金森さん✕東京バレエ団『かぐや姫』に魅了された5/5マチネ♪(@東京文化会館)

2026年5月5日(火祝)の朝、爽やかな快晴のもと、新潟を出発し、上野の東京文化会館まで金森さん✕東京バレエ団『かぐや姫』(マチネ)を観に行きました。

賑々しく「上野の森バレエホリデイ」(5/4〜6)が開催されている同会館は、これを以て休館に入るというそのタイミングで、『かぐや姫』が上演される訳です。特別感には半端ないものがあります。

その『かぐや姫』、年末にはイタリア、来年5月にはパリ・オペラ座で上演されることが決まっていますし、特別感も極まれりというものでしょう。ポスターにある「かぐや姫、世界を魅了す」な訳です。

この演目、月に還るかぐや姫をなす術なく見送ることにならざるを得ない人々同様、私と連れ合いにとって、伊太利亜や巴里は月ほどにも遠いため、「パリ・オペラ座公演記念応援シート」(5,000円)というお得なチケットを買って観に来たような次第でした。開演(13時)の「90分前」(11:30)に座席券と引き換えてから、フォレスティーユ精養軒で軽く食事をしながら、開場時間(12:20)を待ちました。

やがてその時間となり、入場口を目指していたところ、先刻、座席券に引き換えたNBS受付の後方、私たちふたりに笑顔で手を振ってくれる人影ふたつが目に飛び込んで来ます。先ず、連れ合いが気付き、「えっ!」と驚きの声をあげます。私も自分の目が信じられません。金森さんと井関さんではないですか!驚かずにいられる筈などありません。これ以上望むべくもない、嬉しい驚きでした。

そこから、公演パンフレットと(おふたりに遭遇することもあろうかと)持参した金森さんのご著書「闘う舞踊団」(「もうあんまり在庫も残ってないのに」と金森さん。「夕書房さんのオンラインショップで買いました」と私。)とにサインを頂くことが出来て、もう舞い上がりました、舞い上がりました♪

そんなこんなで開演時間を迎えた『かぐや姫』、もう気分アゲアゲで観始めると、そこからはもう、この「メイド・イン・ジャパン」の全幕バレエを前に、まさに魅了されっ放しで、作品の贅沢さを堪能させて貰いました。

有り余るほどの情感もたっぷり振り撒きながら、軽やかにしなやかに重力を不在にしてしまう、この世のものとは思えない秋山瑛さんに呆気にとられ、廣川玉枝さんデザインの特権的な「赤」を見事に纏う沖香菜子さんに息を呑んだほか、金森さんの十八番「黒衣」の振る舞いの得も言われぬ味わい深さ、Noismの劇的舞踊『ラ・バヤデール ― 幻の国』と呼び交わす場面に漲る情緒や、全編にぴったりと嵌まり、この作品の劇伴音楽かと思ってしまう程のドビュッシーの音楽、美し過ぎる極上の群舞と照明、幾重にも重なり合った孤独、浮き彫りとなる業。そしてすべてを包み込む透徹した美意識に貫かれた舞台。それらを見詰めて、心を震わせつつ酔いしれ、ため息をついた時間。もう贅沢以外の何物でもありません。

魅了され尽くした客席。広がっていくスタンディングオベーション、あちこちから聞こえる「ブラボー!」、カーテンコールは何度も何度も繰り返されました。

お得なお値段のチケットだったため、見切れる部分もありましたが、それを差し引いてもこの作品を再見出来たことは喜びでしたし、その素晴らしさに、世界が魅了されること間違いなしとの確信を強くしました。イタリア、そしてパリ・オペラ座でこの傑作と出会う人たちの反応など容易に想像出来るというものですが、それが実際にどう報じられることになるのか、楽しみに待つことにします。今から実に誇らしい限りです。

明日(5/6)ご覧になる方もどうぞお楽しみください。

(shin)

『かぐや姫~第2幕』最終日、炸裂する金森ワールドに蹂躙される悦び♪(サポーター 公演感想)

2023年4月30日(日)、朝、新幹線で新潟を発って、「上野の森バレエホリデイ」での金森さん×東京バレエ団『かぐや姫~第2幕』を含むトリプルビル公演を観てきました。もう圧倒されまくってしまって、今なお続く大興奮かつ陶酔状態のうちにこれを書いています。

初日の舞台についてはかずぼさんが、2日目はfullmoonさんがレポートをあげてくださっていて、そのどちらからも、「どうやら只事ではなさそう」な気配が読み取れていたので、この日に向けて、期待は膨らむばかりでした。で、結論から言いますと、その期待は裏切られることがなかったばかりか、炸裂する金森ワールドに蹂躙される悦び、それにとっぷり浸る類稀なる35分間だったと言いましょう。

世阿弥『風姿花伝』の「序破急」に倣って言うなら、この「第2幕」は、拍子が変わる「破」そのもの。そしてその今回の「破」ですが、2021年の11月に初演された「第1幕」から時間をあけてクリエイションされてきたことが作品全体に極めて大きな質的変化をもたらすことになった点は金森さんも認めているところです。

舞台装置が、そして何より衣裳が、その趣を一変させていることに驚きました。「第1幕」では、金森さんの方が「現存する日本最古の物語」の時空に寄せて、目に見えるかたちで民話風の昔っぽさなど取り込みつつ、(ある意味、ある程度まで美しささえ犠牲にしつつ、)大人から子どもまで楽しめる日本ものの「グランド・バレエ」としての雰囲気を立ち上げようとしていたように思います。ところが、この「第2幕」では、逆に金森ワールドの方に、その「グランド・バレエ」や東京バレエ団を寄せてクリエイションを行っているのです。私たちが目にするのは、金森さんの審美眼に適った怖いくらいに美しく、怪しい世界…。

廣川玉枝さんによるこの「第2幕」の衣裳は、もうほとんどNoism『NINA-物質化する生け贄』(ver.2017)です。その『NINA』の既視感たっぷりな鈍く煌めく深みのある「赤」を纏って、この日「影姫」を踊った沖香菜子さんの驚愕の存在感には筆舌に尽くし難いものがありました!「第2幕」の主役は(沖さんが踊った)「影姫」と言ってよいように感じたほどです。勿論、秋山瑛さん(かぐや姫)、柄本弾さん(道児)、大塚卓さん(帝)をはじめ、皆さん素晴らしかったのですが、それでも、沖さんの凄みが凌駕していたということで…。

加えて、シンボリックな階段や高低差、はらはら舞い落ちてくる冒頭の赤い花弁。奥を微かに透かせて見せる紗幕の絶妙な効果、矩形の衝立が閉じては開く、そのめくるめく移動。それらはどれも抽象度や象徴度の高いものであり、その点で「第1幕」からの隔たりは大きいと言えるのですが、そうしたスタイルや説話の話法こそ元来、金森さんが自家薬籠中の物としてきたのであり、それが溢れているのがこの「第2幕」なのです。

その抽象性と象徴性のゆえに、もう「いつの日本」を舞台としたものなのか、否、そもそも「いつどこ」の物語なのかも判然としなくなっているくらいです。しかし総体として、客席から見詰める目に対して「圧」をかけて迫ってくるこの「第2幕」は間違いなく高い普遍性を獲得し得ていると感じます。金森さんはもう「竹取物語」をなぞることから脱して、本来その原ストーリーが有する「可能性」の中心に身を置き、自身の創造性(クリエイティヴィティ)を解き放つかたちでクリエイションを推し進めていく途を選択したということが明瞭に感じられる舞台でした。

それは誤解を恐れずに言うならば、2016年に庵野秀明が『シン・ゴジラ』において示した方向性とも重なるものと言えようかと思います。庵野が『シン・ゴジラ』からの「シン・」シリーズでやったこと(その後の2作の出来不出来は敢えてここでは問いません。)とは、つまり、原初にある周知の設定を土台に据えながら、そこに自らの創造性を絡めることで、新たな物語を立ち上げてみせること。その意味からは、『シン・かぐや姫』といった見方もできそうなくらいです。また、そこに現代社会に注がれる目線がある点も庵野との間の共通点として認められるものでしょう。時空を隔てて、よく知られた原ストーリーとせめぎ合うかたちで展開される「シン・」ストーリー。「影姫」の創作などはその最たる例かと思われます。

また、『中国の不思議な役人』、『カルメン』、『お菊の結婚』等々、過去のNoism作品と呼び交わす細部(動きや振り)にも満ちており、瞬間、記憶の中の諸作を想起させられる楽しみも随所で味わいました。

大方の予想と重なるだろうために、もう「予想」と呼ばれる資格を欠いてしまっているのでしょうが、このあと、「全3幕もの」として公演される際(今年10月・上野3公演、12月・新潟2公演)には、既に世に出ていて、私たちが目にしていたあの「第1幕」も大幅に改訂されていることでしょう。(少なくとも、衣裳は遡って変更される筈です。)

この「第2幕」、幾分、唐突に終わる感じもありますが、そこは見方によれば、切れ味鋭いナイフのようなカットアウトとも。そんな「第2幕」、続く「第3幕」への期待を掻き立てて止みませんが、これ単体でも「名作」と呼ばれる資格があるものと思いました。酔えます。

「凄いものを目にした」、そう感じた観客が多かったからでしょう。終演後、何度も何度も繰り返されるカーテンコール。その都度、「ブラボー!」の声がかかり、一人また一人とスタンディングオベーションに加わる人数が増えていき、遂には、客電も点いて、もう拍手もやめる潮時という雰囲気が場内を覆ってさえ、あろうことか拍手は一向に止む気配を見せず、緞帳がまた(仕方なしに躊躇でもするかのような風情で)上がると、客席からは嬉しいどよめきが、舞台上には苦笑を浮かべながらも満更ではなさそうな出演者の表情があり、その一瞬、場内はそれ以上望むべくもない極上の一体感に包まれたように感じました。

おっと、「上野の森バレエホリデイ」全体の雰囲気についても触れるべきだったのでしょうが、あのひとつの演目に圧倒されて木っ端微塵にされた感のある身としては、それをなすべき余力は既にありません。舞台を見詰める前に撮った画像をアップすることで、その代わりとさせて貰おうかと思います。

(shin)