『Duplex』埼玉公演3日目ソワレ(2/27)感想(サポーター 公演感想)

☆Noism0 / Noism1 『Duplex』(2021/2/27@彩の国さいたま芸術劇場〈小ホール〉)

一昨日に続き、「Noism0 /Noism1『Duplex』」埼玉公演3日目を観ました。 いつもですと、土曜日は合唱団の練習があるのですが、非常事態宣言で中止となり、幸いにも埼玉公演2回目を観ることができました。

最初は、森優貴さん「Das Zimmer」です。「群像劇」ですが、断章ごとに異なるダンサーにスポットがあたり、それぞれ見せ場があるのは観客として嬉しいですね。

先日はこの密室空間を「洋館」と書きましたが、今回は学校生活のように感じました。衣装も制服のようにも見えますし。

男女ペアの「ハグ」が印象的でした。密着せず持ち上げていないのに女性が浮いています。不思議な美しさがありました。

ラストの渡部さんのソロは、これまで周囲に合わせていた彼女が、自立し、もがきつつも前に歩もうとしています。井本さんの代演で相当なプレッシャーを感じていたかもしれませんが、見事でした。

「残影の庭」については、初演の京都公演と新潟・埼玉公演を観て気づいたことについて書きます。

まず、京都の初演を観た時は「あまり踊らないなあ!」というのが第一印象でした。それが新潟・埼玉公演では、静寂な世界観はそのままに踊りに満ちていて、その感じ方の違いに驚きました!

どうしてでしょうか。

第一に京都では「秋庭歌一具」のうち「秋庭歌」が雅楽のみだった、のがあると思います。舞踊家のいない舞台(庭)が「不在感」「残影感」を醸し出しますが、舞踊のみの公演でどうするのだろう?という疑問もありました。まさかの曲ごとカットには驚きました。

また、京都では共演した伶楽舎の影響も大きいです。雅楽は演奏家の立ち居振る舞いが「静」そのもの。武満徹の曲でさえも空間が動かない印象がありました。観客にも少なからず影響を与えていると思います。

舞台装置についても書きます。

新潟・埼玉公演では壁に備え付けだった灯篭は、京都公演では天井からぶら下がり、上下に可動式でした。 雅楽と舞踊の結界のようでもあり、また逆に極彩色の雅楽と淡色のNoismを結びつける効果もあったと思います。

新潟・埼玉公演でひらひらと落ちてきた落葉は、京都公演ではバサッと落ちてきたのも印象的でした。ベジャール「M」の桜吹雪と落ち方が一緒のようにみえました。

この落葉については、第一部の最後の曲目で声明を唱う僧侶たちが「散華(さんげ)」を巻いたのもあり、Noismの落葉が「散華」のようだったのも奇跡的でした(果たして金森さんは狙っていたのでしょうか?)

以上、思いついたままにつらつらと書いてしまい、非常に読みにくい文章になってしまいました。 何かしら公演や作品を感じる手助けになれば幸いです。

(かずぼ)

『Duplex』埼玉公演 大千穐楽(2/28)に行ってきました!

2021年2月28日。新潟も埼玉も春らしくていいお天気! 久しぶりの埼玉公演。関東にお住まいの友人知人、会員さんたちにたくさん会えました♪

さて、新潟公演の開場は15分前ですが、埼玉は30分前。 3番のチケットをゲットしていたので、早めに会場に行って順番を待ちます。 今回の埼玉公演は、いつも数回観る私には珍しく、今日1日だけの鑑賞。しかも楽日ですし、やはり最前列ですよね。 まん中上手寄りの希望の席に座れました♪

森優貴さん『Das Zimmer』が始まります。Noism1井本さんの代わりにNoism2の渡部梨乃さんが出演するそうなので期待が高まります。 とは言え、実はちょっと心配していたのですが杞憂でした。とてもよかったです! しっとりと落ち着いていて、でも初々しくて。 森さんが求めていた「ノーブル」という雰囲気にぴったりだったと思います。 渡部さんプロフィール:https://noism.jp/about/member/?person=8742

『Das Zimmer』は演劇的でミステリアスです。メンバーは皆、難しい役柄を自分のものにして踊っていたと思います。

休憩後は、金森穣さん『残影の庭―Traces Garden』。Noism0の3名が舞います。 これはもう「神」!! 美しい!!  見る者は法悦に身を委ね、ただただ呆然とするのみです。

素晴らしい大千穐楽でした。 皆々様、ロングラン公演おつかれさまでした! ブラボー!!!!!

※埼玉公演には速報チラシが折り込まれていました♪

  • Noism2定期公演vol.12: 4月22,23,24日 りゅーとぴあ劇場
  • Noism0,1,2『春の祭典』: 7月2,3,4日 りゅーとぴあ劇場             
  • 同: 7月23,24,25日 さいたま芸術劇場

3月もイベントや公演が次々と続きますよ♪ インスタライヴもあるかも。 目が離せませんね!

(fullmoon)

『Duplex』埼玉公演初日(2/25)を観ました♪(サポーター 公演感想)

☆Noism0 / Noism1 『Duplex』(2021/2/25@彩の国さいたま芸術劇場〈小ホール〉)

彩の国さいたま芸術劇場小ホールで開催された「Noism0 / Noism1『Duplex』」初日公演を観ました。与野本町の劇場に来るのは昨年1月の「森優貴/金森穣Double Bill」公演以来となります。

全5公演すべてが前売りの段階でチケット完売!新型ウイルスの影響により客席数が制限されているとはいえ、2月はダンス公演が非常に多い時期ですからチケット完売は喜ばしいことです。

最初に森優貴さんの作品「Das Zimmer」がNoism1メンバーにより上演されます。ちなみに出演者変更によりNoism1の井本さんとジョフォアさんは今回オンステせず、Noism1準メンバーの2人(杉野さん、樋浦さん)とNoism2メンバーの渡部さんが踊りました。

「Das Zimmer(=部屋)」と題されたこの作品、メンバーはレトロ風ながら洗練されたかっこいい洋装に身を包んでいます。制作段階で「密室群像劇」との言葉を目にしたこともあり、何らかの事情で外に出られない密室(嵐で閉じ込められた洋館や難破中の豪華客船内など)の中で起こる濃厚な人間模様を見ているようです。江戸川乱歩のミステリー小説の世界を想像しました。

ショパン・ラフマニノフの小曲とともに恋愛や軋轢のドラマを展開します。恋愛もどうやら一筋縄ではいかなさそうで「人物相関図」が欲しくなります。ただしドラマは暗転により突然終わり、普段見慣れているダンスとは違い(ノってきたと思ったら突然切られる)というはぐらかされた感覚もあります。森さんの解説には「外してみる」ことを試みた、とあるので意図されたものだと思います。

休憩をはさみ、金森穣さんの作品「残影の庭―Traces Garden」がNoism0の3人により上演されました。森さんが「部屋」ならば金森さんは「庭」。空間をテーマとする2作品が重なったのも楽しいです。

「残影の庭―Traces Garden」では武満徹の雅楽「秋庭歌一具」が使われていますが、タイトル曲「秋庭歌」は使用されていません。どうしてだろうか、と思い「秋庭歌」の曲についてウィキペディアで検索してみると、「『秋庭歌』は初演の際に舞がつけられていた」とあります。もしかしたら金森さんが初演の舞を尊重して新たに振付しなかったのかもしれませんし、この曲を外すことが「残影」そのもの、という意図なのかもしれません。

舞台はまるで日本の古典芸能のようです。人間が羽衣のような衣装を身に纏うことで精霊としての本性を現す、というのは古典芸能そのもの。3人の精霊が秋の庭で舞い遊ぶさまは、まるで既に伝承されている故事を見ているようです。

途中、古木やその魂(曲中で雅楽が「木魂」という小グループに分かれることに掛けているのかもしれません)も現れ、井関さんの精霊と踊るのも楽しいです。 落葉し精霊が去ったのち、再び羽衣を着た金森さんが現れますが、この金森さんは精霊ではなく「木魂」だったのかもしれません。

ちなみに、私が最近大好きなテレビ番組「ヒロシのぼっちキャンプ」では、ぼっちキャンプを楽しんだヒロシさんが場所を元に戻してからパッと画面から消えエンディングとなります。画面が風景だけになることで「(キャンプを楽しんでいた)ヒロシさんの残影」が強く印象に残ります。「残影」について考えていたら、この映像がふいに思い出されました。

上演は日曜日まで続きます。土曜日には新潟公演にもなかった1日2公演もありますし、怪我や感染がなく最後まで無事公演が成功して終えられるよう見守りたいと思います。

(かずぼ)

1/16『Duplex』活動支援会員対象公開リハーサルに行ってきました

1月16日(土)の新潟市は朝から雨が降っていたのですが、寒くなかったのは救いでした。前日のメディア向け公開リハーサルに続き、この日は活動支援会員対象の公開リハーサル(15:30~16:30)が開かれ、そちらへ行ってきました。

受付時間の15時より少し早くりゅーとぴあに着いてみると、スタジオBから降りてくる金森さんと井関さんの姿に気付きました。少し距離を隔てたところからお辞儀をすると、手を振ってくれるお二人。久し振りのNoism、その実感が込み上げてきました。

入場時間の15:30になり、ワクワクを抑えきれぬまま、スタジオBに入ると、森優貴さん『Das Zimmer』のリハーサルが進行中でした。前日のメディア向けリハの記事でfullmoonさんが「ヨーロッパ調のシックな衣裳」と書かれたものは、見ようによっては、チェーホフの舞台で観たことがあるようなものにも思えました。そこに、森さんの「ノーブルさが欠けている」などのダメ出しの声が聞こえてきますから、どことも知れぬ「異国」が立ち現れてきます。また、森さんが発する言葉が、英語と関西弁であることも国の特定を困難にしていたと言えるかも知れません。

ノートをとり、ダメ出しを伝える役目は浅海侑加さん(Noism2リハーサル監督)。それを聞いて森さんが身振りを交えて、Noism1メンバー一人ひとりに細かな指示を出しながら、動きのブラッシュアップを行っていきます。時には、自分が踊ってもみせる森さん。そうやって見せた回転はとても美しいものでした。森さんのなかにあるイメージが具体的な動きを伴って手渡されていきます。

10人の舞踊家(ジョフォアさんの姿がなかったのは少し気になります…)と10脚の椅子。振りを見ていると、椅子の他にも、印象的な小道具がありそうな予感がしました。そして、頭上に吊されて、剥き出しの存在感を放つ照明を観ていると、前作『Farben』の印象も蘇ってきます。その『Farben』では、舞踊家一人ひとりの個性を最大限に活かす演出をされていた森さん。今度はどんなドラマを見せてくれるでしょうか。楽しみです。

16:00少し前になると、森さんとNoism1メンバーは撤収し、3本の筒状に巻かれたリノリウム(表・黄色、裏・緑色)が縦方向に敷かれ、張り合わされて、能にインスピレーションを得たという約6m四方の「舞台」が作られていきます。その転換作業の過程そのものも見物で、誰も席を立ったりすることなく見入っていたことを書き記しておきたいと思います。ものの5分ほどの作業の末、黄色い舞台が整うと、もうそこからは少し前までの「異国」感とも異なる、まったく別の時空に身を置いている気がしました。

舞台上手奥からの照明は傾く日の光のようで、季節はすっかり秋。残り30分は『残影の庭-Traces Garden』の公開リハです。シルク製で、それぞれ異なる色の「薄翅(うすば)」にも似た羽織を纏ったNoism0の3人がお互いに感じたことをやりとりしながら動きを確認していく様子には、大人の風格が色濃く漂っていました。ですから、まず最初、井関さんと金森さんのデュエットから金森さんのソロまでを通して踊った(「舞った」の語の方がしっくりきます)後、「緊張するね」と金森さんが漏らした一言には意外な気がしたものです。ロームシアター京都という大きなハコからスタジオBというミニマムなスペースに移ったことも、「無風」で揺れがない衣裳の感じも、録音された音源も、鋭敏なセンサーを備えた3人の身体には京都とは「別物」のように感じられたのではないでしょうか。「新潟版」が作られていく貴重な過程を覗き見させて貰った気がしました。

16:30を少し過ぎて、金森さんが時計に目をやり、時間が超過していることに気付くと、それまでの張り詰めていた時間にピリオドが打たれ、固唾をのんで見詰めていた私たちも普通の呼吸を取り戻しました。ついで、金森さんが私たちの方に向き直り、金曜日からの新潟ロングラン公演について「観に来ることも快適とばかりは言えない時期ですが、私たちも精一杯のことをやってお迎えします。是非、非日常の感動を味わいにいらして下さい」とご挨拶されると、その場にいた者全員が大きな拍手で応え、この日の公開リハーサルは終了となりました。

1/22から始まる「Duplex」新潟公演(全12回)は全公演ソールドアウトの盛況ですが、2/25からの埼玉公演(全5回)はまだ少し残席もあると聞きます。普段からの健康観察と感染予防を徹底したうえで、ご覧になれるチャンスのある方はご検討下さい。

*前日(1/15)のメディア向け公開リハーサルに関しては、こちらからどうぞ。

(shin)

「色、そして/或いは時間」(サポーター 公演感想)

☆『森優貴/金森穣 Double Bill』

 新潟と埼玉で観た「森優貴/金森穣 Double Bill」は、様々な時間が、それらと不可分な色を散りばめつつ描出される刺激的な公演だった。

 金森さんの『シネマトダンス』は『クロノスカイロス1』から。肌を透かせて横溢する若さをピンクが象徴し、「昨日」(=映像)と格闘しながら過ごされる「永遠」かと錯視される眩しい時間。やがて終焉の予兆が滲み、甘酸っぱい感傷の余韻を残した。

new photo: shin
『クロノスカイロス1』
Photo : Kishin Shinoyama

 『夏の名残のバラ』は、その身体に「Noismの歴史が刻まれている」井関さんの踊りと最奥に映される映像は勿論、録りつつ見せる山田さんの「所作」も舞踊以外の何物でもない重層的な作品。強弱様々にリフレインされるたったひとつの歌に乗せて、落日を思わせる照明のなか、赤と黒と金で描かれる舞踊家の今と昔日は涙腺を狙い撃ちにするだろう。

not used
『夏の名残のバラ』
Photo : Kishin Shinoyama

 色と同様に、シルエットが現実界の身体に不可分なものであるなら、金森さんのソロ『FratresⅡ』は、現実界を超え出たものにしか見えない。何色かを同定することが容易でない色味、身体と同調しないシルエット。しかし、そもそも色もシルエットも光が織りなす仮象でしかあり得ず、ならば、身体が突出する金森さんの舞踊は、それらを置き去りにしながら、舞踊の本質に降りていくものであり、神々しく映る他あるまい。

new photo: shin
『Fratres II』
Photo : Kishin Shinoyama

 森さん演出振付は『Farben』。冒頭からスタイリッシュで、耳も目も瞬時に虜となる他ない。自らの色を求めて走り出す者たち。過去と現在、そして未来。交錯し、折り重なる時間を、個々の舞踊家の個性(=色)もふんだんに取り込みながら、多彩な舞踊で次々に編み変えていくその作品は、どこを切っても、鍛錬された身体が集まってこそ踊られ得るものでしかない。

new photo: shin
『Farben』
Photo : Kishin Shinoyama

 今回の「Double Bill」、時間を共通項に、過去に立脚しながら、新色を添えつつ、未来を見晴るかすものだった点で、Noism第二章の幕開けを飾るに相応しい公演だったと言い切ろう。 (2020/01/26)

(shin)

二人の対比が楽しめた《森優貴/金森穣 Double Bill》

山野博大(舞踊評論家)

 創立16年目のNoismは、財政的支援を行う新潟市との関わりを、より明らかにするために名称を「Noism Company Niigata(ノイズム・カンパニー・ニイガタ)」と改めた。そのNoism1+Noism0《森優貴/金森穣 Double Bill》公演を、彩の国さいたま芸術劇場大ホールで見た。

 金森穣演出振付 の《シネマトダンス―3つの小品》は、舞踊表現とその映像表現という、まったく異次元のものを掛け合わせる試みだった。現れた瞬間に消えてしまう舞台芸術にとって映像は、記録して後で見るために使うことのできるたいへん便利な「技術」だ。また舞踊表現を援けるために映像を使う試みがこれまでにもいろいろと行われてきたが、そのほとんどは舞踊を援ける「効果」の範囲を超えることはなかった。映像表現の芸術性は、舞踊の世界ではほとんど問題にされてこなかったのだ。しかし金森は、その両者を対等にぶつけ合うことを意図した。

 最初の『クロノスカイロス1』は、バッハの「ハープシコード協奏曲第1番ニ短調」によってNoism1の10人(池ヶ谷奏、ジョフォア・ポプラヴスキー、井本星那、林田海里、チャーリー・リャン、カイ・トミオカ、スティーヴン・クィルダン、鳥羽絢美、西澤真耶、三好綾音)が踊った。舞台中央奥にスクリーンがあり、そこに同時に映像が流れる。列を作り舞台を駆け抜けるダンサーたちの映像がスクリーン上に現れた。それは速度を表示する時間表示とたびたび入れ替わり、人間が動くことによる時間の経過をスリリングに観客に意識させた。舞踊と映像が激しく交錯する瞬間があった。

『クロノスカイロス1』撮影:篠山紀信

 次の『夏の名残のバラ』では、「庭の千草(Last Rose of Summer)」のメロディーが聞こえはじめると、井関佐和子がメークする映像がスクリーンいっぱいに広がる。髪を整え、衣裳を身につけ、からだをほぐしてから、彼女は照明のきらめく場面へと進む。そこで幕が上がると、舞台にはスクリーンの中とまったく同じ情景が広がっていた。井関を撮影するカメラマン(山田勇気)の姿があり、舞台上のスクリーンに彼が撮る彼女の踊りが映った。とつぜん山田がカメラを置いて井関をサポートする。その瞬間に映像がどのように変わって行くかを気にしている自分に気が付いた。井関の姿がいっそう身近に感じられた。

『夏の名残のバラ』撮影:篠山紀信

 最後の『FratresⅡ』は金森穣のソロだった。彼自身が舞台中央に立ち、両手、両足を力強く屈伸させる。その背後で彼の影が動いていた。しかし背後の影が別の動きであることがわかった。空間と時間にしばられている「舞踊」と、空間も時間も自由に超えられる「映像」との違いを、いろいろなところで観客に意識させた金森の《シネマトダンス―3つの小品》は、舞踊の可能性を広げる試みだった。

『FratresII』撮影:篠山紀信

 森優貴振付の『Farben』は、Noismが8年ぶりに招いた外部振付者による作品だ。森はドイツのレーゲンスブルク歌劇場の芸術監督として7年間働いて帰国したばかりなので、海外で進行中の新しい舞踊の傾向を熟知している。同時に彼は、貞松・浜田バレエ団が毎年行う《創作リサイタル》やセルリアンタワーの《伝統と創造シリーズ》などで創作活動を続け、日本の舞踊の持つ独特の感触も理解しており、これまでに『羽の鎖』(2008年初演)、『冬の旅』(2010年初演)などの佳作を残している。

『Farben』撮影:篠山紀信

 帰国後、森は最初の作品となる『Farben』をNoismのために振付けた。いくつもテーブルを置いた舞台。舞台上空にも、テーブルが下がる暗めの空間で、地味な衣裳(衣裳=堂本教子)の12人(井関佐和子、池ヶ谷奏、ジョフォア・ポプラヴスキー、井本星那、林田海里、チャーリー・リャン、カイ・トミオカ、スティーヴン・クィルダン、タイロン・ロビンソン、鳥羽絢美、西澤真耶、三好綾音)が踊る。テーブルをさまざまに使いまわしてパワフルな動きを繰り広げた。このような舞台展開は、Noismのダンサーの得意とするところ。さらに大小のサイズの枠を使って鏡のように見せる。花を入れた花瓶を取り込んだりして、舞台の景色を自在に変えて行く。そのような思いがけない流れの節目を井関佐和子がさりげなくコントロールしていた。

『Farben』撮影:篠山紀信

 金森の作品は細部までしっかりつめて作られている。一方で森の作品はどこまでも出たとこ勝負。成り行きで進む感じがある。そんな対比が楽しめた《森優貴/金森穣 Double Bill》公演だった。

(2020年1月17日/彩の国さいたま芸術劇場大ホール)

地元紙・新潟日報「窓」欄掲載、「ノイズム動画 一層活用を」

約1週間前に地元の新潟日報紙「窓」欄に宛てた投書が、本日(2020年2月3日)の朝刊に掲載されました。下に載せますので、まずはお読みください。

同紙への私の5回の投書はすべてNoismに関するもので、ここまでのところ、運よく、すべて掲載して頂いております。有難いことです。

それはさておき、昨秋の活動継続の決定に際し、課題に挙げられたものに「浸透度」も含まれていたのですが、それも舞踊家の顔が見えてこそと思う気持ちから綴ってみたものでした。

前日の「応援する会」記事へのコメントで、fullmoonさんが引いた鈴木良一さんの「…Noism Company Niigataよ、永遠なれ!…。」更に、同会で齋藤正行さんが話された「一人ひとり、自分ができることをやってNoismを支えていこう」との呼び掛け。それらと共鳴・共振するものとしての、私の中にある「周囲に向けて声をあげ続けていこう」という思いがとらせる振る舞いと言えるかと思います。

それというのも、再び、課題と成果の検証がなされることは間違いのないことだからです。私たちはNoismから多くの豊かなものを受け取っています。私たちからNoismに還していくものもなければならないのが現状でしょう。私たち一人ひとりの「Farben(色)」をもった様々な支援が必要な所以です。

Noismの「浸透度」に少しでも貢献できたら。そんな思いで投書しています。その点を感じ取っていただけましたら幸いです。

(shin)

埼玉公演3日目、『Double Bill』大千穐楽に滂沱(ぼうだ)の涙

前日とは打って変わって晴天の埼玉、2020年1月19日(日)。気温は低めながら、そこは冬のことでもありますし、晴れているだけで儲けものと思いながら、彩の国さいたま芸術劇場へと向かいました。

午後2時くらいに与野本町駅に降り立ちますと、私たちの目の前、改札を出たところには待ち合わせをしている制服を着た女子高生の集団の姿があり、恐らくダンス部員と思しき彼女たちも、そこから同じ場所を目指してずっと私たちの前を歩いていく成り行きに自然と頬が緩みました。そう言えば、前日の会場内にも似た雰囲気の女子高生の姿がありましたし、「いいねぇ。りゅーとぴあだけじゃないんだね。彼女たちの未来は明るい」そう感じたような具合でした。(笑)

故・蜷川幸雄さん展示品の向かいにNoismチラシ
新潟市の観光パンフ
「一度来てみるってのはなじらね」

入場後、この日もホワイエに立つ森さんにご挨拶した際、お願いして公演パンフにサインをしていただき、またひとつ宝物が増えました。そして昂る気持ちのまま、まるで「クロノスカイロス1」の時間表示が刻々変化していくのを実感するかのように「大楽」の開演を待ちました。

この日も予定時刻を少し回った15:05頃、音楽が鳴り始め、緞帳があがると、無人の舞台の最奥にピンク色の時間表示が現れます。それは最初の一音が響くと同時に刻まれ始めた経過時間を示すものなのでしょう。そして「1:25.00」を合図とするのだと思われますが、鳥羽さんが舞台を横切って走ってそのまま消えていくことで、「クロノスカイロス1」が始まります。いつしか時間表示が映像を映すスクリーンに変わっていることもいつも通りです。

映像が映す身体と生身の身体とのシンクロ振りを楽しみながらも、鏡面ではないスクリーンに向き合う舞踊家の姿は左右が反対の筈で、例えば、右手の映像の手前には生身の左手が重なっている訳で、そうしてみると、信じられないレベルで左右対称の動きを作り上げていなければ成立し得ない演目であることに気付きます。それをこの日は今まで以上の笑顔で踊った舞踊家たち。観ているこちらも鼓動が高まり、ワクワク楽しいのなんのったらありませんでした。

「夏の名残のバラ」、息を凝らして主演女優と助演男優を見詰める、そう、まるで映画のように。それも、fullmoonさんが言うように、極上の一篇。緞帳に大写しにされた井関さんの映像が、実の舞台で生身の井関さんの姿に引き継がれる際のゾクッとする感じは何度観ても変わりありません。

この日、目に留まったもの。まず、鏡に向かい、メイクを施す井関さん映像の上方、逆さに吊るされた、乾燥具合(枯れ具合)を異にする(要するに、違った時期の思い出の品であっただろう筈の)赤いバラの古い花束が3つ。そして実演部分に至り、井関さんをとらえる山田さんのビデオカメラが最奥のスクリーンをもそのフレームに収めてしまうことで、実像の後方、斜め上方向に2つの井関さんの映像が映り、都合3つの赤いドレス姿を同時に目にすることになる、その符合振りの巧みさ。そんな心憎いがまでの細部にも魅了され、終始、心臓はバクバク言って、仕舞いには涙腺が見事に決壊、滂沱の涙となる始末でした。

「FratresII」の鬼気迫る気迫、熱、渾身、或いは憑依。見詰めているだけで違う世界に連れ去られてしまうような舞踊。落下する数多の米の粒さえ金森さんの身体に当たって弾けるときに、シンメトリーを描いてしまうに至っては一体どうしたらそんなことが可能なのだろうか、とも。ですから、凄いものを見てしまったと言うほかにないと感じた、「楽日」の「FratresII」でした。

休憩を挟んで、森さん演出振付の『Farben』、いよいよ見納めの時が近付きます。照明、装置、そこに音楽。感情を滾らせるような弦の響き。繰り出されるそのビートをそれぞれの身体を使って可視化するかのような出だし。冒頭から、触れると火傷しそうなくらいの熱を発して躍動する身体が音楽との見事な一体化を遂げています。抑圧、不安、渇望、追憶、喪失、傷心、夢…、ひとつところに安住することをさせない要素たちと、それらに突き動かされる姿とが息苦しいがまでに観る者の胸に迫ってきます。

金森さんとはテイストを異にする森さん作品。それを見事なまでに現前させたのはNoismならでは、そんなことも書きましたが、この日は更にそれに留まらず、それを踊り切った舞踊家はまた新たな舞踊言語を手にした筈との思いを抱くに至りました。まったく「Noism第二章」に相応しいこと、この上ありません。

第一部、金森さんの『シネマトダンス-3つの小品』の後も、第二部、森さんの『Farben』の後も、緞帳が下りてのち、暫く沈黙が客席を覆っていました。カーテンコールになって初めて拍手が解禁されるかのような空気を作り出したのは、他でもないこの日の舞踊家たちが見せた「爆発的な」舞台、それ以外の何物でもありません。一旦、拍手が送られ始めると、今度はそれが熱を帯びたものに変わり、「ブラボー!」と声をかける者、スタンディングオベーションを送る者等々、会場中が、少し前の沈黙とは打って変わって、熱狂的な様子に変貌を遂げることになりました。

夕刻特有の色合い(farben)が、熱狂の舞台を静寂に戻していくのを振り返りながら、与野本町駅に向かって歩み始めたのですが、不思議なことに、いつも楽日の公演後には感じてきた「Noismロス」には襲われずにいました。それもこれも、圧倒的な舞台の余韻が収まる兆しを見せず、まだまだ夢の中にいるような心持ちだったからに違いありません。

帰りの新幹線まで2時間半はあったため、同じく新潟から遠征のサポーターズ仲間と一緒に大宮まで出て、この日も居酒屋さんに行くことになりました。それもNoismが与えてくれる幸福の一部であることは前日のブログに書いた通りです。Noismを観て楽しみ、Noismを語って楽しんだ2日間。Noismを好きな自分でいて良かった、この日も心からそう感じたような次第です。

(shin)

雪舞う首都圏、『Double Bill』埼玉公演2日目

前日から始まった埼玉3days、初日は仕事で都合がつかず、泣く泣く我慢。で、仕事帰り、公演時刻とちょうど重なる頃、やはり公開初日を迎えたイーストウッドの新作映画『リチャード・ジュエル』を観て過ごし、その後、帰宅してfullmoonさんのレポを読んで、というのが、2020年1月17日。明けて18日(土)の朝、新幹線で新潟市を出て、勇躍、埼玉に向かいました。まだ時間も早かったため、東京まで足を伸ばして過ごしていたのですが、気温はどんどん下がり、お昼頃の新宿界隈は遂に雨が雪に変わる始末。雪のない新潟市から雪舞う新宿へ、という予想もしない展開にまず目が点になったような次第です。

その後、幸いにして寒気は緩み、それでも、雨がそぼ降るなか、埼玉へ移動して、開演1時間前の16時頃、与野本町に入りました。駅を出たところで、同じく新潟から来たサポーターズ仲間にばったり遭遇。傘をさして雪やら雨やらに苦笑いをしながら、公演会場である彩の国さいたま芸術劇場へと向かいました。

幻想的なガラスの光庭

Noismが私の人生に運んでくれた豊かさや幸福にはそういうものも含まれています。Noismを通じて知り合った人たちです。入場前にも東京や千葉のサポーターズ仲間と笑顔で挨拶を交わし、或いは、仲良くして貰っている、あるNoismメンバーのお母様ともお会いしたり、チケットを切って貰ってホワイエに進んだら進んだで、今回招聘された森優貴さんにご挨拶できたり、はたまた、金森作品のあとの休憩時間には、この日、ご覧に来られていた小㞍健太さんともお話しできたり、…と。それらはどれひとつとっても、Noism抜きにはあり得ないことで、もう手放したくない幸福な状況な訳です。有難いです。でも、そんなふうに感じている方って多いのではないでしょうか。

前置きが長くなり過ぎですね。ここからは埼玉2日目の公演について書きます。新潟での3日間から日を空けて、今回、D列の席から見上げた大小4つの演目からは、どれも、瑞々しさや生々しさ、要するに鮮度を保ったまま、練磨の度合いが上がり、滑らかさが増した、そんな印象を受けました。舞踊家しかり、照明しかり。

腕を振り回すごとく、勢いのままに若い刻を謳歌する舞踊家たちと、ひらりひらり忍び寄る終焉の予兆。それを暗示して舞い落ちた薄片は、新潟での黄色から埼玉ではさくら色に。虚実入り乱れるかのような生の身体と映像、それを照らす照明も少し変わって、インパクトを増した箇所もある「クロノスカイロス1」。

齢を重ね、それでも舞台に立つ舞踊家とそれを間近から撮ることで観つつも見せる男。赤と黒と夕陽のような金色が美しい舞台は「夏の名残のバラ」。設定さながらに、踊り込まれることでしか達しようのない域、「至芸」の味わいを濃厚にしていて、固唾を飲んで見詰めるのみです。

金森さんがその身ひとつに場内すべての視線を受け止めて踊る「FratresII」。舞踊を生業とした者、或いは舞踊にすべてを捧げる決心をした者の覚悟のほどを発し続けて、一瞬ごとに場内を圧していきます。緞帳がおりてのちも客席は雑な身動ぎが憚られたと見えて、送られた拍手は、両の掌も緊張が解けないままでどこかぎこちなさを引き摺るような拍手に聞こえました。それだけ圧倒的なソロだったということです。

上に書いた通り、小㞍健太さんともお話しができて感動した休憩を挟んで、森さんの『Farben』です。中央で踊る井関さん、ジョフォアさん、鳥羽さん、そしてラストで視線を釘付けにする林田さんだけでなく、すべての舞踊家が、より確信に満ち、より伸びやかに、そしてより激しく、持ち前の「Farben(色彩)」を発散して踊る印象を強め、もう見どころ満載、個性や魅力の「てんこ盛り」状態になっています。

「one of them」を踊っているのに、当然ながら、決して「one of them」に留まっていずに、誰よりも「若さ」を発散して踊る井関さんを観る稀な機会でもあります。それひとつだけとっても、楽しくない筈がないじゃありませんか。

森さんが仕掛けた欧州のテイスト。それをあのレベルで現前できるのはNoismなればこそ。彼らの身体が、彼らの日々の鍛練があってこそと断言するほかない舞台が展開されます。この日もとっぷり浸かって、心から堪能いたしました。

この日は劇場を後にしても、直接、ホテルに向かうのではなく、fullmoonさんと彼女の友人にご一緒させて貰い、居酒屋さんでNoismを肴にグラスを傾けて楽しい時間を過ごしました。笑って食べて飲んで過ごした時間は優に2時間を越えていましたから、公演時間を上回っていた訳で、つまりは公演に「倍する」時間、Noismに浸っていたことになり、埼玉の地で、冒頭に書いた豊かさや幸福、ここに極まれり、って日を過ごしたことを書いて締め括りとさせていただきます。

森優貴/金森穣 Double Billも余すところ「大楽」の一公演のみとなってしまいました。である以上、満喫するのみ。本日、また足を運びます。

(shin)

埼玉公演開幕!!

2020年1月17日(金)。待ちに待った埼玉公演、その初日!ああ、本当に行ってよかった!!新潟公演もとてもよかったけど、ますます素晴らしい。”極上”という言葉が浮かび上がります。堪能させていただきました。贅沢〜♪ 

この舞台をあと2回も観られて幸せでもあり、2回しか観られなくて残念でもあり・・・でもうれしい。生きていることを実感する。 

【余談】 今日の席はB列、つまり2列目なのですが、なんと、A列は撤去されていて、思いがけず最前列で観せていただきました♪

(fullmoon)