2026年6月27日(土)、ついにNoism0・Noism1『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』が初日を迎えた。金森穣Noism芸術総監督に、「安吾の会」世話人代表、シネ・ウインド代表・齋藤正行が「坂口安吾作品を舞踊化してほしい」と伝えてから長い時が過ぎたが、ついに結実する日を迎えた。
シネ・ウインドや安吾の会メンバーはNoismを長きに渡って応援してきたが、金森穣さんの「退任」、安吾作品の舞踊化とあって、これまで以上に公演の盛り上げに奔走した。寄付を募っての新潟日報紙での「坂口安吾生誕祭120」と『私は海をだきしめていたい』をPRする一面広告掲載(4月24日)、シネ・ウインドでの『私は海をだきしめていたい』特大ポスター掲示や、『ジョン・クランコ バレエの革命児』上映(5月16日〜6月5日)などなど、今回の公演がひとりでも多くの方に届くよう、心を込めて広報を展開した。
そして公演初日に併せて、本日10時からは安吾のご子息・坂口綱男さんの案内による、恒例の安吾の生地・西大畑界隈の街歩きを開催。関東から参加された2名を含む5名の参加者が集まった。今回から街歩きの集合場所が「ゆいぽーと」(旧二葉中学校)に変わったこともあり、綱男さんはまず日本海の風景を見るルートを取った。好天に恵まれ、青く透き通るようだった海もまた、安吾原作の舞踊の誕生を寿ぐように思えたのは、私の牽強付会だろうか。今回の街歩き参加者全員が、Noism鑑賞を予定していたことも嬉しいことであった。


今日のりゅーとぴあでは、Noismに加えて「新潟A・フィルハーモニック第5回定期演奏会」にて「〜坂口安吾生誕120年に捧ぐ〜ジムノペディ ドビュッシー版 第1番」としてエリック・サティの楽曲が演奏された為、両会場で安吾関連書籍の販売も実施。学芸員・岩田多佳子さんによる新刊『新潟県人物小伝 坂口安吾』(新潟日報メディアネット刊)を、多くの方に手にしていただけた。

そして16時半、Noism公演の開場を迎えた。私は書籍販売の為、既に劇場ロビーに入っていたが、開場直前になって『私は海をだきしめていたい』の冒頭で使用されるサティの楽曲が場内に流れ始めた為、「おや? こんなことは今まで無かったぞ」と違和感を覚えた。その答えは間もなく明かされたのだが、今は詳述を控える。ただし、明日以降の公演に出掛ける方はなるべく早めに劇場ロビーへ進んでいただきたい。私は「客席が安全ではない、舞台を他人事に思わせない」Noismを始めとする舞台芸術に心惹かれて来たが、この驚きに満ちた開演間際までの時間は、「客席」と「舞台」、「劇場」と「ロビー」の境界を突破するようであり、金森穣さんの並々ならぬ気合とアバンギャルドさに、「安吾的だよ!」と興奮を抑えられなかった。
そして始まった『私は海をだきしめていたい』初演。詳述は控えるものの、シンプルに研ぎ澄まされた照明の元、安吾描くところの男女の「遊び」をサティの調べに載せて、いつまでもこの時間が続くことを願うような舞踊作品に昇華した金森さんの演出と、躍進著しいNoismメンバーが見せる静謐でいて激しく、艶めかしくも透き通るような舞踊にため息さえ漏れた。初期Noism作品に濃厚だったエロスが、時を経て「性愛」を俯瞰するような成熟を見せたように思う。メンバーひとりひとりの名前を挙げたいくらいだが、今回は特に庄島すみれ・さくら姉妹、太田菜月さん、春木有紗さんの身体表現が安吾描く観念的な「女」に、熱い血肉を与えたこと、その美しさに魂を奪われるようであったことを特筆したい。
公演後、坂口綱男さんに感想を尋ねたところ、「とっても良かった!」とサティの楽曲と安吾の作品精神がピッタリ噛み合った舞台を絶賛されていた。
そして、黒部シアターでも鑑賞した改訂版『春の祭典』もまた、舞台版として更なる高みに到達していた。相互監視や全体主義と、自由を確立しようとする者との相克を私は本作に感じてしまうが、井関佐和子さんと太田菜月さんのある「相克」を描く場面からは涙が溢れ出し、音と身体表現を全身で浴びる喜び、Noismが新潟にあることの僥倖を思い、恍惚にも似たところへ運ばれた。
その後、幾度も繰り返されたカーテンコールの熱さ・温かさには、これまでのNoismのどの公演とも違うものがあったように思う。舞台の為に献身し、圧倒的な芸術を届けることで、カンパニーが追い込まれた苦境を突き破るような、素晴らしき「反骨」。その結実と、豊かな未来を確信させられるようで、いつしか舞台上のメンバーと客席には涙だけでなく、笑顔さえ拡がったのだ。
不可逆の時間の中で、舞台の一瞬にかけるNoismの営為が、坂口安吾が生を受けた新潟の地でまた新しい到達を見せたことを、心から祝したい。
久志田 渉(「月刊ウインド」編集部、安吾の会事務局長)