「黒部シアター春2026」、圧倒的な舞台に酔いしれた小一時間(2026/05/30)

5月というのに、季節外れの「夏」を思わせるような陽光降り注ぐ2026年5月30日(土)、その宵の「黒部シアター2026」前沢ガーデン屋外ステージで上演される『Zodiac 1~5』+改訂版『春の祭典』を観るために、朝、高速に乗って新潟市から富山県を目指しました。それは本当にカーエアコンが有難いドライヴでした。

この前沢ガーデン屋外ステージでのNoism Company Niigataは、これまで『セレネ、あるいはマレビトの歌』(2023)、『セレネ、あるいは黄昏の歌』(2024)、そして『めまい-死者の中から』(2025)と観続けてきていましたから、ここが他と違う特別な舞台であることは予め充分に知っており、そのワクワク感には半端ないものがありました。

また、今回は、悪天候や日没後の低気温に嬲られる心配もなさそうと思える予報が出ていたことで、初めて軽装備での現地入りが出来ました。

先ずはチケット片手に前沢ガーデンの総合受付に行き、16:30からの「整理番号」配布に臨みました。この日の配布は予定を少し早めて、16:20頃から始まったでしょうか。手にした「整理番号」は8番・9番。車を宮野運動公園駐車場に置いてから17:15発の(無料)シャトルバスで再び前沢ガーデンに向かいました。

そしてガーデンハウス内でサポーターズ仲間と合流して話をして過ごしていると、金森さんが通りかかったので、みんなで手を振ると、笑顔で手を振り返してくださいました。その後、金森さんは、今回の公演で登場する椅子をデザインした須永檀さんと話しておられました。(下の画像の1枚に写り込む金森さんと須永さん、わかりますか。)

整列時間(18:40)が近付き、見事な芝の斜面へ。空には移ろい表情を変える雲、そしてこれから向かう屋外ステージの方向にはうっすら茜色。このランドスケープに趣を添えてくれていて、この日の特別感は弥(いや)増す一方です。

是非とも座りたかった最前列に腰をかけて、開演を待ちます。円形舞台上に12客の椅子、12人の出演者、「Zodiac(黄道十二宮)」、…。これに先立つ公開リハーサルを見ていない者に降り注ぐ様々な「12」たち。そのときです。「あっ!」「えっ?」、その目に飛び込んできた「13?」。それは円形の舞台奥、等間隔に立てられた細い金属のトーチとそこに揺れる炎でした。確かに13本です、何度数えても、それだけ13。「えっ?」そんな疑問を抱えつつ…。

客席の誰もが、屋外にて、「自然」の掌(たなごころ)の中にあり、「人為」を離れた感覚にあったのでしょう。18:59が19:00になっていたことに気付くことのないまま、未だざわつきやガサゴソが残るなか、「自然」の連続性に、不連続な時間という「人為」が重ね書きされ、定刻19:00、井関さんが下手(しもて)側からゆっくりゆっくり舞台上に歩を進めてきます。開演のベルはありません。やや遅れてその姿に気付いた客席は静まり返っていきます。しかし、そこは「自然」の屋外、夕暮れに烏でしょうか、微かに鳴く声などは時を選びませんし、舞台を照らす足許すぐ脇の照明に集まってきては自ら身を焦がしてしまう虫たちのにおいもあります。そんななか、やはり刻々暗さを増していく「自然」の「照明」には有無を言わせないものがあります。やはり特別な舞台なのです。

この日、私にとって、初めてにして、最後(?)の『Zodiac 1~5』。5月30日ですから「双子座」にあたるこの日に観た「山羊座」「水瓶座」「魚座」「牡羊座」、そして「牡牛座」。(天文についても、ギリシャ神話についても、)浅学ですので、ただ見詰めるのみでしたが、様々な要素が盛り込まれた導入部は、私にとって「この日限り」でしたので、見逃してはならぬとやや落ち着きなく観ていたように思います。金森さんの懐の深さに圧倒されながら、もっと深い見方が出来るように、もっと色々知りたいという気持ちになりました。そしてそれは金森さんが生み出す作品の大きな魅力のひとつであることは間違いないことです。極めて良質な刺激に満ちている訳です。

そして舞台はそのまま、改訂版の『春の祭典』に移行していきます。公開リハーサルをご覧になったfullmoonさんが書いておられたように、今回の『春の祭典』は、テーマは変わらずとも、これまでのものとかなり異なっており、更に表現が磨かれ、彫琢が施された感が強くするものに仕上がっています。しかしながら、私たちには、どこからどこまでが「黒部シアター仕様」なのかはわかりませんし、6月~7月の公演時には、また違ったものが観られることでしょう。実に贅沢なことと言えます。

しかし、何を措いても、この日、私が感じたことは、「自然」と「人為」に尽きます。「黒部シアター」で上演される金森さんの作品にあっては、「獣性」が迸る瞬間が強く印象に残り、裏返せば、その点で、「聖性」も立ち上がってくる構造があると言えるかと思いますが、この日、前沢ガーデンの屋外円形ステージという、まさに「自然」と「人為」がせめぎ合う、或いは拮抗する舞台において、私には「獣性」と「聖性」とが1ミリも相反せず、同居するのが「自然」、それを二分せずにはいられないのが「人為」という感覚に強烈に襲われたのでした。

金森さんの演出振付のもと、12人の舞踊家が示した舞踊への発火せんばかりの献身。その周囲に圧倒的な趣で目に飛び込んでくるランドスケープ。目撃したのは「人為」と「自然」が高い次元で両立し得た小一時間。どちらも本物ゆえ、見詰める私たちの身体も熱を帯びてくるばかりです。更にストラヴィンスキーの楽曲にも煽られている訳ですし、熱くならない訳がありません。そう、この体感、これも本物としか言えません。

この『春の祭典』、「黒部シアター仕様」のラストシーンについては、恐らく誰もが想像する通りのものであるでしょうが、その味わい深さには想像を絶するものがあります。これこそ観る他にないもの、観る価値があるものと断言致します。見詰める誰にとっても、至福以外の何物でもない「とき」が訪れることでしょう。

「自然」の照明は既になく、「人為」の照明が残るなか、大いに満たされた気持ちで振り返り振り返りつつ、バスに乗ろうと歩を進めていたとき、煌めく綺麗な星は見ましたが、「セレネ」の舞台であったというのに、その場で月を確認しなかったのは不覚でした。
この日はほぼ満月の「小望月(こもちづき)」という月らしく、後刻、新潟へ帰る高速道路のサービスエリアで遅まきながら見上げました。で、正真正銘の「満月」は5月31日とのこと。更に、更に、それ、調べてみると、「ブルームーン」といって、2~3年に一度しかない、一ヶ月のなかで2度目に見られる「満月」とのこと!で、その「ブルー」というのは、色のことではなく、英語の慣用句「Once in a blue moon(極めて稀なこと、ごく稀に)」に由来するもので、「滅多に見られない特別な満月」らしいです。「金森さん、やはり凄い!」としか。

あっ、ここに至って、蛇足をひとつだけ。上に書いたまま放置していた等間隔に立てられた炎揺らめく「13本」のトーチですが、なるほど、見方を変えると、「13」はそのままで「12」でもあったのだと気付くことになり、「さすが、金森さん!」と膝を打ったような次第です。
何を言っているのかって?はい、上演後、促されて舞台に立った金森さんの「(5/31は)まだ当日券はあるそうです。わかりにくいと言われる金森作品ですが、2回観るとわかるらしいです」との挨拶に繋げて、この日のレポートの締め括りとさせて貰います。
今宵、「ブルームーン」の満月のもと、前沢ガーデン屋外ステージにて、こちらも極めて稀なものと言えるNoism Company Niigataの舞台を是非ご堪能ください♪

(shin)

まさに我が意を得たり♪新潟日報紙5/27朝刊「日報抄」!

今週末、恒例となった富山の「黒部シアター」に招かれての『春の祭典』上演を控えるNoism Company Niigata。その「ホーム」新潟で、地元紙・新潟日報紙が2026年5月27日の朝刊「日報抄」にて、金森さんとNoismが新潟市で刻んで来た20年以上の時間について取り上げてくれました。新潟日報さん、有難うございます♪

朝早く、友人がLINEで知らせてくれて、先ずは急ぎデジタル版で確認、その後、紙面で再確認したような次第です。そして思った「我が意を得たり」、まさに♪

デジタル版はこちらからもどうぞ

冒頭、先日の東京バレエ団『かぐや姫』から始まり、来年のフランスはパリ・オペラ座での公演予定について触れられ、金森さんが「振付家として稀有な存在」であるとするバレエ関係者の言葉が引かれています。なんと誇らしいことでしょう♪とりわけ新潟市民にとって。まさにシビックプライドな訳です。

しかし、次の段落に入ると、そこから一転し、「新レジデンシャル制度」のもと、「後任次第で、ノイズムは新潟市での活動を終える可能性が高い」ことが紹介されます。

この度の「日報抄」、これまで、連載も挟んで、昨年末の金森さんの「退任意向」を報じて以来、精力的に記事を載せてきた新潟日報紙が、改めて新潟市民に向けて発した問いかけ、或いは問題提起の様相を帯びて締め括られていきます。ノイズムを「市が20年以上かけて育てた文化的財産」とし、「その実像を足元の市民が広く理解しないまま、手放すことになってもいいのだろうか」と。

恐らく、今週末には富山の観客を魅了し尽くすことに間違いはありませんし、来年には、国境を越えて、フランスの観客も度肝を抜かれることになるでしょう。しかるに、「足元の市民」は?その「理解」は?

嘆かわしいことに、日本初にして日本唯一の公共劇場専属舞踊団の「実像」を理解するための機会も既に限られている状況にあります。黒部まで赴ける方は今週末、万難を排して是非!それが叶わない方は来月末の『私は海をだきしめていたい』+改訂版『春の祭典』公演(新潟・埼玉)に駆け付けて、改めてNoismの舞踊を目撃してください。そして、自分の目で他に類のない「実像」を確かめて欲しいものです。

私はNoismを抱きしめていたい、です。

(shin)

個と社会の相克を描く、圧倒的な完成度(『春の祭典』5/23公開リハーサル)(サポーター レポート)

来週末5月30日、31日の富山県黒部市「黒部シアター2026春」に向けたNoism活動支援会員向けの『春の祭典』公開リハーサル。昨日に加えて、急きょ本日のスタジオBでのリハが追加開催され、約20名の会員が集まった。


いつに増して緊張が空間に漲るスタジオB。12時定刻、芸術総監督・金森穣さんのいつもの「はい、始めましょうか」の合図で、井関佐和子さんが能を思わせる摺り足で歩み始めてから、約50分間、息つく間もないほどの勢いで展開される音と心体の共振。昨日のリハーサルレポートでfullmoonさんが詳述された黒部公演のみの新作『ゾディアック』は、冒頭の摺り足始め、人形振り、支配と被支配などNoismが22年間表現してきたエッセンスが凝縮しており、様々に舞台の記憶が脳裏を駆け巡る。そして、この鮮やかな序曲を経ての改訂版『春の祭典』はその到達した高みに涙を禁じ得ないほどの仕上がりだった。詳細は黒部、そして6月末からの公演で確かめていただきたいが、新型コロナ禍の苦しみの中で創作され、個と社会の相克とそれをも凌駕する人智を超えたものに打ちのめされた初演・再演を超えて、金森さんは12名の舞踊家の心体による渾身、12脚の椅子、そしてストラヴィンスキーの楽曲の力を駆使して、人は本当に「自由」を希求し得るのか、異端を排するものとは誰なのかを冷徹なまでに突きつけてくる。終盤の改編には、息を呑み、鮮やかな終幕には打ちのめされた。

リハーサル後、金森さんは「これだけの仕上がりになっています。舞踊家たちは身を削って、ここまでに達しています。これもこの恵まれた環境あってのこと。そして、それも後一年」「バイトの合間に集まって練習していては、ここまでのレベルには届かない。比べてお見せしたいくらいだけど」と、Noismが置かれた苦境を踏まえつつ語った。
公演後、あまりの興奮にりゅーとぴあ屋上庭園で一服していると、「お疲れさまです!」と井関佐和子さんが声を掛けてくださった。二日続けての公開リハーサルだった為お疲れとのことだったが、改訂版に至るまでの初演・再演時の記憶含めて、お話することが出来た。コロナ禍中の初演時の公開リハーサルで、金森さんが見せた涙を思い返しつつ、この舞踊団が新潟で続けてきた「献身」は決して失われないし、その為に何が出来るかを、改めて思わされた。まずは来週末の黒部公演に心して臨みたい。

久志田渉(「月刊ウインド編集部」)

黒部シアター2026春『春の祭典』活動支援会員向け公開リハーサルに行ってきました!

5月22日(金)肌寒く雨が降る中、りゅーとぴあ〈劇場〉で、活動支援会員オンリーの公開リハーサルが行われました! メディアは無しで、写真撮影も不可。
劇場のステージは、前沢ガーデンの野外ステージを模した特別舞台仕様になっていて、私たちは舞台上に用意された椅子に座って、超間近で見せてもらいました♪

まずは、黒部公演のみの特別オープニング、現代音楽作曲家シュトックハウゼンの楽曲「ティアクライス」(黄道十二宮)より、新作『ゾディアック』(約15分)。そして切れ目なく『春の祭典』(約35分)へと続きます。

横道にそれますが、この「ティアクライス」と『ゾディアック』は、ゲームのタイトルにもなっています。更に『ゾディアック』は実際の事件を基にしたサスペンス映画のタイトルでもあります。
(2006年アメリカ映画。デヴィッド・フィンチャー監督による本格サスペンス。実際にアメリカで起きた連続殺人、ゾディアック事件を原題としている)
さすが金森さん、いつもながら奥が深いです。

『ゾディアック』は黒部でしか上演しません。皆様お見逃しなく!
最初に井関さんが登場し、次いで山田勇気さん、そして徐々に人数が増えていき、準メンバーを含む12名が、金森さんのインスピレーションによる星座の物語を顕現します。

摩訶不思議な『ゾディアック』に続いて、『春の祭典』!
物凄いド迫力に圧倒されました!!
観ている方も緊張して全身に力が入りました。
いやぁ、凄いですよ~

金森穣『春の祭典』は2バージョンありますが、そのどちらとも違う新バージョン!
黒部は野外なので、これがそっくりそのまま新潟公演で上演されるかは謎です。

そして『ゾディアック』と『春の祭典』の終わり方が絶妙すぎます!
当然ながら見なくてはわかりません。

特別感満載の黒部シアター2026春『春の祭典』公演!
無理をしてでも見に行きましょう!!

チケット情報 | 黒部シアター

(fullmoon)

「私がダンスを始めた頃」#26 春木有紗

3歳の私はバレエスタジオの外で母の足にしがみついて大泣きしていました。
なんとも苦い思い出ですがこれが踊りに触れた最初の記憶です(笑)。
残念ながら楽しい記憶ではないのですが、お稽古の日は毎回のように泣いていたと母が話していました。


そんな状態で長続きするはずもなく1年程でバレエはやめてしまいましたが、小学校5年生の時、友人がバレエを習っているのを見て自分も踊りたい!と思い、母にもう一度バレエを習わせてほしいと頼みこみました。
母は一度やめているバレエをまた始めてもすぐにやめてしまうのでは、と簡単には始めさせてくれませんでした。私は何度も何度も踊りたい事を伝えてやっとの思いで許しをもらい、習い始めました。

ここが本当の”私がダンスを始めた頃”になると思います。
3歳の頃にバレエをかじったとはいえほとんど記憶もない頃だったので、がちがちの初心者です。クラスの中では何が何だかわからず、とりあえずやってみる精神で真似していたのを覚えています。記憶力や頭を使う力がついてきていたので私にとっては良いタイミングだったのかもしれません。
時を見計らって踊りを辞めさせてくれた母にも始めさせてくれた母にも感謝しています。


その後高校2年生の夏からイギリスのCentral School of Balletに留学し、たくさんの知識、様々な文化にふれることができたのは全て今に繋がっています。


人との巡り合わせと運に恵まれてきた人生です。感謝を大切に、そして自分自身に素直に踊りを続けていきたいです。

(はるきありさ・2001年東京都生まれ)

金森さんが「X」とインスタで嬉しい【ご報告】♪

2026年5月19日(火)の夕刻になって、金森さんからSNSで発信された【ご報告】、Noismの今後について案じていた私たちにとって、とても嬉しいものでした。

先ずは、こちら、金森さんの「X」へのポストです。

そして全く同じ内容のものですが、インスタグラムへの投稿もどうぞ。

https://www.instagram.com/p/DYg3d-IuCZk/?igsh=OTdpajZlZTd0NDEw

「X」とインスタグラムとで、都合2回確かめたことになる訳ですから、身中に沸いたこの喜びに間違いない筈(笑)。金森さんが明言されたNoismの活動継続。リアル「喜びの舞」ものです♪

金森さんと井関さんが立ち上げた法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」、その「新しい船」による希望の船出となる訳ですよね。

その来年8月以降のNoismの活動についても、「NEMUSPORTA」についてもまだまだ詳細は伝わってきていませんけれど、絶えず舞踊への献身のみを志し、止まることを知らず、信じる道を往く金森さんは、私たちをまだ見ぬ景色に連れて行ってくれることに間違いありません。それはそのまま私たちの希望以外の何物でもありません。私たちとしましては、これからもずっと「静かに熱く見守り応援する」の一択ですね♪

この【ご報告】に接してのち、昨年末からずっと続いていた憤りに満ちた重苦しい時間とは異質の時間に浸れています。何はともあれ、今夜は「静かに熱く」祝杯ですかね。

(shin)

「私がダンスを始めた頃」#25 松永樹志

ダンスは姉の影響で、6歳の頃から始めました。
姉のダンスクラスのお迎えに母と行くたびにスタジオ内を走り回っていたのですが、足音が一切しなかったらしく、スタジオの先生から『この子は将来、忍者かダンサーになるしかない』と言われ、僕のダンス人生がスタートしました。


身体を動かすことが好きで、水泳、器械体操などいろいろと習い事をやっていましたが、気がつくと今の年齢までダンスを続けていました。


高校卒業までは、趣味程度でダンスを続けていましたが、大学進学とともに将来について考え始め、やりたいことがダンスしかなかったため、オーディションを色々と受け始めました。
ミュージカルやテレビCMのダンサー、当時通っていたスタジオの講師などの活動をしながら、Noismのオーディションに挑戦し、今に至ります。


自分の挑戦したいことはなんでも挑戦する、一度きりの自分の人生、後悔しないようこれからも走り続けます!

(まつながたつし・2000年神奈川県生まれ)

【怒髪天の超速報】えっ!何だって!最低だな、財団も新潟市も!(絶句)

2026年5月13日(水)の宵、金森さんの「X」からそれを知ることになりました。

そして井関さんも「X」で。

そして伝えられた内容がこれです。おまけに「Noism Company Niigata事業」も終了とは!

「芸術監督の公募について」

令和元年の「劇場専属舞踊団検証会議(第2回)」にあった、次の文言はどうなったのか?

 >やめるとしても喧嘩別れにならないようシナリオプランニングが必要。

テキトー過ぎるぞ、新潟市! 金森さんも井関さんもメンバー・スタッフも同じ新潟市民じゃないか! リスペクトはないのか! 誠実さなど微塵も感じられない極めて強権的なやり口! もう「文化創造都市」なんて名乗らせないぞ!

怒髪天を衝く怒りに震えています。こんな呆れかえるくらい恥ずべきやり口!最低だな、財団も新潟市も(怒)。…絶句…

皆さまのお声、お寄せいただけたらと思います。

(shin)

「地方文化の確立について」考える傑作 Noismメンバーをお招きしての『ジョン・クランコ バレエの革命児』試写会レポート(サポーター レポート)

シネ・ウインドにて5月16日(土)〜6月5日(金)上映の『ジョン・クランコ バレエの革命児』のNoism Company Niigata・Noismサポーターズの皆さんに向けた試写会を、5月12日(火)に開催した。ドイツの地方都市シュトゥットガルトの公立劇場専属バレエ団を、世界有数の存在に高めた伝説的振付家ジョン・クランコ(1927〜73)の生涯を描く本作。上映企画時から、Noismの皆さんと、日本唯一の「劇場専属舞踊団」を擁する新潟に暮らす人たちに広く観ていただきたいと願い、今回の試写会を企画した。
16時からの上映を前にNoismメンバーがシネ・ウインドに集まり、ウインド有志で作成した6月からの『私は海をだきしめていたい』巨大ポスターを前に記念撮影。金森さん・井関さん始めメンバーは折々にウインドで映画を観てくださるが、全員がこの場に集う光景には、感慨無量だった。


事前に作品を鑑賞していた私も、皆さんと上映に臨んだが、舞踊映画を超えた本作の力に打ちのめされ、幾度も落涙した。ドイツの地方都市に世界各地からの舞踊家が集い切磋琢磨しつつ、圧倒的な舞台芸術を創造する過程。日本と比して戦争犯罪に向き合っているとされるドイツにもあった歴史修正や差別への怒りを作品に込めるクランコの姿(南アフリカ出身かつユダヤ系である彼の背景もしっかりと描写される)。そして、現役の「シュツットガルト・バレエ団」メンバーが、マルシア・ハイデ始め当時のメンバーを演じ、息遣いや情感まで見せきる舞台シーンの迫真に、この時代に広く届いてほしい傑作映画との思いを再確認した。クランコの「形をなぞるな。舞台を生きろ」という檄や、音楽と心体表現への「祈り」に通じる情熱、マルシア・ハイデ役であるエリサ・バデネスが全身で体現する舞踊家の矜持など、バレエを観たことのない人にも届くであろう。

上映後、熱のこもった場内からは自然と拍手が起こった。世界に誇る舞踊団を擁する新潟に於いてNoismに起こっている苦難に思いを馳せつつも、それを超える舞台芸術の豊かさを皆さんと噛み締めるようだった(不勉強故、クランコが金森さんの恩師イリ・キリアンの恩師であることを、上映後に知った)。

『ジョン・クランコ バレエの革命児』シネ・ウインド上映は5月16日(土)〜6月5日(金)まで。坂口安吾がアジア太平洋戦争直後に書いた檄文「地方文化の確立について」を思わせる本作を、新潟に暮らす皆さまにこそご覧いただきたい。Noismがあるこの街の意味を考えるためにも。

久志田渉(「月刊ウインド編集部」)



「金森穣 芸術監督退任について 市民向け説明会」(5/9)、そこにいたのは紛れもなく余人をもって代え難い芸術監督その人…

朝早くから物凄い強風が吹き荒れた新潟市の5月9日(土)、昨年末の「退任意向」に始まる疾風怒濤のような日々について、金森さんが「市民向け説明会」を開き、「質問されれば何でも答えるつもり」と伝えられていた通り、長時間にわたり、私たちからの質問その一つひとつに、この上なく丁寧、かつ極めて明快に答えてくださいました。

私自身、憤りや腹立たしさ、虚しさなどが入り混じった気持ちで、りゅーとぴあ〈スタジオB〉に向かっていたとき、金森さんもそうしたモードで相対するものとばかり思っておりましたが、さにあらず、金森さんの表情はいたって穏やかだったことに先ず驚きを禁じられませんでした。(当然、強い憤りはありながらも。)

更に、金森さんの口からは何度も何度も、「まだ諦めていない」「未来は誰にもわからない」「新潟からこの国を変える」の言葉が発せられることになるのですが、この日、それをあの落ち着いた声音で聞く私たちの目の前にいたのは、紛れもなく余人をもって代え難い稀代の芸術監督その人だったと言い切りましょう。金森さんがNoism 22年間の歩みのその先に目にしていたもの、或いは金森さんを内面から突き動かすもの、それは新潟市とこの国の文化政策のビジョンに他ならなかったからです。「こんなに立派で尊敬出来る人っている?」自分の生き方を問われているようにも感じられたほどです。

第一部「一問一答」(13:00~16:00)、第二部「座談会」(17:00~20:25、途中に10分休憩一度)、その長丁場を詳細にわたってお伝えするのは私の手に余りますので、金森さんからのご回答を中心に、ごくごくかいつまんでご紹介したいと思います。
(あれがない、これも抜けている、そんなことになるでしょうが、何卒ご容赦願います。)
(また、第一部に関しましては、後日、編集したものが配信される予定とのことでしたので、そちら、お待ちください。)

*第一部「一問一答」(13:00~16:00)

〇昨年末に退任の申し出が受理された。Noismの今後については、未だ結論は出ていないが、金森さんとの「協議は終了」(財団)とのことで、このような場を設けた。
●新潟市に22年間、人生で一番長く住んできた場所。コンテンポラリーダンスの拠点になった。他から声がかかっていたり、他に行く場所がある訳ではなく、正直、来年の夏以降、どうしようという不安は強いが、新潟市から、(それが無理なら、新潟県から)この国の劇場文化を変えていきたいとの思いは変わらない。
〇「Noism」という名称は、2004年に芸術監督となることが決まり、新潟に向う新幹線に乗る前の東京駅で、「やばい、名称決めてない」となり、「No – ism」だからと勝手につけた名前。それが今はどういう扱いになっているのか、AIに訊いてみたら、「りゅーとぴあが登記している」とのことだったが、調べてみるとそんなことはなく、AIが嘘をついたとわかり、AIは怖いなぁ、と。
次の芸術監督がどう考えるか次第だが、名称は変えるのではないか。
●未だ道半ばで、やり遂げてはいない。変革を要求し、自らのクビを賭けて、未来のために訴えるべきと思った。諦めたのではない。ここから未来を変えていくために。
芸術監督は他の人で構わない。今の体制(例えば、フリーランスで退職金もない契約スタッフ4人でまわしている現状)ではもう限界なので、変革を要求。諦めてこのまま飲んでいたら、この国の文化は終わってしまう。「日本初」の事例を失ってはならないし、新潟市は発信していって欲しい。
〇「芸術監督として井関さんを担ぐNoism」という提案に対する返答は未だにない。「飼い殺し」的な状況にあり、早く結論を出して欲しいところ。
●今回の件があり、色々な人が心配してくれている。また、ひとつの自治体で起きたことに対して、他の自治体が関わるのはタブーなのかなと学習した。
〇「専属」が表すところに関するなら、欧米に見られるような劇場専属舞踊団であったことは、この22年間、1日たりともなかった。価値あるものとして、広く喧伝出来るように中身を整えていきませんかと訴え続けてきたが。自分事として意識をもって関わって欲しいと思う。


●「新レジデンシャル制度」が始まるとき、Noismがなくなってしまう選択はなかったから、芸術監督を一期受けた。その後、繰り返し色々訴えてきたが、決まって「でも、あなた、それ飲みましたよね」と言われてきた。
わかってらっしゃらない方の判断で決まっていってしまうのもこの国の行政。
〇厳しい状況のなか、やりくりして頑張ってきて、成果を上げ、評価を得ると、要求したことは放っておかれることになる。
行政は「変える」ことが本当に苦手。それが出来るのは政治家、理解のある政治家しかいない。
●これを機にりゅーとぴあをどうしていくのか考えるべき。課せられる事業数は膨らむ一方で、現場は限界。みんなが注ぐ労力が如何に救われていくか、自分の判断に懸かっている。このまま続けちゃダメだ。何度も訴えてきて、変えられないんだったら、「もう少し頑張って」とは言えない。我慢にも限界がある。少しでも希望を持ちたい。「りゅーとぴあの中からじゃないかも?」と思っちゃう。これだけの覚悟を持っているんだからという訴えをする。
〇「一期5年で辞める」とは言っていたが、市の対応は予期していなかった。「ここまでやってきたのに、こんなふうに言われるんだ」とショックを受けた。未だ諦めてないので、ここ(新潟市)でのNoismなのかどうかはわからないが、一緒に活動していきたいという者と献身していく。しかし、目の前の人たちのためだけに闘っているのではない。まだ見たことのない者のために、志を共有して、未来を信じで闘うしかない。
●将来的には、新潟市に舞台芸術の拠点となる「舞台芸術センター」を作りたい。
〇この3月に一般社団法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」を設立。2~3年前から考えていたのだが、メンバー、スタッフの社会保障の問題を考えたときに、業務委託のかたちがとれないかと。劇場のなかで雇用されるかたちにはならなくなるので、ためらいもあったが、あらゆることに対応できるように、提案の可能性のひとつとして。
●「これでは続けられないから辞めます」と伝えたとき、財団から「秒で」感謝されたのはショックだった。「レガシー」とは何か?今の建付けで何が残せるのか?Noism 22年間の芸術創造の蓄積がなされているようには思えない。
〇「自分自身が生きている間に成し遂げられる夢なんて語っていない」(金森さん)

*第二部「座談会」(17:00~20:25、途中に10分休憩一度)

〇後に続く「専属舞踊団」が現れなかったことについて。
風の噂に聞こえてきたものがあったが、芸術家側でも生活保障を求めて闘う者少なかったのかなぁと。この環境の価値を理解して貰いたくて、初めのころはゲストを呼んだりもしていたのだけれど。「行政のおじさんと話すのは嫌」と言われたこともある。
●他館、他都市との連携について。
日本の行政の成り立ちからして、「縦割り」で、他の行政との関係はよくない。
〇芸術監督任期に上限を設定することについて。
5年や10年ではなく、もっと長い期間が必要。上限で切るのではなく、成果によるべき。ビジョンも明確でないなか、上限のみが設定されていることのあり得なさ。上限の根拠がない。
色々なことに腹が立っている。ちゃんと表に立って説明してください、と。
●「新レジデンシャル制度」について。
日本の新しい劇場文化政策になり得る筈。Noism云々を超えた、劇場の在り方の問題である。ビジョンが第一。それを明確にして欲しい。「金森穣」への依存度が高過ぎるとして、制度を作ったのに、「金森穣」が辞めるとNoismがなくなるのでは、それは依存の極みではないのか。
〇一般社団法人「NEMUSPORTA(ネムスポルタ)」について。
支援・理解・協賛してくれる企業に対しての受け皿ともなる法人と想定。文化庁からの助成金も引っ張ってくることも視野に。また、メンバーやスタッフを数人でも雇用できる。少しでも雇用形態を改善出来ればと思う。但し、法人と財団との関係性はまだまだ不透明。
●現状について。
「辞める」って言ったら、心配してくれる人が出てきたり、応援してくれる人がいたり。今日もこれだけ長い時間いてくれる。ひとりじゃないし、思いは届いている。こういう人たちがいてくれる限り、信じられる。価値と信じるものをどうやったらもっと多くの人たちと共有出来るかが、芸術創造における永遠の課題。
〇昨年末の「退任意向」表明について。
以前から「年内には判断を下します」とは伝えていた。ここまでのスピード感から、絶対に何も決まらず、進んでいかないのは分かっていたから。
現状、当事者の訴えを聞き入れて方針を変えるのは出来ないだろうことは分かっている。
4つの要求について。
それを一度に全部飲んで欲しい訳でもない。どれかひとつからでも、という思いだったが、(その伝え方も含めて)全部ダメとの答えだった。
〇5年や10年毎の交代について。
そんな短期間に変えていたら、世代間を超えた会話成り立たない。文化の価値とはそういうものではない。10年であげられる成果は、自分(金森さん)が考える成果ではない。

で、そろそろ最終盤というときになり、翌日、19歳になるという青年が挙手して、両親が22年前からずっとNoismを見続けていて、自分も未就学児童のときから連れて来られて、託児ルームで過ごすことから始まり、その後、Noismを見始め、最初はわからなかったし、何ならゲームをしている方が楽しかったりもしたが、2015年『箱入り娘』や『BOLERO』から惹かれたと話すと、会場から拍手が起こりました。それに対して、金森さんが、「わからないものに触れることは本当に大事なこと。自分も最初は劇場で寝ていた。でも、寝ていてもその空気感や何かを享受している。頭でわかることと体験することには大きな隔たりがある」と話した後に、「22年間が報われましたよ」と付け加えると、会場からは一層大きな拍手が湧くという心温まる場面があったことをお伝えし、拙いレポートの締め括りとします。

「座談会」の最後に至り、「財団から判断が下された際には、『第二弾』を持ちたい」との金森さんの言葉でこの日の長丁場もお開きとなりました。良き判断を喜び合う会になることを強く願ってその日を待ちたいと思います。

(shin)