新潟日報「窓」掲載に至らなかった投稿ですが、それでもお読み頂きたく…(サポーター 投稿)

個人的なことにはなりますが、前年末に金森さんの「退任意向」が報じられて以来、もう心落ち着く日もなく、その穏やかならぬ気持ちを多くの人たちに届けて、共有したいと思い、地元紙・新潟日報の「窓」欄への投稿を続けて参りました。

同投稿欄には、以前、どれもNoismに関して、6回続けて掲載して貰っていましたが、その後、ぱったりとボツ続きに(涙)。しかし、「この一大事にあっては」、そう思って投稿したのですが、掲載に至らず、それがために次々と連続投稿になったような塩梅です…。

掲載されることはなくても、読んで頂きたい思いは変わらずで、そんな折に、fullmoonさんから「サポーターズ・ブログに載せてはどうでしょう?」とのお考えをお聞きしましたので、極めて変則的なかたちにはなりますが、この場をお借りし、「***from SUPPORTERS & READERS」のカテゴリーで、お読み頂くこととしました。暫くお付き合いをお願いし、お読み頂ければと思います。(統一性がとれていないところもありますが、その点はご容赦ください。)

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*2026年1月3日投稿: 「改めてノイズム金森監督の慰留協議を」
昨年末12/29に報じられた「金森さん退任意向」の記事を読んで以来、切ない思いに苛まれている。新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)専属舞踊団「Noism Company Niigata」(ノイズム)の金森監督が1期で退任する意向だというのだ。
刷新された「新レジデンシャル制度」のもと、金森監督とノイズムは国内外から熱い視線を集める圧倒的な舞台を見せ続けているし、当初、課題とされた「市民貢献」の面でも、小学校へのアウトリーチの実施や、ダンス愛好者のみならず、視覚・聴覚障がい者を対象とするワークショップの展開など、他に類を見ない精力的な取り組みを重ねており、もやは新潟市のひとつの「顔」となった感もあるのにだ。
金森監督は退任意向について、4つの点で妥協できないとしているが、どれも、芸術家としての創作活動の根幹に関わるものと、増え続ける事業に応じる必要からくるものであり、至極当然な要求に思える。
新潟市は協議を継続して、金森監督の慰留に全力を挙げて欲しい。

*2026年2月5日投稿: 「ノイズム金森監督の「任期」は新潟市の文化行政の観点で」
年末にノイズム金森監督の「退任意向」が報じられてから色々と考えている。個人的には、国際的な名声を博する一方、多様な市民還元にも努めてきた金森さんの芸術監督継続を望むものだが、ことはそれにとどまらず、芸術監督の任期を1期5年(最長2期10年)とした「レジデンシャル制度」をどう捉えるかは、新潟市の文化行政の在り方を問う側面も大きいように思う。
令和3年の有識者会議において、任期を設けることを妥当とした判断も理解できるが、芸術監督を猫の目のようにくるくる変えてしまう文化行政では機会の公平性は担保されても、市の未来の姿を遠望する視点に欠けており、会議そのものが交替を最適解として前提していたきらいも否めない。
奇しくも金森監督は同年、ノイズムを率いての活動が評価され、紫綬褒章を受章している。そうした名誉に浴する活動の場を用意したのが新潟市なら、その誇らしさを金森監督と共有し、今一度、長期的な観点で市の文化行政に資する新たな解を求めて欲しい。

*2026年2月13日投稿:
昨年末に明らかになったノイズム・金森監督の「退任」意向の流れから、ノイズムのメンバー・スタッフが中原新潟市長に提出していた「要望書」に対して、芸術監督任期の上限は撤廃しない、及び、新潟での活動継続については「ノイズム内で話し合うべき」との回答が届いたと報じられたことに疑問を禁じ得ない。
この間、市長は一貫して「任期」の上限設定については有識者から妥当との見解が示されたことを理由に、「撤廃しない」姿勢を示しているが、果たしてそれのみに過度に固執することが、未来を志向した文化政策として充分なのかという疑問である。
任期に上限を設定することの意味も理解できるが、顕著な活動実績を積み重ねている場合、交代させることのみが「最適解」とは思えない。一期5年(最長二期10年)で交代を繰り返していては、新潟市の未来に「持続可能」で発展的なビジョンなど描きようがないし、描こうとする姿勢そのものの不在が明らかになるだけだ。
制度一期目の今だからこそ、協議を重ね、未来志向の新たな「解」を創り出していって欲しい。

*2026年3月11日投稿(投稿後、2週間が経ち、不掲載と判断):
3/4付け朝刊掲載の「舞踊の十字路(中)」太下義之さんへのインタビューを読んだ。ノイズム芸術監督である金森穣さんの「退任意向」を巡って、新潟市の持続可能な文化政策の在り方を考えるうえで、重要な声と感じた。芸術監督任期に上限を設けることに関して、ノイズムの活動評価に関する有識者会議の座長も務めた太下さんが「任期更新の制限疑問」との見解を示したのは、「有識者会議で妥当とされた」と繰り返す中原市長や新潟市と相容れない内容だったからだ。そもそも有識者会議とは多角的な視点から多様な意見が出る場であり、恣意的に総括することは許されない。「妥当」とされた判断も諸外国や国内の例に照らしてのものに過ぎない。
21年前に前例のない劇場専属舞踊団を抱え、その後の顕著な活動を支えてきた新潟市にあっては、今ここで横並びでしかない「妥当」判断に固執して市の文化の独自性を損なう道を選ぶのではなく、金森さんとノイズムを活かしながら持続可能な文化政策の意義の最大化を目指すのが「文化創造都市」の名に恥じない姿勢ではないか。

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以上となります。お読み頂き、有難うございます。

AIによれば、不掲載となる主な要因には、「紙幅の都合」「内容の重複」「投稿規定違反」「内容の適切性」「情報の鮮度」等があるとのことですが(笑)、ひとえに私の不徳の致すところなのでしょう。

ここに(お恥ずかしながら)「ボツ投稿」をまとめてお読み頂いたもうひとつの理由に、これらがきっかけとなって、この先、生産的なやりとりが生じたり、或いは、お読みになられた方々のなかから、ご自分で投稿することをお考え頂ける方が出てきてくれたりしたら大層嬉しいという思いがありました。

(因みに、新潟日報「窓」欄への投稿はこちらから行えます。)

今はあらゆる手段を排除することなく、声をあげるべき時かと思います。一つひとつは大きな声でなくても、発せられたその声が広がりを、そして力を得ていくことを信じています。後悔したくはありませんし。

最後に、新潟日報さん、この先も益々、新潟の豊かな文化創造に寄与する紙面をお届けください。そしてそのなかに私のNoism投稿も取り上げて頂けたら嬉しく思います。益々精進致しますので、引き続き、よろしくお願い致します、ということで。

(shin)

舞踊の「意義」を、この国は築けるのか? - 「新・柳都会」vol.1(2026/01/24)レポート

1月24日(土)の新潟市は、時ならぬ豪雪に見舞われた。年末のNoism Company Niigata金森穣芸術総監督「退任」報道以降、舞踊団と新潟の文化の未来を思わぬ日は無かったが、同じ思いを抱くであろう方々と、日本舞踊界を牽引する6人が結集した「新・柳都会」にこもった空気には、良い意味で重みと熱を感じずにいられなかった。


りゅーとぴあ・スタジオBの中央に四角く設えられた席には、金森さん、「Dance Company Lasta」櫛田祥光さん、「BATIK」黒田育世さん、「La Danse Comagnie Kaleidoscope / Dance Brick Box」二見一幸さん、「OrganWorks」平原慎太郎さん、「関かおり PUNCTUMUN」関かおりさんの順で坐り、参加者もその四囲の座席で、この濃密な対話を目撃した。

この模様は、後日YouTube(https://youtu.be/b4HN9ekaEEI?si=HGOEbIJQ-_zDWKpq)でも配信される為、対話の細かなニュアンスはそちらを参照していただきたい。だが、金森さんが5人の舞踊団主宰者に問いかける「舞踊団のダンサー・制作担当者の人数」「舞踊家が制作を兼務すること」「稽古場をどのように確保するか?」「舞踊団を作るモチベーション」「定期的に公演する劇場はあるか?」「もし日本の何処かの劇場が、劇場専属舞踊団を募集したら、応募するか?」「舞踊団の拠点を地方に移すか?」といった問いかけと、その返答は、これまで金森さんが指摘してきた、舞踊家が舞踊だけに専念出来ない日本の現状や、東京に一極集中する舞踊界とその要因、Noismという画期的な事例が波及しなかった現実、「公平性」と劇場の平穏な維持を求める行政・公共施設運営側と芸術家との断絶などを改めて突きつけるようだった。決して数値化し得ない、芸術が人の心に深く及ぼす力、言葉で語り得ない舞踊という共通言語で成り立つ舞踊団と観客との豊かな関係性は、6人と聴衆にも共通した認識だが、Noismに通じる「劇場専属舞踊団」が何故他に生まれなかったのか、その複雑な要因もまた浮き彫りにするようだった。

5人のゲストそれぞれの実感に基づく言葉ひとつひとつが刺さったが、ひときわ印象深かったのは、かつてNoismに所属し、新潟でも公演を実施してきた平原慎太郎さんの、師・金森穣に通じる明晰かつ真摯な語りだった。昨年末に表面化した「事件」への悔しさを滲ませつつ、「行政にもダンスが好きな人はいる。ただ、社会や市民の声が届かないと機能不全に陥る。ここに集まってくれた舞踊・芸術を愛する人が何倍にも増えれば、公共も動く」という言に「ただ数を増やすだけでは、大衆的なものがドッと動き、数に踊らされてしまう。数で測り得ないものがある」と返す金森さんのやり取りや、「行政と芸術家の中間に立って、芸術の必要性を伝えられるスポークスマン的存在が必要だ」との指摘など、今回のやりとりの中でもハイライトになっていたように思う。

この国の舞踊始め芸術・文化が、より伸びやかな未来を描く為に、現状を厳しく見つめ直す視座を与えられるようなひと時であり、一連の「事件」を突破する為に何が出来るかを改めて考えている。

久志田渉(安吾の会事務局長、さわさわ会役員)

(photos by aqua & 久志田渉)

【速報】中原八一市長への「質問・要望書」からの、副市長面談について(2026/01/22)

1月5日にNoismサポーターズ、さわさわ会、安吾の会、シネ・ウインド連名で中原八一市長へ提出した「質問・要望書」に関して、新潟市側より面談の機会が設けられました。

1月22日(木)10時より新潟市役所秘書課にて、中原市長は公務の為、欠席。野島晶子副市長にご対応いただき、私たちからは、さわさわ会、シネ・ウインド、安吾の会代表・齋藤正行、Noismサポーターズ事務局長・越野泉、さわさわ会役員、安吾の会事務局長・久志田渉の3名が出席。20分間の予定でしたが、40分近い議論となりました。

野島晶子副市長(左)と齋藤正行

私たちからは、新潟市長・新潟市文化振興財団・有識者、そして金森穣さん出席による公開での対話の機会を求める「新・要望書」を提出。改めてNoism存続に向けた制度の見直しや、22年目を迎えるNoismに限らず、新潟の文化を長い時間軸で見つめていこうと提案。これに対し、野島副市長からは先の「質問・要望書」に関して、「レジデンシャル制度」と金森穣さんとの契約に基づく回答が提示されました(詳細は市からの「回答書」〈画像〉を参照してください)。

中原市長からの「1/22回答書」

面談でのやり取りについて詳細は伏せますが、その後の囲み取材にて齋藤代表が「今回の『事件』が、新潟とその文化を何段もレベルアップさせる契機となってほしい。そしてそこには金森穣という存在が必要だ」と力強く語ったことは特記します。

囲み取材に応じる齋藤正行

何より、22年目を迎えるNoismと彼らを擁する新潟市とが豊かに意見を交わし合い、創造的な未来に至ることを強く祈ります。

(久志田渉)

【追記】

この下には、この日、私たちが新たに提出した「新・要望書」(全文)も併せて掲載しておきますので、そちらも是非、ご覧ください。

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「りゅーとぴあのレジデンシャル制度」と金森芸術監督の「意向」をめぐる要望書

中原八一 新潟市長殿

日頃からの市政への並々ならぬご尽力に重ねて敬意を表します。また、この度はお願いしていた面談の機会を設けて頂いたことに心より感謝申し上げます。

1月5日付けでお送りした「『りゅーとぴあのレジデンシャル制度』に関する金森芸術監督の意向の取り扱いについて(質問および要望)」をお読み頂き、私たちの要望についてはご存知頂けているものと思います。

・金森監督が公開した「任期更新を固辞する理由」(4つ)についての見解。
・昨年12/29に、りゅーとぴあが「お知らせ」として、「金森監督への感謝と、そのレガシーを引き継いでいく決意を込めて」とする踏み込んだ内容の文章を発表したことについての見解。

その後、Noismメンバー・スタッフによる1月12日付け要望書の提出、そして、1月14日の市長定例記者会見があり、この度の面談となりますので、「1/5質問・要望書」に対する回答を頂くだけでなく、私たちが今、求めたい事柄を改めてお伝えしたいと思う次第です。

それは取りも直さず、芸術監督の任期をめぐる協議を継続(或いは再開)することです。
金森監督が提示した4項目(芸術監督任期の上限撤廃及び3つの環境改善の要求)に対して、知恵を出し合い、ここ新潟市での「最適解」を見出すことを意味します。

「1/14市長会見」で、中原市長は「一般論として、制度として不備や足りないところがあれば、見直しもやぶさかではない」と語っています。

そして、金森監督が求める環境整備に関する項目(3つ)に向き合うには、予算の問題も大きく関わってきます。りゅーとぴあ全体の予算が決まっているなか、音楽・演劇・能の各分野との兼ね合いも極めて重要な事柄ですし、現在の「仕組み」の刷新も含めて、ここでも知恵を出し合うことが必要です。

改めて、この4項目について、
有識者、新潟市、新潟市芸術文化振興財団(理事等)、りゅーとぴあ、
そして金森監督も出席しての会議開催を要望いたします。

なお、この会議は公開で開催されることを望みます。

以上、この先も金森監督がいて、Noismがある「他に比類のない」文化が息づく新潟市の継続・発展を求めての要望とさせて頂きます。よろしくお取り計らいくださいますようお願い致します。
また、ご多忙とは存じますが、これ以降も、諸々の進捗状況に応じて、私たちとも引き続き対話の場の設定を賜りますよう重ねてお願い申し上げます。

令和8年1月22日

 代表団体名:舞踊家 井関佐和子を応援する会「さわさわ会」、シネ・ウインド、安吾の会

住所:新潟市                  代表 齋藤正行             

連絡先:電話          FAX

     メール

NoismサポーターズUnofficial 事務局長(代表) 越野泉

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以上が、この日、私たちが提出した「新・要望書」となります。
改めて、新潟市の「創造的な未来」を睨みながら、制度の「軌道修正」を含む建設的な協議が行われていくことを願うのみです。

(shin)

濃密な闇に蠢く身体、その光芒(サポーター 公演感想)

2023年5月に富山県黒部市の前沢ガーデンで初演された『セレネ、あるいはマレビトの歌』の衝撃は今なお鮮明だ。野外劇場と芝生の丘の高低差を活かしきる金森穣さんの演出と照明美、アルヴォ・ペルトの身体の奥底に響く楽曲とNoismメンバーとの共振、そして近年の代表作『Fratres』シリーズをまた異なる文脈で作品に盛り込み、「来訪者」「異邦人」への迫害・抑圧を超えた先にある連帯を見出すヒューマニズム。前沢ガーデンという得難い環境と密接に結びついた作品だけに、他の空間での公演は難しいかと思っていたが、今年12月のりゅーとぴあ・劇場公演に加え、鈴木忠志氏率いる「SCOT」のSUMMER SEASON 2025での利賀公演、更にスロベニア公演が発表され、「果たして金森さんはどのように作品を再創造するのか?」と期待が膨らんでいた。

8月29日(金)、列車や新幹線、南砺市利賀村行きのシャトルバス(狭隘な山道を進む故、時折悲鳴を上げつつ)を乗り継ぎ、利賀芸術公園内の茅葺き住宅を改装した「新利賀山房」を目指した。『マレビトの歌』は29、30、31日の3回公演だったが、より多くの方が鑑賞できるよう「一人一回」のみの鑑賞制限があった。りゅーとぴあでの公演まで再び観られないとあって、何時にも増して舞台の一瞬も見逃すまいと、気合を入れて開演を待った。

漆黒の新利賀山房の舞台。今回加えられた井関佐和子さんと山田勇気さんのデュオから、一気に客席の空気が変質し、情感と凄絶さが同居するその身体に引き込まれてゆく。約1時間の公演中、殆ど休むことなく舞い続ける井関さんは勿論、躍進著しい若きNoismメンバーたちの鬼気迫る表情、汗に濡れていく衣装を、手が届くほどの距離で見つめることの得難さ。観客もまた舞台の共犯者であり、それは一瞬の気の緩みで崩壊してしまうことを突きつけてくる。

メンバーひとりひとりの名前を挙げたいくらいだが、糸川祐希さんの殺気に溢れる表情と身のこなし、春木有紗さんの目力と透き通るような肢体で見せる舞踊の迫力を特筆したい。

漆黒の空間に置き換えられた『マレビトの歌』は、野外劇場の空間とその広がりとは何もかも違う、より濃密かつ人間の闇とその先にある光芒を見つめる作品に変貌したように思う。「来訪者」と魂を通わせ合う女性たちと、暴力・男権によって支配下に置こうとする男たち、彼らの閉鎖的な集団性を打破する女性たちの連帯。この国に暮らすルーツを異にする人々を排斥する現代に、楔を打つようなヒューマニズムは、より切実なものとして胸に刺さった。

初演時、若干の不満を覚えた終幕も、テンポよく再構成されており、りゅーとぴあでの公演までに更に深化されるだろうと、これもまた楽しみ。
終演後、会場のそこかしこから「凄かった」「緊張した」の声が聞こえたが、Noismと向き合うことは観客それぞれの内奥と対峙することだと、改めて思わされた。

久志田渉(新潟・市民映画館鑑賞会副会長、「安吾の会」事務局長、舞踊家・井関佐和子を応援する会「さわさわ会」役員)

彩の国さいたま芸術劇場でのNoism0+Noism1『アルルの女』/『ボレロ』初日公演(2025/7/11)に行ってきました。(サポーター 公演感想)

前日(2025/7/10)の大豪雨の効果影響か、道中は大変涼しく、劇場に向かう足どりも心なしか軽やかでした。金森さんの仕業でしょうか(笑)。

いつも楽しみにしている壁面の巨大ポスター、今回はありませんでした。残念…
劇場ビュッフェも営業していました!「コエドビール」が気になる…

客席も平日夜間にしては大分埋まっており安心しました。冬公演(「円環」)からのリピーターもたくさんいらっしゃるのかもしれません。

新潟初日以来の2回目の鑑賞となりますが、2回目にして更に感動しました!
『アルルの女』については金森さんが設定を変えているので、舞台上で起こる出来事をありのまま受け取るのが良いかもしれません。
詳細は観てのお楽しみですが、ひとこと。終盤の「ファランドール」は音楽とのシンクロが笑っちゃうぐらい見事で感動しました!

『ボレロ』も歩みを止めず、徐々に陰を陽に変える力強さが素晴らしいです。過去2回のオーケストラとの共演ではあまり感じませんでしたが、円(卓)を囲んでおどると途端にベジャールぽくなるのが不思議です。

明日、あさってもきっと良い公演となるでしょう。私も最終日に伺う予定です。楽しみにしています!

開場時にはまだ明るかったのに
終演後はすっかり暗くなりました。

(かずぼ)

暗闇の先の光芒(サポーター 公演感想)

「黒部シアター2025春」でのNoism Company Niigata『めまい − 死者の中から』を、5月17日(土)、18日(日)の両日鑑賞した。

昨年8月「SCOT SUMMER SEASON 2024」での初演時、アルフレッド・ヒッチコックの大傑作映画や、ボアロー&ナルスジャックによる原作『死者の中から』に基づく金森穣演出と舞踊家達の気迫が、新利賀山房の漆黒の空間に炸裂し圧倒されたことは記憶に新しい。先日、りゅーとぴあ・スタジオBで開催された活動支援会員向けリハーサルでの通し稽古では、会場となる前沢ガーデン野外ステージを想定しての空間を広々と使った構成の変化や、バーナード・ハーマンの楽曲と舞踊とのシンクロの深化、更に「探偵」役・糸川祐希さんの表情・身振りの躍進に唸り、リハーサル後にバッタリ遭遇した金森さんに感想を伝えたところ、嬉しげに「金森作品は何度も観てもらうことで理解が深まりますから」と返してくれたものだ。

今回の黒部シアター公演は、当初雨天が予想され、刻々と変化する天気予報を直前まで追い続けたが、両日共に雨は降ることなく、安堵する思いだった。18日(日)も、16時発の会場行きシャトルバスに乗り込み、開演までの約2時間半を胸高鳴らせつつ過ごした。前沢ガーデンゲストハウスでは、金森さんが旧知と思しき方々と歓談しており、私もご挨拶。更に鈴木忠志氏始めSCOTメンバー、浅海侑加さんや準メンバー、金森さんのご両親もお見かけした。ゲストハウス二階のSCOTに関する展示コーナーでは、23・24年のNoism公演全編が上映されており、改めて前沢ガーデン野外ステージを活かしきった舞踊作品の凄みに気付かされる。

19時の開演直前、利賀新山房では板付きだった井関佐和子さんの「女優」が舞台下手から登場し、虚無とも蠱惑的とも見える表情で中空を見つめる。その視線を見つめ返すことに恐ろしささえ覚えつつ、定刻に舞台は始まった。

「女優」と「亡霊」、横暴な「男Ⅰ」・「男Ⅱ」、「双子」、更に分裂する机や椅子。いくつもの「相似」するイメージに加え、野外ステージ背後の小高い丘を照らす紫の照明と、幻のようにその頂から現れる「亡霊」には、彼岸の光景が現前に現出するようで、感涙を禁じ得なかった。舞踊家の身体とバーナード・ハーマンの楽曲、小道具、照明がピシリと噛み合う舞台には、ヒッチコック作品冒頭のソール・バスによるタイトルバックにも通じる洗練を感じ、ため息さえ漏れた。

関東から来られたNoismファンの方々とも感想が一致したのが、舞台終盤「金髪」に妄執する「探偵」を襲うブロンドの鬘をまとった男女の場面の凄まじさだ。眼前の女性ではなく、「概念」に囚われた男の脆さを突き付けるエログロを視覚化する金森演出に、初期Noism作品の性と暴力のニュアンスを懐かしく想起させられた。

照明も相まってその透き通るような白い肌から醸されるエロスと、妖艶と冷徹を自在に往来する表情で、「男から求められるものを演じる女優」を体現しきる井関佐和子さんに魅了されたのは勿論だが、やはり糸川祐希さんの「探偵」の迫真は今回の公演の収穫だろう。堂々と井関さんに対峙しつつ、終盤「事の真相」が明かされた後の後悔・憤り・慟哭を全身で表現する糸川さんの演技には思わず落涙した。

18日(日)公演では、これまで「亡霊」(映画版のカルロッタ)を演じてきた三好綾音さんに代わって、兼述育見さんがダブルキャストで登場したが、三好さんとはまた違う伸びやかさと儚さで、冥界の存在を見せていた。

改めて思うのは人間の心の闇や脆さを直視し、芸術作品に昇華仕切るNoismと金森穣作品の得難さだ。社会に厳然としてある「不条理」を無きことにし、「明快さ」だけを求める現代社会に疲弊している者は、筆者だけではないだろう。人間の底知れない暗部を苛烈なまでに見つめ、其処に美と光明を見出す芸術の力に、生きる糧を与えられるようであった。

終演後、舞台に立った金森さんは「今日も空席が目立ったのは、私の未熟さ。見巧者とされる人から評価を得ても、それがより広く届かないことは課題」としつつも、師匠・鈴木忠志氏のSCOTや黒部シアターへの敬意、今年10月のスロベニア公演など「世界へ向けた闘い」を力強く語り、大きな拍手が巻き起こった。

これからの利賀や黒部での公演は勿論、Noismの「闘い」を応援し続ける為に、観客である私もまた新たな闘志を授けられたように思う。

久志田 渉(新潟・市民映画館鑑賞会副会長、「安吾の会」事務局長、舞踊家・井関佐和子を応援する会「さわさわ会」役員)

清新さと野心と(サポーター 公演感想)

毎年3月恒例の研修生カンパニーNoism2定期公演。今回(vol.16)はNoism1・中尾洸太さんに加え、同じく樋浦瞳さん(新潟市出身)が演出振付家デビューすることもあって、各種媒体でも公演が紹介され、初日の客席も盛況だった(BSN新潟放送の取材班もお見かけした)。客席や物販コーナーではNoism1メンバーの姿もあり、皆で若き舞踊家と演出振付家を盛り立てようという思いが、劇場に漂うよう。


開幕は樋浦瞳作品『とぎれとぎれに』から。私たちが「Noism的なるもの」として連想する、虚飾を剥いだ舞踊の連なりに、樋浦さんならではの細やかな感性が染み込んだ一作。舞台正面から斜め方向を意識した空間構成や、ある舞台美術が雄弁に示す舞台の一回性。白から黒、生から死へのあわいで悶える6人の若き舞踊家達と、照明が織りなすものに、私は奪われていくガザ始め世界を生きる人たちの命を思わずにはいられなかった。

続く中尾洸太作品『It walks by night』は、中尾さんの既にして才気溢れる作家性に圧倒される仕上がりとなっていた。Noismの基礎にある「クラシックバレエ」そのものを解体し、再構築していく舞台に息を幾度も呑んだ。あるクラシックの有名曲(最近ではアキ・カウリスマキ『枯れ葉』でも印象的に使用されていた)と9人のダンサーの調和、バレエでの女性表象を超えるNoismらしいエログロまで内包した演出には唸るばかり。

公演ラストを飾るのは金森穣芸術総監督による、最早古典的風格さえ漂う「火の鳥」。ストラヴィンスキーの楽曲と寸分違わず溶け込む振付、8人の舞踊家の「今」を活かし切る瑞々しさと、安易な感傷を排して観客のイマジネーションを膨らませる「仮面」と「黒衣」。幾度見ても新たな発見を得られる名品だ。

公演初日は、地域活動部門芸術監督・山田勇気さん、中尾洸太さん、樋浦瞳さんによるアフタートークが開かれた。「若いダンサーへのメッセージ」を問われ、「自分が今持っている身体に向き合えるのは自分だけ。未来と今、他者と出会うことを意識して踊り、あなたの身体でしか発見出来ないことを見付けてほしい」と語る樋浦さんと、「夢を見ないこと。夢は叶わないかもしれないし、逃げにもなる。身体や心から起こる野心と、現在地を見つめる為の目標を大切にしてほしい」という中尾さん。対照的でいて、各々の誠実さが滲む答えに胸が熱くなった。


若き舞踊家それぞれの献身と躍動に加え、新しい舞踊作家の誕生を目撃する機会。本日の公演の更なる盛況を祈る。

久志田渉(新潟・市民映画館鑑賞会副会長、「安吾の会」事務局長)

速報!2/7のNoism「円環」埼玉公演初日について(サポーター 公演感想)

彩の国さいたま芸術劇場でのNoism「円環」初日公演に行ってきました。

劇場に向かう埼京線が少し遅れていて、駅から劇場までは周りの方たちと同様に早足で向かいました。

心配していたお客さんの入りも上々で(Noismの皆さんは満席を目指しているのでしょうが)、トリプルビルそれぞれの実演も素晴らしく、お客さんの反応もとても良かったです。

私もそれぞれの演目に新しい発見や感動があり、全く飽きることがありません。特に『宙吊りの庭』については、これまでクール系と感じていたのですが、激アツな作品であることに(今さらですが)気づきました。金森さんもこのメンバーとのクリエーションが嬉しかったのでしょうね!

明日、あさっての公演も楽しみです!

『Singing Daxophone』のCD、購入しました!

(かずぼ)

「膳所から世界へ!」「新潟から世界へ!」Noism「円環」びわ湖ホール公演(サポーター 公演感想)

2月1日、滋賀県のびわ湖ホールで開催されたNoism「円環」びわ湖公演へ行ってきました。

びわ湖ホールはもとより、滋賀県自体訪れるのは初めてでしたが、事前に大津が舞台の 『成瀬は天下を取りに行く』『成瀬は信じた道を行く』(宮島未奈 著)を読んでいたのもあり、聖地巡礼の気分で街中を散策しました。

「膳所から世界へ!」と「新潟から世界へ!」、志は一緒です!

ホールまでは琵琶湖沿いを散策しながら向かいました。あいにくの曇天でしたが、人もゆったり鳥もゆったりで、心地よい時間が流れていました。

びわ湖ホールでのNoism「円環」公演でも同様で、これまで訪れた関西の劇場とはやや印象が異なり、客席はみんな落ち着いた雰囲気ながらも温かく、思い思いに公演を楽しんでいる印象がありました。

Noism「円環」のトリプル・ビルのそれぞれの印象を簡単に述べますと、
『過ぎゆく時の中で』はNoism1メンバーの疾走感が気持ち良いのと、金森さんの歩き方が非常に印象に残ります。
『にんげんしかく』は決められた振付以外の部分を各メンバーがより工夫したのか、更に魅力的になっていました。
『宙吊りの庭』はダンスでもあり無言劇のようでもあり、個性を獲得したベテランダンサーの表現力に圧倒されました。

各演目とも終演後の拍手のタイミングが絶妙で(実はツアーで各地を訪れる際に少し緊張するシーンでもあります)、びわ湖ホールの観客は素晴らしいな、と改めて思いました。

蛇足ですが、『にんげんしかく』で恒例の、樋浦さんがポケットから取り出すシーンですが、びわ湖ホールでは意外なものが出てきました。さて、埼玉公演では何が出てくるのでしょうか?こちらも楽しみに待ちたいと思います。

『過ぎゆく時の中で』ではダンサーが「飛び出し坊や」の如く飛び出してきます!

(かずぼ)

豊前に響いた「円環」の妙なる音(サポーター 公演感想)

12月22日(日)のJ:COM 北九州芸術劇場に於けるNoism「円環」公演の為、北九州市小倉北区へ足を運んだ。

先日10月20日に開催され、金森穣さん・井関佐和子さんにも観ていただいた「坂口安吾生誕祭118 玉川奈々福 新作浪曲『桜の森の満開の下』口演」でお世話になった玉川奈々福さんと曲師・広沢美舟さん出演の「小沢昭一十三回忌追善公演 日本の翻弄芸」が20日(金)に浅草・木馬亭であったこともあり、羽田空港から北九州空港迄往復する旅程を選んだ。

21日(土)夕刻、クリスマスイルミネーションイベントで凄まじく賑わう小倉の街を歩き、北九州芸術劇場を下見がてら訪問。屋外のデジタルサイネージや、商業施設と一体となった館内そこかしこに掲示された「円環」のディスプレイに、芸術劇場の皆様の気合が見て取れた。

22日(日)は門司港駅から関門トンネル人道を目指し、山口県下関市に立ち寄った後、小倉へ戻る。「北九州市立松本清張記念館」や小倉城の展示など、国内外から街に訪れる人を「楽しませよう」とする姿勢が徹底している印象。新潟市も見倣ってほしいなぁ。

Noismサポーターズ事務局・fullmoonさんや、Noism制作・上杉さん、深作さん、関東から来場されたサポーターズの方にご挨拶しつつ、最前列の客席で16時の開演を待った。

幕開けとなる金森穣さんとNoism1メンバーによる『過ぎゆく時の中で』から、北九州芸術劇場の音響の見事さに気付く。John Adams『The Chairman Dances』の音ひと粒ひと粒が輝いて聴こえるようで、時の流れを押し留めようとしつつ、やがて時間の不可逆性を豊かに肯定するかのような金森さんと、若きNoismメンバーの疾走する舞踊と音楽の一体感に、いつしか涙が溢れていた。客席全体も見巧者と思しき方が多く、ピシリとした静寂に充ちた場内の空気が徐々に熱を帯び、舞踊を観る歓喜に包まれてゆく様が、確かに感じられた(お隣の方の静かにノッていく様子が実に心地よかった)。

近藤良平演出振付によるNoism1『にんげんしかく』では、樋浦瞳さんについて「北九州公演」ならではの改変があり、客席にも温かな笑いが起こった。緻密に舞台を構成しつつ、ダンサーの情感が溢れだす金森穣作品と対称的な近藤作品。一見自由奔放に見えて、細部や感情まで構成が徹底していることに、改めて気付く。

そしてNoism0井関佐和子さん・山田勇気さん、久々にNoismに帰ってきてくれた宮河愛一郎さん・中川賢さんという円熟の舞踊家による傑作『Suspended Garden - 宙吊りの庭』は、その研ぎ澄まされた美を、更に深化させていた。既にして古典のようなトン・タッ・アンさんの楽曲も、北九州芸術劇場の音響で改めて聴くと、重低音と舞踊家の身体のシンクロなど新たな発見に充ちている(音源の発売を強く希望します)。舞台で展開される映像にも、金森さんによる微細な変更が加わり、「求めようとして得られなかったもの」を巡る主題が、より切実に観る者の心を震わせた。そしてまさしく舞台一回ごとが一期一会であることを叩きつけてくるような4人の舞踊家の素晴らしさたるや。裂帛の気合、お互いの身体と反応し合うような動作の美しさ。ため息さえ憚られる舞台に、誇張無く「いのちがけ」で観客も向き合える至福を、しみじみと再確認し、カーテンコールでは「中川! 宮河! 山田! 井関!」とまたも大向うを掛けてしまった。客席には井関佐和子さんのご両親もおられ、金森さんにもご挨拶した後、会場を後にした。

翌23日(月)、小倉の街を軽く散歩した後、北九州空港行きのリムジンバスに乗っていたところ、途中のバス停から金森さん・井関さん・中川さんが乗り込んで来られたので、吃驚仰天(サンクトペテルブルク公演の帰りも同じ飛行機だったなぁ)。このブログ用に記念写真をお願いした(「おっかけですねぇ」と中川さん。飛行機では座席も前後だった)。羽田経由の旅程を組んだ故の偶然含め、また忘れられない旅となった北九州公演。ぜひまたNoismを招いていただきたいと、切に願う。

左から井関さん、中川さん、金森さん


久志田 渉(新潟・市民映画館鑑賞会副会長、安吾の会事務局長、舞踊家・井関佐和子を応援する会役員)