圧倒的な舞踊の力を見せつけて幕を下ろした埼玉『マレビトの歌』大千穐楽(2025/12/21)♪

「踊ることでしか伝えられないことがある」、前日のブログでも触れましたが、これは先月(11月28日)の『マレビトの歌』公開リハーサルの後、囲み取材で金森さんが語った言葉。加えて、その折に繰り返し口にされたのが「作品の強度」。この日(12月21日)の大千穐楽を含めた新潟と埼玉での5日間、私たちはそれらの言葉が意味するところを、そう言ってよければ、それらに何の誇張もないさまを、まざまざと目撃・体感してきたのでした。

この日、大千穐楽の終演後も、圧倒的な舞踊の力によって組み伏せられた客席からは、それまでの4日間と全く同様、緞帳が下り切っても、やはり拍手は聞こえてきません。みんな身動ぎすることが憚られたのです。全5公演あったのですから、なかに違った反応があっても不思議ではない筈。しかし、どの日も例外なく同じ反応が返ってきたのです。他のものに代替不可能な舞踊の力を見せつけられ、舞踊に「制圧」され尽くしたからこその反応という以外ありません。

埼玉での2公演で、金森さんはラストシーンを変えてきました。奥行きの深い彩の国さいたま芸術劇場の舞台特性を十二分に活かすための改変です。そのあたり、いかにも金森さんです。やってくれますね。その「埼玉ヴァージョン」は、この作品が『セレネ、あるいはマレビトの歌』として黒部の前沢ガーデン屋外ステージで初演されたときの、目の前に広がる雄大なランドスケープに、(彼岸へと)遠ざかっていく舞踊家たちの後ろ姿と、スロベニア公演を経て新潟で採用された、岩肌に穿たれた開口部を通って(彼岸へと)消えていく舞踊家たちの後ろ姿との、言わば、「ハイブリッド」とも呼ぶべきラストシーンでした。

舞台の一番前、横一列に「火皿(ひざら)」を置いて並んだその位置から、それぞれがその生を総括するように、後方、煙るような闇へと歩を進め、徐々に輪郭が判然としなくなっていく舞踊家たちの後ろ姿。(井関さんを除く。)それが醸し出す、得も言われぬ情緒。個人的なことにはなりますが、その場面と呼び交わすように想起したヴィジョンがありました。それは私が敬愛する映画人、クリント・イーストウッドが撮った『ヒア アフター』(2010)、そこで描かれた「彼岸(=ヒア アフター)」へと歩み去ろうとする人たちの場面です。但し、大きく異なるのは、イーストウッドの「彼岸」が大光量を放つ光源をその中央にあしらって、人物の輪郭をとばしていたこと。ん?え?でも、強い光源をあしらうとなると、黒部での『セレネ、あるいはマレビトの歌』に似てくることに…。そんな按配で、作品の外部とも豊かに呼び交わす舞台、『マレビトの歌』の「埼玉ヴァージョン」に酔いしれつつ、舞台奥の闇に、確かに「彼岸」を幻視する自分がいました。

見どころ溢れる『マレビトの歌』。

冒頭と中盤、金森さんと井関さんによる2度のデュオ、その崇高極まりないさまはどうでしょう。踊るふたりを見詰める目はこの世のものとは思えない美に、都度、釘付けにされ続けました。そして、毎回、その陶酔の果てに、ふたりを越え出る「ナニモノカ」を見るに至るのでした。

また、前半に組み込まれた『Fratres』部分(それはもう『Fratres IV』とでも言いたい気もするものですが)も、舞踊への献身を旨とするカンパニーの精神性が深く共有されていることを遺憾なく示して余りあるもので、観る度に、その濃密で峻厳なさまに言葉を失ってしまいます。

そしてこれはホントに細かい点ではあるのですが、例えば、終盤、手を繋いだ10人が、ゆったりとした音楽に合わせて、横歩きをしていく場面、最後尾の松永樹志さんが後方に伸ばした繋いでいない方の左手、その薬指にピンと力が入り、他と違う気が込められていたこと。そうして見ると、先頭を歩く坪田光さんが前方に伸ばす右手の薬指も同じ様子であることに気付きます。それは金森さん言うところの「Noismでは薬指を大事にしている」、まさにその言葉通りです。そんなふうに、集団として高次に統一された美意識が至るところに認められる美しい舞台だったと言えます。

他にも、勿論、井関さんに庄島さくらさんとすみれさんの3人で踊る場面など、挙げればきりがないほど見どころで溢れかえる舞台だったと言えます。もっと観たかった。5回だけでは少な過ぎる、そう思わせられる舞台でした。

幕を下ろした大千穐楽。見終えたところで、東京に住むNoismファン仲間が言います。「次にどんなものを見せてくれるかしら。楽しみ」、まさに、まさに。「よいお年をお迎えください。また来年」、気付けば、2025年も10日を残すのみ。ホントそんな時期です。お互い、大満足の笑顔で挨拶を交わして、暫しのお別れです。

元来、心配症なもので、乗り遅れたりなどしないよう、遅めの新幹線の指定席をとっていたので、発車までまだまだ時間がありました。(いつもそうなってしまいます。少しは旅上手になりたいものですが。)与野本町駅から大宮駅まで移動し、そこで、随分、時間を潰した後、漸くホームに上がっていくと、そこで見慣れたふたりにバッタリ。地域活動部門芸術監督・山田勇気さんとNoism2リハーサル監督・浅海侑加さんでした。なんでも「新潟に帰るのは私たちだけなんです」とのこと。少し話して、ここでもまた「よいお年を。来年もよろしくお願いたします」と言葉を交わす機会に恵まれたことで、長かった待ち時間も報われたというものです。『マレビトの歌』からの感動のみならず、思いがけず嬉しいハプニングも加わり、更に幸せな気持ちで新潟に戻って来ることが出来ました。

それにしても、Noismにとっての新たな代表作、『マレビトの歌』。また観る日が巡って来るのを楽しみにしております。まだまだ観たいですから。

(shin)

「えええっ!こっ、これは!」魂が震えた「会いに行けるマレビト」・Noism『マレビトの歌』埼玉2デイズ初日♪

2025年12月20日(土)午前、新潟から新幹線に乗車。湯沢を通過するとき、車窓から外に目をやっても、全く積雪がなく、「今って12月だよね、確か」みたいな感覚の攪乱に見舞われつつ、大宮を目指しました。

感覚の攪乱…、少し別種のものにはなりますが、2週間前、新潟でのNoism『マレビトの歌』3公演でも連日体感したことは鮮やかに記憶に、この身に刻まれています。大きな感動を伴う強烈な没入感に、「ここはどこ?今はいつ?」のような、そんな心地よい感覚の攪乱でした。

それが2週間前。その際の極めて上質な余韻が忘れ難く、再びそれに浸りたいという思いで、この度の埼玉の舞台を待っていたそんな気持ちもありました。

与野本町の彩の国さいたま芸術劇場に着くと、東京からのNoismファン仲間、新潟のNoismサポーターズ仲間と期待感を共有しながら言葉を交わしました。

開場時間になり、ホワイエに進みます。漂う華やかな雰囲気。金森さんのお父様、それから宮前義之さんの姿も見られます。物販コーナーには、Noism2リハーサル監督・浅海侑加さんに加えて、Noism地域活動部門芸術監督・山田勇気さんもおられました。

靴下屋さんとのコラボ靴下は、メンズは完売と聞きましたし、レディースも残り僅かとのことです。

さて、『マレビトの歌』埼玉2デイズ初日の舞台です。詳しくは書けません。書きません。でも、でもです。書かなければならないこともあります。それはこの埼玉公演を前にして、金森さんが彩の国さいたま芸術劇場の舞台が有する奥行きの深さについて触れ、「『埼玉ヴァージョン』が出来た」と語った(SNSで呟いた)ことに関わるものです。つまり、新潟とは異なる部分があるのです。それも作品の印象を大きく違えることになる箇所で!「えええっ!こっ、これは!」って具合なのです。

舞台の特性を最大限に活かしたその「埼玉ヴァージョン」。それは客席を圧倒しまくり、観客はひとり残らず、魂が震えるのみだった様子。ここ埼玉の地でも、ラスト、緞帳が下り切ってもなお、拍手することが躊躇われる者たちばかりで、深い感動の静寂が濃い密度で覆い被さる場内、息さえ殺してカーテンコールを待つ、という結末が待っていたのでした。新潟公演初日から続く光景です。もう奇跡にも思われてきます。そこから一転しての盛大な拍手、スタンディングオベーション、そして「ブラボー!」の掛け声、その鮮やかな対比。

約60分のマチネ。そんな奇跡に浸らせてくれるNoismという「マレビト」。しかし、それはほぼ誰もが「会いに行けるマレビト」(そんなふうに言うと、何やら撞着語法、或いは、形容矛盾のようでもありますが、)なのです。1日を24分割した僅かな時間を割くことを選択しさえすれば、確実に生涯にわたる感動を与えてくれる奇跡のような「会いに行けるマレビト」。今日また、60分を差し出したところ、大きな驚きとともに、魂を震わせられる体験が待っていた訳です。埼玉を訪れることを選択した自分を褒めてあげたい気持ちもあります。

私は明日も同じ選択をします。恐らく、Noismという「会いに行けるマレビト」はまた、その圧倒的な身体で、私の予想など遥かに凌駕する感動を与えてくれることでしょう。しかし、感動は折り込み済みであっても、その大きさに打ち震える時間は体感することのみの得難いものです。「踊ることでしか伝えられないこと」(金森さん)に目を晒し、心を揺さぶられる選択が出来る、この度の機会も残すところもう明日一日。会いに行きませんか。確実にそこにいる、類い稀なる「マレビト」に。それは今年を締め括るに足る、そして永く忘れられない舞台になると断言しましょう。当日券もありますので、是非。

(shin)

「このレベルの舞台って、そうそう見られるものじゃないでしょ」Noism0+Noism1『マレビトの歌』新潟公演楽日

「待つ日々は長かったというのに、一旦、幕があがってしまうと、こんなに早く楽日を迎えてしまうんだな」そんな思いが込み上げている2025年12月7日(日)の今は、既に『マレビトの歌』新潟公演楽日の幕が下りてしまっている宵。新潟の3公演は全て過去のものとなってしまっている訳です。

物凄いものを観た感の新潟公演楽日。初日も良くて、中日も更に良かったのに、それを更に凌駕してきた、そんな楽日でした。

ここ2日間、書き記してきた終演時の拍手が始まったタイミングですが、この日は更に「超えてきた」ことに驚きを禁じ得ません。楽日の新潟は、緞帳が下り切った後も拍手しようとする者がなかっただけでなく、カーテンコールのために、上がる緞帳の下、徐々に舞台上の光が一筋のラインとなって見え始めてから、何なら、カーテンコールに並んだ舞踊家たちの脚部が見え始める頃になってから、漸く、観客みんなが「禁」或いは非日常の「魔法」が解けでもしたかのように、一斉に拍手が湧き起こったような感じだったのです。それまでの慎み深さ転じての、それはもう盛大な拍手でした。

「ブラボー!」の声も飛び交いましたし、スタンディングオベーションも凄かったように思います。(最前列にいて、振り返ることはしなかったので、空気感として感じた限りですが、間違いはなかったでしょう。)カーテンコールは客電がついて後もなお、続きました。

強度のある身体に、強度のある作品。様々な場所での上演を経ての凱旋公演、練度も上がっています。そして、同時にとても新鮮であることが嘘のように両立しているのです。舞踊への献身が結実した一期一会の凄さに圧倒されました。「このレベルの舞台って、そうそう見られるものじゃないでしょ」正直、そう思いました。否、思います。

前日のアフタートークで、Noism1メンバーの幾人もが異口同音に語ったこと、「どう挑むか、その日によって違って楽しい」「踊るたびに違う気持ち」。舞踊家がそうなら、観客も同じ筈でしょう。新潟の3公演、(情報量の多さもありますが、)毎日、新たな発見をしつつ舞台を見詰めました。そして/しかし、毎日、心揺さぶられた感動が超弩級のものであった点で一緒なのです。

数ヶ月前に、時間を割いて見る選択をしたことから始まり、公演時期を迎え、実際に足を運んで見詰めてみると、毎回、心を鷲掴みにされ、ぶんぶん振り回された感のある『マレビトの歌』。その得難さを思います。自分の生の時間から、いくばくか切り出して費やす以上、優れた芸術との邂逅は、そのまま自分の生を愛でることと同義となる、そんなことが心底実感出来たのです。決して大袈裟でも何でもなく…。

見終えて、数時間が経ちますが、余韻は後を引き、「過去形」に収まろうとする気配もありません。(埼玉公演のチケットも購入している事情があるだけではなく、)それこそ、この稀に見る舞台の力がなせる業と見て間違いありません。

感動が大き過ぎて、それがダダ漏れした記事になってしまいました。申し訳ありません。でも、ご覧になられたら、無理もないこととお分かり頂けるものと思いますので、どうかひとつご容赦願います。

この『マレビトの歌』、埼玉公演はほぼ2週間後、12月20日(土)、21日(日)の2デイズ。もう皆さん、心おきなく(?)、ぶんぶん振り回されちゃってください(笑)。

ここからは、グッズ情報です。「靴下屋」さんとのコラボソックスですが、Noism2リハーサル監督の浅海侑加さんによりますと、「売り切れ」となった色もあるとのことでした。(更にロゴ入りTシャツも「売り切れ」サイズがあるようです。)埼玉でのご購入をお考えの向きは、どうぞお早めに物販コーナーを目指されてください。

で、そのコラボソックスに関するならば、この日も「ない訳にはいかない」ということで、(無理を言って)その浅海さんの足元(失礼!)と全身とを写させていただきました。どうぞご覧ください。

浅海さんの素敵な笑顔の画像をご覧頂きながら、この日のブログは終わりと致します。それではまた。

(shin)

Noismというマレビト、その身体に徹頭徹尾魅了され尽くした客席♪(『マレビトの歌』新潟公演中日)

前日、劇場版としてその全貌を現した『マレビトの歌』ですが、明けて2025年12月6日(土)にも、それが有する力能を遺憾なく解放して、会場を大きな感動で包み込みました。それを可能にしたものは、勿論、Noism0とNoism1の舞踊家全員の圧巻のパフォーマンスであったことは言を俟ちません。踊るほどに発光するかのような身体、そして身体。アルヴォ・ペルトの音楽に乗って、舞台上は一切夾雑物のない『マレビトの歌』の世界観で染め上げられていきました。そして放たれた濃密な空気が客席の全ての隅にまで及ぶことになります。

初夏と冬、年に2度のみ訪れるNoismというマレビトが、この日、その舞踊家の身体で徹頭徹尾客席を魅了し尽くしたと言えます。

深く長い余韻を残すラストシーン、やがて緞帳が下りてきます。そして遂にそれが下り切ってしまっても、まだ拍手は出ません。前日と同様に。しかし、この日が前日と異なったのはその後でした。劇場内を覆い尽くした未だ張り詰めた空気のなか、誰ひとりとして、静寂を破ろうとする「勇者」(なのか?)は現れません。静まり返ったままの場内に、その静けさの故に、緞帳の向こう側、舞台上、カーテンコールに備えて並ぼうとする舞踊家たちの足音や衣擦れの音が聞こえてきます。それをきっかけにして、漸く、まるで金縛りが解けたかのように、大きな拍手が湧き起こったのでした。それは再び緞帳が上がる直前だったように記憶しています。私たちはそんな奇跡のような、濃密この上ない空気と時間とを体験し、共有したのでした。

今日のブログは、主にアフタートークのご紹介かなと思っておりましたので、少し先を急ぎ過ぎた感もありますね。それ以外のことも書き残しておきたいと思います。

「靴下屋さん」とのコラボソックスに関しては、Noism2リハーサル監督の浅海侑加さんが前日とはがらり雰囲気を異にしながらも、物販コーナーにて、素敵な笑顔で販促に努めておられました。

そして、入場時に手渡されるチラシのなか、皆さんに手渡されるもののひとつに、「さわさわ会」の会報誌(vol.10)もあります。表紙を含む全12頁には、井関さん(とNoism)の魅力がたっぷりで、美しい一冊です。

ここからはこの日の終演後に開催されたアフタートークについてのご紹介を試みようと思います。(寄る年波、聞きながらメモするのがちょっとままならなくなってきてしまってます(涙)。かいつまんでのお届けということでご了承ください。)

この日は『マレビトの歌』を踊ったNoism1の舞踊家10人が登壇してのアフタートークです。舞台上、下手(しもて)側から、順に、司会の上杉晴香さん(Noismスタッフ)、坪田光さん、樋浦瞳さん、庄島さくらさん、庄島すみれさん、春木有紗さん、中尾洸太さん、兼述育見さん、糸川祐希さん、松永樹志さん、そして一番上手(かみて)に太田菜月さんが並び、18:14にアフタートークは始まりました。

Q1: 音楽のアルヴォ・ペルトを知ったのはいつ頃か?どのようにして知ったか?
 -坪田光さん
 これがペルトと知ったのは、『Fratres III』で、初めて曲と世界観に触れた。みんなの中央で、ひとりで踊る穣さん(金森さん)の姿に、もう恐ろしいなと思った。
 樋浦瞳さん 穣さんが帰国して、Noismが作られる前、『ノマディック・プロジェクト』のDVDで。
 -司会・上杉さん: 因みに、このなかに『Fratres I』を踊った人はいません。
 中尾洸太さん 『春の祭典』・『Fratres III』・『Adagio Assai』のとき。みんなが踊っているなか、ひとりポンッと入って、「やれっ!」って感じだったので、知った瞬間は特に考える余裕もなく、忙殺されていた。今は毎年、やっていて、聴くところ、聴き方が変わってきている。聞こえ方が変わると、踊りも変わる。

Q2: スロベニア公演で『マレビトの歌』はどのように評されたのか?
 -司会・上杉さん: スロベニア日刊新聞に、東洋と西洋の融合。見たこともない身体表現。「マレビト」は外から来る未知のもので、不安を伴う。強い説得力をもち、考えさせられた。身体の動きが揃っていたことも印象的、と。
 糸川祐希さん 直接、現地の人とのやりとりこそなかったが、集団性のあるカンパニーと受け取られたことに、こういう作品はそうそうないのだなという手応えを感じ、自信に繋がった。
 庄島さくらさん 海外にいた頃の友人のご両親から、なかなか見ることのない作品で、容易には言い表せないものがあるが、(音楽・照明を含めて)舞台の世界観が凄い、と。

Q3: 『マレビトの歌』、黒部、利賀、スロベニアと実演を重ねてきての変化は?
 -庄島さくらさん: 『マレビト』全て踊ってきているが、毎回違っている。今回だと、「火皿」や背景。人が灯した火の皿の意味、儀式、「導く」など、違った意味が増えて、新しい解釈で臨んだ。
 庄島すみれさん スロベニアは縦長で広い舞台だった。舞台も違うし、ストーリー性もちょっとずつ違ってきている。穣さんのなかでも、黒部での初演時とは変化が出て来ているのかなぁと。
 松永樹志さん 今回、初参加。踊るたびに違う気持ち。毎回新鮮な感じ。

Q4: スロベニア公演と新潟公演に関して
 太田菜月さん 5年目になる新潟は慣れ親しんだ場所。地面も空気も空も全てが心に落とし込まれている。対して、スロベニアでは心がザワザワした。慣れるのに少し時間がかかったが、踊るのが好きなので、舞台はどこでも落ち着く場所。
 兼述育見さん 慣れることと踊ることの両立に時間がかかった。あわあわしているうちに本番になり、雑念が多かった。新潟ではルーティーンでやれるが、同時に、緊張するし、気配が怖くなったりもする。
 春木有紗さん 新潟では、幕がしまっていても、直前になると静かになるが、スロベニアは、直前になってもざわざわ集中していないので、ルーティーンが崩されていった。新しい発見があり、体感した。

Q5: 一人ひとり進化が感じられる。身体の変化や身体への思いを聞かせて欲しい。
 -坪田光さん: 作品毎に筋肉も、精神的にも変わってきている。『マレビトの歌』は「外」からの影響。それにどう挑むか、その日によって違って楽しい。
 -樋浦瞳さん: 今日の踊りで気付いたことだが、目が合うときに、その人の身体、自分の身体を感じる。その瞬間、ビビっと感じるのが楽しい。
 -庄島さくらさん: 現在、35歳。若い頃は全力を注いで踊っていたが、今は、「ここは40%、ここは30%」等と、身体と思考を分散させて見えるようになってきた。
 -庄島すみれさん: 『Fratres』のハードルは高かった。中に入って踊るのは衝撃だった。今は、「ここはどう踊ろう」という気持ちに。目が合うと、やはり良いなと思う。
 -春木有紗さん: 『マレビトの歌』は自分にとって特別な作品。黒部でNoism2としても、準メンバーとしても、Noism1としても踊っている。見ていられない踊りしかしていなかったなと。
 -中尾洸太さん: 自分に、そして相手に集中するだけ。ただただ生き切るだけ。眠れない夜もあるが、それも愛して舞台に立つ。
 -兼述育見さん: ストーリーはないが、一つひとつの動きを、誰に対して何を見せたくて、どう動くのか、大切にしなくちゃいけないと感じている。
 -糸川祐希さん: これまでも新しい発見をしてきた。これからも怠らず、進化し続けたい。
 -松永樹志さん: 3年目。本番にどう集中していくか考えて臨んできた。今は、本番直前までなるべくぼうっとしていることにした。そうでないと、アドレナリンが出過ぎてしまって、もたなくなる。今は作品に集中出来ている。
 -太田菜月さん: 『マレビトの歌』のフード、視覚が削られる。ダンサーとして、人間として、感覚が磨かれる。普段から明るいキャラクターだが、自分も本番前はぼうっとしている。今日はそれがちょっと上手くいったかなと。

…と、18:46に終了したこの日のアフタートークですが、まあそんな感じだったでしょうか。

待ちに待った『マレビトの歌』公演ですが、早いもので、新潟公演は12/7が楽日、全5公演の折り返しとなります。Noismにとっても熟成に熟成を重ねてきた、正真正銘エポックメイキングな舞台です。ストーリーがないにも拘わらず、突出した身体がもたらす説得力は目撃してみなければ、想像し得ないものと言い切りましょう。

また同時に、見詰める私たち一人ひとりがどのような見方で臨もうとも、全ての見方を許容してしまう強靭な包容力、或いは強度を有する類い稀なる舞台とも言い切りましょう。

これまでのNoismの歩みがここに収斂し、この先のNoismの歩みはここから始まることになるのだろう、そんな舞台です。『マレビトの歌』、どうぞお見逃しなく!

(shin)

金森さんが語った「これを見ずして…」をまざまざ実感!新たな代表作『マレビトの歌』新潟公演初日♪

12月5日(金)、寒波襲来の予報に少したじろぎを覚えて迎えたこの日でしたが、新潟市は降雪も積雪も「この冬初めて」だったという事情を別にすれば、その雪自体は概ね大過なく過ごせる程度のものだったことに胸を撫で下ろしました。

ですから、この日、身中に感じた疼きにも似た落ち着かなさは、雪からくるものではなく、紛れもなく、Noism0+Noism1『マレビトの歌』新潟公演初日にまみえることからくるものだったことは明らかです。前回のブログ記事でご紹介した金森さんの「これを見ずに、今後、Noismを語るのはだいぶモグリ」という言葉に大きな期待を掻き立てられていたのでした。

開場時間の18:30を迎え、ホワイエまで進みます。すると、こちらに笑顔を向け、素敵なスカートの裾を少しだけ持ち上げて「足元」を見せてくださるNoism2リハーサル監督・浅海侑加さんの姿が目に飛び込んできました。引き寄せられるとはこのこと、それも呆気なく。

浅海さんがおられたのは物販コーナー。並べられた「靴下屋」さんとのコラボソックスはどれも素敵で、連れ合いとふたり迷いながらも、限定色のなかからレディース(各1200円)とメンズ(各1500円)を2足ずつお買い上げ。次いで、その横のスタンプコーナーへ移動して、無事、「Noism20周年記念冊子」の表紙に今年のスタンプ3つを追加。それでまずは開演前のミッション・クリアと相成りました♪

開演時間が迫ってきて、客席につきますと、緞帳の手前、上手(かみて)と下手(しもて)にそれぞれひとつずつの「火皿(ひざら)」が見えます。雰囲気たっぷりです。

19:03、客電が落ち、『マレビトの歌』の幕があがりました。上手側に金森さんと井関さんの姿。「ふたり」の踊り(デュオ)であることは理解しているのですが、その絡み合う身体は「ふたつ」としてよりかは、容易には信じられないレベルで「ひとつ」といった印象に映り、冒頭にして既に目を圧倒してきます。

そこからの約1時間、明確なストーリーこそありませんが、アルヴォ・ペルトの音楽と一体化して立ち現れてくる「ナニモノカ」は、見詰める目を虜にして離しません。

この日は最前列中央の席で観たのですが、アクティング・エリアとは照明機材によって隔てられているのみの地続きだったため、没入感には半端ないものがありました。(俯瞰で観るのもまた違った雰囲気を楽しめるものと思います。)

確かにひとつのストーリーに収斂することはないのかもしれませんが、それでも、私は安易にブルース・リーの有名な言葉「Don’t think! Feel!(考えるな!感じろ!)」に寄りかかり過ぎることは好みません。(フードを被る/頭部を露わにする、或いは、黒い衣裳を脱ぐ/着る、それだけをとっても)極めて理知的に構成されていることは確かです。(それもかなり高度にです。)考えることをやすやすと放棄してしまいたくはないので、浴びて浸りながら、考えようともしてみます。しかし、次々繰り出される動きに虜にされた両目は、頭が考えるより以前に、もう納得させられてしまっているのです。それこそ、金森さんも井関さんも口にする今作の「強度」のゆえだと言えます。激しくも、繊細で、そして何よりも美しいのですから。「これを見ずして…」の言葉、まさに、まさにです。もうこれは必見以外の何物でもありません。

ラスト、全てが終わり、緞帳が下り切ってもなお、圧倒され尽くした私たち客席は暫く静まり返ったままで、拍手することすらままならない心境を共有していたと言えます。静寂を破ることが躊躇われた稀有なる体験。放心状態の自分がいました。その後も「ブラボー!」も叫べず、腰をおろしたまま拍手するだけでもう精一杯という私…。

物凄いものを観た、そう思っています。

この新たな代表作『マレビトの歌』、見逃してしまっては勿体ないというものです。チケットはまだ発売中です。是非、ご覧ください。また、新潟公演中日(12/6)には、出演したNoism1メンバー全員が登壇してのアフタートークもあります。彼らが何を語るか、とても興味深いものがありますよね。そちらも是非です。

それから、入場時に手渡されるチラシのなかに私たちNoismサポーターズUnofficialからの「Information #13」も含まれています。金森さん、井関さん、そして山田勇気さんの言葉に加えて、この度、Noism1に昇格された松永樹志さん春木有紗さんからお伺いしたお話も掲載しております。手に取ってご覧頂けましたら幸いです。

あっ、そうそう、それに関してもうひとつだけ。感動に浸りながら、〈劇場〉を後にして出口に向かっていますと、そこで前方を通りかかった人物に目が釘付けになります。「あれ?似ている?えっ?やっぱりそうだよ。本人じゃん!」と。それは早くもNoismロゴ入りジャージに着替えを済ませた松永樹志さんでした!ご挨拶してから、短時間でしたが、ご本人に直接、感動をお伝えする機会が持てたことも嬉しいハプニングでした。

『セレネ、あるいはマレビトの歌』から深化と進化を遂げて、劇場版の『マレビトの歌』となって届けられた本作。以後、紛れもなく、Noism屈指の名作の評判を欲しいままにすることでしょう。最後にもう一度、「この類い稀なる舞台、くれぐれもお見逃しなく!」とだけ。

(shin)

晩秋の一日、Noism0+Noism1『マレビトの歌』公開リハーサル&囲み取材に臨む♪

2025年11月28日(金)の新潟市は、午前中には激しい大粒の雨が叩き付けるかのように降ったかと思えば、雲が晴れた青空から陽光がたっぷり降り注いだりと、天気が目くるめく変わる一日でした。

そんな晩秋の正午過ぎ、りゅーとぴあ〈劇場〉を会場に開催されたNoism0+Noism1『マレビトの歌』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者/メディア向け公開リハーサル及び囲み取材に出掛けてきました。

この日の公開リハーサルでは、「がっつり踊る」と報じられた金森さん登場場面を含む作品前半ではなく、後半部分の通し稽古と「直し」の様子を見せて頂きました。

〈劇場〉の客席に腰をおろしますと、舞台奥にはゴツゴツした武骨な壁面とそこに穿たれた通路とおぼしき「開口部」、そして舞台上のそこここに10数個配置された炎がゆらめく「火皿(ひざら)」が目に飛び込んできます。(舞台装置はまだ完成していないとのことでしたが、)全体的な暗さも相俟って、何やら怪しい儀式性を発散させる空間に映ります。

12:20、金森さんの「いきましょうか」の言葉に、客電が落ち、場内全体を薄暗さが覆ったかと思うと、アルヴォ・ペルトの音楽が流れ出し、舞台上の井関さんと6人の「レディース」が踊り始め、後半部分の通し稽古が始まりました。

メンバーたちの高い集中力と身体性とが、並外れに圧倒的な緊張感を伴って、舞台から客席にいる私たちに届いてきました。

12:50、「OK! 水飲んだら、戻ってきて貰っていい?」、加えて「うん、良かったよ」という金森さんの声で、通し稽古は終了。少しあって、「直し」のプロセスに移っていきました。

走り込んでくる際の頭の向きやらリフトの戻しの遅れ等から始まり、「レディースのユニゾンが早くなり過ぎて、間(ま)ができちゃってる」、「それ、サステインなのね。それをワン・カウントで踏んじゃってるから」とか、「あそこのリフトに入るときは両足飛びじゃなくて、片足飛びが良いんだけど」等々まで、金森さんの修正は細部に及びます。
なかでも、この日、最も時間が割かれたのは「火皿」を置く位置の再検討でした。で、そこを動かし始めると、変更は様々な動きや動線にまで及んでいくことになります。色々と試し得る限り試してみる金森さんが発した「大丈夫。まだ照明は作っていないから」は果たして慰めになっているのか、いないのか。思わず笑いが零れる舞台上のメンバー、そして客席の私たち。そこには、常に妥協を知らず、本番ギリギリまで(否、本番の幕があがってさえなお)ベストを追い求めて止まない金森さんの姿がありました。

13:22、公開リハーサルは終了。続けて、ホワイエに場所を移して、芸術総監督の金森さんと国際活動部門芸術監督の井関さんへの囲み取材です。こちらでは、そこでのやりとりを少しご紹介いたします。(司会:広報担当・髙橋和花さん)

*スロベニア公演を経ての変更点は?
 -金森さん:
 「後ろの壁。極めて硬質な岩石のような壁。スロベニアに行ったとき、幕を全部開けちゃうと、劇場の構造が剥き出しになり、舞台後方に鉄板の壁があった。それが何か凄く良くて、そこに扉があって、それを急遽使ったのだが、その世界観というか、彼岸と此岸を隔てる硬質な壁にすることをスロベニアで発見した。今回、演出的には『洞窟』ということでやっているので、その空間性を感じられる岩石に見立てた壁にした。
踊りに関してはそんなに変わっていない。若干、空間構成を変えたりしているけれど。
それよりも結構、踊り込んできているので、更に磨きがかかってきている。実演も演出も最善の選択をしているので、作品の強度は明らかに上がっている」

*作品を通して何を届けたいか?
 -井関さん:
 「色々なところで公演をしてきて、メンバーも自分も作品に対する理解が深まってきている。どんどん新しい『物語』がうまれている。観た人も自分の心の中にある小さな『物語』が見つかるんじゃないかと思う。自分は、今日踊っている最中に、感覚的に『これ、日本神話だなと思った』。様々な『物語』がそれぞれにうまれると思う。いろんな要素が含まれているので、楽しんで貰えると思う』
 -金森さん: 「劇場版として発表するのは初めてになるので、以前に観たことがある人も『初見』に近い印象を受けると思う。敢えて言えば、『世界初演』。数年後に振り返ったときに、この作品の大事さがわかるくらいに『強度』のある作品。これを見ずに、今後、Noismを語るのはだいぶモグリだと(笑)」

*今回、金森さんが踊ることに関して
 -金森さん:
 「踊るのは佐和子(井関さん)とのデュオ。ここまでがっつり踊るのは久し振り。実演家として、久し振りにNoismの舞台にがっつり入ってみて、踊ることでしか伝えられないことってあるんだなと。それを伝えるために日々稽古を重ねている。
金森穣もいい加減、年(とし)なので、今見とかないと、踊っている金森穣を見なかったという後悔だけが付いてくることになるので、是非この機会に見といた方がいいんじゃない、そんな感じですね(笑)。なんか『天然記念物』みたいな(大笑)。『生きているうちに』みたいな(笑)」
 (取材陣から)「それを自分で言って…(笑)」
 -金森さん: 「誰も言ってくんないから(爆笑)。希少性を誰も言ってくんないから(笑)」

*黒部→利賀→スロベニア→そして凱旋公演、「変化」に身を置くダンサー、そのプロセスについて
 -井関さん:
 「新潟公演の前はいつもしっかり時間がとれるが、黒部も利賀もスロベニアも時間がないなか、穣さん(金森さん)が最善なものを要求してくる。『できません』とは言えない。やるしかない、その危機的状況をみんなで乗り越える。メンバーのなかの結束は深まったと思う。この作品、カンパニーに対しての思いは強くなっていると思う。
(公開リハーサルで)ご覧頂いたように、今日また突然、スペーシングとか変わった。簡単なように見えるかもしれないが、ダンサーにとって、方向・空間・歩数を変えたり、今までとっていた音を変えなきゃいかないとか、本当に難しいこと。それを実践できるのは、今までNoismで培ってきた経験が深まってきているからこそであり、心強い」

*「外(そと)」で3回作っての凱旋公演というのは、作品成立の経緯としても極めて珍しいと思うのだが
 -金森さん:
 「プロセスとしては、他の作品と順番は逆だが、私が新潟の『外(そと)』でやることは全て新潟のことがあっての金森穣としてやっている。たまたま順番が違うだけで、そこまで特殊な感じはしない。新潟で作り込んでいるし、あくまでも新潟でうまれた作品であることに変わりはない。だから、『満を持して』漸く(新潟で)見せられると。『満を持して』是非観に来て欲しい」

…その他、新レジデンシャル制度の「芸術監督」に関して「有識者会議」が出した結論についても若干のやりとりがあったのですが、金森さんはユーモアを交えつつ、これまで重ねてきた実績に胸を張りながらも、「今、絶賛協議中」(金森さん)と話すに留めました。

ざっとそんなところで囲み取材のご報告とさせて頂きます。

金森さんも井関さんも自信を示して余りある『マレビトの歌』、いよいよ次週、「ホーム」新潟3公演(12/5,6,7)の幕があがりますし、その後は埼玉2公演(12/20,21)が待っています。どちらも良いお席はお早めにお求めください。そして期待値MAXで劇場に向かい、一緒にNoismによって可視化される「ナニモノカ」に出会いましょう♪

(photos by aqua & shin)

(shin)

秋寒の神無月最終週に井関さん連載第10回(dancedition)♪

「そろそろだな」「今日あたりかな」、朝早く目覚めると、そんな風に思い、ネットを繋いでみたところ、案の定、前日(10/27)にアップされていました。「dancedition」の井関さん連載インタビュー「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(10)」♪前日にもチェックしてはいたのですが、遅い時間の掲載だったのでしょうか。一日遅れになってしまったのが、残念と言えば、残念。でも、早々に気付けて良かったかなとも。

今回語られたのは、先ず、「NHKバレエの饗宴2012」で踊られた『solo for 2』(初演:2012年3月13日・宮城、東京、新潟、神奈川)。『academic』(「ZONE」)の改訂版ということですが、再演においては「穣さんは必ずリメイクします」と井関さん。作品の「核」が明確になってくると同時に、清新な息吹も吹き込まれるように感じます。そのあたり、今冬の『マレビトの歌』においても、事情は同じ。楽しみが増す所以です。

で、『solo for 2』、やはり印象に残るのは、井関さんが語ったゲストメンバーの小㞍健太さん、そして須長檀さんによる椅子でした。
小㞍さんとの欧州NDT時代の思い出、そしてパートナーとして踊るときの小㞍さんのこと(及び金森さんと踊るときとの感覚の違い)、どちらも興味深いものがありました。
須長さん作品の椅子が醸し出す緊張と、そして機能性以上のえも言われぬ美しさ。『solo for 2』の主題にベストマッチする小道具だったと思います。(日常生活で使ったならば、さも体幹が鍛えられるだろうな、そんな機能性も有するものかもしれませんが。)
そしてバッハの音楽(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ)も、舞台上の哀切極まりない身体と相俟って、耳に、そして目に刺さるように響いてきたことも忘れられません。

次に語られた作品は見世物小屋シリーズ第3弾『Nameless Voice-水の庭、砂の家』(初演:2012年6月29日・新潟、埼玉、静岡、愛知、石川)。新潟の「水と土の芸術祭2012」参加作品で、金森さんにしては珍しくガッツリ環境問題を取り上げるものだったと言えます。まず、正面奥にはリサーチされた水と急速に進む干魃、砂漠化に纏わる夥しい画像と膨大なデータ(数値)が、目で追うことなど許さぬ速さで、抽象的かつ無機質に映し出されると、そこから、身体による具象化、アレゴリーを通して、現代から未来に向かったのち、太古、地上の人類に与えられた始原の水の恵みにまで遡るような壮大なメッセージを有するものだったと記憶しています。

井関さんが触れたペットボトルの塔、目に焼き付いています。毎回、大変な苦労があったのですね。そして石川ではアクシデントも!それ、観たかったです。残念。
そして、ラスト、砂と水にまみれてのダンスの難しさも伝わってきました。

そんな「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る」の連載第10回、今回も読み応えありまくりです。こちらからもどうぞ。

次回もまた当ブログでもご紹介させていただきます。それではまた。

(shin)

夕方の新潟ローカル「BSN NEWS ゆうなび」、特集にて「ノイズム海外公演密着」を放送♪(2025/10/22)

この秋一番の冷え込みとなった2025年10月22日(水)でしたが、Noism界隈では熱を帯びた気持ちで夕方18:15からの新潟ローカル番組が待たれていたことは間違いないものと思われます。

10月9日(木)と10日(金)の二日間、スロベニア国立劇場での「ヴィザヴィ・ゴリツィア・ダンス・フェスティバル」の舞台に立ったNoismの面々。それを伝えた各種SNS、ある一枚の画像に、テレビカメラを構えるBSN坂井悠紀ディレクターの姿を認めた日以来、「いつか放送してくれる筈」との確信を抱いて過ごしてきたのでしたが、昨日(10月21日)になって、Noism公式が正式にこの日の「BSN NEWS ゆうなび」について告知してくれたのでした。

一地方テレビ局に過ぎないBSN新潟放送が海外公演に密着すること自体、驚くべきことかもしれませんが、敢えてそれをさせてしまうほど、Noism Company Niigataが成し遂げていることの「凄さ」が知れようと言うものでしょう。まさにシビックプライド、新潟の誇りです!

特集「Noism 6年ぶり海外公演に密着 新潟から世界へ 国境の街で喝采」は18:37からの約10分間。

まずは「日本から飛行機を乗り継いで十数時間」のスロベニア、その南西部に位置する街ノヴァ・ゴリツァの紹介から。その街は面積280平方km、人口32,012人。

今回、Noismの滞在期間は公演日を含む実質6日間。劇場入り初日(10/6)にはフェスティバル側が企画した「Noismメソッドワークショップ」があり、プロを含む地元のダンサー十数名が参加、金森さんと井関さんは講師を務める様子が流されました。

「私たちは日本人であり、私たちの伝統には、西洋文化と完全に反対の身体の使い方があります。だから私たちのカンパニーではその両方を組み合わせようとしています」(”Since we’re Japanese, and in our tradition, we have this way of using our bodies, completely opposite to the Western culture. So in our company, we try to combine both, you know.”)(金森さん)

「動きのトレーニングとその背景にある哲学を組み合わせることができて本当に素晴らしかった」(”So it was really nice for me to combine the training of the movement with the philosophy behind. So it was very cool.”)(ワークショップの参加者)

「興味は持ってくれたような気がする。ただもどかしくて。経験を重ねれば重ねるほどより教えづらくなっているよね。難しさがわかるから」(金森さん)
「わかるからね。うん」(井関さん)


…このあたりのことは先日の「さわさわ会」誕生会・懇親会でも金森さんは口にされていました。ほんの一度きりではダメなのだと。

ノヴァ・ゴリツァの歴史。第二次世界大戦後にイタリアと旧ユーゴスラビアの間に国境線が引かれ、イタリアの一部だったゴリツィアは2つに分断されてしまう。従来の市街地はイタリアに残され、スロベニア側の国境付近に計画都市として作られたのがノヴァ・ゴリツァ(=新しいゴリツィア)。両都市間を自由に行き来することが出来るようになったのは2007年だそう。

2019年に始まったこのダンス・フェスティバルは、「歴史が長きにわたって分断してきたものをダンスの力で再び結び付けられる」という考えから、そのふたつの街で開催されているもの。そして「劇場は重要な砦」とも。(同フェスティバル芸術監督ヴァルテル・ムラモル氏)

今年、このフェスティバルに参加したのは欧州を中心に20あまりのカンパニー。そのなかでアジアから招かれたのはNoismのみ。

「今回(の『マレビトの歌』)に関してはまだ劇場でやったことがないので、新潟でその時間を過ごさずに、いきなりここでやっているから大変は大変ですね」(金森さん)

Noismはこれまで11か国22都市で公演をしてきたが、新型ウイルスや国際情勢を背景に、海外からの公演依頼を受けることができず、今回、2019年の露モスクワ公演以来の海外公演となった。

「言語を用いると、その『意味』をどうしても捉えがちだし、でも(ダンスは)そこにある『身体』しかなくて、それこそ世界共通言語なのだろうと思う」(井関さん)

「(芸術とは)国境を無効化するもの。やすやすと飛び越えるもの。民族(*)・文化・宗教、それらを超越したものを探求する営みのことを芸術って言うんじゃないの」(金森さん)

『マレビトの歌』鑑賞後の観客の感想
「とても美しかったです」
「さまざまな感情が立ち上がりました」
「彼らが一体となっているところが気に入りました。一つの大きなもののように感じられました」

そして、「会場も本当に満員で、まさに本日のパフォーマンスを通じて、日本とスロベニアの方々が繋がったと思います」(駐スロベニア大使・吉田晶子氏)

「だいぶディテールが抜けていっているので、もう一度、休み明け、全部、一から動きに関しては締め直す。とはいえ無事に終わって良かったです。お疲れさん」、そうメンバーに話した金森さん。同じようなことは、これも「さわさわ会」の宴のときに聞いていましたが、全く妥協のないところはやはりいつものぶれない金森さんです。

12月の新潟と埼玉での「凱旋公演」も楽しみ過ぎますが、同時に、BSN坂井悠紀ディレクターには、Noismの新作ドキュメンタリーも期待したいところです。片道十数時間の移動プラス正味6日間の滞在を密着した訳ですし、この「10分間」でおしまいってことはないですよね。2021年に文化庁芸術祭賞テレビ・ドキュメンタリー部門で大賞を受賞した『芸術の価値~舞踊家金森穣 16年の闘い』、そしてドイツの「ワールドメディアフェスティバル2024」でドキュメンタリー部門(Documentaries: Arts and Culture)金賞受賞の『劇場にて-舞踊家 金森穣と新潟(英題:On Stage)』に続くものが見たいです、切実に♪坂井さん、そこんところ、ヨロシクってことで。

【註】民族(*): この日の「BSN NEWS ゆうなび」放送中の字幕には、「民俗」と出ましたが、それは明らかに「民族」の間違いであろうと思われますので、ここではその理解に基づいてご紹介させて貰っております。

(shin)

これはもう最強の「番宣」!-ウェブ「dancediton」に金森さんと井関さんの『マレビトの歌』インタビュー掲載♪

2025年10月16日(木)、うかうか更新を見逃してばかりもいられないというので、NPBのクライマックスシリーズ・ファイナルステージ第2戦を見ながら、「念のため」とウェブ「dancedition」を覗いてみると、何と『マレビトの歌』に関する金森さんと井関さんのインタビューが掲載されているではありませんか!それもかなりのヴォリュームで。ブルッと身震いしました。

「黒部シアター2023春」において、黒部の屋外劇場で上演された『セレネ、あるいはマレビトの歌』の誕生に関する逸話から始まり、「集団の中でひとり異質な者」を体現する井関さんの「必然性」とそのクリエイション。触発し合う井関さんと金森さん。そして黒部での合宿の持つ意味合い。

「SCOTサマー・シーズン2025」、合掌造りの会場で上演された『マレビトの歌』へ。空間の違いがもたらす影響。そして井関さんの「ゾーン」状態など、経験を積むことについて。

そして『マレビトの歌』はスロベニアの「ヴィザヴィ・ゴリツィア・ダンス・フェスティバル」で所謂、劇場版となり、この冬、新潟と埼玉では「凱旋版」へ。金森さんの出演に関しても新たな情報が!

「(舞台芸術って、舞踊と音楽という二つの詩が拮抗して生まれる新たな詩のようなもの」(金森さん)、「金森穣の作品は詩劇」(井関さん)と、お二人とも「詩」をキーワードとして語っておられます。

そして「踊っていても毎回違うテーマが出てくる」「深い作品」「シーンごとに何かを感じてもらえたら」と語る井関さん。これはもう最強の「番宣」ではありませんか!

この度のお二人へのインタビュー、かなりのヴォリュームかつ充実した内容で、とても読み応えがあるものと言えます♪

そのインタビュー全文はこちらからどうぞ♪ 『マレビトの歌』への大きな期待感に包まれること、間違いありません。是非ご熟読を。

その『マレビトの歌』新潟公演と埼玉公演のチケットですが、本日、りゅーとぴあ会員及びSAFメンバーズの先行発売が始まりましたし、明後日(10/18・土)には一般発売開始となります。よいお席はお早めに♪

(shin)

『マレビトの歌』、スロベニア公演に先立つメディア向け公開リハーサルに唖然、そして吃驚♪

2025年9月30日(火)の新潟市は気持ちよい秋晴れ。そんな恵まれた空の下、『マレビトの歌』のスロベニア公演に先立って開催されるメディア向け公開リハーサル(12:00~13:00)に臨むため、りゅーとぴあを目指しました。

ご存じの通り、『マレビトの歌』は先日、利賀村での「SCOT サマー・シーズン2025』にて上演された作品で、スロベニアの「ヴィザヴィ・ゴリツィア・ダンス・フェスティバル」からの招聘を受けて、Noismにとって6年振りの海外公演(10/9、10)として踊られることになっていて、この日はそれに向けた公開リハーサルでした。

数日前に、金森さんは「X(旧ツイッター)」にて、舞台形状の違いから演出のし直しの必要性について触れておられましたから、少しは変えてくるのだろうと思っていました。予めそうした想定でいたものですから、少しくらいの変更には驚かない構えは出来ているつもりでした。しかし、しかしです!唖然、そして吃驚!見たことのない演出もひとつやふたつではありません。あまつさえ、『Fratres』部分もこれまで通りではありません。例をあげるなら、記憶では「ユニゾン」だった筈が、「カノン」になっている等々、かなり手が入っていて、異なる舞台に合わせたアジャストどころではなく、この機に、かなり創り変えられているように思われました。ドラマ性を増して迫ってくるようでした。

スロベニアに持って行く『マレビトの歌』を「通し」で見せて貰い、何度も驚きに襲われたこの日の公開リハーサルでしたが、囲み取材はなく、金森さんも敢えてほぼ何も話されようとしませんでした。ですから、私たちに提示されたのは、ただ、静謐から始まったのち、一転して、見る者に様々な情感を喚起させつつ踊る気迫の籠った身体のみ。「これを持って行きます」とばかりに、自信を窺わせて。

そんな公開リハーサル、ここからは多くの画像に語って貰うことに致します。

先ずは、「ダイジェスト」として、Noismスタッフの深作さんから提供を受けた画像です。迸る熱気、躍動する舞踊家の身体、その刹那がしっかり写されています。

次いで、この機に撮ってしまえるものは撮ってしまうおうという気持ちで私が撮った写真たちです。拙いものですけれど。そこは質より量ということで。「通し」に備えて、めいめい身体をほぐす場面からです。

やがて、金森さん、〈スタジオB〉に入ってくると、「この明るさで良いの?結構、暗い」と言って、自ら、床に据えられた照明器具の調整を行ってから、椅子に腰掛け、『マレビトの歌』が通されていきました。それを収めた画像たちを掲載します。雰囲気をお楽しみ頂けたらと思います。

音楽は全てアルヴォ・ペルト。しかし、その響きは様々です。そしてそれをバックに、否、それと一体化して踊られるNoismの舞踊もとても多彩で、そのレンジの広さに圧倒されてしまいます。

2023年に黒部で発表された『セレネ、あるいはマレビトの歌』は、今夏、利賀村で『マレビトの歌』になったかと思えば、この度、スロベニアへ行くに際して、またもや生まれ変わったとさえ言えるように思われます。果たしてそれは年末の新潟、そして埼玉ではどう変貌しているのか、とても興味深いものがあります。そんな思いを胸に、凱旋公演を楽しみに待ちたいと思います。

【追記】夕方の地元テレビ局BSNは、ニュース番組「ゆうなび」において、この公開リハーサルの模様に加えて、これに先立って同日午前中に開催された、「レジデンシャル事業(Noism Company Niigata)の活動評価に関する有識者会議」についても取り上げています。そちらは、芸術総監督・金森さんの任期をめぐって、今後の行方が気になります。

→そのBSN「ゆうなび」はこちらからどうぞ。

(shin)