【インスタライヴ-15】『春の祭典』ツアー後の大質問大会

2021年8月1日(日)20時、『春の祭典』最後のツアー先である札幌から(2時間前に)新潟市に戻ってきたばかりの金森さんと井関さんが、「眠い」なか、前回のインスタライヴ以来、ほぼ3ヶ月振りとなるインスタライヴを行ってくれました。広く質問に答える形式での『春の祭典』大質問大会、約1時間。以下にその概要を抜粋してお伝えします。

*この日の晩ご飯: 北海道名産・鮭のルイベ漬(佐藤水産)
*今回のインスタライヴ中のおやつ: 福島産の桃

札幌公演は15年振り。「皆さん、待っててくれた感じ。(hitaru)楽屋のトイレは入る度に音楽が流れる『最新設備』だった」(笑)(井関さん)

Q:照明の調整に時間はかかったか?
-金森さん「ツアー地では凄く時間がかかって、ゲネが無理になり、本番直前のテクニカルランで初めて通せる感じなのが、今回は設備が良くて、順調だった」
-金森さん+井関さん「札幌スペシャルの照明、次やるときはテッパン。最後にちょっと違う演出・照明が加わっている。もう一個『外部』の世界を感じる照明にした」
-井関さん「最後の最後までライヴ感が凄かった」


Q:『春の祭典』音源はどのように決めたか?
-金森さん「入可能なものは手当たり次第に入手して、実際に踊ってみた。既に作っていた構成に合っていて、演出家としてビビッとくるものがあったのがブーレーズ盤だった」
-井関さん「色々なテンポのものがあったが、ブーレーズ盤が一番、音の粒が立っていると言っていたのを覚えている」
-金森さん「ブーレーズ盤は、情感でいくというより、理知的。音がクリアで構造がはっきりしている印象。後から、ベジャールさんもこれを使っていたと聞いた」

Q:踊るときに一番大切にしていることは何か?
-井関さん「その瞬間をどう生きるか。邪念を抜きにして、その瞬間の空気とエネルギーをどう感じるか。邪魔は入るが、それさえも『瞬間』と捉えて乗り越えること」
-金森さん「舞台に立てば立つほど、緊張感をコントロールする術も判ってくるが、『失敗しないかな』との適度な緊張感で集中度も上がる。そのときの音楽の響き、観客のエレルギー、自分の状態を大切にしたい。そこに身を投じる。そこに居続けるための集中」

Q:一人ひとりに楽器を割り当てた『春の祭典』、音を聴いて踊るのか?
-井関さん「楽譜で割り当てていて、全員で完全にカウントを数えているので、一応判っている。それが大前提で、カウントの取り方、『音色になる』ことの難しさがある」
-金森さん「舞踊家は音楽に合わせることに慣れているが、『音になる』っていうのはどういうことか。「(音が)来る」と判っていることではない。音の呼吸・強度を身体化するという完全にはなし得ないことを21人に求めた」
-井関さん「音に合わせすぎると、音に見えない。外からの目がないと成立しない」
-金森さん「一人ひとりが演奏者であるということが肝。自分が動いたことで、その音が発されているように見えることの難しさ」

Q:しんどいとき、それを超える秘訣は?
-井関さん「体力は、稽古でも頑張ってMAXやるが、本番でガンガンあがっていく」
-金森さん「身体は記憶する。最初の通しは滅茶滅茶しんどいが、そのしんどさを求めちゃったりする。これが危ない」
-井関さん「それに酔っちゃったりするのが危ない。語弊はあるが、作品を超える体力と精神力があって、しんどそうに見えて、しんどくないのがベスト。表現の幅が増えてくる。身体も精神も鍛える稽古、また、本番では最高の作品にするべくコントロールすることが重要。身体でやり切って、その先に見える何かを頭を使って見つけて、身体で試す」
-金森さん「舞踊家は馬であって、同時に騎手である。しかし、騎手であり続けながら馬を鍛えることは出来ない。鍛錬は馬にならなければ出来ない。馬が仕上がった後から、騎手が来るというバランスがいい」

Q:踊った後、どれくらいすると食欲がわくものか?
-金森さん「すぐは無理。でも、作品による」
-井関さん「本番の時は『食欲』はない。『食べなきゃ』っていう感じで『義務』。『完全にコレ、仕事だな』って思ったことも」
-金森さん「遅くならないうちに、できるだけ身体にいいものを、って感じだが、美味しいものの方が入り易い。当然、幸せにもなるし」

*照明や装置の微細な違いに気付く舞台人のビビッドさについて
「なんかちょっと違う。今日、(照明が)眩しい」って言って怒り出すのが「佐和子あるある」と金森さん。「で、照明家さんたちが『えっ、変えてないです』ってザワザワってなる。(笑)でも、厳密に言うと、毎日、照明はチェックで触っている。で、微細には変わっている。どれだけビビッドな感覚で舞台に立って感知しているかは、多分、照明家さんには想像できない」(金森さん)

Q:『Fratres』のお米は使い回しか?
-金森さん「はい。演出部さんが、毎回、終演後にザルでほこりを取っている。降らしたときに詰まっちゃったりするので。金銀山の砂金採りかみたいなレベルで」(笑)

Q:リノリウムのペイント、そのコンセプトは?
-井関さん「近々、映像をアップする予定」
-金森さん「コンセプトを伝えて、(俺以外の)メンバーみんなで塗ったもの。そのコンセプトは上から落ちてきてバチャ。みんなのは噴水みたいにバチャ。まあ、似てるんだけど、上から落ちてくることが…」
-井関さん「みんなで話し合って、やっぱりちょっとずついこうと。ひとり一色ずつ持って」それで、「これ、いけるんじゃね」と最初は井関さんから塗っていった。「踊っているとき、毎回、一瞬、海のような、波のようなエネルギーを感じた」
-金森さん「プレヴュー公演やっているときに、何かが必要と感じていて、『ああ、これか』と気付いたもの。『春の祭典』の色彩の爆発、色の欲情みたいなものを精神的な爆発として付与したかった。アクションペインティングのように上からペンキを落とそうと思ったが、さすがに、劇場の人に『大変なことになるからやめて下さい』と言われて…」

Q:『春の祭典』創作で一番苦労した点は?
-井関さん「一番というと、やはり楽譜読み。ホントに時間かかったし、待つ時間も長かった」
-金森さん「ユニゾンもそんなになくて、一人ひとりに振り付けていたから」
-井関さん「楽譜とにらめっこしていて、これはホントにダンスの作品なのかと。最初の1、2ヶ月くらいは」

Q:ふたりにとって、踊り・振付が「腹落ちする」っていうのはどのような感覚か?
-金森さん「踊っていて、『コレだ』って思うときってことなら、それが判るってことが『経験』なのかなと思う。今にして思うと、若い頃は、腹まで落ちないで、肺ぐらいで止まっていた気がする」
-井関さん「完璧な踊りはないが、その瞬間、光を浴びて、そこに集中していられているときが一番納得できるときか」
Q:振付が自分のものになり、無意識・ナチュラルなかたちで踊れるといった感覚か?
-井関さん「無意識はない」
-金森さん「おおっ、佐和子だねぇ。オレ、無意識だからね」
-井関さん「リハーサルで計算をとことんしておいて、そこからどれくらい外れたところへ行けるかっていうか」
-金森さん「結局、完全にはコントロールし得ないものをコントロールしようとしているから、どちら側に立つのかで違うし、この身体っていうのが凄い矛盾で、そういうものと向き合うことが踊ること。観てて感じる感想とは違う」
-井関さん「ここ最近になって、やっと、バランスっていうのが計算じゃないってことが判ってきた。その瞬間瞬間に選び取っていくこと、それが楽しいなと」

Q:『春の祭典』のキャスティングはどのようにして行ったか?
-金森さん「ホントに直感的なインスピレーションによった。楽器の音色からどのメンバーを想起したかっていうこと。癖も性格も判っているし、音色が舞踊家のもつエネルギー等に合うかどうか、という感じ」

Q:今後、『火の鳥』『ペトルーシュカ』に取り組む予定は?
-金森さん「『火の鳥』はNoism2のために作ったものがあり、それはいつかやりたい。『ペトルーシュカ』は『いつかやるのか?』と…、特に予定はないけど」

Q:昨年の「サラダ音楽祭」の演目、再演はないのか?
-金森さん+井関さん「『Adagio Assai』と『Fratres』に関しては、特別決まっているものはない。今回はジョン・アダムズの新作『ザ・チェアマン・ダンス』。42歳・井関佐和子、走れるのか。(笑)それと20年間、点で踊ってきている『Under the Marron Tree』。e-plus『SPICE(スパイス)』の記事を見てください」
-金森さん「『春の祭典』はいずれそのときのメンバーで再演するだろうし、『夏の名残のバラ』はやる予定がある」

…等々と、そんな感じですかね。疲れていた筈のおふたりでしたが、多岐にわたる質問ひとつひとつに丁寧に答えてくださっていました。その様子、是非ともアーカイヴにて全編をご覧ください。そして次回は「サラダ音楽祭」後かな、と予告めいたものもありましたね。楽しみにしています。

それでは、今回はこのへんで。

(shin)

「春の祭典」大千穐楽、北の街に炸裂した幻影♪(サポーター 公演感想)

☆ストラヴィンスキー没後50年 Noism0+Noism1+Noism2『春の祭典』(2021/7/31@札幌文化芸術劇場 hitaru)

 現メンバーによる最終公演でもあるNoism0、1、2「春の祭典」大千穐楽、札幌の地で無事終了しました。

 酷暑、拡大を続ける新型コロナ禍、某巨大スポーツイベントと、北海道行きをどれだけ躊躇したか。それでも、現代に切り結んだ傑作「春の祭典」のひとまずのラスト、この公演がラストになると思われるメンバーの勇姿を目撃する為、予定どおり応援旅行を決行しました。

さっぽろ創生スクエア
札幌文化芸術会館 hitaru(4~8F)
hitaruロビーからのさっぽろテレビ塔

 会場の「札幌文化芸術劇場 hitaru」はオフィスや放送局、図書館などが入る高層ビルの一角。さっぽろテレビ塔もロビーからよく見えます。
この劇場がスゴい! 5階~8階までが客席の為、舞台の天井が高く、また音響も抜群。井関佐和子さんの渾身と、山田勇気さんの安定の受けが冴える『夏の名残のバラ』に引き込まれつつ、「あれ? いつもより音楽が低音まで聴こえるぞ」と気付かされました。映像舞踊『BOLERO 2020』も、今まで観たどの会場よりもメロディが身体に響き、かつ舞台の高さもあって、最前列で鑑賞したにも関わらずとても見易かったです。

 『FratresⅢ』で金森穣さんが舞台に現れた瞬間、嗚咽が漏れたのは何故でしょう。活動継続の危機を経て、さぁこれからという矢先のコロナ禍。カンパニーだけでなく、観客である私たちも、いつ果てるとも知れない苦しみの中で、何とか希望を捨てず、祈るように暮らしています。その万感を、この荘厳な作品には重ねてしまうのです。Noism1メンバーひとりひとりの、いつも以上に気合いのこもった表情、完璧な動きのシンクロ、それを背中で見守るような金森さんのソロ。落涙しつつ、いつか「Fratresシリーズを観ていた頃は、辛い時期だったけれど、何とか越えられたね」と思える日が来ることを正に祈りました。

 そして、特筆すべきは「札幌スペシャル」と呼ぶべき演出の仕掛け。『夏の名残のバラ』ラスト、客席を驚かせる映像が、「hitaru」の客席を使って再撮影されていたのです。また、『春の祭典』ラスト、「人は人と手を繋ぐことが出来るか?」という祈りがこもるような場面で、客席を舞台奥から照射する強烈な光。舞台芸術ならではの、その時、その場での一回性が生み出す、深々とした感激。札幌の地まで出掛けたことで目撃できた「幻影」のようでいて、確かな実感を伴った公演の余韻を、じっくり反芻しようと思っています。

(久志田渉)

Noism「春の祭典」埼玉公演の千秋楽へ行ってきました♪(サポーター 公演感想)

☆ストラヴィンスキー没後50年 Noism0+Noism1+Noism2『春の祭典』(2021/7/25@彩の国さいたま芸術劇場〈大ホール〉)

青い空と白い雲というまさに夏真っ盛りの天気の中、Noism「春の祭典」埼玉公演の千秋楽へ行ってきました。

青空と夏の雲と「春の祭典」の大看板
大ホールへ向かう大階段
空が気になる日でした。

本日は新型ウイルス禍なしては大盛況で、1階席だけでは収まりきらず2階席も解放していました。
客席には東京バレエ団の方もいらっしゃったようです。11月に金森さん演出振付のバレエ「かぐや姫」が初演されますが、そちらも楽しみです。
Noismの客席はいつでもどこでも静かですが(何故?)、このような情勢下では安心感がありますね。

開始のベルからしばらくして客席が暗くなり「夏の名残のバラ」が始まりました。井関さんの美しい踊りも素敵ですが、アップで映し出される人形のような顔も強烈な印象があります。
この作品の着想は恒例の篠山紀信さんによるフォトコールのように思いますが、私はカメラマン(山田勇気さん)の佇まいが好きです。

「BOLERO 2020」は映像作品。これまで何回も観ていますが、大画面でみると視点が変わりますし、何より劇場のスピーカーで聴けるので音響が素晴らしいです(演奏者の咳まで録音されていることに気づきました)。
私自身も最近になりZOOM会議の機会が増え(会議メンバーが突然踊り出したら面白いだろうな)、と思いながら観ました。

すかさず幕が上がり「FratresⅢ」が始まります。「Fratres」シリーズはずっと観続けてきましたが、Ⅲになってやっと(これはベジャールの「ボレロ」だ)と思うようになりました。どうやら今ツアー以降の上演は未定のようですが、折々に上演してもらいたい作品です。

休憩の後は「春の祭典」。メンバー総出演の舞台はこれまでも劇的舞踊シリーズでありましたが、全員が一斉に舞台上で踊るのは初めてではないでしょうか。
金森さんが語る(音楽の可視化)、冒頭はそれぞれダンサーが楽器を分担している事がはっきり認識できますが、徐々にその分担ルールは緩やかになり、次第にひとつの音楽としての大きな動きと共にストーリー性を持って進んで行きます。
私自身は舞踊をしないせいか、舞踊を観る際に無意識に表情を追いがちになります。Noism版「春の祭典」は病人風メイクとボサボサの髪により、表情が分かり辛く、プレビュー公演時は正直面食らったのを覚えています。
一見すると見にくいことも現代を表すために敢えて用いているのでしょうし、実際ダンサー全員が「春の祭典」の住人になりきっていて圧巻でした。

カーテンコールでは鳴り止まない拍手と増えていくスタンディング。昨日は後ろの席で躊躇してしまいましたが、今日は私もピシッと立ち上がりました!
直前にみたオリンピック表彰式で、無観客のためその場にいる選手・関係者が一生懸命メダリストを称賛する姿に感銘を受け、私も良いものはきちんと称賛したいと思いました。

さあ、あとは札幌の大千秋楽を残すのみです。気になるメンバーの去就も明らかになっているかもしれません。私もワクチンの副反応次第ですが、可能な限り見届けたいと思います。

おまけ…与野本町駅構内にツバメの巣。乗降客や放送の音がすると「親が来た」と思って口をあけて鳴き始めます。

(かずぼ)

心に響くもの(サポーター 公演感想)

☆ストラヴィンスキー没後50年 Noism0+Noism1+Noism2『春の祭典』(2021/7/24@彩の国さいたま芸術劇場〈大ホール〉)

私の初日となった、さいたま2日め。
タイトルは『春の祭典』だけど、4作品をたっぷりと。

どれも全くの初見ではないので、あの時はあんな印象を受けたなぁ…とか、あの時の自分はあんな状態だったなぁ…とか、うっすらと思い出しながら、ゆっくりと作品世界に入ってゆく感じ。

もう1年以上、多くの人たちが孤独と向きあい、胸に祈りをいだき続けている。
Noismの舞台も、様々な姿をした孤独と、祈りに満ちている。そして、(単純ではないけれど)希望もまた。
見る人によって、見る時によって、心に響くものは変わるだろう。

さいたま千秋楽は、私も千秋楽。
どうぞつつがなく。

(うどん)

劇場外のポスター
おまけ…与野本町駅前、真夏のお疲れ気味のバラ

「5-7月のNoism と私」(サポーター感想)

☆「市民のためのオープンクラス」・『春の祭典』新潟公演 ・ Noism Summer School2021

前シーズンのオープンクラスは申し込みに出遅れて受けられないクラスがあったので、今回はメール受付日に日付が変わると同時に送信した。我ながら大変な意気込みだ。

体験が経験に変わりつつあるのを実感しているのが、浅海侑加先生とNoism2メンバー総出の「Noismバレエ体験(初級)」だ。回数を重ねるとこちらも指導する方も慣れる。

参加者のカラーが毎回違うのもこのクラスの特徴。明らかにほとんどが経験者という時やら、いろんなレベル、バックグラウンドの人たち混在の時やら。

すばらしいと思うのは、回を追うごとにレッスン内容がどのレベルの人が来ても満足できる方向に行っている事。動きが複雑になりすぎないよう、長くなりすぎないようになっている。初心者はマネをしやすく、更にレベルアップしたい経験者は基本的なポーズ、動きに磨きをかけられる。 Noismバレエはクラシックが根底にあるが、基本となる腕の位置や角度などに違いがあるので、スタジオBに来たらこう動く!というのが身に付くまでどのくらいかかるやら…
出来るだけ長く通い続けて身体に染み込ませてカッコよく踊りたいものだ。

5/9初めてのバレエ中級。鳥羽絢美、西澤真耶先生。経験5年以上が対象なのでそれっぽいお姉さん方がほとんど。お手本になりそうな方の近くのバーにさりげなく陣取る。フロアになってからもコンクールに出そうな大きく踊る人の斜め後ろに位置取り。その人に頑張ってついて行った。
でも楽しかった!初級はNoismバレエの基本をキチンと身に付けたいのでポジション等に気を使うのだが、中級は「もうやったれ!」とばかり大きく踊り、ピルエットダブルも勢いで回る。

5月9日のレパートリー中級クラスは『BOLERO 2020』終盤のユニゾンでした。長さにすると1分ちょっとなのだがギッシリ詰まっているわ展開は速いわ…「踊ってみた」どころではない。「マネしてみた」にもならない。他の参加者さんたちは表現はともかく少なくともマネしてついていってるように見えたので気弱になってしまい、終わってからジョフォア先生に「今回は難しかった。ちょっと恥ずかしかっ…」言い終わる前に一喝「恥ずかしくない!!」反射的に「恥ずかしくない!恥ずかしくない!」と叫んだ私。

そうです。弟子が弱気になった時の迷いの無い師の一喝。これは大事です。勇気づけられました。これからも出来るだけ出席してコンテンポラリーに慣れたいです!

「今やったのはダンス以前のことなんです」
5月23日のからだワークショップの後で勇気先生とお話をした。
最初は自分の体をさすったり叩いたり、関節ごとに動かしたりして目覚めさせ、次は2人ひと組で向かい合って見覚えのあるあの動きを…

「これ、アレですよね?」「そう。アレです」先生と目で会話。『Adagio Assai』の冒頭の動き。相手と目を合わせ、自然に連動して動く。初対面の相手なのではじめはぎごちなかったりするが、だんだん角が取れて行く。仕掛けたり仕掛けられたりするうちにどっちがリードしているのか分からない状態まで行く。そしてより自由に動いて行く。
終盤は風に乗ってあちこち飛び回る。相手もどんどん変えて行ってその場の雰囲気に浸って自分を解放する。「無礼講」に近い感じである。

先生のクラスは最初から柔らかい空気が流れているのだが、終わる頃にはすっかりスタジオBが温かく練れた感じに出来上がっていました。
みんなお友達状態で、楽しかったですね!とあちらこちらで笑い合う。

マスクをしていてちょうど良かった。日本人は目を合わせるのが苦手だし気恥ずかしい。簡単には心を開けない。顔が全開だったらここまでたどり着けなかったのでは、と思う。かと言ってフルフェイス仮面をつけたとしたら、とてつも無くアヤシい雰囲気になるだろうし…
怪我の功名ならぬ、マスクの功名でした。

JAZZのジャムセッションに似ている。決め事をする時もしない時もある。まず誰かが動く。それに他の者が合わせて行き、進むに従ってリードする者が移り変わって行く。そして全体としてのグルーヴが形成されて行く。
その時の場所、メンバーの組み合わせ、お互いの技量そしてそれを測る能力等によって毎回違うものができる。一期一会。
もちろんこれは極めてうまく行ったケースです。いつもみんなが満足できるとは限りません。
楽器という道具を使うので、身一つでやる身体表現よりも自分をさらけ出しにくいかもしれない。

今回の私のオープンクラスは、6月に申し込んだ2クラスをキャンセルしなければなくなったので5/30のバレエ初級で最後となった。
ワクチン接種の副反応(と自分の中で確信している)の目まいが長引いたのだ。
何があるかわからないので皆様ご注意を!

Noismバレエ(中級)
撮影:遠藤龍
Noismレパートリー(中級)
撮影:遠藤龍

回復途上でフラつきながら行ったシネウインドのボレロ上映会と公開リハ。
そしてほぼ回復して待望の公演。今回は初めてツレアイを誘った。満を持して、と言う感じ。演目もベジャールゆかりの有名曲だし、「他の2曲もすごいよ!オススメだよ!」と推した。
とても感動しておりました。次回も行きたいそうです。良い意味でこなれて一般受けするようになったからだと思います。各演目、ストーリーが想像しやすいし、『春の祭典』のアグレッシブさが印象的だったそうです。

7/2は2人で行き、7/4千秋楽は1人で最前列で観た。
『夏の名残のバラ』寄り添って見える時もあるが、執拗に執拗にダンサー(女優にも見える)を追うカメラ。あり得ないような角度からも時には残酷に写し出す。冒頭の鏡に向かって舞台化粧するシーンと繋がる。デュエットではあるが、ソロのように思えた。カメラは己れを客観視する自分自身。プロフェッショナルはそれをしなければならない運命にある。孤高の存在。
『Fratres III』の金森さんにもそれを感じる。他の人々がフードで身を守るのに対し、生身で試練を受けるストイックさ。自分自身に対する厳しさが見える。それでなければ他に対して厳しく接することは出来ない。
『BOLERO 2020』最前列だと全体が非常に見にくいので、今までみてない部分にフォーカスして観ることが出来た。いつか機会があればクラスでメタメタだったユニゾン部分のリベンジをしたいものだ。
そして『春の祭典』毎回変わっていく演出に、作品は生き物だ!と実感した。進化し、よりわかりやすくなっていると思った。皆さんのテーピングと汗…カラダを張っているから観客は感動出来るのですね。音楽そのものもエキサイティング。今回特に印象的だったのが「金管楽器って野蛮だ。打楽器よりもバイオレンスだ!」スクラップアンドビルド。
いつもより更に熱い公演でした。

映像舞踊『BOLERO 2020』
撮影:篠山紀信

そして私にとって今シーズン最後のイベント、「サマースクール」
毎年行われる舞踊家のための集中講座。2年前は見学だけさせていただいたが、今年は選考が通り参加する事ができた。Noismメソッド、バレエ、レパートリーの3クラス×5日なのだが1クラスのみの受講も可という事なので、メソッドを7月7日と9日に受けることにした。市民のためのオープンクラスは基本「体験」なので、継続していくつもりであればやはり一番根底にあるメソッドをやらなければと思ったのだ。

Noism Summer School 2021
Noismメソッド
撮影:遠藤龍
Noism Summer School 2021
Noismバレエ
撮影:遠藤龍
Noism Summer School 2021
Noismレパートリー
撮影:遠藤龍

今まで作品を観続けて来たが、こういうのに基づいて作られていたのか!というのが少し分かった気がした。レパートリークラスで踊りの一部分をやるというのも楽しいし意味があるのだが、私は不器用なので、コンセプトや基本的な動きが身体に浸透しないと不完全なマネも出来ず終わってしまう可能性大なのだ。

今回メソッドをほんの少しかじっただけだが、これからもいろんなクラスを出来るだけ受けて、スタジオBにいる時はNoism3、いや4?…… Noism24くらいのレベルにはなりたいな。
『Fratres』の蹲踞の姿勢からの、正座からの、膝立ちからの一連の動き等々。本当に地味で有意義でキツ~いクラスであった。でも大きな収穫があった。オープンクラスのからだワークショップと繋がったのだ。

Noism Summer School 2021
Noismメソッドでの山田勇気さん
撮影:遠藤龍

山田勇気先生、
ありがとうございました!
他の先生方にも感謝です!
次のシーズンも楽しみにしています。

(たーしゃ)

『春の祭典』、感動の新潟公演楽日の締めは金森さん相手のサプライズ♪

*この度の東海や関東を襲った豪雨とそれに伴う水の被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。

2021年7月4日(日)、『春の祭典』本公演の新潟楽日は舞踊家たちの入魂の熱演により、本当に感動的な舞台を観ることが出来ました。

バルコニー席にも一部、観客を入れるなど、この日の劇場はほぼ満席。埋め尽くされた客席から湧き上がる感動を伝える拍手は音量が違っていました。発声が止められているなら、もう本気で叩くしかありませんものね。そして、本気で叩かなければ済まないような舞台が続いたのですから、当然と言えば当然だった訳ですが。

新潟での全3公演をすべて観たのですが、この日は、新潟での見納めという思いを抜きにしても、どの演目も、その演目の持ち味が際立つ見事な舞踊が展開され、それを見逃すまいと目を皿にして見詰めるうちに、涙腺が決壊しそうになったり、鳥肌が立ったり、気持ちを煽られたりと大忙しで、感情の振り幅の大きさに身を浸し、その時間を堪能しました。

ここからはタイトルに含ませた金森さん相手のサプライズについて書くことに致します。この日の観客は劇場に足を踏み入れた時点で、全員ある計画の「共犯者」となり、その時を待っていたことになります。正確には、入場時、手渡されたプログラム、チラシの束の、その一番上に一枚、見慣れない「紫」の紙片を目にしたときからです。

「紫」色の紙片は「confidential(極秘)」
(「紫」の再現性がいまいちでスミマセン。)

「黒幕」は紛れもなく芸術副監督。知らないのは金森さんただひとりらしく、みんなが「ぐる」という「ミッション」は、もう完全な「うっしっし」状態で、心が躍りました。

そして、やがて、最後の演目『春の祭典』が客席を大きな感動に包んで、その幕が下りる時が来ます。客席からは、いつもの如く、否、いつも以上に大きな拍手とスタンディングオベーションが舞台に贈られました。とりあえず、新潟の3公演を踊り終えた舞踊家たちは前日までとは違ったリラックスした表情を浮かべています。その列に金森さんと井本さんが加わるのもこれまで通りです。もう会場中の誰もが笑顔で手を叩いている図になり、カーテンコールが繰り返されていきます。その笑顔はいつしか、「へまをしてはいけない」と自らに言い聞かせつつ、今か今かと「実行」の合図を待つ「ほくそ笑み」の要素が大きくなっていった筈です。たったひとりを除いて。

あれは何という曲なのでしょう、遂に、祝祭感に満ちた晴れやかな音楽が流れてきました。観客は一斉に「紫」の紙を掲げ、舞台上の舞踊家は金森さんの方に向き直っての拍手に変わり、場内の全員による紫綬褒章受章を祝う時間となりました。全ての視線は金森さんひとりに集中します。上方からはキラキラした紙片が舞い落ちてきます。場内の誰もがそれ迄に倍する笑顔に変わりました。事態が飲み込めず、キョトンとし、いつになくキョロキョロするたったひとりを除いて。

「6歳で踊り始めた穣さん、46歳で紫綬褒章受章。おめでとうございます」マイクを握った井関さんから、コロナ禍で授章式が中止となった状況下、「みんなでお祝いを」と、このサプライズの趣旨が話されたのですが、さすがは「大人の事情」に強い井関さん、一緒に暮らしていても感づかれたりすることなしにこの時を迎えられたようです。

『Fratres』のように容赦なくではありませんが、キラキラする紙片が舞い落ち続けるなか、『春の祭典』第一部後半のようにメンズとガールズに分かれた舞踊家たち。メンズが金森さんの長躯を掲げて、その下で騎馬を組むと、舞台シモ手袖からはNoism2リハーサル監督・浅海侑加さんを担ぐガールズの騎馬が登場。浅海さんの両手には大きな花束が抱えられていて、大喝采のなか、金森さんに贈られました。

「こんなの、Noismを17年間引っ張ってきて初めて」、更に「一生の思い出になりました。その思い出を多くの皆さんと共有できて本当に幸せです。…このような大変な時期に、こんなにも劇場に来て貰って」と感謝の言葉を口にした金森さん。その場の雰囲気を「引退式みたい」と表したときには、会場中から大きな笑い声があがり、すかさず、「まだまだ踊りたいですし…」と続けると、更に万雷の拍手が贈られました。観客もひとり残らず、この「サプライズ」に加われたことを喜んだ筈です。

豪華4演目と、その後、コンプリートしたミッションに、劇場はこの上ないくらいの幸福な一体感に包まれていました。お陰で、通常なら、楽日の終演後には必ず抱く「Noismロス」とも無縁で帰路につくことができた程です。この日の観客も一生、このお祝いのことは忘れないだろう、そんな確信をもってりゅーとぴあを後にしたような次第です。

さあ、『春の祭典』本公演、次は7月下旬の埼玉公演(7/23~25)、札幌公演(7/31)です。同地のお客様、感動の4演目、満を持して登場です。期待MAXで、今暫くお待ちください。

(shin)

『春の祭典』完成形に新たに照明が追加され、見違えた新潟公演中日に思う

2021年7月3日、前日の衝撃の余韻を完全には鎮めきれないままの土曜日。気を許すと、口をついて出てくるのは、「いやぁ、凄かった」みたいな断片的な語彙のみで、それというのも、昨年のプレビュー公演で観ていたものとは迫力、訴求力に格段の違いがある『春の祭典』完成形を目にし、打ちのめされていたことによるものでした。で、連れ合いやNoism仲間には、戯れに、或いは、少しは気の利いたジョークのつもりで、「金森さん、また何か変えてきたりしてね」など軽口を叩きながら、新潟公演中日の公演を待っていたのでした。

開演前のホワイエでは、久し振りに見掛ける知人、友人のところに寄って行って挨拶を済ますと、その後、「凄かったですよ、昨日」など、いったい何人に言ったことでしょう。そう口にすることで、自らの期待値のハードルを上げていることも自覚しています。初めてでも、そうでなくても、金森さんとNoismの舞台に向き合うとき、油断などゆめゆめ許されることではないのです。常に「超えてくる」希有な存在なのですから。

そして、果たしてこの日も金森さんは『春の祭典』で仕掛けてきていました。前日とは明らかに違っていたのは照明でした。ある箇所に追加された照明は禍々しさたっぷりの色味で、一目見ただけで不安感を掻き立てられ、すっかり目に焼き付いてしまって、うなされそうなほどのインパクトを有していました。改めて、「追い求める人」金森さんに「これでよし」はないのだと念押しされたような塩梅でした。

そうした、終わりのない「改変」の可能性も含めて、複数回の鑑賞に耐える、否、一回では把握しきれない深み、或いは豊穣さ、それがNoism公演の魅力のひとつであることに異を唱える人はいないでしょう。要は、Noismに対して自分の人生からどれだけの時間を割り当てるか、ということに収斂する、生き方の選択(という表現が大袈裟に過ぎると言うのなら、時間の使い方)の問題なのです。深く、豊穣な芸術を相手にするのなら、たとえ一度の機会でも心に大きな何かが残ることは間違いありません。でも、そこからまた、何回でも浸りたくなって、自らの有限な時間を費やすことで、その都度、生々しい体験が約束されるのが芸術、それも優れた芸術なのではなかったでしょうか。(自らの人生からいくばくかの時間を削り出して、それを芸術に委ね、そのリターン大なるを期待して、裏切られず、豊かな時間を過ごし得ること。)Noismはその点で、間違いなく、そうした美質を備えた舞踊団なのだと言い切りたいと思います。新潟中日の公演でもまざまざ実感させられた事柄でした。

前日は3列目(最前列)中央の席から、この日は11列目中央から観たのですが、見え方の違いを堪能できました。複数回観るのでしたら、席を変えて観るのが良いですよね。楽しみ方が変わります。

で、この日も、最後のカーテンコール時、前日同様、金森さんと井本さんが加わった舞踊家たちに、割れんばかりの拍手とスタンディングオベーションが贈られ、舞台上からも客席に向けて拍手で応じる場面に出会えました。

有難いことに、明日、新潟公演楽日も観ることができそうです。ですから、今から、明日は何を発見できるだろうかと胸は大いに高鳴るのですが、同時に、もう既に、(一足も二足も早く、)明日を観終えて後の「Noismロス」も予感しちゃったりして、何やら複雑な心持ちに傾き始めたりもしています。まだ明日の公演があるというのに…。げにNoism、まったく困った存在なのです。

さあ、新潟公演も残すはあと1日のみ。まだご覧になってない方も、既にご覧になった方も、こぞって劇場へ!明日の皆さんの時間を費やす価値MAXの舞台がご覧になれますから。

(shin)

名作と話題作と感動作に衝撃作!待ちに待った『春の祭典』本公演は驚きの超弩級!

2021年7月2日(金)の新潟市は実に蒸し暑い一日でした。

6F旬彩柳葉亭から窓外を望む

りゅーとぴあに運ぶ私たちの心も待ちに待った期待値の高さから更に熱かった訳ですが、それを更に更に超えていってしまったのが、この日の『春の祭典』本公演初日の舞台。結論、もう、金森穣とNoism Company Niigata、ホントに恐るべしです。

もう既に、何も書かぬままに、上に「結論」としてしまいましたが、それは本心。この超弩級の舞台を見せつけられてしまったら、それを語ろうにも、言葉など如何に陳腐で空疎なものにならざるを得ないか、そんな圧倒的な事実に直面する以外ないからです。

ネタバレはなしに書きますが、それを完全に徹底しようとするなら、演目の順序を告げる上の画像も本来、明かすべきではないのでしょう。馥郁たる「名作」の至芸に胸を焦がし、異色の「話題作」の細部に見入り、崇高な「感動作」に涙腺を直撃され、ストラヴィンスキーがリアルに降臨したかのような「衝撃作」に組み伏せられる超弩級のプログラム。4作品の折り紙付きの素晴らしさのみならず、その「繋ぎ」の見事さにまで息を呑むことになるのは金森さんの美意識あればこそ。待っていました、劇場が産み落とすこの非日常の豊かさ。瞬きするのも惜しいほど、一瞬たりとも無駄にしたくない濃密な時間…。

…観ているあいだ、こちらの身体も途方もなく火照り、奇妙に汗ばんだことも書き記しておきます。

そして、最後の演目『春の祭典』が終わったとき、舞台上で、肩を上下させながら、大きく口を開けて、最大限、息を吸い込もうとする舞踊家たちの例外なく苦しそうな顔、また顔。観客の視線の「生け贄」と化し、全てを振り絞って踊った者たちにとっては、劇場内に響き渡る拍手が如何に大きかろうと、耳がそれを受容する以前に、身体は正直で、まずは酸素を欲しないではいられない、そんな感じが伝わる険しい表情たち。その苦悶が舞踊家の渾身を雄弁に物語り、拍手は更に大きなものになっていきます。やがて、ひとりまたひとりと漸くにして表情が緩み、そうしてカーテンコールを繰り返すうち、舞踊家たちの列に笑顔の金森さんが加わった訳ですから、スタンディングオベーションの波が広がっていったことに何の不思議さもあろう筈がありません。いつしか、踊った者と見詰めた者の間に一体感が生まれ、舞踊家たちも客席に向けて拍手を返してくれたとき、初日の多幸感は頂点に達しました…。

とにかく物凄い舞台です。浸って観ているあいだも、観終えてからも、私(たち)は劇場が提供するこんな非日常を待っていたのだと実感できました。その実感、今度はあなたも♪

ストラヴィンスキー没後50年 Noism0+Noism1+Noism2 『春の祭典』、この上なく贅沢で、もう「必見」以外の何物でもありません!

(shin)

3/21 ホテルオークラ新潟「絶やさない、新潟のおもてなし Noism Company Niigata 応援しよう、ノイズム。その創造力と身体表現に浸る」会員レポート

※月刊ウインド編集部、さわさわ会役員、Noismサポーターズ会員の、久志田渉さんがご寄稿くださいました。

 ホテルオークラ新潟主催による、新潟の文化・芸術を応援しつつ、ホテルならではの食事を楽しもうという企画。新潟古町芸妓、合奏団「新潟ARS NOVA」に続く第3弾が、Noism Company Niigataを迎えて開催された。チケット販売開始から時間を経ずに満席となったが、幸運にもイベントの告知開始日に予約出来た為、最前列中央で鑑賞する機会を得た。

 開場前のホテルオークラ新潟4階コンチネンタルルーム前は、着飾った人々でにぎわう(りゅーとぴあ周辺でお会いするNoismファンよりも、ホテルオークラ新潟のご贔屓筋が圧倒的に多い印象。失礼を承知で書けば、話題の映画「あのこは貴族」ではないが、日頃過ごしているのとは別の世界に迷い込んだよう)。

 12時からは総料理長・小島淳氏によるフランス料理の午餐。フランス料理を食べつけないが、前菜の皿に彩られたビーツ・ターメリック・ハーブの三色ソースの美しさと旨さ、熱いパンに浸して食す「海老のビスク」、肉嫌いでもそのしっとりした歯応えに唸る牛肉ソテーなど、見た目と味まで心配りされたメニューを堪能(ついつい酒が進んでしまう)。

 13時半からは、いよいよNoismの公演。公演前にはNoism芸術監督・金森穣さんが登壇。世界レベルの舞踊に“和”の身体性を融合させて挑むNoismの精神と、ホテルオークラの創業者・大倉喜八郎の子息・喜七郎が提唱した「大和楽」を対比させ、この場で公演することの意義を強調。最前列の為、金森さんの足元が、語っている時まで左右に開いており、Noismメソッドが徹底していることに驚く(「市民のためのワークショップ」に参加したからこそ気付けたことかもしれない)。

 幕開けはNoism 2『新潟幻影』より「銀の吹雪」。各々一脚の箱椅子を持って登壇するNoism 2メンバー。センターの4人、バックの5人それぞれの献身と、邦楽の音色、照明の工夫とが噛み合い、宴席に新潟の雪景色が確かに現出する。池田穂乃香さんの伸びやかさ、カナール・ミラン・ハジメさんの落ち着きを特筆したい。

 続いてはNoism 1「Fratres I」。告知チラシにNoism 0の名が無く気になっていたが、やはりNoism 1メンバー(井本星那さんは欠場)のみによるアレンジがなされていた。後半のトークショーでもNoism 0メンバーが語っていたように、舞台袖から登壇するNoism 1メンバーの普段とは少し異なる緊張感が、客席にもビシビシと伝わるよう。センターを務めたのはジョフォア・ポブラヴスキーさん(昨年12月のオルガンコンサート以来の登板)。日頃の軽み・可笑しみのあるイメージとは異なるストイックさと、堂々たる身体を活かして舞台の要となっていたのが感動的だった。鳥羽絢美さん・西澤真耶さんの舞台を支える力強い美しさ、三好綾音さんの躍進、女性メンバーより人数の多い男性メンバーの存在感。「FratresⅡ」「FratresⅢ」を経ているからこそ、その祈りのような振付の共振、このシリーズを観てきた間のNoismや世界の困難が想起され、涙が零れる。

 三幕目は映像舞踊「BOLERO 2020」。昨年の配信開始以来初となる、大画面での上映だった。小さな画面で細部を見つめる喜びのある作品とはいえ、Zoomを思わせる分割された画面で複雑に交錯する舞踊と、孤立していた筈の舞踊家たちの動きが連鎖していくダイナミズムを大きなスクリーンで多くの人と共に観ることの味わいたるや。6月初めには、筆者がボランティアスタッフを務める新潟・市民映画館シネ・ウインドで、また7月のNoism本公演でも上映が予定されている為、ぜひ大画面で楽しむ「BOLERO」に期待していただきたい。

 そして締めくくりはNoism 0の金森穣さん、井関佐和子さん、山田勇気さんによるトークショー。冒頭、日頃とは全く違う環境での公演に臨んだNoismメンバーが発した緊張感について、「力量が問われる場」(金森さん)「スタジオBとは全く違う距離感。この緊張感を、舞台に活かしてほしい」(井関さん)と、エールを送った。

 芸術選奨文部科学大臣賞受賞について、「毎日『嘘じゃないの』と穣さんに聞き続けた」「自分のことよりも、Noism・りゅーとぴあや新潟の人々への感謝の気持ちが湧いた。そのことを再認識する受賞だった」と語る井関さんと、「この国のエラい人たちが、ようやくこの人(井関さん)の価値に気付いた」「舞踊家・井関佐和子を生み出したことは、自分が来てから新潟が成しえたことの三本の指に入る」という金森さんに、胸が熱くなった。

 当日配布されたパンフレットにはNoism全メンバーがそれぞれの「新潟の好きなもの・こと」が記されていたが(山田勇気さんが壇上でも強調された「北海道出身だが、新潟の魚の味は繊細。全然違う」という指摘も嬉しい)、司会者はあえて「新潟の厄介なこと」を質問。金森さんの「風や雪の中で、歴史的に身体に刻まれた忍耐強さが新潟の人にはある。それは凄く美しいことだが、新しいことを始めたり、世界に発信する時の瞬発力に繋がりにくいことが弱みとなる」という指摘には、新潟人として「正に」と唸らされた。

 今後への抱負として井関さんは「前へ進むだけではなく、(芸術選奨受賞を経て)自信を持ち、安心して掘り下げていこう」、山田さんは「今までは一歩一歩を大切に歩んできたが、より遠くを見ていこう」と語った。そして金森さんは、新潟の未来像として「素晴らしく、クリエイティブな街として世界に知られ、人が訪れ、また世界に人が出ていく街になるビジョンがある。新潟が金森穣を手放さなければ」とし、「いつまでも新潟で、より広く高く発信を続けたい。市民に広く知られる活動を展開しつつ、世界の頂に挑戦してゆく」と、その信念を強調した。

 サプライズとして井関佐和子さんの芸術選奨文部科学大臣賞受賞を祝し、「舞踊家・井関佐和子を応援する会 さわさわ会」代表・齋藤正行(新潟・市民映画館シネ・ウインド代表)が、さわさわ会&サポーターズからの花束を井関さんに贈呈。

 最後はNoism 0、1、2メンバー、浅海侑加Noism 2リハーサル監督も登壇しての記念撮影タイムを経て、プログラムは無事終了した。

 齋藤代表は「ホテルオークラファンの人がNoismを知って、公演を観に来てくれたら、嬉しいね」と語っていたが、広くNoismが新潟に暮らす多様な人々に親しまれる為の、新たな一歩となる時間だったように思う。

(久志田 渉)

謹賀新年♪りゅーとぴあマガジン「偏愛、Noism」にサポーター中村さんご夫妻

新年明けましておめでとうございます。

コロナ禍が席巻した旧年、すっかり変貌を遂げてしまった社会に、皆さまも怖れと不自由、そして気詰まりばかりだったことと存じます。しかし、私たちは蓄えた経験に基づき、叡智を結集して、「コロナ2年目」に立ち向かうのみです。「一陽来復」。勇気を持ち、辛抱しつつ、明日を信じて。勿論、私たちの伴走者はやはりNoism Company Niigata。支えつつ、支えられている訳です。Noismのある私たちの「New Standard」、本年も宜しくお願い申し上げます。

「迎春」金森さんから活動支援会員への年賀状

そうして迎えたお正月。2021年1月1日発行「RYUTOPIA MAGAZINE(りゅーとぴあマガジン)」vol.63 2021Winterの「偏愛、Noism」に、私たちサポーターズのメンバーでもある中村玄さん・昌子さんご夫妻が取り上げられています。皆さま、ご覧になられましたか。昨年聖夜の石丸由佳さん「オルガンコンサート」へのNoismの出演の舞台裏など興味深いお話も読めます。

「Stay Home」が提唱されるお正月、ゆっくりお読み下さい。

(shin)