今年も幸せ過ぎたぁ♪「さわさわ会」総会からの井関さん誕生会・懇親会

2025年10月19日、すっかり秋めいてきた日曜日のお昼時。新潟市中央区のフレンチレストラン「キャトル・ヴァン」さんを会場に、「さわさわ会」の総会(11:30~12:00)、それに引き続き、井関さんと金森さんをお迎えしての井関さん(少し早い)誕生会・懇親会(12:00~)が開催されました。

今年は当初の予定より早い日時に変更しての開催となったため、ご都合のつかない方もおられ、例年より参加者はやや少なかったのですが、この会の楽しさ・多幸感に変わりはありません。終了予定時刻を延長して、参加者一同、幸せ過ぎる時間を過ごさせて頂きました。

このサポーターズのブログでも、おふたりと一緒に、実に和気藹々と過ごさせて貰った、得難いがまでに上質な約2時間を、主に写真でご紹介させて頂きたいと思います。

まずは受付の様子です。

次に総会。前年度の活動報告と会計報告、そして今年度の活動計画案と予算案が、久志田渉さんのスムーズな進行のもと、拍手で承認されました。

ここからがメインイヴェント、井関さんの(少し早い)誕生会と懇親会。先ずは会場に到着したおふたり、「紗幕」の向こうからの登場です。黒スーツをビシッと着こなした井関さんは、かつての『ZAZA―祈りと欲望の間に』(2013)の雰囲気で、もう凛々しくて素敵この上ありません♪

次いで開会のご挨拶並びに花束贈呈(会長・齋藤正行さん)からの井関さんご挨拶です。スロベニアでの公演や、それを通じて、改めて感じたというここ新潟での「日常」が如何に「非日常」なものであるか等々、一同、頷きながら聴き入りました。

その後、顧問・篠田昭さん(前新潟市長)からの乾杯のご発声。テーブルをまわって、グラスを合わせてくださった井関さんと金森さん。そんな有難い振る舞いから、この「非日常」の宴の幕が上がりました。副会長の中村玄さん、伊野義博さん、鈴木良一さんのご挨拶も、Noism愛で共通しながら、それぞれに個性的なものでした。

更に更に、キャトル・ヴァンさんのお料理はどれもホントに美味しくて、もう「口福」以外の何物でもありませんでした。その画像です。それらを頬張りながらの歓談はまさに幸せ過ぎるというものでした。

この日のお席は「自由席」ということでしたので、新潟市内バス無料デイだったため、バスを利用し、少し早めに会場に着いた私は、金森さんの真ん前、かつ井関さんの斜め前に座らせて頂く幸運に恵まれました。おふたりに訊いてみたいことがあったためです。

井関さんには、先の公開リハーサル時にお訊きした高知の「ほいたらね」に加えて、「たまるかー」と「たっすいがー」について。実にどうでもよいことですが(汗)。そのお答えですが、前者は使わなかったそうですが、後者は「炭酸が抜けた感じ」を意味し、今も時折目にしたり、耳にしたりすることがあり、かつて金森さんからもその意味を尋ねられたことがあったのだそうです。そのお答えを聞いて、金森さんに「たっすいがー」なところはあるのかという質問が飛び出したのでしたが、そういう要素は「全くない」とのことでした。そうでしょうね。納得です。(『あんぱん』ネタはこれにて打ち止めです。)

で、金森さんには、「dancedition」の井関さんインタビュー繋がりで、2008年、初めての「サイトウ・キネン・フェスティバル」出演に至った経緯をお訊ねする必要がありました。ダンサーを探していた主催者側からNoismに問い合わせがあり、まず、金森さんと井関さんが参加を決めたのだそうです。通常、「そうしたイヴェントものには出演しないんだけど」と語った金森さんですが、①小澤征爾さんという存在に興味を惹かれ、②また、振付が金森さんNDT時代の先輩の方だったこともあり、出演することにしたとのことでした。簡潔に書かせて頂きましたが、これで「宿題」完結ということで。

その他、スロベニア滞在中のことも色々聞かせて貰いました。国境のある道を15分歩くと、そこはイタリアで、でも、『ホワイトナイツ/白夜』(テイラー・ハックフォード監督、ミハイル・バリシニコフ、グレゴリー・ハインズ主演:1985)みたいに銃を構えて警備にあたる者はいないこと、もと社会主義国だったスロベニアの道路は都市計画により、かっちり真っ直ぐなのに対して、国境の向こうイタリアの道路はくねくね曲がっていて、その雰囲気に大きな違いがあったこと、ピザをはじめ、グルテンフリーが浸透していて、説明不要なむこうの暮らしのこと、それから宿泊された小さな街には、アジア人はひとり(!)しかおらず、おんぼろタクシーでのピストンで劇場入りする日本人はさぞ怪しい画だったろうこと、劇場でのワークショップについて、『マレビトの歌』に関する井関さんの「詩劇」という表現が世阿弥読書から来ていること、等々、もう硬軟取り混ぜてホント色々と。楽しい時間は飛ぶように過ぎていく…真実でした。

当時の新潟市長・篠田昭さんに「首をかけられるか」と迫られながらも、芸術監督に金森さんを迎えることを進言した田代雅春さんが締めのご挨拶です。芸術の力を信じ、お世辞にも潤沢とは言い難い市の財政事情にあって、工夫しながら、後世に芸術を繋いでいくことの意義を毅然と語ってくれ、参加者一同、新潟市にNoismがあることの豊穣さを再確認して、我が意を得たりと聴き入りました。

そして「大トリ」は金森さん。芸術家として、Noismを率いる者として、停滞することは選ばない、停滞を求められたくはない、常に進んでいくことしか考えない、とキッパリ。全くブレるところのない、金森さんらしいご挨拶でした。

最後は会長・齋藤正行さんによる一本締めで、この楽しい宴もお開きに。

ですが、もうひとつご紹介したい事柄があります。それはこの記事の最初のところでご覧頂いているこちらキャトル・ヴァンさんの店内、目を奪う大壁面いっぱいを覆い尽くすサインの数々についてです。着席したばかりの金森さんが、井関さんに指で示している画像もご覧頂いています。何が言いたいか。足りないのです、サイン。そうならば、もう書いて貰うしかないじゃありませんか。お誂え向きな場所が空いていましたし。

日付も入れて貰いましたし。皆さま、Noism関係の「聖地巡礼」をなされる際には、是非、こちらキャトル・ヴァンさんの美味しいお料理に舌鼓を打ちながら、おふたりのサイン、見上げてみてください。

私たちも「with さわさわ会 & NoismサポーターズUnofficial」と添え書きさせて頂きました。キャトル・ヴァンさん、どうも有難うございました。

もう贅沢過ぎる多幸感に浸りました。「さわさわ会」役員の方々、どうも有難うございました。

最後は、新潟市を一気に欧州風な趣「ゆあらぴあ~ん♪」に変えてしまうおふたり(と副会長・中村玄さん)の後ろ姿画像です。

はい、よき一日でした。皆さまも「さわさわ会」にご入会頂き、この贅沢さを存分にお楽しみ頂けたらと思います。

(shin)

「dancedition」井関さんの連載第9回はスロベニア滞在中のアップ♪

ウェブ「dancedition」にて好評連載中の「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(9)」がアップされた「2025年10月7日」の日付は、Noismがスロベニア滞在中ということで、(今回も)完全に油断していた以外の何物でもありませんでした。公開から2日経ってのご紹介となってしまってます。スミマセン。

それにしても、今回6年振りの海外公演があるにも拘わらず、その慌ただしさ、忙しさの最中、しっかり入稿締め切りを守る井関さんの律儀さには恐れ入ります。その貫かれた姿勢が可能にしてきた約2週間毎の公開、この先は心して待つことといたします。

では、ここから、その「第9回」のご紹介です。

先ずは、外部振付家招聘企画の第4弾、トリプルビルの「OTHERLAND」(初演:2011年5月27日・新潟、滋賀)です。演目は、アレッシオ・シルヴェストリン演出振付の『Orime no ue』、稲尾芳文&K.H.稲尾演出振付『Stem』、そして金森さん演出振付『Psychic 3.11』の3作品。いずれも作風や手法、そして味わいを異にする3作で、(当たり前のことに過ぎませんが、)「舞踊」の幅広さ・奥深さをまざまざ感じさせられる思いがしました。井関さんが語った言葉からも、そのあたりの三者三様振りが読み取れますね。

また、井関さんが「実際に起こっている出来事以上のものを感じる」とした『Orime no ue』、「動きたくなってしまう」舞踊家の性(さが)に向き合ったという『Stem』。そして、「ユニゾンを(金森さんと)二人で踊ると驚くほど合う」との言及を頷きながらも、興味深く読んだ『Psychic 3.11』。その3作をまた並べて観てみたい気持ちになりました。

で、個人的な事柄で恐縮ですけれど、当時、まだ「Noism歴」が浅かった私にとって、「初」ジェームズくんだったのが、この『Psychic 3.11』でした。で、舞台上に展開される追悼の舞踊を追いながらも、横倒しにされたままのジェームズくんが「そろそろ起き上がる筈」とばかり、何度も何度も目を向けては、その「動き」を待ったことを懐かしく思い出します(笑)。

続いて、「サイトウ・キネン・フェスティバル松本2011」でのオペラ『青ひげ公の城』op.11(小澤征爾・指揮)とバレエ『中国の不思議な役人』op.19(沼尻竜典・指揮)(初演:2011年8月21日・まつもと市民芸術館)です。

オペラ『青ひげ公の城』での「世界の小澤」描写は読んでいるだけでもその凄みが伝わってきますし、他にも様々な大変さはあったようですが、この先、金森さん演出振付のオペラもホント観てみたいです。

バレエ『中国の不思議な役人』は、その後(翌2012年)、観る機会に恵まれたのですが、他のNoism作品ではついぞ見ることのない(「スーパー歌舞伎」的な)大がかりな「外連(けれん)」が実に小気味よく、ぽか~んとしながら観ていたと思います。同時に美しくて、物悲しくて…。

そして、齋藤秀雄さんの門下生が集結したこの国のスーパー・ヴィルトゥオーゾ軍団と言うべき「サイトウ・キネン・オ-ケストラ」とのこの共演の機会は、同オーケストラでヴァイオリンを弾いていた矢部達哉さん(東京都交響楽団ソロ・コンサートマスター)とのその後の交流の端緒としても大きな意味を持つものと言えます。

そのあたりのことを井関さんとの「柳都会」vol.28(2024年2月4日)で、矢部さんが語っていますから、どうぞそちらも併せてお読みください。

そんなふうに、今回も多岐にわたって、興味深い事柄ばかりの「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(9)」はこちらからもどうぞ

(先日の公開リハーサルの折に、井関さんにあの『ほいたらね』についてお伺いしたところ、使ったことはないとのことでしたので、その朝ドラも既に終わってしまっていますし、ここは普通に、)それではまた、ということで。

(shin)

「柳都会」Vol.28 矢部達哉×井関佐和子(2024/2/4)を聴いてきました♪

2024年2月4日(日)、暦の上では「春」となるこの日の午後2時半から、りゅーとぴあ〈能楽堂〉にて、東京都交響楽団のソロ・コンサートマスターを務める矢部達哉さんをお迎えしての「柳都会」を聴いてきました。

―届けているのは本物。音楽と舞踊の関係性、不可分性。

柳都会vol.28 矢部達哉×井関佐和子 | Noism Web Site

今回の「柳都会」は、聞き手の井関さんが話をお聞きしたいお相手として、矢部さんを希望されたところ、快諾をいただき、実現したものとのこと。そして、開催日時が近付いてくるなか、SNSに「ミニ・ワークショップもある」という追加情報も出されるなど、これまでにないスタイルへの期待も膨らみました。

予定時間となり、井関さんからのご紹介で登場した矢部さん。鏡板の「松」の手前、「人生で初めて履いた」という足袋姿+「お見せするだけ」のヴァイオリンを携えたそのお姿はそれだけでもうかなり微笑ましいものがありましたが、その後、トークの間に、何度もヴァイオリンを弾いて説明してくださった矢部さんのお人柄に場内の誰もが惹かれることになりました。終始、穏やかな語り口で、ユーモアを交えて話された矢部さん。ここでは話された内容からかいつまんでご紹介しようと思います。

*矢部さんとNoismとの出会い
2011年、〈サイトウ・キネン・フェスティバル松本2011〉でのバルトーク『中国の不思議な役人』のとき。
矢部さん: 『中国の不思議な役人』は信じられないくらい難しい曲。しかし、指揮者から「舞台の上(Noism)はあまりにも完璧でびっくりする」と言われていて、ピットの中からは見えなかったのだが、舞台の上と繋がっている感覚があった。後からビデオで観て、(Noismに)一気に興味が湧いて、それ以来、自分の人生の中で欠かせないものとなっている。尊敬し過ぎていて、ただのファンという感じ。

*矢部さんとヴァイオリン
・矢部さん5歳: ヴァイオリンは、クリスマスに親が出し抜けに買ってきて、「あなた、コレやるんですよ」と言われて、始めたもの。それがずっと続いて今日に至るのだが、現実は甘くない。「100年にひとり」とかいう存在になるなど、「皮膚感覚で無理」とすぐにわかった。
・矢部さん高1: 病気で学校に行けなかった頃、マーラーのオーケストラ曲と出会い、「これが弾きたい」という気持ちになって、オーケストラでヴァイオリンを弾くことが目標に定まった。
・オーケストラとソリスト: 実力、メンタリティや意識のほか、奏法も違う。オーケストラは調和が大事なのに対して、ソリストは孤独に耐えることができて、一人で2000人の聴衆の一番後ろまで音を届かせなければならない。(一方からもう一方への転向はそれぞれに難しい。)
しかし、ソリストも弾く曲を自分で選べる訳ではない。例えば、メンデルスゾーン、チャイコススキー、シベリウスなどは1年に何度も弾かねばならない。一方、オーケストラでは色々な曲、色々な指揮者に出会えるメリットがある。
・矢部さん22歳: 4つのオケからオファーがあったなか、東京都交響楽団のコンサートマスターになる。その際は、急遽の展開だったため、オケ側の事前協議や準備もままならず、(ご自身は何も事情を知らないながらも、)「不完全なかたちでお迎えして申し訳ない。これからのことはもう少ししてから」と言われての4月のスタートだった。→その後、「大丈夫になりました」と言われたのは、1990年6月6日に「信じられないくらい美しい音楽」マーラーの交響曲第3番・第6楽章を演奏した日のことで、きたる6月に「20周年記念公演」で同曲を踊るNoismとシンクロする。

*コンサートマスターの仕事 
矢部さん: 指揮者とオーケストラは大抵、喧嘩するもの(笑)。そのとき、間に立って、いいかたちに持っていく役割。(穣さんほどじゃないけれど、)生意気だったかもしれないが(笑)、「長い目で見てあげよう」と思われていたのだろう。同時に、最初の4~5年くらいは、「子ども」で大丈夫かとも見られていたようで、「ごめんなさい」という感じで座っていたりもした。
井関さん: 若くしてコンサートマスターになる人はいるのか。
矢部さん: そんな時代もあり、昔は何人かいたが、ここ30年程でオーケストラの技量が格段にアップしてしまって、現在は難しい。

*(舞踊の)カウントと(オーケストラの)指揮者
井関さん: 舞踊の場合、指揮者にあたるのはカウント。カウントを数えて踊るのだが、最終的には、カウントを数えていると「見えなくなる」。 
矢部さん: (例えば、小澤征爾さんとか)本当に凄い指揮者は見なくても伝わってしまう。磁場ができて、自由に弾かせて貰っている感じになる。そのとき、舞台上は有機的に繋がっていて、触発され、相乗効果で演奏している感覚に。それがオーケストラで演奏する醍醐味。

*音楽性をめぐって
矢部さん: 才能もあるが、表現、音の陰翳、色の捉え方が大事。
井関さん: 舞踊家が音楽を身体に落とし込んでいくやり方は、個人によって異なる。矢部さんはどういうふうにキャッチしているのか。
矢部さん: 簡単に言うと、「作曲家の僕(しもべ)」として。例えば、ベートーヴェン。200年も経っているのだが、ビクともせず、生き残っている。普遍的な力で、現在に至るまで、どの時代の人の心も捕らえてきた。生き残らせる役割を仰せつかっている。音楽によって聴衆との間に生まれる空気を共有することが目的。

井関さん: 作曲家の意図を汲みつつ、オケにあって個性は必要なのか。
矢部さん: 生まれ育った環境も心の在り方も異なるのだから、個性は違って当たり前。
ピタリ合っただけの音楽は異様で、生きた音楽にはなり得ない。小澤さんは、個を出した上で有機的に調和することを求めた。

矢部さん: 音楽史上、最も偉大な3人(バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン)の音楽は色々な解釈、色々なアプローチを受け付ける。スパゲティ・ナポリタンにも色々なものがあるのと同じ(笑)。(ナポリタンである必要もないが(笑)。)

*呼吸をめぐって
井関さん: 踊っているときの自分の呼吸に興味がある。昨日、弾いて貰うのを聴いていて、矢部さんの呼吸にも。
矢部さん: あっ、そうか。(呼吸)しているんでしょうね。呼吸を入れると、身体が自然に動くが、止めると、身体も止まる。酸素を取り入れた方が流れがよくなる。
井関さん: 呼吸のコントロールで表現が変わってくる。自分の呼吸に気をつけていると、「離れる」こと、「引く」ことができて、身体に影響が大きい。
矢部さん: ヴァイオリンの場合、ダウンボウでは吐き出して、アップボウでは吸う。音の方向性(上に行くものと下に行くもの)に違いがある。

(5分間の休憩後には、予告されていた「ミニ・ワークショップ」から再開される。)

*金森さんの音楽センスと「ミニ・ワークショップ」
(金森さんも加わって、再開)
金森さん: 「雇われ演出家」の金森穣です(笑)。
矢部さん: 穣さんの音楽センスは、まわりの芸術家のなかでも傑出していて、まさに天才。音の陰翳、色を捉えた演出、ずっと興味があった。ドビュッシーの交響詩『海』、ずっと好きで、繰り返し聴いてきたが、『かぐや姫』で聴いたときが一番よかった。それが「金森マジック」。

「ミニ・ワークショップ」: 矢部さんが、金森さん×東京バレエ団『かぐや姫』で金森さんが使用しているドビュッシーの『亜麻色の乙女』、『海』(のそれぞれ一部)を弾き、その場で金森さんが即興で井関さんに振り付ける様子を観る、実に贅沢な時間…♪

矢部さん: (「ミニ・ワークショップ」では)ただ弾いていただけではなくて、彼ら(金森さんと井関さん)の動きを観ることで、陰翳が変わった。触発されて、別の弾き方をしてみたくなる。相乗効果。とてもクリエイティヴ。
金森さん: 呼吸の「間(ま)」、振付を考えるうえで大きいかもしれない。言葉がないもの、説明のしようがないものを届ける。非言語での想起。
矢部さん: 芸術は受け取る側に委ねられている。(恣意的に歪めることは違うが。)今あるメロディがより綺麗に聞こえる、「金森マジック」。
(この間、約15分。金森さん退場)

*呼吸、カウント、一体感…
井関さん: 最近、「声」が入っているもので踊る機会が多い。歌手の呼吸を聴き込んで踊っている。矢部さんの呼吸をキャッチできたときに一体化できる。
矢部さん: (小澤さんをはじめ、)偉大な指揮者は例外なく呼吸から受け取るものが多い。呼吸によって出て来る音楽が異なる。
井関さん: 一旦、繋がってしまうと、テンポはそれほど重要ではなくなる。信頼関係かもしれない。
矢部さん: 音楽よりカウントを優先させてしまうと、ズレてしまうかもしれない。うねり、抑揚、陰翳…音楽が身体に入ってくると、自ずと身体の使い方が変わってくるのではないか。

矢部さん: まっさらな楽譜に「ボウイング」を書き込むのもコンサートマスターの仕事。でも、違うんじゃないかと言われて、消しゴムで直すなんてことも(笑)。
井関さん: 普通に矢部さんのお仕事見学に行きたい。
矢部さん: そんなに面白くはない…(笑)。

(と、ここで井関さんが終了時刻の午後4時になっていることに気付き、告げる…)

矢部さん: あら、そうね。また遊びに来ます。今度は舞踊について質問したいことがたくさんあるから、それはまた機会を改めて。

…と、そんな感じでした。
矢部さんは「お見せするだけ」の筈だった(?)ヴァイオリンで、上に記した曲のほか、オーケストラとソリストの弾き方の違いを説明する際に、ブラームスの交響曲第1番からのソロ・パートを、更に、アップボウとダウンボウの違いに関しては、マスネの「タイスの瞑想曲」も(一部)弾いてくださいました。お陰で、(金森さん登場の「ミニ・ワークショップ」も含めて、)おふたりの本当に濃密、かつ、わかり易いやりとりを堪能させて貰えました。そんな豊かな時間を過ごせたことに、感謝しかありません。(何しろ終わったばかりで、こんなことを書くのは欲張りも過ぎる気がしますが、)是非、舞踊に関して改めての「機会」が実現しますように♪

(shin)




インスタライヴで語られたNoism的「夏の思い出2022」

2022年9月25日(日)、2度目の3連休最後の日に金森さんと井関さんによるインスタライヴが配信され、Noism的に「てんこ盛り」状態だった今年の「夏の思い出」が振り返られました。アーカイヴが残されていますが、こちらでもごくごくかいつまんでご紹介を試みます。

☆「NHKバレエの饗宴」に関して
・中村祥子さんからの依頼によるもの。新潟でのクリエイションは2回。初日(3月?4月?)、パートナーの厚地康雄さんは(井関さんに源を発する噂を耳にしてか)大緊張。2回目にはもう出来上がっていて、「意外とサクッと出来た」(金森さん)
・舞台上での緊張感。「終わって舞台に走って行ったら、ふたりとも死にそうになってたもんね。ホントに怖かったんだろうなと思って」(井関さん)
1公演のみで収録のためのカメラが入る。「その瞬間を味わいたいのに、『これが残る』とかって考えてしまって」(井関さん)
・「あのふたりだから出来た」(井関さん)「本番、もうふたりしかいない。何が起こってもお互い助け合って、お互い委ねて、引っ張っていくしかない。その関係性がパ・ド・ドゥって良いよなぁって」(金森さん)
・「次世代の若い子たち、これから日本のバレエ界とか欧州でも活躍していくだろう子たちの『今』と直接話す機会もあったし良かった」(金森さん)

☆「聖地」利賀村に関して
・3年振りに行った利賀芸術公園(富山県南砺市利賀村)。作品を観るだけではなく、「心の師匠」鈴木忠志さんと話して、ドオーンとふたりで仰け反るような言葉を貰った。「この国に帰ってきて鈴木さんがいらっしゃったこと、鈴木さんがこれまでにやってこられたこと、その全てをこの国で実現できるんだということがどれほど勇気を与えてくれたか計り知れないし、今なお、鈴木さんが利賀でやられている活動、何より舞台芸術、作品を観たときに得られる感動、刺激、影響」(金森さん)「言葉で言えない。あの空間に入った瞬間、皮膚レベルで圧倒的な違いを感じる。刺激っていう言葉以外見つからない」(井関さん)「強めの、過剰なね」(金森さん)「過剰な刺激」(井関さん)
・来月(10月)、黒部市の野外劇場でのSCOT公演を初めてNoism1、Noism2みんなで観に行くことになった。「彼らが行きたいと言って、みんながまとまって、それが結果、全員だったってのが何より」(金森さん)
・「また絶対に踊りたい」(井関さん)「踊らせたい」(金森さん)「踊りましょ」(井関さん)

☆「SaLaD音楽祭2022」に関して
・『Sostenuto』:都響からいくつか候補が示された中からラフマニノフを選んだ。3月、『鬼』の創作中に、「歩いて」と言って井関さんに歩いて貰った金森さん、「OK!見えた。じゃあ5月まで」と。→『鬼』が固まってきた5月くらいに創作着手。
・クリスチャン・ツィメルマン(Pf.)・小澤征爾指揮・ボストン交響楽団のCDで創作したが、生演奏がどう来ようが、それによって作品が破綻しないように考えていたとして、「万が一、凄く遅く演奏されてもこれなら大丈夫。速くなったとしてもこれなら大丈夫」(金森さん)
・そのツィメルマンのCDも素晴らしいが、生には勝てないと口を揃えたおふたり。「生で聴いた瞬間にその世界に入っちゃう」(井関さん)「Noismと一緒に作るという感覚を持ってくれていて、その思いがそこにあるだけで唯一無二」(金森さん)「その瞬間しかできない。消えちゃうがゆえに美しさは半端ない」(井関さん)「音楽はデフォルトが無音。必ず静寂に向かう。静寂への向かい方が音楽の肝。それを感じるためには生じゃなきゃダメ。録音は時間的に定められている」と生演奏の醍醐味を語る金森さん。「このコラボレーションは続けていきたい」とおふたり、もうちょっとだけ舞台を拡げて欲しいという気持ちも共通。

☆新体制、新シーズン
・国際活動部門芸術監督・井関さん:「まだまだそこまでやれている実感はないが、役割分担もあるので、思ってたより大丈夫」「今はメンバーに伝えたいことを何のフィルターも通さずに話せるのが良いこと」(井関さん)「メンバーもこの体制になって、素直に聞けるようになったと思う。今は彼らの芸術活動の責任を担う芸術監督として言ってくれていると彼らも思える。見てると良い関係性だなと」(金森さん)

☆『Andante』の金森さん・井関さんヴァージョンを観る可能性は…
・「あれは彼らのために作ったものなので、彼らが踊っていくものなのですが」(井関さん)「できますよ、できますけど、100%無理なのが全身タイツで出るのは無理。多分、皆さんからも悲鳴が出るんじゃないかと。あれはやっぱり厚地くんの身体を以てして観られる、彼の身体という『作品』があるから」(金森さん)「踊りたいと思わないし、向き合い方が違う。彼らのために作って、彼らが美しく見えるようにやっているから」(井関さん)「期待には応えられない。皆さんの『あのふたりが踊ったら』という妄想がベストだと思う。それを超える実演は出来ない気がする」(金森さん)

等々…。ほか、夏を越えて次々壊れるおふたりの家電製品を巡る話も楽しくて、ホント笑えますし、新作に関する話や「兄ちゃん」小林十市さんについての話もあります。まだご覧になられていない方はこちらのリンクからアーカイヴでどうぞ。

(shin)