若き舞踊家の跳躍と、音楽の奔流に、芸能の起源を見た(サポーター 公演感想)

8月21日(日)、佐渡市小木での「アース・セレブレーション2022」木崎神社フリンジ会場でのNoism2×鼓童のステージ(11時~、16時~の2回公演)を観賞した。
同行はシネ・ウインド代表、安吾の会世話人代表、舞踊家・井関佐和子を応援する会会長の齋藤正行さんと、安吾の会会員、フリーライターで佐渡に詳しい本間大樹さん(’19年のNoism劇的舞踊『カルメン』モスクワ公演もご一緒した)。アース・セレブレーション第一回に深く関わった齋藤代表(中上健次さんの出演を取り持った)の思い出を聞きつつ、本間さんの運転で両津から小木を目指す。
小木港のメイン会場から程近い木崎神社。万代太鼓や佐渡の伝統芸能など無料公演が、本殿前の特設ステージで繰り広げられた。この日の佐渡は最高気温27度予想だったが、陽光が強く照りつけ、小木の街はどこか南国の風景を思わせた。


11時の開演を前にNoism0・山田勇気さんや、Noism2リハーサル監督・浅海侑加さん、Noismサポーターズの方々に加え、プライベートで駆け付けたNoismメンバーやスタッフを見かけ、ご挨拶。公演前には座席の殆んどが埋まった。
ステージは金森穣芸術監督振付『砕波』の生演奏バージョンと、鼓童の楽曲『紫』に山田勇気さんが振付をした新作の2部構成。昼の部の『砕波』では青木愛美さん・土屋景衣子さん・渡部梨乃さんの3名が舞台に立った。鼓童メンバーの奏でる音色に溶け込みつつ、時に静謐に揺蕩い、伸びやかに舞い、鮮烈に跳躍する3人。それぞれの舞踊家としての技量と、清冽な若々しさとが炸裂する。昼の部では、夕方の部で『砕波』を踊る兼述育見さん・糸川祐希さん・太田菜月さんがラストに登場し、6人で波の動きを演じる演出があった。


舞台転換の間は、鼓童メンバー2名が進行を務め、兼述さん・糸川さん・太田さんへのインタビューコーナーとなる。Noism2の紹介、カンパニーの一日の流れ、休日の過ごし方など、軽妙な進行と、Noism2メンバーの真っすぐな語りが印象的(「全員20代ですか?」の問いに、「19歳です」と答えた糸川さんに、客席から驚きの声があがった)。


そして第2部は『紫』。ステージを飛び出し、客席脇の参道までフル活用して、にこやかに舞うNoism2メンバーたち。鼓童メンバーの演奏と、彼女・彼らの舞踊がスイングするさまは、まさしくジャムセッションのよう。韓国の伝統芸能「サムルノリ」など、人が音楽を奏で、舞うという芸能の根源が眼前に現れたようで、感動しつつも、愉しさが体の奥から湧いてくる。客席からも手拍子が起こり、舞台と混然一体となる喜びにひたすら浸った。


16時からの夕方の部は、昼の部以上にたくさんの観客で会場が埋まる。幼い子たちや、外国の方も多く、またNoismを初めて知るという人が多かった。公演前にはハプニングが起こったり、舞台に集中していない方も多い印象だったが、『砕波』から質問コーナー(土屋さんの的確なコメントが光る)、『紫』に至る内に、境内全体の空気が熱を帯び、舞台と共振して、「いい空気」が醸されていく、その変化の過程がNoismファンにとって感動的だった。身体に直接響く太鼓の響きや笛の音、笑顔いっぱいに舞い踊るNoism2メンバーのしなやかな姿、夕方の陽光。すべてが溶け合い、忘れ難い舞台空間を生み出していた。


公演後、齋藤代表は「普段は劇場で、金森さんの演出でストイックに作品を作っている。それもいいけど、空も空間も会場に変えてしまった今回もすごく良かった。これこそアングラだよね」と嬉し気に語っていたが、劇場から地域に出向き、土地や伝統文化に寄り添いつつ、Noismを知らない人にその魅力を届けるNoism2の「地域貢献活動」(それを支える山田勇気さん・浅海侑加さん、スタッフの営為)の、現時点での集大成を見るようで、胸の奥が熱くなった。
Noismと鼓童とのコラボレーションがもたらした、喜びに満ちた芸能・舞台芸術は、やがて日本の津々浦々や世界へも波及してゆくだろう。


(「月刊ウインド」編集部、安吾の会事務局長、舞踊家・井関佐和子を応援する会 「さわさわ会」役員 久志田 渉)

【追記】同日16時からの公演の模様は太鼓芸能集団 鼓童 Kodo 公式インスタグラムに残されたアーカイヴにてご覧頂けます。こちらからどうぞ。(*音量にご注意ください。)

大学生たちが見たNoism『境界』⑤(公演感想)

Noism0/Noism1『境界』の世界

 2021年12月26日の東京芸術劇場で上演されたダンスカンパニーNoism Company Niigataの『境界』を鑑賞した。これは二幕の構成で、一幕はゲスト振付家に山田うんさんを迎え、Noism1メンバーが踊っている。二幕ではNoism芸術監督金森穣さん演出振付でダンサー井関佐和子さん、山田勇気さんと共にNoism0の作品として構成されている。

 一幕Noism1の演目、タイトルは『Endless Opening』。1楽章「風のような姿 花のような香り」、2楽章「誰かに手を伸ばしたくなる」、3楽章「この大海原に誕生の祝福」、4楽章「種子 突風に乗って つと」で構成されている。最初に9人のダンサーがそれぞれ色とりどりのレオタードを着て、柔らかい風になびいて舞うオーガンジーの羽織を身にまとって登場する。ダンサーの息づかい、地面の擦れる音が聞こえるような静かな空間の中で舞い踊る姿はまさに花のように美しかった。体が動いた後にオーガンジーの羽織もその軌道を追ってついていく。その止まることなく永遠に続く様子が春の喜びを感じられるような情景であった。そこからまた誰もいない静かな空間になる。小道具を一人一つ持ってダンサーが現れるが、私はこれをベッドだと捉えた。ここでは人間、生命の生まれを踊りで表現していると感じた。上からのスポットライトを浴びて、その光に向かっていくように手足を伸ばしていく。それぞれ違う動きで起き上がり、最後に羽織を脱ぎすて、人としての成長を表わしているのではないかと考える。静かな世界から一変し、早い曲調の楽曲が流れる。2人、3人ずつの踊りでは、お互いの空気感を感じながら息の合ったダンスを繰り広げていった。人数が増え、最後の総踊り、一糸乱れぬ美しいダンスは見ている人の心に幸福感を感じさせるほどで、幸せを得ることができた。

 二幕Noism0『Near Far Here』。一幕とは変わってバロック音楽の中、薄暗い空間の中でピンスポットがあたる。ここでは生と死がテーマになっており、その境界を表現していた。決して激しく踊り狂う訳ではなく、その劇場の空間を自分の体で吸収し、丁寧に舞っている。すると下手(しもて)に影を映すスクリーンのようなものが降りてくる。今見えている世界と影の世界、お互いが全く同じ動きでシンクロしている。影の世界に最初は一人しかいないと思わせていたが、そこから分離し、もう一人いることがわかる。そして真っ白の衣装を身に纏う女性が、見える世界に現れる。重力を感じさせないリフト、アクリル板を使ったパドドゥ、三人での踊りは身体全体からエネルギーが溢れていることを感じさせる。しかし激しく乱雑に踊るのではなく、まるで美術作品を見ているようなゆっくりと濃い絡みであった。そして最後に舞台上、客席にも降ってくる赤色の花びらは、この生と死の境界がある世界の儚さや脆さをその空間で表現していると感じた。

 Noism0/Noism1 『境界』を鑑賞し、コロナ禍で人とのつながりが一時は途絶え、孤独な時間を多く過ごしていた日々があったことを思い出した。人との間に壁があると寂しいもので、それだけで距離が離れているように感じられる。コロナ禍で制限しなければならないことが多くあり、その中でも大切な家族、友人と過ごす時間はかけがえのないものであり、その有難さを改めて考えなければいけないと思った。この作品で見た人の生まれる感動、生と死の境界は儚くありながらも美しい。そして先がどうなるかはわからないが、きっと明るい未来が待っている、そう感じさせるその空間は幻想のような世界観で温かかった。

(米原花桜)

 皆さま、ここまで、桜美林大学 芸術文化学群 演劇・ダンス専修にて稲田奈緒美さん(舞踊研究・評論)の指導のもと、「舞踊作品研究B」という科目を学ぶ学生さん5人による5本のレポートを5日連続でご紹介して参りましたが、如何だったでしょうか。
 瑞々しい感性で綴られた5つの瑞々しい文章をこうして続けてご紹介できたことはとても喜ばしいことでした。Noism Company Niigataを「生で」観るのは初めてという人も多かったようですが、今回のレポート執筆が、5人の(そしてそれ以外の多くの)学生さんたちにとって、Noism Company Niigataとの良き「出会い」となり、このあとも継続して接し続けて貰えたら、そう願っています。
 なお、掲載したそれぞれの文章は読みやすさに照らして、文意を変えない範囲で若干の修正を施した箇所があることもここにお断りしておきます。その点、悪しからずご了承ください。

 書くことで初めて見えてくるものがあります。また、書くことは自らをさらけ出す事であるとも言えるでしょう。
 対象のなかにただならぬものを見出し、対象と格闘しながら、なにがしかの文章を書くという行為は、対象に従属する受け身の行為に収まらぬ、極めて創造的な行為にも転じ得るものです。そして、書かれた文章が、それを読む者と繋がり、触発・刺激していくこと、その豊かさを知る者が文章を書き続けるのでしょう。今回、文章を掲載した5人にとって、そんな豊かさに繋がるきっかけを、ここに提供することが出来ていたなら望外の喜びです。また書いてください。 (shin)

大学生たちが見たNoism『境界』④(公演感想)

舞踊作品研究批評課題 Noism Company Niigata <境界>
2021.12.26観劇 @東京芸術劇場(プレイハウス)

はじめに
 私は12月26日、日本初の公共劇場専属舞踊団である、Noismの『境界』を観劇した。Noismには、プロフェッショナル選抜メンバーによるNoism0、プロフェッショナルカンパニーNoism1、研修生カンパニーNoism2の3つの集団がある。この度の公演は、2019年冬公演に次いで、ゲスト振付家を迎えて行われたダブルビル公演であり、Noism0をNoismの芸術監督である金森穣が、Noism1をゲストである山田うんが、それぞれ「境界」を共通のテーマとして振付した。

第一章
 まず、Noism1山田うん振付の『Endless Opening』が始まった。幕が開き、そこに広がっていたのは、舞台美術もない、照明もシンプルでフラットな白い世界であった。Noism1は男性4名女性5名計9名でダンスが展開された。衣裳は全員、色がバラバラで、しかしパステルカラーの半透明な羽織にはっきりとした色のレオタードを着用していることは共通していた。ダンサーは次々と出てきて踊り始めた。時には3~4人の小グループでそれぞれ踊るシーンがあった。踊っている中で、カウントを一個ずらし時差を持たせて踊ったり、小グループメンバーが離脱・参加したりと、常に同じメンバーでは踊っていないところが複雑にできていた。それに対して群舞のシーンでは半透明な羽織が良い効果を出していた。山田うんはインタビューの際、「花束をお渡ししたい」という言葉を語った。まさに花と思わせるような衣裳がダンサーを綺麗に彩っていた。ダンスの世界では当たり前なのかもしれないが、9人もダンサーがいるのにも関わらず、足音が全くしないことがダンスを学んでいる私にとって、とても印象的で、よく鍛え上げられていると感じた。このシーンでは群と個で踊るシーンや小グループで踊るシーンがあり、そこの間に境界があるというように見えた。
 途中、ついにベッドのような小道具が出てきた。円形に回り、どんどん増えていく、そして舞台に規則的に並べられた。ベッドに座ったり、寝たり、立ったり、様々な手法で踊られていた。車輪がついている不安定なベッドの上で踊ったり、隠れるシーンでは全くはみ出ることなく隠れたり、ダンサーの稽古時の努力を感じた。ベッドが並んだ時、前からの照明により、後ろの白い壁に柵ができたように見えた。ダンサーがベッドと共に後ろに向かうシーンでは地平線に歩いていくような、境界に向かっていくような、テーマを提示しているようだった。照明がシンプルに作られており、ダンサーの邪魔をしないよう工夫されていると感じた。身体がよく見え、ダンサーが最大限に身体を使い、花を表現していたと感じた。

第二章
 次に、Noism0金森穣の『Near Far Here』が始まった。幕開き、そこに広がっていたのは舞台美術がないのは先ほどの作品と共通していたが、照明が暗く、同じ舞台と思えない黒い世界が広がっていた。副芸術監督である井関佐和子が白い高貴な衣裳を着ており、照明が彼女を当てては消え、当てては消えを様々な場所で行い、井関が瞬間移動しているように見えた。金森穣とNoism1リハーサル監督である山田勇気のふたりが黒い衣裳で同様の演出で舞台に現れた。見ていて、先ほどのグループより踊りの感じや熟練度や経験に違いを感じ、さすが選抜メンバーだと感じた。舞台上方から木の枠が下りてきた。普段の生活感覚からしてみればただの木枠だが、この舞台では鏡に見えた。前から照明が来ていて、背景に影が一致していて「鏡」感を出していたと感じた。鏡の先と今立っている場所とが木枠によって境界を表現しているのだなと感じた。木枠が上がって次に白いスクリーンが下りてきた。スクリーンには事前に撮られた影の映像と実際に今光で当たっている影が映し出された。影同士が踊り、ダンサーと影、現実世界と影の世界、映像の自分と今の自分、スクリーンを境界として色々考えることができた。次にガラスの板と共に、ペアで踊るシーンでは、ペアで踊るにも手や足以外でも物でつながることができることを提示していた。ガラスの板という境界、その境界をうまく操りながら踊るというのがとても印象的だった。最終シーンでは舞台一面が赤くなっていて、上から赤いバラのようなものが降ってきて、一つ境界の先の世界のイメージがあったと感じた。歩いているだけなのに音響の効果やその世界に鳥肌が立った。

まとめ
 山田うんと金森穣が同じテーマで作品を作ったのを見て、照明がシンプルだったり凝っていたり、舞台が白かったり黒かったり、衣裳がカラーだったりモノクロだったり、演出が正反対と言ってもよいくらい違うのに、どちらも『境界』という作品として出来上がっており、様々な表現ができるダンスの多様性を感じた。

(田中来夢)

大学生たちが見たNoism『境界』③(公演感想)

様々な境界

はじめに
 「境界」はあらゆるところに存在する。今回 Noism の『境界』という作品を鑑賞してそれを多くの場面で感じた。ダンサーの踊りはもちろん、照明や様々な舞台装置を駆使した素晴らしい演出。それらから表される物語性や演出家の意図に注目していく。

第一章
 まず山田うんさん振り付けの『Endless Opening』についてだ。最初に目に入ったのはひらひらとした花びらのようにも鳥の羽のようにも見える衣装。衣装はピンクや水色など、淡い色が多く使われており、女性らしいという固定概念に当てはまるようなものだった。その中で男性ダンサーも女性と共に踊っており、女性と全く同じ衣装を着ていたのが印象に残っている。男性らしさと女性らしさの概念をはっきりと分けないジェンダーレスという現代だからこその衣装構成だと感じた。ダンサーそれぞれが優雅ながらもパワフルに動き、唯一無二のダンスを生み出していた。
 最も興味深く感じたのが作品の後半、自らのひらひらした袖を外し、ベッドのようなものに置いて舞台に下がってくる幕の中へと消えていくシーンだ。舞台上にいるダンサーではなく、背景に映し出される影に自然と目がいってしまうような演出と無音の中でダンサーが後ろに向かって歩いていくシーンは、特に凄い技術を見ているわけではないのに見入ってしまった。自ら取った袖をどこかに置いてきたダンサー達は弾けるように踊る。そこに幕という物理的な境界によって生と死の見えない境界線が描かれていると感じた。

第二章
 次に観劇した金森穣振さん振り付けの『Near Far Here』は言葉にするのは難しく、とても神秘的な作品だ。Noismはたとえ何もない空間だとしても、場面展開が早く、ダンサーの技術と共に、見ていて目が離せなくなってしまうのが一つの特徴だと思う。今回の作品もシンプルな額縁やスクリーンがあるだけなのに、そこで繰り広げられる沢山の物語が次々と見えてくる。そんな洗練されたこの作品には様々な境界が存在する。私には本物と偽りの境界、またどこからが境界かが段々とわからなくなっていく不思議さを作品の中に感じた。例えば、スクリーンに映し出された三人のダンサーとそのスクリーンの前で踊るもう一組の三人のダンサー。言い換えれば、実際にそこにいる本物とスクリーンの向こう側にいるように見える偽り。最初は互いに違う動きをしているのだが、段々と動きがリンクしていき、しまいには一人がスクリーンの中に入ってしまう。そこにスクリーンを挟んだ一つの境界があると感じた。最も印象的だったのはラストだ。舞台一面に真っ赤な花が散りばめられていた演出だった。美しさに見惚れていると、観客席にも赤い花が降ってきた。舞台と客席の間にも一つの境界があると考えると、花が降ってくる光景はまるで客席も舞台と化しているようだった。だからこの境界がなくなったとき、私は何か大きな境界がなくなった気がして不思議さを覚えた。またダンサーが舞台から降ってくる花に驚いている私たちをただ立ち尽くして見るというのも面白い光景だった。ダンサーと同じ空気を吸い、同じ空間にいることを自覚させられたような感覚だった。

まとめ
 今回初めてNoismの作品を生で観劇して、固定概念に囚われない演出が凄く新鮮で、自分にとって参考になった。一つの小物や小さな動き、衣装が少し変わるだけで、そこから多くの物語が始まっていくのを目の当たりにし、表現の可能性は無限だと感じた。

(三田ひかる)

大学生たちが見たNoism『境界』②(公演感想)

様々な『境界』の世界

 「境界」を共通ワードとした山田うん演出振付のNoism1『Endless Opening』、金森穣演出振付のNoism0『Near Far Here』の2本立てで構成された公演。

 『Endless Opening』は何もない無機質な空間に、明かりが入り、音が入り、そして、動きが入る。カラフルでひらひらとした衣装が、この無機質な空間に映える。踊りが進んでいくと、ベッドのようなものが次々と出てくる。そこで踊った後、また何もない真っ白な空間で踊り出す。集団になったり、個々での動きだったり、また衣装も相俟って演者たちは鳥を表しているのではないかと感じた。ベッドの上でスポットライトが当てられ踊る姿は、それぞれの死や苦しみのようなものに見えた。上着を脱ぎ自らベッドを暗闇の中に運び、真っ白な空間で踊りだした。暗闇は自分の命の終わりで、真っ白な空間は死の世界、又は新たな命の世界なのではないかと感じた。
 私はこのように解釈したが、「観客の皆様にそっと寄り添う、時間の花束のような舞踊をお届けできたら、境界という不確かな美を感じていただけたら幸いです」という山田うんが実際に表したものは、「喪失感や虚無感を優しく撫でる光のカーテン」である。この解説を読んだ後、作品を思い返すと、何もない空間が演者によって段々と色付けられていく時間でもあったと感じた。一つ残念に思う点は、ベッドを運んでくる音だ。演出の一部であるのかもしれないが、運んできた時の「ギギッ」という音はあまり良いとは思わなかった。

 『Near Far Here』は常に異世界のような空間にいる感覚があった。少しずつ変わっていく空間。上から四角い枠のようなものが降りてきて、演者が踊る。ただの枠がまるで鏡のように見える演者の動きや、後ろに映る影が1つから2つへ、大と小の動きが幻想的である。照明による影からスクリーンを使った影へと変わり、スクリーンに映る影と実際の影の融合は、現実と映像の境界にある空間を作っている。また影から人物へ、影の時と同じようにスクリーンと実際の人物の境界。幕が閉じ、会場に響く重低音。優しく明るいメロディーが鳴り、幕が開くと、あたり一面真っ赤な花びらの空間になり、客席にも頭上から花びらが降ってくる演出であった。最初に幕が開いた瞬間、何か凄いものが始まるのではないかと感じたのが率直な感想だ。袖幕を取っ払い、照明は剥き出し、上には色々なものが吊られていて、『Endless Opening』とは全く違う空間があった。
 金森穣はこの作品を「近くて、遠い、此処」と表している。此処とは何処なのか、言葉にはできない此処の空間、時間があったと感じた。スクリーンを使うという考えは、現代社会を簡潔に表していると思う。スクリーンが映しだす現実と虚実、実際に演者が動く現実が融合されて、「境界」というワードが当てはまる作品であると感じた。

 2本の作品を観て、「境界」というワードによって、観た人の解釈は様々なものになるのではないかと感じた。コンテンポラリーダンスは、表現の方法が多様である。多様である故に、作る人によって独特な表現で作られる為、受け取る人の解釈も様々であると思う。「境界」というワードがあるだけで、それぞれの作品に隠された「境界」の空間を感じ取ることができるのもコンテンポラリーダンスの面白さであり、それぞれの作品の面白さを感じ取れた公演であったと感じた。

(中川怜菜)

大学生たちが見たNoism『境界』①(公演感想)

いつも公演批評を書かせていただいております、稲田奈緒美と申します。
私は現在、桜美林大学 芸術文化学群 演劇・ダンス専修で教鞭をとっており、秋学期には私が担当する授業「舞踊作品研究B」で、世界のさまざまな振付家、作品を取り上げました。
オンライン授業だったため、映像ではありましたが、学生たちはたくさん見た作品の中でもNoism作品に大変感動していました。

また、演劇・ダンス専修では、教員が学生たちに観てほしいと思うダンス公演、演劇公演のチケットを購入し、学生たちが見られるようにしています。そこで、秋学期にはNoism Company Niigata による公演《境界》を取り上げました。「舞踊作品研究B」を履修している学生たちも《境界》を見に行き、課題レポートとして批評を書いて提出しました。

学生たちはダンスへの興味も様々で、注目する点も異なります。また、舞台スタッフの視線で上演を見て、レポートを書いた学生もいます。演劇・ダンス専修でダンスや演劇を学ぶ、若い学生たちの瑞々しい視点による、初々しい批評をお読みいただければ幸いです。(稲田奈緒美)

Noism Company Niigata の『境界』観劇して

 世の中がクリスマスムード一色のなか、東京芸術劇場プレイハウスにおいて2つの“境界”を目撃することとなった。

 2021年9月に、Noism1に新たに5人のダンサーが加わった。新潟出身のダンサーが加わったことで、より“新潟からの発信”ということが厚みを帯びたように感じた今作。山田うんと金森穣による“境界”へのアプローチは、同時にNoismの存在価値の表明を意味しているのではないだろうか。山田うんと金森穣の2人の振付家が織りなすNoismダンサーの異なる魅せ方をみていきたい。

 照明が白く灯り、『Endless Opening』の幕が上がった。これまでのNoism1では考えられないほど、色鮮やかな衣装を纏っているように感じた。ここから、山田うんと金森穣のNoism1のダンサーの魅せ方の異なりがみえてくるのではないだろうか。山田うんは今回、“新潟”という地での滞在から感じたものをダンサーひとりひとりの身体に落とし込んだ。また、Noism1の新メンバーも半数以上が新潟の地に来てまだ間もないという中の今作品。『Endless Opening』という名の通り、始まりに相応しいかのように華やかさが止まらない。この華やかさの連続性は、作品の中で何度も用いられるカノンの振付にも影響していたのではないだろうか。ダンサーが華やかな衣装に身を包み、舞台上を駆け回って群舞で舞う姿は、まさに花束を観客へと届けるかのようであった。照明のカットアウトの多さから、物語性ではなくダンサーの人間らしい “動”的な部分が強く印象に残った。新潟の地で感じた自然の数々をダンサーに投影し、観客とコミュニケーションを図る技法は、国内外の様々な地でワークショップを行い老若男女問わず様々な人と関わってきた山田うんにしかできない作品であった。また、今作品で使用されたローラー付きの大道具はダンサーの身体性の高さによってローラーそのものにロックをかけずとも成り立っていたのではないだろうか。

 一方で、休憩後中の余韻もお構いなく幕の上がった『Near Far Here』。始まりから、山田うんと対称的に主導権は金森穣にあるようだ。それでも、観客は“待っていました”と言わんばかりに前のめりであった。「近くて、遠い、此処」。私たちが現代社会で見えているもの・感じ取っているものは、果たして何なのか突きつけられているようであった。舞台上に映し出されたNoism0のダンサー3人の影は、私たちが見ようとしてこなかった、あるいは関係のないものとしてきた遠いものなのだろうか。劇場に響き渡るバロック音楽に、決して負けることのない3人のダンサーの身体の運びは、一見客席との境界線を生んでいるかのようであるが、今ココに生きているということを共有し、境界線を無きものとしていたのであった。新潟に本拠地を置くNoismが県外で公演を行う意味、新潟市の様々な問題と向き合う金森穣だからこそ他人事にして欲しくない何かがあるのだろうか。バラが宙を舞う。高知公演の『夏の名残のバラ』に続いていくかのように幕を閉じた。

(石井咲良)

「にいがた市民大学特別講座 にいがた文化の音霊」(2022/2/2)『劇場専属舞踊団・Noism Company Niigataの挑戦』完全採録

お待たせしました。今回は、先月、「2まみれ」の水曜日(2022/2/2)に開催され、「2時間」に及んだ濃密な標記特別講座を、当日、聞き手を務められた久志田渉さんご本人による気合いの入りまくった文字起こしでお届けします。その23,000字超の圧倒的なボリュームをお楽しみ頂きましょう。

なお、同講座につきましては、当ブログでは講座翌日(2/3)にいち早くfullmoonさんによるレポートを掲載し、多くの方からお読み頂いているものと思います。

また、この後、新潟市民映画館シネ・ウインド刊行の「月刊ウインド」4月号(4/1発行)には、コンパクトかつ分かりやすい要約版が掲載されます。まだNoismを知らなかったり、疑問があったりする向きにも、新潟市にNoismがあることの「意義」が伝わる内容となっていますので、ぜひそちらの一読をお勧めください。

それでは、ここからは垂涎の完全採録版で、当夜の講座を余すところなくお楽しみください♪ (shin)

「にいがた市民大学特別講座 にいがた文化の音霊」『劇場専属舞踊団・Noism Company Niigataの挑戦』

*話し手 りゅーとぴあ舞踊部門芸術監督、Noism芸術監督、演出振付家、舞踊家 金森 穣
 *聞き手 舞踊家・井関佐和子を応援する会 さわさわ会役員、「月刊ウインド」編集部、安吾の会事務局長 久志田 渉

(2022/2/2 Wed. 18:30~20:30 @りゅーとぴあ・能楽堂)

久志田◆今日の講座ですが、前半はNoism Company Niigataのこれまでを振り返り、後半はその未来、今後について芸術監督・金森穣さんに伺っていこうと思います。最初に、「Noismを観たことがある」という方、挙手いただけますか?
(8割の方が挙手)
久志田◆では、観たことが無い方は?
(2割ほどの方が挙手)
金森◆結構いらっしゃいますね。
久志田◆そうですね。ではまず、Noism設立から18年。今何を思いますか?
金森◆2004年のNoism設立から18年経ちましたが、新潟に続く劇場専属舞踊団は未だに出来ていない。これが残念ですね。
久志田◆坂口安吾は『地方文化の確立について』(1946年)で、「東京の亜流になるな」と書きましたが、Noismは新潟という地方都市に拠点を置き、圧倒的な作品によって首都圏ひいては世界に挑んでいる。
金森◆劇場の認識やありようが、日本とヨーロッパでは違うんです。日本の地方劇場はまず、市民が使う場所としてある。そして東京の公演を呼んできて、見る場所。ヨーロッパではその劇場を拠点に専門家たちが文化を創作・発信し、地元の人々はその作品を見る。
久志田◆新潟で創作を18年続けてきて、思うことは?
金森◆新潟に根付く文化として、自分が残せるものは何か。たとえ自分が素晴らしい作品を生み出し、世界に発信したとしても、毎回成功するとは限らない。作品依存のみでは、文化として継続は出来ない。では、どうするか? そのために基礎となる練習法「Noismメソッド」があるんです。作品になる前の、舞踊家の身体の質が重要。
久志田◆芸術性だけではなく、Noismとしての軸を作ってゆく。

久志田◆Noismの環境がいかに恵まれているか。このコロナ禍中でも公演が続けられて、毎日練習ができて、観客も劇場へ足を運ぶことができる。これがいかにすごいことか、なかなか観る側はわからないですが、実作者・舞踊家として、例えば東京のバレエ団やダンサーたちが置かれている状況と比較してどう思いますか?
金森◆それは完全に、「身体の質」なんですね。この厳しいコロナ禍にあって、我々も一昨年4月に劇場を閉じた時は稽古場に集まれませんでしたが、それでも稽古を続けてきた。本公演は延期になっても、(りゅーとぴあの専属舞踊団だから)稽古・トレーニングを続けていけることで、担保される身体の質がある。作品になる前の、舞踊家の質、身体の質を確保しておくことは、舞踊芸術においてすごく重要です。それが東京などの民間ベースの集団は、お金を払って場所を借り、作品を作る必要がある。稽古より、作品を作ることに重きを置いて、いい作品を作れれば有名になり、公演も打てるっていうこと。それが、舞踊家の身体を鍛えることより(目的として)強い。ところがコロナになるとなおのこと集まれなくなるし、集まったとしても少人数で作品を作る。だから作品も少人数(に合った)の小さなものになっていくし、確保できる場所もなくなるし、みんな生活出来ないからバイトに明け暮れる。そうすると、稽古をしたくてもその前に忙殺される、どんどん質が下がっていく。それは今現在の問題だけではなく、数年後に影響が出てくる。数年経った時に日本の舞踊のレベルが下がっているのだから。
久志田◆舞踊に限らず色々な文化がコロナによる中断を経て、その影響が出てくるのは少し先だということですね。以前バレエ経験のある一般の方向け講座「サマースクール」で、Noism1メンバーが講師を務めている様子を見学しました。感動的だったのは、ダンサーたちが、受講者に向って「もっと自分のやっていることを信じて」といった、的確な言葉で励ましつつ、Noismのメソッドを伝える姿。そこに「学校」を感じた。ただ良質な舞台を届けるだけではなく、若者たちが毎日ここで練習し、金森さんや色々な人に教えられる中で、自分たちが教育者となって、それを次の人へと繋いでいく。メンバーの入れ替わりがあるとはいえ、Noismを18年続けていくなかで、そういう「学校」のような性質も育まれているのでは?
金森◆メンバーが入れ替わってもなお蓄積され、継承されていくという長期的なサイクルなんですね。今、「持続可能な社会」ということが政治的なレベルでも語られますが、それは文化的な活動も同様。これからより一層、持続可能性とか、継承されるものが大事な要素として、身体の文化が社会にとって重要なものになってゆく。
久志田◆金森さんは以前のインタビューで、日本で舞踊が行われる時に、「民族舞踊」や「ナショナリズム」の方向に行くのではなく、外来の文化であるバレエ、ダンスを、日本の土地の中でしっかりと実践し、経験を積むことで独自の文化が生まれてくると語っています。表層的に「日本的」なものではなく、土地にしみこんでいくことかと思いました。
金森◆日本に西洋のダンスが入ってきてから、大体120年くらい。まだ、それしか経っていないんです。デンマークやロシア、フランス、アメリカではそれぞれにバレエが独自の発展をしている。私見ですが、日本のバレエ界はまだ「日本のバレエ」として世界に持っていける方法論・トレーニング論・身体性が確立されていない。海外のバレエ団の日本公演はあるけれど、じゃあ日本のバレエを世界に発信していますか? その問題意識を前提に、私は日本のバレエを開拓する意味をもって「Noismバレエ」を作り始めた。ただ西洋のバレエを日本的に置き換えるだけではなくて、日本には能、さらに遡れば修験道(今一番興味がある)など、身体と信仰、スピリチュアリズムとが密接な文化があるんです。そういう身体文化みたいなものを、現代の身体に、ある種の方法論として落とし込む。それが「Noismメソッド」。その日本独自の伝統的なもの、西洋から由来するものがひとつに入ってきたとして、日本が世界に貢献し得る舞踊文化として新潟から発信していこうとしているのがNoismなんです。
久志田◆「Noismメソッド」というのは、西洋的な垂直と、日本・アジア的なものとしての水平、両方を意識しつつ身体を鍛えていくと理解していますが。
金森◆西洋の場合、垂直だけではなく「上へ」。
久志田◆天へ。
金森◆バレエには人間ではなくて、妖精、白鳥といった存在が登場する。ポワントシューズが典型ですけど、大地から離れるから、重力を感じさせない、上へ上へという芸術性。
久志田◆「人ならぬ者」というか。
金森◆そう。日本だともっと下に。大地に根差していくという身体性がある。そして水平軸。西洋は騎馬民族がルーツだけど、私たちは農耕民族。田植えなど水平に進んでいく。
久志田◆重心を下に取って。
金森◆(西洋と東洋の)身体性をいかに融合するかというよりも、両方を今身体に取り込んでいくとどういうことが起こり、表現としてどうなっていくんだろう、ということ。
久志田◆海外へもNoism公演を観に行ったことが何回かあります。私は、Noismが「日本」に縛られず、無国籍的であり、自由であり、そこに憧れを感じる。しかし海外で観ると、すごく新潟や、日本的な要素が見える。ルーマニア・シビウ公演(17年)での『マッチ売りの話』冒頭の新潟の冬の風の音。モスクワでの『劇的舞踊 カルメン』公演(19年)では、熱のこもった現地の反応に、動きなど日本・アジア的なのだなと、異郷で観ることで気づくことがある。
金森◆モスクワはバレエの殿堂というか、劇場文化が日常に根付いているし、観客は様々な「カルメン」を見ている。そういうところに出た時に、単純に物語の再解釈だけでは、「まあ、それは面白いね」で終わるんですね。バレエの技巧を何となく真似しているだけではなく、彼らが知っているバレエに似ているけれども、身体性が異なる、重心の位置が異なるとか、そういう身体性・演出・脚本全部ひっくるめて、総合芸術として海外に出る。思考にないものに出逢って衝撃を受けるのが劇場文化であり、それが海外公演をする意図。日本から来たバレエ団に、現地の方たちが期待するのはモスクワで観られる何かと一緒ではなくて、そのオリジナル性。
海外のお客さんは、バレエをやってない人でも「バレエとは何ぞや」ということが頭に入ってるんです。そういう方たちを相手に勝負するのが、私たちの立場なんです。
久志田◆金森さんの背景についても伺います。金森さんの恩師であるモーリス・ベジャール(1927~2007)。彼が作った学校「ルードラ」には舞踊だけではなく、剣道や演劇の授業もあったと。
金森◆恩師ベジャールは60年代にはベルギーで「ムードラ」という学校を作っていて、そこでも恩師は「20世紀はバレエの時代」と明言していた。身体を使って演じるものが、世界人類の価値になり得るという思想がそこにはあった。だから世界中のインドやアメリカの舞踊が学べたり、日本の身体性として剣道の授業があったり、総合的に身体芸術にまつわるクラスがある学校。彼がスイス・ローザンヌでカンパニーを作った時に、「ルードラ」という学校を立ち上げた。世界中をツアーして、日本にすごく興味を持ち、坂東玉三郎さんと公演したり、日本へのシンパシーもあった方。なぜ「剣道」を選んだのかは聞いたことがないけれど、最初の2年間はほぼ毎日剣道の稽古をした。
久志田◆バレエ・ダンスは動き・音楽によって構成され、言語が無いからどこの国で上演されても伝わるものがある。言語で表現しないものを作る時の基礎に、言葉を用いる演劇や、異なるジャンルがあることで深まるものがあるように思うが。
金森◆歴史的に人間の営みとしての芸術文化の発端に、舞踊があるという認識が、あらゆる舞踊を信仰する人たちの理念としてある。だから、まず言葉を発したり、歌を唄いだしたりする前に、身体を動かすということがあり、そこにはスピリチュアル性を含んでいたり、シャーマニズムとも密接だったりする。
久志田◆金森さんはアングラ演劇にも影響を受けている。早稲田小劇場を経て、現在は富山県利賀村を拠点に活動する鈴木忠志さん(1939~)もその一人。Noismの面白さには、アングラ演劇に通じる金森さんの演出のケレン味もある。あっと驚かされたり、想像を遙かに超えるものを毎回見せられる。
金森◆Noismを立ち上げた頃、04年のシンポジウムで鈴木忠志さんと初めてお会いしました。その後、鈴木さんの芝居を観に行った時にドカーンと衝撃を受けた。その衝撃が何かというと、「身体性」。それまで私が思っていた演劇ではなく、トレーニングを伴う身体性を現出させている人たちがいる。それが、「鈴木メソッド」(スズキ・トレーニング・メソッド)。独自のメソッドに基づいて役者たちが毎日トレーニングしている。
久志田◆鈴木忠志さんの舞台って発声や身のこなしなど、非常に特徴的ですよね。
金森◆その役者たちの身体を見た時に、これは舞踊家に通じるものがあると思った。
久志田◆鈴木忠志さんの劇団「SCOT(Suzuki Company of Toga)」は富山県利賀村で共同生活を送り、行政と連携しつつ、長く活動している。集団を維持してゆくうえで影響を受けたことは?
金森◆それはもちろん凄いと思うけれど、鈴木さんからの影響は芸術的な部分ですね。行政との関係もあるけれど、それは鈴木さんや他の方もやられているし、欧州の劇場のことも色々参考にしているし。もっと言うと、それを参考には出来ないですよ。これは新潟で18年やってきて思うことなんですけど、やはり各地色んな自治体がありますよね。でも「地方行政」という言葉で括れないですよ。新潟には新潟の行政・劇場文化があって、その中でどう舞踊の芸術家として、その劇場文化の一翼を担っていくかを考えざるを得ない。「静岡県舞台芸術センター」(鈴木忠志さんが芸術総監督を務めていた)が凄いからといって「静岡みたいにするべきだ」みたいに言っていたら、ここまで続かなかった。もちろん共通する部分はありますが、大事なのは新潟の、このりゅーとぴあの劇場専属舞踊団としてどうするか、ってことをずっと思ってますね。
久志田◆初めて新潟に来られたのは、りゅーとぴあ開館5周年記念ミュージカル『家なき子』に出演された時?
金森◆実は15歳くらいの時に、新潟のバレエ教室の発表会に出てるんです。所属していたバレエ教室系列の先生が教えてらっしゃるところに、男の子が必要だからということで、1回来てるけど、ほとんど記憶がない。
久志田◆新潟は城下町ではなく、湊町。城という中心がなく、外来の文化が流入し、踊りも盛んと言われる。新潟だから出来たこと、やりやすいことは?
金森◆新潟の風土・歴史とすごく密接に関わっていたわけではないけれど、戦前戦後のバレエの歴史で言うと、日本から海外ツアーに行く時って新潟港から出発するんですね。新潟から船で大陸へ渡って、シベリア経由でモスクワへ。当時の日本の海外へのアクセスを考えたら、新潟はすごく重要な場所。だから、今は湊町としての新潟という感覚が失われているような気がして、すごく残念なんです。もっと国際的な視点で、東京ではなく大陸の方を見ている自治体として、開かれた街であってほしいし、そのルーツがあるはずなのに。もっと大陸の方をみたほうが新潟の可能性や力が活きるような気がしますね。
久志田◆「裏日本」という言葉があるけれど、地図をひっくり返せば日本海側こそがアジアへの玄関口。新潟にはNoismがあって、ここから世界に挑んでいくぞという意味で、すごく「新潟的」な存在と思うし、今後その存在はもっと重要になるのでは。
金森◆対岸の国々との関係が重要なので、そこがもうちょっと良くなると、大陸を見る眼がもっとポジティブになるような気がする。

久志田◆しみじみ思うのは、Noismを観ることで、観客もまた鍛えられているということ。舞踊を観る眼や、何が面白いのかとか。私も観始めた頃は眠くなったり、何を面白がればよいのかわからなかったり。それでも観続けることで、今回はメンバーの誰それの動きが良かったねとか、作品の原典を追ってみようとか、観客の眼が養われてゆく。観客の変化を感じますか?
金森◆それは大きく感じますね。「アフタートーク」で終演後にお客様に質問をいただく機会がありますが、設立当初は「好きな食べ物なんですか?」「この後どこか食べに行くんですか?」とか、ちょっとミーハーな質問がちらほらありました。それが活動を続ける内に、作っているこちら側が刺激を受けるような質問が飛んでくるようにどんどん変わった。若い観客も増えてきましたし。設立当初は新潟の中学・高校のダンス部の子もあんまり来ている印象が無かったんですけど、ある時から先輩が行ったから後輩も来たりとか。先生に連れられてとか。今、公演期間には必ず「今日のこの回は学生が来るんだね」と、客席が学生で埋まっている日もあります。先日お話を伺ったお客さんは、子育ての手が離れてNoismを観に来るようになり、その後結婚した娘さんと一緒に、更に娘さんの子どもも未就学児じゃなくなったから、三世代で観に来ているそうです。そういうことが実現していると伺うと、やっぱり18年という月日が為せる業だと思いますね。
久志田◆スタッフの方に聞きましたが、Noismは男性ひとり客が多いと。私もそのひとりですが。ひとりでバレエとかダンスって抵抗がありますよね。
金森◆女性の方が圧倒的に多いですし。
久志田◆要因って何でしょう?
金森◆そうですねぇ。演劇、特にアングラ的なものって男性客が圧倒的に多い。その系譜を、作風として継いでいる部分もあって。だから男性がよく来るのかなと思いますね。
久志田◆華やかなだけではない。
金森◆悲恋物語だけではない。
久志田◆むしろ人間の暗いところであったり。
金森◆基本暗いですね。
久志田◆若い頃はNoismを「大人の世界だな」とか、女性ダンサーの身体や動きを「エロチックだなぁ」と思って観ていた。
金森◆かつてのバレエってそうですよ。客席はほとんど男性ですから。大体パトロン、若い女性が好きな男たち。あの子が良い、この子が良いとか。
久志田◆Noismの特徴として、ダンサーの男女の区別が無い作品がある。チュチュは付けず、タイツだけを纏って身体を掘り下げていく。それが観客にとっての見易さ、受け止めやすさであったりするのか、と。
金森◆それも表裏ですね。ジェンダーレスな表現があまり好きじゃない方もいる。これも、ある種の問題提起。「この身体とは何ぞや」「性別とは何ぞや」と問いかけようと思うと、必然的にそういうポーズは出てきますね。恩師ベジャールやそのバレエ団の多くの方が同性愛者だったし、そうであることによってしか出てこない男性の色気みたいなものがあって、それも身体・舞踊のエロスの表現のひとつ。私の第二の恩師イリ・キリアン(1947~)はヘテロセクシュアルですが、本当に男性が女性を引き立てる舞台だし。こと舞踊でも性差について多様な表現がある。
久志田◆少し関連する質問として。『畦道にて~8つの小品』(20年)という新潟市洋舞踊協会の若者たちに向けて金森さんが振り付けた作品があります。日頃教えられたり、親しんでいるバレエの世界観とは違う金森さんの作品や、演出から彼女・彼らも刺激を受けたと思いますが。
金森◆最初は、日頃先生たちから「こうしなさい」って言われていることを崩すことが不安だし、先生たちも心配でクリエイションを見ているんです。でも、それは回を重ねるごとに踊っている子も先生たちもどんどん楽しそうになってきて、最終的にはすごく喜んでくれました。でも、最初はやっぱり怖いんですよ。「正しい」と思っていることと違うことが提示された時、人はまず避けるじゃないですか。でも、それを受け入れて新しい価値観に気づいた時に、世界が広がる。私自身、その一助となればと思って、子どもたちに向けて作品を作った。それが、彼らにとって新しい舞踊や人生への興味へつながっていればいいなと思っています。
久志田◆作品に感動したのはもちろん、新潟の若者たちへ向けて創作され、きっとこの子たちの中に何かが残って、次につながるだろうという複合的な感動があった。
金森◆それが芸術にしか出来ないことなんです。こういう活動を続けていると、「来場者が何人だった」とか「チケット収入がいくらだった」とか、どうしても数字しか評価基準がない。でも、実際にはそこでご覧いただいた方、あるいは出演した子たちが、その後どういう人生を歩んで行き、どこでそれが価値となって社会に波及するかは、なかなか目には見えないし、誰もその計算法は分からない。だから、ないがしろにされがちですけど、絶対的にそこには大事なものがあると、我々は信じています。
久志田◆『カルメン』モスクワ公演の際、案内をしてくれた大学勤務の若い女性が、急遽舞台を観ることになった。歌舞伎や日本文化を研究している人でしたが、観終えると明らかに表情が変わっていた。上気して、「井関佐和子さんってすごいですね。足先まで動きがフィジカルで。こんなすごいものを初めて観た」と。例え一人の中で起こった変化だとしても、それがつながっていけば大きく社会が変わってゆく。それが本当の意味での日本文化の発信だと思う。

久志田◆井関佐和子さんの存在について。
金森◆設立当初からいるのはもう佐和子だけ。「Noismとは何ぞや」と問うなら、金森穣にではなくて、井関佐和子に聞いた方が早いです。彼女は舞踊家として、日本で初めて出来た唯一の劇場専属舞踊団で生きているし、我々が構想しているトレーニングフォームをずっと途切れなく体験している。20代から、今40代になりましたけれど、ずっとそれを彼女の身体を通して実体験して来た人だから。
久志田◆観客にとっても井関さんはミューズであり、感動を与えてくれる存在。それに加えて、Noismメンバーも入れ替わりこそあれ、何か共通して流れているものがある。また、ある時期から海外からのメンバーが増えた。その頃からの変化はありますか?
金森◆今はコロナの影響でなかなか海外からのメンバーを受け入れられず、だいぶ減りましたが。日本でずっと活動してきた若き舞踊家たちは、Noismに来ると、日々の稽古場とかトレーニングの中で、どうしても井の中の蛙になりがち。私自身も欧州に出た時、まず衝撃を受けたのが、コミュニケーションの仕方ですね。向こうだと、何か言わなければ意見を持っていないことと見なされる。日本だと、意見を言わなくても「何かあるけど言わないんじゃないかな」って。でもヨーロッパでみんなが喋っている時に発言しないと、それは存在していないことと同じ。外国人と一緒に活動すると、彼らはすごく自己主張するんですね。言われたことをまずするんじゃなくって、自分から能動的に発信する。そこの部分で、日本人である彼らが知らない文化、みたいなものに直に触れる機会にはなりました。とはいえ、海外から来た子たちも、日本人の(言葉で)発さないけれど内側で持ってるんだよということに、私がヨーロッパで衝撃を受けたように、彼らもそこに衝撃を受けた。
久志田◆双方向に衝撃を。
金森◆彼らにとっての刺激にならないのであれば、彼らがNoismにいる必要は無いわけだし。だから、どっちが良いとかではなく、それは異文化交流のマストな条件。
久志田◆楽屋で金森さんと話していた時に、「ダンサーはどちらかというと身体で表現する。言葉で表現するより、身体が先に立つ人が多い」と。でも、金森さんは言語化することに注力されていますよね。
金森◆注力というか、必要に迫られている。若い頃から振付をしてきたんで、相手に自分の振付の意図を言語化して伝えなければいけなくて。あるいは日本に帰って来て、こういう活動をしていれば、行政の担当の方、劇場の職員の方、舞踊の専門家では無い方たちに、どういう風な思いで活動しているのか、何でこれが必要なのかということを、言語化しないといけない。ただ「必要です」と言うだけでは理解はしていただけない。
久志田◆相手にわかりよく。
金森◆相手の言語で話す。
久志田◆主観ですがNoismの舞台を観ていると、ダレないんですね。舞台転換の間で飽きるとか、音楽の切れ間がなく舞台が展開していったり。演出・構成がすごい。
金森◆最初の頃、寝てたんでしょ。(笑)
久志田◆観始めた頃は分からなかったけれど、繰り返し観るうちに気付けたんです。金森さんは子どもの頃から、舞台・演劇を観る環境があったんですか?
金森◆無いですね。バレエやダンスはやっていましたが、あんまり観に行った経験は無いですね。ヨーロッパに出てからですね。
久志田◆観る側の生理が分っていると思うけれど、それは実演者としての感覚から?
金森◆19歳から欧州でプロとして踊っていましたが、その前18歳の頃から作品は作り始めたし、プロになってからも作品を作る機会を与えられ、その中でずっと振付と実演の両輪なんですよ。20歳くらいの時ですが、舞踊団の活動は17・18時には終わるんですね。劇場専属でやっていると、その劇場に他からいっぱい公演が来るわけです。それを時間があったり、ツアーが無い時は、基本観に行く。しかも、舞台の裏から。他にいないですよ、そうやって舞台を観る子たちは。自分は足繁く通っていて、ある時、公演を観た後に廊下で恩師キリアンと会って、「お前何してるんだ?」「いや(舞台を)観に来たんだ」って言ったら、「こんなもんを観てるのか?」って。「こんなもん観てるのかって、勉強だからしょうがないじゃないか」と思ったけど。でも「こんなもん」って彼が言ったのは、彼らは小さい頃からいっぱい舞台を観てきているから。そういう文化の中で育ってきた。色々観てきた果てに、自分がこれだというものしか観ないのは分かるけど、私は小さい頃からそういう文化が無い所で育っていたから、とりあえず観ないと、教養が追い付かない。周りの人たちは皆舞台に親しんで育ってきたから、当たり前のように「これは知ってる」「これは観たことがある」って。そういう人たちと一緒に活動し、なおかつ「自分はこれをこう素晴らしいと感じたから、好きなんだ」と言えなければ、存在していないような扱いを受ける社会なので。教養を付ける為に、本も読むは舞台も観るは、必死でしたね。
久志田◆西洋の劇場文化が下地にある人との差を埋めていく過程。
金森◆能動的に踊らなければオーディションなんか受からないんですよ。身体は使えるんですけど、でもどうしてそう使えるのか、どういうトレーニングをしてきたのか、その下地・歴史、基礎みたいなものが無いんですね。だから、欧州で一から能動的に学んできたし、日本に帰ってきてからも調べて、学習してきました。
久志田◆Noismの存在もまた、メンバーに限らず、市民・観客にとっても教養を高めたり、背景を深堀りしてゆく入り口になれば。
金森◆そうであってほしいなぁと思いますね。

(休憩が明けて)
金森◆皆さん寝てませんか?
久志田◆眠かったら言ってくださいね。後半はNoismの未来の話をしていきます。昨年11月にNoismの新体制が発表されました。活動期間は22年9月からの5年間。大きく変わった点として、「国際活動部門」と「地域活動部門」が設けられ、「国際活動部門」芸術監督に井関佐和子さん、「地域活動部門」芸術監督に山田勇気さんが就任。金森さんは芸術総監督に就かれます。
金森◆今Noismには「Noism0」「Noism1」「Noism2」という三つの集団があって、「Noism0」は山田、井関、私、40代の熟練の舞踊家が所属。「Noism1」には海外の舞踊家含め大体10人くらいで構成されて、カンパニーの核となっている。0も1の芸術的な面、例えばどういうゲストを振付家として招くかとか、海外にどういう作品を持っていくかとか、国際的な活動の部分は井関が担う。そして市民向けのオープンクラスとか、研修生カンパニーである「Noism2」が、市内のイベントに出演するとか、行政と打ち合わせを重ねてNoismをどうやったら地域に発信していけるかということを担当してもらうのが山田。そのうえで私は、ちょっと俯瞰的な所から、彼らの相談を受けたりとか、あるいは3人で知恵を絞ってアイディアを出したりもしますが、基本的には彼らに任せて行こうというのが、次の体制です。
久志田◆山田勇気さんはNoism1のメンバーを経て、一旦離れてから、Noism2のリハーサル監督などを務めてきた方。
金森◆最初は「Noism2」の振付家として戻ってきて。その後ずっと稽古監督として、次に地域活動部門芸術監督に。
久志田◆「Noism2」の特徴として、研修生カンパニーであることに加え、地域の学校に出かけて公演したりとか、「水と土の芸術祭」のようなイベントの中で、例えば樽砧と共演したりとか。あまり舞踊を観ない人からも「Noism2なら観たことがある」という声を聞いた。その活動を支えてきたのが山田勇気さん。そして、井関佐和子さんといえば、Noismの「看板」と言っていいと思いますが、その方が世界に向けた発信をしていく要となる。この体制を聞いた時、すごく素敵だなと思いました。
金森◆やっぱり、すごく期待していますね。ただ、二人もまだ現役で舞台に立っていくでしょうから、丸投げは出来ないでしょうし、私自身が色々担ってきたことも多過ぎるので、あまり一遍に渡すと彼らがパンクしてしまうので、徐々に徐々にと。
久志田◆「Noism0」には、遠方でも公演を実現できる機動性がありますよね。
金森◆機動性があるとはいえ、3人が結構重要なポジションなので、我々が公演で不在となると、その時誰がNoism本体を統括するのかということで、「Noism1」稽古監督にフランス人のジョフォア・ポプラヴスキーを付け、浅海侑加を「Noism2」稽古監督に付けたり、もし我々がツアーに行っても、Noismが回るように体制は組んでいます。
久志田◆最近だと、「Noism0」が富山県利賀村で公演をしたり、京都ロームシアターで雅楽の生演奏で舞われたり。遠方まで出かけて公演を観る者としては、新潟ではなかなか観られない、思いがけないものを見せてくれる存在として、その舞台の凄さ・面白さを感じています。
金森◆それこそ10人のメンバーを連れて遠征して作品を作るという希望が先方になかったとして、「Noism0」の3人でならという意味での機動力はあるかもしれないですね。

久志田◆金森さんが提唱している「劇場文化100年構想」について。これは『劇的舞踊 カルメン』初演時の14年に、舞踊評論家・乗越たかおさんのインタビューに金森さんが答えたものです。「つまり三世代に渡って劇場文化を育成していくという構想です。私がアーティストとして全力でできるのが30年くらいだとして、その成果が次の世代に受け継がれてはじめて、文化と言えるだろうと思うんです」。これが金森さんが構想している長期構想。極端な話、金森さんが離れるようなことがあったとしても存続可能な。
金森◆いや、あるでしょう。
久志田◆それを衝撃をもって受け止める方もいて。
金森◆でも、衝撃をもって受け止めちゃうと。
久志田◆昨年の活動継続発表時に、芸術監督の任期は5年、最長10年と明記された。これは行政がNoismを組織化するに当たって。任期が明確化・明文化されたということ。発表時は不安もありましたが、このシステム自体が変わっていく可能性もあるだろうから、金森さんの言っていることが明文化されたんだなと。
金森◆でも、今のところ体制としては「10年上限」と。10年以上活動出来ないんですね。そこに関してはこれから色々な議論の中で、変わったらいいなと思いますね。何故なら私自身18年芸術監督を務めて、ようやく築けたこと、なし得ていることがある。もちろんNoismが今までやってきたことを下地として、どなたかが10年やったとしたら、我々みたいに0からじゃないんで、そこは違うとは思いますが。それでも一人の人が長い年月をかけて見出すものもあると思う。別に長ければいいってもんじゃないですが、10年以上は無理っていうのは、いつか変わったらなとは思いますね。
久志田◆そこは「変わる余地がある」と受け止めました。
金森◆そうあってほしいですね。
久志田◆最近金森さんがTwitterに書かれていましたが、「晩年」の夢として、しっかりした舞踊・舞台文化を教える学校を作りたいと。それが民営か公営なのかは分からないけれど。
金森◆やっぱり、恩師ベジャールがそういう学校を作り、私自身がその恩恵を受けてきたんですね。亡き恩師から受け継いだものとして、私が生きている内に、何らかの「学校」を作る活動をしたい。機会があれば、ぜひ実現したいなと思っています。クラシックバレエや現代舞踊の垣根を越えて、ひとつの学校で、ありとあらゆる、それこそインドの舞踊が学べたり、国際的な身体文化を学んでいく。夢ですから大きく言いますけど、その学校に入りたい人たちが世界中からオーディションに集まる。そこで同年代の国際的に優れたアーティストたちが互いに刺激しあって。その学校が新潟にできたらと思うんですが、新潟で学んだ一流のアーティストが、卒業して母国へ帰っても、世界中のそこここで芸術監督になったり、素晴らしい芸術活動をしていて、その履歴には若い頃に新潟で学んだって書かれている。それは素晴らしいじゃないですか。もちろん新潟市民の皆さんに、具体的にNoismがあることで提供できることを考えることも大事ですが、それでもやっぱり世界的な視座、世界の文化に貢献し得る新潟市っていうヴィジョンも、私は個人的に持ち続けたいと思います。
久志田◆そこで「新潟」という言葉が世界共通言語になって、そこに行けばNoismが築いた学校があるとなったら、ものすごく素敵なヴィジョンだと思います。
金森◆もっと視野を狭めると、今、東京で舞台・舞踊芸術活動をアクティブにしている子たちの多くが元Noismメンバーです。元Noism=新潟で踊っていた子たちが、東京の色んな舞台に出演したり、Noismを入り口にどんどん派生していって、結構な人材を輩出している。舞踊界というニッチな範囲で見たら、新潟がすごく稀有な街になっている、その価値をどうやったら市民の皆さんと共有出来るかということは、これからの課題です。
久志田◆ルーマニア公演の時、シビウという街に行きました。シネ・ウインドの齋藤正行代表、Noismサポーターズ事務局の越野泉さん、私など4人で。「新潟からわざわざ観に来た人がいるぞ」ということで、現地の新聞記者さんに取材を受け、それがネットニュースになりました。シビウには国際演劇祭があって、日本からも中村勘三郎や野田秀樹も参加したことがありますが、その総合芸術監督コンスタンティン・キリアックさんが来日した際のインタビューで「日本には新潟という街がある。そこにはNoismがあり、ファンがシビウまで応援に駆け付けるような街だ」と強調してくださった。
金森◆彼は一流のプロデューサーで、Noismが公演した時も気に入ってくださって、活動理念にもすごく共鳴されて、「このカンパニーはもっと評価・認識されるべきだ」と言ってくださっていた。文化を維持・継承していくことの難しさを、当然シビウでも身をもって体験されている方なので、来日時にそう語ってくれてありがたかったです。
久志田◆これもお金では測れないし、数値化出来ない「価値」ですね。新潟に住んでいる「Noismは知っているけれど、観に行ったことはない」という人たちにもっと知ってもらいたいし、積極的に観に来てほしいですね。「地域活動部門」も出来ますが、今後Noismがもっと新潟に染み込むような、作戦ってありますか?
金森◆うーん、そうですね。山田に任せます(笑)。もちろん色々ありますが、私が公言して、それを山田なり井関が実現するという体制じゃなくて、山田の中にもヴィジョンが一杯あるだろうし、それを活かして欲しい。
私がもし理想的なヴィジョンを掲げるとしたら、ようやくNoismを任期付きとは言え、新潟市が文化政策として制度化したわけです。今までNoismはりゅーとぴあ内の一事業だった。それが、新潟市の文化政策と明言されたわけですから、そこは新潟市としてNoismをどうやって市の文化として発信してくか、市の担当の方たちが能動的になってくださることを望みますし。りゅーとぴあに関しても「演劇・舞踊・音楽の三部門の一事業なんだから、他とのバランスが」って言われていたところが変わったのだから、りゅーとぴあとしてNoismをどう活用していこうかという、劇場・文化行政を巻き込み、担当の方たちの知恵・経験がNoismに注がれたら、もっと出来ることが増えるんじゃないかなぁと期待しています。
久志田◆市の体制や政治は流動的であり、為政者も変わるし、永続性は無い。その意味でも、Noismがキチンと制度化されたということは、金森さんのひとつの成果。内容には疑問もありますが、レジデンシャルカンパニーが明文化されたのはすごく大きな転換。
金森◆そうですね、新潟市の成果だと思います。
久志田◆それに加えて、金森さんのNoism外部の仕事も増えていますよね。「日本から発信するバレエ」という意味に於いて、東京バレエ団に振り付けている「かぐや姫」は、それになり得る作品だと思う。
金森◆そうなってほしいですね。また第二幕を振付けますが。
久志田◆Noismを核としつつ、ますます活動が広がっていくことで、新しい人がNoismに触れてくれるんじゃないかなぁと。
金森◆そうですね。最終的にこれからのヴィジョンとして、Noismが劇場・行政とタッグを組んで、新潟の中でより発展・継続的に活動していく中で、必然的に世界に評価される芸術作品を生み出すという理念があるじゃないですか。「国際活動部門」芸術監督となる井関は振付をしないので、ゲスト振付家をお招きするなど色々なことを考えるでしょう。私自身は一芸術家として、色んな経験を積んで、レベルアップして、世界の人を驚かせるようなものを作れる才能をもっともっと磨いて、それをNoismに振付けて、それによってNoismが世界的に評価されるようになれば、別に私が芸術監督である必要はないんです。
久志田◆うん、そうですね…。
金森◆あれ、違いますか?
久志田◆金森さん不在でもNoismが盤石に続いていければ、と思いつつ。複雑です。その意味でも、Noismは外部振付家公演があると、毎回新鮮。例えば森優貴さんや山田うんさんなど、全く金森さんと作風が違う人たちがNoismの身体を通して表現する面白さがある。我々も金森さんの作品だけを知るのではなく、こういう表現もあり、こういう振付家もいるんだなと気付く。Noismを追っていくと世界が広がり、掘り下げているつもりが、別のところにも興味が向かっている。
金森◆舞踊の外部振付に関しては、私の作品に限らず、色んな作家の作品を観る機会であり、観る側にとっての意義もある。そして、うんさん、森さん始め国内外で精力的に活動されている芸術家も、Noismに来た時に、彼らが常にやっている活動とは違うものを体験するんです。朝から晩まで舞踊家が稽古場にいて、「Noismメソッド」で鍛え上げられたメンバーたちとクリエイションすることで、彼らにも芸術家として得るものがあって、新しい作品を生み出す原動力となるんですね。芸術家にとっての意義あるものを新潟のNoismは提供出来るということが、大事なんです。そうしないと、ただゲストを呼んで、作品が違うということだけになってしまう。
久志田◆山田うんさんもTwitterでNoismから受けた刺激について書かれていました。
金森◆うんさんや森さんも、どこかの劇場専属となり、独自の活動をNoismのようにしていただいて、私がそっちに行ったりとか、劇場間の交流、集団同士の交流っていうものができる未来が来ると嬉しいですね。
久志田◆私が抱く夢ですが、例えば東京へ行けば歌舞伎座があり、兵庫には宝塚歌劇場があり、いつも何かしら公演が観られる。それくらいに、新潟へ行けば「ああNoismやってるね、じゃあちょっと寄って観てみようか」というくらいにNoismが大きくなり、このりゅーとぴあに全国から人が駆け付けてくる。それが日常の風景になったらすごいなぁと。
金森◆そうですねぇ、でもその為にはまだまだまだ、まだまだ、階段を上がって行かないとならないですね。
久志田◆ファンも頑張って応援して参ります。

久志田◆さて、ここからは質疑応答です。会場からたくさん質問が届いていますので、金森さんに問いかけていきます。「大きな問ですみません。教養を追いかけるという話にもつながりますが、文化資本の格差を埋めていく手立て、文化政策はもちろんなのですが、どうお考えですか?」
金森◆東京を向いて、東京へ行かないと一流のものは観られないから、東京から一流のものを呼ぶ為に、劇場があるということじゃなくて、自分たちの地域で世界レベルのものに触れられる機会を増やしていかないと。人って何かに出会って衝撃を受けた時に、初めて自分の至らなさに気付くんですよね。自分が理解できる範囲のものだけに触れていて、至らなさに気付かないと、勉強しよう、教養を入れよう、とは思わないじゃないですか。私はヨーロッパに無教養で行ったから、余計に衝撃が強くて、必死になりましたよ。日々大変でしたけど。それでも、観たことが無いものに触れる機会を提供する場所として劇場を定義すると、よりいいだろうし。新潟市の全小学校は必ず一回はりゅーとぴあで舞踊を観るという授業が出来るようになったら本当にいいですね。訳も分からず劇場に来て、寝ててもいいし、全然分からないと思ってもいいけれど、その経験によって、自分たちの知らない世界に触れ、「踊り」という、観たことがない異次元のものを体験する機会を提供することで、彼らの中に新しい気付きであったり、何か興味が湧いたり。そういう大きいけれど小さなことの積み重ねでしか、教養は増やして行けないでしょうね。
久志田◆自分の理解の範疇を超えたものに出会った時の方が、感動が生まれる。
金森◆それを楽しめるようになる為にも、やっぱり教養が必要なんですよね。
久志田◆それを育む場としてのりゅーとぴあ、Noismであればいいですね。次の質問です。「市民の理解を深める為に、公演の他に何か活動していることがあれば、教えてください」。
金森◆市民向けの体験、「舞踊とは何ぞや」ということを、舞踊経験の無い方たちに受けていただくクラスをやったり、市内のイベントに「Noism2」が出ていって公演したり、市内の中で色々Noismを目にしたりとか。そういう機会を今までもやっていますが、それをもっと、我々の想像がつかないような所に飛躍発展させていく為に、行政の専門家の知恵とか経験値を借りられたら、嬉しいなと思います。JRの電車のサイネージとかもそうですね。
久志田◆この間、本業の会社でも「電車で観たことがある」って言われましたね。
金森◆そういう、目に触れる機会によって「あ、こういうのもあるんだ」って気付いていただきたいですね。
久志田◆間口は広く。次の質問です。「Noismのメソッドというのは、ベジャールやキリアンのメソッドを、ここを変えたり、こうしたらもっとよいのにと思って開発されたものなのですか? コンテンポラリーにメソッドがあるか良く分からず、クラシックバレエよりはNoismとベジャールが近く、その中での違いということなのか、バレエ全体の中でのメソッドなのかということを知りたいです」
金森◆ベジャールもキリアンも、独自の訓練法というのは作ってないんです。むしろ振付の中で、新しい身体表現、彼らのスタイルを確立しましたが、それをトレーニングの方法にしていないんですね。それが20世紀のいわゆるコンテンポラリーダンスの振付家たちの傾向。そこに問題意識を持って、やっているのが金森穣。だから、私はもちろん新しい表現とか、恩師から受け継いだものを次へ継承したいとか、思いはありますが、じゃあ舞踊家として両マスターから学んだ、身体に入っているものを、どういう方法論で落とし込めば鍛錬として残して行けるか、活かしていけるかっていうのを考えていて。ベジャールさんは亡くなってしまいましたが、どこかでNoismを観て「これ、なんか俺の振付っぽいじゃないか」って言ってそうな気がする。恩師の振付をトレーニングにしようと思ってはいないですけど、身体に入っているものを方法論化すれば、必然的に出てくる。それに、キリアンは生きていますから、いつか私の作品を観たら、何処にキリアンのエッセンスが入っているかは、本人が一番よく分かると思います。
久志田◆東京バレエ団『かぐや姫』東京公演では、最初にベジャールさんの『中国の不思議な役人』、次にキリアンさんの『ドリーム・タイム』があって、最後に『かぐや姫』が上演された。金森さんの恩師の作品を観た後で、金森作品を観ることで、共通性とか違いが良く分かる、とても面白いプログラムでした。
金森◆キリアンは1・2・3という3部制をカンパニーでやっていました。1があって、2が若いメンバー。そして3っていうのが40台後半のメンバーなんです。それが、私がキリアンに学んだ後に、財政とか色々な理由で閉じてしまった。その時キリアンがすごく悲しんだということを人づてに聞いて、いつか私がそういう機会に恵まれたら、やらなければいけないことだと思いました。自分自身、そして佐和子・勇気も40代を迎えて、今「Noism0」という名称で実現しました。変質していく舞踊家の人生の道筋を、年を重ねたら踊れないのではなく、検証的に、もっと円熟味を増していくものとして残していくことは、キリアンの思想のみならず、この国の伝統に根ざしていること。伝統芸能は齢を重ねて成熟してゆく。だから、恩師の系譜を私なりに継いでいると自負しています。
久志田◆この方からはもうひとつ質問があります。「日本のクラシックのお稽古の子たちは、振付やアイディアを出せないとよく言われますが、18歳から振付されていた源はどこにあるとお考えですか?」
金森◆ちょっと意味が変わりますが、自分の中から何かを外に曝露する、表現するということが、この国の教育ではなかなか子どもの内から奨励されない。例えば、今中学・高校でダンスが必修科目となりました。現場の声は分からないんですが、想像するに、ダンスといって動いてみた、踊ってみただけなのでは。自分の内側から発する言いたいことや、それが見つかった時に、どういう風にそれをコミュニケーションとして表現したらいいかということを、本来であれば学ぶべきだし、もっと言うとアウトプットする前にインプットする必要があるんですね。だから、「鑑賞」するべきなんです。これはNoismを観に来てほしいから言っているのではなくて、もっと鑑賞体験を授業にする。誰か他者がコミュニケーションや、非言語の表現をしているものを観て、自分が何を感じたか考える。それもやっぱり鍛錬だから、そういうことを繰り返していくと、受容のされ方が深まっていき、そうして膨らんだものをどうアウトプットするかという時に、次のステップへ行ける。そこまで考えた上で教育現場に舞踊が普及していないことを考えると、バレエをずっとお稽古している子ですら、「自分で何か作ってみなさい」とか「表現してみなさい」とか言われても、なかなか難しいでしょう。
久志田◆金森さんがそれを出来たのは、海外体験故?
金森◆そうですね、17歳でヨーロッパに出て、それまでの自分が、普通だと思ってたことが、もう全部ぶち壊されたんです。そして、貪るように色んなものを吸収した。そうすると自分の中で膨らんでいくんですよ。そして何かの形で吐き出さずにいられない。そして欧州では、何かを吐き出さないとそこに存在していることにならない。学校で言えば、皆すごく面白い作品を作るわけですよ。で、明らかにベジャールが「今あの人に目をかけてるんだな」というのが、露骨に見える。「僕はこれが言いたいんだ」とか「これが美しいと思う」ということを表現しないと、存在意義が無いと言われる環境だったので、必要に迫られて叫んだ振付が、どうやら面白く受け止められたようで、そこからずっと続けているという感じです。
久志田◆金森さんの言葉を聞いて思い出したのが、昨年シネ・ウインドでも上映した『リル・バック ストリートから世界へ』というドキュメンタリー。メンフィスでジューキンというストリートダンスをしていたアフリカ系アメリカ人が主人公です。彼はストリートダンスから始まって、クラシックバレエも学びたくなる。メンフィスは決して治安も良くなく、ギャングもいたり。その中で踊りをやっていないと、人を殺めかねない環境から抜け出したいという思いから、その青年はやっている。メンフィスには公立のバレエ学校があり、そこでバレエやクラシック音楽、映像作品に出会って、その子が世界的なダンサーになってゆく姿を描いたドキュメンタリー。それにも通じますが、踊り手側にハングリーなものがないと、自分から発信するものが出てこないのかな、と。
金森◆それもそうだし、その環境が生むこともあって。だから周り全部ひっくるめてなんですけど、単純に「個」の問題ではなくて、そのバレエ教室の問題もあって、進路の問題、国の問題まで波及していく。
久志田◆大きな話、文化からこの「日本」という国のあり方にまでいく話になりますね。では次の質問へ。「百年構想ということですが、なぜ百年かかると考えられているのでしょうか?」。
金森◆日本に舞踊が入ってから120年くらい経って、今Noismが始まるとして、我々がやっていることが支持されて、それが本当にこの国の文化として根付くまでには、百年はかかるでしょ、ということです。同時に、一人の人間が社会に対して具体的に貢献出来る年数が大体30年ぐらいとすると、百年で三世代。おじいちゃん・おばあちゃん、その息子、そして孫がいて、皆が知っていて、大切だよねと思う文化になるまでに、大体百年のターンが必要かなという感じですね。
日本でいうと、今大体十年が一世代というか、生活環境が激変するじゃないですか。すごく消費されて変化していく中で、敢えて百年という「長くない?」という年数を掲げ、時代に逆らうようなことを打ち出していかなければ、この劇場という小屋は地域社会の中で存在意義を失うよ、という思いなんですね。
久志田◆10年や5年なんて目先のことじゃなく、もっと遠い未来を見据えるからこそ見えるものがある。
金森◆そうですね。
久志田◆では、次です。「お話の中でも触れていましたが、なぜここまで専属劇団といった文化が、他の地方都市部においても根付かずにいるのでしょうか?」関連して「新潟という場をもって実現、残していけるものはどんなものでしょうか?」
金森◆新潟に残していけるのは、Noismに代表される舞踊文化ですよね。劇場専属の集団がいるという。日本の歴史上無いんですよ。
久志田◆専属舞踊団が。
金森◆18年前に、歴史上無いものを新潟で始めたんですよ。凄いことのはずなんですよね。
久志田◆もっと凄いことだと皆に気付いてもらいたい。
金森◆日本で専属舞踊団が出来たことは、本当に凄いことだけど、私が凄いとかじゃなく、私はたまたまそこに居合わせたから前例となるだけ。新潟という場所が持つ、ある種の「場の力」があって、成しえたことだから。それは、色んな人がその瞬間、その場所にいたからこそ。後世の人も、同じようにそれを受け継いで、さらに飛躍・発展させていくことが大事なんじゃないかなぁ。
久志田◆「Noismが設立されたのは奇跡的」と言われますが、「奇跡」といって思考停止してはいけないというか。
金森◆そうですね。だから、Noismが設立される為の下地は、そもそもに新潟にあって、系譜があって、そういう人たちがその系譜の中でその時新潟に居合わせたから始まったことかもしれない。それはその人たちにとっての財産であると同時に、その人たちがいなくなったら価値を失うものであってはいけないんですよ。それぐらい大きなものが始まったという風に思っていただかないと、「金森穣がやいやい言って、何となく篠田(昭前市長)さんに認めてもらって、Noismは始まった。金森穣や篠田さんがやったもの」ということではなくて、新潟で2004年にそういうことが起きた。それを、どう残していくか、その為に頑張っている。
久志田◆それも「百年構想」のスパンだと見えやすいですよね。2004年にNoismが設立されたのは、バレエ・演劇史の中にも残る、歴史的なことであったと、後世の人からは見られる。
金森◆そうですね。
久志田◆では次へ。「Noismの起こりは? 先ほどダンス映像が見えた時に、ノイズ・騒音のような音楽が聴こえました。それと関係があるのでしょうか?」
金森◆「No-ism」、無主義という意味がまずありまして、そこに「ノイズ」も含まれ、更に能、「お能イズム」も含まれる。この3つが合わさってNoism。だから「金森カンパニー」なんて変な名前付けなくて良かったなぁ、と。(笑) Noismなら誰でも出来るじゃないですか、No-ismなんだから。
久志田◆Noismのカッコ良さって、現代音楽だけでなく、バレエ・クラシック音楽の古典だったり、作品によっては中島みゆきが使われたりする点にもある。
金森◆本当に無主義なんで。あえて、主義と呼ばれるような「何かこれだけは」ということがあるとしたら、それはトレーニングですね。共通の身体訓練をした集団が、無主義で踊っている、色んな表現をやっているということですね。
久志田◆基礎があるから、どれだけ作品の表層・振付が変わっても、残るものがある。
金森◆だって歌舞伎や宝塚が残っているのは、身体的な様式美があるからですよ。その様式美を無くして、作品ごとに全然身体が違っていたりしたら、残らないですよ。
久志田◆もうひとつ、「ダンス、サークルの起こりは? ダンスの時に輪ができます。よく自然に輪ができます。石器時代のストーンサークルと関係ないでしょうか?」
金森◆実は、人と人が向き合うことのエネルギーって計り知れないんですね。それはアクリル板一枚挟んだだけで、すごく失われてしまうんですね。それを拡大して言うと、観客が舞台を観ている時、舞台に立つ者と対峙していると、ものすごく上質なエネルギーが生じるんですね。それを古代から人間は判っていて、感覚として円になった時に、その中央に生まれるエネルギーみたいなものを、理屈じゃなく感じていたはずなんです。そういう広い意味で感じるエネルギーみたいなものを、舞台上から我々は観客に届けなければいけない、劇場に来て「あっ、いる!」っていう強烈なエネルギーを観客が感じるから、客席も、身体を意識しつつ観るんじゃないかな。ダラーっとして観られない。それくらいの作用を劇場が客席に届けることによって、そのサークルから始まった人間の身体に古くからあるものが、現代に輝く。それが、劇場の役割であると思っていて、その為にトレーニングが必要なんですよ。相当にトレーニングされた身体じゃないと、その磁場は生み出せない。
久志田◆本当に観客もNoismを観る時は前のめりになって、汗をかいて、観終えると、すっごく疲れるんです。この聞き役を務めるにあたって、過去のNoismの舞台を映像で観ましたが、映像だとまったく集中出来ない。劇場・映画館へ出かける、他の人と空間を共有する時の圧倒的な質量や、観る側も傍観者でいられないと気付けることもまた劇場の醍醐味だと思います。
金森◆緊張感の問題だと思うんですね。これだけ弛緩した状態で日常を過ごせるようになると、なかなか緊張感を感じる機会ってない。あらゆる芸術には、それを観、体験している人にガッとスイッチを入れるものがあるんですよ。特に舞台芸術は同じ時間・空間を共有しますから。舞台上にある身体がちょっと弛緩したり、坐っている身体が弱かったりすると、もう観客は他所を観ちゃうし、実力が見えてしまうの。本当にシビアだからこそトレーニングは大切。
久志田◆では最後の質問、同じ方から3つ来ています。「日本は欧米よりも、芸術的環境など、レベルがいつまでも低いのは何故だと思いますか?」 どうなんでしょうねぇ? 
金森◆そうですねぇ。うーん。教育? 今目の前の教育とかじゃなくて、長い歴史の中で、第二次世界大戦があり、色んな国の変遷の中で、辿り着いた果てがこの状況ですから、未来のことを考えたら、何とかしていかないといけないし、本当に教育からだと思いますね。
久志田◆何かを人に発信する為の教育とか、その自分の思いを伝えるとか。
金森◆芸術性って作る側もそうだけど、観る側もまた作る側を育てるわけですから。それを行政、政治家、経済界などありとあらゆる社会を構成する人たちが、芸術的・文化的なものの価値を、理屈や、金になるからとかじゃなくて、当たり前に大切だよねと実感出来る社会を作らなければ、なかなか厳しい。
久志田◆次行きます。「Noismに足りないものは何ですか?」
金森◆足りないもの…。人。
久志田◆それはスタッフ・ダンサーに限らず。
金森◆全部ですね。やっぱりもっとマンパワーが必要ですね。
久志田◆お金もっと欲しいですねぇ。
金森◆(笑)
久志田◆これも気になる質問ですね。「Noismのダンサーに求めるものは何ですか?」
金森◆これは難しくて、もっとこういう風にあってほしいなぁという希望はあるんです。求めるものというと、その身体性とか。さっき楽屋でも話しましたが、私が用意した環境をただ受け止めるのではなくて、その中で如何に自分で目覚めていくか。もっともっと求めて欲しい。
久志田◆貪欲に。
金森◆もっともっと可能性があるんだし、彼ら自身が、夢を、野心を、憧れを、希望を持って、もっともっともっと彼らで考えて欲しいなぁ。
久志田◆例えば金森さんがこういうトークをやる時に、Noismメンバーには「絶対に観に来なさい」ではなく、「興味があったら来て」という感じなんですよね。
金森◆そうそう。今は稽古中だから、自分の興味の為に読んだり観たりしているんなら構わないけど、もっともっと色々なことに貪欲になって欲しいなぁ。
久志田◆面白がって、食らいついて来て欲しいと。
金森◆そう。そういう子がいないんですよね。昔はもうちょっといました。私も若かったし、その頃はは年齢が近い集団だったので。今、若い子たちが増えてくると、逆に遠慮しちゃうかなと思いますけど、その辺の貪欲さ、もっと自分で掴みに行く意志が欲しいなぁと思いますね。
久志田◆金森さんもNoismメンバーもある意味「貪欲」に文化を築き、根付かせる為に頑張っています。私たち観る側もまた「貪欲」になって、食らいつくだけの価値がNoismにはあると思います。それぐらい価値あるものが新潟にはあって、お手軽な値段で、りゅーとぴあで観られるんだから、観ないことはないだろうと。折角だから時間を確保して、どんなものだろうと確かめるだけでも価値があるし、そこから何かが開けていくかもしれない。ということで、丁度時間となりました。金森さん、最後に何かございますか?
金森◆Noismをご存知いただいている方は、新しい体制が今年9月から始まりますし、また観たことが無い方はこの機会に、一度観に来ていただければ嬉しいです。
久志田◆7月には鼓童との公演もありますね。
金森◆そうですね。鼓童とのコラボレーションが実現しますので、この機会にぜひご覧ください。
久志田◆では以上で本日の講義を終わります。金森さん、そしてご来場の皆様、有難うございました。

(久志田 渉)

金森マジックを受け継ぐ、若き舞踊家たち(サポーター 公演感想)

Noism1メンバー振付公演2022〈2022/2/6(Sun.)15:00〉

昨日にも増して寒さが厳しかった2月6日の新潟市。りゅーとびあ・劇場でのメンバー振付公演千秋楽は、やはりその熱量で、観客の身体を深々と温める公演となった。

公演は前半3作品、休憩15分を挟んでの後半2作品、 約90分。

1作目は樋浦瞳演出振付「Four Falling Flowing Filaments」(出演:三好綾音、中村友美、兼述育見、渡部梨乃)。冒頭、舞台上手から下手方向へ、振り子のように大きく揺れ動く照明によって、一気に舞台へと引き込まれる。3~4mほどの鉄パイプを駆使してのダンスや、反復される動きの連なりなど、樋浦さんの演出力が光る。若き4人の女性舞踊家各々の引き締まった肉体美が醸す健康的なエロス、ダイナミックさと軽やかさが同居する動きの連鎖(鉄パイプを滑り落ちる振りの楽しさ)。舞踊を観る醍醐味と演出のケレンが、見事に炸裂した。中村友美さんのニュアンス豊かな表情含めた表現力、兼述育見さんの伸びやかな身体を活かした働きを特筆したい。

2作目は三好綾音演出振付「French suite #5」(出演:井本星那、庄島さくら、庄島すみれ)。3人の女性舞踊家が無音で、ピシリと動きを合わせてゆく静謐の美。白地の衣装含め、東京バレエ団によるイリ・キリアン「ドリーム・タイム」を連想する、夢のように愛おしい一瞬。そして、バッハの旋律に載って展開する庄島すみれさんのソロ→パ・ド・トロワの、躍動感と矛盾なく立ち現れる穏やかな余韻。井本星那さんと庄島姉妹が織りなす調和も相まって、バッハの楽曲に真摯に向き合った三好演出を味わう。

3作目は坪田光演出振付「Nyx」-「Eris」-(出演:ジョフォア・ポプラヴスキー、杉野可林、横山ひかり、兼述育児、土屋景衣子、渡部梨乃、糸川祐希、太田菜月)。スモークと照明のコントラストが鮮烈な舞台から滲み出してくる黒衣の群れ。苦悶する彼・彼女たちからは、否応なく「現在」を生きる苦悩が浮かび上がる。一転、ドラムスの激しいビートにのって展開する群舞では、若き舞踊家たちが劇場の広々とした空間を縦横に駆け、跳躍し、観る者を圧倒する。ジョフォアさんの堂々たる体躯を活かしたダンスはもちろん、杉野可林さん、兼述育見さん始め、ダンサーの若々しい息吹の連なりに、アジアや韓国の伝統芸能を連想し、高揚感を覚えた。

休憩後の4作目は中尾洸太演出振付「ひふみよ」(出演:井本星那、杉野可林、横山ひかり、青木愛美、西川瑚子)。暗闇を蠢く井本さんの背後で、まるで天地を支えるように立つ4人の舞踊家(内3人は逆立ち)。グレゴリア聖歌は、何処か日本の声明を思わせ、5人のダンサーの衣装が日常的な色彩だからこそ、より深々と「日常の祈り」を連想する。舞台後方に開かれた空間から飛び降りてゆく4人と、微かな光を求めて前進する井本さんとの対比が印象的なラスト含め、やはり「現在」を意識させられる一作。

そしてトリを飾る5作目はジョフォア・ポプラヴスキー演出振付「Being there」(出演:中村友美、樋浦瞳)。劇場の大空間を使いつつ、敢えて二人の舞踊家によるパ・ド・ドゥに挑んだジョフォア演出は、高らかに愛を謳い上げることの出来ない「現代」を舞踊によって昇華する、痛切な美に充ちた作品として結実した。暗闇を多用し、互いを求めつつ、磁石のように引き離されてゆく二人(男女や肉親・恋愛といった狭義に留まらない豊かなニュアンスを伴って)。僅かな照明の元で手を伸ばそうとして、触れることが出来ず、影絵のように暗闇を彷徨う中村さんと樋浦さん。音楽の転調も相まって、二人が劇場を駆けつつ舞い踊るシークエンスでは、涙が溢れた。幕切れをブラッシュアップすれば、Noismのレパートリーたりえる傑作と思う。

全5作いずれも、劇場の広さに挑みつつ、見事に観客を驚かせ、高揚へと導く 「ケレン味」と真摯さが同居していた。魔術的な演出を見せる芸術監督・金森穣さんの精神が、若き舞踊家たちの中に脈々と受け継がれていることを強く認識させられた。一朝一夕には生まれえない Noism Company Niigata、その18年の蓄積が、若き舞踊家たちを羽ばたかせているのだ、と思う。

(久志田渉)

激しく胸射つ若き舞踊家たちの創意(サポーター 公演感想)

Noism1メンバー振付公演2022〈2022/2/5(Sat.)17:00〉

厳しい寒さに見舞われつつも、予報ほどの降雪とはならなかった2月5日の新潟市。 Noism1メンバー振付公演2022初日に駆けつけた友人知己始め観客は、皆凍えた様子で劇場に集まったが、公演後には、その身体の奥から沸き上がる高揚が滲むようだった。明日の楽日を前に、詳細や演者の配置は記載を避けるが、劇場の広々とした空間を如何に活用し、音楽・照明・演出とダンサーの身体で、観客の胸に刻まれる「何か」を生み出そうとするメンバー五人の創意が充ち溢れるような公演だった。 まるで通奏低音のように、「東洋の美」や「祈り」が各作品から香ったことも印象深い。

ダイナミックかつ軽やかな動きの連鎖と、女性ダンサー4名の健康的なエロスが炸裂する樋浦瞳作品。静謐さと愛らしさとが調和を見せる三好綾音作品。暗闇から鮮やかに展開する切れ味が見事な坪田光作品。彫像のように美しいダンサーたちの動きと、演出のケレンに唸る中尾洸太作品。そして、失礼を承知で書けば、そのイメージを裏切り、ストイックな迄の悲愴感と演出の妙で、息を呑む舞台空間を創り上げたジョフォア・ポブラヴスキー作品。 どの演目かは避けるが、中村友美さんの活躍、中村さんと樋浦さんのデュオの美、 Noism2メンバーの堂々たる存在感は特筆したい。各作品の妙味が連なり、終演後2度目のカーテンコールでは、思わずスタンディングオベーションしてしまった。

客席移動も可能との案内もあり、感染対策も万全なりゅーとぴあ。 Noism1の若き舞踊家たち渾身の舞台をどうか見逃さないでいただきたい。明日15時からの千秋楽の盛況を祈りたい。

(久志田渉)

ほくそ笑む金森さんを想像して膝を打つ、新潟と池袋の『境界』公演(サポーター 公演感想)

☆Noism0 / Noism1『境界』新潟公演・東京公演

 新たなレジデンシャル制度への移行に際して、「芸術監督」の任期が取り沙汰されるなか、先にNoismの活動継続の折に求められていた「Noism以外の舞踊鑑賞」機会の提供と、金森さん自身がかねてから唱えている「劇場文化100年構想」の今後の展開とをリンクさせるかたちで結実したこの度の『境界』公演。それは、私たちの、言ってみれば「平穏」やら「安定」やらを志向しがちなやわな気持ちを大きく揺さ振る、「越境」の意志に満ちた大胆な公演だったと振り返って思う、今。

 先ずは、山田うんさんが招聘されて演出振付を行ったNoism1『Endless Opening』。ボロディンの弦楽四重奏曲第二番、その旋律が伝えてくる軽やかな華やぎと、時折、そこに差し込むある種の切なさが、9人の舞踊家の「個」を魅力的に見せつつも、より大きな調和へと回収するかたちで踊られていくことで、端正なイメージを残す爽やかな作品。主に「生」と「死」を巡る「境界」が主題化されているとみたが、「死」が組み込まれて流れる「生」の時間の在り方を首肯せざるを得ないものとしつつ、それでも踊らずにはいられない、或いは、それ故にこそ抗して踊らんとする舞踊家の意志、または宿痾とも呼ぶべきものが清冽に発散される愛すべき演目だったと言える。

 身体のメカニクス的に「踊れる」舞踊家9人を前にして、楽しくて仕方なくて、「もっともっと」と要求していったのだろう山田さんと、作品が求める笑顔のままに、それに応じ続けた舞踊家9人との創作過程を想像してしまうのも宜なるかなといったところか。踊り終えて、下りた緞帳のその向こう、舞踊家9人の荒々しい息遣いが客席まで届いてきたその演目、それをNoism的なるものと非Noism的なるものの化学反応が結実した果実とみるなら、それはまさしく、当初、両者の間に存した「境界」の双方からの「越境」そのものなのであり、同時に、それは冒頭に挙げた「Noism以外の舞踊鑑賞」機会が提供されたことをも意味しよう点で、金森さんが期待し、思い描いたところが十全に成し遂げられたということにもなろう。その後の20分間の休憩時間を、まるで夢見心地の、ふわふわした気分で過ごしたことが思い返される。

 しかし、休憩という「境界」を挟んで、まったく異質の時空に身を置くが如き体験が待っていようとは、いかに予想していようと、していないも等しいほどであった。

 金森さん演出振付のNoism0『Near Far Here』、先刻までの夢見心地も何処へやら、冒頭、雷鳴に続いて、井関さんの姿が闇に浮かび上がる場面から、力ずくで「越境」してくる途方もない凄みには観る度に圧倒され、捻じ伏せられるより他になかった。

 「バロック」が意味する「歪な真珠」然として、敢えて統一感を放棄したかのような幾つもの部分からなる作品構成には、ただ繰り出されるものを整理する間もなく受け取ることしか許され得ず、いったい今がいつで、ここ(Here)はどこなのかを不分明にしてしまう効果が絶大で、私たちは手もなく、これに続く「越境」の渦中に自らを見出すのみである。

 そうした敢えての不統一のなかにあって、下りてくる「枠(フレーム)」を巡る金森さんと山田勇気さん、或いは、「影(シルエット)」の前景で踊る3人、そして大写しにされた自身の「映像」の前で踊る井関さん、そのいずれもが「二重性」という共通項をもって、見詰める目に迫ってきたことは印象深い。彼は、彼女は誰なのか、その「境界」はどう画されるのかという訳であり、ここで想起したのは、フランスの哲学者ジャック・デリダの「差延(さえん)」という概念であった。「自己同一性」はアプリオリ(先天的・先験的)に自明な「境界」を有してはおらず、他との「差異」に遅れて現われてくる(現前する)ものに過ぎないとするものである。しかし、そうした概念と共に見詰めてしまうのは、「観ることの純粋な驚き」を減じかねない危険性を孕むことでもあり、決して望ましい態度ではないのかもしれないが、よぎってしまった以上、もう仕様がない。それでも充分に刺激的な視覚体験であったうえに、同時に、一種、哲学的な(自分という存在の「境界」を巡る)問題系に放り込まれたことで、嗜虐的な快楽を愉しんだことは記しておきたい。

 そして圧巻はラストの場面。目の前に広がったえも言われぬ光景には、呆然とし、息を呑んだ。もしかしたら、あらゆる人の裡に共通して存在するイメージが可視化されたのではないかと思われるような光景。また、それは「人」という存在にプリインストールされた内なる「宗教心」(それは実際のあれやこれやの宗教に向けてのものではない)のようなものに触れる場面だったという言い方も出来るかもしれない。その怖いような美しさを前にして味わった感覚は、勿論、快感でありながらも、「戦慄した」という表現の方が似つかわしいものという思いは今も拭えない。

 更に、その後も「越境」が追い打ちをかけてくる。舞台のみならず、客席にも紅い花片を降らせることで、両者の「境界」を「越境」したかと思えば、カーテンコールを行わないことで、(正確には、新潟公演の初日に、鳴り止まない大きな拍手に、仕方なく、やや渋面をつくって3人が姿を現した例外があるし、高知公演がどうだったかはこの目で観ていないので語り得ないが、)公演がもつ時間的な「境界」を「越境」してみせた。その鮮やかな手捌きには今回も唸らざるを得なかった。「お見事!」(と、黒沢清『スパイの妻』(2020)で、夫(高橋一生)の計略に嵌まったことに気付いた妻(蒼井優)が叫ぶ場面が脳裏をかすめる。)

 カーテンコールにて自らの感動を熱く演者に伝えることからは、なにがしかの心地よさが得られるものと心得ているが、そうはさせてくれないのが今回の金森さんである。いくら手を叩いても「それ」は行われない。やがて、無機質な「本日の公演はすべて終了しました」のアナウンスが放送装置から耳に達するだろう。それでも「それ」を求めて拍手を止めない観客たち。「非日常」に浸食されたまま放置される「日常」、そんな客席をよそに、舞台袖、或いは、楽屋で、にこやかに「はい、お疲れさん」などと言いながら、その実、ほくそ笑む金森さんを想像してみるのは、思わず膝を打ってしまうくらいにご機嫌なことであった。実際にほくそ笑んでいたかどうかは知り得ようもないが、意図してラストの「越境」を仕掛けた以上、そうであって欲しい、否、そうであるべきだと思っている、今。

(shin)