観客に挑む、Noism1『NINA ー物質化する生け贄』新潟公演初日

19時からのりゅーとぴあ・劇場の座席に身を沈めるために、
新幹線に乗った人も多かった筈の2017年12月15日(金)。
この日から続く3日間、国内各所から目的地として目指される価値を有する
一地方都市、新潟市。

関東以南からのお客様にとってさえ、
この日の気温はさして堪えるほどのものではなかったのではないでしょうか。
しかし、それにも拘わらず、
これを書いている私は身震いを覚えていたのですが、
それは紛れもなく、NIDF2017最後の演目、Noism1『NINA』に臨む
気持ちの昂ぶりのなせる業だったと言えます。

開演時刻を5分ほど過ぎて、客電が落ち、緞帳が上がります。
飾り気がなく白い、病室のそれを思わせるベッドがひとつ。
そこに腰かける井関さんを、上から存在感あるペンダントライトが照らします。
急遽決まった約15分の新作『The Dream of The Swan』。
これまた白く、柔らかい衣裳の裾を揺らしながら井関さんが舞います。
恐れ、逃げ惑いながら、身を閉ざし、隠れながら、
苦悩するように、抗うように、呻吟するように、そして求めるように、…。
「まさに瀕死の白鳥です」と金森さん。
ラスト、見事な幕切れには呆気にとられ、快哉を叫びたい気分でした。
その場面、中日、楽日に、どうかご自分の目でご覧になってください。

休憩はなく、何度かのカーテンコールの後、
遂に、国内では9年振りとなる『NINA -物質化する生け贄』の幕が上がりました。

今回一新された衣裳は、文字通り「第二の皮膚」。
見事に舞踊家の身体の強度に呼応して存在感を放ちます。
更に、照明の息をのむ美しさには目を射抜かれました。
このふたつは2017年版『NINA』の大きな特徴と言えるものでしょう。

…で、『NINA』。
私事で恐縮ですが、
Noism歴の浅い身にとって、諸兄姉が口を揃えて「Noismの代表作」と語る『NINA』、
それを生で観ていなかったことは永らく大きな「欠損」として
常に身中で疼いておりました。
今回、初めてそれに向き合い、大きな衝撃を受けました。
「凄いものを観てしまった」と。

ここに至るまで、初演時のDVDを買い、時々観てはいたのですが、
正直、緊張感を途切れさせることなく観続けることは決して容易なことではありません。
舞踊家の身体が発するエネルギー、
その強度に拮抗し得る眼差しを送り続けることは
映像相手ではなかなか難しかったのです。

でも、やはり生の舞台は違っていました。
初めて踊る8人を含む、今回の『NINA』、
舞踊家全員がギリギリの力演を示し、「観客との闘い」(金森さん)に臨んでいたと思います。
女性5名、男性5名。見知った筈の身体がその相貌を異にし、
寸時も途切れることなくエネルギーを発し続けるさまを目撃する劇場。
周囲の空気がぴんと張り詰めるなか、
舞台の上の舞踊家、更には金森さんに切って捨てられてしまわぬように、
自分も知らず知らずのうちに前のめりになって目を凝らしていました。
体は強張りを覚えていましたし、瞬きすることも忘れていたのでしょう。
観終わったときには、総身からの疲労感が一気に押し寄せたばかりか、
両目もドライアイ症状を呈していましたから。

この日いらっしゃっていた元Noismの真下恵さんが、少し前に、
「『NINA』は観る方も体力を要する作品」と仰っていたのを思い出しましたし、
金森さんが、「『NINA』にはリラックスはないんだよ」と言っていたのは、
観客も含めてのことだったのですね、納得です。
心血を注いで創りあげた舞台であることは一目瞭然。
観る者の魂を揺さぶる『NINA』、まさに圧巻です。

終演後、緊張感を解き放たれたのは客席も同じ。
緞帳がおりた瞬間、劇場に深い静寂が訪れました。
そして再び緞帳が上がり、舞踊家の姿が視認されると、
今度は割れんばかりの拍手と飛び交う「ブラボー!」の声が場内に谺しました。
60分間の驚異を見せてくれた舞踊家たちに対して、
敬意や感謝、或いは労いを示さないではいられないとばかりに、
熱く、激しく、そして心から、いつまでも、いつまでも…。

ここからは初日のアフタートークに関して書き記しておきます。
まず、金森さんの口から、
「これだけ、半年間も、同じ舞踊家にエネルギーを注いだことは
後にも先にもなかった。
少なからず、客席には届いていたのかなと思う。
ここから彼らの『NINA』が始まるのだなと」、
或いは「2作品とも、今のNoismのすべてが出ている」の言葉。

韓国のホン・スンヨプ氏がさきに上演した演目『Mosaic』について、
「一般向けに」構成したと語っていたが、
金森さんも同様なことはあるか、との問いに、
「ございません」と一言のもとにあっさり否定した金森さん。
続けて、「観客一人ひとり、全く異なる人生を送っている人たちで、
それを『一般』という語では括れない」と説明。
すると、井関さんも「逆に、『一般』って、何かわからない。
だいいち、Noismを観に来る時点で既に『一般』ではない」(笑)
で、金森さんも「おかしな人たちだよね」(笑)
更に「伝わると思ったものが伝わらなかったり、
反対に、これはどうかなというのが伝わっていたり、わからないもの」と。

また、人と物に関しては、次のような興味深い発言。
「違いは生きているか、死んでいるか。
しかし、舞台上では、その境界はどこにあるのか。
たとえ、物であったとしても、得も言われぬものを想起させることがあるのだし、
要は、観る者がそれを人と思うか、物と思うかに過ぎない」

海外(欧米)のカンパニーが『NINA』をやったりはしないのかという質問に対しては、
「ないですね。興味を持っても、これをやろうという話にはならない。
動きをマスターするだけでも相当時間がかかる。
体の在り様が違うし、それ以前に精神的なものが違う。
観てみたい気もあるけど、
例えば、フランス人なんかだとすぐ『しんどい』とか文句を言い始めるだろうし、
そこが大変かなと」(笑)
「『で、じゃあ、どうして(やるんだ)?』と聞かれれば、
『(観客に)届くからさ』ということになる」

振付と音楽を一体化させる過程についての質問には、
「『NINA』では、振りを8割がた先に作っておいた。
作曲家(トン・タッ・アン氏)から音楽が届くのが遅くて、
『これはヤバイぞ』と。
ところが、実際、音楽が届き、『当てたら、合うじゃん』となった。
アンとは考えていること、間の取り方とか合うんだよね、不思議に」との答え。

井関さんの『The Dream of The Swan』を上演するきっかけについては、
「当初、(井関さんが)出ないかたちで進んでいたんだけど、
舞踊家が舞台に立たないっていうのは、
謂ってみれば、存在意義がないってくらいのことだし、
隣で(井関さんを)見ていたら、
『このままじゃ死んじゃうな』と思って、ああいう作品になった。
だから『瀕死の白鳥』なんですよ」と。

一緒にアフタートークに登場した井関さんからは、
「『NINA』は舞踊家にとっては、本当に嫌な作品で、
できれば逃げ出したいと毎回思ってきた。
特に女性は体力的にもしんどいし、
ちょっとのグラツキも許されないなど
精神的にも追い詰められている。
だから、上演の前には『この一時間を乗り切れますように』といつも祈った。
で、終わった時には倒れているのだが、次の日にはまた踊りたいと思うなんて、
おかしい人」(笑)と打ち明けるなか、
金森さんからは「あなたは100回くらい踊っているよね」(笑)のツッコミ。
井関さん「パートナーを恨みましたね」(笑)
金森さん「やめなさい」(笑)という『NINA』の鬼気迫る側面を
まるっとオブラートで包んだやりとりに至っては場内の爆笑を誘っていました。

また、今回の『NINA』で苦労したことを訊ねられて、
「教えられないってことがあるんだというのが、一番苦労した点。
与えられるものは与えようと思ってきたし、身体がよくなることは可能。
しかし、精神は教えられない。この瞬間を生きられるかどうか、
舞踊家としての意識が問われる」との答え。
すると、金森さんも、「教えられたものとしてやるのと、
自分たちで見つけたものとしてやるのとの違いは大きい」と補足。

…まだまだ興味深いお話がたくさん飛び出し、書き漏らしていることも多いのですが、
ここまででも相当な分量になってしまっているので、そろそろ終わりにいたします。

さあ、2017年版『NINA -物質化する生け贄』新潟公演が始まりました。
まだこれからご覧になる方も多くいらっしゃる訳ですし、
公演内容にはあまり踏み込まずに、
主にアフタートークでのやりとりを取り込むことで書いてきましたが、
勿論、「公設の舞踊団としての覚悟のほどを示す」(金森さん)に足る舞台であり、
今年を締め括る必見の舞台だと言い切りましょう。
見逃したら、この先、痛手となること必至でしょう。
新潟中日、楽日とも、まだお席にゆとりがあるようですし、
お誘い合わせの上、多くの方から是非その覚悟と切り結んで欲しいものです。
それでは、りゅーとぴあ・劇場でお会いしましょう。

【追記】
今回、ホワイエでは新しいNoismTシャツが
ブラックとグレーの2色展開で販売されています。
価格は1枚2,500円。(因みに、私は2色とも購入しました。(汗))
それを纏って、「NINA歩き」を真似してみるのも良いかもです。(笑)
ご検討ください。
(shin)

「観客に挑む、Noism1『NINA ー物質化する生け贄』新潟公演初日」への4件のフィードバック

  1. shinさま
    NINA凄くよかったですね!!!
    もう~、気魄がビシバシと・・・
    圧倒されました。
    凄い迫力でした。

    終演後の歓声もすごかったですね。

    これまで会員向け公開リハーサル、そしてメディア向け公開リハーサルでも、金森監督はいいことを言いませんでしたが、最後にはきっちりと仕上げてきましたね。
    きっとそうだろうとは思っていましたが、予想を上回るすばらしさにNoismの明るい未来を感じずにはいられません。

    ここまで来るのにどれだけ大変だったのだろうと思うと、観ているだけの自分ですが涙を禁じ得ませんでした。

    うれしいのは今日観た人たちが明日やあさってのチケットも買うと言ってくれていることです。
    やはり、やはり、NINAはすばらしい。
    何度でも観たい、凄い作品です。

    そして、井関さんの「瀕死の白鳥」。
    これがまた、なんと言えばいいのでしょう。
    金森さんの愛の小品。

    ああ、新潟に住んでいてよかった。
    満足感でいっぱいです。
    (fullmoon)

  2. fullmoon さま
    深夜にも拘わらず、速攻コメント有難うございました。
    もう終始圧倒されまくりで、その後も幻惑が続き、
    何をどう書けばいいのか、冷静さを取り戻すことなく
    書いたような次第です。
    (コメントを読ませて貰って、少し書き足しました。)

    それにしても、もの凄い舞台ですね、『NINA』。
    皆さんが口々に「名作」「Noismの代表作」と
    呼ぶだけのことはありました。
    ですから、舞踊家たちは、初めて踊る8人だけでなく、
    全員、ギリギリのところまで突き詰める必要があり、
    大きな重圧を感じていたに違いありませんね。

    私の場合、圧倒され、蹂躙され、捻じ伏せられたことで、
    涙を流すという人間的な反応すら出てきませんでした。
    もはや純粋に驚きでしかないという気持ちでしたかね。
    初の生『NINA』、なかなかできない、もの凄い経験でした。

    アフタートークの最終盤に至り、
    金森さんが茶目っ気を示して、
    公設の舞踊団ということで、
    舞踊家には税金から給与が支払われている事実を
    敢えてあの場面で持ち出したのは、
    金森さん自身、踊り切った10名の舞踊家の「今」に
    充分な評価を与えていることを意味していましたね。
    翻って、私も、新潟市民として自分が払っている税金、
    その使途としてのNoismはこの上なく正しいものであると
    再確認できました。(笑)
    おそらく、fullmoonさんもそうであろうように。

    でも、日本広しと言えども、市税を払っていることを
    誇らしく感じられる市民など、そうそういるものでもありませんよね。
    であるなら、誇らしい納税者として、
    中日も楽日も漏れなく税金の使途をチェックしに参りましょう。(笑)
    (shin)

  3. 同じく,初NINAでした。
    一晩たってじわじわ来てます…。
    緊張の60分が今日も楽しめるのかなと(笑)。
    今日も観に行きます!

    1. モンちゃ さま
      返信が遅れてしまい、スミマセン。
      「初NINA」の余韻、私にとっては、「じわじわ」ではなく、
      観て以来、脳が痺れっ放しって感じで、
      それはもう「想定外」のことでしたね。
      この返信をしているのは、新潟中日を観終えて、
      サポーターズ交流会を隣同士の席で満喫した後なのですが、
      嬲られたままでいる印象なのです。
      そのくらい物凄い舞台ですよね、『NINA』は。
      また明日も楽しみましょうね。
      そして、今度一緒に「NINA歩き」をしましょう。(笑)
      (shin)

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