Noism2定期公演vol.9中日、ダブルキャストを堪能

日中は太陽も輝き、漸く雪による混乱も収束を見せ始めた2018年1月27日(土)、
前日に知らされた「ダブルキャスト」を堪能するべく、
そして同時に島地作品の「ダブルキャストの謎」に向き合うべく、
りゅーとぴあ・スタジオBに向かいました。

この日は公演が始まる直前になって、ひとりのお客さんが体調を崩され、
会場中がとても心配したのですが、お医者さんに診てもらいに向かったので大丈夫と報告があり、
一同ホッと胸をなでおろすといった一幕もありました。

そんな事情から少し遅れて始まった中日。
まず、山田さんによる「Noismレパートリー」、この日のキャストは左表の通り。
前日、「拍手が起こった」と書いたパートも別キャストになっており、個々のメンバーが訓練を積んだり、経験値を増したりさせる意味合いもあるのでしょうが、更に、互いに「負けていられない」と鎬を削りあう部分も期待してのことでしょう。同期であれ、先輩後輩であれ、切磋琢磨し合い、共に高みを目指していくためにはうってつけのスタイルなのでしょうね。お稽古事の発表会ではなく、誰がいち早く殻を破って頭角を現してくるかが問われる厳しい側面もそこにはある筈なのです。
冒頭、足を踏み鳴らすことで、過度の緊張感を取り去ると同時に、身体に気を込めながら始まるのは同じでも、この日は前日に比べて、9人の若い舞踊家が自信を増して舞台に立っているような印象を強くしました。
動きをなぞっているのではなく、動きが着実に身体化されてきているというか。
削ぎ落された7つの断片とそれを踊る9つの身体は神秘性を纏い、輝きを放ちました。

快調な滑り出しはその後も続き、後半の島地さんの『私を泣かせてください』に関しても、
より確信を増した9つの身体が溌剌と躍動するさまは目に眩しく映じました。
「時間配分を変える」とのことでしたが、「途中まで変更はないみたいだなぁ。
それと『ダブルキャスト』にも見えないなぁ。聞き違いだったかなぁ」など思いながら
観ていたのですが、終盤近くに至り、前日やや冗長に感じられた部分が割愛されて、
滑らかな繋がりを示したかと思うと、ラスト、「私を泣かせてください」に重ねられる
ソロが西澤真耶さんに変わっていて、漸く、「ダブルキャストの謎」は解消しました。
しかし、その西澤さんが踊ったソロは、身体全体から、表情から、右手の人差し指から、
えも言われぬ哀感が立ちあがり、切なくて、美しくて、
いつまでも観ていたいと思うほど見事なものでした。
この日の会場からはその場面での拍手こそ起きませんでしたが、
一様に微動だにせず、固唾を飲んで見つめている様子がビンビン伝わってきました。
会場は揃って魅了されまくりだった訳です。

どちらの演目も終了時には、自らの身体に向き合い、懸命に踊った若手舞踊家に対して、
惜しみない拍手が送られたことは言うまでもありません。
前日よりも両作品の「核」に迫った踊りを見せてくれたと思っています。

アフタートークから
この日も、作品の途中でも拍手していいのか、というよく訊ねられる質問がでて、
それに対する金森さんも、いつものように、自由に拍手して貰って構わない、
但し、反面、周りの空気を読むこともあるだろうし、
端から拍手しようと思って来られるとこれもまた困るけど、と答えるなかで、
「(『私を泣かせてください』)最後の(西澤さんの)ソロ、良かった。
自分も拍手しようと思ったくらい。でも、芸術監督だしなぁ。立場を考えるとなぁ」という
西澤さん本人に直接聞かせたいような言葉を口にされたことを書き記しておきます。
「あれが観られるのが『舞台』」と付け足されたのも最大級の賛辞だったと思います。

Noismレパートリーに関して
☆冒頭、『Nameless Poison -黒衣の僧』からの抜粋部分、
音楽が途切れる箇所については、「ただ聞こえなくなっているだけで、
内なる音楽はずっと続いている。無音の中で身体が浮き出てくる躍動感、
一緒にズレることなく動くのがあそこの課題」なのだという説明。(金森さん)
★コラージュされたレパートリーについて、再録風に。
金森さん「まずは驚いた。こういう風にシーン、シーンを読み取るんだなぁ、と。
そしてそれがズレていない。なんか照れたし、有難かった」
山田さん「最初に見せた時、自分は『NINA』か何かでいないときだった。
引き出しを開けられた感じだった」
金森さん「俺あてのラヴレター、マジかよと思った」
山田さん「ラヴレターではなくて、リスペクト」
金森さん「照明だけはちょっと言っちゃった」
山田さん「結構わかってると思ってたんだけど、実際にモノを使うのは違った。
イメージはあったが、具体的にはどうやればいいかわからず、アドバイスして貰った」

『私を泣かせてください』に関して
☆「あるってことを信じたい。体がある。体は自分の一番身近にあるもの。
ない何かを信じることも大事だが、今持っている何かを信じたい」と島地さん。
★ヘンデルの「私を泣かせてください」を選んだのは、
カーラジオで聞いて「いいなぁ」と思ったからだが、
「でも、いい曲すぎて、普通は避けたくなっちゃうんだけど、
そんな避けてる自分っていうのもねぇ、…」と選曲のいきさつを説明。
☆作品で言葉がリズム良く使われていることに関して、
島地さん「元来、言葉遊びが好き。
今回もみなさんご存知の(合唱曲)『翼をください』の歌詞を分解して、
音を切るところを変化させて取り込んでいる。
(『いま富とか名誉ならばいらないけど翼が欲しい』)
言葉を使う場合、それを音楽として聴けるかどうかにフォーカスしている」
…実は、『翼をください』という曲名は、
メディア向け公開リハーサルの際、島地さんの口から出ていたのですが、
この日説明されるまで、何のことか確認がつかず、
「確か、言ってたよなぁ、だけど?」って具合の実態不明なワードだった訳です。
次回、観る時には「歌詞」の切られ方に注意したいと思いました。

また、作品に登場する「魔女」の衣裳を身に着けてアフタートークに出た島地さん。
最後にその意味を訊ねられると、「エンターテインメントとして、
サービスしようと思って」との説明でしたが、
きっと前日のアフタートークで質問されたさるお客さんが
島地さんと山田さんをごっちゃにしたまま、最後までその名前の混乱が収まらず、
会場中が大きな笑いに包まれたことからのひらめきだったものと推測されます。(笑)
金森さん、山田さん、島地さんと三者三様の持ち味で、
楽しいやりとりを聞かせてくれました。

そして買っちゃいました、島地保武・「新曲」2曲入りCD♪(笑)

シリアルナンバー入り、一枚300円という安価ながらも貴重過ぎる愛蔵保存盤。
勿論、絵も文字も「by Yasutake Shimaji」。
これから正座して聴きます。(笑)

そんな楽しいNoism2定期公演vol.9も残すところ明日一日、2公演のみ。
既報の通り、前売り券は完売。
当日券は若干枚、明日11時より販売とのこと。
興味のある方はこの機会をお見逃しなく。
(shin)

Noism2定期公演vol.9初日、極寒の新潟に若手舞踊家が熱を運ぶ

2018年1月26日(金)18:30、雪の新潟、悪路をものともせず、
りゅーとぴあ・スタジオBのホワイエに足を運んだ者たちが、
スタッフの指示に従い、手元のチケットに記載された入場整理番号を確認し、
笑みをたたえながら番号順に列を作り、入場を待つ段になると、
Noism2の若手舞踊家がどんな姿を見せてくれるのかと
その場の空気が「期待」一色に染まっているのが見えるようでした。

定刻を5分過ぎた19:05、Noism2定期公演vol.9初日の舞台の幕が上がりました。
最初は、山田勇気さんの演出による金森さん振付Noismレパートリーです。

ほの暗い舞台に陰影を刻む照明、
黒色のレオタードとタイツに剥き出しの背中と腕、
「Noism」を踊る若手舞踊家9人は装うものも隠れる場所も持たず、
まさに身体ひとつで、
観客である私たちにそれぞれの「今」を晒し続けることになる演目です。
或いは、それぞれがその身体で「Noism」を追い求める演目とも言えるでしょう。
その緊張感たるや、並大抵ではないことは容易に察しがつきます。しかしそこは
若手と言えどもやはり舞踊家、若者らしい伸びやかさが客席に届いてきました。

『ASU -不可視への献身』の三好綾音さん、森加奈さん、鈴木夢生さん、
そして『SHIKAKU』の西澤真耶さんに対して、
それぞれ直後に拍手が起こったことも書き記しておきたいと思います。

初日を迎えるまで、懸命に「Noism」たらんと格闘を重ねてきたのだろう
9人の若手舞踊家の姿は、
折しも、冬の厳しさに耐え、花開かんとする蕾を想像させました。
彼女たちはこのあとも、公演を重ねることで、更に歩を進めていくことでしょう。
大輪の花を咲かせる日を目指して。

15分の休憩を挟んで、島地保武さん演出振付の『私を泣かせてください』。
上演時間が「40分」と記されたこの新作、
島地さんの「自由を求める」という言葉がキーワードと見ました。
様々な制約からの「自由」、それは舞台で踊る舞踊家だけで完結するものではなく、
その舞踊家に視線を注ぎ、その「刹那」の積み重ねを共有することを欲する観客にも
求められるものであると受け取りました。
言い換えるなら、そのときの「劇場」が舞踊家と観客との謂わば「共同正犯」によって、
既存の制約や規範、美の概念を脱して、
新たな価値や新たな美を立ち上げることを志向する場所足り得るか、
ということにでもなるのでしょう。

島地さんは様々な方向から、様々なアプローチで、
若手舞踊家それぞれの個性を引き出して見せてくれようとしているかのようでした。
そうした意味でも異色作、或いは意欲作と呼べるものではないかと感じました。
初日を終えたばかりですので、ネタバレは避けたいとの思いから書いてきましたが、
皆さんにはどう見えた(どう見える)でしょうか。
個人的には、後半、牧野彩季さんと鈴木夢生さんが
美しくエモーショナルなバラードにあわせて踊るデュオにも見惚れました。

公演後、金森さん、島地さん、山田さんによるアフタートークにも大勢の方が残られて、3人のお話に耳を傾けていました。
そこでのやりとりから少しご紹介いたします。

☆冒頭、島地さんの「明日、時間配分を変える」という言葉が切り口となり、
金森さんから、「たとえマスターピースとされるものであっても、
振付家はその価値をわからないのかなぁ」という創造一般に関する問いが発せられ、
島地さんが、師匠にあたるフォーサイスが評価を得た自作にすら安住せず、
「弄っては壊してボツにしていくのがいいなと思った」と語ると、
山田さんも、うまくいっているとされる箇所についても、
「何かそういうことじゃないんだよなぁ」と感じることがあり、
自分も客席から観ることで、「ここはこういう意味がある」という発見があると応じ、
3人の一致した見解としては、やはり自分の「creativity(創造性)」を信じる行き方しかないのだと。

★「Noismレパートリー」に関して、山田さんは、過去作をすべて見て、
女性のみの現Noism2の構成から、男性が登場せず、女性だけで踊れて、
ある程度まとまった尺でキチンと音楽があり、
様々な人数構成で踊るものを選ぼうとすると、
選択肢は意外と少なかったとのこと。
そして、何をやらせても訓練にはなるという考えがあったことと、
「今、この娘にこういうことをやらせたい」という思いがあっての選択だったと話されました。
また、金森さん振付のレパートリーを演出することは「凄く面白い経験だった」として、各シーンを元の作品の内容から切り離したとき、
身体の動き、その繋がりが何を大事にしているのか見えてきた。
何故、その振りをそう踊っているのかにフォーカスしていくことで、
方向とか音楽のとり方とか、神秘的といっていいように思った、とのことでした。

☆一方、島地さんは、創作の際、最初に漠然としたイメージはあるものの、
「ほぼ、その人がいて、創る」のだとして、普段の仕草やオフのときの様子を見ながら、「こんなのは面白いんじゃないか」と引き出そうとしたとのお話。
また、「音楽として使ったヘンデルは何に影響されたのかと考えてみると、
古町5番街にクラシックがかかっていて、それかなぁ」とか、
作品に登場する除雪用スコップに関しても、「古町の金物屋さんで見つけたもので、
凄く雪が降った日にみんながそれを使って雪除けしているのを見て、
僕もやりたいなぁと思って」。
で、「ある日、彼がそれを持って現れた」(金森さん)とか、お茶目な面が炸裂していました。
更に、途中に聞こえてくる印象的な「新曲」に関しても、
「普段、そんなことってしないでしょ。あり得ないからやってみよう」と取り入れたそうです。

アフタートークの締めとして、
金森さんから、Noism2定期公演の性格について、
「発表会」とは本質的に異なるものとして、
「若い人たちが頑張っているからそれでいいじゃなくて、いいもん見せてくれ」と、
今後とも厳しい目で見て欲しいと語られ、
予定された時間を大幅に延長して、
21:15、初日は終了しました。
ご紹介できなかったお話もたくさんありますが、そこはご容赦願います。

前売りチケットはめでたく全公演完売となったそうですが、
楽日の日曜日公演には当日券が若干出るそうです。
詳しくは、下の Noism Web Site をご覧ください。

http://noism.jp/n2_teiki_9_tktsinfo/

そして今回の定期公演、どちらの演目も「ダブルキャスト」で踊られるのだと!
「Noismレパートリー」の方はいいとして、
『私を泣かせてください』に関しては、
それぞれの名前を冠せられた登場人物をどうダブルキャストにするのか?
「あり得ない」ように思われるだけに、一層興味が掻き立てられます。

是非、ご都合のつく方はスタジオBにいらして、一緒に Noism2 の「今」を目撃しませんか。

また、本日(10/27)10時より、GWの上野の森バレエホリデイにおける
Noism1 特別公演『Mirroring Memories – それは尊き光のごとく』チケットの一斉販売となります。

http://balletholiday.com/index.html

ますます楽しみなNoismから全く目が離せません。
(shin)

Noism2定期公演vol.9、いよいよ3日後に迫る

これを書いている今日は1/23(火)。
今夜から明日にかけて、
この冬最強クラスの寒気が訪れるという予報に
気が気ではないところですが、そちらは宮沢賢治的心持ちで乗り切るとして、
もうひとつ、気もそぞろになる材料、「慾」はあります。
Noism2の定期公演vol.9が3日後に迫っているためです。
楽しみでなりません。

初日1/26(金)と翌1/27(土)の公演はチケット完売ということですが、
最終日1/28(日)の2公演(13:30~ / 17:00~)はまだ残席があるとのこと。

金森さんが本日午前、次のようにツイートしています。

今日からNoismは午後シフト。開演時間に合わせて朝のクラス時間がシフトする。
Noism2の定期公演は現在4公演(設立当初は3)だが、日曜日が未だ売り切れていないという。
せめて7公演はさせてあげたい。人目に晒される事でしか、気付き得ない感覚がある。
欧州と比べはしないけど、年間50は公演を。

Noism2の定期公演というのは、
素晴らしいパフォーマンスに触れながら、
そのこと自体、若手舞踊家を育てることにも繋がる機会です。
「今」に眼差しを向けつつ、「未来」の飛躍を信じて夢見つつ…。

是非とも満席のスタジオBで踊って頂きたいものだと切に思います。
それもまた叶えたい「慾」のひとつ。
今度の日曜日、まだ予定のない方、
是非りゅーとぴあ・スタジオBに足を運んで、
客席から伸びしろ豊かな若手舞踊家たちに熱視線を注いで欲しいものです。
お席は全席自由、2,000円となります。

なお、最新のチケット販売状況はこちら(Noism Web Site)でご確認ください。

http://noism.jp/n2_teiki_9_tktsinfo/

では、週末、りゅーとぴあのスタジオBでお会いしましょう。

[追記]
下の画像は、1/26(金)早朝(6:46)の新潟市南区付近の広域農道。
地吹雪で完全にホワイトアウトしてしまってます。
こんなに酷い地吹雪は経験がありません。
自動車でお越しになられる方はどれだけ気をつけても充分過ぎることはないくらいです。
どうぞ、くれぐれも最大限の安全運転で。

[追記(その2)] (1/26午後2時の路面状況について)
日中、やや太陽の光も差したことで、車道が顔を見せているところも出てきました。
その意味ではやや寒波も落ち着いてきているのかもしれませんが、
まだ路面は濡れています。
それがこのあとの気温低下で再び凍る「ブラックアイスバーン」になると厄介です。
これ、Noism的な洒落たネーミングに聞こえるかもしれませんが、
路面が、ぱっと見、少し濡れているだけで、凍っているようには見えないため、
事故が起きやすい凍り方で、とても危険な道路状況なのです。
スピードを出していると確実に滑りますし、急ブレーキも厳禁です。
また、ところによっては歩道が雪で覆われていて、
歩行者が車道を歩かざるを得ないこともあります。
スピードは抑えて、気は抜かず、安全運転を心掛けましょう。

なお、「ブラックアイスバーン」についてはこちらを参考にして下さい。
https://matome.naver.jp/m/odai/2139045901725099301

(shin)

Noism2定期公演vol.9メディア向け公開リハ&囲み取材に参加してきました

ちょうど一週間前に新潟を襲った大変な雪も漸く落ち着きを見せ、
今度は一週間後に新しい年の「Noism初め」となるべきNoism2定期公演vol.9を控えた
2018年1月19日(金)の午後、
りゅーとぴあ・スタジオBを会場として開かれた
同公演のメディア向け公開リハーサルと囲み取材に参加してきました。

公開リハは、山田勇気さん演出による金森さん振付Noismレパートリー、
そして島地保武さん演出振付の新作『私を泣かせてください』の順に、
予定された時間を超過して観せて貰いました。

研修生カンパニーであるNoism2にとってのリベラルアーツ(一般教養)ともみなされ得る
過去の作品群からの抜粋を踊る演目と、
人(4)と魔女(4)、そしてその中間の存在(1)というキャラクター設定のもと、
舞踊家それぞれの「下の名前」がひらがな表記された人物として
ある種の物語を踊る演目。

ふたつはまったく逆向きのベクトルをもつ2作品と言えるでしょう。
山田さんが「今回の公演は面白いと思いますよ」と満面の笑みを浮かべて語るのも頷けます。
まあ、いつだって面白いのですけど…。(笑)

ここでは主に、囲み取材でのやりとりから、その一部をご紹介しようと思います。
まず、山田さん演出のレパートリーに関してですが、
金森さんからは、チョイスも、演出も、照明もすべて任されたそうで、
金森さんは、ある意味「モノ」として観てくれている様子。
山田さんが抜粋したのは、金森さん振付の6作品からの7シーンで、
気になる、その6作品とは、順不同で、
『SHIKAKU』『PLAY 2 PLAY −干渉する次元』
『Nameless Hands~人形の家』『ZONE~陽炎 稲妻 水の月』
『Nameless Poison~黒衣の僧』『ASU~不可視への献身』だそうです。

チョイスに際しては、特に深い意図があったという訳ではなく、
女性しかいないことと、音楽のまとまりを考慮しての選択だったとのことですが、
作品性というよりは、徐々に踊りの根源的な部分、神秘的な部分が抽出されてきて、
現在は、今のNoism2でしか出来ないものになっていると感じるそうです。
(振付家が)自分でチョイスする場合、客観視し切れないことが多く、
過度の思い入れがない方がドライに構成できて具合がよいこともあり、
それは自分で創っているときにも大切なことに思うとのことでした。

次に、島地さんの新作『私を泣かせてください』に関してです。
昨年末、金森さんに「通し」を観てもらった際は53分の長尺だったところ、
「30分にしてくれ」と言われ、今、「37分」になっているとのことで、
まだ削るかもしれないが、削らなくても良いものにしたいというせめぎあいもある。
通常、様々に受けてきた影響を自分で崩したいという思いで創作しているのだが、
そういう考え自体が固定観念かもしれず、
「影響を受けていることはしょうがない。
これもOK、あれもOK」と肯定するという、
普段やりたくないと思っていることをやった、とのお話でした。

それぞれに自由を求めて、人と魔女が敵対するという設定は、
図らずも、平原慎太郎さん演出振付の前作『よるのち』(少女と吸血鬼)とも似ていますし、
そちらをご覧になられた方は比べてみるという楽しみもありそうです。
いずれにしましても、快作が見られそうなこと請け合いです。
あと、島地さんが新潟にいると聴きたくなるというヘンデルのカチッとした音楽に加えて、
途中に挿入されるご自身が歌う歌も、要チェックということで。(笑)

また、この間のNoism2メンバーに関して、
山田さんが「なんだかんだ言って、みんな良くなる。
それを見る嬉しさがある」、
島地さんも「うまくなっている。本番、どうなるか見たい。
取り組んでいる姿はとても綺麗」と語るのを聞くに至っては、
一週間後への期待が否応なしに募っていきました。

☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆
今回のNoism2定期公演vol.9ですが、
3日間、全4回公演のうち、
1/26(金)と27(土)は前売り完売(当日売りは現在未定とのこと)ながら、
28(日)の2公演はまだ少し残席があるそうです。
もうチケットはゲットされましたか。
是非、一緒に若き舞踊家の「今」を目撃しに行きましょう。
(shin)

掉尾を飾る名作『NINA』&国際シンポジウムを以てNIDF2017堂々の終幕

2017年12月17日(日)、師走のりゅーとぴあ界隈は、この日午後、
「新潟第九コンサート2017」等も重なり、駐車場が混雑し、
アクセスも容易ではなかったと思います。
そうした道路状況、それ自体が師走の風物詩でもあるのでしょうが、
15時の開演時間までに、りゅーとぴあ・劇場まで辿り着くだけで
疲れてしまったという方もおいでだったかもしれませんね。
でも、「マジック」を見せてくれた舞踊家の熱演が
それを吹き飛ばしてくれたことだろうと思います。

3日連続で、『The Dream of The Swan』と『NINA』を観てきました。
この日は5列目の中央席で、
3日間異なる距離から舞台に視線を送ったことになります。
新潟公演の楽日ということから、
幕が上がる前から、早くも軽い「Noismロス」的気分も込み上げてきて、
感傷的な心持ちだったかもしれません。
「瀕死の白鳥」も、『NINA』も、両目は前2日とは違った細部に反応していました。
井関さんのソロの後には、感動と緊張が綯い交ぜになった拍手が、
『NINA』の後は、安堵の笑みを浮かべ、息を吹き返した「生け贄」たちに
報いるべく大喝采が送られていました。
私は連れ合いと共に、埼玉公演にも足を運ぶつもりでおりますので、
埼玉でも、また井関さんの超豪華な「前座」付きの『NINA』が観られたら、
と願ってやみません。

公演終了後、同じ劇場で、NIDF2017を締め括る国際シンポジウムが開催されました。
公演の余韻を引きずり、席から動けぬままに、シンポジウムの開始を待ったことが
後程、つらい事態を招こうとはこの時、予想もしていませんでしたが、
それはまた後の話。
ここからは、シンポジウムでの発言要旨をご紹介しようと思います。

☆国際シンポジウム「アジアにおける劇場文化の未来」(16:30~)

パネリスト:
ホン・スンヨプ氏(韓国・大邱市立舞踊団 前芸術監督)
クイック・スィ・ブン氏(シンガポール・T.H.Eダンスカンパニー 芸術監督)
ウィリー・ツァオ氏(中国・香港・城市当代舞踊団 芸術監督)
金森穣氏(日本・新潟・Noism 芸術監督)

進行:
杉浦幹男氏(アーツカウンシル新潟 プログラム・ディレクター)

(1)『NINA -物質化する生け贄』の感想
ホン氏: 独創的で素晴らしい。現代舞踊とは何かを考えさせる作品。
スィ・ブン氏: ダンサーの真心、真摯な姿勢、強い意志を示すものと言える。
      極限を追い求める、金森監督の性格を反映。
      また、現代社会の様々な現象を表現していた。
ツァオ氏: 1ヶ月ほど前に香港で観た際、スタンディングオベーションが捧げられた。
      それと比較して、日本の観客は控え目だと感じた。
      内容的には、特に西洋から来た観客の目にはジェンダーの区別を持ち込むことは
      この時代、不適切ではないかという指摘もあり、議論になったが、
      自身は、今、アジアで起こっていることだと発言。
      加えて、闘う女性の力強さに感銘を受けた。
金森さん: ジェンダーに関して、女性陣が「被害者」に見えるとしたなら、
      それは観る側の意識によるものと言わざるを得ない。
      全く別に、女性の抗いようのない魅力に男性が囚われているとも見えるはず。
      この作品に芸術としての有用性があるというなら、
      まだまだ社会がそこまで来ていないことの証。

(2)芸術の在り方、行政との関係
ツァオ氏: 1979年、香港コンテンポラリーダンスカンパニー設立。
      香港が経済的に潤っていた時期、友人に声をかけ、
      プロの集団として集まって貰った。
      1985年、政府の目に留まり、支援を受けられることになり、
      現在は50%の支援得ている。
      ほかに、ワークショップ、トレーニングクラス、学校の入会金等の収入があり、
      すべてコントロールされることがなく済んでいる。
スィ・ブン氏: 9年前にスペイン国立ダンスカンパニーを離れて帰国し、
      ヒューマン・エクスプレッション・ダンスカンパニーを設立する。
      スペインでの5年間、トップクラスのダンサーたちと過ごすなかで、
      自身の芸術生命をどう活かすか考えてのこと。
      シンガポールのダンスシーンはアジアでも立ち遅れていて、
      設立当初は大変だった。
      経済的にも、毎月の給料は日本円にして50,000円程という厳しさだった。
      数年して、国家芸術局からの支援が始まり、現在、8名のフルタイムのダンサー
      がいて、40~50%の資金を得ている。
      支援は多いほど望ましいが、無条件にダンサーを信頼してほしい。
      それによって、社会へのより良い貢献が可能になると考える。
ホン氏: 現在の大邱市立舞踊団は自身が関わった4つ目の舞踊団。
      創立から36年間、ほとんど変化らしき変化は認められない。
      芸術監督がよく変わる。最善を尽くしても、サポートされていない状態。
      現代舞踊は新しい作品を作るだけでなく、
      組織の構造も新しくしなければならない。
      芸術的にいかなる干渉もなされないことが大切。
金森さん: 欧州から帰国した際、この国の劇場文化の在り方に大きな疑問を抱いた。
      2004年、Noismを立ち上げたが、後世、そこが転換点として見なされるように
      なることが野望。
      以来、13年間、戦い続けてきているし、それはこの先も変わらない。
      社会的な効果という話になると、経済的な効果が重視されがち。
      市民の理解を得るためには、舞踊芸術に携わる者の専門性が大切。
      ご覧いただいた『NINA』など、全身全霊を傾けた作品は、
      今の新潟の環境なしには考えられない。
      Noismでこの国の扉を開けたが、まだまだ立証を続けていく必要がある。

(3)芸術、現代芸術、コンテンポラリーダンス
ホン氏: 人は伝統芸術の価値は知っている。現代芸術の価値を考えてみる必要がある。
      現代舞踊、その場に居合わせなかったら、「風」のようになくなってしまう存在。
      人によって見せられて初めて伝達される性質のものであって、
      記録して残せるジャンルではない。
      しかし、社会を反映する鏡のようなものであり、
      同時代で最も大事なものであると考えている。
      韓国では、芸術と娯楽の区別が曖昧なものになりつつある。
      娯楽とは商業的なもので、支援などなくとも成功すると決まっている。
      対して、芸術には市場が形成されていないため、社会がその真価を認めないと、
      作品は生み出され得ない。現在は、「割れた鏡」とでも言うべき状況である。
スィ・ブン氏: 芸術の本質・機能を信じることから良い作品は生み出され得る。
      そのためには、無条件の支援が必要。 
      シンガポールが直面する問題に、支援に関して、決定権を持つ人は
      概して決定力がないことがある。
      政府には長期的なプランがないため、決定することを恐れていると言える。
ツァオ氏: 理念と戦略が欠如しているため、常に政府相手に説得に努めてきた。
      例えば、国際交流。商業的なコンテンツではなく、如何に革新的であるかが大切。
      また、国際交流に関しては、社会における問題をその場その場で提起し得るダンス
      こそ最もよい素材と言える。
      支援に関しては、担当者に知己も増えたことで、「私たちには観客が少ない。
      だからこそ私たちに支援すべきだ」という訴え方をしたりもした。
      関わる人数の大小をピラミッド構造で捉えてみると、
      商業的なものが最も大人数で一番土台を成していて、その上に伝統芸術が来て、
      で、コンテンポラリーダンスは一番上に来る状態にある。
      土台は既にある訳だから、政府がやるべきことは一番上の部分を支援し、
      そこを作っていくことである。
      ピラミッドの頂点がその社会を象徴している。
      行政は承知すれば支援してくれる。 → 説得の必要性。
ホン氏: 社会における芸術の役割を思うとき、芸術や芸術家は存在するだけで
      社会的な役割を果たしていると考える。芸術を社会で活用する方策は無限にある。
      国家・政府からの支援を受ける以上、そうした役割を果たす必要がある。
      しかし、芸術家の関心の的はクオリティのみになりがち。
      小学校での公演→娯楽とは異なる芸術の門を叩く瞬間を用意する意義は大きい。
      同じ公演でも、芸術家の立場を排除して作られたものなら、
      商業的なものに堕してしまいかねない。

(4)芸術、闘い
金森さん: 既存のものに闘いを挑まなければ芸術ではない。
      それぞれの国で、如何に彼らが闘っているかについて聞きたい。 
スィ・ブン氏: 一番の闘いは自分自身との闘い。
      自分がどれほど意志が強く、芸術に向き合い、挑戦していくか。
      どれくらい人に影響を与え、考えを変えることができるか。
      今、シンガポールで嬉しいのは、若い人(概ね35才以下の人)が
      熱い心を持ってコンテンポラリーダンスに向き合っているのを目にすること。
      とても心強く感じている。あとはこれからどう勉強していってくれるか。
ホン氏: 現代舞踊が良いものになるためには、良い芸術家がいなくてはならない。
      そして、それを支援する観客の存在があって初めて、公的な支援という話になる。
      金森Noismを観て、良い劇場があり、観客が多く、羨ましい。
      ずっとうまくいくのだろう。
      (金森さんは、すかさず、観客多くはない。(席が)空いている、と応答。)
ツァオ氏: 現在、24都市が連携して活動しており、小都市を公演しながら旅している。
      地方毎に抱えている問題は異なる。→資金を獲得する方法もひとつではないが、
      色々な小都市を旅して公演し、「ホーム」へ戻ると誇らしく思って貰える。
      それもまた芸術教育が持つ一側面。
金森さん: 各国の価値観、闘い方、活動の仕方、夢などを聞けた。
      「Ryuto(りゅうと)」という(ペットボトルの)水を飲みながら、
      こういうことがここ新潟で起こっていることが個人的には凄く嬉しい。

*篠田昭・新潟市長の挨拶
篠田市長: 「文化芸術振興基本法」(2001)が今年「文化芸術基本法」に改正。
      生活の文化の重視等、これまで新潟が辿ってきた道筋は間違っていない。
      『NINA』も、自らの身体を鍛え抜く環境に置かれたダンサーにのみ可能な作品。
      それらが相俟って、2015年に新潟市は東アジア文化都市に選んで頂けた。
      これからも、金森さんに怒られながら、持続可能な活動を作り上げていきたい。

---以上、シンポジウム終了の18:20までの約2時間、私も闘いました。(汗)
(1)途中から襲ってきた尿意を懸命に意識の外へ追い払いながら、
(2)ボールペンを握ってメモをとり続けた右手もだるくなり、更には痺れてくるし、
   指先は痛み始めるしで、…
それらが、件の「つらい事態」の中身で、その闘いはそれはそれで大変だったのですが、
複数の方から「内容を知りたい」とレポを頼まれてしまっては仕方ありませんね。
逐次通訳が行われたことで時間的なゆとりが生じたことと、
『NINA』で身体を酷使する舞踊家の姿を観た後だったことがあり、
それで乗り越えられたのかな、と思っております。(笑)
書き漏らしもあるでしょうが、そこはご勘弁を願います。
今は、「重責」を果たし、肩の荷を下ろしているところです。(汗)
参考にしていただけましたら、頑張った甲斐があるというものです。

さて、NIDF2017が滞りなく終了し、
9年振りの『NINA』は、このあと、
明けて2月17日(土)、18日(日)の両日、
会場を彩の国さいたま芸術劇場(大ホール)に移して、
全2公演が行われます。
関東圏に降臨する「生け贄」たちを
ひとりでも多くの方から目撃して欲しいものです。
ご期待ください。
(shin)

Noism1『NINA』新潟公演中日&サポーターズ交流会のことなど

この時期、新潟人は雪より雨を嫌います。
なぜなら、単純に濡れるからです。
で、冬の雨の日には、新潟人は口々に言います。
「雨は嫌だよねぇ。雪の方がまだましなんだけど」と。
(まあ、雪が酷かったりすると、それはそれで苦笑いを浮かべながら、
ぼやくんですけどね、新潟人。(笑))
そんな雨の2017年12月16日(土)にあって、救いだったのは、
Noism1『NINA -物質化する生け贄』新潟公演の中日だったこと。
天候以前に楽しみが待っていた訳です。

私は前日、1階席の最後列から観たのですが、
この日は最前列中央から舞台に視線を注ぎましたので、
2日間、まったく違った雰囲気を存分に堪能させて貰いました。

至近距離で観る井関さんの『The Dream of the Swan』は、
表情の細かなところまで確かめられたので、
本当に繊細な作品だということがわかり、前日とはまったく違って見えたくらいです。
悲しみというか、切なさというか、胸が詰まる感じがしました。
前日、ある既視感のようなものを感じていたのですが、その正体もわかりました。
会場中の視線を一身に受けて踊る井関さんの姿が
かつての『Under The Marron Tree』のそれと呼び交わすもののように映ったのです。
(個人の印象です。)
今の井関さんの姿に見とれたことは言うまでもありません。

『NINA -物質化する生け贄』に関しては、最前列であることで、
全体の構図や、全員の動きを一望できない嫌いもありましたが、
その一方、女性舞踊家の目が照明を受けて煌くのが見える点では、
得体のしれないマネキン、或いは人形、或いは傀儡を見る思いがしました。
全体を通して、舞踊家一人ひとりから過度の緊張感がとれ、
前日よりもスムーズな動きになっていた感がありました。

一人の舞踊家が劇場内の空気を支配し尽くした後、
荒涼とした光景を余韻としてとどめる『The Dream of The Swan』と、
舞台上、舞踊家全員、動いていようが止まっていようが、
エネルギーを発散させ続けることを求められ、
各々のパフォーマンスが、
その極限値を示すことで越境していく『NINA -物質化する生け贄』。
どちらも感性と、体力や精神力を総動員して、力いっぱい鑑賞しました。
で、思うのは、何度でも繰り返し浸りたいということに尽きます。

この日のアフタートークで語られたことについても、幾つか拾って、簡潔にご紹介します。
・舞踊家にとって、続けて観られることほど怖いことはない。(有難いことだが、その反面)
その際、一期一会を生き切れるかどうかが問われる。
・良い舞踊家の定義: 舞台を重ねる毎に良くなること。
(↑下の「あおやぎ」さんのコメントに詳細な補足あり。併せてお読み願います。)
・過去を常に刷新していくことが必要なのは個人も集団も同じ。
今まで培ってきたものの切り売りではいずれ枯渇してしまう。
何らかの苦痛を伴う脱皮も必要。
・井関さん: 『NINA』のリハーサルディレクターとしては、
舞踊家として一緒に踊る相手には通常秘密にしていることまで教えた。
この作品は宝物だから、いい形で世の中に発表したいと思ってのこと。
・金森さん: 自ら養ってきたことを他人に与えるのは覚悟のいること。
自分も全部あげた。Noismに賭けていればこそ。
あとは彼らがそれをどう受け取るかだ。 …

その後、場所を3Fのレストラン「リバージュ」に移して、
サポーターズ交流会(当初の「公演感想を語り合う会」)が開催され、
遠くは京都や横浜からの方をも含む24名の参加者を得て、
美味しいお料理とお酒を頂きながら、
Noismへの熱い思いを披瀝しあって、楽しいひと時を過ごしました。

 

会の最後には、「(公然の秘密)サプライズ」として、
金森さんと井関さんがお越しになり、
参加者のボルテージは一気に最高潮に達しました。
ご挨拶を頂いたのち、花束を贈呈させて頂き、
みんな揃っての記念撮影。
全員、はち切れんばかりの笑顔を浮かべていましたね。
会員同士の交流に、敬愛するおふたりとの交流も加わり、
ますますNoismを支援していこうという気持ちが強くなったことと思います。
金森さん、井関さん、お疲れのところ、本当に有難うございました。
そしてこの日参加できなかった方も次の機会には是非お越しください。
一緒に楽しい時間を過ごしましょう。

いよいよ大詰めを迎えたNIDF2017、
金森さんの言葉によれば、『NINA』新潟楽日のチケットは残り少ないとのこと。
演出振付家と舞踊家が渾身の力を傾けて届ける
『The Dream of The Swan』と『NINA -物質化する生け贄』、
是非とも満場の観客でその新潟公演を締め括りたいと思います。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
人生をすら変える力をもった素晴らしい舞台を是非堪能しに来てください。
皆様のご来場を心よりお待ちしております。

【追記】
新潟公演楽日の12月17日(日)は、同じりゅーとぴあのコンサートホールにて、
「第18回新潟第九コンサート2017」(14時~16時予定)という市民参加型のイベントがあり、
りゅーとぴあ界隈や駐車場が混雑することも予想されます。
特に、車でお越しの方はその点を頭に入れてお出ましください。
(shin)

観客に挑む、Noism1『NINA ー物質化する生け贄』新潟公演初日

19時からのりゅーとぴあ・劇場の座席に身を沈めるために、
新幹線に乗った人も多かった筈の2017年12月15日(金)。
この日から続く3日間、国内各所から目的地として目指される価値を有する
一地方都市、新潟市。

関東以南からのお客様にとってさえ、
この日の気温はさして堪えるほどのものではなかったのではないでしょうか。
しかし、それにも拘わらず、
これを書いている私は身震いを覚えていたのですが、
それは紛れもなく、NIDF2017最後の演目、Noism1『NINA』に臨む
気持ちの昂ぶりのなせる業だったと言えます。

開演時刻を5分ほど過ぎて、客電が落ち、緞帳が上がります。
飾り気がなく白い、病室のそれを思わせるベッドがひとつ。
そこに腰かける井関さんを、上から存在感あるペンダントライトが照らします。
急遽決まった約15分の新作『The Dream of The Swan』。
これまた白く、柔らかい衣裳の裾を揺らしながら井関さんが舞います。
恐れ、逃げ惑いながら、身を閉ざし、隠れながら、
苦悩するように、抗うように、呻吟するように、そして求めるように、…。
「まさに瀕死の白鳥です」と金森さん。
ラスト、見事な幕切れには呆気にとられ、快哉を叫びたい気分でした。
その場面、中日、楽日に、どうかご自分の目でご覧になってください。

休憩はなく、何度かのカーテンコールの後、
遂に、国内では9年振りとなる『NINA -物質化する生け贄』の幕が上がりました。

今回一新された衣裳は、文字通り「第二の皮膚」。
見事に舞踊家の身体の強度に呼応して存在感を放ちます。
更に、照明の息をのむ美しさには目を射抜かれました。
このふたつは2017年版『NINA』の大きな特徴と言えるものでしょう。

…で、『NINA』。
私事で恐縮ですが、
Noism歴の浅い身にとって、諸兄姉が口を揃えて「Noismの代表作」と語る『NINA』、
それを生で観ていなかったことは永らく大きな「欠損」として
常に身中で疼いておりました。
今回、初めてそれに向き合い、大きな衝撃を受けました。
「凄いものを観てしまった」と。

ここに至るまで、初演時のDVDを買い、時々観てはいたのですが、
正直、緊張感を途切れさせることなく観続けることは決して容易なことではありません。
舞踊家の身体が発するエネルギー、
その強度に拮抗し得る眼差しを送り続けることは
映像相手ではなかなか難しかったのです。

でも、やはり生の舞台は違っていました。
初めて踊る8人を含む、今回の『NINA』、
舞踊家全員がギリギリの力演を示し、「観客との闘い」(金森さん)に臨んでいたと思います。
女性5名、男性5名。見知った筈の身体がその相貌を異にし、
寸時も途切れることなくエネルギーを発し続けるさまを目撃する劇場。
周囲の空気がぴんと張り詰めるなか、
舞台の上の舞踊家、更には金森さんに切って捨てられてしまわぬように、
自分も知らず知らずのうちに前のめりになって目を凝らしていました。
体は強張りを覚えていましたし、瞬きすることも忘れていたのでしょう。
観終わったときには、総身からの疲労感が一気に押し寄せたばかりか、
両目もドライアイ症状を呈していましたから。

この日いらっしゃっていた元Noismの真下恵さんが、少し前に、
「『NINA』は観る方も体力を要する作品」と仰っていたのを思い出しましたし、
金森さんが、「『NINA』にはリラックスはないんだよ」と言っていたのは、
観客も含めてのことだったのですね、納得です。
心血を注いで創りあげた舞台であることは一目瞭然。
観る者の魂を揺さぶる『NINA』、まさに圧巻です。

終演後、緊張感を解き放たれたのは客席も同じ。
緞帳がおりた瞬間、劇場に深い静寂が訪れました。
そして再び緞帳が上がり、舞踊家の姿が視認されると、
今度は割れんばかりの拍手と飛び交う「ブラボー!」の声が場内に谺しました。
60分間の驚異を見せてくれた舞踊家たちに対して、
敬意や感謝、或いは労いを示さないではいられないとばかりに、
熱く、激しく、そして心から、いつまでも、いつまでも…。

ここからは初日のアフタートークに関して書き記しておきます。
まず、金森さんの口から、
「これだけ、半年間も、同じ舞踊家にエネルギーを注いだことは
後にも先にもなかった。
少なからず、客席には届いていたのかなと思う。
ここから彼らの『NINA』が始まるのだなと」、
或いは「2作品とも、今のNoismのすべてが出ている」の言葉。

韓国のホン・スンヨプ氏がさきに上演した演目『Mosaic』について、
「一般向けに」構成したと語っていたが、
金森さんも同様なことはあるか、との問いに、
「ございません」と一言のもとにあっさり否定した金森さん。
続けて、「観客一人ひとり、全く異なる人生を送っている人たちで、
それを『一般』という語では括れない」と説明。
すると、井関さんも「逆に、『一般』って、何かわからない。
だいいち、Noismを観に来る時点で既に『一般』ではない」(笑)
で、金森さんも「おかしな人たちだよね」(笑)
更に「伝わると思ったものが伝わらなかったり、
反対に、これはどうかなというのが伝わっていたり、わからないもの」と。

また、人と物に関しては、次のような興味深い発言。
「違いは生きているか、死んでいるか。
しかし、舞台上では、その境界はどこにあるのか。
たとえ、物であったとしても、得も言われぬものを想起させることがあるのだし、
要は、観る者がそれを人と思うか、物と思うかに過ぎない」

海外(欧米)のカンパニーが『NINA』をやったりはしないのかという質問に対しては、
「ないですね。興味を持っても、これをやろうという話にはならない。
動きをマスターするだけでも相当時間がかかる。
体の在り様が違うし、それ以前に精神的なものが違う。
観てみたい気もあるけど、
例えば、フランス人なんかだとすぐ『しんどい』とか文句を言い始めるだろうし、
そこが大変かなと」(笑)
「『で、じゃあ、どうして(やるんだ)?』と聞かれれば、
『(観客に)届くからさ』ということになる」

振付と音楽を一体化させる過程についての質問には、
「『NINA』では、振りを8割がた先に作っておいた。
作曲家(トン・タッ・アン氏)から音楽が届くのが遅くて、
『これはヤバイぞ』と。
ところが、実際、音楽が届き、『当てたら、合うじゃん』となった。
アンとは考えていること、間の取り方とか合うんだよね、不思議に」との答え。

井関さんの『The Dream of The Swan』を上演するきっかけについては、
「当初、(井関さんが)出ないかたちで進んでいたんだけど、
舞踊家が舞台に立たないっていうのは、
謂ってみれば、存在意義がないってくらいのことだし、
隣で(井関さんを)見ていたら、
『このままじゃ死んじゃうな』と思って、ああいう作品になった。
だから『瀕死の白鳥』なんですよ」と。

一緒にアフタートークに登場した井関さんからは、
「『NINA』は舞踊家にとっては、本当に嫌な作品で、
できれば逃げ出したいと毎回思ってきた。
特に女性は体力的にもしんどいし、
ちょっとのグラツキも許されないなど
精神的にも追い詰められている。
だから、上演の前には『この一時間を乗り切れますように』といつも祈った。
で、終わった時には倒れているのだが、次の日にはまた踊りたいと思うなんて、
おかしい人」(笑)と打ち明けるなか、
金森さんからは「あなたは100回くらい踊っているよね」(笑)のツッコミ。
井関さん「パートナーを恨みましたね」(笑)
金森さん「やめなさい」(笑)という『NINA』の鬼気迫る側面を
まるっとオブラートで包んだやりとりに至っては場内の爆笑を誘っていました。

また、今回の『NINA』で苦労したことを訊ねられて、
「教えられないってことがあるんだというのが、一番苦労した点。
与えられるものは与えようと思ってきたし、身体がよくなることは可能。
しかし、精神は教えられない。この瞬間を生きられるかどうか、
舞踊家としての意識が問われる」との答え。
すると、金森さんも、「教えられたものとしてやるのと、
自分たちで見つけたものとしてやるのとの違いは大きい」と補足。

…まだまだ興味深いお話がたくさん飛び出し、書き漏らしていることも多いのですが、
ここまででも相当な分量になってしまっているので、そろそろ終わりにいたします。

さあ、2017年版『NINA -物質化する生け贄』新潟公演が始まりました。
まだこれからご覧になる方も多くいらっしゃる訳ですし、
公演内容にはあまり踏み込まずに、
主にアフタートークでのやりとりを取り込むことで書いてきましたが、
勿論、「公設の舞踊団としての覚悟のほどを示す」(金森さん)に足る舞台であり、
今年を締め括る必見の舞台だと言い切りましょう。
見逃したら、この先、痛手となること必至でしょう。
新潟中日、楽日とも、まだお席にゆとりがあるようですし、
お誘い合わせの上、多くの方から是非その覚悟と切り結んで欲しいものです。
それでは、りゅーとぴあ・劇場でお会いしましょう。

【追記】
今回、ホワイエでは新しいNoismTシャツが
ブラックとグレーの2色展開で販売されています。
価格は1枚2,500円。(因みに、私は2色とも購入しました。(汗))
それを纏って、「NINA歩き」を真似してみるのも良いかもです。(笑)
ご検討ください。
(shin)

『NINA -物質化する生け贄』メディア向け公開リハーサル&囲み取材に行ってきました♪

今週火曜日の雪は殆ど融けてなくなったものの、
新潟公演前日まで並ぶ「雪だるまマーク」に備える風情の新潟市は
2017年12月8日、金曜日。
「実はまだ続いてるんですけど」(金森さん)というNIDF2017への参加作品
『NINA -物質化する生け贄』のメディア向け公開リハーサルへ行って参りました。

 

シンボルのクリスマスツリーのほか、幾つものリースがこの季節に花を添える
午後3時のりゅーとぴあ・劇場。
「じゃあいきましょうか」という金森さんの声がかかると、
それまで舞台上でアップをしていた舞踊家たちが両袖に消え、
客電が落ち、改めて緞帳が上がると、
温かみのある照明のもと、
5人の女性舞踊家それぞれの背後に5人の男性舞踊家がつき、
5組のペアを組みながら、「あの足運び」で前に出てくるところから、
作品の後半部分が踊られました。

女性舞踊家が纏う、廣川玉枝さんによって一新された今回の衣裳。
「第二の皮膚」たる衣裳の意匠も、
目を凝らして逐一じっくりご覧になることをお勧めします。

♪トンタ、トンタ、トタトタトタトタ
トンタ、トンタ、トタトタトタトタ…♪
トン・タッ・アンさんによる音楽も様々な場面を提出しながら、
それに隙なくシンクロする舞踊家の身体を一層際立たせていきます。

照明が変わり、衣裳や曲調も変わるなか、
終始、舞台に漲る張り詰める緊迫感だけは変わりません…。
30分間のリハーサルを身を乗り出して食い入るように眺めていたことは
言うまでもありません。

金森さんの「はいはい、OK。じゃあ公開はここまでになります」で客電が入り、
この日の公開リハーサルは終わりました。
…一言、酔いしれました。

   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

続いて、ホワイエにて金森さんの囲み取材(15分間)です。
そこでのやりとりから少しご紹介いたします。
まず、今の出来栄えについて問われると、
「本音と建前とどちらがいい?」と最初はおどけて始めた金森さん。
しかし、答えの本質は常に大マジ。
「舞台芸術は一期一会。よくできましたと点がつくものじゃない。キリがないもの。」
「彼らが努力してきたのを見ているので、ある程度のところまできたと言いたい」と言ったのち、
自ら「や~さしい~」とツッコミを入れて、笑いをとったりもしましたけれど、
更に続けて、「頑張っているのは事実。しかし、客席から頑張っているように見えるのではなく、
エネルギーが空間に解き放たれ、客席を魅了する域までいく必要がある。
震えるほどのエネルギーを感じることができる、強度のある作品。
それが『NINA』なのだから」と。

また、廣川さんの衣裳についての質問には、
廣川さんが東アジアツアーはほぼ皆勤で同行され、
その都度、色味の変化を続けてくれたこと、
skinシリーズにはインスピレーションを感じていたので、いつか使いたいと思っていて、
今回、『NINA』をやることになったとき、
以前のレオタードから変えてみたいということで採用した、との答えが返ってきました。

『NINA』という作品そのものについては、
「30才のときの作品で、客観的に見て、演出の面では拙いな、と。
しかし、強度のある大切な作品だということも再認識した。
今回、彼らにアジャストする意味で、照明を少しいじっているし、
変えようと思えばいくらでも変えられるのだが、
『NINA』という作品を汚そうとは思っていない」
そして、「『NINA』はこれまで何度も踊り継がれてきた作品であるため、
舞踊家にとっては自由を感じにくい側面もあると思うが、
そもそも舞踊には広大な自由が拡がっているもの。
舞踊家は内側にエネルギーを宿しているが、
彼ら自身が自らを拘束してしまうのではなく、
踊ることの自由を感じることができるようであって欲しい。
そのためには頑張るしかないんだけど」という言葉のなかに、
舞踊家を率い、否、舞踊家をして現状に満足することなく、
絶えず更なる高みを追求せしめる揺るぎない姿勢の一端を垣間見る思いがしました。
また同時に、舞踊家にとって「『NINA』の場合、客席が埋まって、
そちら側から発せられるエネルギーも大切。
まだ観たことがないなら、一回くらいはこんな変なもの、観に来たらどうですかと
言いたい」という思いも口にされました。

最後に、井関さんのソロ『The Dream of the Swan』についての質問が出され、
「39才、今の井関佐和子を観に来て欲しい。
少し悲しい作品ではあるが、彼女の今の生き様を観て欲しい」
という金森さんの言葉をもって囲み取材は締め括られました。

その後、Noismスタッフの方に伺ったところによると、
『NINA -物質化する生け贄』は時間にして60分で、
新潟公演では、その前に、
井関さんのソロ『The Dream of the Swan』(15分)が置かれるのですが、
そのふたつは休憩なしで続けて踊られるのだそうです。
だとすると、現段階では井関さんのソロがあるとされていない埼玉公演とは、
かなり趣が異なるものになるかもしれず、
是非ともNoismのホーム・りゅーとぴあでの鑑賞をお勧めしたい所以です。

7,6,5,4,3,2,1…
「照明など、色々大変だった」(金森さん)という東アジアツアーを経て、
いよいよ『NINA -物質化される生け贄』新潟公演にむけての
ファイナル・カウントダウンが始まったという実感があります。
今のNoism1が名作『NINA』とどう対峙し、客席に何を放つのか、
しかと見届けたいと思います。
う~む、早く観たいぞ。
(shin)

 

2017/12/3(SUN.)「Noism Day」レポート

朝、快晴だった時間があり、晴天のまま推移することを期待するも、
天気は一転し、お昼前には雨模様となった2017年12月3日、日曜日。

この時期としては、雪ではなかったこと、
そして厳しい寒さでもなかったことが救いでしたが、
どんな天候であっても、その以前に、
午後からの新潟市のりゅーとぴあは、まさしく「Noism Day」。
まず、14時半から15時半は、活動支援者及びサポーターズ会員対象の
『NINA』公開リハーサル(スタジオB)。
そして、16時から18時は第17回「柳都会」(能楽堂)。
『NINA』新潟公演を待ちわびる人々にとって
少し早い「前夜祭」的な一日でした。
ここにふたつまとめて報告させていただきます。

(1)Noism1『NINA―物質化する生け贄』公開リハーサル

今回、約30人の見学者は、スタジオB正面の鏡の前と両側面の壁の入口寄りに、
例えるなら「ホチキスの針」形状とでも言えそうなかたちに配置されたパイプ椅子に腰かけて、
冒頭部(全員)、池ヶ谷さんのソロから井本さんとのデュオ、そしてメンズ中心のパートと、
3つのパートを順に見せていただきました。

各パートごとに、金森さんと井関さんおふたりからの細かなチェックが入り、
動きが精緻に練り上げられていきます。
最高の動きを求めて、各舞踊家の限界ギリギリのところで行われる
一切の妥協を許さないクリエイションに、
見る側にも自然と緊張感が拡がっていったほどです。
「マジックがない」「抜けている」「ぬるい」と鋭いダメ出しが行われ、
「抗うんだよ」「『NINA』にはリラックスはないよ」
「ためる技術がないから、早くいっちゃうんだよ」「で、今度は遅い。パッと」
「imaginationが足りないんだよ」「もっと対峙しろよ」
「『あなたがこれやりました。次に私がこれやります』じゃないんだよ。
エネルギーが繋がっていくんだよ」等々、
火傷しそうなほど熱を帯びる厳しさに、見る側も息を詰めつつ、見守る、見守る…
この厳しさからしか生み出せないもの、
それが名作の名作たる所以なのだと承知しました。

時間を延長しながら、切れの良いところまで見せていただいたあと、
金森さんから、新潟公演での井関さんのソロ演目について、
「今の井関佐和子のために振り付けました。楽しみにしていてください」
との言及があり、公開リハーサルは締めくくられました。
時に、15時40分に近かったはずです。

(2)第17回「柳都会」 ゲスト・廣川玉枝氏(SOMA DESIGN)

さして時を置かず、定刻の16時ぴったりに、能楽堂の舞台奥から
スーツに着替えた金森さんとエレガントな装いのゲスト廣川玉枝さんが登場し、
「柳都会」が始まりました。
今回、新たに『NINA』の衣裳を担当されたのが廣川さん。
その廣川さんが用意してきたタイトルは「身体の夢 ファッションデザインの拡張」。
「レクチャー+対談」という形式ではなく、
主に廣川さんがプロジェクターを使ってご自身のこれまでのお仕事・作品を紹介するなか、
その都度、金森さんからの質問や発言に応答して、説明を加えていくスタイルをとり、
休憩は挟まず、会は進行していきました。
以下に、金森さんの発言も取り込んだかたちで廣川さんのお話をご紹介いたします。

☆クリエイティブ集団・SOMA DESIGN
自身が独立するとき、デザイナーの役割は今後変わっていくのではないかと直感。
衣服だけではなく、デザインの可能性を拡げる仕事をしたいという思いから、
ファッションブランドSOMARTAと並行して、
仲間を取り込み、仲間を増やしながらやってきたもの。

★衣服と「第二の皮膚」
衣服には、精神的なものや視認的なものを変える力がある。
その衣服の可能性の根源的なものを探りたい。人類としての根源。
原始からの身体装飾。(祭りや神事)
ボディペインティングなど、自然を超越した何か(神)に向けられたものが、
どこかの次元で、自己表現になっていったもの。(←金森さんの発言に共感した部分)
第一の皮膚の上に「第二の皮膚」を纏うかたちで、
脱ぎ着のできる皮膚が「skin」シリーズ。
360°伸びる、伸縮性に優れた「網」の構造をもつ。
1990年代後半というタイミング、「無縫製」で作る機械の存在。(日本では島精機)
技術はあっても、デザインする人がいないと進歩していかない。
デザイナー: 昔あったものを今の時代に落とし込んでいく役割も大きい。
デジタル+職人による新しいクチュール(仕立て・縫製)の創造。
また、デジタルの技術によって、時間の短縮に留まらず、
職人の仕事の質が変わってくる側面もある。

☆衣服にとどまらない展開
私たちの周囲は様々な「ボディ」で溢れかえっている。
身体を離れたskinのデザインへ。
*スキン・ボーンチェア:
骨組みとしてのガーデンチェアに皮膚を着せた、着替えのできる椅子。
*自動車のボディに対する「ファッション」の依頼(レクサス、smart)ほか:
「覆う」→二律双生。車と身体の融合。
*電動アシスト車椅子(YAMAHAとのコラボ):
足の不自由な女性がパーティーに出られるようなデザイン。
毎日乗るものとして身体とのの一体感があり、更に、「着る車椅子」的なコンセプト。
ヒールのイメージすら有する、ファッションとしての車椅子。
「ないから乗れない」「マーケットが小さいから必要ない」ではなく、
「作ってみないとわからない」。「コンセプトモデル」の必要性。

★ニットとの出会い
就職後、配属された部署での偶然の出会いだった。
平面的な中に立体的なものを取り込んでいく可能性に「楽しい」と感じた。
型紙を用いて立体的に作る西洋的な仕立てではなく、
例えば、表地・裏地の境界線もなくし、ポケットも一体成型してしまうような
新しいジャケットの作り方。

☆MoMA(ニューヨーク近代美術館)にも収蔵された「skin」シリーズ
「ニュー・プロトタイプ」(新しい原型)という範疇での選出。(「111のアイテム」)
キュレーターからは収蔵理由の説明を一切受けていないのだが、
自分では「遠くにあってもそれが何であるか言えるもの・視認できるもの」と理解。
また、当初から「これはビジネスとしても成功するぞ」という思いはあった。
「Artをやりたい」信念と「売りたい」思いの矛盾。その真ん中、或いは「交差点」を通ってきた感じ。

★会場からの質問と回答
Q.「第二の皮膚」を纏うとき、皮膚呼吸はどうなるのか。
---A.穴が開いていることで伸縮もする。イメージは蜜柑のネット。熱も逃がせる。
Q.無縫製のニット、破れたりもしたとのこと。どう修繕するのか。
---A.手で繕うしかない。かがった。爪を立てたりすると破れやすい。着る際には
注意が必要。また、ダンサーの動きで一番力がかかるポイントは脇の下部分と知り、
相応の対処を施した。
Q.360°無縫製の制作とは、頭の中でどんなことを考えているのか。
---A.編み方に関しては詳しくないし、自分一人ではできない。職人との協働。
また、どちらか一方だけでは進化はない。二者間の関係性が重要。
突飛なこと、無茶なことなど、外部からの刺激がないと次の段階には行けない。
↑この件に関しては、金森さんも「ポイントだね」と指摘
Q.「skin」を構成している「組織」という言葉が意味するものとは。
---A.部分部分の「編み」の編まれ方とでも言えるもののこと。
Q.様々な「組織」の境界部分はダメージを受けやすかったりしないのか。
---A.編み方の特徴によって弱い部分もあるが、特に境界部分がということはない。
但し、伸びる組織と縮む組織の境目が「ぽこっ」としてしまうようなことはある。
Q.「皮膚」のデザインを志したきっかけはどういうことか。
---A.服飾を学んだ文化服装学院には、人体解剖学といった科目もあり、興味を覚えた。
以前から理科は好きだったうえ、レオナルド・ダヴィンチによる解剖図も。
また、折からの「人体の不思議展」(上野)にも惹かれた。
Q.初めて観た舞台作品は何だったか。(金森さんからの質問)
---A.思い出せないが、イリ・キリアンやNDTに誘ってくれる友だち(宮前義之さん)の
存在があった。

レディ・ガガをも虜にする廣川さんの「skin」シリーズ。
それがNoismダンサーの身体と相俟つとき、どんな光景が展開されるのか。
想像するだけでワクワクを禁じ得ません。
両の眼で『NINA -物質化する生贄』をしっかり受け止めたいと思いました。

ラスト、こちらでも金森さんから「先週あたりに決まった」新潟限定・井関さんの
ソロへの言及をもって、「柳都会」は17時25分、大きな拍手の中、閉じられました。

ここまで、抜け落ちも多い、非常に雑駁なレポートになってしまいましたが、
そこは報告者の力量不足ゆえ、ご寛恕を請うよりほかありません。
少しでもイメージが伝わっていたなら幸いです。

厳しさと楽しさ。
弥が上にも、身の裡の『NINA -物質化する生贄』への期待値は上昇し、
火照りにも似た熱を閉じ込めながら帰路につくことで、
そぼ降る雨のなか、新潟市の「Noism Day」は暮れていきました。

【追記】この日はまた、茂木健一郎氏をお迎えする次回・第18回「柳都会」の申し込み開始日でもありました。
詳細は、こちらから。 http://noism.jp/npe/ryutokai_18/
次回「柳都会」(2018/02/04)も楽しみです。
(shin)

サクッとNIDF2017 その3(10/15:中国・香港・城市当代舞踊団(CCDC))

NIDF2017前半最後の公演は2017年10月15日(日)中国・香港の城市当代舞踊団(CCDC)。
開場時間(17時)少し前の劇場入り口付近は、お向かいのコンサートホールでの催し
河瀨直美演出のプッチーニ『トスカ』が終わって間もない時間帯だったため、
人々の動きが輻輳し、賑やかで華やぎのある様子を見せていました。
しかし、「混雑」までいかなかったのは幸いでした。

そんななか、個人的な事柄で恐縮ですが、
かく言う私もコンサートホールを出て、劇場へ移動し、
大興奮『トスカ』からのNIDF2017という流れで、
パフォーミングアーツ三昧の1日を過ごした組でした。
(長丁場となりましたので、それなりに脳は痺れましたけれど。(汗))

この日の城市当代舞踊団の演目は、『Amidst the Wind』(風のさなかに)と題された
オムニバスもので、5人の振付家による10作品からの抜粋作品とのことです。
(会場で配付されたペラ1枚のプログラムには
より細かく14ヶのフラグメントとして記載されています。)

緞帳があがると、舞台やや下手に横たわる男性がひとり。
身体に掛けられていた布が上手側に飛ばされてしまうと、起き上がり、
半裸の衣裳で自らも上手袖へと歩いて姿を消していく第1フラグメント。

そこから次々繰り出されたのは、音楽も、衣裳も、踊る人数も、
そして勿論、ダンスのテイストも、悉くその趣を異にするオムニバスでした。
身体性に特化した作品があったかと思えば、コメディーリリーフのようなものもあり、
現代的なものもあれば、伝統的な文物が前面に押し出されたものも。
はたまた、機械的な動きに見えるものから、恋愛や苦悩する心情を表現したものまで、
といった具合に、城市当代舞踊団というカンパニーを俯瞰できる
バラエティに富んだ演目だったと思います。

いずれにしても、ひとつのフラグメントから次へ移る際の衣裳替えは
さぞや大変だったろうと思うくらい、敢えて脈絡ではなく、
多様性を志向するかたちで編まれた作品でした。

個人的に惹かれたのは、2番目の、男女とも色鮮やかで厚手のスカートを纏って、
くるくる独楽のように回転する作品(”Fragile Beauty”)、
また、赤いケミカルのトップスを身につけて、
どんどん加速していくリズムに合わせて動きを刻む作品(タイトル不明)、
そして後半、緑の照明のもと、スーパーマリオを思わせる緑のキャスケット帽と、
緑の襟付きベスト+緑のチュチュに身を包み、オモチャの兵士然とした風情で
各々がキビキビとメカニカルに、その身体性を見せつけて踊る作品
(”Sexing Three Millenia”)でした。

前のフラグメントのダンサーが未だ舞台からはけてしまわないうちに、
重なるようにして、次が始まってしまう形の繋ぎが多かったため、(余計に脳が痺れて、)
途中で、「今、何番目なのか」については頭から追い払って舞台に向き合いました。
そのため、上のように、各タイトルが判然としないことになってしまいました。(汗)
そんな約80分間に及ぶ多彩な抜粋作品は、
シャツの裾をルーズに出した黒のスーツ姿
+チャップリンでお馴染みのボーラー・ハットで、
『コーラスライン』のような、或いは、一昔前の某金融会社CM(!)のような群舞を
敢えて殊更にスローで踊る作品で締め括られ、
投げ上げられたハットを舞台に残し、緞帳が下りました。
(以上、個人の印象です。)

今回も、終演後に行われた城市当代舞踊団の創設者にして芸術監督のウィリー・ツァオ氏と金森さんの間で行われたアフタートークについて記します。

---2年前(NIDF2015)と違って、今回はオムニバス作品だが、それについて
☆振付家ひとり2作品ずつ選んでいる。動き中心のもの、物語を伝えるもの等、
多岐にわたるため、ダンサーにとっては厳しいものがある。
構成・順番は自分(以下、ウィリー・ツァオ氏)が決めた。’weird(奇妙)’なものが好き。
★香港返還から20年、英国色が強く、多様性に富んだ香港市民だった日々から、
背後に本土・中国の存在感・圧力を感じる現在へ。
☆過去→現在→そして未来、香港の人々の感情、アイデンティティも大きな変化を被っている。
そうしたロジックもこの作品に込めている。

---中国におけるコンテンポラリーダンスの立ち位置はどのようなものか?
★「オープンドア・ポリシー」の許、社会やコミュニティの変化、
アート・フォームの変化を受け入れようとしている。
☆この10年というもの、政府も、クラシックダンスや民族的舞踊だけでなく、
コンテンポラリーダンスを認めるように変化してきている。
その需要の広がりを認め、プロジェクト・ベースでのサポートも増している。
★5年ほど前から、上海、北京のみならず、22市で、独立したダンスカンパニーが出来ている。
☆各カンパニーは、稽古の環境の不備など、それぞれが様々な問題に直面しているが、
シーン全体には高揚感が感じられる。

---どのようにしてカンパニーを率いているのか?
★アート・フォームについてはオープンであることを重視し、
方向性をひとつにしてしまわないようにしている。
☆カンパニーはアーティストにとってのプラットフォームのようなものであって、
常に様々な要求に対応できるようであることを求めている。
★コンテンポラリーダンスは多様であるべきで、フリーなものだという信念は変わらない。

---振付家や、主催するフェスティバルに招聘する舞踊団の選択の基準は?
☆たとえ有名であったとしても、性格に難のある人は避ける。関係性のいい人と仕事がしたい。
★また、違ったものを持つ人と仕事することも多い。

---城市当代舞踊団(CCDC)の次のビジョンはどんなものか?
☆社会は急速に変化している。スタイルを定めることなく、できるだけオープンにと考えている。
★「ゴール」を定めると、他のものが見えなくなり、見失うものも出てくる。
☆香港は元々オープンな街、出来るだけオープンに、と・・・  等々。

ウィリー・ツァオ氏の一貫した「多様性」志向の精神には、
金森さんが「Noism」の名に込めた思いと重なる部分も多いはずと感じながら、
おふたりのやりとりに耳を傾けていました。

いよいよ、NIDF2017も大詰め。
我らがNoism1が、『NINA -物質化する生け贄』を引っさげて、
来週は韓国公演、来月には、杭州と香港で公演を打ったのち、
待ちに待った新潟公演(12月)でフィナーレを迎え、
その後の埼玉公演(来年2月)へと引き継がれます。
本日、新潟公演チケットの一般発売が始まりましたが、
Noism初期の代表作の、満を持しての登場ですから、
期待はますます募りますね。
良いお席はお早めにお求めください。  (shin)