Noismというマレビト、その身体に徹頭徹尾魅了され尽くした客席♪(『マレビトの歌』新潟公演中日)

前日、劇場版としてその全貌を現した『マレビトの歌』ですが、明けて2025年12月6日(土)にも、それが有する力能を遺憾なく解放して、会場を大きな感動で包み込みました。それを可能にしたものは、勿論、Noism0とNoism1の舞踊家全員の圧巻のパフォーマンスであったことは言を俟ちません。踊るほどに発光するかのような身体、そして身体。アルヴォ・ペルトの音楽に乗って、舞台上は一切夾雑物のない『マレビトの歌』の世界観で染め上げられていきました。そして放たれた濃密な空気が客席の全ての隅にまで及ぶことになります。

初夏と冬、年に2度のみ訪れるNoismというマレビトが、この日、その舞踊家の身体で徹頭徹尾客席を魅了し尽くしたと言えます。

深く長い余韻を残すラストシーン、やがて緞帳が下りてきます。そして遂にそれが下り切ってしまっても、まだ拍手は出ません。前日と同様に。しかし、この日が前日と異なったのはその後でした。劇場内を覆い尽くした未だ張り詰めた空気のなか、誰ひとりとして、静寂を破ろうとする「勇者」(なのか?)は現れません。静まり返ったままの場内に、その静けさの故に、緞帳の向こう側、舞台上、カーテンコールに備えて並ぼうとする舞踊家たちの足音や衣擦れの音が聞こえてきます。それをきっかけにして、漸く、まるで金縛りが解けたかのように、大きな拍手が湧き起こったのでした。それは再び緞帳が上がる直前だったように記憶しています。私たちはそんな奇跡のような、濃密この上ない空気と時間とを体験し、共有したのでした。

今日のブログは、主にアフタートークのご紹介かなと思っておりましたので、少し先を急ぎ過ぎた感もありますね。それ以外のことも書き残しておきたいと思います。

「靴下屋さん」とのコラボソックスに関しては、Noism2リハーサル監督の浅海侑加さんが前日とはがらり雰囲気を異にしながらも、物販コーナーにて、素敵な笑顔で販促に努めておられました。

そして、入場時に手渡されるチラシのなか、皆さんに手渡されるもののひとつに、「さわさわ会」の会報誌(vol.10)もあります。表紙を含む全12頁には、井関さん(とNoism)の魅力がたっぷりで、美しい一冊です。

ここからはこの日の終演後に開催されたアフタートークについてのご紹介を試みようと思います。(寄る年波、聞きながらメモするのがちょっとままならなくなってきてしまってます(涙)。かいつまんでのお届けということでご了承ください。)

この日は『マレビトの歌』を踊ったNoism1の舞踊家10人が登壇してのアフタートークです。舞台上、下手(しもて)側から、順に、司会の上杉晴香さん(Noismスタッフ)、坪田光さん、樋浦瞳さん、庄島さくらさん、庄島すみれさん、春木有紗さん、中尾洸太さん、兼述育見さん、糸川祐希さん、松永樹志さん、そして一番上手(かみて)に太田菜月さんが並び、18:14にアフタートークは始まりました。

Q1: 音楽のアルヴォ・ペルトを知ったのはいつ頃か?どのようにして知ったか?
 -坪田光さん
 これがペルトと知ったのは、『Fratres III』で、初めて曲と世界観に触れた。みんなの中央で、ひとりで踊る穣さん(金森さん)の姿に、もう恐ろしいなと思った。
 樋浦瞳さん 穣さんが帰国して、Noismが作られる前、『ノマディック・プロジェクト』のDVDで。
 -司会・上杉さん: 因みに、このなかに『Fratres I』を踊った人はいません。
 中尾洸太さん 『春の祭典』・『Fratres III』・『Adagio Assai』のとき。みんなが踊っているなか、ひとりポンッと入って、「やれっ!」って感じだったので、知った瞬間は特に考える余裕もなく、忙殺されていた。今は毎年、やっていて、聴くところ、聴き方が変わってきている。聞こえ方が変わると、踊りも変わる。

Q2: スロベニア公演で『マレビトの歌』はどのように評されたのか?
 -司会・上杉さん: スロベニア日刊新聞に、東洋と西洋の融合。見たこともない身体表現。「マレビト」は外から来る未知のもので、不安を伴う。強い説得力をもち、考えさせられた。身体の動きが揃っていたことも印象的、と。
 糸川祐希さん 直接、現地の人とのやりとりこそなかったが、集団性のあるカンパニーと受け取られたことに、こういう作品はそうそうないのだなという手応えを感じ、自信に繋がった。
 庄島さくらさん 海外にいた頃の友人のご両親から、なかなか見ることのない作品で、容易には言い表せないものがあるが、(音楽・照明を含めて)舞台の世界観が凄い、と。

Q3: 『マレビトの歌』、黒部、利賀、スロベニアと実演を重ねてきての変化は?
 -庄島さくらさん: 『マレビト』全て踊ってきているが、毎回違っている。今回だと、「火皿」や背景。人が灯した火の皿の意味、儀式、「導く」など、違った意味が増えて、新しい解釈で臨んだ。
 庄島すみれさん スロベニアは縦長で広い舞台だった。舞台も違うし、ストーリー性もちょっとずつ違ってきている。穣さんのなかでも、黒部での初演時とは変化が出て来ているのかなぁと。
 松永樹志さん 今回、初参加。踊るたびに違う気持ち。毎回新鮮な感じ。

Q4: スロベニア公演と新潟公演に関して
 太田菜月さん 5年目になる新潟は慣れ親しんだ場所。地面も空気も空も全てが心に落とし込まれている。対して、スロベニアでは心がザワザワした。慣れるのに少し時間がかかったが、踊るのが好きなので、舞台はどこでも落ち着く場所。
 兼述育見さん 慣れることと踊ることの両立に時間がかかった。あわあわしているうちに本番になり、雑念が多かった。新潟ではルーティーンでやれるが、同時に、緊張するし、気配が怖くなったりもする。
 春木有紗さん 新潟では、幕がしまっていても、直前になると静かになるが、スロベニアは、直前になってもざわざわ集中していないので、ルーティーンが崩されていった。新しい発見があり、体感した。

Q5: 一人ひとり進化が感じられる。身体の変化や身体への思いを聞かせて欲しい。
 -坪田光さん: 作品毎に筋肉も、精神的にも変わってきている。『マレビトの歌』は「外」からの影響。それにどう挑むか、その日によって違って楽しい。
 -樋浦瞳さん: 今日の踊りで気付いたことだが、目が合うときに、その人の身体、自分の身体を感じる。その瞬間、ビビっと感じるのが楽しい。
 -庄島さくらさん: 現在、35歳。若い頃は全力を注いで踊っていたが、今は、「ここは40%、ここは30%」等と、身体と思考を分散させて見えるようになってきた。
 -庄島すみれさん: 『Fratres』のハードルは高かった。中に入って踊るのは衝撃だった。今は、「ここはどう踊ろう」という気持ちに。目が合うと、やはり良いなと思う。
 -春木有紗さん: 『マレビトの歌』は自分にとって特別な作品。黒部でNoism2としても、準メンバーとしても、Noism1としても踊っている。見ていられない踊りしかしていなかったなと。
 -中尾洸太さん: 自分に、そして相手に集中するだけ。ただただ生き切るだけ。眠れない夜もあるが、それも愛して舞台に立つ。
 -兼述育見さん: ストーリーはないが、一つひとつの動きを、誰に対して何を見せたくて、どう動くのか、大切にしなくちゃいけないと感じている。
 -糸川祐希さん: これまでも新しい発見をしてきた。これからも怠らず、進化し続けたい。
 -松永樹志さん: 3年目。本番にどう集中していくか考えて臨んできた。今は、本番直前までなるべくぼうっとしていることにした。そうでないと、アドレナリンが出過ぎてしまって、もたなくなる。今は作品に集中出来ている。
 -太田菜月さん: 『マレビトの歌』のフード、視覚が削られる。ダンサーとして、人間として、感覚が磨かれる。普段から明るいキャラクターだが、自分も本番前はぼうっとしている。今日はそれがちょっと上手くいったかなと。

…と、18:46に終了したこの日のアフタートークですが、まあそんな感じだったでしょうか。

待ちに待った『マレビトの歌』公演ですが、早いもので、新潟公演は12/7が楽日、全5公演の折り返しとなります。Noismにとっても熟成に熟成を重ねてきた、正真正銘エポックメイキングな舞台です。ストーリーがないにも拘わらず、突出した身体がもたらす説得力は目撃してみなければ、想像し得ないものと言い切りましょう。

また同時に、見詰める私たち一人ひとりがどのような見方で臨もうとも、全ての見方を許容してしまう強靭な包容力、或いは強度を有する類い稀なる舞台とも言い切りましょう。

これまでのNoismの歩みがここに収斂し、この先のNoismの歩みはここから始まることになるのだろう、そんな舞台です。『マレビトの歌』、どうぞお見逃しなく!

(shin)

金森さんが語った「これを見ずして…」をまざまざ実感!新たな代表作『マレビトの歌』新潟公演初日♪

12月5日(金)、寒波襲来の予報に少したじろぎを覚えて迎えたこの日でしたが、新潟市は降雪も積雪も「この冬初めて」だったという事情を別にすれば、その雪自体は概ね大過なく過ごせる程度のものだったことに胸を撫で下ろしました。

ですから、この日、身中に感じた疼きにも似た落ち着かなさは、雪からくるものではなく、紛れもなく、Noism0+Noism1『マレビトの歌』新潟公演初日にまみえることからくるものだったことは明らかです。前回のブログ記事でご紹介した金森さんの「これを見ずに、今後、Noismを語るのはだいぶモグリ」という言葉に大きな期待を掻き立てられていたのでした。

開場時間の18:30を迎え、ホワイエまで進みます。すると、こちらに笑顔を向け、素敵なスカートの裾を少しだけ持ち上げて「足元」を見せてくださるNoism2リハーサル監督・浅海侑加さんの姿が目に飛び込んできました。引き寄せられるとはこのこと、それも呆気なく。

浅海さんがおられたのは物販コーナー。並べられた「靴下屋」さんとのコラボソックスはどれも素敵で、連れ合いとふたり迷いながらも、限定色のなかからレディース(各1200円)とメンズ(各1500円)を2足ずつお買い上げ。次いで、その横のスタンプコーナーへ移動して、無事、「Noism20周年記念冊子」の表紙に今年のスタンプ3つを追加。それでまずは開演前のミッション・クリアと相成りました♪

開演時間が迫ってきて、客席につきますと、緞帳の手前、上手(かみて)と下手(しもて)にそれぞれひとつずつの「火皿(ひざら)」が見えます。雰囲気たっぷりです。

19:03、客電が落ち、『マレビトの歌』の幕があがりました。上手側に金森さんと井関さんの姿。「ふたり」の踊り(デュオ)であることは理解しているのですが、その絡み合う身体は「ふたつ」としてよりかは、容易には信じられないレベルで「ひとつ」といった印象に映り、冒頭にして既に目を圧倒してきます。

そこからの約1時間、明確なストーリーこそありませんが、アルヴォ・ペルトの音楽と一体化して立ち現れてくる「ナニモノカ」は、見詰める目を虜にして離しません。

この日は最前列中央の席で観たのですが、アクティング・エリアとは照明機材によって隔てられているのみの地続きだったため、没入感には半端ないものがありました。(俯瞰で観るのもまた違った雰囲気を楽しめるものと思います。)

確かにひとつのストーリーに収斂することはないのかもしれませんが、それでも、私は安易にブルース・リーの有名な言葉「Don’t think! Feel!(考えるな!感じろ!)」に寄りかかり過ぎることは好みません。(フードを被る/頭部を露わにする、或いは、黒い衣裳を脱ぐ/着る、それだけをとっても)極めて理知的に構成されていることは確かです。(それもかなり高度にです。)考えることをやすやすと放棄してしまいたくはないので、浴びて浸りながら、考えようともしてみます。しかし、次々繰り出される動きに虜にされた両目は、頭が考えるより以前に、もう納得させられてしまっているのです。それこそ、金森さんも井関さんも口にする今作の「強度」のゆえだと言えます。激しくも、繊細で、そして何よりも美しいのですから。「これを見ずして…」の言葉、まさに、まさにです。もうこれは必見以外の何物でもありません。

ラスト、全てが終わり、緞帳が下り切ってもなお、圧倒され尽くした私たち客席は暫く静まり返ったままで、拍手することすらままならない心境を共有していたと言えます。静寂を破ることが躊躇われた稀有なる体験。放心状態の自分がいました。その後も「ブラボー!」も叫べず、腰をおろしたまま拍手するだけでもう精一杯という私…。

物凄いものを観た、そう思っています。

この新たな代表作『マレビトの歌』、見逃してしまっては勿体ないというものです。チケットはまだ発売中です。是非、ご覧ください。また、新潟公演中日(12/6)には、出演したNoism1メンバー全員が登壇してのアフタートークもあります。彼らが何を語るか、とても興味深いものがありますよね。そちらも是非です。

それから、入場時に手渡されるチラシのなかに私たちNoismサポーターズUnofficialからの「Information #13」も含まれています。金森さん、井関さん、そして山田勇気さんの言葉に加えて、この度、Noism1に昇格された松永樹志さん春木有紗さんからお伺いしたお話も掲載しております。手に取ってご覧頂けましたら幸いです。

あっ、そうそう、それに関してもうひとつだけ。感動に浸りながら、〈劇場〉を後にして出口に向かっていますと、そこで前方を通りかかった人物に目が釘付けになります。「あれ?似ている?えっ?やっぱりそうだよ。本人じゃん!」と。それは早くもNoismロゴ入りジャージに着替えを済ませた松永樹志さんでした!ご挨拶してから、短時間でしたが、ご本人に直接、感動をお伝えする機会が持てたことも嬉しいハプニングでした。

『セレネ、あるいはマレビトの歌』から深化と進化を遂げて、劇場版の『マレビトの歌』となって届けられた本作。以後、紛れもなく、Noism屈指の名作の評判を欲しいままにすることでしょう。最後にもう一度、「この類い稀なる舞台、くれぐれもお見逃しなく!」とだけ。

(shin)

晩秋の一日、Noism0+Noism1『マレビトの歌』公開リハーサル&囲み取材に臨む♪

2025年11月28日(金)の新潟市は、午前中には激しい大粒の雨が叩き付けるかのように降ったかと思えば、雲が晴れた青空から陽光がたっぷり降り注いだりと、天気が目くるめく変わる一日でした。

そんな晩秋の正午過ぎ、りゅーとぴあ〈劇場〉を会場に開催されたNoism0+Noism1『マレビトの歌』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者/メディア向け公開リハーサル及び囲み取材に出掛けてきました。

この日の公開リハーサルでは、「がっつり踊る」と報じられた金森さん登場場面を含む作品前半ではなく、後半部分の通し稽古と「直し」の様子を見せて頂きました。

〈劇場〉の客席に腰をおろしますと、舞台奥にはゴツゴツした武骨な壁面とそこに穿たれた通路とおぼしき「開口部」、そして舞台上のそこここに10数個配置された炎がゆらめく「火皿(ひざら)」が目に飛び込んできます。(舞台装置はまだ完成していないとのことでしたが、)全体的な暗さも相俟って、何やら怪しい儀式性を発散させる空間に映ります。

12:20、金森さんの「いきましょうか」の言葉に、客電が落ち、場内全体を薄暗さが覆ったかと思うと、アルヴォ・ペルトの音楽が流れ出し、舞台上の井関さんと6人の「レディース」が踊り始め、後半部分の通し稽古が始まりました。

メンバーたちの高い集中力と身体性とが、並外れに圧倒的な緊張感を伴って、舞台から客席にいる私たちに届いてきました。

12:50、「OK! 水飲んだら、戻ってきて貰っていい?」、加えて「うん、良かったよ」という金森さんの声で、通し稽古は終了。少しあって、「直し」のプロセスに移っていきました。

走り込んでくる際の頭の向きやらリフトの戻しの遅れ等から始まり、「レディースのユニゾンが早くなり過ぎて、間(ま)ができちゃってる」、「それ、サステインなのね。それをワン・カウントで踏んじゃってるから」とか、「あそこのリフトに入るときは両足飛びじゃなくて、片足飛びが良いんだけど」等々まで、金森さんの修正は細部に及びます。
なかでも、この日、最も時間が割かれたのは「火皿」を置く位置の再検討でした。で、そこを動かし始めると、変更は様々な動きや動線にまで及んでいくことになります。色々と試し得る限り試してみる金森さんが発した「大丈夫。まだ照明は作っていないから」は果たして慰めになっているのか、いないのか。思わず笑いが零れる舞台上のメンバー、そして客席の私たち。そこには、常に妥協を知らず、本番ギリギリまで(否、本番の幕があがってさえなお)ベストを追い求めて止まない金森さんの姿がありました。

13:22、公開リハーサルは終了。続けて、ホワイエに場所を移して、芸術総監督の金森さんと国際活動部門芸術監督の井関さんへの囲み取材です。こちらでは、そこでのやりとりを少しご紹介いたします。(司会:広報担当・髙橋和花さん)

*スロベニア公演を経ての変更点は?
 -金森さん:
 「後ろの壁。極めて硬質な岩石のような壁。スロベニアに行ったとき、幕を全部開けちゃうと、劇場の構造が剥き出しになり、舞台後方に鉄板の壁があった。それが何か凄く良くて、そこに扉があって、それを急遽使ったのだが、その世界観というか、彼岸と此岸を隔てる硬質な壁にすることをスロベニアで発見した。今回、演出的には『洞窟』ということでやっているので、その空間性を感じられる岩石に見立てた壁にした。
踊りに関してはそんなに変わっていない。若干、空間構成を変えたりしているけれど。
それよりも結構、踊り込んできているので、更に磨きがかかってきている。実演も演出も最善の選択をしているので、作品の強度は明らかに上がっている」

*作品を通して何を届けたいか?
 -井関さん:
 「色々なところで公演をしてきて、メンバーも自分も作品に対する理解が深まってきている。どんどん新しい『物語』がうまれている。観た人も自分の心の中にある小さな『物語』が見つかるんじゃないかと思う。自分は、今日踊っている最中に、感覚的に『これ、日本神話だなと思った』。様々な『物語』がそれぞれにうまれると思う。いろんな要素が含まれているので、楽しんで貰えると思う』
 -金森さん: 「劇場版として発表するのは初めてになるので、以前に観たことがある人も『初見』に近い印象を受けると思う。敢えて言えば、『世界初演』。数年後に振り返ったときに、この作品の大事さがわかるくらいに『強度』のある作品。これを見ずに、今後、Noismを語るのはだいぶモグリだと(笑)」

*今回、金森さんが踊ることに関して
 -金森さん:
 「踊るのは佐和子(井関さん)とのデュオ。ここまでがっつり踊るのは久し振り。実演家として、久し振りにNoismの舞台にがっつり入ってみて、踊ることでしか伝えられないことってあるんだなと。それを伝えるために日々稽古を重ねている。
金森穣もいい加減、年(とし)なので、今見とかないと、踊っている金森穣を見なかったという後悔だけが付いてくることになるので、是非この機会に見といた方がいいんじゃない、そんな感じですね(笑)。なんか『天然記念物』みたいな(大笑)。『生きているうちに』みたいな(笑)」
 (取材陣から)「それを自分で言って…(笑)」
 -金森さん: 「誰も言ってくんないから(爆笑)。希少性を誰も言ってくんないから(笑)」

*黒部→利賀→スロベニア→そして凱旋公演、「変化」に身を置くダンサー、そのプロセスについて
 -井関さん:
 「新潟公演の前はいつもしっかり時間がとれるが、黒部も利賀もスロベニアも時間がないなか、穣さん(金森さん)が最善なものを要求してくる。『できません』とは言えない。やるしかない、その危機的状況をみんなで乗り越える。メンバーのなかの結束は深まったと思う。この作品、カンパニーに対しての思いは強くなっていると思う。
(公開リハーサルで)ご覧頂いたように、今日また突然、スペーシングとか変わった。簡単なように見えるかもしれないが、ダンサーにとって、方向・空間・歩数を変えたり、今までとっていた音を変えなきゃいかないとか、本当に難しいこと。それを実践できるのは、今までNoismで培ってきた経験が深まってきているからこそであり、心強い」

*「外(そと)」で3回作っての凱旋公演というのは、作品成立の経緯としても極めて珍しいと思うのだが
 -金森さん:
 「プロセスとしては、他の作品と順番は逆だが、私が新潟の『外(そと)』でやることは全て新潟のことがあっての金森穣としてやっている。たまたま順番が違うだけで、そこまで特殊な感じはしない。新潟で作り込んでいるし、あくまでも新潟でうまれた作品であることに変わりはない。だから、『満を持して』漸く(新潟で)見せられると。『満を持して』是非観に来て欲しい」

…その他、新レジデンシャル制度の「芸術監督」に関して「有識者会議」が出した結論についても若干のやりとりがあったのですが、金森さんはユーモアを交えつつ、これまで重ねてきた実績に胸を張りながらも、「今、絶賛協議中」(金森さん)と話すに留めました。

ざっとそんなところで囲み取材のご報告とさせて頂きます。

金森さんも井関さんも自信を示して余りある『マレビトの歌』、いよいよ次週、「ホーム」新潟3公演(12/5,6,7)の幕があがりますし、その後は埼玉2公演(12/20,21)が待っています。どちらも良いお席はお早めにお求めください。そして期待値MAXで劇場に向かい、一緒にNoismによって可視化される「ナニモノカ」に出会いましょう♪

(photos by aqua & shin)

(shin)

『マレビトの歌』、スロベニア公演に先立つメディア向け公開リハーサルに唖然、そして吃驚♪

2025年9月30日(火)の新潟市は気持ちよい秋晴れ。そんな恵まれた空の下、『マレビトの歌』のスロベニア公演に先立って開催されるメディア向け公開リハーサル(12:00~13:00)に臨むため、りゅーとぴあを目指しました。

ご存じの通り、『マレビトの歌』は先日、利賀村での「SCOT サマー・シーズン2025』にて上演された作品で、スロベニアの「ヴィザヴィ・ゴリツィア・ダンス・フェスティバル」からの招聘を受けて、Noismにとって6年振りの海外公演(10/9、10)として踊られることになっていて、この日はそれに向けた公開リハーサルでした。

数日前に、金森さんは「X(旧ツイッター)」にて、舞台形状の違いから演出のし直しの必要性について触れておられましたから、少しは変えてくるのだろうと思っていました。予めそうした想定でいたものですから、少しくらいの変更には驚かない構えは出来ているつもりでした。しかし、しかしです!唖然、そして吃驚!見たことのない演出もひとつやふたつではありません。あまつさえ、『Fratres』部分もこれまで通りではありません。例をあげるなら、記憶では「ユニゾン」だった筈が、「カノン」になっている等々、かなり手が入っていて、異なる舞台に合わせたアジャストどころではなく、この機に、かなり創り変えられているように思われました。ドラマ性を増して迫ってくるようでした。

スロベニアに持って行く『マレビトの歌』を「通し」で見せて貰い、何度も驚きに襲われたこの日の公開リハーサルでしたが、囲み取材はなく、金森さんも敢えてほぼ何も話されようとしませんでした。ですから、私たちに提示されたのは、ただ、静謐から始まったのち、一転して、見る者に様々な情感を喚起させつつ踊る気迫の籠った身体のみ。「これを持って行きます」とばかりに、自信を窺わせて。

そんな公開リハーサル、ここからは多くの画像に語って貰うことに致します。

先ずは、「ダイジェスト」として、Noismスタッフの深作さんから提供を受けた画像です。迸る熱気、躍動する舞踊家の身体、その刹那がしっかり写されています。

次いで、この機に撮ってしまえるものは撮ってしまうおうという気持ちで私が撮った写真たちです。拙いものですけれど。そこは質より量ということで。「通し」に備えて、めいめい身体をほぐす場面からです。

やがて、金森さん、〈スタジオB〉に入ってくると、「この明るさで良いの?結構、暗い」と言って、自ら、床に据えられた照明器具の調整を行ってから、椅子に腰掛け、『マレビトの歌』が通されていきました。それを収めた画像たちを掲載します。雰囲気をお楽しみ頂けたらと思います。

音楽は全てアルヴォ・ペルト。しかし、その響きは様々です。そしてそれをバックに、否、それと一体化して踊られるNoismの舞踊もとても多彩で、そのレンジの広さに圧倒されてしまいます。

2023年に黒部で発表された『セレネ、あるいはマレビトの歌』は、今夏、利賀村で『マレビトの歌』になったかと思えば、この度、スロベニアへ行くに際して、またもや生まれ変わったとさえ言えるように思われます。果たしてそれは年末の新潟、そして埼玉ではどう変貌しているのか、とても興味深いものがあります。そんな思いを胸に、凱旋公演を楽しみに待ちたいと思います。

【追記】夕方の地元テレビ局BSNは、ニュース番組「ゆうなび」において、この公開リハーサルの模様に加えて、これに先立って同日午前中に開催された、「レジデンシャル事業(Noism Company Niigata)の活動評価に関する有識者会議」についても取り上げています。そちらは、芸術総監督・金森さんの任期をめぐって、今後の行方が気になります。

→そのBSN「ゆうなび」はこちらからどうぞ。

(shin)

『火の鳥』からの『フラトレス』&『ボレロ』を満喫した「サラダ音楽祭2025」♪

2025年9月15日(月・祝)、前日開幕した「サラダ音楽祭」2日間の2日目、池袋の東京芸術劇場に出掛けて来ました。この日はまず、13時にプレイハウスにて、Noism2による「親子で楽しむダンス バレエ音楽《火の鳥》 Noism2メンバーによるダンス公演&ワークショップ」、そして15時からはコンサートホールでの「音楽祭メインコンサート《Boléro》」において、Noism1の『Fratres』、そしてNoism0+Noism1『ボレロ』が観られるとあっては駆けつけない理由を見つけるのが困難なスケジュールが組まれていたのでした。

まだまだ蒸し暑さが去らないなかでしたが、JR池袋駅から地下通路を使って劇場に向かいますと、不快感はありません。胸が高鳴るのみで、ややもすると足早にさえなりそうでした。

エスカレーターで2階のプレイハウスへ進みます。入場時に渡された二つ折りカラー・リーフレット(デザイン:ツムジグラフィカ・高橋トオルさん)の素晴らしい出来栄えにワクワクしなかった人はいない筈です。名作『火の鳥』、満を持しての東京上演です。

この『火の鳥』の上演&ワークショップは前日の音楽祭初日から既に好評を博していた様子(当然!)ですが、私は各種SNSをほぼ全てシャットアウトしてこの日に臨みました。東京の(家族連れの)観客、一人ひとりの心に刺さる様子を臨場感をもって感じたかったからです。そしてNoism2メンバーの熱演もあり、その通りの「帰結」を迎えたことに心のなかで快哉を叫びました。

金森さんから若者に向けた「贈り物」という性格を有する名作『火の鳥』は、「0歳から入場OK!」と謳われたこの音楽祭での上演にあたり、衣裳、照明など様々な刷新が図られ、より広範な観客を惹き付けるものとなった感があります。特に作品のラストの改変!それはあの二つ折りカラー刷りリーフレットの表紙、容易に切り取れる「白いマスク」によって、誰もが「火の鳥」になった気分を味わえる工夫と相通ずるものと言えるでしょう。この度刷新された『火の鳥』、今後ご覧になる機会もあるだろうことに鑑みて、ここではラストの改変の詳細は伏せておくことと致します。そのときまでお楽しみに。

その後は、「スチール撮影可」のレクチャーとワークショップが続きました。時間にして約30分間、進行は山田勇気さんと浅海侑加さんです。客席から選ばれたお子さんが舞台にあがって、作中の「少年」が持ち上げられる場面を体験する機会なども用意されているなど、満足度の高い好企画だったと思います。自分もひとりの親たる身として、我が子が小さかった頃のことなど思い出したりしながら、微笑ましいひとときを過ごしました。

次いで、15時からの「メインコンサート」です。コンサートホールは3階席まで満員。

当然のことながら、都響(東京都交響楽団)の演奏は素晴らしく、20分間の休憩を挟んだ約2時間、それだけでもホントに贅沢な気持ちになりました。休憩前にはモーツァルトを2曲(『魔笛』序曲と《戴冠式ミサ》)、典雅だったり、厳かだったり、その流麗な心地よさときたら、もうハンパないレベルだったかと。

そして、休憩が終わると、いよいよNoismの登場となります。ペルトの音楽に合わせて踊られる『Fratres』、(彩り豊かで活気溢れるファリャ『三角帽子』を挟んで、)更にラストにはラヴェルの『ボレロ』が待っています。

『Fratres』は、先日の公開リハーサルで、金森さんが繰り返し口にされていた「手の舞」という視点から見詰めました。「う~む、なるほど」と。しかし、これまで幾度も観てきていて、「あ?ん?え?」となった見慣れない振付にも出くわします。終演後に偶然お会いして少しお話しをする機会を得た糸川さんから、それは「利賀村ヴァージョン」(『マレビトの歌』中の『Fratres』)と教えて頂き、既にして「古典」の趣すらあるこの作品も刷新が続いていることを知る機会となりました。

ラストの『ボレロ』。もう圧巻の一言でしかありません。赤い衣裳の井関さん、黒からベージュのNoism1の8人、全員が客席を圧倒し尽くしました。舞踊家にあって、「メディア」としての自らの身体を両の掌で確かめながら、ラヴェルによるリフレインの高揚をそこを通過させ、可視化して周囲に放っていくひとりと8人。

この日、都響が奏でたのは、ともすれば走りがちになりそうなところ、終始、それを抑制しつつ進んでいく泰然たる『ボレロ』であり、過度の興奮を煽ることをしない、ある種禁欲的な姿勢で向き合われたその音楽は、零れるようにニュアンス豊かなものとして耳に届き、その豊かさな響きに同調する舞踊家の9つの身体により、一瞬一瞬、味わい深い厚みが加えられ、見詰める目に映じることとなりました。かようにためてためて「走らない」『ボレロ』、これも糸川さんに伺ったところ、都響とのリハーサルを通してこの間変わらないことだったのだそうです。都度書き換えられていく『ボレロ』の記憶!都響とNoismによる一期一会のもの凄い実演を目の当たりにし、『ボレロ』のまた違った一面に触れた気がして、もう興奮はMAX。繰り返されたカーテンコールに、スタンディングオベーションをしながら、「ブラボー!」と叫ばずにはいられませんでした。

感動を胸に東京芸術劇場を後にしましたが、酩酊は今も…。

(shin)

濃密な闇に蠢く身体、その光芒(サポーター 公演感想)

2023年5月に富山県黒部市の前沢ガーデンで初演された『セレネ、あるいはマレビトの歌』の衝撃は今なお鮮明だ。野外劇場と芝生の丘の高低差を活かしきる金森穣さんの演出と照明美、アルヴォ・ペルトの身体の奥底に響く楽曲とNoismメンバーとの共振、そして近年の代表作『Fratres』シリーズをまた異なる文脈で作品に盛り込み、「来訪者」「異邦人」への迫害・抑圧を超えた先にある連帯を見出すヒューマニズム。前沢ガーデンという得難い環境と密接に結びついた作品だけに、他の空間での公演は難しいかと思っていたが、今年12月のりゅーとぴあ・劇場公演に加え、鈴木忠志氏率いる「SCOT」のSUMMER SEASON 2025での利賀公演、更にスロベニア公演が発表され、「果たして金森さんはどのように作品を再創造するのか?」と期待が膨らんでいた。

8月29日(金)、列車や新幹線、南砺市利賀村行きのシャトルバス(狭隘な山道を進む故、時折悲鳴を上げつつ)を乗り継ぎ、利賀芸術公園内の茅葺き住宅を改装した「新利賀山房」を目指した。『マレビトの歌』は29、30、31日の3回公演だったが、より多くの方が鑑賞できるよう「一人一回」のみの鑑賞制限があった。りゅーとぴあでの公演まで再び観られないとあって、何時にも増して舞台の一瞬も見逃すまいと、気合を入れて開演を待った。

漆黒の新利賀山房の舞台。今回加えられた井関佐和子さんと山田勇気さんのデュオから、一気に客席の空気が変質し、情感と凄絶さが同居するその身体に引き込まれてゆく。約1時間の公演中、殆ど休むことなく舞い続ける井関さんは勿論、躍進著しい若きNoismメンバーたちの鬼気迫る表情、汗に濡れていく衣装を、手が届くほどの距離で見つめることの得難さ。観客もまた舞台の共犯者であり、それは一瞬の気の緩みで崩壊してしまうことを突きつけてくる。

メンバーひとりひとりの名前を挙げたいくらいだが、糸川祐希さんの殺気に溢れる表情と身のこなし、春木有紗さんの目力と透き通るような肢体で見せる舞踊の迫力を特筆したい。

漆黒の空間に置き換えられた『マレビトの歌』は、野外劇場の空間とその広がりとは何もかも違う、より濃密かつ人間の闇とその先にある光芒を見つめる作品に変貌したように思う。「来訪者」と魂を通わせ合う女性たちと、暴力・男権によって支配下に置こうとする男たち、彼らの閉鎖的な集団性を打破する女性たちの連帯。この国に暮らすルーツを異にする人々を排斥する現代に、楔を打つようなヒューマニズムは、より切実なものとして胸に刺さった。

初演時、若干の不満を覚えた終幕も、テンポよく再構成されており、りゅーとぴあでの公演までに更に深化されるだろうと、これもまた楽しみ。
終演後、会場のそこかしこから「凄かった」「緊張した」の声が聞こえたが、Noismと向き合うことは観客それぞれの内奥と対峙することだと、改めて思わされた。

久志田渉(新潟・市民映画館鑑賞会副会長、「安吾の会」事務局長、舞踊家・井関佐和子を応援する会「さわさわ会」役員)

SCOTサマー・シーズン2025『マレビトの歌』活動支援会員/メディア向け公開リハーサル、身じろぎすら憚られた57分間♪

2025年8月9日(土)の新潟市は、折しも新潟まつりの2日目ということもあり、街にも人にも華やぎが感じられ、祭りばかりが理由ではないのでしょうが、白山公園駐車場も満車状態。近くの駐車場にまわって、車を駐車して、りゅーとぴあを目指し、12時からの『マレビトの歌』の公開リハーサルを観て来ました。

この日の公開リハーサルでは、鈴木忠志さん率いるSCOTの50周年目という記念すべきタイミングで開催される「SCOTサマー・シーズン2025」において、8/29(金)~31(日)の3日間上演される『マレビトの歌』を通しで見せて貰いました。会場はりゅーとぴあ〈スタジオB〉。その正面奥の壁に掛けられた時計での実測57分間は、ぴんと張り詰めた空気感でのしかかってきて、身じろぎひとつさえ憚られるほどの強烈な圧に満ちた時間でした。

月末の利賀村での3公演の舞台は、富山県利賀村芸術公演の新利賀山房。そこは闇と幾本もの太い柱が統べる合掌造りの劇場空間であり、その印象的な柱を模した「装置」が目に飛び込んでくるなかでのリハーサル(通し稽古)でした。

今回の衣裳は全て黒。『Fratres』シリーズで見てきたものです。その点では、2023年5月の『セレネ、あるいはマレビトの歌』とは異なります。

正午ちょうど、金森さんが「いきましょうか」と発して始まった実測57分間は、私に関して言えば、2年少し前に『セレネ、あるいはマレビトの歌』として観た記憶などちっとも召喚されることもなしに、「これ、前に観たのと同じ?違うんじゃない?」とばかり、ただただ新しい視覚体験として、息をのみながら見詰めるのみでした。自らの情けないくらい頼りなく覚束ない記憶力に呆れつつ、新作を目の前にするかのように目を凝らして…。

12:57、金森さんの「OK!」の声が耳に届くと、壁に沿った椅子に腰掛けて見詰めていた者たちから、汗を迸らせて踊り切り、上手(かみて)側の壁際へとはけた舞踊家たちに対して大きな拍手が送られました。

すると、私たちに向き合うかたちに椅子を移動させた金森さんから、「お盆には相応しいかも。亡き祖先への思いだったり」という思いがけない言葉が発せられると、息をつめて見詰めた者もみな緊張感から解放されて、漸く和むことになりました。

「何か訊きたいことがあれば、どうぞ」金森さんがそう言うので、途中、東洋風の響きに聞こえるものさえ含まれていた使用曲について尋ねると、全てアルヴォ・ペルトの曲で統一されているとのお答えでした。

恐らく、Noismレパートリーのオープンクラス受講者だったのだろう若い女性が、『ボレロ』の振りと似ていると思ったとの感想を口にすると、金森さんは、「若い頃は色々な振りを入れようとしたりするものだが、齢を重ねてくると、目指す身体性や美的身体が定まってくる」と説明してくれましたし、フード付きの衣裳は視界が狭くて踊り難いのではないかとの質問に対しては、「能の面に開いた穴などもほとんど見えないくらいのものだが、日々の鍛錬によって空間認識が出来てくる」と教えてくれた金森さんに、すかさず、井関さんが「最初の頃は結構、柱が倒れていた」とユーモラスに付け加えてくれたりもして、笑い声とともに公開リハーサルは締め括られていきました。

ここからは、以前に当ブログにアップした記事の紹介をさせていただきます。必要に応じて、お読み頂けたらと思います。

まずは、自家用車を運転しての利賀村芸術公園入りを考えておられる向きに対するアクセスのアドバイスになれば、ということで、(昨年8月に『めまい』を観に行ったときのものですが、)こちらをどうぞ。
 → 「SCOT SUMMER SEASON 2024」、新利賀山房にて『めまい ~死者の中から』初日を愉しむ♪(2024/8/25)

そして、2023年5月の『セレネ、あるいはマレビトの歌』に関するリンク(4つ)となります。
 → 驚嘆!『セレネ、あるいはマレビトの歌』公開リハーサル!!(2023/5/11)
 → 控え目に言って「天人合一」を体感する舞台!「黒部シアター2023 春」の『セレネ、あるいはマレビトの歌』初日(サポーター 公演感想)(2023/5/21)
 → Noismの現到達点たる『セレネ、あるいはマレビトの歌』、その夢幻(サポーター 公演感想)(2023/5/22)
 → 「黒部シアター2023 春」前沢ガーデン野外ステージでの「稀有な体験」が語らしめたインスタライヴ♪(2023/5/24)

お盆を前にして、貴重な晴天だったこの日の夕方、金森さんの言葉とは逆になりますが、私は『マレビトの歌』のリハを思い出しながら、父と祖母が眠るお墓の掃除をしていました。汗だくになり、もう目に入って痛いのなんの。数時間前に心を鷲掴みにされた舞踊家たちの身体を流れた多量の汗には遠く及びませんでしたけれど、それでも同じ57分間はやろうと決めて…。(個人的過ぎる蛇足、失礼しました。)

あの実測57分間は本当に衝撃でした。利賀でご覧になられる方が羨ましいです。それくらい、『マレビトの歌』公開リハーサル、圧倒的でした。

(shin)
(photos by aqua & shin)

インスタライヴ(2023/07/30)で語られた『Silentium』の「一体感」の真相、或いは深層

美容院に行っているときに思い立って、その午後の実施が決まるという油断出来なさ加減で届けられた7月30日(日)のインスタライヴは、リアルタイムでの対応が難しかった向きもあったかと思われますが、かく言う私もそう。その後もバタバタしていて、漸くアーカイヴをクリック出来たのは月も変わった葉月朔日のこと。

この日はゲンロンカフェも控えているし、ってことで、バタバタしたままに、かいつまんだご紹介をさせて頂こうと思います。詳しくは、おふたりのInstagramのアカウントに残されたアーカイヴをご覧ください。

約54分間、実に刺激的なお話を聴くことが出来ます。その「刺激的」というのは、如何に目の前で展開される踊りの実相に迫るのが難しいかということに尽きます。「領域」ダブルビル公演の『Silentium』において、金森さんと井関さんが「ほぼ初めてふたりだけで約18分間踊る」という前情報に接しただけで、おふたりの「息の合った」踊りを見ることになるのだろうという(ある意味、安直な紋切り型の)憶断が形作られてしまい、そうなるともう、それを離れて自由な視線を送り得なくなってしまうという、そんな作品、そんな実相…。

それでは…

*井関さんは昨年決まっていたこの作品を「軽いと思っていた。中継ぎみたいに凄く軽く考えていた。全く想像がつかなかったから」そう語ります。

*しかし、あちこち色々な場所で行われたクリエイションは「ペルトの『音楽ありき』で、曲だけ決まっていたが、曲が曲だけに音にあてて振りを作る訳にはいかず、振りは振りで無音で作っていった。何が生まれるか、実験的だった。漠然とは考えていたが、こんなに大変とは思わなかった」という展開をたどることになります。また、振りの前に宮前義之さんから衣裳が届いていたという稀有なパターンだったとも。

*本番では普通とは違う集中力で噛み合うものの、稽古では、お互い自分を出してくるので噛み合わないとか、本番では「その瞬間を生き切る」刹那感で、予定調和は全部はずれちゃう、と金森さんが語れば、井関さんは本番では委ねられる、委ねるしかないと言い、更に、一緒に踊ると、舞台にあがったときの金森さんはその差が激しく、「ここまではっきり違う人はいない」、びっくりするとも。

*『Silentium』での「一体感」については、ふたりは性格もアプローチの仕方も全然違っていて、直前のルーティンも別々。「そうじゃないとあそこまでいけない。一個人一個人なんだけど、お互い協力して乗り切るしかない」のだと金森さん。そのうえで、井関さんが、金森さんと踊るときの「面白いことふたつ」を、「①委ねられる。行こうとしている動きのところに必ずいてくれる。②自分の足に立てなくさせるときもある。基本、自分の足で立っていない」そう語り、その具合を「安心感」とともに「怖い」と表現して伝えてくれました。

*また、無音のなかカウントで踊るかたちだったのではなく、要は呼吸だったとし、アクセントからアクセントまでの尺のなかで、「ここらへんにいる」は決まっていても、それも大分揺らいでいて、そうした音に対する遅れがわかるのは井関さんの方で、金森さんはざっくりやっている感じなのだと明かしてくれました。

*宮前さんによるあの衣裳に関しては、「塗り壁」がコンセプト。あそこまで覆われていて踊るのはそうないので難しかったそう。軽くて着心地はいいが、存在感があり、骨や身体の中の構造を意識して踊る必要があったと金森さん。

*また、あの作品、床に敷かれていたのはリノリウムではなくて、パンチカーペット。「米を降らせたかったから」(金森さん)、音がしないのがよかった。キュッという音もなかった。「床大臣」の井関さんは滑らないスプレーを見つけたとのこと。

…と、そんなところを取り出して極々簡単なご紹介を試みてみましたが、勿論、もっともっと豊かな膨らみに満ちたお話を聴くことが出来ますから、実際にお楽しみ頂くのが一番です。

最後、再度、この日のインスタライヴを聴いた個人的な印象で締め括らせて頂きます。お話を聴けば聴くほど、予断を持たずに目に徹することが如何に困難だったかに直面させられた次第です。舞台に向かっていた約18分間、あの緩やかさのなかに、或いはその奥に激しさやらきつさやらを見出すことは出来ました。しかし、今、「息が合っている」という枠組みのなかで見詰めるのみだったことを思い出しています。勿論、「息が合っている」のですが、その真相、或いは深層を聴いて、見ることの困難さに愕然とさせられているような塩梅です。その意味で、とてもスリリングなインスタライヴだったと思います。また、聴こうと思います。

(shin)

「領域」東京公演最終日、「舞踊」の力を見せつけて大千穐楽の幕おりる♪

2023年7月16日(日)、三連休中日の東京はまるで電子レンジのなかにいて、ジリジリ蒸しあげられていくのを待ってでもいるかのような「超現実」の一日。朝、新幹線で新潟を発ってから、外気に身を晒す度に、「温帯」に位置する国の首都にいることが信じられないほどの危険な感覚を味わいました。そんな「超現実」。

そう、そんな「超現実」の「危険」を避けることができるエアコンが効いた屋内での舞台鑑賞と言えば、何やらこの上なく「優雅」な振る舞いとも思われかねませんが、そこはNoism0 / Noism1「領域」ダブルビル公演です。「優雅」なことは間違いありませんが、レイドバックしてなどいられない、またひとつ別種の「超現実」を受け止めることになるのでした。

開演前のホワイエには、金森さんと親交の深い東京都交響楽団ソロ・コンサートマスター矢部達哉さんのお姿もあり、この先の「サラダ音楽祭」での共演への期待感も一層高まりました。

この日、『Silentium』開演は15時。それ以前から緞帳があがって顕しになった舞台上、上手(かみて)にはこんもりした古米の小山があるのは新潟公演のままでしたが、下手(しもて)側、既に炎が灯っていたのは、新潟で観た3日間との違いでした。

やがて、おもむろにペルトの楽音が降ってくると、それに合わせて緞帳がおりてきての開演。再び緞帳があがると、古米の小山の脇、少し奥に揺れるふたりの姿が朧気に見えてきます。朧気に。それもその筈、未だ紗幕によって隔てられているためです。その紗幕もスルスルあがると、見紛うべくもない金森さんと井関さん、ふたりの姿が明瞭に視認できます。既に緩やかに踊っているふたりが。

既に踊っているのです。新潟公演中日のブログでも書いたことですが、演目の始まりが曖昧化されているのです。

そして落下する古米の傍ら、全くと言ってよいほど重力を感じさせないふたりの身のこなしやゆっくりとしたリフトは見るだに美しいものに違いありませんが、そうこうしているうちに、次に不分明になってくるのが、その「ふたり」であるという至極当然に過ぎる事実です。宮前さんの驚きの衣裳を纏って絡み合う「ふたり」がもはや「ふたり」には見えてこなくなる瞬間を幾度も幾度も目撃することになるでしょう。「じょうさわさん」とも呼ぶべき「キメラ」然とした様相を呈する「ふたり」は、「耽美的」なものに沈潜しようとすることもありません。安直な「美」を志向しようともしない、その振付の有様は、容易に言い表すことを拒むものですが、強いて言うなら、「超現実」的な意味合いで「変態的」(決して貶めているのではありません。むしろ独創性に対する驚嘆を込めた賛辞のつもりですが、安易な形容など不可能な故に、このような一般には耳障りの悪い表現になってしまったものです。ご容赦願います。)とでも形容せざるを得ないもの、そんなふうに感じた次第です。また、無音で振り付けたという動きは、観ているうちに、20分弱流れるペルトが触媒として聞こえてくるような塩梅で、音楽との関係も普通らしい領域を逸脱してくるようにも感じられました。

「変態的」と形容した所以。それは舞台上に提示された「20分弱」がひとつの舞踊作品としてではなく、あろうことか、金森さんと井関さん「ふたり」がこれまで共に歩んできた舞踊家としての膨大な時間のなかの僅か「20分弱」を垣間見せようとする意図の上に構築されたものに違いないと思ったことによるものです。これまでの全てを包含したうえで、今、そこで踊られていて、この先も変わらず踊られていく、互いに信頼し合う「同志」としての「ふたり」の関係性や覚悟そのものが作品として提示されていた訳です。ですから、作品として画するべき始まりも終わりも持たないことは必定でしょう。それはすなわち、私たち観客にとっては「超現実」であっても、「ふたり」にとってはこれまで重ねてきて、これからも重ねていく「日常」でしかないような、そんな「作品」。そこで映じることになるのは勿論、「ふたり」が示す舞踊への献身そのもの。その崇高さが溢れ出てくるさまが終始、見詰める目を射抜く「作品」。「ふたり」の舞踊家の(或いは「ひとつ」と化したふたつの)人生が示す、その選び取られた「やむにやまれなさ」加減が通常とは異なる「美」の有り様を立ち上げて、観る者の心を強く揺さぶるのです。

その「作品」、この日の大千穐楽で観た東京ヴァージョンのラストシーンは新潟公演で採用された2つとは異なる「第三の終章」。隣り合い並んで、下手(しもて)側に傾いた姿勢で静止したふたりの立ち姿がシルエットとして浮かび上がるその様子。それは紛れもなく動的な静止。美しさに息を呑みました…。当然の如く、盛大な拍手とスタンディングオベーションが待っていました。

20分間の休憩。上気したままに過ごしているうち、次の演目が始まろうとする頃合いになり、ホワイエから客席に戻ると、会場後方に、山田勇気さんと並んで座る二見一幸さんのお姿を認め、この間、サインを頂いたお礼も含めてご挨拶させて貰いに行きました。その際のブログもお読み頂いた旨、話されたので、感激してしまい、「握手して貰ってもいいですか」そう訊ねて、この日は握手して頂きました。「手、冷たくてすみません」と柔和な笑顔の二見さん。この日もその魅力にやられてしまったのでした。

そんないきさつがあり、再びニマニマして迎えた二見さん演出振付の『Floating Field』。そう、こちらの作品はそれ自体、ニマニマを禁じ得ないスタイリッシュさが持ち味。

しかし、この日はニマニマしてばかりもいられない事情が…。それはここまでかなり目立つポジションで踊られていた庄島すみれさんが怪我のために降板し、急遽、Noism2の河村アズリさんが新潟から召集されて、代役を務めることになっていたからです。前日も振りやフォーメーションに若干の変更が施されたとのことですが、何しろ、この日は大千穐楽です。もう「頑張れ!」しかない訳です。

冒頭、トップライトを受けた中尾さんの「蹴り」から「領域」を画するラインが横方向に伸びていくと、早速、坪田さんと河村さんの登場場面となります。すると、「頑張れ!」と視線を送ろうとしていた筈が、すぐに「これは大丈夫だ。凄い!」に変わり、安心して作品世界に没入することが出来ました。新潟公演楽日のブログで挙げそびれていた「ツボ」ポイントのひとつ、坪田さんの左の体側に、その右の体側をまるごと預けて、坪田さんが左足を横方向に持ち上げると、そのまま持ち上がってしまうすみれさんという場面も、河村さんでしっかり現出されていて、この日も改めて酔うことが出来ましたし。

そんなふうにして、様々に移ろい、漂っていく「領域」の千変万化振りが、この日も極めて自然に可視化されていき、新潟で観た際と比べても見劣りすることもありませんでした。二見さんによる演出の変更と、しっかりとした基礎を共有する河村さんの奮闘に加えて、サポートする立場にまわったすみれさん、そして見事にカバーした他のメンバーたち。更にはスタッフの尽力もあったことでしょう。それらどれひとつ欠けても、作品の成否を左右した筈です。それだけを思っても胸が熱くなったこの日の二見作品でした。

中間部、メロウでセンチメンタルに響くスカルラッティを経て、テンポアップして、扇情的、挑発的にぐんぐん盛り上がっていく後半は、その圧巻の幕切れに至るまで、音圧とともに目を圧してたたみかけてくる迫力に、観る度、その都度、耳たぶが熱くなり、身中、どくどく滾る自らの血流を感じさせられずにはいませんでした。勿論、この日も例外ではなく。

こちらも鳴り止まぬ拍手とスタンディングオベーションが起こったことは言うまでもありません。

「領域」ダブルビル公演の大千穐楽だったこの日、まったく方向性を異にするふたつの作品からは、「舞踊」の奥深い世界や在り方を見せつけられ、「舞踊」が持つ力に組み伏せられてしまったと言えそうです。「超現実」だったり、「非日常」だったりする時空の懐に抱かれたことの幸福を噛み締めているところです。

この後、Noism Company Niigataとしては、いくつかのイヴェントを抱えてはいるものの、シーズン末まできたということで、すみれさんにはしっかり怪我を直して来季に備えて欲しいと思うものです。

来季、Noism Company Niigataはまた何を見せてくれるのか。完膚なきまでに圧倒されることを期待しつつ、今はその時を待つことといたします。

(shin)

瞬きするのも忘れて瞠目したNoism0 / Noism1「領域」新潟公演中日♪

前日の雨からも湿気からも解放されてはいても、文月朔日らしからぬ中途半端な気温などは、今度はどこかもの寂しくもあり、人とは随分勝手なものだななどと思うような一日、2023年7月1日(土)。

Noism0 / Noism1「領域」新潟公演の中日。前日に引き続き、2演目の舞台を堪能してきました。初日は全体を一望する席(11列目)でしたが、この日は最前列(3列目)から舞踊家たちの身体をガン見。瞬きするのも忘れて瞠目したため、ドライアイ状態になるも、そこは我慢。捩れる身体に翻る衣裳、上気した顔や迸る汗の粒などを大いに楽しみました。

舞踊演目の始まりと終わりや、更には舞台の正面性にさえ疑問を投げかけるかのような側面を宿しながら、金森さんと井関さん、ふたつの身体がともに領域を侵犯し合い、果てに渾然一体となった「じょうさわさん」を立ちあげつつ、落下を続ける古米のごとく弛みなく、舞踊を生きてみせる『Silentium』。

対して、舞台の正面性にこだわり、ソリッドでクールな格好良さにこだわり、編まれては解かれていく様々な関係性が、目まぐるしいがまでの舞踊の連打として、アクティングエリア上のあちこちに現れるのを目で追うことの快感に満ちた『Floating Field』、その愉悦。

ふたつの演目、この日も大いに満喫させていただきました。

終演後は金森さんと井関さんによるアフタートークがありました。やりとりは主に『Silentium』に関するものでした。かいつまんでのご紹介を試みたいと思います。

Q: 1対1の創作、逃げ場がなくて苦しくはなかったか?
 -井関さん: 黒部での野外公演後の一ヶ月、私にとっては地獄でした。
 -金森さん: 逃げ場要る?
 -井関さん: 要らないんですけど、ホントに逃げ場がない状況なので…。
 -金森さん: 劇場出たら、だらっとしてるじゃない。(笑)
 -井関さん: ふたりで創作する大変さ、目の前の人に向き合うしかない。公演前の一週間でやっと何かを見つけ始めた。
 -金森さん: よかったね。
 -井関さん: ハイ。
 

Q: 二見さんの作品、そして踊るメンバーを見てどう思ったか?
 -金森さん:  格好いいダンス、うまいなぁって感じ。 空間処理や、動く身体がどっちに流れて、重心がどう動いて…とか。 踊るメンバー、ガンバレ!
 -井関さん: 二見さんは素晴らしいダンサー。それを吸収しようとしている。いい関係だなと。しかし、舞台はその人が、その人の人生がそのまま出てしまう。その意味では、まだまだ若いなぁと思った。同時にまだまだ先がある。これからが楽しみ。
 -金森さん: ぶち壊せ!

Q: 衣裳のオーダーはどういう感じだったのか?
 -金森さん: 音楽を聴いてもらって、あの衣裳が来た。「何じゃあ、これ!?」びっくり、たまげた。もとは一枚の布。剥がして破いていく過程を見た。
 -井関さん: ホント狂ってますよね、興奮した。(笑)

Q: かけがえのないパートナーと踊ってどう思ったか?
 -金森さん: 特にない。もうあの時間は消えていて、言わば死んでしまっている。あれをご覧いただけてよかったなと。
 -井関さん: 皮膚から出てくる「ことば」凄い。滅茶苦茶出てきて、もの凄く速く「会話」している。踊っていて、(美しい意味じゃなくて、)導かれている。その「会話」が楽しい。

Q: あの金色はホントの金箔か?
 -金森さん: 箔押ししているが、本物ではない。
Q: 剥がれたりしないか?
 -金森さん: ちょっとずつ剥がれてきているが、いっぱい洗濯してくださいとも言われている。
Q: 汗とか大丈夫なのか?
 -金森さん: 着ていると暑いが、見た目以上に動き易い。但し、大事な皮膚が覆われているので大変。いつも以上に集中しないと。

Q: アルヴォ・ペルトの音楽を選んだのは何故か?
 -金森さん: 黒部での創作でペルトを聴き漁っていたら、「見えてきた」から。他に音楽を聴いていたら「降ってきた」のが、お米や壁。あの壁は『Der Wanderer-さすらい人』の壁。どちらも使い回し。(笑)

Q: 今回の照明について。
 -金森さん: 今回の照明のキューはペルトの繰り返される音楽に基づいて16回とまず決めてかかった。通常は30分で大体100キューに届くところ、今回は極端に少ない。みんなに「絶対に嘘」と言われたが。(笑) いつもは身体を起点として合う照明を作っていくのだが、今回は音楽に合わせて照明を入れていくことにしたもので、いつもの逆コースと言える。あと、最初に緞帳が閉まるのもそう、逆。
「振り」も音なしで作ったが、それは大変だった。踊っていて、いつも同じではない。ふたりで「この瞬間、ちょっと遅れているね」とかやっている。

Q: 井関さんの髪の色がさっき黒かったのに、今は金色だが…
 -井関さん: 衣裳の宮前(義之)さんが、「ふたりとも黒髪がいい」と言ってきたので、踊るときにはスプレーで黒くしている。終わったら、筋肉を落ち着かせるために水で冷やすのだが、そのとき、黒も落としている。落としておかないと大変なんで。

Q: 蝋燭の炎も印象的だが、使うと決めたのはあの金の衣裳が来てからか?
 -金森さん: 生の火、降り続けるもの、大きなものが降ってくることなどは衣裳が来る前から決めていた。あの金色の衣裳、宮前くんも音楽に共振したのだろう。

ざっと、こんな感じでこの日のアフタートークの報告とさせていただきます。

で、いよいよ明日がNoism Company Niigata、今シーズン最後の新潟公演となります。来シーズンには『鬼』再演など注目の公演も組まれていますが、まずは、明日です。もとい、書いているうちに日付が変わっていましたね。本日です。新潟公演楽日のりゅーとぴあ〈劇場〉の客席を大勢で埋めて、おのおのの熱い視線を舞台に注ぎたいものです。お初にご覧になる方も、二度目、或いは三度目の方も揃って熱演を目撃しに参りましょう。贅沢この上ない公演ですゆえ、見逃すのは大損ですよ。

(shin)