「私がダンスを始めた頃」#25 松永樹志

ダンスは姉の影響で、6歳の頃から始めました。
姉のダンスクラスのお迎えに母と行くたびにスタジオ内を走り回っていたのですが、足音が一切しなかったらしく、スタジオの先生から『この子は将来、忍者かダンサーになるしかない』と言われ、僕のダンス人生がスタートしました。


身体を動かすことが好きで、水泳、器械体操などいろいろと習い事をやっていましたが、気がつくと今の年齢までダンスを続けていました。


高校卒業までは、趣味程度でダンスを続けていましたが、大学進学とともに将来について考え始め、やりたいことがダンスしかなかったため、オーディションを色々と受け始めました。
ミュージカルやテレビCMのダンサー、当時通っていたスタジオの講師などの活動をしながら、Noismのオーディションに挑戦し、今に至ります。


自分の挑戦したいことはなんでも挑戦する、一度きりの自分の人生、後悔しないようこれからも走り続けます!

(まつながたつし・2000年神奈川県生まれ)

【怒髪天の超速報】えっ!何だって!最低だな、財団も新潟市も!(絶句)

2026年5月13日(水)の宵、金森さんの「X」からそれを知ることになりました。

そして井関さんも「X」で。

そして伝えられた内容がこれです。おまけに「Noism Company Niigata事業」も終了とは!

「芸術監督の公募について」

令和元年の「劇場専属舞踊団検証会議(第2回)」にあった、次の文言はどうなったのか?

 >やめるとしても喧嘩別れにならないようシナリオプランニングが必要。

テキトー過ぎるぞ、新潟市! 金森さんも井関さんもメンバー・スタッフも同じ新潟市民じゃないか! リスペクトはないのか! 誠実さなど微塵も感じられない極めて強権的なやり口! もう「文化創造都市」なんて名乗らせないぞ!

怒髪天を衝く怒りに震えています。こんな呆れかえるくらい恥ずべきやり口!最低だな、財団も新潟市も(怒)。…絶句…

皆さまのお声、お寄せいただけたらと思います。

(shin)

「地方文化の確立について」考える傑作 Noismメンバーをお招きしての『ジョン・クランコ バレエの革命児』試写会レポート(サポーター レポート)

シネ・ウインドにて5月16日(土)〜6月5日(金)上映の『ジョン・クランコ バレエの革命児』のNoism Company Niigata・Noismサポーターズの皆さんに向けた試写会を、5月12日(火)に開催した。ドイツの地方都市シュトゥットガルトの公立劇場専属バレエ団を、世界有数の存在に高めた伝説的振付家ジョン・クランコ(1927〜73)の生涯を描く本作。上映企画時から、Noismの皆さんと、日本唯一の「劇場専属舞踊団」を擁する新潟に暮らす人たちに広く観ていただきたいと願い、今回の試写会を企画した。
16時からの上映を前にNoismメンバーがシネ・ウインドに集まり、ウインド有志で作成した6月からの『私は海をだきしめていたい』巨大ポスターを前に記念撮影。金森さん・井関さん始めメンバーは折々にウインドで映画を観てくださるが、全員がこの場に集う光景には、感慨無量だった。


事前に作品を鑑賞していた私も、皆さんと上映に臨んだが、舞踊映画を超えた本作の力に打ちのめされ、幾度も落涙した。ドイツの地方都市に世界各地からの舞踊家が集い切磋琢磨しつつ、圧倒的な舞台芸術を創造する過程。日本と比して戦争犯罪に向き合っているとされるドイツにもあった歴史修正や差別への怒りを作品に込めるクランコの姿(南アフリカ出身かつユダヤ系である彼の背景もしっかりと描写される)。そして、現役の「シュツットガルト・バレエ団」メンバーが、マルシア・ハイデ始め当時のメンバーを演じ、息遣いや情感まで見せきる舞台シーンの迫真に、この時代に広く届いてほしい傑作映画との思いを再確認した。クランコの「形をなぞるな。舞台を生きろ」という檄や、音楽と心体表現への「祈り」に通じる情熱、マルシア・ハイデ役であるエリサ・バデネスが全身で体現する舞踊家の矜持など、バレエを観たことのない人にも届くであろう。

上映後、熱のこもった場内からは自然と拍手が起こった。世界に誇る舞踊団を擁する新潟に於いてNoismに起こっている苦難に思いを馳せつつも、それを超える舞台芸術の豊かさを皆さんと噛み締めるようだった(不勉強故、クランコが金森さんの恩師イリ・キリアンの恩師であることを、上映後に知った)。

『ジョン・クランコ バレエの革命児』シネ・ウインド上映は5月16日(土)〜6月5日(金)まで。坂口安吾がアジア太平洋戦争直後に書いた檄文「地方文化の確立について」を思わせる本作を、新潟に暮らす皆さまにこそご覧いただきたい。Noismがあるこの街の意味を考えるためにも。

久志田渉(「月刊ウインド編集部」)



「金森穣 芸術監督退任について 市民向け説明会」(5/9)、そこにいたのは紛れもなく余人をもって代え難い芸術監督その人…

朝早くから物凄い強風が吹き荒れた新潟市の5月9日(土)、昨年末の「退任意向」に始まる疾風怒濤のような日々について、金森さんが「市民向け説明会」を開き、「質問されれば何でも答えるつもり」と伝えられていた通り、長時間にわたり、私たちからの質問その一つひとつに、この上なく丁寧、かつ極めて明快に答えてくださいました。

私自身、憤りや腹立たしさ、虚しさなどが入り混じった気持ちで、りゅーとぴあ〈スタジオB〉に向かっていたとき、金森さんもそうしたモードで相対するものとばかり思っておりましたが、さにあらず、金森さんの表情はいたって穏やかだったことに先ず驚きを禁じられませんでした。(当然、強い憤りはありながらも。)

更に、金森さんの口からは何度も何度も、「まだ諦めていない」「未来は誰にもわからない」「新潟からこの国を変える」の言葉が発せられることになるのですが、この日、それをあの落ち着いた声音で聞く私たちの目の前にいたのは、紛れもなく余人をもって代え難い稀代の芸術監督その人だったと言い切りましょう。金森さんがNoism 22年間の歩みのその先に目にしていたもの、或いは金森さんを内面から突き動かすもの、それは新潟市とこの国の文化政策のビジョンに他ならなかったからです。「こんなに立派で尊敬出来る人っている?」自分の生き方を問われているようにも感じられたほどです。

第一部「一問一答」(13:00~16:00)、第二部「座談会」(17:00~20:25、途中に10分休憩一度)、その長丁場を詳細にわたってお伝えするのは私の手に余りますので、金森さんからのご回答を中心に、ごくごくかいつまんでご紹介したいと思います。
(あれがない、これも抜けている、そんなことになるでしょうが、何卒ご容赦願います。)
(また、第一部に関しましては、後日、編集したものが配信される予定とのことでしたので、そちら、お待ちください。)

*第一部「一問一答」(13:00~16:00)

〇昨年末に退任の申し出が受理された。Noismの今後については、未だ結論は出ていないが、金森さんとの「協議は終了」(財団)とのことで、このような場を設けた。
●新潟市に22年間、人生で一番長く住んできた場所。コンテンポラリーダンスの拠点になった。他から声がかかっていたり、他に行く場所がある訳ではなく、正直、来年の夏以降、どうしようという不安は強いが、新潟市から、(それが無理なら、新潟県から)この国の劇場文化を変えていきたいとの思いは変わらない。
〇「Noism」という名称は、2004年に芸術監督となることが決まり、新潟に向う新幹線に乗る前の東京駅で、「やばい、名称決めてない」となり、「No – ism」だからと勝手につけた名前。それが今はどういう扱いになっているのか、AIに訊いてみたら、「りゅーとぴあが登記している」とのことだったが、調べてみるとそんなことはなく、AIが嘘をついたとわかり、AIは怖いなぁ、と。
次の芸術監督がどう考えるか次第だが、名称は変えるのではないか。
●未だ道半ばで、やり遂げてはいない。変革を要求し、自らのクビを賭けて、未来のために訴えるべきと思った。諦めたのではない。ここから未来を変えていくために。
芸術監督は他の人で構わない。今の体制(例えば、フリーランスで退職金もない契約スタッフ4人でまわしている現状)ではもう限界なので、変革を要求。諦めてこのまま飲んでいたら、この国の文化は終わってしまう。「日本初」の事例を失ってはならないし、新潟市は発信していって欲しい。
〇「芸術監督として井関さんを担ぐNoism」という提案に対する返答は未だにない。「飼い殺し」的な状況にあり、早く結論を出して欲しいところ。
●今回の件があり、色々な人が心配してくれている。また、ひとつの自治体で起きたことに対して、他の自治体が関わるのはタブーなのかなと学習した。
〇「専属」が表すところに関するなら、欧米に見られるような劇場専属舞踊団であったことは、この22年間、1日たりともなかった。価値あるものとして、広く喧伝出来るように中身を整えていきませんかと訴え続けてきたが。自分事として意識をもって関わって欲しいと思う。


●「新レジデンシャル制度」が始まるとき、Noismがなくなってしまう選択はなかったから、芸術監督を一期受けた。その後、繰り返し色々訴えてきたが、決まって「でも、あなた、それ飲みましたよね」と言われてきた。
わかってらっしゃらない方の判断で決まっていってしまうのもこの国の行政。
〇厳しい状況のなか、やりくりして頑張ってきて、成果を上げ、評価を得ると、要求したことは放っておかれることになる。
行政は「変える」ことが本当に苦手。それが出来るのは政治家、理解のある政治家しかいない。
●これを機にりゅーとぴあをどうしていくのか考えるべき。課せられる事業数は膨らむ一方で、現場は限界。みんなが注ぐ労力が如何に救われていくか、自分の判断に懸かっている。このまま続けちゃダメだ。何度も訴えてきて、変えられないんだったら、「もう少し頑張って」とは言えない。我慢にも限界がある。少しでも希望を持ちたい。「りゅーとぴあの中からじゃないかも?」と思っちゃう。これだけの覚悟を持っているんだからという訴えをする。
〇「一期5年で辞める」とは言っていたが、市の対応は予期していなかった。「ここまでやってきたのに、こんなふうに言われるんだ」とショックを受けた。未だ諦めてないので、ここ(新潟市)でのNoismなのかどうかはわからないが、一緒に活動していきたいという者と献身していく。しかし、目の前の人たちのためだけに闘っているのではない。まだ見たことのない者のために、志を共有して、未来を信じで闘うしかない。
●将来的には、新潟市に舞台芸術の拠点となる「舞台芸術センター」を作りたい。
〇この3月に一般社団法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」を設立。2~3年前から考えていたのだが、メンバー、スタッフの社会保障の問題を考えたときに、業務委託のかたちがとれないかと。劇場のなかで雇用されるかたちにはならなくなるので、ためらいもあったが、あらゆることに対応できるように、提案の可能性のひとつとして。
●「これでは続けられないから辞めます」と伝えたとき、財団から「秒で」感謝されたのはショックだった。「レガシー」とは何か?今の建付けで何が残せるのか?Noism 22年間の芸術創造の蓄積がなされているようには思えない。
〇「自分自身が生きている間に成し遂げられる夢なんて語っていない」(金森さん)

*第二部「座談会」(17:00~20:25、途中に10分休憩一度)

〇後に続く「専属舞踊団」が現れなかったことについて。
風の噂に聞こえてきたものがあったが、芸術家側でも生活保障を求めて闘う者少なかったのかなぁと。この環境の価値を理解して貰いたくて、初めのころはゲストを呼んだりもしていたのだけれど。「行政のおじさんと話すのは嫌」と言われたこともある。
●他館、他都市との連携について。
日本の行政の成り立ちからして、「縦割り」で、他の行政との関係はよくない。
〇芸術監督任期に上限を設定することについて。
5年や10年ではなく、もっと長い期間が必要。上限で切るのではなく、成果によるべき。ビジョンも明確でないなか、上限のみが設定されていることのあり得なさ。上限の根拠がない。
色々なことに腹が立っている。ちゃんと表に立って説明してください、と。
●「新レジデンシャル制度」について。
日本の新しい劇場文化政策になり得る筈。Noism云々を超えた、劇場の在り方の問題である。ビジョンが第一。それを明確にして欲しい。「金森穣」への依存度が高過ぎるとして、制度を作ったのに、「金森穣」が辞めるとNoismがなくなるのでは、それは依存の極みではないのか。
〇一般社団法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」について。
支援・理解・協賛してくれる企業に対しての受け皿ともなる法人と想定。文化庁からの助成金も引っ張ってくることも視野に。また、メンバーやスタッフを数人でも雇用できる。少しでも雇用形態を改善出来ればと思う。但し、法人と財団との関係性はまだまだ不透明。
●現状について。
「辞める」って言ったら、心配してくれる人が出てきたり、応援してくれる人がいたり。今日もこれだけ長い時間いてくれる。ひとりじゃないし、思いは届いている。こういう人たちがいてくれる限り、信じられる。価値と信じるものをどうやったらもっと多くの人たちと共有出来るかが、芸術創造における永遠の課題。
〇昨年末の「退任意向」表明について。
以前から「年内には判断を下します」とは伝えていた。ここまでのスピード感から、絶対に何も決まらず、進んでいかないのは分かっていたから。
現状、当事者の訴えを聞き入れて方針を変えるのは出来ないだろうことは分かっている。
4つの要求について。
それを一度に全部飲んで欲しい訳でもない。どれかひとつからでも、という思いだったが、(その伝え方も含めて)全部ダメとの答えだった。
〇5年や10年毎の交代について。
そんな短期間に変えていたら、世代間を超えた会話成り立たない。文化の価値とはそういうものではない。10年であげられる成果は、自分(金森さん)が考える成果ではない。

で、そろそろ最終盤というときになり、翌日、19歳になるという青年が挙手して、両親が22年前からずっとNoismを見続けていて、自分も未就学児童のときから連れて来られて、託児ルームで過ごすことから始まり、その後、Noismを見始め、最初はわからなかったし、何ならゲームをしている方が楽しかったりもしたが、2015年『箱入り娘』や『BOLERO』から惹かれたと話すと、会場から拍手が起こりました。それに対して、金森さんが、「わからないものに触れることは本当に大事なこと。自分も最初は劇場で寝ていた。でも、寝ていてもその空気感や何かを享受している。頭でわかることと体験することには大きな隔たりがある」と話した後に、「22年間が報われましたよ」と付け加えると、会場からは一層大きな拍手が湧くという心温まる場面があったことをお伝えし、拙いレポートの締め括りとします。

「座談会」の最後に至り、「財団から判断が下された際には、『第二弾』を持ちたい」との金森さんの言葉でこの日の長丁場もお開きとなりました。良き判断を喜び合う会になることを強く願ってその日を待ちたいと思います。

(shin)

「日本」を飛び越える普遍性(『かぐや姫』5/5ソワレ)(サポーター 公演感想)

5月5日(火・祝)、東京バレエ団『かぐや姫』再演の為、東京へ駆けつけた。東京行きを決めたのは直近だったが、夜の部(18時半から)の「パリ・オペラ座公演記念応援シート」席を確保出来た。5月6日をもって長期休館に入る東京文化会館でNoism『Mirroring Memories―それは尊き光のごとく』(18年)を繰り返し観、合間に本郷台地の坂道を歩き倒したことを思い返しつつ、当時のNoism「活動継続」問題と今目の前にある金森穣さんの去就を巡る現実、また「国立劇場」問題にも通ずるこの国の文化軽視・利益至上の風潮を嘆かずにはいられなかった(公演前の東京文化会館前で反戦サイレントスタンディングを開催された方々をお見かけし、「何かプラカードを持ってくれば良かった」と思いつつ)。

夜の部公演前の17時50分からは、金森さんによるプレトークが開催された。『かぐや姫』に当て書きされたかのようなドビュッシーの楽曲に至るまでに多くの日本人作曲家の作品を聴いたこと、「最初はお見合いのようだったけれど、今は専属振付家になった気持ちでいます」と語る東京バレエ団(東バ)との創作、専用スタジオを複数要する東バの環境、舞台美術・衣装など要素を削ぎ落とし、手を加え続けてきた金森版『かぐや姫』の創作過程(この日の昼の部を観て、「あぁ、ここも変えたいけど夜の部には間に合わない」)についてなど。そして、今年末のイタリアでの『かぐや姫』一幕、来年のパリでの全幕公演については、「本当に楽しみ。いつかオーケストラ付き公演も実現したい。その為にも皆さん、今、応援してください」と強調しつつ、「5階席の方も見えますね。最前列の方も5階席の方もこの場で舞台を体験したことは心に刻まれるはず。それこそが舞台芸術の一回性」と語る金森さんの伸びやかな芸術観が印象深かった。

夜の部でかぐや姫を演じたのは足立真里亜さん。21年の第一幕初演時にその溌剌たる姿に心惹かれたが、やっと足立さんによる三幕通しての舞台を観ることが出来た。全身でこの世界を跳躍するような姫に振りかかる男性社会の歪み、奪われる愛(道児と重ね合う手の振りや、抱きしめることの意味の変容)、無常の連鎖の末の「声なき絶叫」、その先にある「無」の非情な救済。幾度となく落涙しつつ、確信に至ったのは、「日本最古の物語」に基づく「国産バレエ」を謳いつつ、金森さんが本作で到達したものは「日本」など軽々と飛び越えて、この世界何処にもある孤独な魂や、権力に尊厳を奪われた人々を包み込む、圧倒的な「普遍性」ではないかと思い至る。日本的情緒を削ぎ落とすように、磨き抜かれていった衣装・装置・振付の無機質でさえある美にこそ、この世に生を受けたあらゆる人々がその思いを仮託できる「余白」が生まれたと思えるのだ。「救いがないことこそ救い」という坂口安吾言うところの「人間の絶対的孤独」と金森さんとの共振を感じたのは、Noismによる安吾作品『私は海をだきしめていたい』舞踊化を控えていることからの牽強付会かもしれないが。

パリ公演に向けて金森さんがこの豊かな余白を、更に拡げていくであろう期待を覚えつつ、幾度も繰り返されたカーテンコールでは汗だくになりながら声援を送った。

(久志田渉 「月刊ウインド」編集部)
(photo by fullmoon)

金森さん✕東京バレエ団『かぐや姫』に魅了された5/5マチネ♪(@東京文化会館)

2026年5月5日(火祝)の朝、爽やかな快晴のもと、新潟を出発し、上野の東京文化会館まで金森さん✕東京バレエ団『かぐや姫』(マチネ)を観に行きました。

賑々しく「上野の森バレエホリデイ」(5/4〜6)が開催されている同会館は、これを以て休館に入るというそのタイミングで、『かぐや姫』が上演される訳です。特別感には半端ないものがあります。

その『かぐや姫』、年末にはイタリア、来年5月にはパリ・オペラ座で上演されることが決まっていますし、特別感も極まれりというものでしょう。ポスターにある「かぐや姫、世界を魅了す」な訳です。

この演目、月に還るかぐや姫をなす術なく見送ることにならざるを得ない人々同様、私と連れ合いにとって、伊太利亜や巴里は月ほどにも遠いため、「パリ・オペラ座公演記念応援シート」(5,000円)というお得なチケットを買って観に来たような次第でした。開演(13時)の「90分前」(11:30)に座席券と引き換えてから、フォレスティーユ精養軒で軽く食事をしながら、開場時間(12:20)を待ちました。

やがてその時間となり、入場口を目指していたところ、先刻、座席券に引き換えたNBS受付の後方、私たちふたりに笑顔で手を振ってくれる人影ふたつが目に飛び込んで来ます。先ず、連れ合いが気付き、「えっ!」と驚きの声をあげます。私も自分の目が信じられません。金森さんと井関さんではないですか!驚かずにいられる筈などありません。これ以上望むべくもない、嬉しい驚きでした。

そこから、公演パンフレットと(おふたりに遭遇することもあろうかと)持参した金森さんのご著書「闘う舞踊団」(「もうあんまり在庫も残ってないのに」と金森さん。「夕書房さんのオンラインショップで買いました」と私。)とにサインを頂くことが出来て、もう舞い上がりました、舞い上がりました♪

そんなこんなで開演時間を迎えた『かぐや姫』、もう気分アゲアゲで観始めると、そこからはもう、この「メイド・イン・ジャパン」の全幕バレエを前に、まさに魅了されっ放しで、作品の贅沢さを堪能させて貰いました。

有り余るほどの情感もたっぷり振り撒きながら、軽やかにしなやかに重力を不在にしてしまう、この世のものとは思えない秋山瑛さんに呆気にとられ、廣川玉枝さんデザインの特権的な「赤」を見事に纏う沖香菜子さんに息を呑んだほか、金森さんの十八番「黒衣」の振る舞いの得も言われぬ味わい深さ、Noismの劇的舞踊『ラ・バヤデール ― 幻の国』と呼び交わす場面に漲る情緒や、全編にぴったりと嵌まり、この作品の劇伴音楽かと思ってしまう程のドビュッシーの音楽、美し過ぎる極上の群舞と照明、幾重にも重なり合った孤独、浮き彫りとなる業。そしてすべてを包み込む透徹した美意識に貫かれた舞台。それらを見詰めて、心を震わせつつ酔いしれ、ため息をついた時間。もう贅沢以外の何物でもありません。

魅了され尽くした客席。広がっていくスタンディングオベーション、あちこちから聞こえる「ブラボー!」、カーテンコールは何度も何度も繰り返されました。

お得なお値段のチケットだったため、見切れる部分もありましたが、それを差し引いてもこの作品を再見出来たことは喜びでしたし、その素晴らしさに、世界が魅了されること間違いなしとの確信を強くしました。イタリア、そしてパリ・オペラ座でこの傑作と出会う人たちの反応など容易に想像出来るというものですが、それが実際にどう報じられることになるのか、楽しみに待つことにします。今から実に誇らしい限りです。

明日(5/6)ご覧になる方もどうぞお楽しみください。

(shin)

ウェブ「dancedition」連載「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(16)」も読み応えたっぷり♪

2026年4月30日(木)、ウェブ「dancedition」の連載企画は、先日の「金森穣&井関佐和子に聞く、退任発表の真意とNoismの行方」を挟んで、この日、「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(16)」をアップしました。

今回、井関さんによって語られたのは、『NINA-物質化する生け贄(ver.2017)』(初演:2008年2月7日(ver. black)・韓国・大邱、中国・杭州、香港、新潟、埼玉、中国・上海)と『The Dream of the Swan』(初演:2017年12月15日・新潟、埼玉、中国・上海)から。

『NINA』について、印象深いのは、作品が「再演のたび洗練されていくので、作品自体が多くのことを語り出す」の件(くだり)。そして「作品の方が先にいく」と続けられます。とすれば、「先入観がついてくる」のも必定。それを取り除くことが必要になるのですね。なるほど、なるほど。(←そのあたり、完全になど理解してはいないのでしょうが、それでも、ある程度の「なるほど」です。)実に深い中身が語られていますね。

更に、海外ツアー先、中国公演でのトラブルも。(また、そのあたり、「海外公演あるある」なのかもしれませんが、金森さんが「任期更新を固辞する理由」として公表したなかの4つ目「外部スタッフに依存しなければ継続できないレジデンシャル事業の問題」と関連する側面もあるのでしょうね。多面、折角の海外公演なのに、「外貨獲得」もままならないと金森さんがこぼしている側面もありますし。)

『NINA』のところで読み取れた「深さ」は、『The Dream of the Swan』について語るなかでも。金森さんのクリエイションに投影され、大きな影響を与える井関さんの様子や、「狂気」を踊ることの「危険性」とでも呼ぶべきもの、またここでも、何度も頷きながらの「なるほど」な訳です。
その『The Dream of the Swan』、YouTubeでトン・タッ・アンさんの音楽入り全編(13:45)を観ることが出来ます。こちらからどうぞ♪

次に初参加の〈上野の森バレエホリデイ2018〉での『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』(初演:2018年4月28日・東京文化会館小ホール)です。

師・ベジャールさんへの思いを込めた作品で、久し振りに踊る金森さんのこと。踊り手としての金森さんの本質と、それを見詰める井関さんの気持ちが語られていて、とても興味深く、読み応えのある箇所と言えます。

そこから、話は、これまで金森さんが舞台で「やらかした」あれやこれやへと縦横無尽に逸れていき、この連載中、他にないくらいにほっこり楽しい内容を読むことが出来ます。
(言及されている『あわ雪』に関しては、こちらのブログ記事もご覧頂けたらと思います。ご参考まで。)
で、微笑ましいそれらも全て、踊り手としての金森さんの本質に収斂するかたちで、連載の第16回は閉じられていきます。ここまでの数回に認められた尾を引く重苦しさとは無縁のうちに。

この「Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(16)」もまさしく読み応えたっぷりです。いつもながら「必読!」と繰り返すのみです。

【追記】今回も、このあと、コメント欄を利用して、当時、サポーターズ会報宛てに、舞踊評論家の山野博大さんからご寄稿頂いたご批評(『NINA』と『The Dream of the Swan』、そして『Mirroring Memoriesーそれは尊き光のごとく』)2本ほか(PDFファイル)へのリンクを貼らせて頂くつもりです。是非、そちらもお読みください。

(shin)