こちらも必読!ウェブ「dancedition」掲載の「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方(2)」

2026年6月22日(月)、ウェブの「dancedition」に2回目となる金森さんと井関さんへの標記インタビュー記事が掲載されました。

同サイトに最初のインタビュー記事が掲載されたのは、2026年4月7日。金森さんが芸術監督の更新を固辞する理由4つが理路整然と紹介されており、掲載のタイミングとしては、芸術監督の継続問題が、世間的には(!)未だ幾分か流動的な部分もあるのでは、そう思われていた時分でした。

その際の当ブログ記事へはこちらからどうぞ。

それからちょうど2ヶ月半を経て、2回目のインタビュー記事が掲載されたのでした。次のリンクからお進みください。

「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方(2)」

(リード部分に、「署名活動が起こり」とありますが、今回は行っていないことを書き添えておきます。)

金森さんは6月9日の「X」で、「…しかしこれ以上事象の時系列やその時抱いた感情を語り(た)くない。これ以上痛みを追体験したくはない。未来を見つめたい」とポストされていましたが、この度の長いインタビュー記事の前半部分、おふたりをはじめ、Noismのメンバー及びスタッフが否応なしに直面させられてきた、非人間的な所業の繰り返しには、「怒髪天を衝く」ほどの強い憤りを禁じ得ないものがあります。それはまさに痛み以外の何物でもなく、読んでいるだけでも激しい動悸に襲われるほどです。

しかし、後半は「未来を見つめたい」とする気持ちが溢れていて、読んでいるこちら側の方が勇気付けられる気がします。金森さんも井関さんも凄いわ、と。勿論、メンバーも。

来年夏、2027年8月まで、公共劇場専属舞踊団としてのNoismの活動は続きます。私たちはその最後の最後の瞬間まで、まさか財団が次期芸術監督選任にまつわる業務を理由にNoismに対しておざなりな対応などしないよう、充分に目を光らせている必要があると言えるでしょう。そして、「レガシー」を引き継ぐとした言葉をしっかりと現実のものにさせていかなければならないと思うものです。決して、いっときのリップサービスにさせてなるものか、そう思っています。事業としての検証及び説明責任をしっかりと果たすことを求めるものです。

先を急ぎ過ぎました。先ずは今週末に迫った『私は海をだきしめていたい』/改訂版『春の祭典』を刮目しましょう。素晴らしい舞踊を目撃することは間違いありません。それは即ち、財団がどれだけ大きな「レガシー」を担うことになるのか、事の重大さがはっきりすることを意味する筈です。

そして、それはまた私たち全員に言えることでもあります。先日、当ブログに再掲載した『新潟はシュツットガルトになるか?』のなかの一文「新潟が、りゅーとぴあがNoismを失くしてしまうというのはどういうことなのか」は私たち全員に向けられた問いなのですから。

「公共劇場専属舞踊団」Noism Company Niigata、これまでにも増して見逃し厳禁ですよ♪

(shin)

まさに我が意を得たり♪新潟日報紙5/27朝刊「日報抄」!

今週末、恒例となった富山の「黒部シアター」に招かれての『春の祭典』上演を控えるNoism Company Niigata。その「ホーム」新潟で、地元紙・新潟日報紙が2026年5月27日の朝刊「日報抄」にて、金森さんとNoismが新潟市で刻んで来た20年以上の時間について取り上げてくれました。新潟日報さん、有難うございます♪

朝早く、友人がLINEで知らせてくれて、先ずは急ぎデジタル版で確認、その後、紙面で再確認したような次第です。そして思った「我が意を得たり」、まさに♪

デジタル版はこちらからもどうぞ

冒頭、先日の東京バレエ団『かぐや姫』から始まり、来年のフランスはパリ・オペラ座での公演予定について触れられ、金森さんが「振付家として稀有な存在」であるとするバレエ関係者の言葉が引かれています。なんと誇らしいことでしょう♪とりわけ新潟市民にとって。まさにシビックプライドな訳です。

しかし、次の段落に入ると、そこから一転し、「新レジデンシャル制度」のもと、「後任次第で、ノイズムは新潟市での活動を終える可能性が高い」ことが紹介されます。

この度の「日報抄」、これまで、連載も挟んで、昨年末の金森さんの「退任意向」を報じて以来、精力的に記事を載せてきた新潟日報紙が、改めて新潟市民に向けて発した問いかけ、或いは問題提起の様相を帯びて締め括られていきます。ノイズムを「市が20年以上かけて育てた文化的財産」とし、「その実像を足元の市民が広く理解しないまま、手放すことになってもいいのだろうか」と。

恐らく、今週末には富山の観客を魅了し尽くすことに間違いはありませんし、来年には、国境を越えて、フランスの観客も度肝を抜かれることになるでしょう。しかるに、「足元の市民」は?その「理解」は?

嘆かわしいことに、日本初にして日本唯一の公共劇場専属舞踊団の「実像」を理解するための機会も既に限られている状況にあります。黒部まで赴ける方は今週末、万難を排して是非!それが叶わない方は来月末の『私は海をだきしめていたい』+改訂版『春の祭典』公演(新潟・埼玉)に駆け付けて、改めてNoismの舞踊を目撃してください。そして、自分の目で他に類のない「実像」を確かめて欲しいものです。

私はNoismを抱きしめていたい、です。

(shin)

金森さんが「X」とインスタで嬉しい【ご報告】♪

2026年5月19日(火)の夕刻になって、金森さんからSNSで発信された【ご報告】、Noismの今後について案じていた私たちにとって、とても嬉しいものでした。

先ずは、こちら、金森さんの「X」へのポストです。

そして全く同じ内容のものですが、インスタグラムへの投稿もどうぞ。

https://www.instagram.com/p/DYg3d-IuCZk/?igsh=OTdpajZlZTd0NDEw

「X」とインスタグラムとで、都合2回確かめたことになる訳ですから、身中に沸いたこの喜びに間違いない筈(笑)。金森さんが明言されたNoismの活動継続。リアル「喜びの舞」ものです♪

金森さんと井関さんが立ち上げた法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」、その「新しい船」による希望の船出となる訳ですよね。

その来年8月以降のNoismの活動についても、「NEMUSPORTA」についてもまだまだ詳細は伝わってきていませんけれど、絶えず舞踊への献身のみを志し、止まることを知らず、信じる道を往く金森さんは、私たちをまだ見ぬ景色に連れて行ってくれることに間違いありません。それはそのまま私たちの希望以外の何物でもありません。私たちとしましては、これからもずっと「静かに熱く見守り応援する」の一択ですね♪

この【ご報告】に接してのち、昨年末からずっと続いていた憤りに満ちた重苦しい時間とは異質の時間に浸れています。何はともあれ、今夜は「静かに熱く」祝杯ですかね。

(shin)

【怒髪天の超速報】えっ!何だって!最低だな、財団も新潟市も!(絶句)

2026年5月13日(水)の宵、金森さんの「X」からそれを知ることになりました。

そして井関さんも「X」で。

そして伝えられた内容がこれです。おまけに「Noism Company Niigata事業」も終了とは!

「芸術監督の公募について」

令和元年の「劇場専属舞踊団検証会議(第2回)」にあった、次の文言はどうなったのか?

 >やめるとしても喧嘩別れにならないようシナリオプランニングが必要。

テキトー過ぎるぞ、新潟市! 金森さんも井関さんもメンバー・スタッフも同じ新潟市民じゃないか! リスペクトはないのか! 誠実さなど微塵も感じられない極めて強権的なやり口! もう「文化創造都市」なんて名乗らせないぞ!

怒髪天を衝く怒りに震えています。こんな呆れかえるくらい恥ずべきやり口!最低だな、財団も新潟市も(怒)。…絶句…

皆さまのお声、お寄せいただけたらと思います。

(shin)

「金森穣 芸術監督退任について 市民向け説明会」(5/9)、そこにいたのは紛れもなく余人をもって代え難い芸術監督その人…

朝早くから物凄い強風が吹き荒れた新潟市の5月9日(土)、昨年末の「退任意向」に始まる疾風怒濤のような日々について、金森さんが「市民向け説明会」を開き、「質問されれば何でも答えるつもり」と伝えられていた通り、長時間にわたり、私たちからの質問その一つひとつに、この上なく丁寧、かつ極めて明快に答えてくださいました。

私自身、憤りや腹立たしさ、虚しさなどが入り混じった気持ちで、りゅーとぴあ〈スタジオB〉に向かっていたとき、金森さんもそうしたモードで相対するものとばかり思っておりましたが、さにあらず、金森さんの表情はいたって穏やかだったことに先ず驚きを禁じられませんでした。(当然、強い憤りはありながらも。)

更に、金森さんの口からは何度も何度も、「まだ諦めていない」「未来は誰にもわからない」「新潟からこの国を変える」の言葉が発せられることになるのですが、この日、それをあの落ち着いた声音で聞く私たちの目の前にいたのは、紛れもなく余人をもって代え難い稀代の芸術監督その人だったと言い切りましょう。金森さんがNoism 22年間の歩みのその先に目にしていたもの、或いは金森さんを内面から突き動かすもの、それは新潟市とこの国の文化政策のビジョンに他ならなかったからです。「こんなに立派で尊敬出来る人っている?」自分の生き方を問われているようにも感じられたほどです。

第一部「一問一答」(13:00~16:00)、第二部「座談会」(17:00~20:25、途中に10分休憩一度)、その長丁場を詳細にわたってお伝えするのは私の手に余りますので、金森さんからのご回答を中心に、ごくごくかいつまんでご紹介したいと思います。
(あれがない、これも抜けている、そんなことになるでしょうが、何卒ご容赦願います。)
(また、第一部に関しましては、後日、編集したものが配信される予定とのことでしたので、そちら、お待ちください。)

*第一部「一問一答」(13:00~16:00)

〇昨年末に退任の申し出が受理された。Noismの今後については、未だ結論は出ていないが、金森さんとの「協議は終了」(財団)とのことで、このような場を設けた。
●新潟市に22年間、人生で一番長く住んできた場所。コンテンポラリーダンスの拠点になった。他から声がかかっていたり、他に行く場所がある訳ではなく、正直、来年の夏以降、どうしようという不安は強いが、新潟市から、(それが無理なら、新潟県から)この国の劇場文化を変えていきたいとの思いは変わらない。
〇「Noism」という名称は、2004年に芸術監督となることが決まり、新潟に向う新幹線に乗る前の東京駅で、「やばい、名称決めてない」となり、「No – ism」だからと勝手につけた名前。それが今はどういう扱いになっているのか、AIに訊いてみたら、「りゅーとぴあが登記している」とのことだったが、調べてみるとそんなことはなく、AIが嘘をついたとわかり、AIは怖いなぁ、と。
次の芸術監督がどう考えるか次第だが、名称は変えるのではないか。
●未だ道半ばで、やり遂げてはいない。変革を要求し、自らのクビを賭けて、未来のために訴えるべきと思った。諦めたのではない。ここから未来を変えていくために。
芸術監督は他の人で構わない。今の体制(例えば、フリーランスで退職金もない契約スタッフ4人でまわしている現状)ではもう限界なので、変革を要求。諦めてこのまま飲んでいたら、この国の文化は終わってしまう。「日本初」の事例を失ってはならないし、新潟市は発信していって欲しい。
〇「芸術監督として井関さんを担ぐNoism」という提案に対する返答は未だにない。「飼い殺し」的な状況にあり、早く結論を出して欲しいところ。
●今回の件があり、色々な人が心配してくれている。また、ひとつの自治体で起きたことに対して、他の自治体が関わるのはタブーなのかなと学習した。
〇「専属」が表すところに関するなら、欧米に見られるような劇場専属舞踊団であったことは、この22年間、1日たりともなかった。価値あるものとして、広く喧伝出来るように中身を整えていきませんかと訴え続けてきたが。自分事として意識をもって関わって欲しいと思う。


●「新レジデンシャル制度」が始まるとき、Noismがなくなってしまう選択はなかったから、芸術監督を一期受けた。その後、繰り返し色々訴えてきたが、決まって「でも、あなた、それ飲みましたよね」と言われてきた。
わかってらっしゃらない方の判断で決まっていってしまうのもこの国の行政。
〇厳しい状況のなか、やりくりして頑張ってきて、成果を上げ、評価を得ると、要求したことは放っておかれることになる。
行政は「変える」ことが本当に苦手。それが出来るのは政治家、理解のある政治家しかいない。
●これを機にりゅーとぴあをどうしていくのか考えるべき。課せられる事業数は膨らむ一方で、現場は限界。みんなが注ぐ労力が如何に救われていくか、自分の判断に懸かっている。このまま続けちゃダメだ。何度も訴えてきて、変えられないんだったら、「もう少し頑張って」とは言えない。我慢にも限界がある。少しでも希望を持ちたい。「りゅーとぴあの中からじゃないかも?」と思っちゃう。これだけの覚悟を持っているんだからという訴えをする。
〇「一期5年で辞める」とは言っていたが、市の対応は予期していなかった。「ここまでやってきたのに、こんなふうに言われるんだ」とショックを受けた。未だ諦めてないので、ここ(新潟市)でのNoismなのかどうかはわからないが、一緒に活動していきたいという者と献身していく。しかし、目の前の人たちのためだけに闘っているのではない。まだ見たことのない者のために、志を共有して、未来を信じで闘うしかない。
●将来的には、新潟市に舞台芸術の拠点となる「舞台芸術センター」を作りたい。
〇この3月に一般社団法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」を設立。2~3年前から考えていたのだが、メンバー、スタッフの社会保障の問題を考えたときに、業務委託のかたちがとれないかと。劇場のなかで雇用されるかたちにはならなくなるので、ためらいもあったが、あらゆることに対応できるように、提案の可能性のひとつとして。
●「これでは続けられないから辞めます」と伝えたとき、財団から「秒で」感謝されたのはショックだった。「レガシー」とは何か?今の建付けで何が残せるのか?Noism 22年間の芸術創造の蓄積がなされているようには思えない。
〇「自分自身が生きている間に成し遂げられる夢なんて語っていない」(金森さん)

*第二部「座談会」(17:00~20:25、途中に10分休憩一度)

〇後に続く「専属舞踊団」が現れなかったことについて。
風の噂に聞こえてきたものがあったが、芸術家側でも生活保障を求めて闘う者少なかったのかなぁと。この環境の価値を理解して貰いたくて、初めのころはゲストを呼んだりもしていたのだけれど。「行政のおじさんと話すのは嫌」と言われたこともある。
●他館、他都市との連携について。
日本の行政の成り立ちからして、「縦割り」で、他の行政との関係はよくない。
〇芸術監督任期に上限を設定することについて。
5年や10年ではなく、もっと長い期間が必要。上限で切るのではなく、成果によるべき。ビジョンも明確でないなか、上限のみが設定されていることのあり得なさ。上限の根拠がない。
色々なことに腹が立っている。ちゃんと表に立って説明してください、と。
●「新レジデンシャル制度」について。
日本の新しい劇場文化政策になり得る筈。Noism云々を超えた、劇場の在り方の問題である。ビジョンが第一。それを明確にして欲しい。「金森穣」への依存度が高過ぎるとして、制度を作ったのに、「金森穣」が辞めるとNoismがなくなるのでは、それは依存の極みではないのか。
〇一般社団法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」について。
支援・理解・協賛してくれる企業に対しての受け皿ともなる法人と想定。文化庁からの助成金も引っ張ってくることも視野に。また、メンバーやスタッフを数人でも雇用できる。少しでも雇用形態を改善出来ればと思う。但し、法人と財団との関係性はまだまだ不透明。
●現状について。
「辞める」って言ったら、心配してくれる人が出てきたり、応援してくれる人がいたり。今日もこれだけ長い時間いてくれる。ひとりじゃないし、思いは届いている。こういう人たちがいてくれる限り、信じられる。価値と信じるものをどうやったらもっと多くの人たちと共有出来るかが、芸術創造における永遠の課題。
〇昨年末の「退任意向」表明について。
以前から「年内には判断を下します」とは伝えていた。ここまでのスピード感から、絶対に何も決まらず、進んでいかないのは分かっていたから。
現状、当事者の訴えを聞き入れて方針を変えるのは出来ないだろうことは分かっている。
4つの要求について。
それを一度に全部飲んで欲しい訳でもない。どれかひとつからでも、という思いだったが、(その伝え方も含めて)全部ダメとの答えだった。
〇5年や10年毎の交代について。
そんな短期間に変えていたら、世代間を超えた会話成り立たない。文化の価値とはそういうものではない。10年であげられる成果は、自分(金森さん)が考える成果ではない。

で、そろそろ最終盤というときになり、翌日、19歳になるという青年が挙手して、両親が22年前からずっとNoismを見続けていて、自分も未就学児童のときから連れて来られて、託児ルームで過ごすことから始まり、その後、Noismを見始め、最初はわからなかったし、何ならゲームをしている方が楽しかったりもしたが、2015年『箱入り娘』や『BOLERO』から惹かれたと話すと、会場から拍手が起こりました。それに対して、金森さんが、「わからないものに触れることは本当に大事なこと。自分も最初は劇場で寝ていた。でも、寝ていてもその空気感や何かを享受している。頭でわかることと体験することには大きな隔たりがある」と話した後に、「22年間が報われましたよ」と付け加えると、会場からは一層大きな拍手が湧くという心温まる場面があったことをお伝えし、拙いレポートの締め括りとします。

「座談会」の最後に至り、「財団から判断が下された際には、『第二弾』を持ちたい」との金森さんの言葉でこの日の長丁場もお開きとなりました。良き判断を喜び合う会になることを強く願ってその日を待ちたいと思います。

(shin)

BSN「ゆうなび」が「Noism金森芸術監督 退任表明の理由~芸術と行政の埋まらない溝」を放送、…そして「市民への説明会(5/9)」のご案内(2026/04/23)

「芸術家と行政の間には『制度』という埋まらない溝がありました」、冒頭、大塩綾子アナウンサーの言葉です。この日の特集を一言に凝縮したものです。BSN「ゆうなび」での標記特集について、登場する「関係者」が語った言葉を中心に、かいつまんでご紹介させて頂きます。

「新レジデンシャル制度」という「市がルール化した枠組みのなかで継続されることになった」Noism。
「『7年で終わり』と見えているときに何に向かって活動すればいいんですかっていう話。単純にNoismは続いていきます。で、俺の任期がもう7年で無理なんです、は全然構わない。でも今の制度はそうじゃない。それを変えようとしている」
「勿論辞めたくないさ。辞めたくない。ここまで続けてきたからね」「(退任意向として表明された)この決断を俎上に挙げてでも訴えていかなければならない感じかな」と金森さん。

「この制度に期限を設けるというのは当然のこと」「金森監督が公の立場で退任の意向をお持ちだと表明されたので、Noismや監督に対してこれ以上どうこう言う話ではない」というのが中原八一新潟市長。

市民団体が新潟市に対して要望書を提出した際に、野島晶子新潟市副市長(当時)は、「(新潟市には)Noismに関する制度はない。レジデンシャル制度はありますし、金森監督とも契約していますけど」「(市は方向性を示すべき)立場にない。Noismに関して」と。

事業主体のりゅーとぴあ(新潟市芸術文化振興財団)榎本広樹事業企画部長はどうかというと、「原則論から申し上げると、私ども財団は制度に基づいて事業を行っている立場なので、制度自体の是非を論ずる立場にない」「(次の芸術監督を)どのように選定していくかということに関して、今、財団で協議を続けている状況」と話す。

Noismの活動に関心を寄せる新潟国際情報大学の越智敏夫学長は、「税金の使い方をどう検証するか。その検証の方法が社会の中で確立されていないところに問題がある。新潟を良くするという意味では、政治家も芸術家も目的は同じはず」と指摘。

「新潟からこの国の劇場文化を変えたいという芸術家の野望と制度の正統性を主張する行政。両者の間には埋まらない溝がありました」(黒崎貴之アナウンサーのナレーション)

「そもそもりゅーとぴあで専属舞踊団を抱えていることが、この国のなかで、日本初だとか、日本唯一だとか言うけど、そのことの価値とか、判断を下す人たちはそう(充分には)捉えていない」
「ただこの新潟市という自治体にもう俺の居場所はないのは分かったから、他に何ができるか模索するしかない」と金森さん。

…涙、涙です。金森さんにそんなことを言わせてしまうなんて…。でも、まだ諦めていませんけど。横たわるのは深そうに見えたとしても、単に、人が作った「溝」(「制度」)に過ぎません。即刻、埋めることを目指すべきです。新潟市の文化の将来を見据えながら。

と、そんなことを記していたところ、金森さんが「X」にて発信を行い、それと前後して、Noismスタッフの上杉晴香さんからそれ(市民への説明会)に関するメールを頂きました。ここからはそれをご紹介させて頂きます。

以下、頂いたメールの内容となります。(上の画像4枚と同内容です。)

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市民への説明会―金森穣芸術監督退任について昨年末から、新聞等のメディア、新潟市議会でも話題にあがった新潟市の「りゅーとぴあのレジデンシャル制度」芸術監督である金森穣の退任に関して、その経緯や現状についての説明会を開催いたします。
二部制の質問形式を予定しておりますので、Noism Company Niigataの今後をご心配いただいている方はもちろん、Noismに限らず、りゅーとぴあのレジデンシャル制度に関心をお持ちの方など、どなたでも広くご参加ください。
なお、この会でお話し、お答えするのは、金森芸術監督の意見となりますので、新潟市および、新潟市が定めたレジデンシャル制度に基づくレジデンシャル事業の実施主体である公益財団法人新潟市芸術文化振興財団の意見ではありません。また、いただいた質問についても市や財団へ確認してお答えするものでもありません。予めご了承ください。
皆様のご参加をお待ちしております。

日時:2026年5月9日(土)
第1部      一問一答 13:00-16:00
第2部      座談会 17:00-終了時間未定
*22:00閉館
*質問がなくなり次第終了します。

会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈スタジオB〉
定員:100名
参加申込:事前の申込は必要ありません。
*座席の状況によってはご入場いただけない可能性もある旨ご了承ください。

*撮影について
第一部「一問一答」メディア関係者のみ可能です。
第二部「座談会」どなたもご遠慮ください。

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以上です。

「当日は、どなたでも事前の申込なしで無料でご参加いただける形で場を開きますので、ご都合が許すようでしたらぜひおこしいただけたら幸いです」と書き添えてくださった上杉さん。

惜しみのない時間設定。
新潟日報紙に掲載された「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」インタビュー編〈下〉(2026/3/5)で、一般社団法人「芸術と創造」(東京)代表理事の綿江彰禅さんが語った「ただ、これだけの専属舞踊団を立ち上げたからには、やめるにしても続けるにしても、市として説明が必要だ。行政は思いつきで事業を立ち上げ、なし崩し的に終わるといったパターンを繰り返すことが多いと感じている」に呼応する、とても大きくて誠実な動きと言えます。

皆さん、金森さんに質問しながら、金森さんの思いを聞きに行きませんか。否、是非聞きに行きましょう。

(shin)





新潟日報紙、金森さん×東京バレエ団『かぐや姫』のパリ・オペラ座での来春上演の記事掲載(2026/04/22)♪

2026年4月22日(水)、新潟日報が朝刊の文化欄に、写真入りで、「東京バレエ団の『かぐや姫』パリ・オペラ座で来年5月上演」「金森穣さんが演出・振り付け」「『日本の舞台芸術として発信へ』」の見出しが躍る、晴れがましさたっぷりに「慶事」を伝える記事を掲載しました。

*同記事は新潟日報のデジタル版でも読むことが出来ます。こちらからもどうぞ。

日本人振付家(金森さん)の快挙を伝える、とても誇らしい記事です。

そして、この記事、冒頭が「新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)の専属舞踊団『Noism Company Niigata(ノイズム」)』の芸術総監督で振付家の金森穣さんが、演出・振り付けを手がけた東京バレエ団の『かぐや姫』が、来年5月26~29日、フランスで上演される。」と始まるのです。新潟市としても、これほど誇らしいPRなどまたとないのではないでしょうか。

記事のなかでも、金森さんの「バレエ界にとって貴重な機会に恵まれた。日本発のバレエを欧州の人たちに見てもらえるのは本当にうれしい」の言葉や東京バレエ団の斎藤友佳理団長の「海外に行くと、日本人振付家の作品はないのかと聞かれていたので、いつか実現させたいと思っていた。日本のバレエ界にとっても大きな進歩になる」という言葉も紹介されています。どれほどの快挙なのかわかろうというものです。

然るに、新潟市は…。
現状、そう言わざるを得ないのは残念の一語です。

ここからは主に、その新潟市についてです。

繰り返しになりますが、金森さんはNoism Company Niigataの芸術総監督なのですから、新潟市にとっての誇らしさも只事ではない筈です。
こんなに新潟市民にとってシビックプライドを感じられる出来事などそうそうないことを、市と財団はきとんと評価すべきです。

世界に「新潟」の名前を轟かしてくれている、まさにこのタイミングで更新の特別オファーを出さないなど愚の骨頂かと。
逆に言えば、市と財団にとっては、次期芸術監督について再考する好機が訪れた訳です。
これほど世界的な規模で、文化的な「新潟」をPR出来る人を手放す理由があるとは思えません。あらゆる工夫を凝らして、金森さんを繋ぎとめておく努力をするべきです。文化政策に携わる担当部署がその努力を怠るようではもう職務懈怠或いは職務怠慢との指弾も免れないのではないでしょうか。

「新レジデンシャル制度」の規定に、芸術監督在任中の顕著な業績が認められる場合、「特別オファー」をすることがあり得るとの一文を加えれば済む、ただそれだけのことです。ほんのひと汗かくだけでしょう。
それをしないのは、自分たちが立ち上げた「制度」に縛られ過ぎるあまり、「最適解」があってもそれをただ指をくわえて見過ごさざるを得なくなることを意味するもので、つまるところ、新潟市民をそっちのけにしてしまうだけの極めて官僚的で、最悪な姿勢であると繰り返しておきます。

何のための「制度」なのか。「文化政策」として何を目指そうとしているのか。文化を長期的に展望する視座に立とうとしない以上、「文化創造都市」を名乗るなどおこがましい限りです。「目を覚ませ、新潟市と財団!」今、声を大にして、そう言いたいと思います。

(以上、fullmoonさんからのご提案を受けて、以前、コメント欄に掲載したものに修正を施して再掲させて頂いた部分があります。)

(shin)

新潟日報紙の連載「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈下〉(2026/04/10)

2026年4月10日(金)の新潟日報朝刊は、告知通り、連載企画の「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈下〉を掲載しました。

この日、同紙が取り上げたのは、静岡県舞台芸術センター(SPAC)。金森さんが師と仰ぐ現SCOT主宰の鈴木忠志さんが初代芸術監督を務め、現在の宮城聰さんは2代目の芸術監督になります。

Noismはこれまでに、SPACの俳優をキャスティングして、劇的舞踊vol.3『ラ・バヤデールー幻の国』(2016)、Noism1×SPAC 劇的舞踊vol.4『ROMEO & JULIETS』(2018)を上演してきたほか、SPACの奥野晃士さんに関しては、劇的舞踊『カルメン』(2014、再演2016)とNoism0『愛と精霊の家』(2015)にも出演しており、盛んな交流があった一時期のことが思い出されます。

*劇的舞踊vol.3『ラ・バヤデール-幻の国』

*Noism1×SPAC 劇的舞踊vol.4『ROMEO & JULIETS』

上にあげた画像は、SPACの本拠「静岡芸術劇場(グランシップ)」(←新潟日報社が入る「メディアシップ」とも似た発想からの命名ですね。)を訪れたときのものです。市街地の喧騒を離れたところ、広がる緑地の奥に突如現れるその威容がひときわ目を惹きます。

この日の記事に戻ります。見出しは、「SPAC」、「まちづくりの核に活用」、「人材流出を防ぐ手だてに」。
SPAC制作部・丹治陽さんの「演劇と出会ってしまう仕掛け」という言葉や、「関心のない人にもこちらから会いに行く」ことを公共劇場の役割と捉える意識、更には、積極的に社会課題に向き合おうとする方向性を紹介しながら、公共劇団が地方にある意義について、「ここにしかないもの」を作り続けることが地域の将来を明るくするとの確信に基づき、「公金をかけてもやる価値がある」とする宮城聰さんの言葉で結ばれています。

読み終えてみると、宮城聰さんの言葉が、まさに金森さんの言葉と重なって響く感覚に襲われました。文化政策としてやっている以上、目指されるべきは何か、が眼目であることは言を俟ちません。そして、その取り組みの成果を最大化しようとする姿勢が行政全般に共有されていること、全体が協働することは必須の筈です。なのに、新潟市は…。

金森さんがあげた「更新」を固辞する理由(4つ)のうち、3つ目(財団職員の人数の問題)と4つ目(外部スタッフに依存している問題)は、まさにそうした事柄に関わるもので、新潟市には、宮城さん言うところの「クリエイティブな人材」に関する長期的な視座も姿勢も、ともに不在であることが明らかになってしまわざるを得ない訳です。新潟市が「新レジデンシャル制度」でやろうとしていることは、なんら協働することはなしに、一時期(5年、或いは10年)のみの「施し」をするに近いお粗末なこと、そう言っても過言ではありません。

文化的な理想を掲げることはおろか、長期的な展望など何一つ持たないことも明らかな「新レジデンシャル制度」、そしてそれが自ら立ち上げた「制度」である故に、無駄に拘るだけでしかない新潟市と中原市長に対して呆れかえるとともに、心底からの失望を禁じ得ません。「残念!」(←「ギター侍」風ですね。古っ!…あっ!でも、人道的な見地から、「ギター侍」が発する締めの一語まで言うつもりはありませんけど…。)

【追記】
fullmoon さんが、この日の日報紙の記事中に触れられていた静岡市の「まちは劇場」プロジェクトの空気感を伝える画像(下)を寄せてくれました。
静岡駅から降りていった地下広場の柱を撮ったものだそうですが、爽やかなスカイブルーにきりっとしたゴシック体。大きなインパクトがあり、目を惹きますよね。
街なかに、こうした告知や写真などといった「仕掛け」を施すことで空気感が醸成され、共有されていくのですよね。まさに協働。こうでなくっちゃ。(今年1月17日撮影の画像だそうです。)

【追記2】この記事も新潟日報デジタル版にアップされました。こちらからもどうぞ。→「ノイズムの存続危機は『人ごとでない』…静岡県立劇団『SPAC』の取り組みや『演劇に出合ってしまう仕掛け』とは」(2026年4月12日17:30)

(photos by fullmoon & shin)

(shin)

新潟日報紙の連載「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈中〉(2026/04/08)

前日に引き続き、2026年4月8日(水)の新潟日報朝刊は連載の「問いかけるNoism」「舞踊の十字路」〈中〉を掲載しました。

これがまだ「連載」企画になるとは知らずにいた2月半ば、一年のなかでもチョコレートのやりとりが活況を呈する日の前日に、fullmoonさんと一緒にメディアシップに伺って1時間強も諸々話してきたなかから、私の「ぼやき」発言も掲載して貰っております。かつての故・野村克也さん一流の「ぼやき」には到底かないませんけれど。でも、さすがは地元紙・新潟日報さんです。朝から記事を読んだ旨の連絡が幾つも届きました。願わくば、そんな「ぼやき」を受け止めたなかから、新庄剛志さんのような人が出てくれたりすると有難いのですけれど…(笑)。

冒頭から話が逸れ過ぎました。すみません。この日の記事は、長らく課題とされてきた「市民への浸透」を扱うもので、「芸術的評価と比例せず」と「裾野広げる仕組み課題」の見出しも掲げられています。

有識者が語る、コンテンポラリーダンスは「多くの市民にとってなじみがない」という状況下、金森さんとNoism Company Niigataは、記事にも触れらている小学校への「アウトリーチ」や視覚障がいを持つ方々を対象とするものを含む多様なオープンクラスを展開してきました。どれも間違いなく、世界的に見て他に類のないものばかりです。しかし、同時に、どれも自ら取りにいかなければ、そうした情報に接することは出来ない環境にあったことを看過してはならないと思うものです。

何が足りなかったのか。もう一目瞭然ですよね。新潟市の積極的な関与や発信に尽きます。それが「ぼやき」の本質です。

プロスポーツなどと縁遠かった新潟に、あのサッカーチームが出来た頃、回覧板で観戦無料チケットの必要枚数を書き込む用紙が何度回ってきたことか。そうした時期を経て、老若男女問わずの盛り上がりを形成されていき、現在の「アイシテルニイガタ」に繋がっていったのです。そのチームは市役所や区役所にチームユニフォームを寄贈して広報に努めています。かたや、新潟市がNoismについてどうだったかというと…。はい。紹介できる事例など見当たりません。たとえば、「市報」すら、紙幅の都合から掲載スペースの割り当てに順番があるのだとか、ないのだとか。はい。残念過ぎる事例なら枚挙にいとまがないほどです。

ですから、新装なったJR新潟駅舎内、多くの往来がある通路脇に出来た観光案内センターの中に、一枚Noismのポスターを貼って、チラシを常備するラックのひとつも用意して欲しいと何度も訴えてきましたし、空の玄関口の新潟空港にNoismをあしらった「ウェルカムボード」のようなものを作ることなども提案してきました。後者は一時期設置されましたが、今はりゅーとぴあ内にあり、極めて限られた期間のものでしかなかったこともまた残念な事柄に属します。(前者は、今日に至るまで何一つ対応されたことなど見つかりません。)

「市民への浸透」、率先して行うべき主体は果たしてどこなのでしょうか。

この日の記事中、地域活動部門芸術監督・山田勇気さんの「すぐに効果を求めるのではなく、中長期的な視点が必要」との見解こそ重く受け止められなければならないものです。小学生への「アウトリーチ」という種蒔きは巡り巡って、将来の観客という実を生み出すのです。
また、地元・新潟りゅーとぴあでの公演において精力的に実施されてきたアフタートークなども、金森さんが長期的な視座で、地元に「見巧者(みごうしゃ)」(=目の肥えた観客)を育てていこうとする意志なしには行い得ないものであり、劇場が身近にある豊かさを実感できる贅沢なひとときになっています。

「市民への浸透」、ただただ何もなさず、無為の日々を過ごすのみで、真に責めを負うべきはどこなのでしょうか。

2月の市議会の一般質問において、シビックプライド醸成の観点から、「経済・観光との接続」「教育・福祉との接続」について問われた際に、文化スポーツ部長はいつになく前向きな答弁を行いましたが、今年度、そうした側面において新潟市がどう関わってくるのか注視したいと思います。そして、増してやそれがそのまま「丸投げ」されて、Noismの事業負担増加のみに繋がるなどということのないよう、目を光らせておくことも必要かと。

限られた税収のなか、諸々課題がある状況下で、将来を見据えた文化政策の成否にはそれなりの覚悟が伴うものと思います。批判逃れに、安易に「平等性・公平性」を持ち出す無責任体質を脱却して、金森さんが「劇場文化100年構想」で唱える意を汲んで、その将来の豊かさの実現に向けて邁進して欲しいと思うものです。

どれだけ紙幅があったとしても、収まり切らない私の「ぼやき」、とりあえず、今はここまでにしておきます。

新潟日報紙のこの連載、次回は4月10日掲載予定とのことです。

【追記】この記事も新潟日報デジタル版にアップされました。こちらからもどうぞ。→「ノイズムの『価値』新潟市民にどれだけ浸透?芸術的評価と比例せず…裾野広げるには『中長期的な視点必要』」(2026年4月12日14:30)

(shin)

2026年4月7日、ウェブ「dancedition」にアップされた「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方」は必読!

皆さま
新潟日報紙が新連載を掲載したちょうど同日(2026/04/07)、ウェブ「dancedition」上に、「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方」というインタビュー記事もアップされました。

こちらでは同記事へのリンクを貼って、ご紹介することのみにとどめ、皆さまからのコメントをお寄せ頂くプラットフォームとさせて頂きたいと存じます。

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(shin)