舞台と客席に幸福な一体感、15周年記念公演・新潟楽日♪

2019年7月21日(日)の新潟市は、3日間の15周年記念公演期間中、唯一「晴れ」と呼んでよい一日。少し動くだけで汗ばむ気温の中、自動ドアを通って、りゅーとぴあに入ったとき、エアコンが利いた館内の涼しさに救われた気がしたのは私一人ではなかった筈です。

活動期間についての結論が出ていないなか、新潟公演の楽日の舞台を観ようと集まってきた人たちの胸中には、それぞれに何とかして表出したい強い思いがあるようでした。ですから、開演前のホワイエは華やぎに混じって、何か大事なものに向き合う前の決然たる空気感があるように感じられました。

それが錯覚でなかったことは程なく示されることになります。最初の演目『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』が金森さんのソロから始まりました。冒頭すぐのことです。「ブチッ」、音が一瞬飛ぶ小さなアクシデントがあり、客席もハラハラ。しかし、当の金森さんが心を込めて踊りあげていくので、観る側も案じる気持ちを傍らに、固唾をのんで見詰めることができたのでした。金森さんの放つ気が客席に及び、観客も舞台と一体化していきます。その結果、金森さんのソロが終わったその瞬間、期せずして拍手と「ブラボー!」の掛け声が起きたのです。おとなしい反応で知られる新潟の客席では実に珍しいことだったと言えるでしょう。

その後、観客側から舞台上の演者に届けたい思いは、シーンが終わるたびに拍手のかたちをとって劇場内に木霊することとなったのでした。その場にいて、周囲と一緒に拍手していると、目頭が熱くなってくるのがわかりました。一体感が高まっていく劇場の、それはそれは感動的なこと!その場に居合わせたことで、多幸感に浸ることができました。

私たちの大切なNoism。カーテンコールのない『Mirroring …』のあとに、そしてカーテンコールが繰り返された『Fratres I』のあとにも勿論、大きな拍手と「ブラボー!」の掛け声が響いたことは言うに及ばないでしょう。

幸福感が極まるカーテンコールの最終盤、横一列に並んだ、その中央位置を離れた金森さん、舞台下手袖に移動すると、今季末にNoismを離れるふたりの舞踊家に贈るふたつの花束を抱えて戻ります。オレンジ系の花束はシャンユーさんに、次いで、赤系の花束は浅海さんに手渡されました。渡すたびに、愛情と労いを込めたハグが添えられたのですが、身長差のある浅海さんに対しては、中腰になってハグしようとする金森さんのユーモラスな姿に、会場からは温かみのある笑みが零れ、幾分か寂しさが中和されたかのように感じました。まったく素敵な光景だったと思います。

カーテンコールの一番最後には、舞台上の金森さんからスタッフに対して、そして、客席に向けて拍手をする仕草が出ると、それが横一列に並んだ舞踊家全員に拡がり、つまりは、場内にいた全ての者が拍手に参加するかたちになることで、幸福な一体感も最高潮に達し、新潟の楽日は締め括られていきました。笑顔の舞踊家、笑顔の観客…。

その後、暫くして、おりていた緞帳が再びあがると、すっかり後片付けが済んだ舞台上、金森さんによるアフタートークです。いつにも増して多くの質問シートが寄せられ、それらに答えるかたちで進められていきました。以下に、金森さんが話された内容を少しご紹介いたします。(公演内容に深く関係あるものに関しては、東京公演が控えている事情から、ここでは触れずにおきます。)

  • 『Fratres I』に関して、こんなに集中を要する10分ってあるのだろうかと感じる。
  • 使用楽曲中、歌詞のあるものについては、その意味から振付を行っている部分もあるので、この後、NoismのHPにアップすることにしたい。
  • 黒衣を用いたきっかけ: 日本に帰国後、文楽を観て、いるけれど、いない、或いは、いないものとして享受する奥深さに衝撃を受け、その豊かさに惹かれて、『Nameless Hands』にて初めて登場させた。人生の節目節目で、何かしらの力を感じて生きてきたこととも無関係ではないと思う。
  • アフタートークについて: 欧米でもカンパニーや劇場によって有無の別がある。(NDTはなし。リヨン・オペラ座はプレ・トーク形式。)自分としては、生の質問を聞きたいという思いがあるほか、舞踊家がどのように過ごしているのか知ってもらうことで、劇場文化を共有したいという思いから行ってきた。これからも新潟ではやっていきたい。
  • 発想のタイミング: 何でもないときに思いつく場合も多いが、それは常に考えているから。今回も、お風呂に入っているときに着想を得た。
  • 踊りが持つ力: 非言語的表現。空間のなかに人がいて、明かりが当たり、音楽が流れると、何も言わずして、それだけで豊饒な奥深さを表現し得る。言語化も数値化もできないものを表現する力が踊りにはある。
  • 長い作品と短い作品について: 長い作品は緊張感の持続が緩む瞬間があり、どう緩ませて、どう引き締めるか。短い作品はクレッシェンドでいけてしまうところがある。長短、どちらも好きである。
  • 『Fratres I』に関して、祈りについて: いつ頃からかわからないが、朝、稽古場に行き、自分の身体に耳を澄ましてみる行為が祈りに通じてきた。精神的、超越的なものへの献身。身を賭して、毎日、祈っている。
  • Noismが目指すもの: 舞踊の歴史を再学習し、身体に落とし込み、お客さんに対する問題提起として届けていくなか、ジャンル分けが無効となるような、「何かNoismなんだよね」としか言えないものを目指している。
  • 世界と地元(新潟): 誤解を恐れずに言うならば、芸術家としては、常に世界の中にいたい。新潟にいたことで、自分の作風がどうなったかという分析はしていないが、幸い、ふたつの目があるので、左右の目で世界と地元を見ていきたい。
  • 伝え聞く恩師(モーリス・ベジャール)の遺言、「過去を振り返ってはならない。前に進むんだ」の通り、小さなことであっても、常になにか新しいことをしていきたい。
  • 「Noismを支援したい」と、その方途を訊ねる声に答えて、金森さん、「客席を埋めてくれること、そしてお金の話になって恐縮だが、活動支援会員になってくれることがある。でも、一番はやはり、こうして観に来てくれること。周りの人を騙してでも連れて来てください」と笑いを誘うことも忘れませんでした。
  • 身体と向き合い、今、できることを続けていくことで、祈ることしかできない。これからも見続けてください。等々…。

今週金曜日からの3日間(7/26金、27土、28日)は、めぐろパーシモンホール・大ホールでの東京公演が控えています。身体に加えて、音楽、照明、衣裳、演出その他、混然一体となって観る者の心に食い込むのは、新潟も東京も変わらないことでしょう。お待たせしました。目黒でご覧になられる方、どうぞ目一杯ご期待ください♪

(shin)

Noism15周年記念公演・新潟2日目および交流会のことなど

2019年7月20日(土)、この日は朝から落ち着かない天候で、基本、雨模様ながら、ほぼ数分ごとに止んだり降ったりを繰り返すため、それに合わせて傘を閉じたり開いたりと忙しいうえ、蒸し暑いのは前日同様で、とにかく、始末に負えない天気の新潟市でした。

それ以外にも、あらゆる種類の「始末に負えなさ」を越えて、私たちに突き刺さってきたもの、それがNoismの15周年記念公演(中日)であったことは説明を要しますまい。

りゅーとぴあ・劇場の舞台で展開されたのは、始末に負えない天候やら、その他、始末に負えない個人的な事情やらとは隔絶した、いわば普遍的な敬意やオマージュ、更には普遍的な祈りの舞踊。

体感温度的に言うなら、震えたり、胸が熱くなったり、舞台を見詰める身体は、実際の寒暖計が示す数値をよそに、それとはまったく無縁の温度を体感し続ける65分間(『Mirrroring Memories-それは尊き光のごとく』)だったり、15分間(『Fratres I』)だったりした訳です。あるときは凍えたり、またあるときは熱く滾ったり。これ、Noismの舞台を観ているときには、極々自然なことに過ぎません。

前日に比して、割とおとなしめだった2日目の客席でしたが、『Fratres I』が終わった後、カーテンコールを重ねるうちに、この日も「ブラボー!」やらスタンディングオベーションやらは拡がりを見せましたし、新潟市の観客も変わってきているなとの印象を持ちました。そして豊かな情感を体感した人の表情は例外なく幸福そうな笑顔になるものです。終演後のホワイエに溢れていたのはまさしくそうした笑顔に他ならず、Tシャツを求めようとサイズを思案する姿や、活動支援申し込みのブースで書類に必要事項を書き込む姿が多数見られたことも特記しておきたいと思います。

とかく「わかる/わからない」で語られがちですけれど、それを越えて、更に深いところで観た者を揺さぶる存在、それがNoismなのです。観た者の心に深く食い込むNoism、一人でも多くの方に、是非とも「生」の舞台の凄さを体感していただきたいと思います。たとえ、頭では容易に整理がつかなかったにせよ、身体的に物凄い側面を目撃し続けたことで、確実に何かが伝わってくる筈です。驚くに値することかもしれませんが、これ、Noismでは特段珍しいことではありません。

Noismに注いだまなざしは、想像を超えるほどに大きな感情の奔流と化してあなたに戻ってくることでしょう。あなたに送り返されるもの、それは未だ経験されたことがない未踏の感情と言えるかもしれません。それはひとり優れた芸術のみが可能とするところであり、Noismは、15年の長きにわたり、一貫して、そうしたことをなし得る稀有な存在であり続けているのです。

かように、観終わると語りたくなるのがNoismです。そしてその反面、なかなかうまくは語り得ないのもまたNoismです。

そんな思いを抑えきれない者たちが、この日の公演後、オリエントイタリアン「Iry(イリィ)」に集いました。NoismサポーターズUnofficialとさわさわ会の合同交流会です。遠くは横浜からの参加者も交え、美味しいお料理と飲み物をいただきながら、それぞれが金森さんとNoism、或いは井関佐和子さんへの熱い思いを語り、頷き、共感したり、新たな発見をしたりと、とても幸福で有意義な時間を過ごすことができたと思います。今回、都合がつかず、参加を見送った方も、次回は参加を検討してみてください。愛情が深まること間違いなしです。

で、早くも新潟公演は楽日を迎えます。あれほど待ち遠しかった公演も、いざ幕が上がると、あっという間ですね。

終演後には、金森さんのアフタートークも予定されております。この際、どんなことも金森さんに訊いちゃいましょう。きっと、金森さんは丁寧に答えてくださる筈で、翻って、もっともっとNoismを身近に感じられるようになる筈です。新潟楽日、是非ともお運びください。

(shin)

超えていく金森穣Noism♪ 15周年記念公演・新潟初日

2019年7月19日(金)。一時、物凄い雨量が人を慌てさせた午前中を、その後、雨脚は弱まるも、蒸せかえるような息苦しい午後の時間を凌いで迎えた19時。喧しい世間をよそに、その時その時に最善の選択をしていかんとする金森さんが仕掛けた「15周年記念公演」、その初日。

ホワイエには、「新潟の奇跡」でもあるNoism15年間の軌跡がところ狭しと掲げられ、「祝祭空間」の趣きが濃厚です。過去作品のチラシを集めたボードに、頭上高くズラリ並んだ公演ポスターたち、更に、篠山紀信さん撮影の『中国の不思議な役人』の井関さんパネルに、『NINA』中国公演時の数種の大判ポスターなども目を引きます。どれも、じっくり眺めていたいものばかりなのですが、圧倒された私などは、落ち着きを失ってしまい、なんとかスマホに幾枚か画像を記録させることができただけ、そんな塩梅でした。(汗)

映り込みご容赦願います。個人的には、「Mirroring Memory」となっております。(笑)

そして19時。いよいよ公演の幕があがりました。まずは、『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』。昨春、上野の森バレエホリデイでのみ上演されただけの記念碑的な作品の改訂版です。2007年、金森さんのお誕生日(11月22日)に、恩師モーリス・ベジャールがお亡くなりになるという奇縁。それを機に、ご自分の作風も変わったと回顧される金森さん。「抗うことのできないどうしようもない力」の象徴として頻出する黒衣に纏わる10の場面を抜粋して、金森さんのソロパートの冒頭部と新たな振付を含む感動的なラストで挟んで構成されています。65分間の愉悦と感動。抜粋元の作品名も示されますので、鑑賞の手助けになります。ご覧になられた後にポスターやチラシを探してみるのも楽しいかもしれませんね。

しかし、かく言う私は、『Mirroring …』を再見したら、もうその感動の大きさにもちこたえているのに精一杯で、10分の休憩はあたふたするばかりで、とてもとてもなにかに充てるなどできなかったのですが…。(再びの汗)

休憩後、新作『Fratres I』の「本番」に向き合いました。絶句。公開リハーサルを2度見せてもらっていたというのに…。文字通りの絶句。これは!金森さんがメディア向けの3度目の公開リハーサル後の囲み取材で、「トップシークレット」という表現を用いた意味が判ろうというものでした。超弩級!ただただ物凄いものを観たとしか…。

確かに公開リハでも見ていました。基本的には同じものでしょう。しかし、これは別物です!断言します。まんまと金森さんにしてやられた、そんな気もするくらいです。まあ、それもいつものことなのですけれど。練度を増し、照明と演出も加えた舞台には驚愕する以外ありません。超えていくのです、金森穣Noismは。ですから、彼らから目を離すことはできないのです。あの透徹した美しさ、呼吸することさえ忘れるほどの厳粛さはまさに圧巻。魂が震えるというのはこのことです。わずか15分というのに、完全に観る者を現実から別次元へと連れ去ってしまいます。それ以上はここでは書きません。是非、ご体感ください。

終演後、客席もビビッドに呼応しました。割れんばかりの拍手に、飛び交う「ブラボー!」の声。緞帳が下がり上がりするたびに増していくスタンディングオベーションの人数。見回すと、幸福そうに顔を上気させて拍手し続ける人以外目に入ってきません。それくらい、圧倒的な15分間の視覚体験です!

一方、前半の『Mirroring …』のあとは緞帳が下がると、カーテンコールもなく、あっけないほどに、すぐ客電が点き、休憩を知らせるアナウンスが入りますから、拍手は後悔なきよう、短期集中で、出し惜しみ厳禁ですね。

超えていくのです、金森穣Noismは。まさにまさに。この公演を契機に、彼ら自らの手で新たな契約更新を勝ち得ていくこと間違いなし、そう確信した宵でした。「新潟の奇跡」、永遠に♪

最後に物販情報です。今回、初登場の夏らしいボーダーのTシャツが色・サイズ違いで2種(紺・グレー、各3500円)に、バッジとワッペン(各1200円)がございます。いつ着ようかしら。どこに付けようかしら。ご鑑賞の記念に、そしてNoism支援の一助に是非ご検討ください。

(shin)

東京文化会館小ホールに登場したNoism

Noism1特別公演:『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』 〈上野の森バレエホリデイ2018〉(2018/04/28~30)

山野博大(バレエ評論家)

初出:サポーターズ会報第34号(2018年7月)

 東京で本格的なバレエ公演が行われるところとしては、上野公園にある東京文化会館の大ホールが広く知られている。その正面入り口の左手の緩やかなスロープを登ったところにあるコンサート用の小ホールが舞踊のために使われることは最近ではほとんどない。しかしここは天井の高い石造りの荘重な雰囲気を漂わせた空間であり、かつてはときどき舞踊にも使われていたのだ。その小ホールに、会館主催の《上野の森バレエホリデイ2018》の特別公演として新潟市の公共ホールりゅーとぴあの専属舞踊団 Noism1 が登場した。そして金森穣の新作『Mirroring Memories -それは尊き光のごとく』を上演した。ドアーサイズの鏡10枚を横に並べた舞台がひろがっていた。鏡は半透明でその後ろにあるものに光が当たると、前と後ろが同時に見える仕掛だ。鏡をいろいろに並べ替えて舞台を作った。

 金森のソロから始まった。シェイクスピアの芝居などで開幕に役者が登場し口上を述べる場面を思い出した。しかしこれは、エコール=アトリエ・ルードラ・ベジャール・ローザンヌで、彼が振付を習った当時の初心を振り返るシーンだった。金森は、師の舞踊劇創作の手法を彼の方法で踏襲し、作品を創り続けてきた。ここでは、2008年の『人形の家』より「彼と彼女」、09年の『黒衣の僧』より「病んだ医者と貞操な娼婦」、10年の『ホフマン物語』より「アントニアの病」、11年の『Psychic 3.11』より「Contrapunctus」、12年の『Nameless Voice』より「シーン9-家族」、14年の『カルメン』より「ミカエラの孤独」、15年の『ASU』より「生贄」、16年の『ラ・バヤデール-幻の国』より「ミランの幻影」、13年の『ZAZA』より「群れ」、17年の『マッチ売りの話』より「拭えぬ原罪」のハイライトを次々に披露した。

 黒衣(くろご)とか、後見(こうけん)と呼ばれる舞台で演技者を助ける役割の者が、日本の能、歌舞伎、日本舞踊などの世界には存在する。彼らは着物の肌脱ぎの手伝い、早替わりの糸の引き抜き、小道具その他の受け渡し、不要となったものの取り片付け、役者の座る椅子の調整などを行っているが、もともとは演技者が舞台を続けられなくなった時に、即座に代わることを主な役割とする人たちだった。客席にいる将軍などの要人に対して、舞台の中断があってはならないという配慮から用意されたと言われている。

 その黒衣が金森の作品にはしばしば登場して重要な役割を担ってきた。後見は着物姿だが、黒衣は黒装束に黒頭巾。日本の古典芸能の世界では、どちらも観客には見えていないことを約束事として舞台は進行する。ところが金森の使う黒衣は、黒の装束は同じでも、その役割はずっと重い。ドラマの進行そのものが黒衣のコントロール下にあるような感じを受ける場面もあるほどだ。主役同士の互いの意志だけで世の中の諸事が進むわけではなく、何かより大きな力によって思いがけない結末に転じて行くのが現実だ。そのようなところで、彼らの存在が際立つ。『Mirroring Memories』を見て、私はその感をいっそう深くした。

 最後は金森と井関佐和子のデュエットだった。女性ひとりを舞台中央に残して彼らは鏡の背後に…。鏡のそれぞれには、それまで彼の作品を踊っていたダンサーたちがすでに並んでいた。その眺めは、役者の絵看板を並べた芝居小屋の風景であり、人気俳優のブロマイドを並べたような感じでもあった。彼は、日本の舞台芸能独特の黒衣を有効に活用する手法も加味して、師匠のベジャールに倣い舞踊劇を作り続けてきた。ここで上演された『Mirroring Memories』では、ハイライトを並べたことにより、彼の手法がより明確になった。 

 私は、彼が選んだ作品のすべてを見ていなかったし、そのハイライト部分がオリジナルのどのあたりだったかを明確に特定できないこともあった。また舞踊作家自身が自身の過去の作品を再演すると、どうしても今の自分を抑えきれず、オリジナルから離れるものだ。そんなこともあって、次々に手際よく展開された上野文化会館小ホールでのダンスの奔流を、私は彼の最新作という印象で見せてもらった。

メディア向け公開リハ(DAY 3)は『Mirroring Memories』から

「15周年記念公演」の初日を8日後に控えた2019年7月11日(木)、薄曇りでやや風の強い午後、りゅーとぴあ・劇場を会場とするメディア向け公開リハーサル(DAY 3)および金森さんの囲み取材に出掛けてきました。

ここ数日、活動継続を巡るメディア露出が続くなかとあって、マスコミ関係者もいつになく大勢参加していました。

私はと言えば、運よく、一連の公開リハ3日間「皆勤」でしたので、「今日は何を見せてもらえるのだろう?」と少し余裕も感じていたのですが、スタッフの「『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』の一部をご覧いただきます」の声に、「3日間とも趣向が違うんだ」と思いながら、劇場への扉を通ると、すぐに舞台上でアップを続ける舞踊家たちの姿が目に飛び込んできて、いきなり、気分は上がりまくりでした。

この日は、導入部とエンディングを除き、「黒衣」に纏わる「黒い印象」を持つオムニバス部分を全て通して見せていただきました。本番の照明こそありませんでしたが、あの伝統的なイングランド民謡が流れ出すと、もうそこは「妖術」でも幅を利かす世界かと見まがうほど。でもそれ一色ではなしに、心を締め付け、涙腺を狙い撃ちするかのような場面も挿入されるしで、まさに目も眩むばかりの怒涛の展開。『ホフマン物語』『カルメン』『ASU』『ラ・バヤデール』…。抗うことなく、呑み込まれてしまうのが得策です。贅沢に感情を揺さぶられ続けることでしょう。

「OK, guys! Much better! Much better in every scene….(どの場面も随分よくなった)」金森さんの言葉が聞こえて、公開リハは終了。ついで、ホワイエでの囲み取材がもたれました。

いつも以上に、この日のマスコミ各社には色々尋ねてみようという思いがあったようでした。見たばかりの『Mirroring …』が比較的言語化しやすい作品に映ったことで、敢えてこの時期にぶつけてきたのかとの問いに、金森さん、「一年も前から会場(劇場)を押さえて準備してきているので、今のこの状況はわかる筈もなかった。文化的に価値のあるものをやるのであって、説得のためにやるのではない」とキッパリ。

『Mirroring…』の構成順に「上野の森バレエホリデイ」のときと異同がある点に関しては、ラストのワーグナー『夢』の前に井関さんのソロ(『痛み』)を追加したことで、そのままの順序とはいかず、一箇所シャッフルすることになったものとのこと。金森さんは今回の『Mirroring…』を「改訂版再演」とも「劇場版は初演」とも言っていましたから、上野でご覧になられている方も必見かと。

以下に、金森さんが質問に答えるかたちで語ったことを少し紹介してみます。

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『Mirroring …』、黒衣と鏡が印象的な作品。黒衣は場面毎に多義的であるが、総じて抗いようのない力、宇宙における「ダークマター」的な存在の象徴。一方の鏡、そのメタファー(隠喩)。各パートが乱反射し合って、記憶を構成する。その時間軸の体験を通して、「ああ、Noismだね」と理解されるものがあるとしたら嬉しい。

「15周年記念」という思いが強いのは、『Fratres I』の方。群舞であって、国籍も異なる皆でともに祈るように踊る。今の新潟で、今の現実は振り払おうとしてもできることではない。いつも以上に気合が入っているところもあるし、今まで通りに信じていること、踊りにしかできない表現を真摯に届けようという思いもある。

20世紀が「舞踊の世紀」(モーリス・ベジャール)なら、21世紀は「身体の世紀」。人間がもつ身体とは何かが問われる。頭で作られた国籍や性差などにどう向き合っていくか。

市民有志による「要望書」提出の動きには本当に感謝しかない。あらゆる対策を練らねばならない。この状況、ただひとり舞踊事業の問題にとどまるものではなく、自治体(新潟市)がりゅーとぴあ及び劇場文化政策をどう捉えているかが問われている。等々…。

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幕があがるまで、あと8日。今は幸福な「おあずけ」状態を一瞬一瞬ドキドキしながら過ごすことと致します。皆さま、劇場でお会いしましょう。

(shin)

七夕の公開リハーサルDAY 2、新潟市はこの日も夏模様

公開リハーサル2日目は2019年7月7日(日)、自動車の外気温表示によれば、外は30℃越えの「真夏日」。幸運にも、前日に続き、2日目の公開リハも見せていただきました。

のっけから誠に恐縮ですが、この日のレポートに先立ち、別のお話から書き出すことをお許しください。

時間は少し遡ります。七夕の公開リハに備えて、朝から時間を過ごしていたところ、突然のニュースが目に入ってきました。訃報。ジョアン・ジルベルトが亡くなったことを報じるYahoo!の見出しに動きが止まります。享年88。まだ若いじゃないか。毎年、今頃からの灼けつく夏本番には、彼のボサノバを聴いて、涼風を感じていたというのに…。切ない。心に大きな穴が開いたよう。りゅーとぴあまで走らせる車中は『ゲッツ/ジルベルト』を聴きながら。いつも同様、色褪せることのない音楽ではありますが、見上げるコントラストの強いなつぞらは寂しげに映るより他ありませんでした。そんな人も多かった筈。幸い、Noismがあってくれたお陰で、私の心の隙間はなんとか埋められたのですが…。心よりご冥福をお祈りいたします。

前置きが長くなりました。さて、本題に戻ります。公開リハDAY 2です。

なんと、この日は『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』後半と『Fratres I』を見せてもらえるとのこと。なんという大盤振る舞いでしょう。前日からの「そうだったらいいなぁ」が現実のものとなり、12時、スタジオBに入る頃には、件の憂愁もすっかり影を潜めていたことを書き添えておきます。

前日の最後の場面からのスタートです。

『Mirroring …』後半はオムニバス形式の断章が見事に撚り合わせられ、ラストに向かってぐんぐん進行していきます。傍らで視線を送っていた知人のなかには感極まって涙する姿も見られたくらい、観る者の感情を揺さぶってくる力には尋常じゃないものが漲っていました。また、通常なら舞台袖として隠れている部分も「あらわし」になっていますから、引っ込んだ後の(早)着替えの様子もすべて見えていて、その速さもさることながら、一つひとつ断章であって、本来繋がってはいないものを次々踊っていく「役への入り方」にも並々ならぬものがあるのだろうことをこの日は感じさせられました。

休憩を挟んだ後は『Fratres I』。群舞におけるシンクロ具合は、前日の比ではありません。更に2週間弱の錬磨の果てにどんなものを見せてくれるのか、既に圧倒される準備はできています。

未だ「完成形」ではない公開リハを見たに過ぎませんが、今回の2作品が、金森さんの恩師モーリス・ベジャールからご自身へ、更に金森さん振り付けの諸作を通して、若き舞踊家たちの未来へと繋がる、通時の「縦糸」を表出する『Mirroring …』と、「同士」を意味しながら、敢えて金森さんと井関さんを若い舞踊家たちのただなか、等価の位置に置き、共時の「横糸」を示す『Fratres I』との組み合わせであり、その「結節点」に、金森さんと井関さんを観るという体験は、まったく趣きを異にする2作に、コンテンポラリーダンスの過去、現在、未来すべてを包摂しようとする志向性を楽しむ公演と言って差し支えないでしょう。余計なことを書きました。要は、本番が待ち遠し過ぎるということです。

そして、公演前にもう一度、マスコミ向けの劇場リハーサル(DAY 3:7月11日・木曜日)も見せていただけることになっておりますので、また、レポートしたいと思います。

(shin)

文月、なつぞらの新潟市・公開リハーサル DAY 1

Noism新作公演の公開リハーサル初日、2019年7月6日(土)の新潟市はここ数日の「曇り空+蒸し暑さ」から一変、青と白のコントラストが美しいなつぞら。

昂ぶる気持ちを抑えつつ、11時50分の入場を待った活動支援会員たちの「幸福」はおわかりいただけるものと思われます。

会場のスタジオBへ導かれると、それぞれアップに余念のない舞踊家たちの姿。衣裳の質感や細部までガン見できる至近距離!

正午を少しまわった頃、公開リハDAY 1は始まりました。この日は『Mirroring Memories -それは尊き光のごとく』の前半部と新作『Fratres I』を見せていただきました。照明こそありませんでしたが、どちらも本番の衣裳を纏ってのリハーサルに、観ている側の気分も上がりました。

先ず、『Mirroring …』前半ですが、チラシ裏にある順序とは異同がありました。新たなパートも加わるのでしょうし、昨春の「上野の森バレエホリデイ」から進化・深化した舞台になること請け合いです。また、「上野」時からのメンバー変更に伴う入れ替えも「なるほど」って感じでした。

そして、5分の休憩を挟んで、新作『Fratres I』を待ちます。金森さんから「トイレへ行ったり」など促されましたけれど、誰も席を立つことなく、「板付き」のポジションで、入念に動きの確認をする15人の舞踊家を見つめ続けていました。

金森さんを含めた総勢15人による、知らされている通りの群舞作品です。もしかしたら、少し引いて観た方が凄みが伝わってくると思われ、(←個人的な印象です。)至近距離の椅子に腰掛けながら、上体を後ろに反らせて、視界に入る人数を増やすようにして見つめました。

また、個人的な話で恐縮ですが、行きも帰りも、車のなかでペルトの『フラトレス』を流しながら往復したのですが、行きの「どう創るのだろう?」が、「そう来るのね!」に替わって帰宅することになりました。同じ音楽なのですが、聞こえ方がより深くなったようにも感じました。

で、ここから先は、まだ目撃したのが10名足らずの「新たな創作」であることに鑑み、衣裳をはじめ、ほぼ一切、書くことを慎みたいと思います。どうぞ悪しからず。

なつぞらの下のりゅーとぴあ界隈、スマホで撮った数枚の写真のうち、公開リハDAY 1で目にしたものに最も似つかわしい雰囲気をもつ写真はこちらでしょうか。新作公演、深い情緒に打たれること間違いありません。

まだ見ぬ新『Mirroring …』の後半と『Fratres I』の錬磨に期待が弥増すばかりの文月、土曜日の午後でした。皆々様、乞うご期待でございますよ。

(shin)

Noism盛りだくさんで胸躍る7月♪

下旬に『Mirroring Memories -それは尊き光のごとく』&新作『Fratres Ⅰ』公演を控えた7月は、早々(6日・7日・11日)に活動支援会員向けの公開リハーサルから始まる胸躍る一ヶ月ですが、それ以外にもNoism的に盛りだくさんで、楽しみ過ぎるコンテンツが目白押しです。

ここではそれらをご紹介します。

  • 『オドルフク』上映 & トークも!
  • サポーターズ・さわさわ会 合同 会員交流会 開催
  • サポーターズ メールマガジン配信開始!

■『オドルフク』上映&トークショー(@新潟市民映画館シネ・ウインド)

早春の3月24日(日)、新潟県政記念館にて、Noism1メンバー多数出演で開催された気鋭のデザイナーUTOPIA(佐藤悠人氏)による一味違う「ファッションショー」の様子が、梨本諦鳴(なしもとたお)監督(『アノソラノアオ』『A/KE/SA/KI』)の手により、もうひとつの『オドルフク』として登場します。

池ヶ谷奏さん、浅海侑加さん、ジョフォア・ポプラヴスキーさん、井本星那さん、カイ・トミオカさんがモデル&ダンスパフォーマーとして出演!チャン・シャンユーさんもモデルとして登場!(当日の模様については当ブログでも4月12日に写真入りで記事アップしています♪)

上映期間は7月20日(土)から7月21日(月)の3日間。料金:¥1,000円。

頑張れば、Noism公演とのはしごも可能かと。上映(34分)&トーク、合わせて1時間の予定だそうです。

上映時間およびトークショーについては以下のとおりです。

  • ① 7月20日(土) 19:30~20:30 UTOPIA ×五十嵐政人(アーツプロジェクトスクール新潟校ディレクター)
  • ② 7月21日(日) 17:30~18:30 UTOPIA × 長谷川雅史((株)新潟三越伊勢丹NIIGATA越品プロジェクトセールスディレクター)
  • ③ 7月22日(月) 19:30~20:30 UTOPIA × 池ヶ谷奏( Noism1:出演者)

*詳細に関しましては、こちらをご覧ください。 『オドルフク』詳細:https://www.cinewind.com/news/22801/

■NoismサポーターズUnofficial・さわさわ会 合同 会員交流会

日時: 7月20日(土)19:30~  (*出演者の参加はありません。)

 会場: オリエントイタリアン・Iry(イリィ)

     新潟市中央区西堀前通一番町694

 会費: ¥4,500(フリードリンク)要予約

 お申し込み: 当サイトの「お問い合わせ」欄からお申し込みください。もしくは、事務局090-8615-9942へ、お電話かショートメールでどうぞ。

会員に限らず どなたでもご参加いただけます。公演中日の熱い思いを肴に是非交流いたしましょう。

この日は同時刻に上記『オドルフク』上映もありますが、こちらもどうぞ宜しくお願いいたします。   

…そして、手前味噌ではありますが、…

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( fullmoon / shin )

NINA・Swan 中国・上海公演

上野の森公演、感動の『Mirroring Memories』、新潟でもぜひ上演してほしいですね。

さて、今週末、5月19,20日、Noism1中国・上海公演です!
http://noism.jp/npe/n1_nina2018_shanghai/

5月12日の金森さんツイート:

「SwanとNINAの通し稽古。良い仕上がり。昨年のアジア・ツアーは勿論、暮れの新潟、年明けの埼玉公演よりもメンバー各自の身体に於いて振付が実体化し、実演の質が格段と上がっている。上海公演が楽しみ。そして心に誓う。艱難辛苦を経て漸く辿り着くこの質を、来期新体制でも変わらず求めて行くことを。」

上海に行きたい!

でも残念ですが行かれません。。。
ご覧になる方は堪能してきてくださいね。

ご都合のつく方は今からでも間に合いますよ~
公演の様子やご感想を知らせていただけるとうれしいです。
(fullmoon)

楽日の『Mirroring Memories』が上野の森を祝祭空間に染め上げたバレエホリデイ

2018年4月30日(月・祝)の上野の森バレエホリデイ、
東京文化会館の小ホール界隈には見知った顔が溢れていました。
金森さんの出自を見詰めるが如き、興味深くも贅沢な作品の楽日でしたから、
見逃す訳にはいかぬとばかり、この日を楽しみにしていた方々が
続々集結してきたのにも何の不思議もなかった訳です。

冒頭の新作『Distant Memory』、
恩師ベジャールへの有らん限りの愛と敬意をその身体から発散させて、
心を込めて、ひたすら丁寧に、そして丁寧に踊りあげていく金森さん。
繊細かつ静謐に、微かな心の震えまでが可視化されていきました。
そして見上げる先に2008年からの過去作の画像が次々映されたかと思うと、
その結びにベジャールと若き金森さんのモノクロのツーショットが現れるではありませんか。
この演出にやられない人などいよう筈がありません。
そしてそれが余韻を残しながら静かに消えたかと思うと、
今度はその下、舞台奥にアール状に据えられた
縦長10枚のハーフミラーがその向こう側の10人を透して見せます。
目に飛び込んでくるのは、いずれも金森さんの手により造形された人物たち。
この後、ハーフミラーが不規則に開いては、奥の人物が現れて、
10の断片が次々踊られていくことになります。
情感たっぷりでいながら、なんとスタイリッシュな滑り出しでしょうか。

黒衣と生と死、或いは死すべき運命。そうした共通項を持つオムニバスは、
単なる抜粋に止まらず、例えば、井関さんによるミカエラが
カルメンの仕草をなぞって踊ったのち、
背後からすらりとした長躯の黒衣(!)が現れ、
ミカエラをその両腕に抱き締めるという感動的な新演出が加えられていたりもして、
まさに見所満載。片時も目を逸らすことは出来ませんでした。

この日の公演は、初日がそうであったと聞く通り、随所で拍手喝采が起こり、
その都度、会場の雰囲気は高揚していきました。
演じられた10の断片、その一つひとつに触れていくべきなのでしょうけれど、
ここでは、ラストに置かれた新作『Träume ―それは尊き光のごとく』へと急ぎます。
しかし、そのためには、直前の『マッチ売りの話』に触れない訳にはいきません。
あたかも「原罪」を刻印でもしたかのような禍々しい仮面をつけた8人の手前、
震える指でマッチを擦る浅海さん。
彼女が上着の下に纏うのはオリジナル版と異なる白い衣裳であり、
それは作り手でありながら、作品内部へと越境し、
舞台中央奥から現れてくる金森さんの衣裳と重なるものであると同時に、
続いて姿を見せる井関さんにも通じる衣裳でもあります。

『Träume』、父と母そして子、或いは継承する者。
溢れる慈愛の眼差しのなか、浅海さんは舞踊における母に抱かれ、
舞踊における父に守られながら、
促されて、自らの左手人差し指で遠い彼方を指差すと、
それが指し示す上方へと目をやり、自らの足で立つ力を得ます。
それは紛れもなく若き日の金森さんの似姿。
背後にはハーフミラーが透かして見せる人物たち。
このときは、そのなかに金森さん自身も含まれています。
で、はっと何かに気付いたように浅海さんが振り向き、舞台奥を見やるが早いか、
ハーフミラーはもはや何者をも透かすことをやめてしまい、…。暗転し、終演。

ラストで見事に示されるのは、躍り継ぐ者へ託される希望と躍り継ぐ者の決意。
光輝に包まれながら。
この切れ味鋭い、見事な幕切れに対して贈られる大きな拍手とブラボーの掛け声。
そして舞台の上と客席とを暖かい一体感が包んでいきます。

このときの客席の雰囲気は、舞踊の神が、ベジャールを経て、
金森さんと井関さん演じる父と母の姿をとって降臨するさまを
目の当たりにでもしたかのようだった、と言っても大袈裟ではなかったでしょう。
そして、それはまた、このときの東京文化会館・小ホール全体が、
さながら幸福な祝祭空間と化したかのようでもありました。

ひととき、私たちを取り巻く現実界を傍らに、
重層的な魔法の時間に酔いしれることを可能にしてくれた金森さんとNoism1。
60分間ののち、ホールから出てくる人たちの顔という顔には
一様に覚めやらぬ陶酔、或いはこぼれんばかりの多幸感が見て取れました。
それはまさに金森さんによって作品のラストに置かれた希望の煌きを
反映する(mirror)表情だったと言えます。

幸せな、このうえなく幸せな上野の森バレエホリデイの
三連休だったと言い切りましょう。
(shin)

【『Mirroring Memories ―それは尊い光のごとく』キャスト表】