20周年記念公演「Amomentof」記者発表に出席してきました♪

2024年4月19日(金)の新潟市は、雨こそ落ちてはこないものの曇天そのもので、薄着では肌寒く感じられるような一日でした。そんなお昼の時間帯(12:00~13:00)に、りゅーとぴあの〈スタジオA〉で開かれたNoism Company Niigata 20周年記念公演「Amomentof」の記者発表に出席してきました。

Noismの出席者は金森さん、井関さん、山田さん、そしてその後ろにNoism1及びNoism2全員の総勢25名。揃って居並ぶ様子は壮観でした。この日の会場には県内マスコミ各社が駆けつけていたほか、オンラインで約20社ほどの参加があったとのことです。
ここではその記者発表での様子についてご報告いたします。

☆井関佐和子さん(Noism 国際活動部門芸術監督): 今回の公演の意図と経緯
・新作2本(『Amomentof』『セレネ、あるいは黄昏の歌』)を上演。
・演出振付家の金森に依頼するにあたって、20年を通過点とみて、「蓄積」(=今までのもの)ではなく、飛躍のためにも、「蓄積」の次の一歩を、と思った。
・演出振付家への信頼、メンバーへの信頼とともに、観客への信頼がある。「次は何を作るんだろう」「それに観客はどう反応するんだろう」→金森には「何もテーマを決めることなく、今、現時点で作りたいものを作って欲しい」と依頼。→作品はほぼ仕上がりつつあるが、「20周年記念」に相応しいものになったと思っている。

★金森穣さん(Noism 芸術総監督): 今回の演出振付作品について
・芸術家は何もテーマがないところから創作は出来ない。必ず、そこには対象がある。
・『Amomentof』の対象は井関佐和子。その身体のなかにNoismの歴史がある。そしてマーラーの交響曲第3番第6楽章から感じる「舞踊とは何か」を井関佐和子という舞踊家を通して顕現させたいと思った。
・『セレネ、あるいは黄昏の歌』に関しては、現代の科学技術の進歩の恩恵は計り知れないが、それによって脅かされているもの、失われていくもの、忘れられているものがある。再び忘れてはならないものに向き合うきっかけを与えるものが芸術のひとつの力と考えている。「人間とは何か」ということを軸に集団として表現したい。また、『Amomentof』とも共通して、Noismとして蓄積してきた身体性が総動員されている。春夏秋冬、異なる身体性で創作している。

☆山田勇気さん(Noism 地域活動部門芸術監督): Noism2メンバー出演に関して
・研修生カンパニーNoism2は2009年に発足。地域の学校公演、地域のイヴェント等で活動している。今回は『Amomentof』に出演する。
・カンパニー全体としての層の厚さ、空間的な広がり、奥行き等を表現出来たら嬉しい。
・次の5年、次の10年、次の20年に向けて鼓舞したり、希望となるような公演にしたい。

★質疑応答:
【Q1】20周年を迎えてどんな思いか?
 -金森さん: 「A moment」、一瞬だった。20回、循環する四季の巡りを体験してきたが、ひとつとして同じ季節はなかった。時間の蓄積と多様性が大きな変化。20年ということに「節目」感はない。裏を返せば、毎日が節目。
 -井関さん: 現時点では、一瞬といえば一瞬だが、いろんな道のりがあった。この20年の歩みのなかで、この道しか自分を生かす道はないなと思った。この道を歩くというのをこの20年で定めた。

【Q2】公演に向けてここからどう進めていくのか?
 -金森さん: 作品としてラフスケッチは出来たが、更に練って練って試行錯誤。舞踊家の身体に入れていく。演出という行為は、そこにある空間・もの・気配などを活かすことではなくて、変容させること。それは振付も同様。舞踊家が変容していくさま。無自覚で潜在的な能力や才能、輝きみたいなものを引き出すために振付はある。そのためには時間もエネルギーも必要。我々のこのような環境でなければ辿り着けないもの。Noismにおける金森穣の舞台芸術は、金森穣のアイディア、コンセプトに基づいて生まれるものではあるが、ひとり残らず、参加するNoismの実演家たちによって生み出されるもの。そうした実演のされ方が重要。
 「どれだけの時間をかけてきたんだ、この人たちは」といったものを我々の舞台を通して感じて貰えるようでなければ、Noismとしての存在意義はないと思う。

【Q3】「一瞬の」と読める作品、もう少し説明して貰えないか?
 -金森さん: 20年前からずっとNoismを追ってくれている人たちにとっては涙がとまらないような作品になるかもしれない。極めて具体的にNoismの20年を想起させる演出をしている。一方、初めてNoismを観る人にとっても、舞踊芸術への昇華ぶりを目の当たりにして感動して貰える作品にしたい。

【Q4】改めて今、金森さんにとって、「舞踊とは何か」を聞かせて欲しい。
 -金森さん: 詩や音楽やあらゆる文化・芸術が生み出される前に、そして、我々が身体をもって生まれる限りにおいて、そこには既に舞踊がある。それだけ根源的な芸術こそが、「人間とは何か」を表現するのに最も相応しい、それが私の舞踊観。「人間とは何か」の問いは、どれだけ時代が変わり、社会が変容し、技術が発展したとしても問われ続けていくこと。そうした舞台芸術を新潟市という一地方自治体が文化政策として掲げていることの価値や意義には大きなものがある。生涯、命が尽きるまで舞踊と向き合っていく。「私を見てください。それが舞踊です」

【Q5】(メンバーへの質問)「20年」の歴史の節目に立ち会っている思いと公演への意気込みを聞かせて欲しい。
 -Noism1・三好さん(井関さんからの指名による): これまでの様々な人の顔が思い浮かび、プレッシャーに感じることもあるが、この一瞬にどれだけ同じような愛情を注げるか。今、自分が日本の劇場で働けていることは誇り。海外への憧れよりも、もっと素敵な「夢」を20年かけて作ってきてくれたという思いをのせて公演をよいものにしたい。

【Q6】ファンの人たちへの思いは?
 -金森さん: 感謝しかない。感謝という言葉では足りない。見て貰えなければ成立しないものだから。ただ、その人たちのためにやっているのではない。そのあわいを失すると芸術家として死んでしまう。物凄い感謝を感じつつ、背を向ける。その背中で愛を感じて欲しい。
 今、私が思っている未来は、このふたつの作品に全て込めている、それが今、演出家として言える全て。

【Q7】舞踊家・井関さんのどこに創作の源泉を感じるのか?
 -金森さん: 一舞踊家として様々な要素があるが、何より生き様とか献身する姿。これだけ舞踊芸術を信じ、献身する舞踊家を見て触発されない演出振付家はいないだろう。

【Q8】『セレネ』に関して、前作と今回作との関係性は?
 -金森さん: どちらも「セレネ」という役が出て来ること、イメージ的には前回は黒が基調の世界観に対して、今回は白と反転。(井関さんからの囁きがあって、)共通するのは儀式性。 

【Q9】『セレネ、あるいは黄昏の歌』、ヴィヴァルディを選んだ理由は?
 -金森さん: 四季の巡りのテーマからリサーチをした。最初にヒットしたのがヴィヴァルディだったが、「これは作品化できないなぁ」と思って、更にリサーチして、マックス・リヒターの編曲版と出会い、「これはいける」と感じた。
そのふたつの『四季』に関して、「何故この音楽には舞台空間が見えて、何故この音楽には見えないか」は本質的な問い。「この(創造の)能力は果たして何なのか、どこから来ているのか」、答えられる者はどこにもいないと思う。「見えた」ということ。

【Q10】井関さんの身体に蓄積された年月というアプローチには『夏の名残のバラ』もあったが、今回との違いなどあれば聞きたい
 -金森さん: そこは私の魂の同じ箇所から出てきている。過去作のなかで類似するものがあるとすれば、『夏の名残のバラ』だと昨日あたりから考えていたところ。しかし、今回は先にマーラーの音楽を舞踊化するというのがあり、その感動を表現するのに、井関佐和子を軸にしたアプローチをという発想。マーラーのあの崇高な音楽を聴いたときに、愛や献身や喜びや苦悩、「生きるとは何か」が迫ってくる。それを舞台上に顕現させる方法論として、井関佐和子という舞踊家が蓄積してきたものを舞台化することで、マーラーの音楽を自分なりに表現出来ると感じたということ。

…大体、そんな感じでしたでしょうか。その後に写真撮影がありました。

写真撮影をもちまして、この日の記者発表は終わりました。

以下に、Noismの広報スタッフより提供して頂いた「公式」画像をアップさせて頂きます。ご覧ください。(どうも有難うございました。)

最後に、この日の記者発表の席上、スタッフの方から『セレネ、あるいは黄昏の歌』の公開リハーサルが来月あること、そして、金森さんからは、その前作『セレネ、あるいはマレビトの歌』の再演予定もある旨、語られたことも記しておきたいと思います。

そして、テレビ各局の報道に関してですが、私が確認した限りでは、NHK新潟放送局が同日夕刻の「新潟ニュース610」内において、この記者発表を取り上げていました。そちら、一週間、NHKプラスで見ることが出来ますから、是非。おっと、同じものがもっと簡便に、こちらからもご覧いただけます。NHKの「新潟 NEWS WEB」です。どうぞ♪
あと、他局の放送、及び各紙誌の掲載が楽しみです。

それでは以上をもって、この日の記者発表報告とさせて頂きます。

(photos: aqua & shin)
(shin)

地元紙・新潟日報朝刊「窓」欄に掲載して頂きました。

2024年3月22日(金)は、前夜から舞う雪が家々の屋根を白くする寒い朝。そんな日の地元紙・新潟日報朝刊の「窓」欄に、「市はノイズムPRに力を」というタイトルで投書を掲載して頂きました。こちらでもご紹介させて貰いながら、若干の補足などさせて頂きたいと思います。

2024年3月22日新潟日報朝刊「窓」欄より

* 上の拙文中にて触れさせて貰った「2月の市長定例記者会見」ですが、市のHPに掲載されている「令和6年度当初予算案について」の「質疑応答」部分の後半に、朝日新聞の記者からの質問を受けるかたちでの中原市長の答弁として読むことができます。


こちらにそれに関する「市のホームページ」へのリンクを貼りますので、よろしければご覧ください。

** つづいて、掲載して頂いた拙文の最後の方に出てくる「リニューアルした(新潟)市観光案内センター」についてですが、ここでは、まず、それを紹介する「にいがた経済新聞」の「にい経NEWS」動画(YouTube)へのリンクなどもご覧いただけたらと思います。

約60年ぶりの大規模改修となったJR新潟駅の2F在来線東改札口の正面にそれはあります。動画にもありますように、中原市長は「政令市にふさわしい情報発信基地」と位置づける施設で、そこに設置された高さ3m・横幅2.5mの3面LEDパネルの大型デジタルサイネージが行き交う人々の目を惹きます。それはまた、「新潟の美しい景観や歴史、文化、食などの映像メッセージなどを映し出し、新潟の魅力を発信します」とも紹介されています。

たまたま、昨日(3/21)、同施設に足を運ぶ機会があり、実際に自分の目で見てきました。壁面には、新潟市および他地区のパンフレットやイベントのチラシ等が並んでいたのですが、残念なことにNoism Company Niigataに関するものはありませんでした。

観光センターという性格上、「その日」新潟市を訪れた観光客に対して「その日」の情報提供が主になることは理解できます。実際、昨日も常駐するスタッフに、「これから佐渡への日帰りは可能か」「荷物を預けておいての佐渡行きは出来るか」等々を尋ねている人をお見かけしました。

しかし、私には観光センターが「その日」の対応をするだけで充分だとは思えません。それは、はからずも、件の「大型デジタルサイネージ」に映し出される「新潟の美しい景観」の映像が端的にそのあたりのことを証し立てているように思います。色鮮やかな映像には咲き誇る花々や白い雪の美しさが魅力的に発信されています。ですが、それらは、当然なことに、「その日」の新潟市訪問にとって、「無縁」といえば「無縁」なものかもしれません。しかし、新潟市の「ポテンシャル」を紹介するそれらの映像は、充分、映像が映し出した「その時期」の新潟市を再訪したいと思うきっかけにはなることでしょう。

それと同じ意味で、(一般的な感覚で、公演の時期限定のものと捉えられることがあってさえ、)新潟市の「ポテンシャル」の一環を形作るコンテンツとして、Noismは充分に機能すると信じるものです。その機能を発動させるためにやることと言えば、まず、ポスターを貼り、公演チラシ等を置くことだけなのですから、(恐らく)元手もかかりません。

今そこから始めるなら、早晩、スタッフに「今はNoismの公演はやっていないのか」などと尋ねる人々も出てくるでしょうし、それを経て、遂には、Noismの公演時期に、市外からも多くの観光客が、そのまま公演の観客として訪れて来るコンテンポラリーダンスの一大「メッカ」となっていく新潟市…そんな展開。決して「夢」とばかりは思えないのです、私には。まず初手としてやるべきは、そうした「仕掛け」を、「プラットフォーム」を用意することなのです。(恐らく)元手はかからないでしょうから。新潟市が排他的に抱えてきたNoismという文化資源を市内外に向けて広く発信することで、未だ想像もできないような新たな展開すら期待できるかもしれない、そう感じているのは決して私ひとりではない筈です。

…そんな思いを込めてあのような拙文を綴ってみたような次第です。最後までお読み頂き、有難うございました。感謝です。

(shin)

新潟日報「Noism 脱皮への次章」、地域貢献に期待する声を報じる

2021年12月29日(水)の新潟日報朝刊は、前日分(「上」)に続き、文化面に「Noism 脱皮への次章」を掲載しました。前日のブログにて、3回展開かと予想しましたが、この日の掲載分は「下」とのことで、なら、「前編」「後編」の方が良くないか、とか思いながらも、その気持ちは棚上げし、(←こうして書いてしまっては、「棚上げにならない」の声も聞こえてきそうですが、)とにかく、「下」をご紹介します。

新潟日報・2021年12月29日付け朝刊より

今回は、新「レジデンシャル制度」のひとつの眼目でもある、「地域活動部門」設置に関する記事構成となっています。端的に言えば、前回の活動継続期に「課題」との位置付けがなされた「市民還元」の取組みに梃子入れをして、更に浸透度を増そうという体制に関するものです。

触れられているのは、市山流宗家、にいがた総おどり、全国大会で上位に食い込む高校ダンス部の活躍等々、「舞踊のまち新潟」を印象づける数々。

そのなか、まず紙幅が割かれているのは、新潟市洋舞踊協会の第9回記念合同公演(2020/10/4)、井関さんのほか、当時のNoism1メンバーだった林田海里さん、チャーリー・リャンさん、カイ・トミオカさん、スティーヴン・クィルダンさんが新潟市内のバレエ教室に通う若者たちと共演したのでした。作品は『畔道にて~8つの小品』、金森さんが一から振り付けた完全な「新作」でした。勿論、当日、私も客席からその舞台を観ていたのですが、「これはひとつの大きなメルクマールになる」、そう思って目頭が熱くなったものでした。

次にこの日の記事で見逃せないのは、「今期は初めて、市内の高校ダンス部出身者がプロカンパニー『ノイズム1』のメンバーになった」の1文でしょう。勿論、それは奇しくも、前日、本ブログ「私がダンスを始めた頃」に掲載した樋浦瞳さんのことです。そうしたことからくる期待もあるにはあるでしょうが、それ以上に、もっと純粋に、先般の『Endless Opening』で見せたその伸びやかな踊りに新鮮な魅力を感じた方も多くいらっしゃる筈です。かく言う私もそのひとりですけれど。で、その樋浦さんなら、新潟市や新潟市民とのリンクの役割を果たすことに不足はありません。そう感じた次第です。

記事に戻ります。その締め括りに置かれた市舞踊協会の若林さんの言葉、「金森監督には、今後も新潟を文化都市として成熟させるという大きな目標に向かって進んでもらいたい」。同感です。
そうした思いとは裏腹に、行政サイドは、恐らく、Noismのこれまでの「17年」を長いとみた部分もあるのでしょうが、決してそんなことはありません。新「レジデンシャル制度」で設けられた「1期5年」乃至「2期10年」の上限で目指される「目標」は、果たして大きなものたり得るのでしょうか。「文化都市としての成熟」はもっと長い射程で捉えられるべきものではないのでしょうか。金森さんが常々唱える「劇場文化100年構想」こそまず議論され、そして共有されて欲しい理想と言えます。

勿論、「国際活動部門」路線も重要な訳です。世界的にリスペクトを集める「余人をもって代えがたい」芸術監督・金森さん。彼がいてくれる新潟市の未来は明るい筈。真に文化的な方向での刷新を旨とする(庵野秀明氏ばりの)「シン・レジデンシャル制度」を求める所以です。

(shin)

地元紙・新潟日報、新「レジデンシャル制度」に関する記事を掲載

Noism0 / Noism1 『境界』東京公演の幕が下りてしまい、ファイナルの高知公演(1/10)まで、年末年始2週間の「Noism-less」期の今、2021年12月28日(火)、地元紙・新潟日報がその文化面において、「Noism 脱皮への次章」という記事を掲載し、新「レジデンシャル制度」について取り上げています。この日(12/28)分には「上」とありますので、あと2回が予定されているのでしょうか。
クリスマス期の耳目を集めた『境界』東京公演の感想がSNS各所を賑わせている現在、多くの方からの関心が寄せられるものと思われます。「新潟の動向には注目が集まっている」状況下、県外の方にもお読み頂きたく、ご紹介を試みたいと思います。

新潟日報・2021年12月28日(火)朝刊より

私も、本ブログを担当している関係からでしょうか、「市民サポート団体」として取材を受け、皆さんの気持ちを代表するだろう思いを話してきました。

金森さんが心血を注いだ17年という年月が折り畳まれているNoism Company Niigataの現在地。新潟で、東京で、あの『境界』ダブルビル公演を観た後の今、私の中にある、やはり「金森さんなしでは」の思いはより強固なものになっています。否、常に思うところに過ぎないのですけれども、それ。

このあと、(多分)「2回」(?)がどのような内容なのか。いずれにしましても、「No Noism, No Life.」の私たち「市民サポート団体」にとって、「Noism-less」の今であってみれば、次が待ち遠しい道理ではあります。
そして、そもそも、地元紙が取り上げる新潟市の新「レジデンシャル制度」ですが、その刷新振りで全方位的な大きな期待感を集める、言うなれば「シン・レジデンシャル制度」であって欲しい、否、そうしたものにしていかなければならないと思う年末です。
皆さんからのコメント、お待ちしております。

【追記】「Noism 脱皮への次章」翌日掲載分はこちらからもどうぞ。

(shin)

「新レジデンシャル制度」12/3会見続報、これで制度設計は充分なのか?

前日(12/3)に開かれた「新レジデンシャル制度」に関する会見、それを報じるニュース動画を次々追ったのは私ひとりではなかったでしょう。しかし、そのどれもが「新制度」の骨格を撫ぜる程度のものに終始していた印象で、何かモヤモヤしたものが残る気がしたのも事実です。

明けて12月4日、今度は紙媒体が報じる番です。コンビニへ行って、何紙か買ってきましたが、件の記事を載せていたのは新潟日報と朝日新聞の2紙だったでしょうか。

でも、その論調は2紙で異なる感じで、色々読んでスッキリしたかったというのに、モヤモヤの解消には至らなかったような塩梅です。

少し、ご紹介しましょう。先ずは「新制度」の全体像を扱った新潟日報から。

2021年12月4日付け新潟日報朝刊

「任期5年『成果出す』」の見出しの下、カラー写真入りで4段の記事を掲載し、この度の「新制度」に至る迄の経緯と今後の展開が、金森さんの決意を軸に纏められています。

こちらの記事で気になる箇所としては、先ず、「ノイズム発足当時から制度設計自体が不十分だったとの指摘があがった」であり、次いで、「金森さんは、新制度について、個人的に思う部分はあるとしながらも」であり、「『10年と考えると中途半端』などと述べ」や「ノイズムイコール金森穣というのを脱却したい」などの金森さんの言葉が挙げられるでしょう。

次に、朝日新聞からです。こちらは書き方からもNoismとの接点が薄い記者の手になる記事のようです。

2021年12月4日付け朝日新聞

こちらで特に気にかかる箇所は、勿論、「任期後に退任する可能性もあることを示唆した」の部分ですが、これは金森さんが常々口にする「劇場文化100年構想」よりも「新制度」の字面が抱かせる印象を重く捉えた結果かと思われます。しかし、実際、会見場にいなかった者としては、そうしたニュアンスの判断も根拠に乏しいものと言わざるを得ないのがツラいところです。

昨日からの各種報道で、残念に思うことのひとつに、紹介されているのが、金森さんの言葉だけで、あとのふたり、つまり、中原新潟市長と(朝日新聞だけを読むなら、同席したことも定かではなくなる)堀内りゅーとぴあ支配人の言葉がまったくスルーされていることもあります。「活動目標・基本方針の設定」を行い、「市の施策への有効活用」を果たすことが目される新潟市の首長と、「制度に基づくレジデンシャル事業の実施」主体であるりゅーとぴあの支配人は何も語らなかったのでしょうか。それともニュースバリューのある言葉は一切、口にしなかったのでしょうか。いずれにしても、物足りなさしかありません。こんな有様で「新制度」の制度設計は充分だと言い切れるのでしょうか。まったく何もわからない、そんな気持ちになるばかりです。

そんなあたりが、金森さんの「個人的に思う部分はある」となったのでしょう。5年後、或いは10年後、市がコミットする文化の成熟が否応なく途絶えてしまう制度設計のどこが望ましいものと言えるのでしょうか。これまでも、これからも極めて豊穣なかたちで持続可能な筈の金森さんとNoism、17年間に渡って育まれてきた「新潟モデル」とも呼ぶべきものをいとも簡単に捨て去る「新制度」の理はどこに見出せるというのでしょうか。「文化」の営みに照らして、キチンと語って欲しかったところです。

今後も金森さんに全幅の信頼を寄せて、同じものを見詰めて歩んでいこうと思うのですが、それこそまったく検証もなされていない「新制度」の枠組みに関しては、見直しや修正が必要だと言う声はあげ続けていこうと思います。

(shin)

「新しい」レジデンシャル制度の下の活動継続、詳細は12/3の会見が待たれる

皆さま、既に旧聞に属するものとなってしまいましたが、昨日(11/26)付けの地元紙・新潟日報がその朝刊の新潟面において、「ノイズム活動継続」の見出しと「市など3者 新制度で合意」の袖見出しを付けて報じました。

新潟日報2021年11月26日付け朝刊

「レジデンシャル制度」の見直し方針が発表されて以来、芸術監督の任期をはじめ、中原新潟市長が「ノイズムありきではない」と強調したとされることに心中穏やかではない日々を送っているのは私だけではないでしょう。

新潟市とNoismの今後はどうなっていくのか。図らずも、この日の簡潔すぎる2段組の記事の直上には、新潟名誉市民である文化人・會津八一揮毫の「新潟」という題字があり、左隣には「こだわりや熱意などは見えにくい」と評される中原八一市政に関する記事が配されているのが何とも皮肉と言えば皮肉かと。ふたりの「八一」。文化と行政、そして文化行政の在り方に関して、一地方都市・新潟市の舵取りに、全国はおろか、世界中の関心の目が注がれていると言っても過言ではない状況です。’Art is long, life is short.’ 「眼前の対応に追われる」姿勢では文化は育たないことは自明です。

そうした意味からも、新潟市とりゅーとぴあ、そして芸術監督・金森さんとの間で進められてきた協議の結果が公表される12月3日の会見が待たれます。そしてそれが、これまで金森さんとNoismが獲得してきた国内外の名声に恥じない内容であり、「市の施策への有効活用」を謳う新潟市にあって、「金看板」として関わっていく気概を示すものであることを強く望む気持ちでいっぱいです。

さて、会見やいかに。

(shin)

Noismと新潟独自の劇場文化、双方の未来を志向する金森さんを支える!

神無月の月末にずれ込み、昨日の中原新潟市長の定例記者会見を報じるニュースで、漸く、Noismの活動継続協議の方向性が見えてきました。

まず最初に、リンクから昨日(10/29)の金森さんのTwitterからご覧下さい。

次に、会見を受けるかたちで今朝(10/30)、地元紙・新潟日報が「新潟面」で報じた記事です。

新潟日報2021年10月30日付け朝刊

こうした一連の流れの嚆矢は、まず、10月21日の金森さんのツイートに感じ取れました。そちらもリンクからご覧下さい。

そのツイートに接した際、コロナ禍の財政状況も考え合わせるなら、これまでとは異なる内容が話し合われ、かなり厳しい選択を求められていることが窺い知れました。それでも、金森さんは、その段階において触れ得るギリギリの線で、「Noismの“長い未来”、すなわち私が信じる新潟独自の芸術文化の“明るい未来”の為であることを、信じて頂ければと思います。」とツイートしていました。

真に私(たち)が望むのは、新潟市民の「シビックプライド」の一翼をなす存在として、大袈裟に言えば、未来永劫、Noismが新潟市にあり続けることであり、そして、国内に類を見ない17年間の実績を積み重ねてきた「レジデンシャル制度」の芸術監督は、本人が自ら禅譲しない限り、金森穣氏であること、このふたつです。

「新制度を適用する第一号がNoism」とか、「Noismありきではない」とか、「芸術監督の任期の上限は2期10年」とか、「お互いに条件が整えば10年継続できる。10年後には新たに公募を行う」とか、行政特有の射程の短い施策に切り替えることで、これまで時間をかけて新潟市に根付き、この地でその在り方が成熟し、世界に冠たる存在となり得たカンパニーを失うことだけはあってはならないことです。

金森さんと彼の「劇場文化100年構想」を信じる気持ちに一点の曇りもありません。あり得ません。ただ、この先は、「新制度」の新たな「実施主体」とされたりゅーとぴあの手腕による部分も大きいと考えます。私たちサポーターズはりゅーとぴあとも連携しつつ活動していく必要が今までにも増して大きくなったと言えます。

求められる「市民還元」も果たしながら、より遠大な芸術的理想を抱くのが、私たちのNoismです。来るべき(10年後?の)「公募」において、わかりやすい「市民還元」という「甘言」を弄するだけで、市側におもねるような団体も現れないとは言えません。そのとき、Noismの芸術的価値はどこまで正当に評価され、検討されていくのか、心配は尽きない訳です。

しかし、これまでも、私たちをここまで連れてきてくれた金森さんです。真の意味での「未来志向」で、Noismと新潟独自の劇場文化の未来を見詰めて、新たな「ブレイクスルー(突破)」を果たしていってくれる筈です。その点で、彼がなす選択への信頼に揺らぎなどありません。あり得ません。そして、これから私たちに問われるのは、Noismをどれだけ必要としているか、その熱量だと言い切りましょう。私たちも、サポーターズとして、覚悟を新たに、新しい「ブレイクスルー」に関わっていけたらと思う次第です。皆さまの広く熱いご協力をお願い致します。

(shin)

【追記】10/29新潟市長定例記者会見時の配布資料(画像)もご覧ください。

祝!金森さん、紫綬褒章受章♪(速報)

新潟日報紙2021/4/28付け朝刊より

大型連休直前の2021年4月28日(水)、いつものように朝の支度をしていると、acoさんからメールがあり、今年の「春の褒章」における、このビッグニュースを知りました。嬉しいですね、これは。まさに新潟市の誇りにして宝。金森さん、おめでとうございます♪

今回も、内示から発表までの間の、口外できない「大人の事情」期間は相当長いものだったと察せられます。その分、この朝、私たちにとっては嬉しい嬉しい「サプライズ」だった訳ですけれど。

それにしても、井関さんと合わせて、このところの受賞&受章ラッシュ、めでたい、本当にめでたい♪

まずは簡単ですが、速報ということで。

【追記】県内各メディアも報じていますので、ご覧下さい。

*当初、「受賞」と表記していましたが、褒章関連では、「受章」が正しいことから表記を改めました。

(shin)

Noism2定期公演vol.12 メディア向け公開リハーサルに行ってきました。

このところ暖かい日が続いていた新潟市ですが、今日は肌寒い小雨模様の一日となりました。そんな4月14日水曜日、Noism2定期公演『Complex』メディア向け公開リハーサルに行ってきました。本公演の会場はNoism2定期としては初の劇場ですが、リハーサル会場はスタジオBです。

スタジオBの指導者席には金森さんと井関さん。金森さんの細かいチェックを井関さんがノートに書き留めます。音出しはNoism2リハーサル監督の浅海さん。『Complex~旧作と新作の複合による』というタイトルなので、レパートリーと新作を別々に踊るのかと思っていたら、そうではなく、まさに複合! レパートリーと新作が交互に、あるいは続けて踊られ、一連の流れの作品となっていました。前後半約30分、休憩を入れて全体で75分とのことです。

今回は前半部分を見せていただいたと思われますが、それは本番のお楽しみ♪ まずは、白い衣裳の『Training Piece』、Noism2メンバーが現れますが、始まりの音楽が違います。それに床に横たわるのではなく立っています。そうか、この導入部分が新作なのかな。その後、本来の『Training Piece』の動きとなりますが、このNoismメソッドを表した基本の動きは簡単そうに見えて実は意外に難しくて苦しい。途中や終わりの方はアレンジされています。10分?ほどで金森監督からまさかのストップがかかります!

「ぬるい!」「このあと苦しくなるから計算して踊っているのか!」「やり直し!」という叱咤で、また最初からです。久しぶりの金森節を聞きましたが、二度目は緊張が解けたのか、メンバーは顔が上気し汗が滲み、動きもスムーズになりエネルギーが感じられます。その後は流れるように新作となる男性ソロに続き『ZONE』の「academic」へ、そして『R.O.O.M.』へと続きますが、作品の合間合間にソロ、デュオ、トリオ、ユニゾンの新作や旧作アレンジが怒涛のように続き繋がり繰り広げられます。あれよあれよという間に予定時間の30分+やり直し分=40分ほどが過ぎていきました。

見応えがありましたが、金森さんの最後の言葉は「ぬるい、弱い、汚い!」。さすが鬼の金森! Noism2の皆さん、これでも以前よりは優しい方ですよ。金森さんの罵声罵倒(=期待激励)を聞けてよかったですね。つらさ苦しさ悔しさをエネルギーに変えてがんばってください!

そして囲み取材は金森さんとNoism2リハーサル監督の浅海侑加さん。金森さんは、「技術的なことは急には上達しない。問題は気持ち。いかにエネルギーを出し続けることができるか。たとえば普段の練習で8、9割の力を出していたとしても、今日のように人前で踊ると緊張もあって5、6割になってしまう。見ている人たちのエネルギーに圧されてしまう。そして疲れてくるとまた難しい。これが本番だとますますどうなってしまうことか。だからいつも10割以上の力で稽古に臨んでほしい。それができるように最後まで引っ張っていきたい」と話されました。

囲み取材
金森さんと浅海さん

レパートリーの演目を選んだのは浅海さんだそうです。浅海さんは「作品の特徴や表現、表情がそれぞれ違うものを選んだ。違う作品だけれども、それが一つの作品となった時に見えてくる流れがあると思う。メンバー個々人のエネルギーを信じている。稽古の時でも本番でも、自分自身を超えていくことを期待している」と話されました。

公演は一週間後。4月22日(木)19:00、23日(金)19:00、24日(土)17:00の3公演で、全自由席。土曜は残席わずか。どうぞ木曜、金曜にお運びください。若き舞踊家たちのエネルギーの炸裂にご期待ください! https://noism.jp/npe/noism2_12/

(fullmoon)
(撮影:aqua)

1/15『Duplex』メディア向け公開リハーサルに行ってきました

本日1月15日(金)、小正月。この時期には珍しく晴天で、気温も上がり、雪も少しは消えたでしょうか。 りゅーとぴあスタジオBで、メディア向け公開リハーサルと囲み取材が行われました。

公開リハは、森優貴さん新作『Das Zimmer』の冒頭部分でした。 森さんが細かく細かく指示を出しながら少しずつ進み、短い区切りで通します。ピアノのメロディが印象的です。 ヨーロッパ調のシックな衣裳を身に纏ったNoism1メンバー。指示に応えて何度もやり直します。 森さんの思い描くドラマにどこまで肉薄できるのか! 3,4シーン進んだところで時間切れになり、囲み取材です。

囲み取材は森さんと金森さん。 質問に応えての内容は概ね次の通りです。

森さん

  • どこまでが真実で、どこまでが架空なのか。不安と希望の狭間を生きる人の思いや感情を表したい。
  • 言葉は大切。動き一つ一つが言語であり、ダンサーたちには話すように動いてほしいと思う。
  • 『Das Zimmer』は「部屋」という意味。舞踊には、空間、場所、人が集まることが必要だが、それはすべて「いけないこと」になってしまった。 しかし「部屋」は破壊されない限り、そこに残っている。そこに存在していたという事実を残したいという思いがある。
  • 自分が帰国して、Noismに振付した(『Farben』)のが約1年前。そして、その1年前から日本にも新型ウイルスが忍び寄ってきていた。それから全ては変わり、自分の中にも壁ができてしまった。今回、前と同じメンバーがいるのはうれしいが、前年に引き続きという気持ちはない。前は前、今は今。こうして りゅーとぴあという劇場が機能し、リハーサルができていることは奇跡に近い。

金森さん

  • 今回、武満徹さん作曲の雅楽『秋庭歌一具』で創作した新作『残影の庭』は、ロームシアター京都の事業(依頼)によるもの。ロームシアターでの初演は伶楽舎との共演であり、舞台も大きかったが、スタジオ公演では同じ作品でも趣は違ってくる。舞踊のエッセンスがより凝縮されたものになると思う。
  • 目に見えているものは過ぎ去りし時の名残り。それは、感染症がもつ特殊な性格と同じで、時間を遡っていくものであり、今をどう過ごすかが未来に現れる。
  • 雅楽との共演は手応えがあった。その成果を「その先の芸術」として将来の作品に反映できればと思う。
  • この時節、自分たちは恵まれている。今後の文化芸術に影響を与える作品を創っていきたい。
取材に応じる森優貴さん(左)
と金森さん

新型ウイルスの影響は、計り知れないものがあります。無事の開幕を祈ります。

*翌日(1/16)の活動支援会員対象公開リハーサルに関しては、こちらからどうぞ。

(fullmoon)