Noism2出演「にいがた総おどり」in アート・ミックス・ジャパン2018

2018年4月14日(土)、この日はJR新潟駅の高架化に伴う
線路切り替え工事のため、新潟駅を中心に大規模な列車運休がある一日で、
その影響から市内の道路はどこもかなり渋滞していました。
そんななかで、JR東日本も「SPECIAL SUPPORTER」として名を連ねる
「アート・ミックス・ジャパン2018」が開催されるとは…。
なんとも不思議な感じもいたしましたが、ともあれ行きました、行きました。
観ました、観ましたNoism2。
ジャンル「祭り」チケットno.11「にいがた総おどり」@りゅーとぴあ・劇場。

全席自由席の公演だったため、
開場時刻17:05のおよそ50分ほど前に様子を見ようと
劇場入口へ行ってみると、
はやくも壁に沿って入場を待つ人が並び始めていたので、
その列に加わって開場を待ちました。
その甲斐あって、狙っていた最前列中央の座席を押えることができて一安心。

開演までのホワイエでは「三条神楽」が演じられていたり、
枡入りで提供されるラテアートを買い求める人の列ができていたりと、
華やかな雰囲気がそこここに漂っていました。

17:35、開演。
まずは色と音の洪水、下駄総踊りで幕が開け、会場中が熱い手拍子で応えました。
続いて、万代太鼓。笛・鐘・太鼓・踊りが
ボルテージ上がりっ放しのステージを降りて、客席通路へ。
ますます観客と一体となって盛り上がる様子を振り返って眺めていると、
最後は横笛一本による厳かな演奏が会場を鎮めていきました。
…ん、この雰囲気。いよいよかな。果たしてその通り。
17:50、一旦下りていた緞帳が再び上がると、照明が入る前の暗いステージ、
その舞台框(ぶたいがまち)際の最前面に、
横一列に並ぶNoism2メンバー9人の姿が朧げに目に入ってきます。

照明が入ると、そこまでとは打って変わって、いたってシンプルそのもの。
照明もそうなら、音楽もそう。
何より、腕と背中を剥き出しにした黒のレオタード+黒のタイツという衣裳がそう。
空気は張り詰め、一瞬にしてクールでソリッドな舞台に早変わりしました。
定期公演で観た「Noismレパートリー」のアナザー・ヴァージョンです。

踊られたのは、『ZONE -陽炎 稲妻 水の月』「academic」(2009)からの断片と
『PLAY 2 PLAY -干渉する次元』(2007)からの断片でしたが、
目にしていた定期公演のときとは異なる新たな演出・編集が施された、
この日限りのスペシャルな演目でした。
すぐ目の前、センターには、次のシーズンからNoism1へ昇格する西澤真耶さんの姿。
で、更にNoism1準メンバーとなる片山夏波さんと三好綾音さんがいる、
このメンバーでのNoism2もこれで見納めだななどと思うが早いか、
様々な記憶が去来するのに任せて、視線を送ることとなりました。
持ち時間はわずか10分だったようですが、
会場中が息を詰めて食い入るように見詰めている様子でした。
18:00、彼女たちのパートが終わったとき、
他の演目とは明らかに趣の異なる拍手が劇場内に谺しました。

その次に登場したヒップホップのUnityも注目チームだったようで、
Noism2~Unityの流れに認められる「芸術性」は、
「熱狂」や「一体感」を志向する他の踊りとはそのテイストを異にし、
このプログラムにおける、ひとつの目玉と言って差し支えないものでした。

その後も、「お祭り」色の強い、会場一体型のパフォーマンスが続いたのち、
プログラムの締め括りには、新潟人の耳に馴染みの深い樽砧(たるきぬた)が登場。
その樽砧の演奏を中央に、出演者全員が一堂に揃いました。
その際、「オラオラ」な素振りが微塵もない控え目過ぎる9人の女性たちは、
他の昂揚した気分の踊り手たちのなかにあって、
どこか儚げで、所在無さげで、遠慮がちで、
先刻、圧倒的な存在感で、空気を支配して踊っていたときとは全く別人のようであり、
今風に言えば、「ギャップ萌え」で、「キュン死」してしまいそうでした。(笑)

おっと、もうひとつ是非とも記しておきたい事柄が。
それは樽砧の素晴らしさです。
見事なバチ捌きから繰り出される、軽快でノリの良い音、音、音。
浸って聴いていると、3年前(2015年8月)の「水と土の芸術祭」において、
旧二葉中学校グラウンドで踊られた
Noism2×永島流新潟樽砧伝承会による作品
『赤降る校庭 さらにもう一度 火の花 散れ』の記憶が蘇ってきました。
アレをもう一度観たいなぁと。
Noism2のレパートリーとして踊り継いでいって欲しい、
新潟らしい名作でしたから。

私は、にいがた総おどりにも、Unityにも明るくはないため、
逆立ちしても、どうやっても、それらについて詳しく書くことなどできません。
しかし、この公演で「オール新潟」の踊りを概観できたような気がします。
逆に、にいがた総おどりやUnityメインで来られたお客さんも、
Noismに触れ、体感し、「新しいジャンル」を堪能したのではないでしょうか。
その意味では、本県が「踊りにまつわる文化コンテンツ」が豊かなことを
改めて実感できる、好適な45分間のプログラムだったと言えそうです。
(欲を言うなら、Noism2ももっと観たかった部分はありますが…。)
個人的には、いずれも新潟に根差す、様々な「踊り」に目を釘付けにされ、
大いに楽しむことが出来ました。

Noism2の出演はこのプログラム限りですが、
「アート・ミックス・ジャパン2018」はもう一日、15日(日)も開催されます。
詳しくはこちらをどうぞ。

(shin)

「ロミオとジュリエットたち」ほか

Noism1メンバーは、静岡県舞台芸術公園の稽古場でSPACの俳優さんたちと合同稽古中だそうですね。
劇的舞踊vol.4 Noism1×SPAC『ROMEO&JULIETS』に出演する俳優の貴島豪さんも、前のブログ記事にコメントを寄せてくださっています。
どうぞお読みください。

さて、ロミジュリのチラシもできあがり、来週チケット発売開始です!
もう3月も終わりですね。なんと早いのでしょうか。

4/14アートミックス・ジャパンにNoism2出演、もうすぐです。
4月末の上野の森公演『Mirroring Memories−それは尊き光のごとく』もチケット好評発売中ですよ!
http://noism.jp/npelist/

閑話休題:

昨日シネ・ウインドで「ダンシング・ベートーヴェン」をようやく見てきました。
この殺伐とした時代、希望の光であり、心の拠り所となるものは何か。
その問いに応えてくれる映画です。

シネ・ウインドでの上映は30日まで。ぜひご覧くださいね。
予告編にロミジュリのチラシバージョン(無音)もありますよ♪
https://www.cinewind.com/

そして、金森さんと井関さんがモデル協力をした、第四銀行本店ロビーでの作品展“Le Rouge et le Noir”も30日まで。
こちらもようやく見てきました。
銀行は平日の15時までなのでなかなか大変ですが、ぜひどうぞ。
店内は写真撮影NGだそうで、ここに載せられなくて残念。。
「Sawako & Jo Noism」という大きな作品、見ごたえありました。
赤と黒の切り絵(切り影像)、素敵です♪
http://noism.jp/kiriei-do/

ここ数日、春めく日本列島、桜前線北上中♪
(fullmoon)

新潟日報「窓」欄掲載、『ノイズムの活動支えたい』! →反響続々!コメント欄にもお目通し願います♪

3/11の新潟日報「窓」欄に「ノイズムの活動支えたい」という投稿が掲載されました!
高校ダンス部の活躍や新潟の踊り文化にも触れています。
皆様ぜひご覧くださいね♪
https://mobile.twitter.com/SoranouenokumoV/status/973360243462701056?p=v

そして、こちらは小柳議員の3/8のブログリンクです。
2月定例議会での、Noismについての質問と市の答弁の要旨が掲載されています。
http://koyanagi-satoshi.jp/2018/03/08/1312/

この中であげられている、Noismへの予算につきまして、negryuさんがツイートしています。
https://mobile.twitter.com/negryu1234/status/972266337337671681?p=v

予算なくして活動なし。
更なる予算を付けてほしいものです。

さて話は変わりますが、
新潟県文化振興財団が季刊発行している「Culture Niigata」(新潟文化情報誌 カルチャーにいがた)vol.94(2018.3~5月)の表紙とメイン記事「NEXT STAGE」に、
元Noism2の土田貴好さんが掲載されています♪

土田さんは現在文化庁の新進芸術家海外研修員としてベルリンへ2年間留学中。
記事はベルリン出発前のインタビューで、Noism2に所属していた時のお話もたくさん載っています。

ちなみに、サポーターズ会報32号でも土田さんのことはご紹介していますが、「カルチャーにいがた」では大きく取り上げられていてうれしいです♪
「Culture Niigata」は、りゅーとぴあや県民会館、文化施設等に置いてあります。
無料配布ですので、どうぞご覧ください。

土田さんは新潟市出身。
彼の夢は、
「新潟にカンパニーを設立して、ダンサーが生きていける環境を整えながら、作品を全国や世界に届けること」。
まさに金森穣Noismの活動理念と同じです。

若者の夢と希望と行動力を育むNoism(若者だけじゃないけど)。

金森さんのツイッターによると、今日の夕方は、新潟市内の高校ダンス部選抜メンバー30名に、Noism1メンバー総出でNoismレパートリーを教える「Noismワンデイ・スクール」があるそうですね。
https://mobile.twitter.com/jokanamori/status/972600517779009536?p=v

金森さん、メンバーの皆さん、がんばってください!

新潟市の誇り、金森穣Noism、ますます応援していきましょう!!
(fullmoon)

追記: 新潟日報「窓」欄掲載の投書に寄せられた沢山の反響につきましても、
shinさんが下のコメント欄に「☆Noism愛コメント」としてあげてくれています。
どうぞお読みください!

小柳聡議員へお詫び

新潟日報の市議会記事から派生した反応が、SNSで全国に広がっています。
その数の多さに文化政策への国民の関心の高さを感じ、Noismへの声援をとてもうれしく思っています。

たくさんのSNS発信がありますが、福岡の方による、「PINstage高崎大志の『さくてきブログ2』」に、「新潟日報のnoismの件は、とりあえずこういう視点をもってみておくといいのかも。ポイントは5つ。」が昨日3/8にアップされました。
https://sakuteki.exblog.jp/26546909/

この中で驚いたのは、小柳聡議員の平成29年12月定例会本会議での発言です。
小柳議員は、
「また,Noismのように大事なもの,継続性が重要なものもあります。」
と発言しているのです。

「新潟日報のnoismの件は、とりあえずこういう視点をもってみておくといいのかも。ポイントは5つ。」には、
http://www06.gijiroku.com/niigata/ で、noismで検索して、平成29年12月定例会本会議-12月12日-04号の中にあります。〕
とあります。
その通りにすると当該会議録のその箇所がばっちり出てきて驚きました(もちろん会議録全体も出ます)。

う~ん、勉強不足は私の方でした。

私が書いた3/7のサポーターズブログ中、小柳議員に対し「この人、勉強不足? と思ってしまいます。」と書いたことをお詫びし、取り下げさせていただきます。

小柳議員が芸術に理解がないとは考えにくいというツイートもいくつかあったので、気にはなっていました。
高崎大志さん、ツイートしてくださった皆さん、どうもありがとうございました。

市議会とは無縁の生活をしてきた私。
新潟市の専属舞踊団Noismを応援するからには、情報を正しく把握し、新潟市政、市議会にも関心を向けねばと痛感した次第です。

皆様、何はともあれ、Noism応援よろしくお願いいたします!!
(fullmoon)

金森穣Noismは新潟市の誇り、新潟市の宝

新聞を見て驚きました。
3月6日付の新潟日報の記事によると、

〔新潟市議会は5日、2月定例会本会議の一般質問を行い、新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)専属の舞踊集団「Noism(ノイズム)」の今後の活動について、中野力文化スポーツ部長は、「これまでの実績や成果を踏まえ、2018年度末までに在り方を検討する」とした〕

そうで、どうしてもっと早く活動継続・更新を決定しないのか不思議です。
決定が遅れているのは、どうも今秋の新潟市長選に関係があるらしく、次の市長が誰になるかわからないので歯切れが悪いのだと思われます。

しかし、これまでのNoismの新潟市への貢献度を考え、これからの展望を思うと、市長が誰になろうが逡巡するのはおかしいのではないでしょうか。

2004年設立以来、Noismの活動、活躍は驚嘆すべきもので、金森さんは新潟市のためによく働くなあとずっと感心していました。
新潟市民栄誉賞をあげたいくらいです。
そういう賞はないのですが、新潟日報文化賞はもうもらっているので、ニイガタ安吾賞あたりがいいと思うのですが、出す方ともらう方がどちらも新潟市関係なので難しいそうです(横道にそれてすみません)。

さて、記事によると、

〔中野部長は功績について、フランスなど10カ国で公演を行い国内外で高い評価を受けた実績を説明。中学校への出前公演や、未経験者向けのワークショップといった市内での活動も報告し、「踊り文化の普及・継承の活動に取り組んできた」とした。一方で、出前公演は3年間で8校にとどまることも明らかにした。〕

となっていますが、この最後の、
「出前公演は3年間で8校にとどまる」という表記はいったいなんなのでしょう?
3年で8校ということは、1年で2校以上。
ということは、通常の公演のほかに1年に2回以上も公演しているということになります。
それを「とどまる」と書くなんて、その場の状況はわかりませんが、両論併記の危うさを感じます。
ワークショップもやっていますし、これ以上は働かせすぎなのでは。

さらに、

〔小柳聡氏(民主にいがた)は「『国内外で評価』と言うが、市民の税金を使っており、市民も評価しないと継続は難しい」と指摘。〕

したそうですが、この議員の発言は新潟市民として、とても悲しく、憤りを覚えます。
これほどやっていて、すでに高い評価も得ているのに、この上どうすれば評価すると言うのでしょうか。
この人、勉強不足? と思ってしまいます。

金森さんはツイートしています。

「この方の言う“新潟市民“には、我々が国内外(新潟外)で評価を得ている事を、誇りにしてくれている(評価している)市民は入っていないのだろう。来年以降も国内外で大きなプロジェクトが動き始めている今、新潟市は我々に何を求めるのだろうか。劇場とは世界への窓なのだ。
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/politics/20180306378780.html 

信念と理想を掲げて前に進み続ける金森穣Noism。

新潟市が財政難なのは知っていますが、
劇場文化の灯であり、公立舞踊団ならではの一流の舞台芸術を新潟から世界へ発信し続けている金森穣Noismは、新潟市の誇りであり、宝です。
「新潟市にはNoismがあるんだよ♪」と、新潟市民なら議員さんでも誰でも誇りを持って自慢してほしい。

NoismサポーターズUnofficialは、Noismの活動継続の一助になれればと思い、市民団体として応援活動を続けてきました。
これからも気をひきしめて、市議会議員にも届くように、ますます応援していきたいと思います。

記事の最後に、

〔中野部長は「法人や個人から広く活動支援を募っている。今後も、自主財源の確保に努める」とした。〕

とあります。
活動支援というのはNoismに寄付をするということです。
詳細:http://noism.jp/support/
今春、新たな活動支援の体制が発表される予定です。

私も、NoismサポーターズUnofficial自体も活動支援会員です。
サポーターズ会員と活動支援会員を兼ねている方はたくさんいらっしゃいます。

Noismの活動継続には今後ますます活動支援が大きな役割を果たしていくと予想されます。
行政と市民の両輪で金森穣Noismを盛り立てていきましょう!

追伸:今見たらacoさんがツイートしていてうれしい♪
https://mobile.twitter.com/SoranouenokumoV
乗越たかおさん、他の皆さん、ツイートありがとう!
(fullmoon)

舞踊家の矜持を示した新生NINA、埼玉公演楽日

銀盤で羽生結弦選手が今五輪初の金メダルをこの国にもたらしたのは
埼玉公演の初日、緞帳があがるまえのこと。
小平奈緒選手がそれに続いて金メダルを獲得したのは、翌2018年2月18日(日)、
今度は埼玉公演の楽日の舞台がはねてからのこと。
私は新潟に戻り、「俄かスピードスケート・ファン」と化して、
興奮しながらテレビの画面が映し出す小平選手に釘付けになっていました。
「確実視された朗報」も蓋を開けるまでは何が起こるかわからないのが常で、
ハラハラしながら見守っていたものです。
しかし、彼と彼女はやってくれました。
王者の風格を感じさせる日本人を心底誇らしく感じたものです。

で、そのふたつのエポック・メイキングな金メダルに挟まれるようにして、
「約束された感動」の舞台に立ち会ったのですから、
この2日間、どこをとっても、まさに血沸き肉躍るような大興奮の2日間だった訳です。

「風格」、そうです。まさに「風格」。
しかし、こちらは日本という軛(くびき)をいとも軽やかに超越して、
舞踊家というコスモポリタンが示した「矜持」とも呼べる舞台、新生NINA。

とりあえず国内ラストとなるこの日、公演前のホワイエには、私が知り得る限りでも、
バレエ評論家の山野博大さん、今回の衣裳を担当されたSOMARTAの廣川玉枝さん、
そして盟友・ISSEY MIYAKEの宮前義之さんと建築家の田根剛さんら、
錚々たる金森人脈とも言える人々が集結。
華やかで祝祭的な雰囲気のなか、
「約束された感動」に至る時間は刻々刻まれていきました。

その感動の舞台はまず、幽けき切れ切れの音から。
井関さんが、15分間、その一身でひたひたと迫りくる死を踊って、
無常を可視化し、観客の心を静かに揺さぶり、場内の空気を鎮めます。
カーテンコールの最後に、笑顔で右手を上げて、
自身が踊った時空とは別の次に控える時空への繋ぎの仕草を見せるのは、
「前座」と言えば「前座」、確かにそれに基づく振る舞いではあるのでしょうが、
まさにそれはそれだけでお金が取れる「豪華すぎる前座」であり、
次の演目へのハードルをグッと押し上げました。

高められるだけ高められた期待値を一様に視線に込める客席。
一転して、今度は神経を逆撫でするかのような異様な音が鳴り響き、
「生け贄」たちがスタイリッシュに、
支配と被支配、抑圧、暴走、焦燥や反乱を踊ります。
そのさまは、前日のコメント欄でfullmoonさんが触れてくれたように、
そして各種SNSで多くの人たちが書き込むように、
AI(人口知能)を巡る極めて現代的な混乱として目に映ずることでしょう。

しかしまた、この作品は2005年に世に送り出されたものであり、
過去に再演も行われています。
優れた古典が、時代を超えて生き続け、様々な見方・読み方を可能にするように、
この『NINA -物質化する生け贄』も、その時代その時代で、
異なる思考の「容れ物」として機能してきたのでしょうし、
これからもそれは変わらない筈です。

過去、現在、そして未来を繋いで、メンバーを入れ替えながら踊られ続け、
今回の照明や衣裳の変更等を含め、実演を通して練り上げられることで、
『NINA』としての一貫性は保ちながらも、更に進化を続けていく作品。

この度味わった感動や抱いた印象の記憶は記憶として、
この作品の魅力の淵源であるところの、
常に「刹那」が刷新され、突出し続けるダイナミクスは、
私たちを途方もない確信へと誘わずにはおきません。
金森さんは今度はいつ、この同じ『NINA』で、また別のものを見せてくれるのだろうか、
そしてそれは「約束された感動」でない筈がない、というものです。
---5月の上海、それもそうですが、
またの日、必ずや『NINA』に心揺さぶられる日が来る筈だと。
否、既に揺さぶられる準備はできている、とも。
その日が今から楽しみでなりません。


(shin)

217(「NINAの日」)、彩の国さいたま芸術劇場初日

今回、「生け贄」のセンターを務める池ヶ谷奏さんがそう言うのだから
「NINAの日」…
などと始めると、何やら俵万智っぽくもある2018年2月17日(土)。
またしても大雪の予報が現実のものになり始めた新潟を離れて、
埼玉に来てみれば、
彩の国さいたま芸術劇場界隈は大変な強風。
で、16:30の入場時には、風にチケットを飛ばされてしまって
追いかけては足で抑える姿もちらほら。




大ホールの入り口を入ると、
いつものようにホワイエに立つ金森さんが目に入り、まずは会釈。
写真家の篠山紀信さん、「ヤサぐれ舞踊評論家」乗越たかおさんの姿も
お見かけしましたし、
元Noism1メンバーだった計見葵さんにはご挨拶できました。

ほぼほぼ埋まった客席。
予定の開演時間を5分ほど回った頃、客電が落ち、
『The Dream of the Swan』の関東初お目見え。
ベッド、ペンダントライト照明、井関さん。
怯えて身悶えする、崩壊寸前の自我。
時折、思い出すように蘇る正気。
移りゆくホリゾントの照明も暗示する今際の際に
フラッシュバックする往時の凛とした姿、
それはまさにたゆたう渾身の「瀕死の白鳥」。
「Under the marron tree」ならぬ「On her deathbed」。

異様に張り詰めた空気が会場を飲み込み、
終演後、客席から起こる拍手もクレッシェンド気味。
井関さんの笑顔にホッとして
漸く拍手できたという感じが漂っていました。

あちこちに、配布されたプログラムに目を通すお客さんの姿。
照明の撤去など準備が整うと、休憩は挟まずに、
『NINA ー物質化する生け贄』です。
漲る運動性を以って「不動」に徹する白い身体、5つ。
言い換えるなら、運動性に溢れた「不動」。
暗転。
動くことで、逆に運動性からは遠く映る黒い身体5つが加わり、
併せて10の身体が白黒5つのペアとなった際、
冒頭の「不動」の白い身体(人形、フィギュア)ポジションの意味が判ります。
崇高な玩具、或いはフェティシズムと倒錯。

白と黒、眩いばかりの黄金の光や赤を経て、
やがて再びの白と黒(または黒と白)に至るまで、
削ぎ落とされ、限定された動きが生み出すリズムの豊饒さ。
戦慄にして、厳かなユーモアと皮肉、その奥にあるのは鋭利な批評性。
そしてそれらを可視化する磨き上げられた身体性。
酔います、酔っちゃいます、酔いしれるしかありません。

「ブラボー!」の声も飛び、埼玉の客席を圧倒した感のある
Noism1『NINA ー物質化する生け贄』、
カーテンコールが繰り返されました。

「明日(2/18)が最後」かと思っていたら、
5月には上海公演もあるとのこと。
恐らく行く人はいるな、うん、いる。いるはず、あのあたり。(笑)
でも、わたし的には「明日(←正確には今日)が最後」なので、
瞬き機能OFFでガン見しようと思ってます。(笑)

【追記】
関東で観るNoism、いつものりゅーとぴあでの鑑賞との違いは
公演後のアフタートークの有無。
「ホーム」新潟を未体験の方は是非一度いらしてみて下さい。
病みつきになっちゃうかもです。
(shin)

Noism1『Swan & NINA』埼玉公演、今週末!

久しぶりに青空が見えた今日の新潟市。
Noism1メンバーが埼玉に向けて出発しましたね♪
こんどの土、日、いよいよです!

Noism1『NINAー物質化する生け贄』埼玉公演

2/17(土)17:00
2/18(日)15:00

会場:彩の国さいたま芸術劇場・大ホール

★同時上演 金森穣演出振付、井関佐和子ソロ新作
『The Dream of the Swan』

詳細:http://noism.jp/npe/n1_nina2017_saitama/

トレイラ―映像:https://www.youtube.com/watch?v=MVaZS-mNIOE&feature=youtu.be

井関佐和子さんも踊ります!!
どうぞお見逃しなく。

金森さんのツイッターによると、5月に予定している中国公演の演目も『NINA』だそうですね!
メンバーの皆さん、ますますがんばってください!!

埼玉公演では、上野の森バレエホリディで4月末に上演する『Mirroring Memories−それは尊き光のごとく』のチケットを販売するそうですよ♪

閑話休題:

昨年6月、Noism2が上演した平原慎太郎 演出振付『よるのち』。
明日から平原さんのカンパニー、Organ Worksが上演します。

『よるのち』
振付・構成・演出:平原慎太郎
出演:Organ Works

2月15日(木) 19:00
2月16日(金) 14:00/18:00
2月17日(土) 14:00

会場: BankART Studio NYK (横浜市中区海岸通3-9)
チケット:前売り 3,000円 当日 3,500円 学生 1,500円
お問合せ: 070-1409-0478 (10:00~18:00)/info@theorganworks.com
詳細:http://theorganworks.com/2018/01/12/%e3%80%8e%e3%82%88%e3%82%8b%e3%81%ae%e3%81%a1%e3%80%8f-bankart-studio-nyk/

埼玉公演と微妙に重なっていますが、ご都合のつく方はぜひどうぞ!
満席の回もあるそうなのでお問い合わせください。

さて、前の、茂木さん×金森さん柳都会についてのブログ記事、shinさんが追加でいろいろ書いて下さっています。
コメントも増えたのでどうぞもう一度お読みくださいね♪

埼玉公演、楽しみです!
(fullmoon)

「柳都会 第18回 茂木健一郎×金森穣 -脳から考える身体の知性」を聴いてきました

2018年2月4日(日)、立春を迎えた新潟ですが、
もう何回目になるのか思い出して数えることも嫌になるような寒波の襲来に見舞われ、
降る雪に閉口しながらも、りゅーとぴあ(5F)能楽堂に出向き、
大勢の、本当に大勢の聴衆とともに、
脳科学者の茂木健一郎さんをゲストに迎えた「第18回柳都会」を聴いてきました。

圧倒的な臨場感をもって語られた「会」をそのままお伝えすることは到底できませんが、
その雰囲気の一部でもご紹介出来たら、との思いでレポートを試みます。
これから書かれる発言は特に断りがなければ、茂木さんのものであるとお考え下さい。

そして、もっと重要なことを最初にお断りしておきますが、
それは脳科学その他の知識の持ち合わせのない者がこれを書いているため、
あまり深い記述を期待されると困るということです。
あくまで雰囲気をお伝えしようというのが主眼です。
その点、ご了承願いたいと思います。

おふたりが能楽堂の舞台奥から登場。
開口一番、「お客さんの多さに戸惑っている」と金森さんが切り出すと、
すかさず、「葉加瀬太郎さんと勘違いしてませんか」とおどける茂木さん。
つかみはOK。このやりとりがこれに続く愉しい2時間の皮切りでした。
(但し、冒頭、言うつもりの「このあたりに住む粗忽者でございます」を言い忘れてしまい、
休憩後、後半の登場時に改めてそう名乗ることで、何とか思いを遂げることができたとして、
笑う茂木さんでもありました。)

用意された椅子にかける金森さんの傍ら、
自ら「喋るときは立つ。足にスイッチがある、そういうシステム」と語り、
ずっと立って動きながら話す茂木さんが繰り出した第一の問いは
「『美』って何だと思いますか。金森さん」
対話による公開講座の始まりです。

「美」について
☆蓄積されたビッグデータを解析すると、「美」とは「平均値」のことになると説明。
「美人」も、まずは両目の間隔が顔幅(横)の46%で、
目と口の間隔は顔の長さ(縦)の36%と数値化できるのだという統計結果を示し、
但し、顔には他にもパラメータが多く、
それらが全部揃っていれば「美人」とされるのだと解説。
(巷に美人が溢れてしまうことになり難いのも、
顔を構成するパラメータの多さの故とのこと。(笑))
動きも同様ではないか。
それを基にして動きを見つめると美しく感じる
「メートル原器」のようなものが存在するのではないか、
という見方で動きを捉えているそうです。
動きもシンプルで余計なものがない方が記憶に残り易い。
それは美人ほど表情から感情を読み取り易いのと同じだと。

芸術と日本、そして天才
★人口80万人の地方都市・新潟がNoismを抱えて、芸術を培っているのは、
欧州ではよく目にすることながら、この日本では奇跡的なこと。
例えば、100年後に、コンテンポラリーダンスの歴史が書かれたりするなら、
この年代を扱うとき、《金森穣、Noism、新潟、日本》の記載がない筈がない。
☆個性の表現としての芸術が根付きにくい国・日本。
対して、欧州や米国は、もともと主観を重視する。
この点に関して、金森さん「日本の芸術教育は先生が絶対であり、
先生に言えることはない。それ故、10代でローザンヌへ行ったとき、
『君はどう思う?』と常に意見を求められるのがキツかった。」
★欧米には、自分の個性を表現することを「喜び(glee)」と捉える土壌がある。
「これを表現しなきゃ生きていけない」とかという強い思いがあるかどうか。
☆J・シュトラウスの「こうもり」を聴くと、その時のウィーンの情景が浮かぶし、
マーラーの交響曲第5番のアダージェットには、憂い、喜びや郷愁が宿っている。
これらは具体的な何かから出発して、脳の中で起源(原型)の方に向かっているのであり、
アインシュタインの言葉を借りれば、芸術は「その痕跡を消すもの」だと。
★天才は遺伝しない。ただ凡人から生まれるのみで、また凡人が生まれる。
天才はネットワークの産物と捉えられる。
天才、即ち「創発」(=部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れること)した人。
「あの日、あの場所」の個別性と結びついたかたちでしか理解できないもの。
例えば、フェルメールが描いた絵には、一人ひとり全てにモデルが実在する。
個別性が普遍性をもつ。→個別的・具体的な身体が踊りとして普遍性を有する構造とパラレル。
金森さん「例えば、ボレロも、ひとりの天才がゼロから創ったものではない。
大本は、酒場の赤い円卓の上で踊ったニジンスキーの妹」

意識と脳
☆寝ている間、意識がないにも拘わらず、起きた時の自分が、
例えば、自分のコピーではなく、何故、寝る前の自分と同一であると感じるのか。
それは単に、「ベイズ推定」(確率的な意味で推論するアプローチ)に拠っているに過ぎない。
★クオリア(感覚質): 主観的に体験される様々な質感。
『SHIKAKU』や『sense-datum』を観た時のクオリアはずっと残っていて、それが育っていく。
金森さんも「人の心に届く。人の一生に何らかのものを残す。それを信じなければ、
舞台で踊ったりできない」と。
☆死について: 今ここにいない人のことを思うとき、心が動くことがある。
亡くなった人を想起するような場合など、脳の「DMN(default mode network)」
(=安静時において、活動が高くなる脳領域)的には実在していることがあると考えられる。
☆ミラーニューロンの話(参考:BS日テレ「ニューロンの回廊」…【註】):
金森さんが呈した疑問「感覚所与として、どのように客席に届くのか」に対して、
茂木さん「シミュレーションしている。子どもが言語を獲得するのと同じ。
脳内では、自分で踊っている気になれる」
★茂木さんが呈した疑問「どうやったら振りを覚えられるのか」に対して
金森さん「素質と言えば素質だろうけれど、頭で考えていないことは事実。
頭で考える人は覚えられない。空間における身体の動きの作用として覚える。
20世紀初頭に『notation(「記譜」)』が考案されたのだが、細かい動きは無理。
今なら、映像の方が優位。しかし、それも瞬間や雰囲気は捉えられない。
また一方、他者の身体を通すことによって飛躍すること、
もっと端的には実演家によって花開いたりすることがある。
もともと女性が踊っていたボレロを、ジョルジュ・ドンが『踊りたい』と言い、
今のボレロになったのもひとつの例」
茂木さん「ダンスとは、成立条件がとてもユニークな芸術形式だと感じる」

自由意志は幻、全ては自然法則で決まっている
☆金森さんの「音楽を聴いて、何かを受信する。それをアウトプットしている」イメージを
「電波系」と呼ぶ茂木さん。脳に起きていることを違った風に説明することは多いとしながらも、
金森さんを「受信して見えたものの翻訳作業ができる人」とし、
『電波』を現実に繋げていくのは容易ではないこと、と。
★自由意志はない。人間は、小さな流れが集まって、大きな流れになったもの。
自身の生活における無数の要素の集積としての人間。
感謝の念をもって、世界と交わるべき。
☆「メッセージ・イン・ア・ボトル」:
記憶に残る言葉は、大概、言った本人は覚えていないことが多い。
贈り物を誰かにあげているのかもしれない。
舞台も同じ。創り手が受け手に。
★マインドフルネス(=「今この瞬間」の自分の体験に注意を向けて、評価をせずに、
現実をあるがままに受け入れること): 多様性のままに受け取ることの重要性。
舞台もそのままで受け取るのが素晴らしい。

神や永遠について
★スピノザ『エチカ』によれば、神とは「絶対無限」であり、ということは、
姿かたちをもたず、人格もなく、賢ささえない。
☆永遠: 永続する時間のことではなく、今、この瞬間にある。
例えば、「赤のクオリア」が今ここで生まれる、その一瞬に永遠性を見る。
過去の自分は今はもういない。その時その時で死んじゃっているようなもの。
「今」という時間が「永遠」と繋がっている。

感動をめぐる脳の仕組み
★偏桃体におけるオーバーキャパシティとみなし得る。
喜びの処理がオーバーフローし、
脳の回路としては、ある意味「傷つき」、痕跡を残した状態。
☆Noismを観ると、ある意味疲れるのは、
情報処理荷重が極めて高いからと考えられる。
金森さん「また、Noismは身体を緊張状態において舞台に立たせている。
ミラーニューロンの働きとして、客席に繋がることもあるのではないか」

能とNoismの類似性
★金森さん「帰国してカンパニーを立ち上げ、名付けるとき、意識にあった。
身体でしかできないものを歴史的に継承し、抽象的なものを創造している能。
様式化することの重要性。様式化された身体。
日常的な身体は登場させない。
空間構築・橋掛かり→トランスフォーメーション後の身体という共通性。
あらざるどこかを想起させる能。
西洋と東洋の融合で新しいものを生み出したいという思い」

以上、関連した発言は前後移動してグループ化して置いてみましたが、
力不足から、総じて、纏まりに欠けるレポートとなってしまいました。
ご容赦願います。

茂木さんの縦横無尽な語りから飛び出してきた名前は、他にも、
養老孟司、ジル・ロマン、マリア・ロマン、シルヴィ・ギエム、アランチャ・アギーレ(『ダンシング・ベートーヴェン』)、青山二郎、白洲正子、小林秀雄、長次郎、木村拓哉、市川海老蔵、坂東玉三郎、小澤征爾(サイトウ・キネン・オーケストラ)、Negicco、篠田昭(新潟市長)、東浩紀、リヒャルト・ワーグナー、コジマ・ワーグナー、ハンス・フォン・ビューロー、フランツ・リスト、レオナルド・ダ・ヴィンチ、荒川修作、貴乃花、宇多田ヒカル(『First Love』)、ダン・ブラウン(『Origin』)、モーリス・ベジャール、手塚治虫、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト、ウィリアム・シェークスピア、ベン・ジョンソン(英・劇作家・詩人)、観阿弥、世阿弥、ハリー・フーディーニ、
(そこに金森さんが加えた名前として、サー・ゲオルグ・ショルティ(シカゴ交響楽団)、ヴァーツラフ・ニジンスキー、ツモリチサト)、等々。
(まだ書き落としている名前もあるでしょうけど。)
もう古今東西、とにかく多岐にわたりました。
しかし、「とても自由、まさしく融通無碍に」と言っては怒られてしまいそうです。
なにしろ自由意志などなく、全ては自然法則によって決まっているのですから。

新宿のパークタワーで『SHIKAKU』(2004)を観て以来のNoism愛を迸らせ、
(特に、『Liebestod -愛の死』に言及される際には、遠い目になっておられました。)
更に、(社交辞令も交じっているかもしれませんが、)
「いい感じ」だからとNoismを観に来る観客も好き、新潟も、朱鷺も好きと語った茂木さん。
このあと、Noism活動支援の手続きもして頂けるとのこと。
気さくで、淀みなく語る、大変心強いサポーターをお迎えしての
ユニークで楽しい柳都会に、すっかり雪の大変さを忘れて聞き入りました。
午前中は、間断なく雪が降り続いたため、一時は「行かないでおこうかな」とか
心折れそうだったのですが、来られてよかった、そう感じた2時間でした。
(shin)

【註】BS日テレ「ニューロンの回廊」:2006年4月から9月まで放送された番組で、
正式タイトルは「ニューロンの回廊 ~潜在能力の開拓者たち~」。
「茂木脳科学研究所」を主宰する「ドクター茂木」(茂木さん)が、
毎回、ゲストの脳の中に潜入して、その創造性の秘密に迫るという設定の対話番組。
金森さんとの対話は、光文社「芸術の神が降りてくる瞬間」(2007)としてまとめられた本
(ISBN978-4-334-97526-5)のなかに、「今やる意味のあることを、模索せよ」という章で
収められているので、そちらで読むことが出来ます。
(同書に収録されたゲストは、他に、町田康、山下洋輔、立川志の輔、荒川修作)

もうすぐ柳都会 茂木健一郎×金森穣

今日から2月ですね。
Noism2公演が終わり、Noismロスの方々、今度の日曜は柳都会ですよ♪

Noism公開講座 柳都会(りゅうとかい)vol.18
茂木健一郎 × 金森穣

日時:2月4日(日)16:00-18:00
会場:りゅーとぴあ・能楽堂
参加費:500円(要予約)
詳細・申込み方法:http://noism.jp/npe/ryutokai_18/
お問い合わせ:Noism「柳都会」係tel.025-224-7000

会場は能楽堂です。まだお席があるようなので、ぜひどうぞ!

閑話休題:

月刊ウインド2月号
今月も快調、月刊ウインド!
18ページのNoismコラム、vol.4は吉﨑裕哉さん。
タイトルは「悶々としたいのだ・・・!!」。
後味の悪い、悶々とするような映画がお好みとのこと!

そして20ページ、「NIDF2017を振り返る」。
NINA新潟公演を含め4公演+シンポジウムについて市川明美さんが書いてくださっています。
https://www.cinewind.com/news/2-1-2-2/

■砂丘館で開催中の【特別展示】Mikkyoz(le+遠藤龍)は2/4まで。
明日2月2日(金)19:00-20:00
遠藤龍さん(Noism映像・写真担当)のギャラリートークがあります。
参加費500円、申込不要、直接会場へ。
https://www.sakyukan.jp/2018/01/6158

奥野晃士さんブログ「来た球を打つ」のご紹介
http://kitatamaoutsu.blog.fc2.com/blog-entry-208.html
昨年3月、ルーマニアの首都ブカレスト国立劇場で行われた、Noism劇的舞踊『ラ・バヤデール-幻の国』公演。
昨年末、その様子がルーマニア国営放送テレビでオンエアされたそうです!
ブログには写真がたくさんあります。
NINA埼玉公演についても載せてくださっていますよ♪

そんな奥野さん(たきいさん、貴島さんも)、次のロミジュリにも出演するかと思いきや、SPACの別の方たちが複数名出演されるそうです。

奥野さんが出演するのはこちら。
http://www.aac.pref.aichi.jp/gekijyo/syusai2017/detail/180324_hogiuta
★「寿歌」(ほぎうた)
3月24,25,26日、愛知県芸術劇場 小ホール
たきいさんも出演します。
そして同演目、こちら。
http://spac.or.jp/news/?p=13869
4月28,29日、静岡県舞台芸術公園 野外劇場「有度」
この日程はNoism1上野公演と同じ。重なっちゃいましたね。

奥野さんは新潟でも「声に出して読むシリーズ」で活躍し、新潟おくぬ~倶楽部としても活動されました。
奥野さんから、「新潟の皆様方にくれぐれもよろしくお伝えください」というメールをいただきました。
またお目にかかれるときが楽しみです♪
(fullmoon)