金森さん「このタイミングでこのような体制で挑めることに感謝」(9/27記者会見)

2019年9月27日(金)午後2時半、「 りゅーとぴあ劇場専属舞踊団 Noism 第6期活動期間の更新『Noism1+Noism0  森優貴/金森穣 Double Bill』製作発表 記者会見」に参加してきました。

会場はりゅーとぴあ ・ 能楽堂のホワイエ、 出席者は中原八一新潟市長、金森さん、りゅーとぴあ支配人の仁多見浩さんの3名。傍らに井関さん・山田さんをはじめとするNoismメンバーが勢揃いするなか、中原市長の「よろしくお願いします」の言葉から会見は始まりました。

まず最初に、中原市長がこの一年間を「Noismの活動を理解する期間が必要だった」としながら、「Noismの活動に支障をきたさないように」これまで15年間の活動を検証し、さる8月24日、りゅーとぴあ及び金森さんに課題と方向性を伝えたところ、「本当に真摯に検討してくれた」と説明。Noism・りゅーとぴあと協力しながら、市民との関係を築き、レジデンシャル組織としての優良事例となること、新潟市の踊り文化に対し、好影響を与えることで、より一層の高評価を獲得していく期待を語りました。

仁多見支配人は、2022年までの活動を認めてもらったことに感謝しながら、課題には「身が引き締まる思いがする。りゅーとぴあとして真摯に受け止め、改善に取り組んでいきたい」と第一声。続けて、「意思疎通を図りながら、全国のモデルとなり得るよう努めていきたい」と。

金森さんは皮切りに、中原市長には、「難しい判断と決定」であっただろうことに思いを馳せて、そして仁多見支配人には、連携の重要性に鑑みて、「力強い協力」を申し出てくれたことに対して、ともに感謝を口にし、「このタイミングで、このような体制で挑めることに感謝します」とも。

次いで、まず、舞踊団の総称を、これまでの「Noism – RYUTOPIA Residential Dance Company」から「Noism Comapany Niigata」に改称する旨を発表。これは、国外での「RYUTOPIAとは?」と国内の「Residentialとは?」の疑問を一挙に解消しながら、より単刀直入に、「Niigata(新潟)」の名を国際的に発信することを可能にするもの、としました。

更に、新体制として、これまでのNoism1とNoism2に、プロフェッショナル選抜カンパニーNoism0を加えた、3部体制にすること、舞踊家とスタッフに関しては、舞踊家1名減、スタッフ1名増で臨むことが触れられました。

その後、「提言」を受けて纏められた「活動方針(案)」(文化政策課)に盛り込まれた6点の課題改善に向けた取り組みや方向性が説明されました。

①地域貢献のための活動: 市内の舞踊団体との連携(R2秋・新潟市洋舞踊協会合同公演における金森さんによる新作振付)、「Noismスクール(経験者向け・初心者向け)」の新規実施、「柳都会」・「公開リハーサル」等の継続実施、更に、市民へのスタジオBの提供等。

②国内他館との信頼関係・ネットワーク: 少数精鋭の選抜カンパニーNoism0(金森さん・井関さん・山田さん)は小規模の故、他館との連携のし易さというメリットがあり、連携には好都合と。

③Noism以外の舞踊の提供: 金森さん以外の振付家招聘公演として、年末からの『Noism1+Noism0 森優貴/金森穣 Double Bill』を実施。独・レーゲンスブルク歌劇場ダンスカンパニー芸術監督を辞し、帰国した森さんに帰国後1本目として、Noismへの振付を委嘱。

④コンプライアンス・意思疎通、⑤労務管理、⑥予算減の可能性: 規約等を再確認のうえ、適切に進める(④)、十分に協議のうえ、改善に努める(⑤⑥)、とされました。

金森さんの説明に続き、メンバーを代表して、井関さんと山田さんもこれからの活動について語りました。井関さんが自身の経験に重ねて、「若い世代の人たちにとって、時間・空間・人のサポートは重要。これからも与えていって欲しい」と語れば、山田さんも「(Noism2リハーサル監督という)責任ある立場として、遠い未来を見つめて、よりよい価値をつくっていきたい」と話しました。

その後、簡潔に、(極めて簡潔に、)『森優貴/金森穣 Double Bill』について触れられたあと、報道各社からの質疑応答に時間が割かれました。ここでは、それらを通して語られたことをまとめてご紹介します。

仁多見支配人: 公演を観ることが生き甲斐になったり、観ることで人生観が変わったり、町の賑わいにも繋がったりと、芸術活動の意味は大きい。公共劇場に課せられた責任の重さとともにやりがいを感じる。

Noismはりゅーとぴあ専属の舞踊団、それをどう支えていくかが課題解決に向けて最も重要なところ。職員全体がそういう意識を共有しながら進めていく。公演の度、スタッフには負担も大きい。実態に目を通しながら、金森さんと一緒に体制作りをしていきたい。

支配人になってから、初めてNoismの公演を観た。言葉にならない感動とはこういうものなんだなと知った。人生観も変わるくらい凄い。必ず感動します。まず一度観ていただきたい。

中原市長: 文化を創造し、世界に向けて発信していくところに予算を使う意味がある。「3年後」は正直、未定。レジデンシャルカンパニー制度が新潟市として持続可能か、全国的にも意味を持ち得るか、定期的な検証は必要。

今回、私が市長になって検討することになった。そのなかでも、金森さんはキチンとした話し方をされる。世界的にも評価される金森さんが真摯に受け止めてくれ、解決しようと決意してくれたことを有難く思う。こういう方から新たに色々取り組んでいただくのだから、必ず評価は高まっていくものと確信している。新たなファンも必ず生まれる筈。

名称も新たに「Noism第二幕」の開幕。芸術性の高い素晴らしい舞踊を楽しんでいただきたい。期待していただきたい。是非応援してくださいと言いたい。

金森さん: Noismの存在理念が討議されたのは今回が初めて。特別の感慨がある。それぞれの「課題」に対して驚きはなかったが、同時に、どれもNoismという一舞踊団だけで取り組める性質のものではない。支配人から「力強い協力」の言葉を得て、取り組めるんじゃないかと思うようになった。

「財政再建」問題は、新潟市民として「関係ない」と言って済ませられるものではない。粉骨砕身、頑張っていくことしかない。時間は大事だが、あればいいというものでもない。限られたなかで、成果を出していくことが問われている。具体的に動いて、適宜、その都度、改善していきたい。

かつて、芸術家の後ろにパトロンがいたものが、社会制度の中に落とし込んで劇場が成立するようになった。どのようなものを発信していけば地域のためになるのかという問題は、一芸術家としては相容れない部分もある。右目で新潟を、左目で世界を見て、その焦点に浮かび上がるものが自分の現実。

「新潟から世界へ」と言っても、誰も本気で信じてはくれなかったんじゃないかな。(笑)それから15年。今、それだけのレベルのものを地域に還元していきたい。

劇場の扉を開けて外に出ていくことをしながらも、本義は舞台表現。是非、観に来ていただきたい。

会見が始まると、すぐに固さはやわらぎ、終始、穏やかな表情で前向きに語る3人を目の前にして、課題は課題として、一致協力してそれに向き合おうとする新潟市とりゅーとぴあと金森さん(Noism)を認め、少しホッとし、漸く、あの「提言」に対して抱いた違和感も薄らぎました。

未だ、予算や市民貢献活動ほか、制約は多くありますが、「新生Noism Company Niigata」として新たなカンパニー・モデルを立ち上げていってくれるだろうこと、と同時に、支援の輪が広がり、「新たな金森ファン、Noismファン」(中原市長)に囲まれ、誰知らぬ者などない、揺るがぬ「新潟市の顔」となる日のことを思いました。それに向けて、私たちも頑張って支えて参りましょう。新たな一歩が踏み出されました。

終了は見事に予定時間ピッタリの午後3時半。日曜日の「柳都会」も楽しみです♪

(shin)

『still/speed/silence』立錐の余地ない利賀山房。木の香、闇、切っ先鋭い音、そして…

2019年9月22日(日)、第9回シアター・オリンピックスにおいて僅かに2回だけ上演されるNoism0『still/speed/silence』、その2回目を観に行ってきました。会場は富山県の「合掌文化村」利賀村、利賀芸術公園内の利賀山房(キャパ:250名)です。

いきなり少し時間を遡り、尚且つ、極めて個人的な事柄から書き起こしますが、ご容赦ください。

2019年6月30日(日)、まだこの年の夏があれほど暑い夏になるとは予想だにしていなかった頃、シアター・オリンピックス公演チケットの電話予約受付が始まりました。全公演一斉の受付でしたから、電話は容易には繋がりません。

更に会場・利賀山房に行くには、どうやっても山道をくねくね行く以外のアクセスなどある訳がありません。ネットで調べて以来、「細い山道じゃん。怖い」と尻込みする連れ合いはまだ行く決心がつかずにいました。「ひとりで行って」、お昼過ぎにそう言いながら電話をかける手伝いをしてくれていた彼女の電話の方が繋がるのですから皮肉です。というか、運命だったのかも。ふたりで行くことになったからです。

それから80日強を経て迎えたこの日、9月22日。件の山道を含む新潟・利賀間往復630km、合わせて8時間の日帰り自動車旅。距離的な隔たりはそのまま時間的な隔たりであり、それを越えていく移動はまさに「CREATING BRIDGES(橋を架ける)」がごとき趣きでした。半端ない緊張を強いられた運転の末、なんとか無事に利賀芸術公園に到着したのは午前11時。開演前にグルメ館を訪れて、友人・知人にも会い、ボルシチやらパスタやらを楽しんで、緊張をほぐした後、いざ、利賀山房へ。Noism0『still/speed/silence』です。

前売りは完売、キャンセル待ちの長い列もできていました。開演20分前の13:40、整理番号順に入場開始です。コンクリート造りの建物内に入り、靴を脱いで、会場に進むと、いきなりの明から暗。目に飛び込んでくる能舞台を思わせるステージも柱を含めてほぼ黒一色。唯一の例外は、その奥の襖が淡い黄のような色をしているのみ。足下、木造りの階段席は、鼻孔に心地よい木の香を伝えてきます。これが最後の鑑賞機会とあって、できるだけ詰めて座ることを求められた客席は立錐の余地もないほどで、腰を下ろした際の姿勢を変えることすらままならないくらいでした。

14:10、ステージ両脇に配されたテグム、筝、打楽器の生演奏が始まり、切っ先の鋭い楽の音が場内の空気を震わせるなか、上手側から黒い衣裳の金森さんが姿を現し、舞台上手の柱脇に置かれた楕円形の鏡を前に座ると、虚ろな目でそれを覗き込み、微動だにしません。そこに下手側から井関さんが登場。井関さんも黒い衣裳ですが、黒いのは衣裳だけでなく、鋭い目をした井関さんの存在そのものが妖しく危険な黒さを発散して止みません。このふたり、イニシアティヴを握るのは井関さんで、絡んでは、挑発し、操り、翻弄し、挑んだ挙句、金森さんの存在をその黒さで侵していきます。侵犯、越境、同化、葛藤、否定、争い…、そうした、まさに闇が跳梁する舞台。「黒」の権化、井関さん。こうした役どころは実に珍しいと言えます。

受け止める私たち観客は、目と耳に加え、鼻まで預けきったうえ、身動きもかなわず、ほぼ五感を握られ、既に手もなく、怪談じみた作品世界へと幽閉されてしまっています。否、日常から非日常へと、あらゆる隔たりを自ら越えて、進んで幽囚の身となることを選んだ者たちですが。

確かに、既視感めいたものもなくはありません。実際、能の『井筒』に似ているとの言葉も目にしましたし、坂口安吾『桜の森の満開の下』のようだと言う友人もいます。更に勅使河原宏『砂の女』めいたテイストがあるようにも思われました。しかし、そうした類似性を持ち出してみたところで、なおこの『still/speed/silence』が屹立するのは、実演芸術としての「一回性」が極限まで際立っているからだということに尽きるでしょう。私たち観客はむせ返るような場内に与えられたほんの僅かな専有面積に座して、あの50分を、五感を総動員して、共に生きたのですから。

ラスト、男は果たして女を殺したのか。はたまた、「真に殺された」のは男の方だったのか。答えは私たち一人ひとりに委ねられたままですが、正面、最奥の襖が開くにつれ、一面の黒のその向こう、建物の外の斜面に自生する草の葉の鮮やかな緑色が溢れんばかりの四角となって拡がり出し、私たちの目に飛び込んでくるではありませんか。美しさに固唾をのむ客席。そしてそれとともに一陣の涼風が私たちの顔を吹き抜けていきました。そのときの2重の「快」は、客席で見詰める私たちの人生に直にもたらされた「快」以外の何物でもなく、利賀山房でしか成立しない「快」だったと言えます。井関さんはその眩しいばかりの「緑色」のなかに姿を消し、次いで、襖が閉ざされると、戻ってきた闇のなかに残された金森さんも下手側に歩んで去っていきました。

緞帳はありません。楽の音が収まるが早いか、無人となった舞台に向け、盛大な拍手が送られました。それに応えて、金森さんと井関さんが現れると、音量は更に増しましたし、あちこちから「ブラボー!」の声が飛び交いました。それぞれの人生に物凄い50分間を作り出してくれたことに対して、拍手を惜しむ者はいません。やがて、大きな拍手がこだまするなか、ふたりは下手側に歩み去ります。場内後方、出入口付近に控えていたスタッフが何度か「どうも有難うございました。これで…」と終演を告げようとするのですが、観客は誰一人拍手を止めませんし、誰一人席を立とうともしません。薄暗がりの中に金森さんと井関さんの姿が微かに認められることもあったのかもしれません。拍手の音はますます強くなる一方でした。その流れで、笑顔のふたりが再びステージ中央に戻ってくると、それからはもうやんやの大喝采とスタンディングオベーションになるほかありませんでした。そんな予定外のなりゆきも渾身の実演芸術ゆえ。この日、利賀山房にいて、この「50分」を共有した者は、その「熱」を一生忘れないのだろうな、そんなふうに思いました。

「芸術の聖地」、その言葉が大袈裟でないことをまざまざと体感し、上気したまま新潟へと自動車を走らせたような次第です。様々な隔たりを越えて利賀に行って良かった。そんな思いを抱く豊穣な一日でした。

(shin)

『あわ雪』、「真なる美」に触れる3分間(@「国民文化祭」開会式)

2019年9月16日(月)の新潟市は、単に「敬老の日」であるだけでなく、「第34回国民文化祭・にいがた2019」及び「第19回全国障害者芸術・文化祭にいがた大会」の開会式が行われる日でもあり、天皇・皇后両陛下が来県され、同開会式にご出席されるとあって、新潟駅から会場の朱鷺メッセまでの通りは物々しい規制と混雑が予想されていました。

「自動車での接近は難しそう」と、新潟駅まで電車を利用したところ、遂に見ました車内モニターのNoism映像。先ず、「新潟から世界へ」の文字が映し出されたのち、『FratresI』のアノ場面、『R.O.O.M.』の稽古風景やら『ラ・バヤデール』、『NINA』をはじめ、様々な作品が短いながら次々に流れて、いい感じの回顧モードに、「こう来なくちゃ」って具合で、新作『あわ雪』への期待はいやが上にも高まります。電車を降りると、人出も多く、予想通りに物々しい新潟駅構内、そして東大通。徒歩で朱鷺メッセへと移動しました。

14時30分。臨んだ開会式は、天皇・皇后両陛下ご臨席のもと、NHK新潟放送局の山崎智彦アナウンサーと女優の星野知子さんが司会を担当され、執り行われました。

15時。式典に続いて、お待ちかねの「文化の丁字路 ~西と東が出会う新潟~」と題されたオープニングフェスティバルの幕開けです。こちらは、総合プロデューサーも務める作家の藤沢周さんが、子どもたちに向けて、火焔型土器の昔から、世阿弥、上杉謙信、良寛と辿りながら、新潟県の歴史語りをする体裁をとり、県内各地に伝わる郷土芸能の継承という側面と、「真なる美」(世阿弥)或いは「義」(上杉謙信)、はたまた人間存在の意味(良寛)を追い求める方向性とをふたつの大きな柱にして展開されていく、文字通り「ふっとつ」(新潟弁で「たくさん」「盛りだくさん」)な構成内容でした。

冒頭、鼓童による大太鼓で始まったのち、「真なる美」に触れる3分間はラスト近くの16時20分過ぎに訪れました。県内各地の伝統芸能がひとまず「佐渡おけさ」をもって締め括られると、張り出したステージの両端を奥から進み出てくるのは紛れもなく金森さんと井関さん。全く勾配がなくフラットなウェーブマーケットにあって、階段一段分にも満たない高さしかないステージでは、おふたりの肩より下は、大勢の人の頭の陰に隠れて見づらくなかったと言えば嘘になります。アベル・ガンス(仏)のサイレント映画『ナポレオン』(1927)を思い出させるかのような「トリプル・エクラン(3面マルチスクリーン)」の中央に、その両脇を静かに降る雪をイメージした映像に挟まれるかたちで投影される金森さんと井関さんの姿を、主に見上げているような場内でした。

『あわ雪』、金森さんも井関さんも白い衣裳を纏っています。タイトルからも容易に想像されるように、踊られるモチーフは「克雪」方向のそれではなく、春までの数か月、共に過ごすものの、やがては消えていく定めの雪。そして古来、この地に住む者の精神性に深く根をおろす類の、そんな雪。ピアノによる音楽のなか、音もなく舞う雪の如く、金森さんのリフトに優美に揺れる井関さん。ふたつの身体が絡まり合う様子など、まるで雪の結晶ででもあるかのように静謐な美しさを放っていました。やがて向こう向きに座ったかのような姿勢の金森さんが、更にその身の奥に井関さんを横たえて、動きが静止し、この上なく美しい3分は過ぎ去りました。静寂ののち、拍手をしながら後方を振り向くと、ロイヤルボックスの両陛下も柔らかな表情でしっかりと前をご覧になりながら拍手を送っておられました。その後、再び鼓童の太鼓の音が聞こえ出すと、両脇へと、それぞれ別方向にはけていく井関さんと金森さん。また別の機会に、再び『あわ雪』を楽しむ日が来ることを願って、否、信じて拍手しました。

途中に休憩もなく、トイレに立つことさえ許されない約3時間、そのなかのほんの3分間ではありましたが、その3分間が湛えるテンションは他とはかけ離れたもので、まったく異彩を放っていたと言うほかありませんでした。エピローグ、黒い洋服に着替えて登場した金森さんと井関さん。「りゅーとぴあでの本公演も観に来てください」という金森さんの言葉に、このなかから、その誘いに応える人たちが多く出てきて欲しいものだ、そう強く思いました。

話は変わりますが、入場時に手渡された紙の手提げはズシリと重く、「何が入っているのだろう?」

で、見てみると、重さの正体は新潟県の新しいブランド米「新之助」1kg。嬉しいサプライズでした。明日はそれを使っておにぎりを作ろうと家路についたのですが、帰りの電車でもまたNoism映像を目にすることができ、いい感じの締め括りになったことは言うまでもありません。そんな秋の祝日でした。

(shin)

勝手に命名「『ロミジュリ(複)』ロザラインは果たしてロミオが好きだったのか問題」(サポーター 公演感想)

☆劇的舞踊vol.4 『ROMEO & JULIETS』(新潟・富山・静岡・埼玉)

〇はじめに:  Noismの新展開を告げる会見を待ち、心中穏やかならざる今日この頃ですが、前回掲載の山野博大さんによる『ROMEO & JULIETS』批評繋がりで、今回アップさせていただきますのは、最初、twitterに連投し、次いで、このブログの記事「渾身の熱演が大きな感動を呼んだ『ロミジュリ(複)』大千秋楽(@埼玉)」(2018/9/17)のコメント欄にまとめて再掲したものに更に加筆修正を施したものです。各劇場に追いかけて観た、曖昧さのない「迷宮」、『ROMEO & JULIETS』。その「迷宮」と格闘した極私的な記録に過ぎないものではありますが、この時期、皆さまがNoismのこの「過去作」を思い出し、再びその豊饒さに浸るきっかけにでもなりましたら望外の喜びです。

①当初、ロミオに好かれていた時でさえ、その手をピシャリと打っていたというのに、やがて、彼のジュリエッツへの心変わりに見舞われて後は、制御不能に陥り、壊れたように踊る、ロザライン。自分から離れていくロミオに耐えられなかっただけとは考えられまいか。

②他人を愛することができたり、愛のために死ぬことができたりする「人」という存在への叶わぬ憧れを抱いたアンドロイドかもと。とても穿った見方ながら、しかし、そう思えてならないのです。

③「人」よりも「完全性」に近い存在として、ロレンス医師の寵愛のもとにあることに飽きたらなくなり、或いは満たされなくなっただけなのか、と。それもこれもバルコニーから「不完全な存在」に過ぎないジュリエッツが一度は自分を愛したロミオを相手に、その「生」を迸らせている姿を見てしまったために、とか。

④というのも、全く「生気」から程遠い目をしたロザラインには、愛ほど似つかわしくないものもなかろうから。

⑤ラストに至り、ロザラインがロミオの車椅子を押して駆け回る場面はどこかぎこちなく、真実っぽさが希薄なように映ずるのだし、ベッドの上でロミオに覆い被さって、「うっうっうっ」とばかりに3度嗚咽する仕草に関しても、なにやらあざとさが付きまとう感じで、心を持たないアンドロイドの「限界」を表出するものではなかっただろうか。

⑥アンドロイドであること=(古びて打ち捨てられたり、取り換えられたりしてしまう迄は)寵愛をまとう対象としてある筈で、それ故、その身の境遇とは相いれないロミオの心変わりを許すべくもなく、「愛」とは別にロミオの気持ちを取り戻したかっただけではないのか。「愛し愛され会いたいけれど…」で見せる戯画的で大袈裟な踊りからは愛の真実らしさは露ほども感じられず、単なる制御不能に陥った様子が見て取れるのみです。

⑦更には、公演期間中に2度差し替えられた手紙を読むロザラインの映像。 最終的に選択されたのは読み終えた手紙が両手からするりと落ちるというもの。頓着することもなく、手紙が手から落ちるに任せるロザラインは蒸留水を飲んではいないのだから、「42時間目覚めない」存在ではなく、ロミオが己の刃で果てる前に身を起こすことは普通に可能。

⑧すると、何が見えてくるか。それは心変わりをしたロミオを金輪際、ジュリエッツに渡すことなく、取り返すこと。もともと、アンドロイドのロザラインにとっては儚い「命」など、その意味するところも窺い知ることすら出来ぬ代物に過ぎず、ただ、「人」がそうした「命」なるものを賭けて誰かを愛する姿に対する憧れしかなかったのではないか。

⑨「愛」を表象するかに思える車椅子を押しての周回も、アラベスク然として車椅子に身を預ける行為も、ただジュリエッツをなぞって真似しただけの陳腐さが感じられはしなかったか。そのどこにもロミオなど不在で構わなかったのではないか。そう解するのでなければ、ロミオが自ら命を絶つ迄静かに待つなどあり得ぬ筈ではないか。

⑩ロレンス医師のもとを去るのは、死と無縁のまま、寵愛を永劫受け続けることに飽きたからに他ならず、彼女の関心の全ては、思うようにならずに、あれこれ思い悩みつつ、死すべき「生」を生きている「人」という不完全な存在の不可思議さに向かっていたのであって、決してロミオに向かっていたのではあるまい。

⑪というのも、たとえ、ロザラインが起き上がるのが、ロミオが自ら果てるより前だったにせよ、蒸留水を飲んだだけのジュリエッツが蘇生することはとうに承知していたのであるから、ロミオが生きたままならば自分が選ばれることのない道理は端から理解していた筈。ふたりの「生」が流れる時間を止める必要があったのだと。

⑫心を持たないゆえ、愛することはなく、更に寵愛にも飽きたなら…。加えて、死すべき運命になく、およそ死ねないのなら…。ロザラインに残された一択は、「命」を懸けて人を愛する身振りをなぞることでしかあるまい。それがぴたり重なる一致点は「憧れつつ死んでいく(=壊れていく)とき」に訪れるのであり、そこで『Liebestod ―愛の死』の主題とも重なり合う。

⑬これらは全て「アンドロイドのロザラインは蒸留水を飲んだのか問題」というふうにも言い換え可能でしょうが(笑)、答えは明白なうえ、蒸留水自体がロザライン相手にその効能を発揮するとは考えられないため、これはそもそも「問題」たる性格を微塵も備えていないでしょう。

⑭掠め取った手紙を自分のところで止めたロザラインには、追放の憂き目にあい、戻れば死が待つ身のロミオが、起き上がらないジュリエッツを前にしたならば、絶望のあまり、自らも命を絶つという確信があったものと思われる。そのうえで、ロミオが自ら命を絶つまで不動を決め込んでいたのに違いない。

⑮ラスト、(公演期間中、客席から愛用の単眼鏡を使ってガン見を繰り返したのですが、)ロミオの亡骸と共に奈落へ落ちるときに至っても、ロザラインの両目は、「心」を持ってしまったアンドロイドのそれではなく、冒頭から終始変わらぬ無表情さを宿すのみ。とすると、あの行為すらディストピアからのある種の離脱を表象するものとは考え難い。

⑯この舞台でディストピアが提示されていたとするなら、果たしてそれはどこか?間違っても「病棟」ではない。監視下にあってなお、愛する自由も、憎む自由も、なんなら絶望する自由もあり得たのだから。本当のディストピアが暗示されるのは言うまでもなくラスト。死ぬことすら、なぞられた身振りに過ぎないとしたら、そこには一切の自由は存しないのだから。

⑰そう考える根拠。舞台進行の流れとはいえ、もう3度目にもなる「落下」は、それを見詰める観客の目に対して既に衝撃を与えることはない。単に、そうなる運命でしかないのだ。舞台上、他の者たちが呆然とするのは、呆然とする「自由」の行使ではないのか。生きる上で、一切の高揚から程遠い「生」を生きざるを得ない存在こそがディストピアを暗示するだろう。

⑱(twitterの字数制限から)「運命」としてしまったものの、アンドロイドであるロザラインに対してその語は似つかわしいものではなく、ならば、「プログラム」ではどうか、と。もともと自らには搭載されていない「高揚」機能への憧憬が、バルコニーのジュリエッツを眺めてしまって以降の彼女を駆り立てた動因ではないか。

⑲更に根本的な問題。「ロザラインは(無事)死ねるのか問題」或いは「奈落問題」。マキューシオ、ティボルト、ロミオにとっての「奈落」とロザラインにとっての「奈落」をどう見ればよいのか?そして、そもそも、病棟で患者たちが演じる設定であるなら、先の3人の死すら、我々が知る「生物の死」と同定し得るのか?

⑳それはまた、一度たりとも「奈落」を覗き込んでいない唯一の存在がロザラインであることから、「果たしてロザラインには奈落は存在するのか問題」としてもよいのかもしれない。「人」にあって、その存在と同時に生じ、常にその存在を根本から脅かさずにはおかない「死の恐怖」。「奈落」は「死」そのものではなく、その「恐怖」の可視化ではないのか。すると、ロザラインには「奈落」はあり得ず、心変わりから自らの許を去ったロミオを相手に「愛」を模倣し、そのうえ、「愛」同様に縁遠い感覚である他ない「死の恐怖」も実感してみたかった、それだけなのではなかったか。

これらが私の目に映じた『ロミジュリ(複)』であって、ロザライン界隈には色恋やロマンスといった要素など皆無だったというのが私の結論となります。

(shin)

新潟市が活動継続方針案を公表、ボールは市からNoism側へ

8月29日、新潟市はNoism活動継続を条件付きで、2022年8月末まで延長するとし、Noismの活動内容検証と今後の方針案を市のHPに公表しました。(以下のリンクからご覧いただけます。)

https://www.city.niigata.lg.jp/kanko/bunka/shinko/bunkagyousei/buyodankensyo.html

Noism側はこの条件に同意するかどうか前向きに検討するとのことですが、正式決定は今後の協議に委ねられています。

■新潟市(文化スポーツ部 文化政策課)のHPより、「りゅーとぴあレジデンシャルカンパニーの今後の活動方針(案)」は次の通りです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【活動方針】

◎レジデンシャル制度の発展・成熟を図り、創造活動を行う国内他都市の公共ホールにも波及する優良な事例となるよう、レジデンシャル活動に取り組む。

レジデンシャル活動が、公共ホールに求められる役割を果たしているか、外部評価を含め毎年度成果を検証し、改善に取り組む。

【今後のNoism 活動】

◎Noism 設置目的の(2)及び(3)を達成するため、以下に掲げる改善すべき項目について合意がなされた場合、活動期間を2 年間延長し2022 年8 月までとする。

<専属舞踊団の設置目的>

(1) 新潟において、質の高い新たな舞踊作品を創造し、全国・世界に向けて発信する。

(2) 地方から大都市に向けての新たな舞台作品の創造・発信のネットワークを形成する。

(3) 活動を通して、新潟における舞踊の普及・育成などを図り、市民文化の振興に貢献する。

***  ***  ***  ***

①地域貢献のための活動を積極的に実施する。

例)洋舞踊協会や高校ダンス部等とのコラボレーション、小・中・高校等へのアウトリーチ(学校訪問)活動等

②国内他館との信頼関係を築き、ネットワークを拡大する。

③りゅーとぴあ舞踊部門としてNoism 以外の公演も市民に提供する。

④業務の進め方については、りゅーとぴあの規約等コンプライアンスを遵守し、十分に意思の疎通を図る。

例)プロデュース、マネジメント担当者の配置と活用

⑤超過勤務の縮減など、スタッフの労務管理に配慮する。

⑥Noism の予算額は、りゅーとぴあの文化事業全体のバランスで調整するため、減少する可能性がある。

【評価・検証】

◎改善項目の実施状況について、活動年度終了後に自己評価及び外部評価を実施する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

高い芸術性は評価されましたが、めでたさも中くらい、とはこのことでしょうか。

示された多岐にわたる条件を全てクリアするには、市や財団の多大な協力と、更なる予算が必要不可欠と思います。金は出さぬが口は出す、みたいなことでは困る訳です。世界に冠たるカンパニーを抱える都市という側面も最大限考慮しながら協議を進めて欲しいものです。

サポーターズ・メールマガジン好評配信中!

この間の詳細を細かく配信しています。どうぞご登録ください!subscribe@noism-supporters-unofficial.info

皆さま、この度、公表された活動方針案ほかについて、いかがお感じでしょうか。コメント欄にて皆さまの思いをお聞かせいただけましたら幸いです。

(fullmoon / shin)

Noism2特別ショーイングが15th seasonを締め括る(2019/08/04その1)

2019年8月4日(日)12:30。この日も新潟は判で押したように暑い一日。「来る日も来る日も」、そう思うのも間違いないのでしょうが、流れる時間はまた、確実にこれまでとは異なる「別の一日」を用意して刻まれていました。

何故と言って、それはこの日を最後にNoismを離れるメンバーがいることをも意味するからです。先日の公演のことを書いた際、Noism1の浅海さんとシャンユーさん、そして準メンバーの片山さんについては触れました。

この日はこのNoism2特別ショーイングを最後に、門山楓さん、鈴木夢生さん、岩城美桜さん、森川真央さんが離れていくことになります。寂しくない筈がありません。

そんな思いも抱きながら、「特別ショーイング」って、いったい何を見せて貰えるのだろう、様々にドキドキしながら足を運ぶスタジオBでした。

で、驚き!若い舞踊家で再び『Mirroring Memories』からの抜粋が観られるなど、想像だにしていなかったからです。心は一気に沸点に達します。

まずは第1部、その「Noismレパートリー」。本家『Mirroring …』が黒衣の登場と情動に訴えかける音楽とで場面を繋いでいったのに対して、本日のバージョンは繋ぎの音楽なしに、前の場面のラストに、次の場面の舞踊家が現れ、前後の舞踊家が不動の姿勢でオーバーラップしながら、場面転換が行われていきます。衣裳や小道具の類もなく、純粋に、各人の身体ひとつのみによるチャレンジを見詰め、一人ひとりが「Noism」を体現しようと精一杯踊る姿に打たれました。

「本家」との最も大きな違いは、4人が配された3番目の「Contrapunctus」(『Psychic 3.11』)でしょう。スタジオB下手側の鈴木さんと岩城さん+上手側の池田さんと橋本さんによって、デュオ×2のかたちで踊られていったのでした。ラストでは、3人が床に倒れてしまうなか、左から4人目、岩城さんひとりが片膝をつき、耳を塞ぎました。

そして勿論、1部ラストのソロ、門山さんの「ミカエラの孤独」(劇的舞踊『カルメン』)が目に焼き付いています。彼女持ち前の若さで踊られるミカエラは、これまでに観たどのミカエラとも異なり、今の門山さんを見詰めるためのものだったと言えます。ラスト近くで発せられる泣き笑いの叫びを、門山さんの「3年間」が全て込められているように聞いたのは、私ひとりではなかったでしょう。胸が締め付けられる思いがしました。

スタジオ内は暗くなりましたが、拍手をする雰囲気とも異なる肌合いのうちに、薄明のなか、第2部の用意が進みます。舞踊家たちによって、踊るスペースぎりぎり、最前線に、白い百合が六輪、等間隔に置かれました。

ワークインプログレス『touch-me-not』(仮)。タイトルは「ホウセンカ」、或いは沖縄では「てぃんさぐ」として知られる赤い花のことであり、熟すと弾けて種子を飛ばす花です。「触らないで」という花言葉が、9人のメンバーの「今時分」を含意し、意味深な印象を与えます。そこに「百合」です。ん、しかし、「黒一点」カナール・ミラン・ハジメくんもいるぞ。例外もあるな。

で、みんな白い衣裳かと思えば、ひとり(『火の鳥』の)仮面をつけた女性だけ黒い衣裳を着ているじゃありませんか。仮面をつけていない他の白8人から、ええっと、彼女は橋本さんだ、と割り出すものの、またしても「黒」の例外。

しかし、チェンバロの音に重ねて歌われるドイツ語とおぼしきチャントには何やら背徳的な響きも漂い、それに合わせて踊る9人は同じ青年期にあることで、女性・男性の違いやら、白と黒の違いやらを越えて、各人の生と性とが、更に性と聖とが交錯し、自らの手に余るしかないあの年頃特有の危うさ、戸惑い、憂い、禁忌、哀感といったものを9つの身体で表出していきました。それは誰しも避けて通れず、誰しも思い当たるところがある心情を踊るような、今の彼(女)らにのみ許されるような舞踊であり、一貫して、決して眩くはないものの、やや陰りを帯びて鈍く輝く類の青年期のフラジャイルで歪な美しさ。零れ落ちる未だ不定形の官能性。…堪能いたしました。

全てが終わり、暗転。その後、赤い薔薇を抱えて登場し、一列になって拍手に応えた若い舞踊家たち。私たちも彼(女)らの前途を祝して長いこと大きな拍手をしたり、掛け声をかけたりしたかったのですが、緞帳がなく、カーテンコールには不向きでした。彼(女)らがはけた後、その場所に残されたままの薔薇と仮面…。

しかし、お互い、このまま終わる訳にはいかないとの思いが共有されたのでしょう。Noism2リハーサル監督の山田勇気さんが「これでおしまいです」と告げた後でしたが、誰が合図するでもなく、極めて自然に、舞踊家たちが止まない拍手に応えて出てくる流れになったのでした。一様に照れくさそうに、しかし、笑顔で。観ていた私たちも再び、精一杯、拍手を強めることで応えました。

その後、立ち去りがたく、ホワイエに立ちすさんでいると、これを境にそれぞれ進む道が異なる時を迎えた「同士」たちが抱き合う姿や、そっと目を拭う姿などを目にし、一人ひとりの前途が洋々たることを祈らずにはいられませんでした。

こうしてNoismの15th シーズンの幕がおりました。来シーズンの幕が上がる迄には、メンバーの入れ替えがあるばかりでなく、活動継続の可否を巡る現在の「棚上げ状況」も決着をみていることになる訳です。正直、今、心は落ち着くべくもありません。しかし、全国から寄せられる熱い思いを力に、私たちはただ信じて待つのみです。「Noismのある新潟市」が継続されていくことを。私たちの前途に、Noismとともに歩む未来が待っていることを。一緒にその吉報が届く日を待ちましょう。

(shin)

舞踊の力見せつけた♪Noism15周年記念公演・大千穐楽

2019年7月28日(日)の東京、めぐろパーシモンホールはNoism15周年記念公演の大千穐楽の日、即ち、今季最終公演の日。朝のうちの雨があがると、またしても気温はぐんぐん上昇。しかし、前日に比べると、夏らしい空も広がり、やや不快感は薄い気もしました。それでも暑いことには変わりありませんでしたけれど。

前日と同じように柿の木坂をのぼるのですが、気持ちは異なります。既に、公演最終日の寂しさが心のどこかに巣くっているからです。これが見納めとなるメンバーもいるからです。

ホワイエに歩を進めると、中川賢さん、亀井彩加さん、牧野彩季さんも入って来られて、それぞれご挨拶できましたし、ISSEY MIYAKEデザイナー・宮前義之さんの姿をお見掛けするなど、勿論、そこここに「大楽」特有の華やぎも感じることが出来ました。

そんななか、この日も公演の幕があがる時間が訪れます。様々な色味をもつ『Mirroring Memories-それは尊き光のごとく』(65分)から。

個人的な話で恐縮なのですが、この日の公演を最後にNoismを離れるおふたり、チャン・シャンユーさんのバートル(『ラ・バヤデール-幻の国』(2016)より「ミランの幻影」)、そして、黒から白へ「少女」を踊る浅海侑加さん(『マッチ売りの話』(2017)より「拭えぬ原罪」~ラスト)の場面が、踊りに万感の思いが込められているように映り、と同時に、自然とこれまでの記憶も重なってきて、片時も目を離したくない、そういう気持ちで目を凝らしました。恐らく私だけではなかったろうと思いますが。

自分の足で立たねばならない時の訪れに、不安もありながら、胸に覚悟を刻んだ「少女」浅海さん。その姿が12枚の「鏡」に映って、幕。次の演目がありますから、余韻もそこそこに、一旦、棚上げするかのように客電が点き、休憩となるのは前日までと変わりません。

そして、『Fratres I』(15分)。15人の舞踊家による、俗を離れた聖の、そして祈りの舞踊。

陰影。静謐。ステージ上方、舞踊家たちの遥か高いところにはスモークが漂い、全体的に薄暗いなか、フード付きの黒く長い衣裳に身を包み、修道僧然とした15人は微動だにすることなく、蹲踞の姿勢で美しい陣形を呈し、顔と剥き出しの2本の腕のみが照明で鈍い黄金色に照らされ、それはそれは息をのむ美しさです。ペルトの音楽に合わせた動きは、手のみのミニマルなものから始まり、腕へ、上半身へ、脚へ、全身へと広がり、徐々に大きなものとなっていきます。

我が身に降りかかるものは、他の者の身の上にも。耐えるような、足掻くような、身を掻きむしるような。地霊を治めるような、呼び覚ますような。天から降臨するものを待つような。個々に、交わることなくも、同士と共に一糸乱れず。それは「一(いつ)にして全」の様相。

やがて、その身に降り注ぐ15本の光の滝。鮮やかな光を受けて落下し続けるもの、正体は米。受け止めるのか、抗うのか。祝福でもないのでしょうが、試練とばかりにも見えません。動きを止めたままの総身でそれを浴びたのち、頭上に両の掌をかざし、受けようとでもするかのような姿勢を経て、今度は全身で弾きつつ、踊ることに専心していく舞踊家たち。その姿が、目を射抜きます。心に突き刺さります。

そんな米も降り注ぐのをやめる時が到来します。降り注いだ大量の米は、今は足許にあり、舞踊家たちそれぞれの動きの軌跡を描き、残すことになるでしょう。やがて舞踊家たちはそれまでの陣形を離れ、円弧を形作ります。床を両手で叩く仕草まで含めて、(あたかもベジャールの『ボレロ』を思わせるような、しかし)不在の中心に向けられた崇拝のよう。そこへ、その不在を埋めるかのように、同時に、今度こそ舞踊家たちの覚悟を祝福するかのように、再び、より太く、より鮮明に光を反射させながら落下を始める勢いを増した米の滝。胸に手を当てる15人。中空には弧をなす一筋の曙光。いまだ間断なく落下を続ける米、米、米。そこに幕がおりてくる…。

待っていたのは、一瞬の静寂ののちの割れんばかりの大きな拍手、続いて「ブラボー!」の掛け声。但し、荘厳で厳粛な空気に圧倒されて、腰を上げることが躊躇われたのは私だけではなかったようです。最初は拍手喝采のみでした。しかし、カーテンコールが繰り返されるうちに、徐々に「縛り」は解けて、少しずつスタンディングオベーションを贈る人たちも出てきます。会場中が感動と感謝を表す熱狂の渦に呑み込まれていきました。

客電が点り、終演。

…その筈でした。観客はみんなそう思っていた筈です。明るくなったのですから。ところが、幕がもう一度あがったのです。嬉しいサプライズです。

舞台には先刻までとは異なり、互いに背中に手をまわして深々と上半身を折る舞踊家たちの姿がありました。これがNoism最後となるシャンユーさん、準メンバーの片山さんも笑顔です。他方、少し前から浅海さんは涙を流し、その彼女の背中に井関さんが腕をまわしています。

やがて、金森さんが万雷の拍手に応えて、客席に向けて拍手を返すに至り、まるで堰を切ったかのように、大勢による、本当に大勢によるスタンディングオベーションの光景が現出したのでした。舞踊の力を媒介にして、ひとつになっためぐろパーシモンホール・大ホール。居合わせた者みなが生涯続く感動のときを刻み込んだ、そう言ったとしても決して大袈裟ではないと思います。

心をうち震わせたまま、ホワイエに出てみると、グッズ売り場には大勢の方が足を運んでおられ、Tシャツ、DVDなどをお買い求めになっていましたし、活動支援会員になろうとポスターに見入る方も多数見られました。

こんなに大きな感動を届けてくれるなら、また観たい、ずっと観ていたい、そうした皆さんの思いがダイレクトに伝わってきました。嬉しく、誇らしく、そして心強い光景でした。

7月も残すところ僅か。もうすぐ8月の声を聞きます。中原新潟市長が活動継続に関して方向性を示すときがやって来ます。観る者すべてに、こんなに大きな感動を届けてくれる舞踊団Noismに限って、間違いはない筈です。皆さんと一緒に、吉報が届くのを待つのみです。

(shin)

酷暑の東京に静かな熱狂、めぐろパーシモン2日目

2019年7月27日(土)、台風到来を案じながら、新幹線で東京入りしてみると、幸い、風雨はなかったものの、何かねっとりと粘つくような暑さは、もう温帯のそれとは思えず、亜熱帯化でもしたかと感じられてしまうような、もの凄い不快感に見舞われた酷暑の一日。

そんななか、東急東横線を都立大学駅で降り、柿の木坂の傾斜を汗ばみながらのぼると、まず、緑が目に入り、パーシモンホールがある区民キャンパスが見えてきました。図書館、体育館も併設される施設はさまざまな用途で人びとが集う、開放的で、魅力的なもの。素敵な公演会場です。

開演1時間前には当日券をお求めになる方の列ができ、区民キャンパス内の人の往来も徐々に大ホール中心にシフトしていきました。

開場されると、華やぎは今度はホワイエに。この日は、評論家の山野博大さん、乗越たかおさんの姿がありましたし、埼玉、愛知ほか各地の劇場関係の方たちもお越しになられていましたが、決して「お仕事」だけのおつもりではなかったでしょう。

開演ギリギリまでホワイエは談笑される方々、飲み物片手に喉を潤す方々、Noismグッズを求められる方々の姿で溢れていました。(なお、Noismロゴバッジは好評につき、sold outってことみたいです。他もどうぞお早目に。)

そして開演。『Mirroring Memoriesーそれは尊き光のごとく』65分です。この日の私は最前列からの鑑賞だったのですが、ほぼステージ高から視線を送ることになり、少し仰角、やや見上げる両目には、いつにもなく神々しさと同時に生命のもつ生々しさを伴って映じました。この日、至近距離より見詰めた舞台から、軽々、易々踊られているように見えて、生身の舞踊家たちには、重力も体重も摩擦も、私たち客席と同様に存するという当たり前過ぎる事実がビンビン、目に、肌に突き刺さってくるように感じられ、観ているうちに、作品テーマと相俟って、覚悟、精進、継承、そして希望、そんな言葉たちが浮かんできました。リフトも物凄く高く高く感じられ、心底圧倒されたことも書き記しておきます。もっと拍手していたかった、贅沢な、贅沢過ぎる時間でした。

10分の休憩では、ホワイエで友人、知人と一緒になり、いえ、一緒になったものの、みんな一様に、相応しい言葉など見つからない風情で、遠い目で反芻に耽るばかりでした。その失語感こそ、優れた芸術がもたらすものに他ならず、その際の「もどかしさ」を味わうために劇場に足を運んでいるのだなぁと改めて思い知らされたような次第です。(汗)

続いて、『Fratres I』15分の舞台です。音楽、照明、肉体がひとつになり、静謐、崇高な空気感を作り出します。その神々しい美しさといったらありません。紋切型の思考では、精神の対立項として置かれる身体だったりもしますが、金森さんを含むNoism15名で踊られるこの短いピースは、その2者が遠く隔たったものではなく、身体にして精神、否、身体即精神であること、あり得ることを、ただ見詰めるだけで容易に納得させてしまう驚異の力に満ちた15分なのだと言い切りましょう。後半、装置のアクシデント(*)にハラハラしながらも、一期一会です、その日見得た舞台だけが見る者の人生と交わる唯一無二の舞台なのであって、ただ受容することを措いて他にない、そんな初歩的なことも再確認致しました。だって、狼狽えも、たじろぎもせず、舞台に献身する舞踊家たちを見たらそれでもう充分、パーフェクトな筈です。それ以上、何があるでしょうか。

この日の客席は、どちらかと言うと静かに拍手を送るタイプの観客が多かったようでしたが、カーテンコールが繰り返され、笑顔の舞踊家たちを目にすると、気持ちの昂りを抑えていられなくなり、拍手も音量を高め、徐々に掛け声も飛ぶようになっていきました。そのなりゆきは温かみが感じられるものでした。

圧倒され尽くして、終演後のホワイエに立ちずさんでいると、家族や知人、友人に会うために、舞踊家たちが次々に楽屋から出て来る姿を目にしました。先刻までの張り詰めた様子から解放された素顔の舞踊家たちへの労いの思いを胸に会場を後にしました。「あと1日」、まだご覧になられていない方、必見ですよ。

(shin)

新潟日報「窓」欄再び♪―『魅力あるノイズム残して』掲載(2019/07/27)

皆さま、本日(7/27)の新潟日報朝刊「窓」欄に、皆さまの声を代表するかたちで、『魅力あるノイズム残して』という投稿を掲載していただきました。

こちらからご覧下さい♪ https://twitter.com/NoismUnofficial/status/1154873751709687808?s=19

折しも、東京公演が始まったタイミングでの掲載。地方紙でもあり、小さな声かもしれませんが、機運を盛り上げていく一助にでもなりましたら、幸いです。

皆さまからの更なるご支援をお願いする次第です。

また、こちらもご覧頂けましたら幸いです。新潟日報「窓」欄掲載、『ノイズムの活動支えたい』! →反響続々!コメント欄にもお目通し願います♪ (2018/03/11記事)

(shin)

Noism番外編・『ODORU FUKU』上映&トークショー(@シネウインド)

Noism15周年記念公演と重なり、そして繋がる日程の2019年7月20~22日の3日間、新潟市のシネウインドにて、早春(3月24日)の新潟県政記念館で開催されたUTOPIA秋冬コレクションのファッションショー「オドル フク」の映像を編集して新たに出来上がった『ODORU FUKU』の上映が行われました。

私はNoism新潟公演楽日のあくる日、3日間の最終日(7/22・月)にお邪魔しました。この日を選んだのは、上映後、UTOPIAさん×池ヶ谷奏さんのトークショーが予定されていたからです。(他の日も魅力的なトークゲストさんたちが迎えられていましたが、Noism公演から直で駆け付けるのは、やや忙しなく感じられたもので、当初からこの日「一択」でした。)

少し早めにシネウインドに到着してみると、そこにはUTOPIAさんのポップアップストアが出来上がっていて、UTOPIAさんの姿がありました。で、それに加えて、池ヶ谷さんも目に留まり、嬉しさマックス♪おふたりと話をしながら過ごしていると、Noismサポーターも含めて、観客がどんどん集まってきます。他に、今回上映の映像を担当された梨本諦鳴(なしもとたお)さんの姿も見られましたし、Noismの山田勇気さん、出演された浅海侑加さんとカイ・トミオカさんも駆け付けて来られました。

19:30、先ず、映像から。3月のショーを観ていなかったもので、(実際には、YouTubeで観ていたのでしたが、)何もかもが新鮮に映りました。Noism1メンバーによるNoismとは異なるパフォーマンス。そしてそれを支える裏方さんたち。さぞや準備も大変だったのだろうなぁとも。

「ODORU」の役割で出演されていたNoism1メンバーは前述の池ヶ谷さん、浅海さん、カイさんに加えて、ジョフォア・ポプラヴスキーさん、井本星那さんと、併せて5人でしたが、その他、チャン・シャンユーさんの姿も銀幕に映し出されていました。(浅海さんとシャンユーさんはNoismを離れるということもあり、よく見とかなきゃと思ったりもしました。)

(Photo by Shinobu Kobayashi)
(Photo by Shinobu Kobayashi)

34分間の上映後、お待ちかねのトークショーの始まりです。司会は堀綾香さん(三条市・nailAtelier Twill)。親しい間柄の3人と見え、寛いだ雰囲気のなか、トークは進んでいきました。以下に、話された内容から少しご紹介します。

  • 従来型のファッションショーは「高嶺の花」みたいな感じがしたり、メディアや玄人、業界の人のためのものとの感じがして、もっと面白いものがつくれるのに、と感じていた。新潟に住む人たちに、踊りを通じて、異空間を楽しんでもらいたいと思った。(UTOPIAさん)
  • 衣裳は五泉ニット製。どんな動きをしても、服が揺れてくれる。こんな動きをしたら揺れてくれるよねとか話しながら、振りも変えていった。(池ヶ谷さん)
  • 「旅する衣」をテーマに、「19歳の少女」の旅先での出会いとか経験などをまず「詩」にして、昨年冬から洋服作りなどもスタートさせた。池ヶ谷さんにも同じ「詩」を渡して、踊りを作ってもらうかたちをとった。どんなものになるか楽しみだった。(UTOPIAさん)
  • Noismにおける創作は芸術監督(金森さん)がやるが、今回は自分が構成を考えて、みんなで振りを作っていった。みんなの個性や好きな動きをピックアップして作っていったので、より「フリーダム」を感じた。(池ヶ谷さん)
  • 映像化されたものを見ると、ガラッと変わったものになっていて新鮮だった。音楽も変わっているし、様々な視点から見ることが出来たし、洋服に寄った場面など素材感がわかって、迫力があった。(池ヶ谷さん)
  • まだ始まったばかりという感じ。新潟の「文化」も踏まえて、「行先」を考えていきたい。今、小千谷縮(おぢやちぢみ)に興味があり、学んでいるところ。新しい素材、新しいアプローチを取り入れて、また、新潟でファッションショーをやりたい。(UTOPIAさん)
  • 自分の作品をつくれる場を増やしていきたい。「新潟のよさ」を伝えられる人になりたい。(池ヶ谷さん)
  • 会場からの質問①「洋服とNoismのダンスで、それぞれの色が『衝突』するようなことは生じなかったのか」に答えて: *池ヶ谷さん「Noismらしく動くという意識はなかった。どう動いたら、素材をどう見せられるかについて、ディスカッションすることを楽しんだ」  *UTOPIAさん「以前、『水と土の芸術祭』の折、人を介して、池ヶ谷さんから依頼を受けて、衣裳を担当したことがあり、その際、ただ止まって美しいだけでなく、例えば、捻じれたときのシルエット的な美しさを求めていくなど、本当に勉強になった。今回に関しては、Noismダンサーが着るからという意識はなく、過度に、洋服を踊りに寄せたりすることはしなかった」
  • 会場からの質問②「春の県政記念館でのショーのときの音楽は誰が選んだのか」に答えて: *池ヶ谷さん「私が、自分の好きな曲(5曲)を使った。いつか使いたいとセレクションしていた5曲だった。歌詞に合わせて振りを考えたような部分もあった」  *UTOPIAさん「今回の映像に付けられたものは、いちから作ってもらった音楽だった」

トークショー終了後も、ポップアップストアでUTOPIAさん製作の洋服などを見ながら、話しに興じる姿が多く見られ、万代シティ第二駐車場ビルの「あの一角」は常より遅い時間まで煌々と灯りが点されるなか、賑わいを残していました。蒸し暑い夏の夜のこと…。

(shin)