『Duplex』埼玉公演3日目ソワレ(2/27)感想(サポーター 公演感想)

☆Noism0 / Noism1 『Duplex』(2021/2/27@彩の国さいたま芸術劇場〈小ホール〉)

一昨日に続き、「Noism0 /Noism1『Duplex』」埼玉公演3日目を観ました。 いつもですと、土曜日は合唱団の練習があるのですが、非常事態宣言で中止となり、幸いにも埼玉公演2回目を観ることができました。

最初は、森優貴さん「Das Zimmer」です。「群像劇」ですが、断章ごとに異なるダンサーにスポットがあたり、それぞれ見せ場があるのは観客として嬉しいですね。

先日はこの密室空間を「洋館」と書きましたが、今回は学校生活のように感じました。衣装も制服のようにも見えますし。

男女ペアの「ハグ」が印象的でした。密着せず持ち上げていないのに女性が浮いています。不思議な美しさがありました。

ラストの渡部さんのソロは、これまで周囲に合わせていた彼女が、自立し、もがきつつも前に歩もうとしています。井本さんの代演で相当なプレッシャーを感じていたかもしれませんが、見事でした。

「残影の庭」については、初演の京都公演と新潟・埼玉公演を観て気づいたことについて書きます。

まず、京都の初演を観た時は「あまり踊らないなあ!」というのが第一印象でした。それが新潟・埼玉公演では、静寂な世界観はそのままに踊りに満ちていて、その感じ方の違いに驚きました!

どうしてでしょうか。

第一に京都では「秋庭歌一具」のうち「秋庭歌」が雅楽のみだった、のがあると思います。舞踊家のいない舞台(庭)が「不在感」「残影感」を醸し出しますが、舞踊のみの公演でどうするのだろう?という疑問もありました。まさかの曲ごとカットには驚きました。

また、京都では共演した伶楽舎の影響も大きいです。雅楽は演奏家の立ち居振る舞いが「静」そのもの。武満徹の曲でさえも空間が動かない印象がありました。観客にも少なからず影響を与えていると思います。

舞台装置についても書きます。

新潟・埼玉公演では壁に備え付けだった灯篭は、京都公演では天井からぶら下がり、上下に可動式でした。 雅楽と舞踊の結界のようでもあり、また逆に極彩色の雅楽と淡色のNoismを結びつける効果もあったと思います。

新潟・埼玉公演でひらひらと落ちてきた落葉は、京都公演ではバサッと落ちてきたのも印象的でした。ベジャール「M」の桜吹雪と落ち方が一緒のようにみえました。

この落葉については、第一部の最後の曲目で声明を唱う僧侶たちが「散華(さんげ)」を巻いたのもあり、Noismの落葉が「散華」のようだったのも奇跡的でした(果たして金森さんは狙っていたのでしょうか?)

以上、思いついたままにつらつらと書いてしまい、非常に読みにくい文章になってしまいました。 何かしら公演や作品を感じる手助けになれば幸いです。

(かずぼ)

『Duplex』埼玉公演 大千穐楽(2/28)に行ってきました!

2021年2月28日。新潟も埼玉も春らしくていいお天気! 久しぶりの埼玉公演。関東にお住まいの友人知人、会員さんたちにたくさん会えました♪

さて、新潟公演の開場は15分前ですが、埼玉は30分前。 3番のチケットをゲットしていたので、早めに会場に行って順番を待ちます。 今回の埼玉公演は、いつも数回観る私には珍しく、今日1日だけの鑑賞。しかも楽日ですし、やはり最前列ですよね。 まん中上手寄りの希望の席に座れました♪

森優貴さん『Das Zimmer』が始まります。Noism1井本さんの代わりにNoism2の渡部梨乃さんが出演するそうなので期待が高まります。 とは言え、実はちょっと心配していたのですが杞憂でした。とてもよかったです! しっとりと落ち着いていて、でも初々しくて。 森さんが求めていた「ノーブル」という雰囲気にぴったりだったと思います。 渡部さんプロフィール:https://noism.jp/about/member/?person=8742

『Das Zimmer』は演劇的でミステリアスです。メンバーは皆、難しい役柄を自分のものにして踊っていたと思います。

休憩後は、金森穣さん『残影の庭―Traces Garden』。Noism0の3名が舞います。 これはもう「神」!! 美しい!!  見る者は法悦に身を委ね、ただただ呆然とするのみです。

素晴らしい大千穐楽でした。 皆々様、ロングラン公演おつかれさまでした! ブラボー!!!!!

※埼玉公演には速報チラシが折り込まれていました♪

  • Noism2定期公演vol.12: 4月22,23,24日 りゅーとぴあ劇場
  • Noism0,1,2『春の祭典』: 7月2,3,4日 りゅーとぴあ劇場             
  • 同: 7月23,24,25日 さいたま芸術劇場

3月もイベントや公演が次々と続きますよ♪ インスタライヴもあるかも。 目が離せませんね!

(fullmoon)

『Duplex』埼玉公演初日(2/25)を観ました♪(サポーター 公演感想)

☆Noism0 / Noism1 『Duplex』(2021/2/25@彩の国さいたま芸術劇場〈小ホール〉)

彩の国さいたま芸術劇場小ホールで開催された「Noism0 / Noism1『Duplex』」初日公演を観ました。与野本町の劇場に来るのは昨年1月の「森優貴/金森穣Double Bill」公演以来となります。

全5公演すべてが前売りの段階でチケット完売!新型ウイルスの影響により客席数が制限されているとはいえ、2月はダンス公演が非常に多い時期ですからチケット完売は喜ばしいことです。

最初に森優貴さんの作品「Das Zimmer」がNoism1メンバーにより上演されます。ちなみに出演者変更によりNoism1の井本さんとジョフォアさんは今回オンステせず、Noism1準メンバーの2人(杉野さん、樋浦さん)とNoism2メンバーの渡部さんが踊りました。

「Das Zimmer(=部屋)」と題されたこの作品、メンバーはレトロ風ながら洗練されたかっこいい洋装に身を包んでいます。制作段階で「密室群像劇」との言葉を目にしたこともあり、何らかの事情で外に出られない密室(嵐で閉じ込められた洋館や難破中の豪華客船内など)の中で起こる濃厚な人間模様を見ているようです。江戸川乱歩のミステリー小説の世界を想像しました。

ショパン・ラフマニノフの小曲とともに恋愛や軋轢のドラマを展開します。恋愛もどうやら一筋縄ではいかなさそうで「人物相関図」が欲しくなります。ただしドラマは暗転により突然終わり、普段見慣れているダンスとは違い(ノってきたと思ったら突然切られる)というはぐらかされた感覚もあります。森さんの解説には「外してみる」ことを試みた、とあるので意図されたものだと思います。

休憩をはさみ、金森穣さんの作品「残影の庭―Traces Garden」がNoism0の3人により上演されました。森さんが「部屋」ならば金森さんは「庭」。空間をテーマとする2作品が重なったのも楽しいです。

「残影の庭―Traces Garden」では武満徹の雅楽「秋庭歌一具」が使われていますが、タイトル曲「秋庭歌」は使用されていません。どうしてだろうか、と思い「秋庭歌」の曲についてウィキペディアで検索してみると、「『秋庭歌』は初演の際に舞がつけられていた」とあります。もしかしたら金森さんが初演の舞を尊重して新たに振付しなかったのかもしれませんし、この曲を外すことが「残影」そのもの、という意図なのかもしれません。

舞台はまるで日本の古典芸能のようです。人間が羽衣のような衣装を身に纏うことで精霊としての本性を現す、というのは古典芸能そのもの。3人の精霊が秋の庭で舞い遊ぶさまは、まるで既に伝承されている故事を見ているようです。

途中、古木やその魂(曲中で雅楽が「木魂」という小グループに分かれることに掛けているのかもしれません)も現れ、井関さんの精霊と踊るのも楽しいです。 落葉し精霊が去ったのち、再び羽衣を着た金森さんが現れますが、この金森さんは精霊ではなく「木魂」だったのかもしれません。

ちなみに、私が最近大好きなテレビ番組「ヒロシのぼっちキャンプ」では、ぼっちキャンプを楽しんだヒロシさんが場所を元に戻してからパッと画面から消えエンディングとなります。画面が風景だけになることで「(キャンプを楽しんでいた)ヒロシさんの残影」が強く印象に残ります。「残影」について考えていたら、この映像がふいに思い出されました。

上演は日曜日まで続きます。土曜日には新潟公演にもなかった1日2公演もありますし、怪我や感染がなく最後まで無事公演が成功して終えられるよう見守りたいと思います。

(かずぼ)

Noismの16thシーズンに、市側「要求水準達成」の評価と新潟日報が報じる♪

2021年2月20日(土)付け新潟日報朝刊が、その新潟面にて「ノイズム要求水準達成」と報じている旨、acoさんが知らせてくれました。出先でその知らせを受けましたので、帰路、コンビニに寄って同紙を購入して、その記事を読んだところです。

更に、新潟市のHPによれば、「令和2年11月19日(木曜)に開催した『Noism Company Niigataの活動評価に関する有識者会議』での意見交換を踏まえ、16thシーズン(令和元年9月から令和2年8月まで)の活動評価を行いました」とのことで、その詳細な「Noism Company Niigata評価書・16thシーズン(令和1年9月~令和2年8月)」についてはこちらからどうぞ。

評価の視点は「上演活動」「地域貢献」「国内他館との連携」「Noism以外の作品鑑賞」「コンプライアンスの遵守」「職員の労務管理」の6つで、前15thシーズンとの比較に基づきながらの「自己評価」とコメント付きの「市評価」に加えて、「市による総合評価(所見)」等を読むことが出来ます。

コロナ禍の影響もあり、数値が残せなかった項目も多くあったことを考え併せるなら、「総合評価:B」=「要求水準(評価指標)が達成されている」とされたことは、シーズン毎の評価が導入された初年度としては、充分に市側の要求や期待に応えるものと認められたことを意味し、至極当然のこととは思いながらも、やはり内心ホッとしました。

その評価、市側の所見はこう結ばれています。「今後もしばらくは、公演やワークショップが制限されることとなるが、公の施設であるりゅーとぴあの専属舞踊団としての自覚をもって、Noismの活動が市全体の文化活動に良い影響を与えるよう取り組んでいただきたい」と。

先般の『Duplex』のチケットが早々に完売し、来月(3月)予定のNoism1メンバー振付公演2デイズも発売から僅か1時間足らずでソールドアウトとなったほか、同月開催される市内の老舗ホテルオークラ新潟での「応援しよう、ノイズム。その創造性と身体表現に迫る」&「絶やさない、新潟のおもてなし」のフランス料理付きイヴェントも満席となるなど、今、Noismへの注目度は増している実感があります。であるなら、この時をとらえて、市側も自ら抱える専属舞踊団の更なるPRに力を注いで欲しいものです。市は第三者ではなく、まさに当事者なのですから、充分なバックアップに期待するものです。Noismは新潟市の誇り、新潟市の宝ですゆえ。

(shin)

【インスタライヴ-12】ワイナリー・カーブドッチの葡萄ジュースとともに新潟全12公演のことやこの度の受賞のことなど

*2021年2月13日(日)23時過ぎ、福島・宮城を中心に大きな地震がありました。被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます

2日前に『Duplex』新潟ロングラン公演を終えた2021年2月13日(日)の20時、穣さんと佐和子さんから13回目のインスタライヴが届けられました。

前回、困った「vol.」表記の食い違いについて、コメント欄にてお訊ねしたところ、アカウント違いの回をカウントしていなかったのではなく、インスタライヴ2回目(2020/8/1)・3回目(翌8/2)として届けられたおふたりの「留学時代」が、「前編」と「後編」、併せて「ひとつ」(つまり「vol.2」扱い)としてカウントされてのものとのお答えを得ました。そこで、当ブログでは、そのズレを埋めるため、「vol.」表記をやめて、今回を【インスタライヴ-12】と示すことにしました。ご了承ください。

前置きが長くなりました。今回はざっと以下のような内容でした。

穣さん、第15回「日本ダンスフォーラム賞」大賞受賞: 前日の2/13に発表。受賞理由にNoism継続問題で思い悩んだ2019年冬の『シネマトダンス』と2020年パンデミックのなかの挑戦。「大変な時期をくぐり抜けると、見てくれている人がいて、そのご褒美的に評価してもらえることの有難さ」(穣さん)今回同時に、同じ大賞を受賞したのが田中泯さん。リモート参加で、直接会うことが出来ず残念だったが、逆に忘れられない出来事になったとのこと。

『Duplex』新潟12回公演を終えて: *「12回」は2年前にもやっている(2019年の『R.O.O.M.』13回)が、大変で、濃密な経験だった。記憶をなくしていかないとやってられない。頭を空っぽにしたり、意識を他にズラしたりすることが必要になる。「結構、ひとつのことばっかり考えてやっている」佐和子さんを「馬だからね、競走馬」と評する穣さん。そして「閉じられているからね」とおふたり。

*『残影の庭』中の「赤く映るシーン」で、一回、石川さゆりさんの『天城越え』が本番中、佐和子さんの頭の中に流れたことがあり、「凄くカッコ良かった。ひとりで興奮した」と佐和子さん。(←これからご覧になる方はどのシーンか、お楽しみに。)

*りゅーとぴあ・スタジオBの小さな空間で、感染防止対策上、「市松」に着席した観客の「余白」は慣れるまで大変だった。そして、客席が感じられる距離でもあり、毎回、観客の雰囲気が違って面白かった。「同じ静寂でも、全然、質が違った」(佐和子さん)「50人限定で、しかも間隔を開けているから余計に、一人ひとりのエネルギーの気配がより伝わってきた」(穣さん)

*「本当に変な作品(『残影の庭』)をまた作りましたね。とにかく集中力が必要とされる作品で、それをどう保っていくか、新しい挑戦だった」と佐和子さん。武満徹『秋庭歌一具』は「ドラマチックに引っ張っていってくれる音楽ではない。物語があって、そこに浸ることで最終的に完結してくれる作品でもない。全部、自分から発信になる作品」(佐和子さん)「それと同時に、『見せる』って感じの作品でもないから、発信の仕方が難しい、今までにない作品」(穣さん)

*反省しかない。ある回。最初の頃の精神的なストレスが緩和されてきた頃、実演家としての実感が得られるからと「身体で思い切って踊り過ぎてしまった」「精神的ストレスを身体的ストレスに置き換えていた」(佐和子さん)(←穣さんのtwitterからすると、10回目の2/7(日)か?)「世阿弥の言う『動十分心、動七分身』と言う言葉がハマる。身体的なストレスは七分で良いんだと。初演で感じていた高度なヒリヒリするような緊張感が、実演を続けていく過程で抜けそうになるとき、それを如何に充分に満たすかが課題っていうことなんだよね」(穣さん)「やった感で安心したい部分があるんだろうね」(佐和子さん)「俺たちもまだ『若い』んだな」(穣さん)「だから、終わった後、自分の『若さ』が恥ずかしかった」(佐和子さん)

*「ずっと思っていることだけど、佐和子は変態」(穣さん)公演後の反省だけでなく、本番前の準備を飽くことなく続けている様子を見ていて、「どうなるかわからないもの(本番)のために同じように向かおうとしていることが変態的行為だと思うし、同じにならない公演について毎回、終演後に一喜一憂していることも変態だと思う。やっぱり変態だと思うよ」(穣さん)「自分でも『いい加減にしな』と思うんだけど」(佐和子さん)

*対する穣さんは「太いよね、精神が」(佐和子さん)「それなりに傷ついたりしてるんだよ」(穣さん)そして「精神的なストレスとか、反省とか悔しさとか、ある種、負のエネルギーが鬱屈してきたときに出るエネルギーがある。別なベクトルがあって、そこで多分中和している」と穣さん。「幅がある感じがする。凄く傷ついているところが真ん中にあるんだけど、幅があるから」(佐和子さん)

*再び、佐和子さんに関して、「舞踊家としての気質ってあると思うし、その変態性があなたを凄く希有な舞踊家にしているんだろうなって見ているけどね」と穣さん。更に、「今回、賞を貰った『シネマトダンス』のなかの『夏の名残のバラ』なんかまさに、公演に向かう準備をしている姿をみたときに創発されて、この瞬間をお客さんに届けたい、この人がこの瞬間に抱えている精神性を作品にしたいと思って、触発されて作った作品」(穣さん)

再び、同じく「大賞」受賞の田中泯さんについて: 泯さんのスピーチ、「僕はねぇ、僕よりダンスの方が全然大事なんだよ」で締め括られたことに感動したと穣さん。「舞踊家としてのいろんな葛藤があり、いろんな選択をしながらも、全て舞踊に取り憑かれたように生きてきた方」が語った重みに感動しちゃったと。しみじみ「カッコ良いね」と声を揃えるおふたり。「あの時代の人たちの熱い思いっていうのは好きだねぇ。魂が情熱をもっているっていうかさ」(佐和子さん)「じゃあ、ダンスって何だって話に行き着いちゃう訳だけど、一番端的に言えることは、『僕じゃない』ってことでしょ。僕がどうかってことじゃない、自分の外側、未知なるものとしてダンスみたいなものがあって、そのことの方が大事だって言う、その没我、忘我というか。だって、泯さんなんて自作自演される方だから、自分というものと凄いレベルで向き合ってきていて、そのなかでもなお、ダンスっていうものを自分の話にしない、それの方が重要なんだ、大事なんだってさぁ凄いことだよね」(穣さん)「鳥肌、鳥肌。凄いねぇ」(佐和子さん)「そうありたいなぁっていうか、ああいう年の取り方したいと思っちゃうね」(穣さん)

更に泯さん、もっと泯さん: 「同じ舞踊と呼ばれるものに携わっているとしても、全然違うからね」(穣さん)「もう劇場では踊らない」と言う泯さん、「劇場文化」って言ってやっている穣さん。穣さんに「会えると思ったら、楽しみにしてた」と泯さん、その言葉に「ビックリしちゃってねぇ」と穣さん。「結局のところ、根本的なところだから。何をしようが、道は違えど、舞踊っていう根底では同じところにあると思う。それへの愛情が強い人たちはみんな通じ合うんだと思う。舞踊をどれだけ本気で愛しているかっていうのが」(佐和子さん)「言葉、正確には覚えてないんだけど、泯さんが最近、あんまり『ザ・ダンサー』みたいな人に会えないって仰ってて、それはちょっとわかる気がする。アウトプットの方法がそれでしかないっていう人たちがちょっと少ないのかなって思っちゃうよね。踊れる、振り付けられる、出来る出来ないじゃなくて、それでしかないっていう…」(穣さん)「ダンス馬鹿ですよね」(佐和子さん)に笑うふたり。

埼玉版『残影の庭』について、これからについて: 会場のサイズの違いから、京都とも、新潟とも違う「また新しい感じになるんだろうなぁ」と穣さん。佐和子さんも「ああ、どうなるんだろう」と。「まだまだこれからもっともとっとチャレンジして、もっともっと踊って、…アウトプットしたときに観て喜んでくれる方々がいらっしゃるから俺ら続けていける訳で、それがいないで、続けてられるほど俺たちもそんなに強くはないんで」(穣さん)

そしてそして、「日本ダンスフォーラム賞」受賞に際して、穣さんがどうしても言いたかったこと…: 時間もギリギリになり、佐和子さんが「もうヤバイ、ヤバイ」と言うなか、「でもさぁ、最後にちょっとこれだけは言わせて」と穣さんが切り出したこと。「あのさぁ、どんな賞もそうなんだけど、俺、このさぁ、このダンスフォーラムさぁ、年明けにさぁ、「内定」聞いてたの、情報として。言わせて。大体さぁ、あらゆる賞がそうなんだけどさぁ、『おお、わあっ!』って思ってるときに皆さんにお伝えして、皆さんに言葉貰って、『ありがとうございますっ!』ってしたいんだけどさぁ。大体もうなんかさぁ、もう一ヶ月ぐらい過ぎるとさぁ…」に、佐和子さん「大人の事情があるのよぉ」でも、穣さんは「いやぁ、大人ばっかじゃん、やっぱ、時には子どもになりたくない?」と譲る素振りも見せないので、佐和子さんが笑って「皆さん、また次回」と遮り、今回のインスタライヴは締め括られました。

最後の部分、穣さんの「…さぁ」連発振りが子どもっぽくて可愛らしかったため、頑張って拾ってみました。他にも面白い話、興味深い話も満載です。こちらからアーカイヴへ飛べます。約56分、是非フルにお楽しみください♪

(shin)

『Duplex』新潟楽日、スタジオBは感動のスタンディングオベーション締め♪

2021年2月11日(木)、「建国記念の日」の新潟市・りゅーとぴあは、音楽では高嶋ちさ子さん(12人のヴァイオリニスト)あり、演劇なら吉田鋼太郎さん×柿澤勇人さん(『スルース ~探偵~』)あり、そして新潟お笑い集団NAMARAまでありと、駐車場も(吉田鋼太郎さんに因むなら)「所さん!大変ですよ」状態で、動かない車列にハラハラした方も多かった模様。かく言う私もUターンして、付近の駐車場を利用することに切り替えて、事なきを得たクチでした。

そんな『Duplex』新潟ロングラン公演楽日のホワイエは、(新潟では)見納めとなる舞台に高まる期待感が、顔という顔から間違いなく窺えました。この日が初めての人も、そうでない人も、あと数分で「約束された感動」に浸れるという高揚感を漂わせていなかった人など皆無でしたね。

4回目の鑑賞となるこの日は、頭を動かすことなしに、そのまま舞台全てを視野に収められる、これまでで一番引いた席(中央ブロックの後ろから2列目)を選んで腰掛けて、開演を待ちました。

いつも通りに開演時間を3分ほどまわった頃、森さんの『Das Zimmer』の幕が上がります。仄暗さのなか、青年期の5×5(+1)の男女によって描かれる群像劇は、(個人的には)やはり「束の間」とか「かりそめ」とか「儚さ」、或いは「喪失」とか「不在」とか「違和」などの類いの語彙が自然と浮かんでくるスタイリッシュな舞踊作品で、欧州の雰囲気が濃厚に立ちこめる35分間は、この日に至って、滑らかさとダイナミックさを増し、切なさという情緒を堪能しました。

休憩を挟んでの『残影の庭~Traces Garden』、情趣は一変しますが、こちらもこの上なくスタイリッシュです。それを「日本古来の」と言ってしまいたくなるものの、事はそう簡単ではなく、現代音楽と現代舞踊によって象徴的な手法で可視化された「日本らしさ」です。その古くて新しいさまが色鮮やかに観る者の目を射ることでしょう。初秋から晩秋まで、兆しては移ろっていく毎年の奇跡にうっとりとするのみ。武満徹×Noism0の自然頌。この「日本らしさ」、海外にも持って行って欲しいなぁと思うものです。

この日、「楽日」のスタジオB。どちらの演目も終演後にはスタンディングオベーションで応えた客席。このご時世でなければ「ブラボー!」も乱れ飛んだのでしょうが、その代わりに、僅か50人のものとは思えないほどの大きな拍手がいつまでも谺したカーテンコールは、演者にとっても、観客にとっても、至福の時間だったと言い切りたいと思います。

客席を大きな感動で包んだ新潟でのロングラン、全12公演。この勢いは埼玉に引き継がれます。埼玉でご覧になられる皆さま、お待たせしました。濃密な35分と35分に、普段とは全く異なる時間感覚をお楽しみ頂ける筈。圧倒されて、言葉を失う体験が待っています。乞うご期待ですよ!そして、まだまだ観たいですし、まだまだ観たい人は多くいらっしゃいますし、「凱旋公演」激しくキボンヌです♪

(shin)

心を鷲掴みにされ、身体は熱を帯びた新潟公演9日目の『Duplex』

例年より一日早い節分と立春を経た週末、2021年2月6日(土)の新潟市は、前日早朝の物凄い路面凍結が嘘のように、穏やかな日差しに恵まれ、暦の上のみの春から、日々、その「兆し」が大きくなっていることを実感できる一日でした。

そんな午後、りゅーとぴあ・スタジオBへ、『Duplex』の新潟公演9日目を観に行ってきました。都合3回目の鑑賞でした。有難いことです。

過去2回は、全体を視野に収めることが出来るほぼ中央部の席から観ていたのですが、この日は連れ合いが「最前列で観よう」と言うので、その言葉に従って、首振り覚悟で、一番前の席を選んで腰掛けました。複数回観るのなら、やはり、一度はその選択はアリですね。森さんの『Das Zimmer』では、あたかも「部屋」の一員ででもあるかのように、願えども得られない繋がりに身悶えし、「不在」に身を焦がす、その切なさを共有しましたし、更に、金森さんの『残影の庭』にあっては、3人の腕の産毛さえ視認でき、空気の震えまで伝播してくる近さはもう「圧巻」の一言で、一瞬にしてあたりを浸してしまう武満徹の「一にして全」の楽音とフォルテッシモで迫ってくる無音を全身で浴びることと相俟って、心を鷲掴みにされる時間を堪能しました。両作品とも、これまでの少し引いた席から視線を送っていたときとはまったく別物の見え方でした。

『Das Zimmer』の情緒たっぷりのピアノは誰だろう。ショパンなど、勝手に、無責任極まりなくも、「ホロヴィッツ」などという名前を思い浮かべたりするのですが、まったく根拠もないことでして、どなたか詳しい方からのご教示を賜りたいところです。宜しくお願い致します。m(_ _)m

『残影の庭』は、「耳を澄ますこと」と「目を凝らすこと」により、繰り返される季節の移ろいに、そしてその変化の「兆し」に、「奇跡」を感得する深みに打たれずにはいられません。また、この日は山田勇気さんの浮かべる表情が、金森さんとのデュオのときと、井関さんとのデュエットのときとでは全く異なることに目が反応しました。

どちらの作品に対しても、腕がだるくなるくらいに、少しでも大きな拍手を送りたいと思わずにはいられませんでした。その後、出口付近で手指消毒をして帰ろうと、検温機能付きの機器に両手をかざすと、いきなりピー音が鳴り、「37.7℃」と表示されて、ちょっと焦ることに。しかし、「そんな筈はない」と、慌てて隣のサーモグラフィーカメラに移動し、今度は額で測定させると「36.4℃」という数値を出してくれたので、ホッと胸を撫で下ろしました。なるほど、この公演の「熱さ」は、間接的に、検温機器にも伝わっていた訳でして(←ホントか?)、「ブラボー!」と叫べない今、先刻の精一杯の拍手が演者にその熱量を伝えてくれていたら嬉しいと思いながら、帰路につきました。

『Duplex』新潟ロングラン公演も残すところ、あと3公演となりましたが、楽日前日の2月10日(水)(19:00~)の公演は、11:00より若干の当日券販売があるとのこと。(りゅーとぴあ2Fインフォメーションでの販売。)「争奪戦」が繰り広げられるかもですけれど、諦めていた方には「吉報」と言えるのではないでしょうか。チャレンジあるのみです。もしでしたら、ご検討ください。

(shin)

『Duplex』新潟公演第2クール2日目(公演5日目)を観る♪

新潟市の2021年1月30日(土)は、週頭からの予報では前日からの「暴風雪」が続くとされた日。しかし、開けてみれば、時折、真横から雪を伴った強風が吹き付けたりすることはあるものの、そんな人をいたぶるような荒れた時間は割りに短く、積雪も、酷い路面の凍結もなく終始し、安堵することになりました。

「もし荒れた天気だったら嫌だな」など思いながら迎えた『Duplex』新潟公演第2クール2日目(公演5日目)でしたが、まあ、それも杞憂に終わり、「舞台を楽しむだけ」という気持ちで客席に着けたのはラッキーでした。

また、開演前と終演後には、久し振りに会う方々とも、適度な距離を保ちながら、言葉を交わすことができ、「ワクワク」と「うっとり」が増幅するのを楽しみました。

前週の金曜日に初日の公演を観てから、この日が2回目の鑑賞。やや余裕ももちながら視線を送っていたつもりでしたが、瞬きも忘れて凝視したりしていたらしく、ドライアイ気味になり、目をショボつかせることしきり。そして驚きの場面と知っていても、またしても驚いてしまったり、「2度目だというのに」とそれこそ驚きでした。

次に2作を観た個人的な印象を若干記したいと思います。心に浮かんだよしなし事を、ネタバレを避けつつ書き付けるつもりですが、お読みになりたくない向きは、*****と*****の間を読み飛ばしてください。

*****

森優貴さんのNoism1『Das Zimmer』。冒頭から張り詰めた空気は不穏そのもの。10人(+1人)の内面を表象する色濃い影。交わらない視線、一様でない表情。ときに翻り、ときにたくし上げられるスカートの裾、その性的(sexual)なimplication(暗示)。対する大仰な男性らしさ(musculine)の誇示。注ぎ、注がれる品定めの視線。性別(gender)への違和(SOGI)。かりそめでこれ見よがしの交歓。喪失(語られることのない)と過去の呪縛、震え…。この部屋を照らす光源はどこに見出せるのでしょう。重ねられていくfragileな(脆い)断章に、ラフマニノフとショパンは似合い過ぎです。

金森さんのNoism0『残影の庭~Traces Garden』。こちらは勿論、「はじめに武満徹の音楽ありき」の舞踊。武満本人が使った表現で言えば、「沈黙と測りあえる」音、或いは極めて沈黙と親和性の高い音が、ぽつん空間に落ちるや、一瞬にしてあたりを浸してしまうかのような彼の音楽を可視化した美しさが際立つ作品は、徹底して耳を澄まさんとする意志に貫かれた端正な作品でもあります。また、目に鮮やかな黄色と赤から、それぞれカロテノイド(黄)、アントシアニン(赤)と自然界の植物色素を連想させられたのも武満ゆえかと感じられました。

*****

どちらも最初に観たときよりも、強く胸に迫ってくるものがありました。複数回観る幸福に浸りながらも、同時に、より多くの人に観て貰いたいという気持ちもあり、その意味では複雑な部分もあります。やむを得ないこととは言え、50人とは少な過ぎ、勿体なさ過ぎです。それだけに凱旋公演であるとか、「生」が無理なら、配信であるとか、なにか機会を作って頂けないものかと思ったりもします。そんなプラチナチケットの公演、これからご覧になられる方はご堪能ください。

(shin)

『Duplex』新潟公演、ロングラン初日の幕が上がる♪

2020年1月22日(金)の新潟市、宙から降ってくるのは雪ではなく雨。それでも道路脇に高く固く積まれた雪の壁を融かすほどの雨量ではありません。正直、物足りない雨という感じでした。

しかしながら、18時半頃、りゅーとぴあ2Fの東玄関(新潟市音楽文化会館側)を入ったところに(距離を意識しつつ)集まってきた顔たちはどれも晴れ晴れとした笑顔ばかり。そう、この日は『Duplex』Noism0/Noism1新潟公演の初日。りゅーとぴあで全12公演、チケットはすべて「sold out」のロングランがスタートする日。皆さん、胸躍らせて駆けつけて来た訳です。

「密」を生み出さないために、4FのスタジオBへ上がっていくのも、券面に印刷された入場整理番号により、10人刻みで案内されます。勿論、一人ひとり、マスクの着用、検温に手指消毒等の感染拡大防止に向けた高い意識が求められることは言うまでもありません。私たちは自分たちが愛する芸術を守る責務もあるのです。

ところで、この2日前の1月20日(水)には、BSN新潟放送製作のドキュメンタリー「芸術の価値 舞踊家金森穣16年の闘い」が第75回文化庁芸術祭賞テレビ・ドキュメンタリー部門で大賞を受賞したことを記念して、同局が夜7時というゴールデンタイムでの再放送をしたばかりでした。それは通常ですと、新潟ローカルの人気番組『水曜見ナイト』の放送枠でもありましたから、多くの方がご覧になり、これまでにないくらいNoismへの関心が高まったと見え、放送後、りゅーとぴあの仁多見支配人のもとには「何故、チケットが手に入らないのか」との声が多数寄せられていると聞きました。しかし、「密」を避ける配慮から、座席が千鳥に割り振られたスタジオB公演の席数は、当初から各回ジャスト50席。それはそれで致し方のないことですが、これを機に私たちは一層強くNoismを待望しなければなりません。

で、公演についてですが、まだ初日を終えたばかりですので、多くは書きますまい。ネタバレもなしで、ごくごく簡単に。

Noism1が踊る森優貴さんの『Das Zimmer』と金森さん×Noism0の『残影の庭~Traces Garden』を併せて観るということが如何に贅沢なことであるかだけは書いておかねばなりません。この2作、ほとんど何から何まで異なる2作と言えるでしょう。世界初演『Das Zimmer』の35分と、先日の京都公演とも異なるという新潟ヴァージョンの『残影の庭~Traces Garden』35分。尺まで一緒なのに、休憩を挟んだだけで、同じ席にいながらにして、現出するまったく異なる時空に身を置く自分を体感することでしょう。その驚異に息をのむ私たち、僅か50人!

僅か50人で、その2作をすぐ目の前で息を詰めて見詰めることの興奮!その時間を贅沢と言わずして何と言えば良いのでしょうか。

その贅沢。そもそも劇場専属舞踊団というNoism Company Niigataの在りようが、「今」、この極めて困難な状況下でのロングラン公演を可能にしていることも忘れてはならない事実です。心身共に縮こまって、萎縮したようにして過ごす他なくなってしまった不自由な日常に穴を穿ち、大いなる解放が、非日常の感動がもたらされる35分×2であることに間違いはありません。

さあ、新潟公演の幕は上がりました。運良くチケットを手にされた方、圧倒される準備はできていますか。弛まぬ舞踊への献身が産み落とす果実を目撃し、心が共振する時間をお楽しみください。

(shin)

「vol.11」として届けられた穣さん+佐和子さんインスタライヴは文山烏龍茶を飲みながら京都公演から新年の抱負まで

2021年初のおふたりのインスタライヴが1月12日(火)の夜8時から配信されました。私は同時刻に生で拝見することが出来ず、遅れてアーカイヴに残されたものを楽しませていただいたのですが、皆さまも既にご覧になられたことと思います。

以前に佐和子さんが台湾で求められたという立派なお茶道具のセットを前に、この度の京都行で出会われたという文山烏龍茶(爽やかな口当たりで、限りなく緑茶に近いのだそう)を飲みながらの寛いだお話には引き込まれて聞きました。

まず、ちょっと細かなことから始めますが、「vol.11」と銘打たれた今回の配信ですけれど、昨年9月に、おふたりのアカウントではなく、穣さん単独のアカウントから行われた7回目の配信「バレエ談義」を含めますと、正確には「12回目」或いは「vol.12」となるものでして、今後、表記に若干困るなぁ、と勝手に思い煩っております。ですが、今後のことは今後、改めて困ることにして、今は割り切って、その「vol.11」として届けられた回をかいつまんでご紹介することに致します。

間近に「Duplex」新潟公演・全12回のロングランを控えた今、この時勢で公演が打てることを恵まれているとし、「勿論、観に来て欲しいが、観に来てくださいと言い難い歯痒さがある」と穣さん。実際に観ている人がいるのはエネルギーが全然違う。2000人規模のロームシアター京都で感じたのは生の波動、静寂なエネルギー。「静寂」とは音がないことではなく、人が作るもので、息を詰めている緊張感が伝わってくるもの。京都ではヒリヒリして、35分が長く感じられたそう。

伶楽舎の皆さんが身を包む装束は5kgもの重量があり、座ると重心が下がって安定することで、身体性に寄与する側面がある。対する、佐和子さん・穣さん・勇気さんの羽織は空調でも動くくらいの軽いもの。「風」や大きな揺らぎのなかにある感じがし、見えない何かに翻弄されながら、空間性を感じられる衣裳。滑らかな揺るぎは半端なかった。

指揮者不在で演奏される生の雅楽は、当然ながら、毎回、スピードもテンポも異なり、それは指揮者がいるオーケストラの比ではなかった。そのときのベストなテンポをどう読み取れるか、「入り」のニュアンスにどう反応するか、まさに「インプロ(ビゼーション)」した感じ。貴重な体験であり、たった一回の公演では勿体ない。どこかでまたやりたい。また、武満徹の雅楽は雅楽でありながら、武満徹であった。改めて凄さを感じた。

昨年、聖夜のオルガンコンサートでも、生のパイプオルガン(石丸由佳さん演奏)で「くるみ割り人形」のアラビアの踊りを踊った佐和子さん。「生で影の映像を使うマジックショー的な演出」は3分半とはいえ、ストレスが大きかったと明かしました。途中、なかなか音が来ない箇所もあり、勇気さんがスクリーンの後ろから両手で合図を送ったりというハプニングもあったそうですが、「観てる方のために創ってるからね。生ではハプニングもひとつの醍醐味」と穣さんは平然。

昨年来のコロナ禍がまだまだ続く2021年。「自分の身の回りの人のことを気にするようになってきている。いろんな人たちに目を配れたらなと思う」と佐和子さん。

穣さんは、活動継続問題などもあり、「闘っている」意識が強かったが、「恵まれてたんだな」と認識することができたと言い、「守りに入らなければならない世の中にあって、なおのこと、挑戦しなきゃと思う。それが恵まれている者の責務」とし、自分がやってこなかった新しいことへのチャレンジを誓いました。また、作品を創作するときには常に、「観ている観客・他者を『embraceしたい(包み込みたい)』気持ちとポカ~ンと突き放したい気持ち、その相矛盾した気持ちがある」と語り、言葉では言い表し難いものの「自分のなかで『攻めている』ものとそうでないもの」があるとしました。それを聞いた佐和子さんは「常に攻めて欲しいと思っているから」と返し、穣さんも「常に攻めているから」と応じました。そして、その「攻める」ことに関して、穣さんはいろんな攻め方をしたいとし、自分のなかの精神の傾きの「プリズム」が止まらず、くるくる回り続けて、いろんなことが乱反射する一年にしたいと締め括りました。

京都を発つ前に穣さんがAmazonでポチッとしたという文山烏龍茶のリラックス効果でまったりと話されたおふたり。皆さんも試したくなったでしょ、文山烏龍茶。かく言う私もです。Noismサポーターの相次ぐ注文で時ならぬ品薄になるかもですね。(笑)

最後に、穣さん、「客席と舞台で時間が共有できたら嬉しい」と。この模様はおふたりのアカウントにアーカイヴが残されています。まだご覧になられていない向きは、是非、全編通してご覧下さい。拙いご紹介でしたが、これまでとします。

(shin)