『Duplex』新潟公演、ロングラン初日の幕が上がる♪

2020年1月22日(金)の新潟市、宙から降ってくるのは雪ではなく雨。それでも道路脇に高く固く積まれた雪の壁を融かすほどの雨量ではありません。正直、物足りない雨という感じでした。

しかしながら、18時半頃、りゅーとぴあ2Fの東玄関(新潟市音楽文化会館側)を入ったところに(距離を意識しつつ)集まってきた顔たちはどれも晴れ晴れとした笑顔ばかり。そう、この日は『Duplex』Noism0/Noism1新潟公演の初日。りゅーとぴあで全12公演、チケットはすべて「sold out」のロングランがスタートする日。皆さん、胸躍らせて駆けつけて来た訳です。

「密」を生み出さないために、4FのスタジオBへ上がっていくのも、券面に印刷された入場整理番号により、10人刻みで案内されます。勿論、一人ひとり、マスクの着用、検温に手指消毒等の感染拡大防止に向けた高い意識が求められることは言うまでもありません。私たちは自分たちが愛する芸術を守る責務もあるのです。

ところで、この2日前の1月20日(水)には、BSN新潟放送製作のドキュメンタリー「芸術の価値 舞踊家金森穣16年の闘い」が第75回文化庁芸術祭賞テレビ・ドキュメンタリー部門で大賞を受賞したことを記念して、同局が夜7時というゴールデンタイムでの再放送をしたばかりでした。それは通常ですと、新潟ローカルの人気番組『水曜見ナイト』の放送枠でもありましたから、多くの方がご覧になり、これまでにないくらいNoismへの関心が高まったと見え、放送後、りゅーとぴあの仁多見支配人のもとには「何故、チケットが手に入らないのか」との声が多数寄せられていると聞きました。しかし、「密」を避ける配慮から、座席が千鳥に割り振られたスタジオB公演の席数は、当初から各回ジャスト50席。それはそれで致し方のないことですが、これを機に私たちは一層強くNoismを待望しなければなりません。

で、公演についてですが、まだ初日を終えたばかりですので、多くは書きますまい。ネタバレもなしで、ごくごく簡単に。

Noism1が踊る森優貴さんの『Das Zimmer』と金森さん×Noism0の『残影の庭~Traces Garden』を併せて観るということが如何に贅沢なことであるかだけは書いておかねばなりません。この2作、ほとんど何から何まで異なる2作と言えるでしょう。世界初演『Das Zimmer』の35分と、先日の京都公演とも異なるという新潟ヴァージョンの『残影の庭~Traces Garden』35分。尺まで一緒なのに、休憩を挟んだだけで、同じ席にいながらにして、現出するまったく異なる時空に身を置く自分を体感することでしょう。その驚異に息をのむ私たち、僅か50人!

僅か50人で、その2作をすぐ目の前で息を詰めて見詰めることの興奮!その時間を贅沢と言わずして何と言えば良いのでしょうか。

その贅沢。そもそも劇場専属舞踊団というNoism Company Niigataの在りようが、「今」、この極めて困難な状況下でのロングラン公演を可能にしていることも忘れてはならない事実です。心身共に縮こまって、萎縮したようにして過ごす他なくなってしまった不自由な日常に穴を穿ち、大いなる解放が、非日常の感動がもたらされる35分×2であることに間違いはありません。

さあ、新潟公演の幕は上がりました。運良くチケットを手にされた方、圧倒される準備はできていますか。弛まぬ舞踊への献身が産み落とす果実を目撃し、心が共振する時間をお楽しみください。

(shin)

1/16『Duplex』活動支援会員対象公開リハーサルに行ってきました

1月16日(土)の新潟市は朝から雨が降っていたのですが、寒くなかったのは救いでした。前日のメディア向け公開リハーサルに続き、この日は活動支援会員対象の公開リハーサル(15:30~16:30)が開かれ、そちらへ行ってきました。

受付時間の15時より少し早くりゅーとぴあに着いてみると、スタジオBから降りてくる金森さんと井関さんの姿に気付きました。少し距離を隔てたところからお辞儀をすると、手を振ってくれるお二人。久し振りのNoism、その実感が込み上げてきました。

入場時間の15:30になり、ワクワクを抑えきれぬまま、スタジオBに入ると、森優貴さん『Das Zimmer』のリハーサルが進行中でした。前日のメディア向けリハの記事でfullmoonさんが「ヨーロッパ調のシックな衣裳」と書かれたものは、見ようによっては、チェーホフの舞台で観たことがあるようなものにも思えました。そこに、森さんの「ノーブルさが欠けている」などのダメ出しの声が聞こえてきますから、どことも知れぬ「異国」が立ち現れてきます。また、森さんが発する言葉が、英語と関西弁であることも国の特定を困難にしていたと言えるかも知れません。

ノートをとり、ダメ出しを伝える役目は浅海侑加さん(Noism2リハーサル監督)。それを聞いて森さんが身振りを交えて、Noism1メンバー一人ひとりに細かな指示を出しながら、動きのブラッシュアップを行っていきます。時には、自分が踊ってもみせる森さん。そうやって見せた回転はとても美しいものでした。森さんのなかにあるイメージが具体的な動きを伴って手渡されていきます。

10人の舞踊家(ジョフォアさんの姿がなかったのは少し気になります…)と10脚の椅子。振りを見ていると、椅子の他にも、印象的な小道具がありそうな予感がしました。そして、頭上に吊されて、剥き出しの存在感を放つ照明を観ていると、前作『Farben』の印象も蘇ってきます。その『Farben』では、舞踊家一人ひとりの個性を最大限に活かす演出をされていた森さん。今度はどんなドラマを見せてくれるでしょうか。楽しみです。

16:00少し前になると、森さんとNoism1メンバーは撤収し、3本の筒状に巻かれたリノリウム(表・黄色、裏・緑色)が縦方向に敷かれ、張り合わされて、能にインスピレーションを得たという約6m四方の「舞台」が作られていきます。その転換作業の過程そのものも見物で、誰も席を立ったりすることなく見入っていたことを書き記しておきたいと思います。ものの5分ほどの作業の末、黄色い舞台が整うと、もうそこからは少し前までの「異国」感とも異なる、まったく別の時空に身を置いている気がしました。

舞台上手奥からの照明は傾く日の光のようで、季節はすっかり秋。残り30分は『残影の庭-Traces Garden』の公開リハです。シルク製で、それぞれ異なる色の「薄翅(うすば)」にも似た羽織を纏ったNoism0の3人がお互いに感じたことをやりとりしながら動きを確認していく様子には、大人の風格が色濃く漂っていました。ですから、まず最初、井関さんと金森さんのデュエットから金森さんのソロまでを通して踊った(「舞った」の語の方がしっくりきます)後、「緊張するね」と金森さんが漏らした一言には意外な気がしたものです。ロームシアター京都という大きなハコからスタジオBというミニマムなスペースに移ったことも、「無風」で揺れがない衣裳の感じも、録音された音源も、鋭敏なセンサーを備えた3人の身体には京都とは「別物」のように感じられたのではないでしょうか。「新潟版」が作られていく貴重な過程を覗き見させて貰った気がしました。

16:30を少し過ぎて、金森さんが時計に目をやり、時間が超過していることに気付くと、それまでの張り詰めていた時間にピリオドが打たれ、固唾をのんで見詰めていた私たちも普通の呼吸を取り戻しました。ついで、金森さんが私たちの方に向き直り、金曜日からの新潟ロングラン公演について「観に来ることも快適とばかりは言えない時期ですが、私たちも精一杯のことをやってお迎えします。是非、非日常の感動を味わいにいらして下さい」とご挨拶されると、その場にいた者全員が大きな拍手で応え、この日の公開リハーサルは終了となりました。

1/22から始まる「Duplex」新潟公演(全12回)は全公演ソールドアウトの盛況ですが、2/25からの埼玉公演(全5回)はまだ少し残席もあると聞きます。普段からの健康観察と感染予防を徹底したうえで、ご覧になれるチャンスのある方はご検討下さい。

*前日(1/15)のメディア向け公開リハーサルに関しては、こちらからどうぞ。

(shin)

1/15『Duplex』メディア向け公開リハーサルに行ってきました

本日1月15日(金)、小正月。この時期には珍しく晴天で、気温も上がり、雪も少しは消えたでしょうか。 りゅーとぴあスタジオBで、メディア向け公開リハーサルと囲み取材が行われました。

公開リハは、森優貴さん新作『Das Zimmer』の冒頭部分でした。 森さんが細かく細かく指示を出しながら少しずつ進み、短い区切りで通します。ピアノのメロディが印象的です。 ヨーロッパ調のシックな衣裳を身に纏ったNoism1メンバー。指示に応えて何度もやり直します。 森さんの思い描くドラマにどこまで肉薄できるのか! 3,4シーン進んだところで時間切れになり、囲み取材です。

囲み取材は森さんと金森さん。 質問に応えての内容は概ね次の通りです。

森さん

  • どこまでが真実で、どこまでが架空なのか。不安と希望の狭間を生きる人の思いや感情を表したい。
  • 言葉は大切。動き一つ一つが言語であり、ダンサーたちには話すように動いてほしいと思う。
  • 『Das Zimmer』は「部屋」という意味。舞踊には、空間、場所、人が集まることが必要だが、それはすべて「いけないこと」になってしまった。 しかし「部屋」は破壊されない限り、そこに残っている。そこに存在していたという事実を残したいという思いがある。
  • 自分が帰国して、Noismに振付した(『Farben』)のが約1年前。そして、その1年前から日本にも新型ウイルスが忍び寄ってきていた。それから全ては変わり、自分の中にも壁ができてしまった。今回、前と同じメンバーがいるのはうれしいが、前年に引き続きという気持ちはない。前は前、今は今。こうして りゅーとぴあという劇場が機能し、リハーサルができていることは奇跡に近い。

金森さん

  • 今回、武満徹さん作曲の雅楽『秋庭歌一具』で創作した新作『残影の庭』は、ロームシアター京都の事業(依頼)によるもの。ロームシアターでの初演は伶楽舎との共演であり、舞台も大きかったが、スタジオ公演では同じ作品でも趣は違ってくる。舞踊のエッセンスがより凝縮されたものになると思う。
  • 目に見えているものは過ぎ去りし時の名残り。それは、感染症がもつ特殊な性格と同じで、時間を遡っていくものであり、今をどう過ごすかが未来に現れる。
  • 雅楽との共演は手応えがあった。その成果を「その先の芸術」として将来の作品に反映できればと思う。
  • この時節、自分たちは恵まれている。今後の文化芸術に影響を与える作品を創っていきたい。
取材に応じる森優貴さん(左)
と金森さん

新型ウイルスの影響は、計り知れないものがあります。無事の開幕を祈ります。

*翌日(1/16)の活動支援会員対象公開リハーサルに関しては、こちらからどうぞ。

(fullmoon)

映像舞踊『BOLERO 2020』公開されました♪

既にご覧になられた方も多くいらっしゃると思いますが、金森さんのdirectionと遠藤龍さんの編集によるNoismの映像舞踊『BOLERO 2020』が本日公開されました。このところの金森さん、多岐にわたって精力的です、いつにも増して!

「2020年」ということで言えば、昨年末~今年初の「森優貴/金森穣Double Bill」において『Farben』を振り付けた森優貴さんが、夏(8月)のアーキタンツ20周年記念公演で、「ボレロ(新作)」を発表する予定だったことも記憶に新しいところです。

…『ボレロ』。森さん振付の新作、私もチケットを買って、楽しみに待っていたのですが、「コロナ禍」で公演中止となってしまい、残念な気持ちでいた折も折、逆に今度は金森さんが「コロナ禍」ゆえに出来ることとして映像作品で取り上げて(そして/或いは、撮り上げて)くれました。『ボレロ』の穴は『ボレロ』で。金森さん、こう来たか。森さんだったら、どんなだったろう。そんな夢想にも浸れるほど、ぽっかり空いた穴が埋められていくように感じました。

この作品に関して、金森さんからのメッセージがあり、そのなかで製作の経緯などが語られています。こちらからもご覧いただけますので、どうぞ。

では、本編ですが、Noism公式ウェブサイトのニュース頁のリンクを貼っておきます。『BOLERO 2020』、そちら経由でどうぞ。(有料:「7日間レンタル」200円)

スマホでもご覧になれますが、少し大きなディスプレイでご覧になることをお薦めします。

私は幸いにも、プレビュー公演、先日の和楽器集団「ぐるーぷ新潟」コンサートにゲスト出演したNoism2、そして金森さんが新潟市洋舞踊協会記念合同公演に振り付けた『畦道にて~8つの小品』と続けて観ることができましたが、そうはいかず、「Noismロス」状態できている方も多くいらっしゃる筈です。こちら、一週間、何度でもご覧になれますから、「ロス」解消の絶好のチャンス。言うまでもなく、必見です♪

(shin)

「色、そして/或いは時間」(サポーター 公演感想)

☆『森優貴/金森穣 Double Bill』

 新潟と埼玉で観た「森優貴/金森穣 Double Bill」は、様々な時間が、それらと不可分な色を散りばめつつ描出される刺激的な公演だった。

 金森さんの『シネマトダンス』は『クロノスカイロス1』から。肌を透かせて横溢する若さをピンクが象徴し、「昨日」(=映像)と格闘しながら過ごされる「永遠」かと錯視される眩しい時間。やがて終焉の予兆が滲み、甘酸っぱい感傷の余韻を残した。

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『クロノスカイロス1』
Photo : Kishin Shinoyama

 『夏の名残のバラ』は、その身体に「Noismの歴史が刻まれている」井関さんの踊りと最奥に映される映像は勿論、録りつつ見せる山田さんの「所作」も舞踊以外の何物でもない重層的な作品。強弱様々にリフレインされるたったひとつの歌に乗せて、落日を思わせる照明のなか、赤と黒と金で描かれる舞踊家の今と昔日は涙腺を狙い撃ちにするだろう。

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『夏の名残のバラ』
Photo : Kishin Shinoyama

 色と同様に、シルエットが現実界の身体に不可分なものであるなら、金森さんのソロ『FratresⅡ』は、現実界を超え出たものにしか見えない。何色かを同定することが容易でない色味、身体と同調しないシルエット。しかし、そもそも色もシルエットも光が織りなす仮象でしかあり得ず、ならば、身体が突出する金森さんの舞踊は、それらを置き去りにしながら、舞踊の本質に降りていくものであり、神々しく映る他あるまい。

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『Fratres II』
Photo : Kishin Shinoyama

 森さん演出振付は『Farben』。冒頭からスタイリッシュで、耳も目も瞬時に虜となる他ない。自らの色を求めて走り出す者たち。過去と現在、そして未来。交錯し、折り重なる時間を、個々の舞踊家の個性(=色)もふんだんに取り込みながら、多彩な舞踊で次々に編み変えていくその作品は、どこを切っても、鍛錬された身体が集まってこそ踊られ得るものでしかない。

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『Farben』
Photo : Kishin Shinoyama

 今回の「Double Bill」、時間を共通項に、過去に立脚しながら、新色を添えつつ、未来を見晴るかすものだった点で、Noism第二章の幕開けを飾るに相応しい公演だったと言い切ろう。 (2020/01/26)

(shin)

「舞踊に媒介された人の営為」(サポーター 公演感想)

☆『森優貴/金森穣 Double Bill』

 秒を刻む『クロノスカイロス1』、フーシャピンクの身体が軽やかに横切る。疾走は交錯し、その姿は後方のスクリーンに投影された。映像と鏡合わせのごとく対峙した身体は、躍動感を以て、映像は静止の瞬間の連続体であると思い出させた。高彩度の照明は幾度か全てを塗り替える。と、ふわと羽毛が落ちゆく。俊敏な身体を容した広い平面に高さが忍び込んでいた。降下時間とデジタルで刻まれゆく時間は対照的だ。だが、人が感受する時間の流れも一様ではない。

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『クロノスカイロス1』
Photo : Kishin Shinoyama

 哀切を帯びた歌声が響く『夏の名残のバラ』。スクリーン中の楽屋に女が居り、幕開け、女を追うレンズは男の手にあると知れる。一面の落ち葉は二人の足取りに翻り、ケーブルに曳かれた。女の身体は過去を追想する。街の残照のようなスリット状の光を受け、紅いドレスにドレープが連なる。寂しさを湛えながらも手の平はぱたぱた無邪気に鳴った。つと、地平が立ち上り、我々は傍観者として遠くにデュオを見、やがて客席を向いたレンズは人影を捉えない。女の目に映る光景はただ一つのものだ。

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『夏の名残のバラ』
Photo : Kishin Shinoyama

 黒衣の男は独り円形の明かりの下に在った。『FratresⅡ』、背後に相似形の巨大な影を伴い、男は両手を天に掲げる。深く腰を落とし地に迫る。ときに先んじ、また追随した影は男の生きられなかった側面だろうか。男は沈潜し、葛藤し、今を営む。ひとときの静止には彫像のごとき美しさが宿る。粒立つ光が注がれた。手首を返しては流れを受け続けた男は、静安をまとい歩み去った。

noi
『Fratres II』
Photo : Kishin Shinoyama

 白い眩惑に人影を見ながら『Farben』の幕が上がる。強い弦の音、天地を違えた机が出来事の緊張感を高めた。群舞に衣擦れを聞き、踊られる情動はそこここで離合集散する。額を外しゆき、桟橋を渡り、翻弄され、差し出した手に花を得た。紫色の花は、個の内奥と呼応していたのかもしれない。『森優貴/金森穣 Double Bill』に、恐るべき凝縮度の人間の営為を見た。

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『Farben』
Photo : Kishin Shinoyama

(のい)

二人の対比が楽しめた《森優貴/金森穣 Double Bill》

山野博大(舞踊評論家)

 創立16年目のNoismは、財政的支援を行う新潟市との関わりを、より明らかにするために名称を「Noism Company Niigata(ノイズム・カンパニー・ニイガタ)」と改めた。そのNoism1+Noism0《森優貴/金森穣 Double Bill》公演を、彩の国さいたま芸術劇場大ホールで見た。

 金森穣演出振付 の《シネマトダンス―3つの小品》は、舞踊表現とその映像表現という、まったく異次元のものを掛け合わせる試みだった。現れた瞬間に消えてしまう舞台芸術にとって映像は、記録して後で見るために使うことのできるたいへん便利な「技術」だ。また舞踊表現を援けるために映像を使う試みがこれまでにもいろいろと行われてきたが、そのほとんどは舞踊を援ける「効果」の範囲を超えることはなかった。映像表現の芸術性は、舞踊の世界ではほとんど問題にされてこなかったのだ。しかし金森は、その両者を対等にぶつけ合うことを意図した。

 最初の『クロノスカイロス1』は、バッハの「ハープシコード協奏曲第1番ニ短調」によってNoism1の10人(池ヶ谷奏、ジョフォア・ポプラヴスキー、井本星那、林田海里、チャーリー・リャン、カイ・トミオカ、スティーヴン・クィルダン、鳥羽絢美、西澤真耶、三好綾音)が踊った。舞台中央奥にスクリーンがあり、そこに同時に映像が流れる。列を作り舞台を駆け抜けるダンサーたちの映像がスクリーン上に現れた。それは速度を表示する時間表示とたびたび入れ替わり、人間が動くことによる時間の経過をスリリングに観客に意識させた。舞踊と映像が激しく交錯する瞬間があった。

『クロノスカイロス1』撮影:篠山紀信

 次の『夏の名残のバラ』では、「庭の千草(Last Rose of Summer)」のメロディーが聞こえはじめると、井関佐和子がメークする映像がスクリーンいっぱいに広がる。髪を整え、衣裳を身につけ、からだをほぐしてから、彼女は照明のきらめく場面へと進む。そこで幕が上がると、舞台にはスクリーンの中とまったく同じ情景が広がっていた。井関を撮影するカメラマン(山田勇気)の姿があり、舞台上のスクリーンに彼が撮る彼女の踊りが映った。とつぜん山田がカメラを置いて井関をサポートする。その瞬間に映像がどのように変わって行くかを気にしている自分に気が付いた。井関の姿がいっそう身近に感じられた。

『夏の名残のバラ』撮影:篠山紀信

 最後の『FratresⅡ』は金森穣のソロだった。彼自身が舞台中央に立ち、両手、両足を力強く屈伸させる。その背後で彼の影が動いていた。しかし背後の影が別の動きであることがわかった。空間と時間にしばられている「舞踊」と、空間も時間も自由に超えられる「映像」との違いを、いろいろなところで観客に意識させた金森の《シネマトダンス―3つの小品》は、舞踊の可能性を広げる試みだった。

『FratresII』撮影:篠山紀信

 森優貴振付の『Farben』は、Noismが8年ぶりに招いた外部振付者による作品だ。森はドイツのレーゲンスブルク歌劇場の芸術監督として7年間働いて帰国したばかりなので、海外で進行中の新しい舞踊の傾向を熟知している。同時に彼は、貞松・浜田バレエ団が毎年行う《創作リサイタル》やセルリアンタワーの《伝統と創造シリーズ》などで創作活動を続け、日本の舞踊の持つ独特の感触も理解しており、これまでに『羽の鎖』(2008年初演)、『冬の旅』(2010年初演)などの佳作を残している。

『Farben』撮影:篠山紀信

 帰国後、森は最初の作品となる『Farben』をNoismのために振付けた。いくつもテーブルを置いた舞台。舞台上空にも、テーブルが下がる暗めの空間で、地味な衣裳(衣裳=堂本教子)の12人(井関佐和子、池ヶ谷奏、ジョフォア・ポプラヴスキー、井本星那、林田海里、チャーリー・リャン、カイ・トミオカ、スティーヴン・クィルダン、タイロン・ロビンソン、鳥羽絢美、西澤真耶、三好綾音)が踊る。テーブルをさまざまに使いまわしてパワフルな動きを繰り広げた。このような舞台展開は、Noismのダンサーの得意とするところ。さらに大小のサイズの枠を使って鏡のように見せる。花を入れた花瓶を取り込んだりして、舞台の景色を自在に変えて行く。そのような思いがけない流れの節目を井関佐和子がさりげなくコントロールしていた。

『Farben』撮影:篠山紀信

 金森の作品は細部までしっかりつめて作られている。一方で森の作品はどこまでも出たとこ勝負。成り行きで進む感じがある。そんな対比が楽しめた《森優貴/金森穣 Double Bill》公演だった。

(2020年1月17日/彩の国さいたま芸術劇場大ホール)

埼玉公演3日目、『Double Bill』大千穐楽に滂沱(ぼうだ)の涙

前日とは打って変わって晴天の埼玉、2020年1月19日(日)。気温は低めながら、そこは冬のことでもありますし、晴れているだけで儲けものと思いながら、彩の国さいたま芸術劇場へと向かいました。

午後2時くらいに与野本町駅に降り立ちますと、私たちの目の前、改札を出たところには待ち合わせをしている制服を着た女子高生の集団の姿があり、恐らくダンス部員と思しき彼女たちも、そこから同じ場所を目指してずっと私たちの前を歩いていく成り行きに自然と頬が緩みました。そう言えば、前日の会場内にも似た雰囲気の女子高生の姿がありましたし、「いいねぇ。りゅーとぴあだけじゃないんだね。彼女たちの未来は明るい」そう感じたような具合でした。(笑)

故・蜷川幸雄さん展示品の向かいにNoismチラシ
新潟市の観光パンフ
「一度来てみるってのはなじらね」

入場後、この日もホワイエに立つ森さんにご挨拶した際、お願いして公演パンフにサインをしていただき、またひとつ宝物が増えました。そして昂る気持ちのまま、まるで「クロノスカイロス1」の時間表示が刻々変化していくのを実感するかのように「大楽」の開演を待ちました。

この日も予定時刻を少し回った15:05頃、音楽が鳴り始め、緞帳があがると、無人の舞台の最奥にピンク色の時間表示が現れます。それは最初の一音が響くと同時に刻まれ始めた経過時間を示すものなのでしょう。そして「1:25.00」を合図とするのだと思われますが、鳥羽さんが舞台を横切って走ってそのまま消えていくことで、「クロノスカイロス1」が始まります。いつしか時間表示が映像を映すスクリーンに変わっていることもいつも通りです。

映像が映す身体と生身の身体とのシンクロ振りを楽しみながらも、鏡面ではないスクリーンに向き合う舞踊家の姿は左右が反対の筈で、例えば、右手の映像の手前には生身の左手が重なっている訳で、そうしてみると、信じられないレベルで左右対称の動きを作り上げていなければ成立し得ない演目であることに気付きます。それをこの日は今まで以上の笑顔で踊った舞踊家たち。観ているこちらも鼓動が高まり、ワクワク楽しいのなんのったらありませんでした。

「夏の名残のバラ」、息を凝らして主演女優と助演男優を見詰める、そう、まるで映画のように。それも、fullmoonさんが言うように、極上の一篇。緞帳に大写しにされた井関さんの映像が、実の舞台で生身の井関さんの姿に引き継がれる際のゾクッとする感じは何度観ても変わりありません。

この日、目に留まったもの。まず、鏡に向かい、メイクを施す井関さん映像の上方、逆さに吊るされた、乾燥具合(枯れ具合)を異にする(要するに、違った時期の思い出の品であっただろう筈の)赤いバラの古い花束が3つ。そして実演部分に至り、井関さんをとらえる山田さんのビデオカメラが最奥のスクリーンをもそのフレームに収めてしまうことで、実像の後方、斜め上方向に2つの井関さんの映像が映り、都合3つの赤いドレス姿を同時に目にすることになる、その符合振りの巧みさ。そんな心憎いがまでの細部にも魅了され、終始、心臓はバクバク言って、仕舞いには涙腺が見事に決壊、滂沱の涙となる始末でした。

「FratresII」の鬼気迫る気迫、熱、渾身、或いは憑依。見詰めているだけで違う世界に連れ去られてしまうような舞踊。落下する数多の米の粒さえ金森さんの身体に当たって弾けるときに、シンメトリーを描いてしまうに至っては一体どうしたらそんなことが可能なのだろうか、とも。ですから、凄いものを見てしまったと言うほかにないと感じた、「楽日」の「FratresII」でした。

休憩を挟んで、森さん演出振付の『Farben』、いよいよ見納めの時が近付きます。照明、装置、そこに音楽。感情を滾らせるような弦の響き。繰り出されるそのビートをそれぞれの身体を使って可視化するかのような出だし。冒頭から、触れると火傷しそうなくらいの熱を発して躍動する身体が音楽との見事な一体化を遂げています。抑圧、不安、渇望、追憶、喪失、傷心、夢…、ひとつところに安住することをさせない要素たちと、それらに突き動かされる姿とが息苦しいがまでに観る者の胸に迫ってきます。

金森さんとはテイストを異にする森さん作品。それを見事なまでに現前させたのはNoismならでは、そんなことも書きましたが、この日は更にそれに留まらず、それを踊り切った舞踊家はまた新たな舞踊言語を手にした筈との思いを抱くに至りました。まったく「Noism第二章」に相応しいこと、この上ありません。

第一部、金森さんの『シネマトダンス-3つの小品』の後も、第二部、森さんの『Farben』の後も、緞帳が下りてのち、暫く沈黙が客席を覆っていました。カーテンコールになって初めて拍手が解禁されるかのような空気を作り出したのは、他でもないこの日の舞踊家たちが見せた「爆発的な」舞台、それ以外の何物でもありません。一旦、拍手が送られ始めると、今度はそれが熱を帯びたものに変わり、「ブラボー!」と声をかける者、スタンディングオベーションを送る者等々、会場中が、少し前の沈黙とは打って変わって、熱狂的な様子に変貌を遂げることになりました。

夕刻特有の色合い(farben)が、熱狂の舞台を静寂に戻していくのを振り返りながら、与野本町駅に向かって歩み始めたのですが、不思議なことに、いつも楽日の公演後には感じてきた「Noismロス」には襲われずにいました。それもこれも、圧倒的な舞台の余韻が収まる兆しを見せず、まだまだ夢の中にいるような心持ちだったからに違いありません。

帰りの新幹線まで2時間半はあったため、同じく新潟から遠征のサポーターズ仲間と一緒に大宮まで出て、この日も居酒屋さんに行くことになりました。それもNoismが与えてくれる幸福の一部であることは前日のブログに書いた通りです。Noismを観て楽しみ、Noismを語って楽しんだ2日間。Noismを好きな自分でいて良かった、この日も心からそう感じたような次第です。

(shin)

雪舞う首都圏、『Double Bill』埼玉公演2日目

前日から始まった埼玉3days、初日は仕事で都合がつかず、泣く泣く我慢。で、仕事帰り、公演時刻とちょうど重なる頃、やはり公開初日を迎えたイーストウッドの新作映画『リチャード・ジュエル』を観て過ごし、その後、帰宅してfullmoonさんのレポを読んで、というのが、2020年1月17日。明けて18日(土)の朝、新幹線で新潟市を出て、勇躍、埼玉に向かいました。まだ時間も早かったため、東京まで足を伸ばして過ごしていたのですが、気温はどんどん下がり、お昼頃の新宿界隈は遂に雨が雪に変わる始末。雪のない新潟市から雪舞う新宿へ、という予想もしない展開にまず目が点になったような次第です。

その後、幸いにして寒気は緩み、それでも、雨がそぼ降るなか、埼玉へ移動して、開演1時間前の16時頃、与野本町に入りました。駅を出たところで、同じく新潟から来たサポーターズ仲間にばったり遭遇。傘をさして雪やら雨やらに苦笑いをしながら、公演会場である彩の国さいたま芸術劇場へと向かいました。

幻想的なガラスの光庭

Noismが私の人生に運んでくれた豊かさや幸福にはそういうものも含まれています。Noismを通じて知り合った人たちです。入場前にも東京や千葉のサポーターズ仲間と笑顔で挨拶を交わし、或いは、仲良くして貰っている、あるNoismメンバーのお母様ともお会いしたり、チケットを切って貰ってホワイエに進んだら進んだで、今回招聘された森優貴さんにご挨拶できたり、はたまた、金森作品のあとの休憩時間には、この日、ご覧に来られていた小㞍健太さんともお話しできたり、…と。それらはどれひとつとっても、Noism抜きにはあり得ないことで、もう手放したくない幸福な状況な訳です。有難いです。でも、そんなふうに感じている方って多いのではないでしょうか。

前置きが長くなり過ぎですね。ここからは埼玉2日目の公演について書きます。新潟での3日間から日を空けて、今回、D列の席から見上げた大小4つの演目からは、どれも、瑞々しさや生々しさ、要するに鮮度を保ったまま、練磨の度合いが上がり、滑らかさが増した、そんな印象を受けました。舞踊家しかり、照明しかり。

腕を振り回すごとく、勢いのままに若い刻を謳歌する舞踊家たちと、ひらりひらり忍び寄る終焉の予兆。それを暗示して舞い落ちた薄片は、新潟での黄色から埼玉ではさくら色に。虚実入り乱れるかのような生の身体と映像、それを照らす照明も少し変わって、インパクトを増した箇所もある「クロノスカイロス1」。

齢を重ね、それでも舞台に立つ舞踊家とそれを間近から撮ることで観つつも見せる男。赤と黒と夕陽のような金色が美しい舞台は「夏の名残のバラ」。設定さながらに、踊り込まれることでしか達しようのない域、「至芸」の味わいを濃厚にしていて、固唾を飲んで見詰めるのみです。

金森さんがその身ひとつに場内すべての視線を受け止めて踊る「FratresII」。舞踊を生業とした者、或いは舞踊にすべてを捧げる決心をした者の覚悟のほどを発し続けて、一瞬ごとに場内を圧していきます。緞帳がおりてのちも客席は雑な身動ぎが憚られたと見えて、送られた拍手は、両の掌も緊張が解けないままでどこかぎこちなさを引き摺るような拍手に聞こえました。それだけ圧倒的なソロだったということです。

上に書いた通り、小㞍健太さんともお話しができて感動した休憩を挟んで、森さんの『Farben』です。中央で踊る井関さん、ジョフォアさん、鳥羽さん、そしてラストで視線を釘付けにする林田さんだけでなく、すべての舞踊家が、より確信に満ち、より伸びやかに、そしてより激しく、持ち前の「Farben(色彩)」を発散して踊る印象を強め、もう見どころ満載、個性や魅力の「てんこ盛り」状態になっています。

「one of them」を踊っているのに、当然ながら、決して「one of them」に留まっていずに、誰よりも「若さ」を発散して踊る井関さんを観る稀な機会でもあります。それひとつだけとっても、楽しくない筈がないじゃありませんか。

森さんが仕掛けた欧州のテイスト。それをあのレベルで現前できるのはNoismなればこそ。彼らの身体が、彼らの日々の鍛練があってこそと断言するほかない舞台が展開されます。この日もとっぷり浸かって、心から堪能いたしました。

この日は劇場を後にしても、直接、ホテルに向かうのではなく、fullmoonさんと彼女の友人にご一緒させて貰い、居酒屋さんでNoismを肴にグラスを傾けて楽しい時間を過ごしました。笑って食べて飲んで過ごした時間は優に2時間を越えていましたから、公演時間を上回っていた訳で、つまりは公演に「倍する」時間、Noismに浸っていたことになり、埼玉の地で、冒頭に書いた豊かさや幸福、ここに極まれり、って日を過ごしたことを書いて締め括りとさせていただきます。

森優貴/金森穣 Double Billも余すところ「大楽」の一公演のみとなってしまいました。である以上、満喫するのみ。本日、また足を運びます。

(shin)

埼玉公演開幕!!

2020年1月17日(金)。待ちに待った埼玉公演、その初日!ああ、本当に行ってよかった!!新潟公演もとてもよかったけど、ますます素晴らしい。”極上”という言葉が浮かび上がります。堪能させていただきました。贅沢〜♪ 

この舞台をあと2回も観られて幸せでもあり、2回しか観られなくて残念でもあり・・・でもうれしい。生きていることを実感する。 

【余談】 今日の席はB列、つまり2列目なのですが、なんと、A列は撤去されていて、思いがけず最前列で観せていただきました♪

(fullmoon)