2025年2月23日はトークイべント日和(その1):井関佐和子さん講演会(新潟県女子体育連盟主催)

2025年2月23日(日祝)はNoism関連のトークイベント日和でした。先ずは、「その1」として、11時より、新潟市西区にある新潟清心女子中学・高等学校のノートルダムホール2Fを会場に開催された井関さんの講演会、「新潟から世界へ! Noism Company Niigataの挑戦」(新潟県女子体育連盟主催)のご報告です。

この日は悪天候の予報が出ていたために、対面での参加とZoomによる参加のハイブリッド開催となりました。私は諸々の事情からZoomでのリモート参加をさせて頂きました。

Noism発足当時と現在の様子、この20年間の歩み(数々の受賞と受章の足跡、そして『夏の名残のバラ』、鼓童とのコラボ『鬼』、『Amomentof』の動画が紹介されました。)等が駆け足で触れられた後、司会の方とやりとりするかたちで、この日の講演会は進んでいきました。ここではかいつまんで、井関さんのお話しのご紹介を試みます。

*「新潟から世界へ」、井関さんの思い: 具体的な「新潟」と抽象的な「世界」。そのふたつを舞踊で橋渡しする意味合いも込められているように思っている。

*ポテンシャルのある劇場は全国各地に存在するものの、Noismに続くものがなく、この20年間ずっと新潟だけ唯一という状況に、設立当時の「大きな夢」は、今はちょっと淋しいものになってしまっている。 

*新潟で続いている20年間: 「新潟の方々が変わっているから」。作品づくりと自分たちの身体を磨くことだけに向き合っている姿を面白いと思ってくれる「新潟の方々は特別なんじゃないですか」。真っ直ぐ向き合っていくことでしかない。大衆受けはしないだろうだけに、有難い。

*よく「文化・芸術」というふうに一括りにされがちだが、「文化」は民族(地域・集団)のものであるのに対して、「芸術」はそれを超えたものであって、そこを目指さなければならない、自分たちがやっているのはそれだと信じてやっている。

*海外公演: 15年前、ブラジルでの3日間の公演には驚いた。2000人収容の大きな劇場が、初日はガラガラだったが、口コミで、3日目には満席になった。信じられなかった。思いは、「行きたい」というよりは、「来て欲しい」と言われるようになりたい。基本的に「呼んで貰える」ことで行っている。但し、最近は、どの国も「自国ファースト」になっていて、招聘を巡る状況は大きく変貌している。

*地方公演: 文化の違いが客席に出てきている。空気が違う。地方で色々な文化に触れたい思いがある。

*3歳で踊り始め、雑誌で海外のダンサーを見て、15歳頃に海外へ行くと決めていた。16歳で海外へ行き、19歳でプロとして活動し始める。その後、日本に帰ってきたタイミングで、Noismという舞踊団の設立に立ち会える滅多にない機会ということに惹かれて入った。
*20代の頃、周りにライバルがいなくなったと感じて、Noismを辞めようと思ったこともあったが、「ものの見方を変えること」を学んだことで、辞めずに済んだ。「ものの見方を変えること」で関係性は変わることに気付いた。
*悩みで言えば、30代には子どもをもつことを巡っての葛藤もあり、揺れ動いたが、仕事はどんどん入ってきて、時間がどんどん過ぎていった。結局は、自分が今どうであるかということ。今は楽しい。
*40代になり、舞踊家として一番面白い時期に入ってきたように思う。(欧州のダンサーには年金が出る年齢。)ある意味、節目。一旦、ゼロに戻そう、自分の考え方を疑い、自分の身体と向き合おうと思った。パーソナルトレーナーに外から見て貰っている身体は今が一番調子がいい。→50歳が全盛期、と常々言っている。
*食事: グルテンフリーを始めて10年くらいになる。明らかに身体が変わった。野菜と肉はよく食べる。舞踊家としては適正体重(と適正エネルギー)を把握することは重要。

*現代の子どもたちに必要だと思うこと: 価値観が違うことを痛感する。主体的になって欲しいが、「主体性」と「好き勝手」は違う。自分が考える「主体性」は物事を客観視できること。相手や自分をちゃんと掴んだうえで、どう考えるかが「主体性」。自分の考えを明らかにするのだが、それは一方通行ではない。他者との関わりのなかでしか人は生きていないのだから。その関係性をどう考えるかが「主体性」。
*欧州にいたとき、何故、彼らは主体的にいられたりしたのか。劇場に行ったり、抽象的なものを見てきているから。小さい頃から「どういうふうに感じた?」っていうのをやっている。自分が見たものをどういうふうに言語化していくかというトレーニングを子どもの頃からやることの重要性。

*今後の夢・目標: 舞踊家としてはまだまだ上へ行きたい。自分の知らない自分と出会いたい。もっともっと知りたい。もっと勉強したい。もっと吸収したい。それは若手を育てることと繋がっているように感じられている。自分の背中を見せたい思い。

Q1・新潟の人たちに感じること
 -A1: 内側は熱くてもあまり表に出さない人が多い。外に出してくれると、Noismがもう少し浸透するんじゃないかと。街で出会っても、声をかけてくれない人が多い印象。自分たちは普段は一人の人間として、普通の生活をしている。それがスタジオに籠もって創作をしている。声をかけて貰えるのは嬉しい。


Q2・(1)『アルルの女』の創作はどんなふうに始まっているか。(2)『BOLERO』はまたすっかり変わったものになるのか。
 -A2(2): 『BOLERO』は新潟と東京でやったものと同じものだが、最新ヴァージョン。 劇場でやるので、少し作り変えるところがある。構成的には同じものだが、全然違うものになる・
 -A2(1): 『アルルの女』は今、絶賛創作中。バレエでは昔、ひとり欧州の振付家が作ったことがあるだけで、後は作られていない。原作は『アルルの女』のタイトルながらも、「アルルの女」は登場せず、「アルルの女」に取り憑かれた男性のお話し。それを「家族」という視点で表現していく。創作の過程で、シーンを沢山作っているが、即なくなったりする。それは観客に届けるために最善のものにするため。

Q3・設立からの20年間、物凄く苦しかった筈。試行錯誤も経て、真の金森さん・井関さんの舞台が展開されるようになり、「新潟のNoism」になったように思う。長く在籍する方は何年くらいか。「安定」ということと絡めて訊きたい。
 -A3: 辞めていくメンバーに金森さんが陰で涙を流すようなこともあった。最長のメンバーは10年がふたりくらい。金森さん、以前は芸術監督であり、振付家でありということで、メンバーとしても金森さんとしても難しいことが多く、意思疎通に難しい側面もあった。現在は、井関さん(国際活動部門芸術監督)と山田さん(地域活動部門芸術監督)が間に入ることで辞めるメンバーが少なくなった。1年に1回の契約トーク(2月)では、先ず、井関さんが彼らの意向を書面で聞き、次いで、複数(山田さんとか、金森さんとかと)で面接し、自分たちがどう考えているかの話をする。「変わらない子は変わらない」ので、そのへんは結構シビアに言う。人数が限られているために、ただただ増やすという訳にはいかないので気を遣う。


予定時間を延長し、80分にも及ぶ時間、とても中身の濃い、貴重なお話しをお聴きすることが出来ました。

2月23日「その1」、井関さんの講演会報告は以上とさせて頂きます。

「その2」柳都会vol.30 二代目 永島鼓山×山田勇気 へつづく)

(shin)