Noism2定期公演vol.12 メディア向け公開リハーサルに行ってきました。

このところ暖かい日が続いていた新潟市ですが、今日は肌寒い小雨模様の一日となりました。そんな4月14日水曜日、Noism2定期公演『Complex』メディア向け公開リハーサルに行ってきました。本公演の会場はNoism2定期としては初の劇場ですが、リハーサル会場はスタジオBです。

スタジオBの指導者席には金森さんと井関さん。金森さんの細かいチェックを井関さんがノートに書き留めます。音出しはNoism2リハーサル監督の浅海さん。『Complex~旧作と新作の複合による』というタイトルなので、レパートリーと新作を別々に踊るのかと思っていたら、そうではなく、まさに複合! レパートリーと新作が交互に、あるいは続けて踊られ、一連の流れの作品となっていました。前後半約30分、休憩を入れて全体で75分とのことです。

今回は前半部分を見せていただいたと思われますが、それは本番のお楽しみ♪ まずは、白い衣裳の『Training Piece』、Noism2メンバーが現れますが、始まりの音楽が違います。それに床に横たわるのではなく立っています。そうか、この導入部分が新作なのかな。その後、本来の『Training Piece』の動きとなりますが、このNoismメソッドを表した基本の動きは簡単そうに見えて実は意外に難しくて苦しい。途中や終わりの方はアレンジされています。10分?ほどで金森監督からまさかのストップがかかります!

「ぬるい!」「このあと苦しくなるから計算して踊っているのか!」「やり直し!」という叱咤で、また最初からです。久しぶりの金森節を聞きましたが、二度目は緊張が解けたのか、メンバーは顔が上気し汗が滲み、動きもスムーズになりエネルギーが感じられます。その後は流れるように新作となる男性ソロに続き『ZONE』の「academic」へ、そして『R.O.O.M.』へと続きますが、作品の合間合間にソロ、デュオ、トリオ、ユニゾンの新作や旧作アレンジが怒涛のように続き繋がり繰り広げられます。あれよあれよという間に予定時間の30分+やり直し分=40分ほどが過ぎていきました。

見応えがありましたが、金森さんの最後の言葉は「ぬるい、弱い、汚い!」。さすが鬼の金森! Noism2の皆さん、これでも以前よりは優しい方ですよ。金森さんの罵声罵倒(=期待激励)を聞けてよかったですね。つらさ苦しさ悔しさをエネルギーに変えてがんばってください!

そして囲み取材は金森さんとNoism2リハーサル監督の浅海侑加さん。金森さんは、「技術的なことは急には上達しない。問題は気持ち。いかにエネルギーを出し続けることができるか。たとえば普段の練習で8、9割の力を出していたとしても、今日のように人前で踊ると緊張もあって5、6割になってしまう。見ている人たちのエネルギーに圧されてしまう。そして疲れてくるとまた難しい。これが本番だとますますどうなってしまうことか。だからいつも10割以上の力で稽古に臨んでほしい。それができるように最後まで引っ張っていきたい」と話されました。

囲み取材
金森さんと浅海さん

レパートリーの演目を選んだのは浅海さんだそうです。浅海さんは「作品の特徴や表現、表情がそれぞれ違うものを選んだ。違う作品だけれども、それが一つの作品となった時に見えてくる流れがあると思う。メンバー個々人のエネルギーを信じている。稽古の時でも本番でも、自分自身を超えていくことを期待している」と話されました。

公演は一週間後。4月22日(木)19:00、23日(金)19:00、24日(土)17:00の3公演で、全自由席。土曜は残席わずか。どうぞ木曜、金曜にお運びください。若き舞踊家たちのエネルギーの炸裂にご期待ください! https://noism.jp/npe/noism2_12/

(fullmoon)

Noism 1メンバー振付公演を観て(サポーター 公演感想)

☆Noism1メンバー振付公演(2021/3/28@りゅーとぴあ・スタジオB)

6年ぶりというメンバー振付公演、前回は Noism を観始める前だったようなので初めての体験でした。

様々なバックグラウンドを持った現役ダンサーによる、いま一番表現したいことを自分のキャスティングで創り上げる作品。音楽も衣装も。期待が高まります。いつものNoism とはひと味ちがう若々しい作品が観られるな、と思っていたらその通りでした。

2公演観たかったのですが1回だけだったので、今では細かいことは思い出せません。それはそれで良いのだと思います。公演を目指して創られた作品をその時の自分が観たのですから。当然その時から創り手も自分も変わって行きます。

観ている時はとても楽しく、エネルギーを感じました。来て良かったと思いました。全作品それぞれ違って興味深かったです。今の時代を反映して「多様性」が至る所にちりばめられていました。

自分の中でインパクトが強かったのは、スティーヴン•クィルダン作『3.2.1』で月光ソナタ(馬が疾走しているような)で踊られる粗暴とも言える2人のダンス。対照的なポアントかピンヒールを履いてるようなカナールさんの動きの美しさ。まさに適役。

短編ドラマを観ているようだった、中尾洸太作『”うしろの正面”』
「カプグラ症候群」こういう精神疾患があるというのは小説、マンガなどで知っていたが名前を聞くのは初めてだ。疾患と言うが、本当のところは正常なのかもしれないし、そこがコワいところ。
林田海里さん、ダンサー&アクターどちらも兼ね備えていて素晴らしかったです。大好きなヴァリシニコフの次に林田さんです!
突然流れる『The end of the world 』の感傷的で甘いメロディ。思い出したのは『Painted Desert 』で使用された『Mr. lonely 』
なんて事のない美しいロッカバラードの曲たちなのだが、使われ方によっては私は狂気を感じてしまう。多分、D.リンチのアブない映画『Blue Velvet 』で同題の曲が繰り返し流れていたせいだと思う。

創り手の背景が様々なら、受け手のバックグラウンドも多様です。客席の全員がそれぞれ違うことを考え、自分の中に落とし込んでいると思うと世界は限りなく広いと思う。みんな脳内に別々の世界を作り上げて観ているのだ。

林田さんの『Flight from the city 』
彼の表現したい「青さ、未熟さの残る情景」は女性2人によって踊られているが、想像するにこれはたまたまというか、メンバーの中でのキャスティングで鳥羽、西澤さんがイメージに合っていたからだと思う。もしかしたら青年2人のデュオだったかもしれない。
照明スタンドの使い方、特にラストの消えるタイミング、絶妙でした。余韻が漂い、しばらく動けませんでした。

最後に、ジョフォア•ポプラヴスキーさんの存在感。チャーリー•リャン作『The Eclipse 』の中のチャーリーさんとのデュオが印象的でした。そして彼の『On the Surface, there you lie 』はトリにふさわしい重厚感がありました。暴力を振るい続けてエスカレートして止められなくなる者、抵抗もせずされるがままになる者…
いろいろなものが心に入ってきた。

金森さんがプログラム序文に
「劇場専属舞踊団として、新潟から日本を代表する作品、舞踊家のみならず振付家も輩出する事が次のミッションであり新潟の文化的価値観の創出になる…」
というような事を書かれていました。

メンバーの更なる飛躍を期待します。
次の振付公演が楽しみです!

(たーしゃ)

何とも贅沢な7演目♪ Noism1メンバー振付公演、その最終公演を観る+α

2021年3月28日、小雨。Noism1メンバー振付公演は当初から予定されていた15時の回に加えて、12時の回が追加された日曜日。休憩を含めた公演時間が約100分であることから、演者は約1時間を挟んで、2公演を踊るというタフな日程でした。私は昨日に続いて、最終公演も観ることが出来ました。そして今思うのは、なんと贅沢な2日間だったのだろうということです。

昨日のブログに書いた知りたかった事柄につきましても、幸運にも訊くことができましたので、今日はそこから書き出すことに致します。まず、開演前のホワイエで、Noism1リハーサル監督/Noism0の山田勇気さんにお訊きしたのは、出演者はどう決めたのかということ。すると、演出振付を担当する者が使いたいメンバーを選んだのだという答えを得ました。続いて、創作はいつ頃から始まったのかという点については、幕間に、客席で一列後ろに座られていたNoism2リハーサル監督の浅海侑加さんに訊ねましたところ、「Noism0とNoism1の公演(「Duplex」)の前からちょこちょこと作っていた」と教えていただきました。ご参考まで。

それではここからは、7つの演目について、私の目にどう映じたか、どう感じたかなど記してみたいと思います。それらはどこまでも個人的なものですので、今回、ご覧になられた方からどう感じられたか、コメント欄に頂戴できましたら幸いです。

先ずは前半の4作品。

1『The Eclipse』(演出振付:チャーリー・リャン)
身に纏った白い衣裳から、古代ギリシアや古代ローマ、或いは神話的な世界観が横溢する作品。演者は女性2(鳥羽さんと西澤さん)、男性2(ジョフォアさんとチャーリーさん)。タイトルは日本語で「蝕」、古来、不吉とされてきた日蝕。演じるジョフォアさん繋がりで、フランス語的に解すると、太陽が男性名詞で、月は女性名詞。(因みに、ドイツ語では真逆になるのだが、今、それは措いておいてよかろう。)冒頭、月(鳥羽さん)を力強い両腕で吊り上げる太陽(ジョフォアさん)と、力なく四つん這いの太陽(チャーリーさん)に挑まんと進み出る月(西澤さん)、その対称から発し、様々にパワーバランスを遷移させながらも、最終的に、月が太陽を圧する様子「蝕」へと至る。最後、もがき苦しむことになるのは他でもなく、…。随所に登場する頭を押さえつける振りが印象的。また、『R.O.O.M.』を彷彿とさせる音楽も耳に残る。

2『life, time for a life time』(演出振付:カイ・トミオカ)
ゆったりしたピアノの調べからハードなジャズのドラムへ、更に、ボードビリアンとして立つ舞台を思わせる効果音や、極端に機械的にデフォルメされた雨だれの音(?)、そして艶やかな弦の響きへと音が移い、表情を変えるのに併せて、カイさんと渡部さんも脱ぎ着しながら、人生の異なる時間、あの時やらこの時やらを、ときに緩やかに、ときに激しく、あるときは神妙に、またあるときは諧謔味を帯びて通過していく。ラスト、床面で身体をくねらせて踊る渡部さんの片手に載せられた黄金色の丸皿、その安定振りへと収斂し、締め括られていくふたつの人生からの逸話。

3『3,2,1』(演出振付:スティーヴン・クィルダン)
向こう向きの池田さんと客席に向いたおかっぱ頭の樋浦さん。足を開き、やや腰を落とした姿勢で、ベートーヴェンの『月光』ソナタ第三楽章の激しいビートを刻む冒頭。その小気味良さ。ふたりの姿勢には『NINA』の趣も重なる。音楽が緩やかになると、長躯のカナール・ミラン・ハジメさんが、常に両手で両目を開きつつ、垂直軸を強調させながら登場。目に映じる3人の性別は終始、混沌としている。やがて、おかっぱのかつらは樋浦さんから池田さんに移り、衣裳も、何気ない生成りから、怪しく光を反射する縞模様を含むものに変わるだろう。それは性の多様性をグラデーションで象徴する「虹」を模したものか。

4『“うしろの正面”』(演出振付:中尾洸太)
椅子、仮面。明滅した挙げ句に消える明かり、暗転、プレイバックと両立不能なパラレルワールド。上着、仮面、ナイフ、血塗られた赤の照明。スキータ・デイヴィス『The End of the World』は、悲劇的にすれ違う男女(林田さんと杉野さん)の惨劇を予告する。冒頭の椅子は、事切れた女のむごたらしい亡骸を載せ、ついで、そこに何事もなかったかのように男が腰掛けると、明滅する明かりの下、何やらメモをとる、その姿の不気味さ…。禍々しい題材ながら、森優貴さんの『Das Zimmer』で性別違和を踊った林田さん、その「越境」する色気零れるターンには今回も見とれた。

15分の休憩を挟んで、後半。

5『Flight From The City』(演出振付:林田海里)
スタンド照明がひとつだけで、周囲は闇。鳥羽さん(黒に見える濃紺)と西澤さん(白)によって展開される禁断の「百合」世界。なんと蠱惑的なのだろう。2016年冬にNoism2で『ÉTUDE』を踊った中にいたふたりが更にその先を踊る。別離の予感に満ち、哀調を帯びた調べが繰り返されるうちに、徐々にノイズが入り込んでくると、もう心も身体も抑制が利かない。お互いを求め、身体が縺れ合う、その官能性。一度目に明かりを消した闇のなかで、声にならない叫びを発した鳥羽さんは、ラスト、唇を重ね合わせたのち、今度も再び自ら明かりを消す…。そこに至るまで、夢幻のように、行き場を持たない蒼い時が切なくも美しい。

6『Kol Nidrei』(演出振付:三好綾音)
伸ばした手はかわされ、支えた足は払われる。求めても得られない思い、預ける身体は受け止められることなく、地に伏すしかない。そして拒絶は反復される、幾度も。それでもなお、慈しみ、与える。与えつつ、求める。より大きな何かを。舞台中央奥に一筋束ねられた布はより大きな何かの象徴か。バラバラな衣裳の5人がその末端を手に取る。すると、布は広がり、白と黒、斑のグラデーションを示す。善悪、或いは清濁を併せ持つかのように。手を離すと、布はしぼみ、スポット照明があたるなか、ひとり舞台に残った三好さんの姿と一体化する。あたかも「希望」ででもあるかのように光る布だけが残る…。

7『On the surface, there you lie.』(演出振付:ジョフォア・ポプラヴスキー)
カイさんと中村さんのペアも、中尾さんも、細かい位置こそ違え、顔の左側に黒い痣をつけている。それは何かのトラウマの表象。青い光の下、表現される怖れと慄き、或いは意を決して向き合おうとする姿と逆にそれを押しとどめようとする振る舞い、葛藤。それら結果としての3人の「表層」がアクティング・エリアに交錯するうち、その外部に恐れと慄きの源泉である不可視の「対象」或いは「深層」が現出してくるさまは圧巻だった。ラスト、中村さんによるカイさんへの過剰な制止はもはや「制止」の身振りを遙かに逸脱し、自らのトラウマの投影として、見詰める目に痛々しく突き刺さるよりなかった。

以上、雑感でした。あくまで個人的な…。

7つの演目、全て見応えがありましたから、何と贅沢な公演だったことでしょう。追加公演を入れても、たった3回の上演とは勿体ない、勿体ない。まだまだ何回も観たい、そう思いました。ご覧になられた方は幸せでしたね。まさに至福の週末♪一方で、観る機会に恵まれなかった方も多くいらっしゃった訳ですから、機会を設けて、また見せて欲しい、心底そう思いました。

さて、こちらも昨日からの続きとなりますが、6F展望ラウンジの「RYUTOPIA INFO BOX」について、(またしても思わせぶりな)若干の補足です。

「舞踊」分野、Noism的には、この6つが展示されています。(因みに途中の「28番」は「演劇」分野の展示となります。)実際の展示品につきましてはご自分の目で直に見られるのがよいかと思います。悪しからず。

それでは今日はこのへんで失礼します。

(shin)

また違った魅力に浸る、Noism1メンバー振付公演(初日)♪+α

2021年3月27日の新潟市は、曇天で、兆す春もやや控えめ、暖かさもいまひとつといった土曜日。その17時、りゅーとぴあのスタジオBでNoism1メンバー振付公演の初日を観てきました。

久し振りのメンバー振付公演です。しかも早々に完売となってしまった今回の公演。Noism1メンバーのうち7名が振り付けた作品が観られるということ以外は何もわからず、どんな感じかと胸を躍らせてりゅーとぴあを目指しました。

公演の詳細は下の画像をご覧下さい。

7つの演目はそれぞれ10分内外の作品で、演出振付と出演は以下の通りです。

1『The Eclipse』演出振付:チャーリー・リャン、出演:ジョフォア・ポプラヴスキー、チャーリー・リャン、鳥羽絢美西澤真耶

2『life, time for a life time』演出振付:カイ・トミオカ、出演:カイ・トミオカ、渡部梨乃

3『3,2,1』演出振付:スティーヴン・クィルダン、出演:樋浦瞳、池田穂乃香、カナール・ミラン・ハジメ (*タイトルについてですが、冒頭、「さん、に、いち」という音声が聞こえました。)

4『“うしろの正面”』演出振付:中尾洸太、出演:林田海里、杉田可林

5『Flight From The City』演出振付:林田海里、出演:鳥羽絢美、西澤真耶

6『Kol Nidrei』演出振付:三好綾音、出演:スティーヴン・クィルダン、三好綾音、杉野可林、坪田光、土屋景衣子

7『On the surface, there you lie.』演出振付:ジョフォア・ポプラヴスキー、出演:カイ・トミオカ、中尾洸太、中村友美

全て観終えてまず感じたことは、最近、多方面で露出が増し、とみに注目を集めている感のあるNoismにあって、その本体の活動とは別に、これらを創作することはなかなか大変だったのではないかということでした。いったいいつ、どのくらいの時間をかけて創作されたものなのでしょうか。そして、出演者はどうやって決めたのかってこともちょっと訊いてみたいですね。

それぞれの作品が、演出振付にあたったメンバーの普段とはまた違った一面を見せてくれて、とても興味深かったですし、様々なテイストを具現化するダンサーたちの熱演はまったく見飽きることがなく、あっという間に観終えてしまった、そんな感じでした。

また、手にしたプログラムには、それぞれ作品毎に演出振付を担当したメンバーの言葉が掲載されていましたので、幕間に少し明るくなると、「次はどんな作品だろう」「誰が踊るのだろう」と、客席のどこからもプログラムを手に取る際に生じる、紙が擦れる音が聞こえてくるのも印象的でした。

7人のメンバーによる7つの作品。バラエティ豊かな力作・力演揃いで、必ずそのなかにあなたの好きな作品が見つかるでしょう。因みに、私の好みはと言えば、…おっと、今は内緒です。

明日は追加発売された公演とあわせて2公演の日。メンバーたちはさぞかし大変でしょうが、観客としては、期待値をあげにあげても、決して裏切られることなどないと保証しましょう。どうぞお楽しみに♪

*各作品について私が抱いた印象は翌3/28付けの記事をご覧下さい。

ところで、時間前にりゅーとぴあに着いたので、珈琲でも飲もうと、6F展望ラウンジ(旬彩・柳葉亭)にあがったら、嬉しい驚きがありました。りゅーとぴあを訪れたなら是非見て欲しいものがひとつ増えたと言いましょう。それは6F壁面に設置された「RYUTOPIA INFO BOX」というコーナーです。皆さん、ご存知でしたか。

「りゅーとぴあに眠る宝物を集めました」の言葉通り、「音楽」「古典」「演劇」「舞踊」、併せて30を超す、様々興味深い品々が展示されています。『Fratres』のあの場面がフィーチャーされた「舞踊」コーナーには、勿論、Noism関連の「お宝」が6つ並び、目を惹きます。

あれとかこれとか、ハンディな解説入りで展示されていますから、先ずは必見ですね。で、何が並んでいるかと言いますと、…おっと、ご自分の目でご覧になるのが一番ですね。お楽しみに♪

という訳で、今回のブログはまだまだ書かない方が良いものが多く、なんとも思わせぶりなものとなってしまいました。スミマセンです。(汗)+(笑)

(shin)

3/21 ホテルオークラ新潟「絶やさない、新潟のおもてなし Noism Company Niigata 応援しよう、ノイズム。その創造力と身体表現に浸る」会員レポート

※月刊ウインド編集部、さわさわ会役員、Noismサポーターズ会員の、久志田渉さんがご寄稿くださいました。

 ホテルオークラ新潟主催による、新潟の文化・芸術を応援しつつ、ホテルならではの食事を楽しもうという企画。新潟古町芸妓、合奏団「新潟ARS NOVA」に続く第3弾が、Noism Company Niigataを迎えて開催された。チケット販売開始から時間を経ずに満席となったが、幸運にもイベントの告知開始日に予約出来た為、最前列中央で鑑賞する機会を得た。

 開場前のホテルオークラ新潟4階コンチネンタルルーム前は、着飾った人々でにぎわう(りゅーとぴあ周辺でお会いするNoismファンよりも、ホテルオークラ新潟のご贔屓筋が圧倒的に多い印象。失礼を承知で書けば、話題の映画「あのこは貴族」ではないが、日頃過ごしているのとは別の世界に迷い込んだよう)。

 12時からは総料理長・小島淳氏によるフランス料理の午餐。フランス料理を食べつけないが、前菜の皿に彩られたビーツ・ターメリック・ハーブの三色ソースの美しさと旨さ、熱いパンに浸して食す「海老のビスク」、肉嫌いでもそのしっとりした歯応えに唸る牛肉ソテーなど、見た目と味まで心配りされたメニューを堪能(ついつい酒が進んでしまう)。

 13時半からは、いよいよNoismの公演。公演前にはNoism芸術監督・金森穣さんが登壇。世界レベルの舞踊に“和”の身体性を融合させて挑むNoismの精神と、ホテルオークラの創業者・大倉喜八郎の子息・喜七郎が提唱した「大和楽」を対比させ、この場で公演することの意義を強調。最前列の為、金森さんの足元が、語っている時まで左右に開いており、Noismメソッドが徹底していることに驚く(「市民のためのワークショップ」に参加したからこそ気付けたことかもしれない)。

 幕開けはNoism 2『新潟幻影』より「銀の吹雪」。各々一脚の箱椅子を持って登壇するNoism 2メンバー。センターの4人、バックの5人それぞれの献身と、邦楽の音色、照明の工夫とが噛み合い、宴席に新潟の雪景色が確かに現出する。池田穂乃香さんの伸びやかさ、カナール・ミラン・ハジメさんの落ち着きを特筆したい。

 続いてはNoism 1「Fratres I」。告知チラシにNoism 0の名が無く気になっていたが、やはりNoism 1メンバー(井本星那さんは欠場)のみによるアレンジがなされていた。後半のトークショーでもNoism 0メンバーが語っていたように、舞台袖から登壇するNoism 1メンバーの普段とは少し異なる緊張感が、客席にもビシビシと伝わるよう。センターを務めたのはジョフォア・ポブラヴスキーさん(昨年12月のオルガンコンサート以来の登板)。日頃の軽み・可笑しみのあるイメージとは異なるストイックさと、堂々たる身体を活かして舞台の要となっていたのが感動的だった。鳥羽絢美さん・西澤真耶さんの舞台を支える力強い美しさ、三好綾音さんの躍進、女性メンバーより人数の多い男性メンバーの存在感。「FratresⅡ」「FratresⅢ」を経ているからこそ、その祈りのような振付の共振、このシリーズを観てきた間のNoismや世界の困難が想起され、涙が零れる。

 三幕目は映像舞踊「BOLERO 2020」。昨年の配信開始以来初となる、大画面での上映だった。小さな画面で細部を見つめる喜びのある作品とはいえ、Zoomを思わせる分割された画面で複雑に交錯する舞踊と、孤立していた筈の舞踊家たちの動きが連鎖していくダイナミズムを大きなスクリーンで多くの人と共に観ることの味わいたるや。6月初めには、筆者がボランティアスタッフを務める新潟・市民映画館シネ・ウインドで、また7月のNoism本公演でも上映が予定されている為、ぜひ大画面で楽しむ「BOLERO」に期待していただきたい。

 そして締めくくりはNoism 0の金森穣さん、井関佐和子さん、山田勇気さんによるトークショー。冒頭、日頃とは全く違う環境での公演に臨んだNoismメンバーが発した緊張感について、「力量が問われる場」(金森さん)「スタジオBとは全く違う距離感。この緊張感を、舞台に活かしてほしい」(井関さん)と、エールを送った。

 芸術選奨文部科学大臣賞受賞について、「毎日『嘘じゃないの』と穣さんに聞き続けた」「自分のことよりも、Noism・りゅーとぴあや新潟の人々への感謝の気持ちが湧いた。そのことを再認識する受賞だった」と語る井関さんと、「この国のエラい人たちが、ようやくこの人(井関さん)の価値に気付いた」「舞踊家・井関佐和子を生み出したことは、自分が来てから新潟が成しえたことの三本の指に入る」という金森さんに、胸が熱くなった。

 当日配布されたパンフレットにはNoism全メンバーがそれぞれの「新潟の好きなもの・こと」が記されていたが(山田勇気さんが壇上でも強調された「北海道出身だが、新潟の魚の味は繊細。全然違う」という指摘も嬉しい)、司会者はあえて「新潟の厄介なこと」を質問。金森さんの「風や雪の中で、歴史的に身体に刻まれた忍耐強さが新潟の人にはある。それは凄く美しいことだが、新しいことを始めたり、世界に発信する時の瞬発力に繋がりにくいことが弱みとなる」という指摘には、新潟人として「正に」と唸らされた。

 今後への抱負として井関さんは「前へ進むだけではなく、(芸術選奨受賞を経て)自信を持ち、安心して掘り下げていこう」、山田さんは「今までは一歩一歩を大切に歩んできたが、より遠くを見ていこう」と語った。そして金森さんは、新潟の未来像として「素晴らしく、クリエイティブな街として世界に知られ、人が訪れ、また世界に人が出ていく街になるビジョンがある。新潟が金森穣を手放さなければ」とし、「いつまでも新潟で、より広く高く発信を続けたい。市民に広く知られる活動を展開しつつ、世界の頂に挑戦してゆく」と、その信念を強調した。

 サプライズとして井関佐和子さんの芸術選奨文部科学大臣賞受賞を祝し、「舞踊家・井関佐和子を応援する会 さわさわ会」代表・齋藤正行(新潟・市民映画館シネ・ウインド代表)が、さわさわ会&サポーターズからの花束を井関さんに贈呈。

 最後はNoism 0、1、2メンバー、浅海侑加Noism 2リハーサル監督も登壇しての記念撮影タイムを経て、プログラムは無事終了した。

 齋藤代表は「ホテルオークラファンの人がNoismを知って、公演を観に来てくれたら、嬉しいね」と語っていたが、広くNoismが新潟に暮らす多様な人々に親しまれる為の、新たな一歩となる時間だったように思う。

(久志田 渉)

「ランチのNoism」番外編:カイ・トミオカさん「いつもの仲間と特別な日のお料理」の巻

メール取材日:2020/12/25(Fri.)

『Duplex』Noism0/Noism1新潟ロングラン公演が大好評の滑り出しを見せている今、ここでひとつ別の記事も投入したいと思います。有り難いことに、こちらも毎回ご好評を頂いております「ランチのNoism」です。

今回の「ランチのNoism」は特別な番外編でお送りします。いつものお昼ごはんじゃないんです。お料理が好きで、「ランチのNoism」への登場を楽しみにしてくださっていたと聞く「シェフ」カイ・トミオカさん(とスティーヴン・クィルダンさん)が「いつもの仲間」のために拵えた特別なお料理をお届けします。

コロナ禍にあって推奨されている「いつもの仲間と」の食事。普段からの感染予防もバッチリなNoismメンバー同士の節度ある食事ならノー・プロブレムですよね。

で、それがどう「特別」かって?日付からしてお察しの通りかと。

今回、まず、オープニングの音楽からして違います。では、いってみましょうか。

♫あ~いむ・どぅり~みん・おぶぁ・ほわ~いと・くりすます♪

前日の公演(オルガンコンサート)で大忙しだった舞踊家たちにもサンタさんはやって来る!「ランチのNoism」番外編。

*先ずはお料理の写真から♪

取り分けられたお料理の数々と…
ナイフとフォークじゃない!箸だ!

1 お料理について説明して下さい。

 カイさん「クリスマスの日に、Noismメンバーで一緒にその日を過ごしたいという人を招待しました。で、お料理は幾分、伝統的な英国のクリスマス・ディナーになっています。内容は、ローストビーフ、ローストチキン、ローストポテト、ヨークシャー・プディング、グレイビー、『ピッグズ・イン・ブランケッツ(毛布巻の豚)』(*後述)、ブリュッセルスプラウトとサラダでした」

 *英国のクリスマス・ディナーですか。食べたことはおろか、見たことも聞いたこともないものが次から次に…。(汗)

ヨークシャー・プディングですね。
自信の笑み♪

2 お料理にはどのくらいの時間がかかりましたか。

 カイさん「クリスマス・ディナーを作るとなると、いつもとても長い時間を要します。で、この日も丸一日かけて料理しました!英国では、たくさんを同時に調理できるオーブンを使うのが楽しいのですが、今回、日本ではうまく時間をやりくりするのが大変で、みんな一日がかりで食べることになりました」

 *洋の東西を問わず、たくさん食べる日であることに間違いはないようですね。

見るからにこだわりの「シェフ」、
切り分けも自己採点しながら?

3 今回、お料理するにあたって大事にしたことはどんなことですか。

 カイさん「私にとって大事だったこと…。2020年はコロナウイルスのため、家族や友人に会いに母国に戻ることが出来ませんでした。それは本当にキツいことでしたし、クリスマスの慣習をとても恋しく思いました。メンバーの多くも同じ状況でしたから、一緒にクリスマスを過ごすことは特別なことでした」

 *カイさんの美味しいお料理は胃袋ばかりじゃなく、心の隙間も埋めたんですね、きっと。

4 これだけは外せないというアイテムはありますか。

 カイさん「『ピッグズ・イン・ブランケッツ』がそうです。それはベーコンでソーセージを巻いて作る料理のことです。それからブリュッセルスプラウトも大好きです。でも、それを好む人はあまりいないかもしれません!私は牛タンと一緒に調理したのですが、美味しかったですよ」

 *おお、「肉 in 肉」って料理なんですね、「ピッグズ・イン・ブランケッツ」。私たちにとっては「アスパラのベーコン巻き」の方が一般的でしょうか。そして、ブリュッセルスプラウト!?芽キャベツと同じもの!?

5 今回のクリスマスのお料理に関してもう少し聞かせて下さい。

 カイさん「クリスマスに関しては誰もが好みがあるものです。チキンだったり、ターキーだったり、ビーフやポークだったり。家族で迎えるクリスマスでは、その家その家にしきたりがあり、それを破ったりはしないものです。でも、これが私が日本で作る初めてのクリスマス・ディナーなので、新しいしきたりをスタートさせようと決めてかかりました!」

 カイさん「私たちは前日(12/24)クリスマスイヴにはオルガンコンサートの舞台に立っていましたから、お料理の準備を早くから始めることは出来ませんでした。で、(翌日)クリスマスの朝に買い物をして、それから調理にかかったので、ストレスもありました。でも、結局はうまくいったので、頑張った甲斐がありました」

 カイさん「同じ英国人のスティーヴンも私もクリスマスが大好きなので、ふたりで何を調理するのか責任を分担することにして、私がローストビーフを、彼がローストチキンを作り、その他も分担しました。で、この日のクリスマスは、Noism1とNoism2からメンバー8人での食事となり、特別な機会になりました!」

こちら、スティーヴンさん作の
ローストチキンですね。
これまた本格的!

6 メンバーはどんなふうでしたか。

 カイさん「クリスマスで、一つひとつ別々に調理された料理たちを前にして、ワクワクするのは自分のお皿にとっていく時です。みんなでシェアするのですが、自分の好物はきまって余分にとろうとするものです」

 *ですよねぇ。(笑) そしてその一部始終を「ニンゲン観察バラエティ・モニタリング」、…って番組が違いますけど、きっと楽しいですよねぇ、観察するの。

7 他にどんなことをしましたか。

 カイさん「ゲームをしたり、クリスマス・プレゼントを開けたり、いっぱい食べて、うんと楽しみました!それがクリスマスというものですから」

 *おお、「ゲーム」、どんなことするのでしょうかねぇ。そして「クリ・プレ」!…って、縮めたりしないか。何でも短くするのは日本人の悪い癖。(笑)そうそう、みんなで「プレゼント交換」でもしたんでしょうかねぇ。楽しいですよね、「プレゼント交換」。中身が何かはさておき、「交換」すること自体がワクワクで。ところで、カイさんは何を貰ったんですかね。サポーターズとしては、そのあたり、突っ込んでみたくないですか、皆さん。…ってことで、うん、訊いちゃいましたよ。えっへん。

 そしたら、カイさん、こんなふうに説明してくれました。

 (a)プレゼントに関して: カイさん「2020年のクリスマスは、家族やパートナーのために時間を使うことは出来ませんでした。プレゼントしようと考えるには『クリエイティヴ』である必要があったからです。ガールフレンドからは「migrateful」(←【註】migrate(移住する)+grateful(感謝して)の造語かと)と呼ばれる慈善活動のギフトバウチャーが送られてきました。それは英国内の移民・難民シェフからお料理のレッスンが受けられるというものです。この活動には世界中から多くの人々が参加しているので、世界中のお料理についてのレッスンが受けられるのです」

 (b)今回、メンバーから貰ったプレゼントに関して: カイさん「Noismでは『シークレット・サンタ』と呼ばれるやりかたでプレゼントをやりとりします。全員がプレゼントする相手の名前を受け取り、上限1,000円で買ってくるのです。で、『シークレット』というのは、誰からのプレゼントか知らずに貰うからです。私はとても素敵なノートを貰って、凄く嬉しかったです」

 (c)クリスマスのゲームに関して: カイさん「英国のクリスマス時期によく行われるゲームに『after8s(アフターエイト)』というのがあります。『アフターエイト』というチョコレートがあるのですが、それを額に載せて、手を使うことなしに、口の中へと移動させなければならないっていうゲームです!様々な表情やらテクニックやらを見ることになるのでとても面白いのです」

【資料画像】(by shin)
アフターエイトチョコレート

 *「アフターエイト」っていうのは、「夜8時以降に、ゆったりとお菓子やリキュールを楽しむ英国の風習」なのだそうで、それに因むチョコレートはミントクリームをダークチョコで包んだおとな味の美味しいやつ♪「チョコミン党」の私、虜になりそうです!

 *おっと、そんなことより、こうして聞いてると、どれも根底に人間味ある「繋がり」が感じられるものばかりで、本場もんのクリスマスはこうなんだなと納得しちゃいました。浮かれてプレゼントをやりとりする日なんかではなく、社会や相手を思い、共に生きるための「想像力」を働かせて、みんなでその日をお祝いしようとする気持ち。伝わってきます。ジョン・レノン『Happy Xmas』とか佐野元春『Christmas Time in Blue』な感じ。見習わなくちゃって。そして、改めて、カイさんの「お料理熱」が高いこともわかりました。エプロン姿、さまになってますもんね、カイさん。素敵、素敵♪

FLOのケーキを覗き込む
「シェフ」

…ここいらで再びお料理に戻りましょう。

8 今回のお料理、作ってみての感想は…。

 カイさん「私たち(カイさんとスティーヴンさん)はとても良い仕事が出来たと思います。お料理も私たちに出来る限りの伝統的なものが仕上がりましたし、作っていて、とても楽しかったです。すぐまたもう一度作らなきゃと思っています、次のクリスマスが来る前に!」

 *改良に改良を加えて、次のクリスマスに備えるつもりなのでしょうかねぇ。カイさんには「次のクリスマス」にも報告して欲しいですね。そして、それだけじゃなく、通常の「ランチのNoism」にも再登板をお願いしたい気持ちでいっぱいです。皆さんも、カイさんの普段のランチ、興味ありますよね。カイさん、是非、覗かせてくださいね。

最後に、カイさんからもサポーターズの皆さまへのメッセージがございます。お読みください。

■サポーターズの皆さまへのメッセージ

「Noismをご支援いただき、有難うございます。世界がこのパンデミックで格闘を繰り広げているさなか、皆さんはずっと私たちを支え続けて下さっています。公演も思うような回数は出来ない昨今ですが、じきに事態は収まるでしょう。私はそのときを楽しみにしています。そのとき皆さんとお会いすることを」

はい、「ランチのNoism」番外編もこれにておしまいです。お相手は今回も私、shinでした。それではまた。

(日本語訳+構成: shin)

穂の国とよはし芸術劇場PLATへいきました♪(サポーター 公演感想)

☆実験舞踊vol.2『春の祭典』/『Fratres III』プレビュー公演(『Adagio Assai』含む)(@穂の国とよはし芸術劇場PLAT)

2020年12月12日(土)、Noism Company Niigata「春の祭典/FratresⅢ」を観に、穂の国とよはし芸術劇場PLATへ行きました。

豊橋駅から見た
「とよはし芸術劇場PLAT」。
駅から専用通路で直結しています。

豊橋は「愛・地球博」の際に乗り換えで駅を利用しただけで、街を訪れるのは初めてです。また、とよはし芸術劇場PLATについては、知り合いがこの劇場の特色でもあるアーティスト・イン・レジデンスで滞在制作活動をしたことがあり、「劇場スタッフが親切で市民とも交流できて良い環境だった」という話を聞いて、いつか来てみたいと思っていました。

豊橋には路面電車(豊橋鉄道)が走っています。

劇場に到着すると、地元の方に混じり、東京や新潟でよくお見かけする方々もいらっしゃいます。また、りゅーとぴあの仁多見支配人もロビーでにこやかに応対されていました。

とよはし芸術劇場PLATの主ホールは客席が傾斜に配置され舞台との距離が近く、舞台の高さがあまり高くない(椅子の座面の高さ程度)のが特徴と思います。それと客席がコンパクトな割に天井が高いです。ダンスや演劇にとても良い環境のように感じました。

当日のタイムスケジュール。

各演目の印象を簡単に述べます。「Adagio Assai」は、照明の効果で、井関さん山田さんの舞踊がより際立ってみえました。8月のプレビュー、9月のサラダ音楽祭と3回目の鑑賞ですが、よくよくみるとお二人の踊りはなかなか噛み合わず(もちろん意図的)、ただ別れのストーリーという受け取りではすまないようです。

「FratresⅢ」は「Adagio Assai」の暗転から続けて上演されました。中央でもがき苦しむ金森さんと、高い緊張状態が伝わる群舞。観る方も緊張感MAXのところで「※」が落ちてきます。これには毎回はっとさせられます。先日観たベジャール「M」の大量の桜吹雪が落ちて散るシーンが蘇り、あの時も同様の衝撃・感動でした。そしてふと思ったのが、サラダ音楽祭での「FratresⅢ」の名演は、都響との共演もさることながら、「※」の演出がない分、通常よりも出し気味にしていたのかな、と。

「春の祭典」は8月のプレビュー公演で観た際は全容が把握できず(いろいろ見落としているのでは)と思いましたが、再び観ることで前より深く感じることができました。数ある「春の祭典」の中でも、生け贄を選ぶ(というか押しつける)過程が陰湿で、いじめ問題のように、弱者をターゲットにすることで自分を守ろうとする希薄な集団性を思います。今回は新メンバーも加わり、この難曲を見事に演じていて素晴らしかったです。(準メンバーの樋浦さんが出演されていなかったのは残念でした。)

終演後は、会場中、大きな拍手でダンサーをたたえます。止まないカーテンコールにこたえ、客席から金森さんが登場しました。金森さんの着ているTシャツの背中にはかわいいイラストが描かれていました!(金森さんと井関さんでしょうか?)

終演後はすっかり暗くなっていました。
駅前にきれいなイルミネーションが!

「集団性」の難しさ、尊さ、危うさ、といったテーマが込められた今回のプレビュー公演。本公演ではどのように変化するのでしょうか(演る方も観る方も)。とても楽しみです。

(かずぼ)

揮発しゆく『春の祭典』(サポーター 公演感想)

☆実験舞踊vol.2『春の祭典』プレビュー公演(@りゅーとぴあ)

Noism Company Niigataの作品を見る時、今日的な状況に照応させて観てしまいがちなのは何故だろう。 公共空間でしか目にしないような長い椅子は白く、一人掛けの椅子の連結により作られていた。所在なさそうに、しかしそこに座らねばならないかのように一人、また一人と登場する。のっぺりと塗られた白い顔。纏われた白いシャツの身幅は広く、身体のラインを拾わない。膝上まで素足の身体が正面を向いて一列に座ると、没個性化した衣装ゆえに体格差という個性に目が向く。余剰の布は身体に遅延して皺を形成し、時に照明を半透過させた。

このNoism版『春の祭典』は、音の構造から舞踊を作る実験舞踊であり、ひとりの舞踊家がひとつの楽器を担う。しかし楽器の射影に留まらず、音楽と舞踊の相互作用により空間は充溢していく。図形楽譜という記譜法があるが、さらに三次元に拡張したコレオグラフィックノーテーションとも言うべきであろうか。楽譜は椅子の背の5本の線にも象徴されていた。

椅子は一直線に置かれて境界を成し、またランダムに置かれ、積み上げれられ、檻になり、円陣を形づくった。分断は随所にあり、翳りがちな表情の群衆の畏怖や脅威はざわめき、エコーチェンバー的に増幅していくようだった。奥から射す光に導かれる者、そうでない者。おそるおそる踏み出した者もあった。間断のない収縮と弛緩がなす震え、硬直的な身体、開かれたままの手のひらは不安な情動を接ぎ木したようでもあった。

『春の祭典』
撮影:村井勇

自己省察的表現は抑制的なトーンをもたらし、だが突如として野性的なものにも変容する。変容は不意に訪れ、揮発する。それは我々の裡にもあるものだ。舞踊は時間軸をもった揮発性芸術であり、それゆえいつかの私の感情をなぞるのかもしれない。『春の祭典』は美しさと、現在のアクチュアリティに満ちた刺激的な作品だった。

(のい)

Noismプレビュー公演…そして、創作は続く(サポーター 公演感想)

☆実験舞踊vol.2『春の祭典』/『Fratres III』プレビュー公演(『Adagio Assai』含む)(@りゅーとぴあ)

プロジェクト・ベースで才能を呼び集めるかたちでの多くの公演が、「人の移動」に依拠する点において、コロナ禍の停滞に見舞われざるを得ないなか、それとは一線を画し、関係者が全て新潟市民であり、レジデンシャルでの創作を続けてきた点で、いち早く公演を実現させ得たこの度のプレビュー公演。金森さんにしてみれば、本公演を打てないことの無念さもあっただろうが、混迷を極めるなか、届けられた舞台には妥協などといったものは微塵も見て取れはしなかった。これこそが私たちが誇りとするNoismなのだ、そんな思いを抱いたのは私ひとりではなかったろう。

『Adagio Assai』

共振、共鳴、離れて向き合うふたつの身体が作り出す微細な空気の震えに目を凝らす冒頭。その後、別々の方向を向き、仰け反ったアンバー似の姿勢での静止を経て、デュエットに転じるや、醸し出されていく極上の叙情。その一変奏、スクリーン手前の井関さんが山田さんのシルエットと踊る多幸感溢れる場面に、心は引き付けられ、鷲掴みにされる。

『Adagio Assai』
撮影:村井勇

出会い、邂逅も、やがては別れへと。

そう、別れ。先に触れた仰け反った立ち姿では、自然と視線は上方向、それも遠くに向かわざるを得ず、その夢を追うかのような、ここではない何処かを求めるかのような姿勢が既に暗示していた帰結に過ぎない。「繋ぎ止めておくことなど望むべくもない」、最初からそんな予感漂う他者ではなかったか。

背後からその人の腕を追い、身体を抱こうとするも、痛ましくもすり抜ける、腕も身体も。そのさまは切なく美しい。今度は、揺さ振られ、掻き乱される心。そうして立ち去る井関さん、戻らぬ人。

「しかし、その人のことは一緒に踊ったこの身体が覚えている」、山田さんの身体がそんな声にならぬ声を発するのを、私の両目は聞きつけていた、間違いなく。

『FratresIII』

「贅沢だ、贅沢すぎる、どこを見詰めろというのだ」

勿論、金森さんのソロから視線を外すことなど出来ない。しかし群舞は群舞で、その同調性には陶酔に誘われるものがある。

『FratresIII』
撮影:村井勇

そこで、欲しいのは「近代絵画の父」ポール・セザンヌ(1839-1906)が提示したような多視点。しかし実際にはそんなもの望んでも無駄だ、無理なのだ。人の視覚には不向きな作品なのかもしれない。そのあたりをどう言おう、そう、神々しいのだとでも。神の視点から眺められるべき作品なのかもしれない。

光の滝の如く流れ落ち、身体を打ち続けた穀粒、足許に残るその無数の粒に、動く身体が残した軌跡の一様性にも息をのんだ。それは何やら梵字めいていて、そうすると、全体は動く曼荼羅のようでもあったな、また別な印象も湧いてくる。

もしかすると、この時分なら、恐らく、コロナ禍との文脈で見られることも多いのだろうけれど、それは極めて普遍的な性格を有する、多義的な作品であればこそ。

いずれにしても、これを観る者は揃って激しく鼓舞されることになるだろう。

『春の祭典』

休憩時間のうちに緞帳の前に、横一列、隙間なく並べられた椅子は五線紙めいた風情。

腰掛けに来る者はみな、社会を忌避し、拒絶し、常に怯え慄く者たちばかりだ。ほぼ他と目を合わせることも出来ず、隣り合う席に座ることなど嫌で仕方ない者たち。ためらいながら、或いは妥協したり、威嚇したりしながら、座る場所を選ぶさまはおしなべて不機嫌。他者と一緒になど毛頭なりたくはない胸襟を開かぬ楽音たち。

決して収まるべき場所に収まったとは思えない不穏な導入。イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)なのだ。不協和な楽音が形作る変拍子の律動、それが同調性を示してさえ、或いは、示すなら、その陰に、既に常に付き纏う不安や怯え。

不承不承にしろ何にしろ収まった筈の構図も、背後に、やおら、その口を開いた「魔窟」たる場に蹂躙され、無きものとされてしまう、易々と。

『春の祭典』
撮影:村井勇

やがて、「魔窟」がその本性を現し、魅入られたように足を踏み入れる楽音たちを絡め取っていく。その場の磁場に煽られて、身体内部に酷薄な獣性を目覚めさせる楽音たち。生じる同調圧力と暴力、或いは、お定まりの排除と生け贄。

その様子を観ているうち、想起された名前はトマス・ホッブス(1588-1679)。彼が人間の自然状態とみた「万人は万人に対して狼」「万人の万人に対する闘争」への逆行・遡行。

2020年の今、目撃しているのはまさにそれでしかなく、ここ新潟で、ストラヴィンスキーの楽音を介して、現代社会が内包する「病」に向けられた金森さんの今日的な視線が、幾世紀も隔てた古典的な知と極めて自然に合流することにハッとさせられたが、そんな途方もない結びつきと戯れる醍醐味は格別だった。

しかし、即座にこうも思ったものだ。今回、金森さんが使用したピエール・ブーレーズ(1925-2016)+クリーヴランド管弦楽団による『春の祭典』(1969年録音)を更に聴き込んで来年の本公演に備えなきゃ、と。インスピレーションの源泉に沈潜すること。

何しろ、相手は金森さんである。時間の限り、創作は続くのだろうし、これが最終形である訳がないことだけははっきりしている。 (2020/9/3)

(shin)

2020年8月 プレビュー公演を観て(サポーター 公演感想)

☆実験舞踊vol.2『春の祭典』/『Fratres III』プレビュー公演(『Adagio Assai』含む)(@りゅーとぴあ)

「えっ?これって本番じゃ…?」と驚いた感動の公開リハ。いい体験をしました。支援会員でないと参加できません。なっててよかった! まだ会員になっていない方、お得ですよ。いいもの観れますよ。ぜひどうぞ。

それから2ヶ月。待ちに待ったプレ公演。来年は本公演もあるからお楽しみはこれからだ。

今回はブラボー禁止令が出ていたのでスタンディングオベーションで力一杯の拍手を。 では、思いつくまま感じたままに。

『Adagio Assai 』:  動かなければ何も始まらない。満を持して片方がほんのちょっとだけ動くと、間の空気が動きもう片方が呼応する。気功をする両手の様な二人。 静止映像。スナップ写真。うつされた瞬間に過去のものとなる。時は進む。

「人は一人一人各々の川を持っている。普段は別々に流れているが、何かの加減で合流することがある。しかし流れの質、速さなどが違う為にまた離れて行く。一瞬でも合えば “縁”。」

その瞬間は真実だったのだ。

『Fratres III』:  暗いトンネルの向こうから現れる孤高の修行者。まさに真のソリスト。指導者でもアンサンブル(群舞)を率いるリーダーでもなく。 とはいえ、抜きん出てストイックに自らを律する。痛めつける。 修行の滝(またはもっと痛いもの)に打たれる時も衣服で防御せず生身で受ける。矜持。背中で教える、みたいな存在。

『春の祭典』:  ダンサーが各々違う楽器の旋律を担当。椅子の背もたれのデザインは五線。というのはリハを観た後で知った。その時はただただ「ベジャールも良いけど金森版よ〜く出来てるわ!」と思った。 楽譜の音を拾いながら振り付けしたといいますが、前知識が何にもなかったとしたら、「先に踊りがあってそれに合わせてストラヴィンスキーと言う人が作曲したんだとさ。」を信じる人がいるかもしれない。 実際、プティパの振り付けした白鳥の湖に合わせてチャイコフスキーが作曲したらしい。

『NINA』の生きてる椅子の作者の五線椅子、一個欲しいです。バリケードになったり柵や檻になったり大活躍でしたが、そこで思い当たった。 楽譜って、作曲者やアレンジャーが忘れないように書き留めておくもの。第三者が見ても分かるようにしておく記録。しかし音符にしてみれば線に串刺しにされてるか挟まれてるかである。身動きが取れない。本当は自由に動きたいのに。 そこで演奏者(今回はダンサー)の出番。秩序は保ちながらも音を楽しく遊ばせてやる。檻から解放する。

こう思い当たると楽譜の見方が変わった。高校の時ピアノの先生に言われるがままにやった曲を久しぶりに弾いてみた。もっともっと気楽に弾ける気がした。(要猛練習)

衣裳も良かったです。シャツのボタンをどこまで止めるかでキャラ、属性が変わる。全止めすれば丸っこくて女性または中性。外すと開衿で首元が鋭角になり男性的。これも良く出来てる〜。

今回の三作品のキーワードは“距離感”かもしれない。この時代に生きていればイヤでも意識せざるを得ない事。

音たちも距離を取ろうと病的に振舞っていたが、ズカズカ踏み込んでくる者がいたりして不協和音が生じる。音同士の距離が近いほど緊張感のある音になる。

しかし、そうならない事にはストーリーが動かないのだ。

まだまだ思い当たることは出てくると思われますが、こんなにみせていただいて、まだプレですよ!さらに進化、熟成するであろう本公演、楽しみです! その前に一月の公演もあるけど。 (2020/8/30)

(たーしゃ)