柳都会 第16回 田根剛×金森穣を聞いてきました

Noism『ラ・バヤデール -幻の国』ツアー直前の2016年6月26日(日)午後4時半、
新潟・りゅーとぴあのスタジオBを会場に、
『ラ・バヤデール』の空間を担当された建築家・田根剛さんをお迎えして、
「世界を舞台に飛び回る建築家が考える、21世紀の建築とは?」というサブタイトルのもと、
第16回の柳都会が開かれました。

お二人は旧知の間柄と言うことで、
お互い、なに気兼ねするところなく、テンポよいお話しが展開されました。
全てをお伝えすることは到底無理ですが、エッセンスをご紹介しようと思います。

①エストニアのナショナル・ミュージアム(国立博物館)のコンペ:
2006年、友人を介して知り合い、ご飯を食べてすぐに意気投合したレバノン人女性「リナ」・ゴットメさん(←Noism『SHIKAKU』の映像を見せると、「食いついてきた」。)と田根さん、
そこにもうひとり、イタリア人男性・ドレルさんを加えた3人で、
パリに事務所DGT.(DORELL.GHOTMEH.TANE/ARCHITECTS)設立。

基本的に建築は個人の力、裁量、思いを反映するものなので、
グループでやることは難しいのだが、
一緒にコンペに参加することにし、見事に勝ってしまったのも、
「信じるもの(「滑走路」というコンセプト)」を共有できたことが大きい。

②ARCHAEOLOGY OF THE FUTURE(未来の考古学):
米ニューヨーク流の20世紀の都市の構造が世界を席巻。
投下された資本に比例して縦に伸びていくモデル。(垂直構造の「中心」)
同時に、人の流入により、郊外は拡散。(水平構造の「周辺」)
→できあがったのは、どこともわからない風景、どこにもある街の風景。
仏パリ、1970年代に作られたコンクリート+ガラスの近代建築の方が先に壊されてしまう皮肉。
→近代建築は果たして正しい方向だったのかという疑問が生じる。

*目指したのは、そこにしかない「場所」の意味を掘り下げていくこと。
即座には見えて来ない土地の文化や価値を志向して、
断片的な記憶を積み重ねていくこと。
起源を系統立てて掘り下げるリサーチから、グループ化、関連性を探り、
ひとつのコンセプトを形作っていく作業。

③MEMORY FIELD(記憶):
エストニア、ソ連崩壊に伴って独立。
大国に占領され続けてきた歴史から、民族のアイデンティティが失われそうだった。
ナショナル・ミュージアムのプロジェクトは「国約」。国際コンペをやろうという形で進む。

荒涼とした森のなかに残されたソ連支配時からの「負の遺産」軍用滑走路に着目。
それを抹消するのではなく、ナショナル・ミュージアムに直結させるかたちを提案。
長さ42mの大屋根をもつエントランスから直線的に、
幅72m、長さ355mのスケールが走り、そのまま1.2kmの「滑走路」に連続する博物館。
天上高が段々低くなっていき、出ると「滑走路」に至る建物は、
高さ14mのところに一枚の板が浮いている感じで、重力を感じさせない。
冬はマイナス20℃の白いランドスケープに、光の塊のボリュームが浮かび上がる。
リビングコレクションを収めるほか、シアターや音楽堂も備え、アクティビティも重視する博物館と
国民のイベントとして使用可能な公共の広場になり得る「滑走路」。
→記憶が更新されていく建築。空間的に色々編集可能な建築。

④KOFUN STADIUM(古墳スタジアム):
東京五輪の主会場・新国立競技場コンペでファイナリスト(11案)に残る。
「旧国立競技場は近代建築としては名作。残しておいた方がよかった。
(国立競技場は)ふたつあってもよかったんじゃないか。」(田根さん)

競技場の起源は古代ギリシャ、大地を掘り込んで作られていた。
防災、交通の問題から競技場の郊外化は進み、場所の意味も失われていった。
元来、神宮内苑は明治天皇の鎮魂の場。
神宮外苑に古代の古墳を蘇らせようという発想として結実。日本にしかないもの。
「古墳」: 2011年の震災→都市のなかで「死」をどう考えていくかを問われた。
イベントのとき以外は、展望台施設として活用可能で、
環境装置、防災拠点としての機能をも負う「強い森」「100年の森」の提案だった。

物質的に失われたとしても残るものは記憶。個人の記憶を超えた集合記憶。
建築が残ることによって文化は継承され得る。記憶装置としての建築。
建築の価値: 建て直し、建て増しをしても損なわれることはない。
過去の記憶を掘り下げようとすればするほど、近代建築とは異なる意味が見えてきた、等々。

参加者からの質問: いくつかご紹介しましょう。
--Q.田根さんから見たりゅーとぴあの印象は?
--A.いい劇場であり、好感が持てる。明るく、気持ちよい空間。
「強そうな劇場」と言うより、よくデザインされた、散歩の途中に寄れる「公園」のよう。
但し、劇場のアイデンティティを支える存在である、13年目のNoismにとっての
使い勝手や動線についてはもっとコンパクトにならないかという思いはある。

--Q.今後、作りたいものはあるか?
--A.意外とあまりない。キャリアが博物館から始まってしまったこともあるだろう。
場所・人・時代・コンペとの出会いの方が重要だと考えている。

--Q.既存の建築でこれは面白いものというものを教えて欲しい。
--A.少し遠いが、南仏ル・トロネ修道院を挙げたい。
南仏特有の光線のなか、そこにある全てのものが美しく見える建築。
精神を受け継ぎ、整えるのみで、建てられたときのままの姿で今に至っている。

結び「建築は公共の福祉」:
「しっかり残されていく建物を建てることは21世紀にあって可能なのか。
もう建てなくていいんじゃないか」(金森さん)に対して、
「そこは欲望。『建てたい』」と田根さん。
日々活動するなかで、文化的なものが何のために役立つのかという疑問も生じるが、
単に美しいとかではなく、人々にとって幸福に変わるもの、喜びになるものを作りたい。

*建築は公共の福祉: 建築は不特定多数が体験できるもので、体験した人の人生に関わるもの。
一昨年、東京・南青山スパイラルでのCITIZENのインスタレーション制作中、
疲労困憊のなかで、作品を前に幸せそうな様子の来場者を目にして生まれた意識。

終始穏やかな口調で語る田根さん、鋭いツッコミを入れる金森さん。
「LECTURE + DISCUSSION」というスタイルに捕らわれることなく、
およそ自由に、そしてとても嬉しそうにやりとりするお二人の姿が印象的でした。

この場では、田根さんのご発言を中心に纏めようと試みましたが、
それすら門外漢の私にとっては困難を極めることであり、
字数だけは使いましたが、
どれだけのことを伝えられたか自信はありません。
田根さんと金森さん、お二人からは共通に時間を経てもなお残るものを志向する
「構築への意志」が感じられる2時間でした、
と書いて切り上げるほかなさそうです。

終了後も、スタジオBからホワイエに出る扉の外に田根さんを認めると
すぐに長い人の列ができたのですが、その最後の一人に至るまで、
丁寧に質問に答え、写真撮影に応じ、
あるいはサインをする田根さんの「神対応」振り、
そこに表れたお人柄について触れながら、
この拙いレポートを終わりにしたいと思います。
長々お読みいただき、有難うございました。  (shin)

「柳都会 第16回 田根剛×金森穣を聞いてきました」への4件のフィードバック

  1. 丁寧なレポート、どうもありがとうございました!
    エストニア&南仏ツアーに行かなくちゃですね。
    でも離れているなあ。 (fullmoon)

    1. fullmoonさん、コメント有難うございます。
      田根さん、魅力的な語り方をされる方でしたので、
      行って、見たい気持ちになりましたよね、実際。

      fullmoonさんなら、こともなげに、
      「行ってきちゃいました」とか言いそうでなりません。
      そんな日が来そうな予感が・・・。  (shin)

  2. shinさん、レポートありがとうございました‼︎私もメモを取りながら聴いていたのですが、話の展開が早くてところどころついて行かれず…。
    読んで納得です。
    県外公演に参戦出来ないので、次回のレポート楽しみにしています‼︎

    1. モンちゃさん、どうも有難うございます。
      りゅーとぴあ公演が終わって、全国ツアーが始まるまでの
      「インテルメッツォ(間奏曲)」としては片付けられないくらいの
      「超弩級イベント」でしたので、
      右手はかなりだるくなりましたが、意地で頑張ってみました。
      そして、それだけの価値のあるお話しが聞けたと思っています。
      この先は今まで以上に田根さんを意識して
      『ラ・バヤデール』の空間を観ることになること請け合いです。
      このあと、どんなことが書けるかについては不安が大きいですが、
      何であれ、また書きましたらお読みください。 (shin)

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