「vol.11」として届けられた穣さん+佐和子さんインスタライヴは文山烏龍茶を飲みながら京都公演から新年の抱負まで

2021年初のおふたりのインスタライヴが1月12日(火)の夜8時から配信されました。私は同時刻に生で拝見することが出来ず、遅れてアーカイヴに残されたものを楽しませていただいたのですが、皆さまも既にご覧になられたことと思います。

以前に佐和子さんが台湾で求められたという立派なお茶道具のセットを前に、この度の京都行で出会われたという文山烏龍茶(爽やかな口当たりで、限りなく緑茶に近いのだそう)を飲みながらの寛いだお話には引き込まれて聞きました。

まず、ちょっと細かなことから始めますが、「vol.11」と銘打たれた今回の配信ですけれど、昨年9月に、おふたりのアカウントではなく、穣さん単独のアカウントから行われた7回目の配信「バレエ談義」を含めますと、正確には「12回目」或いは「vol.12」となるものでして、今後、表記に若干困るなぁ、と勝手に思い煩っております。ですが、今後のことは今後、改めて困ることにして、今は割り切って、その「vol.11」として届けられた回をかいつまんでご紹介することに致します。

間近に「Duplex」新潟公演・全12回のロングランを控えた今、この時勢で公演が打てることを恵まれているとし、「勿論、観に来て欲しいが、観に来てくださいと言い難い歯痒さがある」と穣さん。実際に観ている人がいるのはエネルギーが全然違う。2000人規模のロームシアター京都で感じたのは生の波動、静寂なエネルギー。「静寂」とは音がないことではなく、人が作るもので、息を詰めている緊張感が伝わってくるもの。京都ではヒリヒリして、35分が長く感じられたそう。

伶楽舎の皆さんが身を包む装束は5kgもの重量があり、座ると重心が下がって安定することで、身体性に寄与する側面がある。対する、佐和子さん・穣さん・勇気さんの羽織は空調でも動くくらいの軽いもの。「風」や大きな揺らぎのなかにある感じがし、見えない何かに翻弄されながら、空間性を感じられる衣裳。滑らかな揺るぎは半端なかった。

指揮者不在で演奏される生の雅楽は、当然ながら、毎回、スピードもテンポも異なり、それは指揮者がいるオーケストラの比ではなかった。そのときのベストなテンポをどう読み取れるか、「入り」のニュアンスにどう反応するか、まさに「インプロ(ビゼーション)」した感じ。貴重な体験であり、たった一回の公演では勿体ない。どこかでまたやりたい。また、武満徹の雅楽は雅楽でありながら、武満徹であった。改めて凄さを感じた。

昨年、聖夜のオルガンコンサートでも、生のパイプオルガン(石丸由佳さん演奏)で「くるみ割り人形」のアラビアの踊りを踊った佐和子さん。「生で影の映像を使うマジックショー的な演出」は3分半とはいえ、ストレスが大きかったと明かしました。途中、なかなか音が来ない箇所もあり、勇気さんがスクリーンの後ろから両手で合図を送ったりというハプニングもあったそうですが、「観てる方のために創ってるからね。生ではハプニングもひとつの醍醐味」と穣さんは平然。

昨年来のコロナ禍がまだまだ続く2021年。「自分の身の回りの人のことを気にするようになってきている。いろんな人たちに目を配れたらなと思う」と佐和子さん。

穣さんは、活動継続問題などもあり、「闘っている」意識が強かったが、「恵まれてたんだな」と認識することができたと言い、「守りに入らなければならない世の中にあって、なおのこと、挑戦しなきゃと思う。それが恵まれている者の責務」とし、自分がやってこなかった新しいことへのチャレンジを誓いました。また、作品を創作するときには常に、「観ている観客・他者を『embraceしたい(包み込みたい)』気持ちとポカ~ンと突き放したい気持ち、その相矛盾した気持ちがある」と語り、言葉では言い表し難いものの「自分のなかで『攻めている』ものとそうでないもの」があるとしました。それを聞いた佐和子さんは「常に攻めて欲しいと思っているから」と返し、穣さんも「常に攻めているから」と応じました。そして、その「攻める」ことに関して、穣さんはいろんな攻め方をしたいとし、自分のなかの精神の傾きの「プリズム」が止まらず、くるくる回り続けて、いろんなことが乱反射する一年にしたいと締め括りました。

京都を発つ前に穣さんがAmazonでポチッとしたという文山烏龍茶のリラックス効果でまったりと話されたおふたり。皆さんも試したくなったでしょ、文山烏龍茶。かく言う私もです。Noismサポーターの相次ぐ注文で時ならぬ品薄になるかもですね。(笑)

最後に、穣さん、「客席と舞台で時間が共有できたら嬉しい」と。この模様はおふたりのアカウントにアーカイヴが残されています。まだご覧になられていない向きは、是非、全編通してご覧下さい。拙いご紹介でしたが、これまでとします。

(shin)

謹賀新年♪りゅーとぴあマガジン「偏愛、Noism」にサポーター中村さんご夫妻

新年明けましておめでとうございます。

コロナ禍が席巻した旧年、すっかり変貌を遂げてしまった社会に、皆さまも怖れと不自由、そして気詰まりばかりだったことと存じます。しかし、私たちは蓄えた経験に基づき、叡智を結集して、「コロナ2年目」に立ち向かうのみです。「一陽来復」。勇気を持ち、辛抱しつつ、明日を信じて。勿論、私たちの伴走者はやはりNoism Company Niigata。支えつつ、支えられている訳です。Noismのある私たちの「New Standard」、本年も宜しくお願い申し上げます。

「迎春」金森さんから活動支援会員への年賀状

そうして迎えたお正月。2021年1月1日発行「RYUTOPIA MAGAZINE(りゅーとぴあマガジン)」vol.63 2021Winterの「偏愛、Noism」に、私たちサポーターズのメンバーでもある中村玄さん・昌子さんご夫妻が取り上げられています。皆さま、ご覧になられましたか。昨年聖夜の石丸由佳さん「オルガンコンサート」へのNoismの出演の舞台裏など興味深いお話も読めます。

「Stay Home」が提唱されるお正月、ゆっくりお読み下さい。

(shin)

Noism出演のオルガンコンサート、聖夜を彩る♪

2020年12月24日(木)の新潟市。この時期にしては気温が高く、宙からは雨。そしてそれは降ったり止んだりを繰り返しましたが、夜更け過ぎになってさえ雪へと変わることはありませんでした。

その宵、19時からの「りゅーとぴあオルガン・クリスマスコンサート2020」(コンサートホール)を楽しんできました。

この日のコンサートは『聖夜の饗演!~くるみ割り人形の世界』と題され、ホフマンとチャイコフスキーによる『くるみ割り人形』を軸に、今年4月にりゅーとぴあ専属オルガニストに就任された石丸由佳さんのパイプオルガン演奏+ラジオドラマ脚本家・北阪昌人さんの構成・脚本+山崎真波さんによる朗読+Noism Company Niigataのダンスという一夜限りの贅沢なものでした。当夜のプログラムは次の通りです。

オルガニストの石丸さんは光沢のある上品な深紅のドレス、銀色のバレッタで髪を束ねています。一席ずつ空けて千鳥に座る客席には主に背中を見せているのですが、その背中も光を受けてキラキラ輝くなど、美しい後ろ姿に見とれました。登場後、一礼して椅子に進み出る姿は、譜めくりの女性とともにパイプオルガンの心臓部にその「器官(organ)」の一部として組み込まれるイメージとでも言えましょうか。または、奏でられるのを待つ音楽が彼女を召喚したといった趣を感じたりもしました。祝祭感も満載です。

で、そのパイプオルガン備え付けの椅子に座る動作が何か見覚えのある動きに映りました。「はて、何だろう?」そしてすぐ「スキー・ジャンプの選手がジャンプ台のスタート位置につくときだ」と思い当たりますが、パイプオルガン演奏を初めて生で観て聴く私には、そのときはまだ何故かは不明のままでしたが。

公演後、許可を頂いて撮影した当夜のコンサートホール

演奏が始まると、ライトアップされた無数のパイプから放たれるのは、鈴の音のような繊細な音から「ひとりオーケストラ」という呼ばれ方が似つかわしい重厚な音まで。音の多彩さがまず単純に驚きでした。そして、石丸さんの下方に据えられた大きなスクリーンが曲名のほか、聖夜のイメージなどを映し出します。やがて、演奏する石丸さんの上半身を左やや後方から捉えた映像に切り替わり、更にそこに、石丸さんの足が行うペダルワークの映像も混じり、交互に映して見せてくれます。

で、やや後方からの横顔を含む上半身が映ると、先ず目を奪われたのは4段もある鍵盤を操る様子でした。最初の驚きです。そして続いて、椅子の下の映像に切り替わったとき、黒のレギンスとベージュの靴が足許一体に広がる無数のペダルを行き来するさまに完全に度肝を抜かれ、目は釘付けになりました。その休みを知らない足の動きは、Noismの公演時にホワイエに飾られる舞踊家の足をモチーフにしたタペストリーのようでもありました。

と同時に、ここで遅まきながら漸く気付きます。件のスタート位置へと進む「スキー・ジャンプ選手」との類似の理由に。そうです。一面を覆うペダルの上に立つ訳にはいきませんから、先ず腰かけておいてから、両手を補助的に使って、自分が「ここ」と思う位置まで横移動する他ないのだということに。パイプオルガン初鑑賞なので長々書いてしまってますが、要は、手のみならず、尋常じゃない足の動きに圧倒されたことから来るものと思って下さい。(これを読まれている多くの方にとっては、当然のありふれた動きに過ぎないのでしょうが。)

音楽は徐々に「聖夜」一般から『くるみ割り人形』へとフォーカスしていきます。山崎さんの声で届けられる北阪さんアレンジの脚本にはユーモアも満載だったようでした。例えば、「ハツカネズミ」が攻めてくる場面での石丸さんによる劇伴が『スター・ウォーズ』「ダースベイダーのテーマ」だったり、ハツカネズミの女王が発する憎々しい台詞がドラマ『半沢直樹』の「大和田常務」(香川照之)による有名な「お・し・ま・いDEATH!」であり、朗読する山崎さんも(少し恥じらいながら)ジェスチャーを交えて再現したりしていました。気付かなかっただけで、他にももっとあったのかも知れません。そんなふうに様々なものがコラージュされて、肩の力の抜けた、実に楽しいパフォーマンスが届けられました。

プログラムを見ていましたから、特別出演のNoismは休憩後の後半冒頭とわかっていました。そこへ至るまでの『くるみ割り人形』の展開をゆったり受け止めていた筈が、ある曲目で大きく心を揺さ振られることになります。「J.S.バッハのカンタータ『われらは多くの困難を経て』BWV146よりシンフォニア」と表記された曲が奏で始められたときです。「えっ!これって『クロノスカイロス1』の曲(チェンバロ協奏曲)ではないか!」となったからです。虚を突かれたことは言うまでもありません。そうした様々な仕掛けの背後にほくそ笑む石丸さん、北阪さん、山崎さんを想像するのも楽しいことでした。聖夜のお楽しみはこうでなくちゃと思ったような次第です。

後半のNoismの出演部分についてです。先ず、スティーヴンさん振付の『フランスの踊り』から。黒い衣裳に身を包み、聖書とおぼしき書物を片手に現れる「胡散臭い」神父のカイさんを中心に、白い衣裳の二組は、ジョフォアさん&スティーヴンさん、井本さんと鳥羽さん。リフトも多用する男性ペアのなかのジョフォアさんの表情も「胡散臭さ」では負けていないものがありました。(笑)観ている者は一気にお楽しみの時間に放り込まれました。

次いで、金色の袖章入りの青い衣裳を纏った水兵然として、大袈裟かつコミカルに両手両足を動かして登場してくる林田さん、西澤さん、三好さん、中尾さん、杉野さん、樋浦さんたち。カイさん振付の『ロシアの踊り』です。みんな楽しそうな表情を浮かべながら、錯綜しながらもぶつかることもなく動いていきます。

そんな青い人たちの動きを止め、退場を迫ったのは、舞台上手側から聞こえてくる耳をつんざくようなホイッスルの音。赤い衣裳に着替えた鳥羽さんが吹いていました。そして、同じく赤い衣裳を着たチャーリーさんが手に5つの風船(赤4、黄1)をもって姿を現します。ジョフォアさん振付『中国の踊り』。黄色の風船を手にした鳥羽さんと赤の風船をひとつ持つチャーリーさんによる愛らしい踊りを観るパートでした。

ふたりが風船を撤収して下手側に捌けると、今度は上手側から四角のスクリーンパネルを押しながら、ここまでのどのダンサーよりも役柄コスプレを徹底させた「アラビア人」山田勇気さんが登場してきます。その姿はこの日の「胡散臭さ」MAXで、他の追随を許さないものがありました。(笑)そして、スクリーンが透かすシルエットと見せながら、投影される映像で黒く浮かび上がる姿形は井関さん。スクリーンからはみ出すときの生身の姿は、こちらもしっかり「アラビア人」。金森さん振付の『アラビアの踊り』です。『CARMEN』等でお馴染みの手法を用いて、映像と動きのシンクロ振りを楽しみながら、魔法のような幕切れに酔うに至る、良質のエンターテインメントは会場中を幸せな空気に包みました。

『箱入り娘』などとも異なる、どこをとっても、幸福な諧謔味に満ちたNoismというのも、なにやら新鮮でした。それもこれも聖夜が見せる夢のひとときだったのでしょう。そして夢であるだけに、もう観ることもないかもですが、また観たいですね、今度は『くるみ割り人形』全編として。

何分、この時期の定番のバレエ作品に関しても、観た回数は数えるほどですし、パイプオルガンのコンサートなどお初ときています。ですから、Noism繋がりで今回の鑑賞機会を得たことを嬉しく思っております。この宵、こうして時代を超える人類共通の「宝」に触れてみて、毎年同じ季節に繰り返し身体で受容して楽しむ豊かさが存在することを身をもって味わったような気がします。コロナ禍が収まる様子も見せない2020年の暮れですが、そうした厳しい状況をいっとき忘れて過ごすことができ、心豊かに帰路についたことを書き記しておきたいと思います。

ダラダラと纏まりのない文章を書いてしまいました。皆様方のご容赦をお願いしまして、おしまいとさせていただきます。m(_ _)m

(shin)