渾身!熱い思いで実現した活動支援会員対象 公開リハーサル初日

数日前に梅雨入りが報じられましたが、この日も新潟市に雨はありません。2020年6月13日(土)の新潟りゅーとぴあ・劇場、年頭からのコロナ禍に延期に次ぐ延期を余儀なくされ続けたNoismの舞台にまみえる機会を、全国の、否、世界中のファンに先駆けて手にし得た果報者は、Noism Company Niigataの「ホーム」新潟に住む活動支援会員、およそ50名。更には、開場前からメディア各社も集結しており、「劇場再開」への関心の高さが窺えました。

待ちに待った案内…

沸き立つ心を抑えつつ、足を踏み入れたりゅーとぴあの館内で私たちを待っていたのは、長い空白の果てに漸く、この日を迎た劇場の「華やぎ」ではなく、「With Corona」時代の劇場が直面する「物々しさ」の方だったと言えるかもしれません。

館内に入ると先ず
サーモグラフィーカメラで検温
この後、劇場前に並びます
距離をとって2列に並んだ先、
劇場入り口手前はこんな感じ
6つの「お願い」近景
入場直前に再度の検温

列に並んでいる間、りゅーとぴあの仁多見支配人をお見かけしたので、ご挨拶した後、少しお話する機会を持ったのですが、すぐに検温スタッフが飛んできて、もう少し距離をとるように注意されたような次第です。

入場受付スタッフは当然、衝立の向こう
ホワイエには連絡先記入用紙も
受付時に座席指定がありました

漸く迎えたこの日、久方ぶりに集う見知った顔、顔、顔ではありましたが、それ以上に「重々しさ」が漂うホワイエは、私たちに今がどんな時なのかを決して忘れさせてくれませんでした。

公開リハ開始15分前、促されて劇場内の指定された席へ進みます。すると、この日の席は一列おきのうえ、両横が3つずつ空けられて配され、そのため、中央ブロックは各列4人、脇のブロックは1人ないし2人しかいないというこれまで見たこともない光景を目にすることになり、その裏に、この日を迎えるための厳しいレベルでの安全管理意識の徹底振りにハッとさせられたものです。

15:00。客電が落ちてからは、そうした時間とはまったく異なる別の時間が流れました。最初はNoism0・井関さんと山田さんの『Adagio Assai』(仮)です。緞帳が上がると向かい合うふたり。無音。不動を経て、動き出すと、次いで流れるモーリス・ラヴェルのピアノ協奏曲、その第二楽章、そして映像。熟練のふたりによる「とてもゆっくり」流れる豊かな時間。『春の祭典』ポスターが舞踊家たちの足を捉えているのと対照的に、今作ではふたりの手に目を奪われます。

15:13頃。浸って見つめていると、緞帳は下りぬままに、次の演目であるNoism0 + Noism1『Fratres III』にそのまま移行しました。ですから、Noism0と言っても、井関さんと山田さんは不在で、金森さん+Noism1(併せて12名)とでも言った方がよい感じでしょうか。で、この完結版とも言える『Fratres III』ですが、いつかの折に、金森さんが「I 足す II が III」と言っていた通りの構成で、その言葉からの想像は当たっていましたが、実際、目にしてみると、これがまた圧巻。鬼気迫る金森さん、一糸乱れぬNoism1ダンサー。それはまさに「1+2=3」以上の深みと高揚感。圧倒的な崇高さが目を釘付けにします。「そうなる訳ね。ヤラレタ」と。更に、どうしても「コロナ禍の舞踊家」というイメージが被さってきましたし、「これを目にする者はみな勇気づけられるだろう。慰撫されることだろう」と、まさに今観るべき舞台との思いを強くした15分弱でした。

休憩を挟んで、今度はNoism0 + Noism1 + Noism2による実験舞踊vol.2『春の祭典』。ホワイエから戻り、自席から目を上げると、緞帳の前、横一列に綺麗に並べられた21脚の椅子。舞踊家にはそれぞれ別々の楽器が割り振られているとの前情報から、背もたれを構成する横に走る黒い5本の線が21脚分、一続きになって並ぶ、この冒頭部においては、何やら五線譜を想像させたりもしますが、須長檀さんによるこの一見、無機質に映る椅子は、この後やはり、様々に用いられ、様々な表情を示すことになります。

作品に関してですが、私自身、先行する『春の祭典』諸作について深く知るものではありませんので、次のように言うのも少し躊躇われますが、ストラヴィンスキーのあの強烈な音楽に導かれると、畢竟、情動的なものへの傾向が強くならざるを得ないのだろうと、そんな印象を抱いていました。それが金森さんの新作では、情動のみならず、理知的なコントロールが利いていて、つまりはスタイリッシュな印象で見終え、私たちの時代の『春の祭典』が誕生したとの思いを強く持ちました。また、この作品、若い西澤真耶さんが大きくフィーチャーされていることは書いておいても差し支えないでしょう。準主役の立ち位置で素晴らしいダンスを見せてくれます。ご期待ください。

ネタバレを避けようということで書いてきましたから、隔靴掻痒たる思いも強いことかと思われますが、ご了承ください。今回、公開リハーサルとしながらも、休憩を挟んで、見せて貰った大小3つの作品は、どれひとつ取っても、大きな感動が約束されたものばかりだと言い切りましょう。『春の祭典』の終わりには、「ブラボー!」の掛け声がかかり、会場の雰囲気はリハーサルとは思えないようなものであったことを書き記しておきたいと思います。

また、こちら過去の記事4つ(いずれも「Noismかく語る・2020春」)ですが、併せて御再読頂けたらと思います。

最後、客席から黒いマスク姿の金森さんが登壇し、挨拶をした場面について触れない訳には参りません。

舞台上、熱演した舞踊家たちに、”You guys can take a rest.(さがって休んで)”と指示を出した後、「本当は昨日が初日だったんですけど、…」と語り始めた金森さん、そこで声を詰まらせ、続く言葉が出て来ません。そのまま後ろ向きになると、私たちの目には、必死に涙を堪えようと震える背中が、そして私たちの耳には、その手に握られたマイクが拾った嗚咽が。瞬間、客席にもこみ上げる熱い思いと涙が伝播します。やがて、「…ご免なさい。こんな筈じゃなかったんだけど。言うことも考えていたし…。」と言った後、続けてキッパリと言い切ったのは「これが今の我々に出来るベストです。我々にとっての本番です」の言葉。「出来る限りを続けていきます」とも。

更に、「今出来る限りをやりたいということで、スタッフにも演出家のワガママに付き合って貰いました」と、リハーサルらしからぬリハーサルが実現した舞台裏を明かしながら、スタッフに向けられた感謝の言に溢れていた、この日に賭ける並々ならぬ気持ちに打たれなかった者はひとりもいなかった筈です。

いつ果てるとも知れない、暗く長いトンネル。未だ「抜け出した」とは言えないような日々。不安で不自由な環境の中にあってさえ、共有されていたNoismというカンパニーの鍛錬に纏わる揺るぎない精神性。同じものを見詰める「同志」たる舞踊家たち。その凄さを垣間見せることになったのが、この日の公開リハーサルだったと思います。

終演後は、大きな感動に包まれながらも、場内放送で、後方の席から順番の退場を指示されるなど、私たちの周囲にある「現実」に引き戻された訳ですが、そうした「現実」があるのなら、勿論、「生活」だけでは満たされ得ず、真に「生きる」ために、こうした優れた「芸術」や「文化」が必要であることが身に染みて感じられた次第です。裏返せば、それこそ、私たちが「Noismロス」になる理由です。(長い文章になってしまったのも、ここまでの長い「Noismロス」の故とご容赦ください。)今回、ご覧になれない方々、次の機会まで今暫くお待ちください。今度のNoismも、必ずその辛抱に応えてくれますから。

この日、確かに、Noismの歴史がまたひとつ刻まれたと言っても過言ではないと思います。それを目撃し得たことの、否、ともにその時間を過ごし得たことの喜びに、今、浸っています。

(shin)

「渾身!熱い思いで実現した活動支援会員対象 公開リハーサル初日」への6件のフィードバック

  1. shinさん
    ブログアップをありがとうございましたm(__)m
    読ませていただきながら、再び込み上げる熱い思い…
    涙が溢れてきます。
    改めて、Noismの在る意義、価値、誇りを実感しています。

    1. aco さま
      コメント、有難うございました。
      この日、あの舞台を、あの金森さんを目撃できた私たちは
      本当に果報者でしたよね。

      プロの舞踊家のカンパニーなのですから、
      勿論、作品なのでしょうが、
      その陰に、刻まれた時間、込められた思いには
      人であるなら、誰しも胸を打たれますよね。
      そして、作品の素晴らしさは言うまでもないのですから。
      私たちはNoismの活動支援会員ではありますが、
      こちらもNoismのない人生など考えられない以上、
      Noismに支えられている訳で、
      どこかの言い方を借りれば、
      「No Noism, No Life.」ってことで。
      本当に誇らしい舞踊団で、誇らしい限りですよね。
      「新潟市にNoismあり」いつまでも!
      (shin)

  2. shinさま acoさま
    本当に、本当に、素晴らしい舞台でしたね。
    素晴らしいとしか言いようがありません。
    公演の度毎に驚きを更新し続ける、金森穣の天才ぶりに、全くびっくりしています。

    会場での変則的な状況の中、ぎこちない雰囲気の観客を優しくいざなうかのような、井関さん・山田さんの、切ない愛の『Adagio Assai』(仮)。
    映像も魅せます。

    そして幕間なく続く『Fratres Ⅲ』は金森さんのソロから始まります。
    メンバーも登場し、まさしく「祈り」の踊り。
    本当はここでお米が降るのかな、と想像させる場面もありました。

    そして刮目の、実験舞踊vol.2『春の祭典』。
    今、を生きる私たちを具現化するかのような作品でありながらも、
    永遠を約束する名作!
    これまでの様々な「春の祭典」をリスペクトしつつも、全く趣を異にする驚くべき作品です。
    新しき『春の祭典』。
    金森さんはいつも現在進行形で現代の古典を創作するので、本当にびっくりです!

    ぜひ、ぜひ、多くの方に観てほしい。
    Noism公式で公表されていますが、8月27(木)・28日(金)、平日ではありますが、新潟でプレビュー公演が開催されます。
    そして9月には、東京の「サラダ音楽祭」での公演が、おそらく開催されるであろうと思われます。
    どうぞご覧ください。

    私自身、前公演以来の感動に我ながら驚いています。
    これぞ金森穣Noismから与えられる舞台の力、「生きている証」!
    今まで私は死んでいたのか!?
    この感動、感激を、ぜひ皆さまも!

    当たり前ですが、観た人にしかわかりません。
    このようなご時世ですが、ぜひどうぞ万難を排してご覧ください。
    (fullmoon)

    1. fullmoon さま
      コメント、有難うございました。
      身震いするような物凄い舞台でしたね。

      で、超簡単に言ってしまうなら、
      今、多くの人が観るべき舞台とでもなりましょうか。

      って、そこまで書いていると、
      要らぬことを思い出してしまいました。
      それは、かつて、映画評論家の蓮實重彦が映画『阿賀に生きる』公開時に来県した折に、
      良い映画を薦める際に、「観るべきだ」などと言ってしまうと、
      すぐに「面白くなさそう」と思われてしまうので、
      そこは、何も語らず、ただ体から「観るのが当然」みたいな空気を発することができたらそれが一番、
      というようなことを言っていたってことです。
      私も「空気戦術」的な「蓮實メソッド」を試みていきたいと思います。(笑)
      (できるかな?(汗))

      「今日」的であると同時に、
      「永遠」の相の下でも語られ得る金森Noism作品。
      出来る限り多くの方にご覧頂きたいと思います。
      そのため、状況が更に落ち着きを取り戻し、計画が延期や中止に見舞われないことを切に望むものです。
      (shin)

  3. shinさま
    レポートありがとうございました。
    体験として、検温からはじまる一連のフローの実施含めて、居合わせた全員にとってのリハーサルだったように思います。
    春祭の照明は、映像ならばホワイトバランスを取るのが難しそうな演色で、身体と同様に”生”で見なければならない精度のものがあるんだなと再認識しました。
    ところで金森さんの第一声、ひとりごとのような「疲れますね」が聞こえました。ので、私はそこにブラッシュアップの余地を予感しています。チケット確保がんばりましょう(笑)

    1. noi さま
      詳しい内容のコメント、有難うございました。
      あの場の全員にとってのリハーサル、まさにそうでしたね。
      あと、金森さんの第一声を拾って頂き、感謝です。
      あのとき、舞台下手寄りの階段から壇上にあがった金森さん、
      「見てる方も疲れますね」と言ったのでしたね。
      その疲れの原因を金森さん流に突き詰めていくのだろうと
      私も感じました。
      あと、fullmoonさんが書いてくださった『Fratres III』の
      あの場面、あの要素についても、これが完成形なのか、
      やはりアレが入るのか、興味深いですよね。
      止まるところを知らない金森さん+Noismからは
      本当に目が離せないですね。
      (shin)

noi へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA