乗車して撮影したものです。大勢の方々の目に触れることでしょう。嬉しいことです。

そしてこれをきっかけにサポーターズの存在を認知された方々、私たちと一緒に静かに熱く、そして楽しく、Noismを応援していきませんか。皆さまのご参加を心よりお待ちしております。

(shin)

金森穣の著書『闘う舞踊団』、『Der Wanderer—さすらい人』東京公演( Noism0 / Noism1 )

吉田 香(編集者・ライター)

金森穣が2023年2月1日に著書『闘う舞踊団』を上梓した。2004年4月に日本初の公立劇場専属の舞踊団としてNoismが発足してから現在までの“闘い”を赤裸々に語っている。それは、金森個人やNoism、あるいは新潟市に限った苦労話ではなく、日本全体で考えなくてはならない劇場文化についての問題である。海外では、劇場が舞踊団を丸ごと抱え、スタッフの賃金、社会保障、環境等を提供する「劇場専属の舞踊団」は一般的だが、Noism発足から19年経った現在でも日本にはNoism以外にない。貴重な経験を書籍としてシェアしてくれた金森の勇気に感謝したい。

新潟市の劇場「りゅーとぴあ」を拠点とし、市のサポートを受けて活動できるのは非常に恵まれた環境だが、設立当初は更衣室さえなく、りゅーとぴあ側にNoismの担当者が一人もいないなど、ゼロからの立ち上げだった。その後、3年ごとの更新を繰り返し、2018年にはNoismの存続の是非が新潟市長選挙の争点にまでなった。存続が決まってほっとしたのも束の間、コロナ禍に突入である。そんな中、2021年10月に新潟市が新しいレジデンシャル制度を発表した。これにより芸術監督の任期が1期3年から5年に延長、最長で2期10年となった。そして、井関佐和子がNoism0とNoism1を率いる国際活動部門の芸術監督に、山田勇気が研修生カンパニーであるNoism2を率い、若手舞踊家の育成や市民へのアウトリーチ活動を行う地域活動部門の芸術監督に就任。金森は、全体を統括する芸術総監督となった。

この新しいレジデンシャル制度をどう捉えればよいのか、正直言ってよく分からない。これまでの3年という細切れの更新では新しいことに取り組み難かっただろう。その意味では、芸術監督の任期が1期5年になったのは喜ばしいが、最長10年という期限はどうなのか。金森はともすれば独裁的と捉えられてしまうが、その圧倒的な創作の才能と強力なリーダーシップでNoismを率い、作品は国内外で高い評価を受け、2021年には紫綬褒章を受章するまでになった。10年後にNoismはどうなるのか。もし別の団体がりゅーとぴあの専属になったとして10年という期限はどうなのか、疑問は尽きない。しかし、新潟市と(りゅーとぴあを運営・管理する)新潟市芸術文化振興財団が、これまで金森に任せきりで、場当たり的に対応してきたことを振り返って、制度に落とし込もうとする姿勢は間違いなく進歩だろう(本来は設立当初に決めておくべきことだったが)。筆者は、金森がもっと創作活動に集中できる環境にならないものか、そうした環境で創った作品を観たいと常々思って来た。金森自身や井関は、著書やインタビューなどで“Noism=金森穣”からの脱却を抱負として語っている。金森の美意識やメソッドが透徹した世界観を舞台に現出させるには、常に緊張感が必要だろうが、井関と山田にも監督という肩書が付いたことであるし、金森一人の肩にのしかかっていた重荷を少しでもおろして、アーティスト金森穣の新たなステージに進むことを期待している。

さて、Noism新体制での初の公演が『Der Wanderer—さすらい人』だった。この節目で金森が選んだのは、フランツ・シューベルトの21の歌曲で、メンバーは、井関、山田、そして二人よりもずっと若い9人の舞踊家。愛と死をテーマに全員にソロパートを作るというものだ。金森がシューベルトの全ての歌曲を聴いて、メンバーそれぞれに合った曲を選出した。ソロについて金森は作品のDirector’s noteに次のように書いている。

Noismの強みは何をおいても集団性である。朝から晩まで集団活動をする事ができる場所を有し、独自の訓練法を有し、その活動に100%集中することを可能にする生活保障を得ている集団は、この国には他にないからである。しかし強みは時として弱みとなる。集団としての強度は帰属意識や連帯意識を生むけれど、代わりに個人の自立、責任や覚悟を抱く機会を奪いかねない。集団の力と個人の力、そのバランス。その取り方が集団の独自性を規定するし、その成熟こそが集団の成熟を意味する。ならばその方法の一環として、メンバー一人ひとりにソロを作ろう。そう思った。(中略)一人ひとりがソロで立てるだけの力量を有した個人の集合としての集団。それが新生Noismのめざす集団性であるということである。

舞台前方と後方に赤い薔薇が1本ずつ横一列に床に刺さっている。カミテ後方にドアがあり、白いドレスの井関が現れる。井関は『彼女の肖像』『影法師(ドッペルゲンガー)』をメインで踊り、この世の者ではない存在のようだ。トランクを持った旅人のような山田がシモテ前方に座り、皆を見守る。山田は『鴉』『さすらい人の夜の歌』を踊り、作品のタイトル“さすらい人”を体現している存在だ。前半は愛、後半は死にテーマが変わる。愛と生命の象徴である薔薇の列を境界として、ダンサー達がその前方、あるいは後方に倒れて行くことで死を表している。

『糸を紡ぐグレートヒェン』や『トゥーレの王』など、女性二人のデュオは、業や情念を感じさせる力強いものだった。『魔王』は、若い男性三人が、恐怖におののき、お互いにしがみつくようにリフトを繰り返す。これぞ金森という緊張感と繊細さが共存する振付で、公演の白眉だった。

観客に背中を向けて立ち、片足を頭の上まで高く上げる、それだけで多くを語る圧倒的な存在感の井関、新たな役職そのままに若手を見守るような包容力を擁し、作品全体を貫く「さすらい人」の寂寥感を漂わせる山田。このNoism0の二人とその他のメンバーのギャップは大きい。特に男性陣は、前半の、時にロマンティックに、時にユーモアを交えて軽い調子で愛を語る場面では幼さが目立った。

ソロに関しても若手は、金森の言う「一人ひとりがソロで立てる」ようになるには時間が掛かりそうだ。しかし、このタイミングでこのチャレンジを課すのは絶妙であるし、日々集団で活動する彼らにとって、非常に良い経験になったに違いない。そして、金森が自身の為にソロを作ってくれたいう事実を噛みしめていたことだろう。

通常、Noism1やNoism2との創作の場合、振付を生み出すことよりも、それを実践するための身体の使い方を教える方に、膨大な時間と熱量が必要になる。その繰り返しが、設立からいままでのクリエーションだった。Noismにおける私の創作活動は常に、芸術活動であると同時に教育活動であったのだ。(中略)だから育てた舞踊家が去っていくとき感じるのは、「傷ついた」というような感傷よりも、高いクリエイティビティの実現がまた遠のいてしまうことに対する、徒労感だ。(『闘う舞踊団』)

地方の劇場専属舞踊団ならではの苦悩だろう。井関が、山田が、そして金森が、共に対等に踊り、共にカンパニーを運営して行くことができる舞踊家が育つことを心待ちにしている。

(2023/02/24 19:00 世田谷パブリックシアター)

PROFILE | よしだ かおる
3歳から16歳までクラシックバレエを学ぶ。ニューヨーク市立大学にて文化人類学を専攻するかたわら、バイリンガルのフリーペーパー『New York Dance Fax』(後の『The Arts Cure』)で舞踊批評や特集記事の執筆、翻訳を手がける。修士課程終了後、2004年に帰国。以降、雑誌や新聞の記事や広告のライティングと編集業務を行っている。『The Dance Times(ダンス・タイムズ)』運営メンバー。

「黒部シアター2023 春」前沢ガーデン野外ステージでの「稀有な体験」が語らしめたインスタライヴ♪

2023年5月23日(火)の夜20時から、昨年夏以来の金森さんと井関さんによるインスタライヴが配信されました。語られたのは前週末の2日間のみの野外公演のこと。僅か2日間のみその姿を現し、私たちの日常を活性化して去っていったまさに「稀人」のような『セレネ、あるいはマレビトの歌』とそれが踊られた舞台「前沢ガーデン野外ステージ」について、その「稀有な体験」が語らしめたアフタートーク的内容だったと言えます。全編(作品とほぼ同じ尺の約55分)はおふたりのインスタアカウントに残されたアーカイヴからご覧いただくとして、ここではかいつまんでご紹介させていただきます。

☆前沢ガーデン野外ステージでの公演、そのいきさつ: 昨夏、「御大」鈴木忠志氏から「金森、やってみるか」とお声掛け(=「挑戦状」)があり、0.5秒後にスケジュールも何も見ないままに「はい」と即答。「師匠」からの「新作」の依頼は2019年の『still / speed / silence』以来、2度目。中途半端なものは見せられない。気合が入る。それは井関さんも同じで、「何なら俺よりも(気合が入る)」と金森さん。対する井関さんは金森さんのことを「外からの『異物』があったときに燃える。本能的に闘いにいく人」と。

★「御大」の感想: はからずもその2回、褒めてくれた。今回、初日の後、ひとつ指摘をいただいた。「御大」からの指摘は常に具体的で、得心させられる。今回も「ああ、まさに」と感じ、対処した。「感覚ではなくて、具体的。聞いているだけで『画』が見える」(井関さん)

☆その「御大」の指摘: 空間の演出の仕方、バランスのとり方。その作品に限ったことではなく、もっと舞台芸術・総合芸術・空間芸術・実演芸術の本質に根差したもの。未来のクリエイションに繋がる指摘。野外ゆえの壮大なものを見つつ、舞踊家の身体、精神まで見てのもの。

★素晴らしい施設での「合宿」: 常に一緒。「スポーツでは必ず合宿やるんだ」と鈴木さん。「同じ釜の飯を食う」こと、集団性において意味大きい。

☆ゲネプロの日(金曜日)の雨: その夜の通し稽古、凄かった。冷えた空気のなか、火照った体から水蒸気が発散された。「まるで『北斗の拳』」(井関さん)「生まれてくる熱量が可視化された」(金森さん)

★アルヴォ・ペルトの音楽: 全編、ペルト。昨秋、会場(東洋的な森林に囲まれた西洋的な建築物、その融合した世界観)を見てイメージしたとき、合いそうだと思ったと金森さん。ペルトの歌曲は珍しいが、最後にそれを見つけたときに「ああ、これだ」と思った。

☆空間の使い方の工夫: 黒い舞台とその奥の緑の芝の丘、その境界をどう解釈して、どうつかむか。それが今回の作品の核だった。此岸と彼岸。その境を超えてやって来るマレビト。空間的なことって、現場に行かなければダメ。そこでアジャストしたつもりが、「御大」から「でもさあ、1個だけ…」と指摘があった。その指摘のキーワードは「7,3,1」と明かした井関さん。それに関して金森さん、「自分の作ったものに対して批評的な視座をもつためには冷静さが必要なのだが、最後のシーンについては感情移入してたんだと思う」

★野外ステージの魅力: 「せっかく良いもの出来たのにさあ」と金森さん。新潟にも野外劇場を!上堰潟(うわせきがた)公園とかに。前沢ガーデン野外ステージで観るNoism、毎年、ひとつの文化みたいに、恒例にしたい。
 金森さん「演出家として、空間をつかむことの本当の課題・難しさは(屋内)劇場では味わえない」
 井関さん「劇場の中で踊っていると気になることが、野外では『いいや!』と思え、そこに拘ること以上のものがあると直感的にわかる」
 金森さん「人工物(ハコ)の中でやっていると、踊りも演出も自分がどうしたいかに拘泥してしまう。野外に出たら受容するしかない」
 井関さん「屋外では本気で自分に集中していた。(屋内)劇場では自分を肯定しつつ、自己満足の部分が結構あると気付いた」
 金森さん「社会がどんどん人工化していくなか、野外でパフォーマンスすると、パフォーミングアーツの神髄や核にもう一度立ち帰れる」
 井関さん「やっと、もしかしたら何か知ったかも、という感覚がある」
 金森さん「(この『セレネ、あるいはマレビトの歌』を)世界中の野外劇場で上演したい」
 井関さん「野外は一様じゃないから、どうなっていくか経験してみたい」
 金森さん・井関さん「いろんな作品でいろんなところに行くんじゃなくて、同じ作品でいろんなところに行ってみたい」
 金森さん「また是非、来年!」

☆明日からは…: 「劇場というブラックボックスの中で良い空間を作ります」と金森さん。「この経験を踏まえた上で」と井関さん。『領域』、ふたりだけで20分強(25分くらい)踊る初めての作品。

…と、そんな感じだったでしょうか。

あと、この日のおやつは貴餅(きへい)さんの白玉ぜんざい。そして、途中、宅配便で高知から西瓜が届いたりするハプニングもありましたね。

それにしましても、また観たいですね、『セレネ、あるいはマレビトの歌』♪それもまた屋外で。ならば仕方ない、「新潟野外劇場プロジェクト」に漕ぎ出してみますか。(笑)

(shin)

Noismの現到達点たる『セレネ、あるいはマレビトの歌』、その夢幻(サポーター 公演感想)

5月11日、りゅーとぴあでの『セレネ、あるいはマレビトの歌』公開リハーサルの衝撃は忘れ難い。『Nameless Hands-人形の家』や『NINA』『R.O.O.M.』など舞踊家の渾身と演出振付・金森穣の魔術的洗練に圧倒される舞台に幾度も立ち会ってきたが、りゅーとぴあ〈劇場〉の舞台上に設えられた客席で展開された舞踊と音楽の濁流と、作品の精神には、真底打ちのめされた(リハーサル後、金森さんにバッタリ会い、「これは凄いです。大好きな作品です」と興奮気味に声を掛けてしまった)。

その本番が、5月20日・21日、「黒部シアター2023 春」として黒部市の前沢ガーデン野外ステージにて開催された。初日の圧倒的舞台についてはしもしんさんが当ブログにて詳報している。私もまたTwitterで「激賞」と呼べる感想を書き連ねたり、「月刊ウインド」6月号にて魚津滞在を含めた紀行記事を掲載予定の為、2日目(5月21日)の感想を主に記載する。

魚津駅から黒部駅へあいの風とやま鉄道の列車で向かい、前沢ガーデン行きのバスが発車する「ホテルアクア黒部」へ。新潟や東京から駆け付けたNoismサポーターの方々と合流し、16時発のバス車中では(初見の方も同乗しているので配慮しつつも)昨日の公演の素晴らしさをあれこれ語り合う(この様子を、同乗していた富山県市町村新聞の宮﨑編集長が聞いており、会場でお声がけいただく。公演について記事を書かれるとのこと。特に声の大きな私の放言、失礼しました)。
開演の19時迄は前沢ガーデンの圧倒的な空間美と自然に浸りつつ待機。鈴木忠志氏をお見かけしたり、会場入りする金森穣さんや井関佐和子さん、山田勇気さんにご挨拶(金森さんのご両親や鈴木忠志氏率いる「SCOT」の本拠地である南砺市長も足を運んでいた)。

そして、19時定刻に始まった本番。舞台は常に一期一会だが、野外公演は吹く風や、それにはためく衣装、空の色(この日は渦巻くような雲が空を覆いつつも、陽光がうっすらと覗く)が繊細なコントラストを生み、作品の強度は変わらぬとはいえ、観る者が受け取る印象が新鮮に変わっていく(舞台に立つ舞踊家にとっても、きっとそうなのだろう)。

活動継続問題やコロナ禍の苦しみの中で、ひたすら舞う「Noism」の集団としての強さと祈りに幾度も涙した『Fratres』を、アルヴォ・ペルトの楽曲を駆使しつつ、作品の一部とし、全く違った文脈で再構築した『セレネ、あるいはマレビトの歌』。異端・来訪者を排斥し、互いを縛る「集団」と、個を確立した者が手を取り合う「連帯」との対比。女性同士の深い共感が、集団の論理に楔を打つ展開(井関佐和子さんと6人の女性舞踊家が織り成す洗練と爽やかなエロスに充ちたシークエンスには、ペルトの楽曲相まって涙が溢れた)。ベクトルの異なる舞踊の連鎖を休む間もなく躍り続ける井関佐和子さんやNoism1メンバー、野外ステージの高低差を活かした演出の中で「恐怖」さえ覚える登場を見せる山田勇気さん。そして、言葉を越え、この世界に生きる人の胸に確かに届くであろう「ヒューマニズム」を謳い、アンゲロプロスやタルコフスキーといった名匠が映画で描いた夢幻のごとき光景を現出させた金森穣さんの手腕に、陶然としてしまう。Noismを応援してきた者にとっての冥利を覚えつつも、この現到達点は、Noism Company Niigataの更なる未来と拡がりを想像させる。

カーテンコール後、初日(5月20日)に続いて舞台に立った金森さんは「自分にとっても手応えのある作品」、「この作品を持って海外に出掛け、世界に挑みたい。新潟のカンパニーが黒部に滞在して創った作品です。東京(発)じゃないんです。それが文化」と語った。この挑戦を、更にしっかり応援していきたい。

(久志田渉)

控え目に言って「天人合一」を体感する舞台!「黒部シアター2023 春」の『セレネ、あるいはマレビトの歌』初日(サポーター 公演感想)

2023年5月20日(土)19時、黒部市の前沢ガーデン野外ステージにて祝祭的な雰囲気のなか、Noism0 +Noism1『セレネ、あるいはマレビトの歌』初日公演を観る。

前沢ガーデンとNoismをイメージした
ノンアルコールカクテル
太田菜月さん(左)と兼述育見さん

『イチブトゼンブ』とはB’z(実はさして詳しくもないのだが、)のヒット曲のタイトルであるが、それになぞらえて言えば、かつて私たちをあれほどまでに魅了し尽くした「ゼンブ」が今回、「イチブ」となり、それが属する「ゼンブ」によって、その肌合いや意味合いを異にしてしまう。その構成にまず驚く。

それは例えば、知らぬ者などいよう筈のないオーギュスト・ロダンの彫刻『考える人』が、ダンテの『神曲』に着想を得て制作された『地獄の門』の頂上に置かれた一部分であったように、あの名作『Fratres』をその一部とする作品が構想されようとは!そうした構成上の驚きである。

そもそも私たちは『Fratres』において、集団による求道者然とした献身の果てに達成された「平衡」、その高度な完結に酔いしれていたのではなかったか。『Fratres』とはつまり、純度の高いひとつの達成だったのだが、それがその記憶も新しいうちに、同じ演出振付家の手によって惜しげもなく解体されてしまうのを目にするのであるから、もしかすると「驚き」と呼ぶ程度では足りないのかもしれない。しかし、そう言ってしまってすぐ、過去にもラストシーンを変更することすら厭わない人ではあった、そうも思い当たる。金森さんは常にとどまることを知らず、前へ前へと進んでいく人なのだ。

その密教的な合一をみた感さえある『Fratres』の解体は、破壊音に似た音楽により始まる。現出するのは『ASU-不可視への献身』や、もっと直接的には『春の祭典』における嬲るような排除の構図。女性対男性のある場面など『春の祭典』を思わずにはいられないほどである。

黒い衣裳の者たち(10人)は「聖」を目指す「俗」であり、その愛の有り様は「アガペー(無償の愛)」や「フィリア(友愛)」を志向しつつもそこには至らない。それはマレビトふたり、つまり、当初の「黒」を脱いだ井関さんとひとり「黒」とは終始無縁の山田さんのデュエットにおいて、井関さんが見せる(金森作品には珍しい)官能的な表情に浮かぶものが「エロス」以外の何ものでもないことからして、無理からぬことではある。井関さんもまた再び「黒」を身に纏ったりし、彼女すら「聖」と「俗」を往還する不安定な存在(「着換える人」)として描かれていく。そうした井関さんの立ち位置にもこれまでにないものが認められよう。

そして従来の「井関さん」的立ち位置は、山田さんによって踊られることになるだろう。二度、緑の芝の丘の向こうから姿を表す山田さん。ゆっくりと、しかし存在感たっぷりに。その二度目の登場場面が只事ではない。尋常ではない。それはほぼ作品のラスト近くに至ってのことなのだが、その「光背」を伴って(敢えて「発散して」と言いたいところであるが、)の登場は、仏像やキリスト像の造形やら数多の映像表現において目にしてきたものであるのかもしれないが、この日、この前沢ガーデンのランドスケープと一体化して見せられると、その神々しさにうっとり平伏すしかないほどの唯一無二の光景となる。そこに目撃される、否、体感されるのは、紛れもなく、刹那の「天人合一」だろう。控え目に言っても。

会場のもつ圧倒的な力。その点では、かつて金森さんと井関さんが原田敬子さんの曲で踊った『still / speed / silence』(第9回シアター・オリンピックス)、その会場・利賀山房でのラストの光景をも想起させるものがあるが、それと較べても、今回、そのスケールは甚だ大きい。宇宙との合一を果たすことになる場に居合わせて、その一部始終を目撃したのである。この日は曇天だったため、ラスト、揃って「個」としての(、そして恐らく「集団」としての)強靭さを増して、「黒」を脱した演者全員が見上げる空を、同様に客席から仰ぎ見ても雲に覆われた空を見るばかりではあったが、唯一、「宵の明星」金星は煌めいており、それを手掛かりに満点の星空を幻視することができた。(また、同様に、野外ステージということでは、照明に寄ってきた鱗翅目がその光を鋭く照り返す様子など、野趣を添える以上の偶然の効果を生んでいたことも書き添えておきたい。)

終演後、気迫の大熱演でこの作品を踊り切り、舞踊家としての矜持を示した全メンバーに、そしてその後、挨拶に立った金森さんに対して大きな拍手が湧き起こったことは言うまでもない。スタンディングオベーションを捧げる観客を含めて、拍手は長く続き、人の両の掌が発するその音は見詰めた者たちの感動を乗せて空へと昇っていった。

席を後にして出口へ向かう際に、(正面2列目でご覧になっていた)鈴木忠志さんが移動するすぐ後ろを(意識的に)歩いたのだが、彼が懇意にする新聞記者に対して、「ダンプ何台分も削って作った」と説明していたこのステージの客席は、そのどの席からも展開されるパフォーマンスをしかと観ることができる筈だ。私はこの日、演者たちの素足が舞台を擦る音や激しい息づかいまで聞こえてくる最前列を選んで腰掛けたのだが、仮に少し上方の席を選んで見下ろしていたとしたら、その姿はさしずめ、ロダンによる件の彫刻のようだったろう。

我を忘れて酔いしれた時間は過ぎたが、なお目を圧して灯る幻想的な大光量を振り返りつつ、前沢ガーデンハウスでトイレを済ませると、20:30発、最終のシャトルバスに乗って車を駐めていた特設駐車場へと向かった。そのバスに乗るまでも、そして乗ってからも、多くを語ろうとする者はいなかった。(「雨にならなくてよかった」以外には。)それくらい誰もがあの55分に圧倒されていたのだ、間違いなく。

金森さんは上で触れた挨拶で、今回の公演実現の経緯を「師匠と仰ぐ鈴木忠志さんから昨年、お誘いを受けた。でも、鈴木さんのお誘いは単なるお誘いではなく、『金森、どんなものを作れるか見せてみろ』という挑戦だった」とし、生涯初めての野外公演に際して夜遅くまで照明作りにあたってくれたスタッフを労いながら、「またここに戻って来たい」との言葉でそれを結んでいた。こんな唯一無二の場所での公演、この日の観客のひとりとしても、同様に「また戻って来たい」と思ったことは言うまでもない。

この度の『セレネ、あるいはマレビトの歌』は僅か2回のみの公演で、私が観たのはその1回に過ぎず、それに基づいて書いた拙文であるが、この驚嘆の作品の「ゼンブ」のうち、「イチブ」でも皆さんと共有し得たならば幸いである。そして書き終えた今は、各々バラバラに再演を望む「イチブ」でしかない者たちの思いが、束になって熱い「ゼンブ」と化し、いつの日か、再演の舞台にまみえることを夢想するのみである。

(shin)