「待つ日々は長かったというのに、一旦、幕があがってしまうと、こんなに早く楽日を迎えてしまうんだな」そんな思いが込み上げている2025年12月7日(日)の今は、既に『マレビトの歌』新潟公演楽日の幕が下りてしまっている宵。新潟の3公演は全て過去のものとなってしまっている訳です。


物凄いものを観た感の新潟公演楽日。初日も良くて、中日も更に良かったのに、それを更に凌駕してきた、そんな楽日でした。
ここ2日間、書き記してきた終演時の拍手が始まったタイミングですが、この日は更に「超えてきた」ことに驚きを禁じ得ません。楽日の新潟は、緞帳が下り切った後も拍手しようとする者がなかっただけでなく、カーテンコールのために、上がる緞帳の下、徐々に舞台上の光が一筋のラインとなって見え始めてから、何なら、カーテンコールに並んだ舞踊家たちの脚部が見え始める頃になってから、漸く、観客みんなが「禁」或いは非日常の「魔法」が解けでもしたかのように、一斉に拍手が湧き起こったような感じだったのです。それまでの慎み深さ転じての、それはもう盛大な拍手でした。
「ブラボー!」の声も飛び交いましたし、スタンディングオベーションも凄かったように思います。(最前列にいて、振り返ることはしなかったので、空気感として感じた限りですが、間違いはなかったでしょう。)カーテンコールは客電がついて後もなお、続きました。
強度のある身体に、強度のある作品。様々な場所での上演を経ての凱旋公演、練度も上がっています。そして、同時にとても新鮮であることが嘘のように両立しているのです。舞踊への献身が結実した一期一会の凄さに圧倒されました。「このレベルの舞台って、そうそう見られるものじゃないでしょ」正直、そう思いました。否、思います。
前日のアフタートークで、Noism1メンバーの幾人もが異口同音に語ったこと、「どう挑むか、その日によって違って楽しい」「踊るたびに違う気持ち」。舞踊家がそうなら、観客も同じ筈でしょう。新潟の3公演、(情報量の多さもありますが、)毎日、新たな発見をしつつ舞台を見詰めました。そして/しかし、毎日、心揺さぶられた感動が超弩級のものであった点で一緒なのです。
数ヶ月前に、時間を割いて見る選択をしたことから始まり、公演時期を迎え、実際に足を運んで見詰めてみると、毎回、心を鷲掴みにされ、ぶんぶん振り回された感のある『マレビトの歌』。その得難さを思います。自分の生の時間から、いくばくか切り出して費やす以上、優れた芸術との邂逅は、そのまま自分の生を愛でることと同義となる、そんなことが心底実感出来たのです。決して大袈裟でも何でもなく…。
見終えて、数時間が経ちますが、余韻は後を引き、「過去形」に収まろうとする気配もありません。(埼玉公演のチケットも購入している事情があるだけではなく、)それこそ、この稀に見る舞台の力がなせる業と見て間違いありません。
感動が大き過ぎて、それがダダ漏れした記事になってしまいました。申し訳ありません。でも、ご覧になられたら、無理もないこととお分かり頂けるものと思いますので、どうかひとつご容赦願います。
この『マレビトの歌』、埼玉公演はほぼ2週間後、12月20日(土)、21日(日)の2デイズ。もう皆さん、心おきなく(?)、ぶんぶん振り回されちゃってください(笑)。

ここからは、グッズ情報です。「靴下屋」さんとのコラボソックスですが、Noism2リハーサル監督の浅海侑加さんによりますと、「売り切れ」となった色もあるとのことでした。(更にロゴ入りTシャツも「売り切れ」サイズがあるようです。)埼玉でのご購入をお考えの向きは、どうぞお早めに物販コーナーを目指されてください。
で、そのコラボソックスに関するならば、この日も「ない訳にはいかない」ということで、(無理を言って)その浅海さんの足元(失礼!)と全身とを写させていただきました。どうぞご覧ください。



浅海さんの素敵な笑顔の画像をご覧頂きながら、この日のブログは終わりと致します。それではまた。
(shin)
shinさま
楽日ブログありがとうございました!
日ごとに素晴らしさと新鮮さが増していく物凄い舞台でした✨
本日も抜群!!
静かでありながら激しく熱く、そして哀しく美しい。
観客一人一人の心と涙腺に沁み入る感懐と感動。
埼玉公演、必見です!
皆様ぶんぶん振り回されちゃってください♪
(fullmoon)
fullmoon さま
新潟楽日の公演、めっちゃ凄かったですね。圧倒的な舞踊に遺憾なく蹂躙されました。
ここからは楽日を観ての私の感想です。
『マレビトの歌』、絶え間なく美しく躍動する身体たちによって、様々な関係性が立ち上げられては、ほどかれながら、「現在」は不断に更新され続けます。
それって、何かに似ていることは言うまでもありません。
納得するよりかは、肯定していかざるを得ないもの。
人生です。
それをあんなに豊かに美しく歌い上げられたのですから、もうやられてしまう他ない訳です。
彼岸と此岸、或いは、個と集団、そうしたあらゆる設定さえ突き抜けてしまって、その先に、ひとり舞台を見詰める者の人生を寿いだ、そう思っています。
こんなに強く心に触れて、揺さぶり、更にはぶんぶん振り回してくる身体とは驚きそのものです。
「凄いものを観た」、そうとしか言えない不甲斐なさ、しかし、その同語反復に満足して収まることと致します。
これは私の言葉(=世界)の外からやって来て、それを揺るがした「マレビト」そのもののような舞台でしたから。
この邂逅、喜び以外の何物でもありません。
(shin)