「Noism0+Noism1『アルルの女』/『ボレロ』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者 メディア向け公開リハーサル」+囲み取材に行ってきました♪

まだ「水無月」というのに、耐え難いほどの高温に閉口する日々が続くなかの2025年6月20日(金)、りゅーとぴあ〈劇場〉を会場に行われた「『アルルの女』/『ボレロ』活動支援会員/視覚・聴覚障がい者 メディア向け公開リハーサル」(12:15~13:15)とその後の囲み取材(13:15~13:30)に出掛けてきました。

スタッフからの入場案内が出て、〈劇場〉内に足を踏み入れると、先ず目に飛び込んできたのは、「プロセニアム・アーチ」然とした赤く細いフレームです。圧倒的な存在感を示すその四角いフレームに囲まれながら、動きの確認を行っている舞踊家たち。「これはフィクションだよ」、そう念押しされでもするかのような、なんとも非日常な光景です。

やがて、金森さんの合図があると、客席は暗くなり、一旦、緞帳が下りると、ビゼー作曲のあの聞き覚えのある音楽とともに、『アルルの女』の公開リハーサルが始まりました。「そう来るか」、冒頭すぐにも、かつての劇的舞踊『カルメン』との繋がりなども濃厚に見てとれるアイテムが、舞台を見詰める私たちの目に映ずることになります。

この日の公開リハーサルでは、『アルルの女』冒頭からの約30分を見せて貰いました。以下、画像をご覧頂き、その雰囲気を少しだけでもお楽しみ頂けたらと思います。

フレデリ(糸川さん)が母ローズ(井関さん)を振りほどき、穏やかならざる展開に差しかかろうとするところで、「OK!いいよ」と金森さん。「OK!よかったよ。もっと見てられたのに」と続けて、出来栄えに自信のほどを窺わせました。

そこから約30分は、金森さんの厳しいチェックが入り、様々な動きが順々にブラッシュアップされていきました。
「レディース、最初立っているとき、足6番で」
「背中で『アルル』しなさいよ!クソ真面目に立っているだけではダメなんだよ」
「君が主(しゅ)なんだから、佐和子や勇気に遠慮していたらムリ!」
「左足前の5番からパッセで4番」
「足が低い!すみれ姉さんの蹴り上げを見てみなよ」
「はける時の歩き方、踵から!後ろの膝を曲げない。後ろに体重が落ちているから、前へ行く動機がない。恥骨を立てて、膝じゃなくて、後ろの踵で押す!」等々、一点一画も疎かにしないダメ出しが続きました。

一通り、動きに細かなメスを入れ終えたところで、そろそろ囲み取材の時間が来ます。「こんなもんでいいんじゃない。『公開』終わり。じゃあ、次、2時半から」金森さんの言葉で公開リハーサルは終わりました。

続いてホワイエでの囲み取材に移っていきました。
先ず最初に、スタッフの方からキャストの変更について、三好さんが体調不良のため、降板し、兼述さんが代わりにフレデリの許嫁「ヴィヴェット」役を踊ることになった旨が告げられました。

そして芸術総監督・金森さんと国際活動部門芸術監督・井関さんが並んでの取材です。以下に、やりとりの内容をかいつまんでご紹介させて頂きます。

Q:今回の作品の意図は?
 -A: 「シンプルに『アルルの女』の原作を読んで面白かったこと。その物語が抱える問題が極めて現代的な問題にも通ずるものがあると感じた」(金森さん)

Q:物語があることについて
 -A: 「以前の『劇的舞踊』のように台本を書き、キッチリ物語を先に作って、それを舞台化する手順ではなくて、もっと抽象的な、もっと音楽と身体の関係性、緊張感みたいなものを。抽象度を保ったまま、物語の本質を届けることに興味がある。『アルルの女』の組曲版と劇付随版をミックスすることで唯一無二の、どこでも見たことのない『アルルの女』を届けることが出来るだろうと思った。新たな試み」(金森さん)

Q:訴えかけたい問題意識みたいなものは?
 -A: 「『家族』は逃れることが出来ない関係性のメタファー。人間は常に関係性のなかにあって、様々な思いの狭間で生きている。『関係性』を持たなければ生きていけない人間というものに今、興味がある」(金森さん)

Q:(井関さんに)芸術監督として、『アルルの女』が来たことをどう受け止めたか?
 -A: 「これが決まる前、1年ちょっと前に、穣さんは原作を読んで興味があると話していた。当時、組曲版しか知らなかったので、わかり易い音楽でもあり、正直、『これをやるのか?』『穣さんが目指しているところにこの音楽が合うのか?』と心配をした。とはいえ、信じているので、どう向き合って、どういう作品にしていくのか興味はあった」(井関さん)

Q:(井関さんに)ある意味、人間関係の「起点」とも言える「母親」をどう表現しようと思ったか?
 -A: 「リハーサルを重ねてくると、全ては『妄想』だなと思うようになった。フレデリは『アルルの女』の妄想に捕らわれているだけでなく、母親も息子(フレデリ)本人に向き合っているというよりは、『妄想』に向き合っている。人と人との関係性は本当に危ういものだなと感じている。本当に相手のことを考えているのか、ただの自己満足か、その曖昧な関係性のラインを変に見せようという気持ちはない。ある種の抽象度が含まれている故に、感じ取るものは個々に異なるものだろう。人間というものをどう感じたか、観終えた後に訊いてみたい」(井関さん)

Q:(井関さんに)今回の2作品の上演を決めたことについて
 -A: 「『アルルの女』は、新作として、穣さんが芸術家としてこの瞬間にやりたいものをと。50~55分という作品なので、少し短い。(音楽も色々トライアウトしていて、まだ完成版が決まっていないため、時間も伸び縮みしている。)で、昨年の『サラダ音楽祭』でやって好評だった『ボレロ』と併せるかたちで。こちらは15分と短いものだが、濃密な作品。まだ新潟の皆さんに見せていなかったので。物語モノと踊りに身を捧げるものと、ふたつ対称的なので、ちょうどいいかなと」(井関さん)

Q:「生と死」の対称性は結果的なもの?
 -A: 「全ての作品に生も死もあるが、この2つの作品を表すとしたら、その言葉がしっくりくるなと。過去の作品にも含まれていたエッセンスがより濃く、よりシンプルにドカンとくると思う」(金森さん)

Q:今回の『ボレロ』は、これまでの『ボレロ』と大きく異なるものなのか?
 -A: 「大きく異なる。先ずは空間が広く、それを活用している。そして演出的にも、オーケストラ版では出来なかったことをひとつやっている。印象はかなり違うと思う」(金森さん)

Q:今回の公演を観に来るお客さんにそれぞれひとことずつ
 -A: 「このようなキャッチーな音楽を用いても、自分の芸術性で勝負出来るっていうくらいなところに来た実感がある。若い頃には、引っ張られてしまったり、逆に、背を向けようとしたりもしたが、今は齢50にして、素晴らしい音楽と向き合いたいという気持ち。それを皆さんが知っていようが知っていまいが関係なく、自分の芸術性を表現出来ると思って選んでいる」(金森さん)
 -A: 「穣さんが色々経てきて、芸術家としての「核」の部分が凄く強くなってきていて、それが『アルルの女』とか『ボレロ』とか作品名に捕らわれない、Noismだからこそというものが出来るところに来ている。振付家と舞踊家がよいバランスで成熟してきている。全く違う2作品ではあるが、共通する部分も多い。是非、劇場に来て観て貰わないと勿体ない」(井関さん)
 -A: 「既成概念とか、出来上がっているイメージを壊す方が楽しい。『皆さん、知ってますよね、コレ。でも違いますよ』っていう、或いは、皆さんの価値観が変わるぐらいのことに興味がある。ぶっ壊しますよ(笑)、イメージを」(金森さん)

…以上で、この日の囲み取材の報告とさせて頂きます。早く観たい気持ちが募ってきちゃいました、私。公演まであと1週間!チケットは新潟公演(6/27~29)、埼玉公演(7/11~13)とも好評発売中とのこと。よいお席はお早めに。

そして、スタッフの方からは新潟での金森さんによるアフタートーク付き公演(6/28)とプレトーク付き公演(6/29)についても重ねての紹介がありました。この日、囲み取材でも期待値を「爆上げ」してくれた明晰な語り口の金森さんが、公演期間中に、何を話してくれるのか、そちらも興味が尽きません。皆さま、よろしければ、その両日、ご検討ください。

なお、この「公開リハーサル」の模様は、同日夕、BSNのローカルニュース番組「ゆうなび」内で、ほんの少し(1分強)取り上げられて、それ、ドキドキしながら見ましたけれど、う~む、本番がホント楽しみ過ぎます。皆さま、是非お見逃しなく♪
サポーターズも「Noism Supporters Information #12」を皆さまにお届けしようと準備中です。そちらもどうぞお楽しみに♪

(shin)
(photos by aqua & shin)

Noism0 / Noism1「円環」活動支援会員 / 視覚・聴覚障がい者 / メディア向け公開リハーサル(+囲み取材)に参加してきました♪

2024年12月5日(木)。週末には本格的な雪になるだろうことなども取り沙汰されるこの頃ですが、この日の新潟市は明らかに冬っぽい雰囲気が強くなってはいても、まだその白いものの心配までは要らない、そんな一日でした。

そのお昼の時間帯、12:30~13:30にNoism0 / Noism1「円環」活動支援会員 / 視覚・聴覚障がい者 / メディア向け公開リハーサルとそれに続く、囲み取材が開催され、そこに参加してきました。会場はりゅーとぴあ〈劇場〉です。

スタッフから入場が許されて、会場内に入ると、舞台上に、まず3人の姿を認めました。中央奥には帽子を被った黒ずくめの金森さん、その手前に庄島さくらさんと坪田さん。Noismレパートリー『過ぎゆく時の中で』のようです。

井関さんが客席の方に向き直り、「今日は45分で短いんですけど、3つの作品のところどころを、本当、短いんですけど、ご覧いただきます」と告げて、公開リハーサルは始まりました。

『過ぎゆく時の中で』、2021年8月のサラダ音楽祭で上演された演目ですが、新潟の舞台には初登場となりますから、待ちわびた感も大きな作品なうえ、今回の公演では金森さんがNoism1の10人と一緒に踊るという点でも興味を搔き立てられずにはいられません。
ジョン・アダムズによる、疾駆する機関車などを思わせる軽快な音楽『The Chairman Dances』に乗って、淀みない動きを見せるNoism1メンバーは、ほかに、三好さんと糸川さん、中尾さんと庄島すみれさん、樋浦さんと兼述さん、太田さんと松永さん(準メンバー)が、ペアでの踊り、リフト、全員での群舞などを見せてくれました。
駆け足で舞台袖へとはけて行くと、「ハイ、OKです。みんな、最後、遅くなってるよ」井関さんから動きのチェックが入りました。

続いては『Suspended Garden - 宙吊りの庭』です。舞台に「マネキン」(黄?黄土色?)が置かれると、金森さんの言葉「ちょっと袖幕とばしてくれる?あっ、時間がかかるか。じゃ、いいや。このままで」、そんなふうに始まったふたつ目の演目は、一気に別の時空に連れ去られたかのような重厚な雰囲気の作品です。
中川賢さん(白)、山田さん(茶)、宮河愛一郎さん(黒)、井関さん(赤)の順に早足で舞台上に現れてから繰り広げられる、「マネキン」を含めた「5人」でのダンスは恐ろしいまでに息もピッタリ合っていて、目を疑うほどです。宮河さんと中川さんの身体、動き、醸し出される空気感。おかえりなさい。待ちわびていました。
そして美しい照明と息を吞む映像、そこにトン・タッ・アンさんによる情感豊かな響きの音楽が重なるのですから、冬枯れの新潟市にいた筈が…!!至福の体験が約束されていると言い切りましょう。

ここまでで時刻は12:55。「みんなどうぞ。次のかた」、井関さんから声がかかると、大小多くの段ボール箱が登場してきて、近藤良平さん演出振付のNoism1新作『にんげんしかく』に移っていきました。段ボール箱たちだけでも不思議な光景でしたが、Noism1メンバーが着る衣裳も風変わりと言えば、風変わりで、さすがはコンドルズの近藤さん。そう頷かざるを得ないものがあります。
「足が出てて、みんなが綾音(=三好さん)に出会うところからやりましょうか」???
「一回被ってごらん。『無人感』出(で)そう」????
「一回倒れてみて、そこからスタートしよう。倒れてみて。どうぞ」?????
「ついでに太鼓やって」??????
…そんな指示のもと、段ボール箱という大きな制約こそあるものの、作品としては制約を次々無化していかんとするかのような意志に溢れ、まるでおもちゃ箱をひっくり返しでもしたかのように、縦横無尽、かつ賑やかな近藤ワールドが立ち現れていきました。

3作品とも、ほんの部分部分を見せて貰っただけですから、大したご紹介も出来ませんでしたが、(否、たとえ出来たとしても、今はするべきではありませんが、)テイストを全く異にする3作品であることは確かです。本当に贅沢なトリプルビル公演になることだけは間違いありません。そこはしっかり書き留めておきたいと思います。

13:15、ホワイエにて、近藤良平さん、金森さん、井関さんへの囲み取材が始まりました。やりとりをかいつまんでご紹介いたします。

Q1:「公演時の三作品の並び順は?」
 -A:「最初に『過ぎゆく時の中で』、休憩を挟んで、『にんげんしかく』、『Suspended Garden』となります」(井関さん)

Q2:(近藤さんに)「『にんげんしかく』のクリエイションを通して、改めて作品について教えてください」
 -A:「今回は段ボールを使うのが分かり易いポイント。目新しい不自由さ。このNoismのメンバーでなければ出来上がらない方法が生まれた。段ボールとの格闘日記。劇場も、我々の生活のカレンダー的なものも箱。人生のなかのフレームなども箱。日常とちょっと違う、特別な枠組み。(笑いが起きるのは)僕の演出の癖。笑ってはいけないとはどこにも書いていないし」(近藤さん)

Q3:(金森さんに)「今回のふたつの作品(『過ぎゆく時の中で』『Suspended Garden』)にはそれぞれ関係するようなところもありそうに思うが、そのあたりは?」
 -A:「時の流れにどう向き合うかが、結果として共通してきたが、結果論であり、全然考えていなかった。親和性・共通性が生まれた。そして四角く区切った空間の使い方では『にんげんしかく』と図らずもリンクした」(金森さん)

Q4:(金森さんに)「『Suspended Garden』のイメージについて」
 -A:「常に私自身の作品の作り方なのだが、目の前にある素材、目の前にいる他者だけで完結するものを発想できない。それだと自己完結してしまう。もう一個飛躍的な側面・視座が欲しいというのは常に意識すること。今回は『観念の他者』として『マネキン』を出し、架空の女性がいて、4人にとってそれぞれの『観念』があることから、『5人』で織りなされるひとつの小さな物語」(金森さん)

Q5:(井関さんに)「『円環』という公演にあたり、三作品の必然性など感じることは?」
 -A:「『円環』というタイトルがここまで崇高なものになり得るとは思っていなかった。『作りたいものを作ってください』ということだったが、『円環』というタイトルがピッタリなものとなった。Noismがここで20年やってきて、『人がめぐる』というのは本質的なこと。三作品それぞれに見応えがあって、それぞれが語っていくのだが、最終的には『円環』という言葉に戻っていく感じ」(井関さん)

Q6:(近藤さんに)「『円環』という公演タイトルに対して、『にんげんしかく』という作品を構想した意図は?Noism最初期の『SHIKAKU』へのオマージュなども込められていたりするのか?また、『犬的人生』に通じる部分も感じられたが、そのあたりについて」
 -A:「面白い。それ(そういう指摘)は嬉しいですね。ちょっとだけオマージュを入れたいところも、ちっちゃいことでも。今回、作るにあたって、前の(『犬的人生』)を見ちゃうと引き摺られちゃうから見なかったのだが、最近、見直したら重なる部分があった。犬はそこまで好きなんだなと、自分の中でずっと続いていたなと。段ボールは皆にちょっと苦労させたいなと。あと、(段ボールを)実際に見ると、シンプルに『揺りかごから墓場まで』みたいな発想(墓場もひとつの箱)が浮かんだ。そういうところに『円環』との一致感もあって、こういう作品にした気がする」(近藤さん)

Q7:(金森さんに)「トン・タッ・アンさんへの『Suspended Garden』の音楽依頼はどういう依頼だったのか?」
 -A:「曲数を5曲くらいという数はお願いした。『観念の他者』としての『マネキン』を含めて、5人の登場人物がいるので。アンは彼らをよく知っているので、彼らを思って作曲して欲しいと。それ以外は言わなかった。で、書き上げてきた曲は、凄くアンだし、凄く彼らだし、素晴らしい曲が仕上がっている」(金森さん)

Q8:「Noism1の若い舞踊家が趣を異にするふたつの作品を踊ることについて」
 -A:「10分や15分の休憩で切り替えるのは誰でも大変。順番に気を遣うのもわかるが、そこはプロフェッショナルなので違うものを見せる。Noismには力量がある。そういったことも楽しみという言えば、楽しみ」(近藤さん)
 -A:「ある意味、作家が違って、要求されることも違うと切り替えはし易い。逆に言うと、ひとつの作品の中でも、関わる人・状況・音楽によって切り替えなければならない。そのためにも、感性の引き出しを沢山持っていることが必要。異なる作家の作品を踊ることで感性が磨かれ、引き出しが増えるのは良いこと」(金森さん)
 -A:「どの作品をやっても、彼らが今問題としている壁は同じ。本質は変わらない。ふたつ異なる作品だからこそ、その壁を突き抜けられる方法がたくさんある。普段なかなか出せなかったものが、良平さんの作品でふわっと浮き出てきたときに、自分のものとして掴めて、またNoism作品でもそれを失わずにやって欲しいという思いがある。それが良平さんをお呼びした一番の理由。全然違う彼らを届けたい」(井関さん)

囲み取材の最後に、井関さんから、「3つの作品が全然違う、唯一無二のプログラムになっています」との言葉があり、この日、断片を見ただけでもそれは実感できました。物凄く色々な楽しみ方ができることは確かです。これ見逃せませんよ。いよいよ、来週の金曜日(12/13)に新潟から始まる「円環」ツアー、各地のチケットは絶賛発売中です。良い席はお早めにお求めください。くれぐれも必見ですからね♪

(shin)

(photos by aqua & shin)

*以下に、Noism Officialから提供を受けた画像を掲載しますので、ご覧ください。

◇Noismレパートリー『過ぎゆく時の中で』

◇Noism0新作『Suspended Garden - 宙吊りの庭』


◇Noism1新作『にんげんしかく』


◇囲み取材(近藤良平さん・金森さん・井関さん)

*末筆にはなりましたが、ここにNosimスタッフの方々へのお礼を記させていただきます。どうも有難うございました。