第3クールにも再び新趣向追加の『R.O.O.M.』と洗練の極み『鏡~』(新潟公演8日目)

前夜来、「観測史上最強レベル」の寒気が予報されるなか、空気は身を切るほどの冷たさながら、雪なく迎えた第3クール初日の実験舞踊Vol.1『R.O.O.M.』/『鏡の中の鏡』は2019年2月9日(土)。

公演会場に着いてみますと、既に階段のところには、期待に胸を膨らませた制服姿の高校ダンス部員たち(男女)が並んで、入場を今や遅しと待っており、そんな光景も最近は珍しいものではないのですが、それもこれも新潟市に金森さんとNoismがあってのことなのですよね。

そんななか、(古い話で恐縮ですが、)昭和の人気番組の司会者に倣うなら、前回の鑑賞からほぼ「1週間のご無沙汰」で新潟公演8日目の舞台を観てきました。

このクオリティからして当然なことに過ぎないのですけれど、この日早く、SNS上にNoism PRから「全公演前売り完売」の報が伝えられ、それは即ち、(並んで当日券を入手する以外、)「観たくても観られない」状況が生じたことを意味するものであるため、繰り返し観ているという点で、未見の方には申し訳ない思いもあるにはあるのですが、そこは「舞台の一回性」ゆえ、ご寛恕を請う次第です。

金森さんのツイートを深読みする癖とこれまでのNoism鑑賞の経験とから、
この日の公演を迎えるにあたって、ある種の「胸騒ぎ」があったことは確かでした。
それは第2クール初日にもあったことですし…。
その正体ですが、休演日を挟んだことで、また何か変化があるやもしれないという、
そんな「胸騒ぎ」でした。

そして、それはこれまでの様々な作品において金森さんが示してきた姿勢から、
ほぼ確信にまで近いものに変わっていたと言えます。
それも全て、金森さんに「教育」されてきたことでしかない訳です。

果たして、その通りでした。
で、「やっぱりだ!」そう思いました。
『R.O.O.M.』のあのシーン、際立つ一層の美しさをもって、私たちを魅了しにかかってきます。華が段違いです。
しかし、その詳細については今はまだ書かないでおきます。
それは、恐らく、(殊に、既にご覧になられた)多くの方々にとって、
「嫉妬」を掻き立てずにはおかない「思わせ振り」な態度にも感じられるかとは存じますが、
公演はまだ続きますので、ご了承をお願いする次第です。
書ける時が来たら書くつもりでいますが、
今のところは「嫉妬」と闘っていていただくより他ありません。
もとより、観てはいながら、それでも「嫉妬」の対象となる舞台など、
そうそう多くはないのかもしれません。
その点、金森さんとNoismの舞台は公演期間を通して進化(深化)する一面を強く持ち合わせていますので、
続けて何度も足を運んでは、舞台に向き合わずにいられない心境になってしまうのです。
(そもそも人は「森羅万象」にアクセスできたりしないことは自明ですので、限界はありますが…。)
どうしても知りたくて我慢がならないという向きには、当日券をお求めに並ばれることをお薦めするのみです。申し訳ございません。m(_ _)m

そしてそれ(追加や変更)に関しては、この先の新潟公演・最終第4クールと、東京公演においても事情は同じなのかもしれません。
ますます目が離せないのですけれど、既に前売りは完売という状況で、…。
ですから、皆さんのお手許にあるのは間違いなく「プラチナ・チケット」と言って差し支えないものでしょう。お楽しみに♪

休憩後の『鏡の中の鏡』も、洗練の度を加え、切なさマックスで胸にド~ンと届いてきて、身震いを禁じ得ないものがありました。
井関さんと金森さんの激しい息遣いがダイレクトに届いてくる下手最前列で鑑賞したこともありましたが、こちら観る側は、反対に、息をすることさえ忘れて、おふたりの一挙手一投足に目を凝らしていたように思います。
心底痺れました。

どちらも終演後は、「ブラボー!」の掛け声が飛び、大きな拍手が途切れることはありませんでした。

スタジオ内が明るくなったのを潮に拍手も止んで後、
スタッフの方が「外は少し雪が積もりましたので、お気をつけてお帰り下さい」と注意を促してくれた際には、会場中が「!」となり、現実に引き戻された部分もありましたが、
外に出てみると、冷え込みはむしろ昼より和らぎ、雪もまだまだ「新潟」の本領発揮からは程遠いもので、こちら「新潟人」にしてみれば、滑らないように気をつけてさえいれば大丈夫、そんな感じでしたけれど、
県外から来られた方々にとっては如何だったでしょうか。
きっと、新潟市での鑑賞の思い出に「雪」も加えてお戻りになられたことでしょうね。ご苦労しておられなかったのなら良いのですが。

明日も雪の予報です。お気をつけてお越しください。
しかし、言うまでもなく、その価値は充分過ぎる程にあると断言致しましょう。
(shin)

「第3クールにも再び新趣向追加の『R.O.O.M.』と洗練の極み『鏡~』(新潟公演8日目)」への10件のフィードバック

  1. shinさま
    今日も素晴らしかったですね~!
    ため息~・・・
    本当に幸せです。ありがたいです♪
    何度も観るからこそ、今日の映像も「おおーっ!」となるわけで、、、
    もちろん、初めて見ても「おおーっ!」ですけど。

    観客の雰囲気も毎回違って面白いです。
    空気感って何なのでしょうね~??
    明日も楽しみ~♪
    おっと。
    明日はチケットを譲るので、当日券、もしくはキャンセル待ちです。
    観られるかな~。。

    全公演チケット前売完売おめでとうございます!!
    よかった~!
    うれしいです!!

    チケットの売れ行きはいつもハラハラドキドキですよ~
    とにかく、チケットはお早めにお求めくださいね~
    早い時期にはたくさんありますので~♪
    東京公演はあっという間に売り切れちゃったけど。。
    (fullmoon)

    1. fullmoon さま
      コメント有難うございました。
      ほんっとに素晴らしかったですね、今日もまた。

      で、追加のアレ、単に美しいだけでなく、多義的でもあり、このうえなく情緒を高めてくれますよね。参りました。

      それから、客席の空気感、違いますねぇ、毎回。
      今回はお行儀がよくて、やや静かなお客様で。
      でも、身動ぎもしない、静かな雰囲気のなか、息を飲む様子が伝わってきたり、皆さん、圧倒されるままに、見とれていた、そんな感じでしたよね。

      明日、当日券、買えると良いですね。
      否、fullmoonさんなら、買えます、きっと。様子をお知らせください。
      (shin)

  2. あわわ!
    なんと…多分、進化しているであろうことは、予期していたにせよ…
    気になりすぎます!
    私も今回はお譲りしているので、当日券狙おう!
    未観の方が確実に観てくれるなら、もしも当日券が買えなくても我慢する!
    そしたら、最終クールまでワクワクしながら待ちます♪
    やはりNoism、金森穣さんの舞台は、いつ観ても、何度観ても、観客を感動させてくれる。
    これって、凄いことですよね。
    よく言われるのが、「ファンの人は何度も行くんですか?」とか、「そんなに同じもの何度も観るんですか?」とか。
    ファンと言う表現に違和感を覚え、「同じではないし、毎回、心底感動するんですよ。」と説明しても、ピンときてもらえないこともあります。
    これはもう、観て、体験してもらうしかないない!と、Noismの舞台との出会いをお勧めするわけです。
    こんなに素晴らしいものを見せてくれるカンパニーが私達の新潟に在るのに!!観なきゃもったいない過ぎる!!んですもの。

    1. aco さま
      コメント有難うございます。
      そう、「あわわ!」なんです。
      で、お口あんぐりで、うっとり見とれるしかありませんでした。

      金森さんの2/8のツイート、「演出も照明も実演も更に磨きをかけた」及び「より強く、より美しく、より深い感動を生み出したい」になって現れる姿勢は毎度のことですものね。

      そして、仮に公演期間中にそうした変化を伴わなかったにしても、そもそも作品自体が汲めど尽きせぬ「深み」をもっているため、「一度観たからそれで充分」とはなりにくく、出来るだけ多く観たいと思う訳です。

      今回の「全公演前売り完売」という祝福すべき、おめでたい状況を経験したうえは、fullmoonさんもコメントして下さったように、以後、お早めのチケット購入をお薦めするものです。

      で、acoさんなら「絶対当日券買える」、そう、気を送っておきます。fullmoonさんと一緒に列を作って下さい。(笑)
      (shin)

      1. shinさん

        >そして、仮に公演期間中にそうした変化を伴わなかったにしても、そもそも作品自体が汲めど尽きせぬ「深み」をもっているため、「一度観たからそれで充分」とはなりにくく、出来るだけ多く観たいと思う訳です。

        さすが!
        間違いないです!

        acoより感謝をこめて!

        1. aco さま
          諸々、恐縮です。
          要は何度も観たい訳ですよね。

          それでは14時あたりまで随時、「気」も再送しますね。(笑)
          寒い一日ですが、
          その果てに待つ「陶酔」のため、頑張ってお並び下さい。
          そしてご感想、お待ちしております。
          (shin)

  3. aco さま
    皆さま
    もひとつ呟きます。
    それはいみじくもacoさんが直前の記事で触れておられたり、今実験舞踊の公演についてNHKが放送したニュース動画で、マイクを向けられた女性が言った「すぐに理解できるものではないけど、そこを楽しめる」だったりに顔を出してくる「わかる/わからない」を巡る私見です。

    人たるもの、「わかる」ことへの渇望には強いものがあります。実際、実生活の場面では「わかる」ことの上にしか生活を組み立てていくことが出来ないのですから、「わかる」ことは不可欠な事柄でしかありません。

    ところが、こと芸術の分野においては、その「わかる」ことには落とし穴が潜むと考えるものです。
    「わかる」と言ったとき、全てはその「わかった」とする主体(自分)の内部で完結を見てしまい、主体そのものは相も変わらず、無傷に生き延びるに過ぎないことが起こり得るからです。言い換えますと、対象に接する前後で何ら「標高差」がなく、安定的に以前の自分のままでいられるということです。安心して対象を飲み込んで、それでおしまい、という図式を思い描いて貰えば良いでしょうか。

    しかし、「芸術」の本質なり要諦なりは、主体が安寧のうちに生き延びることに存するのでしょうか。
    私は違うと思います。
    「わからない」ことは先ず、安定を志向する自分を揺るがすことなのです。自分の殻の中に閉じ籠ることをさせず、むしろ、それを壊すことを求めてくるからです。魅力的な「外部」によって、何だかわからないままに圧倒され、捩じ伏せられてしまうような経験をしたとき、その際の「わからなさ」こそ、新たな自分を編み直す創造的・発展的な種子を宿すものとして、意義あるものになり得るのではないでしょうか。
    しかし、それは決して、端から「わかる」ことを諦めることではありません。なぜなら、観終えた後、何度も何度も反芻して「過ぎ去った対象」と向き合わざるを得ないことになるからです。そこに私たちが元の小さい殻を出て、より豊かなものを手にするための契機が存するのだと思います。積極的に自分自身が更新されていくことの醍醐味と戯れるのです。そう考えるならば、芸術を介した、自らの殻を破る「運動」は止むことのない無限ループの中にあることは自明でしょう。
    加えて、すぐに「わかる」必要などないことも見過ごしてはならない点ですよね。色々考えを巡らせては「こうかな、ああかな」と長く楽しめば良い訳ですから。その点、インタビューで話された女性に全的に同意するものです。

    私の場合、こうした感覚に目を見開かされた裏にはゴダールとNoismの力が大きく働いていたことをここに打ち明けるものです。

    そう、Noism。
    Noismは、そうした魅力的な「外部」として、常に私たちを挑発してくれる稀有な存在と言えます。新潟市はその豊かさにもっと自覚的であるべきです。そして、これからもずっとNoismがある生活の豊かさを享受するために、多くの方々からのご支援を賜りたいと思うものです。きっと皆さん、同じ思いでしょうから。

    長くなりました。一言で締め括りをつけるなら、「わからない」ことを怖れずにいたい、ということになるでしょうか。Noism(やゴダール)が相手なら、対象のクオリティは確かですから、むしろ、「わからない」ことを歓迎したい、とも。

    以上、誠に言葉足らずな私見でお恥ずかしいのですが、記させて頂きました。最後までお読み頂き、感謝いたします。
    (shin)

  4. shinさま
    どうもありがとうございます!

    今回の作品は、わかるわからないより先に、圧倒される~!!
    という感じですよね♪
    今日も両作品とも終演直後は固唾をのむような静けさ。
    そして、大声援!

    おわかりと思いますが、、shinさんが気を送ってくれたおかげで、私も無事入場、鑑賞できました♪
    ありがとうございました!

    今日は記録用のカメラが入ったようですよ。
    明日も楽しみ!
    (fullmoon)

  5. fullmoon さま
    ご報告、有難うございました。
    会場内の空気が伝わってくるようです。

    そして仰る通り、今作は圧倒され、呆気にとられて、「腰を抜かす」類いの経験を楽しむ機会と言えますね。蹂躙されると言い換えてもいいでしょうか。いずれにしても物凄い作品に向き合うことになります。

    で、そもそもなのですが、人は良いものを観ようとするなら、時に努力も必要なのですね。
    当日券を求める列に並ぶ行為自体、買えないかもしれないという拭い去れない不安につきまとわれながら、「人生」の幾ばくかの時間を費やしていることに他ならず、そうして生きられた時間の重味は、必ずや鑑賞の「一部」を形作る、個別的で、唯一無二のものとして記憶されていく筈ですから、感動もひとしおな訳です。
    毎回、その価値のある素晴らしい舞台を見せてくれるNoism。
    acoさんからも、当日券を求める人たちが長い列を作っていた旨の知らせがありました。多くの方々が認識を新たにし始めた嫌いがありますね。機運が盛り上がってきた、というか。嬉しい限りです。
    私も明日の公演が楽しみです♪
    (shin)

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