清新さと野心と(サポーター 公演感想)

毎年3月恒例の研修生カンパニーNoism2定期公演。今回(vol.16)はNoism1・中尾洸太さんに加え、同じく樋浦瞳さん(新潟市出身)が演出振付家デビューすることもあって、各種媒体でも公演が紹介され、初日の客席も盛況だった(BSN新潟放送の取材班もお見かけした)。客席や物販コーナーではNoism1メンバーの姿もあり、皆で若き舞踊家と演出振付家を盛り立てようという思いが、劇場に漂うよう。


開幕は樋浦瞳作品『とぎれとぎれに』から。私たちが「Noism的なるもの」として連想する、虚飾を剥いだ舞踊の連なりに、樋浦さんならではの細やかな感性が染み込んだ一作。舞台正面から斜め方向を意識した空間構成や、ある舞台美術が雄弁に示す舞台の一回性。白から黒、生から死へのあわいで悶える6人の若き舞踊家達と、照明が織りなすものに、私は奪われていくガザ始め世界を生きる人たちの命を思わずにはいられなかった。

続く中尾洸太作品『It walks by night』は、中尾さんの既にして才気溢れる作家性に圧倒される仕上がりとなっていた。Noismの基礎にある「クラシックバレエ」そのものを解体し、再構築していく舞台に息を幾度も呑んだ。あるクラシックの有名曲(最近ではアキ・カウリスマキ『枯れ葉』でも印象的に使用されていた)と9人のダンサーの調和、バレエでの女性表象を超えるNoismらしいエログロまで内包した演出には唸るばかり。

公演ラストを飾るのは金森穣芸術総監督による、最早古典的風格さえ漂う「火の鳥」。ストラヴィンスキーの楽曲と寸分違わず溶け込む振付、8人の舞踊家の「今」を活かし切る瑞々しさと、安易な感傷を排して観客のイマジネーションを膨らませる「仮面」と「黒衣」。幾度見ても新たな発見を得られる名品だ。

公演初日は、地域活動部門芸術監督・山田勇気さん、中尾洸太さん、樋浦瞳さんによるアフタートークが開かれた。「若いダンサーへのメッセージ」を問われ、「自分が今持っている身体に向き合えるのは自分だけ。未来と今、他者と出会うことを意識して踊り、あなたの身体でしか発見出来ないことを見付けてほしい」と語る樋浦さんと、「夢を見ないこと。夢は叶わないかもしれないし、逃げにもなる。身体や心から起こる野心と、現在地を見つめる為の目標を大切にしてほしい」という中尾さん。対照的でいて、各々の誠実さが滲む答えに胸が熱くなった。


若き舞踊家それぞれの献身と躍動に加え、新しい舞踊作家の誕生を目撃する機会。本日の公演の更なる盛況を祈る。

久志田渉(新潟・市民映画館鑑賞会副会長、安吾の会事務局長)

「Noism2 定期公演vol.16」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル&囲み取材に行ってきました♪

2025年2月28日(金)、りゅーとぴあに向かうのに、考えなしにセーターを着てダウンコートを羽織ろうしたところ、連れ合いからダメ出し一発。この日は新潟県も「4月中旬の気温」となるということで、少し薄めのものに変えて、「Noism2 定期公演vol.16」活動支援会員/メディア向け公開リハーサル&囲み取材に行ってきました。

予定時刻の12:30、〈スタジオB〉にて、中尾洸太さん演出振付の『It walks by night』のクリエイション風景から公開リハーサルは始まりました。ホワイエで待っている間から耳に入ってきていたチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のあの最も知られた旋律が流れる場面を中心に、クリエイションの様子を見せて貰いました。中央奥にとても象徴的な木製の扉。Noism2メンバー9人のうち、ひとりだけ黒い帽子にベージュのステンカラーコートを纏っています。

「タータァタタタータターター、パッ」旋律を歌い、「1234、56」カウントを数え、自ら汗をしたたらせながら踊って、振りとそのイメージを伝えていく中尾さん。この日、私たちの目の前でじっくり時間をかけていた回転の振り。「足、そして手首、身体の順」(中尾さん)に動きが伝わっていき、2本の腕が纏わり付くかたちで身体を捩らすような複雑な回転にはブラッシュアップが続きました。チャイコフスキーの旋律にのせて、中尾さんのロマンがどのように可視化されていくのか、楽しみでなりません。

13:00、次いで今度は樋浦瞳さん『とぎれとぎれに』からの一場面を見せて貰う番です。こちらの作品、まず最初に大きな白い紙が運び込まれて敷かれていったところから、既に何やら独特な世界観が漂ってきました。音楽も、先刻までの中尾さんがメロディアスだったのに対して、ざらつくノイズ然としていたり、機械的だったり、ビート音だったり、全く別の趣のもの(原摩利彦)です。で、それに合わせた振りはやはりソリッドなもので、ところどころ、『R.O.O.M.』や『NINA』を想起させる動きも見出せるように思いました。

「一回、紙から逃げてみて、でも戻っていく感じ」とか「倒れた直希(=与儀直希さん)に、自分の吐く呼吸を入れていくみたいな」「もっと持ち上げるような感じで」とかと丁寧にイメージを伝えていく樋浦さん。Noism2メンバーの9つの身体と一緒になって、私たちをどこへ連れて行き、どんな世界を見せてくれるのでしょうか。興味が掻き立てられました。

上演3作品の使用楽曲です。

13:30、ホワイエにて囲み取材が始まり、地域活動部門芸術監督・山田勇気さんと今回、演出振付作品を発表するNoism1・中尾洸太さん、樋浦瞳さんがそれぞれ質問に答えるかたちでたっぷり話してくださいました。以下に、かいつまんでご紹介します。

Q・今回の作品のテーマ、伝えたいもの。
 -A・中尾洸太さん(『It walks by night』): 一番のテーマは「選択」「チョイス」。同年代(20代前半)の振付家と舞踊家のクリエイションは珍しい機会。同年代の観客層に届けたい思いもある。人生のなかで、何かを選択することを恐れないこと。そのときには誰かがまわりにいて、ひとりじゃないということ。まわりの人がいるからこそ、様々な感情が生まれること。それらを再認識するなかで、この先の自分の選択を噛み締めていけるような、未来に繋がる作品になればいい。
 -A・樋浦瞳さん(『とぎれとぎれに』): 自分が、人が、生命体が生まれてくる前にはどのような光景が広がっているのだろうという疑問から創作を始めた。「舞踊」という芸術は舞踊家が踊るその時間のなかにしか持続はない。その時間とその身体でしか起こることが出来ないもの。生命にも舞踊にも終わりは来るが、途切れたあとも繋がっていくものがきっとある筈だという思いを主軸に創作した。一人ひとりがその身体を持っていることを喜べるきっかけになったら嬉しい。「紙」については、舞踊作品の一回性を作品のなかでより顕著に表したかった。その「紙」に舞踊家たちが集まってきての始まりは、生命の源、「泉」のようなイメージによるもの。今の舞踊界で、このような時間と場所と舞踊家を得て創作出来るのは奇跡的なこと。この環境だからこそ出来ることを追求していきたい。
 -A・山田勇気さん: 【①金森さんの『火の鳥』について】: 金森さんが初めてNoism2のために作った作品で、2011年に初演、これまで5回ほど再演している。 メッセージ性がシンプルで強く、踊る者にとっても「登竜門」のようでもあり、これを越えることで成長できる、或いは、成長しなければ成立しない「強い」作品。これは生き残る作品であり、後世に伝えていくべき作品。これを通過する色々な舞踊家を見て欲しい。ある種、伝統になればいい、という思いもあって選んだ。
【②中尾さん・樋浦さん作品について】: レパートリーを踊るとなると、自分の選択をために振り付けられたものではないため、「踊ってみた」みたいに踊ってしまうことも起こり得るもの。そうした点から、相互に影響を与え合い、主体的に考えないければならないクリエイティヴな場所を設けることでカンパニーとして成長することを期している。若い振付家にがっぷり四つで組んで格闘して貰って、そのなかで何か新しいものが生まれることを期待して、ふたりにお願いした。作品自体がゼロから始まる、「教える-教わる」関係を一旦離れた場所と考えた。

Q・一公演で同時にふたりが演出振付することについて。
 -A(山田さん):
 ふたりも刺激し合っているが、一番は、プロの振付家の現実問題として、時間の割合が大変なこと、そうした制約があるということがある。与えられたもの、限られたもののなかでベストを尽くすこと。メンバーは3つの作品を踊る、『アルルの女』のリハーサルも行っている、そうした同時進行状況のなかで、如何にフォーカスしてやっていくかは難しいことだが、やらなければならないこと。
現役メンバーに振付家としての依頼をすることには、Noismというカンパニーに属し、ひとつの「言語」のようなものを共有する者が、その中から如何にして「自由」を獲得していくかは大切なことと考える。自分たちが今ここで作っている身体性にどれだけの普遍性があるかは、そのなかで何かを作ることでしか分からないものがある。
また、次世代の振付家を輩出することはレジデンシャルカンパニーにとって大切なことでもある。

Q・【中尾さんに】タイトルは(ジョン・ディクスン・カーの)推理小説と同名。具体的なストーリーをイメージしているのか。
 -A(中尾さん):
 ストーリー・テリングはしない。(使う)曲毎に詩を書いていて、その自分が想像したこと(詩)と音楽、それを社会(観客)とどう繋げていくかを意識している。振付家と舞踊家と観客のトライアングルが綺麗に揃っていないと良い瞬間は生まれない。この時代に簡単に溶け出してしまわない作品を残したい、その時間を提供したい。
観客が観に来ることも選択なら、自分たちが本番中に振りを踊るのもひとつの選択であり、既存のものをただ舞台にのせているのではない。研修生カンパニーであることから、自分たちの葛藤と闘っていて、身近に重い選択を控えている。それは舞台に出て来る。自分たちのベストを尽くした作品で観客に真っ向から立ち向かう時間を作りたい。それら全てが「選択」。タイトルは語り過ぎず、抽象的な感じで、意味を込め過ぎない、ふわっとしたものである。

Q・選曲理由は。
 -A(中尾さん):
 チャイコフスキーがどう亡くなったか知っていたので、「選択」「チョイス」は常に頭にあった。「悲愴」はチャイコフスキー最後の交響曲であり、哲学的思想が詰め込まれている。自分が振付家として彼の音楽と闘うのと同時に、舞踊家と一緒に、彼の音楽を通して、社会になにか普遍的なものを提供出来るのではないかと思った。
 -A(樋浦さん): 自分がそれらを聴いているときに、彼女たちが世界を繰り広げている様子を想像出来たこと。音がなくなる瞬間があったり、メロディー自体が存在しなかったりするが、その空間のなかに舞踊家がいることで、音楽と身体とが相互補完的だったり、相乗効果が生まれたらよいと。それが音楽と舞踊家との関係性として目指していること。

Q・この3作品での公演に関して。
 -A(山田さん):
 ヴァラエティ豊かで、楽しんで貰える。3つの全然違う作品にNoism2の舞踊家がどう取り組んで、そこで生きるのか。若い身体、若い思い、若い精神からしか出て来ないエネルギーを是非感じて欲しい。3作品が合わさったときに、彼女たちの表情とか輪郭とかが見えてくるのかもしれないと期待している。(13:55囲み取材終了)

…というところをもちまして、公開リハーサル&囲み取材の報告とさせて頂きます。

色々な意味合いで、とても興味深い「Noism2 定期公演vol.16」は3月8日(土)と9日(日)の2 days。只今、チケットは好評発売中です。若き舞踊家9人が格闘する3作品、そこに漲るエネルギーを全身で受け止めてください。

更に、8日の終演後には、この日の囲み取材時と同じ、山田さん、中尾さん、樋浦さんが登壇してのアフタートークも予定されています。(9日のチケットをお持ちの方も参加出来ます。)作品が生まれる現場により一層コミットしてみる機会です。楽しくない筈がありません。ご検討ください。

【追記】現在、発行されている「Culture Niigata」最新号(2025.03-05、vol.122)に、今回、振付家として創作している樋浦瞳さんが取り上げられています(表紙およびインタビュー記事)。加えて、昨年11月「新潟県文化祭2024『こども文化芸術体験ステージ』」(@十日町市・段十ろう)に登場し、『火の鳥』と『砕波』を披露したNoism2についても掲載されています。同誌は無料。りゅーとぴあにも置かれていますので、是非、お手にとってご覧ください。

(photos by fullmoon & shin)

(shin)

牧阿佐美バレヱ団「ダンス・ヴァンドゥⅢ」に向けたインスタLIVEに金森さん&井関さん登場♪(2025/2/19)

強烈な寒波が実に1週間に渡って日本列島上空に居座ると報じられるさなかの2025年2月19日(水)、やはり寒いその夕方17:00から約1時間配信された牧阿佐美バレヱ団のインスタLIVEに金森さんと井関さんが登場し、同バレヱ団の清瀧千晴さん・ 織山万梨子さんと話されました。

今回のインスタLIVEは翌3月8日・9日の「ダンス・ヴァンドゥⅢ」(@文京シビックホール 大ホール)に向けたもので、その両日、金森さんが生誕100周年となる芥川也寸志『弦楽のための三楽章-トリプティーク』に振り付けた新作『Tryptique~1人の青年の成長、その記憶、そして夢』が上演されます。師である牧阿佐美さんもかつて振り付けた同曲に金森さんも挑みます。楽しみ以外の何物でもありませんね。

この日のインスタLIVEは、金森さんのその新作『Tryptique』にまつわるお話しをお聴きする機会として設定されたものでした。ほんの少しですが、かいつまんでご紹介を試みたいと思います。

*オファー: 2022年に三谷恭三さん(芸術監督)から、牧阿佐美先生の追悼公演のオファーがあった。
*振付: 戦後の日本人作曲家に振付してこなかったのだが、依頼があった頃によく聴いていたこと、そして、この芥川也寸志作品が阿佐美先生のデビュー作にして代表作であることを知り、「追悼」の意味合いから、師匠のデビュー作を弟子が半世紀後に作るのも悪くないんじゃないかということで決めた。また、バレヱ団が、情熱を継承しつつ、次に進むことを考えたとき、馴染みのないものではなくて、ダンサーたちの身体に入っている『Tryptique』を刷新して、新しい『Tryptique』をダンサーたちの身体に入れていくことに意味があるんじゃないかとも思った。阿佐美先生の振付は見ていない。影響受けそうだったので。

*オーディションとキャスティング: 清瀧千晴さんは「青年」役(主役)で、織山万梨子さんが「恋人3(運命の人)」役。清瀧さんはNHK「バレエの饗宴」で観ていて「青年」役に決めていたが、他のキャストはオーディションで決め、リハーサルで最終決断。直感でしかない。「賭けた」ということ。経歴・来歴には興味なく、「この舞踊家、面白いな、音楽性いいな」とか、それしか純粋にインスピレーションにはならない。他の役については主役・清瀧さんとの相性という要素はあった。
*「あらかじめ説明するのは得意じゃない。面白くない」(金森さん): 設定やストーリーの説明は通し稽古が終わってからだった。タイトルも後から知らせたほど。
*「夢」: 3楽章のラストはシンボリック。ラストのユニゾンが「夢」。みんなで一緒に踊る、舞踊団であること。阿佐美先生へのオマージュや思いも込めつつ、そこにバレヱ団があることの強さ・かけがえのなさは当たり前のことじゃない。「夢」のようなもの。
*エンディング: 全然違う3,4パターンがあって、まだ悩んでいる。「舞踊家がやっと掴んできたものも急に覆されたりするのが、振付家・金森穣の大変なところだが、面白いところ。より良いものにするために、よりよく伝えるために変えたりする」(井関さん)

*衣裳: レオタードやタイツには金森さんからのバレエへのリスペクトが込められている。幼少期から積み重ねて、辿り着いた肉体が全てで、出来るだけそのまま出したい。
*その色・青と緑: 「青」、青臭さ、青春の色味、メタファー。(井関さんの好きな色。)「緑」、安らぐピースフルな印象。(金森さんが好む色。)
青と緑は金森さんにとって、自分の純粋性のなかで大事な色なのだそう。今回の物語・構成は「青い」。恥ずかしげもなくピュアな、阿佐美先生に向き合っていた当時の(15ないしは17歳の)金森さんの心そのものを奇を衒うことなく出したかった。それが阿佐美先生への感謝の印。また、それがダンサーたちに振付をするときに大事なんじゃないかと。
*照明: 沢田祐二先生にお任せしようかとイメージを伝え、(ダンサーには見せていない)台本も渡してある。「綺麗に見えないことは絶対にしないが、もしキツ過ぎたら私に言ってください。フォローします」(井関さん)

*オーケストラの生演奏(指揮:湯川紘惠さん・管弦楽:東京オーケストラMIRAI): 生演奏オケは難しい。音楽家もプロ、要求に全部応えて貰うのも違う。互いに求めているクオリティを尊重しながらも、主張しながらやることになる。
「文京シビックホールはオーケストラピットが広くて、客席が遠い感じ」(織山さん)、「それをイメージしながらリハーサルしている」(清瀧さん)→「会場を知らないから、言ってくれたら、出てくるタイミングをちょっと早めるとか稽古場でもやっておけることがあるかもしれない」(金森さん) 

*金森さんからのメッセージ: 30年振り以上で、牧阿佐美バレヱ団に戻ってきて、後輩やこれからのバレヱ団のために振付家として注げる愛情は全て注いで作っている作品。この作品を通して、個々人の、そしてバレヱ団の力を存分に表現して欲しい。
*井関さんからのメッセージ: やる気・意欲に感銘を受けている。そのポジティヴなエネルギーは観客に伝わると思う。バレヱ団として全力でそこに向かって欲しい。      

*3月7日(金)の公開ゲネプロはチケット購入者でHPから申し込み先着50名が見学可能。『ホフマン物語』第2幕より幻想の場と『Tryptique』がご覧頂けます。残り僅かなので、申し込みはお急ぎくださいとのことでした。

☆「ダンス・ヴァンドゥⅢ」(3/7、8)同時上演作品:
*『ホフマン物語』第2幕より幻想の場: 振付:ピーター・ダレル、音楽:ジャック・オッフェンバック。牧阿佐美バレヱ団としては、2002年の全幕上演以来となる。

*『グラン・パ・ド・フィアンセ』: 振付:ジャック・カーター、音楽:P.I.チャイコフスキー。プティパ/イワノフ版『白鳥の湖』からカットされた場面を、6人の花嫁候補たちが美を競う「パ・ド・シス」として再構成した作品。

*『ガーシュインズ・ドリーム』: 振付:三谷恭三、音楽:ジョージ・ガーシュイン、斉藤恒芳編曲。1997年初演。前回の上演が2007年、織山さんの初舞台でもあるそう。 

「ダンス・ヴァンドゥⅢ」ですが、「バレエを知らない人にも、バレエマニアにもお楽しみ頂ける」(織山さん)ということにホッとしました。バレエはほぼ何も知らない私には、ずっと敷居が高い気持ちもなくはなかったのですが、このインスタLIVEを視聴したことで勇気(!)が持てたのでした。楽しんで観て来ようと思います。

ほぼこんなところをもちまして、この日のインスタLIVE報告とさせて頂きます。きちんとしたご報告など到底無理な話でしたけれど、金森さんと井関さんが話されたことを中心に少しだけでも伝わっていたなら幸いです。

より詳しくは、牧阿佐美バレヱ団のインスタグラムに残されたアーカイヴをご自身でご視聴願います。

(shin)

Noism出演のオルガンコンサート、聖夜を彩る♪

2020年12月24日(木)の新潟市。この時期にしては気温が高く、宙からは雨。そしてそれは降ったり止んだりを繰り返しましたが、夜更け過ぎになってさえ雪へと変わることはありませんでした。

その宵、19時からの「りゅーとぴあオルガン・クリスマスコンサート2020」(コンサートホール)を楽しんできました。

この日のコンサートは『聖夜の饗演!~くるみ割り人形の世界』と題され、ホフマンとチャイコフスキーによる『くるみ割り人形』を軸に、今年4月にりゅーとぴあ専属オルガニストに就任された石丸由佳さんのパイプオルガン演奏+ラジオドラマ脚本家・北阪昌人さんの構成・脚本+山崎真波さんによる朗読+Noism Company Niigataのダンスという一夜限りの贅沢なものでした。当夜のプログラムは次の通りです。

オルガニストの石丸さんは光沢のある上品な深紅のドレス、銀色のバレッタで髪を束ねています。一席ずつ空けて千鳥に座る客席には主に背中を見せているのですが、その背中も光を受けてキラキラ輝くなど、美しい後ろ姿に見とれました。登場後、一礼して椅子に進み出る姿は、譜めくりの女性とともにパイプオルガンの心臓部にその「器官(organ)」の一部として組み込まれるイメージとでも言えましょうか。または、奏でられるのを待つ音楽が彼女を召喚したといった趣を感じたりもしました。祝祭感も満載です。

で、そのパイプオルガン備え付けの椅子に座る動作が何か見覚えのある動きに映りました。「はて、何だろう?」そしてすぐ「スキー・ジャンプの選手がジャンプ台のスタート位置につくときだ」と思い当たりますが、パイプオルガン演奏を初めて生で観て聴く私には、そのときはまだ何故かは不明のままでしたが。

公演後、許可を頂いて撮影した当夜のコンサートホール

演奏が始まると、ライトアップされた無数のパイプから放たれるのは、鈴の音のような繊細な音から「ひとりオーケストラ」という呼ばれ方が似つかわしい重厚な音まで。音の多彩さがまず単純に驚きでした。そして、石丸さんの下方に据えられた大きなスクリーンが曲名のほか、聖夜のイメージなどを映し出します。やがて、演奏する石丸さんの上半身を左やや後方から捉えた映像に切り替わり、更にそこに、石丸さんの足が行うペダルワークの映像も混じり、交互に映して見せてくれます。

で、やや後方からの横顔を含む上半身が映ると、先ず目を奪われたのは4段もある鍵盤を操る様子でした。最初の驚きです。そして続いて、椅子の下の映像に切り替わったとき、黒のレギンスとベージュの靴が足許一体に広がる無数のペダルを行き来するさまに完全に度肝を抜かれ、目は釘付けになりました。その休みを知らない足の動きは、Noismの公演時にホワイエに飾られる舞踊家の足をモチーフにしたタペストリーのようでもありました。

と同時に、ここで遅まきながら漸く気付きます。件のスタート位置へと進む「スキー・ジャンプ選手」との類似の理由に。そうです。一面を覆うペダルの上に立つ訳にはいきませんから、先ず腰かけておいてから、両手を補助的に使って、自分が「ここ」と思う位置まで横移動する他ないのだということに。パイプオルガン初鑑賞なので長々書いてしまってますが、要は、手のみならず、尋常じゃない足の動きに圧倒されたことから来るものと思って下さい。(これを読まれている多くの方にとっては、当然のありふれた動きに過ぎないのでしょうが。)

音楽は徐々に「聖夜」一般から『くるみ割り人形』へとフォーカスしていきます。山崎さんの声で届けられる北阪さんアレンジの脚本にはユーモアも満載だったようでした。例えば、「ハツカネズミ」が攻めてくる場面での石丸さんによる劇伴が『スター・ウォーズ』「ダースベイダーのテーマ」だったり、ハツカネズミの女王が発する憎々しい台詞がドラマ『半沢直樹』の「大和田常務」(香川照之)による有名な「お・し・ま・いDEATH!」であり、朗読する山崎さんも(少し恥じらいながら)ジェスチャーを交えて再現したりしていました。気付かなかっただけで、他にももっとあったのかも知れません。そんなふうに様々なものがコラージュされて、肩の力の抜けた、実に楽しいパフォーマンスが届けられました。

プログラムを見ていましたから、特別出演のNoismは休憩後の後半冒頭とわかっていました。そこへ至るまでの『くるみ割り人形』の展開をゆったり受け止めていた筈が、ある曲目で大きく心を揺さ振られることになります。「J.S.バッハのカンタータ『われらは多くの困難を経て』BWV146よりシンフォニア」と表記された曲が奏で始められたときです。「えっ!これって『クロノスカイロス1』の曲(チェンバロ協奏曲)ではないか!」となったからです。虚を突かれたことは言うまでもありません。そうした様々な仕掛けの背後にほくそ笑む石丸さん、北阪さん、山崎さんを想像するのも楽しいことでした。聖夜のお楽しみはこうでなくちゃと思ったような次第です。

後半のNoismの出演部分についてです。先ず、スティーヴンさん振付の『フランスの踊り』から。黒い衣裳に身を包み、聖書とおぼしき書物を片手に現れる「胡散臭い」神父のカイさんを中心に、白い衣裳の二組は、ジョフォアさん&スティーヴンさん、井本さんと鳥羽さん。リフトも多用する男性ペアのなかのジョフォアさんの表情も「胡散臭さ」では負けていないものがありました。(笑)観ている者は一気にお楽しみの時間に放り込まれました。

次いで、金色の袖章入りの青い衣裳を纏った水兵然として、大袈裟かつコミカルに両手両足を動かして登場してくる林田さん、西澤さん、三好さん、中尾さん、杉野さん、樋浦さんたち。カイさん振付の『ロシアの踊り』です。みんな楽しそうな表情を浮かべながら、錯綜しながらもぶつかることもなく動いていきます。

そんな青い人たちの動きを止め、退場を迫ったのは、舞台上手側から聞こえてくる耳をつんざくようなホイッスルの音。赤い衣裳に着替えた鳥羽さんが吹いていました。そして、同じく赤い衣裳を着たチャーリーさんが手に5つの風船(赤4、黄1)をもって姿を現します。ジョフォアさん振付『中国の踊り』。黄色の風船を手にした鳥羽さんと赤の風船をひとつ持つチャーリーさんによる愛らしい踊りを観るパートでした。

ふたりが風船を撤収して下手側に捌けると、今度は上手側から四角のスクリーンパネルを押しながら、ここまでのどのダンサーよりも役柄コスプレを徹底させた「アラビア人」山田勇気さんが登場してきます。その姿はこの日の「胡散臭さ」MAXで、他の追随を許さないものがありました。(笑)そして、スクリーンが透かすシルエットと見せながら、投影される映像で黒く浮かび上がる姿形は井関さん。スクリーンからはみ出すときの生身の姿は、こちらもしっかり「アラビア人」。金森さん振付の『アラビアの踊り』です。『CARMEN』等でお馴染みの手法を用いて、映像と動きのシンクロ振りを楽しみながら、魔法のような幕切れに酔うに至る、良質のエンターテインメントは会場中を幸せな空気に包みました。

『箱入り娘』などとも異なる、どこをとっても、幸福な諧謔味に満ちたNoismというのも、なにやら新鮮でした。それもこれも聖夜が見せる夢のひとときだったのでしょう。そして夢であるだけに、もう観ることもないかもですが、また観たいですね、今度は『くるみ割り人形』全編として。

何分、この時期の定番のバレエ作品に関しても、観た回数は数えるほどですし、パイプオルガンのコンサートなどお初ときています。ですから、Noism繋がりで今回の鑑賞機会を得たことを嬉しく思っております。この宵、こうして時代を超える人類共通の「宝」に触れてみて、毎年同じ季節に繰り返し身体で受容して楽しむ豊かさが存在することを身をもって味わったような気がします。コロナ禍が収まる様子も見せない2020年の暮れですが、そうした厳しい状況をいっとき忘れて過ごすことができ、心豊かに帰路についたことを書き記しておきたいと思います。

ダラダラと纏まりのない文章を書いてしまいました。皆様方のご容赦をお願いしまして、おしまいとさせていただきます。m(_ _)m

(shin)