圧倒的な舞踊の力を見せつけて幕を下ろした埼玉『マレビトの歌』大千穐楽(2025/12/21)♪

「踊ることでしか伝えられないことがある」、前日のブログでも触れましたが、これは先月(11月28日)の『マレビトの歌』公開リハーサルの後、囲み取材で金森さんが語った言葉。加えて、その折に繰り返し口にされたのが「作品の強度」。この日(12月21日)の大千穐楽を含めた新潟と埼玉での5日間、私たちはそれらの言葉が意味するところを、そう言ってよければ、それらに何の誇張もないさまを、まざまざと目撃・体感してきたのでした。

この日、大千穐楽の終演後も、圧倒的な舞踊の力によって組み伏せられた客席からは、それまでの4日間と全く同様、緞帳が下り切っても、やはり拍手は聞こえてきません。みんな身動ぎすることが憚られたのです。全5公演あったのですから、なかに違った反応があっても不思議ではない筈。しかし、どの日も例外なく同じ反応が返ってきたのです。他のものに代替不可能な舞踊の力を見せつけられ、舞踊に「制圧」され尽くしたからこその反応という以外ありません。

埼玉での2公演で、金森さんはラストシーンを変えてきました。奥行きの深い彩の国さいたま芸術劇場の舞台特性を十二分に活かすための改変です。そのあたり、いかにも金森さんです。やってくれますね。その「埼玉ヴァージョン」は、この作品が『セレネ、あるいはマレビトの歌』として黒部の前沢ガーデン屋外ステージで初演されたときの、目の前に広がる雄大なランドスケープに、(彼岸へと)遠ざかっていく舞踊家たちの後ろ姿と、スロベニア公演を経て新潟で採用された、岩肌に穿たれた開口部を通って(彼岸へと)消えていく舞踊家たちの後ろ姿との、言わば、「ハイブリッド」とも呼ぶべきラストシーンでした。

舞台の一番前、横一列に「火皿(ひざら)」を置いて並んだその位置から、それぞれがその生を総括するように、後方、煙るような闇へと歩を進め、徐々に輪郭が判然としなくなっていく舞踊家たちの後ろ姿。(井関さんを除く。)それが醸し出す、得も言われぬ情緒。個人的なことにはなりますが、その場面と呼び交わすように想起したヴィジョンがありました。それは私が敬愛する映画人、クリント・イーストウッドが撮った『ヒア アフター』(2010)、そこで描かれた「彼岸(=ヒア アフター)」へと歩み去ろうとする人たちの場面です。但し、大きく異なるのは、イーストウッドの「彼岸」が大光量を放つ光源をその中央にあしらって、人物の輪郭をとばしていたこと。ん?え?でも、強い光源をあしらうとなると、黒部での『セレネ、あるいはマレビトの歌』に似てくることに…。そんな按配で、作品の外部とも豊かに呼び交わす舞台、『マレビトの歌』の「埼玉ヴァージョン」に酔いしれつつ、舞台奥の闇に、確かに「彼岸」を幻視する自分がいました。

見どころ溢れる『マレビトの歌』。

冒頭と中盤、金森さんと井関さんによる2度のデュオ、その崇高極まりないさまはどうでしょう。踊るふたりを見詰める目はこの世のものとは思えない美に、都度、釘付けにされ続けました。そして、毎回、その陶酔の果てに、ふたりを越え出る「ナニモノカ」を見るに至るのでした。

また、前半に組み込まれた『Fratres』部分(それはもう『Fratres IV』とでも言いたい気もするものですが)も、舞踊への献身を旨とするカンパニーの精神性が深く共有されていることを遺憾なく示して余りあるもので、観る度に、その濃密で峻厳なさまに言葉を失ってしまいます。

そしてこれはホントに細かい点ではあるのですが、例えば、終盤、手を繋いだ10人が、ゆったりとした音楽に合わせて、横歩きをしていく場面、最後尾の松永樹志さんが後方に伸ばした繋いでいない方の左手、その薬指にピンと力が入り、他と違う気が込められていたこと。そうして見ると、先頭を歩く坪田光さんが前方に伸ばす右手の薬指も同じ様子であることに気付きます。それは金森さん言うところの「Noismでは薬指を大事にしている」、まさにその言葉通りです。そんなふうに、集団として高次に統一された美意識が至るところに認められる美しい舞台だったと言えます。

他にも、勿論、井関さんに庄島さくらさんとすみれさんの3人で踊る場面など、挙げればきりがないほど見どころで溢れかえる舞台だったと言えます。もっと観たかった。5回だけでは少な過ぎる、そう思わせられる舞台でした。

幕を下ろした大千穐楽。見終えたところで、東京に住むNoismファン仲間が言います。「次にどんなものを見せてくれるかしら。楽しみ」、まさに、まさに。「よいお年をお迎えください。また来年」、気付けば、2025年も10日を残すのみ。ホントそんな時期です。お互い、大満足の笑顔で挨拶を交わして、暫しのお別れです。

元来、心配症なもので、乗り遅れたりなどしないよう、遅めの新幹線の指定席をとっていたので、発車までまだまだ時間がありました。(いつもそうなってしまいます。少しは旅上手になりたいものですが。)与野本町駅から大宮駅まで移動し、そこで、随分、時間を潰した後、漸くホームに上がっていくと、そこで見慣れたふたりにバッタリ。地域活動部門芸術監督・山田勇気さんとNoism2リハーサル監督・浅海侑加さんでした。なんでも「新潟に帰るのは私たちだけなんです」とのこと。少し話して、ここでもまた「よいお年を。来年もよろしくお願いたします」と言葉を交わす機会に恵まれたことで、長かった待ち時間も報われたというものです。『マレビトの歌』からの感動のみならず、思いがけず嬉しいハプニングも加わり、更に幸せな気持ちで新潟に戻って来ることが出来ました。

それにしても、Noismにとっての新たな代表作、『マレビトの歌』。また観る日が巡って来るのを楽しみにしております。まだまだ観たいですから。

(shin)

「えええっ!こっ、これは!」魂が震えた「会いに行けるマレビト」・Noism『マレビトの歌』埼玉2デイズ初日♪

2025年12月20日(土)午前、新潟から新幹線に乗車。湯沢を通過するとき、車窓から外に目をやっても、全く積雪がなく、「今って12月だよね、確か」みたいな感覚の攪乱に見舞われつつ、大宮を目指しました。

感覚の攪乱…、少し別種のものにはなりますが、2週間前、新潟でのNoism『マレビトの歌』3公演でも連日体感したことは鮮やかに記憶に、この身に刻まれています。大きな感動を伴う強烈な没入感に、「ここはどこ?今はいつ?」のような、そんな心地よい感覚の攪乱でした。

それが2週間前。その際の極めて上質な余韻が忘れ難く、再びそれに浸りたいという思いで、この度の埼玉の舞台を待っていたそんな気持ちもありました。

与野本町の彩の国さいたま芸術劇場に着くと、東京からのNoismファン仲間、新潟のNoismサポーターズ仲間と期待感を共有しながら言葉を交わしました。

開場時間になり、ホワイエに進みます。漂う華やかな雰囲気。金森さんのお父様、それから宮前義之さんの姿も見られます。物販コーナーには、Noism2リハーサル監督・浅海侑加さんに加えて、Noism地域活動部門芸術監督・山田勇気さんもおられました。

靴下屋さんとのコラボ靴下は、メンズは完売と聞きましたし、レディースも残り僅かとのことです。

さて、『マレビトの歌』埼玉2デイズ初日の舞台です。詳しくは書けません。書きません。でも、でもです。書かなければならないこともあります。それはこの埼玉公演を前にして、金森さんが彩の国さいたま芸術劇場の舞台が有する奥行きの深さについて触れ、「『埼玉ヴァージョン』が出来た」と語った(SNSで呟いた)ことに関わるものです。つまり、新潟とは異なる部分があるのです。それも作品の印象を大きく違えることになる箇所で!「えええっ!こっ、これは!」って具合なのです。

舞台の特性を最大限に活かしたその「埼玉ヴァージョン」。それは客席を圧倒しまくり、観客はひとり残らず、魂が震えるのみだった様子。ここ埼玉の地でも、ラスト、緞帳が下り切ってもなお、拍手することが躊躇われる者たちばかりで、深い感動の静寂が濃い密度で覆い被さる場内、息さえ殺してカーテンコールを待つ、という結末が待っていたのでした。新潟公演初日から続く光景です。もう奇跡にも思われてきます。そこから一転しての盛大な拍手、スタンディングオベーション、そして「ブラボー!」の掛け声、その鮮やかな対比。

約60分のマチネ。そんな奇跡に浸らせてくれるNoismという「マレビト」。しかし、それはほぼ誰もが「会いに行けるマレビト」(そんなふうに言うと、何やら撞着語法、或いは、形容矛盾のようでもありますが、)なのです。1日を24分割した僅かな時間を割くことを選択しさえすれば、確実に生涯にわたる感動を与えてくれる奇跡のような「会いに行けるマレビト」。今日また、60分を差し出したところ、大きな驚きとともに、魂を震わせられる体験が待っていた訳です。埼玉を訪れることを選択した自分を褒めてあげたい気持ちもあります。

私は明日も同じ選択をします。恐らく、Noismという「会いに行けるマレビト」はまた、その圧倒的な身体で、私の予想など遥かに凌駕する感動を与えてくれることでしょう。しかし、感動は折り込み済みであっても、その大きさに打ち震える時間は体感することのみの得難いものです。「踊ることでしか伝えられないこと」(金森さん)に目を晒し、心を揺さぶられる選択が出来る、この度の機会も残すところもう明日一日。会いに行きませんか。確実にそこにいる、類い稀なる「マレビト」に。それは今年を締め括るに足る、そして永く忘れられない舞台になると断言しましょう。当日券もありますので、是非。

(shin)

濃密な闇に蠢く身体、その光芒(サポーター 公演感想)

2023年5月に富山県黒部市の前沢ガーデンで初演された『セレネ、あるいはマレビトの歌』の衝撃は今なお鮮明だ。野外劇場と芝生の丘の高低差を活かしきる金森穣さんの演出と照明美、アルヴォ・ペルトの身体の奥底に響く楽曲とNoismメンバーとの共振、そして近年の代表作『Fratres』シリーズをまた異なる文脈で作品に盛り込み、「来訪者」「異邦人」への迫害・抑圧を超えた先にある連帯を見出すヒューマニズム。前沢ガーデンという得難い環境と密接に結びついた作品だけに、他の空間での公演は難しいかと思っていたが、今年12月のりゅーとぴあ・劇場公演に加え、鈴木忠志氏率いる「SCOT」のSUMMER SEASON 2025での利賀公演、更にスロベニア公演が発表され、「果たして金森さんはどのように作品を再創造するのか?」と期待が膨らんでいた。

8月29日(金)、列車や新幹線、南砺市利賀村行きのシャトルバス(狭隘な山道を進む故、時折悲鳴を上げつつ)を乗り継ぎ、利賀芸術公園内の茅葺き住宅を改装した「新利賀山房」を目指した。『マレビトの歌』は29、30、31日の3回公演だったが、より多くの方が鑑賞できるよう「一人一回」のみの鑑賞制限があった。りゅーとぴあでの公演まで再び観られないとあって、何時にも増して舞台の一瞬も見逃すまいと、気合を入れて開演を待った。

漆黒の新利賀山房の舞台。今回加えられた井関佐和子さんと山田勇気さんのデュオから、一気に客席の空気が変質し、情感と凄絶さが同居するその身体に引き込まれてゆく。約1時間の公演中、殆ど休むことなく舞い続ける井関さんは勿論、躍進著しい若きNoismメンバーたちの鬼気迫る表情、汗に濡れていく衣装を、手が届くほどの距離で見つめることの得難さ。観客もまた舞台の共犯者であり、それは一瞬の気の緩みで崩壊してしまうことを突きつけてくる。

メンバーひとりひとりの名前を挙げたいくらいだが、糸川祐希さんの殺気に溢れる表情と身のこなし、春木有紗さんの目力と透き通るような肢体で見せる舞踊の迫力を特筆したい。

漆黒の空間に置き換えられた『マレビトの歌』は、野外劇場の空間とその広がりとは何もかも違う、より濃密かつ人間の闇とその先にある光芒を見つめる作品に変貌したように思う。「来訪者」と魂を通わせ合う女性たちと、暴力・男権によって支配下に置こうとする男たち、彼らの閉鎖的な集団性を打破する女性たちの連帯。この国に暮らすルーツを異にする人々を排斥する現代に、楔を打つようなヒューマニズムは、より切実なものとして胸に刺さった。

初演時、若干の不満を覚えた終幕も、テンポよく再構成されており、りゅーとぴあでの公演までに更に深化されるだろうと、これもまた楽しみ。
終演後、会場のそこかしこから「凄かった」「緊張した」の声が聞こえたが、Noismと向き合うことは観客それぞれの内奥と対峙することだと、改めて思わされた。

久志田渉(新潟・市民映画館鑑賞会副会長、「安吾の会」事務局長、舞踊家・井関佐和子を応援する会「さわさわ会」役員)

Noism『アルルの女』/『ボレロ』埼玉で迎えた大千穐楽(「箱推し」の推し活ブログ風)

2025年7月13日(日)、Noism0+Noism1『アルルの女』/『ボレロ』公演が、埼玉は彩の国さいたま芸術劇場で大千穐楽を迎え、大評判のうちに、全6公演のその幕をおろしました。ここまで、ネタバレなしにレポートのような、感想のようなブログをあげてきましたが、今日は様々な偶然、それもとても嬉しい偶然が重なったことから、これまでとはまるで違うタッチのブログを残そうという気持ちになりました。敢えて、そのタッチを言い表すなら、「箱推し」の推し活ブログ、とでもなりましょうか。多分に個人的な色彩も強いものになるかもしれませんが、よろしければ、お付き合いください。

朝、宿泊した横浜から、Noism20周年記念の黒Tシャツを着込んで、彩の国さいたま芸術劇場を目指しました。前日の過ごし易さとは打って変わった焦げるように暑い日曜日です。JR与野本町駅からほんの12〜13分歩くだけではあるのですが、それがかなり堪える「苦行」に感じられたため、「着いたら、カフェに行って、冷たいものを飲もう」、そう同行の家族に言うことでやっと辛抱して汗をかきかき歩くことが出来たようなものでした。

劇場前の横断信号を渡って、ガレリアに通ずる入り口を入って、何気なく振り返ると、そこに見覚えのある女性の姿が!その女性、かつて、Noism1メンバーとして活動しておられた西澤真耶さんではありませんか!西澤さんと言えば、映像舞踊版の『ボレロ』に出演しておられるといった点に、今回の公演との繋がりが見出せたりもします。最近は東京で活躍されておられて、なんとかこの日の公演を観に来ることが出来たとのことでした。また、Noism在籍当時に、気さくに接してくださったお母様によろしくお伝えくださいとお願い出来たことも含めて、嬉しい偶然(1)でした。

ミックスジュース、アイスカフェラテ、大人のコーヒーゼリーアフォガード(早くも溶け始めている…)

でも、そのカフェ(Cafe Palette)に着いてみると、みんな考えることは一緒で、3人で座れる席が見つかりません。相席をお願いしようと、連れ合いがお顔も見ずに声をかけさせて貰ったご夫婦が、「えっ!えええっ!」、なんとNoism1の糸川祐希さんのご両親だったのでした。それから約30分間、思いがけずも、糸川さんのこと(今日に通ずる「出発点」Noismのオーディションを受けるに至った経緯なども!)やら、今回の公演のことやらを中心に様々話しながら過ごすことが出来た、スペシャルな時間が持てたのでした。これが嬉しい偶然(2)です。

そして、14:30開場。スーツケースをクロークに預けて「87」の札を受け取った後も、ホワイエに留まり、サポーターズ仲間たちと合流して、大千穐楽開演前の華やぎの中に身を置きながら、入り口付近で外の様子に目をやる金森さんの姿を見続けていると、やがて外に向けて手招きをし始めた金森さん。すると、今年も来月に「サラダ音楽祭」でコラボする東京都交響楽団コンサートマスターの矢部達哉さんが入って来られて、ハグをして、それから親密に話される様子などワクワク見詰めたりしていました。

15:00開演。『アルルの女』です。音楽が耳に届いてくると、緞帳の手前、客席に背中を向けた「アルルの女」井関さんと抱き合う「フレデリ」糸川さん、その目の半端ない色気にうっとりしながら、そこから始まる約50分間の「悲劇」を、この日もカタルシスをもって堪能しました。

全6公演が終わった今だから書けること、繰り返される4度の「死」について。あのインパクトある表現は、かつて、劇的舞踊vol.4『ROMEO & JULIETS』(2018)で用いられ、大いに衝撃を受けたもの!今回、公開リハーサル時に、舞台の手前に、舞台高と同じ高さで黒く立ち上がり、ピットを隠すようにめぐらされた目隠し状のそれを目にした時から、「もしかしたら、また、鳥肌が立ったあの表現が見られるのではないか」、そう微かな期待感を抱いたのでしたが、実際に、時を隔てて再び目にした「死」の表現としての「落下」は、微塵もその破壊力を減じることのなく、この演目においても見どころのひとつとして機能し、やはり今回も鳥肌ものだったことを認めたいと思います。

モロに「ネタバレ」になってしまうため、ご紹介を控えていたのですが、新潟公演でのアフタートーク(6/28)において、その「落下」後のコツについて、質問があり、ピットには無数のウレタンスポンジが敷き詰められていて衝撃を和らげてはくれるものの、出来るだけ大きな面で受け止められるように落ちるのがダメージが少ない、そう金森さんが説明してくれたことをここに書き記しておきます。

見事に可視化されていく妄想やら、妄執やら、不在の現前やら。瓦解する精神性が命とりになってしまう様子やら、その表現の巧みさとそれを支える身体の迫真性があって初めて、ラスト、微動だにせず、ただ小首を傾げる「ジャネ」(太田菜月さん)の姿に、あのカタルシスが宿る訳です。この日は埼玉の中日(そして初日)のような「静けさ」「静寂」から始まるリアクションとは別物の、大千穐楽という、謂わば「祝祭空間」がもたらしたのだろう即応性の高い熱烈な拍手が、緞帳が下り切る前に劇場内に谺することになりました。その後の休憩時間にあっては、観終えた観客の多くが、入場時に手にしたパンフレットに、さも興味深げに、目を落としていました。

そして、『ボレロ — 天が落ちるその前に』。ひとり、真上からのダウンライトを浴びて、特権的な赤を纏う井関さんを除くと、他は全員、『Fratres』シリーズ(2019-2020)の黒の衣裳で登場してきます。やがて、ひとり、またひとりとそれを脱ぎ捨て、あれは「キナリ」でしょうか、手足を露出させつつ、「脱皮」或いは「メタモルフォーゼ」を遂げていきます。それはベジャール振付の名高い『ボレロ』とは異なり、中心から周囲への「伝播」の方向性をとるものであり、Noismの集団性を謳いあげるベクトルを感じさせるものと言えると思います。やがて、シンクロして踊る身体を見詰める醍醐味が横溢するでしょう。その美しさ!少し先を急ぎ過ぎました。

加えてこの演目で、その美しさをもって、観る者を圧倒しにかかるのは、徐々に顕しとなっていく最後方、金色のホリゾント幕です。下の方からその金色が見えてくる様子自体が陶酔を誘うひとつのハイライトを形作っている、そう言っても過言ではないでしょう。有無を言わせぬ圧倒的な美そのものです。それは、かつて、『Liebestod — 愛の死』(2017)で用いられた装置であり、ここでも、ラストにいたって、あのときの「屋台崩し」に似た場面が再現され、その頽れる美の有り様で私たちを虜にしてしまうでしょう。またしても、急ぎ過ぎてしまっているようです。

「魔曲」にのって、自らの身体(メディア)をチューニングし、上方、天に向かって、両の腕を伸ばす舞踊家たち。祈りと献身は、中央の井関さんに発して、フォーメーションを変化させながら、やがて、集団へと「伝播」し、全員のものとなっていく。しなやかで強靭な身体。力強くも繊細な身体。優美ながらも艶かしささえ立ち上げる身体。エロス(生)と同時にタナトス(死)、刹那と同時に永遠さえ表象してしまう身体。およそあらゆる二分法が無効化され、止揚されて、迎えることになるラストの一瞬。その陶酔。

この日も客席からは爆発的な拍手が湧き起こり、「ブラボー!」の声が飛び交ったことは言うまでもないことでしょう。

この火を吹くような『ボレロ』の終演後、興奮を抑えることが出来ないサポーターズ仲間に混じって、前出の糸川さんのお母様が、終盤の盛り上がる場面で、中央の井関さんが両脇に目配せして、「最後、思いっ切り踊り切ろう」という感じで誘いかける様子を目撃したと話されると、確かにそう見えたと応じる人もいました。私自身は、しかと目にしてはいなかったのですが、そうだとしても、何ら不思議ではありませんから、「なるほど」と聞いていました。同時に、「全てを観るためには目はふたつでは足りないな。情報量が多過ぎる」、とも。本当に魂から揺さぶられ通しの、圧倒的な大千穐楽だった訳です。

しかし、偶然はまだここで終わりではなかったのです。新潟に向かう新幹線に乗ろうとJR大宮駅まで行き、やや時間をもて余し気味に、新幹線待合室で過ごしていて、ペットボトルの水でも買おうかと売店まで赴いたとき、目を疑うような偶然(3)があり、驚いたのでした。なんとそこには、先程まで踊っていた庄島さくらさん・すみれさんの姿があったからです。またしてもの「えっ!えええっ!」体験です。私の目はハート型になっていたに違いありません。もうテンパってしまったことは容易に察して頂けるものと思います。感動の舞台のお礼を伝えたのち、テンパっていたのをいいことに、「連れ合いも連れて来ていいですか」など口走って、結果、4人で立ち話をする時間を手に入れてしまった訳です。お疲れのところにも拘らず、(同じ新幹線に乗車予定だったため、)まだ少し時間があると、優しく応じてくれたおふたりには感謝しかありません。

そこで件の『ボレロ』における井関さんの目配せについて訊いてしまいました。訊いちゃったんです、実際に。すると、確かに盛り上がりのところで目配せはあったと教えてくれました。しかし、それはこの日だけではなしに、埼玉入りしてから始まったことだったのだとも。で、その目配せで気持ちが通じていることが嬉しかった、そう教えてくださいました。テンパっていたから訊けたことですよね。で、テンパりついでに、『ボレロ』終盤でのおふたりのポジションについても、下手(しもて)側がさくらさん、上手(かみて)側がすみれさんだったことも確認させて頂き、胸のつかえがとれました。今回は髪の色も同じ、髪型も同じということで、見分けるのが極めて困難だったのですが、そんな私の失礼と言えば、失礼でしかない質問に対しても、「そうですよね、見分けはつき難いですよね」、微笑みながら、そう言ってくださっただけでなく、「穣さんも間違ったりしましたから」とまで付け加えてくださる気遣いにホント感動しました。(おまけに、4人で自撮り写真まで撮らせて頂きました。それ、もう宝物です。)更に更に「推し」ていく他ないじゃありませんか!

そんな夢みたいな時間を過ごして、新潟に向かう新幹線に乗り込み、荷物を棚に上げたりなどしていると、通路を歩いて来る男性が、私の苗字に「さん」付けで呼び掛けてくるではありませんか!偶然(4)はここにも。それは山田勇気さんでした。山田さんも同じ新幹線だったのですね。虚を突かれて、「あっ!どうもです」くらいしか言えず、トイレに向かった連れ合いに知らせに行くと、驚いた連れ合いも大した挨拶も出来なかったような始末。常に平常心でキチンと応じることの出来る人にならねば、この日の締め括りにそんな思いを強くしたような次第です。

思いがけず、様々な嬉しい偶然に恵まれたことで、これを書いている今もまだ「Noismロス」に見舞われずに済んでいました。

ということで、このような「箱推し」の推し活ブログ、長々とお読み頂き、誠に恐縮、並びに心より感謝です。

(shin)

春、若芽が吹くように…「Noism2 定期公演vol.16」(2025/03/09)

皮肉なことに、東京をはじめ関東には凍結の恐れなどを伝える注意喚起がなされていたというのに、新潟では光に少し春らしさが感じられるようになってきた、そんな2025年3月9日(日)。15時からの「Noism2 定期公演vol.16」2回公演の2日目を観るために、りゅーとぴあに向かいました。

前日(3/8)は同時刻に、金森さん演出振付の新作『Tryptique ~1人の青年の成長、その記憶、そして夢』を含む牧阿佐美バレヱ団「ダンス・ヴァンドゥⅢ」を観に行ってましたので、この日はまた異なる舞踊が観られることにワクワクする気持ちがありました。

過日の公開リハーサル後の囲み取材の場で、地域活動部門芸術監督の山田勇気さんから、今回(vol.16)のラインナップに込めた思いを聞いたことも、その期待を膨らませる効果がありました。山田さん曰く、次世代の振付家を輩出することと、「登竜門」を通過する舞踊家を観ること。そのふたつは充分に興味深い事柄でした。

物販コーナーにはNoism1準メンバーの春木有紗さん(左)と佐藤萌子さん(右)

そして15時になります。最初の演目は樋浦瞳さん演出振付の『とぎれとぎれに』。緞帳があがると、初日公演を観た久志田さんの文章にあるように、斜めに配された大きな「紙」が存在感たっぷりに目に飛び込んできました。思ったこと。「やはり樋浦さんは『斜めの人』であって、『正面の人』じゃないんだ。だから、『にんげんしかく』で客席の方を向いて、ポケットから笹団子を取り出したり、身体の前で両手を動かして矩形のイメージを伝えてきたりしたときに、何やら新鮮な感じがしたんだ」とかそういったこと。
蠢いたり、たゆたうようだったりしながら、斜め位置の「紙」で表象される舞台(時間、人生)との関わりのなかで、逃げ出そうとしたり、格闘したりしながらも、とぎれがちながら繋がっていく関係性。その間も「紙」が決して破れることがなかったのは、この日の私には希望に映りました。そして、その歪な「紙」が上方に浮き、その真下で踊られるようになってからは、佐野元春『No Damage』のメインビジュアルが想起されもしましたが、「人生ってそうだよな」とも妙に納得させられる部分がありました。
最後、6人が舞台正面奥に消えていくときにハッとしたのは、『にんげんしかく』のときと同じでした。樋浦さんがこれから先も変わらず「斜めの人」なのか興味があります。

10分の休憩を挟んで、今度は中尾洸太さん演出振付『It walks by night』です。チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」が聞こえてきます。第3楽章です。レインコートと帽子、蝋燭、そして一枚のドア。多分にウェットでシリアスな雰囲気を待ち受けていたところ、開いたドアから折り重なるようにして見える顔たちはいずれもこちらを見据えています。「えっ!」と思うが早いか、「アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ(とても速く活発に)」に乗って展開されるコミカルで楽しい動き。腰には白いチュチュを巻いて。この先、あの音楽を耳にする度、その光景が浮かんでくるようになってはちょっとつらいというか、残念というか、そんな困った組み合わせに、唖然としつつ、気持ちは「脱臼」させられたような塩梅です。(ゴダールの映画もよく「脱臼」を狙ってきます。)
しかし、第4楽章の「アダージョ・ラメントーソ(悲しげにゆっくりと)」では、踊りの調子がガラリと変わっただけでなく、紗幕の向こう、シルエットとして浮かんでくる「活人画」に似た場面には殊更に美しいものがありました。「何も徹底的に『美』を廃した訳ではなくて、硬軟をフットワーク軽く行き来することを狙ってのものなのだな」、そう理解しました。
それからこの作品では、今度は腰に巻いていた筈のチュチュが揃って上方に浮いただけでなく、ラストでは(予想通り)全員が中央のドアの向こうに消えていきます。そのあたりに樋浦さん作品との近縁性も強く感じられ、興味深く見詰めました。また、ふたりとも広い舞台を充分に活かそうとする演出振付をされていたように思います。

その後の休憩は15分。そして、「登竜門」(山田さん)の『火の鳥』、何度観ても、観る度にゾクッとする金森さん演出振付の名作です。若いダンサーがその身体を使って、この作品に一体化したときに放たれる「美」は決して色褪せたり、揺いだりすることのないものです。「これをしっかり踊り切れたら、観る者はちゃんと感動する」、そんな作品がこの『火の鳥』なのです。金森さんから若者に向けられた愛で出来上がっていて、寸分の隙もない作品と言えます。
また、繰り返し観てきた者としては、初めてこれを目にする人たちが「あっ!」と声まで出さんばかりに、心地よい不意打ちをくらう瞬間が訪れるのを待つ、そんな楽しみもあります。そして同行者がある場合には、まず例外なく、終演後、笑顔でその場面の話をする姿が見られるのです。そんなリアクションはこの日もあちこちに認められました。
この日、この「登竜門」或いは「試金石」に挑んだダンサーたちに鳥肌が立ったことは書き記しておかねばなりませんし、それを書き記すだけでもう充分かと思います。そんな心を揺さぶる踊りを見せてくれたダンサーたちにこの日もっとも大きな拍手が贈られました。彼女たちにとっては、「伝統」(山田さん)に繋がった日だった訳です。

春、若芽が吹くように瑞々しい躍動を見せた若きダンサーたちと若き振付家ふたり。大地に力強く根を張り、限りなく広がる高い空に向かって大きく育っていって欲しいものです。きっと襲ってくるのだろう風雪などものともすることなく、逞しく、そして美しく。3つの演目を観終えて、そんなことを思ったような次第です。

(shin)

清新さと野心と(サポーター 公演感想)

毎年3月恒例の研修生カンパニーNoism2定期公演。今回(vol.16)はNoism1・中尾洸太さんに加え、同じく樋浦瞳さん(新潟市出身)が演出振付家デビューすることもあって、各種媒体でも公演が紹介され、初日の客席も盛況だった(BSN新潟放送の取材班もお見かけした)。客席や物販コーナーではNoism1メンバーの姿もあり、皆で若き舞踊家と演出振付家を盛り立てようという思いが、劇場に漂うよう。


開幕は樋浦瞳作品『とぎれとぎれに』から。私たちが「Noism的なるもの」として連想する、虚飾を剥いだ舞踊の連なりに、樋浦さんならではの細やかな感性が染み込んだ一作。舞台正面から斜め方向を意識した空間構成や、ある舞台美術が雄弁に示す舞台の一回性。白から黒、生から死へのあわいで悶える6人の若き舞踊家達と、照明が織りなすものに、私は奪われていくガザ始め世界を生きる人たちの命を思わずにはいられなかった。

続く中尾洸太作品『It walks by night』は、中尾さんの既にして才気溢れる作家性に圧倒される仕上がりとなっていた。Noismの基礎にある「クラシックバレエ」そのものを解体し、再構築していく舞台に息を幾度も呑んだ。あるクラシックの有名曲(最近ではアキ・カウリスマキ『枯れ葉』でも印象的に使用されていた)と9人のダンサーの調和、バレエでの女性表象を超えるNoismらしいエログロまで内包した演出には唸るばかり。

公演ラストを飾るのは金森穣芸術総監督による、最早古典的風格さえ漂う「火の鳥」。ストラヴィンスキーの楽曲と寸分違わず溶け込む振付、8人の舞踊家の「今」を活かし切る瑞々しさと、安易な感傷を排して観客のイマジネーションを膨らませる「仮面」と「黒衣」。幾度見ても新たな発見を得られる名品だ。

公演初日は、地域活動部門芸術監督・山田勇気さん、中尾洸太さん、樋浦瞳さんによるアフタートークが開かれた。「若いダンサーへのメッセージ」を問われ、「自分が今持っている身体に向き合えるのは自分だけ。未来と今、他者と出会うことを意識して踊り、あなたの身体でしか発見出来ないことを見付けてほしい」と語る樋浦さんと、「夢を見ないこと。夢は叶わないかもしれないし、逃げにもなる。身体や心から起こる野心と、現在地を見つめる為の目標を大切にしてほしい」という中尾さん。対照的でいて、各々の誠実さが滲む答えに胸が熱くなった。


若き舞踊家それぞれの献身と躍動に加え、新しい舞踊作家の誕生を目撃する機会。本日の公演の更なる盛況を祈る。

久志田渉(新潟・市民映画館鑑賞会副会長、「安吾の会」事務局長)

「Noism2 定期公演vol.16」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル&囲み取材に行ってきました♪

2025年2月28日(金)、りゅーとぴあに向かうのに、考えなしにセーターを着てダウンコートを羽織ろうしたところ、連れ合いからダメ出し一発。この日は新潟県も「4月中旬の気温」となるということで、少し薄めのものに変えて、「Noism2 定期公演vol.16」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル&囲み取材に行ってきました。

予定時刻の12:30、〈スタジオB〉にて、中尾洸太さん演出振付の『It walks by night』のクリエイション風景から公開リハーサルは始まりました。ホワイエで待っている間から耳に入ってきていたチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のあの最も知られた旋律が流れる場面を中心に、クリエイションの様子を見せて貰いました。中央奥にとても象徴的な木製の扉。Noism2メンバー9人のうち、ひとりだけ黒い帽子にベージュのステンカラーコートを纏っています。

「タータァタタタータターター、パッ」旋律を歌い、「1234、56」カウントを数え、自ら汗をしたたらせながら踊って、振りとそのイメージを伝えていく中尾さん。この日、私たちの目の前でじっくり時間をかけていた回転の振り。「足、そして手首、身体の順」(中尾さん)に動きが伝わっていき、2本の腕が纏わり付くかたちで身体を捩らすような複雑な回転にはブラッシュアップが続きました。チャイコフスキーの旋律にのせて、中尾さんのロマンがどのように可視化されていくのか、楽しみでなりません。

13:00、次いで今度は樋浦瞳さん『とぎれとぎれに』からの一場面を見せて貰う番です。こちらの作品、まず最初に大きな白い紙が運び込まれて敷かれていったところから、既に何やら独特な世界観が漂ってきました。音楽も、先刻までの中尾さんがメロディアスだったのに対して、ざらつくノイズ然としていたり、機械的だったり、ビート音だったり、全く別の趣のもの(原摩利彦)です。で、それに合わせた振りはやはりソリッドなもので、ところどころ、『R.O.O.M.』や『NINA』を想起させる動きも見出せるように思いました。

「一回、紙から逃げてみて、でも戻っていく感じ」とか「倒れた直希(=与儀直希さん)に、自分の吐く呼吸を入れていくみたいな」「もっと持ち上げるような感じで」とかと丁寧にイメージを伝えていく樋浦さん。Noism2メンバーの9つの身体と一緒になって、私たちをどこへ連れて行き、どんな世界を見せてくれるのでしょうか。興味が掻き立てられました。

上演3作品の使用楽曲です。

13:30、ホワイエにて囲み取材が始まり、地域活動部門芸術監督・山田勇気さんと今回、演出振付作品を発表するNoism1・中尾洸太さん、樋浦瞳さんがそれぞれ質問に答えるかたちでたっぷり話してくださいました。以下に、かいつまんでご紹介します。

Q・今回の作品のテーマ、伝えたいもの。
 -A・中尾洸太さん(『It walks by night』): 一番のテーマは「選択」「チョイス」。同年代(20代前半)の振付家と舞踊家のクリエイションは珍しい機会。同年代の観客層に届けたい思いもある。人生のなかで、何かを選択することを恐れないこと。そのときには誰かがまわりにいて、ひとりじゃないということ。まわりの人がいるからこそ、様々な感情が生まれること。それらを再認識するなかで、この先の自分の選択を噛み締めていけるような、未来に繋がる作品になればいい。
 -A・樋浦瞳さん(『とぎれとぎれに』): 自分が、人が、生命体が生まれてくる前にはどのような光景が広がっているのだろうという疑問から創作を始めた。「舞踊」という芸術は舞踊家が踊るその時間のなかにしか持続はない。その時間とその身体でしか起こることが出来ないもの。生命にも舞踊にも終わりは来るが、途切れたあとも繋がっていくものがきっとある筈だという思いを主軸に創作した。一人ひとりがその身体を持っていることを喜べるきっかけになったら嬉しい。「紙」については、舞踊作品の一回性を作品のなかでより顕著に表したかった。その「紙」に舞踊家たちが集まってきての始まりは、生命の源、「泉」のようなイメージによるもの。今の舞踊界で、このような時間と場所と舞踊家を得て創作出来るのは奇跡的なこと。この環境だからこそ出来ることを追求していきたい。
 -A・山田勇気さん: 【①金森さんの『火の鳥』について】: 金森さんが初めてNoism2のために作った作品で、2011年に初演、これまで5回ほど再演している。 メッセージ性がシンプルで強く、踊る者にとっても「登竜門」のようでもあり、これを越えることで成長できる、或いは、成長しなければ成立しない「強い」作品。これは生き残る作品であり、後世に伝えていくべき作品。これを通過する色々な舞踊家を見て欲しい。ある種、伝統になればいい、という思いもあって選んだ。
【②中尾さん・樋浦さん作品について】: レパートリーを踊るとなると、自分の選択をために振り付けられたものではないため、「踊ってみた」みたいに踊ってしまうことも起こり得るもの。そうした点から、相互に影響を与え合い、主体的に考えないければならないクリエイティヴな場所を設けることでカンパニーとして成長することを期している。若い振付家にがっぷり四つで組んで格闘して貰って、そのなかで何か新しいものが生まれることを期待して、ふたりにお願いした。作品自体がゼロから始まる、「教える-教わる」関係を一旦離れた場所と考えた。

Q・一公演で同時にふたりが演出振付することについて。
 -A(山田さん):
 ふたりも刺激し合っているが、一番は、プロの振付家の現実問題として、時間の割合が大変なこと、そうした制約があるということがある。与えられたもの、限られたもののなかでベストを尽くすこと。メンバーは3つの作品を踊る、『アルルの女』のリハーサルも行っている、そうした同時進行状況のなかで、如何にフォーカスしてやっていくかは難しいことだが、やらなければならないこと。
現役メンバーに振付家としての依頼をすることには、Noismというカンパニーに属し、ひとつの「言語」のようなものを共有する者が、その中から如何にして「自由」を獲得していくかは大切なことと考える。自分たちが今ここで作っている身体性にどれだけの普遍性があるかは、そのなかで何かを作ることでしか分からないものがある。
また、次世代の振付家を輩出することはレジデンシャルカンパニーにとって大切なことでもある。

Q・【中尾さんに】タイトルは(ジョン・ディクスン・カーの)推理小説と同名。具体的なストーリーをイメージしているのか。
 -A(中尾さん):
 ストーリー・テリングはしない。(使う)曲毎に詩を書いていて、その自分が想像したこと(詩)と音楽、それを社会(観客)とどう繋げていくかを意識している。振付家と舞踊家と観客のトライアングルが綺麗に揃っていないと良い瞬間は生まれない。この時代に簡単に溶け出してしまわない作品を残したい、その時間を提供したい。
観客が観に来ることも選択なら、自分たちが本番中に振りを踊るのもひとつの選択であり、既存のものをただ舞台にのせているのではない。研修生カンパニーであることから、自分たちの葛藤と闘っていて、身近に重い選択を控えている。それは舞台に出て来る。自分たちのベストを尽くした作品で観客に真っ向から立ち向かう時間を作りたい。それら全てが「選択」。タイトルは語り過ぎず、抽象的な感じで、意味を込め過ぎない、ふわっとしたものである。

Q・選曲理由は。
 -A(中尾さん):
 チャイコフスキーがどう亡くなったか知っていたので、「選択」「チョイス」は常に頭にあった。「悲愴」はチャイコフスキー最後の交響曲であり、哲学的思想が詰め込まれている。自分が振付家として彼の音楽と闘うのと同時に、舞踊家と一緒に、彼の音楽を通して、社会になにか普遍的なものを提供出来るのではないかと思った。
 -A(樋浦さん): 自分がそれらを聴いているときに、彼女たちが世界を繰り広げている様子を想像出来たこと。音がなくなる瞬間があったり、メロディー自体が存在しなかったりするが、その空間のなかに舞踊家がいることで、音楽と身体とが相互補完的だったり、相乗効果が生まれたらよいと。それが音楽と舞踊家との関係性として目指していること。

Q・この3作品での公演に関して。
 -A(山田さん):
 ヴァラエティ豊かで、楽しんで貰える。3つの全然違う作品にNoism2の舞踊家がどう取り組んで、そこで生きるのか。若い身体、若い思い、若い精神からしか出て来ないエネルギーを是非感じて欲しい。3作品が合わさったときに、彼女たちの表情とか輪郭とかが見えてくるのかもしれないと期待している。(13:55囲み取材終了)

…というところをもちまして、公開リハーサル&囲み取材の報告とさせて頂きます。

色々な意味合いで、とても興味深い「Noism2 定期公演vol.16」は3月8日(土)と9日(日)の2 days。只今、チケットは好評発売中です。若き舞踊家9人が格闘する3作品、そこに漲るエネルギーを全身で受け止めてください。

更に、8日の終演後には、この日の囲み取材時と同じ、山田さん、中尾さん、樋浦さんが登壇してのアフタートークも予定されています。(9日のチケットをお持ちの方も参加出来ます。)作品が生まれる現場により一層コミットしてみる機会です。楽しくない筈がありません。ご検討ください。

【追記】現在、発行されている「Culture Niigata」最新号(2025.03-05、vol.122)に、今回、振付家として創作している樋浦瞳さんが取り上げられています(表紙およびインタビュー記事)。加えて、昨年11月「新潟県文化祭2024『こども文化芸術体験ステージ』」(@十日町市・段十ろう)に登場し、『火の鳥』と『砕波』を披露したNoism2についても掲載されています。同誌は無料。りゅーとぴあにも置かれていますので、是非、お手にとってご覧ください。

(photos by fullmoon & shin)

(shin)

2025年2月23日はトークイべント日和(その2):「柳都会vol.30 二代目 永島鼓山×山田勇気 -受け継がれていく、大切なこと」(@りゅーとぴあ〈スタジオB〉)

2025年2月23日(日祝)はNoism関連のトークイベント日和でした。ここからは、「その2」です。16:30より、りゅーとぴあ〈スタジオB〉を会場に開かれた「柳都会vol.30 二代目 永島鼓山×山田勇気 -受け継がれていく、大切なこと」のご報告となります。

(「その1」井関さんの講演会についてはこちらからもどうぞ。)

江戸時代から約300年続く新潟の郷土芸能「新潟樽砧」。二代目 永島鼓山氏は、樽砧の保存継承を目的とした「永島流新潟樽砧伝承会」の創設者である永島鼓山氏の名跡を継ぎ、2022年に二代目を襲名。型を守りながらも自由に探求することを大切にし、新潟の地で、樽砧を伝え広めている。鼓山氏と山田の出会いは、2015年に山田が演出振付をしたNoism2×永島流新潟樽砧伝承会のコラボレーション『赤降る校庭 さらにもう一度 火の花 散れ』。伝統と現代の融合は、当時互いに大きな挑戦となった。“新潟に住む人にこそ新潟の文化を誇りに思ってもらいたい。” 文化を根付かせるために何をどのように伝えていくのか。ともに新潟で活動する両者が見据える新潟の芸能・文化の未来とは。

*山田さん、当時20歳の現・二代目鼓山さんと出会う: 2015年「水と土の芸術祭」において、金森さんから「一緒にやってみないか」と言われたのがきっかけでのコラボレーション(『赤降る校庭 さらにもう一度 火の花 散れ』)。「ただ者じゃない雰囲気」を感じた。先代の鼓山さんから、「この子をメインに据えたい」との意向を聞く。「のめり込んでいる感じが違うなぁ」(山田さん)

*「樽砧」とは: 300年くらいの歴史をもつ。昔、「湊町」新潟は北前船の一大拠点で、無事の航海を願って、龍神に祈りを捧げる意味合いから海岸沿いで船べりが叩かれていた。それが陸にあがって、樽を叩くかたちとなり、盆踊りに繋がっていった。叩かれるようになった樽は、当時、家庭でよく見かけられたもの。今は楽器用の強化樽である。

*二代目鼓山さんの樽砧との出会い: 新潟市西区の通っていた小学校に樽砧のオリジナル楽曲があり、小5になると、授業で樽か笛を選ぶことを求められて、「どうせやるなら」と樽を選んだ。そこに先代が教えに来てくれて、最初は言われるままにやるだけでさぐりさぐりやっていたが、時折、先代が「これは出来ている」という顔をするのを見て、「面白いかも」と思った。それでも、最初からちゃんと教えて貰えた訳ではなかったが、小6になってから、「これ、こうした方がいいんじゃないか」などと言われるように変わっていった。
→しかし、先代が弟子(中学生、6人くらい)を連れて来た際、その技術に圧倒されて、「ここには入れないな」と一度止めた時期もあった。それが、中2になったとき、「やっぱり樽砧やりたいかも」と思い、インターネットで検索してヒットした練習会に参加することで、今に至る。

*永島流樽砧: 先代が11歳のときに、既にあった盆踊りの樽を叩く演奏を兄から習うかたちで継承してきた、と聞く。その後、パフォーマンス性をあげたり、「樽だけで演奏出来るようになったらいいんじゃないか」との声が聞こえてきたりもして、盆踊りから独立するかたちで、ひとりで元々あったものを編纂し、楽曲として整えていった。(当時は、「新潟甚句」のほかにも沢山盆踊りの曲はあったが、消えてしまっている。)

*文化を伝承していくこと: 「そこに自然にあった時の人たちがやっていたことが、その環境が消えている現在、かつて、無意識に捉えられていたものを、意識的に残していこうとする気持ちが感じられる」(山田さん)
また、2015年のコラボでは、「新しいものが生まれる感覚があって、彼女と一緒にやってみたい気持ちになった」(山田さん)

二代目 永島鼓山さんによる基本となる7つの叩き方(「型」)の実演(解説付き:①合わせ打ち、②流し打ち、③正調打ち、④蛙(かわず)打ち、⑤八方崩し、⑥時雨打ち、⑦勇み打ち)があり、それに続けて、その場の雰囲気を取り込んで叩く、アドリブ性の高い「乱れ打ち」(2025年2月23日の今日ヴァージョン)も披露して頂き、そのダイナミックな動きと音に圧倒されたスタジオBの場内からは大きな拍手が沸いた。

*伝承にとっての定型化・パターン化・抽象化: 
 -山田さん: 基本をもとに乱れることが出来る。基本がなければ、乱れることは出来ない。バレエも同じ。抽象化された「かたち」の組み合わせは無限。 
 -鼓山さん: 樽砧が自然だった環境が今はない。パターン化・抽象化されたものを手段として用いて、繰り返していくことで、「自由」に至ることが出来る。作曲もしているが、常にこれが正解かと自問している。自由度がないと面白くない。何も考えないで、そこまで行けるようになりたい。

Q1:若い世代の育成に関して思うこと:
 -鼓山さん: 今の世界には、樽をやるよりも面白いことが溢れていて、ひとつのことを長く続けられる人は少なくなっている。そんな現代の世界に合わせると、「ある程度の、早く、短期に」と思うこともあるが、長く続けて貰うためにはどうしたらいいか、課題である。
 -山田さん: 例えば、金森さん振付のレパートリー『火の鳥』、振付家(=金森さん)がいることで、まだまだその瞬間に生まれるものがあり、作品はまだ生きている、そう感じる。先代のどういうところを「守り」、継承していくのか。
 -鼓山さん: 一人ひとり体つきは異なる。基本を踏まえたうえで、「あなたの身体なら、こっちの方がいいよね」など、魅力的に見えるようにするのが理想。

*「二代目」ってそもそも何で?(そうしたシステムがないなかで、先代の七回忌目前での「襲名」に込められた思いとは?): 
 -鼓山さん: ①先代を忘れて欲しくなかった。思い起こしながら続けていって欲しいと思って。 ②「この名前」に耐えられるようにならなければならなかった。③「先代孝行」が出来ていなかった。「先代のために何が出来るんだろう」と考えて、名前を継ぐことで喜んで欲しい思いがあった。 背負うことのプレッシャーもあったが、それで言えば、先代が倒れた翌月の舞台で、当然、先代がいるだろうと思われていた場所(センター)に立ったときの緊張感の方が凄かった。怖くて、足がすくんで、幕があがるのが嫌だった。
 -山田さん: どうしてそこまで先代にのめり込んだのか?
 -鼓山さん: 孤独だった小学生のとき、打ち返せば、打ち返すほど認めてくれた。好きなものに打ち込むことが救いになった。
 -山田さん: これだと思ったら放さないこと。好きな言葉に「映画に救われた人が映画を救う」というのがある。自分も「重くて黒い観念」を抱えていた。踊りに救われた。踊りに恩返しがしたい。2015年のコラボの際、廃校のグラウンドに、20歳にして「崖っぷちにいる感」漂う姿があり、緊張感があった。 

*鼓山さん、未来への展望: 
 -鼓山さん: 二代目としては次(三代目)を探したい。根を張って、葉を広げていきたい。なくすのは簡単。繋いでいき、出来れば大きくしていきたい。
 -山田さん: 時代は変わっていく。人の力だけでは負けちゃう。システムが残ることが、伝承会が残っていくこととパラレル。
 -鼓山さん: 楽曲はフル尺では7分に及び、昨今は「もっと短く」とも言われる。ちょっとずつでも変えながら、今いる人たちが面白いと思ってくれるものを作っていきたい。そのうえで、自分ひとりで背負わないようにしていきたい、次の三代目のためにも。伝承会は拠点を持たないために、通える人は入って来られる一面がある。
 -山田さん: 「場所」を持って欲しい、と言っている。記憶として残り、空間自体も伝承されていく。そこに物質(建物)の強さがある。 
 -鼓山さん: また、上に行きたい人にどうチャレンジさせていくかということも私の役目である。

Q2: 「バチ」についても教えて欲しい
 -鼓山さん: 「新潟甚句」のバチとは違う作りで、少し太い。上部は樫、持ち手は竹(軽くて頑丈、持ち易い)。先代の頃は、先代自身か大工さんが作っていたが、今は、鼓山さんのお父様が「日曜大工で」作ってくれたものを使っている。(材料はホームセンターで買えるから、と先代。)

Q3: 衣裳は?
 -鼓山さん: 着物の帯を使って、手作りで、袖のない羽織のようなものを作っている。履くのは普通、地下足袋、或いは同じメーカー製のクッション性のある黒いスニーカー。(夏の灼けたアスファルトは本当に熱い。)
 -山田さん: 舞踊家たちは靴下にはこだわりがある。(素材、フィット感等々)

Q4: 樽砧を叩く身体性やトレーニングについて:
 -鼓山さん: 上半身・下半身ともある程度の柔軟性があるとよい。樽の高さは一定なため、揃って見えるために。(足を広げ過ぎることも出来ない。)上半身・下半身とも使い方のルーティンはある。初心者には、先ずは身体を確認してから始めている。

Q5: 活動の間口を広げることやアプローチについて:
 -鼓山さん: 練習会(公民館を会場とすることが多い。)の日程を開示しているほか、小学校へ教えに行ってもいる。但し、コロナ禍以降、大人向けの機会は減少してしまっている。

*山田さん: 二代目はどこかで何かするんじゃないかと、ドキドキしながら見ている。今段階、共演の予定はないが、常に一緒に何かやりたいと思っている。(場内から拍手が起こる。)内側にある熱い思いが活動に繋がっている。若手・次世代をどう育て、繋いでいくか。これからも新潟で活動する者として、頑張っていきましょう。

…山田さんからのそうした言葉で90分超のこの度の「柳都会」は締め括られました。歩んできた足跡を、更に前へと力強く運んでいこうとするおふたりの気概に触れて、心熱くなる時間でした。

以上で、2月23日「その2」、二代目 永島鼓山さんと山田勇気さんによる「柳都会vol.30」のご報告とさせて頂きます。

(shin)

FM-NIIGATA「NAMARA MIX」に山田勇気さん登場♪(2025/02/18)

この日から強烈な寒波が約1週間も居座る予報などが出ていて、「またか!」って感じの2025年2月18日(火)。その夜19時21分から、FM-NIIGATAの番組「NAMARA MIX」(第151回)にNoismの地域活動部門芸術監督の山田勇気さんがゲストで出演されました。昨年11月には井関さんも出演された番組です。

山田さんが登場したのは、「こちら、NAMARA党本部」というコーナーで、この日の番組案内には次のようにあります。

架空の政党であるNAMARA党の総裁・江口歩が新潟をより明るくするため、社会課題について有識者とトーク。そして机上の空論にならないよう、実際に社会に向けて番組からアクションを起こしていくコーナーです。今回はNoism Company Niigata地域活動部門芸術監督として活動する山田勇気さんが登場します!

2005年Noismに入団し、プロを目指す若手舞踊家を率い、作品を発表されている山田さん。近年は新潟市内の小中学生や舞踊未経験者にむけたワークショップ等のアウトリーチ活動も積極的に行っています。

そもそもNoismとはどんな団体なのか、20年間Noismを見てきた山田さんが思うNoismと新潟エンタメの変化、そして今後Noismはどこへ向かっていくのか、また現在鋭意準備されている直近の公演と対談についてもお話をお聞きします。

約12分にわたって、多岐にわたるお話しをお聞き出来ました。そのアウトラインだけですが、ご紹介します。

*日本で唯一の公共劇場専属舞踊団Noism(20年間)。
*地域活動部門の活動。
*「視覚障がい者のためのからだワークショップ」(2025/02/16)。視覚障がい者の「研ぎ澄まされている皮膚感」。相互に刺激を受け、勉強になる機会。

*北海道出身で「サッカーばかりやっていた」山田勇気さん。ダンスにはまって、東京でブラブラしていた折、Noismが設立されて、「日本で唯一、ダンスでめし食えるカンパニー。これは行くしかないと思った」。2年目のNoismに加わる。
一旦、離れた期間もあったが、研修生カンパニーNoism2が設立されたことをきっかけに戻ってきた。20歳頃にダンスを始めて、のめり込んでやってきた「雑草」。その部分が、地域活動をやっていくうえで、普段、踊りをやっていない人にも何か伝えられることがあるんじゃないか。
*昔のNoismはもっと尖っていた。設立当時は環境も整っていなかったし、「今日この一瞬で全力出して証明していかないと、いつ潰れるかわからない」という緊張感があった。
今は20年経って、ある程度認知も進んだNoismをどう育てていって、もっと広く知って貰うためにどうすればいいか、に変わってきた。
*「Noism2定期公演vol.16」(2025年3月8日・9日)、金森さんの『火の鳥』再演とNoism1メンバーによる振付の新作(2つ)。瑞々しい公演になる筈。エネルギーを感じて貰いたい。


*「柳都会vol.30」(2025年2月23日)、ゲストは二代目 永島鼓山(えいじまこざん)さん(永島流新潟樽砧伝承会)。Noism2の作品(Noism2×永島流新潟樽砧伝承会『赤降る校庭 さらにもう一度 火の花 散れ』)でコラボしたときに、「只者じゃないな」と思った。「二代目襲名」の彼女(2022年)、自分たちNoismも「次の世代」を担うことを考える時期。

以上をもって、報告といたします。

明日(2025年2月19日)17:00からは、金森さんと井関さんがゲスト登場する牧阿佐美バレヱ団「ダンス・ヴァンドゥⅢ」のインスタLIVEもあり、そこでは金森さんが振り付けた『Tryptique~1人の青年の成長、その記憶、そして夢』についても話されることになっています。

春のNoism、さながら「百花繚乱」の趣で、雪にも折れない心を取り戻せそうです。そんな気分にさせて貰いました。

(shin)

「円環」トリプルビル、新潟公演中日も客席を魅了♪

12月14日(土)、新潟市界隈は冬っぽくはあっても、「円環」公演の時間帯には雪はおろか、雨も落ちてきてはいずに、その意味では大助かりだった訳ですが、「大動脈」新新バイパス上で2件の事故があったお陰で、開演時間(17時)までにりゅーとぴあに辿り着くことが出来るか、ホント冷や汗ものの移動となったのは私だけではなかったのではないでしょうか。何とか滑り込みセーフで事なきを得ましたけれど、もう気が気ではありませんでした。

ホワイエでは、前日撮影しないでしまった「物販」コーナーの写真を撮らせていただきたいと思っていましたから、まずはそこを押さえることが出来て、自分に課したミッションクリア、でめでたし、めでたしでした。(休憩時間には、本日お越しになられていた花角知事が20周年記念冊子をお買い求めになる場面に遭遇しました。やっぱり、アレいいですよ、お洒落そのもので。2,000円はマストバイのアイテムかと。)

入場時に手渡される公演パンフレットと各種チラシの束のなかには、私たち NoismサポーターズUnofficial 製作の「サポーターズ・インフォメーション」の第11号も含まれております。力を込めてつくっておりますので、是非ご覧いただき、仲間に加わっていただけたなら嬉しく思います。

移動のドキドキから解放され、落ち着きを取り戻して客席から見詰めた「円環」トリプルビルの新潟公演中日の舞台は、この日もまさに会心の出来栄え。すっかり心を鷲掴みにされてしまうことになります。

まだまだ先の長い公演日程に鑑み、3つの演目について詳述することは致しませんが、最初の演目、金森さん演出振付で、金森さん+Noism1の『過ぎゆく時の中で』と二つ目の近藤良平さん演出振付のNoism1『にんげんしかく』が肌合いを異にするように感じられるのは、ある意味、容易に頷けるにしても、最後の『Suspended Garden - 宙吊りの庭』がまた同じ金森作品でも、『過ぎゆく…』とは別種の風情を湛えた作品であることも一見して明らかでしょう。
そして、それと同時に、昨日も今日も見終えたときに感じたのは、そうした相異なる3作品が、不思議に繋がり合っているようだということでした。それこそ、まさに「円環」。舞踊の多様性と奥深さに同時に触れ得た気がした次第です。そのあたりのこと、皆さんはどうお感じになられたでしょうか。コメント欄に書き込みいただけたりしたら嬉しいです。

ここからはこの日の終演後に行われたアウタートークについて、かいつまんでご紹介していこうと思います。この日の登壇者は、三つ目の演目を踊られた井関佐和子さん、山田勇気さん、宮河愛一郎さんと中川賢さんでした。
踊り終えたばかりの4人が着替えてクールダウンするまでの間の「場つなぎ」として金森さんが登場して、そのまま進行を務めたのですが、今公演は、井関さんが方向性を定め、構成を決めるプロデューサー兼出演者であったことを再度、念押しされたことも併せて記しておきます。

Q:(井関さんに)今回、近藤良平さんを招聘した理由について
 -A(井関さん):「Noism1メンバーのことを常々考えている。何が足りていないか。彼らの現在の問題も良さも個性も、どの振付家が来ても出てしまうし、自分が見る限り、新しい発見はない。近藤さんをお呼びしたことで自ら気付いて貰う機会にして、成長して欲しいという思いがある」

Q:(宮河さん・中川さんに)久し振りにNoismの舞台に出て感じたこと
 -A(宮河さん):「リハーサルに時間をかけられる環境。とことん深めていく作業、久し振り」
 -A(中川さん):「流れていたところに、また違う流れという感じ」

Q:新潟での12月の公演は厳しい。11月にならないか?
 -A(井関さん):「確かに12月は自分たちも寒くて厳しい(笑)。今回もクリエイションが始まった頃は晴れた秋空だったのが曇り空になり、段々、『新潟』の空になってきた。検討してみます」

Q:新潟で美味しいと思う食べ物は?
 -A(山田さん):「刺身。自分は北海道生まれなのだが、新潟が一番美味しいと思う」
 -A(中川さん):「タレカツ」
 -A(宮河さん):「居酒屋しののめさんのとりカツ」
 -A(井関さん):「お米」

Q:ダンスを始めたきっかけは?
 -A(山田さん):「大学に入ってから。ダンス甲子園とか深夜番組でヒップホップが流行っていて、ストリートダンスをやっていたが、大学のダンス部では違うモダンダンスをやっていた」
 -A(中川さん):「姉が現代舞踊(モダンダンス)をやっていたことから」
 -A(宮河さん):「応援団に入っていたり、バレエやジャズダンスなどから。マイケル・ジャクソンとかダンス甲子園とかの頃」
 -A(井関さん)「3歳で踊り始めたので、記憶がない」

Q:舞台芸術を裏で支える人になりたい。求めていることは?
 -A(井関さん):「是非、ウチに。状況であったり、何が求められているかであったりを把握できること。機転が利いて、その瞬間を生きること」

Q:どうやって動きを合わせていたのか。呼吸?カウント?
 -A(宮河さん):「場所によって違う。カウントのところもあれば、デュエットは呼吸」
 -A(井関さん):「結構、カウントは決まっていたが、重要なところはカウントではなくなってきた。アン(=トン・タッ・アンさん)の音楽に呼吸を感じる」

Q:リノリウムに画像が映されるのは踊り難かったりしないか?
 -A(宮河さん):「テンションがあがるが、画像が動くと目印が動いて惑わされることも」
 -A(中川さん):「自分は踊り難くはない。テンションあがる」
 -A(山田さん):「デジタルの画像なので、細かいグリッドが見える。客席からは綺麗に見えるようになっている」
 -進行役・金森さん「そうなんだよね。客席からの見え方で作っている」

Q:海外公演、どの国で行いたいか?
 -A(井関さん):「スイス。自分がいたところであり、欧州でも違う国なので。そしてフランス。舞踊に厳しい国で、今、金森作品を持っていったら、どう感じて貰えるか興味がある。是非、連れて行ってください」

Q:お気に入りのポーズは?
 -A(山田さん):「手を繋いで斜め一列になるところ。深いプリエをする。頑張っているなぁと思って好き」
 -A(宮河さん):「佐和子(=井関さん)をリフトして止まるところ。うまく入ると気持ちいい。やってやるぞと」
 -A(中川さん):「ポーズではないが、4人が揃っているとき」
 -A(井関さん):「奥で全員集まって、顔を見るところが好きな瞬間。いい瞬間だなと」

Q:これまでの衣裳で、一番の好みは?
 -A(中川さん)「ISSEY MIYAKEとか白の全身タイツとか印象に残っている」
 -A(宮河さん)「『中国の不思議な役人』の布団。布団風ではなくて、めちゃめちゃ重かった」
 -A(山田さん):「今回のは凄く好き。違和感がない」
 -A(井関さん):「『夏の名残のバラ』の堂本教子さんによる赤いドレス」

Q:(宮河さん・中川さんに):久し振りに金森作品を踊っての感想
 -A(宮河さん):「今でもまだ信じられない。戻ってくることがあるとは思っていなかった。クリエイションが始まったときから笑いがとまらない。今でも本当なのか疑っているほど信じられない経験。心が追い付かないくらい嬉しい」
 -A(中川さん):「昔、自分は穣さんの作品に出たくてNoismに来た。その頃、メンバーにならなければ穣さんの作品は踊れなかったから。今、ひとりの中川賢として踊っている。メンバーだった自分がいてよかった」

Q:アンさんの素晴らしい音楽を踊っての感想
 -A(井関さん):「アンの音楽は導いてくれる。幾つものレイヤーがあって、その都度、耳に入ってくる音が違う。日本(新潟)に来てくれて、調整してくれた音はまた全く違って聞こえてきた」
 -A(宮河さん):「母の作るシチューが安心感あるのに似ている」
 -A(中川さん):「純粋にいい音楽だなと。最初のピアノの4つの音、もはや聴きたくなっちゃっている」
 -A(山田さん):「アンの音楽は変わっていない。聴いた瞬間、『ああ、アンだな』と思った」

Q:年齢による踊りの変化、どう感じているか?
 -A(山田さん):「色々経験を重ねて、見える部分増えたが、今回、同じ釜の飯を食ってきたこのメンバーで踊って、話さなくても、身体的にわかる。このメンバーでやることに安心感があり、広い心で舞台に立つことが出来た」
 -A(中川さん):「環境によって、果たすべき役割は違う。一緒に長くやってきたことは貴重」
 -A(宮河さん):「年をとることは嫌なことだと思ってきたが、ここ1、2年は違う。父が亡くなったり、怪我をしたりしたことがダブって見えてきた。経験を重ねることで見えるものも増えていて、年をとるのも悪いことではないなと」
 -A(井関さん):「(金森さんも含めて)5人の年齢を合わせると200歳を超える(笑)。舞台に立つ心持ちが変化した。ただ単純に『自分を見て欲しい』ではなくて、どう人と繋がっていくか。これから年をとっていくことが楽しみ。このふたり(宮河さんと中川さん)はずっと身体と向き合っているから呼んで欲しいと思った。年齢を重ねても進化出来る。自分自身に期待している」

最後に、金森さんから、新潟楽日は当日券の余裕もあり、もう一度観たいという方は是非に、とのお誘いなどがなされ、大きな拍手のなか、この日のアフタートークが締め括られました。

…大体、そんな感じでしたかね。以上、報告とさせて頂きます。

そしてこれを書いているのは、その新潟楽日の未明。半日後にはその舞台もほぼ最終盤に差し掛かっている筈、というそんな時間。本日が新潟で今公演を観る最後の機会。
皆さんも「円環」よろしく、素晴らし過ぎる「非日常」が待つりゅーとぴあ〈劇場〉への「円環」を企ててみませんか。Noismロスになる前にもう一度。
私?もちのろんです♪って、年を重ねた観客がここにもひとり。皆さんも是非♪

(shin)