Noism《15周年記念公演》で『Mirroring Memories―それは尊き光のごとく』 『Fratres I』を見る

山野博大(舞踊評論家)

Noismの《15周年記念公演》が、『Mirroring Memories―それは尊き光のごとく』と『Fratres I』の2作品により行われた。どちらも金森穣の振付だ。

『Mirroring Memories』は、昨年4月《上野の森バレエホリデイ2018》Noism1 特別公演で初演したものの再演。初演の会場は、東京文化会館小ホールだったが、今回はりゅーとぴあに続き、東京のめぐろパーシモンホールという開放感を伴う明るい感じの空間での上演だった。 私は「めぐろ」公演を見た。天井の高い石造りの荘重な雰囲気を漂わせた上野から移ったことで、舞台の印象が大きく変わった。ドアーサイズの鏡12枚(上野では10枚だった)を横に並べ、その半透明の鏡の前と後にあるものを同時に見せる仕掛の中で、彼がこれまでに作ったさまざまな物語舞踊の見せ場を次々と並べた。全体の流れは初演とだいたい同じだったが、観客が客席から鏡の列を眺める角度の違い、鏡の前に広がる空間の大きさなどが「めぐろ」の観客をよりいっそう作品の奥へと引き込むことになった。

微妙な角度で並べられた鏡のひとつひとつに、その前で踊る者の後姿が少しずつ違って映る。ソロであっても、その背後に12人分の動きが出現する光景は、見る者にある種の快感をもたらす。そのような空間での冒頭の金森穣のソロは、ローザンヌのベジャールのアトリエで、彼が振付を習った当時を振り返るシーン。金森は、師の舞踊劇創作の手法を独自に発展させて、作品を創り続けてきたのであり、その初心を改めて観客に示したのだ。金森のしっかりと体幹を鍛えた肉体から送り出される舞踊表現は、ベジャールへの想いをストレートに伝えるものだった。

『Mirroring Memories』は、彼がこれまでに作ってきた作品のハイライトシーンをいろいろと並べて見せたものであり、前に見た時とほぼ同様の進行だった。しかし個々の場面の印象はかなり変わっていた。再演の舞台を見る観客には、その作品に対する「慣れ」が働き、理解度が増す。作品は再演されるごとに、作者と観客との距離感を縮めて行く。今回はその「慣れ」に劇場の構造の違い、そしてNoism全体の努力の積み重ねが加わったことで、金森舞踊の核心がよりいっそう明らかになった。

やはり「慣れ」の効果は大きい。再演を見る観客はより深く場面に入り込んで、その踊りのひとつひとつをゆっくりと楽しむことができるようになる。しかし今回は、それ以上にダンサーひとりひとりが振付をしっかりと理解して、作品とみごとに一体化したところが、初演との大きな違いだった。『マッチ売りの話』の中でマッチを次々と点火させながら息絶えたかのような娘を前にした金森穣と井関佐和子の踊りの、大きく全体を包み込んだ感動的な愛情表現をはじめ、その他の場面でも個々のダンサーの肉体の動きがより強く心に沁み入る瞬間が多かった。

『Fratres I』は、アルヴォ・ペルトの音楽による15人の群舞作品だった。「Fratres」は、ラテン語で親族、兄弟、同士を意味する言葉だそうだが、人と人の関係が薄くなり、引きこもりが多くなったり、いじめで死を選ぶ子どもが後をたたない今日この頃、現代の日本人には、心に重くのしかかるタイトルだ。それに対して金森は、全員が感情を交えずに同じ動きをこなす連鎖を見せ、その後に個々のダンサーに天井からとつぜん白い紛(※)のシャワーを浴びせかけるという思いがけない舞台を作り上げた。

『Mirroring Memories』は、その中に並べた物語舞踊のひとつひとつに、それぞれ長い時間をかけてきた内容いっぱいの名作カタログだった。それに対して新作の『Fratres I』は、全員が同じ動きに従うことの多い、単刀直入の群舞。両作品の感触の違いは明らかで、最後をさらりと切り上げた組合せの妙が快かった。長く続く盛大な拍手の裡に、Noism《15周年記念公演》の幕が降りたことが、その何よりの証しだった。金森穣という逸材を選び出し、15年という時間をかけて、これだけ高度な舞踊芸術を世に送り出した新潟市の、多大なる貢献に感謝しなければならない。

(2019年7月27日所見)

※ くず米と確認

「Noismサマースクール2019」最終日を見学してきました♪(2019/08/04その2)

2019年8月4日(日)、Noism2特別ショーイングのあと、「Noismサマースクール2019」の最終日を見学してきました。

7/31~8/4の5日間、14:00~18:30、Noismメソッド・バレエ・レパートリーを学びます。
定員25名。1クラス受講~全クラス5日間通し受講OK。13歳~35歳。
「舞踊経験3年以上」ということですが、バレエをやっている人が断然多かったと思います。
それもかなり上級レベル。
各クラスとも参加者は各25名。初めての参加は2,3名いましたが、だいたいは通しの人が多かったのでは。

Noismメソッドは、講師:山田勇気さん、アシスタント:浅海侑加さん、音出し:カイ・トミオカさん
メソッドは、がんばれば、私もマネくらいはできる「かも」しれない・・・

Noismバレエは、講師:池ヶ谷奏さん、アシスタント:Noism1メンバー数名、音出し:西澤麻耶さん
これは、無理。かなり高度。
バーにはメンバーも一緒につき、バーレッスンのあと、センターで難しいことをやります。
上手な参加者が何人もいてすごいです。
でも、なんといっても池ヶ谷さんがすばらしい!

テクニックも素晴らしいですが、Noismバレエの極意、上に行く時、下にも行く、ということをわかりやすく伝えていました。
そのほか前に行く時はうしろを、横に行く時は反対側の横を意識すること等、素人の私も「なるほど!」と思いました。

Noismレパートリーは、講師:西岡ひなのさん、アシスタント:ジョフォア・ポプラヴスキーさん、カイ・トミオカさん、音出し:三好綾音さん
レパートリーは『ZAZA』から「群れ」、『Mirroring …』バージョン。
最初は全員でおさらい。それから2グループに分かれて、更にその後、少人数のグループに分かれて踊ります。
皆さん上手でビックリ!
これはメンバーもかなり刺激になると思います。と言うくらい うまい!

レパートリーは『Fratres I』も5日間やったそうですが、私は途中退席したので、最後が見られず残念。。。

Noism2ショーイングと、サマースクールを最後までご覧になられた会員の方からいただいたメールをご紹介します。

*****
イベントおつかれさまでした。
Noism2も表現が豊かになってきました。目的に向かって進んで欲しいと思っています。

SUMMER SCHOOL 初めて見ましたが、Noismにとっても大きな「活動」だと思っています。最後まで見ました。
レパートリーは『ZAZA』より「 群れ」、『Fratres I』 5日間の練習でしたが、生徒さんの真剣さ、素晴らしかった。(当然、Noism全員も)
最後、Noism1の全員メンバーが座って生徒を見守っていました。
大きな拍手喝采!!

生徒それぞれの想いが有ったと思う。。
こんな、「素晴らしい活動」をやっている・・・
「Noism」を誇りと思っています。

金森さん、井関さんとお話ししました。
今回の練習を見ましたが、「こうやって、作品を創っていくんだね!」と話しました。そしたらお二人が、「その通り!」と。

これから、お二人で富山公演に向かって練習だそうです。
*****

メールどうもありがとうございました!

Noism1、Noism2、そして、外部に向けたワークショップ活動があるのは、Noismにとって とても良いことと感じました。
そして、富山公演もそうですが、Noism0の活動もあります!
充実の活動内容で、ますますNoismから目が離せません。

今月末までに発表の市長判断。
発展的継続の吉報が待たれます。

(fullmoon)

Noism2特別ショーイングが15th seasonを締め括る(2019/08/04その1)

2019年8月4日(日)12:30。この日も新潟は判で押したように暑い一日。「来る日も来る日も」、そう思うのも間違いないのでしょうが、流れる時間はまた、確実にこれまでとは異なる「別の一日」を用意して刻まれていました。

何故と言って、それはこの日を最後にNoismを離れるメンバーがいることをも意味するからです。先日の公演のことを書いた際、Noism1の浅海さんとシャンユーさん、そして準メンバーの片山さんについては触れました。

この日はこのNoism2特別ショーイングを最後に、門山楓さん、鈴木夢生さん、岩城美桜さん、森川真央さんが離れていくことになります。寂しくない筈がありません。

そんな思いも抱きながら、「特別ショーイング」って、いったい何を見せて貰えるのだろう、様々にドキドキしながら足を運ぶスタジオBでした。

で、驚き!若い舞踊家で再び『Mirroring Memories』からの抜粋が観られるなど、想像だにしていなかったからです。心は一気に沸点に達します。

まずは第1部、その「Noismレパートリー」。本家『Mirroring …』が黒衣の登場と情動に訴えかける音楽とで場面を繋いでいったのに対して、本日のバージョンは繋ぎの音楽なしに、前の場面のラストに、次の場面の舞踊家が現れ、前後の舞踊家が不動の姿勢でオーバーラップしながら、場面転換が行われていきます。衣裳や小道具の類もなく、純粋に、各人の身体ひとつのみによるチャレンジを見詰め、一人ひとりが「Noism」を体現しようと精一杯踊る姿に打たれました。

「本家」との最も大きな違いは、4人が配された3番目の「Contrapunctus」(『Psychic 3.11』)でしょう。スタジオB下手側の鈴木さんと岩城さん+上手側の池田さんと橋本さんによって、デュオ×2のかたちで踊られていったのでした。ラストでは、3人が床に倒れてしまうなか、左から4人目、岩城さんひとりが片膝をつき、耳を塞ぎました。

そして勿論、1部ラストのソロ、門山さんの「ミカエラの孤独」(劇的舞踊『カルメン』)が目に焼き付いています。彼女持ち前の若さで踊られるミカエラは、これまでに観たどのミカエラとも異なり、今の門山さんを見詰めるためのものだったと言えます。ラスト近くで発せられる泣き笑いの叫びを、門山さんの「3年間」が全て込められているように聞いたのは、私ひとりではなかったでしょう。胸が締め付けられる思いがしました。

スタジオ内は暗くなりましたが、拍手をする雰囲気とも異なる肌合いのうちに、薄明のなか、第2部の用意が進みます。舞踊家たちによって、踊るスペースぎりぎり、最前線に、白い百合が六輪、等間隔に置かれました。

ワークインプログレス『touch-me-not』(仮)。タイトルは「ホウセンカ」、或いは沖縄では「てぃんさぐ」として知られる赤い花のことであり、熟すと弾けて種子を飛ばす花です。「触らないで」という花言葉が、9人のメンバーの「今時分」を含意し、意味深な印象を与えます。そこに「百合」です。ん、しかし、「黒一点」カナール・ミラン・ハジメくんもいるぞ。例外もあるな。

で、みんな白い衣裳かと思えば、ひとり(『火の鳥』の)仮面をつけた女性だけ黒い衣裳を着ているじゃありませんか。仮面をつけていない他の白8人から、ええっと、彼女は橋本さんだ、と割り出すものの、またしても「黒」の例外。

しかし、チェンバロの音に重ねて歌われるドイツ語とおぼしきチャントには何やら背徳的な響きも漂い、それに合わせて踊る9人は同じ青年期にあることで、女性・男性の違いやら、白と黒の違いやらを越えて、各人の生と性とが、更に性と聖とが交錯し、自らの手に余るしかないあの年頃特有の危うさ、戸惑い、憂い、禁忌、哀感といったものを9つの身体で表出していきました。それは誰しも避けて通れず、誰しも思い当たるところがある心情を踊るような、今の彼(女)らにのみ許されるような舞踊であり、一貫して、決して眩くはないものの、やや陰りを帯びて鈍く輝く類の青年期のフラジャイルで歪な美しさ。零れ落ちる未だ不定形の官能性。…堪能いたしました。

全てが終わり、暗転。その後、赤い薔薇を抱えて登場し、一列になって拍手に応えた若い舞踊家たち。私たちも彼(女)らの前途を祝して長いこと大きな拍手をしたり、掛け声をかけたりしたかったのですが、緞帳がなく、カーテンコールには不向きでした。彼(女)らがはけた後、その場所に残されたままの薔薇と仮面…。

しかし、お互い、このまま終わる訳にはいかないとの思いが共有されたのでしょう。Noism2リハーサル監督の山田勇気さんが「これでおしまいです」と告げた後でしたが、誰が合図するでもなく、極めて自然に、舞踊家たちが止まない拍手に応えて出てくる流れになったのでした。一様に照れくさそうに、しかし、笑顔で。観ていた私たちも再び、精一杯、拍手を強めることで応えました。

その後、立ち去りがたく、ホワイエに立ちすさんでいると、これを境にそれぞれ進む道が異なる時を迎えた「同士」たちが抱き合う姿や、そっと目を拭う姿などを目にし、一人ひとりの前途が洋々たることを祈らずにはいられませんでした。

こうしてNoismの15th シーズンの幕がおりました。来シーズンの幕が上がる迄には、メンバーの入れ替えがあるばかりでなく、活動継続の可否を巡る現在の「棚上げ状況」も決着をみていることになる訳です。正直、今、心は落ち着くべくもありません。しかし、全国から寄せられる熱い思いを力に、私たちはただ信じて待つのみです。「Noismのある新潟市」が継続されていくことを。私たちの前途に、Noismとともに歩む未来が待っていることを。一緒にその吉報が届く日を待ちましょう。

(shin)

メルマガ登録エラーのお知らせ(2019/08/01)

メルマガ登録エラーのお知らせ

 ご氏名:鈴木紀子様
 メールアドレス:n************@docomo.ne.jp

 2019年8月1日 08:37:17 に上記アドレスから

配信登録のメールをいただきましたが、

同日 09:37:47 に上記アドレス宛にメールを送信しましたところ、

550 Unknown user エラーとなりました。

このため、配信登録はまだ完了していません。

 もしメルマガの配信をご希望でしたら、

恐れ入りますが、あらためて正しいメールアドレスから

 subscribe@noism-supporters-unofficial.info  あてに

メールをいただけますでしょうか。

よろしくお願いします。

*なお、この『お知らせ」は用件が済みましたら削除します。

(メルマガ担当:あおやぎ)

舞踊の力見せつけた♪Noism15周年記念公演・大千穐楽

2019年7月28日(日)の東京、めぐろパーシモンホールはNoism15周年記念公演の大千穐楽の日、即ち、今季最終公演の日。朝のうちの雨があがると、またしても気温はぐんぐん上昇。しかし、前日に比べると、夏らしい空も広がり、やや不快感は薄い気もしました。それでも暑いことには変わりありませんでしたけれど。

前日と同じように柿の木坂をのぼるのですが、気持ちは異なります。既に、公演最終日の寂しさが心のどこかに巣くっているからです。これが見納めとなるメンバーもいるからです。

ホワイエに歩を進めると、中川賢さん、亀井彩加さん、牧野彩季さんも入って来られて、それぞれご挨拶できましたし、ISSEY MIYAKEデザイナー・宮前義之さんの姿をお見掛けするなど、勿論、そこここに「大楽」特有の華やぎも感じることが出来ました。

そんななか、この日も公演の幕があがる時間が訪れます。様々な色味をもつ『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』(65分)から。

個人的な話で恐縮なのですが、この日の公演を最後にNoismを離れるおふたり、チャン・シャンユーさんのバートル(『ラ・バヤデール-幻の国』(2016)より「ミランの幻影」)、そして、黒から白へ「少女」を踊る浅海侑加さん(『マッチ売りの話』(2017)より「拭えぬ原罪」~ラスト)の場面が、踊りに万感の思いが込められているように映り、と同時に、自然とこれまでの記憶も重なってきて、片時も目を離したくない、そういう気持ちで目を凝らしました。恐らく私だけではなかったろうと思いますが。

自分の足で立たねばならない時の訪れに、不安もありながら、胸に覚悟を刻んだ「少女」浅海さん。その姿が12枚の「鏡」に映って、幕。次の演目がありますから、余韻もそこそこに、一旦、棚上げするかのように客電が点き、休憩となるのは前日までと変わりません。

そして、『Fratres I』(15分)。15人の舞踊家による、俗を離れた聖の、そして祈りの舞踊。

陰影。静謐。ステージ上方、舞踊家たちの遥か高いところにはスモークが漂い、全体的に薄暗いなか、フード付きの黒く長い衣裳に身を包み、修道僧然とした15人は微動だにすることなく、蹲踞の姿勢で美しい陣形を呈し、顔と剥き出しの2本の腕のみが照明で鈍い黄金色に照らされ、それはそれは息をのむ美しさです。ペルトの音楽に合わせた動きは、手のみのミニマルなものから始まり、腕へ、上半身へ、脚へ、全身へと広がり、徐々に大きなものとなっていきます。

我が身に降りかかるものは、他の者の身の上にも。耐えるような、足掻くような、身を掻きむしるような。地霊を治めるような、呼び覚ますような。天から降臨するものを待つような。個々に、交わることなくも、同士と共に一糸乱れず。それは「一(いつ)にして全」の様相。

やがて、その身に降り注ぐ15本の光の滝。鮮やかな光を受けて落下し続けるもの、正体は米。受け止めるのか、抗うのか。祝福でもないのでしょうが、試練とばかりにも見えません。動きを止めたままの総身でそれを浴びたのち、頭上に両の掌をかざし、受けようとでもするかのような姿勢を経て、今度は全身で弾きつつ、踊ることに専心していく舞踊家たち。その姿が、目を射抜きます。心に突き刺さります。

そんな米も降り注ぐのをやめる時が到来します。降り注いだ大量の米は、今は足許にあり、舞踊家たちそれぞれの動きの軌跡を描き、残すことになるでしょう。やがて舞踊家たちはそれまでの陣形を離れ、円弧を形作ります。床を両手で叩く仕草まで含めて、(あたかもベジャールの『ボレロ』を思わせるような、しかし)不在の中心に向けられた崇拝のよう。そこへ、その不在を埋めるかのように、同時に、今度こそ舞踊家たちの覚悟を祝福するかのように、再び、より太く、より鮮明に光を反射させながら落下を始める勢いを増した米の滝。胸に手を当てる15人。中空には弧をなす一筋の曙光。いまだ間断なく落下を続ける米、米、米。そこに幕がおりてくる…。

待っていたのは、一瞬の静寂ののちの割れんばかりの大きな拍手、続いて「ブラボー!」の掛け声。但し、荘厳で厳粛な空気に圧倒されて、腰を上げることが躊躇われたのは私だけではなかったようです。最初は拍手喝采のみでした。しかし、カーテンコールが繰り返されるうちに、徐々に「縛り」は解けて、少しずつスタンディングオベーションを贈る人たちも出てきます。会場中が感動と感謝を表す熱狂の渦に呑み込まれていきました。

客電が点り、終演。

…その筈でした。観客はみんなそう思っていた筈です。明るくなったのですから。ところが、幕がもう一度あがったのです。嬉しいサプライズです。

舞台には先刻までとは異なり、互いに背中に手をまわして深々と上半身を折る舞踊家たちの姿がありました。これがNoism最後となるシャンユーさん、準メンバーの片山さんも笑顔です。他方、少し前から浅海さんは涙を流し、その彼女の背中に井関さんが腕をまわしています。

やがて、金森さんが万雷の拍手に応えて、客席に向けて拍手を返すに至り、まるで堰を切ったかのように、大勢による、本当に大勢によるスタンディングオベーションの光景が現出したのでした。舞踊の力を媒介にして、ひとつになっためぐろパーシモンホール・大ホール。居合わせた者みなが生涯続く感動のときを刻み込んだ、そう言ったとしても決して大袈裟ではないと思います。

心をうち震わせたまま、ホワイエに出てみると、グッズ売り場には大勢の方が足を運んでおられ、Tシャツ、DVDなどをお買い求めになっていましたし、活動支援会員になろうとポスターに見入る方も多数見られました。

こんなに大きな感動を届けてくれるなら、また観たい、ずっと観ていたい、そうした皆さんの思いがダイレクトに伝わってきました。嬉しく、誇らしく、そして心強い光景でした。

7月も残すところ僅か。もうすぐ8月の声を聞きます。中原新潟市長が活動継続に関して方向性を示すときがやって来ます。観る者すべてに、こんなに大きな感動を届けてくれる舞踊団Noismに限って、間違いはない筈です。皆さんと一緒に、吉報が届くのを待つのみです。

(shin)

酷暑の東京に静かな熱狂、めぐろパーシモン2日目

2019年7月27日(土)、台風到来を案じながら、新幹線で東京入りしてみると、幸い、風雨はなかったものの、何かねっとりと粘つくような暑さは、もう温帯のそれとは思えず、亜熱帯化でもしたかと感じられてしまうような、もの凄い不快感に見舞われた酷暑の一日。

そんななか、東急東横線を都立大学駅で降り、柿の木坂の傾斜を汗ばみながらのぼると、まず、緑が目に入り、パーシモンホールがある区民キャンパスが見えてきました。図書館、体育館も併設される施設はさまざまな用途で人びとが集う、開放的で、魅力的なもの。素敵な公演会場です。

開演1時間前には当日券をお求めになる方の列ができ、区民キャンパス内の人の往来も徐々に大ホール中心にシフトしていきました。

開場されると、華やぎは今度はホワイエに。この日は、評論家の山野博大さん、乗越たかおさんの姿がありましたし、埼玉、愛知ほか各地の劇場関係の方たちもお越しになられていましたが、決して「お仕事」だけのおつもりではなかったでしょう。

開演ギリギリまでホワイエは談笑される方々、飲み物片手に喉を潤す方々、Noismグッズを求められる方々の姿で溢れていました。(なお、Noismロゴバッジは好評につき、sold outってことみたいです。他もどうぞお早目に。)

そして開演。『Mirroring Memoriesーそれは尊き光のごとく』65分です。この日の私は最前列からの鑑賞だったのですが、ほぼステージ高から視線を送ることになり、少し仰角、やや見上げる両目には、いつにもなく神々しさと同時に生命のもつ生々しさを伴って映じました。この日、至近距離より見詰めた舞台から、軽々、易々踊られているように見えて、生身の舞踊家たちには、重力も体重も摩擦も、私たち客席と同様に存するという当たり前過ぎる事実がビンビン、目に、肌に突き刺さってくるように感じられ、観ているうちに、作品テーマと相俟って、覚悟、精進、継承、そして希望、そんな言葉たちが浮かんできました。リフトも物凄く高く高く感じられ、心底圧倒されたことも書き記しておきます。もっと拍手していたかった、贅沢な、贅沢過ぎる時間でした。

10分の休憩では、ホワイエで友人、知人と一緒になり、いえ、一緒になったものの、みんな一様に、相応しい言葉など見つからない風情で、遠い目で反芻に耽るばかりでした。その失語感こそ、優れた芸術がもたらすものに他ならず、その際の「もどかしさ」を味わうために劇場に足を運んでいるのだなぁと改めて思い知らされたような次第です。(汗)

続いて、『Fratres I』15分の舞台です。音楽、照明、肉体がひとつになり、静謐、崇高な空気感を作り出します。その神々しい美しさといったらありません。紋切型の思考では、精神の対立項として置かれる身体だったりもしますが、金森さんを含むNoism15名で踊られるこの短いピースは、その2者が遠く隔たったものではなく、身体にして精神、否、身体即精神であること、あり得ることを、ただ見詰めるだけで容易に納得させてしまう驚異の力に満ちた15分なのだと言い切りましょう。後半、装置のアクシデント(*)にハラハラしながらも、一期一会です、その日見得た舞台だけが見る者の人生と交わる唯一無二の舞台なのであって、ただ受容することを措いて他にない、そんな初歩的なことも再確認致しました。だって、狼狽えも、たじろぎもせず、舞台に献身する舞踊家たちを見たらそれでもう充分、パーフェクトな筈です。それ以上、何があるでしょうか。

この日の客席は、どちらかと言うと静かに拍手を送るタイプの観客が多かったようでしたが、カーテンコールが繰り返され、笑顔の舞踊家たちを目にすると、気持ちの昂りを抑えていられなくなり、拍手も音量を高め、徐々に掛け声も飛ぶようになっていきました。そのなりゆきは温かみが感じられるものでした。

圧倒され尽くして、終演後のホワイエに立ちずさんでいると、家族や知人、友人に会うために、舞踊家たちが次々に楽屋から出て来る姿を目にしました。先刻までの張り詰めた様子から解放された素顔の舞踊家たちへの労いの思いを胸に会場を後にしました。「あと1日」、まだご覧になられていない方、必見ですよ。

(shin)

新潟日報「窓」欄再び♪―『魅力あるノイズム残して』掲載(2019/07/27)

皆さま、本日(7/27)の新潟日報朝刊「窓」欄に、皆さまの声を代表するかたちで、『魅力あるノイズム残して』という投稿を掲載していただきました。

こちらからご覧下さい♪ https://twitter.com/NoismUnofficial/status/1154873751709687808?s=19

折しも、東京公演が始まったタイミングでの掲載。地方紙でもあり、小さな声かもしれませんが、機運を盛り上げていく一助にでもなりましたら、幸いです。

皆さまからの更なるご支援をお願いする次第です。

また、こちらもご覧頂けましたら幸いです。新潟日報「窓」欄掲載、『ノイズムの活動支えたい』! →反響続々!コメント欄にもお目通し願います♪ (2018/03/11記事)

(shin)

『Mirroring …』+『Fratres I』めぐろパーシモン見参♪(東京公演初日)

2019年7月26日(金)。始まりは酷暑の新潟。お昼過ぎに、市議会議長あてに延期になっていた活動継続を求める要望書を提出し、その足で東京に向かいました。
目黒パーシモンホール。14年前に金森さんの『フェスティバル』を観るために訪れた人は多いと思いますが、私もその中の一人。懐かしいような不思議な気持ちでの再訪です。

エントランスやロビーでは関東在住の知人友人たちと前公演以来の再会♪

会場の大ホールは天井が高く、広々した空間です。
ほぼ満席の客席。静かに開演を待ちます。

『Mirroring Memories』、そして休憩のあとの『Fratres I』。どちらも神々しいばかりの集団の力に打たれます。

 『Fratres I』が終わり、幕が上がると拍手とブラボーの嵐!!そしてスタンディング!! 台風間近の蒸し暑い東京に、敬虔で静謐な、やがて熱狂の時空がひろがりました。 

14年よりも前、帰国直後の金森さんの作品『悲歌のシンフォニー』を観た方から、「あれは○○ですよね。原点回帰したのですね」というお話を伺いました。奥が深いです。中日、千穐楽も楽しみです♪

*まだ2公演を残すことに鑑み、文中、1箇所、「○○」と伏せ字とさせていただきました。ご了承願います。

(fullmoon)

Noism番外編・『ODORU FUKU』上映&トークショー(@シネウインド)

Noism15周年記念公演と重なり、そして繋がる日程の2019年7月20~22日の3日間、新潟市のシネウインドにて、早春(3月24日)の新潟県政記念館で開催されたUTOPIA秋冬コレクションのファッションショー「オドル フク」の映像を編集して新たに出来上がった『ODORU FUKU』の上映が行われました。

私はNoism新潟公演楽日のあくる日、3日間の最終日(7/22・月)にお邪魔しました。この日を選んだのは、上映後、UTOPIAさん×池ヶ谷奏さんのトークショーが予定されていたからです。(他の日も魅力的なトークゲストさんたちが迎えられていましたが、Noism公演から直で駆け付けるのは、やや忙しなく感じられたもので、当初からこの日「一択」でした。)

少し早めにシネウインドに到着してみると、そこにはUTOPIAさんのポップアップストアが出来上がっていて、UTOPIAさんの姿がありました。で、それに加えて、池ヶ谷さんも目に留まり、嬉しさマックス♪おふたりと話をしながら過ごしていると、Noismサポーターも含めて、観客がどんどん集まってきます。他に、今回上映の映像を担当された梨本諦鳴(なしもとたお)さんの姿も見られましたし、Noismの山田勇気さん、出演された浅海侑加さんとカイ・トミオカさんも駆け付けて来られました。

19:30、先ず、映像から。3月のショーを観ていなかったもので、(実際には、YouTubeで観ていたのでしたが、)何もかもが新鮮に映りました。Noism1メンバーによるNoismとは異なるパフォーマンス。そしてそれを支える裏方さんたち。さぞや準備も大変だったのだろうなぁとも。

「ODORU」の役割で出演されていたNoism1メンバーは前述の池ヶ谷さん、浅海さん、カイさんに加えて、ジョフォア・ポプラヴスキーさん、井本星那さんと、併せて5人でしたが、その他、チャン・シャンユーさんの姿も銀幕に映し出されていました。(浅海さんとシャンユーさんはNoismを離れるということもあり、よく見とかなきゃと思ったりもしました。)

(Photo by Shinobu Kobayashi)
(Photo by Shinobu Kobayashi)

34分間の上映後、お待ちかねのトークショーの始まりです。司会は堀綾香さん(三条市・nailAtelier Twill)。親しい間柄の3人と見え、寛いだ雰囲気のなか、トークは進んでいきました。以下に、話された内容から少しご紹介します。

  • 従来型のファッションショーは「高嶺の花」みたいな感じがしたり、メディアや玄人、業界の人のためのものとの感じがして、もっと面白いものがつくれるのに、と感じていた。新潟に住む人たちに、踊りを通じて、異空間を楽しんでもらいたいと思った。(UTOPIAさん)
  • 衣裳は五泉ニット製。どんな動きをしても、服が揺れてくれる。こんな動きをしたら揺れてくれるよねとか話しながら、振りも変えていった。(池ヶ谷さん)
  • 「旅する衣」をテーマに、「19歳の少女」の旅先での出会いとか経験などをまず「詩」にして、昨年冬から洋服作りなどもスタートさせた。池ヶ谷さんにも同じ「詩」を渡して、踊りを作ってもらうかたちをとった。どんなものになるか楽しみだった。(UTOPIAさん)
  • Noismにおける創作は芸術監督(金森さん)がやるが、今回は自分が構成を考えて、みんなで振りを作っていった。みんなの個性や好きな動きをピックアップして作っていったので、より「フリーダム」を感じた。(池ヶ谷さん)
  • 映像化されたものを見ると、ガラッと変わったものになっていて新鮮だった。音楽も変わっているし、様々な視点から見ることが出来たし、洋服に寄った場面など素材感がわかって、迫力があった。(池ヶ谷さん)
  • まだ始まったばかりという感じ。新潟の「文化」も踏まえて、「行先」を考えていきたい。今、小千谷縮(おぢやちぢみ)に興味があり、学んでいるところ。新しい素材、新しいアプローチを取り入れて、また、新潟でファッションショーをやりたい。(UTOPIAさん)
  • 自分の作品をつくれる場を増やしていきたい。「新潟のよさ」を伝えられる人になりたい。(池ヶ谷さん)
  • 会場からの質問①「洋服とNoismのダンスで、それぞれの色が『衝突』するようなことは生じなかったのか」に答えて: *池ヶ谷さん「Noismらしく動くという意識はなかった。どう動いたら、素材をどう見せられるかについて、ディスカッションすることを楽しんだ」  *UTOPIAさん「以前、『水と土の芸術祭』の折、人を介して、池ヶ谷さんから依頼を受けて、衣裳を担当したことがあり、その際、ただ止まって美しいだけでなく、例えば、捻じれたときのシルエット的な美しさを求めていくなど、本当に勉強になった。今回に関しては、Noismダンサーが着るからという意識はなく、過度に、洋服を踊りに寄せたりすることはしなかった」
  • 会場からの質問②「春の県政記念館でのショーのときの音楽は誰が選んだのか」に答えて: *池ヶ谷さん「私が、自分の好きな曲(5曲)を使った。いつか使いたいとセレクションしていた5曲だった。歌詞に合わせて振りを考えたような部分もあった」  *UTOPIAさん「今回の映像に付けられたものは、いちから作ってもらった音楽だった」

トークショー終了後も、ポップアップストアでUTOPIAさん製作の洋服などを見ながら、話しに興じる姿が多く見られ、万代シティ第二駐車場ビルの「あの一角」は常より遅い時間まで煌々と灯りが点されるなか、賑わいを残していました。蒸し暑い夏の夜のこと…。

(shin)

舞台と客席に幸福な一体感、15周年記念公演・新潟楽日♪

2019年7月21日(日)の新潟市は、3日間の15周年記念公演期間中、唯一「晴れ」と呼んでよい一日。少し動くだけで汗ばむ気温の中、自動ドアを通って、りゅーとぴあに入ったとき、エアコンが利いた館内の涼しさに救われた気がしたのは私一人ではなかった筈です。

活動期間についての結論が出ていないなか、新潟公演の楽日の舞台を観ようと集まってきた人たちは、胸中、それぞれに何とかして表出したい強い思いを抱えているようでした。ですから、開演前のホワイエは華やぎに混じって、何か大事なものに向き合う前の決然たる空気感があるようにも感じられました。

それが錯覚でなかったことは程なく示されることになります。最初の演目『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』が金森さんのソロから始まりました。冒頭すぐのことです。「ブチッ」、音が一瞬飛ぶ小さなアクシデントがあり、客席もハラハラ。しかし、当の金森さんが心を込めて踊りあげていくので、観る側も案じる気持ちを傍らに、固唾をのんで見詰めることができたのでした。金森さんの放つ気が客席に及び、観客も舞台と一体化していきます。その結果、金森さんのソロが終わったその瞬間、期せずして拍手と「ブラボー!」の掛け声が起きたのです。おとなしい反応で知られる新潟の客席では実に珍しいことだったと言えるでしょう。

その後、観客側から舞台上の演者に届けたい思いは、シーンが終わるたびに拍手のかたちをとって劇場内に木霊することとなったのでした。その場にいて、周囲と一緒に拍手していると、目頭が熱くなってくるのがわかりました。一体感が高まっていく劇場の、それはそれは感動的なこと!その場に居合わせたことで、多幸感に浸ることができました。

私たちの大切なNoism。カーテンコールのない『Mirroring …』のあとに、そしてカーテンコールが繰り返された『Fratres I』のあとにも勿論、大きな拍手と「ブラボー!」の掛け声が響いたことは言うに及ばないでしょう。

幸福感が極まるカーテンコールの最終盤、横一列に並んだ舞踊家たち。つつっとその中央位置を離れた金森さん、舞台下手袖に移動すると、今季末にNoismを離れるふたりの舞踊家に贈るためのふたつの花束を抱えて戻ります。オレンジ系の花束はシャンユーさんに、次いで、赤系の花束は浅海さんに手渡されました。渡すたびに、愛情と労いを込めたハグが添えられたのですが、身長差のある浅海さんに対しては、中腰になってハグしようとする金森さんのユーモラスな姿に、会場からは温かみのある笑みが零れ、幾分か寂しさが中和されるように感じました。まったく素敵な光景だったと思います。

更に、カーテンコールの一番最後には、舞台上の金森さんからスタッフに対して、そして、客席に向けて拍手をする仕草が出ると、それが横一列に並んだ舞踊家全員に拡がり、つまりは、場内にいた全ての者が拍手に参加するかたちになることで、幸福な一体感も最高潮に達し、新潟の楽日は締め括られていきました。笑顔の舞踊家、笑顔の観客…。

その後、暫くして、おりていた緞帳が再びあがると、すっかり後片付けが済んだ舞台上、金森さんによるアフタートークです。いつにも増して多くの質問シートが寄せられ、それらに答えるかたちで進められていきました。以下に、金森さんが話された内容を少しご紹介いたします。(公演内容に深く関係あるものに関しては、東京公演が控えている事情から、ここでは触れずにおきます。)

  • 『Fratres I』に関して、こんなに集中を要する10分ってあるのだろうかと感じる。
  • 使用楽曲中、歌詞のあるものについては、その意味から振付を行っている部分もあるので、この後、NoismのHPにアップすることにしたい。
  • 黒衣を用いたきっかけ: 日本に帰国後、文楽を観て、いるけれど、いない、或いは、いないものとして享受する奥深さに衝撃を受け、その豊かさに惹かれて、『Nameless Hands』にて初めて登場させた。人生の節目節目で、何かしらの力を感じて生きてきたこととも無関係ではないと思う。
  • アフタートークについて: 欧米でもカンパニーや劇場によって有無の別がある。(NDTはなし。リヨン・オペラ座はプレ・トーク形式。)自分としては、生の質問を聞きたいという思いがあるほか、舞踊家がどのように過ごしているのか知ってもらうことで、劇場文化を共有したいという思いから行ってきた。これからも新潟ではやっていきたい。
  • 発想のタイミング: 何でもないときに思いつく場合も多いが、それは常に考えているから。今回も、お風呂に入っているときに着想を得た。
  • 踊りが持つ力: 非言語的表現。空間のなかに人がいて、明かりが当たり、音楽が流れると、何も言わずして、それだけで豊饒な奥深さを表現し得る。言語化も数値化もできないものを表現する力が踊りにはある。
  • 長い作品と短い作品について: 長い作品は緊張感の持続が緩む瞬間があり、どう緩ませて、どう引き締めるか。短い作品はクレッシェンドでいけてしまうところがある。長短、どちらも好きである。
  • 『Fratres I』に関して、祈りについて: いつ頃からかわからないが、朝、稽古場に行き、自分の身体に耳を澄ましてみる行為が祈りに通じてきた。精神的、超越的なものへの献身。身を賭して、毎日、祈っている。
  • Noismが目指すもの: 舞踊の歴史を再学習し、身体に落とし込み、お客さんに対する問題提起として届けていくなか、ジャンル分けが無効となるような、「何かNoismなんだよね」としか言えないものを目指している。
  • 世界と地元(新潟): 誤解を恐れずに言うならば、芸術家としては、常に世界の中にいたい。新潟にいたことで、自分の作風がどうなったかという分析はしていないが、幸い、ふたつの目があるので、左右の目で世界と地元を見ていきたい。
  • 伝え聞く恩師(モーリス・ベジャール)の遺言、「過去を振り返ってはならない。前に進むんだ」の通り、小さなことであっても、常になにか新しいことをしていきたい。
  • 「Noismを支援したい」と、その方途を訊ねる声に答えて、金森さん、「客席を埋めてくれること、そしてお金の話になって恐縮だが、活動支援会員になってくれることがある。でも、一番はやはり、こうして観に来てくれること。周りの人を騙してでも連れて来てください」と笑いを誘うことも忘れませんでした。
  • 身体と向き合い、今、できることを続けていくことで、祈ることしかできない。これからも見続けてください。等々…。

今週金曜日からの3日間(7/26金、27土、28日)は、めぐろパーシモンホール・大ホールでの東京公演が控えています。身体に加えて、音楽、照明、衣裳、演出その他、混然一体となって観る者の心に食い込むのは、新潟も東京も変わらないことでしょう。お待たせしました。目黒でご覧になられる方、どうぞ目一杯ご期待ください♪

(shin)