圧倒的な舞踊の力を見せつけて幕を下ろした埼玉『マレビトの歌』大千穐楽(2025/12/21)♪

「踊ることでしか伝えられないことがある」、前日のブログでも触れましたが、これは先月(11月28日)の『マレビトの歌』公開リハーサルの後、囲み取材で金森さんが語った言葉。加えて、その折に繰り返し口にされたのが「作品の強度」。この日(12月21日)の大千穐楽を含めた新潟と埼玉での5日間、私たちはそれらの言葉が意味するところを、そう言ってよければ、それらに何の誇張もないさまを、まざまざと目撃・体感してきたのでした。

この日、大千穐楽の終演後も、圧倒的な舞踊の力によって組み伏せられた客席からは、それまでの4日間と全く同様、緞帳が下り切っても、やはり拍手は聞こえてきません。みんな身動ぎすることが憚られたのです。全5公演あったのですから、なかに違った反応があっても不思議ではない筈。しかし、どの日も例外なく同じ反応が返ってきたのです。他のものに代替不可能な舞踊の力を見せつけられ、舞踊に「制圧」され尽くしたからこその反応という以外ありません。

埼玉での2公演で、金森さんはラストシーンを変えてきました。奥行きの深い彩の国さいたま芸術劇場の舞台特性を十二分に活かすための改変です。そのあたり、いかにも金森さんです。やってくれますね。その「埼玉ヴァージョン」は、この作品が『セレネ、あるいはマレビトの歌』として黒部の前沢ガーデン屋外ステージで初演されたときの、目の前に広がる雄大なランドスケープに、(彼岸へと)遠ざかっていく舞踊家たちの後ろ姿と、スロベニア公演を経て新潟で採用された、岩肌に穿たれた開口部を通って(彼岸へと)消えていく舞踊家たちの後ろ姿との、言わば、「ハイブリッド」とも呼ぶべきラストシーンでした。

舞台の一番前、横一列に「火皿(ひざら)」を置いて並んだその位置から、それぞれがその生を総括するように、後方、煙るような闇へと歩を進め、徐々に輪郭が判然としなくなっていく舞踊家たちの後ろ姿。(井関さんを除く。)それが醸し出す、得も言われぬ情緒。個人的なことにはなりますが、その場面と呼び交わすように想起したヴィジョンがありました。それは私が敬愛する映画人、クリント・イーストウッドが撮った『ヒア アフター』(2010)、そこで描かれた「彼岸(=ヒア アフター)」へと歩み去ろうとする人たちの場面です。但し、大きく異なるのは、イーストウッドの「彼岸」が大光量を放つ光源をその中央にあしらって、人物の輪郭をとばしていたこと。ん?え?でも、強い光源をあしらうとなると、黒部での『セレネ、あるいはマレビトの歌』に似てくることに…。そんな按配で、作品の外部とも豊かに呼び交わす舞台、『マレビトの歌』の「埼玉ヴァージョン」に酔いしれつつ、舞台奥の闇に、確かに「彼岸」を幻視する自分がいました。

見どころ溢れる『マレビトの歌』。

冒頭と中盤、金森さんと井関さんによる2度のデュオ、その崇高極まりないさまはどうでしょう。踊るふたりを見詰める目はこの世のものとは思えない美に、都度、釘付けにされ続けました。そして、毎回、その陶酔の果てに、ふたりを越え出る「ナニモノカ」を見るに至るのでした。

また、前半に組み込まれた『Fratres』部分(それはもう『Fratres IV』とでも言いたい気もするものですが)も、舞踊への献身を旨とするカンパニーの精神性が深く共有されていることを遺憾なく示して余りあるもので、観る度に、その濃密で峻厳なさまに言葉を失ってしまいます。

そしてこれはホントに細かい点ではあるのですが、例えば、終盤、手を繋いだ10人が、ゆったりとした音楽に合わせて、横歩きをしていく場面、最後尾の松永樹志さんが後方に伸ばした繋いでいない方の左手、その薬指にピンと力が入り、他と違う気が込められていたこと。そうして見ると、先頭を歩く坪田光さんが前方に伸ばす右手の薬指も同じ様子であることに気付きます。それは金森さん言うところの「Noismでは薬指を大事にしている」、まさにその言葉通りです。そんなふうに、集団として高次に統一された美意識が至るところに認められる美しい舞台だったと言えます。

他にも、勿論、井関さんに庄島さくらさんとすみれさんの3人で踊る場面など、挙げればきりがないほど見どころで溢れかえる舞台だったと言えます。もっと観たかった。5回だけでは少な過ぎる、そう思わせられる舞台でした。

幕を下ろした大千穐楽。見終えたところで、東京に住むNoismファン仲間が言います。「次にどんなものを見せてくれるかしら。楽しみ」、まさに、まさに。「よいお年をお迎えください。また来年」、気付けば、2025年も10日を残すのみ。ホントそんな時期です。お互い、大満足の笑顔で挨拶を交わして、暫しのお別れです。

元来、心配症なもので、乗り遅れたりなどしないよう、遅めの新幹線の指定席をとっていたので、発車までまだまだ時間がありました。(いつもそうなってしまいます。少しは旅上手になりたいものですが。)与野本町駅から大宮駅まで移動し、そこで、随分、時間を潰した後、漸くホームに上がっていくと、そこで見慣れたふたりにバッタリ。地域活動部門芸術監督・山田勇気さんとNoism2リハーサル監督・浅海侑加さんでした。なんでも「新潟に帰るのは私たちだけなんです」とのこと。少し話して、ここでもまた「よいお年を。来年もよろしくお願いたします」と言葉を交わす機会に恵まれたことで、長かった待ち時間も報われたというものです。『マレビトの歌』からの感動のみならず、思いがけず嬉しいハプニングも加わり、更に幸せな気持ちで新潟に戻って来ることが出来ました。

それにしても、Noismにとっての新たな代表作、『マレビトの歌』。また観る日が巡って来るのを楽しみにしております。まだまだ観たいですから。

(shin)

Noismというマレビト、その身体に徹頭徹尾魅了され尽くした客席♪(『マレビトの歌』新潟公演中日)

前日、劇場版としてその全貌を現した『マレビトの歌』ですが、明けて2025年12月6日(土)にも、それが有する力能を遺憾なく解放して、会場を大きな感動で包み込みました。それを可能にしたものは、勿論、Noism0とNoism1の舞踊家全員の圧巻のパフォーマンスであったことは言を俟ちません。踊るほどに発光するかのような身体、そして身体。アルヴォ・ペルトの音楽に乗って、舞台上は一切夾雑物のない『マレビトの歌』の世界観で染め上げられていきました。そして放たれた濃密な空気が客席の全ての隅にまで及ぶことになります。

初夏と冬、年に2度のみ訪れるNoismというマレビトが、この日、その舞踊家の身体で徹頭徹尾客席を魅了し尽くしたと言えます。

深く長い余韻を残すラストシーン、やがて緞帳が下りてきます。そして遂にそれが下り切ってしまっても、まだ拍手は出ません。前日と同様に。しかし、この日が前日と異なったのはその後でした。劇場内を覆い尽くした未だ張り詰めた空気のなか、誰ひとりとして、静寂を破ろうとする「勇者」(なのか?)は現れません。静まり返ったままの場内に、その静けさの故に、緞帳の向こう側、舞台上、カーテンコールに備えて並ぼうとする舞踊家たちの足音や衣擦れの音が聞こえてきます。それをきっかけにして、漸く、まるで金縛りが解けたかのように、大きな拍手が湧き起こったのでした。それは再び緞帳が上がる直前だったように記憶しています。私たちはそんな奇跡のような、濃密この上ない空気と時間とを体験し、共有したのでした。

今日のブログは、主にアフタートークのご紹介かなと思っておりましたので、少し先を急ぎ過ぎた感もありますね。それ以外のことも書き残しておきたいと思います。

「靴下屋さん」とのコラボソックスに関しては、Noism2リハーサル監督の浅海侑加さんが前日とはがらり雰囲気を異にしながらも、物販コーナーにて、素敵な笑顔で販促に努めておられました。

そして、入場時に手渡されるチラシのなか、皆さんに手渡されるもののひとつに、「さわさわ会」の会報誌(vol.10)もあります。表紙を含む全12頁には、井関さん(とNoism)の魅力がたっぷりで、美しい一冊です。

ここからはこの日の終演後に開催されたアフタートークについてのご紹介を試みようと思います。(寄る年波、聞きながらメモするのがちょっとままならなくなってきてしまってます(涙)。かいつまんでのお届けということでご了承ください。)

この日は『マレビトの歌』を踊ったNoism1の舞踊家10人が登壇してのアフタートークです。舞台上、下手(しもて)側から、順に、司会の上杉晴香さん(Noismスタッフ)、坪田光さん、樋浦瞳さん、庄島さくらさん、庄島すみれさん、春木有紗さん、中尾洸太さん、兼述育見さん、糸川祐希さん、松永樹志さん、そして一番上手(かみて)に太田菜月さんが並び、18:14にアフタートークは始まりました。

Q1: 音楽のアルヴォ・ペルトを知ったのはいつ頃か?どのようにして知ったか?
 -坪田光さん
 これがペルトと知ったのは、『Fratres III』で、初めて曲と世界観に触れた。みんなの中央で、ひとりで踊る穣さん(金森さん)の姿に、もう恐ろしいなと思った。
 樋浦瞳さん 穣さんが帰国して、Noismが作られる前、『ノマディック・プロジェクト』のDVDで。
 -司会・上杉さん: 因みに、このなかに『Fratres I』を踊った人はいません。
 中尾洸太さん 『春の祭典』・『Fratres III』・『Adagio Assai』のとき。みんなが踊っているなか、ひとりポンッと入って、「やれっ!」って感じだったので、知った瞬間は特に考える余裕もなく、忙殺されていた。今は毎年、やっていて、聴くところ、聴き方が変わってきている。聞こえ方が変わると、踊りも変わる。

Q2: スロベニア公演で『マレビトの歌』はどのように評されたのか?
 -司会・上杉さん: スロベニア日刊新聞に、東洋と西洋の融合。見たこともない身体表現。「マレビト」は外から来る未知のもので、不安を伴う。強い説得力をもち、考えさせられた。身体の動きが揃っていたことも印象的、と。
 糸川祐希さん 直接、現地の人とのやりとりこそなかったが、集団性のあるカンパニーと受け取られたことに、こういう作品はそうそうないのだなという手応えを感じ、自信に繋がった。
 庄島さくらさん 海外にいた頃の友人のご両親から、なかなか見ることのない作品で、容易には言い表せないものがあるが、(音楽・照明を含めて)舞台の世界観が凄い、と。

Q3: 『マレビトの歌』、黒部、利賀、スロベニアと実演を重ねてきての変化は?
 -庄島さくらさん: 『マレビト』全て踊ってきているが、毎回違っている。今回だと、「火皿」や背景。人が灯した火の皿の意味、儀式、「導く」など、違った意味が増えて、新しい解釈で臨んだ。
 庄島すみれさん スロベニアは縦長で広い舞台だった。舞台も違うし、ストーリー性もちょっとずつ違ってきている。穣さんのなかでも、黒部での初演時とは変化が出て来ているのかなぁと。
 松永樹志さん 今回、初参加。踊るたびに違う気持ち。毎回新鮮な感じ。

Q4: スロベニア公演と新潟公演に関して
 太田菜月さん 5年目になる新潟は慣れ親しんだ場所。地面も空気も空も全てが心に落とし込まれている。対して、スロベニアでは心がザワザワした。慣れるのに少し時間がかかったが、踊るのが好きなので、舞台はどこでも落ち着く場所。
 兼述育見さん 慣れることと踊ることの両立に時間がかかった。あわあわしているうちに本番になり、雑念が多かった。新潟ではルーティーンでやれるが、同時に、緊張するし、気配が怖くなったりもする。
 春木有紗さん 新潟では、幕がしまっていても、直前になると静かになるが、スロベニアは、直前になってもざわざわ集中していないので、ルーティーンが崩されていった。新しい発見があり、体感した。

Q5: 一人ひとり進化が感じられる。身体の変化や身体への思いを聞かせて欲しい。
 -坪田光さん: 作品毎に筋肉も、精神的にも変わってきている。『マレビトの歌』は「外」からの影響。それにどう挑むか、その日によって違って楽しい。
 -樋浦瞳さん: 今日の踊りで気付いたことだが、目が合うときに、その人の身体、自分の身体を感じる。その瞬間、ビビっと感じるのが楽しい。
 -庄島さくらさん: 現在、35歳。若い頃は全力を注いで踊っていたが、今は、「ここは40%、ここは30%」等と、身体と思考を分散させて見えるようになってきた。
 -庄島すみれさん: 『Fratres』のハードルは高かった。中に入って踊るのは衝撃だった。今は、「ここはどう踊ろう」という気持ちに。目が合うと、やはり良いなと思う。
 -春木有紗さん: 『マレビトの歌』は自分にとって特別な作品。黒部でNoism2としても、準メンバーとしても、Noism1としても踊っている。見ていられない踊りしかしていなかったなと。
 -中尾洸太さん: 自分に、そして相手に集中するだけ。ただただ生き切るだけ。眠れない夜もあるが、それも愛して舞台に立つ。
 -兼述育見さん: ストーリーはないが、一つひとつの動きを、誰に対して何を見せたくて、どう動くのか、大切にしなくちゃいけないと感じている。
 -糸川祐希さん: これまでも新しい発見をしてきた。これからも怠らず、進化し続けたい。
 -松永樹志さん: 3年目。本番にどう集中していくか考えて臨んできた。今は、本番直前までなるべくぼうっとしていることにした。そうでないと、アドレナリンが出過ぎてしまって、もたなくなる。今は作品に集中出来ている。
 -太田菜月さん: 『マレビトの歌』のフード、視覚が削られる。ダンサーとして、人間として、感覚が磨かれる。普段から明るいキャラクターだが、自分も本番前はぼうっとしている。今日はそれがちょっと上手くいったかなと。

…と、18:46に終了したこの日のアフタートークですが、まあそんな感じだったでしょうか。

待ちに待った『マレビトの歌』公演ですが、早いもので、新潟公演は12/7が楽日、全5公演の折り返しとなります。Noismにとっても熟成に熟成を重ねてきた、正真正銘エポックメイキングな舞台です。ストーリーがないにも拘わらず、突出した身体がもたらす説得力は目撃してみなければ、想像し得ないものと言い切りましょう。

また同時に、見詰める私たち一人ひとりがどのような見方で臨もうとも、全ての見方を許容してしまう強靭な包容力、或いは強度を有する類い稀なる舞台とも言い切りましょう。

これまでのNoismの歩みがここに収斂し、この先のNoismの歩みはここから始まることになるのだろう、そんな舞台です。『マレビトの歌』、どうぞお見逃しなく!

(shin)

Noism『アルルの女』/『ボレロ』埼玉で迎えた大千穐楽(「箱推し」の推し活ブログ風)

2025年7月13日(日)、Noism0+Noism1『アルルの女』/『ボレロ』公演が、埼玉は彩の国さいたま芸術劇場で大千穐楽を迎え、大評判のうちに、全6公演のその幕をおろしました。ここまで、ネタバレなしにレポートのような、感想のようなブログをあげてきましたが、今日は様々な偶然、それもとても嬉しい偶然が重なったことから、これまでとはまるで違うタッチのブログを残そうという気持ちになりました。敢えて、そのタッチを言い表すなら、「箱推し」の推し活ブログ、とでもなりましょうか。多分に個人的な色彩も強いものになるかもしれませんが、よろしければ、お付き合いください。

朝、宿泊した横浜から、Noism20周年記念の黒Tシャツを着込んで、彩の国さいたま芸術劇場を目指しました。前日の過ごし易さとは打って変わった焦げるように暑い日曜日です。JR与野本町駅からほんの12〜13分歩くだけではあるのですが、それがかなり堪える「苦行」に感じられたため、「着いたら、カフェに行って、冷たいものを飲もう」、そう同行の家族に言うことでやっと辛抱して汗をかきかき歩くことが出来たようなものでした。

劇場前の横断信号を渡って、ガレリアに通ずる入り口を入って、何気なく振り返ると、そこに見覚えのある女性の姿が!その女性、かつて、Noism1メンバーとして活動しておられた西澤真耶さんではありませんか!西澤さんと言えば、映像舞踊版の『ボレロ』に出演しておられるといった点に、今回の公演との繋がりが見出せたりもします。最近は東京で活躍されておられて、なんとかこの日の公演を観に来ることが出来たとのことでした。また、Noism在籍当時に、気さくに接してくださったお母様によろしくお伝えくださいとお願い出来たことも含めて、嬉しい偶然(1)でした。

ミックスジュース、アイスカフェラテ、大人のコーヒーゼリーアフォガード(早くも溶け始めている…)

でも、そのカフェ(Cafe Palette)に着いてみると、みんな考えることは一緒で、3人で座れる席が見つかりません。相席をお願いしようと、連れ合いがお顔も見ずに声をかけさせて貰ったご夫婦が、「えっ!えええっ!」、なんとNoism1の糸川祐希さんのご両親だったのでした。それから約30分間、思いがけずも、糸川さんのこと(今日に通ずる「出発点」Noismのオーディションを受けるに至った経緯なども!)やら、今回の公演のことやらを中心に様々話しながら過ごすことが出来た、スペシャルな時間が持てたのでした。これが嬉しい偶然(2)です。

そして、14:30開場。スーツケースをクロークに預けて「87」の札を受け取った後も、ホワイエに留まり、サポーターズ仲間たちと合流して、大千穐楽開演前の華やぎの中に身を置きながら、入り口付近で外の様子に目をやる金森さんの姿を見続けていると、やがて外に向けて手招きをし始めた金森さん。すると、今年も来月に「サラダ音楽祭」でコラボする東京都交響楽団コンサートマスターの矢部達哉さんが入って来られて、ハグをして、それから親密に話される様子などワクワク見詰めたりしていました。

15:00開演。『アルルの女』です。音楽が耳に届いてくると、緞帳の手前、客席に背中を向けた「アルルの女」井関さんと抱き合う「フレデリ」糸川さん、その目の半端ない色気にうっとりしながら、そこから始まる約50分間の「悲劇」を、この日もカタルシスをもって堪能しました。

全6公演が終わった今だから書けること、繰り返される4度の「死」について。あのインパクトある表現は、かつて、劇的舞踊vol.4『ROMEO & JULIETS』(2018)で用いられ、大いに衝撃を受けたもの!今回、公開リハーサル時に、舞台の手前に、舞台高と同じ高さで黒く立ち上がり、ピットを隠すようにめぐらされた目隠し状のそれを目にした時から、「もしかしたら、また、鳥肌が立ったあの表現が見られるのではないか」、そう微かな期待感を抱いたのでしたが、実際に、時を隔てて再び目にした「死」の表現としての「落下」は、微塵もその破壊力を減じることのなく、この演目においても見どころのひとつとして機能し、やはり今回も鳥肌ものだったことを認めたいと思います。

モロに「ネタバレ」になってしまうため、ご紹介を控えていたのですが、新潟公演でのアフタートーク(6/28)において、その「落下」後のコツについて、質問があり、ピットには無数のウレタンスポンジが敷き詰められていて衝撃を和らげてはくれるものの、出来るだけ大きな面で受け止められるように落ちるのがダメージが少ない、そう金森さんが説明してくれたことをここに書き記しておきます。

見事に可視化されていく妄想やら、妄執やら、不在の現前やら。瓦解する精神性が命とりになってしまう様子やら、その表現の巧みさとそれを支える身体の迫真性があって初めて、ラスト、微動だにせず、ただ小首を傾げる「ジャネ」(太田菜月さん)の姿に、あのカタルシスが宿る訳です。この日は埼玉の中日(そして初日)のような「静けさ」「静寂」から始まるリアクションとは別物の、大千穐楽という、謂わば「祝祭空間」がもたらしたのだろう即応性の高い熱烈な拍手が、緞帳が下り切る前に劇場内に谺することになりました。その後の休憩時間にあっては、観終えた観客の多くが、入場時に手にしたパンフレットに、さも興味深げに、目を落としていました。

そして、『ボレロ — 天が落ちるその前に』。ひとり、真上からのダウンライトを浴びて、特権的な赤を纏う井関さんを除くと、他は全員、『Fratres』シリーズ(2019-2020)の黒の衣裳で登場してきます。やがて、ひとり、またひとりとそれを脱ぎ捨て、あれは「キナリ」でしょうか、手足を露出させつつ、「脱皮」或いは「メタモルフォーゼ」を遂げていきます。それはベジャール振付の名高い『ボレロ』とは異なり、中心から周囲への「伝播」の方向性をとるものであり、Noismの集団性を謳いあげるベクトルを感じさせるものと言えると思います。やがて、シンクロして踊る身体を見詰める醍醐味が横溢するでしょう。その美しさ!少し先を急ぎ過ぎました。

加えてこの演目で、その美しさをもって、観る者を圧倒しにかかるのは、徐々に顕しとなっていく最後方、金色のホリゾント幕です。下の方からその金色が見えてくる様子自体が陶酔を誘うひとつのハイライトを形作っている、そう言っても過言ではないでしょう。有無を言わせぬ圧倒的な美そのものです。それは、かつて、『Liebestod — 愛の死』(2017)で用いられた装置であり、ここでも、ラストにいたって、あのときの「屋台崩し」に似た場面が再現され、その頽れる美の有り様で私たちを虜にしてしまうでしょう。またしても、急ぎ過ぎてしまっているようです。

「魔曲」にのって、自らの身体(メディア)をチューニングし、上方、天に向かって、両の腕を伸ばす舞踊家たち。祈りと献身は、中央の井関さんに発して、フォーメーションを変化させながら、やがて、集団へと「伝播」し、全員のものとなっていく。しなやかで強靭な身体。力強くも繊細な身体。優美ながらも艶かしささえ立ち上げる身体。エロス(生)と同時にタナトス(死)、刹那と同時に永遠さえ表象してしまう身体。およそあらゆる二分法が無効化され、止揚されて、迎えることになるラストの一瞬。その陶酔。

この日も客席からは爆発的な拍手が湧き起こり、「ブラボー!」の声が飛び交ったことは言うまでもないことでしょう。

この火を吹くような『ボレロ』の終演後、興奮を抑えることが出来ないサポーターズ仲間に混じって、前出の糸川さんのお母様が、終盤の盛り上がる場面で、中央の井関さんが両脇に目配せして、「最後、思いっ切り踊り切ろう」という感じで誘いかける様子を目撃したと話されると、確かにそう見えたと応じる人もいました。私自身は、しかと目にしてはいなかったのですが、そうだとしても、何ら不思議ではありませんから、「なるほど」と聞いていました。同時に、「全てを観るためには目はふたつでは足りないな。情報量が多過ぎる」、とも。本当に魂から揺さぶられ通しの、圧倒的な大千穐楽だった訳です。

しかし、偶然はまだここで終わりではなかったのです。新潟に向かう新幹線に乗ろうとJR大宮駅まで行き、やや時間をもて余し気味に、新幹線待合室で過ごしていて、ペットボトルの水でも買おうかと売店まで赴いたとき、目を疑うような偶然(3)があり、驚いたのでした。なんとそこには、先程まで踊っていた庄島さくらさん・すみれさんの姿があったからです。またしてもの「えっ!えええっ!」体験です。私の目はハート型になっていたに違いありません。もうテンパってしまったことは容易に察して頂けるものと思います。感動の舞台のお礼を伝えたのち、テンパっていたのをいいことに、「連れ合いも連れて来ていいですか」など口走って、結果、4人で立ち話をする時間を手に入れてしまった訳です。お疲れのところにも拘らず、(同じ新幹線に乗車予定だったため、)まだ少し時間があると、優しく応じてくれたおふたりには感謝しかありません。

そこで件の『ボレロ』における井関さんの目配せについて訊いてしまいました。訊いちゃったんです、実際に。すると、確かに盛り上がりのところで目配せはあったと教えてくれました。しかし、それはこの日だけではなしに、埼玉入りしてから始まったことだったのだとも。で、その目配せで気持ちが通じていることが嬉しかった、そう教えてくださいました。テンパっていたから訊けたことですよね。で、テンパりついでに、『ボレロ』終盤でのおふたりのポジションについても、下手(しもて)側がさくらさん、上手(かみて)側がすみれさんだったことも確認させて頂き、胸のつかえがとれました。今回は髪の色も同じ、髪型も同じということで、見分けるのが極めて困難だったのですが、そんな私の失礼と言えば、失礼でしかない質問に対しても、「そうですよね、見分けはつき難いですよね」、微笑みながら、そう言ってくださっただけでなく、「穣さんも間違ったりしましたから」とまで付け加えてくださる気遣いにホント感動しました。(おまけに、4人で自撮り写真まで撮らせて頂きました。それ、もう宝物です。)更に更に「推し」ていく他ないじゃありませんか!

そんな夢みたいな時間を過ごして、新潟に向かう新幹線に乗り込み、荷物を棚に上げたりなどしていると、通路を歩いて来る男性が、私の苗字に「さん」付けで呼び掛けてくるではありませんか!偶然(4)はここにも。それは山田勇気さんでした。山田さんも同じ新幹線だったのですね。虚を突かれて、「あっ!どうもです」くらいしか言えず、トイレに向かった連れ合いに知らせに行くと、驚いた連れ合いも大した挨拶も出来なかったような始末。常に平常心でキチンと応じることの出来る人にならねば、この日の締め括りにそんな思いを強くしたような次第です。

思いがけず、様々な嬉しい偶然に恵まれたことで、これを書いている今もまだ「Noismロス」に見舞われずに済んでいました。

ということで、このような「箱推し」の推し活ブログ、長々とお読み頂き、誠に恐縮、並びに心より感謝です。

(shin)

「纏うNoism」#05:庄島すみれさん

メール取材日:2023/3/22(Wed.)&3/28(Tue.)

各方面、年度末・年度はじめのバタバタ時期かと思いますが、ご好評を頂いておりますこの連載をお届けできることを嬉しく思います。前回の庄島さくらさんからバトンを引き継いでご登場頂くのは双子の庄島シスターズのお姉さん・庄島すみれさんです。おふたりの「纒う」事情が今回で一層明瞭になるものと思います。「忙中閑あり」。いっとき、ゆるりとお楽しみください。

「ファッションは買うことができますが、スタイルはあなたが有するものです。そのスタイルの鍵となるのは、自分が何者なのかを学ぶことであり、それには何年もかかります。そして、そのスタイルを構築するための手引書などありません。そこには自己表現力と、何より態度がすべてとなるのです」(アイリス・アプフェル)

それではさっそく拝見いたしましょう。

纏う1:稽古着のすみれさん

稽古後のストレッチ画像ですかね
…リラックスした雰囲気です

 *落ち着いた色合いでまとめておられますね。この日の稽古着についてご説明願います。

 すみれさん「ユニクロのフリースが暖かいので気に入ってよく着ています!フリースの下には鼓童さんと共演した『鬼』のTシャツを着ています」

 *おおおっ!Noism×鼓童の新潟ツートップのダブルネームTシャツ!私も数枚求めましたよ。いいですよね、アレ。そしてユニクロのフリースですか。侮れませんよね、ユニクロ。でも、それも含めて色柄抑えめの稽古着がお好みなのでしょうか。そのあたり、どうですか。

 すみれさん「稽古着は黒や紺などが多いです。特に気付くと全身紺だったりします。レオタードは色んな色を持ってるので明るい色も着ています!なんとなくその日の気分で選んでいます」

 *そうなんですね。では、この連載のこのところの流れで靴下についてお訊きします。(笑)稽古の際に履く靴下はさくらさん同様、やはり adidas が多かったりするのでしょうか。

 すみれさん「私もadidasが多いです。まとめ買いして2人で分けて使っています!」

 *なるほど、なるほど。まったく理に適っているかと。

纏う2: すみれさん思い出の舞台衣裳

 *これまでの舞踊人生で大事にしている衣裳と舞台の思い出を教えてください。

華やかで煌びやかな「ふたり」
…同じ衣裳ですね…(汗)

 すみれさん「思い出の衣裳は沢山あって、選ぶのが難しいのですが、スロバキアのバレエ団で踊っていた『ドン・キホーテ』の衣裳は大事にしている思い出の衣裳の一つです!」 

 *おおっとぉ、きました。煌びやかで艶やかな衣裳!しかも、またまたの『ドン・キホーテ』!これで『纏うNoism』連載「3連チャン」ですね。やっぱり刺さる作品であり、衣裳なんですね。踊る側にとっても。
 *写真の『ドン・キホーテ』についていくつか伺いますが、まずは踊られた役名を教えてください。

 すみれさん「キトリの友人役です」

 *バジル(床屋)の恋人で宿屋の娘キトリの友人ですね。ところで、写真に写っているのはすみれさんとさくらさんですよね。どちらがすみれさんですか。そして、ふたりで一緒に同じ衣裳で出ていたのでしょうか。

 すみれさん「キトリの友人役は2人いて、さくらと2人で踊っていました!左下がさくらで右上がすみれです!」

 *息もぴったりの友人ふたりだったことでしょうね。そのときの舞台での思い出も教えてください。

 すみれさん「この『ドン・キホーテ』の舞台は私にとって思い出深い作品です!キトリの友人役を踊りたいと思っていたので踊るのが決まった時は嬉しかったです!ロシア人振付家の振り付けで、凄くテクニカルな事が沢山あって大変だったのですが、この『ドン・キホーテ』を踊った事で成長出来た気がします。初演が終わった時のあの達成感は忘れられません!」

 *「踊りたい」と思っていた気持ちがビンビン伝わってくる、よい表情を捉えた写真ですね。うん。そしておふたりともパッと咲いた2輪の花のようでとても美しいです。うん、うん。

纏う3: すみれさんにとって印象深いNoismの衣裳

 *Noismの公演で最も印象に残っている衣裳とその舞台の思い出を教えてください。

 すみれさん「それぞれの衣裳に思い入れがありますが、最近だと『Der Wanderer-さすらい人』の衣裳がとても印象に残っています。女性陣は皆違う色で、衣裳の花柄も、私と妹のさくらは同じ柄でしたが、他のメンバーは違う柄で、作品もそれぞれのソロがあって、個性が出ていたと思います!」

 *そうでしたね。それぞれメンバーの個性の違いが前面に出ていましたし、更に前半と後半とで、全く異なる心情を可視化することになるといった構成で、とても見応えある作品でした。何度も足を運んで観ましたが、観る度に唸ったものです。

 *Noism Web Site へのリンクを貼ります。
 2023年の『Der Wanderer-さすらい人』画像です。ご覧ください。

 *また観たいですね、『Der Wanderer-さすらい人』。すぐにでも♪

纏う4: 普段着のすみれさん

「スタイル」があります、すみれさんの「スタイル」♪

 *この日のポイントと普段着のこだわりを教えてください。

 すみれさん「まだ肌寒いので暖かい服を着ています!コートと中に着ているジャケットは母からのおさがりです。特に中に着ている赤いジャケットは母が私の歳より若い時からスキーをする時に着ていて、オーストリアのGEIGERというブランドのもので凄く暖かくて気に入っています!」

 *GEIGER(ガイガー社) ですか。ワタクシ、寡聞にして知らず、ですから調べてみました。すると、1906年創業の老舗で、創業以来100年以上に渡り、チロリアンの基本を取り入れながらも 現代のファッションシーンにマッチする服作りを行っているブランド、なのだと。そんなチロリアンジャケット、高品質で古びないデザインの逸品なんですね。
 *そして、そして、またまた「お母様からのおさがり」ということではありませんか。そのコートとジャケットですが、さくらさんとも共有されているのでしょうか。それとも、すみれさんが占有している2品なのでしょうか。

 すみれさん「お母さんからのおさがりの服は、さくらと共有して着ています!他の服も私が買った服をさくらが着たりもしますし、逆にさくらが買った服を私が着たりします」

 *うむ、うむ。そうすると、自分が着たときの様子をさくらさんの姿で目にするような感じも(また、その逆も)あるのかと。まあ、双子になったことがないので、想像してみるだけですけれど。(笑)そして蛇足ですが、普段、着ている物からおふたりを見分けることは困難だということもわかりました。(汗)
 *ではでは、着たいときが重なったりした際は、どうされているのでしょうか。早い者勝ちとか、「着る!」と言った者勝ちとかなのでしょうか。そのあたりを教えてください。

 すみれさん「もし着たいときが重なってしまったら、他の服を着ようかなとなります。お互い絶対この服!というこだわりは無いので、大体譲り合いになります」

 *なるほど。そうなのですね。喧嘩や争いごとにはならないと。何を着ても素敵ですものね、おふたりとも。ホント、おふたりの仲の良さやお母様との関係性などが伝わってきました。どうも有難うございました。

すみれさんからもサポーターズの皆さまにメッセージを頂きました。

■サポーターズの皆さまへのメッセージ

「いつもNoismを応援してくださり、ありがとうございます!サポーターズの皆様の応援が励みになっております。また劇場でお会いできるのを楽しみにしています。これからもよろしくお願いします!」

…以上、「纏うNoism」第5回、前回のさくらさんに引き続き、庄島すみれさんの回をお届けしました。すみれさん、改めて有難うございました。

当ブログでご紹介してきたすみれさんの他の記事も併せてご覧ください。

 「私がダンスを始めた頃」⑰(庄島すみれさん)
 「ランチのNoism」#16(庄島すみれさん)

という訳で、今回の「纏うNoism」はここまでです。お楽しみいただけましたら幸いです。次回もまた乞うご期待ということで♪
ではでは。

(shin)

「ランチのNoism」#16:庄島すみれさんの巻

メール取材日:2022/2/16(Wed.)

さあ、またまたやってきました「ランチのNoism」、今回が16回目。もうひとつの連載企画「私がダンスを始めた頃」の時と同様、前回の庄島さくらさんにつづいて、「庄島シスターズ」お姉さんのすみれさんランチをお届けします。さくらさんの回で色々ツッコミを入れてしまってましたから、ちょっぴりやりづらさもありますけれど、それはそれ。今回も好奇心の赴くままに深掘りさせて貰いたいなぁとか思ってます。ってことで、ではでは、行ってみますか。じゃじゃん、はじまり、はじまり♪

♫ふぁいてぃん・ぴーす・あん・ろけんろぉぉぉ…♪

りゅーとぴあ・スタジオB、春休み突入前の舞踊家たちに昼がきた♪「ランチのNoism」!(…因みに今は春休み中とのことです。)

*まずはランチのお写真から

前回のさくらさん同様、シンプルにして機能性重視、
考えて食べる系のランチですね、コレ。

1 今日のランチを簡単に説明してください。

 すみれさん「サラダチキンとブロッコリー、ゆで卵です」

 *これはまた量少なめで、身体のことを考えた機能性重視のランチですね。ドレッシングのかかったサラダチキンのブロックがとても美味しそうですねぇ♪

2 誰が作りましたか。普通、作るのにどれくらい時間をかけていますか。

 すみれさん「妹のさくら(=庄島さくらさん)と一緒に作っています。休みの日にスーパーでまとめ買いをして、時間がある時に作り置きをしています」

 *「スーパー」というのは、さくらさんによると、やはりイトーヨーカドー(丸大新潟店)ということでしたけれど、大袈裟に言えば、Noismメンバーの体組成に大きく関わるこちらの食品売り場(1F)、お手頃価格のお弁当やらお寿司やらも随分充実していて、あれこれと目移りしちゃうんですよね。県外からNoismを観に来られた方も、お時間があるようなときには足を運ばれたりしてみても面白いかも。ばったりメンバーと会ったり、なんてこともあるかもですし。りゅーとぴあからですと、徒歩15分で着きます。おっと、話し逸れ過ぎ、逸れ過ぎ。急いで立て直し、急いで立て直し、と…。(汗)で、前回のさくらさんのときから訊きたかったスロバキアにいた頃のこと訊いちゃいましょう。

 -スロバキアにおられた頃のランチも今と似た内容だったのでしょうか。
 すみれさん「スロバキアにいた時も似たようなランチでしたが、野菜をもっと食べていました。とても安かったので。特にセロリにはまっていて何も付けずボリボリ食べてました」(笑)

 *おっと、セロリですか!なんとそれもボリボリですか!もう一瞬にして脳内で、かつてのSMAP『セロリ』(1997)(作詞:山崎まさよし)の歌詞がぐるぐるリピート再生されちゃうのがイナメマセン。育ってきた環境の違いってやっぱり大きいですね、うん。(笑)

 -ランチに限らず、スロバキアの方がよく口にされる「ご当地食材・料理」などがあれば教えてください。
 すみれさん「カプスニツァという酢キャベツのスープやハルシュキというジャガイモでできたニョッキのような物に羊のチーズと玉ねぎとベーコンが入っている料理などが有名です。スロバキア人は食事の最初にスープを飲む習慣があるのでスープ料理は沢山あります!その中でもカプスニツァにサワークリームを入れて食べるのが大好きでした!」

 *そしてその(ちょっと言いにくい)カプスニツァですが、すみれさんから画像も送っていただきました。では皆さん、ご覧ください。カプスニツァ、どぉ~ん。サワークリーム、どぉ~ん。おまけに麦酒もどぉ~ん。

カプスニツァとサワークリーム
スロバキア料理、お初です♪

 *これはもう絶対に美味しいやつでしょう。ハード系のパンに合いそうですね。そしてその後ろの飲料(麦酒)にも合うこと、間違いありませんし。(笑)で、スロバキア料理、お初でしたので、もう少し訊いちゃいました。

 -スロバキアで食べていたもので、日本では手に入らなくなったようなものなんかもあったりしますか。
 すみれさん「よくチーズや生ハムなど大好きで食べていたのですが、日本では少し値段が高いと感じてしまい、食べる機会は減ったかなと思います。日本人からしたらスロバキアのチーズやハムの安さにはびっくりすると思います」(笑)

 *現地でびっくりしてみたいです!びっくりはしてみたいんですが、これ、「ランチのNoism」だけに、ランチの話で進めなきゃですね、ハイ。

3 ランチでいつも重視しているのはどんなことですか。

 すみれさん「タンパク質は摂るようにしています。ビタミンも摂りたいので、なるべく野菜や果物も食べられる時は食べるようにしています」

 *そのビタミンについて訊ねましたところ、「ビタミンCはサプリメントも利用しています。普段の食事で足りていないなと思うものはサプリメントの力を借りています」とのことでした。

4 「これだけは外せない」というこだわりの品はありますか。

 すみれさん「こだわりは特にありませんが、最近はまっているのは、『境界』高知公演で高知を訪れた際に買った柚子こしょう風味の甘酢をサラダチキンや野菜にかけて食べることです」

 *この日のサラダチキン画像にかかっているドレッシングがそれでしょうかねぇ。だとしたら、艶々してて美味しそうなんですけど。

5 毎日、食べるものは大体決まっている方ですか。それとも毎日変えようと考える方ですか。

 すみれさん「最近はサラダチキン、ゆで卵は必ず食べています。野菜や果物をその日によって変えたりしています」

 *そうそう、ゆで卵についても訊きたいことあったんでした。我慢は体に悪いので早速訊いちゃいますか。

 -ゆで卵はハードボイルド派ですか。それとも半熟派ですか。
 すみれさん「ずっと半熟派だったのですが、最近は固茹でも好きになってきました!卵の黄身の味をしっかり感じられる気がします」(笑)

 *想定もしていなかった丁寧なお答え、頂きました。にしても、しっかり味わって食べられているとしたら、ゆで卵も本望というものでしょうね。(笑)

6 公演がある時とない時ではランチの内容を変えますか。どう変えますか。

 すみれさん「基本的には公演のある日もランチの内容はあまり変わりません」

 *そうなんですね。変えないこと、一択なんですね。公演日であるにせよ、ないにせよ、基本、舞踊家がランチに求めるものは「変化」ではないということは理解できてきましたから、私どもも、ハイ。

7 いつもどなたと一緒にランチタイムを過ごしていますか。

 すみれさん「いつも妹のさくらと一緒にランチを食べています」

 *一緒に作って、一緒に食べる。仲良しなんですよね、ホント。そしてお互いによくわかっているから、落ち着くんですよね、きっと。食事の相手にはそういうのって大事ですね。

8 主にどんなことを話していますか。

 すみれさん「公演やリハーサルの事なども話しますが、大体は他愛もない話をしています」

 *他愛もない話、聞き耳立ててみたいです。

9 おかずの交換などしたりすることはありますか。誰とどんなものを交換しますか。

 すみれさん「あまりおかずの交換はしませんが、星那ちゃん(=井本星那さん)が飴やチョコレートをくれる事があり、疲れている時など本当にこの一口が嬉しすぎて元気が出ます」

 *スイーツの効果、偉大ですよね。血糖値の上昇が疲労回復に繋がるだけでなく、脳内にセロトニンが作られることで、リラックスできるのだそう。でも、「一口」でやめることが難しかったりするのが玉に瑕ですけれどね。強い意志が必要な訳で…。(汗)

10 いつも美味しそうなお弁当を作ってくるのは誰ですか。料理上手だと思うメンバーは誰ですか。

 すみれさん「割とメンバーのみんなは、軽めのランチの印象なんですが、私は休みの日以外はあまりお米を食べないので、ランチにおにぎりなど持って来てるメンバーを見ると美味しそうだなーと密かに思っています」(笑)

 *ホントにみんな「軽め」なんですよね。大丈夫か?ってくらいに。この「ランチのNoism」を始める前には、みんな、あれだけガンガン躍っているのだから、もっとガッツリ食べてるのかと思っていた訳でしたけれど。今はもうスッカリ認識も新たになりました。でも、せっかくの「こめどころ」新潟ですからね、お米も「密かに」召し上がってくださいね。

最後に、すみれさんから頂いたメッセージをお読みください。

サポーターズの皆さまへのメッセージ

「いつもNoismを応援してくださり、ありがとうございます。サポーターズの皆さまのおかげでリハーサルや公演に専念することが出来ています。
公演で皆さまの心に響く踊りをお届けできるように精進して参りますので、これからも応援よろしくお願いします」

この度は、前回のさくらさんに続き、すみれさんランチをご紹介することで、おふたりのまた別の日の「タンパク質+ビタミン」ランチを覗かせて頂くかたちになりました。ご馳走様でした。しかしそれに止まらず、すみれさんにはランチ以外の質問にも、丁寧なお答えを頂き、本当に感謝しかありません。どうも有難うございました。ってことで、「ランチのNoism」第16回はここまで。今回もお相手は shin でした。次回をお楽しみに。

(shin)

「私がダンスを始めた頃」⑰ 庄島すみれ

 私が6歳の時にクラシックバレエを始めたのは、内股歩きだったのを心配した母が医者に相談し、バレエを勧められたのがきっかけです。母に「バレエやってみる?」と聞かれ、「やる!」と言ったのを今でも覚えています。

 最初は近所の公民館で少人数でのクラスで、友達に会いに行く様な感覚でバレエ教室に通い始めました。その後本部に行くことになり、踊ることに段々のめり込んでいきました。恥ずかしがり屋で自分の感情を表に出すのが苦手でしたが、不思議と踊ることは好きでした。

 中高校生になってからは、ただバレエが好きという訳にもいかず、コンクールで悔しい思いをしたり、自信を失ったりすることも多々ありました。それでも、発表会やコンクールなどで人前で踊ることは私にとってとても特別なことで喜びでした。

 高校卒業後の進路はとても悩みました。バレエを続けたい気持ちとバレエの道へ進む事への不安で葛藤していました。しかし、バレエの先生からの勧めと、今までバレエの事にあまり口を出さなかった母が「留学してみたら?」と言ってくれたのが大きなきっかけとなり、スイスのバレエ学校に留学することを決心しました。バレエ留学してからは、プロのダンサーになる! と初めてはっきりとした目標を持てた気がします。

 その後、スロバキアのバレエ団に入団する事が決まりプロのダンサーとしての活動が始まりました。私のプロのダンサーとしての道は沢山の人達の支えがあって切り開かれたんだなと改めて思いました。

(しょうじますみれ・1990年福岡県生まれ)