満を持して世界初演♪東京バレエ団『かぐや姫』第1幕、初日の幕上がる

2021年11月6日(土)は秋晴れの一日。まるで、金森さん演出振付、東京バレエ団『かぐや姫』第1幕世界初演の初日にあって、雨など降っていては、竹藪に分け入ったとしても光る竹も見つけ難かろうとばかり、天の配剤ででもあるかのように。そして何より、世界に向けて、この日本古来の物語バレエの幕が上がる、その輝かしき一日を諸手を挙げて祝福しようとでもいうかのように。

期待に上気した表情の人の波、その華やぎに溢れたホワイエ。この東京バレエ団『かぐや姫』第1幕東京公演2日間は、金森さんの現在と、そこに至る謂わば源流をなすとも捉えられようベジャールとキリアンの作品を一緒に観られる豪華トリプルビル公演という豪華さ。バレエについては殆ど何も知らず、語ることもおこがましい私ですが、客席を埋める目の肥えた観客に混じって、件の降り注ぐ美しい秋の陽光にもまさる、美しいバレエを、或いはバレエの美しさを心ゆくまで堪能しました。

午後2時を少し過ぎて客電が落ち、最初の演目、ベジャール『中国の不思議な役人』からのスタートです。今回、上野まで観に来た理由のひとつがこれでした。この後の新潟公演では観られない演目であり、また、以前に観たNoism版が凄く好きなことに加えて、フリッツ・ラングの映画『M』や『メトロポリス』の影響も濃厚に感じられる舞台とあっては、是非観たいという気持ちは抑えるべくもなかったのです。
いつ聴いても血が滾る思いがするバルトークの音楽に乗り、「フィルム・ノワール」的な舞台設定のもと、バレエの語法で展開していく舞台は、Noism版の記憶をまざまざ呼び起こしつつも、(浅学の私にとっては逆に)新たな世界を見せてくれるものでした。更に、禍々しさ溢れるナイフや縄など、金森さんが引き継いだアイテムを確認できたことも収穫でした。

20分の休憩を挟み、ふたつ目の演目は、キリアンの『ドリーム・タイム』です。20分と、この日、一番短い舞台でしたが、詩情も豊かに、そのタイトルのまま、まさに夢幻の境地に誘うバレエにすっかり陶酔してしまいました。武満徹のたゆたうような豊穣さが見事に可視化されていることに驚嘆したと言っても過言ではありません。新潟公演でも再び観られることを心底楽しみにしている程です。

その後、再びの休憩も20分間。しかし、その休憩も、残り5分くらいになると、舞台上に装置が現われてきました。一見して、なるほどと思えるものです。一旦、暗転した後の明転で翁(飯田宗孝さん)が登場し、『かぐや姫(KAGUYAHIME)』が始まります。恐らく、日本人なら誰も知らぬ人などないだろう物語が、ドビュッシーの楽の音に合わせて、色彩も豊かに紡がれていきます。現代のコンテンポラリーダンス界を牽引してきている金森さんがバレエの手法で描く日本の古典『竹取物語』。月から俗世に遣わされた姫。古き日本の貧しい山村を踊るバレエという西洋の語法。そうした数々の「混淆」若しくは「越境」とも呼ぶべきものが豊かに織り上げられていく35分間は、観る者のなかに、これに続く第2幕、第3幕を今すぐにでも観たいという強い欲望を掻き立てずにはおかないことでしょう。

東京公演キャスト表


軽やかにしてたおやかな秋山瑛さん(かぐや姫)と受け止める柄本弾さん(道児)が身体から発散させる思い。クライマックスで見せるパ・ド・ドゥの物悲しくも、息を呑む美しさと言ったら筆舌に尽くせるものではありません。酔いしれるのみでしょう。そして、そのふたりの脇には、翁の人間味溢れる様子と黒衣の存在感があり、更に、コール・ド・バレエの色彩感も眼福以外の何ものでもありません。コミックリリーフ的な場面を挿入しつつ、緩急のある舞台展開で語られていくグランド・バレエは、難解なところなど皆無で、安心してその流れに身を任せることが出来ます。

やがて、かぐや姫が都へ向かう場面が訪れるでしょう。金森さんが触れていた第1幕の終わりです。もっと観ていたい、そんな気持ちが大きな拍手となって会場中に谺し、繰り返されたカーテンコール。途中、秋山さんに促されて、金森さんが、次いで、井関さんも姿を現しました。その後も続いたカーテンコール、いったい何回あったことでしょう。スタンディングオベーションもどんどんその数を増していきました。世界初演のこの作品を届けた者も、客席からそれを目にした者も、みんな揃って笑顔、これ以上ないくらいの晴れがましい笑顔でした。日本のバレエ界がこの日、またひとつ大きな歴史を刻んだ訳ですから、当然でしかないのですけれど。緞帳が完全に下りてしまってからも、その合わせ目から主な出演者が、そして金森さんと井関さんが次々姿を見せてくれると、その度、大きな拍手が湧き上がりました。で、客電が灯されはじめ、場内がやや明るくなってのち、もうおしまいかと思っていたというのに、やおら緞帳が上がったりしてみると、拍手する方も、される方も「多幸感、ここに極まれり」とばかりの空気感で覆い尽くされていったこの日の東京文化会館・大ホール、終演時の喜ばしい光景でした。

書いているうちに、日を跨いでしまいましたので、東京公演の二日目で、楽日を迎えたことになります。本日は、足立真里亜さんのかぐや姫、秋元康臣さんの道児がきっと会場を魅了し尽くしてくれることでしょう。ご覧になられる方は期待MAXでお運び下さい。

感動は2023年へ♪

そして2023年、その都度、目撃しながら、全3幕、その全てを観ることになる日が今から楽しみで仕方ない私です。これからご覧になられる方も一人残らずそうなること請け合いです。今後も劇場に足を運ぶことで、こうしてバレエの歴史の目撃者となることの幸福を享受して参りましょう♪

(shin)

金森穣×東京バレエ団『かぐや姫』記者会見インスタライヴ♪

10月27日(水)17:45から30分間、東京バレエ団の主催で『かぐや姫』について、金森さんへの記者会見インスタライヴが行われました。この日は、かぐや姫 足立真里亜さん・道児 秋元康臣さんによる、初めての通しリハーサルがあったようで、記者の方たちはそのリハーサルをご覧になってからの会見のようです。質疑応答の中には若干、物語のネタバレも含まれていますのでご注意ください。

Q(記者) 以前、信頼している方にリハーサルを見てもらった時に、ダメ出しをされたそうですが、どんなことを言われたのですか?

-A(金森さん) ダメ出しの内容はあまり言いたくないものなのですが(笑)。まだそれほど出来上がっていない時点で、自分も客観性が無く、本来であれば踊りの質とか呼吸、情感、表現を考えなければいけないのに、つい技術的なことにフォーカスしてしまい、振付を早く覚えてほしいとか、そんな気持ちが先に立ってしまったので、それは当然のことながら「舞台芸術としてどうなのか」と言われますよね。はい、その通りですというしかありませんでした。

Q コロナ禍において、Noismの作品がどのように変わったと思いますか?

-A 何を届けるか、でしょうか。自分は本来ネガティブというか暗いので、悲哀、痛み、苦悩、悲しみを表現することが多かったのですが、コロナ禍で世の中が暗いのに、その上にまた暗い作品ではどういうものかと思い、暗い中でも少しポジティブに、希望や愛、人と愛し合うということを届けたいと思いました。

Q 『かぐや姫』の主役の二人やバレエ団について、どんな感じをお持ちでしょうか?

-A 『かぐや姫』はかぐや姫と道児の二人が主役で、ダブルキャストです。今日はBキャストの足立真里亜と秋元康臣の通しを始めて見ました。とてもよかったです。二人が『かぐや姫』の世界に生きていて嬉しかったです。群舞は時間をさいてやったので、こちらもよかったと思います。初日のAキャストの秋山瑛と柄本弾は明日通しをします。

Q 道児と、欲が深い翁のキャラクターの発想は?

-A 道児は高畑勲作品に登場しています。かぐや姫の相手として、境遇が違う二人を組み合わせたいと思いました。二人は貧しい村に住んでいますが、道児はもっと貧しい。でも虐げられながらも懸命に生きています。そんな道児が明るくお転婆で天真爛漫なかぐや姫に惹かれる。そんな女の子が泣いているんですよ。月を見て。今回は1幕のみの上演ですが、かぐや姫が都に行ってしまう2幕、3幕では道児がどうなっていくかも描かれます。

 翁は欲深というか、人間ってこういうところあるよね、という感じでしょうか。翁はかぐや姫を溺愛しています。かわいがっていて、ずっと自分のものにしておきたい。でも子どもは他者ですから思い通りにはならない。それを許容できない父親が翁です。親子喧嘩をして、行ってはいけない夜の竹藪に行くと、何かが光っている。金銀財宝を見つけて、翁は金持ちになって、かぐや姫を連れて都に行くのですが、それでかぐや姫が苦しむのです。

Q ダブルキャストの、二人のかぐや姫と道児のそれぞれの魅力は?

-A 道児は弾と康臣ですが、今日の康臣には驚きました。これまでにない彼がいた。この作品を通して、彼が今まで出してこなかった面を生ききってほしいと思います。弾の方が元々役に合っていると思いますが、今日の康臣を見て弾がどう感じたか。その影響も楽しみです。瑛と真里亜は最初似ていると思ったのですが、性格も踊り方も踊りで魅せる魅せ方も全然違いました。主役によって作品に新しい感情や視座が加わります。だからぜひ2回観てほしいですね。

Q 1幕の最後のシーンでかぐや姫はトゥシューズ(ポワント)になりますが?

-A はい、2幕は都に行くので、その前段階として最後にバレエシューズからトゥ
シューズになります。2幕の宮廷の女性は高貴なので皆ポワントです。高貴なふるま
いをしなければならないかぐや姫は、本当はポワントを脱ぎたい。裸足になりたいのです。

Q 群舞がとても効果的です。全てポワントですが?

-A 群舞は自然を表しています。前半は海、それから竹を表しています。自然は俗世とはかけ離れた超常的な存在で、緑の精として表されます。東京バレエ団では、ポワントの群舞と、男性の群舞をやりたかった。Noismではできませんからね。ポワントで、竹の硬質なスッとした感じを出したかったです。

Q 翁にだけ黒衣が付きますが?

-A 翁には飯田先生(飯田宗孝、東京バレエ団団長 特別出演)に無理にお願いしてやっていただいています。小林十市さんもそうですが、齢を重ねて、今だからこその経験値と存在感があります。黒衣を付けたのは能でいうところの「後見」というか。もし何かあったとしても大丈夫なようにというか…(笑)。

…と、ここまで順調なインスタライヴでしたが、なぜか18:09~音声が途切れ、映像も切れましたが、会見は続いています。18:12頃に復活しました。

Q (使用楽曲のドビュッシーの音楽についてのようです)

-A ・・・ドビュッシーの音楽は「海」や「月の光」など自然を表す曲が多く、情感があります。何より色彩が見える。もう3幕まで、使う楽曲を選んであります。(ほおーという感嘆の声)

Q キリアンの作品にも「かぐや姫」がありますが意識しましたか?

-A いや、こちらは物語ですし、キリアンの方は抽象度が高いので、ほとんど考えませんでした。

Q 金森さんはベジャールとキリアンに学ばれましたが、二人の巨匠に学んだことは何ですか?

-A 話すと長いですよ。時間がかかります(笑)。学んだことが『かぐや姫』に
ギュッと出ていると思います。作品に二人の影響があることを感じてもらえると嬉しいです。若い時は自分自分でしたが、私もそういうことを嬉しく感じられる年になりました。

Q 東京公演は、金森さん、ベジャール、キリアンの作品が上演されますね。

-A はい、『かぐや姫』、『中国の不思議な役人』、『ドリームタイム』のトリプルビルです。縁を感じますね。

 ありがとうございました。

…終始和やかな雰囲気のインスタライヴでした♪ 新潟公演では『かぐや姫』と『ドリームタイム』のダブルビルです。お話を聞いていたら『かぐや姫』1幕はもちろんですが、2幕、3幕も早く観たくなりました。 皆様どうぞお見逃しなく♪

東京公演:11/6(土)14時 11/7(日)14時(@東京文化会館)  
新潟公演:11/20(土)13時、17時(@りゅーとぴあ)
https://www.nbs.or.jp/stages/2021/kaguyahime/index.html

(fullmoon)

10/17『A JOURNEY』横浜千穐楽直後、感動の余韻のままに金森さん×長塚圭史さんのインスタライヴ

10/17(日)、「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021」のフィナーレを飾るNoism Company Niigata × 小林十市『A JOURNEY ~ 記憶の中の記憶へ』が多くの人たちの脳裏に、胸に、記憶として刻まれてまもなく、17:45からKAATのインスタ・アカウントにて、金森さんとKAAT 神奈川芸術劇場芸術監督・長塚圭史さんのインスタライヴが配信されました。劇場界隈で、或いは劇場からの帰路で、その様子をご覧になった方も多かったと思われます。かく言う私は、「旅」先でもあり、まずは本ブログに公演レポをあげなければならぬという事情から、当初から、後刻、アーカイヴを観ることに決めていました。そして、日付が変わって、翌朝、(NHKの朝ドラ『おかえりモネ』に続けて)楽しませて貰った口です。ですから、皆さん、もうお楽しみ済みと考えますが、こちらでも内容をかいつまんでご紹介させていただきます。

*その実際のアーカイヴはこちらからもどうぞ。

金森さんと長塚さんはほぼ初対面。その長塚さん、劇的舞踊『カルメン』が印象に残っていて、特に「老婆」のインパクトが凄かったと語るところからやりとりは始まりました。

今回、思いがけない作品でびっくりした。どのようにして作られたのか。(長塚さん)
 -金森さん: 第一部冒頭「追憶のギリシャ」、十市さんと一緒に踊る場面の音楽はマノス・ハジダキス(1925-1994)。ベジャールがよく使っていたギリシャ音楽の作曲家で、ルードラ時代から思い出深い人。その人の楽曲を使って作れないかなと考えた。今回の楽曲は『I’m an eagle without wings.(私は翼のない鷲)』、今回のメインテーマである十市さんにもう一度、羽を獲得して欲しいとの思いを込めて選曲した。
『BOLERO 2020』の舞台版は、コロナ禍で創作した映像版で不在だった中心に十市さんを迎えて、他者と熱量を共有したいという鬱積した思いや願いなどを十市さんにぶつけるかたちをとり、そこから第二部へ行けたらと、この構成にした。
 -長塚さん: まず最初、十市さんの記憶から始まった。ダンス遍歴として受け取った。
 -金森さん: コロナ禍の苦悩が発端だったが、人間は人生の折々に、色々な境遇でそうした感情を抱く。時代を超えて、普遍性を持ったものであって欲しい。自由に受け止めて貰えれば良い。
 -長塚さん: 同時多発的で、凄い情報量。ドラマティックな「ボレロ」として刺激的だった。
あと、始まり方に驚いた。十市さんの劇のように始まった。こんなにひとりのダンサーに向けて作品を製作したことはあったか。
 -金森さん: 初めて。最初から最後まで「兄ちゃん」のために考えた作品。

第二部(The 80’s Ghosts)について
 -金森さん: 音楽はユーグ・ル・バール(1950-2014)、80年代にベジャールさんと一緒に作品を作っていたフランスの映画音楽の作曲家。十市さんがベジャールバレエ団に所属した1989年に、ベジャールさんが初演していたのが『1789…そして私たち』。フランス革命から200年後、革命にまつわる作品で、ユーグ・ル・バールがたくさん使われていた。十市さんとベジャールさんの出会いの頃。
その『1789…そして私たち』、200年前の革命で民主化された筈の世の中も、貧富の差は拡大し、争い事は尽きず、何も変わっていないという問題意識をベジャールさんは持っていた。80年代を振り返り、ベジャールさんを思い起こすとき、それは過ぎたことではなくて、今もなおアクチュアル。今現在、我々が生きている世の中の問題とも繋がっている。そのなかにあって、小林十市という舞踊家が52歳になって再び舞台に立とうとしている。その時間スパンをユーグ・ル・バールの曲を用いて表現できないかと思った。
ベジャールもユーグ・ル・バールも度々来日していた。80年代の日本は「バブル」。今から振り返ったら、じゃあ何だったんだろう、と。今もまだ続いている問題は何で、その上で、我々はここからどう「旅」していくかということを、逆に、舞踊家・小林十市に託した。

十市さんの「道化師」、52歳の十市さん
 -金森さん: 孤独で塞ぎ込んでいた17歳の頃、十市さんはいつも笑顔で優しかった。ベジャールさんの作品のなかでも、十市さんが担っていたポジションは「猫」の役など、人間を傍から、社会を斜めから見る目。あらゆる困難、苦悩、悲しみを見たうえで、それを笑いに転化しようというエネルギーを小林十市という舞踊家に感じていた。「道化師」は必然。その明るさ、道化的な要素をNoismメンバーに共有して欲しかった。通常のNoismではなかなかないようなことを十市さんと交わることで生みたかった。十市さんは落語家の孫。落語は人間の業を肯定する話芸、その遺伝子を継いでいる。
 -長塚さん: 道化師、俯瞰して、傍から見ている。今回の舞台でも、座って見ている時間が長かった。そこから踊り始めるのは結構負荷がかかるのではないか。52歳の十市さんの肉体と向き合ってどういう発見があったか。
 -金森さん: 2日目、カーテンコールが終わって、十市さんがちょっと悔しそうにしてたのが何よりかな。稽古して、求めれば求めるほど満足はいかないものだし、舞台に立ち続けるとはそういうこと。苦痛や不安を乗り越えていく、それが舞台芸術の美しさだと思う。十市さんの年齢を考えて振付したけれど、十市さん的には結構 too much だったかも。
でも、やっぱり十市さんは大きな舞台の人だと思う。世界中ツアーして、3,000人とかに向けて大空間で踊ってきた舞踊家。それは絶対、身体のなかにある筈だし、実際ある。
 -長塚さん・金森さん: 『BOLERO 2020』の最後、円のなかに入っていく、あれ、出来ないですよ。あのエネルギーのなかに行って、立つっていう。
 -長塚さん: 一緒に踊ったことはなくても、知り尽くしてるんですね。
 -金森さん: いやあ、だって、たった2年ですからね。妄想、妄想。知り尽くしてないです。(ふたり爆笑)
 -長塚さん: カンパニーとしての「出会い」はあったか。
 -金森さん: いい刺激になったと思う。凄い経歴、数々の舞台に立ってきた52歳でも、本番前に緊張したり、本番後、あそこがもっとなぁとか思ったり。若いメンバーが踊り続けていくなら、その姿が、彼らが共有したことがハッと気付くときが来る。今、もう既に目の輝きに表われてきたりしている。「舞踊道」、長く続く豊かなものである。たとえ、若い頃のように踊れなくなったにしても、そこにまた何か表現の可能性があることを感じて欲しかったし、感じてくれていると思う。
 -長塚さん: この作品がフェスティバルのフィナーレになったこと、凄い良かったなと改めて思う。
 -金森さん: 「クロージングで」ってことで話を貰ったので、なかなかの責任だったが、十市さんへの思いと持てるもの全てを十市さんのために注いだら、多分相応しい何かが生まれるとは思っていた。最終的に「兄ちゃん」が踊り切ってくれて良かった。
 -長塚さん: この構想を聞いてから、事前にプロットを考えて、そこに十市さんに入って貰ったのか、それとも十市さんと一緒に作っていったのか。
 -金森さん: line で、十市さんが踊った楽曲、思い出、写真など送って貰い、情報は共有したが、作品に関しては、自分のなかでどんどん先に作っておいた。あと、十市さんが入ってから、十市さんとの振付は、実際に十市さんに振付ながら生んできた。


作品に関して
 -長塚さん: 深い愛情が詰まった舞台であり、なおかつ、そこにとどまらず、今現在、これから先に向かっていくという作品は本当に素晴らしかった。
 -金森さん: 十市さんを思っている沢山の方々(お母さんやファン)の気持ちを裏切らないように作ったものが、昨日、無事に届いた感覚があって、それが何よりだった。
 -長塚さん: 十市さんのストーリーとして始まっていくのに、その間口がとにかく開かれていることが素晴らしいと思った。個人史みたいなところに行かず、歴史と記憶と現在とことを詰めたことが、閉じないことに繋がっている。作品としては、異質なのかもしれないが、十市さんというダンサーを通してできるひとつのレパートリーになっていくような、「幅」をとても強く感じた。
 -金森さん: 十市さんのために作ったが、十市さんにフォーカスしたいうよりも、「金森穣」の作品を作るうえでの妄想空間があり、そこに十市さんを入れ、そこで十市さんに自由に暴れて貰って、それで作った。十市さんが入ったことで、新たなインスピレーションのチャンネルも多数開いたので、十市さんには感謝している。
 -長塚さん: 全然閉じていなかった。特に開けていて、凄く面白くて素敵な公演だった。

…と、まあこんな感じでしたかね。ここでは拾い上げなかった部分も面白さで溢れていますから、是非、全編通してご覧になることをお薦めします。

そして、更に「もっともっと」という方には『エリア50代』初日(9/23)の公演後に配信された小林十市さん×長塚圭史さんのインスタライヴ(アーカイヴ)もお薦めします。こちらからどうぞ。

それではこのへんで。

(shin)

奇跡の現場に身を浸した10月17日、『A JOURNEY〜記憶の中の記憶へ』千穐楽

個人的な事柄から書き出します。前日(10/16)のチケットも購入していましたが、職場の周年行事と重なっていたことに遅れて気付き、あえなく見送りにせざるを得ず、この日(10/17)の千穐楽が最初で最後の鑑賞機会となりました。はやる気持ちを抑えつつ、朝イチの新幹線で本当に久し振りの横浜入り。ホテルの部屋からはみなとみらいの大観覧車などを望むことができたのですが、雨煙る窓外のそれらは何とも平板で、そこここで営まれている筈の数多の人生たちも一切華やぎを立ち上げるべくもなく、灰色のなかに没していました。奇跡など存しないかのように…。

しかし、奇跡。そう、奇跡。「Dance Dance Dance @YOKOHAMA 2021」の掉尾を飾るNoism Company Niigata ✕ 小林十市『A JOURNEY〜記憶の中の記憶へ』(KAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉)はその名に値するものだったと言えるでしょう。肌寒い10月の平板な日常のなかに、刮目すべき類稀な70分(休憩含む)の「旅」を用意してくれたのですが、それはベジャールさんとローザンヌを巡る記憶に基づいた十市さんの旅であり、用意した金森さんの旅であるのみならず、Noismメンバーにとっても、観客にとっても、まさにそれは奇跡的な旅だったと言えるかと思います。

プログラムによれば、第一部(25分)は、「Opening I」「追憶のギリシャ」「BOLERO 2020」とあります。

その第一部。16時を少しまわった頃、風の音が聞こえてきて、緞帳があがると、舞台中央に旅支度を整え、椅子に腰掛けた十市さん。諦念を滲ませながら、古びたトランクから数枚の写真を取り出しては視線を落とします。舞台奥に映される画像によってそれらがベジャール・ダンサーとして一世を風靡していた頃のものとわかります。そこに上手(かみて)から金森さん、そして、遅れて井関さん、舞踊とは別種の「旅」など祝する様子も皆無で、自ら踊りを繰り出しては舞踊の醍醐味に連れ戻そうと誘いをかけます。その場面、ある種のストーリーを完全に逸脱した、喜色満面の金森さんの笑顔に打たれます。「兄ちゃん」十市さんと踊る奇跡を表情から、体中から発散しているのです。そしてそれは、とりもなおさず、観客にとっても奇跡に立ち会うこと以外の何物でもありませんでした。その愉悦。多幸感。

そこからの『BOLERO 2020』、十市さんは下手(しもて)ギリギリの位置に移した件の椅子に腰掛けて、12人の舞踊家により、新たな『BOLERO』が踊られるさまを、微動だにせず、見詰めるでしょう。コロナ禍の舞踊家を扱ったクリエイションは、途中まで、あくまで舞踊家12人の孤独な舞踊であり、そこには本来、観客は不在の筈で、想定されていない観客として、それを見詰めるいると、音楽の盛り上がりとともに、次第にシンクロしていく構成に、心臓は高鳴り、我を忘れて興奮する他ありません。

そのさなか、今回、「映像舞踊」版に追加されたものがあり、ドキッとすることに。それは大クライマックスへと移る瞬間、濁点付きの「あああっ!」という大音声の叫び声。山田勇気さんが発したものでした。そこからはもう一気呵成、舞台奥にベジャールさんの作風を彷彿とさせる真上からの映像が映ると、舞踊家たちが形作る円の中心に進み出る十市さん。力強く上方に腕を伸ばし、何かを掴んだかのような確かさや一瞬の煌めきも束の間、その場に倒れ込んでしまいます。そこに緞帳が降りてきて、第一部の終わり。大きな拍手が沸き起こりました。

15分の休憩を挟んで、第二部(30分)。「The 80’s Ghosts」と「Opening II」(!)とあります。「ん?」って感じでしたけど。

再び緞帳が上がると、ほぼ第一部ラストの倒れたままの十市さん。違いは下手(しもて)ギリギリにあるのが椅子ではなく、先のトランクであることです。

すると、舞台奥にほぼ正方形の開口が生じて、スモークのなかから、グレーの衣裳に見を包んだ12名が現れます。『中国の不思議な役人』を彷彿とさせる不気味さで、十市さんを脅しに来ます。まるでそれは、十市さん内部の、踊ることへの妄執ででもあるかのように。現実味は希薄ですが、迫力満点です。

やがて、そこにプラスされるのは諧謔味。そして言葉。「彼らは舞踊家です」であるとしながら、翻って、「そして私は俳優です」でよいのか。「そして私は…」と言葉は途切れがちになり、後が続きません。「俳優」であることに安住出来ない気持ちが噴出してきます。

と、トランクに仕舞い込んでいた道化師の衣裳が、井関さん、ジョフォアさん、中尾さん、三好さんによって取り出され、あろうことか、彼ら4人によってバラバラに着られてしまいます。自らも赤い鼻を付ける十市さんですが、4人に翻弄され続けます。『ASU』のコミカルな1場面の趣きです。

次いで、三好さんがトランクから新聞と思しき紙片を取り出すと、唐突に「3億円のサマージャンボ宝くじ」発売を告げる女性の声が聞こえてきたり、そうかと思えば、ミラーボールが降りてきてからは、タンゴ調の音楽が耳となり、弾かれた光が客席全体に散らばるうちに、気付くと「革命とは…」というベジャールさんの声に転じています。やがて、観客は、舞台奥に投影される古いフランスの写真や映像に、混乱、或いは動乱の様子を見ることでしょう。

流れてやまず、とどまることを知らない時間、付随する避け難い加齢という現実…、十市さんにとっての踊る意味とは。そして、同様に、襲い来る様々な困難や苦境…、そこにあって舞踊家が踊る意味とは。そうした踊る意味への問いは否応なく芸術の意味への問いとして普遍化されていきます。そのとき、私たち観客も漏れなくその問いのなかに包含されていることにならざるを得ません。

「Opening II」とは、この奇跡的な共演を機に、舞踊の旅に立ち返ることになる他ないのだろう「兄ちゃん」十市さんの新章へのエールであり、十市さんと踊ったNoismメンバーの今後への期待でもあり、それを観た観客にとってさえ、一人ひとり前を見て歩むことを力強く後押しするものだったと言い切りたいと思います。

「Opening II」と表記されたクロージングにあって、金森さんは十市さんに上着を渡し、写真を渡し、トランクを渡します。どこまでも優しい仕草です。それを受けて、客席の方へ歩み出す十市さんの表情も諦念とは無縁のものになっています。滋味を加えた舞踊家として。

ラストで手渡された1枚の写真。それが何を写したものだったかは示されません。しかし、繰り返されたカーテンコールの際、舞台奥には、まず、十市さんと金森さんの写真を皮切りに、Noismメンバーとのクリエイション時の十市さんの写真が映されていきました。私は、最後の写真は、時空と構成を超えて、そのときの1枚だったと受け取ります。ベジャールさんのもと、ローザンヌで交差したふたりの(或いはベジャールさんを含めた3人の)人生に発したものが、まったく無縁に思えた新潟でのクリエイションを経て、第3の場所、横浜のフェスティバルで多くの人の目を虜にし、心を鷲掴みにする、そんな奇跡的な70分だった訳です。なんとロマンティックなことではありませんか。鳴り止まぬ拍手と時間を追うにつれ、数を増していったスタンディングィング・オベーションとがその証左です。

…平板なようでいて、こんな奇跡も内包するのが日常なら、愛おしさも込み上げてこようというものです。帰ったホテルの窓外に広がる光景が、今度は魅力的に見えたのは灯りが点っていたことだけがその理由ではなかったでしょう。そして、この日観たものがひとつの奇跡であるとするなら、またいつか目にし得る日が来るかも、そんな奇跡さえ期待したい気になろうというものです。ただ、今の私たちにはわからないだけで…。

(shin)

金森さんの愛を感じた「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021」活動支援会員対象公開リハーサル(土曜日の部)

正確に一週間後に控えたNoism Company Niigata × 小林十市さんの公演(「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021」)を前に、10月9日(土)に開催された活動支援会員対象の公開リハーサルを観てきました。(@りゅーとぴあ・スタジオB)以下、ネタバレなしでいきます。

この日と翌10日(日)、二日間に設定された公開リハーサルですが、両日各12人と限られた人数しか目にすることができないとあって、申込開始日には朝から緊張して、ドキドキしながらメールを送信し、その後、「受け付けました」旨の受信を見た際には安堵の気持ちが湧いてきたことが思い出されます。

先日の「柳都会」を聴いて、金森さんが「奇跡」と表現する「兄ちゃん」十市さんとの共演への期待は募る一方でしたので、待ち遠しかったこの機会。

そして3日前(10/6)になって届いたメールには「終了時刻変更」とあります。当初、30分の予定だったものが、1時間に延長されると知らされたのです。「もしかして全部観られるの?」そんな思いを胸に足を運んだ土曜日のお昼過ぎでした。

「1時間もの」に延長されて
実施された公開リハーサル

で、その公開リハーサル、もう随所に金森さん(とスタッフの皆さん)の愛が溢れた至福の約70分だったと言わねばなりません。まず、折から「劇場に空きがない」とりゅーとぴあでの公演が叶わず、目にする機会に恵まれない新潟市民に向けられた愛。フラットな床面、アクティングエリア「きわきわ」に据えられた椅子に腰掛けて、まさに目と鼻の先で見せて頂いたのですが、もちろん、そこに緞帳はありません。全てが顕わしの空間で、金森さんの「カーテンが上がってます」と「カーテンが下りてます」の言葉に挟まれた、当日の舞台の一部始終(それは言葉の正確な意味での「一部始終」で、ホントに最初から最後まで)を見せて頂いたのでした。

第一部は「映像舞踊」として観てきた演目の実演版。出演者も入れ替わり、「あっ、この人がこれをやるんだ」という楽しみ方もあります。そして何より、十市さんを配して追加された場面はまさに眼福で見とれます、マジで。ネタバレを避ける配慮から書けないのが残念ですが、横浜で、或いは明日の公開リハでご覧になられる方はどうぞお楽しみに。ベジャールさんと、そして十市さんへの愛に溢れていることは言うまでもなく、金森さんが、2020年、「コロナ禍」の舞踊家を念頭において、「中心」不在に映る映像を撮ったことで、周囲にある種の磁場が形成され、十市さんが召喚されたのに違いないと思うほどです。このはまり方、金森さんには最初からこのイメージが見えていて、ただ謙遜して「奇跡」と呼んでいるだけじゃないのか、などとも。

そして踊り終わった後には、本番、横浜の舞台での演出についても説明してくれた金森さん、もう愛の人でしかありません。後光が差して見えました。大袈裟でもなんでもなく。

10分(本番では15分だそうです)の休憩を挟んで、新作を見せて貰いましたが、これはもうこれまでのNoismのイメージとは一線を画すもので、「兄ちゃん」十市さんのキャラクターや資質が色濃く投影されたクリエイションだっただろうことが明瞭です。「兄ちゃん」への愛。十市さんに触発された結果、「お初にお目にかかります」的Noismに仕上がっていると言っても過言ではないでしょう。音楽を含めて全てが斬新。しかし、それがどんなものかは今は伏せておきます。なにしろ、ネタバレ厳禁が大命題ですから。ただ、新しいNoismとの出会いが待っていますとだけ。

また、この日の公開リハーサルの楽しみは他にもてんこ盛り状態でした。第一部で再び踊る姿を観た浅海侑加さん、相変わらず素敵でした。またどんどん踊って欲しいものです。そして、先日、「私がダンスを始めた頃」で続けてご紹介した新加入の庄島さくらさん、すみれさんの踊りもガン見しましたし、この度、昇格してNoism1で踊る中村友美さん、坪田光さんにも目が行きました。多くの面で、とても興味深く、中身の濃い時間を過ごせたと思います。

そんなこんなで、終了したのは、13時40分頃だったでしょうか。始まったのが予定の12時半を少し回っていたとはいえ、約70分間、何の出し惜しみもなく、もう「最後の最後まで」全て見せて貰っちゃった訳です。これほどまでに愛ある「リターン」があるなんて、もう活動支援会員でいて良かった♪今日スタジオBにいた誰もが一人残らずそう思っていたことは間違いありません。あそこまで見せられたら、もうスタンディングオベーションで応える他ないじゃありませんか。みんな笑顔笑顔で立ち上がって拍手を送った、そんな公開リハーサルでした。

(shin)

「柳都会」vol.24:小林十市さんを迎えて、回想されるローザンヌの日々、それから…

コロナ禍の影響で、9月11日(土)に開催予定だった「柳都会」が、10月4日(月)18:00からという平日の異例な時間帯に振り替えてまで実施された裏には、金森さんの強くて深い思いがあったからと解してまず間違いはないでしょう。この日のゲストは、金森さんが「兄ちゃん」と親しみを隠さない「エリア50代」小林十市さん(ダンサー・振付家)。接点はモーリス・ベジャール(1927-2007)、そしてふたりが彼の許で過ごしたローザンヌの日々。その2年間を回想しながら、金森さんが繰り出す質問と答える十市さんを基軸に、観客の前に浮かびあがってくる巨匠ベジャールの「横顔」。気負ったところのまるでないおふたりのお話にはとても興味深いものがありました。そのあたりが少しでも伝えられたらと思います。

1992年の出会い。舞踊団「ベジャール・バレエ・ローザンヌ」所属の十市さん23歳、バレエ学校「ルードラ・ベジャール・ローザンヌ」一期生の金森さん17歳。
 金森さん「人生で一番孤独な時期だった」
 十市さん「そんなに大変だった?一期生だし、自立して、自分の世界を持っている人たちのひとりに見えていた」
 金森さん「閉ざしていただけ」
前年(1991年)の暮れ、カンパニーに大リストラが断行され、60数名いたダンサーが25名に絞られ、同時に、(表向きは)「創作活動を濃密に」と学校が創られることに。(その学費はゼロで、後にベジャールの私費でまかなわれていたことを知ったと金森さん。)

一方、十市さんはジョージ・バランシン(1904-1983)に憧れて、NYに短期留学(バランシンが設立したバレエ学校SAB)。その後、日本に帰る気はなかったものの、アメリカでのワーキングビザ取得は困難を極めたため、母親が好きで、自分も観たことがあったベジャールに履歴書を送ったところ、すぐに返事が来て、3泊4日のプライベートオーディションの機会が設けられた。眼光鋭く、レッスンの様子を見ていたベジャールに「君のこと気に入ったから、一緒に仕事をしたい」と言われ、採用されたのが1989年。そのとき、十市さん20歳。ベジャール62歳。その後、腰の怪我で辞めるまで14年間、ベジャールの許で踊った。バランシンやってみたい気持ちがなくなっただけでなく、他の振付家の作品を踊りたいと思ったこともなく、ベジャールの作品のなかで違う作品をやりたかっただけだったと十市さん。
 金森さん「怪我に対してベジャールさんは寛容だったの?」
 十市さん「全然、寛容じゃない。昔の人だったし、舞台命の人だった。『痛い』と言っても、『僕も痛いよ』と言われちゃうと、もう何も言えなかった」
 金森さん「ジョルジュ・ドンさんって、どんな感じでしたか?」
 十市さん「カンパニーのなかでひとり別格。ひとりだけ、スターって感じ。ホテルの浴衣を羽織って、パイプの先に煙草をくゆらせて…、ちょっと近寄り難い存在だった」

ベジャールの創作風景について、
 金森さん「ベジャールさんは作品について説明したりしたんですか?」
 十市さん「モノによっては。振付は順番通りには行われなかった」
 金森さん「怒鳴ったりしたんですか?」
 十市さん「そういうイメージはない。自分が動きながら作品を創っていく。でも、恐い存在で、私語する人などいなかった」

 十市さん「振り返ってみるとローザンヌはどうしても行かざるを得なかった場所。分岐点に思える。果たして自分で選択しているのかどうか」
 金森さん「こうして新潟で並んで話していることが奇跡」
 十市さん「あっちの方で決まっているだろうシナリオを知らないだけで生きている。決まっているんだろうけどわかっていない」

今回のふたりのクリエーションについて、
 十市さん「まずは9月頭に2週間。1週目に振りを覚えて、次の週、身体が痛くなったので、『ハンディを付けて』と言ったら、『それは失礼なことだし、そんな十市さんは見たくない』と言われた。で、今日も勇気さんに教えて貰った治療院へ行ってきた」
 金森さん「今回の振付でベジャールっぽいところはありましたか?」
 十市さん「Noismメソッドに感じた」

事前に寄せられた質問
①新潟の印象は?
 十市さん「自転車に優しいところが『いいな』と感じた。自転車で近付いていくのを感じるとよけてくれたり」
②新潟で美味しいと思ったものは?
 十市さん
「ホテルで食べている朝食のお米。日本は何でも美味しい。海外ツアーをやってたとき、耐えられたのはイタリアだけ。ドイツは大味だし、スペインは油っぽいし…、日本は世界で一番美味しい」
③40代から50代、身体の維持方法は?
 十市さん
「よい鍼(はり)の先生に出会うこと。(笑)今回のように、これだけの運動量があると代謝もあがり、食生活は気にしないで済むが、母は常にお腹のチェックが厳しくて、よく矢沢永吉を引き合いに出しながら、『永ちゃんは腹出てないから』と言ってくる。まるで呪縛のように、『ちゃんとしなさい』って言われてきたが、それって何?」
④初めて観たNoism作品は何?
 十市さん
「多分、映像で観た『NINA』。メソッドにもある立っているやつ。それと、2010年に池袋で観た『Nameless Poison』。そのとき、ふたりでツーショットの写真を撮っているから」
⑤17年間、金森さんがNoismを続けてきたことに関してどう思うか?
 十市さん
「凄いよね、大変だよね。細かいことも聞いたけど、活動できる場を与えられているのは、やはり人かなと思う。穣君と新潟市との関係。ベジャールさんとローザンヌのように」

「常に自分のことで精一杯」という十市さん、「これからどうするんですか」と金森さんに問われると、まわりの3人の女性(母、妻、娘)と折り合いを付けながら、自分の幸せ=舞台に立つことを追い求めていきたいと語り、「舞台の上から、暗闇(客席)の中を凝視し、内観しながら、何かを探る感じが好き」とし、演劇や映像も経験してみて、「やはりダンサーの中身、ダンサーとしての記憶が残っている。自分を捨て切れなかったから、役者にはなり切れなかった」と感じているのだそうです。しかし、演劇に行ったことについては、その要素も濃かったベジャールさんを理解するうえでは大きかったとも。

もう一度、ベジャールの存在について、
 十市さん「ベジャールさんがやめるまでやるつもりだった。ベジャールさんに『指導で残ってくれ』と言われたけど、踊りたかったから、踊っている人たちを教えられないと思ったから」
 金森さん「でも、1年くらいで腰の痛みはなくなったんでしょ?」
 十市さん「1年半。日本で、福島の外科医さんに椎間板に注射一本打って貰ったら痛みがひいた」
 金森さん「でも、戻るとは考えなかった?」
 十市さん「世代交代だと思った。で、演劇へ。でも、今は舞踊で舞台に立ちたい」


 十市さん「踊っていた14年、その後も含めると15年、ベジャール・ファミリーに入って生活していて、そこで創られた自分が今に至っているのかなと」
 金森さん「逆に、2年しかいなくて、空きがなくて入れなかったから、憧れがある。その呪縛から、もっと新しいもの、もっと美しいものを求めてきたけれど、離れることは出来ない。そして今、東京バレエや十市さんが寄ってくる感覚が不思議」
 十市さん「ベジャールに思いを馳せて作品つくりをしているが、『怪我をしないように』と穣くんに言われても、穣くんの作品を踊っているのだし…」
 金森さん「作品つくりは妄想から始まる。で、『十市さんならもうちょっと、もっと行ける』となる。『これぐらいで良いかな』とか現実的になり過ぎるとできない」


最後に至り、十市さんが、数日前に、携帯電話で奥さんと話しながら萬代橋付近を歩いていた際、赤信号の交差点を、前方に見える青信号と勘違いし、渡ろうとして、「死にそうになった」経験から、「本番の舞台でなくても、常に悔いを残さないように全力でやらなきゃダメかな」と思ったと話せば、今回、新潟は劇場に空きがなくてやれないものの、「再演するかどうかは十市さんのお腹次第」と話した金森さん。予め90分という枠が設けられていなければ、いつまでも尽きることなく愉快に話は続いていったことでしょう。

そんなおふたりの初めてのクリエーション、「Noism Company Niigata × 小林十市」は、KAAT神奈川芸術劇場・大ホールにおいて、10月16日(土)と翌17日(日)の二日間の公演です。

そちらは観に行かれないという方にも小林十市さんが登場する舞台は新潟でも。「エリア50代」、11月13日(土)と翌14日(日)です。

この日のお話を聞いて、ますます期待が膨らみました。どんな舞台が観られるのか、待ち遠しい限りです。

まだまだ色々と書き切れませんでしたが、この日の「柳都会」レポートはこのへんで。

(shin)
 

BSN「ゆうなび」が伝える金森さん×東京バレエ団『かぐや姫』創作の様子♪

2021年9月9日(木)夕刻、BSNが平日18:15から放送している番組「ゆうなび」内で、10分を割き、「挑戦 Noism金森穣氏 東京バレエ団と“初共演” 新作『かぐや姫』を創作」の題のもと、クリエイションの過程を伝える特集を放送しました。

時刻18:26、特集は金森さんと井関さんが、東京都目黒区、大通り沿いにある一際目立つ西洋風の建物「東京バレエ団」のスタジオに入っていく姿から始まりました。

金森さんが演出振付を行う新作『かぐや姫』は、「日本最古の物語」と言われる『かぐや姫』に着想を得たもので、音楽にクロード・ドビュッシーが用いられ、かぐや姫、初恋の相手・道児、翁の3人を主要人物に展開する物語とのこと。

金森さん「皆さんも知っているような“王道のかぐや姫”なんだけど、エッセンスとして現代的な物語とか、あるいは自分が常々問いかけ続けている『人間とは何か』とか『人を愛するとは何か』とか根源的なテーマというものも、この『かぐや姫』にはのせられるし」

柄本弾さん(道児役)「穣さんが創っておられる過程に自分も参加できているというのもありますし、自分がやったことのない動きとか新しいことに挑戦できる毎日なので楽しくて楽しくてしょうがないというのは一番ありますね」

秋山瑛さん(かぐや姫役)「(穣さんは)漠然と怖い人なんじゃないかって思っていたのはなくなりました。(笑) 穣さんの中の『かぐや姫』っていうのはこういうふうに進んでいくんだなっていうのを今私たちもちょっとずつ、こうページをめくっている最中っていうか、でもすごく楽しみです」

一人の芸術家を介したつながり: 20世紀を代表する振付家モーリス・ベジャール(1927-2007)。国内では唯一、ベジャール作品をレパートリーにしている東京バレエ団と10代の頃に直接薫陶を受けた金森さん。

「東京バレエ団から依頼を受けたこともすごく自分の中で縁(えにし)を感じるというか、ベジャールさんが今“きている”のかなとは思うよね。失礼な言い方になっちゃうけど、(依頼が)遅いなと思った」と屈託なく笑う金森さん。

1964年の創設以来、古典バレエを活動の中心に据え、国内は勿論、海外は32ヶ国、155都市で775回と、日本で最も多く海外公演を行ってきた東京バレエ団が、世界への発信を視野に、新作を金森さんに依頼。

斎藤友佳理さん(東京バレエ団芸術監督)「東京バレエ団にとっても日本人振付家の作品を海外で上演するのはすごく意味あること。常に金森穣さんというのは私の頭の中にありました。彼の才能というのをもっと世界にアピールしていかなければいけないし」

Q:「Noism設立以来、外部での振り付けは初めて?」
 -金森さん「そう。新作を振り付けるのは初めて。なんていうのか、その挑戦がものすごく楽しいよ。それが何より大切なことだと思っていて」
 -金森さんにとっての挑戦: たとえば、ポワントシューズを履いた女性ダンサーの群舞を振り付けるのは初めてなのだそう。

金森さん「(東京バレエ団のダンサーは)バレエをメインでやっていらっしゃるから、それ以外の『金森穣の身体性』みたいなものは今回は初体験だから、そこは教えていかなければいけないし」

更に金森さん「『バレエと金森穣の身体性の融合』が今回の一つの東京バレエ団への振り付けの課題、テーマではあるよね」

両者の初共演に高い関心を寄せる評論家の三浦雅士さんがスタジオに足を運びました。「金森さんがね、ピークに接近していっているんだよね、今。自分のキャリアの絶頂の方に行っているの。新潟という所で元々の素地をつくって、その上で東京バレエ団という、率直に言えば、日本でほとんど唯一インターナショナルなバレエ団、そこで全幕物を目指して振り付けるというのはものすごく意味がある」と手振りを交えて話す三浦さんの様子からは内心の興奮が滲み出ていました。

金森さん×東京バレエ団の新作『かぐや姫』は全3幕物の構想。今回の公演はその第1幕、かぐや姫の誕生から都へ出るまでのストーリーが描かれる。

Q:「いい作品になりそうですか?」
 -斎藤友佳理さん「なります。もう絶対なりますね」

金森さん「自分たちの街(新潟)の舞踊団の芸術監督の作品をずっと見てくださっている方たちが、違う舞踊団の金森穣の作品を見るわけだから、うん、反応が楽しみ」

この日の特集は、笑顔の金森さんが椅子に腰を下ろしながら発した「一応できたぞ、全部」の声に、スタジオ内から拍手が沸き起こる場面で閉じられました。

期待の新作『かぐや姫』第1幕は、世界初演となる11月6日(土)、7日(日)に東京公演(同時上演『中国の不思議な役人』、『ドリーム・タイム』)、11月20日(土)に新潟公演(同時上演『ドリーム・タイム』)が組まれています。良いお席はお早めにお求め下さい。

(shin)

『Duplex』埼玉公演3日目ソワレ(2/27)感想(サポーター 公演感想)

☆Noism0 / Noism1 『Duplex』(2021/2/27@彩の国さいたま芸術劇場〈小ホール〉)

一昨日に続き、「Noism0 /Noism1『Duplex』」埼玉公演3日目を観ました。 いつもですと、土曜日は合唱団の練習があるのですが、非常事態宣言で中止となり、幸いにも埼玉公演2回目を観ることができました。

最初は、森優貴さん「Das Zimmer」です。「群像劇」ですが、断章ごとに異なるダンサーにスポットがあたり、それぞれ見せ場があるのは観客として嬉しいですね。

先日はこの密室空間を「洋館」と書きましたが、今回は学校生活のように感じました。衣装も制服のようにも見えますし。

男女ペアの「ハグ」が印象的でした。密着せず持ち上げていないのに女性が浮いています。不思議な美しさがありました。

ラストの渡部さんのソロは、これまで周囲に合わせていた彼女が、自立し、もがきつつも前に歩もうとしています。井本さんの代演で相当なプレッシャーを感じていたかもしれませんが、見事でした。

「残影の庭」については、初演の京都公演と新潟・埼玉公演を観て気づいたことについて書きます。

まず、京都の初演を観た時は「あまり踊らないなあ!」というのが第一印象でした。それが新潟・埼玉公演では、静寂な世界観はそのままに踊りに満ちていて、その感じ方の違いに驚きました!

どうしてでしょうか。

第一に京都では「秋庭歌一具」のうち「秋庭歌」が雅楽のみだった、のがあると思います。舞踊家のいない舞台(庭)が「不在感」「残影感」を醸し出しますが、舞踊のみの公演でどうするのだろう?という疑問もありました。まさかの曲ごとカットには驚きました。

また、京都では共演した伶楽舎の影響も大きいです。雅楽は演奏家の立ち居振る舞いが「静」そのもの。武満徹の曲でさえも空間が動かない印象がありました。観客にも少なからず影響を与えていると思います。

舞台装置についても書きます。

新潟・埼玉公演では壁に備え付けだった灯篭は、京都公演では天井からぶら下がり、上下に可動式でした。 雅楽と舞踊の結界のようでもあり、また逆に極彩色の雅楽と淡色のNoismを結びつける効果もあったと思います。

新潟・埼玉公演でひらひらと落ちてきた落葉は、京都公演ではバサッと落ちてきたのも印象的でした。ベジャール「M」の桜吹雪と落ち方が一緒のようにみえました。

この落葉については、第一部の最後の曲目で声明を唱う僧侶たちが「散華(さんげ)」を巻いたのもあり、Noismの落葉が「散華」のようだったのも奇跡的でした(果たして金森さんは狙っていたのでしょうか?)

以上、思いついたままにつらつらと書いてしまい、非常に読みにくい文章になってしまいました。 何かしら公演や作品を感じる手助けになれば幸いです。

(かずぼ)

8/14インスタライブvol.4、穣さんが語る恩師ベジャールの思い出はきっと言葉による『Mirroring Memories』になる♪

お盆の入り直前(8/12)に、穣さんから突然の告知、ビッグプレゼントの報が届きました。

不定期のインスタライブvol.4が二日後の8/14(金)21:00から行われるとのこと。

テーマは恩師のベジャール。前回のvol.3で、佐和子さんとの間に相当な開きがあったルードラへの思い。vol.4はその穣さん版になるのでしょう。佐和子さんを聞き役に、穣さんがじっくり語る予定とのこと。穣さんが語る言葉による『Mirroring Memories』はまさに必聴!よいお盆になる予感。楽しみですね♪

【追記】おふたりのインスタアカウントにアップされた思い出の画像へのリンクを貼ります。こちらからどうぞ。

(shin)

予告あり!「近々すぐやります、インスタライブvol.3『留学時代(後編)』」とのこと♪

2020年8月1日(土)、21時から配信されたインスタライブvol.2はおふたりの「留学時代(前半)」。もうお話が盛り沢山で、一回では到底、時間が足りず、次回、後編の配信が予告されました。

で、予告された「留学時代(後編)」では、佐和子さんが髪をバッサリ切り、今の長さになったのはベジャールのときだというお話やら、同じくベジャールにまつわる、次のような謎の図についても語られるとのこと。

用意されたものの、語られずじまいだった謎過ぎる図…

「なんじゃ、こりゃあ?」(←別に「ジーパン刑事」故・松田優作風に読む必要もありませんけれど…、って、古っ!(笑))今回、辿り着かなかったものとして井関さんが取り出し、金森さんが「これ、ベジャールの…」と少し触れた途端、即座に井関さんが「ダメ、ダメ、今言っちゃダメ」と遮った謎の図。興味をかき立てられずにはいませんよね。その正体は?

… to be continued

今のところ、日時未定ですが、はっきりし次第、コメント欄にてお知らせするつもりです。楽しみに待ちましょう♪

なお、vol.2「留学時代(前半)」はこんな感じでした。ご参考まで。

(shin)