「私がダンスを始めた頃」⑨ 林田海里

母と叔母が熊本でジャズダンスのスタジオを経営しています。小さい頃から彼女らに連れられ、稽古場や楽屋にいる事が当たり前だった僕は、見よう見まねでしたが、踊る事が大好きでした。

ですが、ちゃんと踊りを習いたいと言い出したのは10歳の頃でした。(実はあまり覚えていませんが。)母は僕が自らそれを言い出すまで無理強いしないと決めていたようです。母は、どんな踊りをするにもクラシックバレエを習ったほうがいいだろうと僕を地元のバレエ教室に連れて行きました。

毎年クリスマス恒例の『くるみ割り人形』に出演する度にバレエにのめり込んで行き、高校受験の頃には舞踊家を生業とするために留学したいという気持ちが固まっていました。当然勉強が手に付くはずもなく両親と衝突したりもしましたが、僕の将来の夢自体を否定された事はありませんでした。理解のある家族の支え無しに今の僕はいません。踊り続けられる身体と環境に感謝して、これからも踊っていたいと思っています。

(はやしだかいり・1994年熊本県生まれ)

「「私がダンスを始めた頃」⑨ 林田海里」への2件のフィードバック

  1. 「衝突」を経て、宿る感謝の心。
    自らを超え出たところに感じる踊る意味。
    見るからにエレガントな雰囲気の写真にも惹かれます。
    (shin)

  2. とてもかわいい写真ですね♪
    公式のメンバープロフィールによると、林田さんは、
    「2011年よりドイツのマンハイム音楽舞台芸術大学ダンスアカデミーに留学。」
    とあります。17歳で留学されたのですね。
    理解あるご家族と、林田さんの感謝の気持ち。
    素敵ですね♪
    (fullmoon)

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