新潟日報紙の連載「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈下〉(2026/04/10)

2026年4月10日(金)の新潟日報朝刊は、告知通り、連載企画の「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈下〉を掲載しました。

この日、同紙が取り上げたのは、静岡県舞台芸術センター(SPAC)。金森さんが師と仰ぐ現SCOT主宰の鈴木忠志さんが初代芸術監督を務め、現在の宮城聰さんは2代目の芸術監督になります。

Noismはこれまでに、SPACの俳優をキャスティングして、劇的舞踊vol.3『ラ・バヤデールー幻の国』(2016)、Noism1×SPAC 劇的舞踊vol.4『ROMEO & JULIETS』(2018)を上演してきたほか、SPACの奥野晃士さんに関しては、劇的舞踊『カルメン』(2014、再演2016)とNoism0『愛と精霊の家』(2015)にも出演しており、盛んな交流があった一時期のことが思い出されます。

*劇的舞踊vol.3『ラ・バヤデール-幻の国』

*Noism1×SPAC 劇的舞踊vol.4『ROMEO & JULIETS』

上にあげた画像は、SPACの本拠「静岡芸術劇場(グランシップ)」(←新潟日報社が入る「メディアシップ」とも似た発想からの命名ですね。)を訪れたときのものです。市街地の喧騒を離れたところ、広がる緑地の奥に突如現れるその威容がひときわ目を惹きます。

この日の記事に戻ります。見出しは、「SPAC」、「まちづくりの核に活用」、「人材流出を防ぐ手だてに」。
SPAC制作部・丹治陽さんの「演劇と出会ってしまう仕掛け」という言葉や、「関心のない人にもこちらから会いに行く」ことを公共劇場の役割と捉える意識、更には、積極的に社会課題に向き合おうとする方向性を紹介しながら、公共劇団が地方にある意義について、「ここにしかないもの」を作り続けることが地域の将来を明るくするとの確信に基づき、「公金をかけてもやる価値がある」とする宮城聰さんの言葉で結ばれています。

読み終えてみると、宮城聰さんの言葉が、まさに金森さんの言葉と重なって響く感覚に襲われました。文化政策としてやっている以上、目指されるべきは何か、が眼目であることは言を俟ちません。そして、その取り組みの成果を最大化しようとする姿勢が行政全般に共有されていること、全体が協働することは必須の筈です。なのに、新潟市は…。

金森さんがあげた「更新」を固辞する理由(4つ)のうち、3つ目(財団職員の人数の問題)と4つ目(外部スタッフに依存している問題)は、まさにそうした事柄に関わるもので、新潟市には、宮城さん言うところの「クリエイティブな人材」に関する長期的な視座も姿勢も、ともに不在であることが明らかになってしまわざるを得ない訳です。新潟市が「新レジデンシャル制度」でやろうとしていることは、なんら協働することはなしに、一時期(5年、或いは10年)のみの「施し」をするに近いお粗末なこと、そう言っても過言ではありません。

文化的な理想を掲げることはおろか、長期的な展望など何一つ持たないことも明らかな「新レジデンシャル制度」、そしてそれが自ら立ち上げた「制度」である故に、無駄に拘るだけでしかない新潟市と中原市長に対して呆れかえるとともに、心底からの失望を禁じ得ません。「残念!」(←「ギター侍」風ですね。古っ!…あっ!でも、人道的な見地から、「ギター侍」が発する締めの一語まで言うつもりはありませんけど…。)

【追記】
fullmoon さんが、この日の日報紙の記事中に触れられていた静岡市の「まちは劇場」プロジェクトの空気感を伝える画像(下)を寄せてくれました。
静岡駅から降りていった地下広場の柱を撮ったものだそうですが、爽やかなスカイブルーにきりっとしたゴシック体。大きなインパクトがあり、目を惹きますよね。
街なかに、こうした告知や写真などといった「仕掛け」を施すことで空気感が醸成され、共有されていくのですよね。まさに協働。こうでなくっちゃ。(今年1月17日撮影の画像だそうです。)

(photos by fullmoon & shin)

(shin)

新潟日報紙の連載「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈中〉(2026/04/08)

前日に引き続き、2026年4月8日(水)の新潟日報朝刊は連載の「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈中〉を掲載しました。

これがまだ「連載」企画になるとは知らずにいた2月半ば、一年のなかでもチョコレートのやりとりが活況を呈する日の前日に、fullmoonさんと一緒にメディアシップに伺って1時間強も諸々話してきたなかから、私の「ぼやき」発言も掲載して貰っております。かつての故・野村克也さん一流の「ぼやき」には到底かないませんけれど。でも、さすがは地元紙・新潟日報さんです。朝から記事を読んだ旨の連絡が幾つも届きました。願わくば、そんな「ぼやき」を受け止めたなかから、新庄剛志さんのような人が出てくれたりすると有難いのですけれど…(笑)。

冒頭から話が逸れ過ぎました。すみません。この日の記事は、長らく課題とされてきた「市民への浸透」を扱うもので、「芸術的評価と比例せず」と「裾野広げる仕組み課題」の見出しも掲げられています。

有識者が語る、コンテンポラリーダンスは「多くの市民にとってなじみがない」という状況下、金森さんとNoism Company Niigataは、記事にも触れらている小学校への「アウトリーチ」や視覚障がいを持つ方々を対象とするものを含む多様なオープンクラスを展開してきました。どれも間違いなく、世界的に見て他に類のないものばかりです。しかし、同時に、どれも自ら取りにいかなければ、そうした情報に接することは出来ない環境にあったことを看過してはならないと思うものです。

何が足りなかったのか。もう一目瞭然ですよね。新潟市の積極的な関与や発信に尽きます。それが「ぼやき」の本質です。

プロスポーツなどと縁遠かった新潟に、あのサッカーチームが出来た頃、回覧板で観戦無料チケットの必要枚数を書き込む用紙が何度回ってきたことか。そうした時期を経て、老若男女問わずの盛り上がりを形成されていき、現在の「アイシテルニイガタ」に繋がっていったのです。そのチームは市役所や区役所にチームユニフォームを寄贈して広報に努めています。かたや、新潟市がNoismについてどうだったかというと…。はい。紹介できる事例など見当たりません。たとえば、「市報」すら、紙幅の都合から掲載スペースの割り当てに順番があるのだとか、ないのだとか。はい。残念過ぎる事例なら枚挙にいとまがないほどです。

ですから、新装なったJR新潟駅舎内、多くの往来がある通路脇に出来た観光案内センターの中に、一枚Noismのポスターを貼って、チラシを常備するラックのひとつも用意して欲しいと何度も訴えてきましたし、空の玄関口の新潟空港にNoismをあしらった「ウェルカムボード」のようなものを作ることなども提案してきました。後者は一時期設置されましたが、今はりゅーとぴあ内にあり、極めて限られた期間のものでしかなかったこともまた残念な事柄に属します。(前者は、今日に至るまで何一つ対応されたことなど見つかりません。)

「市民への浸透」、率先して行うべき主体は果たしてどこなのでしょうか。

この日の記事中、地域活動部門芸術監督・山田勇気さんの「すぐに効果を求めるのではなく、中長期的な視点が必要」との見解こそ重く受け止められなければならないものです。小学生への「アウトリーチ」という種蒔きは巡り巡って、将来の観客という実を生み出すのです。
また、地元・新潟りゅーとぴあでの公演において精力的に実施されてきたアフタートークなども、金森さんが長期的な視座で、地元に「見巧者(みごうしゃ)」(=目の肥えた観客)を育てていこうとする意志なしには行い得ないものであり、劇場が身近にある豊かさを実感できる贅沢なひとときになっています。

「市民への浸透」、ただただ何もなさず、無為の日々を過ごすのみで、真に責めを負うべきはどこなのでしょうか。

2月の市議会の一般質問において、シビックプライド醸成の観点から、「経済・観光との接続」「教育・福祉との接続」について問われた際に、文化スポーツ部長はいつになく前向きな答弁を行いましたが、今年度、そうした側面において新潟市がどう関わってくるのか注視したいと思います。そして、増してやそれがそのまま「丸投げ」されて、Noismの事業負担増加のみに繋がるなどということのないよう、目を光らせておくことも必要かと。

限られた税収のなか、諸々課題がある状況下で、将来を見据えた文化政策の成否にはそれなりの覚悟が伴うものと思います。批判逃れに、安易に「平等性・公平性」を持ち出す無責任体質を脱却して、金森さんが「劇場文化100年構想」で唱える意を汲んで、その将来の豊かさの実現に向けて邁進して欲しいと思うものです。

どれだけ紙幅があったとしても、収まり切らない私の「ぼやき」、とりあえず、今はここまでにしておきます。

新潟日報紙のこの連載、次回は4月10日掲載予定とのことです。

(shin)

2026年4月7日、ウェブ「dancedition」にアップされた「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方」は必読!

皆さま
新潟日報紙が新連載を掲載したちょうど同日(2026/04/07)、ウェブ「dancedition」上に、「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方」というインタビュー記事もアップされました。

こちらでは同記事へのリンクを貼って、ご紹介することのみにとどめ、皆さまからのコメントをお寄せ頂くプラットフォームとさせて頂きたいと存じます。

どうぞ、こちらからお読みください。↓

読まれた皆様からのコメントをお待ちしております。よろしくお願いします。

(shin)

新潟日報朝刊、新連載の「舞踊の十字路」〈上〉掲載(2026/04/07)

2026年4月7日(火)、新潟日報紙が予告していた新連載「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」を文化面にてスタートさせました。(早晩、デジタル版にもアップされるものと思われます。)

その連載第1回目である〈上〉は、「公共劇場」の性格を切り口にした内容構成で、「前例ない専属舞踊団運営」「支援で地域ブランド向上」の見出しも並べながら、連載開始前のインタビュー編〈中〉に登場していた東京芸術大客員教授・太下義之さんの言葉が再度引かれてもいるほか、「先進地の事例」として、石川県と金沢市が1988年に設立した「オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)」についても紹介されています。

先ず、太下義之さんはりゅーとぴあとNoismを「施設に『魂』を入れて、成功した希少な事例」としながら、「公共劇場の運営の難しさ」にも触れています。

「オーケストラ・アンサンブル金沢」の事例は、施設の「魂」として、石川県と金沢市が自治体のブランド力向上に繋がるものとして支援している様子が紹介されています。

私が今回の連載〈上〉を読んで、最も衝撃を受けたのは、Noismの活動を評価する有識者会議の委員の一人が、金森さんが「制度」に反対していたことを知らずに議論したとその後悔を明かす件(くだり)でした。
えっ!まさか、そんな杜撰な会議運営がなされていたとは!開催されてきた「有識者会議」は、やはり予め恣意的に「結論」が設定されていたのではないかとの疑いを禁じ得ません。「覚書」「合意書」のみを盾に、当事者(金森さん)を入れないかたちでの会議を行ってきた理由も今ははっきりわかります。当事者が訴える「制度」の「課題」を蚊帳の外に置くことで、「制度」の修正可能性を初めから排除してしまっていたやり口は卑劣としか言いようがありません。
上の委員は制度のブラッシュアップの必要性にも触れています。「前例ない専属舞踊団運営」なのですから、至って当然のことに過ぎません。生き残るべきは「文化」の方であって、「制度」ではないことは自明です。

連載1回目は、再び、東京芸術大学客員教授・太下義之さんの、新潟市はNoismを含む踊り文化をきちんと文化資源として認識し、ブランド力の向上に繋げていくべきとする見解で締め括られますが、こんな至極当然なことが敢えて叫ばれなければならないこと自体の、新潟市の文化政策に対する意識の薄さが露呈しており、言いようのない悲しさが込み上げてきます。そうした本来、積極活用すべき面において、新潟市が示してきた「無為無策」の徹底振りは呆れかえるレベルのものでした。それは、まず第一に、いつでも取り換えが容易に出来るように、積極的にコミットすることを避ける姿勢そのものだったのだと考えます。記事中、石川県文化振興課長・素都(そつ)明子さんが語る「質の高い文化に磨きをかける」姿勢など露も認められません。むしろ、「好対照」と言うことさえ出来るくらいです。

皆さんはどう読まれましたでしょうか。コメント欄にてご感想などお聞かせ頂けましたら幸いです。

(shin)


新潟日報紙、金森さんのインタビュー掲載、連載「問いかけるNoism」本格始動へ(2026/03/26)

※このブログ記事ですが、金森さんのインタビューが新潟日報朝刊に掲載された時点で、告知されていた「連載」の初回と受け取り、当初、そう表記しておりましたが、後刻、「連載」前の記事とわかり、タイトル及び以下の内容に訂正と修正を施しました。ご了承ください。

金森さんの口から出た「退任意向」に発して、金森さんとNoism Company Niigataを巡る状況は、先ずは勿論、私たちサポーターズを含むNoismファンを直撃し、それはそのまま、Noismの舞踊の素晴らしさを知る人々の不安を生み、更には、行政の文化政策の在り方という側面においては、この国全体の劇場文化への「問いかけ」となり、広範な関心の的となるに至っています。

その「問いかけ」の発信地である新潟、地元紙の新潟日報は先の「舞踊の十字路」(上中下)で識者のインタビュー3本を掲載したのち、「連載本編」のスタートを告知していたのでしたが、その「本編」の前に、2026年3月26日(木)の同紙朝刊が金森さんのインタビューを掲載した訳です。

Noismを巡る状況に不安な気持ちも否めず、「連載」はまだかまだかと待ちわびる日が続いていたのでしたが、この日の「文化面」に、総天然色の金森さんバストショット画像が目に飛び込んできます。記事最上部に「ノイズム芸術総監督 金森さん 退任表明の思い」、その下の大きな見出しには「任期、人員…制度改善へ検証を」とあり、縦見出しに「新潟独自の文化、今後も」の文字。連載タイトル「問いかけるNoism」も確認出来ます。金森さんのインタビュー記事の掲載です。待っていました、待っていましたとも。新潟日報さん、どうも有難うございます。

この金森さんのインタビュー記事、同日11:00にデジタル配信もなされました。こちらからどうぞ。

前日(3月25日)には、同紙デジタル版にて、井関さんの思いを伝える記事が掲載されたのに続いてのこの日の朝刊記事です。私たち関心をもって見守ってきた者にとっては、新しい動きが届くことなく過ぎていた日々の後、ドドドドドッっとばかりに、今後の展開への期待値があがるような昨日今日を迎えた訳です。

この記事のなか、金森さんは、「財団としてノイズムを続けるのか続けないのか方針が示されていないため、今は動けない状態」としながらも、「よほどの改善がなければ退任の意向を撤回するのは難しい。ただないとは言わない。対話の扉を閉ざした訳ではない」と語っています。そして、「長く活動してきたので、新潟にこだわっている」として、「進退をかけて」行った「問題提起」の裏に、この土地での文化創造の一翼を担おうとする意欲をはっきりと表明してくれています。これを読んで、涙が浮かんできました。

金森さんが唱える「劇場文化100年構想」、そして、2012年施行の「劇場法」、どちらも私たちのそばにあるこの国の劇場が本来の意味での文化創造と発信の核となり、それがそのまま、私たちの人生を豊かにすることに繋がることを志向しています。

未だ閉ざされていない「扉」を通って、一日も早く、真に持続可能な文化政策としての「レジデンシャル制度」への修正協議が再開されることを心から望むものです。

そして最後に、新潟日報さん、「連載」開始を心待ちにしております。

(shin)

新潟日報「窓」掲載に至らなかった投稿ですが、それでもお読み頂きたく…(サポーター 投稿)

個人的なことにはなりますが、前年末に金森さんの「退任意向」が報じられて以来、もう心落ち着く日もなく、その穏やかならぬ気持ちを多くの人たちに届けて、共有したいと思い、地元紙・新潟日報の「窓」欄への投稿を続けて参りました。

同投稿欄には、以前、どれもNoismに関して、6回続けて掲載して貰っていましたが、その後、ぱったりとボツ続きに(涙)。しかし、「この一大事にあっては」、そう思って投稿したのですが、掲載に至らず、それがために次々と連続投稿になったような塩梅です…。

掲載されることはなくても、読んで頂きたい思いは変わらずで、そんな折に、fullmoonさんから「サポーターズ・ブログに載せてはどうでしょう?」とのお考えをお聞きしましたので、極めて変則的なかたちにはなりますが、この場をお借りし、「***from SUPPORTERS & READERS」のカテゴリーで、お読み頂くこととしました。暫くお付き合いをお願いし、お読み頂ければと思います。(統一性がとれていないところもありますが、その点はご容赦ください。)

☆☆☆☆☆

*2026年1月3日投稿: 「改めてノイズム金森監督の慰留協議を」
昨年末12/29に報じられた「金森さん退任意向」の記事を読んで以来、切ない思いに苛まれている。新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)専属舞踊団「Noism Company Niigata」(ノイズム)の金森監督が1期で退任する意向だというのだ。
刷新された「新レジデンシャル制度」のもと、金森監督とノイズムは国内外から熱い視線を集める圧倒的な舞台を見せ続けているし、当初、課題とされた「市民貢献」の面でも、小学校へのアウトリーチの実施や、ダンス愛好者のみならず、視覚・聴覚障がい者を対象とするワークショップの展開など、他に類を見ない精力的な取り組みを重ねており、もやは新潟市のひとつの「顔」となった感もあるのにだ。
金森監督は退任意向について、4つの点で妥協できないとしているが、どれも、芸術家としての創作活動の根幹に関わるものと、増え続ける事業に応じる必要からくるものであり、至極当然な要求に思える。
新潟市は協議を継続して、金森監督の慰留に全力を挙げて欲しい。

*2026年2月5日投稿: 「ノイズム金森監督の「任期」は新潟市の文化行政の観点で」
年末にノイズム金森監督の「退任意向」が報じられてから色々と考えている。個人的には、国際的な名声を博する一方、多様な市民還元にも努めてきた金森さんの芸術監督継続を望むものだが、ことはそれにとどまらず、芸術監督の任期を1期5年(最長2期10年)とした「レジデンシャル制度」をどう捉えるかは、新潟市の文化行政の在り方を問う側面も大きいように思う。
令和3年の有識者会議において、任期を設けることを妥当とした判断も理解できるが、芸術監督を猫の目のようにくるくる変えてしまう文化行政では機会の公平性は担保されても、市の未来の姿を遠望する視点に欠けており、会議そのものが交替を最適解として前提していたきらいも否めない。
奇しくも金森監督は同年、ノイズムを率いての活動が評価され、紫綬褒章を受章している。そうした名誉に浴する活動の場を用意したのが新潟市なら、その誇らしさを金森監督と共有し、今一度、長期的な観点で市の文化行政に資する新たな解を求めて欲しい。

*2026年2月13日投稿:
昨年末に明らかになったノイズム・金森監督の「退任」意向の流れから、ノイズムのメンバー・スタッフが中原新潟市長に提出していた「要望書」に対して、芸術監督任期の上限は撤廃しない、及び、新潟での活動継続については「ノイズム内で話し合うべき」との回答が届いたと報じられたことに疑問を禁じ得ない。
この間、市長は一貫して「任期」の上限設定については有識者から妥当との見解が示されたことを理由に、「撤廃しない」姿勢を示しているが、果たしてそれのみに過度に固執することが、未来を志向した文化政策として充分なのかという疑問である。
任期に上限を設定することの意味も理解できるが、顕著な活動実績を積み重ねている場合、交代させることのみが「最適解」とは思えない。一期5年(最長二期10年)で交代を繰り返していては、新潟市の未来に「持続可能」で発展的なビジョンなど描きようがないし、描こうとする姿勢そのものの不在が明らかになるだけだ。
制度一期目の今だからこそ、協議を重ね、未来志向の新たな「解」を創り出していって欲しい。

*2026年3月11日投稿(投稿後、2週間が経ち、不掲載と判断):
3/4付け朝刊掲載の「舞踊の十字路(中)」太下義之さんへのインタビューを読んだ。ノイズム芸術監督である金森穣さんの「退任意向」を巡って、新潟市の持続可能な文化政策の在り方を考えるうえで、重要な声と感じた。芸術監督任期に上限を設けることに関して、ノイズムの活動評価に関する有識者会議の座長も務めた太下さんが「任期更新の制限疑問」との見解を示したのは、「有識者会議で妥当とされた」と繰り返す中原市長や新潟市と相容れない内容だったからだ。そもそも有識者会議とは多角的な視点から多様な意見が出る場であり、恣意的に総括することは許されない。「妥当」とされた判断も諸外国や国内の例に照らしてのものに過ぎない。
21年前に前例のない劇場専属舞踊団を抱え、その後の顕著な活動を支えてきた新潟市にあっては、今ここで横並びでしかない「妥当」判断に固執して市の文化の独自性を損なう道を選ぶのではなく、金森さんとノイズムを活かしながら持続可能な文化政策の意義の最大化を目指すのが「文化創造都市」の名に恥じない姿勢ではないか。

☆☆☆☆☆

以上となります。お読み頂き、有難うございます。

AIによれば、不掲載となる主な要因には、「紙幅の都合」「内容の重複」「投稿規定違反」「内容の適切性」「情報の鮮度」等があるとのことですが(笑)、ひとえに私の不徳の致すところなのでしょう。

ここに(お恥ずかしながら)「ボツ投稿」をまとめてお読み頂いたもうひとつの理由に、これらがきっかけとなって、この先、生産的なやりとりが生じたり、或いは、お読みになられた方々のなかから、ご自分で投稿することをお考え頂ける方が出てきてくれたりしたら大層嬉しいという思いがありました。

(因みに、新潟日報「窓」欄への投稿はこちらから行えます。)

今はあらゆる手段を排除することなく、声をあげるべき時かと思います。一つひとつは大きな声でなくても、発せられたその声が広がりを、そして力を得ていくことを信じています。後悔したくはありませんし。

最後に、新潟日報さん、この先も益々、新潟の豊かな文化創造に寄与する紙面をお届けください。そしてそのなかに私のNoism投稿も取り上げて頂けたら嬉しく思います。益々精進致しますので、引き続き、よろしくお願い致します、ということで。

(shin)

新潟日報「坂口安吾生誕120年」全面広告のお知らせと寄付のお願い ~新潟の文化醸成のために~

前年末にNoism芸術総監督・金森さんの「退任意向」が公になって以来、皆さん、ずっと心穏やかならぬ日々を過ごしているものと思います。その後も、状況好転の報せは届くこともなく、ただただ日にちだけが虚しく過ぎていくように感じされてなりません。

そのように、一時も心落ち着く暇もなく過ごすこととなっている本年ですが、新潟が生んだ「無頼派」の文豪・坂口安吾生誕120年にあたる年であり、金森さんが安吾の短編にインスピレーションを得て創作する新作『私は海をだきしめていたい』が近々上演されることについては、その「化学反応」に大きな期待感しかありません。

「東京の亜流になるな、自ら独自の創造をなせ」(『地方文化の確立について』)と書いた坂口安吾、そして、「新潟から世界へ」を標榜して、東京を介することなく、世界に繋がることを実践してきた金森さん。どちらも新潟市の誇りであり、私たちに大きなシビックプライドを感じさせてくれる存在です。

坂口安吾生誕120年という記念すべき年にあたり、安吾の会が働きかけるかたちで、新潟日報が全面広告を掲載する企画が只今準備中なのですが、安吾作品をベースにしたNoism公演が控えているのですから、サポーターズと「さわさわ会」もそれに一役買うことと相成った次第です。

同全面広告はまた、安吾の精神に照らし、新潟の文化醸成を目指す趣旨を有するものでもあります。懸案の「退任意向」を巡って、新潟市長と財団が盛んに「公平性と平等性」を持ち出す現状は、「新潟市総合計画2030」で目指される「文化芸術の発展・継承による心豊かな暮らしの充実」即ち「新潟の文化醸成」と相容れないと言わざるを得ません。「文化芸術の発展・継承」に鑑み、「新レジデンシャル制度」は再検討に付される必要があります。

つきましては、このブログでも、安吾と金森さんと新潟の文化とが濃密に重なり合う、この度の企画の実現に向けて、ご賛同頂ける皆さんからの寄付のご協力をお願いする次第です。

詳細につきましては、下のふたつのリンクもご参照ください。

 【参考資料①】新潟日報社・広告紙面概要説明書(PDFファイル)
 【参考資料②】安吾の会・協賛お願い文書(PDFファイル)

因みに、寄付(一口5,000円から。二口以上でお名前を掲載。掲載を希望されない方はその旨振込用紙にお書きください。)はサポーターズ宛てもお受けしております。

 ■振込先: 「Noismサポーターズ」 郵便振替 00520-5-43945 です。

寄付の募集期間は4月10日まで。広告は4月24日の掲載を予定しているそうです。

以上、ご検討のほど、どうぞよろしくお願いします。

(shin)

私たちが願うこと-3/8郵送文書②:財団+金森さん宛て「3.8要望書」

次いで、同3月8日(日)に、新潟市芸術文化振興財団の理事長 德永健一さん及び金森さん宛てに、簡易書留で郵送したサポーターズ+有志による「3.8要望書」を掲載致します。こちらもご覧ください。

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公益財団法人新潟市芸術文化振興財団
理事長 德永健一 様

Noism Company Niigata
芸術総監督 金森 穣 様

レジデンシャル制度における芸術監督任期更新について(要望)

貴職が日頃よりそれぞれの立場から新潟市の文化シーンにおいて、類稀なる献身をしておられることに深く敬意を表するものです。
然るに、昨年末、りゅーとぴあのレジデンシャル制度における金森監督の「退任」意向が報じられて以来、とても残念で悲しい思いに苛まれる日々となっております。
私たちは、現在、一期目を務める金森監督の任期更新を心より願うものですが、任期に厳格な上限を設けることは、単に金森監督とNoism Company Niigataに関する問題を超えて、未来にわたって、新潟市の文化政策の在り方を規定してしまうことになる重大な側面をも有するものであるとの認識でおります。また、継続的な芸術活動にとっては足枷とならざるを得ません。
私たちは今ここでご両者が新潟市の文化の未来を展望する視点で暫し立ち止まって、芸術監督任期更新の協議を再開され、互いに歩み寄り、考え得る限りの工夫を凝らすことで、新潟市にとって真に発展的で持続可能な、更に誇らしいレジデンシャル制度へと修正していってくれることを強く希望するものです。
ご両者が今般の芸術監督任期更新についての協議を再開させ、新潟市及び新潟市での芸術活動双方にとって長期的な「最適解」を求める努力を続けていかれることをここに強く要望致します。

令和8年3月8日

NoismサポーターズUnofficial 事務局長(代表) 越野 泉
有志一同 代表 齋藤正行

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また、同日に郵送した金森さん宛ての「希望書」については、こちらをご覧ください。

(fullmoon & shin)

私たちが願うこと-3/8郵送文書①:金森さん宛て「希望書」

2026年3月10日(火)、この日の新潟日報朝刊の新潟面に「協議再開へ要望書」の見出しのもと、私たちが前々日の3月8日(日)に財団と金森さん双方に、そして金森さん宛てに「要望書」を送らせて貰ったことを報じる記事が掲載されました。同紙はどちらも「要望書」としていますが、私たちは、財団と金森さんへのものを「3.8要望書」、金森さん宛てのものを「希望書」の呼び名で表記します。

以下に、先ず、私たちNoismサポーターズが、「さわさわ会」、シネ・ウインドそして安吾の会と共に準備し、その趣旨にご賛同を頂いたチャコット株式会社様、ジャムルクルー株式会社様、stage R様、atelier rinto様、DASH SPORTS MASSAGE様との連名のかたちで取りまとめて、3月8日に金森さん宛てに簡易書留で郵送した「希望書」(新潟日報紙が、「企業や複数の市民団体が金森さん宛てに」としたもの)を掲載致します。お読みください。

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Noism Company Niigata芸術総監督
金森 穣 様

芸術監督の任期更新について(私たちの希望)

 私たちは、金森監督及びNoism Company Niigata(以下、Noism)の日頃からの舞踊への献身は勿論、新潟市の文化政策として持続可能な成熟を期す妥協のない環境改善の意思に深い感動を覚え、心より応援するものです。
 昨年末に知ることとなった「退任」の意向とともに、金森監督が示された任期更新を固辞する4つの理由に関しては、その全てが妥当至極なものに過ぎず、それら課題が解消されることをまず第一に望むものであることは言うまでもありません。
 しかし、この間、新潟市側はあたかも「退任」の意向に言質をとるかのように、歩み寄りの様子を見せることなく、状況は膠着の様相を呈しており、当事者ならざる私たちにはただ時間だけが過ぎているように感じられてなりません。
 金森監督が「劇場文化100年構想」を掲げ、劇場を巡るこの国の文化状況の刷新に向けて前例のない闘いを続ける姿を目の当たりにしてきた私たちですので、金森監督の意思に基づき、それをそのまま私たち自らの声とし、発信し続けることを躊躇なく選んで参りました。それは情けないほどに微力でしかないものでしたけれど。
 しかし、そうする中で自らの心に蓋をして、封じてきた思いもあります。それをここで一度だけ明かすことをお許し頂きたいと存じます。この先、状況がどう推移しようと、私たちが金森監督とNoismを応援し続けることに変わりはありません。ですが、私たちの一番の希望を打ち明けるなら、それはこれまでの年月同様に、歩みを止めない金森監督がいて、Noismがある新潟市なのであり、ここ新潟市で金森監督とNoismを応援していきたいということを措いてありません。金森監督がいて、Noismがある新潟市は私たちにとってまさにシビック・プライドなのです。然るに、それも2027年7月限りとなってしまうのでしょうか。不安は募るばかりです。
新潟市との協議において妥協出来ないとするお気持ちは重々承知しておりますので、この上もなく恐縮な物言いになってしまうのですが、金森監督におかれましては、任期を更新され、二期目の芸術監督をお務め頂くことを希望する次第です。そしてその任期中に、時間をかけて課題の解消を図る道を選んで頂くことは出来ないものでしょうか。無論、私たちも諦めることなく、更に一層の応援をすることをお約束致します。ご検討を賜れましたら幸甚に存じます。
私たちの身勝手な希望を記した拙文を最後までお読み頂き、誠に有難うございました。

令和8年3月8日

NoismサポーターズUnofficial、
舞踊家 井関佐和子を応援する会「さわさわ会」、シネ・ウインド、安吾の会、
チャコット株式会社、ジャムルクルー株式会社、
stage R、atelier rinto、DASH SPORTS MASSAGE

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また、同日に郵送した財団+金森さん宛ての「3.8要望書」についてはこちらをご覧ください。

(fullmoon & shin)

りゅーとぴあの2・25発表に激しく動揺も、「ここで諦める訳にはいかない!」…そんな思い…

2026年2月25日(水)、新潟市民芸術会館(りゅーとぴあ)は、公益財団法人新潟市芸術文化振興財団(同日発出)の以下の発表を行いました。

「当財団とレジデンシャル芸術監督との協議経緯及び現状のご報告」(併せて「覚書」・「合意書」)

懸案の金森監督の「退任意向」に関して、主だった内容を取り上げるならば、次のようになるでしょうか。
(1)市と財団の役割分担を明確化した「覚書」において、「レジデンシャル事業の実施体制の構築」「レジデンシャル事業の実施」を担うのは財団であること。(芸術監督の選定を含む。)
(2)2025年12月28日、金森監督からなされた回答を財団は最終回答として受け止め、金森監督への任期更新の要請は終了としていること。
(3)今後、財団は次期監督の選定に向けた検討を進める段階にあること。

一読し、激しく動揺しました。繰り返し読んでも動悸が収まりません。しかし、「ここで諦める訳にはいかない!」そんな思いでおります。まずはご紹介・ご報告まで。皆さまからのコメントもお待ちしております。

(shin)