新潟日報紙に「坂口安吾生誕120年」を祝う全面広告掲載さる。「共鳴する安吾とサティ」とNoism新作広告も♪

2026年4月24日(金)、新潟日報の朝刊、その25面に「坂口安吾生誕120年」を祝う全面広告が無事、掲載されました。その左肩部分に「共鳴する安吾とサティ」の文字があり、Noism0+Noism1坂口安吾生誕120年/エリック・サティ生誕160年「私は海をだきしめていたい」公演(同時上演・改訂版『春の祭典』)広告も♪

パチパチパチパチ!まずはその全面です。実におめでたい♪

そして次に、Noismの公演部分のクロースアップ♪井関さんと(恐らく)金森さん画像のかぐわしいコラージュからは、まさにサティの「ジムノペディ第1番」が聞こえてくるかのようです。(この「幻聴」、私がNHK「3マス」ピアノの放送以来、「60の手習い」でほぼ毎日、同曲の独習を続けているからではなく、明らかに、テレビでの同公演スポットCMの影響と考えます(笑)。嬉しさのあまり、のっけから脱線し、個人的な話をしてしまいました。失礼しました。)

更に、本ブログでも寄付のお願いをさせて頂いてましたので、今度は掲載されたご芳名部分です。臙脂バックに「新潟が生んだ文化を誇りに」、いいですね♪

ご協力、どうも有難うございました。本当に誇らしいですね、はい。

6月、7月の『私は海をだきしめていたい』+改訂版『春の祭典』という豪華な公演、新潟、埼玉ともチケット絶賛発売中です。よいお席はお早めに!

このところ、立て続けにメディアに登場している感のあるNoism Company Niigata。このブログでも、その話題をお届けする充実した日々になっています。

そしてこの日の全面広告を見て、一連の言葉たちがあたかも泡立つかのようにシンクロして浮かび上がってきます。「無頼派」、「マレビト」、「アウトサイダー」、「(音楽界の)異端児」、そして「東京の亜流になるな」。

金森さんとNoismの刻んで来た足跡に関して、今、思うところがあります。それを誤解を恐れず、ここで書いてみたいと思います。
2004年、何か未だ先の知れぬ運命が交錯し、謂わば「奇跡」的な出来事として、金森さんをりゅーとぴあ芸術監督に招聘することが選ばれ、この国で初めての公共劇場専属舞踊団がスタートしたとき、確かに私たちはそれを抱えることに決めた新潟市によって、Noismを与えて貰ったことは事実でしょう。しかし、その後、金森さんの傑出した芸術性とその惜しみない舞踊への献身によって産み落とされた舞台の素晴らしさを「発見」し続けてきたのは、他でもない私たち(新潟市民、及び観客)であって、私たちは今日に至るまでずっとNoismを「発見」し続けてきたのです。(そうした思いがあってこそ、金森さんに宛ててあの「希望書」を書いたりも出来たのだと今にして気付きます。)

然るに一方、ここまで自ら抱えた舞踊団への支援を続けてきた新潟市はといえば、市民に対して、ただ与えて奪える立場に留まり、およそ「発見」することを怠る日々を送ってきたのではないでしょうか。ですから、その価値に見合った正当な発信がなされることなど単に期待できなかったに過ぎません。前夕のBSN「ゆうなび」の特集内で金森さんが口にされた「そもそもりゅーとぴあで専属舞踊団を抱えていることが、この国のなかで、日本初だとか、日本唯一だとか言うけど、そのことの価値とか、判断を下す人たちはそう(充分には)捉えていない」は無理のないことだったのです。何も「発見」せずにきた訳ですから。

繰り返します。その出発点でNoismを与えて貰ったことは事実ですが、それを誇らしい「文化」にまで高めてきたのは、金森さんであり、私たち(新潟市民、及び観客)なのであり、決してそれを与えた新潟市ではなかったのです。専属舞踊団の設立というモーメント(契機)をもって、その後、東京の亜流ではない「文化」を創造してきたのは、金森さんであり、私たちだったのです。
ですから、新潟市が(そう言うと、語弊があるかもしれませんが、)勝手に拵えた「制度」のみを根拠に、私たちが築いてきた「文化」を勝手に奪おうとするなどは極めて専横的で、決して許されざる暴挙と言わざるを得ません。新潟市の将来の「文化」に資するよう、しなやかに、したたかに振る舞い、「制度」の修正や微調整を行うべきなのです。

新潟市には、この日の全面広告の中央を横に走る「新潟が生んだ文化を誇りに」の言葉を噛み締めて、今ここからの「最適解」を模索することを求めたいと思うものです。その「最適解」は容易に見つかるものと思われます。今度こそ、「発見」しそびれることなどなきよう。そして、今度こそ、私たちと一緒に「文化」を共創する意識を基に、真に行政が果たすべき役割を果たしてくれることを期待します。

全面広告が掲載された喜ばしい朝に。

(shin)

新潟日報「坂口安吾生誕120年」全面広告のお知らせと寄付のお願い ~新潟の文化醸成のために~

前年末にNoism芸術総監督・金森さんの「退任意向」が公になって以来、皆さん、ずっと心穏やかならぬ日々を過ごしているものと思います。その後も、状況好転の報せは届くこともなく、ただただ日にちだけが虚しく過ぎていくように感じされてなりません。

そのように、一時も心落ち着く暇もなく過ごすこととなっている本年ですが、新潟が生んだ「無頼派」の文豪・坂口安吾生誕120年にあたる年であり、金森さんが安吾の短編にインスピレーションを得て創作する新作『私は海をだきしめていたい』が近々上演されることについては、その「化学反応」に大きな期待感しかありません。

「東京の亜流になるな、自ら独自の創造をなせ」(『地方文化の確立について』)と書いた坂口安吾、そして、「新潟から世界へ」を標榜して、東京を介することなく、世界に繋がることを実践してきた金森さん。どちらも新潟市の誇りであり、私たちに大きなシビックプライドを感じさせてくれる存在です。

坂口安吾生誕120年という記念すべき年にあたり、安吾の会が働きかけるかたちで、新潟日報が全面広告を掲載する企画が只今準備中なのですが、安吾作品をベースにしたNoism公演が控えているのですから、サポーターズと「さわさわ会」もそれに一役買うことと相成った次第です。

同全面広告はまた、安吾の精神に照らし、新潟の文化醸成を目指す趣旨を有するものでもあります。懸案の「退任意向」を巡って、新潟市長と財団が盛んに「公平性と平等性」を持ち出す現状は、「新潟市総合計画2030」で目指される「文化芸術の発展・継承による心豊かな暮らしの充実」即ち「新潟の文化醸成」と相容れないと言わざるを得ません。「文化芸術の発展・継承」に鑑み、「新レジデンシャル制度」は再検討に付される必要があります。

つきましては、このブログでも、安吾と金森さんと新潟の文化とが濃密に重なり合う、この度の企画の実現に向けて、ご賛同頂ける皆さんからの寄付のご協力をお願いする次第です。

詳細につきましては、下のふたつのリンクもご参照ください。

 【参考資料①】新潟日報社・広告紙面概要説明書(PDFファイル)
 【参考資料②】安吾の会・協賛お願い文書(PDFファイル)

因みに、寄付(一口5,000円から。二口以上でお名前を掲載。掲載を希望されない方はその旨振込用紙にお書きください。)はサポーターズ宛てもお受けしております。

 ■振込先: 「Noismサポーターズ」 郵便振替 00520-5-43945 です。

寄付の募集期間は4月10日まで。広告は4月24日の掲載を予定しているそうです。

以上、ご検討のほど、どうぞよろしくお願いします。

(shin)