2021年11月6日(土)は秋晴れの一日。まるで、金森さん演出振付、東京バレエ団『かぐや姫』第1幕世界初演の初日にあって、雨など降っていては、竹藪に分け入ったとしても光る竹も見つけ難かろうとばかり、天の配剤ででもあるかのように。そして何より、世界に向けて、この日本古来の物語バレエの幕が上がる、その輝かしき一日を諸手を挙げて祝福しようとでもいうかのように。
期待に上気した表情の人の波、その華やぎに溢れたホワイエ。この東京バレエ団『かぐや姫』第1幕東京公演2日間は、金森さんの現在と、そこに至る謂わば源流をなすとも捉えられようベジャールとキリアンの作品を一緒に観られる豪華トリプルビル公演という豪華さ。バレエについては殆ど何も知らず、語ることもおこがましい私ですが、客席を埋める目の肥えた観客に混じって、件の降り注ぐ美しい秋の陽光にもまさる、美しいバレエを、或いはバレエの美しさを心ゆくまで堪能しました。
午後2時を少し過ぎて客電が落ち、最初の演目、ベジャール『中国の不思議な役人』からのスタートです。今回、上野まで観に来た理由のひとつがこれでした。この後の新潟公演では観られない演目であり、また、以前に観たNoism版が凄く好きなことに加えて、フリッツ・ラングの映画『M』や『メトロポリス』の影響も濃厚に感じられる舞台とあっては、是非観たいという気持ちは抑えるべくもなかったのです。
いつ聴いても血が滾る思いがするバルトークの音楽に乗り、「フィルム・ノワール」的な舞台設定のもと、バレエの語法で展開していく舞台は、Noism版の記憶をまざまざ呼び起こしつつも、(浅学の私にとっては逆に)新たな世界を見せてくれるものでした。更に、禍々しさ溢れるナイフや縄など、金森さんが引き継いだアイテムを確認できたことも収穫でした。
20分の休憩を挟み、ふたつ目の演目は、キリアンの『ドリーム・タイム』です。20分と、この日、一番短い舞台でしたが、詩情も豊かに、そのタイトルのまま、まさに夢幻の境地に誘うバレエにすっかり陶酔してしまいました。武満徹のたゆたうような豊穣さが見事に可視化されていることに驚嘆したと言っても過言ではありません。新潟公演でも再び観られることを心底楽しみにしている程です。
その後、再びの休憩も20分間。しかし、その休憩も、残り5分くらいになると、舞台上に装置が現われてきました。一見して、なるほどと思えるものです。一旦、暗転した後の明転で翁(飯田宗孝さん)が登場し、『かぐや姫(KAGUYAHIME)』が始まります。恐らく、日本人なら誰も知らぬ人などないだろう物語が、ドビュッシーの楽の音に合わせて、色彩も豊かに紡がれていきます。現代のコンテンポラリーダンス界を牽引してきている金森さんがバレエの手法で描く日本の古典『竹取物語』。月から俗世に遣わされた姫。古き日本の貧しい山村を踊るバレエという西洋の語法。そうした数々の「混淆」若しくは「越境」とも呼ぶべきものが豊かに織り上げられていく35分間は、観る者のなかに、これに続く第2幕、第3幕を今すぐにでも観たいという強い欲望を掻き立てずにはおかないことでしょう。
軽やかにしてたおやかな秋山瑛さん(かぐや姫)と受け止める柄本弾さん(道児)が身体から発散させる思い。クライマックスで見せるパ・ド・ドゥの物悲しくも、息を呑む美しさと言ったら筆舌に尽くせるものではありません。酔いしれるのみでしょう。そして、そのふたりの脇には、翁の人間味溢れる様子と黒衣の存在感があり、更に、コール・ド・バレエの色彩感も眼福以外の何ものでもありません。コミックリリーフ的な場面を挿入しつつ、緩急のある舞台展開で語られていくグランド・バレエは、難解なところなど皆無で、安心してその流れに身を任せることが出来ます。
やがて、かぐや姫が都へ向かう場面が訪れるでしょう。金森さんが触れていた第1幕の終わりです。もっと観ていたい、そんな気持ちが大きな拍手となって会場中に谺し、繰り返されたカーテンコール。途中、秋山さんに促されて、金森さんが、次いで、井関さんも姿を現しました。その後も続いたカーテンコール、いったい何回あったことでしょう。スタンディングオベーションもどんどんその数を増していきました。世界初演のこの作品を届けた者も、客席からそれを目にした者も、みんな揃って笑顔、これ以上ないくらいの晴れがましい笑顔でした。日本のバレエ界がこの日、またひとつ大きな歴史を刻んだ訳ですから、当然でしかないのですけれど。緞帳が完全に下りてしまってからも、その合わせ目から主な出演者が、そして金森さんと井関さんが次々姿を見せてくれると、その度、大きな拍手が湧き上がりました。で、客電が灯されはじめ、場内がやや明るくなってのち、もうおしまいかと思っていたというのに、やおら緞帳が上がったりしてみると、拍手する方も、される方も「多幸感、ここに極まれり」とばかりの空気感で覆い尽くされていったこの日の東京文化会館・大ホール、終演時の喜ばしい光景でした。
書いているうちに、日を跨いでしまいましたので、東京公演の二日目で、楽日を迎えたことになります。本日は、足立真里亜さんのかぐや姫、秋元康臣さんの道児がきっと会場を魅了し尽くしてくれることでしょう。ご覧になられる方は期待MAXでお運び下さい。
そして2023年、その都度、目撃しながら、全3幕、その全てを観ることになる日が今から楽しみで仕方ない私です。これからご覧になられる方も一人残らずそうなること請け合いです。今後も劇場に足を運ぶことで、こうしてバレエの歴史の目撃者となることの幸福を享受して参りましょう♪
(shin)
shinさま
世界初演の『かぐや姫』、並びに私か観たくても叶わない『中国の不思議な役人』のレポートをありがとうございました✨
公式SNSであげられたカーテンコールの金森さん、井関さんの内から放たれた満ち溢れる自信と輝く表情✨そして、shinさんのレポートを拝見し、新潟の舞台が楽しみで仕方なくなっています。
観ることの叶わない『中国の不思議な役人』については、本日の舞台が終わって以後、是非とも詳細なネタバレ付きでのレポートを懇願する私でありますm(__)m✨✨
aco
aco さま
コメント有難うございました。
記事に書いた通り、私にとっても、今回の上京の大きな目的のひとつがトリプルビルを構成しているベジャール版『中国の不思議な役人』でした。Noism版から入った者としては、中川賢さんが踊ったあの圧倒的な「役人」をはじめ、ベジャール版古典はどんなかと。
実際、観てみましたら、切れのある動きで、とても「端正」に仕上げられているのだなと感じたような次第です。主要パートの熱演・好演のみならず、Noism版では観られない男性群舞も印象に残りました。
また、上に書いたナイフと縄のほかにも、ややコミカルな面をも持ち合わせる「役人」の造形、スモークや光源から直線的に射し込む照明の効果など「継承」されたものを視認することで、バレエ、舞踊の流れ(歴史)に思いを致すことができたので、その点でも、貴重な鑑賞機会だったと思っています。
浅学の私ごときがまだまだ一度観ただけでは、ネタバレなどしようにも到底無理というものですので、本日の公演を前に書かせて貰いました。これくらいでご容赦願えますか。
(shin)
shinさま
公演詳細レポートありがとうございました!
『かぐや姫』素晴らしかったですね!!
世界初演に立ち会えて本当に幸せです♪
ドビュッシーの音楽がこれほど日本的に聞こえるとは驚きました!
特に一番最初の曲にはビックリしました。
それからの、洋々と広がっていく舞台。
かぐや姫のかわいらしさ可憐さ、道児の逞しさ優しさ、群舞の素晴らしさ等々、とても言葉では書けません。
そして、翁が存在感ありましたね~♪
翁がいるだけで舞台が締まる感じでした。
そして翁の後見ともいうべき黒衣!
さすがです!
黒衣役を創作したのは金森さんならではと思いました。
運命を操る者と言うか・・・
それでいて、ちょっとコミカルでもあり、面白くて惹かれます。
この先も楽しみです♪
そして照明、演出も素晴らしいです。
照明は全体的に暗く感じましたが、ここぞという時の光り輝く様は何とも言えず煌びやかで目が奪われました。
反物の布もとても綺麗でした。
そして、shinさん的には、やはり「落下」でしょうか。
この度の落下物は!?
本日2日目ですが、新潟公演が初見の方も多いと思いますので、shinさんの「ネタバレなし」に倣って伏せておきます。
観られる方、「おっ!これか!」という瞬間をどうぞお楽しみに♪
金森さんのツイートによると、何やら「ハプニング」があったそうですが、何でしょうね??
おかしな所はありませんでしたが。
そしてそして皆さま、プログラムも素晴らしいですよ(1,500円)。
新潟公演でも販売すると思うので、どうぞお求めください。
三浦雅士さん(評論家)の「ベジャール、キリアンに学んだ気鋭のコリオグラファー 金森穣の ドビュッシー」も掲載されています♪
ご本人も初演にいらしていました♪
新潟公演、そして2023年の2幕、3幕、楽しみすぎます!
(fullmoon)
fullmoon さま
コメント並びに補足、大変有難うございました。
ドビュッシーの音楽、ホントにしっくりきてましたねぇ。驚きです。
で、これまた公演パンフの素晴らしさということになるのですが、場面ごとの使用楽曲がキチンと掲載されていて、痒いところに手が届く感じはホント有難いです。また、fullmoonさんが触れておられる三浦雅士さんによる音楽面からの金森さん批評も圧巻ですし、買わない手はありませんね。
「ハプニング」ですけれど、しかとはわかりませんが、一番冒頭、舞台上が充分明るくなる前の静寂のなか、据えられた舞台装置のところから「ガタン!」と割と大きめの衝突音が聞こえてきましたから、それのことかななどと思っておりました。真偽の程は定かではありませんが…。
あと、触れられている黒衣のコミカルでありながら、時折示す「運命を操る者」という性格、金森さんらしくて、好きな感じです。
このあと、新潟公演が楽しみでなりません。
これからご覧になられる方々、もう少しの辛抱です。そしてその辛抱は想定を超えて報われることでしょう。
(shin)
shinさま
返信コメントありがとうございました。
冒頭の「ガタン!」という音、私も聞こえました。ちょっと驚きました。
関係者の方たちはドッキリヒヤヒヤだったでしょうね。大事無くてよかったです。
2日目も大盛況、大成功で無事終了したようですね♪ ブラボー!!
新潟公演、楽しみです!
(fullmoon)
shin様
レポートお疲れさまです。
初日に続き、急きょ二日目も鑑賞してきました。倹約の為、五階天井桟敷の当日券を購入。座席に向かう途中には金森穣さん&井関佐和子さんにバッタリ。井関さん「あれ、連チャン?」久志田「はい。流石に天井桟敷ですが」金森さん「申し訳ないねぇ」というやり取りがあり、恐縮したり、嬉しかったり。
歌舞伎座の一幕見席を思わせる五階席でしたが、これが大正解でした。金森作品の醍醐味である照明の美や、村人の群舞シーンでの細やかな演出がよく見えるのです。緑の精たちの大群舞も遠方から観ることで、そのスケールがより鮮明に感じられました。
それにつけても「かぐや姫」の愛らしさたるや。二日目のキャスト・足立真理亜さんの弾けるような身体美と明るさは鮮烈で、登場した瞬間から涙が。姫と道児のデュオが美しければ美しいほど、二・三幕の展開が気にかかり、堪らなくなります。
カーテンコールも熱い拍手が止まず、終盤、足立さんが舞台袖に走って金森さんを招き入れました。初日以外はカーテンコールに加わらない金森さんの登場という異例の展開に加え、一段と熱を増した拍手に「俺はいいから、キャストに拍手を」という素振りを示す金森さんも微笑ましかったです。
賛否も、更にブラッシュアップされる点もあるでしょうが、この金森版グランドバレエ、正に大成功だったのでは。新潟公演の盛況、二・三幕の大成功を祈りたいです。
(久志田)
久志田 さま
コメント有難うございます。
「連チャン」だけでも相当羨ましいのに、金森さん&井関さんに認識された「公式連チャン」となると、これはもう妬ましいレベルかと。(笑)
急遽、ダブルキャストを両方ご覧になる決断をされた気持ちはよく理解できます。初日の秋山さん&柄本さんを観たら、明日の足立さん&秋元さんはどんなだろうと思いましたからね。その楽しみは新潟公演にとっておきます。
それから上階席からの鑑賞で、照明や演出の美しさ・演出を感じられたとのこと、そうなんですよね。近くで観ても良し、遠くから観ても良し。
そうすると、もう何度も観なきゃってことになる訳ですよね、金森作品。キャストの持ち味、照明、演出、そうしたものを充分意識して新潟公演に臨みたいと思った次第です。
そんな大成功、感動の舞台に関してです。話は少し逸れまして、別のところにも書いたことですが、初日、終演のタイミングで「ブラボー!」と叫ぶ観客がいたことは気になりました。気持ちはよくわかりますが、鑑賞スタイルもアップデイトして舞台に臨みたいものですよね。勝手な自分流スタイルではなしに。そうしないと、演者、観客双方にとっての安心は担保され得ませんから。
その意味では観客の選択肢は熱烈な拍手とスタンディングオベーションのみとなる訳で、それらをフル活用して感動を伝えていきたいものです。新潟公演を前に、もう感動に打ち震える準備はできています。ああ、もう楽しみでなりません。
(shin)
shin様
ご指摘の点、正に。カーテンコール時は声を出せない分、両腕で表現せねばですね。早くも新潟公演が楽しみです。東京とはまた違う歓喜に出逢えるでしょうね