【インスタライヴ-15】『春の祭典』ツアー後の大質問大会

2021年8月1日(日)20時、『春の祭典』最後のツアー先である札幌から(2時間前に)新潟市に戻ってきたばかりの金森さんと井関さんが、「眠い」なか、前回のインスタライヴ以来、ほぼ3ヶ月振りとなるインスタライヴを行ってくれました。広く質問に答える形式での『春の祭典』大質問大会、約1時間。以下にその概要を抜粋してお伝えします。

*この日の晩ご飯: 北海道名産・鮭のルイベ漬(佐藤水産)
*今回のインスタライヴ中のおやつ: 福島産の桃

札幌公演は15年振り。「皆さん、待っててくれた感じ。(hitaru)楽屋のトイレは入る度に音楽が流れる『最新設備』だった」(笑)(井関さん)

Q:照明の調整に時間はかかったか?
-金森さん「ツアー地では凄く時間がかかって、ゲネが無理になり、本番直前のテクニカルランで初めて通せる感じなのが、今回は設備が良くて、順調だった」
-金森さん+井関さん「札幌スペシャルの照明、次やるときはテッパン。最後にちょっと違う演出・照明が加わっている。もう一個『外部』の世界を感じる照明にした」
-井関さん「最後の最後までライヴ感が凄かった」


Q:『春の祭典』音源はどのように決めたか?
-金森さん「入可能なものは手当たり次第に入手して、実際に踊ってみた。既に作っていた構成に合っていて、演出家としてビビッとくるものがあったのがブーレーズ盤だった」
-井関さん「色々なテンポのものがあったが、ブーレーズ盤が一番、音の粒が立っていると言っていたのを覚えている」
-金森さん「ブーレーズ盤は、情感でいくというより、理知的。音がクリアで構造がはっきりしている印象。後から、ベジャールさんもこれを使っていたと聞いた」

Q:踊るときに一番大切にしていることは何か?
-井関さん「その瞬間をどう生きるか。邪念を抜きにして、その瞬間の空気とエネルギーをどう感じるか。邪魔は入るが、それさえも『瞬間』と捉えて乗り越えること」
-金森さん「舞台に立てば立つほど、緊張感をコントロールする術も判ってくるが、『失敗しないかな』との適度な緊張感で集中度も上がる。そのときの音楽の響き、観客のエレルギー、自分の状態を大切にしたい。そこに身を投じる。そこに居続けるための集中」

Q:一人ひとりに楽器を割り当てた『春の祭典』、音を聴いて踊るのか?
-井関さん「楽譜で割り当てていて、全員で完全にカウントを数えているので、一応判っている。それが大前提で、カウントの取り方、『音色になる』ことの難しさがある」
-金森さん「舞踊家は音楽に合わせることに慣れているが、『音になる』っていうのはどういうことか。「(音が)来る」と判っていることではない。音の呼吸・強度を身体化するという完全にはなし得ないことを21人に求めた」
-井関さん「音に合わせすぎると、音に見えない。外からの目がないと成立しない」
-金森さん「一人ひとりが演奏者であるということが肝。自分が動いたことで、その音が発されているように見えることの難しさ」

Q:しんどいとき、それを超える秘訣は?
-井関さん「体力は、稽古でも頑張ってMAXやるが、本番でガンガンあがっていく」
-金森さん「身体は記憶する。最初の通しは滅茶滅茶しんどいが、そのしんどさを求めちゃったりする。これが危ない」
-井関さん「それに酔っちゃったりするのが危ない。語弊はあるが、作品を超える体力と精神力があって、しんどそうに見えて、しんどくないのがベスト。表現の幅が増えてくる。身体も精神も鍛える稽古、また、本番では最高の作品にするべくコントロールすることが重要。身体でやり切って、その先に見える何かを頭を使って見つけて、身体で試す」
-金森さん「舞踊家は馬であって、同時に騎手である。しかし、騎手であり続けながら馬を鍛えることは出来ない。鍛錬は馬にならなければ出来ない。馬が仕上がった後から、騎手が来るというバランスがいい」

Q:踊った後、どれくらいすると食欲がわくものか?
-金森さん「すぐは無理。でも、作品による」
-井関さん「本番の時は『食欲』はない。『食べなきゃ』っていう感じで『義務』。『完全にコレ、仕事だな』って思ったことも」
-金森さん「遅くならないうちに、できるだけ身体にいいものを、って感じだが、美味しいものの方が入り易い。当然、幸せにもなるし」

*照明や装置の微細な違いに気付く舞台人のビビッドさについて
「なんかちょっと違う。今日、(照明が)眩しい」って言って怒り出すのが「佐和子あるある」と金森さん。「で、照明家さんたちが『えっ、変えてないです』ってザワザワってなる。(笑)でも、厳密に言うと、毎日、照明はチェックで触っている。で、微細には変わっている。どれだけビビッドな感覚で舞台に立って感知しているかは、多分、照明家さんには想像できない」(金森さん)

Q:『Fratres』のお米は使い回しか?
-金森さん「はい。演出部さんが、毎回、終演後にザルでほこりを取っている。降らしたときに詰まっちゃったりするので。金銀山の砂金採りかみたいなレベルで」(笑)

Q:リノリウムのペイント、そのコンセプトは?
-井関さん「近々、映像をアップする予定」
-金森さん「コンセプトを伝えて、(俺以外の)メンバーみんなで塗ったもの。そのコンセプトは上から落ちてきてバチャ。みんなのは噴水みたいにバチャ。まあ、似てるんだけど、上から落ちてくることが…」
-井関さん「みんなで話し合って、やっぱりちょっとずついこうと。ひとり一色ずつ持って」それで、「これ、いけるんじゃね」と最初は井関さんから塗っていった。「踊っているとき、毎回、一瞬、海のような、波のようなエネルギーを感じた」
-金森さん「プレヴュー公演やっているときに、何かが必要と感じていて、『ああ、これか』と気付いたもの。『春の祭典』の色彩の爆発、色の欲情みたいなものを精神的な爆発として付与したかった。アクションペインティングのように上からペンキを落とそうと思ったが、さすがに、劇場の人に『大変なことになるからやめて下さい』と言われて…」

Q:『春の祭典』創作で一番苦労した点は?
-井関さん「一番というと、やはり楽譜読み。ホントに時間かかったし、待つ時間も長かった」
-金森さん「ユニゾンもそんなになくて、一人ひとりに振り付けていたから」
-井関さん「楽譜とにらめっこしていて、これはホントにダンスの作品なのかと。最初の1、2ヶ月くらいは」

Q:ふたりにとって、踊り・振付が「腹落ちする」っていうのはどのような感覚か?
-金森さん「踊っていて、『コレだ』って思うときってことなら、それが判るってことが『経験』なのかなと思う。今にして思うと、若い頃は、腹まで落ちないで、肺ぐらいで止まっていた気がする」
-井関さん「完璧な踊りはないが、その瞬間、光を浴びて、そこに集中していられているときが一番納得できるときか」
Q:振付が自分のものになり、無意識・ナチュラルなかたちで踊れるといった感覚か?
-井関さん「無意識はない」
-金森さん「おおっ、佐和子だねぇ。オレ、無意識だからね」
-井関さん「リハーサルで計算をとことんしておいて、そこからどれくらい外れたところへ行けるかっていうか」
-金森さん「結局、完全にはコントロールし得ないものをコントロールしようとしているから、どちら側に立つのかで違うし、この身体っていうのが凄い矛盾で、そういうものと向き合うことが踊ること。観てて感じる感想とは違う」
-井関さん「ここ最近になって、やっと、バランスっていうのが計算じゃないってことが判ってきた。その瞬間瞬間に選び取っていくこと、それが楽しいなと」

Q:『春の祭典』のキャスティングはどのようにして行ったか?
-金森さん「ホントに直感的なインスピレーションによった。楽器の音色からどのメンバーを想起したかっていうこと。癖も性格も判っているし、音色が舞踊家のもつエネルギー等に合うかどうか、という感じ」

Q:今後、『火の鳥』『ペトルーシュカ』に取り組む予定は?
-金森さん「『火の鳥』はNoism2のために作ったものがあり、それはいつかやりたい。『ペトルーシュカ』は『いつかやるのか?』と…、特に予定はないけど」

Q:昨年の「サラダ音楽祭」の演目、再演はないのか?
-金森さん+井関さん「『Adagio Assai』と『Fratres』に関しては、特別決まっているものはない。今回はジョン・アダムズの新作『ザ・チェアマン・ダンス』。42歳・井関佐和子、走れるのか。(笑)それと20年間、点で踊ってきている『Under the Marron Tree』。e-plus『SPICE(スパイス)』の記事を見てください」
-金森さん「『春の祭典』はいずれそのときのメンバーで再演するだろうし、『夏の名残のバラ』はやる予定がある」

…等々と、そんな感じですかね。疲れていた筈のおふたりでしたが、多岐にわたる質問ひとつひとつに丁寧に答えてくださっていました。その様子、是非ともアーカイヴにて全編をご覧ください。そして次回は「サラダ音楽祭」後かな、と予告めいたものもありましたね。楽しみにしています。

それでは、今回はこのへんで。

(shin)

『BOLERO 2020』特別上映と井関さんのトークを堪能♪ (@新潟市民映画館シネ・ウインド)

汗ばむような晴天の2021年6月5日(土)、期せずして同様に「2020」なる年号をその冠に据えた、さるスポーツイヴェントへの灯火運搬継走が実施された新潟市。交通規制の影響やら駐車場の混雑やらがあると嫌だなと思い、早々に万代界隈に入って迎えた新潟市民映画館シネ・ウインドでのNoism映像舞踊『BOLERO 2020』特別上映プラス井関さんのトークイヴェント。さしたる混乱もなく移動できてホッといたしました。

全席完売のこの日、トークの司会を担当される久志田渉さん(さわさわ会副会長)の「混雑を避けるために早めに発券を済ませて下さい」の言葉に従ってチケットを手にして入場時間を待っていると、続々見知った顔がやって来て、シネ・ウインドがりゅーとぴあと化したかのようで、いつものミニシアターとは異なる雰囲気に包まれていきました。

予告編上映なしで、定刻の17:30に、徐々に館内が暗くなると、Noism映像舞踊『BOLERO 2020』の上映が始まりました。そこからの16分弱、これまで幾度となく様々な端末で覗き込むようにして観てきた映像舞踊が、映画館のスクリーンに投影されてみると、まるで新鮮な体験そのものであることに驚きました。大きく映る分、誰を観るか、どこに目をやるかを選択しながら意識的に観る感覚もこれまでにないものでした。また、終盤、モノクロも混じってくる箇所では『ニューシネマ・パラダイス』(ジュゼッペ・トルナトーレ)クライマックスのモンタージュシーンのような趣を感じたのですが、それもこの日の新たな肌合いでした。あくまで個人的な感想ですけど…。

ラヴェルが作り出す高揚感の極みのうちに、上映が終わると、大きな拍手が沸き起こり、それは途切れることなくエンドクレジットの最後まで続きました。個人的に、映画のスクリーンに向かって拍手したのは『シン・ゴジラ』(庵野秀明)の「発声可能上映」のとき以来2度目のことでしたが、そこは「りゅーとぴあ化」したシネ・ウインドですから当然と言えば当然ですよね。

で、終映後、ほどなくして井関さんのトークイヴェントに移行しました。

以下、久志田さんの仕切りで井関さんが語った内容を中心に紹介していこうと思います。

『BOLERO 2020』のクリエイション: コロナ禍の昨年のこの時期作っていた。『春の祭典』公演がキャンセルとなり、ポッカリ空いた時間。舞踊家には踊り続ける必要があり、忘れられたらおしまいという思いもあった。突然作ることになり、『春の祭典』と同時進行で、2週間くらいで仕上げたもの。金森さんは数年前から「ボレロ、ボレロ」と言っていたこともあって、ベジャール版はあまり意識することもなかった。当初からそこにカメラがあり、他者の視線の象徴としてカメラは必然だった。

『BOLERO 2020』の撮影: 当初はメンバーの自宅で撮影する案だったが、メンバーが強く拒否。なかには「東京に住んでいます」などと見え透いた嘘をつく者(「香港人」!)まで出るほど。(笑)で、SWEET HOME STORE TOYANO店の協力を得て、撮影できることになったが、撮影できるのは定休日の1日かぎり。それも窓外からの自然光が変わってしまう19時には撮了する必要があった。9時に井関さんの撮影から始まり、一人あたりMAX45分でいかないと12人は撮れないタイトさ。みんな本当にパニックで、祈るような気持ちだったが、撮影を終えたメンバーがカメラの後ろでカウントを打したり協力して一発撮りを乗り切った。編集(遠藤龍さん)も大変だった筈。細かく音を覚えている必要があり、「第2のダンサー」と言える。

『BOLERO 2020』がもつ別の可能性: いつか生で観て欲しい。映っていないところでやっていることもあるので、一人ひとり全ての映像も観て欲しい。「きっと生でも…」、意味深な様子で大きく眉を動かしながらそう繰り返した井関さん。スタジオでも全員一緒に踊ったことがあるのだそうです。興味を掻き立てられずにはいられませんよね。

芸術選奨、「新潟発の舞踊家」: (受賞の感想を求められ、)遠い昔のような…。でも、びっくりした。こういうニュースって、何も考えていないぼーっとしている時に来るんだなと思った。故郷の高知にいたのが16年に対して、新潟で暮らし始めて17年。新潟という地方での活動を日本の舞台芸術の方々が「新潟発の舞踊家」と評価してくれたことが嬉しかった。この街、この舞踊団がなかったら、私はどこにいたんだろうと思う。このコロナの状況下、東京の舞踊家もウーバーイーツで食いつなぎ、踊るどころじゃないなか、改めて、専属舞踊団の意義を強く感じる。新潟の時間と場所が与えられていることから、言い訳は出来ない、最高のものを見せなければならない。

Noismのこれから: ①「『春の祭典』は研ぎ澄ますだけでなく、何か変わってくると思います」と井関さん。リハーサルでもカウントが変わっているし、細部の変化も20数人が合わさると大きな変化になる。「サプライズ・ヴァージョンです」と笑う井関さん。

②(Noismの精力的な活動予定に関して)「もっとあります。大人の事情で言えないんだけど、いっぱいあるんです」と微笑んだ井関さん。

③『夏の名残のバラ』は、金森さんが自身、「初の映像監督作品」とも位置づける作品。井関さん的には、4人と踊っているような作品で、その4人とは、山田さん、カメラさん、コードさん、枯れ葉さん。見た目の印象とは異なり、実に実験的な作品でもある。

映画館、そして劇場: 見知らぬ人と一緒に観る体験。その場所に行かないと味わえないエネルギーの通い合いがある。自由に非日常に触れることが出来るようになって欲しい。

…ここには書き切れないほど、多彩な内容が語られた充実のトークイヴェントも、やがて終わりの時間を迎えると、館内に再び大きな拍手が谺しました。

その後、ロビーでの井関さん関連書籍の販売に際して、サイン会も行われる由。私も「Noism井関佐和子 未知なる道」(平凡社)を改めて一冊求め、井関さんと金森さんおふたりにサインをして頂きました。

そして一緒に写真を撮って頂けないかとお願いすると、金森さんから「勿論」と快諾を頂き、そこからはもう入れ替わり立ち替わり、大撮影会の風情に。シネ・ウインドの入口付近は大盛り上がりを見せ、金森さんも「記者会見?」と笑うほど。これはもう嬉し過ぎる余禄♪そこで撮った写真のなかから数枚ご紹介します。

さて、もう残り一ヶ月を切った7月2日(金)に『春の祭典』りゅーとぴあ公演の幕が上がります。この日のトークでその日までのカウントダウン感も大きなものになりましたが、まずは、それまでにもっともっと映像舞踊『BOLERO 2020』を観倒したくなったような次第です。そんな人、私だけではない筈。こちらのリンクもご利用下さい。

『BOLERO 2020』特別上映レポートはここまでと致しますが、もう一枚、画像の追加です。司会を担当した久志田さん、司会のみならず、準備から大忙し、もう八面六臂の大活躍でしたので、その労を労いたく、こんな一枚を。久志田さん、色々ご苦労様でした。そして中身の濃い時間をどうも有難うございました。m(_ _)m

渾身の墨書!

また、『BOLERO 2020』に関しましては、当ブログ中、以下の記事も併せてご覧頂けましたら幸いです。

それでは。

(shin)

「ランチのNoism」#11:西澤真耶さんの巻

メール取材日:2021/5/26(Wed.)

新潟・市民映画館シネ・ウインドを会場とする井関さんのトークイヴェント付き映像舞踊『BOLERO 2020』特別上映(6/5)も一週間後に迫りました。チケットは好評発売中。もうお求めになられましたか。当ブログも更新に間が開いてしまいましたが、今回お届けする記事は前回に続き、こちらもご好評を頂いている「ランチのNoism」その11回目です。ご登場頂くのは西澤真耶さん。西澤さんと言えば、数ヶ月前に新潟のタウン誌「月刊にいがた」とそのWeb版「日刊にいがた」で、「自炊に目覚めた」としてお料理を学ぶ様子が紹介されていました。クッキングライフ nukunukuさんでのそのときの模様はこちらからどうぞ。で、今回は「その後の西澤さん」をお届けしようという訳です。お待たせしました。では、いってみましょうか。

♫ふぁいてぃん・ぴーす・あん・ろけんろぉぉぉ…♪

今日もりゅーとぴあ・スタジオBに舞踊家たちの昼がきた♪「ランチのNoism」!

*まずはランチのお写真から

「5月最終週メニュー」でしょうか

1 今日のランチを簡単に説明してください。

 西澤さん「今日はキャベツとソーセージのコンソメスープとセロリの漬物です。あと野菜ジュースです」

*おお、これはまた少食のランチですね。あと、私など炭水化物なしでは食べた気がしないんですけれど、摂りたくなりませんかねぇ、炭水化物…。

2 誰が作りましたか。普通、作るのにどれくらい時間をかけていますか。

 西澤さん「offの日にまとめて作ります。作るのに1時間半くらいですかね」

*「作り置き」派なんですね、西澤さん。お料理って、時間に追われながらやるのでなければ、凄くいい気分転換にもなりますし、目に見える達成感があって、offの日をゆったり過ごすのには適していたりもしますよね。楽しいですし。

3 ランチでいつも重視しているのはどんなことですか。

 西澤さん「量です。重くなりすぎないようにとササっと食べられて休憩の時間を長く取れるようにしています」

*こちらの量ですと、決して重くなりすぎたりってことはなくて、逆に、軽すぎたりはしないかと心配しちゃったりするんですけれど…。(汗)あと、前回のスティーヴンさんも仰ってましたが、食後の時間を長く取ろうとするのは皆さん一緒なのですね。でも、またすぐに激しく動くことになるのだから、それって当たり前か。大変ですよね。失礼しました。

4 「これだけは外せない」というこだわりの品はありますか。

 西澤さん「ランチに限りませんが、1日のうちのどこか一食でお米を食べることですね。新潟はお米が美味しくて!!あと緑茶は欠かせません」

*遂に炭水化物について触れられましたが、それも新潟のお米!そのこと自体、嬉しく思うものですが、もっとたくさん召し上がってもよいのでは、と思っちゃったりして。だって、ほっそりしてますもん、西澤さん。あと、緑茶、リラックス効果があったり、血糖値の上昇を抑えたりする優れものであるだけでなく、あの澄んだ緑、見た目にも美しくて、気分が上がりますよね。

5 毎日、ランチで食べるものは大体決まっている方ですか。それとも毎日変えようと考える方ですか。

 西澤さん「自分で作る時は1週間分の作り置きなので1週間は同じメニューです。
コンビニの場合はおにぎりとゆで卵です」

*「作り置き」は食事の機能面を重視して食べる合理的なスタイルですよね。日々の稽古やリハーサルの合間に摂ることを考えれば、そうしたランチで充分な訳なのですね。それから、日々同じ物を食べることのメリットを歌舞伎俳優の市川海老蔵さんも口にしていました。曰く、体調管理がしやすいのだと。身体のコンディションに敏感であることが求められますからね。

*で、西澤さんが他の日のランチ画像もご紹介くださいました。

ある日(1)

  西澤さん「卵焼き、ピーマンと竹輪のきんぴら、無限にんじんと冷凍のポテトです」

*はいはい、ちゃんと作ってらっしゃいますねぇ。割と和のテイストのお料理ですね、こちら。そして、「無限にんじん」!所謂「無限ピーマン」みたいに「やめられない、とまらない」って感じで、やみつきになっちゃうヤツですよね。ぱっと見、既に美味しそうです♪

ある日(2)

  西澤さん「卵焼き、ピーマンの肉詰め、醤油ベースの鰹節入りの南瓜サラダです」

*しっかりしたもの作ってますね。そしてこちらには白米付き!ごはんを目にして安心しましたって人、きっと私だけじゃない筈。

*それにしましても、色々丁寧に教えてくださる西澤さん、やっぱり真面目で誠実な方だなと。心配りのあるご紹介、どうも有難うございます。

6 公演がある時とない時ではランチの内容を変えますか。どう変えますか。

 西澤さん「公演の時はコンビニメニューです。おにぎり1つとゆで卵1つ。公演前におにぎりを食べて、公演後にゆで卵を食べています。本番前は緊張してあまり食べられないのと、早く食べて、早く準備して、早く舞台に行って自分のペースで落ち着いて確認をしたいので手軽なのを食べています」

「公演の時はコンビニメニューです」

*こちらも画像付き、有難うございます。そしてこちら、併せて食べても決して重すぎたりはしない感じですが、それでも、公演の前と後に召し上がってるんですね。公演前には重圧も大きいのだと察しますが、その重圧から解放された公演後にはもっとガッツリいきたくなりそうなものですけれど、私みたいな者は…。でも、そういう食べ方って千穐楽の後までお預けなんですよね、きっと。(汗)

7 いつもどなたと一緒に食べていますか。

 西澤さん(鳥羽)絢美さん(林田)海里さんです」

*おっ、それって、過日のメンバー振付公演での『Flight From The City』のときの3人の名前がそのまま揃う訳ですね。林田さん演出振付の、おふたりが踊られたとてもリリカルな作品で、うっとりさせられたアレ。な~る。波長が合うんですね。また、ゆで卵では鳥羽さんと重なり、公演時の画像に写ってた「大きな鮭ハラミおにぎり」のチョイスは林田さんと重なってますし。

8 主にどんなことを話しながら食べていますか。

 西澤さん「改めて質問されると何話しているかな〜? あまり話していないのかもしれないです、みんな休憩の時間を大事にしているので」

*with コロナで推奨される「黙食」の以前に、そのあたり、お答えはほぼ皆さん、共通している感じがします。午後に向けて身体を休めるのが最優先。そして踊っている最中に身体で会話しているプロの舞踊家たちであってみれば、自然なことなのでしょうね。

9 おかずの交換などしたりすることはありますか。

 西澤さん「海里さんはミカン、チャーリー(・リャン)さんはおやつをいつも分けてくれます。なのでチョコとかを持ってきた時はみんなに配っています」

*ここでも with コロナってことで、おかずの交換はなくなっても、デザートみたいなものをあげたりするちょっとした気遣いは集団のなかでの潤滑油的機能を果たしているんですよね。

*チャーリーさんがいつも分けてくれるおやつってどんなものなのか、興味を覚えたので、その点を訊ねてみました。すると、「チャーリー自身が持ってきたチョコとかクッキーとかナッツを分けてくれます」(西澤さん)とのことでした。配ったり、配られたり、「絵」が浮かんできますね。

ほぼ直角に腰を折って覗き込むジョフ
この日、視線の先には「野菜生活100」

10 いつもおいしそうなお弁当を作ってくるのは誰ですか。 料理上手だと思うメンバーは誰ですか。

 西澤さん「ゆかさん(=浅海侑加さん)です!ゆかさんの作ったケーキが大好きです!
あとりお(=三好綾音さん)も!りおから教えてもらったレシピを作ってランチに持ってくることもあります」

*おお、西澤さんのお答え、気になったので、少し深掘りして訊いてみました。先ずは浅海さんのケーキってどんなケーキなのか訊ねたところ、「ゆかさんの紅茶のタルトとチョコタルトが絶品です。あとエクレアも!」(西澤さん)とのお答え。ぬおぉ~!絶品とな!なんと本格的な!ホント多才!驚きです、浅海さん!(←エクスクラメーションマーク、思わず連発しちゃいました。)

*続いて、三好さんレシピについて訊いてみると、「りおから教えてもらったものは写真にある無限にんじんです。りおのお家でいただいた時に感動してご飯を何杯もおかわりしてしまいました(笑)」とのお答え。良い間柄であることに喜んだほか、「ご飯を何杯もおかわり」って件に漸くホッとしたりしてました。(笑)

*そんな浅海さんと三好さん。ランチが気になるふたり浮上、…って感じですね。

…はい、通常の「ランチのNoism」ですと、共通の質問はここまでなのですが、今回、西澤さんにはもうひとつ追加で訊ねてみました。冒頭にご紹介した雑誌とWebとに掲載されたお料理を学ばれた件に関してです。

11 以前、「月刊にいがた」で料理を教えて貰っている記事がありました。それ以後、料理についての意識に何か変化はありましたか。

 西澤さん「『月刊にいがた』の取材で教わってからお味噌のお出汁の大切さを知りました。今までは顆粒だしだったり、出汁入りのお味噌を使っていたのですが、煮干しからしっかりお出汁をとったお味噌汁が美味しすぎて!あれ以来お味噌汁を作る時は煮干しだったり海老だったりでお出汁をとって作っています。便利なものは増えていますが実際にある食材で手間暇かけて作るだけで美味しさが増して幸せな気分になり、食事は心身を健康に保つものなんだと実感しました」

*手間暇かけて作られた「本物」の価値、それはNoismの舞台も同じですね。ですから、私たちもやみつきになって、「やめられない、とまらない」の「無限Noism」状態に置かれざるを得ない道理です。…いやあ、こんな素敵な答えが返ってくるなんて、いい質問しちゃったな、みたいな。ここまで西澤さん、色々とどうもご馳走様でした。

で、西澤さんからのメッセージも預かっていますよ。では、そちらをどうぞ。

サポーターズの皆さまへのメッセージ

「サポーターズの皆様、いつも応援してくださり、劇場に足を運んでくださりありがとうございます。皆様のお陰で私達の活動は支えられ、日々のリハーサルに集中することが出来ています。
また劇場でお会いできる日を楽しみにこれからも精進して参りますので応援よろしくお願いします」

前シーズンから続く閉塞感の否めない状況下にあって、内外、多方面に渡って存在感を示し続けてきたNoism Company Niigata。その17thシーズンもいよいよ佳境。まったく目が離せませんよね。見逃したら損をします、一緒に刮目して参りましょう。今回もお相手はshinでした。では、また。

(shin)

【インスタライヴ-14】前回、佐和子さん受賞の裏で…穣さん、謎のブルゾン…諸々もろもろ

2021年5月2日(日)21時から行われたインスタライヴは前回から約2ヶ月振り。前回は佐和子さんの芸術選奨文部科学大臣賞受賞が発表された翌日のライヴでしたが、その裏で、今度は穣さんに纏わる、喜ばしい「大人の事情」を抱えていたとは!

 *穣さん、紫綬褒章受章に関して

  • 「びっくりした。紫綬褒章?あれ、どういうやつだっけ?」みたいな感じ。(穣さん)
  • 前回のインスタライヴ前日17時に佐和子さんの受賞が公表解禁。携帯を手に喜びの穣さん、twitterにあげた直後、課長から一報が入り、佐和子さん後転。そこから約2ヶ月。
  • 今もまだ実感ない。何も状況は変わらないから。嬉しいことは嬉しいんだけど。そのうち、あそこから新しい章が始まったんだなという認識はくるのかなと漠然と思っている。(穣さん)
  • 周りの人が喜んでいる姿がいいなぁと思った。(佐和子さん)
  • 知ってもらうきっかけになることは有難い。(穣さん)
  • 「他言して漏れたら、内定取り消しの可能性もあります」の通達もあり、周りはヒヤヒヤしていた。(穣さん)

 *忙しかったこの2ヶ月

  • 3月、東京バレエへの振付の第1回クリエイション。(10日間):Noism以外への新作振付。緊張感もあったが、斎藤友佳理さんをはじめ、物凄くウエルカムな体制にして貰って嬉しかった。
  • 戻ってきて、Noism1メンバー振付公演(3/27、28):芸術監督の仕事(オーダー決め・時間配分等)を山田勇気さんに任せて、穣さんと佐和子さんは本番だけを見た。「初日、楽しかった。みんながやりたいことを追求したなという感じ」(佐和子さん)(←佐和子さんは基本、褒めないのに。一方、穣さんはけなすこともあるが、褒める。)
  • 春休み:高知への凱旋帰省。高知市長を表敬訪問。温かい歓迎。
  • Noism2定期公演vol.12:10年振りの振付。「大変だった」(ふたり)「みんな頑張った。舞台上で良くなってくれたから、それは嬉しかったけど、まあ、大変だったね。何が大変って、若いから、自分がどれだけ出来るかまだわかってないじゃん。『まだいける!』と声を掛けなければならない、マラソンで併走するしんどさ」(穣さん)「エネルギーが吸い取られる」「でも、食らいついていこうとする気持ちはあったし、3日間でどんどん変わっていくのが観られたし良かった」「俯瞰でカンパニーを見ていたら、Noism1のメンバーたちが教え始めていたし、Noism2のメンバーたちも有難く受け取っていたし、そういう先輩・後輩みたいなのが出来てきた方が良い」(佐和子さん)15分休憩の間、約3分位でリノリウムを白から黒に張り替えたり、照明を手伝ったり、色々な仕事を経験できたのは、Noism1メンバーにとっても良いことだった。「みんなで一緒に何かやるのは楽しい。みんなで『ああだ、こうだ』言いながら、野球とかやりたい。監督じゃなくて」(穣さん)

 *穣さんの「謎の」ブルゾンのこと

  • 宮前義之さんとISSEY MIYAKEのエイポック・エイブルのチームの方々からのお祝いの品、TADANORI YOKOO・ISSEY MIYAKEの “KEY BEAUT.Y.”。 横尾忠則さん好きの穣さんが欲しがっていたもの。めっちゃ派手で、「新潟市で着ている人は多分、俺しかいない」「新潟の原信でこの服を見かけても声を掛けないでください」(笑)(穣さん)
  • 佐和子さんからのプレゼントはエイポック・エイブルのジャケットとパンツ(ユニセックス)。着心地良いし、水洗い可能。(この日、パンツを着用。)

 *再び「紫綬褒章受章」に関して

  • 17年間のNoismの活動が評価された。この国の芸術・文化への寄与。
  • 集団性・集団活動の良さ。
  • 「人は入れ替わるが、17年間、ここ(Noism)を通っていった人が作った。Noismの集団性が残っている」(佐和子さん)「たとえ3ヶ月とかであっても、この子がいたっていうこと、痕跡、残影っていうものが記憶のなかに残っているし、Noismのスタジオ、集団のなかに、無自覚・無意識のレベルで残っていて、新しく来る子はそれ、その気配を感じて、一員になっていく」(穣さん)「それがある意味、歴史なのかもしれない」(佐和子さん)「そうね。だから、時間がかかるんだよね、それは」(穣さん)
  • 「目指してきたものが現実のものになり始めているのが、嬉しい」(穣さん)
  • 「今回頂いたものが何かの始まりになるんだとすれば、それはもうちょっと後なんだろうね」「いつも応援してくださっていて、『もっと認められていいのに』と思っている方たちが自分事のように喜んでくださっているとわかるのが、何より嬉しい」(穣さん)
  • コロナ禍で天皇への拝謁はなし。月末に伝達式はある予定ながら、同伴者不可、平服。

 *身体は筋肉痛、頭のなかも大変なことに…

  • 穣さん、絶賛振付中:①サラダ音楽祭(お披露目できるかどうか未定)、②小林十市さんとのDDD、③春の祭典、④夏の名残のバラ、⑤冬の公演、と頭の中に5つの違う公演のプログラムがある状況は今までにない。
  • 佐和子さんはふたつの作品ながら、似ている身体性のため、ほぼ同化し始めている。
  • 「でも、舞踊に打ち込める環境にあるから、ヒイヒイ言いながらもそれを楽しむしかない」(穣さん)「全然全然、それは。朝、起きれないだけで、楽しいです」(佐和子さん)

 *これから…

  • 「変わらないです、何も。まだまだ戦い続けるし、多分、まだまだいっぱい失敗して、いろんな反省もして、これからもそれは変わらないんじゃないかと思う。何を失敗しても、何か大切なことがあって、自分が信じていることがあって、そこだけは目指し続けていきたいので、引き続き、宜しくおねがいします。頑張りま~す。有難うございま~す」(穣さん)

…と、そんな感じでしたでしょうか。盛り沢山で充実のトーク、是非ともアーカイヴにて全編をご覧下さい。それでは、この場はこのへんで。

(shin)

映像舞踊『BOLERO 2020』改訂版を楽しむ♪

来る6月5日に、新潟・市民映画館シネ・ウインドのスクリーンにて、井関さんのトークイベント付きでかかる予定を知り、そういえば、暫く観てなかったなぁなど思っていると、Noism official から「改訂版」公開などという告知が出されて、「えっ!?」ってなったのも事実。何の話かと言えば、勿論、映像舞踊『BOLERO 2020』のこと。

でも、同時に、「またやられちゃったな」とも思う。金森さんらしさ、或いは「金森イズム」は「紫綬褒章」受章前後でも変わる筈などなく、時間があれば、とことん作品に手を入れ続け、より「届く」ものを模索しようとするので、その都度、虚を突かれて、「またやられちゃったな」になる訳で。それは今回も。そんな「改訂版」。

で、久し振りに観てみました。

池ヶ谷奏さんとタイロン・ロビンソンさんの姿を観て、「ああ、やはり『2020』なのだ、これは。『2020』のメンバーが残してくれた作品なのだ」と懐かしさも込み上げてきたりして見詰めていると、…。

変わっている、12分割画面になる後半が随分。皆さん、ご自分の目(と記憶)でお確かめ頂ければと思いますが、少しだけ。

視線誘導がうまく働き、見やすくなったように思いますし、(私の記憶が確かなら)「えっ、こんなカットあった!?」というものが挿入されていたりしたうえに、その姿勢はラストにも及び、…。

金森さんのこれまでを思い出してみますと、『ロミジュリ(複)』では、度々、映像が差し替えられましたし、『バヤデール』においては何種類かのラストを目にしてきました。

で、この度の「改訂版」、私の場合、昨日からのレンタルですので、視聴期間は5月5日まで。「大型連休」の巣籠もりにはもってこい状態で、「不要不急」を慎みながら、繰り返し観て楽しむことになりますね、コレ。「200円は安過ぎです」ともう一度。皆さまも是非♪

過去の記事も併せてご覧頂けましたら幸いです。

2020/10/9 映像舞踊『BOLERO 2020』公開されました♪
2020/10/26 インスタライブvol.9は映像舞踊ボレロ裏話♪

(shin)

3/21 ホテルオークラ新潟「絶やさない、新潟のおもてなし Noism Company Niigata 応援しよう、ノイズム。その創造力と身体表現に浸る」会員レポート

※月刊ウインド編集部、さわさわ会役員、Noismサポーターズ会員の、久志田渉さんがご寄稿くださいました。

 ホテルオークラ新潟主催による、新潟の文化・芸術を応援しつつ、ホテルならではの食事を楽しもうという企画。新潟古町芸妓、合奏団「新潟ARS NOVA」に続く第3弾が、Noism Company Niigataを迎えて開催された。チケット販売開始から時間を経ずに満席となったが、幸運にもイベントの告知開始日に予約出来た為、最前列中央で鑑賞する機会を得た。

 開場前のホテルオークラ新潟4階コンチネンタルルーム前は、着飾った人々でにぎわう(りゅーとぴあ周辺でお会いするNoismファンよりも、ホテルオークラ新潟のご贔屓筋が圧倒的に多い印象。失礼を承知で書けば、話題の映画「あのこは貴族」ではないが、日頃過ごしているのとは別の世界に迷い込んだよう)。

 12時からは総料理長・小島淳氏によるフランス料理の午餐。フランス料理を食べつけないが、前菜の皿に彩られたビーツ・ターメリック・ハーブの三色ソースの美しさと旨さ、熱いパンに浸して食す「海老のビスク」、肉嫌いでもそのしっとりした歯応えに唸る牛肉ソテーなど、見た目と味まで心配りされたメニューを堪能(ついつい酒が進んでしまう)。

 13時半からは、いよいよNoismの公演。公演前にはNoism芸術監督・金森穣さんが登壇。世界レベルの舞踊に“和”の身体性を融合させて挑むNoismの精神と、ホテルオークラの創業者・大倉喜八郎の子息・喜七郎が提唱した「大和楽」を対比させ、この場で公演することの意義を強調。最前列の為、金森さんの足元が、語っている時まで左右に開いており、Noismメソッドが徹底していることに驚く(「市民のためのワークショップ」に参加したからこそ気付けたことかもしれない)。

 幕開けはNoism 2『新潟幻影』より「銀の吹雪」。各々一脚の箱椅子を持って登壇するNoism 2メンバー。センターの4人、バックの5人それぞれの献身と、邦楽の音色、照明の工夫とが噛み合い、宴席に新潟の雪景色が確かに現出する。池田穂乃香さんの伸びやかさ、カナール・ミラン・ハジメさんの落ち着きを特筆したい。

 続いてはNoism 1「Fratres I」。告知チラシにNoism 0の名が無く気になっていたが、やはりNoism 1メンバー(井本星那さんは欠場)のみによるアレンジがなされていた。後半のトークショーでもNoism 0メンバーが語っていたように、舞台袖から登壇するNoism 1メンバーの普段とは少し異なる緊張感が、客席にもビシビシと伝わるよう。センターを務めたのはジョフォア・ポブラヴスキーさん(昨年12月のオルガンコンサート以来の登板)。日頃の軽み・可笑しみのあるイメージとは異なるストイックさと、堂々たる身体を活かして舞台の要となっていたのが感動的だった。鳥羽絢美さん・西澤真耶さんの舞台を支える力強い美しさ、三好綾音さんの躍進、女性メンバーより人数の多い男性メンバーの存在感。「FratresⅡ」「FratresⅢ」を経ているからこそ、その祈りのような振付の共振、このシリーズを観てきた間のNoismや世界の困難が想起され、涙が零れる。

 三幕目は映像舞踊「BOLERO 2020」。昨年の配信開始以来初となる、大画面での上映だった。小さな画面で細部を見つめる喜びのある作品とはいえ、Zoomを思わせる分割された画面で複雑に交錯する舞踊と、孤立していた筈の舞踊家たちの動きが連鎖していくダイナミズムを大きなスクリーンで多くの人と共に観ることの味わいたるや。6月初めには、筆者がボランティアスタッフを務める新潟・市民映画館シネ・ウインドで、また7月のNoism本公演でも上映が予定されている為、ぜひ大画面で楽しむ「BOLERO」に期待していただきたい。

 そして締めくくりはNoism 0の金森穣さん、井関佐和子さん、山田勇気さんによるトークショー。冒頭、日頃とは全く違う環境での公演に臨んだNoismメンバーが発した緊張感について、「力量が問われる場」(金森さん)「スタジオBとは全く違う距離感。この緊張感を、舞台に活かしてほしい」(井関さん)と、エールを送った。

 芸術選奨文部科学大臣賞受賞について、「毎日『嘘じゃないの』と穣さんに聞き続けた」「自分のことよりも、Noism・りゅーとぴあや新潟の人々への感謝の気持ちが湧いた。そのことを再認識する受賞だった」と語る井関さんと、「この国のエラい人たちが、ようやくこの人(井関さん)の価値に気付いた」「舞踊家・井関佐和子を生み出したことは、自分が来てから新潟が成しえたことの三本の指に入る」という金森さんに、胸が熱くなった。

 当日配布されたパンフレットにはNoism全メンバーがそれぞれの「新潟の好きなもの・こと」が記されていたが(山田勇気さんが壇上でも強調された「北海道出身だが、新潟の魚の味は繊細。全然違う」という指摘も嬉しい)、司会者はあえて「新潟の厄介なこと」を質問。金森さんの「風や雪の中で、歴史的に身体に刻まれた忍耐強さが新潟の人にはある。それは凄く美しいことだが、新しいことを始めたり、世界に発信する時の瞬発力に繋がりにくいことが弱みとなる」という指摘には、新潟人として「正に」と唸らされた。

 今後への抱負として井関さんは「前へ進むだけではなく、(芸術選奨受賞を経て)自信を持ち、安心して掘り下げていこう」、山田さんは「今までは一歩一歩を大切に歩んできたが、より遠くを見ていこう」と語った。そして金森さんは、新潟の未来像として「素晴らしく、クリエイティブな街として世界に知られ、人が訪れ、また世界に人が出ていく街になるビジョンがある。新潟が金森穣を手放さなければ」とし、「いつまでも新潟で、より広く高く発信を続けたい。市民に広く知られる活動を展開しつつ、世界の頂に挑戦してゆく」と、その信念を強調した。

 サプライズとして井関佐和子さんの芸術選奨文部科学大臣賞受賞を祝し、「舞踊家・井関佐和子を応援する会 さわさわ会」代表・齋藤正行(新潟・市民映画館シネ・ウインド代表)が、さわさわ会&サポーターズからの花束を井関さんに贈呈。

 最後はNoism 0、1、2メンバー、浅海侑加Noism 2リハーサル監督も登壇しての記念撮影タイムを経て、プログラムは無事終了した。

 齋藤代表は「ホテルオークラファンの人がNoismを知って、公演を観に来てくれたら、嬉しいね」と語っていたが、広くNoismが新潟に暮らす多様な人々に親しまれる為の、新たな一歩となる時間だったように思う。

(久志田 渉)

柳都会vol.23 山田うん×金森穣【対談】レポート

2021年3月7日の「柳都会」後半は、会場や金森さんからの質問にこたえ、さらに山田さんのトークが続きました。

質問/東村山のワークショップ(以下WS)の内容はどのようなもの?
45分、2クラスで即興などの内容。重度障害で踊れる人は少ない。もし、じっとうずくまっていても”踊っている”という認識でいる。音楽は、歌謡曲、クラシック、ロック、いろいろなジャンルのものを流す。偏るとストレスになってしまう。
毎回必ずやることは「WAになっておどろう」で、となりの人と手をつなぐ。「線路は続くよどこまでも」で、前の人の肩に手を置いて列になる。最後に床にねころんでクールダウン。身体を動かすと興奮状態になるため、そののままだと施設に迷惑がかかってしまう。背がまるまったままの人もいるので2-3分かけて寝転び、5分寝転んで、また2-3分かけて起きる。
質問/施設でのWSは、始めた頃は大変だったのでは?
ふだんは歩けないようなおじいちゃんが、スーダラ節が流れたら立ちあがって踊りだした。私達は喜んだけれど、施設の職員さんからは、心臓に負担がかかるのに!と怒られた。
ただ、施設によっては、ここで死んでしまってもいいからやってください(真剣な表情を再現する山田さん)、と言われることも。担当する人によって、どこまで許容しているかは違う。

金森/プロジェクトごとにオーディションをしている?
初期はプロジェクト毎にオーディションをしていた。集団を維持していくのは大変。今のメンバーは4期〜8期の経験者がいる。それぞれバイトをして、プロジェクト毎に集まる。アベンジャーズみたいな感じ、いろいろな人がいた方がいい。
東村山は毎週行っている、WSが多いのでメンバーには「行ってみる?」と問いかける。温度差はあるが押し付けはしない。
決まった稽古場がないことについては、東京のカンパニーはみんなそうだが、毎回違う公民館で練習している。稽古場を間違えて遅れることがよくある。私も間違える。アクティングエリアの確保は難しい。
東京のカンパニーの中での特色はなに?
最近、豊橋とかでレジデンスをやりはじめている。他のカンパニーは自らは合宿していない。差はわかりませんね。
ダンスとのかかわりについては?
OLをやっていた時もある。踊りは、盆踊り、器械体操、モダンバレエをやっていた。80年代の外国の公演をいろいろ見て面白くなった。全国の盆踊りや神楽を調べている。
新潟でも誰かやっていなかったっけ?
堀川久子さんですね、お会いしました。
昔、アスベスト館で笠井叡さんや舞踏を見た。日本の土着的なものに惹かれていた。宙返りはできてもプリエはできない。そこをつなぐヒントになるかと、自分のスタイルを立ち上げるために舞踏を3年(20歳〜30前位)した。スタッフワークをやっていた時期もあり、照明もできる。
会社は20歳くらいでやめた。バブル崩壊期の証券会社にいたので、入社してから謝ってばかりだった。(大変申し訳ございませんでした……と真剣に謝ってみせる山田さん。笑いが起こる会場)
やはり、お金と芸術について考える。OLをやめてアートに携わった。90年代に横浜の小劇場で制作をしていた。セッションハウス、それからパークタワーで若手を応援し育てようと、振付をはじめた。
Noismもパークタワーから活動開始してるんだよね。
2000年に、もう最後かなと思って横浜ダンスコレクションに出演したら、受賞した。そこから渡仏した。踊る側でなく、振付をしたかった。お金とか制作とか、斜めから俯瞰して見ていたい。
カンパニーを持って、プロジェクトベースで人を集めているけれど、作品ごとに個性があるし、すごい才能を集めたくはならない?
カンパニーを固定することをイメージできない。舞踊は時間がかかる。3年に一度オーディションはする。最低3年、身体、精神、神経をつかいながら、一緒に作っていく。立ち上がっていくものが伝達されるので、例えばここで宙返りができる人がほしい、という気持ちはない。
「コスモス」はダンサーが結構作っている。作ったピースを細かく監修している。
「コスモス」の群舞はアクティングエリアが広いけど、どこで作った?
群舞や万国旗が出てくるところは、水天宮ピットで作った。広いスペースがある。
公民館で机を動かしたりしてると怒られる。家にも稽古場があり、ベッドを入れてピースを作った。作品のコンセプトとして作り方を決めていた。
「春の祭典」ではテクニックの伝達について触れたが、メソッドはあるの?
バレエとバーレッスン、裸足が基本。身体をスパイラルに捻るというバレエの要素は要る。あとは、阿波踊り、筋トレ、即興、ヨガ、時期によって違う。
いろいろしているけれど、拠り所は? 何かを上達させるとか?
ヨガ、バレエ、週1で阿波踊りをやりたい。床を踏む時に、指のどこを意識するかとか。
場所と時間が与えられたら、毎日クラスをやりたい。
専属の声がかかればやる?
やります。
専属になると、今のような活動がやりづらくなることはない?
やりづらくなるかな……?
WSの時、ダンサーと向き合うのではなく、参加者と向き合って、ダンサーと横で肩を並べている時に幸せを感じる。時間をシェアしている感覚。
振付を作るのと、覚えるのとは違う。私が振付を覚えていると時間ぎれになってしまう。

質問/カンパニーに入る条件はどんなもの?
新作メンバー募集の時は、即興、面接などで決める。
カンパニーのメンバーになると、自然にWSに駆り出される。いやならいいけど、興味があれば行ってみない?と一人ひとりに声掛けをする。
作品のコンセプトは自分が作る。動きをつくる時は「コスモス」なら、ベッドを置いて、2人のダンサーに、どうぞ!……と、結構自由にやる。やってみてスパイスを加える感じ。神経を使うところもあり、ホスピタルでなくホスピスと限定したりする。
質問/WSをする小学校や障害者施設は見学できる? アート、教育、医療、地域、親、文化政策、財源、自治体など関連すると思うが?
学校による。見られることがストレスになる場合もある。教育関係や親はokしている。7年くらいWSをしていた神奈川は見学ok、宮城もok。障害者施設もコロナ前はokだったが、コロナ後は全部だめになった。
見学といってもオープンにはしているわけではなく、直接連絡をくれたり、どの人かわかるつながりがあれば問題ない。
質問/山田さんにとってダンスとは?
芸術だけではない。傷つけることもあるし、一言では言えない。
欲張りなので、ダンスが活動につながるというか、いろいろな切符を持っている要素だと思う、ITやレストランでの活動につながったりもする。ダンスは誰でもできると思ってしまう。

金森/誰でもできるなら、なぜオーディションをするの?
それは、誰とでも結婚できるかといえばそうではないような事。ダンサーは私自身のスピリットを注げる人。ダンスは万人のものだし、クラブ、盆踊り、舞台と様々ある。仲間内で踊る、制約のある中でアートとしてのダンス、路上で踊るとか、小学生の中にいても踊ればこちらを見てくれる。踊りを立ち上げていけば、魔法使いのようになる。
アカデミックにダンスをやってきていないので、可能性、裾野が広がっているように感じる。
さっき「春の祭典」のくだりで”教育”という言葉が出たけれど?
空間に対して身体をどう使うか。要素が足りない、弱い、似ているけどそうじゃないことがある。誰のものでもあるダンスから、そこまでは自発的に出てこない。
その部分についてはどう処理するの?
処理しない。判断を保留しておくと、10年くらい経って解けたりする。じっとしていたいと思う部分との葛藤と矛盾がエネルギーになる。

質問/山田さんと金森さんは初対面? Noismについてどう思う?
面識はあったけれど、こうして話すのは初めて。
Noismは圧倒的。最初から最後まで隙がない印象。ばーん!というイメージで、気持ちがいい。自分の作品は、愛嬌、そばかす、ほころびみたいな、真逆のテイストがある。Noismの作品には厳しさを感じるので、どう作るんだろうと思っている。
新潟市にこんなカンパニーがあるなんて、専属舞踊団があること、そんなことが日本で起こる時代がくるなんて夢のよう。舞踊団がある新潟市が続いてほしい。
舞踊や芸術について、いま横にレンギョウがあるけれど、これはなくてもいいもの。でも、あったほうがいいし、好きになれる。Noismがあるから新潟がいいという人がたくさんいると思う。

金森/うんさんが専属をやれるならやりたいと言っていたことは意外だった。でも本気で時間と場所が欲しいと言っているし、そうなったら相互にノウハウを学び共有して、Noismと情報交換をしながら発展していくという妄想が広がってくる

山田さんのお話は多岐に渡り、とても時間が足りないようでした。ポジティビティに満ちた、密度の濃いなひとときでした。
発言にペンが追いつかなかった部分もあり、ニュアンスが異なる点もあるかと思います。ともあれ、そばかすが紛れ込んだような解像度ながら、現場の雰囲気を感じていただければ幸いです。(のい)

柳都会vol.23 山田うん×金森穣【レクチャー】レポート

2021年3月7日(日)16:30~18:00 りゅーとぴあスタジオBにて、柳都会vol.23 山田うん×金森穣「いま、ダンスカンパニーを率いること」が開催されました。会場では、前日の「コスモス」舞台上で存在感を放っていたレンギョウの活け込みが聴衆を迎えてくれました。
山田さんは、カンパニーのプレゼンは初めてとのことで、映像とカンパニー来歴の年表を交えながらお話しされました。以下、会場での聞き書きを整理し、敬称略にて掲載しました。特に断りがない場合は、山田さんの発言です。(★はスライド)

『柳都会』チラシ

コスモスについて
「コスモス」は当初、映像バージョンとして構成された作品。
昨年6月、東京芸術劇場での公演を中止した(中止を申し渡されたのではなく、状況からお客さんを入れられないという自主的な判断)ことを契機に、映像作品として作った。作品制作の過程でも、密にならないよう構成をした。新潟公演が実現した事は奇跡のよう。カンパニーメンバーはふだん夜のみ練習をしていて、昼はそれぞれアルバイトをしている。
やはりライブで踊りたいため、当初は映像作品をいやがった。

『コスモス』チラシ

地方での合宿
島根 5-6年前からよくワークショップ(以下WS)をしている。そのため日中はリハーサルができない。毎年カンパニーで合宿をしており、島根など過疎地との地域交流をしている。現地での食事は制作の上原さんが料理をしたり、地域の方が作りに来る。合宿では廃校の教室で寝る。島根で合宿をしたきっかけは、いろいろなところへ年賀状を出す際に合宿させて欲しいと書いていたら、島根から返事が来たから。
(カンパニーメンバーが笑顔で食事をしている★)つらすぎて笑っている。ふだんは東京で生活をしているメンバーが、付近にコンビニもない山の中で1週間過ごしている。
青森、ほか (建物の一面に洗濯物が干してある★)合宿をした青森の保育園。一日中こんな光景で、起きて、掃除・洗濯して、交流して、WSして、洗濯して……部活のよう。 男女16名が、同じ部屋で寝るため、一人あたりヨガマット1枚程度のスペースしかない。食事の量が少ないので、先を争って食べる。量が少ないのは予算的な問題もある。合宿は自主的にはじめた。福岡の糸島では 地元のダンサーなどともWSをした。なぜ合宿をするのかといえば、東京にいるとバイトなど個々の都合もあってまとまって会えないから。
金森/鈴木忠志さんのカンパニー(SCOT)のようだ。冷蔵庫のプリンを誰が食べたかで大問題になる。
島根の神楽の人とも交流を持った。学校でWSをすると、過疎地なので子供の数よりもカンパニーメンバーが多くなる。子供と踊ると腰をかがめたり、重心が低くなる。
茅ヶ崎、海を背にした大人数の集合写真★
金森/右端の人が小さいわけじゃない
人が多すぎて斜めに並んでいる、遠いから小さい。山田さんは茅ヶ崎出身。
エストニア公演、2017年くらい。きっかけは、TPAMをやってエストニアから声がかかり、呼ばれた。現地では教会に泊まった。ホテルとかではなく、手弁当的な部分がある。
教会のお湯が15分しか出ず、先輩から先にシャワーを浴びるが、順番が後になるにつれてお湯が冷たくなっていく……。
★2010年、氷川丸、★ひまわり畑×神楽。蜂がいた。
★花まつりで鬼の役をする。「いきのね」のリサーチ。鬼役を「ヘタ!」と現地の子供にヤジられるが、ヤジもイベントのようなもの。
★2016年、マレーシア、イスラエルなどからダンサーを招く。東京ならマレーシアとイスラエルの人が会える。音楽劇、演劇の演出、ファッションブランド福岡店オープニングイベントなども手がける。
★企業からの依頼でディナーショーをした。スープストックトーキョーやビーガンレストランからオファーがあって、ランチとディナーの間にダンスをする。要望はなくても歌も歌う、サーブもする、トークする。

年表を示しながら
2002年、カンパニー立ち上げ。
2003年、任意団体となる。当時は無名で、お金がなかった、ガバナンスの面から任意団体となり、セゾン文化財団ジュニアフェローとなった。助成金300万が交付された。
2005-2012年、地域創造のモデル事業を行い、地域交流、公演、旅をして、時間を過ごして、ご縁が続いた。茅ヶ崎、いわきなど。
2013年、島根、八戸で公演。徐々に作品規模が大きくなっていく。ゼロに戻ってオーディションをする。第1期は8名のメンバーがいた。期を改めるごとにオーディションを行うため、ずっと一緒に稽古していたメンバーがオーディションで選ばれない事もある。これは厳しいし、辛い。
プロジェクトは平行して行っている。東村山の重度障害者福祉施設に2名常勤(交代)でいっている。メンバーはほぼWSや公演、レジデンス、を一緒にやっているので、価値観、共通言語ができている。誰がファシリテーターでも問題ない。施設側から「うんさんじゃなくてもいい」と言われる。
2011-2013年
制作がいるのかいないのかくらいの時期、合宿をはじめた頃。
2017-2018年
「季節のない街」山本周五郎の小説が原案★。youtubeに映像は上げていない。マレーシア、ボルネオのダンサーも参加。ただ踊るのでなく、たたずまい、差別、暴力の要素は一緒に傷ついていかないとできない作品なので、山田さんが唯一出ている作品。震災後の心理状態が現れている。
★ソロ作品「ディクテ」
2013年、「春の祭典」(ダブルビル)。定員1000名以上の劇場で初めての公演。それまで200〜300人くらいの劇場で公演していた。踊る前に、市民〜おばあちゃんたちの誘導をして、そのあと踊る。
「春の祭典」は、とても疲れる。カンパニーメンバーに、空間に対して身体を伸ばす、重力、テクニックを教える教育的な側面もあった作品。公演のギャラはマッサージ代に消えた。踊って身体を痛めて、お金も残らない。
金森/春祭だけに生贄ということ……。
2004〜2019年、「ワンピース」。関かおりさん(第1期メンバー)出演。「ワンピース」男性バージョンも制作。オリジナル音楽はヲノサトルさん担当。外国ツアーにも行った。45分の作品なのでダブルビルで上演。マレーシア、中国、インド、何人ものダンサーが(舞台装置の箱の映像★)箱に入っては出て、入っては出てする。
マレーシアは、コンテンポラリーダンスはあるが、伝統舞踊の方がメジャー。シンガポール、インドネシアのダンサーも参加。

金森/法人化したのはなぜ?
山田/個人では信用を得たり、資金の調達が難しい。
金森/いろいろな活動をなさっている。ここまででも情報過多だし、東京の舞踊団という感じがしない。これは望んでいた活動なのか?
山田/最初は会社勤めをしていた。趣味でクラブなんかで踊っていたくらい。

状況としては辛い体験ながら、山田さんの語り口があっけらかんとしているので、会場からは笑いが起こる瞬間も多々あるレクチャーでした。(のい)

【インスタライヴ-13】佐和子さんの受賞と埼玉公演終演とが相俟ってのテンションMAXトーク

『Duplex』の埼玉公演を終え、佐和子さんの芸術選奨文部科学大臣賞受賞が発表された翌日、2021年3月4日(木)の20時から、穣さんと佐和子さんによるテンションMAXのインスタライヴが届けられました。その模様を少しだけ採録致します。

*佐和子さん、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞 

  • 穣さん「やっと言えた。我慢するのがしんどい。人目につかないところで小躍りしていた。はしゃぎ過ぎ、オレ」
  • 佐和子さん「新潟公演の休演日にニュースが入ってきた。穣さんが数十倍喜んでくれた」
  • 穣さん「努力って報われるんだな」「これだけやったら届くんだな」「見ててくれる人いるんだな」
  • 佐和子さん「恩返しが出来るという意味で、賞は嬉しい」「私のことを自分以上に早くから認めてくれていた(共にお亡くなりになった)浦野さん、山野さんの凄いエネルギーが降ってきたんじゃないか」
  • 佐和子さん「受賞理由のなかの『新潟発の日本を代表する舞踊家』は本当に嬉しかった。ここ(りゅーとぴあ・スタジオB)がなければ、日本で踊っている可能性は凄く少なかった。17年間」
  • 穣さん「金森穣の作品を体現するだけでなく、振付家・金森穣を触発するミューズ」
  • 佐和子さん「ド根性で穣さんの背中を追いかけているだけじゃなく、ここ最近は、穣さんの背中を見つつも、自分の道を行かなければならないという思いになってきた」「踊ること、創作することが違うベクトルを走り始めた感じ」「受賞で、ここから突き詰めて良いんだなという自信が得られた。何も守らなくていいんだと思えた」

*『残影の庭』埼玉公演(4日間で5公演)

  • 天井の高さ・客席形状の違いから、照明を作り直さざるを得なくなり、ゲネプロがやれなくなってしまった。
  • 穣さん「照明によって、世界観が全く違っちゃう」「小さいホールほど、照明は緻密な計算が必要」
  • 「テクラン」という名の通し稽古を入れて6回踊った埼玉。
  • 2回公演の日は精神的に大変だっただけでなく、関節が柔らかくなり過ぎて止まれない、身体に小さなブレを体験。

*今回の作品『残影の庭』本番直前のタイミングの話

  • 佐和子さん: 本番3分前、最後に水を飲む。本番1分前、穣さんと勇気さんの全身をチェックする。←気になって、自分の集中力が削がれないように。
  • 穣さん「せめて、3分前にして。1分前に何かあったら、めっちゃ動揺するから」
  • 佐和子さん「3分前は『水』だから」(笑)

*『残影の庭』の羽衣衣裳について

  • 堂本教子さんによる衣裳、発案は穣さん。
  • その軽さに3人とも一度はパニックになったことがあるとのこと。
  • いつか展示できたら、触れて頂きたいとのこと。
  • 3人とも2着ずつあるのだが、2着とも、その繊細さのため、完全に一緒にはなり得ない。練習用と本番用とで感覚に違いがある。
  • 衣裳を着けなければスルスル楽な動きも、衣裳を着るとそうはいかなくなる。衣裳のお陰で、3人のなかで無言の会話をしていた。3人で踊っていたのではなく、6人で踊っていた感じ。リッチな体験だった。

*そのほか、『残影の庭』について

  • 佐和子さん「作品を通して一番難しかった動きは、その場で立ち止まって、ただ回る、ただ方向を変えることだった」
  • 穣さん「能の凄さを実感した」
  • また、能を模した6m四方のリノリウムに関しても、素材がゴムのため、若干広くなってしまうのだが、その僅か増した広さに身体が順応したことのほか、まじまじと見ずとも、そのリノリウムの黄色を視野角に収めて動いていたことなど繊細な体感の話も。
  • 再演したい。息の長いレパートリーになる。海外にも持って行きたい。(佐和子さんは屋外でもやりたいのだそう。)伶楽舎さんとまた「生」でやりたい。

*これから

  • 穣さん「埼玉の芸術監督に近藤良平さんが就任し、新国立は吉田都さん。舞踊の力をこの国で、社会に浸透させていけるよう精進したい」

ライヴのラストは、再び佐和子さんの受賞の話に戻り、穣さんから「最後にもう一度大きな拍手」が贈られて、ふたり大笑いのうちにジ・エンドとなりました。

いつもにも増して、終始ハイテンションで展開されていったこの日のインスタライヴ。細部にはこちらでは取り上げなかった楽しい話も盛り沢山。まだご覧になっていない方はアーカイヴでどうぞ。こちらからもご覧頂けます。

それではまた。

(shin)

【インスタライヴ-12】ワイナリー・カーブドッチの葡萄ジュースとともに新潟全12公演のことやこの度の受賞のことなど

*2021年2月13日(日)23時過ぎ、福島・宮城を中心に大きな地震がありました。被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます

2日前に『Duplex』新潟ロングラン公演を終えた2021年2月13日(日)の20時、穣さんと佐和子さんから13回目のインスタライヴが届けられました。

前回、困った「vol.」表記の食い違いについて、コメント欄にてお訊ねしたところ、アカウント違いの回をカウントしていなかったのではなく、インスタライヴ2回目(2020/8/1)・3回目(翌8/2)として届けられたおふたりの「留学時代」が、「前編」と「後編」、併せて「ひとつ」(つまり「vol.2」扱い)としてカウントされてのものとのお答えを得ました。そこで、当ブログでは、そのズレを埋めるため、「vol.」表記をやめて、今回を【インスタライヴ-12】と示すことにしました。ご了承ください。

前置きが長くなりました。今回はざっと以下のような内容でした。

穣さん、第15回「日本ダンスフォーラム賞」大賞受賞: 前日の2/13に発表。受賞理由にNoism継続問題で思い悩んだ2019年冬の『シネマトダンス』と2020年パンデミックのなかの挑戦。「大変な時期をくぐり抜けると、見てくれている人がいて、そのご褒美的に評価してもらえることの有難さ」(穣さん)今回同時に、同じ大賞を受賞したのが田中泯さん。リモート参加で、直接会うことが出来ず残念だったが、逆に忘れられない出来事になったとのこと。

『Duplex』新潟12回公演を終えて: *「12回」は2年前にもやっている(2019年の『R.O.O.M.』13回)が、大変で、濃密な経験だった。記憶をなくしていかないとやってられない。頭を空っぽにしたり、意識を他にズラしたりすることが必要になる。「結構、ひとつのことばっかり考えてやっている」佐和子さんを「馬だからね、競走馬」と評する穣さん。そして「閉じられているからね」とおふたり。

*『残影の庭』中の「赤く映るシーン」で、一回、石川さゆりさんの『天城越え』が本番中、佐和子さんの頭の中に流れたことがあり、「凄くカッコ良かった。ひとりで興奮した」と佐和子さん。(←これからご覧になる方はどのシーンか、お楽しみに。)

*りゅーとぴあ・スタジオBの小さな空間で、感染防止対策上、「市松」に着席した観客の「余白」は慣れるまで大変だった。そして、客席が感じられる距離でもあり、毎回、観客の雰囲気が違って面白かった。「同じ静寂でも、全然、質が違った」(佐和子さん)「50人限定で、しかも間隔を開けているから余計に、一人ひとりのエネルギーの気配がより伝わってきた」(穣さん)

*「本当に変な作品(『残影の庭』)をまた作りましたね。とにかく集中力が必要とされる作品で、それをどう保っていくか、新しい挑戦だった」と佐和子さん。武満徹『秋庭歌一具』は「ドラマチックに引っ張っていってくれる音楽ではない。物語があって、そこに浸ることで最終的に完結してくれる作品でもない。全部、自分から発信になる作品」(佐和子さん)「それと同時に、『見せる』って感じの作品でもないから、発信の仕方が難しい、今までにない作品」(穣さん)

*反省しかない。ある回。最初の頃の精神的なストレスが緩和されてきた頃、実演家としての実感が得られるからと「身体で思い切って踊り過ぎてしまった」「精神的ストレスを身体的ストレスに置き換えていた」(佐和子さん)(←穣さんのtwitterからすると、10回目の2/7(日)か?)「世阿弥の言う『動十分心、動七分身』と言う言葉がハマる。身体的なストレスは七分で良いんだと。初演で感じていた高度なヒリヒリするような緊張感が、実演を続けていく過程で抜けそうになるとき、それを如何に充分に満たすかが課題っていうことなんだよね」(穣さん)「やった感で安心したい部分があるんだろうね」(佐和子さん)「俺たちもまだ『若い』んだな」(穣さん)「だから、終わった後、自分の『若さ』が恥ずかしかった」(佐和子さん)

*「ずっと思っていることだけど、佐和子は変態」(穣さん)公演後の反省だけでなく、本番前の準備を飽くことなく続けている様子を見ていて、「どうなるかわからないもの(本番)のために同じように向かおうとしていることが変態的行為だと思うし、同じにならない公演について毎回、終演後に一喜一憂していることも変態だと思う。やっぱり変態だと思うよ」(穣さん)「自分でも『いい加減にしな』と思うんだけど」(佐和子さん)

*対する穣さんは「太いよね、精神が」(佐和子さん)「それなりに傷ついたりしてるんだよ」(穣さん)そして「精神的なストレスとか、反省とか悔しさとか、ある種、負のエネルギーが鬱屈してきたときに出るエネルギーがある。別なベクトルがあって、そこで多分中和している」と穣さん。「幅がある感じがする。凄く傷ついているところが真ん中にあるんだけど、幅があるから」(佐和子さん)

*再び、佐和子さんに関して、「舞踊家としての気質ってあると思うし、その変態性があなたを凄く希有な舞踊家にしているんだろうなって見ているけどね」と穣さん。更に、「今回、賞を貰った『シネマトダンス』のなかの『夏の名残のバラ』なんかまさに、公演に向かう準備をしている姿をみたときに創発されて、この瞬間をお客さんに届けたい、この人がこの瞬間に抱えている精神性を作品にしたいと思って、触発されて作った作品」(穣さん)

再び、同じく「大賞」受賞の田中泯さんについて: 泯さんのスピーチ、「僕はねぇ、僕よりダンスの方が全然大事なんだよ」で締め括られたことに感動したと穣さん。「舞踊家としてのいろんな葛藤があり、いろんな選択をしながらも、全て舞踊に取り憑かれたように生きてきた方」が語った重みに感動しちゃったと。しみじみ「カッコ良いね」と声を揃えるおふたり。「あの時代の人たちの熱い思いっていうのは好きだねぇ。魂が情熱をもっているっていうかさ」(佐和子さん)「じゃあ、ダンスって何だって話に行き着いちゃう訳だけど、一番端的に言えることは、『僕じゃない』ってことでしょ。僕がどうかってことじゃない、自分の外側、未知なるものとしてダンスみたいなものがあって、そのことの方が大事だって言う、その没我、忘我というか。だって、泯さんなんて自作自演される方だから、自分というものと凄いレベルで向き合ってきていて、そのなかでもなお、ダンスっていうものを自分の話にしない、それの方が重要なんだ、大事なんだってさぁ凄いことだよね」(穣さん)「鳥肌、鳥肌。凄いねぇ」(佐和子さん)「そうありたいなぁっていうか、ああいう年の取り方したいと思っちゃうね」(穣さん)

更に泯さん、もっと泯さん: 「同じ舞踊と呼ばれるものに携わっているとしても、全然違うからね」(穣さん)「もう劇場では踊らない」と言う泯さん、「劇場文化」って言ってやっている穣さん。穣さんに「会えると思ったら、楽しみにしてた」と泯さん、その言葉に「ビックリしちゃってねぇ」と穣さん。「結局のところ、根本的なところだから。何をしようが、道は違えど、舞踊っていう根底では同じところにあると思う。それへの愛情が強い人たちはみんな通じ合うんだと思う。舞踊をどれだけ本気で愛しているかっていうのが」(佐和子さん)「言葉、正確には覚えてないんだけど、泯さんが最近、あんまり『ザ・ダンサー』みたいな人に会えないって仰ってて、それはちょっとわかる気がする。アウトプットの方法がそれでしかないっていう人たちがちょっと少ないのかなって思っちゃうよね。踊れる、振り付けられる、出来る出来ないじゃなくて、それでしかないっていう…」(穣さん)「ダンス馬鹿ですよね」(佐和子さん)に笑うふたり。

埼玉版『残影の庭』について、これからについて: 会場のサイズの違いから、京都とも、新潟とも違う「また新しい感じになるんだろうなぁ」と穣さん。佐和子さんも「ああ、どうなるんだろう」と。「まだまだこれからもっともとっとチャレンジして、もっともっと踊って、…アウトプットしたときに観て喜んでくれる方々がいらっしゃるから俺ら続けていける訳で、それがいないで、続けてられるほど俺たちもそんなに強くはないんで」(穣さん)

そしてそして、「日本ダンスフォーラム賞」受賞に際して、穣さんがどうしても言いたかったこと…: 時間もギリギリになり、佐和子さんが「もうヤバイ、ヤバイ」と言うなか、「でもさぁ、最後にちょっとこれだけは言わせて」と穣さんが切り出したこと。「あのさぁ、どんな賞もそうなんだけど、俺、このさぁ、このダンスフォーラムさぁ、年明けにさぁ、「内定」聞いてたの、情報として。言わせて。大体さぁ、あらゆる賞がそうなんだけどさぁ、『おお、わあっ!』って思ってるときに皆さんにお伝えして、皆さんに言葉貰って、『ありがとうございますっ!』ってしたいんだけどさぁ。大体もうなんかさぁ、もう一ヶ月ぐらい過ぎるとさぁ…」に、佐和子さん「大人の事情があるのよぉ」でも、穣さんは「いやぁ、大人ばっかじゃん、やっぱ、時には子どもになりたくない?」と譲る素振りも見せないので、佐和子さんが笑って「皆さん、また次回」と遮り、今回のインスタライヴは締め括られました。

最後の部分、穣さんの「…さぁ」連発振りが子どもっぽくて可愛らしかったため、頑張って拾ってみました。他にも面白い話、興味深い話も満載です。こちらからアーカイヴへ飛べます。約56分、是非フルにお楽しみください♪

(shin)